大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和52年(行ウ)11号 判決 1980年1月30日

原告 西山尊好

被告 松戸税務署長

代理人 布村重成 磯部喜久男 飯塚洋 ほか三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対し、昭和五一年六月一四日付でなした原告の昭和四八年度分所得税額等の更正処分および過少申告加算税の賦課決定はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、東京都に勤務する地方公務員であるが、母シマ(昭和四四年九月一日死亡)、父幾三郎(同年一二月二日死亡)の死亡により、同人らの遺産である別紙物件目録記載の土地、建物(以下本件不動産、または、本件土地、建物などという)を弟妹である西山智仁、藤武和子、馬原憲子(以下この三名を総称して「他の相続人ら」ともいう)と共同相続した。

2  原告は、昭和四五年三月二日所轄税務署長に対し相続税の申告をしたが、原告ら四人の相続人には何れも相続税の課税はなかつた。本件不動産はその後も未分割のまま原告において引続き居住、管理していたところ、他の相続人らは原告を相手方として東京家庭裁判所に本件不動産につき遺産分割調停の申立をし、数回の調停期日を重ねた後、ようやく同四八年二月頃相続人四名の間において、「本件不動産は、原告が他の相続人三名に対し、一人当り金五〇〇万円宛と、この三名の税金分として、金一〇〇万円の合計金一六〇〇万円を支払うのと引換に、原告の単独所有とする。」との遺産分割の協議が成立し、同年四月一三日、原告は右協議にしたがつて同裁判所の調停室において、西山智仁ら三人の相続人に対し金一六〇〇万円(西山智仁五三四万円、藤武和子、馬原憲子各五三三万円)を支払い、相続人ら四名は予め用意した別紙記載の内容の遺産分割協議書に各自署名、捺印した。かくて、原告は単独で本件不動産の所有権を取得した。

3  ところで、原告は、右一六〇〇万円の捻出について本件不動産を売却してこれに当てるしかないと考え、昭和四八年三月頃後藤伝三(以下後藤という)より代金四〇〇〇万円で買受ける旨の内諾を得たものの、共同相続の物件であるため、とかく発生しがちなトラブルを避けるためにも原告の単独所有に登記しなければ買えないとの同人の意向にしたがい、とりあえず同月一九日原告と後藤との間において、本件不動産が原告の単独所有となることを停止条件として売買本契約が成立する旨を合意した。原告が前記調停期日において他の相続人らに支払つた一六〇〇万円は、後藤の代理人である佐々木務弁護士が売買代金の内金として持参した金員を当てたものである。

以上のように、遺産たる本件不動産は、現物分割が当事者間において事実上不可能であつたため、やむなく売却換金して、売却代金の金四〇〇〇万円のうち、原告が金二四〇〇万円、西山智仁が金五三四万円、その他の相続人二人が各金五三三万円宛各分配取得したものである。

4  原告は右のように給与所得の外に長期譲渡所得があつたため、昭和四九年二月二〇日所轄の松戸税務署へ赴き、担当の係官に売買関係書類、遺産分割協議書の写し等の資料を見せた上、長期譲渡所得発生の経緯や売買代金の分配等を詳細に説明して指導を求め、その指導どおりに譲渡所得金額を九一〇万八二六〇円、税額を一三四万六二〇〇円とする昭和四八年度分の所得税の確定申告をした。

5  ところが、被告は、昭和五一年六月一四日付で同四八年度分の原告の所得税額等について、長期譲渡所得金額を一五八二万九一一八円、税額を二三五万四三〇〇円と更正し、過少申告加算税として五万〇四〇〇円を課する旨の更正処分および過少申告加算税の賦課決定(以下本件処分という)をなし、その頃その旨原告に通知した。原告は、これを不服として同年七月一九日付で被告に対し異議の申立をしたところ、被告は同年一〇月一九日付でこれを棄却する旨の決定をなし、その頃その旨原告に通知した。原告は更にこれを不服として同年一一月一七日付で国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、同審判所長は同五二年八月二九日付でこれを棄却する旨の裁決をなし、その通知は同月三一日原告に送達された。

6  しかしながら、被告の本件処分は以下の理由により違法であつて取消を免れない。

(一) 所得税法第一二条に規定する実質課税主義の原則および相続法の平等主義の趣旨からして、本件が代償分割(相続財産の全部または一部を共同相続人中の一人または数人に帰属させ、その者が他の共同相続人に対して債務を負担する方法)に該当するものか、あるいは、換価分割(共同相続人間の協議で相続財産を売却し、その売却代金を共同相続人間で分配する方法)に該当するものであるかは本件課税関係を左右するものではない。本件は他の相続人らがその持分を原告に有償譲渡した代償分割であるとしても、その実質は換価分割と異なるところがないから、原告が他の相続人らに支払つた一六〇〇万円は被相続人の本件不動産の取得費とは別に、右持分取得の原価として当然に原告の長期譲渡所得金額から控除されるべきものである。したがつて、被告の認定した長期譲渡所得金額一五八二万九一一八円から右取得原価を控除すれば、原告にはもともと課税されるべき長期譲渡所得は発生していなかつたものである。

(二) 仮に、被告主張の長期譲渡所得金額、所得税額等が正当であるとしても、法律や税務に素人の原告が前記のように税務担当官の指導ならびに対応措置等に従つて、確定申告をした経緯に照らせば、本件処分はいわゆる禁反言の原則にも反する。

(三) 過少申告加算税の賦課決定処分についても、右の如く禁反言の原則にも反し、国税通則法第六五条第二項に規定する「正当な事由」にも該当するから違法である。

7  よつて、原告は被告に対し、本件処分の取消を求める。

二  被告の答弁および主張

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実のうち、原告が西山シマの死亡に伴う相続税の申告書を提出したが、相続税は課税されなかつたことおよび東京家庭裁判所の遺産分割調停を経由し、昭和四八年四月一三日原告と他の相続人らとの間において別紙記載の内容の遺産分割協議が成立し、原告が右金員を支払い、本件不動産につき単独の所有権を取得したこと、以上の各事実は認めるが、その余の事実は不知。

3  同3項の事実のうち、原告と後藤との間で昭和四八年三月一九日原告主張の合意が成立したこと、本件不動産の売却代金が四〇〇〇万円であることはいずれも認め、その余の事実は不知。

4  同4項の事実のうち、原告は昭和四九年二月二〇日長期譲渡所得金額を九一〇万八二六〇円、税額を一三四万六二〇〇円とする昭和四八年度分の所得税の確定申告をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。担当係官は、原告が共有財産のまま譲渡したとの申立に従い指導したにすぎない。

5  同5項の事実は認める。なお被告は、昭和四九年一二月二七日付で原告の確定申告にかかる所得税額二万円を減額(住宅取得控除)する更正を行つている。

6  同6項の主張については争う。

7  (本件処分に至る経緯)

(一) 被告の所部係官は、昭和四八年一二月下旬頃任意に来署した原告から昭和四八年度分の所得税の確定申告の記載方についての相談を受けたが、その際原告は同係官に対して本件譲渡は共有財産を譲渡したもので、原告の持分は五分の三である旨の説明をなし、領収書(<証拠略>)および立退料の領収書等を提示したが、各共有者の氏名および持分等を明らかにする文書や、本件遺産分割協議書(<証拠略>)は提示しなかつたため、同係官は原告らはその相続財産を換価分割したものと誤信し、申告の指導をした。

(二) 被告は、昭和四八年一二月二四日頃原告に対し、「譲渡内容についてのお尋ね」と題する文書を送付して本件所得金額の計算内容を記載して提出するよう依頼したところ、原告は翌年一月七日次のとおり回答した。

(1) 譲渡代金  二四〇〇万円

(2) 取得費   三一一万七六八〇円

(3) 譲渡費用  三六万五八〇〇円

(4) 差引譲渡益 二〇五一万六五二〇円

(5) 特別控除額 一七〇〇万円(租税特別措置法第三五条第一項に規定する居住用財産の譲渡所得の特別控除額)

(6) 差引譲渡所得の金額三五一万六五二〇円

(三) ところで、原告の提出した右文書は本件建物が全部居住用して供されていたことを前提とするものであつたため、被告の担当係官は、昭和四九年一月一七日頃原告に対し本件建物の利用状況を尋ね、一階が居住用、二階が業務用(アパート)に供していたとの説明を受けた。そこで、各階の床面積が不明であつたため、各二分の一として計算し、所得金額は九二五万八二六〇円と計算された。

(四) その後、被告の担当係官は、立退料の計算が誤つていたことに気付き、原告に対し、所得金額を九一〇万八二六〇円に減少する旨電話で連絡した。

(五) 原告は、昭和四九年二月二〇日右訂正後の所得金額を記載した確定申告書を提出した。(なお、手ちがいから他の係官が同月二三日譲渡所得の金額を九二五万八二六〇円と記載した申告案内((<証拠略>))を原告に送付した。)

(六) 被告は、右確定申告があつた段階では、いまだ他の共同相続人の氏名等が不明であつたこと、申告書に記載された所得金額と被告の送付した申告案内との金額が相違していたことなどの理由から、昭和四九年五月一七日付の「譲渡所得の納税相談について」と題する文書で原告に来署を依頼し、右依頼にもとづき同月二四日来署した原告は被告の遠藤至事務官に面会し、共同相続人の氏名、その持分等を申立てた。

(七) 被告は、原告の右申立にもとづき、その後他の相続人らの住所地を管轄する税務署に資料を送付してそれぞれの持分に応ずる譲渡所得の課税を行うよう通報したところ、同人らから申告があつたが、その際、「同人らが受取つた金員は相続財産として受領したものであつて本件不動産の譲渡代金として受取つたものでないこと、本件不動産が譲渡された事実も知らないこと」などの各事情が判明し、また、遺産分割協議書も提示されたため、いずれも後日、右申告は取消され、所轄税務署もそれを容認した。

(八) 以上のような他の相続人らからの遺産分割協議書の提示によつて、原告の申立は事実と相違することが判明した。そこで、被告の担当係官は原告に対し遺産分割協議書の提示を再三電話で申入れたが、原告は、資料はすべて裁判所にあつて提示できないとして昭和五〇年七月一五日付の「申立書」と題する文書を提示したに過ぎない。

(九) しかるところ、昭和五〇年一二月二五日頃に至り、他の相続人らから「嘆願書」と題する文書および遺産分割協議書の写しなどが被告に提出されたが、右嘆願書には、本件遺産分割の経緯について、「本件土地上に高層アパートを建築し、その一部に居住したいので本件不動産は原告に提供して欲しい。その代償として原告は他の相続人らに対して一六〇〇万円を支払う」との原告の希望から話合になつた旨の記載があり、他の相続人らは原告に居住の場所がなければ家族の生活も維持できないであろうし、原告が支払いうるのは一六〇〇万円が限度であろうとして原告の希望を入れ、昭和四八年四月一三日に本件遺産分割協議書を作成したものである旨が述べられていた。

そこで、被告の担当係官は、本件遺産分割協議書第三項の「原告が本件土地建物を相続財産として取得する代償として一六〇〇万円支払う」との文言および本件譲渡は原告が単独で行つた事実などを総合検討し、昭和五一年四月頃、本件不動産の譲渡による所得はすべて原告に課税されるべきものである旨を原告に対して説明したが、原告は言を左右にしてこれを受入れなかつたことから、被告は同年六月一四日付をもつて本件処分を行つたものである。

8  (本件課税長期譲渡所得金額の計算内容)

原告の課税長期譲渡所得の金額は一五八四万一八四八円であるが、その計算内容は別紙計算内容記載のとおりである。なお、売買契約書によれば譲渡代金を総額四〇〇〇万円と定めているだけで、土地と建物に区分していないことから、建物の譲渡価額は譲渡時における取得費(建物の取得価額((本件建物は昭和四一年一二月二五日被相続人西山シマが五〇〇万円で新築した))から減価の額又は減価償却費を控除した額)とし、土地の譲渡価額は、代金総額から建物譲渡価額を控除した額としたうえで、本件建物登記簿から算出した居住用部分(一階)および業務用部分(二階)の面積比に応じ、各建物部分およびその敷地部分につき法定の算式にしたがい、別紙計算表記載の各項目の金額を計算して、税額を決定した。

9  (本件処分の正当性)

(一)(1) 所得税法三三条三項によれば、譲渡所得の金額の計算に当り、資産の譲渡による収入金額から控除すべき費用として、当該資産の取得費およびその資産の譲渡に要した費用とする旨、同法三八条一項によれば、右資産の取得費とは、別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額と設備費および改良費の合計額とする旨、各規定されている。

(2) 原告が他の相続人らに支払つた代償金一六〇〇万円が、「設備費および改良費」に当らないことは文理上明らかである。

(3) 相続による資産の所有権移転(限定承認の場合を除く。)の場合には、その段階においては、譲渡所得の課税はなされず、相続人が右資産を譲渡した時に、その譲渡所得の金額の計算について、その者が当該資産を相続前から引続き所有していたものとみなすことと規定され(所得税法五九条、六〇条)、被相続人が当該資産を取得するのに要した費用は相続人の譲渡所得金額の計算の際に、その取得費として譲渡収入金額から控除されることとなつているものであるところ、原告の右代償金は遺産分割をする際に要した費用であつて、「資産の取得のために要した金額」ということはできず、右代償金は相続税の課税価格の計算上、取得した相続財産の価額から控除されるのは別論として、譲渡所得の計算上は控除できない。したがつて、本件相続、売却譲渡により原告が取得した金員が、本件不動産を相続人らの共有財産として四〇〇〇万円で売却譲渡して、原告が二四〇〇万円、他の相続人らが合計一六〇〇万円で分配する「換価分割」をした場合と結果において異なることがないことをもつて、本件処分が違法となるものではない。

(二) 原告が確定申告を提出するに当り、被告の係官がその相談に応じたものの、それは原告の申立どおりの条件により主として計算方法の相談に応じたものであり、その後他の相続人から遺産分割協議書(<証拠略>)が提出されたことに基づき、被告が調査したところ、確定申告提出前の相談において原告が申立てた内容は事実と相違することが明らかとなつたので、右調査した事実に基づいて本件処分(更正処分)を行つたものである。したがつて本件処分は何ら禁反言の原則に反するものではない。

(三) 過少申告加算税の賦課決定処分についても、右のように何ら禁反言の原則に反するものではなく、また国税通則法六五条二項に規定する正当な事由もなく、適法である。

三  被告の主張に対する反論

被告の主張はすべて争う。すなわち、原告は本件不動産の売却代金四〇〇〇万円のうちから他の相続人らに合計一六〇〇万円を支払つたものであるから、遺産分割協議書の文言ないしは本件不動産の売却につき相続人間の合意があつたか否かにかかわりなく、換価分割として課税されるべきものである。

また、被告の見解に従うときは、所得税法と相続税法とで法律解釈を異にすることとなり不当な結果となる。原告は売却代金四〇〇〇万円から代償債務一六〇〇万円を控除した二四〇〇万円しか相続していないのであるから、相続もしない資産から譲渡所得が発生するいわれは全くない。

第三証拠 <略>

理由

一  当事者間に争いのない事実等

原告は、東京都に勤務する地方公務員であるが、昭和四四年九月一日母シマ、同年一二月二日父幾三郎がそれぞれ死亡し、同人らの遺産である本件不動産を弟妹である西山智仁、藤武和子、馬原憲子と共同相続したこと、原告は、右相続につき相続税の申告を所轄税務署に提出したが、相続税は課税されなかつたこと(なお、<証拠略>および弁論の全趣旨によれば、相続税が課せられなかつたのは、相続財産である本件不動産がその評価額において、相続税の基礎控除額以下であつたことによるものであることが認められる)、原告ら四人の相続人は、東京家庭裁判所の遺産分割調停を経由し、昭和四八年四月一三日右四名間において別紙記載内容の遺産分割協議が成立し、原告は協議第三項に基づき他の相続人らに対し合計一六〇〇万円(西山智仁五三四万円、他の二人各五三三万円宛)を支払い、本件不動産につき単独で所有権を取得したこと、原告と後藤との間で昭和四八年三月一九日原告がこれを単独所有とすることを停止条件として売買本契約が成立する旨の合意がなされたこと、右両名間の約定による本件不動産の売却代金は四〇〇〇万円であつたこと、原告は、昭和四九年二月二〇日長期譲渡所得金額を九一〇万八二六〇円、税額を一三四万六二〇〇円とする昭和四八年度分の所得税の確定申告をしたこと、被告は、昭和五一年六月一四日付で同四八年度分の原告の所得税額等について、長期譲渡所得金額を一五八二万九一一八円、税額を二三五万四三〇〇円と更正し、過少申告加算税として五万〇四〇〇円を課する旨の本件処分をなし、その頃原告に通知したこと、原告は、これを不服として同年七月一九日付で被告に対し異議申立を、同年一一月一七日付で国税不服審判所長に対し審査請求を、それぞれなしたが、いずれも棄却されたこと、以上の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、なお、原告は右棄却の裁決があつたことを知つた日(昭和五二年八月三一日)から三ヶ月内に本件訴を提起したことは本件記録上明らかである。

二  前項の当事者間に争いのない事実ならびに<証拠略>によれば、本件不動産の譲渡処分につき、原告が当初なした課税申告が遺産のいわゆる換価分割としてなされたものであるのに対し(従つて、右譲渡所得税は原告のみならず、他の相続人らもその取得金額に応じて負担するところとなる)、本件処分はこれをいわゆる代償分割後の原告単独の譲渡処分と認定し、譲渡所得税をすべて原告のみに課税し、他の相続人らには一切課税しなかつたものであることが認められる。

前記争いのない事実ならびに<証拠略>を総合すると、本件処分に至るまでの経緯として次の各事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  原告らの両親が死亡した後、原告ら四人の相続人は遺産分割につき話合いを重ねたが解決の目処が立たなかつたため、西山智仁ら三人の相続人は、昭和四五年四月頃原告を相手どつて東京家庭裁判所に遺産分割調停の申請をした。双方納得のできる解決ができぬまま三年経過したが、「どうしても本件不動産に住みたい」、「本件土地に高層アパートを建てて、その一部に居住したいから本件不動産を売却したくない」との原告の希望が強かつたため、他の相続人らは原告の資力を考慮のうえ合計一六〇〇万円を原告から受領するのと引換えに本件不動産は原告が単独相続することを承認することとして原告との間でその旨の合意をなし、前記のとおり、昭和四八年四月一三日原告と他の相続人らとの間において合計一六〇〇万円の金員授受が行なわれ、相続人ら四名は右内容の遺産分割協議書に各自署名、捺印し、他の相続人らは遺産分割調停の申立を同日取下げた。

2  右高層アパート建築の話は、原告がかねてから計画を進めていたが、種々の事情から昭和四八年初頭頃、破談となり、結局、原告も右計画を断念した。しかし、その時点では原告は、すでにアパート建築を前提として西山智仁ら相続人三名に一六〇〇万円を支払う旨言明し、他の相続人らもこれを了承していたため、遺産分割協議が難渋した従前の経過から、アパート建築を断念したことを他の相続人らに明かせば、再び話し合いが振り出しに戻るものと考え、とにかく一六〇〇万円を支払つて分割協議成立を図かろうとし、右金員の捻出に苦慮していたが、その方途がつかず、もはや本件不動産を売却するしかないと考え、他の相続人らに秘したまま、同年三月一九日後藤との間で本件不動産が原告の単独所有となることを停止条件として売買本契約が成立するとの内容の合意を成立させた。そして、別紙のとおり遺産分割協議が成立したが、その際、原告が他の相続人らに支払つた右一六〇〇万円は、後藤の代理人である佐々木務弁護士が右売買代金の内金として持参した金員であつた。

3  ところで、被告の係官は、昭和四八年一二月下旬頃原告から同年度分の所得税の確定申告の記載方法等につき相談を受け、その際原告は本件譲渡は共有財産を譲渡したもので、原告の持分は五分の三である旨説明した。原告は遺産分割協議書を提示しなかつたため、係官は原告申出のとおり、本件譲渡は共有財産の譲渡であるとの前提のもとに申告の指導をし、数回計算方法等につき訂正指導したが、原告は、昭和四九年二月二〇日右指導どおりの確定申告書を提出した。しかし、昭和五〇年一二月頃、他の相続人らより、「同人らが受取つた一六〇〇万円は相続財産の代償分として受領したもので、本件不動産の譲渡代金として受取つたものでないこと、本件不動産が譲渡された事実は全く知らされていないこと」の申立てがなされ、同人らから遺産分割協議書も提示された。そこで、被告はこれらの申立ておよび資料を検討した結果右申立が事実に合致し原告の申立が事実と相違するものと判断し、前認定のとおり本件不動産の譲渡処分は代償分割後の原告単独の譲渡処分と認定して、本件処分をした。

三  前記二に認定した事実を基礎に本件処分の適否を検討する。

1  右事実によると、原告が本件土地上に高層アパートを建築しこれに居住することを理由として本件不動産を単独取得することを強く希望したため、右アパート建築を前提として他の相続人らもやむなくこれを了承したうえで、同人らの取得すべき金額が合意されるに至つたものであり、仮に原告が本件不動産を売却することを打明けていたならば、売却金額を基礎として、他の相続人らがより高額の取得額を提案することが容易に推認することができるのである。このことは、原告が前記本人尋問において、原告が他の相続人らに本件不動産売却の話を説明しなかつたのは、他の相続人らが四〇〇〇万円で売却可能なことを知れば、必ず一〇〇〇万円ずつの分割を主張することが予想されたためである旨を供述していること、<証拠略>によれば、本件不動産売却の動きを他の相続人らに探知されまいとして、原告が他の相続人らに渡した遺産分割協議書には原告の住所を偽つて記載したことを認めることができることからも看取しうるところである。そうであれば、原告が本件不動産の売却代金をもつて一六〇〇万円の支払いにあてたことは、単に原告内部の事情と解するほかなく、他の相続人らの認識どおり、そして、被告が本件処分において認定したとおり、前記遺産分割協議は本件不動産につき代償分割を合意したもので、その譲渡は代償分割後の原告の単独処分であり、右金員は他の相続人らの持分に対する代償支払いと解するのが相当である。

もつとも、<証拠略>によれば、一六〇〇万円のうち一〇〇万円は他の相続人らが各五〇〇万円ずつ取得することにより何等かの税金を課せられるものと誤解し、原告からの申出で一〇〇万円を上乗せしたことが認められるが、前認定のとおり相続税は非課税と認定されているので、代償金額が合理的な範囲内である以上、さらに贈与税等が課せられることはないので、右の一〇〇万円は余計な考慮であつたともいえるが、売却代金四〇〇〇万円に比すれば、右一〇〇万円はわずか二・五パーセントにすぎず、これをもつて右結論を左右するものではない。また、確かに、原告が主張するように共同相続の物件のためにとかく発生しがちなトラブルを未然に防ぐためという買手の要請に応じて一旦原告単独所有の登記を経由するということは世情行なわれることであろうが、これについて共同相続人全員の合意があれば実質換価分割による譲渡ということで、税法上、換価分割として扱うことが相当であろう。しかし本件は右と事案を異にして、本件不動産の譲渡につき共同相続人間に全く合意がないのであるから(したがつて、他の相続人らが本件不動産につき原告の単独所有を認めたからといつて代償金捻出のため原告に対しその処分に関する権限を委ねたことにもならない)、実質換価分割と同様に扱うべきではない。

2  また、本件不動産の譲渡所得税を原告一人で負担するか、共同相続人四人が取得金額に応じて負担するかそのいずれが妥当であるかとの観点から本件を眺めると、前記三に認定したとおり他の相続人らは本件不動産の売却換価につき原告があえて秘匿する挙に出たためこれを全く知らされなかつたことその他分割協議成立に至るまでの経緯に照らせば、原告一人が譲渡所得税を負担することとなつても公平の理念に反するものとはいいがたい(因に他の相続人らが取得した金額については相続税課税の対象となるのであつて、代償金取得者が納税義務を免れるのではない。たまたま本件においては前記のとおり本件不動産の評価額が法定の課税標準額に達しておらず、また、代償金も各人の相続分の範囲を越えるものでなかつたというのにすぎないのである。)。

3  原告は、仮に原告が代償分割により本件不動産を取得したとしても、他の相続人ら三名に支払つた一六〇〇万円を、被相続人の支出した取得費とは別個の取得費として、本件不動産の譲渡価格から控除すべき旨を主張する。しかし、所得税法三三条三項、三八条一項、五九条、六〇条の趣旨からみて、原告の負担した一六〇〇万円が遺産分割としての代償金である以上原告の右主張を採用することはできない。すなわち、取得費(所得税法三八条一項にいう「資産の取得に要した金額」)を譲渡所得より控除するのは課税対象となるべき当該資産の譲渡時における増加益を算出するためであるが、これに対し遺産分割は第三者への譲渡以前の段階における相続人間の遺産の分配であり、それがいかような形でなされようとも、当該遺産の価値(ひいては後日譲渡される場合における増加益)自体になんら変動はないのであるから、本件のような遺産分割の一方法として授受される代償金は、当該遺産の譲渡の際に控除されるべき被相続人の支出した取得費と自ずと性格を異にし、当該遺産を取得した相続人に対する相続税算定に当り、これを控除して税額を算出すべきものであつて(この意味で代償金が原告の納税につき全く考慮外というわけではない)、遺産分割後の譲渡の際に控除すべきものと解すべきではない。原告の主張するように、代償金を取得費とすることは、他の相続人らが原告にその持分を譲渡したこととなり、ひいては、右譲渡につき課税をなすということと同じであり、このような考え方は現行所得税法の採用しないところである。

4  次に、原告は、被告の税務担当官の指導に従つて確定申告をしたのであるから、本件処分は禁反言の原則に反すると主張する。しかし、前記二で認定説示した本件処分に至る経緯によると、被告の担当係官が譲渡所得金額を九一〇万八二六〇円、税額を一三四万六二〇〇円とする指導をしたのは、事実と相違する原告の申出に基づき計算、指導したものにすぎないのであり、しかも、本件の場合、原告が税務署を訪れた際には、本件不動産の売却処分および遺産分割協議書の作成等、客観的事実はすべて終了しており、税務署の指導によつて、売却処分等に及んだものと異なり、担当係官の指導によりすでになされた行為の性質が変るものではない。むしろ原告において右のような客観的事実をありのままのべ、遺産分割書等の資料を提示しておれば、当初から正当な課税処分がなされたものと推測しうるのである。これら諸般の事情を勘案すれば、禁反言違反に関する原告の主張を採用することはできない。

5  さらに、被告のなした過少申告加算税の賦課決定についても、右に説示したところからすれば、禁反言の原則に反する違法があるとはいえず、また過少申告した原因が専ら原告の誤つた申出事実にあるのであるから、国税通則法六五条二項に規定する「正当な理由」がある場合に該当しないと解するのが相当である。

四  以上の次第で本件不動産の譲渡処分をいわゆる代償分割であると認定した本件処分は正当であり、そして<証拠略>により原告の課税譲渡所得の金額は別紙計算書記載のとおり一五八四万一八四八円(本件処分は、この金額から金二万円を住宅取得((おそらく、本件不動産を売却後、原告がその居住用に取得したもの))控除として減額している)が相当であると認めることができ、本件処分における課税長期譲渡所得金額および所得税額は結局正当であるということができる。

五  よつて、原告の請求はすべて失当であるからこれを棄却することとし、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞 東原清彦 片野悟好)

別紙遺産分割協議条項、計算書 <略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例