千葉地方裁判所 昭和28年(モ)176号 判決 1953年10月12日
当事者の表示別紙目録記載の通り
右当事者間の昭和二十八年(モ)第一七六号仮処分異議事件につき当裁判所は次の通り判決する。
主文
当裁判所が昭和二十八年(ヨ)第一〇四号仮処分命令申請事件について昭和二十八年八月二十日になした仮処分決定を認可する。
訴訟費用は債務者等の負担とする。
事実
債権者等代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その理由として、債権者等は葛飾瓦斯株式会社の発行済株式の総数の百分の三以上の株式と六カ月前より引続き有する株主であつて、債務者中馬三郞同原勝次は同会社の代表取締役債務者中田瑞彦同早重忠成同中山栄一は同会社の取締役、債務者小宮金三郞は同会社の監査役であるところ、右債務者等は申立外臼井秀男等と共謀して、右会社の資金資産等を他に流用し、或は橫領し数々の背任橫領行為を重ね、職務執行に関して不正の行為をなしているので、債権者等において右債務者等の解任を請求する訴を提起すべく準備中であるが、急迫の事情があるため右債務者等の職務執行停止等の仮処分の申立に及んだところ主文第一項掲記の仮処分決定がなされた。而して右決定は正当なものであるからこれの認可を求める。と陳述し、前記会社の株主総会において、右債務者等の取締役又は監査役の職務を解任することを否決する決議がなされたのは昭和二十八年八月二十一日であることを認めると答えた。
債務者等代理人は主文第一項記載の仮処分決定を取消す、右仮処分申請を却下するとの判決及び仮執行の宣言を求め、本件仮処分決定は昭和二十八年八月二十日になされたものであるが、葛飾瓦斯株式会社の株主総会において債務者等の取締役又は監査役の職務を解任することを否決する決議がなされたのは同月二十一日である。しかるに商法第二百七十条の仮処分決定は否決の決議前にはなしえないから、本件仮処分決定は違法である。によつて、右仮処分決定の取消及びその申請の却下の判決を求めると陳述した。
理由
本件仮処分決定が昭和二十八年八月二十日になされたことは当裁判所に顕著な事実であり、葛飾瓦斯株式会社の株主総会において債務者等の同会社の取締役又は監査役の職務を解任することを否決する決議がなされたのは同月二十一日であることは当事者間に争がない。
従つて、本件の争点は商法第二百七十条(第二百八十条)の仮処分決定は同法第二百五十七条第二項(第二百八十条)の否決の決議前になしうるかどうかの一点に帰着する。
かりに債務者等の主張に従い、否決前には仮処分決定がなされえないものと解する場合取締役等の非行が問題となつてから職務執行停止等の仮処分決定をうるのは、何日間を要するかについて考えてみると、商法第二百三十七条によれば、所謂少数株主は取締役等の解任を目的とする株主総会の招集を取締役に請求できるが、取締役が、これを無視して放置しておけば右請求の後二週間経過してはじめて裁判所の許可をえて招集することができる。この間少くとも二週間は空費されるが、実際上はそれ以上なお数日を要することは想像に難くない。而して、商法第二百三十二条によると、株主総会は招集の通知を発してより少くとも二週間を経過しなければ開催しえないものでこの間又二週間が経過する。従つて所謂少数株主が取締役等の解任を目的とする株主総会の招集を取締役に請求してから株主総会が開催され解任の決議が否決される迄には最少限度四週間を要することが法律上明らかである。一方株式会社の取締役等の職務上の非行が問題となり、少数株主より法律上の手段が採られる如き形勢になれば、当該取締役等は当面の事態を糊塗するため策謀し、非行の証拠等の湮滅をはかるためかえつて会社財産を危うくし又将来会社より損害賠償を求めることが困難となることとが充分想像されるところであつて、この様な事情が、まさに商法第二百七十条第一項に所謂「急迫な事情」であると解せられる。しからば、商法第二百七十条について、債務者等が主張する説を採れば、最も急迫なる事情ある場合にかえつて同条第二項の仮処分決定がなしえずその間四週間以上の日時を非行を糾弾されている取締役等に与えるものであるからかかる不合理な解釈は法文の解釈上万やむをえない場合は別として、採用し難いものである。
元来、商法第二百七十条(第二百八十条)は、昭和二十五年法律第百六十七号による改正前の商法(以下旧商法と称する)第二百七十二条(第二百八十条)を廃止してここに一括して規定されるに至つたもので、旧商法第二百七十二条(第二百八十条)が果していた機能と実質上同一の機能を新商法第二百七十条(第二百八十条)によつて果すべく改正されたものと解すべきところ、旧商法においては資本の十分の一以上にあたる株主が取締役(監査役)の辞任を目的とする株主総会の招集を請求した際に急迫の事情があれば取締役(監査役)の職務執行停止及び職務代行者選任を裁判所に請求しうることになつていてこの請求があれば裁判所はあえて株主総会における解任の決議の否決をまたず職務執行の停止職務代行者選任の決定をなしえたものである。尤も、旧商法第二百七十二条(第二百八十条)の決定は本案訴訟の存在を予想しない純然たる非訟事件としての決定であり、新商法第二百七十条(第二百八十条)の仮処分決定は取締役等解任の訴を本案とする仮処分決定であるから本案の請求権の発生が主張され且疏明されることを要することは当然であるが、この両者間の果すべき機能は実質上全く同一である以上商法改正によつて少数株主の権利がかえつて微力なものとされたとは解しえないし又将来株主総会に於て解任否決の決議がなされることは十分予想されるわけであるから取締役等解任の訴を理由あらしむべき実質上の要件である取締役等の職務遂行上の不正行為又は法令若は定款に違反する重大な事実と仮処分の必要性が主張され且つ疏明されれば、改正前と同様にあえて株主総会における否決の決議をまたず仮処分決定をなしうるものであり、若しその後株主総会において否決の決議がなされなければこの仮処分決定は取消されるにすぎないものと解するを相当とする。
然らば債務者等の異議は理由がないから本件仮処分決定はこれを認可すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
昭和二十八年十月十二日
千葉地方裁判所民事部
裁判官 小林哲郞
当事者目録
債權者 住友萬吉 他二一名
右二二名訴訟代理人辯護士 牛島定
同 須賀利難
債務者 中馬三郞 他五名
右六名訴訟代理人辯護士 福田耕太郞
同 紺藤信行
同 藤澤淸
同 楠元一郞