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千葉地方裁判所 昭和56年(ワ)898号 判決 1988年11月30日

原告

西森巌

山口敏雄

水野正美

吉岡正明

右四名訴訟代理人弁護士

葉山岳夫

右同

一瀬敬一郎

右同

菅野泰

右同

清井礼司

右同

内藤隆

右同

野田房嗣

右同

渡辺務

被告

日本国有鉄道承継人日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

西迪雄

右訴訟復代理人弁護士

冨田美栄子

右指定代理人

室伏仁

右同

鈴木寛

右同

矢野邦彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らと被告との間に期限の定めのない雇用関係が存在することを確認する。

2  被告は、原告らに対し、別紙債権目録(略)(一)記載の各金員及びこれらに対する昭和五六年一〇月一五日から支払いずみまで年五分の割合による金員並びに昭和五六年一〇月から毎月二〇日限り別紙債権目録(二)記載の金員及びこれらに対する各弁済期の翌日から支払いずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、いずれも日本国有鉄道(なお、日本国有鉄道の地位は昭和六二年四月一日以降日本国有鉄道改革法により日本国有鉄道清算事業団に承継された。そこで、以下、昭和六二年三月三一日以前の日本国有鉄道及び同年四月一日以降の日本国有鉄道清算事業団を総称して、「被告」という。)に雇用された職員で、昭和五六年四月一三日当時、毎月二〇日限り別紙債権目録(二)記載の各賃金の支払いをそれぞれ受けていた。

2  被告は、原告らを昭和五六年四月一三日付で解雇したとして、原告らと被告との間の雇用契約の存在を争っている。

よって、原告らは、被告に対し、原告らと被告との間に期限の定めのない雇用関係が存在することの確認と、賃金請求権に基づき、別紙債権目録(一)記載の各未払い賃金及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年一〇月一五日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、並びに賃金請求権に基づき、昭和五六年一〇月から毎月二〇日限りで別紙債権目録(二)記載の各賃金及びこれらに対する各弁済期の翌日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

認める。

三  抗弁

原告らは、昭和五六年四月一三日をもって、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)一七条一項により禁止された争議行為を行ったことに基づき、同法一八条により解雇された。

1  国鉄千葉動力車労働組合(以下「動労千葉」という。)は、ジェット燃料貨車輸送の期間延長に関し、昭和五六年二月一九日から二一日まで及び同月二三日から二五日まで「第一次助役機関士導入阻止総決起行動」と称していわゆる線見訓練の阻止行動を行い、また、同年三月二日から六日まで「ジェット燃料貨車輸送延長阻止闘争」と称して、列車の指名ストを行った(以下「本件争議行為」という。)。

右により次のとおり被告の業務を阻害した。

(一) 二月一九日 妨害のため線見乗車ができなかった列車数 妨害のため線見列車 遅延

一本 最高九分

二〇日 三本 二八分

二一日 八八分

二月二〇日成田駅において、線見訓練妨害をはかる動労千葉組合員の制止に際し被告職員二名が肋骨骨折等の傷害を負った。

また、二月二一日には右同駅において、動労千葉組合員の機関士二名が、線見予定列車の乗務員室の扉を内側から開扉不能にするなどして助役機関士の乗車を妨害し、成田運転区長の業務命令に従わなかった。

運休 遅延

(二) 二月一九日 一四本 一九七本(最高二九分)

二〇日 一四六本(二九分)

二一日 四本 九四本(三九分)

二三日 二本 二九三本(三三分)

二四日 一〇本 二四六本(三〇分)

二五日 一〇本 二三三本(六二分)

(三) 三月二日 燃料列車運休 一三本(ただし二本は公団の都合によるもの)

三日 一四本 旅客列車運休 二本

四日 一二本(ただし途中駅に過激派が侵入したことと競合)

五日 三本 五六本

六日 一一二八本

2  原告らは、当時動労千葉の執行委員であり、本件争議行為を参画、指揮した。

右行為は公労法一七条に違反する。

3  そこで、被告は、昭和五六年四月三日、原告らを、同年四月一三日をもって解雇する旨の意思表示をなした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の動労千葉が被告主張の各阻止闘争を実施したことは認めるが、その余は不知

2  同2の原告らが動労千葉の執行委員であった事実は認め、原告らが本件争議行為を参画・指揮したとの事実は否認し、その余は争う。

3  同3の事実は認める。

五  再抗弁

本件解雇は以下の理由で無効である。

1  公労法一七条一項、一八条は違憲無効である。

(一) 憲法二八条は、二五条以下で保障する生存権的基本権の一環として、規定されたものであり、労働者に対して「人たるに値する生活」を保障しようとするものである。したがって、労働基本権に対する制約は、合理性の認められる必要最少限度のものにとどめられなければならない。

(二) ところが現行法制下では、いわゆる官公労働者の労働基本権は、一般の民間労働者のそれに比べて著しく制約されている。公労法は、公共企業体等の職員及び組合員が争議行為をすることを禁止し、併せて争議行為の共謀、そそのかし、あおり行為を禁止している(同法一七条一項)。公労法一七条の争議行為禁止が、憲法二八条に反しないかは、戦後一貫して労働法学上の一大争点であったし、今日も裁判の中で激しく争われてきている。

(三) 憲法二八条が労働者に労働基本権を保障し、その文言上、一切の目的による制限や「法律の範囲内」等の条件を附加していないこと、さらに同条が積極的に争議権等の団体行動保障を規定していることからいって、同条については、民間の労働者と同様に官公労働者に対しても争議権を含む労働基本権を保障していると解釈すべきである。右解釈の正しいことは、憲法二八条制定の歴史的沿革、即ち、<1>ポツダム宣言第一〇項、マッカーサー五大改革指令(昭和二〇年一〇月)、極東委員会の対日基本政策などが、労働組合の結成を奨励しており、官公労働者の争議権を特別に禁止するような考え方は表明されていなかったこと、<2>昭和二一年四月に政府が発表した内閣憲法改正草案は、同年二月マッカーサーから政府に手渡されたマッカーサー草案を踏襲したものであり、G・H・Qの意向を満たしたものであること、<3>昭和二〇年一二月制定された旧労働組合法は、警察官吏・消防職員および監獄勤務者については労働組合の結成・加入を禁止したが、原則として公務員にも同法による保障を及ぼしたこと(なお政令によってなしえた特別の制限的立法措置は実際にはとられなかった)などの歴史的事実が、右の解釈を裏づけている。

その後、官公労働者を中軸とした運動が前進するにつれて、日本政府とG・H・Qは、労働基本権を制限しはじめた。新憲法が帝国議会で審議中であった昭和二一年九月には、労働関係調整法が制定され、同二二年一月三一日には、マッカーサーによるゼネスト中止指令が出された。同二三年三月には全逓を中心とする官公労働者のゼネスト態勢に対してマーカット覚書が発せられ、七月には全官公労組のゼネストを前に、マッカーサー書簡が芦田首相宛に出された。右書簡を受けて同月政令二〇一号が制定され、さらに右政令を受けて同年一二月二〇日、公労法が制定された(なお、同月国家公務員法も改正され、昭和二五年一二月には地方公務員法が制定されている。)。

このような経緯をみると、公労法が、官公労働者を中心とした運動によって労働者の政治的地位を高めつつあったことに対する反動として生まれた法律であることは明白である。このような意図から国鉄労働者をはじめとする公共企業体労働者から争議権を、一律かつ全面的に奪っている公労法一七条一項、一八条が、憲法二八条に反しているのは当然である。

また公労法一七条一項、一八条は、世界の主要先進国の立法例に比較しても、著しく人権抑圧的である。昭和四〇年八月に公表された国際労働機構(ILO)のドライヤー勧告の後も、公務員の労働基本権は改善されていない。

さらに、主要先進国の鉄道労働者の実際をみると、殆んどの国で、官民を問わず、争議権が保障されている。

以上のように諸外国と比較しても、公労法一七条一項、一八条の規定は、特異であり、違憲性を推測できる。

(四) 公労法一七条一項、一八条は、憲法二八条並びに新憲法の基本原理たる平和主義に違反し無効である。

2  不当労働行為

(一) 動労千葉は、昭和五四年三月三〇日、動労本部から分離して結成され、被告に対し、同月三一日及び四月から九月にかけて何度も団体交渉を申し入れたが、被告は、公労委が動労千葉を六月一五日には公労法上の労働組合として認知したにもかかわらず応じなかった。結局、初めての団交は九月一五日であり、この日に基本協約を締結した。このように、被告は動労千葉結成後約半年にわたり、団交を不当に拒否した。

本件輸送に関する団交においても被告は後記3(三)のとおり実質的な団交拒否を行った。

(二) 昭和五四年四月一一日、一二日、一七日及び五五年四月一五日に、動労千葉は動労本部及び革マル派の襲撃を受けた。

被告は自己も重大な損害を受けながら襲撃を容認し、また昭和五四年一二月二九日に被告千葉局の秋山局長が「暴力問題の絶滅について」との通達を発し、これを動労千葉に一方的に不利益に適用して五五年四月一五日の事件を理由に五月三一日には動労千葉の組織部長を懲戒免職に、同教宣部長を停職一二か月に各処分をした。

本件争議行為に関する原告らへの処分も、後記3(四)のとおり不当に重く、原告らを動労千葉の組合員であるが故に不利益な取扱をするものである。

(三) このように、被告は従来から動労千葉のみを敵視し不利益を課すものである。本件処分もその一環であり、不当労働行為として労組法七条に違反し無効である。

3  解雇権濫用

公労法一八条に基づく原告らに対する解雇は、本件争議行為の目的、態様、程度、影響、争議への参加の仕方、地位、果たした役割、処分の均衡など、その具体的内容に照らして、比較的違法性が低い行為を促えてしたものであって、必要な限度を超えない合理的な範囲を逸脱したものであるから、解雇権の濫用として無効である。

(一) 本件争議行為の目的

(1) 本件ジェット燃料貨車輸送(以下「本件輸送」という。)は原告らの被告労働者としての本来の労務には含まれない極めて危険な業務であり、原告らのみならず周辺住民をも危険にさらすものである。理由は以下のとおりである。

ア ジェット燃料はそれ自体科学的危険性を有する。

イ 輸送経路の千葉ルートの佐倉から鹿島ルートに至る地域は軟弱な地盤の上にあり、被告の合理化強行のため保線状況も極めて悪い。

ウ 別紙「列車事故一覧表」記載のとおり過去に多くの燃料貨車等の事故例もある。

(2) 本件輸送の経緯

ア 昭和四一年、訴外新東京国際空港公団(以下「公団」という。)が発足し、新東京国際空港(以下「成田空港」という。)の建設を開始した。公団は、成田空港へのジェット燃料輸送方法として、当初パイプラインによる輸送を計画していたが、具体化は難航していた。

イ 政府は昭和五〇年八月二九日の閣議決定で貨車輸送の方針を決定し、公団もこれを受けて、被告に協力を要請し、了承を得た。

被告千葉鉄道管理局(以下「千葉局」という。)は、昭和五二年一二月二日、動労千葉(当時動労千葉地本)に対し、本件輸送を提案し、団体交渉がなされた。

動労千葉は、労農連帯の立場から成田空港建設には一貫して反対してきたが、本件輸送は、動労千葉組合員らの労働強化をもたらすばかりでなく、燃料輸送列車は、旅客列車と同一線路・併設する線路を利用して運行されるため、旅客の待機する駅構内を通過することは勿論、旅客列車との接近、併走等があり、ジェット燃料自体及び右輸送の危険性に鑑みて、前記のとおりの危険性を有すると考え、特に反対した。

しかし、昭和五三年二月二四日に被告と本件輸送について合意した動労本部の指導もあって、同月二九日に動労千葉と被告との間で期間三年の本件輸送に関する合意がなされ、これに沿って動労千葉は本件輸送を行ってきた。

ウ 政府は昭和五五年一二月二日、本件輸送の延長を閣議決定し、被告は、これを了承し、昭和五六年一月八日、動労千葉に対し、同旨の提案を行った。

エ 被告と動労千葉は数次の団体交渉を行ったが、合意には至らなかった。

(3) 団体交渉の経緯

ア 被告は動労千葉との団交において、本件輸送は国家的要請によるものであると言うのみで、三年間の暫定期間をあえて延長する根拠を何ら示さなかった。

被告は団交での合意をめざしているといいながら、団交継続中に、スト破り要員として全国から助役機関士を集め、線見訓練を開始した。この線見訓練の危険性は後記(四)のとおりである。

イ 前記のとおり本件輸送は政治的な決定過程を経て被告に要請されたものであり、被告の業務に多大の混乱と支障をもたらすものであった。したがって被告がこれを引き受けるに当たっては、現実に輸送業務に従事する動労千葉組合員らに対し、十分な説明をし、また組合員の意見や要望をくみつくす義務(使用者としての義務)が被告にあったはずである。しかし、被告は、このような義務を尽くさず、当初から団交による解決を考えておらず、動労千葉との団交については、実質的には団交拒否とも言うべき不誠実な態度で臨んだ。このように一方的かつ形式的な団交に終始した被告の態度こそ責められるべきである。結論として、本件輸送については労働協約は締結されていない。団交での解決を期待し、この期待が裏切られたことによってやむなく実施した動労千葉の本件争議を非難する資格は少くとも被告には存しない。

(4) 線見訓練の危険性

ア 訓練員が、日頃運転に従事していない管理職の助役機関士であり、千葉局以外から集められた者であり、全く土地及び運転についての勘がないこと。

イ 狭い運転室へ多数のしかも上級職制たる助役機関士が添乗をするため、運転する機関士に対する圧迫感が大きいこと。

ウ 線見訓練の危険性及び線見訓練中の事故の責任態様に鑑み、教導機関士が訓練を担当すべきところ、訓練列車を指定し、これに助役らを同乗させる列車指定方式をとったこと。

エ したがって、機関士としてはこのような線見訓練を受忍するいわれはない。

(二) 本件争議行為の規模・態様・影響

本件争議行為は、千葉局管内の一部というごく地域的であり、影響の小さいものであった。

(1) 動労千葉組合員が助役機関士導入に反対して行った昭和五六年二月一九日から二一日、同月二三日から二五日までの線見阻止闘争については、実質は運転の安全を確認していたに過ぎず、混乱が生じたのは全て被告に責任がある。

(2) 同年三月二日から六日までのジェット燃料輸送阻止闘争については、二日及び三日の燃料列車の運休は被告の計画運休、三日の旅客列車の運休も被告の判断によるものであり、四日の燃料列車の運休は国労組合員の乗務拒否によるものであり、五日の燃料列車の運休は、被告の操車計画の誤りによるものである。

六日の旅客列車運休も、被告の計画運休と競合しており、すべてが動労千葉の責任によるものではない。

(三) 原告らの役割の程度

これまで被告が争議行為に対してとってきた処分政策は、その指導行為者と呼ぶにふさわしい者に対してのみ解雇という制裁を課してきた。これは、指導行為を行った者は違法性の程度が高いと評価したことによるものである。

原告らがいずれも動労千葉の執行委員であり、被告主張の処分歴を有し、被告主張の大会・会議に出席したことはあるが、本件争議行為の決定に参画したものではなく、また執行委員長の命を受けた原告西森、同吉岡、同水野、同山口がそれぞれ千葉運転区支部、津田沼支部、館山支部、勝浦支部へ派遣され、右各支部において各支部長に指令を伝達したことはあるが、これは何ら指揮その他本件争議行為における中心的役割を果たしたものではないので、本件処分は重きに失するものである。

(四) 処分の不均衡

(1) 昭和五四年、五五年春闘に対する国労及び動労本部派への処分は、右春闘が全国規模の闘争であったにもかかわらず一名の解雇者もない。

(2) 昭和五四年春闘には、千葉局内で国労千葉地本とともに動労千葉も参加したが、その影響は列車の運行の一部に影響が出ただけで、しかもその大部分は規模の大きい国労千葉地本の責任であるにもかかわらず、当時の中野委員長を解雇する等動労千葉に対し、不当に重い処分を行った。

(3) 本件争議行為に賛同して乗務拒否闘争を行った国労千葉組合員は不処分である一方、動労千葉組合員約一三〇〇名に対しては、処分者は二二五名、解雇者は原告ら四名という多数に及ぶものである。これは従来の処分と比較しても異常に重い。

昭和五四年三月の動労千葉結成後本件争議行為までに、被告は動労千葉組合員の三九五名を処分している。本件処分を加えると、組合員の半数もが処分されたことになる。

(4) 本件争議行為後一か月を経ずして本件処分がなされている。

以上のとおり、被告は、動労千葉のみを嫌悪して、不当に重い処分をしている。

(五) 以上の事実からして、本件処分は不公正で不当に重く、解雇権の濫用である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1は争う。

公労法一七条一項、一八条が原告ら主張のように違憲無効でないことは、すでに最高裁判所の累次の判決によって明確に判示されている。要するに、公労法一七条により、争議行為は、それが労働条件の維持改善等を目的とするか否かに拘らずすべて禁止され、これに違反した職員が同法一八条による処分を含む民事責任を免れないことは、判例上確定している。

2  同2については、(一)のうち動労千葉結成後第一回団交までの時間的経緯に関する原告らの主張事実は認め、その余は争う。これは被告が労組組織としての動労千葉を把握できなかったからであり、何ら不当労働行為意思に基づくものではない。(二)のうち暴力事件の発生、千葉局局長の通達、動労千葉組合員の処分の事実は認め、その余は争う。

被告は動労千葉と誠実に団交し、その組合員に対する処分は正当なものであって、従来からの経緯についても本件についても不当労働行為に問擬されるいわれはない。

3  同3について

(一) 同3は(一)(1)のうち千葉ルートの地盤の状況、過去の事故例は認め、保線状況が悪いとの事実は否認し、(2)の事実は認め、(3)、(4)のうち被告が線見訓練を行った事実、労働協約が締結されなかった事実は認め、その余は争う。本件輸送は鉄道営業法六条に基づく被告の通常業務に属するものであり、原告ら主張の特別の危険は存しない。したがって原告らには被告従業員として本件輸送を行う義務があったのであり、労働条件につき労使協義の上改善に努めるため被告が団交を求めたのに、動労千葉は政治上の理由から本件輸送に強固に反対したのである。

(二) 同3の(二)の本件争議行為の規模・態様は争う。本件争議行為により前記三1のとおり列車運転その他に影響が生じた。

(三) 同3の(三)の原告らの役割の程度は争う。

原告らが執行委員として動労千葉の大会・会議に出席し、本件争議行為の指令を各支部に伝達したことは原告らの自認するところであり、原告らは本件争議行為を参画・指導したものと言い得るのであり、原告らの責任は重大である。

(四) 同3の(四)の処分の不均衡のうち、各組合の処分者、人数は認め、その余は争う。

(五) 動労千葉は、かねてから労農連帯を標ぼうして、政治的目的をもって成田空港反対闘争を行ってきた労働組合で(同組合は、昭和五四年三月に、成田空港反対の政治的闘争に一線を画そうとする動労本部に反対して、独自の闘争を強行して除名されたことを契機として結成された労働組合である。)、組合結成以来、その政治的主張に基づき、公労法違反の争議行為を反復し、被告の業務の正常な運営に著しい支障を来した。したがってその争議行為に参加した動労千葉組合員は相応の処分を受けるに至ったのであり、原告らの処分不均衡との主張は当たらない。

さらに原告らは別紙「処分歴」記載のとおりの処分歴及び別紙「事前通告」記載のとおりの処分の事前通告を受けていたものであり、再三の注意を受けながら違法な争議行為を繰り返していたのであるから、本件解雇処分は相当である。

よって、解雇権濫用との主張は失当である。

第三証拠関係(略)

理由

第一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

第二  抗弁について

一  動労千葉がジェット燃料貨車輸送の期間延長に関し、昭和五六年二月一九日から二一日まで及び同月二三日から二五日まで「第一次助役機関士導入阻止総決起行動」と称し、いわゆる線見訓練阻止闘争を、また、同年三月二日から六日まで「ジェット燃料貨車輸送延長阻止闘争」をそれぞれ実施したこと、原告らが当時動労千葉の執行委員であったこと、被告が昭和五六年四月三日原告らを同年四月一三日をもって解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

二  そこで本件争議に至るまでの経過及び本件争議の実施情況についてみると

(証拠略)並びに前記争いのない事実を総合すると、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  線見訓練までの動労千葉と被告との団体交渉の経緯

(一) 動労千葉は、昭和五五年一二月二日の閣議決定が出る以前から、ジェット燃料輸送延長を懸念して被告に対し延長には反対するようにと申し入れしていた。同年八月一一日には本件輸送に関して団交がもたれ、動労千葉側から質問があったが、千葉局側は、公団からの正式な要請があるまでは正式な回答はできないと答えた。しかし、仮に要請があった場合には鉄道営業法六条の関係で拒否できないと考えていた。

(二) 動労千葉は、昭和五五年一一月二六日、第四回定期大会を開催し、その前日千葉県知事が運輸大臣に対して本件輸送延長を受け入れたことを踏まえ、これに反対し実力で阻止するために、五六年三月にはストライキを行う方針の決議がなされた。

(三) 昭和五五年一二月二日に閣議決定と同時に、運輸大臣と公団から被告に対し本件輸送延長の要請があり被告は検討を始めた。一方、動労千葉は、同月四日右大会決定に基づき、被告に対し、反対するよう申入れを行った。

(四) 被告は本件輸送延長を決め、昭和五六年一月八日、動労千葉や他の組合に対し、右要請書等を付した参考資料を配付し、協力を要請したが、動労千葉の反対は強く、資料を突き返し、この日は実質的な話し合いにはならなかった。

(五) 動労千葉は、一月八日、九日には抗議の意味で減産行動を行った。また同月二四日には本件輸送延長阻止のために総決起集会を開催した。

(六) 一月二六日の二回目の団交では被告は要員問題について説明を行ったがあまり進展はなかった。

(七) 二月一二日の三回目の団交では団交係属中であるのに前回のストライキに対する処分が発動されたことと線見訓練のことが話題になった。被告はこの日は線見訓練についての具体的計画は明らかにしなかったが、団交が決裂した場合、一般的に行う可能性のあることは述べた。被告は、従前からの動労千葉の様子からみて本件輸送延長に伴う労働条件についての団交に応じ、団交で妥結して動労千葉組合員が本件輸送に携わるのは難しいと考え、助役機関士の導入及びそのための線見訓練を考え始めていた。

(八) 二月一六日、動労千葉は第五回支部代表者会議を開催し、二月一九日から二一日、二三日から二五日まで線見訓練阻止闘争として減産行動及び成田・佐倉において大衆的抗議行動を行う旨決定した。

(九) 二月一八日の四回目の団交では被告から訓練計画についての説明があった。動労千葉は、本件輸送にも、線見訓練にも反対する旨述べた。

(一〇) 被告側は、同日前記動労千葉の決定に対し、そのような行動を実施しないよう申入書を送った。

2  線見訓練と阻止闘争の経緯

(一) 被告は、動労千葉が表明している三月二日からのジェット燃料反対闘争に備えて助役機関士の導入を決めたが、実際に乗務する前に線路を見ておくという線見訓練が必要であり、その日時は、三月二日から逆算して二月一九日から、場所は成田駅と佐倉駅、人数は一二人と一五人、列車は各二台と決定した。動労千葉はこれをスト破りと考え、また危険性を理由に反対した。そして前記のとおり減産行動(サボタージュの一種)と大衆的抗議行動(大勢でピケを張るなどして助役機関士の乗務を阻止するもの)を決定し、二月一九日からこれを実行に移した。

(二) 成田駅では、二月一九日、原告水野、同山口ら動労千葉組合員数十人がホームに集まり、線見訓練用列車の周囲を囲み、訓練員や当局側の機関車への接近を拒み、押し問答や揉み合いのすえ一台は助役機関士を乗せずに出発し、一台は一人だけ機関室に乗せ、他数名は後ろの車両に乗って出発した。

二〇日は、千葉局側がピケラインを突破しようと決意し、激しい衝突が起き、千葉局側の職員二人が負傷した。結局訓練員は乗車した。二台目はそれほどの衝突はなく乗車できた。

二一日から公安官が導入された。この日に動労千葉の組合員である機関士がドアを開けず線見訓練を妨害したので乗務を停止され、公安官により降ろされた。またもう一人の機関士も、乗務を停止された。

(三) 佐倉では、二月一九日から連日、原告西森、同吉岡ら組合員ら数十人がホームに集結して訓練員らを取り囲み罵声を浴びせるなどしたが、線見訓練は行われた。

二〇日には誘導係(動労千葉組合員)の誘導で列車が一台訓練員をのせずに出発したことがあった。二三日から公安官が導入された。

(四) 成田・佐倉両駅とも動労千葉組合員らは訓練員乗務を妨害しようとする意思は強固であり、たまたま訓練員らが乗車しようとする入口の側のホームに組合員らは集結していて反対側のホームにはほとんどおらず、反対側からも乗車は可能であったものの、もし訓練員らが反対側に回って乗車しようとしたら、組合員らも回って来て妨害することが予想される状態であった。また、ホームは狭くて組合員らで埋まっており、その端を訓練員らが通ろうとすれば通れる状態ではなかった。

(五) 本件線見訓練は、通常の線見訓練と異なり、五、六人もの多数人を運転室に入れるものであり狭苦しい感じを与え運転する機関士から人数を減らしてほしい旨要求があったが、これは危険性に直結するものではなくその旨被告側から説明はあったが動労千葉の組合員らは納得しようとしなかった。仮に人数を減らしたからといって動労千葉の組合員らが線見訓練に協力するものではなく、これは口実に過ぎない。また機関士から点呼が要求され、訓練員らはなかなか応じなかったが、これは訓練時における礼儀ないし手続として正当に要求されたものではなく、むしろ線見訓練への妨害、野次であった。

(六) 上記線見阻止闘争の影響は別紙列車影響表(略)(一)記載のとおり、千葉局管内の総武本線、外・内房線、木原線、成田・鹿島線、久留里線、東金線、武蔵野線を通じ、いずれも旅客列車の運休が二月一九日一四本、二一日四本、二三日二本、二四日一〇本、二五日四本(いずれも総武緩行線)、同日六本(内房線)に及び、旅客列車及び貨物列車の遅延が二月一九日から二五日までの間に、別紙列車事故一覧表記載による各列車事故による若干の影響及び平常時に通常生ずる遅延を差し引いても大幅に生じた。

3  本件輸送反対闘争の経緯

(一) 昭和五六年二月二三日、動労千葉は第五回臨時大会を開催し、三月二日以降のストライキ方針を決定した。内容は、三月二日以降当分の間のジェット燃料列車を対象とする指名スト、全列車を対象とする指名ストの準備体制の確立、全地上勤務者を対象とする減産闘争である。

(二) 動労千葉と被告との団交は二月二四日に第五回目、同二七日に六回目が行われたが平行線のまま、未だ継続中の形をとりながら事実上決裂してしまった。

(三) 動労千葉は、二月二七日に第六回支部代表者会議を開催し、スト体制を最終的に確認した。

(四) 右同日、被告は動労千葉に対し、右ストを直ちに中止するようにと申し入れた。また、千葉鉄局長は記者会見を行い、公立高校の入試に影響が出ないよう三月二日、三日は助役機関士の投入は行わないと述べた。動労千葉はこの記者会見は動労千葉のみを悪者にしようという悪意があるとして反発したが、当時通勤・通学者の間に入試への影響を中心にストライキへの不安が高まっていたのでそれを取り除くという側面があった。

(五) 動労千葉は三月一日に成田運転区と佐倉機関区で新東京国際空港反対同盟等の支援者らと共に集会を行い、翌日からのストに備えた。

(六) 動労千葉は、三月二日から指名ストに突入した。

(七) 動労千葉は三月二日、第七回支部代表者会議を開催し、ストライキの具体的戦術を決定した。目標は本件輸送延長阻止、助役機関士導入反対、木原線廃止反対の三つが掲げられていたが、前二者が中心であった。戦術としては成田・佐倉支部はすでに始まっている燃料列車の指名ストの継続、各支部はすでに始まっている全地上勤務者を対象とする減産闘争の継続、三月四日に助役機関士の導入があった場合には五日の始発から二四時まで特急・急行列車を対象とする指名スト、六日の始発から二四時まで各支部で全乗務員を対象とするストが挙げられ、このとおり実行された。そして任務分担として原告吉岡、同水野、同山口、同西森がそれぞれ津田沼、館山、勝浦、千葉に派遣されてスト指令の伝達及び現地での指揮監督にあたった。

(八) 右ジェット燃料輸送反対闘争の列車に対する影響は別紙列車影響表(二)(ただし、三月二日の運休のうち二本は公団の都合によるもの。)のとおりであり、特に三月五日、六日の両日は、千葉局管内の総武本線、外・内房線、木原線、成田・鹿島線、久留里線、東金線、武蔵野線を通じ、別紙列車事故一覧表記載にある成田その他における労働者・学生らの空港建設反対集会による列車の混乱があったものの、五日には合計五六本(旅客列車)及び三本(貨物列車)の運休列車を生じ、六日には合計一一二八本(旅客列車)の運休列車を生じさせた。

(九) 右闘争の社会に与えた影響は大きく、批判的な意見が多数を占めた。

三  以上の認定に基づき、動労千葉が行った本件線見訓練阻止闘争及び本件輸送阻止闘争の実施情況をみると、動労千葉は、被告千葉局が助役機関士を対象として実施する線見訓練を阻止する決議のもとに、昭和五六年二月一九日から二五日までの間に、成田、佐倉両駅で、成田駅では原告水野、同山口ら動労千葉組合員数十人がホームに集結をして線見訓練用列車の周囲を囲んで助役機関士らの乗車を妨害する行動に出、佐倉駅では原告西森、同吉岡ら組合員数十人がホームに集結をして助役機関士らを取り囲み罵声を浴びせるなどをしてその乗車を阻止しようとしたり、列車乗務室の開扉を不能にして助役機関士らの乗車を妨害する行動に出、その結果列車の運行に運休、遅延による大幅な影響を与えたこと、さらに動労千葉は本件輸送を阻止する目的で同年三月二日から六日までの間に、千葉、津田沼、館山、勝浦の各駅を拠点とする列車の指名ストを実行することを決議し、執行委員の原告吉岡、同水野、同山口、同西森がそれぞれ右の各拠点駅に派遣されて、スト指令を伝達するとともに現地での指揮監督にあたり、右ストが実行され、その結果列車の運休による大幅な影響を与えたことが認められる。

右認定の、動労千葉が行なった本件争議行為、即ち線見訓練阻止を目的とした助役機関士らに対する乗車妨害及び本件輸送阻止を目的としてした列車の指名ストの実施情況に鑑み、動労千葉のした本件争議行為は公労法一七条一項の禁止する業務阻害行為に該当し、原告らの行為も右禁止行為に該当することが明らかである。

被告の抗弁は理由がある。

第三  再抗弁について

一  再抗弁1(公労法一七条一項、一八条の憲法違反)について

1  原告らは、公共企業体等の職員について争議行為を禁止した公労法一七条一項は、勤労者の労働基本権、即ち団結権、団体交渉権及び団体行動権(争議権)を保障した憲法二八条に違反すると主張する。

しかしながら当裁判所は、公共企業体等の職員が憲法二八条にいう勤労者に当たると解すべきであるものの、公企業体等職員の勤務条件の決定に関する憲法上の地位の特殊性、公共企業体等の事業ないし公共企業体等の職員の職務の公共性に鑑み、かつ公共企業体等の職員に協約締結権を含む団体交渉権を付与しながら争議権を否定する場合の代償措置の存在等、右の職員の生存権擁護のための配慮に欠けるところがないことを理由に、公労法一七条一項による争議行為の禁止は、憲法二八条に違反するものでないとした最高裁判決(昭和五二年五月四日大法廷判決・刑集三一巻三号一八二頁等参照)を正当と考える。

したがって、原告らの前記主張は採用することができない。

2  さらに原告らは、公労法一七条一項違反の行為をした公共企業体等の職員の解雇を規定した同法一八条は勤労者の労働基本権を保障した憲法二八条に違反すると主張する。もとより公労法一八条の規定は同法一七条一項の争議行為禁止を実効あらしめるために設けられたものであるが、公共企業体等の職員にも労働基本権を保障したと解される憲法二八条の精神に則り、公労法一七条一項の争議行為禁止違反に対して課せられる不利益は必要な限度を越えないよう十分な配慮がなされなければならないのであり、同法一八条が、同法一七条一項の規定する行為をした職員は、「解雇されるものとする。」と規定した法意に照らしても、また解雇するかどうか、その他どのような措置をするかは、職員の違法行為の態様、程度に応じ、公共企業体等の合理的な裁量に委ねた趣旨であると解されるので(最高裁昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決・民集二二巻一三号三〇五〇頁等参照)、このように理解する限り公労法一八条の規定が直ちに憲法二八条に違反するものとは解することはできない。

それ故原告らの前記主張は採用することができない。ただ公労法一七条一項違反の争議行為をした公共企業体等の職員に対する解雇処分が社会通念上合理的な裁量の範囲を超えて著しく不当であると認められる場合には、裁量権の濫用として右解雇処分が無効となる余地があると考える。この点については、後記(権利の濫用)において認定する。

3  さらにまた原告らは、公労法一七条一項、一八条は憲法の基本原理たる平和主義に違反していると主張する。憲法がその基調として、国民主権主義、平和主義及び基本的人権の尊重を三本柱にしていることは周知のとおりであるが、公共企業体等の職員の労働条件に関する苦情又は紛争の調整を目的として制定された公労法の諸規定が憲法の平和主義に直接関係するものでないので、原告らの前記主張は失当であって採用できない。

4  したがって再抗弁1は理由がない。

二  再抗弁2(不当労働行為)について

原告らは、被告が、動労千葉結成後約半年にわたり同組合との団交を不当に拒否し、本件輸送に関する団交をも実質的に拒否した、昭和五四年及び五五年の各四月に発生した暴力事件で動労千葉組合員のみを処分して動労本部組合員を差別したなど、従来から動労千葉のみを敵視しており、本件争議行為に関する原告らの処分が不当に重いことからしても、本件解雇は不当労働行為に当たると主張する。そこを考察するに

1  まず前者の主張について、動労千葉が昭和五四年三月三〇日に動労本部から分離結成され、被告に対する幾度の団交申入れ及び公労委による労働組合の認定にもかかわらず実際に初めての団交が行われたのは九月一五日であり、この日に基本協約を締結した事実は当事者間に争いがない。

ところで、(証拠略)によると、団交開始が遅れたのは公労委の認定以前は被告が動労千葉の実体を掴んでいなかったことと組合の対立に口をはさんで不当労働行為に問われるのを恐れたためであり、公労委の認定後は団交場所や交渉主体をどうするかの点で折り合いがつかず、その間は実質的に動労千葉地本時代の役員らが主体となって必要なことは適宜話し合いでまかなっていた事実が認められるので、前記争いのない事実と右認定事実に鑑みると、被告の動労千葉に対する対応をもって団交拒否とみることはできず、また前記一の3の認定のとおり本件輸送に関する被告と動労千葉との交渉の経過に鑑みると、被告の右交渉を専ら形式的に行ったものであって実質的にも団交拒否をしたとみることはできない。

2  次に後者の主張について、昭和五四年四月一一日、一二日及び一七日に動労千葉が動労本部及び革マル派の襲撃を受けたこと、右暴力事件に関連して被告千葉局長が「暴力問題の絶滅について」との通達を発したこと、昭和五五年四月一五日に動労千葉が再度襲撃を受けたこと、昭和五五年五月三一日、動労千葉の組織部長が懲戒免職、同教宣部長が停職一一か月の処分をそれぞれ受けたことは当事者間に争いがない。

ところで、前記1記載の証拠によると、被告側は昭和五四年四月の暴力事件を重くみて実態を調査しようとし、警察・検察も捜査に乗り出し、裁判にもなったが、動労千葉組合員らは、組合間のことは労働者で解決すべき問題であり、権力の手を借りるべきではないとの考えから、協力せず、そのため被告は実態を十分把握できなかったこと、昭和五五年五月三一日に処分された動労千葉組合員は同年四月一五日の襲撃事件に関連して発生した暴力行為に携わったこと、右の動労千葉組合員らに対する処分事由は主として昭和五五年春闘に対するものであることが認められるのであって、右事実に鑑みると昭和五四年及び五五年に発生した動労本部組合員らとの暴力事件に関連して、被告当局が動労千葉組合員に対し差別的処分をしたものとみることはできない。

そしてその他にも被告の差別意思を認めるに足る証拠はなく、本件処分についても被告が動労千葉組合員に対し不当な差別意思に基づいてした処分であることを認めるに足りる証拠はない。

3  したがって再抗弁2は理由がない。

三  再抗弁3(解雇権濫用)について

原告らは、本件争議行為の目的、規模、態様、影響、原告らの役割、処分の均衡などその具体的内容に照らし、違法性が低く、原告らに対する解雇は権利の濫用であると主張する。そこで考察するに

1  本件争議行為の目的について

原告らは、本件輸送が原告ら労働者のみならず周辺住民に危険をもたらす行為であるから、これを阻止する目的をもって被告と交渉をもったが、被告が団交拒否を行い、危険性のある線見訓練を強行しようとしたのでやむなく本件争議行為に及んだ旨の主張をする。

しかしながら、証拠を検討しても、本件輸送の目的であるジェット燃料が例えば一般家庭で使用されている灯油と比較して発火点が低く、被告の貨物の取扱いでも危険品扱いにされていること及び昭和五三年三月にジェット燃料の貨車輸送が開始されて以降、その輸送自体から右ジェット燃料ないしその貨車輸送の危険性が大きいとみるべき事故が発生していることがいずれも認められないこと、そして前記認定によれば、被告は本件輸送延長の要請を受けて、被告の正当な業務であるジェット燃料貨車輸送の必要性を説明して、動労千葉と団体交渉を重ねてきたのであるから、右交渉の経過に鑑みると、被告の右交渉の態度が形式的なものに過ぎず実質的に団交拒否を行ったものであるとは認め難いことに徴して、本件線見訓練阻止闘争及び本件輸送反対闘争の呼称のもとに実行された本件争議行為をもって原告らが前記主張にかかる目的をもって止むを得ず出た行動であると評価することはできない。

なおその余に原告らが主張するところの、ジェット燃料輸送自体の危険性を理由とする本件輸送阻止の正当性及び線見訓練の危険性を理由とする本件線見訓練阻止の正当性、本件輸送に関し被告と動労千葉との間に労働協約が締結されていないことを理由とする労働義務不存在の主張については、ジェット燃料輸送の危険性は前示のとおり全証拠によってもこれを認めることができず、本件線見訓練の危険性は前記認定事実から機関室が狭苦しくなることは認められるものの、それが運転上の支障や具体的危険性に結びつくことは推認することができず、かえって原告ら動労千葉組合員の線見訓練拒否の口実に過ぎないものと考えられるし、さらに本件輸送に前記特別の危険性が認められない以上、被告の通常の業務として被告従業員である原告らの従事すべき業務であり、原告らには本件輸送の労働義務があるというべきであるところ、それに関する労働条件については確かに労使交渉により定めるべきものであるが、そのための団交が決裂し労働協約が締結されていないからといって本来存在する原告らの労働義務が発生しなかったり消滅したりするものでないし、この場合の労働条件については被告側が一方的に定めて業務を遂行するのほかないものと解せられるので、団交が事実上決裂したからといって、被告従業員たる原告らに労働義務がないとはいえず本件輸送を拒否できるものではない。

2  本件争議行為の規模・態様・影響について

原告らは、本件争議行為が千葉局管内の一部というごく地域的なものであったから、その影響が小さかったと主張する。

前記認定によれば、本件線見訓練阻止闘争及び本件輸送阻止闘争は、前者が千葉局管内の成田、佐倉駅を、後者が同管内の千葉、津田沼、館山、勝浦の各駅を拠点として実行されたものであるが、右闘争による影響は同管内の全線に及び、前者の闘争期間の六日間に旅客列車の運休が四〇本にのぼり、列車遅延が多量かつ大幅に生ずるなどの列車ダイヤに混乱を与え、後者の闘争期間の五日間に列車の運休が旅客列車については一一八六本、貨物列車については四三本に及ぶ混乱を与えたこと、列車の利用はその性質上広く公共性を有しているものであるから、千葉局管内の列車の利用者がたんに同管内の住民に止まらないことを考えると、本件争議行為による影響は原告ら主張の如く決して小さいものではなかったと判断せざるを得ない。

3  原告らの本件争議における役割の程度について

原告らは、原告らは本件争議に関し格別指導的役割を果たしていない旨主張するが、前記二記載の各証拠によると、原告らは、いずれも動労千葉の執行委員であり、原告西森が法対部長、同水野が財政部長、同山口が交渉部長、同吉岡が教宣部長の各部長職についていたこと、各闘争拠点において挨拶・演説をしたり野次や実力行使の中核として行動していること、各支部に対して本部の部長職についている執行委員としてスト指令を伝達し(原告西森は佐倉機関区、千葉運転区、原告吉岡は佐倉機関区、津田沼電車区、原告水野は成田運転区、館山運転区、原告山口は成田運転区、勝浦運転区)、ストの指導・監督を行っていることが認められ、これらの事実から原告らは本件争議行為の指導的役割を行っていたと評価できるので、原告らの前記主張は容認することができない。

4  処分の不均衡について

原告らは、昭和五四年、五五年春闘に対する国労及び動労本部派への処分の内容、本件争議行為に賛同して乗務拒否闘争を行った国労千葉組合員に対する処分と比較して、動労千葉組合員に対する処分が不当に重いと主張する。

ところで昭和五四年、五五年春闘に対する国労及び動労本部派への処分は、右春闘は全国規模のストライキであったが解雇者はなかったこと、一方、五四年春闘に参加した動労千葉に対しては当時の委員長を解雇する等の重い処分があったこと、本件争議行為に対しても、動労千葉は原告ら四名が解雇され、二二五名が処分されているのに、賛同して乗務拒否を行った国労組合員は不処分であること、本件処分の通知は、本件争議行為の後一か月以内である昭和五六年四月三日になされていること、被告は、動労千葉に対してのみ処分凍結を解除し、本件争議行為までに三九五名もの処分を行っていることは当事者間に争いがなく、以上からみれば、動労千葉と他組合との処分数、割合は確かに差があるが、成立に争いのない(証拠略)によると、動労千葉の右各争議行為は、成田空港建設に反対し、ジェット燃料輸送を行わないことによる成田空港の廃港を目指すという極めて政治的な目的によるストライキであり、他組合の賃上げや合理化反対等の労働者の労働条件に関する要求をかかげたものとは本質的に異なるとの認識が被告にはあり、本件争議行為は社会的な影響も大きく、世間一般にも政治的主義主張から乗客を犠牲にしてストライキを行うことへの批判は強く、迅速に厳重に処分する必要性が言われていたことを重視して動労千葉組合員に対する処分をしたことが認められるのであるから、原告らの前記主張は直ちに首肯できない。

以上の次第で原告らが主張するところはいずれも当を得ていないと考えられるが、以上の認定によれば、被告はジェット燃料貨車輸送が被告の正当な業務であり、その延長の要請を受けた経緯からして、動労千葉とも団交を重ねたが、動労千葉は究極的に成田空港を廃港に追い込むという極めて政治的な主張を掲げて本件線見訓練阻止闘争及び本件輸送阻止闘争を実行し、本件争議行為が前記のとおりの列車影響を生ぜしめたものである以上、被告が前記認定のとおりの組合幹部として組合員に対する指導力を有し、かつ度重なる服務違反に基づく処分歴のある原告ら(原告らが別紙「処分歴」(略)記載どおりいずれも戒告、減給の処分を繰り返えしているものであり(原告西森は停止処分を繰り返えしている)、被告から別紙「処分の事前通告」どおり事前通告を受けたことは当事者間に争いがない)に対してした本件解雇は、被告の裁量の範囲を著しく逸脱したものとは認められず、解雇権の濫用に当たると言うことはできない。

よって再抗弁3は理由がない。

第四  以上の事実によれば原告らの本件請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上村多平 裁判官 難波孝一 裁判官 桜井佐英)

処分の事前通告

<1>昭和五四年三月、同五三年九月から一二月にかけてのいわゆる秋闘について原告西森巌が停職一月、同山口敏雄が減給二月一〇分の一、同水野正美が減給二月一〇分の一、同吉岡正明が減給二月一〇分の一に、<2>同五四年一二月、同年四月のいわゆる春闘及び同年一〇月二二日及び同月三一日、同年一一月一日のいわゆるジェット燃料阻止闘争について原告西森巌が停職三月、同山口敏雄が減給三月一〇分の一、同水野正美が停職一月、同吉岡正明が減給三月一〇分の一に、<3>同五五年六月、同年四月のいわゆる春闘について、原告西森巌が停職三月、同山口敏雄が減給六月一〇分の一、同水野正美が減給六月一〇分の一、同吉岡正明が停職一二月(ただし同原告は同年四月一五日の津田沼電車区における職場秩序紊乱の責任も合わせ処分されている)に処分する。

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