千葉地方裁判所 昭和33年(行)8号 判決 1959年6月05日
原告 桑原きみよ
被告 千葉県知事
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告が昭和三三年一月二七日別紙目録記載の農地についてなした買収処分が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、請求の原因として、「原告は、別紙目録記載の農地(以下「本件土地」という。)のうち、畑四畝一五歩を昭和一三年に、畑一畝一七歩を昭和一四年に何れも家屋建築の目的のため買い受けたものであるが、昭和二二年七月二日附を以て被告は自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)第三条第一項第一号により本件土地を小作地と認定してこれを買収し、同日附を以て訴外石井源吾に売り渡したが、昭和三三年一月二五日附を以て被告は右買収処分を取り消した。ところが同月二七日被告は農地法施行法第二条第一項第一号の規定によるとして右土地につき昭和二二年七月二日を買収期日とする買収令書を発行しこれを原告に送達して本件土地の買収処分をした。すなわち「本件農地は、旧自創法第六条第五項に基く買収計画の公告がなされた土地で、農地法施行の日たる昭和二七年一〇月二一日までに買収の効力が生じていなかつたものであるから、旧自創法により買収することができる」として、自創法第九条第一項本文の規定による買収令書交付の手続をしたものである。しかしながらこの買収処分は次の理由により無効である。すなわち、本件土地に関する買収処分については前記のようにすでに昭和二二年七月二日で同日附の買収処分が行われていたところ、被告は昭和三三年一月二五日右買収処分を取り消したため本件土地の所有権は原告に復帰した。しかして昭和三三年一月二七日附で被告は前記の如く買収令書を交付することにより買収したとするのであるが、そもそも農地法施行法第二条に言う「買収の効力が生じていない」とは、市農地委員会の買収計画の公告後、自創法第八条の承認、第九条の買収令書の交付又は公告の手続が遅れて行われずにいるために買収の効力が生じていないことをいうものと解すべきである。ところが本件は買収及び売渡処分がなされ原告の占有が奪われている場合であるから右施行法第二条の適用を受けず結局農地法第二章第二節の規定によらなければならないことになる。けだしもしそうでないとすると、買収処分による所有権移転の時期は買収令書に記載された買収の時期によるものとされているところ、本件においては原告側に何等の責任もないのに買収の期日を一〇年も以前に遡及されたり、又憲法第二九条に違反して一〇年も以前に定められた価額を以て買収代金を決定されたりすることになつて不当だからである。ところが被告は右農地法第二章第二節の規定による手続を行なつていない。よつて本件買収処分は無効であるから本訴に及んだ」と述べ、本件農地買収の経過に関する被告の主張に対しては、「本件土地が本件買収計画樹立当時小作地であつたこと、原告の登記簿上の住所が被告主張どおりであつて原告が船橋市に住所を有しなかつたこと、原告が本件買収計画に対し異議申立も訴願もしなかつたこと、最初の買収令書が原告に到達しなかつたことは認めるが、その余の事実は知らず、又本件買収処分を違法でないとする被告の見解については争う」と述べた。
(証拠省略)
被告指定代理人等は、主文同旨の判決を求め、答弁として「請求原因事実中、原告が本件買収以前本件土地を所有していたこと、被告が本件土地を不在地主の有する小作地と認定して昭和二二年七月二日附を以て被告が自創法第三条第一項第一号により、これを買収し、同日附を以て訴外石井源吾に売渡したこと、更に昭和三三年一月二五日附を以て被告が、原告に対し「公告を以てなした右買収処分」を取り消す旨通知したこと(その意味は後に述べる通りである)、同月二七日被告が原告主張の如き理由に基き自創法第九条第一項本文により右土地につき昭和二二年七月二日附買収の買収令書を発行しこれを原告に送達したことは認めるが、農地法施行法第二条第一項第一号についての原告の解釈については争う」と述べ、本件農地買収の経過につき、「本件土地は台帳地目、現況とも畑で、訴外石井源吾が昭和一五年三月三日に原告から賃借し、以後引き続いて耕作している小作地であつたところ、原告は登記簿によるとその住所が名古屋市千種区千種町元古井三三三番地の一になつていて船橋市には住所を有しない不在地主であつた。そこで訴外船橋市農地委員会は昭和二二年六月七日これを自創法第三条第一項第一号に該当するとして、右登記簿上の住所を原告の住所とし(但し原告住所の地番は「三三三番地の一」であるのに「三〇〇三番地の一」と誤記した)買収期日を同年七月二日とする農地買収計画を定め、同年六月一六日その旨を公告し、同日から同月二六日まで関係書類を縦覧に供したが、異議申立も訴願もなかつたので同年七月二日訴外千葉県農地委員会の承認を受け、右買収計画は確定した。そして被告は右買収計画に係る買収令書を発行したのであるが右令書は原告の住所を「三〇〇三番地の一」と誤記してあつたため原告に到達しなかつたので自創法第九条第一項但書により昭和二五年三月四日千葉県報に登載して公告した。ところがその後被告は前記のように原告の登記簿上の住所が「三三三番地の一」であるのに拘らずこれを「三〇〇三番地の一」と誤記して前記の買収計画書の公告、買収令書の発送、買収令書の公告がなされたこと、従つて右買収令書の公告の無効であることを発見したので、昭和三三年一月二五日右公告による買収処分が無効であることを宣言する意味で右公告による買収を取り消し、その取消書は同月二六日原告に交付された。そして改めて同月二九日被告は農地法施行法第二条第一項第一号により買収期日を昭和二二年七月二日とする買収令書を発行してこれを原告に交付したのである。したがつて結局本件は農地法施行法第二条第一項に当るものであるから自創法に定める手続によりなした本件買収処分には何等の違法はない(東京地裁昭和三三年一月二九日判決、東京高裁同年二月四日判決参照)。」と述べた。(証拠省略)
理由
原告が本件買収以前本件土地を所有していたこと、昭和二二年七月二日附を以て被告が自創法第三条第一項第一号により本件土地を不在地主の有する小作地と認定してこれを買収し、同日附を以て訴外石井源吾に売り渡したこと、更に昭和三三年一月二五日附を以て被告が原告に対し「公告を以てなした右買収処分」を取り消す旨通知したこと(但し、それが買収処分自体の取消であるか否かの点を除く。)、同月二七日被告が原告主張の如き理由に基き自創法第九条第一項本文により右土地につき昭和二二年七月二日附買収の買収令書を発行してこれを原告に発送したこと及び本件農地買収の経過につき本件土地が本件買収計画樹立当時小作地であつたこと、原告の登記簿上の住所が被告主張どおりであつて原告が船橋市に住所を有しなかつたこと、原告が本件買収計画に対し異議申立も訴願もしなかつたこと、最初の買収令書が原告に到達しなかつたことについては当事者間に争いがなく、この事実と何れも成立に争いのない甲第一号証及び乙第二乃至第五号証、第六号証の一、二、第七乃至第一四号証を綜合すれば、次の事実が認められる。すなわち、訴外船橋市農地委員会は昭和二二年六月七日本件土地を自創法第三条第一項第一号に該当するとして、前記登記簿上の住所を原告の住所とし(但し、原告の登記簿上の地番は「三三三番地の一」であるのにこれを「三〇〇三番地の一」と誤記し)買収期日を同年七月二日とした農地買収計画を定め、同年六月一六日その旨を公告し、同日から同月二六日まで関係書類を縦覧に供したが、異議申立も訴願もなかつたので同年七月二日訴外千葉県農地委員会の承認を受け、右買収計画は確定した。そして被告は右買収計画に係る買収令書を発行したのであるが、前記のように原告の住所を「三〇〇三番地の一」と誤記してあつたため右令書は原告に到達しなかつたので、自創法第九条第一項但書により昭和二五年三月四日千葉県報にこれを登載して公告した。ところがその後、被告は、前記のように原告の住所を誤記して前記の買収計画書の公告、買収令書の発送、買収令書の公告がなされたことを発見したので、右公告は無効であつて買収令書交付の効力を発生していないと解し昭和三三年一月二五日右公告による買収処分が無効であることを宣言する意味で原告に対し右公告による買収を取り消す旨の通知をなした上改めて同月二七日農地法施行法第二条第一項第一号によつてなおその例によるとされる旧自創法第九条第一項本文により買収の時期を昭和二二年七月二日と定めた買収令書を発行し昭和三三年一月二九日右令書は原告に到達した。以上のことが認められる。ところで原告は農地法施行法第二条にいう「買収の効力が生じていない」とは買収計画の公告後自創法第一八条の承認、買収令書の交付の手続が遅れて行われずにいるために買収の効力が生じていないことをいうものであつて、右の如く買収及び売渡処分がなされ原告の占有が奪われている場合をいうものでない、従つて被告のなした昭和三三年一月二七日附買収令書による買収処分は無効である旨主張するので考えて見るのに、前記買収計画書及び公告における原告住所の誤記は単に地番の誤記であるから、これを買収計画及び公告の瑕疵とはいい得ないと共に、原告住所の誤記のため買収令書を原告に送達することができなくしてなされた令書の公告は被告の解釈の通り無効であり買収処分の効力が発生していないことが明である。そうとすれば農地法施行の日たる昭和二七年一〇月二一日までに農地買収計画の樹立及び公告があつたゞけで買収の効力が生じていないことになるから農地法施行法第二条第一項の文言にあてはまる場合である。しかし原告は本件の如き場合にも右施行法の条文が適用ありとするにおいては原告側に何の責任もないのに買収の期日を一〇年も以前に遡及されたり、又憲法第二九条に違反して一〇年も以前に定められた価額を以て買収代金を決定されたりすることになつて甚だ不当である旨主張するが、自創法においては買収計画に対する異議、訴願、訴訟等のため買収令書の交付が遅れた場合に買収の時期が相当の年月遡及されることは往々に起るところであつたが、そのため買収処分を違法ならしめるものとは解しがたく、本件において買収令書を交付できなかつたのは原告側の責任ではないこと勿論であるが、そのために特に買収の時期遡及の故を以てそれが十年もの遡及であつても、買収処分を違法ならしめるものとは解し難いから買収の時期遡及の点を以て右施行法の適用を排除する理由となすことはできず又自創法においては買収した農地の対価の類につき不服のある者は別訴を以てその増額を請求し得ることを規定して価額の是正につき保障しているのであるから、農地の対価の故を以て右施行法の適用を排除する理由となすことはできない。以上説明するとおり本件の如く買収手続が一応終了し売渡処分までも行われた場合にも右買収手続に瑕疵があるため買収処分の効力は生じないが、買収計画の樹立及び公告の手続には瑕疵がない場合は、文理上農地法施行法第二条第一項の場合に該当し、しかも右の場合を除外すべき実質的理由も発見し得ないから、右施行法条文は本件の場合においてもその適用があるものと解するのを相当とすべく、従つて本件買収処分は無効ではないといわなければならない。
よつて本件買収処分の無効の確認を求める原告の本訴請求はその理由がないから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 内田初太郎 田中正一 遠藤誠)
(別紙目録省略)