千葉地方裁判所 昭和59年(ソ)1号 決定 1984年8月21日
抗告人(被告) 平野一光
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 鎌形昇
相手方(原告) 藤井みつ子
主文
一 本件抗告をいずれも却下する。
二 抗告費用は抗告人両名の負担とする。
理由
一 抗告人両名の抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。
二 よって検討するに、頭書事件一件記録によれば、(一)同事件の概要は、相手方が原告、抗告人両名が被告となり、抗告人(被告)平野一光は訴外山岸悟と同抗告人所有の農地を農地法五条の知事の許可を条件として金七三〇万円で売買する旨の契約を締結し右訴外人のために条件付所有権移転仮登記を経ていたところ、右仮登記に後れて抗告人(被告)木村サタが当該農地について抵当権設定登記を得、しかる後に相手方(原告)が右訴外人の仮登記上の権利を承継したとして、抗告人(被告)平野一光に対しては、知事に農地法五条の許可申請手続をすること及び右許可を条件として金七三〇万円の支払を受けるのと引換えに仮登記の本登記手続をなすことを求め、抗告人(被告)木村サタに対しては右本登記手続をなすについての承諾を求める、というものであること、(二)右事件の訴状の請求の趣旨としては、抗告の理由一1にあるとおり、「一、被告平野一光は原告に対し、1、別紙物件目録記載の土地について農地法第五条による知事の許可申請手続をせよ。2、右許可のあったことを条件として、右土地につき、原告から金七三〇万円の支払を受けるのと引換えに、千葉地方法務局旭出張所昭和五四年八月一四日受付第八八八五号条件付所有権移転仮登記に基づく本登記手続をせよ。二、被告木村サタは原告に対し、別紙物件目録記載の土地について、原告が被告平野一光との間で、前項2の所有権移転登記手続をすることを承諾せよ。三、訴訟費用は被告らの負担とする。」と記載されていること、(三)同訴状別紙物件目録には、「一、所在 香取郡干潟町鏑木大字大岡台、地番 八三三番一、地目 畑、地積 三八〇平方メートル、二、所在 同郡同町万力字壱番割、地番 一〇三番、地目 田、地積 八五六平方メートル」と二筆の土地が記載されていること、(四)同訴状請求原因中には、訴外山岸と抗告人(被告)平野一光間の売買の対象農地及び抗告人(被告)木村サタが抵当権設定登記を得た対象農地の表示として前記請求の趣旨におけると同じく「別紙物件目録記載の土地」と記載され、また、訴外山岸が経由した仮登記の表示としても同じく「千葉地方法務局旭出張所昭和五四年八月一四日受付第八八八五号条件付所有権移転仮登記」と記載されているが、一方、右売買契約の内容たる代金の定めについては「一括して金七三〇万円」と表示されているし、右売買の対象農地と抗告人(被告)木村サタが抵当権設定登記を得た対象農地とが同一土地であることも一見して明らかであるように記載されていること、(五)ところで、実際には、別紙物件目録一記載の畑(昭和五六年二月五日に地目を宅地と変更する登記がなされ、後記認諾調書も昭和五六年九月一六日付でその旨の更正決定がなされている。以下、この土地を「(一)の土地」という。)に訴外山岸のために経由されていた仮登記は相手方(原告)主張の千葉地方法務局旭出張所昭和五四年八月一四日受付第八八八五号(以下「八八八五号の仮登記」という。)であるが、同目録二記載の田(以下「(二)の土地」という。)に訴外山岸のために経由されていた仮登記は同法務局同出張所昭和五四年八月三日受付第八五〇七号条件付所有権移転仮登記(以下「八五〇七号の仮登記」という。)であったこと、(六)頭書事件は昭和五六年六月三日に佐原簡易裁判所において第一回口頭弁論期日が開かれ、前記訴状及び「相手方(原告)の請求を棄却する。」との裁判を求める趣旨の抗告人ら(被告ら)の答弁書が陳述され、相手方(原告)から(一)及び(二)の両土地の登記簿謄本等の書証が提出された外は、同期日の弁論調書には見るべき弁論内容の記載はないこと、(七)同事件の第二回口頭弁論期日は同裁判所において同年七月一日に開かれ、抗告人ら(被告ら)は相手方(原告)の請求を認諾し、右認諾した請求の表示につき前記訴状をそのまま引用した認諾調書が作成されたが、同期日の口頭弁論調書には右認諾の外には同期日の弁論の要領として何らの記載のないこと、(八)前記認諾調書は昭和五六年七月四日に抗告人ら(被告ら)代理人へ、また同月六日に相手方(原告)代理人へ送達されていたところ、昭和五九年二月二四日付の相手方(原告)代理人の申立てにより、同裁判所は同月二九日、前記認諾調書について、「請求の趣旨第一項2に千葉地方法務局旭出張所昭和五四年八月一四日受付第八八八五号とあるを千葉地方法務局旭出張所昭和五四年八月一四日受付第八八八五号及び昭和五四年八月三日受付第八五〇七号と更正する。」との更正決定(原決定)をしたこと、以上の各事実を認めることができる。
三 以上認定のとおり、相手方(原告)の訴状には、金七三〇万円の支払と引換えに本登記手続をなすべき仮登記の表示として、明示的には八八八五号の仮登記のみが記載されているけれども、本訴の対象を(一)の土地に限定する趣旨の記載がなされているわけではなく(請求の対象物件として「別紙物件目録記載の土地」とあれば、特段の事情のない限り同目録に記載のある(一)及び(二)の両土地を指すと解するのが通常である。)その請求原因事実中には、相手方(原告)がその権利を承継したとする訴外山岸は抗告人(被告)平野一光と同訴状別紙物件目録記載の土地、即ち(一)及び(二)の両土地を代金合計金七三〇万円(この金額が前記請求の趣旨における引換給付の金額と吻合している。)で購入する旨の売買契約を締結した旨及び抗告人(被告)木村サタは同土地につき抵当権設定登記を経由している旨の明白な主張が存するのであり、かつ、相手方(原告)が第一回口頭弁論期日において(一)及び(二)の各土地の登記簿謄本(これによれば、(一)の土地については八八八五号の仮登記が、また(二)の土地については八五〇七号の仮登記が経由されていることが明白である。)を提出しているのであって、これらの事実に鑑みると、相手方(原告)の請求は、抗告人(被告)平野一光に対しては、(一)及び(二)の両土地につき農地法五条に定める知事への許可申請手続をなすこと及び右許可のあったことを条件として金七三〇万円の支払と引換えに右両土地についての仮登記、即ち八八八五号の仮登記と八五〇七号の仮登記の本登記手続をなすことを求め、抗告人(被告)木村サタに対しては、右両本登記手続をなすについての承諾を求めているものであり、右訴状に八八八五号の仮登記の記載しかないのは、原告訴訟代理人の見落としに基づくところの単なる書き落としに過ぎないことが明らかであると言わねばならない。してみると、右の趣旨に解される訴状の陳述及び答弁書の陳述の外には見るべき弁論があったとは認められない前記第一回及び第二回口頭弁論調書の記載からすれば、抗告人ら(被告ら)は前記第二回口頭弁論期日において右内容の相手方(原告)の請求を認諾したものと認めるほかない。
なお、抗告人ら(被告ら)代理人は、右第二回口頭弁論期日において相手方(原告)代理人に、金七三〇万円の支払と引換えに本登記請求に応じるのは八八八五号の仮登記のみであるとの確認を得た旨主張するが、仮にかかる事実があったとしても、前述の第二回口頭弁論調書の記載内容からすれば、右は両代理人間の事実上のやりとりに過ぎないものといわざるをえず、かつ、それも原告訴訟代理人が前記の見落としに気付いたうえでしたものであるとの保障もないから、右事情は前記認定を左右するに足りるものではなく、また、右事情から認諾の意思表示に瑕疵が存したとしてもそれ自体原決定の適否に消長を来すものではない。
四 以上のとおり、抗告人(被告)平野一光は、(一)及び(二)の土地について農地法五条による知事への許可申請手続をすること、右許可があることを条件として相手方(原告)から金七三〇万円の支払があるのと引換えに(一)の土地についての八八八五号の仮登記及び(二)の土地についての八五〇七号の仮登記の各本登記手続をなすことを、また抗告人(被告)木村サタは右各本登記手続を承諾すべきことを、それぞれ認諾したものであるから、その趣旨の明確でない認諾調書に八五〇七号の仮登記の記載を加えこれを明らかにした原決定は、書損その他これに類する明白なる誤謬を更正したものと解することができ、原決定に何らの違法はない。
五 以上の次第で、本件抗告はいずれも理由がないからこれを却下し、抗告費用につき民事訴訟法四一四条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官 河村吉晃 濱本光一)
<以下省略>