千葉地方裁判所 昭和35年(行)4号 判決 1962年12月25日
原告 協和興業株式会社
被告 国
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「館山税務署長が原告会社に対し昭和二八年四月三〇日付をもつて通知した昭和二七年度(昭和二七年九月より昭和二八年三月まで)分の源泉徴収利子所得税本税、同加算税、同利子税、延滞加算税および昭和二九年三月三一日付をもつて通知した昭和二八年度(昭和二八年四月より昭和二九年三月まで)分の源泉徴収利子所得税本税、同加算税等の各決定はいずれも無効であることを確認する。被告は原告会社に対し金四八二、四五七円およびその内、金一〇〇、〇〇〇円に対して昭和二八年九月四日より、金三〇、〇〇〇円に対して昭和二九年八月一日より、金一〇、〇〇〇円に対して昭和三二年一一月一日より、金一〇、〇〇〇円に対して同年一二月一七日より、金三三二、四五七円に対して昭和三六年八月五日よりそれぞれ完済に至るまで百円につき一日金三銭の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
一、原告会社は、もと第一実業振興株式会社なる商号で、本店を館山市北条一七八一番地に置き、旧貸金業等の取締に関する法律(昭和二四年法律第一七〇号)および同法廃止後は出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律(昭和二九年法律第一九五号)に基づき、大蔵省財務部長に届出をなし、受理第一九七号をもつて右届出の受理通知を受け、同財務部長等の指導、監督のもとに貸金業を営むことを目的とするいわゆる株主相互金融方式による商事会社である。
而して、株主相互金融方式による商事会社においては、一般に、増資の都度会社重役をしてその増資新株の引受をさせた後、その譲渡を斡旋して重役が引受けた増資新株を消化することにより自己資金を増加する外、株主の一部特定人から金員を借り入れ、これらを融資資金として営業を続けていたのであるが、その営業中において右借入金については、それが消費貸借上の債務であることの当然の結果として、債権者に対し利子の支払をしていた。
原告会社もまた、かような一般の例に従つて営業を継続し、昭和二七年度(同年九月より昭和二八年三月まで)および昭和二八年度(同年四月より昭和二九年三月まで)を通じて右のような借入金に対する利子として合計金一、九五四、〇四六円の支払をした。
ところが、昭和二八年三月三日国税庁長官は、直法一―三〇、直所一―一七国税局長宛通達をもつて「株主相互金融株式会社等が当該株式会社の株主から借入れ、または預つた金銭は法人に対する消費寄託と認め、その対価として株主が受ける所得は税法上の利子所得として課税するものとする。」旨を税務署に指示した結果、館山税務署長は右通達に基づき原告会社が支払つた前記借入金利子は所得税法第九条第一項第一号の利子所得に該当するから同法第三七条により原告会社に源泉徴収の義務があるとして、昭和二八年四月三〇日付をもつて昭和二七年度分の利子所得税本税一二二、六四二円、同加算税三〇、〇〇〇円、同利子税八、二八〇円、延滞加算税二、七六〇円および昭和二九年三月三一日付をもつて昭和二八年度分の利子所得税本税一五二、二二五円、同加算税三二、〇〇〇円の納付方を原告会社に通知してきた。
よつて、原告会社は昭和二八年九月三日金一〇〇、〇〇〇円、昭和二九年七月三一日金三〇、〇〇〇円、昭和三二年一〇月三一日および同年一二月一六日各金一〇、〇〇〇円以上合計一五〇、〇〇〇円を右源泉徴収利子所得税本税の内金として館山税務署に納付し、残税額を納付しないでいたところ、被告は昭和三六年八月四日館山税務署を通じて原告会社に対し、同税務署長がさきに原告会社に対してなした昭和二七年度分の源泉徴収配当所得税の通知処分を取消すとともに、その結果原告会社に返還すべき同年度分の既納付配当所得三一四、六六九円およびこれに対する還付加算金二三五、五一〇円以上合計五五〇、一七九円のうち三三二、四五七円をもつて前記源泉徴収利子所得税本税、同加算税、同利子税、延滞加算税の未納付分に充当した。
二、しかしながら、所得税法にいわゆる利子所得とは同法第九条第一項第一号に示すように、公債、社債および預金の利子ならびに合同運用信託の利益を指称し、特に預金の利子は消費寄託契約上の利子のみをいい、借入金すなわち純然たる消費貸借契約上の利子はこれに含まれないと解すべきものであり、そして原告会社が支払つた前記利子は借入金すなわち純然たる消費貸借契約上のものであつて、消費寄託契約上の利子ではない。その理由は次のとおりである。
(一) 原告会社は、すでに一、において述べたように、旧貸金業等の取締に関する法律の効力が存した当時は同法に基づき大蔵省財務部長の、同法廃止後は出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律に基づき千葉県知事の各指導、監督の下に営業を行つていたのであつて、右各法律上は、不特定多数の者から金銭を預ること、すなわち消費寄託契約上の預り金または金銭の受入れを行うことは禁止されていたから、原告会社としてはこの禁止に違反するを得ないことは勿論、その他の方法によつて営業資金を獲得しなければならなかつた。そこで、まず新株発行による増資により自己資金の増加を図る外、特定人すなわち原告会社の社長その他の役員もしくはその親戚、縁故者等から金員を借入れることによつて営業資金の不足を補つていたのであり、その借入先は僅か四五名で、そのうち原告会社の株主は二五名、その他はすべて特定の縁故者であつた。
(二) そして、原告会社は右借入をなすにあたつては、借入先すなわち債権者に対して必ず約束手形または借用証書ないし借入証書を発行、交付し、かつ長期借入金と短期借入金の二種類に区分して各別に利率を定めるなど、全く純然たる消費貸借契約締結の手続をふむことは固より、その実質に従つて金員を受領して借入れたものである。
(三) 而して、消費貸借契約は主として寄託者の利益を目的としてなされたものであるに反し消費貸借契約はもつぱら債務者の利益のためになされるものであるところ、原告会社は自己資金たる株式代金をもつて融資資金となす外、一部特定人からの借入金をもつて融資資金および会社経費に充て、そしてこの場合には債権者への支払利息と貸付先よりの受取利息の差額すなわち利ざやをもつて営業収益としていたのであるから、右借入金はもつぱら債務者たる原告会社の利益のためのみによりなされるものであるから、預金すなわち主として預け主の利益のためになされる消費寄託契約とは全く性質を異にするものである。
三、以上のとおり、原告会社が支払つた前記利子はあくまで消費貸借契約上の借入金利息であつて、所得税法にいわゆる預金の利子でなく、従つて原告会社には、その支払の際利子所得税を源泉徴収すべき義務がないことが自ら明白であるにもかかわらず、館山税務署長は前記国税庁長官通達に基づきこれを消費寄託契約上の預金の利子とし、原告会社に対しこれが利子所得税の源泉徴収義務があるとして昭和二八年四月三〇日付および昭和二九年三月三一日付通知をもつて前記各決定をなしたが、右決定がいずれも無効であることはすでに述べたところより明らかであり、被告は無効の該決定に基づき徴収した前記金員を全部原告会社に返還すべき義務があるものである。
四、よつて、原告会社は、館山税務署長がなした右各決定がいずれも無効であることの確認および被告に対し原告会社が前記の各日に昭和二七、八両年度分の源泉徴収利子所得税本税の内金としてそれぞれ納付した前記金員合計一五〇、〇〇〇円と原告会社が返還を受くべき昭和二七年度分の前記既納付配当所得税およびこれに対する還付加算金の合計金中より被告が前記の日に右両年度分の源泉徴収利子所得税本税、同加算税、同利子税、延滞加算税の未納付税額に充当した前記金員三三二、四五七円との合計金四八二、四五七円ならびにそのうち、金一〇〇、〇〇〇円に対するその納付の日の翌日たる昭和二八年九月四日より、金三〇、〇〇〇円に対するその納付の日の翌日たる昭和二九年八月一日より、金一〇、〇〇〇円に対するその納付の日の翌日たる昭和三二年一一月一日より、金一〇、〇〇〇円に対するその納付の日の翌日たる同年一二月一七日より、金三三二、四五七円に対するその充当の日の翌日たる昭和三六年八月五日よりそれぞれ完済に至るまで国税徴収法第一六四条所定の百円につき一日金三銭の割合による還付加算金の支払を求めるため本訴に及ぶ、と述べた。
(証拠省略)
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
一、原告会社主張の請求原因一、記載の事実のうち、原告会社が昭和二七、八両年度においてその株主の一部特定人から金員の借入をなしたとの点および借入金は消費貸借上の債務であるとの点を争い、その余は認める。同二、ないし四、記載の事実は全部争う。
二、すなわち、本件課税処分は適法なものであつて、以下述べるとおりこれを無効とするいわれは全くないものである。
原告会社は、そのいわゆる借入金の利子なるものが、所得税法第九条第一項第一号の預金の利子にあたらないとし、その理由として、その元本はもつぱら原告会社の利益のために少数の特定人から消費貸借契約によつて借入れたものであると主張するが、次に述べるように、その元本は不特定多数の者から借入れたもので、その目的も原告側の営業資金の調達のためばかりでなく、資金提供者側の利殖のためでもあつたもので、その実体は銀行等における預金の受入れと同様なものであるから、これに対する利子は、まさしく右規定の預金の利子に該当するのである。すなわち、
(一) 原告会社の営業内容は、要するに、株主相互金融の名の下に広く一般から資金を集めてこれを他に融資し、その貸付利息を収入として自らの経費をまかない、かつ株主に優待金または利益を配当することを目的とする営業を行つていたのである。しかし、その営業資金または収入は株主の払込金および貸付利息だけでは不十分で、これをもつて融資希望者に対する融資にあて、会社の経費および優待金を支弁するには到底足りなかつた。そこで原告会社としては株式会社の払込金以外の資金を集める必要に迫られたのであるが、他面、資金提供者側においても、株主として原告会社の企業に参加することを望まず、ただこれに資金を提供して純然たる債権者の立場で確実な利息の収受を希望する向きも多い実情であつた。
かくして、原告会社は株式払込以外の資金を一般から受入れたのであるが、これには次の二方法が採用された。
(イ) 一定の返済期限を定めて資金を受入れ、一定の利率により利息を支払うことを約するもの。この場合期限前に解約を申し出た者に対しては、元本の五パーセントの手数料を徴してその申出に応じた。そしてこの受入れに対しては印刷された用紙による借入証券(乙第四号証の一ないし三、第五号証参照)を交付するのを常としたが、時には約束手形を交付した場合もあるようである。この方法による資金の受入れは銀行の定期預金の受入れに類似するものとみられる。
(ロ) 資金提供者から資金を随時受入れ、またその要求に応じて随時その全部または一部を払い戻し、その間に一定の利率により利息を支払うことを約するもの、この受入れに対しては印刷された用紙による出資金通帳(乙第三号証参照)を交付し、受入および払戻額をその都度記帳して現在高を明らかにしていた。これは銀行の普通預金に類似するものとみられる。原告会社の従業員その他の関係者たちはこれを自由預金と称していた。
原告会社は右のようにして株式払込以外の資金の受入れを行つたのであるが、その額が原告会社の営業規模からみて決して少ないものでなかつたことは、昭和二七年度の株主優待金支払額が一、六八〇、八二三円であるに比し、昭和二七、八両年度のいわゆる借入金利子支払額が一、九五四、〇四六円であることからみても明白である。
(二) 原告会社は、そのいわゆる借入金の借入先は少数の特定人で、しかもそれは全く原告会社の便宜のための一時的借入れであるかの如く主張するが、原告会社がさきに述べたような用紙(乙第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証)をあらかじめ準備してこれに所要事項を記入し、これを資金提供者に交付していた事実は、そのいわゆる借入れが特定少数人からの一時的なものでないことを示すものである。そして、原告会社が主張するようにその借入先が四五名であるのも、原告会社の営業規模からみて決して少ないとはいえないし、特に前記の如き昭和二七年度の株主優待金支払額と昭和二七、八両年度の借入金利子支払額を比較すれば、その資金の受入れが決して少数特定人からの一時的借入でないことが明らかである。また、これらの資金提供者に対しては月四分ないし一分という相当高額の利息が支払われているのであるが、このことは右資金提供が利殖のために行われたことを示すものである。
(三) 原告会社の営業の実体は右のとおりであつて、それは規模が小さいとはいいながら、銀行と同様に一般から金銭の消費寄託を受けていたものというべきである。
そして、所得税法第九条第一項第一号の預金の利子は、一般に銀行等の金融機関その他資金を利用する者が不特定または多数の者から金銭の消費寄託を受けこれに支払う利子をいうものと解される(もつとも、右法条が公債、社債の利子と並べて預金の利子を規定していることや利子所得を源泉徴収の方法で把握することとしていることなどから同法の趣旨を考えれば、消費寄託という点に余り重点をおく必要はなく、不特定または多数の者からの資金の受入れであれば、それが消費貸借によるものであつても、なおこれを預金の利子にあたるものと解して妨げないと考えるが、本件ではこの点に深く立ち入る必要はないと考える)。してみれば原告会社のいわゆる借入金の利子はまさに所得税法第九条第一項第一号の預金の利子に該当するものであつて、原告会社がこれについて源泉徴収の義務を負担することは当然であり、この見解に立脚した本件課税処分は違法であり、何ら違法な点はないのである。
三、なお、行政処分が無効とされるためには、その処分に単に瑕疵があるだけで足るものではなく、その瑕疵が重大かつ明白なものであることを必要とするところ、本件の利子を預金の利子と判断した館山税務署長の見解が仮りに誤つているとしても、その判断は右に述べたように原告会社の営業内容の実態を調査検討した上でなされたものであつて、少くとも明白な誤りを犯したものでないことはいうまでもないから、本件課税処分が無効なものとされるいわれは全くないのである、と述べた。
(証拠省略)
理由
原告会社が、もと第一実業振興株式会社なる商号で、本店を館山市北条一七八一番地に置き、旧貸金業等の取締に関する法律(昭和二四年法律第一七〇号)および同法廃止後は出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律(昭和二九年法律第一九五号)に基づき大蔵省財務部長に届出をなし、受理第一九七号をもつて右届出の受理通知を受け、同財務部長等の指導、監督のもとに貸金業を営むことを目的としたいわゆる株主相互金融方式による商事会社であること、原告会社は、株主相互金融方式による商事会社一般の例に従つて、増資の都度会社重役をして増資新株の引受をさせた後、その譲渡を斡旋して重役が引受けた右増資新株を消化することにより自己資金の増加を図る外に、他から金員を受入れ(それが株主その他の一部特定人からの借入金であつて消費貸借上の債務であるか否かはしばらくおく。)、これらを融資資金として営業を継続していたこと、而して、原告会社は昭和二七年度(同年九月より昭和二八年三月まで)および昭和二八年度(同年四月より昭和二九年三月まで)を通じて右のように他から受入れた金銭に対する利子として合計金一、九五四、〇四六円の支払をしたこと、昭和二八年三月三日国税庁長官が直法一―三〇、直所一―一七国税局長宛通達をもつて原告会社主張の通りの趣旨を税務署に指示したこと、館山税務署長は右通達に基づき原告会社が支払つた右利子が所得税法第九条第一項第一号に規定する利子所得に該当するので同法第三七条により原告会社に源泉徴収義務があるとして、昭和二八年四月三〇日付をもつて昭和二七年度分の利子所得税本税一二二、六四二円、同加算税三〇、〇〇〇円、同利子税八、二八〇円、延滞加算税二、七六〇円および昭和二九年三月三一日付をもつて昭和二八年度分の利子所得税本税一五二、二二五円、同加算税三二、〇〇〇円の納付をなすべきことを原告会社に通知したこと、よつて原告会社は昭和二八年九月三日金一〇〇、〇〇〇円、昭和二九年七月三一日金三〇、〇〇〇円、昭和三二年一〇月三一日および同年一二月一六日各金一〇、〇〇〇円宛以上合計一五〇、〇〇〇円を右両年度分の源泉徴収利子所得税本税の内金として館山税務署に納付し、残税額の納付をなさなかつたこと、その後被告は昭和三六年八月四日館山税務署を通じて原告会社に対し、同税務署長がさきに原告会社に対してなした昭和二七年度分の源泉徴収配当所得税の通知処分を取消すとともに、その結果原告会社が返還を受くべき同年度分の既納付配当所得税額三一四、六六九円およびこれに対する還付加算金二三五、五一〇円以上合計五五〇、一七九円のうち三三二、四五七円をもつて前記源泉徴収利子所得税本税、同加算税、同利子税、延滞加算税の未納付分に充当したことはいずれも当事者間に争いがない。
よつて、本件利子が所得税法にいわゆる預金の利子に該当するか否かについて検討する。
思うに、預金は、銀行その他の各種金融機関に対するそれにみられるように、一般に、これらの者が不特定多数の相手方、すなわち預金者に対し同額の金銭の返還を約して、預金者から預託を受けた金銭であつて、受入れた金銭自体をその侭保管するのではなく、これを自由に使用、消費し、その返還にあたつては同額の金銭をもつてすればよいのであるから、民法第六六六条の消費寄託の性質をもつものということができ、所得税法中にこれと異なる税法固有の預金概念を採用していると認むべき根拠を見出し得ないから同法第九条第一項第一号にいわゆる預金は右と同一の意義、すなわち不特定多数の者から受入れた消費寄託の性質を有する金銭と解するのが相当である。そして、このような預金は、いわゆる借入金すなわち金銭の消費貸借とは、両者がいずれも同額の金銭の返還を約してなされた金銭の受入れであつて、受入れた金銭はこれを自由に使用、消費し得る点では同じであるが、実際上後者は借主において生活または経済的活動の資金などとして使用、消費せられること、いわばその便宜ないし利益のためにすることを第一義とするに反し、前者は預金者において預け先に金銭的価値の保管を託することにより自ら金銭の出し入れを行う手数を省き、盗難、火災など不測の危険を免れ、あるいは貯蓄または利殖を図るなど、いわば預金者の便宜ないし利益を第一義とし、従つて預金がいかように運用せられるかは寧ろ第二義とされる点で両者はその経済的性質(出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律第二条第二項参照)を判然と異にするものである。そして、税法上は、受入れられた金銭が預金または借入金のいずれに属するかは、単に当事者によつて選ばれた法律的形式だけではなく、右のような観点よりその経済的性質をも検討して判定すべく、この場合もし当事者によつて選ばれた法律的形式が、当該金銭受入行為の経済的性質からみて通常採らるべき法律的形式と齟齬する異常のものであり、かつそのような異常な法律的形式が選ばれたことにつき、これを正当とする特段の事情がない限りは、租税負担の公平の見地からいつて、当事者によつて選ばれた法律的形式のみに拘泥すべきではないと解するのが相当である。そして、いずれも成立に争いのない甲第五号証、乙第一ないし三号証、第五ないし八号証、証人安西節子の証言および原告会社代表者石川数一訊問の結果(第一、二回)の各一部(ただし、後記信用しない部分を除く。)に当事者間に争いのない前記事実を綜合すると、原告会社はいわゆる株主相互金融方式により払込を受ける株式代金などだけではその営業資金が不足したところから、昭和二七、八年度において右株式代金の払込以外の方法で顧客から右資金の吸収に努めたこと、そしてそのため原告会社は広く一般に対し原告会社に対する金銭の醵出が顧客にとつて「安全、且つ有利な投資」であることや、顧客は原告会社に金銭を「何時でも入れて約束の日には必ず出せる」ことなどを広告宣伝して顧客の勧誘にあたつたこと、原告会社では会社幹部から従業員の末端に至るまで殆ど全員がそれぞれの親戚、友人、知合その他なにがしかの関係を頼つて顧客の獲得に努め可及的に多量の資金の吸収を図つたこと、そして右両年度中に顧客四十数名から合計三、九〇〇余万円の金銭を受入れたこと、原告会社がかようにして吸収した金銭の受入れの形態ないし方法としては、(イ)顧客の申出に基づき予め三ケ月または六ケ月などと一定の返還期限を定めた金銭の受入れで、一ケ月につき三分前後の利率による利息の支払を約し、且つ、受入金額、支払期日、利率などを明示して金銭受入れの事実を証するため予め印刷して用意せられた乙第五号証のような形式の証書または約束手形を顧客に交付するもの、および(ロ)顧客から随時受入れ、要求により何時にても自由にその全部または一部の払戻しに応ずる金銭の受入れで、日歩一〇銭程度の利率による利息を付し、且つ受入または払戻の都度その受払金額とともに残高をも記入できる上数十回の取引の結果をも明らかにできるように予め印刷して用意せられた乙第三号証のような通帳を顧客に交付するもので、原告会社の従業員間において、「自由貯金」と呼ばれていたものなどがあつたこと、原告会社がかような方法により受入れた金銭の返還債務につき前記両年度中顧客に対し人的たると物的たるとを問わず何らの担保の提供がなされた形跡がないこと、本件利子の大半は原告会社が以上のようにして受入れた金銭に対し支払われたものであることおよび原告会社とその営業内容が類似するいわゆる保全経済会が昭和二八年九月頃倒産するや、顧客は激減し原告会社が前記の如き方法により資金を吸収することは極めて困難となつたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証人安西節子の証言および原告会社代表者石川数一の供述(第一、二回)はいずれもたやすく信用し難いところである。
そこで、右認定事実を冒頭に説示したところによつて考えてみると、原告会社が受入れた金銭は、同会社において後日これと同額の金銭の返還を約してなされたものであり、原告会社がこれを自由に使用、消費し得るものであることは疑問の余地なく、従つてその点では金銭の消費貸借と性質を共通にするものというべきではあるけれども、それが右認定のような広告、宣伝によつて誘引せられたどの顧客との間でも一様に(イ) 顧客の申出に基づき三ケ月または六ケ月などと比較的短期間の返還期限を定めて受入れられたり、また(ロ) 随時受入れ顧客の要求により何時にても自由にその全部または一部の払戻しに応ずるものであつたりなどする点は、どのように考えてみても右金銭を貸付その他の営業資金にしようとする原告会社の便宜ないし利益を第一義として受入れられたものといい難く、むしろ通常銀行その他の金融機関に対する定期預金や普通預金にみられるように、右(イ)の点は顧客の貯蓄または利殖の目的に、右(ロ)の点は顧客の小口、且つ簡易な貯蓄などの目的にもつぱら奉仕する金銭受入れの形態であつて、それが原告会社側よりは金銭を醵出しようとする顧客側の便宜ないし利益に供することを主眼とするものであることは多言を要しないところであるのみならず、原告会社が受入れた金銭が、右のようなその受入れの形態にかかわらず、もし同会社の便宜ないし利益を第一義としてなされたものであるならば、右金銭を醵出しようとする顧客において該金銭の返還を受けることにつき多少とも不安を抱く場合がないとは到底考えられないから原告会社に対し人的たると物的たるとを問わず担保を徴すべき筈であるのに、右認定のとおりかような担保を徴した形跡が全く存しないのであるから、この点からいつても原告会社は顧客から金銭を、その価値の安全な保管を本旨として受入れ、換言すれば顧客の便宜ないし利益を第一義として受入れたものと考えるのが相当であり、そして原告会社とその営業内容が類似するいわゆる保全経済会が倒産するや原告会社においても顧客から前記の如き方法でその資金を吸収することが極めて困難となつた事実の一半は顧客において右方法により原告会社に対し金銭を醵出しその価値の安全な保管を託することに危惧の念をもつたことによるものと推測するに難くない。そうだとすると、原告会社が顧客から前認定のような方法でなした金銭の受入れは、消費貸借ではなく、金銭の消費寄託と同一の経済的性質を有するものと認めるのが相当である。
もつとも、前示甲第五号証、乙第三号証、第五号証、第八号証、いずれも成立に争いのない甲第六号証、第七号証の二ないし八、公証人作成部分の成立に争いがなく、原告会社代表者石川数一の供述(第二回)によりその余の部分の成立を認め得る甲第九号証の一ないし七二、前示安西証人の証言および原告会社代表者石川数一訊問の結果(第一、二回)によれば、原告会社は前記のような方法によつて金銭を受入れるについて、右金銭は、終始これを顧客から借入れるものであるとの建前を固持し、顧客に対して交付した前記通帳(乙第三号証)や証書(乙第五号証)に右趣旨を明記したことは固より、会社経理上もまたこれを借入金なる名称を用いて記録整理していたことが認められる。しかしながら、すでに認定したように原告会社が受入れた金銭の経済的性質は消費貸借のそれではなく、消費寄託と同一の経済的性質を具有するものであり、しかも前記の如き員数の顧客から多数回に亘つて多額の金銭を受入れるのであるから、その法律的形式としては、これら顧客との間で銀行その他の金融機関において通常みられるように右経済的性質に合致した預金契約ないし金銭消費寄託契約を結ぶをもつて足りる筈であるにもかかわらず、右認定のとおり、その経済的性質と明らかに齟齬する借入金すなわち金銭消費貸借契約なる法律的形式の選択がなされたことは異例の措置に属するといわねばならず、そうすると、冒頭に説示したように、税法上、原告会社がかような異例の法律的形式を採つたことにつきこれを正当とする特段の事情が認められない限り、原告会社が受入れた金銭が所得税法にいわゆる預金にあたるか否かの判定にあたつて、右法律的形式にのみ拘泥するを得ない関係にあるところ、前示安西証人の証言、原告会社代表者石川数一訊問の結果(第二回)によつても、原告会社が採用した借入金なる法律的形式は、当時効力が存した前記貸金業等の取締に関する法律などの金融関係法令上、原告会社のような貸金業者は一般に預り金(同法第七条第二項によれば預り金とは不特定多数の者からの金銭の受入れで、預金、貯金、掛金、その他何らの名義をもつてするを問わず、これらと同様の経済的性質を有するものをいうこととせられていた。)をすることが禁止せられていたことに対する配慮から、該禁止に一応抵触しないかのような金銭受入れの形式として考案、採用せられたものであることを推知し得るに過ぎないのであつて、これをもつて借入金なる法律的形式を採用した正当の事由となし得ないことは多言を要せず、その他に原告会社が右形式を選択したことを正当とする特段の事情を認め得る証拠は存しない。
また、原告会社は、同会社が前記両年度中になした金銭の受入れはすべて特定少数の者からのものであると主張するけれども、原告会社は、右両年度中前記のような方法で金銭の受入れをなすにあたつて、前認定のように広く一般に対し広告、宣伝をして同会社に対する醵金の申込を誘引する反面、会社幹部から従業員の末端に至るまで殆ど全員の手でそれぞれ何等かの関係を辿つて顧客の獲得に努めたこと、その結果顧客四十数名から多数回に亘り原告会社の経営規模からみて少なからざる三、九〇〇余万円の資金吸収を達成したこと、右金銭受入れや払戻などの事実証明のため顧客に交付すべき通帳(乙第三号証)や証書(乙第五号証)が原告会社において予め印刷して用意せられていたことなどの事実に徴せば、原告会社は前記のような方法による同種かつ定型的な金銭受入れ行為を右両年度中多数回に亘つて反覆、継続したものであることが明らかであるから、その当然の帰結として、右金銭受入れ行為の相手方も殊更具体、かつ特定の者に限局せられた訳でなく、原告会社の広告、宣伝や勧誘に応じて醵金しようとする顧客を、誰彼の区別なく、右受入行為の相手方としたものであることは見易い道理といわねばならず、これをすべて特定人から受入れたものであるとする前示安西証人の証言および原告会社代表者石川数一の供述(第一、二回)は到底信用し難いところであり、前示甲第五号証、乙第八号証の顧客氏名下部「会社との関係」欄に右顧客が原告会社の役員またはその家族ないし友人なる記載がなされている一事をもつて右認定を左右するに足りず、他に右金銭の受入れが特定人を相手方としてなされたとの原告会社の主張事実を認め得る証拠はなく、そして、前記の如き四十数名の相手方数が多数というべきものであることに論議の余地なく、これを少数とは到底解し得ないところである。
そうすると、原告会社が前記同年度中に顧客から前記(イ)、(ロ)の方法によつて受入れた金銭は、その受入につき選ばれた法律的形式如何にかかわらず、その実質は冒頭説示にいわゆる不特定多数の者から受入れた消費寄託の性質を有するものと判定すべきものであり、所得税法第九条第一項第一号に規定する預金に該当するものであるから、これに対し原告会社が右両年度中に支払つた利子を同法条にいわゆる利子所得に該当するものと認め、同法第三七条に則り原告会社にこれが利子所得税の源泉徴収義務があるとしてなした本件課税処分は、右(イ)、(ロ)の方法によつて受入れた金銭に対し支払がなされた利子に関する限り、適法であつてこれを無効とすべき何らの理由なく、そして本件利子の大半は原告会社が右の方法により受入れた金銭に対し支払われたものであることは前認定のとおりである。もつとも、前示甲第五号証、乙第八号証によれば、原告会社が前記両年度に他から受入れた金銭合計三、九〇〇余万円のうちには、同会社が従業員中一、二の者から一回数十万円宛の金銭を数日間限り日歩三〇銭程度の高金利を付して屡々受入れたり、あるいは二、三の会社役員から数十万円の金銭を受入れ、可成り長期間に亘つてこれが返還をなさないでいるものも含まれていることを窺うことができ、それらがさきに認定した原告会社の金銭受入れの方法(イ)、(ロ)とやや趣きを異にした受入れ方法によるものである点で、あるいは原告会社主張のような借入金たる経済的性質をもつものではなかろうかと想像する余地が全くない訳ではなく、同号証によれば本件利子中には一部右のような金銭の受入れに対し支払われた利子も包含せられていることが認められるけれども、仮りに右受入れの金銭は預金でないと判定すべきであるものとしても、これをも預金とみて原告会社に本件利子全部につきこれが利子所得税の源泉徴収義務があるとしてなした本件課税処分全部が無効となるとは到底考えることはできない。けだしたとえ右判定の一部に誤りがあつたと仮定しても、これがため本件課税処分全体に明白な瑕疵があるというを得ないからである。
そうすると、本件課税処分の無効確認と右処分に基づき納付した税額の返還を求める原告会社の本訴請求は、その余の点の判断をなす迄もなく全部理由がないから、失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 猪俣幸一 岡村利男 辻忠雄)