千葉地方裁判所 昭和52年(ワ)8号 判決 1980年2月26日
原告 株式会社カネオカ
右代表者代表取締役 金岡幸治
右訴訟代理人弁護士 澤田正道
第七号事件被告 栢屋薬品株式会社
右代表者代表取締役 篠田祐八郎
第八号事件被告 株式会社小林大薬房
右代表者代表取締役 小林宗次
右両名訴訟代理人弁護士 中元兼一
同 中村俊輔
同 田畑佑晃
主文
当庁昭和五一年(手ワ)第一一四号約束手形金請求事件、同年(手ワ)第一一三号為替手形金請求事件について、当裁判所が昭和五一年一二月二二日言い渡した各手形判決を取り消す。原告の各請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立
一 原告
「原告と被告(第七号事件)栢屋薬品株式会社間の千葉地方裁判所昭和五一年(手ワ)第一一四号約束手形金請求事件について同裁判所が昭和五一年一二月二二日言い渡した手形判決、原告と被告(第八号事件)株式会社小林大薬房間の同裁判所昭和五一年(手ワ)第一一三号為替手形金請求事件について同裁判所が昭和五一年一二月二二日言い渡した手形判決は、いずれもこれを認可する。異議申立後の訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求める。
二 被告ら
「本件各手形判決を取り消す。
原告の各請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。
第二陳述した事実
一 請求の原因
(一)1 原告は、被告栢屋薬品株式会社(以下被告栢屋薬品という)振出の別紙第一手形目録記載のとおりの順次裏書記載のある約束手形一通を所持している。
2 原告は、日本ヴィックス株式会社(以下ヴィックス社ということがある)振出、被告株式会社小林大薬房(以下被告小林大薬房という)引受にかかる別紙第二手形目録記載のとおりの順次裏書記載のある為替手形一通を所持している。支払人は、昭和五一年三月二九日右手形の引受をした。
(二) 原告は各手形を支払のため各満期に支払場所において呈示したが、支払を拒絶された。なお支払拒絶証書作成義務は免除されている。
(三) よって右手形の所持人である原告は、
1 振出人である被告栢屋薬品に対し、約束手形金二五四万円およびこれに対する満期の昭和五一年七月三一日から
2 引受人である被告小林大薬房に対して為替手形金三〇〇万円およびこれに対する満期の昭和五一年七月二五日から
各その完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による法定利息の支払を求めることができるから、申立記載の各手形判決の認可を求める。
二 答弁および抗弁等
(答弁)
請求原因(一)について、1および2のうち、第一裏書欄の被裏書人欄の白地とある部分を否認し、その余を認める。第一裏書欄の被裏書人欄には、原告において本件各手形の裏書譲渡を受けた時およびこれを支払場所に呈示した時には、「株式会社三重銀行」と記載されていた。したがって、第一裏書欄の被裏書人と第二裏書人との間に裏書の連続を欠いている。(二)について認める。(三)は争う。
《以下事実省略》
理由
一 請求原因事実中(一)の1、および2のうち、第一裏書欄中の「被裏書人欄白地」とある部分を除くその余の事実ならびに、(二)は当事者間に争いがない。
二 そこで、第一裏書欄の被裏書人欄部分が白地であるかどうかについて検討する。
(一) 甲第一号証、第二号証の一ないし三(乙第一、二号証の原本に当たるもの)(いずれも第一裏書欄の被裏書人欄部分の「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」の印影部分について成立に争いがあるが、その余は成立に争いがない。なお、右「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」の印影が真正に成立したものと認めがたいことは、後記認定のとおりである。)によると、第一裏書欄の被裏書人欄には「株式会社三重銀行」の記載が棒線で抹消され、その部分に第一裏書人たる「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」の印影(この印影が真正に成立したと認められないことは後記のとおりである。)が押捺されていることが認められ、したがって、本件各手形は、本件訴訟の段階では、「株式会社三重銀行」が抹消され、かつ同所に「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」の印影(この印影の意味については、前記のとおりである)が押捺されている以上、一応、第一裏書欄の被裏書人欄は抹消されて白地であるといい得そうである。
そして、もし、本件手形の第一裏書欄の被裏書人欄が白地であれば、原告は、裏書の連続を有する手形を所持していることになり、手形法一六条一項の規定により、本件各手形の適法な所持人と「看做」されるわけである。
だが、本件において、このように解するのは正しいかは、問題がある。
(二) すなわち、本件各手形が原告に裏書譲渡された時点および原告が本件各手形を支払のために支払場所に呈示した時点において、第一裏書欄の被裏書人欄中の「株式会社三重銀行」の部分が棒線により抹消されていなかったことは、原告自身認めるところである(なお、乙第一、二号証の存在からも、右のことは明らかである。)。
したがって、原告自身、本件各手形を裏書譲渡を受けたとき、少なくとも裏書の連続を欠いていた手形を取得したものである。
このように、現在の手形所持人が、手形を裏書譲渡により取得した時点においてその手形が裏書の連続を欠いていた場合にのちに誰かが連続を欠く部分の被裏書人欄の記載を抹消して白地としたときには、その手形所持人は、常にかつ当然に手形法一六条一項による保護を受けることができると解すべきであらうか。
(三) そこで、本件各手形が原告会社に取得されるに至った経緯について検討することとしよう。
甲第一号証、第二号証の一ないし三、乙第一号証ないし第五号証、第八号証の一ないし三の存在(これらはいずれも第一裏書欄の被裏書人欄株式会社三重銀行の上に顕出されている「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」の印影の成否が争われている以外、その成立については当事者間に争いがない。乙第三号証ないし第五号証、第八号証の一ないし三については原本の存在についても争いがない)、《証拠省略》を総合すれば、次の諸事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》
1 ヴィックス社は、いわゆる外資系会社であり、契約書などについては、会社代表取締役が署名(サイン)をするにとどまり代表取締役印を用いることはなく、手形についても約束手形の振出または為替手形の引受なども多くは会社代表取締役の署名(サイン)で行なわれていたが、裏書については、会社および代表取締役の記名印を押捺しかつ「会社代表取締役之印」の印顆を押捺して、これを行なっていた。
そして、ヴィックス社の代表取締役の印は、会社本社においてコントローラー(仮訳管理部長)が保管する責任を負い、これを会社外に持ち出して持参するということはなかった。
なお 会社の組織上、経理部長なる職はなかった。
2 ヴィックス社は、昭和五一年五月頃取引先から、本件各手形を含む手形小計一五通額面合計約金三五四〇万円の交付を受けたからその資金化を図るべく、同年五月一四日本件各手形を含む前記手形一五通について、第一裏書欄に、裏書人として「日本ヴィックス株式会社」を、同欄中被裏書人欄に「株式会社三重銀行」をそれぞれ記名または押印したうえ、取立のため、同銀行鈴鹿支店に持参すべくヴィックス社社員森義郎において、近畿日本鉄道上本町駅(大阪市所在)から特急電車に乗車させたが、右森は同車中において、右手形一五通を紛失してしまった。
ヴィックス社は、直ちに手形紛失届を大阪天王寺警察署に提出するとともに右各手形について除権判決を求めるべく、支払場所などの各銀行に対し、その手形を押さえて、ヴィックス社に連絡すべき旨を要望した。
3 そして、その結果、右手形のうち早いものについて、昭和五一年五月一七日から、町の金融業者等から何回か関係手形の安否の問合せがあったが、ヴィックス社はいずれも盗難された事故手形であると説明して、手形が割り引かれるのを防いでいた。
4 本件各手形が、当時どのようなルートによって原告らに渡ったのかは必ずしも明確にはできないが(その後の調査によると、本件各手形を含むヴィックス社関係の数通の手形については、大阪市在住の滝田英志から神奈川県川崎市在住の金融関係ブローカー高橋忠雄に持ち込まれたようである)、昭和五一年六月上旬、高橋忠雄、荒井栄両名が株式会社日本環境衛生開発センター(以下、単に開発センターという)の専務取締役森口成夫に対し、本件各手形を含めヴィックス社が紛失した数通の手形を持ち込み、その割引方を依頼し、割引金額の相当額(約三分の一)を交付する旨を申し込んだ。森口成夫は、これを承諾するとともに知人である船木常夫に対し、本件各手形および額面金二、四五三、五〇〇円振出人株式会社スズケン薬粧部なる約束手形一通(乙第三号証参照。以下これをスズケンの手形という)について、スズケンの手形の割引金額を右船木に使用させることを条件に、協力方を申し込み、船木も、これを了承した。
5 右森口、船木両名は同年六月上旬、本件各手形およびスズケンの手形について、いずれもその裏書欄の裏書人欄に「株式会社日本環境衛生開発センタ(代表取締役中嶋憲二)」を、第三裏書欄の裏書人欄に「有限会社北辰工業(代表取締役船木常夫)」を、それぞれ記名押印をしたうえ、同年六月一一日朝一〇時頃船木が数回取引したことのある千葉市栄町所在の原告会社(当時金岡商事株式会社と称す)千葉支店に、本件各手形を割引のため持参した。
なお、スズケンの手形については、船木常夫は、取引のある東京都所在の株式会社日証(以下、単に日証という)に電話にて割引方を申入れ、一応の内諾を得た。
6 原告会社係員は、船木の提出した本件各手形が、第一裏書欄の被裏書人欄記載の「株式会社三重銀行」と第二裏書欄の裏書人欄記載の「株式会社日本環境衛生開発センター」との間に裏書の連続を欠いていることを理由として、右「株式会社三重銀行」が抹消されない以上、割り引くことができないと断った。
7 そこで、森口、船木両名は、一たん原告会社千葉支店を退去し、船木は、森口に対し、本件各手形およびスズケンの手形一通を返還したが、森口は、電話で連絡したうえ、これらを持って東京方面に赴いた。
8 その後、二、三時間後、森口から船木に対し、「日本ヴィックス株式会社」の訂正印(第一裏書欄の「株式会社三重銀行」上の「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」のこと)を貰えたから、原告会社との割引方の再交渉を求められ、森口、船木両名は、再び同日午後二時過頃、原告会社千葉支店に赴き、本件各手形を提出して、第一裏書欄の被裏書人欄の「株式会社三重銀行」の記載の部分に「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」なる円形の印影が顕出されていることを示して、その割引を求めた(但し、この印影がヴィックス社の真正な代表取締役の印影と認めることができないことは後記で判示するとおりである)。
9 原告会社係員は、本件各手形の第一裏書欄の「株式会社三重銀行」の上に押捺されている「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」の印影が第一裏書人欄に押捺されている「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」の印影とが同一であって、真正なものであると判断し、右「株式会社三重銀行」を適法に抹消することができるものと考え、本件各手形の割引を承諾し、所要の割引料、手数料を差し引いたうえ、額面額合計五五四万円について、約五〇〇万円の現金を船木に交付した。
船木は直ちに右全額を森口に交付して、同人と別れ、自らは、スズケンの手形を日証にて割り引くべく、東京に赴いた。
ところが、船木が日証に赴き、スズケンの手形を示して割引方を申し込んだところ日証係員(安藤)は調査の結果、事故手形であるから、割引くことはできないとその手形の割引を拒絶した。
10 本件各手形を割り引いた原告会社(千葉支店)が、その後にヴィックス社などに連絡した結果、本件各手形が事故手形であることが判明したので、数時間後に原告会社係員が取引先の船木方に赴き前記割引金の返還を求めたが、船木は割引金額全額を森口に交付してしまっており、船木が森口にその返還を求めても、適宜にあしらわれるしまつで、結局、原告会社は、割引金額を回収することができなかった。
11 原告会社は、本件各手形を満期に支払のために呈示したが、支払を拒絶され、本訴を提起するに至ったが、呈示の段階では、第一裏書欄の被裏書人欄の「株式会社三重銀行」は棒線などで抹消されておらず、その後に棒線でこれを抹消した(抹消関係の事実については、原告の自認するところである。)。
12 本件各手形の第一裏書欄の被裏書人欄(「株式会社三重銀行」)の上に押捺されている円形(「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」)の印影は同所第一裏書人欄の「日本ヴィックス株式会社」の下段に押捺されている同様な「代表取締役之印」と書体、形態、位置などにおいて、酷似しているが、その外側部の円く囲った外枠分(判の外側の円形部)は、明らかに、太く、これは単なる押捺の際のブレまたは多量の朱肉のためなどによって生じたものとは認められないから、結局、印顆が同一のものによって押捺されて生じた印影であるとは、認めがたい。
13 なお、森口成夫は、本件各手形およびスズケンの手形小計三通以外に、少なくともヴィックス社関係の二通の手形を取得し、自ら個人名を裏書人欄に署名押印して、割引を図った。
(四) 右判示事実によると、本件各手形の第一裏書欄の被裏書人欄の「株式会社三重銀行」の上の「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」の印影は、真正な「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」なる印顆によって押捺されて顕出されたものではなく、偽造にかかる「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」の印顆が何者かによって押捺されて顕出されたものであると推認するより外ない(問題とされている印影がどのように顕出されたかの経過、態様については(その印顆の入手経路も含めて)《証拠省略》は相互に矛盾、抵触するのみならず、不明のままの部分も相当存し、現在の証拠関係のもとでは、これを明らかにすることはできないけれども、少なくとも、問題の「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」の印影が前記の二、三時間の(証拠上明確にしえない)空白の時間内に押捺されたものであって真正な印顆によって押捺されて顕出されたものでないことは明らかであり、本件訴訟においては、それ以上の真相を解明する必要はない)。
したがって、原告が前記「株式会社三重銀行」を棒線で抹消したのは、権限なくしてこれをしたものというべきである(このことは、原告が問題の「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」を真正なものと信じてしたからといって異なることはない)。けだし、前記「日本ヴィックス株式会社代表取締役之印」が真正でない以上、「株式会社三重銀行」の抹消についての権限が付与されるいわれはないからである。
(五)1 ところで、裏書譲渡により手形を譲り受けた手形所持人が譲受の時点においてその手形に裏書の連続を欠く部分がある場合において、手形所持人が権限なくして裏書の連続を欠く部分の被裏書人欄の記載を抹消し、ために白地裏書の形式にして裏書が連続するようにしたからといって、その手形所持人は、その部分を白地裏書として手形法一六条一項による保護を受けることができないものと解するのが相当である、けだしこのような場合は、同条項の目的とする手形取得者を保護し、手形の流通の安全を図ることとは関係がなく右のような場合にまで、同条項を適用することは、却って、手形所持人に、権限のかしをぬぐうオール・マイティを付与することになり、妥当を欠くからである。
2 一般に、手形の裏書が抹消された場合にはこれを抹消する権利を有する者がしたかどうかを問わず、右裏書は抹消されたものと解され、このことは裏書人が記載する裏書の一部抹消である被裏書人欄の記載の抹消についても、同じように解されるけれども、これは、手形所持人が手形の裏書譲渡を受ける時点以前の段階においてされたことに関するものと解するのが相当であり、本件のように、手形所持人が自ら手形上の権利を行使するに際し第一裏書欄の被裏書人欄の記載を権限なくして抹消するような場合までを含むものと解すべきではない。
3 もっとも、手形所持人が権限に基づいて被裏書人欄の記載を抹消することにより裏書の連続を欠くのを補正し、裏書が連続するようになった場合においては、手形法一六条一項の規定が適用されることはいうまでもない。
4 手形の被裏書人欄の記載の抹消がいつ、誰によってされるかによって、手形法一六条一項の規定が適用されるかどうかという法的効果上大きな相違を生ずる以上、その抹消の時期、権限の有無などの認定は慎重にされるべきことは、いうまでもないが、最近の複写技術の著しい発展により、その点の判断について客観的証拠を容易に蒐集することができ、客観的に明確にすることができるから、裁判所の心証の点からみても、比較的容易にその点を判断することができることが多いと推測され手形法一六条一項の規定の適用の制限も不当な結果を招くことはないといってよい。
三 以上説述したところによれば、本件各手形の所持人である原告会社は本件各手形の第一裏書欄の被裏書人欄の「株式会社三重銀行」を本件各手形取得後無権限に抹消したものであってこのような裏書の一部抹消をもって手形所持人たる原告会社の関係において白地裏書の効力があるものと解することができないから、原告会社はこの点で手形法一六条一項の規定の適用を主張することは許されないものというべく(裏書の連続を欠く部分についての実質的権利の取得事由については原告は主張しないことを明らかにしている)、したがって、右規定の適用を前提とする原告の本訴請求は他の点(同法一六条二項の要件事実の存否等)について判断するまでもなく、理由がないというべきである。(なお、「株式会社三重銀行」上の「株式会社日本ヴィックス代表取締役之印」が真正でない以上、この印影の存在をもって「株式会社三重銀行」を抹消する趣旨でもって押捺したものといえないから、裏書の連続がありとする原告の反対主張は、前提を欠く)
四 よって、本件各手形判決を取り消して、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 奈良次郎)
<以下省略>