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千葉地方裁判所 昭和36年(ワ)306号 判決 1963年7月19日

判   決

市川市鬼越町一丁目二〇二番地

原告

杉野弌男

右訴訟代理人弁護士

半田和朗

東京都中野区宮前町二〇番地

(第三〇六号事件の被告)

被告

城西興業株式会社

右代表者代表取締役

笹川福太郎

市川市平田町三丁目一九九番地

(第二四号事件の被告)

被告

安川弘

右被告両名訴訟代理人弁護士

大坂忠義

右当事者間の、昭和三六年(ワ)第三〇六号、同三五年(ワ)第二四号土砂流失防除施設設置請求併合事件について、当裁判所は、次の通り判決する。

主文

一、(昭和三六年(ワ)第三〇六号事件について)

被告城西興業株式会社は、原告に対し、別紙目録記載の第二土地内の同目録記載の第一土地との境界附近に存在する斜面部分を、別紙見取図々示の位置にある(A)、(B)、(C)、(D)の各点を順次直線で結んだ線まで切崩し、右線に沿ふて、その内側に、右(A)点から右(B)、(C)の各点を通り右(D)点に至るまでの間に、別紙図面第一に図示の様式による擁壁(重力式コンクリート擁壁)を設置しなければならない。

但し、右擁壁の高さは、右(B)点に於て、三、五〇メートル乃至四、〇〇メートル、右(C)点に於て、二、三〇メートル乃至二、四〇メートルとし、右(A)点及び(D)点に於ては、傾斡面とにらみ合せ、適宜の高さとすることが出来る。

二、(昭和三五年(ワ)第二四号事件について)

被告安川弘に対する原告の請求は、之を棄却する。

三、訴訟費用は、その全額を折半し、その各一を夫々原告及び被告会社の負担とする。

事実

第一、原告の請求及び主張。

原告は、昭和三五年(ワ)第二四号事件及び昭和三六年(ワ)第三〇六号事件について、その各請求の趣旨及び原因を、夫々、次の通り、陳述した。

一、昭和三五年(ワ)第二四号事件について。

(イ)  請求の趣旨。

被告は、別紙目録記載の第二土地内の、同土地と同目録記載の第一土地との境界(別紙図面第二に朱線を以て図示してある部分)に接した部分に、別紙図面第二及び第三並に別紙仕様書の通り、土砂流失防除施設を設けなければならない、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並に仮執行の宣言を求める。

(ロ)  請求の原因。<省略>

二、昭和三六年(ワ)第三〇六号事件について。

(イ)  請求の趣旨。

被告会社は、別紙目録記載の第二土地内の、同土地と同目録記載の第一土地との境界(別紙図面第二に朱線を以て図示してある部分)に接した部分に、別紙図面第二及び第三並に別紙仕様書の通り、土砂流失防除施設を設けなければならない、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並に仮執行の宣言を求める。

(ロ)  請求の原因。<以下省略>

理由

一、別紙目録記載の第一土地と同第二土地とが相隣接する土地であつて、第一土地が原告の所有であることは、当事者間に争のないところである。

二、而して、成立に争のない乙第二、三号証(但し、第二土地の分筆後の登記簿謄本)(尚、昭和三五年(ワ)第二四号事件の記録に添付されて居る第二土地の登記簿謄本は、分筆前の第二土地の登記簿謄本であつて、右乙第二、三号証に対する関係に於ては、その基本となつて居る登記簿謄本であると認められるので、之を、右乙号証の一部として、事実認定の用に供する)と証人(省略)の証言とを綜合すると、第二土地は、元、訴外足立和人の所有であつたが、被告安川の仲介によつて、被告会社が、昭和三四年一〇月中、転売の目的で、右訴外人から之を買受けて、その所有権を取得したのであるが、その買受の目的が右の通りであつたので、転売の便宜上、売主である右訴外人と仲介人である被告安川との同意を得て、同被告の名義を以て、所有権移転請求権保全の仮登記を為し、その管理を同被告に委嘱して置いたところ、買受人がなかつたので、同被告に対する管理の委嘱を解いて、右仮登記の抹消を為した上、昭和三五年一〇月一日、被告会社名義を以て、所有権取得の登記を了したことが認められ、(但し、その後、被告会社は、第二土地を、六二七の一宅地一三〇坪八合八勺と同番の三宅地一四坪九合二勺の二筆に分筆し、昭和三七年一月一二日、その登記を了したので、現在は、二筆の土地となつて居る)。この認定を動かすに足りる証拠はないので、第二土地は、昭和三四年一〇月以降、被告会社の所有に帰して居るものであると云はなければならないものである。

三、而して、検証の結果と弁論の全趣旨とによると、前記両土地は、別紙見取図々示の位置にある(イ)、(ロ)、(ハ)の各点を順次直線で結んだ線をその境界として、相隣接し、第一土地はその北側に、第二土地はその南側に、夫々、位置し、第一土地は高地、第二土地は低地となつて居て、その高低の差は、(イ)点附近に於て、約四、一四メートル、(ロ)点附近に於て、約三、二四メートル、(ハ)点附近に於て、約二、二四メートルあること、そして、低地である第二土地は、東西の方向に於ては、ほぼ水平であると認められるので、右両土地は、その境界附近に於て、前記(イ)点附近から西方の同(ハ)点附近に向ひ、約二メートルの差を以て傾斜して居ることが認められる。

四、更に、検証の結果によると、右両土地の右境界附近に於ける現在の状況は、左に認定の通りであることが認められる。

(イ)  第二土地は、第一土地との境界附近に於ては、第一土地と高低の差はないのであるが、その境界をやや離れた部分附近から南側に傾斜して、別紙見取図に斜面として図示してある部分が斜面となつて居り、之に接続して、右図面に断崖状の部分として図示してある部分に、断崖状の部分が存在し、その基底附近から平面となつて居る。従つて、低地である第二土地は、境界附近に於て、右斜面部分と断崖状の部分とによつて、高地である第一土地と接続して居るものである。

(ロ)  右斜面部分上部の右境界附近には、之にそふて、松その他の雑木及び若干の灌木類が生立し、又、右斜面部分には、雑草と葉蘭と若干の灌木類とが存在して、その表面を覆ひ、土質は、露出して居ないのであるが、右断崖状の部分には、草木類は全然存在せず、土質がそのまま露出して居る。

(ハ)  右土質が露出して居る部分の土質は、一見して、砂地であることが看取されるので、前記斜面を含む前記境界附近一帯の土質は砂地であると推測される。

(ニ)  而して、土質が砂地である為め、前記断崖状の部分は、若干づつ土砂が崩れて居り、その為め、斜面及び右境界附近に生立して居る草木の根が露出して、断崖状の部分の上部に若干づつたれ下つて居る。

(ホ)  尤も、右斜面部分は、その裏面が、前記の通り、草木で覆はれ、更に、右境界附近に生立して居る樹木の根がその内部に張つて居ると推測されるので、右断崖状の部分の土砂が崩れ去ることによつて、右斜面部分が直ちに崩壊するとは見受けられないのであるが、右断崖状の部分の状況が右の通りである為め、右斜面部分の状況は、幾分不安定の状況にあるものの様に看取される。

五、而して、右各事実のあることと鑑定人(省略)提出の鑑定の結果とを綜合すると、

前記斜面部分を構成する土は、土粒子を結合すべき細粒分の殆んどない細砂からなつて居るので、流水によつて浸食され易く、従つて、現状のままで、之を放置するときは、右斜面を構成する部分の土砂は、流失する危険があるのであつて、前記断崖状の部分の土砂の浸食は現在に於ても既に進行して居り、しかのみならず、右断面部分の上部にある樹木は、台風時などには、強風雨によつて揺り動かされ、これによつて、その根が揺り動かされ、それと共に、雨水が土中に侵入し、右樹木の傾倒と共に、右斜面部分の土砂が多量に流失し、それに伴つて、高地である第一土地の土砂も流失し、それによつて、第一土地の第二土地との境界部分附近は、漸次、崩壊するに至る危険のあること、

が認められるので、右斜面部分及び断崖状の部分を現状のままで放置するときは、高地である第一土地の第二土地との境界部分附近は、土砂の流失によつて、崩壊するに至る危険があると認定せざるを得ないものである。

六、而して、土地について、その一部が崩壊するに至る危険があると云ふ様な場合は、その土地の所有権に対する侵害の危険性がある場合であるところ、斯る場合に於ては、その土地の所有権者は、その所有権に基いて、その侵害の発生を未然に防止し得る権利を有するものであるから、第一土地の所有権者である原告は、その所有権に基いて、右侵害の発生を未然に防止し得る権利を有するものであると云はなければならないものである。

七、然るところ、右侵害発生の危険性は、前記認定の通り、第二土地内の第一土地との境界附近に存在する前記斜面部分及び断崖状の部分を現状のまま放置することによつて発生して居るものであるから、之を現状のままで放置せず、右斜面部分を構成して居るところの土砂が流失することを防止し得るに足りる施設を設ければ、右侵害発生の危険性は、自ら、消滅に帰し、右侵害の発生することは、之を未然に防止し得る理であると云はざるを得ないものである。然る以上、右侵害の発生を未然に防止する為めに、右の様な施設を設ける必要のあることは、多言を要しないところであると云はなければならないものである。

八、被告等は、前記各部分は、現状のままで既に二年余を経過し、その間、数回に亘つて暴風雨や豪雨があつたに拘らず、何等の異状も生じなかつたものであるから、前記認定の様な危険はなく、従つて、前記の様な施設を設ける必要などはない旨を主張して居るのであるが、仮令、過去に於て、その様な事情があつたとしても、前記部分の土質が前記認定の通りであることと前顕鑑定人提出の鑑定の結果と証人(省略)の証言とを綜合すると、将来に於て、前記認定の危険性のあることは、之を否定し難いところであると認められるので、之を否定する被告等の主張及びそれを前提とする前記施設を設ける必要がない旨の被告等の主張は、理由がないことに帰着する。

九、而して、前記認定の土砂の流失を防止する為めに設ける必要のある施設は、前顕鑑定人提出の鑑定の結果及び検証の結果と証人(省略)の証言と前記認定の諸事実のあることと弁論の全趣旨とを綜合して考察すると、左記様式による工事を以て、左記個所に、之を設置するのが相当であると認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

(イ)  工事様式。

別紙図面第一に図示の様式による重力式コンクリート擁壁を設置すること。

但し、高さは、別紙見取図々示の位置にある(B)点に於て、三、五〇メートル乃至四、〇〇メートル、同(C)点に於て、二、三〇メートル乃至二、四〇メートル、同(A)点及び(D)点に於ては、傾斜面とにらみ合せ適宜の高さとすることが出来る。

(ロ)  設置の場所。

現在断崖状を為して居る部分のやや上部に、別紙見取図々示の通り、東西に直線を引き、この直線上の、断崖状の部分の東端上部附近の一点を(B)点とし、(この点は、工事施行に当り、斜面との関係に於て、適宜定めることが出来る)、その西端上部附近の一点を(C)点とし、(この点は、工事施行に当り、斜面との関係に於て、適宜定めることが出来る)、斜面部分の西端部分が別紙見取図々示の位置にある道路の東側に沿ふて尽きる部分の点を(D)点とし、第二土地とその東側にある訴外地との境界上の斜面の尽きる部分の点を(A)点とし、右(A)、(B)、(C)、(D)の各点を順次直線で結んだ線まで、前記斜面部分を切崩し、右各点を順次直線で結んだ線に沿ふて、その内側に、右擁壁を設置すること。

一〇、然るところ、原告は、「所有権に基くところの、所有権に対する侵害の発生を未然に防止する権利は、その侵害の危険性を発生せしめたものに対し、之を行使し得るものであつて、この場合に於ては、その者に対し、その侵害の発生を未然に防止すべき行為を為すことを請求し得るものであるところ、被告等は、その共同の行為によつて、前記土砂の流失による第一土地崩壊の危険性を発生せしめたものであるから、原告は、第一土地の所有権者として、その所有権に基き、右土地に対する所有権侵害の発生を未然に防止する為め、被告等に対し、共同して、第二土地内の第一土地との境界附近に、之に沿ふて、右土砂の流失を防止する為めの施設を設くべきことを求め得る権利を有する」旨を主張して居るので、審按するに、証人(省略)の各証言並に原告本人の供述と検証の結果と前記認定の諸事実のあることを綜合すると、

(イ) 第二土地内の第一土地との境界附近には、元、中間にやや平坦な部分のある二段様のやや長い斜面が存在し、第二土地は、之によつて、第一土地に接続し、その斜面部分には、一帯に雑草が生茂り、雑木や灌木の類も共に生立して居て、その表面は、それ等によつて、覆はれ、その内部には、それ等の根が張つて居たので、右斜面は、自然に、堅固な斜面となり、高地である第一土地の土砂の流失を防止する自然の防壁としての作用を営んで居たものであること、

(ロ) 然るところ、被告会社は、昭和三四年一〇月頃、被告安川の仲介によつて、転売の目的で、第二土地を買受けたのであるが、同土地は、若干南側に傾斜して居り、その上、北側には、前記の様に斜面があつて、相当の面積を占めて居たので、そのままの状態では、売値も安いので、地ならしをすると共に、右斜面を削つて、平地を広げ、之によつて、地面を上げようと意図したのであるが、右斜面を削れば、擁壁を設置する必要があるので、被告会社の代表者である笹川福太郎は、かねて知合の大工で擁壁工事などにも手なれて居る訴外安藤某に、右斜面の切崩及び擁壁設置の工事を依頼し、同訴外人は、之に基いて、右工事を施行する為め、同年一一月頃から同年一二月頃までの間に、右斜面の一部分を切崩し、且、斜面に生じて居た雑木や灌木類を伐採し、その結果、右斜面部分は、前記認定の通りの状況となるに至つたものであること、

(ハ) 而して、右工事によつて設置する擁壁は、被告会社の代表者と右訴外安藤との間に於て、基礎コンクリートを打ち、その上に大谷石を積み上げて、之を造ることに話合が出来て居たものであること、

(ニ) 而して、右工事の施行については、被告会社は東京にあつて、その代表者も東京に居住して居る関係で、その監督が出来なかつたので、被告会社から第二土地の管理を依頼されて居た被告安川が、被告会社の代表者の依頼によつて、同人に代つて、その監督を為して居たこと、

(ホ)  而して、被告会社は、右工事の施行について、高地である第一土地の所有権者である原告に、何等の挨拶もせず、従つて、右擁壁を造ることについての了解を得ることもしなかつたので、原告は、そのことを知らなかつたのであるが、知人の知らせで、そのことを知り、被告会社の代表者及び被告安川に対し、右工事の中止方を求めたのであるが、応じなかつたので、原告は、同年一二月中、被告安川を相手方として、千葉地方裁判所に、前記斜面の切崩禁止等の仮処分申請を為し、その旨の決定を得て、之を執行した為め、被告会社は、前記工事を続行することが出来ず、前記の様に、前記斜面を切崩したままで、工事を中止することに至つたこと、そして、その結果、前記斜面部分は、前記認定の通りの状況となつて現在に至つて居ること、

(ヘ) その後、原告は、被告安川を被告として、右裁判所に、訴訟を提起し、(本件二四号事件)、同裁判所は、之を調停に付し、被告会社も之に関与し、同会社は、原告の申出によつて、工事計画を変更して、千葉県に対し、擁壁工事施行の確認を求め、同県からその確認を得たのであるが、それによる工事を原告が承諾しなかつたので、調停は不調に終つて、又、訴訟に戻り、その後、原告は、更に、被告会社を被告として、訴訟を提起し、(本件三〇六号事件)、その為、被告会社は、擁壁を造ることについて嫌気が生じ、之を造る意思を抛棄するに至つたので、現在に於ては、被告会社は、右擁壁を設置する意思は全く之を有しないものであること、

(ト) 而して、被告会社が設置の計画を為した前記擁壁工事による擁壁及び証人(省略)の証言並に之によつてその成立を認め得る乙第一号証の三及び五、六によつて認め得るところの被告会社に於て千葉県の確認を得た擁壁工事による擁壁は、前顕鑑定人提出の鑑定の結果と証人(省略)の証言と前記認定の諸事実のあることを綜合して考察すると、土砂の流失による前記崩壊の危険を未然に防止し得るに足りる擁壁としては、不完全なそれであつて、右何れの工事によつても、それによつて造られた擁壁は、右危険を未然に防止し得るに足らないもので、之を未然に於て完全に防止し、且、最低の費用を以て、必要にして十分な擁壁を造る為めには、前記認定の工事による前記認定の擁壁を造る必要のあることが認められること、

が認められ、以上の認定を動かすに足りる証拠はなく、而して、以上に認定の事実によつて、之を観ると、被告会社は、大工である前記訴外安藤を使用して、前記斜面を切崩し、且、立木を伐採して、前記斜面部分に、前記認定の状況を現出せしめ、而も、それによつて生ずることのあるべき前記認定の危険を除去する意思を抛棄し、現在に於ては、之を除去する意思は全然之を有しないものであることが認められるので、被告会社は、その所為(斜面の切崩と立木の伐採と云ふ作為と危険防止の措置をとらないで居ると云ふ不作為)によつて、前記認定の危険を生ぜしめて居るものであると断ぜざるを得ないものであり、而も、前記認定の諸事実を綜合すると、被告会社は、前記斜面部分を現在のままで放置するときは、前記認定の危険の発生することのあるべきことを認識し、且、之を認識し得た筈のものであるに拘らず、その危険の発生を防止すべき措置をとらないで居るものであると認められるので、被告会社の所為には過失があると断じ得るものであるから、被告会社は、その違法の所為によつて、(尤も、前記斜面は、被告会社の所有地内にあるのであるから、その切崩並に立木伐採の行為自体は、違法であると云ふことの出来ないものではあるけれども、それによつて生じた危険を除去する行為を為さない点に於て、違法があるので、被告会社の所為は、全体として、違法なそれとなつて居るものであると云はなければならないものである)、前記認定の危険を生ぜしめて居るものであると云ふべく、然る以上、被告会社は、違法の所為によつて、違法の結果を現出せしめたことになるものであるから、その違法の結果によつて生ずることのあるべき危険の発生について、責任原因があるものと云ふべく、従つて、被告会社は、右危険の発生について、之を未然に防止すべき責任を負ふて居るものであると断じ得るものであるところ、之を未然に防止する為めには、前記個所に前記認定の擁壁を設置する必要のあることは、前記認定の通りであるから、被告会社は、右個所に右擁壁を設置すべき義務を負ふて居るものであると云はなければならないものであり、而して、この義務は、第一土地の所有権者たる原告の有する前記認定の権利に対応するものであるから、原告は、被告会社に対し、右個所に右擁壁の設置を為すべきことを求める権利を有するものであると断ぜざるを得ないものであり、一方、被告安川は、前記認定の事実によると、被告会社の依頼による第二土地の管理者として、前記訴外安藤の施行する工事の監督を為して居たに過ぎないものであることが認められるので、被告会社と共同して、前記認定の工事を施行したものであるとはなし難く、寧ろ、被告会社の使用人の如き地位にあつたものと認めるのが相当であると云ふべく、しかのみならず、前記認定の事実によると、被告安川は、前記斜面の切崩及び立木の伐採について、その監督を為しただけで、その後に於ては、関与して居らず、又、関与すべき権限も有しなかつたものであると認められるところ、右切崩等の所為自体は、被告会社が自己の所有物に対して為した所為であつて、それ自体は違法ではなく、従つて、それに関与しただけでは違法の所為を為したことにはならず、而して、被告会社の右所為が違法な所為となつて居るのは、その所為によつて生じた違法な結果を被告会社が除去しないで居ることによるものであるから、右被告安川がこの点に関与して居ない以上、その所為には違法の点はなかつたものと云はざるを得ないものであるから、何れにしても、被告安川は、前記危険の発生については、無責任者であると云はなければならないものであり、而して、無責任者は、危険発生の防止について責任を負ふべき筋合でないと解するのが相当であるから、被告安川は、第一土地の所有権者として原告が有する前記権利の相手方たり得ないものであると云ふべく、然る以上、被告安川は、原告の請求に応ずべき義務はないものであると云はなければならないものである。

一一、而して、原告が、本訴に於て、設置を請求して居る擁壁及び設置場所は、当裁判所が設置を必要とすると認定した前記擁壁及び設置場所とは少しく異なるのであるが、その請求の趣旨とするところは、要するに、最低の費用を以て、前記危険の発生を未然に防止し得るに足りるところの、必要にして十分な擁壁を、所要の場所に設置することを求める趣旨に帰着するものと解せられるところ、前顕鑑定人の鑑定の結果並に検証の結果その他を綜合すると、右趣旨に合致するところのものは、当裁判所が認定した前記擁壁を、前記認定の場所に設置するにあると認められるので、原告が本訴に於て請求を為して居るところの趣旨は、結局、当裁判所が認定したところと一致するものと云ふべく、従つて、原告の被告会社に対する請求は、結局、正当であることに帰着するのであるが、被告安川に対する請求は、前記の次第で、失当たるを免れ得ないものである。

一二、尚、右擁壁設置の費用は、責任原因のある者に於て、その全額を負担すべき義務があると解するのが相当であるから、右擁壁設置の費用は、被告会社に於て、その全額を負担すべきものであるところ、原告は、本訴に於て、その費用の負担について、何等の主張も請求も為して居ないので、主文に於て、その負担の言渡はしない。(尤も、本件の様な場合に於ては、民法第四一四条の規定の準用があると解されるので、主文に於て、その言渡を為さなくとも、結局は、右判断と同一の結果に帰着すると云ひ得るから、この点から見ても、右言渡を為すことは、不必要であると解される)。

被告会社は、本件の様な場合には、民法の相隣関係に関する規定の準用があるから、被告会社に右擁壁設置の義務があるとすれば、その費用は、双方に対し、折半して、之を負担せしむべきであると云ふ趣旨の主張を為して居るのであるが、本件の場合の費用は、被告会社の責任ある行為に基く危険発生の防止に要する費用であつて、相隣関係に於て生ずる費用とは別個の関係に基くものであるから、右相隣関係に関する民法の規定は、本件の場合には、その適用若くは準用がないと解するのが相当であり、従つて、右規定の準用があることを前提とする被告会社の右主張は、理由がないことに帰着する。

一三(イ)  被告会社は、原告は、被告会社が大谷石積による擁壁設置の工事を為さうとして居たのに、仮処分を以て、之を差止めて置きながら、本訴を以て、それと反対に、擁壁設置の請求を為して居るのであつて、その行動とその主張とは、明かに、矛盾するものであるから、原告の本訴請求は、不当であつて、許され得ないものであると云ふ趣旨の主張を為して居るのであるが、被告会社主張の大谷石積による擁壁が不完全なそれであつて、前記危険の発生を防止し得ないものであることは、前記認定の通りであるから、その工事を差止め、右危険の発生を完全に防止し得るに足りる擁壁の設置を求めることは、相当であつて、何等の不当性もないのであるから、被告会社の右主張は理由がない。

(ロ)  又、被告会社は、原告の求める工事は、不必要に高度の工事であつて、而も、その請求は、自らは、費用を負担せず、他人の費用の負担に於て、之を求めるものであるから、それは、明かに、他人損失に於て、不当に高度の工事を求めるものであつて、権利の濫用に外ならないと云ふ趣旨の主張を為して居るのであるが、原告が本訴に於て為して居る請求は、前記危険の発生を未然に防止し得るに足りるところの、最低の費用を以てする必要にして十分なる擁壁の設置を求める趣旨であつて、不必要に高度の工事を求めて居るものではなく、而もその設置の費用は、右危険の発生について、被告会社に責任原因がある故に、被告会社に於て、之を負担すべき義務があるとするのであるから、被告会社の損失に於て、その設置を為すことを要求して居るものではなく、従つて、原告の本訴請求は、権利の行使として正当性を有するものであると云ひ得るから、それが権利の濫用であるとする被告会社の右主張も亦理由がない。

(ハ)  更に、被告会社は、原告主張の土砂の流失によつて被害を蒙るものは、寧ろ、被告会社であり、従つて、擁壁設置の必要があるとすれば、当然、被告会社に於て、之を設置する筈のものであるところ、被告会社は、原告主張の様な擁壁の設置は必要がないと主張して居るのであるから、若し、原告に於て、その設置を必要とするならば、当然、自己に於て、之を設置し、被告会社に対しては、唯、その工事施行を忍受すべきことを求むべき筋合であるに拘らず、原告は、この限度を超えて、その請求を為して居るのであるから、原告の本訴請求は、不当の請求であつて、失当であると云ふ趣旨の主張を為して居るのであるが、原告の本訴請求は、その有する第一土地の所有権に対する侵害発生の危険性を除去する為めの請求であつて、被告会社の蒙ることのあるべき被害とは無関係であるから、前記土砂の流失によつて、被告会社の蒙るべき被害が原告の蒙るべきそれよりも大であるとしても、それは、原告の本訴請求を不当ならしめるものではなく、従つて、仮令、その様な事情があつたとしても、原告の本訴請求は、不当なそれとなることのないものであるから、それが原告の請求を不当ならしめるとする被告会社の右主張も亦理由がない。

一四、以上の次第で、原告の本訴請求は、被告会社に対する部分は、正当であるから、之を認容し、被告安川に対する部分は、失当であるから、之を棄却し、訴訟費用は、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、その総額を折半し、原告及び被告会社にその各一を負担せしめ、尚、仮執行の宣言は、之を附さないのが相当であると認められるので、仮執行の宣言は之を附さないで、主文の通り判決する。

千葉地方裁判所

裁判官 田 中 正 一

別紙書面(第一ないし第九)

物件目録)(省略)

別紙(見取図の註(3)の別紙)

別紙見取図に図示の(A)、(B)、(C)、(D)の各点の位置について。

(1) (B)点及び(C)点の各位置。

第二土地内の第一土地との境界附近に存在する斜面部分下部の断崖状の部分のやや上部に、別紙見取図々示の通り、東西に直線を引き、この直線上の、断崖状の部分の東端上部附近の一点を(B)点とし、(但し、この点は、工事の施行に当り、斜面部分との関係に於て、適宜に之を定めることが出来る)、その西端上部附近の一点を(C)点とする、(但し、この点は、工事の施行に当り、斜面部分との関係に於て、適宜に之を定めることが出来る)。

(2) (A)点及び(D)点の各位置。

第二土地とその東側にある訴外地との境界線の傾斜が尽きる部分の点を(A)点とし、上記斜面部分の西側端部が別紙見取図々示の位置にある道路の東側端部に沿ふて尽きる部分の点を(D)点とする。

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