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千葉地方裁判所 昭和35年(行)3号 判決 1963年3月29日

判   決

千葉県香取郡大栄町前林一、三五八番地

原告

松下辰五郎

同県同郡同町十余三第二区

井上義次

右両名訴訟代理人弁護士

小原義紀

同県同郡同町吉岡一一番地

昭和三四年(行)第二号事件被告

雨郷久一

(登記簿上は久市)

外八五名(別紙のとおり)

右八六名訴訟代理人弁護士

小堀保

同県同郡同町

昭和三五年(行)第三号事件被告

大栄町右代表者町長

川島進

右当事者間の昭和三十四年(行)第二号土地売買契約無効確認等請求事件、同三五年(行)第三号所有権移転登記抹消登記手続請求事件につき、当裁判所は、つぎのとおり判決する。

主文

被告大栄町(旧昭栄村)と他の被告ら(ただし、別表中秋山ナヲ以下を除く)および亡秋山一郎、同加藤寅松、同堀越好弥との間に、昭和二九年一一月二七日別紙目録記載の土地につきなされた売買契約が無効であることを確認する。被告大栄町に対し他の被告らは、右土地につき千葉地方法務局多古出張所同日受付第二、七四一号をもつてなした右売買による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は、被告らの負担とする。

事  実(省略)

理由

一、まず、昭和三四年(行)第二号事件被告らの本案前の抗弁について判断する。

(一)  右被告らは、原告らが提起した本件売買契約無効確認の訴は過去における法律関係の確認を求めるものであり、かりに、右訴が現在の権利または法律関係の存否確定を求めるものであつても、原告らには確認の利益はなく、また、原告らは右売買による所有権取得登記の抹消登記手続を求める実体法上、登記法上の請求権を有しないから、本訴請求は許されない旨主張するけれども、本件訴訟は地方自治法第二四三条の二第四項に基づく「当該職員の違法な当該行為の無効若しくはこれに伴う当該普通地方公共団体の損害の補てんに関する裁判」を求めるものであることは、原告らの主張自体によつて明らかである。

右法案が規定するいわゆる住民訴訟は、地方公共団体の公金、財産の違法処理を有効に防止または是正すると同時に、住民の地方自治関与の拡充を目的として、当該地方公共団体の実体をなす住民に対し特に与えられた公法上の権利であつて、住民各個の個人的利益のためというよりは住民全体の利益を図る公益的なもので、普通の民事訴訟のように私権保護のためではないという性質を有するものであり、そのうち「当該職員の違法な当該行為の無効若しくはこれに伴う当該普通地方公共団体の損害の補てんに関する裁判」は役職員の違法または権限を超える行為が無効であることを宣言もしくは違法行為によつて地方公共団体に損害が生じた場合に住民が当該団体に代つて、その補てんを求める裁判であつて、ともに事後的救済を与えるためのものであるから、右抗弁は主張自体理由がない。

(二)つぎに右被告らは、原告らにおいて、本訴を最初は純然たる民事訴訟として千葉地方裁判所佐原支部に提起しながら、後になつていわゆる住民訴訟と主張するのは、訴の性質や管轄に変更を来たすもので、訴の変更にあたるから許されない旨主張するので考えるに、原告らは昭和三一年二月一〇日大栄町(旧昭栄村は昭和三〇年四月五日行政区画の名称変更により大栄町となる)の住民であることを主張して、本訴を前記佐原支部に提起したものであることは、本件訴状の記載によつて明らかであり、本件が同庁昭和三一年(ワ)第一三号事件として訴訟係属中、昭和三三年六月一〇日原告らは大栄町監査委員に対し本件売買契約等の適否につき監査請求をなし、右監査委員から原告らに対し適否の判定をなし難き旨の監査結果の通知がなされたので、佐原支部においては昭和三四年六月三〇日、本訴は地方自治法第二四三条の二第四項の住民訴訟に該当するもので、地方自治法第二四三条の二第四項の規定による請求に関する規則(昭和二三年最高裁判所規則第二八号)は、右法案所定の訴訟は行政事件訴訟特例法(昭和二三年法律第八一号)の定めるところによる、と規定していたので地方裁判所および家庭裁判所支部設置規則(昭和二二年最高裁判所規則第一四号)第一条第二項に則り、本訴は地方裁判所支部において審理裁判できないから、当裁判所において行政事件として審理裁判さるべきものとして、これを回付したものであること、および原告らにおいては本訴の請求の趣旨および原因をなんら変更していないことが本件記録並びに弁論の全趣旨によつて認められる。

そうだとすれば本訴は最初から地方自治法第二四三条の二第四項のいわゆる住民訴訟として提起されたものであることは明らかであり、右訴訟において地方公共団体の住民が監査請求をしないで直接訴を提起することは不適法として許されないことは右法案の規定に照らして明らかであるが、訴却下前に監査請求をし、その監査の通知があつたときは、訴のかしは治癒されるものと解するを相当とするから、結局本訴はいわゆる住民訴訟として適法なものというべきである。

そして、原告らは、本訴の請求の趣旨および原因については、なんらの変更もしていないのであるから、本訴は最初から行政事件として当裁判所に提起されて審理裁判さるべきであるのに、佐原支部に提起され、当初民事事件として受理され、その後当裁判所に回付されて行政事件として審理されるに至つたことのみをもつてしては、いまだ訴の変更となるものではないから、この点に関する右被告らの抗弁も理由がない。

二、よつて、本案について判断する。

本件溜池がもと国の所有であつたこと、右溜池につき昭和二六年七月六日国から旧昭栄村へ払下による所有権移転登記がなされ、ついで昭和二九年一一月二七日原告ら主張のとおり昭栄村から昭和三四年(行)第二号事件被告ら(ただし、別表中秋山ナヲ以下を除く)および亡秋山一郎、同加藤寅松、同堀越好弥らへ売買による所有権移転登記がなされ、その際同村議会の議決を経なかつたこと、右秋山一郎、加藤寅松、堀越好弥がいずれも原告ら主張の日に死亡し、その主張のとおり相続が行なわれたことは、原告らと昭和三四年(行)第二号事件被告らとの間に争いがなく、右各事実は原告らと昭和三五年(行)第三号事件被告との間においても弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

しかして、国と昭栄村との間になされた本件溜池の払下契約および本件売買契約の効力について争いがあるので、この点について判断する。

(一)  まず、国と昭栄村との間になされた払下契約について、

昭和三四年(行)第二号事件被告らは、右溜池は形式上は国から昭栄村へ払下げられたように手続がなされているが、実際は吉岡部落民である右被告らに払下げられたもので、右被告らは国と払下契約を締結するに際し、昭栄村名義を借りたにすぎない旨主張するので、この点について検討するに、(証拠―省略)を総合すると、つぎの事実が認められる。

すなわち、本件溜池はその周辺山林とともに、旧御料牧場の中に存し、国に物納されるまでは帝室林野局の所管に属していたものであるが、大正初年ごろから旧昭栄村多良貝、夜番両区の住民においては林野局に対し労力を提供しあるいは採草料を納入したりして、右溜池は飲料水の水源、周辺山林は草刈地や下屑採取地として利用し、他方同村吉岡区の住民においても本件溜池をその下流にある吉岡野田耕地三十余町歩の水田の灌漑用貯水池、周辺山林は右溜池の水源涵養林として利用していた関係上、吉岡部落民は大正一三年ごろから、多良貝、夜番両部落民は大正一五年ごろから、それぞれ本件溜池およびその周辺山林の払下を当時の帝室林野局に申請し、その間大正一四年に吉岡部落民は林野局から右溜池、山林の借地の許可を受けたが、そのいずれにも払下がなされないでいた。そして太平洋戦争終了後、右物件は国に物納され、大蔵省の所管となつたが、間もなく右物件払下の方針が明らかにされるや、前記吉岡部落民と多良貝、夜番の両部落民はともに昭和二三年ごろ、右物件の払下をその担当である東京財務局に申請したので、そのころ右財務局の係官が現地を調査したところ、前記のような本件溜池および周辺山林の利用関係が判明し、その後も右部落民らが右物件の払下をめぐつて陳情を重ねる等激しくしのぎをけずつていたので、払下当局においてもその処理を決しかねているうち、昭和二四年二月九日昭栄村議会において、右部落民らの紛争を円満に収拾するため、右物件を村有地として払下を受ける旨を議決し、その意向が払下当局に伝えられたので、同年七月ごろ、東京財務局千葉支部の担当係官である井崎課長および久保田成一事務官の両名が現地に赴き、同村吉岡の大慈恩寺に村長飯塚清および吉岡、多良貝、番各部落民代表ら一〇名ぐらいの参集を求め、双方から事情を聴収するとともに、従来の紛争の経過からして、本件溜池およびその周辺山林を部落を対象として払下げるのは適当でないから村有地として払下げ、右物件に対する利用関係は従来のままとするとの払下当局の方針を示すとともに、右物件についての将来の紛争を避けるために、右物件は払下後は村有とし、物納前からの使用者たる前記部落民らに使用権を設定して引続き使用させるとの趣旨を払下条件として特別に売払通知書に明記することの諒解を求めたところ、参集者一同は異議なくこれを諒承したこと、そして、飯塚村長は昭和二五年一月一五日普通財産申請書(甲第九号証の六)を大蔵大臣あてに提出して前記物件の売払を申請し、その際前記昭和二四年二月九日の昭栄村会議事録(甲第二号証)とは一部において相違のある同旨の昭栄村会議事録抜萃(甲第九号証の七)を自己名義で作成し(甲第九号証の七に存する「経済的条件其他の件に付いては一般会計に繰り入れず地元民の寄付を以て充てるものとす」なる記載は、同第二号証の村会議事録には存しない。)、これを申請書に添付し、昭和三五年三月二〇日国との間に右物件の売払契約が成立し、その国有財産売払通知書(甲第九号の二)には前記約旨に基づき、「売払後は村有林とし本物件を物納前からの使用者に使用権を設定して引続き使用させること及び立木伐採にあたりて夜は使用者と合議の上行なうこととする」との記載が売払の条件第九項として特に明記されたこと、ところが飯塚村長はいかなる意図からか、右物件の払下代金の支出についてはなんらの予算措置を講じないばかりか、村議会にも諮ることなく、自己の出身部落である吉岡部落民らから金銭を徴して、同年三月二八日東京財務部千葉支部に右払下代金二一万一、七八二円六銭を納入したこと、さらに前記昭和二四年二月九日の昭栄村議会においては右物件の払下が第五号議案「国有山林及溜池払下に関する件」として審議され、村有として払下げを受けることに満場一致で可決されているが、飯塚村長からは吉岡部落が村の名を借りて払下を受けるものであるとか、あるいは一応村に払下を受けた後に吉岡部落に売り渡すものであるなどとの提案趣旨の開陳はなんらなされなかつたこと(もし右のような提案趣旨が開陳なされたとすれば、払下の経過からして満場一致で可決されることは到底考えられない。)がそれぞれ認められ、右認定に反する(省略)各本人尋問の結果は前掲各証拠に照らし、たやすく信用できない。

そうだとすれば、右認定の払下の経過、国有財産売払通知書の売払条件第九項および本件溜池がその周辺山林と一体をなして対象となつていたことからして、本件溜池は前記の国と昭栄村との間になされた売払契約によつて、村有地として保持さるべきものとして同村に払下げられたものというべく、たとへ吉岡部落民たる本件被告らによつて右払下代金が支弁されても、それは飯塚村長がなんらかの意図のもとに故意に予算措置を講ぜず、右被告らから徴したものであるから、右売払契約の効力になんら影響を及ぼすものではない。

(二)  原告らは、本件溜池は昭栄村の基本財産であるから、その処分については地方自治法第九六条第一項第六号により、村議会の議決を要するから、右議決を経ない本件売買契約は無効である旨主張するので、この点について検討するに昭栄村長飯塚清が本件溜池について、昭和二九年一一月二七日主文第一項掲記の者らと売契買約を締結し、その際村議会の議決を経なかつたことは前記のとおりである。

そこで、本件溜池が昭栄村の基本財産であつたか否かについて考えるに、本件溜池がその周辺山林とともに、吉岡、多良貝、夜番各部落民間の長年にわたる紛争を解決するために、昭和二四年二月九日の昭栄村議会の議決に基づいて所有財産として特に同村に払下げられたものであることは、前段認定のとおりであり、(証拠―省略)を総合すれば、昭和二八年一〇月一三日開催の昭栄村議会において、学校増築費捻出のため、前記払下にかかる本件溜池周辺の山林の立木を伐採することが審議された際、本件溜池および周辺山林の払下代金は事実上吉岡部落民である主文第一項掲記の者らがこれを支弁している事実が明らかにされたので、本件の溜池、山林の払下問題調査のため、村議会内に林野委員会なるものが組織され、その調査の結果、種々の疑惑が生じたので、昭和二九年一二月一八日開催の村議会において、あらためて前記昭和二四年二月九日の村議会の議決に基づき本件溜池およびその周辺山林が村有財産であることを再確認する旨の議決がなされたことが認められる。

そうだとすれば、本件溜池およびその周辺山林は払下の経過等に照らして不可分一体のものとして昭栄村に払下げられたものというべきところ、山林自体は収益財産であることは明らかであり、また(証拠―省略)によれば、昭栄村においては村有山林はすべて基本財産とされていることが認められる。

思うに、村有の収益財産のすべてが基本財産と認められるべきものではないけれども、前段認定のように村内の多数の部落が払下を競願し、村議会が村有財産として払下を受けることとして事態を収拾するため、村有財産として払下を受ける旨の議決をなした場合には、右議決は払下後の山林を、他の村有山林と同じように基本財産としては村有のまま維持する趣旨であつたと解するのが相当である。それ故、本件溜池およびその周辺山林は一体をなして、村議会の議決によつて昭栄村の基本財産として設置されたものと解するのが相当である。もつとも、(証拠―省略)を総合すれば、本件溜池は昭栄村の財産目録にはなんら登載されていないことが認められるけれども、基本財産として設置する旨の議会の議決が存する以上は、財産目録への登載の有無を問わず、地方自治法所定の基本財産というを妨げないものと解すべきである。

昭和三四年(行)第二号事件被告らは、かりに本件溜池の処分については村議会の議決を要するものとしても、飯塚村長は昭和二四年二月九日の村議会において、吉岡部落民へ払下処理する旨の提案趣旨を説明し、その承認を得ているから、本件売買契約締結につき再度村議会の議決を経る必要がない旨主張するけれども、右主張事実が認められないことは前段認定のとおりである。

そうだとすれば、昭栄村長飯塚清は、同村の基本財産たる本件溜池を適法な村議会の議決を経ることなく、主文第一項掲記の者らに売却したものというべく、右売買契約は地方自治法第九六条第一項第六号に違反し、適法な地方公共団体の意思決定なくしてなされたものであるから、無効と解すべきである。

(三)  そこで、原告らの損害補てんの請求について検討するに昭栄村から主文第一項掲記の者らへ右売買を原因とする所有権取得登記がなされ、秋山一郎、加藤寅松、堀越好弥が原告ら主張の日に死亡し、その主張のとおり相続が行なわれたことは前記のとおりである。右売買契約が飯塚村長の違法行為に基づく無効なものであることは前段認定のとおりであるから、昭和三四年(行)第二号事件被告らは被告大栄町(旧昭栄村が和三〇年四月一五日行政区画の名称変更をなしたもの)に対し、右売買を原因とする所有権取得登記を抹消すべき義務がある。そして、右違法行為は大栄町に経済上の損害を与えるものであることは明らかである。

したがつて、原告らが大栄町の住民として右町に代つて、本件溜池が大栄町の所有に属することを理由に、その損害の補てんを求めるため、昭和三四年(行)第二号事件被告らに対し、本件溜池につきなされた前記売買による所有権取得の抹消登記手続を求める請求は理由がある。

三、以上のとおり、本件売買契約の無効確認および所有権取得登記の抹消登記手続を求める原告らの請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

千葉地方裁判所民事部

裁判官 岡 村 利 男

裁判官 辻   忠 雄

裁判長裁判官猪俣幸一は差支えにつき、署名捺印することができない。

裁判官 岡 村 利 男

昭和三四年(行)第二号事件被告目録、物件目録(省略)

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