千葉地方裁判所 昭和46年(行ク)2号 決定 1971年2月28日
申立人 戸村一作 外四六名
被申立人 千葉県知事
訴訟代理人 木村博典 外七名
主文
本件申立をいずれも却下する。
申立費用は申立人らの負担とする。
理由
第一、申立人らの申立および被申立人の意見
申立人らの本件申立の趣旨および理由は別紙「申立書(別紙訴状抜萃を含む)」記載のとおりであり、これに対する被申立人の意見は、別紙「意見書」および「補充意見書」記載のとおりである。
第二、当裁判所の判断
一、本件代執行令書の通知に至る経緯
本件全疎明資料によると、政府は、航空交通の発展に伴い、首都圏に新に公共用の空港を設置する必要を認め、昭和四一年七月四日、新東京国際空港(以下新空港という。)の位置を、千葉県成田市三里塚町を中心とする地区と定めたこと、昭和四一年七月三〇日、新東京国際空港の設置、管理を行うため、新東京国際空港公団(以下公団という。)が設立されたこと、同公団は、新空港の敷地面積を約一、〇六五ヘクタール(うち民有地六七〇ヘクタール)とし、滑走路ABC三本を主体とする空港を、昭和四九年三月三一日完成する事業計画のもとに、右敷地となるべき民有地の買収について交渉を重ね、昭和四五年三月三日までに、起業地の八二・二%の用地の買収契約が成立したこと、しかしながら、新空港の位置が決定された直後から、新空港の建設を積極的に阻止する動きが生じ、空港反対同盟による組織的な反対運動などもあつて、残余の用地については、任意の買収が困難な情勢に立至つたこと、そこで、公団は、新空港建設事業遂行のため、昭和四四年一二月一五日、土地収用法により建設大臣の事業の認定を受け、翌一六日その旨告示され、次いで、同年三月三日、千葉県収用委員会に対し、別紙目録記載の土地(以下本件土地という)について、裁決申請及び明渡裁決申立てを行い、同委員会は、昭和四五年一二月二六日、権利取得の時期及び明渡しの期限を、昭和四六年一月三一日とする権利取得裁決及び明渡裁決をし、同裁決は、その頃、別紙所有者目録記載の申立人らを含む本件各土地の所有者、関係人に告知されたこと、起業者である公団は、同年一月二八日、右土地所有者、関係人に補償金の払い渡し又は供託を完了したが、同人らは、収用、明渡の時期までに、同土地の明渡を行わないため、更に、同年二月一日、被申立人に対し、土地収用法第一〇二条の二、第二項により、本件土地の引渡し及び物件の移転の代執行を請求したこと、被申立人は、同年同月二日、行政代執行法第三条第一項により、当該各土地上の物件を同年同月一二日まで収用土地外に移転することを戒告したが、義務者らは、指定の期限までにその義務を履行しないため、被申立人は、同年二月一六日、代執行令書をもつて、土地収用法第一〇二条第二項及び行政代執行法の定めるところにより、代執行をなすべき時期を、同年二月二二日から同年三月一四日までとして、その通知を行つたことが認められ、右通知は同年二月一八日までに右各義務者に到達したことが窺える。
二、本案の係属
申立人らが、被申立人の代執行令書による通知処分の取消を求め、これを本案として、本件執行停止を申立てたことは、本件記録により明白である。
三、本件申立中不適法な申立について
申立人らは、本件代執行令書の通知に続く代執行手続の停止を求めるものであるが、右申立人らのうち、所有者目録記載の申立人らは、それぞれ、右代執行令書の通知を受け、代執行手続の義務者となつているものであることは、上記認定のとおりである。
又同手続において、義務者とされず、その通知を受けていないものであつても、代執行の対象となる土地又は移転すべき地上物件に関し、起業者に対抗し得る何等かの権利を有するときは、同物件につき、第三者を義務者としてなされた代執行手続に対し、右権利にもとづいて、その違法を主張し、取消を訴求するとともに、執行の停止を求め得るものと解することができる。
(イ) そこで、本件についてこれをみるに、疎乙第一七号証ないし第二一号証、同第二九、第三〇号証の各一ないし六、同第八一号証の一ないし一二、同第八二号証によれば、別紙所有者目録記載の申立人らは、それぞれ、同目録所有物件欄記載の土地を共有し、かつ同地上の別紙立木目録記載の樹木を共有していることが認められるから、申立人らの各所有する物件にかぎり本件代執行手続の停止を求めることができるものというべく、自己の権利にかかわりのない他の物件については、その申立は不適法というべきである。(但し共有者たる申立人らのうち次項に掲げる三名を除く)
(ロ) 疎乙第一七ないし第二二号証、同第五六号証の一ないし六によれば、別紙所有者目録記載の申立人のうち、田下幸、菅沢昌平が、昭和四一年一二月一五日物件目録3の土地を、小川剛正が同5の土地を、いずれも持分権者の一名と、無償使用貸借契約を締結した旨の契約確認証が存在すること、別紙使用借人目録記載の申立人らが(9ないし13を除く)同様各土地の持分権者の一人と、上記同様の契約を締結した旨の契約確認証が存在することが認められる。しかし、同契約は、本件土地において、肥料、燃料用の薪、ソダ、干草を採取することを目的とするものであり、いずれも、土地の共有者の一名が、多数を相手方として用益させる形式をとり、一筆の土地についての借主は、約五〇名ないし三〇〇余名に及び、その契約の締結の日は、本件土地が多数の者の共有となつた時期とほぼ同一であつて、これらの事情からすれば、右契約は、果して、上記目的のもとに有効に成立したものであるか否か、大いに疑問なしとしないが、本件における疎明の段階においては、一応上記確認証が存在するので、右申立人らは同目録の物件欄記載の各借用物件について、それぞれの物件の所有者に対してなされた本件代執行手続にかぎり、その違法を主張し、本件執行停止を求めることができるものと解することができる。但し、同目録9ないし13の申立人らは、無権利者と契約を締結しているので、同契約は無効であり、本案について取消を求めることができず、右申立人らの本件申立は不適法である。
(ハ) 以上のほか、申立人島寛征、杉本明秀は、具体的個別的な権利を主張せず、これを認めるに足る疎明もないので、右申立人らの本件申立は不適法である。
四、本件申立の理由の有無について
そこで、上記(イ)(ロ)の申立人らに、本件代執行手続の続行により生ずる回復困難な損害を避ける緊急の必要性があるか否かについて、検討する。
(イ) 申立書中申立の理由三、(1)について
申立人ら主張の損害は、要するに、まず第一点として、新空港建設事業そのものによつて広範囲にわたる起業地内外の農地が収奪されるという、申立人ら個々の損害を超えた多数人の蒙むる一般的、間接的な損害を、第二点として、工事の進行および完成によつて起り得る公害により北総地域の農業と住民生活の破壊という結果が生ずるであろうという、申立人ら個々の範囲を超えた一般的、環境的な損害を指すものである。しかしながら、行政事件訴訟法における執行停止制度は、行政権の作用により、権利又は法律上の利益を侵害されるものに対し、緊急の救済を目的とするものであり、本件においては、代執行令書による通知処分の違法を主張し、これにもとずく執行手続の続行の停止を求めるものであるから、本件各土地の収用自体によつて蒙る損害を主張するものであるならば格別、申立人ら主張のような、個々の申立人と直接的具体的にかかわり合いのない一般的、間接的かつ抽象的な損害は、救済の対象となり得る損害に当らない。
(ロ) 同三、(2)について
申立人らの主張は、要するに、本件代執行手続が違法に行われることを予測し、かつこれを前提とした損害をいうものと解される。しかしながら、このような損害の救済は執行停止制度の目的とするところではないから右主張は失当である。
(ハ) ところで、右申立人らは、上記のように、所有権又は一応の使用借権をもつものであるから、本件代執行の続行により、回復しがたい損害を蒙ることが推測されないでもないから、この点について判断をつけ加えることとする。
本来、執行停止における「損害」とは、係争の処分が違法であるか否かは、本案の確定をまたなければ明白とならず、その間、行政目的の遂行のため、同処分が執行され、手続が続行された結果、金銭的賠償をもつてしては填補しえない損害を生ずるとか、その他社会通念上、損害の回復が容易ではない場合の損害をいうものと解されるのであつて、たとえ、物理的に原状への回復が困難であつても、一般的価値観をもつてすれば、これにかわる、同価同種の結果を取得し得ることが困難ではない場合や、生ずべき損害が行政目的の遂行と対比して受忍すべき限度と認められるときは、これらを回復しがたい損害ということはできない。
ところで、疏甲第一ないし第六号証の各一、二、疏乙第九号証、同第一七ないし第二二号証、同第二三号証の一ないし四、同第二四号証、同第二九、第三〇号証の各一ないし六、同第七五号証の一、二によれば、所有権者である申立人らは、いずれも、本件各土地につき、別表記載の共有部分をもつにすぎず、物件目録1ないし4の各土地は、水田と山林を区画する水路沿いの山林の斜面に位置する帯状の土地であり、同土地は本来刈上地と称し、水田への日照と収穫の便宜のための空地であるところ、右土地に続く水田は、既に公団に買収されて、その刈上地としての用途を失つたものであること、右1ないし4の土地上には、別紙立木目録(1)ないし(4)のとおり自然に生立したと認められる雑木を主とする立木が生立する(現在は殆ど立木は伐採されている)に過ぎないこと、5の土地は、谷地田の先端に位置する湿地であり、同土地は、同目録(5)のとおり、松、杉、雑木が相当数生立する山林であるが、従前は立入ることの困難な土地であつたこと、6の土地は、農道に隣接する三角形の山林であり、同地上には、同目録(6)のとおり、雑木を主とする立木約二一本が生立していたこと(現在では殆ど伐採されている)、右各土地は、いずれも、新空港の建設に反対する多数の者が、一筆の土地を共有する、いわゆる一坪運動の土地と推測され、昭和四一年九月より同年一二月の間に、共有者に所有権移転登記がなされていること、現在は、右2ないし6の土地には、ほら穴、小屋等が作られているが、もともと、同土地は、単なる原野、山林であつて、特別の用途に供せられていたものではないこと、一方、本件土地は、一項認定の新空港建設のための第一期工事A滑走路の敷地予定地であり、同工事は、昭和四六年三月三一日完成を目途としていることが認められる。
したがつて、本件代執行により、本件地上の物件が収去され、その結果、同土地が起業者に引渡され、工事が遂行されるとしても、これによつて受ける損害は、右土地の用途および立木の現況から、金銭的補償をもつて満足すべきものというべく、しかして本件疎明によつて認められる新空港の建設の公共性、必要性と対比するときは、右損害は上記申立人らにおいて受忍すべきものといわねばならない。
又一応の使用借権をもつと認められる上記申立人らは、本件土地および地上物件に対する右権利を失うこととなるが、同損害は僅少のものというべく、前同様金銭の填補をもつて足るものといわねばならない。
五、以上の次第であるから、申立人らの申立は、いずれもこれを却下し、申立費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 渡辺桂二 大内淑子 勝又護郎)
別紙土地目録<省略>
別紙所有者目録<省略>
別紙使用借人目録<省略>
別紙立木目録(1)~(6)<省略>
(別紙)
申立書
申立の趣旨
一、千葉県知事友納武人が昭和四六年二月一六日付でなした、千葉県収用委員会において千収委二六〇号で裁決した別紙物件目録記載の土地上の物件の移転に関する代執行令書による通知の取消を求める本案判決確定に至るまで、右通知に続く代執行手続の続行を停止する。
二、申立費用は、相手方の負担とする。
との決定を求める。
申立の理由
一、当事者
(1) 申立人
別紙申立人目録記載の申立人らは、別紙物件目録記載の各土地のいずれかにつき所有権、占有権を有する者、ないしは、右各土地のいずれかへ立入り、採草、採木を行なう権利を有する者、もしくは、新東京国際空港建設によつて、生存権その他の基本的人権を脅やかされている者であつて、相手方千葉県知事の行なう右各土地上の物件移転に関する行政代執行手続の取消、執行停止を求めるにつき法律上の利益を有する者である。
(2) 相手方
相手方千葉県知事は、千収委第二六〇号で千葉県収用委員会が違法な一方的分割裁決をなした前記六筆の土地上の物件の移転につき、昭和四六年二月一六日付代執行令書による通知をなしたものである。
二、執行停止の申立を無視した代執行令書による通知の違法
申立人らは、千葉県収用委員会が千収委第二六〇号で裁決した別紙目録記載の土地上の物件につき昭和四六年二月一二日までに移転完了を求める旨の千葉県知事のなした戒告処分の取消を求める訴を、同年二月八日千葉地方裁判所に提起するとともに、同日、右本案判決確定に至るまで、右戒告に続く行政代執行手続の続行を停止する申立を同裁判所に対して行つた。
相手方は、右申立の事実を知つたにもかかわらず、二月一六日に、右戒告に続く代執行手続を強行して、本件代執行令書による通知に及んだものである。
およそ、行政権の行使について、裁判所の判断が一方当事者から求められているときに、右代執行手続の続行停止の申立に対する決定を待つことなしに代執行手続を続行せしめたことは、申立人による司法的救済の道を奪うものである。憲法三二条は、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」と規定する。
相手方の本件通知の処分は、申立人の右裁判を受ける憲法上の権利を侵害する違法の処分であり、当然無効というべきである。のみならず、代執行手続の続行停止の申立に対する決定の結果を無視して、代執行手続を続行せしめて本件通知に及んだことは、行政権の行使の名の下にする、司法権の蹂躪に他ならず、右通知処分の違法は、まことに明白である。
申立人による戒告処分に続く代執行手続の続行の停止を求める申立が御庁に提起されておりながら、相手方において、かかる違法を強行する事態を現認した以上、相手方が法、裁判所を無視して、警察権力等の実力を用いて農民らに対して、無法の暴力を行使する蓋然性は極めて高いといわなければならない。
本申立に及ぶ理由の一端も、また、ここにある。
三、代執行手続の続行による回復困難な損害
(1) 農民の生活を破壊する空港建設強行手段としての代執行
本件代執行令書による通知は、形式的には、前記六筆の土地上の物件の移転の代執行を行う旨の通知という態様であるが、その実体においては、空港建設に反対する農民から土地を収奪し、生命ともいうべき農地から強権的に農民を追い立てる一連の代執行手続の一環である。
したがつて、本件土地上の物件の移転の代執行の続行による回復困難な損害については、単に当該土地上の物件についてのみ判断されるべきでなく、いわゆる新東京国際空港建設事業そのものの強行によつて生ずる回復困難な損害がまず判断されなければならない。
前記六筆の土地物件の代執行早期実施の方針の理由として、相手方たる友納千葉県知事は、「今回代執行を要請された土地は、いろいろな角度からみて農民たちの生活と密接な関係は薄いとみられるし、このまま放置すれば公益に反すると判断したため」(二月一〇日付毎日新聞千葉版)と述べている。
右主張は、前記土地と農民の生活との関係を著しく矮小化しており事実に反するものであるのみならず、違法な分割申請、分割裁決を是としてのみ展開されうる不当な主張である。
そもそも、前記土地の代執行は、第一に本件起業地内土地物件の全収用手続の重要な一環であり、違法な分割申請・分割裁決に基く代執行の強行とその既成事実化は、残る全収用対象土地所有者ならびに関係人に対し、農地収奪という回復困難な生活上の損害を与えることは明白である。
第二に、前記土地の代執行は、前記のごとく空港建設事業の重要な一環であり、右代執行によつて進行するところの空港建設事業が起業地内外の農地を収奪するのみならず、騒音・排油による作物破壊・排気による大気汚染・汚濁した排水等々の公害をまきちらし、北総一帯の農業と住民生活を破壊することは明らかであり、空港周辺の住民に対し回復困難な生活上の損害を与えるものである。
本来、前記土地を収用する必要を生ぜしめたところの本件空港建設事業の起業地内外の農民・住民の生活に対するはなはだしい損害を考慮すべきところ、右損害を不当に捨象して、代執行による損害を前記土地を所有している農民らにとつてのみの損害のみに矮小化した右主張は全く不当といわねばならない。
(2) 農民の生命、身体に対する回復不可能な損害の発生
申立人らは、前記六筆の各土地に堀られた地下壕において居住し、もつて右土地を占有しているものである。
かかる土地占有者に対して、その身体に実力による拘束を加えて占有を解くことは、直接強制となり、代執行によつてこれを許すことはできない。(広岡隆・行政代執行法五六頁)
また、土地収用法第一〇二条の二第二項前段における「物件」に、建物、立木は含まれるが、「護岸・トンネル・溝・石垣・井戸・溜池の類は、土地の観念の中に包摂される。」ものであつて、移転の対象となる「物件」ではあり得ない。
したがつて、地下壕等を「移転」と称して破壊する行為は、とうてい許されないものである。しかしながら、相手方千葉県知事は、移転の対象たる物件の表示において、「その他一切の物件」というきわめて不特定なる文言を挿入したこと、および、かつての立入測量における警察官、公団関係職員らの法外の暴力行使の事実に鑑みるならば、地下壕の中に居る農民らに対して暴力を行使する事態は、高度の蓋然性がある。
とくに本件において、警察権力の違法な介入のおそれがある。
すでに成田警察署長は、戸村一作三里塚・芝山連合空港反対同盟委員長宛の昭和四六年二月一二日付書面において、危険防止の名目下に穴に入らないようにと申入れている。右は警察官職務執行法第四条第一項(避難等の措置)、同第六条第一項(立入)を正当化するための準備的行為であることは、同月一五日付戸村一作委員長による「警察の卑劣かつ不当な干渉に抗議する」声明によつて明白である。
しかしながら、右の如き警察権力の介入は、警職法に違反する違法を侵すものである。
すなわち、警職法第四条第一項中には「工作物の損壊」の文言が規定されているが、穴が代執行によつて除却さるべき物件とならないことは前述のとおりであるから、相手方、起業者たる新東京国際空港公団、警察権力は、占有者による占有を侵害して、右穴を損壊することは許されない。
また、「反対同盟に対する公団と警察権力の一体化した不当のあらざる限りは自然崩壊の恐れはないものと認め」(前記声明第四項)られるのである。
警察権力ないし起業者公団が自ら違法な「工作物の損壊」を仕かけ、これを理由に右穴への立入り等の措置を強行することは、まことに無法きわまる違法行為と言わなければならない。
明治三三年六月二日に制定された行政執行法第四条は、「当該行政官庁ハ天災、事変ニ際シ又ハ勅令ノ規定アル場合ニ於テ危害予防若ハ衛生ノ為必要ト認ムルトキハ土地、物件ヲ使用、処分シ又ハ其ノ使用スルコトヲ得」と規定されていたが、悪名高き同法は敗戦直後に廃止されているのである。
警察権力が行なわんとすることは、明治時代に制定された行政執行法に基くもので、現行法においては、いかなる意味でも容認し得ないものである。
しかるに、物件の特定を欠くとともに違法な警察権力の介入が予測される代執行が実行されるならば、相手方が責任を負うべき混乱と流血の惨事は必至であり、相手方らの行為による落盤による死亡、負傷事故の発生も憂慮されるのである。
したがつて、本件代執行手続の続行が行なわれるならば、人の生命、身体に対する回復困難な損害を生じることは、明らかである。
四、戒告の違法性の承認
戒告の瑕疵は、代執行令書による通知に承継される(徳島地裁昭和三一年一二月二四日判決、行裁例集七巻一二号二九四九頁)。
したがつて本件代執行令書による通知は、相手方の二月二日付でなした戒告が違法であるが故に、その根拠を欠き右通知は違法たるを免れない。
すなわち、戒告は、無効な収用裁決に基きなされたものであり、(千葉県知事による戒告処分取消請求事件訴状、請求の原因第二項………別紙抜萃第二項)、関係人、占有者への通知を欠き(同第三項……別紙抜萃第三項)、移転すべき物件につき特定を欠き(同第四項……別紙抜萃第四項)、代執行の名目において直接強制を農民に加える蓋然性が高く(同第五項……別紙抜萃第五項)、不当な履行期限を定めている(同第六項……別紙抜萃第六項)ものであつて、右違法を承継する本件通知は、とうてい代執行の実行へ向けて適法な手続たり得ない。
したがつて、右違法な戒告を前提とする代執行令書による本件通知も当然違法というべきである。
五、緊急の必要性
相手方千葉県知事は、二月一六日付で代執行令書を発送したが、右令書において代執行の時期は二月二二日より三月一四日までと定められており、二月二二日まであとわずかに四日間である。
しかも相手方は、前記六筆の土地が生活上の基盤ではないこと、ならびに工事に七ケ月かかり時間的余裕がないことを理由として二月中の早期収用の方針を固めていることが報道されている。
明渡し期限切れ直後二月一日の空港公団の代執行申請に対し、相手方は翌二日直ちに戒告を発し、その履行期間をわずか八ないし九日間という不当な短期間に定め、さらに二月一二日の戒告期限切れ直後の二月一六日には、本申立書申立の理由二において述べたとおり、司法を無視して違法に代執行令書による通知処分をなした。
さらに相手方は、日本国政府保利官房長官の、反対派を説得することは困難であるから早急に代執行の実行をとの指示に安易に迎合したのである。
以上の事実から、相手方が二月二二日にも代執行を強行する可能性は極めて高いものと判断せざるを得ない。
代執行による申立人らの回復困難な損害の発生はきわめて切迫している。
したがつて、執行停止を求める緊急の必要があるのである。
戒告処分取消請求事件訴状抜萃
二、無効な収用裁決に基く戒告の違法
収用裁決取消請求事件訴状に明らかなごとく、千葉県収用委員会は、期日の指定、審理方式につき、まことに独断的一方的な審理指揮を強行し、ついには、土地所有者、関係人の意見を全く聞くことなしに一方的に審理を打切つて、違法きわまる分割裁決を捏造したものである。
したがつて、千収委第二六〇号による裁決は、当然に無効というべく、これに基く代執行手続の一環としての戒告処分は、その根拠を欠いており、当然に無効といわなければならない。
三、関係人、占有者への通知の欠如
被告千葉県知事は、千収委第二六〇号によつて明渡裁決された六筆の土地につき、千葉県収用委員会が、所有者として一方的に憶断した者について戒告を行うのみであつて、本件六筆の土地を占有する権限を認める旨の無償貸借契約を結び独立して、本件六筆の土地を占有する者に戒告の通知を怠つたものである。したがつて、一四四九名の関係人については、いずれも、右通知がなされなかつたものであり、かかる戒告処分の手続には、著しい違法があるといわなければならない。
右関係者、占有者への通知の義務がかりに法定されていなくても、行政の衝に当る者として当然なすべきことであり、長崎地裁昭和三七年一月三一日判決(下民集一三巻一号一三三頁)の趣旨に鑑みると、明らかに知事による戒告通知の欠如は、著しく不当であり、したがつて、違法というべきである。
四、移転すべき物件の不特定
戒告書においては、「物件の表示」として「収用土地(原文カツコ内省略)の上にある物件(別表記載のとおり)その他一切の物件」と記載している。
別表においては、物件として立木を詳細に摘示しているが「その他一切の物件」を付記することによつて、本件戒告は、特定性を欠くにいたり、戒告たるべき本来の性質を喪失して無効の戒告書と化したものである。
そもそも土地収用法第一〇二条の二第二項前段により、代執行の対象とせられる引き渡すべき「物件」は、「物」すなわち、権利の客体とされている有形的な利益、外界の一部と定義づけられる一般的概念とは、異なるものであることは、明らかである。
「土地収用法一〇二条の二第二項前段により、代執行の対象とせられる引き渡すべき「物件」とは建物などの土地に定着する物件で、土地とともに収用せられるものである。」(広岡隆・行政代執行法五六頁)
また、土地収用法第二条にいう「土地」の観念に関連して「民法第八六条第一項にいう『定着物のなかで、独立の物として取扱われる建物・立木は別とし、土地と一体をなす機械、橋、堤防、護岸、トンネル、溝、石垣、井戸、溜池の類は、土地の観念のなかに包摂される。」(高田賢造・新訂土地収用法四六頁)ことは、明らかである。
一方において、二月一二日までに移転を完了すべき旨を求めながら物件を特定しないことは、代替的作為義務の対象の不明確なままなされた違法の戒告といわざるを得ない。しかも右不特定かつ包括的な物件の表示を行なわなければならない特段の事由も明らかにされずに「その他一切の物件」なる表示がなされているのであり、かかる戒告書は、明白な瑕疵があつて、無効といわなければならない。
五、代執行の名目による直接強制の強行の蓋然性
行政代執行法においては、直接強制を行うことが許されないことは、明白である。「引渡し義務者が、引渡しの対象である土地・建物をその身体をもつて占有し、引渡しを拒否する場合は、その身体に実力による拘束を加えることによつて、占有を解く必要があり、このような作用は、直接強制に属し、代執行の観念のなかに包摂されるものではないのであつて、右の規定(土地収用法第一〇二条の二第二項前段)に基いて、このような作用まで行ないうるとは解せられない。」(広岡隆・行政代執行法五六頁)のである。
しかるに、「一切の物件」の意義を法外に広く解釈するとともに、きわめて不当にも警察権力等を導入して、警察官らの実力の行使を先頭に代執行が行われるならば、右は違法の直接強制に他ならない。
かかる無法な代執行が強行されるならば、土地と一体をなすトンネル内に座りこんでいる反対同盟傘下の農民らは、生命の危険にさらされることは、明らかである。右無法の代執行手続を進めるための一環として本件戒告がなされているものであつて、本件戒告を取消さなければ、被告らによつて不測の事態がひき起されるおそれが明白である。
六、不相当な履行期限
戒告をなし得るためには、行政代執行法第三条第一項に規定する、「相当の履行期限」が定められなければならない。
本件代執行の対象とされる六筆の土地上の物件については、最初の裁決がなされたものであることから、右六筆の土地および物件を如何に扱うかは所謂成田空港建設の成否にかかわる重大問題である。したがつて、履行期限は、起業者新東京国際空港公団の工事の都合によつて決めるべきものでなく、空港反対派農民の立場に立ち「戒告の時点から起算してその満了までに義務を履行することが社会通念上可能な期限でなければならない。」(広島隆・前掲書一三八頁)のである。
本件戒告のごとく、戒告書到達後わずか九日間の履行期限を定めるが如きは、とうてい、同法の予想する「相当な履行期限」とは認められない。三里塚・芝山連合空港反対同盟傘下の農民の反対の意志が強固であることをもつて右期限を短縮することは、とうてい許されない。
建物移転の代執行に当り戒告書到達の日から一〇日以内と履行期限が定められていた場合に、それ以前に二度にわたり約三箇月の期間を定めて建物移転を命じた事実を認めて、はじめて、右履行期限の相当性を認めた判例(前橋地裁昭和二九年七月一七日決定、行裁例集五巻七号一七〇六頁)の存在に鑑みるとき、本件履行期限が不当であり、その結果、本件戒告の同法第三条一項に違反することは明白である。
(別紙)
意見書
目 次
一、本件申立の中には次に述べるように本案につき理由のないことが明らかなものがある
二、執行停止の申立を無視した代執行令書による通知の違法について
三、代執行手続の続行による回復困難な損害はない
(一) 空港建設強行手段としての代執行は農民の生活を破壊するとの主張について
(二) 農民の生命身体に対する回復不可能な損害発生の主張について
(三) 移転すべき物件の不特定の主張について
(四) 代執行の名目による直接強制の強行の蓋然性の主張について
四、戒告の違法性の承継について
五、緊急性の必要性について
六、本件執行停止は公共の福祉に重大な影響をおよぼすおそれがある
申立の趣旨に対する答弁
本件申立を却下する
申立費用は申立人らの負担とする
との裁判を求める。
理由
一、本件申立の中には次に述べるように本案につき理由のないことが明らかなものがある。
(一) 申立人らは本案訴訟において「被申立人が昭和四六年二月一六日付でなした代執行令書による通知処分はこれを取消す」との判決を求めている。ところで被申立人は同日付をもつて別紙目録(一)記載の申立人ら二五名に対するほか、申立外八六名に対し、それぞれ所有する土地ならびに立木について代執行する旨の通知処分をなしたものであるから、申立人らは右一一一名に対する各代執行令書の通知処分のうちいずれの取消を求めているのか明らかでない。しかしながら、被申立人としては申立人が右通知処分全部の取消を求めているものとして意見を述べる。
まず、代執行令書による通知処分をうけたことのない者が、他人の負つている義務について当該義務者に対してなされた右通知処分の取消を求めることは、原則として訴えの利益を欠き不適法であることは当然である。
したがつて、別紙目録(一)記載の申立人らの本案請求のうち、それぞれが所有する土地および立木についてなされた右通知処分以外の通知処分の取消を求める部分は不適法であり、また別紙目録(二)および(三)の申立人らは何等の通知処分を受けておらず、すべて他人に対する右通知処分の取消を求めているのであるから、これらの者の本案訴訟はすべて不適法である。
(二) 別紙目録(二)記載の申立人らは、同申立人らが本件各土地のいずれかに立入り採草採木を行なう権利を有する本件各土地に対する右通知処分の取消を求めるにつき、訴えの利益を有すると主張するのであろうが、右の者らが右のような権利を有しているとは認められない。すなわち、右申立人らは右のような権利を有することの唯一の証拠として「数通の無償貸借契約確認証」という文書(疎乙第五六号証の一乃至六)を収用委員会に提出したが、右確認書の内容は以下に述べるような理由により全く措信できない。
(イ) 右無償貸借契約の内容をみると、たとえば二畝二六歩の土地について三五六名(同第五六号証の三)、二四歩の土地について二二五名(同号証の五)というような多数の借主がおりこの様な契約は社会通念上ありえない。
(ロ) 右無償貸借契約の借主の大半はそれぞれ借用にかかる土地から相当遠距離に居住している者達であり、経済的あるいは作業的見地からみて右のような契約を締結する筈がない。
(ハ) 肥料などの採取を目的とする契約であるならば、通常農業経営の主体である世帯主が借主となれば足るものであるが、右契約においては世帯主を含め家族全員が借主として名前を連ねている例が大半であり、このような契約は社会通念上ありえない。
(ニ) 右契約の借主には十才未満の幼児が多数含まれており、その中には生まれたばかりの乳幼児が含まれている。
(ホ) 「右無償貸借契約確認証」が作成されたのは、いずれも昭和四五年四月三〇日であるが、その内容をみると契約の締結日は事業認定の告示の日である昭和四四年一二月一六日より前の昭和四一年一二月一五日に遡及させている。
以上の事実にかんがみると、右契約はもつぱら本件各土地の収用を妨害する目的でなされた名目的なものにすぎないことは明らかである。
(三) つぎに申立人らは本件代執行令書による通知処分を取消すことによつて代執行手続に続く新東京国際空港の建設を排除し「生存権その他の基本的人権」に対する脅威を防止する法律上の利益があると主張するもののようであるが、そもそも代執行令書による通知処分を取消す訴えの利益が認められるのは、右通知処分およびこれに後続する代執行によつて直接かつ具体的な権利の侵害が生じる場合に限られるのであつて、申立人ら主張のような一般的抽象的な不利益を予防するために本件通知処分の取消の訴えを認めることはできない。
以上述べたように、申立人らの本案訴訟の中には不適法として却下すべきものがあり、この部分については本案につき理由のないことが明らかである。
二、執行停止の申立を無視した代執行令書による通知の違法について
申立人らは、戒告処分の取消を求める訴を、昭和四六年二月八日千葉地方裁判所に提起するとともに、右戒告に続く行政代執行手続の続行を停止する申立をしたにもかかわらず、同月一六日、右戒告に続く代執行手続を強行して本件代執行令書による通知に及んだことは、申立人の裁判を受ける憲法上の権利を侵害する違法の処分であり、当然無効というべきである旨主張する。
しかしながら、行政事件訴訟法は、取消訴訟の提起に伴い当然に行政処分の停止的効果が生じないという「執行不停止原則」をとり(同法二五条一項)、それを前提として「執行停止の制度」を定め、その要件を規定している(同法二五条二項以下)。したがつて、裁判所において、執行停止の要件を是認し、執行停止決定をすることによつて、はじめて執行停止の効果が生ずるのであつて、執行停止の申立をしたからといつて、当然に執行停止の効力を生ずるものでないことは明白である。申立人の主張は、執行停止の申立をすることによつて、事実上執行停止をえたのと同一の状態を作りだそうとするもので、その不当なことは明らかである。
なお、被申立人は、同年二月二日戒告処分をなし、同月八日申立人が前記執行停止の申立をすると、同月一三日右申立に対する意見書を提出し、同月一六日、代執行期間を同月二二日から三週間と定めた本件代執行令書による通知をしたものであつて、右の経緯からみても、申立人の裁判を受ける憲法上の権利を侵害されるという非難の当らないことは明白である。
三、代執行手続の続行による回復困難な損害はない。
(一) 空港建設強行手段としての代執行は農民の生活を破壊するとの主張について
申立人らは、本件代執行令書による通知はその実体において、空港建設に反対する農民から土地を収奪する一連の代執行手続の一環であり、かつ、右代執行によつて進行する空港建設事業は、騒音・排油による作物破壊・排気による大気汚染・汚濁した排水等の公害をまきちらし、北総一帯の農業と住民生活を破壊することは明らかであり、空港周辺の住民に対し回復困難な生活上の損害を与えると主張する。
しかしながら、申立人らの主張する損害は、被申立人がさきに提出した千葉地方裁判所昭和四六年(行ク)第一号執行停止申立事件についての意見書(以下「意見書」という)第三の本文および一、二(五八頁以下七六頁まで)において述べたように、右のような一般的かつ抽象的な損害は、本件代執行の執行停止を求めうる損害ではない。のみならず本件代執行によつて申立人が主張するような北総地帯の農業破壊および公害による生活破壊が生じないことは明らかであり、申立人らの主張は理由がない。
(二) 農民の生命身体に対する回復不可能な損害発生の主張について
申立人らは、本件代執行対象地に掘られた地下壕において居住し、右土地を占有している者であるから、その身体に実力による拘束を加えて占有を解くことは直接強制となり、代執行によつてこれを許すことはできないと主張する。
しかし、申立人らは、申立書記載の肩書住所地に居住しているものであつて、右地下壕に居住している事実がないことは、意見書第三の三に記載しているとおりである(七六頁以下七九頁まで)。
また、代執行手続により直接強制をすることが許されないことはいうまでもないが、被申立人は代執行を適法に実施することは勿論であるから申立人らの主張は理由がない。
(三) 移転すべき物件の不特定の主張について
申立人らは、代執行令書の物件の表示欄が収用土地の上にある物件その他一切の物件として記載されてあることをもつて、代執行令書の対象の物件の特定を欠くと主張する。
しかしながら、意見書の第二の三(四六頁以下四九頁まで)において、すでに被申立人が述べたように明渡裁決によつて被収用土地の明渡しが命じられた場合には、裁決において補償の対象とされることにより移転を命じられた物件はもとより、その余の物件であつても、これを残置したままでは、土地を明渡すことができない物件があれば、これが一切を除去(移転)して土地を明渡すべきことは当然であり、また、かかる物件の表示としては右の程度の表示をもつて十分であるというべきである。
(四) 代執行の名目による直接強制の強行の蓋然性の主張について、
申立人らは、本件代執行が行なわれれば、警察官を導入して代執行の名の下に直接強制が行なわれる蓋然性が強いと主張する。
しかし、右の点は、本件代執行令書による通知に後続する代執行の方法に関する違法を主張するのであるから代執行令書自体の違法理由の主張とはなり得ないものである。
四、戒告の違法性の承継について
申立人らは、被申立人が昭和四六年二月二日付でなした戒告が違法であるから、本件代執行令書による通知はその根拠を欠き違法であると主張する。
しかしながら、本件戒告に何ら違法の点はないことは前記意見書の第一の二の(三)および第二の一乃至五(二九頁以下五四頁まで)において、被申立人が述べているとおりであり、申立人の主張は失当である。
五、緊急性の必要性について、
申立人らは、同月二二日にも本件代執行を強行する可能性が高いから、代執行による申立人らの回復困難な損害の発生が切迫しており、執行停止を求める緊急の必要があると主張する。
しかしながら、意見書第三の四(八三頁以下一〇一頁まで)で述べたように本件代執行手続の続行による損害は存在しないか、あるいは存在するとしても、回復困難なものではない以上、代執行の期日が切迫したとしても、その執行停止を求める理由は全くないといわねばならない。
六、本件執行停止は、公共の福祉に重大な影響をおよぼすおそれがある。
申立人主張のとおり本件執行停止を受けることになれば、意見書第四(一〇三頁以下一三二頁まで)記載のとおり公共の福祉に重大な影響をおよぼすおそれがある。
別紙目録(一)~(三)<省略>
(別紙)
補充意見書
被申立人は、すでに提出した意見書の左記箇所について次のとおりふえんして述べる。
一 申立人らの無償貸借契約の内容(一、(二)、(イ)六頁)
二 無償貸借契約の土地の現況および借主の住居について(一、(二)、(ロ)六頁)
三 申立人らの主張する損害について(三、(一)、一八頁)
四 農民の生命身体に対する回復不可能な損害の発生について(三、(二)一九頁)
五 緊急性の必要性について(五、二五頁)
一 申立人らの無償貸借契約の内容について
申立人らの申立書物件目録(以下目録という)一番ないし六番の土地の貸主および借主の内訳は、無償貸借契約確認証(疎乙第五六号証の一ないし六)によれば別紙のとおりである。
したがつて、借主の中で申立人らが右物件目録の借主となつているものは同目録一番の土地が八名、同目録二番の土地が一名、同目録三番の土地が七名、同目録四番の土地が一名、同目録五番の土地が五名、同目録六番の土地が五名であつて、意見書別紙目録(三)記載の島寛征および杉本明秀は本件土地について無償貸借契約の当事者ではない。
また、疎乙第三一号証の裁決書(三一頁ないし三二頁)によれば、別紙の二の土地の貸主欄に記載してある池上弘雄は当該土地の所有者ではなく、別紙の三の土地の所有者であり、別紙の三の土地の貸主欄に記載してある小川安治、大竹操、椿茂、椿せいは当該土地の所有者ではなく、別紙の二の土地の所有者である。
なお、現在までに申立人らが千葉県収用委員会へ提出した書類(疎乙第五六号証の二)によると無償貸借契約の対象土地の所在は、成田市駒井野一、七七一番となつており、これは目録二番の土地の所在(同市同町字広田一、〇〇二番の一)と明らかに異なり同一土地とは認め難く、目録二番の土地については、無償貸借契約なるものは存在しないように思われる。
二 無償貸借契約の土地の現況および借主の住居について
本件土地の現況
申立人らの目録一番ないし四番の土地は、いずれも谷地田に接する傾斜面に存在する原野である。
以上の土地は、いわゆる刈上地であつて、樹木を植栽しないことによつて下方に隣接する水田の日照を確保し、落葉を防止することにより水田の効用を確保することを本来の目的とする土地である。ところが、右水田は、いずれも任意買収によつてすでに空港公団用地となつているのであるから、刈上地の存在価値はなく、右土地の使用収益価値は著しく低減している。
同目録一番の土地は、奥行約四メートル、間口約二二メートルの帯状の土地であり、その面積は、八六・四〇平方メートルである。
右土地に存在する経済的価値のある物件は、五年生の松一本(胸高直径一、五センチメートル)、四年生の柿(根廻り一八センチメートル)一本のほか、雑木一六本にすぎない。この雑木は、胸高直径一、五センチメートルから四センチメートル、樹令では、五年から一二年程度のものである。本件土地の共有者は二〇名であつて、右土地から、約五キロメートル以上離れたところに居住している。
目録二番の土地は、奥行約六メートル、間口約二五メートルの帯状の土地であり、その面積は、一八二・八九平方メートルで、この土地に存在する物件は、五年生の杉一本(胸高直径一・五センチメートル)、一〇年生および一二年生の松四本(胸高直径三センチメートルから四センチメートル)のほか、雑木一三本(胸高直径一センチメートルから一八センチメートル、樹令三四年生一本を除き、他は四年生からおおむね一〇年生である。)にすぎない。
右土地の共有者は二〇名であつて右土地から約四キロメートル以上離れたところに居住している。
目録三番の土地は、奥行約四メートル、間口約九〇メートルの帯状の土地であり、その面積は、三二七・五四平方メートルである。
この土地に存在する物件は、一〇年生および伐期到来の松二本(胸高直径三センチメートルおよび三〇センチメートル)一〇年生の杉一本(胸高直径一〇センチメートル)のほか、雑木三一本である。
右土地の共有者は一八名であつて、うち一一名が右土地から約五キロメートル以上離れたところに居住し、うち三名が約九キロメートル以上離れたところに居住し、残りの四名は横浜市、八日市場市、千葉県松尾町に居住している。
目録四番の土地は、奥行約五メートル、間口約一九メートルの帯状の土地であり、その面積は、九七・六九平方メートルで、この土地に存在する物件は、わずかに雑木一〇本である。
右土地の共有者は、一三名であつて右土地から約七キロメートル以上離れたところに居住している。
目録五番の土地は、面積五六五・〇二平方メートルであつて、現況は窪地に樹木が自然に成育した山林である。この土地にある物件としては、伐期到来の松一本(胸高直径六〇センチメートル)、三年生から一一年生の杉五九本(胸高直径一センチメートルから二二センチメートル、樹令三年から三二年)雑木三四本である。
右土地の共有者は一二名であつて、右土地から約四キロメートル以上離れたところに居住している。立木九七本中九四本は右一二名の共有であり、残り三本は申立外三名の所有である。
目録六番の土地は、面積二二六・五四平方メートルであつて、現況は平坦な三角形の土地で自然に樹木が成育した山林である。この土地に存在する物件は、伐期到来の松一本(胸高直径四〇センチメートル)、二八年生の柿二本(根廻り六〇センチメートル)、四年生から九年生の栗五本(胸高直径一二センチメートルから三〇センチメートル)のほか、雑木一五本であつたが、最近に至り本件代執行にそなえ、これを妨害するためのバリケード用材としてほとんど、伐採されてしまつている。右土地の共有者は二五名であつて、右土地から約六キロメートル以上離れたところに居住している。申立人らのうち共有者となつているものは、以上六筆の土地を新空港建設反対運動のために取得し、右反対運動に使用している事実は認められるものの、土地本来の用途にはまつたく使用していない。
これらの事実からみて、本件土地は自然のままに放置されているものであつて、農業経営上特別に必要な土地ともいい難く、樹木も右のような状況であるから農業経営上必要なものとは解せられない。
三 申立人らの主張する損害について
申立人らは昭和四六年(行ク)第一号申立人戸村一作外一二二名被申立人千葉県知事間戒告処分執行停止申立事件において「新空港建設事業は、空港敷地内外の広大な農地を収奪するのみならず、騒音などの公害によつて、北総地域の農民をはじめ住民の生活を根底的に破壊するものであり、本件戒告に続く代執行手続の続行によつて、本件六筆の収用対象地が、空港建設に用いられるならば北総地帯における農業の破壊、周辺住民の生活の破壊という回復困難な損害を生ずる。」と主張する。
これに対する昭和四六年二月一三日意見書第三で述べたとおり申立人らの主張する損害は、本件代執行の執行停止を求めうる損害ではない。すなわち、行政事件訴訟法二五条二項にいう「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる回復の困難な損害」とは、処分、処分の執行又は手続の続行によつて具体的かつ直接的に生ずる損害でなければならない。
これを本件代執行についてみれば、本件代執行によつて、本件六筆の土地が強制的に明渡されたのち、本件裁決あるいは戒告が確定判決によつて取消されるまでの間に、申立人らが本件六筆の土地を使用収益できないことによつて蒙むる損害である。しかるに、申立人らの主張する損害は、前述のとおり、本件六筆の土地の使用収益とはまつたく関係のない北総地帯の農業破壊および公害による地域住民の生活破壊というものである。このような一般的かつ抽象的な損害は、右にいう損害には該当しない。たとえ、申立人らが、北総地帯において農業を営み、その住民として生活するものであつて、新東京国際空港(以下新空港という)建設にともなつて農業破壊あるいは生活破壊という被害をうける可能性があるとしても、これは極めて間接的な被害にすぎず、本件代執行の停止を求めるに足る直接具体的な損害ではない。したがつて、申立人らの主張は主張自体失当である。
しかも、以下に述べるとおり、本件代執行によつて北総地帯の農業破壊および公害による生活破壊が生じないことは明らかであり、申立人らの主張は理由がない。
北総地帯の農業破壊について
(一) 申立人らは、新空港建設事業は、空港敷地内外の肥沃かつ広大な農地を収奪するのみならず北総地域の農民をはじめとする住民の生活を根底から破壊するものであると主張する。
しかしながら、新空港の敷地のうち民有農地であつた部分の面積は約四四九ヘクタールである。そして、申立人らのいう北総地帯の範囲は明らかではないが、新空港の存在する千葉県北部七市五郡の農耕地面積約八万ヘクタールに比すれば、この程度の農地の潰廃をもつて、北総地帯の農業破壊というのは、大げさすぎる主張である。しかも、本件戒告の対象となつている六筆の土地の総面積は、わずか一、四八六・〇八平方メートルにすぎず、しかもその現況は原野および山林である。したがつて、これらの土地が本件代執行ののち飛行場用地として、事業の用に供されたとしても、およそ北総の農業地帯の破壊ということとは関係のないことである。
なお、新空港の敷地面積一、〇六五ヘクタールのうち、民有地は六七〇ヘクタールであるが、このうち五八四ヘクタールはすでに任意買収を終え、空港建設工事のため転用されており、空港敷地の転用は本件執行とはかかわりなく行なわれている。
(二) 申立人らは北総地帯の農民をはじめとする住民の生活を根底から破壊するものであると主張しているが、新空港設置によつて農業経営に支障を生じる者に対しては、以下述べるように、代替地の提供、職業転換対策などの措置を講じているので、それらの者が生活に窮するということはない。
(1) 代替地
代替地としては、成田市およびその近隣町村内の地区に、千葉県において民有地約三〇〇ヘクタールを買収したほか(代替地の取得ならびに配分については新東京国際空港公団および千葉県が協力して行なつている。)国有地約一〇〇ヘクタール(旧下総御料牧場のうち空港および付帯施設用地となる部分以外の残地の一部)、県有地約一〇〇ヘクタール合計約五〇〇ヘクタールが確保されており、このうち造成を必要とする面積は約二五〇ヘクタールであり、造成工事の内容としては開墾、開畑整地のほか、必要な地区に畑地かんがい工事を実施している。代替地の配分についていえば、空港周辺地区の代替地を希望する者が多かつたので、関係者の了承を得て空港用地の提供面積に応じ二町以上の場合は七反五畝、二町未満五反以上は五反、五反未満三反以上は、二反五畝、三反未満は七畝あて配分し、これら地区とあわせてその他の地区を希望する者、およびその他の地区を希望する者については、おおむね従来の規模に見合う面積を限度として配分している。その結果、昭和四五年末において、代替地の希望者五一二名に対し、約三五六ヘクタールの配分を完了し、未配部分については、今後の用地買収に応じて逐次配分する予定である。
(2) 職業転換対策
新空港設置に伴う離職者の生活再建問題は、用地取得にあたつて不可欠の対策であり、これについては、昭和四一年七月四日閣議決定がなされているが、公団としては、この閣議決定の趣旨に沿つて強力に推進しており、その具体的方策としては、居住地、営業地および営農地のあつせん、営業の指導、離職者の生活設計についての各種相談など総合的な施策が講じられている。
なお、新空港における空港関連事業の従業員の総数は、昭和四六年度約一万一〇〇〇名、同五一年度約二万四、〇〇〇名と推定されており、各年度とも相当数の地元住民が就職することが可能である。このため、昭和四三年一一月一日、芝山町に千葉県立芝山専修職業訓練校が発足し、離職者の転職を容易かつ有利にするための職業訓練ならびに空港関連事業の従業員としての養成が開始され、さらに今後の航空界の発展に伴つて、急速に増大する雇用需要に対処するため、昭和四五年四月二〇日成田市に空港関連事業の従業員の総合的な養成センターとして、国立成田高等職業訓練校が設置された。
また、空港に関連する事業としては、清掃業、運輸業、ハイヤー、タクシー業、警備保障業、ガソリンスタンド業をはじめ、食堂みやげ物店、花屋など地元民の経営可能な事業が数多く考えられる。そこで新東京国際空港公団は、地元民でこれらの事業の経営を希望する者に対し、資金計画、経営計画、需要推定その他の助言、相談に応じるとともに、羽田空港における当該事業の実態調査についての便宜を図つている。なお、構内営業はできる限り地元住民に優先的に開放することとした。
以上述べたように、新空港の設置によつて土地を失なう者に対しては、代替地が用意されており、また職業転換についても細心の考慮が払われているものである。
四 農民の生命身体に対する回復不可能な損害の発生について
申立人らは、御庁昭和四六年(行ク)第一号申立人戸村一作外一二二名被申立人千葉県知事間戒告処分執行停止申立事件の申立書の申立の理由二(2)において、本件代執行対象地に掘られた地下壕に居住すると主張するが、この点については、同事件に対して被申立人が提出した昭和四六年二月一三日付意見書第三の三で述べたとおり、申立人らは、右申立書記載の肩書住所地に居住しているものであつて、右地下壕に居住している事実はない。当該地下壕は、収用裁決の出された(昭和四五年一二月二六日)直後の昭和四六年一月六日項から目録二番、三番、五番、六番の土地に設置されたものであり、その形態は、人が中腰でかろうじて入ることができる程度の高さ約一、五メートル、巾約一メートル程の横穴状のもの、その横穴から上に抜ける竪穴状のもの、巾約一メートル、深さ約一、五メートル、長さ約二〇メートル程のいわゆるざんごう、あるいはその上に簡単なおおいをし土をのせたものなどがあるが、いずれもこれらは床などはなく、もちろん電気、水道は通じておらず、加えて換気が悪い所もあり、長時間そこに滞在することはできず、まして人の居住のために用いられるというようなものでない。
これらは、単に代執行に備え一時的に立入り、代執行を違法に妨害するために設置されたものであることは明らかである。
さらに申立人らは、前記申立書において本件代執行によりその身体に実力を加える直接強制をするかのような主張をするが、代執行手続きにより直接強制をすることが許されないことはいうまでもない。さらに、申立人らは、代執行により移転の対象とならない地下壕などを移転と称して破壊し、その際、その中にいる農民らに対して暴力を行使し、あるいは、落盤事故を生ぜしめるような事態が発生するかのような主張をする。しかしながら、被申立人としては、代執行は適法に実施することはもちろんであり、これに対して申立人らにおいて違法な抵抗を示したとしても、人身に危害を加えるような行為をするはずもない。
要するに、申立人らが、本件代執行により混乱と流血の惨事は必至であるかのような主張をするのは、申立人らが違法に実力をもつて代執行の実施を妨げることを前提としているものであつて、これをもつて代執行について執行停止を求める法律上の理由とはなりえないものである。
五 緊急性の必要性について
申立人らは「相手方千葉県知事は二月一六日付で代執行令書を発送したが右令書において代執行の時期は二月二二日より三月一四日までと定め、令書の発送と執行の間は僅か四日間である」として代執行令書による通知と代執行の時期の始期との時間的間隔が短きに失する違法があると主張するもののようである。
しかしながら、千葉県収用委員会は、昭和四五年一二月二六日本件各土地について権利取得の時期および明渡しの期限をいずれも同四六年一月三一日とする権利取得裁決および明渡裁決をなしたのにかかわらず、申立人らは明渡し期限の同月三一日を経過しても本件各土地の引渡しおよび地上物件の移転義務を履行しなかつたため、被申立人は、同年二月二日申立人らに対し戒告書をもつて当該各土地上の物件を同年二月一二日までに必ず移転すること、もしその期限までに履行しないときは代執行を行なう旨の戒告をなしたが、申立人らはなおも右期限までに右義務を履行しなかつたので、被申立人は、行政代執行法の定めるところに従つて同月一六日付で申立人らに対し代執行の時期を昭和四六年二月二二日から同三月一四日までと定め、なお執行責任者、代執行費用の概算による見積額などを代執行令書をもつて通知したものである。
代執行をなすべき時期と代執行令書による通知との間にどれだけの時間的間隔を置くべきかについては代執行法には明文の規定はない。しかし行政代執行法が、戒告のほかに、代執行令書による通知という手続を定めた趣旨は、代執行についての相手方の予測可能性を確実ならしめるという意味において相手方を保護するために、代執行をなすべき時期、執行責任者および費用の概算による見積額を通知して、これから行なわれるべき代執行の内容とそれに対する受忍義務を具体的に確定することにある。したがつて代執行令書による通知と代執行をなすべき時期との時間的間隔は、相手方が代執行の内容とそれに対する受忍義務を了知するだけの時間的間隔があれば足るものと云わなければならない。行政の実際において義務者が代執行令書を受領してから目前に迫つた代執行を避けるため義務を履行することが少なくないとしても、それは単なる事実上の効果にすぎず本来代執行令書による通知処分の目的とするところではない。
本件代執行令書による通知と代執行をなすべき時期との間に四日間の時間的間隔があることは申立人らの自認するところであるから、申立人らが本件代執行の内容とそれに対する受忍義務を了知するには十分であつて何等の違法を伴うものではない。
(別紙)<省略>