千葉地方裁判所 昭和59年(ワ)22号 判決 1986年7月25日
原告 三橋延平
<ほか三名>
四名訴訟代理人弁護士 中田直介
被告 株式会社本八幡自動車教習所
代表者代表取締役 生田房男
訴訟代理人弁護士 笠原克美
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一申立て
一 原告ら
1 被告の昭和五八年五月一〇日開催の臨時株主総会における生田房男、生田浩、糸岐茂徳及び稲波清一を各取締役に、長岡章二を監査役にそれぞれ選任する旨の決議が存在しないことを確認する。
2 被告の昭和五八年三月二五日開催の定時株主総会における生田房男、生田浩、糸岐茂徳及び稲波清一を各取締役に、長岡章二を監査役にそれぞれ選任する旨の決議が存在しないことを確認する。
3 被告の昭和五八年六月一五日開催の臨時株主総会における中田裕を取締役に選任する旨、会社が発行する株式の総数を一六万株とする旨及び会社の所有地を一括売却して他へ移転する旨の決議が存在しないことを確認する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
二 被告
1 原告三橋延平、原告栗原義夫及び原告栗原久治の請求をいずれも棄却する。
2 原告井上輝雄の訴えをいずれも却下する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
第二主張
一 原告らの請求原因
1 原告らは、いずれも被告の各二四〇〇株の株式を有する株主である。
2 被告は、昭和五八年五月一〇日に臨時株主総会を開催し、生田房男、生田浩、糸岐茂徳及び稲波清一を各取締役に、長岡章二を監査役にそれぞれ選任する旨の決議をしたとして、同月一四日その旨の登記を経由した。
3 しかし、被告は、昭和五八年五月一〇日に臨時株主総会を開催したことがなく、その臨時株主総会において前記2のような決議がなされたことはなかった。
4 また、被告は、昭和五八年三月二五日に定時株主総会を開催して、生田房男、生田浩、糸岐茂徳及び稲波清一を各取締役に、長岡章二を監査役にそれぞれ選任する旨の決議をなし、同年五月一四日その旨の登記を経由したと主張するのであるが、右の定時株主総会において右のような決議がなされたことはなかったのであり、仮にそのような決議がなされたとしても、その決議は次の理由により無効なものであった。
(一) 右の定時株主総会は、原告三橋延平及び原告栗原久治に対する招集の通知を欠いて開催された。
(二) 被告は、右の定時株主総会を招集するに当たって、「役員選任に関する事項」を株主に通知していなかった。
5 被告は、昭和五八年六月一五日に臨時株主総会を開催し、辞任した取締役稲波清一の後任として中田裕を取締役に選任する旨、会社が発行する株式の総数を一六万株とする旨及び会社の所有地を一括売却して他へ移転する旨の決議をしたとして、同月二七日右の取締役の就任及び発行株式総数の変更について、その旨の登記を経由した。
《以下事実省略》
理由
一 原告三橋延平、原告栗原義夫及び原告栗原久治がいずれも被告の各二四〇〇株の株式を有する株主である事実は、当事者間に争いがない。
二 《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。
1 被告は、昭和三八年二月一九日に設立されたが、原告井上輝雄は、当初からの株主であり、昭和五八年一月当時には二四〇〇株の株式を有していた。
2 被告の代表取締役であった訴外北川隆五(以下「北川」という。)は昭和五八年一月六日訴外アン、プロジェクトサプライ株式会社(以下「アンプロジェクトサプライ」という。)との間に、「北川所有の不動産、北川が売却を委任された訴外石井貞所有の不動産並びに北川及びその同族の保有する被告の株式の全部(北川持分一万四四〇〇株、石井貞持分二四〇〇株、井上輝雄持分二四〇〇株、牧野富作持分二四〇〇株、今井英廣持分二四〇〇株、染谷金太郎持分二四〇〇株、合計二万六四〇〇株)を代金総額一七億円でアンプロジェクトサプライに売り渡す。アンプロジェクトサプライが第一回分の九億五〇〇〇万円を支払うのと同時に、北川は、前記不動産の所有権を被告に移転し、株券をアンプロジェクトサプライに引き渡す。北川は、右の引渡しと同時に、アンプロジェクトサプライの被告の執行権の承継の手続を完了する。」との売買契約を結んだ。
3 原告井上は、被告の二四〇〇株の株式を譲渡することについて、その手続一切を北川に任せていた。
4 アンプロジェクトサプライは、昭和五八年五月一八日北川に対して約定に係る代金を支払い、北川から約定に係る被告の株券の引渡しを受けた。
原告井上は、そのころ北川から株式の売却代金として四〇〇〇万円を受け取った。
5 原告井上は、昭和五八年五月二九日ころ北川から、「まだ売渡しをしていない株主から株式を買い上げてくれ。」と頼まれたので、同月三一日ころ訴外井上栄男から被告の二四〇〇株の株式を代金一五〇〇万円で買い求め、その代金を支払って、株券の引渡しを受けた。
ところが、北川は、原告井上から右の株券を引き取ろうとせず、原告井上が立て替えて支払った一五〇〇万円を原告井上に支払おうともしなかった。
6 そのため原告井上は、昭和五八年一二月一四日被告に対し、「井上栄男名義の二四〇〇株の株式を譲り受けたいので、これを承認してほしい。」と申し入れた。
被告の取締役会では、その申出を受理したまま、これを審議しないでいたが、被告の代表取締役生田房男は、井上栄男が既に同年六月中に死亡したことなどの事情を考慮して、原告井上を被告の株主として承認することとし、昭和五九年三月一一日に原告井上に対し、同月三一日開催の第二二回定時株主総会について招集の通知を発信した。
以上の認定事実に照らせば、原告井上は、被告の二四〇〇株の株式を有する株主であると認めるのが相当である。
三 原告ら主張の請求原因2の事実は、当事者間に争いがなく、また、請求原因3の事実も、当事者間に争いがない。
四 《証拠省略》によれば、被告は、昭和五八年三月二五日午後一時から、市川市所在の料亭「北川」において定時株主総会を開催し、これには株主の北川、石井貞、訴外牧野富作、訴外今井英廣、訴外染谷金太郎、訴外山崎孝司、訴外渡部俊哉、原告井上及び原告義夫が出席して、井上栄男が委任状を提出し、北川が議長となって議事を進行させた事実、並びに、原告三橋及び原告久治は、いずれもこれに出席しなかった事実を認めることができる。
そこで、右の定時株主総会における決議の存否及び効力について考察する。
1 原告三橋の供述によれば、原告三橋は、昭和四一年ころ被告の専務取締役を辞任した後は、招集の通知を受けても株主総会に出席したことがなかったので、次第に招集通知を受けないようになり、右の定時株主総会についても招集通知を受けなかったというのである。
原告らは、原告久治についても招集の通知を欠いていたと主張するのであるが、その主張事実を認めるに足りる証拠はない。
ところで、被告の株主及び持株数は、前記一及び二の2に認定したほか、《証拠省略》により、井上栄男が二四〇〇株、山崎孝司が二四〇〇株、渡部俊哉が四八〇〇株をそれぞれ保有していた事実を認めることができる。すなわち、被告の株主総数は一二名であり、発行済株式総数は四万三二〇〇株であった。
そうすると、定時株主総会は、持株数三万八四〇〇株を有する株主一〇名が出席して開催されたこととなるから、たとえ原告三橋の前記供述を信用することができるとしても、原告三橋に対する招集通知を欠いたことが株主総会の不成立をもたらすほどの著しい瑕疵に当たるものと認めることはできないものというべきである。
2 前記三の当事者間に争いのない事実、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》
(一) 北川は、まず、被告の代表取締役として、当期の決算報告を行い、その承認を得た。
(二) 次いで、北川は、「自分は被告の社長を引退し、生田房男を社長にする。」と言い出し、メモを見ながら、「取締役北川隆五、牧野富作、井上輝雄、今井英廣、監査役石井貞、染谷金太郎がそれぞれ辞任して、その後任に、生田房男、生田浩、糸岐茂徳及び稲波清一を各取締役に、長岡章二を監査役にそれぞれ選任する。」と述べるや、直ちに、「これに賛成する方は起立して下さい。」と採決の手続を執った。
山崎、渡部及び原告義夫は起立せず、反対の意思を表示したが、そのほかの者は起立して、賛成の意思を表示した。
(三) 生田房男は、その場に出席していて、起立し、取締役に就任することを受諾すると述べた。
(四) 渡部は、その直後に起立して、「異議あり。」と述べ、異議の理由を約三〇分間にわたって陳述した。
(五) 生田房男は、渡部の意見に対して反論を述べ、議場は混乱して、株主総会はそのまま閉会した。
以上の認定事実によれば、定時株主総会においては、右の(二)の取締役及び監査役の選任決議が行われたものと認めることができる。
3 《証拠省略》によれば、被告の取締役であった北川、牧野富作、原告井上、今井英廣、監査役であった石井貞、染谷金太郎は、いずれも昭和五七年三月二七日に就任したので、昭和五八年三月二五日にはいまだ通常の改選時期が到来していなかった事実を認めることができる。
また、《証拠省略》によれば、北川は、アンプロジェクトサプライとの間に前記二の2に認定した売買契約を結んだことが事前に関係者以外の株主に知れると、定時株主総会において役員改選の件を議題とする際に反論を受け、議事が混乱するかも知れないことをおそれて、役員改選の件を取り上げることを隠そうとしていた事実を認めることができる。
したがって、北川は、被告の定時株主総会の招集を通知するに当たって、少なくとも山崎孝司、渡部俊哉、原告義夫及び原告久治には、役員改選の件を議題とすることを知らせていなかったものと推認することができる。
しかし、《証拠省略》によれば、原告井上は、役員改選の件が議題となることを知っていた事実を認めることができ、前記二の2及び四の2の(二)に認定した事実に照らせば、牧野、今井、石井及び染谷も、これを知っていたものと推認することができる。
そうすると、右の四の2の(二)の取締役及び監査役の選任決議については、招集通知について瑕疵があったというべきものではあるものの、その瑕疵をもって決議の存在自体を許容することができないほどの著しい瑕疵に当たるものであったとまで言い切るのは相当でないものというべきである。
4 すなわち、前記定時株主総会における「生田房男、生田浩、糸岐茂徳及び稲波清一を各取締役に、長岡章二を監査役にそれぞれ選任する。」との決議は有効なものであったと認めることができる。
五 《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、その認定を左右するに足りる証拠はない。
1 北川は、昭和五八年一月六日アンプロジェクトサプライとの間に、前記二の2に認定した売買契約を結んだが、北川側の内部事情のために、売買契約に基づく債務の履行を遷延していた。
2 また、アンプロジェクトサプライは、生田房男が出資金(資本の額八〇〇万円)の全額を負担しているものであるところ、前記定時株主総会の後、北川の協力を求めて、山崎孝司及び渡部俊哉から前記の各株式を取得することができるような段取りをつけた。
3 北川は、同年五月一四日に取引をする予定であったが、同日アンプロジェクトサプライに対し、「あと四日待ってほしい。五月一八日に取引をさせてほしい。」と申し入れた。アンプロジェクトサプライは、北川、石井貞及び被告らから買い受けた不動産等を訴外協和建業協同組合に転売する手はずを既に整えていた。また、協和建業協同組合は、買受代金を調達するために、訴外商工組合中央金庫から融資を受ける手はずを整え、商工組合中央金庫は、当日一〇億円を超える資金を準備していた。
そのため北川は、同日訴外株式会社千葉相互銀行市川支店に集まった関係者から、「いたずらに契約の履行を延ばされたのでは困る。」と詰め寄られ、その挙句、「契約は間違いなく履行する。そのあかしとして、定時株主総会において決議されたとおり、被告の役員変更の登記手続を先に実行する。」と約定して、被告の代表取締役の印鑑を生田房男に交付し、その登記手続をすることを一任した。
4 北川と生田房男は、「被告は、同年五月一〇日午後二時本店において臨時株主総会を開催した。議長(北川)は、取締役北川隆五、牧野富作、井上輝雄、今井英廣は同日辞任し、監査役石井貞、染谷金太郎も同日辞任したので、その後任者を選任する必要がある旨を述べ、その選任方法をはかったところ、議長に一任する旨の発言があったので、議長は、取締役として生田房男、稲波清一、生田浩、糸岐茂徳を、監査役として長岡章二をそれぞれ指名した。満場異議なくこれを承認したので、そのとおり選任することに可決確定した。被選任者は、総会においていずれもその就任を承諾した。」という内容の臨時株主総会議事録を整えた上、その旨の役員変更登記手続をするのに必要な書類を取りまとめた。
生田房男は、同年五月一四日被告の代表取締役として司法書士訴外玉木博に対し、右の役員変更登記手続をすることを委任し、玉木司法書士は、同日千葉地方法務局市川出張所に対し、受任に係る役員変更登記手続を実行して、その旨の登記が経由された。
5 アンプロジェクトサプライは、同年五月一八日前記千葉相互銀行市川支店において、北川、石井貞及び渡部俊哉らに対し、約定に係る各売買代金を支払い、北川から北川、原告井上、渡部らの株券を受け取った。
これによって、生田房男は、同日形式的にはアンプロジェクトサプライの名義をもって、実質的には個人の資格において被告の三万三六〇〇株(七七・七パーセント)の株式を取得し、被告の代表取締役として実質的にその権限を掌握した。
6 渡部俊哉は、同年三月一八日千葉地方裁判所に対し、被告及び北川を相手方として、不動産等の処分の禁止等を求める仮処分(同庁同年(ヨ)第一二六号事件)を申請していたが、同年五月一九日右の仮処分申請を取り下げた。
六 原告ら主張の請求原因5の事実、及び、生田房男が被告の代表取締役として昭和五八年六月一五日開催の臨時株主総会を招集した事実は、いずれも当事者間に争いがない。
そして、生田房男が被告の代表取締役の地位を有していたことは、前記四及び五において認定し、説示したとおりであり、《証拠省略》によれば、被告は、昭和五八年六月一五日午後四時に市川市所在の料亭「いさみ寿司」において臨時株主総会を開催し、請求原因5に記載されたような決議をした事実を認めることができる。
そうすると、右の臨時株主総会において行われた決議は有効なものであったと認めることができる。
七 以上の次第であるから、被告の昭和五八年三月二五日に開催された定時株主総会及び同年六月一五日に開催された臨時株主総会において行われた各決議が存在しないことの確認を求める原告らの請求は、いずれも不当なものというべきである。
また、被告は、同年五月一〇日に臨時株主総会を開催したことがなく、したがって、前記五の4に認定した臨時株主総会議事録に記載されたような決議は存在しなかったのであるが、右の臨時株主総会議事録の記載に基づいて経由された商業登記簿上の登記は、各就任の年月日を除いて、いずれも実体関係に符合するものであったのであるから、このような実体関係に照らせば、右の臨時株主総会議事録に記載された決議が存在しなかったものであるとしてこれを宣言することは相当でないものというほかなく、したがって、右の議事録に記載された決議が存在しないことの確認を求める原告らの請求も不当なものというべきである。
八 そこで、原告らの請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(判事 加藤一隆)