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千葉地方裁判所 昭和49年(モ)583号 判決 1976年5月12日

債権者

千葉県

右代表者知事

川上紀一

渡辺岩雄

外二名

右債権者ら訴訟代理人

石川博臣

債務者

青木利雄

右訴訟代理人

池田真規

外一名

主文

一  債権者らと債務者間の、千葉地方裁判所昭和四九年(ヨ)第二〇三号不動産仮処分申請事件について、同裁判所が同年七月八日になした決定は、その第二項を「債務者は、債権者らが右土地に対する急傾斜地崩壊防止工事(モルタル及びコンクリート被覆工法による工事)をなすことを妨害してはならない」としたうえ、これを認可する。

二  訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、債権者ら

1  主文第一項記載の決定を認可する。

2  訴訟費用は債務者の負担とする。

二、債務者

1  主文第一項記載の決定を取消す。

2  債権者らの本件仮処分申請を却下する。

3  訴訟費用は債権者らの負担とする。

第二  申請の理由

一、被保全権利

1(一)  債務者は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という)の登記簿上の所有者であり、かつ占有者である。

(二)  ところで、本件土地は急傾斜地(自然崖)であり、本件土地を含む急傾斜地一帯は地盤が脆弱であるため、昭和四五年に急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(以下急傾斜地法という)三条一項に基づき千葉県知事によつて崩壊危険区域に指定された。

2(一)  そのため、債権者千葉県は、昭和四二年から急傾斜地法一二条によつて、前記急傾斜地一帯をコンクリートで被覆する崩壊防止工事を進めてきた。

(二)  従つて、債権者千葉県は、本件土地についても急傾斜地法一二条によつて崩壊防止工事をなす権利を有する。

3(一)  また、債権者渡辺岩雄、同黒川米次郎、同佐久間勇(以下債権者三名という)らは、本件土地の直下に存在する別紙物件目録(二)記載の各土地、建物について、同目録記載のとおり所有権を有している。

(二)  ところが、本件土地は崩壊の危険性が大きいため、債権者三名は債務者三名に対し、右所有権に基づく妨害予防請求権を有する。

二、保全の必要性

1  債権者千葉県による前記崩壊防止工事が昭和四八年一二月ころ本件土地に及んだとき、債務者は債権者千葉県に対し、本件土地への立ち入り禁止及び右工事の中止を申し入れたため、右工事は現在中断を余儀なくされている。

2  しかるに、本件土地はその地盤が脆弱で、崩壊の恐れは極めて大である。万一、本件土地が崩壊すれば、その直下にある債権者三名の建物はその下敷となり、死傷者がでることは必至であるだけでなく、右建物側の県道も落石等によつて通行する人車に危害を及ぼすことが予想される。

3  このため、債権者三名を含む本件土地の付近の住民は、崩壊防止工事をなすことを債権者千葉県に対し陳情し、また債権者千葉県も債務者と交渉したが、債務者はこれに応じない。

従つて、債権者らは、前記各権利を保全するため本件仮処分の必要がある。

よつて、本件仮処分申請を認容した原決定は相当であるから、その認可を求める。<以下、省略>

理由

一被保全権利について

1  申請の理由一1(一)(債務者が本件土地の登記簿上の所有者かつ占有者であること)及び同一1(二)のうち、本件土地が急傾斜地(自然崖)であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件土地は昭和四五年に急傾斜地法三条一項に基づき、千葉県知事によつて浜勝浦急傾斜地崩壊危険区域に指定されたことが認められる。

2  ところで、<証拠>を総合すると次の事実が認められ<る。>

(一)  本件土地は海抜三五メートルの高さを有し、これを含む南北約五〇〇メートルにわたる山地(以下本件急傾斜地一帯という)は急傾斜地であり、その西側にはこれと極めて接近して家屋がたち並んでおり、さらにその西側には県道勝浦港線が走つている。

(二)  本件急傾斜地一帯は、平均的勾配が約八五度、稜線の高さは三〇ないし四〇メートルで、これに接近して存在する家屋数が約七五戸であり、その地質は第三紀泥岩で堅固さに欠け崩壊の恐れがあつて、右家屋等への被害が予想されるため、昭和四五年に浜勝浦急傾斜地崩壊危険区域と指定されている。

(三)  昭和四一年には、本件土地の北方の別紙図面中昭和四二、四三年度工事と表示されている区間の急傾斜地において崖崩れによる死者がでたため、債権者千葉県は、昭和四二、四三年にかけてその部分に、モルタル吹付工事を施行し、その後、昭和四五年から同四八年まで右崖崩れの区間の南側から本件土地に至るまでの本件急傾斜地一帯に、北側から順次その風化した表土を取り去つてモルタル及びコンクリートを被覆する工事をなしてきた。

(四)  本件土地は自然斜面で、その下部約一〇メートルは硬質の泥岩、上部約二五メートルは軟質の泥岩であり、上部の勾配は約五〇度、下部は八〇ないし九〇度の急勾配で、表面は全般に風化が著しく常に落下の危険性をもつていて崩壊の恐れが十分にあり、現に昭和四六年にも本件急傾斜地一帯の一部で崩壊が起つたため、債権者千葉県は急傾斜地法一二条に基づいて、本件土地の上部にはコンクリート吹付、下部にはモルタル吹付による崩壊防止工事をしようとした。

(五)  ところが、昭和四八年一二月ころ、債務者は債権者千葉県に対し、本件土地への立ち入り禁止と崩壊防止工事の中止を申し入れたため、右工事は中断を余儀なくされた。

(六)  債権者渡辺岩雄は別紙物件目録(二)1記載の土地を所有して同(二)2記載の建物に居住し、債権者黒川米次郎は同(二)3記載の建物を所有してこれに居住し、債権者佐久間勇は同(二)4記載の土地を所有して同(二)5記載の建物に居住しているが、これらの土地、建物はいずれも本件土地の真下に存在する。

3  以上の事実によれは、債権者三名は、その所有する前記土地、建物などの所有権に基づいて本件土地の将来の崩壊の危険性を排除するため、債務者に対し所有物妨害予防請求権を有することとなる。

また、前記2で認定の各事実に、<証拠>を総合すると、本件急傾斜地崩壊防止工事は、第一次的には本件急傾斜地の所有者たる債務者や本件急傾斜地の崩壊により被害を受ける恐れのある債権者三名らが施行すべきものであるが、本件急傾斜地の高度が三五メートルであり勾配も急であること、崩壊も十分予想されること、真下には人家が存在すること、後述の如く工事費用が至大であること、本件土地の北側の急傾斜地一帯の工事も従来債権者千葉県が行つてきたことなどの諸点に照らして、債務者や債権者三名らが右工事を施行するのは困難又は不適当と認められるので、債権者千葉県は、急傾斜地法一二条一項に基づき、これらの者にかわつて本件土地の崩壊防止工事を施行する権利を有するものと認められる。

二  保全の必要性について

1  債務者は、債権者らの主張するモルタル及びコンクリート吹付工事によつては本件土地の崩壊を完全には防止しえないから、右崩壊防止工事をなすことを求める本件仮処分はその必要性を欠くと主張する。

しかし、前記一2で認定のとおり、本件土地は自然の急傾斜地で、常に崩壊の危険を有しているし、債権者らは昭和四九年六月二四日に本件仮処分を申請したことも本件記録上明らかであるところ、右の六月はいわゆる梅雨の時期で相当の降雨が見込まれることは公知の事実であり、この降雨によつて本件土地の表面が浮き上り離脱し易い状態となり、崩壊の危険性も一層増大する時期であつたのであつて、このように事前に崩壊の危険性が予測され、かつ、崩壊防止工事によつて、その危険性が完全ではなくとも、減少する以上、右工事が必要であることはいうまでもなく、本件仮処分は必要性を有する。従つて、債務者の前記主張は理由がない。

2  また、債務者は、崩壊防止工事の工法は、債務者主張の屏風型工法でよく、モルタル及びコンクリート被覆工法をとるまでの必要性はないと主張するので、この点を検討する。

(一)  <証拠>によれば、債権者ら主張のモルタル及びコンクリート被覆工法とは、本件土地の表面の風化した部分を削り取り、金網をその上に敷き、本件土地の表面積一ないし1.5平方メートルに一か所当り、長さ約1.5メートル、直径約二センチメートルの鉄筋を差し込んで右金網を固定したうえ、本件土地の上部約二五メートルには厚さ一五センチメートルのコンクリートの吹付、下部約一〇メートルには厚さ七センチメートルのモルタルの吹付をなすものであること、そして、本件土地に対して右工事をなす費用は一二二五万円(なお、本件土地を含む債務者所有の別紙目録(一)記載の土地二二三四平方メートル全体についての費用は、約一七九六万円である。)であり、これに要する工期は約五か月で、屏風型工法による場合の約二分の一であること、従来千葉県においては、本件のような急傾斜地崩壊防止工事において屏風型工法を採用したことはなく、モルタル又はコンクリート被覆工法が一般的であることなどが認められる。

(二)  他方、<証拠>によれば、債務者主張の屏風型工法とは、債権者三名の居住建物に隣接する債務者所有の本件土地に沿つて、高さ21.5メートル(地上一五メートル、地下6.5メートル)、厚さは基底部において8.5メートル、先端部において0.3メートルの鉄筋コンクリート製擁壁を地面に垂直に設置するとともに、本件土地のうち地上一五メートルを超える部分を削り取り、右削り取つた土砂を右擁壁と本件土地との間隙に埋め立てて、地上一五メートルの高さにおいて長さ約一〇〇メートル、幅約三四メートルの平地を造るものであること、そして、債務者所有の別紙物件目録(一)記載の土地二二三四平方メートル全体についての右工事費用は一九億円であること、耐久性は屏風型工法の方が優れているにしても、安全性の面ではいずれの工法でもそれほどの差異がないこと、従つていずれの工法が絶対的であるともいえないこと、債務者は本件土地を現場で検分したうえで、その所有権を昭和四七年八月一日に取得したことなどが認められる。

(三)  ところで、本件崩壊防止工事は債権者千葉県の行なう公共事業であり、さらに本件仮処分は梅雨の時期に入つて一層本件土地の崩壊の危険性の増大が予測される緊急な時期に申請されたものであるから、このような場合には、最少の費用かつ最短期間に最大の効果をあげうる工法を選択すべきであるところ、前記(一)、(二)で認定のとおり、債務者主張の屏風型工事は、モルタル及びコンクリート吹付工事より耐久性及び工事後の本件土地の利用価値の点では優れているにしても、安全性の点ではそれほどの差異はなく、いずれの工法が絶対的ともいえないものであるし、モルタル及びコンクリート被覆工事の一〇倍以上の費用を要し、工期の面でもその約二倍はかかるのであつて、前記工法選択の基準に照らすと、債権者ら主張のモルタル及びコンクリート被覆工法による方が相当であり、本件土地に右工法による工事をなす必要性が認められる。

なお、債務者は、屏風型工法によらなければ多大の損害を被ると主張するが、本件急傾斜地一帯は昭和四五年からモルタル又はコンクリート吹付による崩壊防止工事がなされていたのであり、債務者が本件土地を取得した昭和四七年八月当時には、本件土地のすぐ北側の急傾斜地にまで右工事が及んでいたことも弁論の全趣旨より明らかであるところ、債務者は本件土地の売買に際しては、これを現場で検分しているのであるから、本件土地が浜勝浦急傾斜地崩壊危険区域に指定されていることは知らなかつたにしても、本件土地にも同様の工事がなされることは十分予測しえたものと推認されるので、本件土地が公共事業であることなどにも鑑みて、債務者は、モルタル及びコンクリート吹付工事による本件土地の利用価値の低価は、これを受忍すべきものと考えられる。

三結論

よつて、原決定は、その第二項の工事方法を主文第一項のとおり特定したうえこれを認可することとし(なお、債務者本人の供述からも明らかなとおり、債権者らは本件仮処分申請の当初より、崩壊防止工事の工法としてモルタル及びコンクリート被覆工法のみを主張しており、右仮処分主文の特定は、債権者らの申立の目的の範囲内にあり、かつ、原決定の内容を明確にしたにすぎないので原決定を越えるものではない)、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(渡辺桂二 林醇 井上繁規)

物件目録(一)、(二)<省略>

別紙図面<省略>

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