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千葉地方裁判所 昭和35年(モ)439号 判決 1963年7月19日

判   決

市川市鬼越町一丁目二〇二番地

債権者

杉野弌男

右訴訟代理人弁護士

半田和朗

市川市平田町三丁目一九九番地

債務者

安川弘

右訴訟代理人弁護士

大坂忠義

右当事者間の、昭和三五年(モ)第四三九号不動産仮処分異議事事件について、当裁判所は、次の通り判決する。

主文

一、当裁判所が、昭和三四年(ヨ)第一六三号不動産仮処分申請事件について、昭和三四年一二月一四日に為した仮処分決定は、之を取消す。

二、債権者の申請は之を却下する。

三、訴訟費用は債権者の負担とする。

四、本判決は、第一項について、仮に、之を執行することが出来る。

事実

債権者は、

当裁判所が、昭和三四年(ヨ)第一六三号不動産仮処分申請事件について、昭和三四年一二月一四日に為した仮処分決定は、之を認可する、訴訟費用は債務者の負担とする旨の判決を求め、その理由として、

一、債権者所有の船橋市山野町六二六番の土地(宅地二六二坪)(以下、債権者所有地と云ふ)と債務者所有の同町六二七番の一の土地(宅地一四五坪八合)(以下、本件土地と云ふ)とは、別紙見取図々示の通り、相隣接して存在し、債権者所有地は高地、本件土地は低地であつて、その高低の差は、右見取図々示の位置にある(イ)点附近に於て、約二、七〇メートル、同(ロ)点附近に於て、約四、五〇メートルである。

二、(以下省略)

理由

一、本件仮処分によつて保全されるべき権利は、債権者所有地が債務者の所為によつて、土砂の流失による崩壊の危険性が生じたことによる、債権者の債務者に対する、所有権に基く、所有権に対する侵害の危険排除の請求権であることが、債権者の主張自体によつて認められるところ、所有権侵害の危険性のあることによる、所有権に基く、その危険性排除の請求権は、その危険性を生ぜしめた者に責任原因がある場合に、その者に対し、之を取得するものであると解するのが相当であると解されるので、その取得については、その危険性を生ぜしめた者があること、及びその者に、それを生ぜしめたことについて、責任原因があることを要することになるのであるから、先づ、債務者が、債権者所有地に対し、右危険性を生ぜしめたか否かについて審按するに、

(イ)  本件両土地が相隣接する土地であつて、一方が高地、一方が低地となつて居ること、及び高地が債権者所有地であることは、当事者間に争がなく、

(ロ)  而して、(証拠―省略)を綜合すると、右両地間には、ほぼ、債権者主張の様な高低の差があること、右両地の土質は、粘着性のない砂地であつて、高地の土砂は、低地に流失して、高地が崩壊する危険があること、併しながら、従前は、低地の高地に接する部分に、斜面部分があつて、之によつて、低地は高地に接し、右斜面部分には、その表面に草木が生立して居て、之を覆ひ、その内部は、草木の根が張つて居て、土砂を固め、之によつて、右斜面部分は、強固な斜面をなし、自然の防壁として、土砂の流失を防止して居たので、高地は、之によつて、土砂の流失を免れ、従つて、高地は、従前に於ては、之によつて、土砂の流失による崩壊の危険性は自然に排除されて居たものであること、然るところ、昭和三四年一一月中から同年一二月中にかけて、右斜面部分に生立して居た草木は伐採され、且、右斜面部分を切崩して、その部分の土砂を搬出する工事が施行され、その結果、右斜面部分の残存部分は、債権者主張の部分のみとなり、その下部は、断崖状となつて、土質が露出し、之が為め、残存斜面部分以上の高地の土砂が流失して、債権者所有地が崩壊するに至る危険が生ずるに至つたことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はなく、

(ハ)  而して、前記認定の事実と(証拠―省略)と弁論の全趣旨とを綜合すると、低地(本件土地)は、訴外城西興業株式会社が、昭和三四年一〇月頃、之を買受けて、その所有権を取得したものであるが、右訴外会社は、転売の目的で、之を買受けたものであつたので、転売の便宜上、右買受の仲介を為した債務者と売渡人との同意を得て、債務者を仮登記名義人として、所有権移転請求権保全の仮登記を為すと共に、債務者に右土地の管理を依頼したこと、而して、右土地は、南側に若干傾斜し、且、北側には前記認定の斜面部分が存在したので、転売の価格を引上げる為め、右土地の整地を為すと共に、右斜面部分を切崩して、その部分の土砂を搬出し、高地との境界附近に大谷石の積上げによる土留擁壁を設置し、平面部分を広げる工事を施行することとし、同年一一月中から、その工事に取かかり、右整地を為すと共に、前記認定の通り、右斜面部分を切崩して、その土砂を搬出し、その結果、債権者所有地に対し、前記認定の危険性を生ぜしめるに至つたこと、及び債務者は、右土地の管理者として、右訴外会社に依頼され、右工事施行の監督を為して居たのであるが、本件仮処分の執行が為されたので、その地位を退き、爾後、右工事には全然関与して居ないことが認められ、以上の認定を動かすに足りる証拠はなく、

而して、以上に認定の事実によつて、之を観ると、前記認定の工事によつて、前記認定の危険性が生ずるに至つたことが明かであるから、右危険性は、右工事を実施した者が之を生ぜしめたことになるものであるところ、右認定の事実によると、右工事を実施した者は、低地の所有者である前記訴外会社であつて、債務者は、単に、右訴外会社の依頼によつて、右工事の施行を監督したに過ぎないもので、云はば、右訴外会社の使用人として、之に関与したに過ぎないものであることが認められるので、結局、右工事の実施者は、右訴外会社であつて、債務者は、その実施者でも又その協同実施者でもないと判定しなければならないものであるから、債務者は、右危険を発生せしめたものでないと云はざるを得ないものである。

二、然る以上、債権者は、前記理由によつて、債務者に対しては、前記権利を取得して居ないものであると云はざるを得ないものであるから、債権者は、債務者に対する関係に於ては、本件仮処分によつて保全せらるべき前記権利を有しないものであると断ぜざるを得ないものである。

三、而して、被保全権利か認め得られない以上、本件仮処分申請は理由がなく、その申請を理由があると認めて為された本件仮処分決定が失当であることは、多言を要しないところであるから、(尚、本件の場合は、疎明不十分ではなく、明かに、被保全権利の存在を認め得ないのであるから、疎明の不十分を保証によつて代えしめる問題は生じないと解する)、右仮処分決定は、之を取消し、債権者の本件仮処分の申請は、之を却下し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について、同法第一九六条を、各適用し、主文の通り判決する。

千葉地方裁判所

裁判官 田 中 正 一

物件目録

見取図)(省略)

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