千葉地方裁判所 昭和48年(ワ)194号 判決 1976年1月28日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自、原告に対し、一、六一二万二四八円および内一、四四七万二、九五三円に対する昭和四五年七月二五日から支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら)
主文同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
イ 発生時 昭和四五年七月二四日午後一時五〇分頃
ロ 発生地 千葉市桜木町三三一番地先の国道五一号線道路(以下本件道路という)上
ハ 被告車 大型トレーラー(千葉一に六七六号、被告遠藤良一(以下被告遠藤という)運転、以下被告車という)
ニ 原告車 軽四輪貨物自動車(六千葉に五一七七、訴外亡三森博(以下博という)運転、以下原告車という)
ホ 態様 本件道路を都町方面から若松町方面に向け進行中の被告車が同道路を反対方向から走行中の原告車に衝突した。
2 事故の結果
博は、右事故により左肺損傷、腹腔内臓器損傷、脳挫傷等によつて約一時間後に死亡した。
3 責任原因
イ 被告遠藤は、被告車を運転して本件道路上の事故地点のカーブにさしかかつたのに、十分な減速もしないまま進行し、同地点のセンターラインを越えた過失により、原告車の右前部に被告車の右前部を衝突させ、本件事故を発生させたものである。
ロ 被告河上一吉(以下被告河上という)は、本件事故当時、被告車を自己のため運行の用に供していたものである。
ハ したがつて、被告遠藤は、不法行為者として民法七〇九条により、被告河上は、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条により、いずれも本件事故による損害を賠償しなければならない。
4 原告の地位
原告は、博の父であり、その唯一の相続人である。
5 損害
イ 博の逸失利益
博は、死亡当時満三一才の健康な男子で、経験一四年の左官職人として千葉市亀岡町九番一九号、伊藤楳吉方に勤務し、日給ならびに手当として平均月額六万八、〇〇〇円の収入を得ていたので、生活費を四〇%控除した年収額は、四八万九、六〇〇円であるところ、同人の労働可能年数を六三才までの三二年間とし、右年収入額にホフマン式計算法による係数一八・八〇六を乗ずると、その逸失利益の現価は九二〇万七、四一七円となる。
ロ 慰謝料
博は、原告の長男であり、その不慮の死が原告にもたらした悲嘆、その他諸般の事情を考慮のうえ、慰謝料としては五〇〇万円が相当である。
ハ 病院の経費および葬儀関係費
亡博の救急処置等に要した病院の経費は二万九、二五六円、葬儀に要した費用は二三万六、二八〇円、合計二六万五、五三六円であり、すべて原告が支出した。
ニ 弁護士費用
原告は、原告代理人に本訴提起前に手数料として二〇万円を支払い、認容額の一割(全額認容された場合には一四四万七、二九五円)を支払う約束をしているので、弁護士費用は一六四万七、二九五円である。
ホ 以上の合計一、六一二万二四八円が、本件事故と相当因果関係を有する損害である。
6 結論
よつて、原告は、被告らに対し、各自、右損害金一、六一二万二四八円および右金員のうち弁護士費用を除く一、四四七万二、九五三円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四五年七月二五日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2のうち博が死亡した事実は認める。
3 同3のイの事実は否認し、同3のロの事実は認め、同3のハは争う。
4 同4の事実は知らない。
5 同5の各事実を争う。
6 同6は争う。
三 抗弁
1 免責(被告河上)
イ 被害者博に過失があつた。すなわち、本件事故現場は本件道路のカーブの終つた地点であり、博は原告車を運転し、若松町方面から都町方面に向けて走行中であつたのであるが、かかる場合、自動車運転者としては、ハンドル操作を的確にし、センターラインをオーバーするようなことのないようにすべき注意義務があるのに、博は、これを怠り、被告車直前において突然センターラインを大きく越えて対向車たる被告車に激突した過失により死亡したものである。
ロ 被告河上及び運転者被告遠藤は被告車の運行に関し注意を怠らなかつた。すなわち、被告遠藤は、被告車を運転し本件事故現場にさしかかつたところ、被告車直前において突然センターラインを越えて走行してきた原告車を発見し、とつさに急制動を施し、ハンドルを左に転把して、同所左側にあつたバス停に乗り上げるまで避譲し、衝突を回避せんとしたが、博が時速五、六〇キロメートルの速度で、制動することなく、被告車に向つて進行し、停車寸前の被告車に衝突してきたため、本件事故が惹起されたものであり、該衝突を被告遠藤の方で回避することは全くできなかつたものである。
ハ 本件事故直前、被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。
2 過失相殺(被告両名)
仮りに被告遠藤に何らかの過失があるとしても、博の右過失はきわめて重大なものであるから、原告の本件事故による賠償額を決めるにつき、大巾に斟酌されるべきである。
四 抗弁に対する認否(原告)
抗弁事実は全て否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生および結果について
請求原因1の事実(事故の発生)および同2(事故の結果)のうち博が死亡した事実については、当事者間に争いがない。同2のうちその余の事実は、被告が明らかに争わないから、自白したものとみなされる。
二 責任原因および免責の抗弁について
1 請求原因3のロの事実(被告河上の運行供用者たる地位)については、当事者間に争いがない。
2 被告遠藤の過失の有無および被告河上の自賠法三条但書の免責の主張について検討する。
イ 衝突地点。
成立に争いのない甲六号証、証人吉田博の証言およびこれによつて成立を認めうる甲七号証並びに被告遠藤本人尋問の結果を総合すれば、警察官の現場到着前に、本件事故現場に散乱したガラス破片等がほうきで掃かれてしまつたこと、そのため衝突地点の認定が難しくなつていることが認められる。
しかし、右甲六号証によると、まず同号証添付現場写真(以下単に写真という)第(16)には、被告遠藤本人尋問の結果によつて原告車が衝突の衝撃で飛ばされた時に出来たと認められるま新しい滑痕がはつきり写つており、右各証拠によると、同号証添付の交通事故現場見取図(2)(以下見取図(2)という)に記載されたセンターラインから原告車線に向かう長さ二・八メートルの滑痕が事故直後に存在した事実が認められる。次に写真第(11)には、被告車のトレーラーの右後輪の後方に、被告車側の車線内にセンターラインに平行した二、三メートルに及ぶスリツプ痕が写つており、同見取図記載のスリツプ痕は、同図記載の×地点の手前から(後述のとおりこれを越えて)続いていたものと認められる。
そうだとすると、右スリツプ痕の延長線と前記滑痕の延長線とが交差する付近において、原告車と被告車が衝突したものと推定するのが合理的であり、結局見取図(2)の×地点(滑橋一〇三号の電柱より都町方向へ一五・七〇メートル、滑痕の北西方向で本件道路の北側で車道と歩道を区分する縁石(以下単に縁石という)より中央線に垂直に二・一五メートルの地点)が本件衝突地点であると認められる。
(1) 写真第(5)、第(9)、第(11)によると、被告車のスリツプ痕は、前述のとおり衝突地点を越えて縁石近くまで続いていることが認められる。この点は、原告本人尋問の結果によつて原告が昭和四五年七月二五日早朝(午前四時以前)に撮影した事故現場の写真であると認められる甲一一号証によつても明らかである。従つて右各写真によれば、見取図(2)に記載されたスリツプ痕の位置の表示は、誤りであつて、右記載より東方(若松町寄り)にスリツプ痕が残存していたことになる。ただ測定されたスリツプ痕の長さは見取図(2)の記載を否定できる証拠はない。従つてスリツプ痕の開始地点も、同じ距離だけ東方にあつたものといわなければならない。
(2) 原告本人尋問の結果中には、見取図(2)の基点とされた滑橋一〇三号の電柱の位置は、真実は、同見取図記載より東方一〇メートルにあり、衝突地点も同見取図記載より東方一〇メートルにある旨の供述部分がある。
なるほど、被告ら主張のとおりの写真であることが当事者間に争いのない乙一号証の一によると、右電柱は、事故現場近くの本件道路南側にあり、その位置は本件道路南側に建つている日本ハム千葉営業所の建物から同建物の間口の約三・五倍の距離だけ西に寄つた所に立つていることが認められるところ、見取図(2)には、右電柱は同建物の間口の約二倍の距離だけ西に寄つた所に立つているように表示されている。従つて同見取図の路傍の建物の間口、大きさに関する記載は不正確であると言える。
しかし、被告遠藤本人尋問の結果によると、甲六号証に記載されている距離の測定自体は正確になされたものと認められ、これを疑わしめる証拠はないから、滑痕の北西で、本件道路北側縁石から南に垂直に二・一五メートルの位置と認定した前記衝突地点が、測定したところ、見取図(2)の基点である前記電柱から一五・七米の距離にあつたという事実は、原告の前記供述部分によつて、動かすことはできない。
(3) 他に前記認定を覆えすに足を証拠はない。
ロ 右事実に前記甲六号証、成立に争いのない乙一号証の一ないし八、前記甲七号証、証人吉田博、同和田信行の各証言並びに被告遠藤の本人尋問の結果を総合すれば、次の(1)、(2)の各事実が認められる。
(1) 本件道路は、通称成田街道と呼ばれる東西に通じる国道五一号線であり、歩車道に区分され、車道は幅員七・二メートルでアスフアルト舗装された平坦でかつ乾燥した道路であり、若松町方面(東方)に向つて緩い大きな左カーブとなつていて、被告車からすれば、この左カーブを曲がり終つて短い直線コース(その後また緩い大きな左カーブがあるが)に出たところで、衝突地点に達する。歩道は幅員一・三メートルで、車道とは高さ二〇センチメートル幅員〇・二メートルの縁石で、さらに畑とは、ほゞ同じ高さの土留によつて区切られている。本件道路の南側には人家が建ち並んでおり、北側は畑で、道路にそつて看板が建つていて、見通しは良くない。
(2) 被告遠藤は、被告車を運転して右道路を都町方面より若松町方面に向つて時速約四〇キロメートルで、減速することなく、現場直前のカーブを曲つて進行し本件事故現場に差しかかつたところ、右道路の対向車線を若松町方面より都町方面に向つて時速約四〇キロメートルで進行してきた博運転の原告車が、被告車の直前において、突然センターラインを越えて進行してきたのを発見し、とつさに急制動を施し、ハンドルを左に転把したが前記衝突地点で原告車と衝突し、同所左側にあつた縁石に乗り上げ、畑の土留のところで停車した。
(3) 以上の事実が認められる。
(イ) 先ず前記甲六号証の添付写真による原被告車の破損状況からは、原告車がほとんど直進していたことを認めることはできない。衝突地点が前記認定のとおりである以上は、原告車がセンターラインを越えていたことを否定することはできない。
(ロ) 次に右甲六号証によると、被告遠藤が原告車に危険を感じたときから衝突するときまでの間に、被告車は二七・七メートル、原告車は一四・九メートル進んだことになり、これによれば被告車の速度は原告車の二倍であつたことになる。しかも同号証によるとこの間被告車はブレーキをかけて一二メートル余のスリツプ痕を残しているのに、原告車が制動したあとは見られない。このことからすれば、右速度の差は更に増加する。
しかし同号証によると、被告遠藤が、原告車を発見したときから、原告車に危険を感じたときまでの間には、被告車は減速していないのに僅か一三メートル、原告車はこの間に一七・四メートル進んだことになり、これによれば、この間の速度は原告車の方が大きかつたことになる。その後に両車の速度が逆に変化し、原告車の速度が遅くなり被告車が速くなつたことを合理的に説明することはできず、明らかに矛盾している。
また発見から衝突までを合計すると、被告車が制動しながら四〇・七メートル進んだ間に、原告車は三二・三メートルしか進まなかつたことになる。
同号証によると、以上は実況見分の際の被告遠藤の指示説明によるものであることが認められるところ、同被告の本人尋問の結果によると、同被告は、最初原告車を発見したとき、右甲六号証(実況見分調書)記載の位置よりも原告車は少し若松町寄り(遠方)にいたのではないかと感じていること、同被告は正確な位置が判つていて実況見分の警察官に指示したわけではなく、大体このあたりではないかという大まかな指示をしたこと、同被告は自分の車がここに来たとき対向車がどこにいたかということはいちいち判らないこと、が認められる。そうだとすると、以上の指示された位置、従つて指示された地点間の距離は、その指示において、正確なものと言うことはできず(但し測定は前記のとおり正確と認められる)、これに基づいて、両車の速度に関する前記認定(共に時速約四〇粁)を覆えすことはできない。
(ハ) 更に前記甲六号証によると、被告車は前認定のスリツプ痕(一二メートル余)を残す制動をした上、衝突後五・一米進行して停止したこと、被告車の前輪は、この五・一米の間に高さ二〇センチメートルの縁石を乗り越えて、畑の土留(縁石の高さと大差はない)に達していることが認められるけれども、このことから、被告車の速度を確定することはできず、これに関する前記認定を覆えすことはできない。
(ニ) 他に前記認定を覆えすに足る証拠はない。
(4) 被告車に構造の欠陥又は機能の障害があつたことを窺わせるに足る主張も証拠もない。
ハ 以上の認定事実によると、
(1) 被告遠藤に請求原因3のイの過失があつたことを認めることはできない。すなわち、(イ)、被告遠藤が、センターラインを越えたため本件事故が起こつたということはできない。(ロ)、衝突地点手前のカーブで減速しなかつたことは前記認定のとおりである。しかし前記甲六号証及び被告遠藤本人尋問の結果によると、このカーブは緩い大きなカーブであつて、直線と言つても少しカーブしているような感じで、カーブというほどのカーブではないことが認められる。そうだとすると、特段の事情のない限り、被告遠藤が前認定の時速約四〇粁を更に減速する注意義務はないものといわなければならず、減速すべき特段の事情のあつたことを認めるに足る主張も証拠もない。そして、対向車が被告車直前でセンターラインを越えて被告車線に入つて来ることを予想してこれと衝突しないで停車できる程度に減速すべき注意義務も同被告にはなかつたものといわなければならない。
(2) 被告河上の免責の抗弁は理由がある。すなわち、前認定の事実によれば、(イ)、被害者博には、センターラインを約一・四五米越えて被告車線に進入した過失があり、(ロ)、被告両名はいずれも被告車の運行に関し注意を怠らなかつたものというべく、(ハ)、被告車には本件事故の原因となるような構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたということができる。
三 そうだとすると、その余の点について判断をするまでもなく、原告の被告らに対する本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 木村輝武)