大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

千葉地方裁判所 昭和33年(行)19号 判決 1960年4月14日

原告 木下立嶽

被告 千葉刑務所長

訴訟代理人 岡本元夫 外三名

主文

本訴請求のうち「被告は原告を千葉刑務所習志野作業場に引き取り、同作業場の在監者として受刑させよ」との判決を求める部分に係る訴を却下する。

本訴請求のうち「被告が昭和三三年七月一九日なした原告を宇都宮刑務所に移送する旨の処分を取り消す」との判決を求める部分に係る請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「一、被告が昭和三三年七月一九日なした原告を宇都宮刑務所に移送する旨の処分を取り消す。二、被告は原告を千葉刑務所習志野作業場に引き取り、同作業場の在監者として受刑させよ」との判決を求め、請求の原因として、

「第一、原告は昭和三二年五月二一日詐欺罪により名古屋高等裁判所金沢支部において懲役二年の判決を受け、同年七月三一日に浦和刑務所に入所し、同刑務所に在監中の同年一一月二日私文書偽造・同行使罪により浦和地方裁判所において懲役一年の判決を受けたものであるが、昭和三三年五月七日構外作業場適格者として同刑務所より千葉刑務所習志野作業場に移送され、同年六月行刑累進処遇令による第二級に累進したところ、移送後わずか七四日の同年七月一七日同作業場を管理する被告によつて宇都宮刑務所に移送する旨の処分の言渡を受け、同月一九日宇都宮刑務所に移送された。

しかし宇都宮刑務所に移送する旨の右処分は後に述べる如く違法なので、原告は監獄法第七条の規定により同年六月二七日、七月四日、同月九日、同月一四日、同月二四日、同月二六日、同月二八日の八回に亘り右処分の取消を求めて法務大臣に情願したところ、同年一〇月一六日右の情願全てを却下する旨の裁決がなされ、その後まもなく原告は右裁決書の送達を受けた。なお、原告は現在も宇都宮刑務所に在監しており、刑期の終了は昭和三五年七月三〇日ということになつている。

第二、ところで右移送処分は次の理由によつて違法である。すなわち右処分の理由とするところは「一、原告が右習志野作業場に在監している七四日間に原告は被告習志野作業場長、同作業場保安課長その他の課長等に対し面接願その他の出願をきわめて頻繁にしたので、被告その他の関係職員としてはその応接に遑がなく、物的施設が脆弱である作業場としては原告をこれ以上同作業場におくことは警備その他の刑務所運営にいちじるしい支障を来すこと、二、原告には精神上の疾患を有する疑いがあり、その診療をするためには宇都宮刑務所に入所させることが適当であること」にあるところ、

一、右理由の一、は次の理由によつて不当である。

1、右理由に挙げられている原告の要接願その他の出願は、何れも習志野作業場や前在監所たる浦和刑務所内における涜職的行為や受刑者内の秩序紊乱更には本所偏重主義というような行刑運営上の不正・不当を衝き、全受刑者のためにその改善を図らんとするものであつて全て正当なものであつた。その出願件数が多きに亘つているのは被告側がそれに対する決定を怠つていたのでそれに対し再三に亘り催告の意味を以て重ねて願い出たためである。

2、又、習志野作業場は他の刑務所に比べて特に物的施設が脆弱ということはない。仮にいくらか開放的であつたとしても、他の刑務所に比べて同作業場の職員数は多く、又そこの収容者も成績がより良好な者のみであるから、綜合的に見れば警備の難易の度合は一般刑務所と変りがない。したがつて原告を引きつづき同作業場に収容しておくことが警備その他の刑務所運営にいちじるしい支障を来すということないはずである。

二、又原告には精神上の疾患などはない。

三、又原告の諸々の願出等によつて真実被告に手数がかかり運営上支障を来したというのであれば、原告を再び元の浦和刑務所に戻せばいいのであつて、原告は後述のとおり宇都宮刑務所への移送によつていちじるしい損害をこうむつている。尤も、東京矯正管区の定めた分類規程によれば習志野作業場からの移送先は一律に宇都宮刑務所ときめられているようであるが、そのように受刑者の基本的人権を無視した分類規程は憲法第一三条に違反して無効であるから、被告としてはそのような規程に拘束される必要はない。

四、これを要するに原告が習志野作業場等における行刑上の不正不当を衝くために多くの願出等をしたことは前述のとおりであり、又原告はインド哲学を専攻する関係上自己の勉学の便益を得るためにも種々の要求を出したのであるが、被告としては原告のそのような諸々の要求に対し一々時間をわずらわすことが面倒となり、かつは原告の行動によつて千葉刑務所乃至習志野作業場等の運営の不正・不当が外部乃至上部機関にばくろされることを恐れて厄払い的乃至報復的に本件処分に及んだものである。

五、しかして原告の妻木下麗子の居住地も又原告の釈放後の居住予定地も東京都目黒区駒場にあり、原告は本件移送により妻との連絡・面会や妻・知人からの差入や帰住地との連絡等につき多大の時間的・距離的・金銭的・精神的の損害をこうむつている。およそ正当な行為をしたことのために不利益を甘受しなければならないといういわれはどこにもないのであつて、本件処分は全く違法のものである。

第三、右のとおり、本件移送処分は違法であるので処分庁たる被告に対しその取消を求め、又その原状回復として原告を習志野作業場に引き取り同作業場の在監者として受刑させることを求めるため、本訴に及んだ」

と述べ、被告の本案前の主張に対し、

「第一、請求の趣旨第一項の請求は適法である。すなわち、

一、本件移送処分は行政処分である。

二、又本件処分が受刑という特別権力関係においてなされたものとしても、刑の執行という目的から許容される受刑者の人権の制限の範囲を超えてなされた処分については、受刑者の基本的人権を違法に侵害するものとして司法審査を受けうるものであり、又自由裁量処分であつてもその裁量の限度を超えれば違法となるものであるところ、本件処分は正にその場合に当るものである。

しかして原告のなした諸種の要求や情願は、訴願又は請願と軌を同じくするもので、もとより受刑者の有する当然の権利を行使したにすぎず、これによつて不利な差別待遇を受けざるべく、当事者の立場が保障されていることは、憲法第一六条に準拠して明瞭である。したがつて正当な理由と必要がないのに拘らず、被告が原告を習志野作業場から宇都宮刑務所へ移送したのは、全く受刑者の人権を無視した不当な処分である。

第二、請求の趣旨第二項の請求は行政事件訴訟特例法第六条第一項に言ういわゆる抗告訴訟の請求と関連する原状回復の請求であるから、やはり適法である」

と述べ、本案についての被告の主張に対し、

「被告の右主張第一については、移送処分が、被告の裁量に属するものであることは認めるが、本件処分は前述のとおり右裁量の範囲を超えてなされたものであるから違法である。

同第二、一、中原告が習志野作業場在監中に大体被告主張どおりの回数及び内容の面接願や願箋等を提出したこと、原告の妻を監督庁に出向かせて事情を訴えさせたこと、原告が妻との面会に職員を立ち会わせないでほしいとか身分帳を閲覧させてほしいとか、場長を所長代理とみなすから了承してほしいとかの意思を示したこと、いわゆる本所偏重主義に関し被告主張どおりの質問をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。とくに原告は前記のとおり行刑累進処遇令による第二級者であるから同令第六五条により接見の際立会者を付せざることを要求できるのである。

同第二、二、中原告の視力が弱いことは事実であるが殆んど視力を失つているようなことはない。てんかんの既往症もない。昭和三三年六月二六日原告が、木俣牧師の教誨を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する」

と述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は、本案前の申立として「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、その理由として

「第一、請求の趣旨第一項の請求は不適法である。すなわち、

一、本件移送処分は単に原告の拘禁場所を千葉刑務所習志野作業場から宇都宮刑務所に変更しただけのことであつて、それにより原告の権利・義務には何等の影響を及ぼさないから、単なる事実行為であつて行政処分ではない。

二、又右処分は被告の原告に対する特別権力関係にもとづいてしたものであつて、原告の市民的権利・義務には何ら関係のないものであるから、抗告訴訟の対象とはなりえないものである。すなわち原告は原告主張のとおり各刑の言渡を受け、浦和刑務所において第一刑の執行中、昭和三三年五月七日同刑務所より被告の管理する習志野作業場へ移送され、同作業場に拘禁されていたものである。したがつて被告と原告との間には拘禁に必要な範囲と限度とにおいて被告が原告を包括的に支配し、原告はその支配に服すべきことを内容とする特別権力関係が成立していた。しかして懲役刑の確定した者は刑法一二条、刑訴法四七二条、監獄法一条及び二四条によつて刑務所に拘禁され、定役を課せられる。すなわち自由刑執行の目的は受刑者を社会から隔離・拘禁すると共に、その拘禁生活を通じて教導・善化し社会適応性を付与することにある。そのため監獄法、同施行規則には拘禁に関する規制が、又行刑累進処遇令には分類に関する規定が定められているが、これらの規定の実現をより科学的・合理的かつ効果的に実現して受刑者の矯正・教化に資するために、法務省においては、昭和二三年一〇月二八日訓令を以て受刑者分類要綱を定めて、拘禁上の分類制度を採用し、矯正管区長はこの要綱に基く受刑者分類規程において級別分類の基準を定めると共に、管下にある施設の収容区分を規制し、刑務所長はその基準に従つて受刑者を分類し、収容区分により受刑者を収容し又は他に移送する措置をとつているのである。すなわち具体的に個々の受刑者をいかに分類し、収容し又は移送するかは右の枠内で刑務所長の裁量にまかされ、刑務所長は拘禁及び矯正・教化の目的に照らしてこれを行なつているのである。しかして受刑者は国の定める方針に従つて刑の執行を受けるものであつて、受刑者には拘禁の場所や作業の種類を選択する権利はないのであるから、刑務所長が拘禁及び矯正・教化の目的達成上必要であると考えて移送する場合には、それに服従しなければならないのである。しかして移送は単に拘禁の場所を変えるだけであり、それに伴つて受刑者に課せられる作業内容に異同を生ずることはありうるが、それらは何れも拘禁関係内部の問題であつて、受刑者の市民的権利・義務には何らの関係のないものであるから、本件移送処分は抗告訴訟の対象になりえないものである。

第二、請求の趣旨第二項の請求も不適法である。

すなわち裁判所は行政処分がなされた場合にその適否を判断し、違法と認めた場合にその処分を取り消すことができるだけであつて、行政庁に対し或る行為をなすべきことを命ずることは三権分立上許されないから、右請求も不適法である」

と述べ、本案について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として

「請求原因事実第一は認める。第二の事実中本件移送処分の理由が原告主張のとおりであること、同一、1、のうち原告の面接願その他の出願件数が多きに亘つていること、同一、2、のうち他の刑務所に比べて習志野作業場の収容者には成績がいくらか良好な者が多いこと、同三のうち東京矯正管区のきめた分類規程によればA級受刑者についての習志野作業場からの移送先は一律に宇都宮刑務所ときめられていること、同五のうち原告の妻の居住地も又原告の釈放後の帰住地も東京都目黒区駒場にあることは認めるが、その余の事実は否認する」

と述べ、被告の主張として、

「第一、本件処分は被告の自由裁量に属する。すなわち、

一、本案前の主張第一、二、において前述したとおり、個々の受刑者をいかに分類しどの施設に収容し又は移送するかについては、法令による規制はなく、刑務所長が監獄法、同施行規則、行刑累進処遇令、法務省の受刑者分類要綱、矯正管区長の受刑者分類規程の枠内で拘禁及び矯正・教化の目的に照らし、その裁量によつて行なつている。

二、しかして習志野作業場は、監獄法施行規則六六条に規定する監外の作業場であつて、収容区分をA級(初犯者であつて比較的改善容易と認められる者及び累犯者であつても前歴・犯罪の状況・性格・生活態度・保護関係等からみて比較的改善容易と認められる者)の施設に指定され、農耕、みそ、醤油の醸造、製油を主たる作業内容とし、施設の環境・設備の状況等からしていわゆる中間刑務所的矯正の場としての施策を試み、A級受刑者のうち特に作業意欲が旺盛で、性格・生活態度が善良で社会復帰の見込のある構外作業適格者のみを収容しているところである。いいかえれば、習志野作業場は、社会復帰のみこみのある受刑者を構外の作業場で生活させ、労働につかせることによつて受刑者の自主性と生産性の向上をはかろうとする刑の執行過程における最終的矯正施策の場である。したがつて作業場の管理・運営のための職員の配置・施設の整備等についてはこの点を考慮し、作業場の周囲には簡単な鉄柵をめぐらして僅かに保安の用に備え、居房も監獄におけるそれの如く堅牢なものではなく、又勤務職員も一般に比して少く、受刑者の起居・動作についてはその自主性を妨げないように保安警備の面を考慮しつつ処遇している。これはもつぱら受刑者に信頼をおく矯正施策であつて、信頼性のない受刑者に対してはこのような処遇は不適当であると同時に、職員に手数をかけ、作業場の管理運営に支障を来たさせるような受刑者を作業場においておくことも適当でない。したがつて習志野作業場に収容する受刑者の選定には慎重を期しており、又一旦収容してもその後において逃走のおそれを生じたり、作業に精励しなかつたり、共同生活の義務と責任を果さなかつたり、不安定な生活状態を示す等信頼性を喪失するに至つたとき、その他作業場の管理運営に支障を来たすようなときは、他の施設に移し、そこにおいて矯正教化の実を挙げるため、速かに移送する措置をとつているのである。ところでこの信頼性の有無やその受刑者を作業場にとどめておくことが作業場の管理運営に支障を来たすかどうかは、刑務所長が、受刑者の人格・行状・身体的条件等によつて判断するのであり、評価の要素としては科学的調査に基く資料によらねばならないのである。すなわちこのような評価判断は施設を管理している刑務所長の裁量にまかされ、法規による評価というようなことはありえないのである。すなわち受刑者を習志野作業場から他の刑務所に移送するかどうかはそれを管理している被告の自由裁量に属するものであつて、したがつてそれについては当不当の問題はあつても違法の問題はおこらない。

第二、のみならず本件移送は次のような理由に基くものであつて、違法でないことはもちろん、不当でもない。

一、前述したように、習志野作業場に勤務する職員は一般に比べて少く、又作業場には場長の下に庶務課長、保安課長、作業課長及び医務課長等が配置され、それぞれ事務を分掌しているが、場長は千葉刑務所長の指揮監督を受けて一定の委任された事務以外は全て同所長の指示を求めなければならず、殊に収容者の処遇については、その内容により監獄の安全・秩序等に影響するところが多いところから、同所長の定める内規の範囲内においてのみ実施すべきこととされており、その裁量の幅も極限されている実情にあつた。

ところで原告は昭和三三年五月七日浦和刑務所より習志野作業場に移送されてきたが、別紙細目のとおり五月九日よりまず保安課長に対し面接したのを手はじめに、わずか七〇余日の間にやつぎ早に所長、場長、保安課長、警備隊長、医務課長、庶務課長等に三四回に及び面接願も出す一方、一六八件の多きに亘つて願・伺の願箋を提出する始末で、しかも同じ用件について数名の職員に次々と面接し、くどくどしく出願したり意見を求めたり、不服を述べたりした。ちなみに原告一人の面接願その他の出願件数は七四日間に一日平均二・七件を示し、これに対し同作業場の同件数は一人当り一日平均〇・〇七件を示しているにすぎない。殊にこれらの出願事項の大部分は処遇上規制された枠外に属する事項が多く、場長の判断と裁量により処置できないことであつたため、いちいち被告の指揮を仰がねばならなかつた。例えば著作の出願や、定められた動作時間に対する特別の配慮、制限外の図書の閲読、制限外筆記用具の特別配慮等の外、監獄法改正に関する上申の特別発信等に関する出願等をくりかえし申し出て、これらの事項が直ちに一般収容者の場内生活上の秩序にも影響する関係から許否の決定がおくれたり、本人の意にそわない結果をみたりすると、妻も監督庁に出向かせて事情を訴え意を遂げようと試みることも珍しくなかつた。この外許可を得られないことを知りつつ妻との面会に職員を立ち会わせないでほしいとか、身分帳を閲覧させてほしいとか、所長の面接がおくれたりすると場長を所長代理とみなすから了承してほしい等と自分勝手な一方的な意思を示したり、又拘禁生活上不必要と思われる事項、例えば醸造作業の採算はどうか、作業場では受刑者が他所に比べてよく働くのにリクリエーシヨン等にめぐまれず、加えて仮釈放の条件が他所に比べてよくないがこの矛盾をどう考えるか、習志野作業場の諸般の事情から本所偏重主義の犠牲となつていないか等の質問をして回答を求めたりすることもあつて、これらの諸願をその都度聞いたり検討したりするだけでも相当の手数を要し、事実これらのことは限られた職員で管理運営する同作業場の事務能力をはるかにこえたもので、大きな負担と煩わしい手数を要する結果となり、一般事務処理にも支障を来たすようになつた。

又原告は自己の立場のみを固執して所長その他への面接や願箋による願出事項について意にそわないときはどこまでもこれを要求してやまず、ついには悪感情を抱くようになり、部外の力によつても目的を遂げようと試み、加えて獄内闘争的気勢さえ示すようになつたので、処遇上引きつづき習志野作業場にとどめておくことは適当でないと認められるに至つた。

すなわち以上のような数多い苦情は習志野作業場の管理能力を超えたものであり、したがつて原告を同作業場にとどめておくことはその矯正・教化の上から言つても適当でないし、その苦情をできる限り早く解決してやるためにも責任ある所長がつねに在庁する施設で処遇することが原告を遇する最も適切な処置であり、又拘禁場所を変えることによつて原告の尖鋭化した感情をやわらげ再起更生の機会を与えることも処遇上期待された。

二、又原告は、殆んど視力を失つている外、てんかんの既往症を持つており、昭和三三年六月二六日原告本人の願出により木俣牧師の個人教誨を受けたが、その際同牧師は原告の言語態度、性格等に不審を抱き、教誨終了後「少し精神的欠陥があるように思うから専門医の診断を受けさせてはどうか」と被告に勧告されたこともあり、かたがた前記のような全く異常的生活態度を示していたので、この際原告の精神の安定をはかり、専門医の診察を受けさせる必要を認め、その結果によつては長期にわたり安静と施療が必要となるので、できれば精神医の常勤する施設か又は部外専門医の診療に便利な施設に移送するのが適当と考えられた。

三、以上の理由により、原告を他へ移送することが適当であると認められたので、被告は拘禁区分により原告を宇都宮刑務所へ移送したのであつて、本件移送は違法でないことはもちろん、不当でもよい。」

と述べた

(立証省略)

理由

第一、本訴の適否について

一、請求の趣旨第一項の請求について

1、本件移送処分は行政処分であるか

一般に行政処分とは具体的に或る法律関係を規律するために法に基き行政庁が支配権又は優越的な意思の発動としてなす行為と観念されるところ、受刑者を他の刑務所に移送することが受刑者の拘禁上の法律関係に影響を与えかつ行政庁の意思の発動としてなされることは明らかであつて、行政庁の情神作用を要件とせずかつ行政庁の行為でなくとも同一の効果を生じうるような行為、すなわち事実行為ではないものと言わなければならない(なお、受刑の法律関係については次の判示参照)。よつてこの点からすれば請求の趣旨第一項の訴は適法である。

2、特別権力関係との関係

原告が昭和三二年五月二一日詐欺罪により名古屋高等裁判所金沢支部において懲役二年の判決を受け、同年七月三一日に浦和刑務所に入所し、同刑務所に在監中の同年一一月二日私文書偽造・同行使罪により浦和地方裁判所において懲役一年の判決を受け、昭和三三年五月七日同刑務所より千葉刑務所習志野作業場に移送され、同年七月一七日同作業場を管理する被告によつて宇都宮刑務所に移送する旨の処分の言渡を受け、同月一九日宇都宮刑務所に移送されたことは当事者間に争いがないところから認められる。

ところで千葉刑務所(習志野作業場を含む。以下同じ)は懲役に処せられた者を拘禁する所として国が設置し、国の意思により支配され運営される営造物で、同営造物の主体である国と同営造物に懲役受刑者として拘禁されている原告との間には懲役監収容という営造物使用関係が存在する。そして懲役監という営造物の管理運営を司る刑務所長たる被告とそれに収容されている原告との間には懲役刑の執行という特定の設定目的に必要な範囲と限度とにおいて、被告が原告を包括的に支配し、原告が被告に服従すべきことを内容とする関係、すなわち公法上の特別権力関係が成立している。

一般に、公法上の特別権力関係は、特別の法律原因に基いて成立する関係であり、設定目的のために必要な限度において法治主義の原理の適用が排除され、当該関係の権力主体たる者は個々の具体的な法律の根拠なしに包括的な支配権の発動として命令、強制をなしうるものである。これを本件について見れば、有期懲役刑の執行の目的、すなわち受刑者を拘禁しかつ定役に服させることにより、一方においては当該受刑者を矯正・教化することによりその社会適応性を回復・増進させ、他方においては社会的危険ある者を社会から隔離することにより一般社会を防衛するという目的を達成するのに必要な限度においてのみ右の法理が妥当することとなる。ただ有期懲役刑の執行については事柄の性質上多分に技術的、専門的、科学的分野に亘る面が多いので、法は重要な若干の事項につき規定し、その他を大幅に監獄当局に委ねているのであるから、被告は法令のわく内で広い範囲で自由裁量行為をなし得るものである。

しかしながら特別権力関係に基く支配行為は絶対的なもので、これに対して司法救済の途が絶対にないということはできない。特別権力関係に基く命令、強制も法の規定に明白に反し、また右関係を成立せしめた前記の目的から不可欠と考えられる範囲をはるかに逸脱して社会観念上甚だしく妥当を欠く場合は違法となり、その結果侵害すべからざる基本的人権の侵害ありと目されるが如き場合には司法救済を求めることができるというべきである(大阪地方裁判所昭和三三年八月二〇日判決行政事件裁判例集九巻八号一六六二頁参照)。

しかしてこれを受刑者の移送について言えば、監獄法及びその附属法規にはその要件を定めた規定は見当らないが、(現行の監獄法は、明治四一年制定されて以来、憲法その他の法秩序が大変革を遂げた現在に至るまで、基本的な構造において殆んど改正されておらない。)新憲法下行刑運営上画期的な新風を吹きこんだものの一つと言われる少年院法第一〇条第一項には「少年院の長は矯正教育の便宜その他の理由により在院者を他の少年院に移送する必要があると認めるときは・・・・これを移送することができる」旨の規定があり、その趣旨は、その明文の規定が未だ設けられておらない監獄法においても解釈上当然に推及さるべきであつて、移送する必要があると認めることは被告の自由裁量に委ねられている事柄ではあるが、例えば何らの必要もないのに受刑者が監獄法所定の情願等において刑務所の運営の不正、不当を指摘したことに対する報復として他に移送するが如きことは(原告の本訴請求原因として主張するところは要するに上の如きものである)前記の如き特別権力関係設定の目的から来る必要の限度をはるかに逸脱し自由裁量の範囲をこえることが明らかであり、その結果受刑者の基本的人権は侵害されることとなる。これを詳言すれば受刑者は一般的に憲法第二二条に基く住居移転の自由を制約されているけれども、絶対的に一般社会から隔絶されるものではなく、特定の刑務所に拘禁されることにより当該受刑者の住所ないし居所が定まり、面会、通信など諸々の利害関係が生ずるから、受刑者の移送処分がこの点についての基本的人権に全く関係のない単なる事実関係であるとすることはできない。又監獄法に定められた情願も憲法第一六条にいう請願の一種と解すべきであり、又原告の挙示するその他の諸願いごとはその宛先や形式等においては情願とことなることがあるとしてもその実質においてはなお右情願と同様の性質を有すると見られるものであり、かつ原告は受刑者であつてもなお憲法の右法条に基く請願権及び請願をしたために差別待遇を受けることのない権利を有しているものと見るべきであるから、原告主張の如き移送処分は右基本的人権を侵害するものと言い得るのである。そうとすれば、原告主張の如き移送処分は単に特別権力関係の内部の事柄に止まらず原告の市民的権利を侵害したものと言うべく、従つてこのような移送処分は違法であり、司法救済の対象となるものと解するのを相当とする。よつて本件訴はこの点からしても適法と言わなければならない。

二、請求の趣旨第二項の請求について

原告は請求の趣旨第二項の請求は行政事件訴訟特例法第六条第一項にいう抗告訴訟に係る「請求と関連する原状回復・・・・の請求」であるから適法であると主張する。しかし元来行政庁に対し行政上の行為をなすべきことを求める訴はこれを提起しえないものと解されているところ、被告が原告を千葉刑務所習志野作業場に引き取り同作業場の在監者として受刑させるということは前叙のとおり正に被告の行政上の行為というべきであつて、被告に対し訴を以てそのような請求をすることは本来許されないことである。しかして行政事件訴訟特例法第六条第一項にいう「第二条の訴・・・・の請求と関連する原状回復、損害賠償その他の請求」というものは、例えば当該行政行為に基く損害の賠償請求(民事訴訟)とか課税処分の取消を求めた場合の納付税金の不当利得返還請求(公法上の当事者訴訟)とか抗告訴訟に関連する他の一定の抗告訴訟に係る請求とかのように本来その請求それ自体を以て適法に訴求しうるもののみに限られ、本来適法に訴求しえないものについても右法条が特に訴権を創設したものとは解せられない(尤も例えば本件移送処分が取り消されれば被告は別段の処分をしない限り原告を習志野作業場に引き取る義務を負うことになるが、それは抗告訴訟の判決の拘束力の結果にすぎずそれがあるからと言つて右の義務を訴求する訴権が国民に与えられているものと言うことはできない。)。よつて請求の趣旨第二項の請求をなす訴は不適法としてこれを却下せざるをえない。

第二、本案について

一、原告が昭和三二年五月二一日詐欺罪により懲役二年の判決を受けてかけ昭和三三年七月一九日宇都宮刑務所に移送されるまでの刑務所入所、余罪による判決言渡、習志野作業場への移送、本件移送処分の言渡を受けたことにつき原告主張どおりの事実に争いないことは前示第一、一、2、冒頭説示のとおりであり、本件移送処分の理由が、「一、原告が習志野作業場に在監している七四日間に原告は被告、同作業場長、同作業場保安課長その他の課長等に対し面接願その他の出願をきわめて頻繁にしたので、被告その他の関係職員としてはその応接に遑がなく、物的施設が脆弱である同作業場としては原告をこれ以上同作業場におくことは警備その他の刑務所運営にいちじるしい支障を来すこと、二、原告には精神上の疾患を有する疑いがあり、その診療をするためには宇都宮刑務所に入所させることが適当であること」というにあることも争いがない。

二、そこで右移送理由二、の点についてまず考えてみるに、原告の視力が弱いこと、昭和三三年六月二六日原告が、木俣牧師の教誨を受けたことは争いがなく、原告本人の供述によれば原告はかつて入所前原因不明の発作をおこして倒れたことが数回あることが認められ、又証人佐々木亥三郎の証言によれば木俣牧師が右のように原告と面接した後に習志野作業場長佐々木亥三郎に対し原告の精神状態に異常の疑いがある旨申し述べたことが認められるが、原告が「殆んど視力を失つている」ものでないことは、法廷における書類閲読能力及び人物等の識別能力に照らしてこれを認めることができ、又被告主張のように原告を他に移送してまで専門医の診療を受けさせるほどに当時原告の精神状態に異常又はその疑いがあつたとの事実については認めるに足りる証拠がなく却つて証人竹内秀式の証言その他弁論の全趣旨によれば、本件移送をするに至つた主たる理由は一の点すなわち原告の苦情が多くて習志野作業場の運営に支障を来したということ等にあることがうかがわれるから、以下右一の点について判断することにする。

三、原告が習志野作業場にいた七〇余日の間に、所長、場長、保安課長、警備課長、医務課長、庶務課長等に対する約三四回の面接願及び約一六八件の願箋等を提出したこと、その中には著作の出願や定められた動作時間に対する特別の配慮、制限外の図書の閲読、制限外筆記用具の特別配慮等の外、監獄法改正に関する上申の特別発信等に関する出願等を申し出たこと、原告がその妻を監督庁に出向かせて事情を訴えさせたこと、原告が妻との面会に職員を立ち会わせないでほしいとか身分帳を閲覧させてほしいとか、場長を所長代理とみなすから了承してほしいとかの意思を表示したこと、原告からの被告側に対し作業場では受刑者が他所に比べてよく働くのにリクリエーシヨン等にめぐまれておらず加えて仮釈放の条件が他所に比べてよくないのは矛盾であり又習志野作業場の諸般の事情から本所偏重主義の犠牲になつていないか等の質問をして回答を求めたこと、他の刑務所に比べて習志野作業場の収容者には成績のいくらか良好の者が多いことは争いがない。

この事実及び前示争いのない事実に、成立に争いのない甲第一、第二号証の一、二、第四号証、第五号証の一乃至三、第六号証の一、二、第七号証、乙第一乃至第四号証、第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一乃至三、第八号証の一、二、第九乃至第一一号証、第一二号証の一、二、第一三乃至第一二六号証、証人竹内秀式、宮内輝夫、佐々木亥三郎の各証言、原被告双方の各本人尋問の結果を併せ考えると、次のような事実が認められる。すなわち原告は昭和三二年七月三一日浦和刑務所に入所して以来その成績も概して良好であつたこと等のため、昭和三三年五月七日、一般に仮釈放のまぢかい者を収容する千葉刑務所習志野作業場に移送されてきた。ところが原告はその性やや狷介不羈にしてきわめて積極性に富むため、些少のことにもそれを看過することをいさぎよしとせず、そのためことごとに自己乃至他の受刑者の待遇改善或いは刑務所や作業場の運営改善等のためということで刑務所当局に対し要求等をすることが多かつた。すなわちその傾向はすでに浦和刑務所在監中においても現れていたが、習志野作業場に移送されてからは別紙細目記載のとおりその直後五月九日に保安課長に対し面接したのを手はじめに、本件移送に及ぶ七〇余日の間に前判示のとおりの回数に及ぶ諸願をなしたものである(すなわち一日平均二・七件の出願。これに対して普通の受刑者の願いごとは一人一日当り〇・〇七件)。その内容についてみるならば、(1)当初においては浦和より習志野への移送の理由が納得ゆかないということでその点につき浦和刑務所長に対し見解を質したいということ及び浦和刑務所の内部規律が紊乱しているのでその事実を上部官庁乃至外部に対して明らかにしたいということであつたが、それが満足に通してもらえないと見るや、(2)次には自分の専攻したインド哲学その他の研究のために種々の図書の看読許可や勉学のための便宜を要求するものに及び、或いは獄内における著作・飜訳を許可してくれと要求することもしばしばであつた。(3)その他監獄法改正に関する上申の特別発信等に関する出願、作業場の醸造作業の採算に関する質問、作業場の受刑者の待遇が本所のそれに比べて悪いこと等の質問や監獄法解説書の閲読許可願もくりかえし提出することが多かつた。しかし例えば監獄法改正に関し意見があれば具体的に上申するようにとの被告側の指示に対しては別段それを具体化した意見を出すというようなこともなかつた。ところで習志野作業場は監獄法施行規則第六六条にいう監外作業場に当り、その場長は千葉刑務所長の指揮・監督の下に作業場の運営・管理に関する一般的・日常的な事項を所長の委任を受けて処理する建前になつているが、例えば監獄法改正に関し受刑者から上部官庁に意見を具申するとか或いは受刑者に監獄法の解説書の閲読を許可するとか通常殆んどおこらないような問題に関する処理についてまでは所長からその委任を受けていなかつたし、又習志野作業場として受刑者からの苦情処理に当る専門の職員も大して配置されていなかつたし、又充分に配置するだけの人的余裕もなかつた。したがつて原告からなされた右諸要求のうち場長限りで処理しえないものについてはその都度本所に連絡して被告所長の指示を仰ぐ等相当の事務上の負担を余儀なくされており、又作業場限りで処理しうる事項についても多大の時間的・人的負担を負わされざるをえなかつた。しかして合計二〇二件に及ぶ諸願のうち、例えば独居拘禁願とか普通の就寝時間後の読書願とか或いは殆んどの面接願のように相当部分被告乃至場長によつて許可されたものもあつたが、監獄法改正意見や図書看読、著作・飜訳の許可願等比較的重大な問題については原告の申請の仕方・態度にやや誇大にわたるもののあつたことは否めない。(前示乙第一四号証に依れば原告が昭和三三年五月八日提出した看読願には目的書籍として、ヴエーダシタ哲学の発展一冊、経典の言葉一冊、碧厳録上中下三冊、正法眼蔵上中下三冊、無門関一冊、臨済録一冊、法句経一冊、聖書入門一冊、詩経一冊、菜根談(菜根譚の誤りか)一冊、唐詩選上下二冊、新唐詩選正続二冊、李太白詩選上下二冊、白楽天一冊等が記載せられ、前示乙第一一八号証に依れば原告が同年五月三〇日提出した願書においては看読したい書籍として一、各種辞典、各種年監(年鑑の誤りか)六法全書、二、仏教キリスト教ヒンズー教其の他宗教の原教典(聖典)、三、前二項に該当するものの解説書、四、修養及教養を目的内容とする仏教及キリスト教に関する図書、五、学術専門書としての仏教学(印度哲学及禅学を含めて)及キリスト教神学に関する図書、六、日本語及各外国語の文法書、七、各外国語の語集(ヴオキヤブラリー)等が挙げられている。)以上の事実を認定することができ、他に右認定を左右するに足る証拠はないが、原告が真に著作・飜訳の必要を有していたとの事実及び本件作業場が他の一般刑務所に比べ職員の数・受刑者の質をも綜合して特に物的設備が警護上支障を来すほどの脆弱なものであつたとの事実を認めうる充分な証拠は見出しがたい。

思うに、受刑者を他に移送するには処遇上その他の必要あることを要し、何らの理由もないのにみだりにこれを移送するが如きことは行刑当局としても慎しまなければならないことは前に説示したとおりであるが、右認定の諸事情からすれば、作業場当局乃至被告側としては原告の頻繁なる諸願いごとに対し応接に遑なく、特に本所から離れた作業場の特殊性からしてその困難は作業場の運営管理一般にも少なからざる支障を来すに至つた程度のものと考えるのが相当である。尤も、原告の諸要求は必ずしもその全てにおいて不当のもののみとは限らず、又被告側がそれを拒否するに例えばその理由を親切に説示してやらなかつたという点において、或いは本来ならその閲読を許可すべき市販の監獄法の解説書の閲読を殆んどその理由を明示することなしに許可しなかつたという点において(これらの事実は原被告双方本人の供述によつて認められる。)、被告側のとつた措置にも多少反省されるべき点もあるがそれにしても原告の前示請要求はその数において又その執拗さにおいて又その問題処理の困難さにおいて少なからず作業場管理の処理能力を上廻つていたものと認めるべきである。したがつて原告を監外作業場でない本所たる他の刑務所に移送する必要ありとする被告の主張は結局正当と言わなければならず従つて被告は単に原告が情願等をなしたのに対する報復手段として本件移送処分をなしたとの原告の主張は採用することができない。

四、しからば被告としてはその移送先として浦和刑務所を選択すべきであつたか否かについて考えてみるに、前示乙第一乃至第四号証によれば、東京矯正管区受刑者分類規程により千葉刑務所在監のA級の受刑者の移送先は一律に宇都宮刑務所と定められており、原告が当時A級の者に属していたことは原告本人の供述により明らかである。しかして原告は右分類規程が憲法第一三条に違反して無効であると主張するが、右規程を違憲とする理由は見出しがたい。よつて被告が右規程に従い原告の移送先として宇都宮刑務所を指定したことには違法はないものと言わなければならない。

第三、以上のとおり、本件移送処分は原告が情願等をしたことによつた差別待遇をしたものその他本件特別権力関係設定の目的からみてその必要の限度を逸脱した違法のものと言うことはできず、被告に与えられた裁量の程度を超えているものと言うこともできないから右処分の取消を求める本訴請求は結局理由がないのでこれを棄却し、原状回復を求める部分については不適法として訴を却下し、訴訟費用につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内田初太郎 田中恒朗 遠藤誠)

(面接願細目表省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例