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千葉地方裁判所 昭和59年(ワ)898号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一原告ら主張の請求原因1の事実(本件事故の発生)並びに同2の(一)及び(二)の各事実(責任原因)は、いずれも当事者間に争いがない。

二被告らの主張に係る亮祐の過失について考察するに、<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、その認定を左右するに足りる証拠はない。

1 本件事故の発生場所は、東西に通ずる幅員一八・四〇メートルの歩車道の区別のある国道千葉街道と南北に通ずる幅員三六・九〇メートルの歩車道の区別のある東京都道環状七号線とが交わる交差点であつた。

千葉街道は、車道幅員が一二・四〇メートルで、その両側に高さ〇・六五メートルのガードレールが設置され、その北側に幅員四・〇〇メートル、南側に幅員二・〇〇メートルの歩道があつた。

また、環状七号線は、中央部分に幅員一七・〇〇メートルの高架道路が設置され、その東側に幅員六・五〇メートル、西側に幅員六・〇〇メートルの各側道があつて、その両側に高さ〇・六五メートルのガードレールが設置され、その東側及び西側にそれぞれ幅員三・七〇メートルの歩道があつた。

その交差点においては、信号機により、市川方面から菅原橋方面、辰己橋方面から京葉道路方面、奥戸方面から京葉道路方面の三現示信号で交通整理が行われていた。

2 被告中島は、東京都江戸川区堀江町の工事現場に行くため、空車の加害車を運転して、千葉街道を市川方面から交差点に向かい、交差点で左折して、環状七号線の東側側道に進入し、京葉道路方面に向かおうとした。

被告中島は、交差点の手前約四〇メートルの地点で左折の合図をし、時速約三五キロメートルの速度で交差点に近づいたが、対面信号が黄色になつたので減速し、信号が赤色になつたばかりのころ横断歩道の手前で加害車を停止させた。加害車の前方には停止車両がなく、加害車の車体左側端と車道左側端(南端)との間には一・二メートルの間隔があつた。被告中島は、加害車を停止させた直後に、左サイドミラーで左側の後方を見たが、後方から接近する自転車等は見当たらなかつた。

3 亮祐は、千葉市高浜三丁目五番一八棟三〇二号に住む千葉県立千葉高等学校一年生(一五歳)であつたが、東京都中央区晴海で開催されていた国際見本市を見に行くため、自宅からいわゆるドロップハンドル・一〇段ギアの自転車に乗つて出発し、千葉街道の車道左側部分を市川方面から菅原橋方面に向かいながら走行して交差点に差しかかり、交差点を直進しようとした。

4 被告中島は、対面信号が青色になつたのを見て、左折の合図をしながら加害車を発進させ、ふくらみ気味にハンドルを左に切つて、交差道路(京葉道路方面)の横断歩道の通行者を気にしながら時速約一五キロメートルの速度で進行した後、横断する通行者がいないことを確認して加速し、時速約二〇キロメートルで進行していたところ、発進地点から約三六メートル進行し、交差道路の横断歩道に達しない地点において、加害車の左後輪が亮祐と自転車を轢過した衝撃を感じ、初めて本件事故が発生したことを知つた。

被告中島は、交差点に差しかかる約四〇メートル手前から左折の合図をし続けていたことと、交差道路の横断歩道の通行者に気を取られていたことのために、加害車を一時停止させた直後に、左サイドミラーで左側の後方を確認したにとどまり、その後は左側後方の状況を確かめたことがなかつた。

5 形屋顕弘は、普通乗用自動車を運転して千葉街道を市川方面から菅原橋方面に向かいながら交差点に差しかかり、赤信号に従つて、加害車の後方約一メートルの地点に自動車を停止させた後、青信号に従い、加害車に続いて自動車を発進させた。形屋は、一時停止をしていた間に、亮祐が自転車に乗つて左側を通過したかどうかを、覚えていなかつた。

形屋は、交差点入口の横断歩道を通過していた時、左前方の地点において、自転車に乗つた亮祐が、左折を開始していた加害車の左前方付近に接近し、衝突を避けるべくハンドルを左に切つたものの、その直後に自転車を加害車の左前部バンパー付近に衝突させ、自転車とともに路上に転倒して、加害車の左後輪で轢過されたのを目撃した。

6 交差点における信号機の現示状況は、市川方面から菅原橋方面に向かう場合、黄色四秒、赤色五九秒、青色三七秒となつていた。

以上の事実に基づいて考えるに、まず、交差点には加害車の方が先に進入して左折を開始し、その後に亮祐が進入したものと見ることができるのであつて、その際亮祐は、加害車が左折の合図をしていたことを見落としていたため、加害車の動静に注意をしていなかつたものと推察することができる。亮祐は、ドロップハンドル・一〇段ギアの自転車に乗つていたので、右前方を走行中の加害車の左折の合図を確かめ難い状況にあり、また、加害車の左後方から急速に加害車に接近して、交差点に進入したものとも推認することができるのであるが、亮祐としては、低速で右前方を走行していた加害車に気付いていたはずであり、また、加害車の左折の合図を見ることのできる場所を走行していたのであるから、交差点において加害車の左側を直進するに当たつては、加害車の動静に注意を払うべき義務があつたのである。亮祐は、その注意義務を怠つたのであるから、本件事故の発生について過失があつたというべきである。

他方、被告中島は、対面信号が赤色になつたばかりのころに加害車を一時停止させ、その直後に左サイドミラーで左側後方を確認したものの、その後は一度も左側後方の状況を確認することなく、赤色の時間帯(五九秒)を過ごして加害車を発進させた上、左折を開始してこれを続けていたのであるから、被告中島の過失の程度は大きいものであつたと見るべきである。

したがつて、亮祐の過失の程度は二割に当たるものであつたと見るのが相当であり、これを損害賠償額の算定に当たつてしんしやくすべきものである。      (加藤一隆)

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