千葉地方裁判所 昭和59年(ワ)927号 判決 1988年6月10日
原告 平山芳江
訴訟代理人弁護士 黒川厚雄
被告 前田廣
訴訟代理人弁護士 保田雄太郎
被告 株式会社東千葉カントリー倶楽部
代表者代表取締役 高橋修一
同 時岡収次
訴訟代理人弁護士 石井成一
同 小田木毅
同 出澤秀二
主文
一 被告前田廣は原告に対し別紙会員権目録記載のゴルフ会員権の名義を原告名義に変更する手続をせよ。
二 原告の被告株式会社東千葉カントリー倶楽部に対する訴えを却下する。
三 訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告前田廣に生じた費用を同被告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告株式会社東千葉カントリー倶楽部に生じた費用を原告の負担とする。
事実
第一申立て
一 原告
1 主文第一項と同旨
2 被告株式会社東千葉カントリー倶楽部(以下「被告会社」という。)は原告に対し、被告前田廣の原告に対する別紙会員権目録記載のゴルフ会員権(以下「本件会員権」という。)の譲渡につき承認し、その承認を条件に本件会員権の名義を原告名義に変更せよ。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告前田廣
1 原告の被告前田に対する請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 被告会社
1 原告の被告会社に対する請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二主張
一 原告の請求原因
1 原告は、被告前田廣に対し、昭和五八年九月二二日ころ二五〇万円を利息月四分、弁済期同年一一月二二日と定めて貸し付け、同年一〇月二四日ころ二五〇万円を利息月四分、弁済期同年一一月二四日と定めて貸し付けた。
2 原告は、同年一〇月二四日ころ被告前田との間に、「被告前田が五〇〇万円の貸金債務を弁済期に弁済することができないときは、被告前田は、原告に対し、その弁済に代えて本件会員権を譲渡する。」と約定した。
3 被告前田は、原告に対し、1の貸金債務(五〇〇万円)について約定の弁済期を徒過した。
4 そこで、原告は、被告前田に対し、本件会員権の名義を原告名義に変更する手続をすることを求め、被告会社に対し、被告前田の原告に対する本件会員権の譲渡につき承認し、その承認を条件に本件会員権の名義を原告名義に変更することを求める。
二 請求原因に対する被告前田の答弁
1 1の事実を否認する。
2 2の事実を認める。
3 3の事実を否認する。
三 請求原因に対する被告会社の答弁
1ないし3の事実は、いずれも知らない。
四 被告前田の抗弁
1 被告前田は、原告から次のとおり金銭を借り受けた。
(一) 昭和五五年一二月に三〇〇万円を利息月七分と定めて借り受け、利息を天引されて二七九万円を受け取った。
(二) 昭和五六年六月に二〇〇万円を利息月七分と定めて借り受け、これと(一)の利息を天引されて一六五万円を受け取った。
(三) 昭和五七年三月に二〇〇万円を利息月七分と定めて借り受け、これと(一)及び(二)の利息を天引されて一五一万円を受け取った。
2 被告前田は、原告に対し、次のとおり弁済したので、利息制限法の規定に従って弁済充当すると、次のとおり合計七六六万六九五六円を過払したことになる。
(一) 1の(一)の借入金について、昭和五六年一月から昭和五八年二月まで毎月二一万円を、同年三月から昭和五九年三月まで毎月一五万円を支払った。
これによる過払金は四三四万〇七五二円である。
(二) 1の(二)の借入金について、昭和五六年七月から昭和五八年二月まで毎月一四万円を、同年三月から昭和五九年三月まで毎月一〇万円を支払った。
これによる過払金は二二七万五七五九円である。
(三) 1の(三)の借入金について、昭和五七年四月から同年八月まで毎月一四万円を、同年九月に二〇〇万円を支払った。
これによる過払金は一〇五万〇四四五円である。
3 したがって、被告前田は、原告に対して七六六万六九五六円の不当利得返還請求権を有し、何ら債務を負っていなかったのであるから、原告に対して五〇〇万円の債務を負っているものとした上、その弁済に代えて本件会員権を譲渡するとした契約については、被告前田の意思表示に要素の錯誤があった。
五 被告会社の抗弁
1 本件会員権は、預託金返還請求権、ゴルフプレー権、会員支払義務等を包括した契約上の地位であり、その譲渡については指名債権の譲渡に準ずるものというべきであるところ、被告会社は、被告前田から本件会員権を原告に譲渡した旨の通知を受けたことがなく、また、右の譲渡を承認したこともない。
2 仮に原告が、被告前田の代理人として、昭和六〇年四月二六日被告会社に対し本件会員権譲渡の意思表示をしたとしても、被告会社は、右の譲渡を承認したことがない。
3 東千葉カントリークラブ規則(以下「クラブ規則」という。)一一条は、「会員資格保証金に基く会員資格は会社の承認を得て譲渡することができる。」と規定しており、会員資格の譲渡を承認するか否かは、被告会社の自由裁量に任されている。被告会社にとって、どのような人物がゴルフ場を利用するかは重大な関心事であるから、右の規定には合理的な根拠がある。
六 被告前田の抗弁に対する原告の答弁
1 1の(一)ないし(三)のうち、原告が被告前田に対しその主張の金銭を貸し付けた事実を認めるが、その余の事実を否認する。
2 2の(一)ないし(三)の事実をいずれも否認する。
3 3の主張を争う。
七 被告会社の抗弁に対する原告の答弁
1 1の主張を争う。
2 2のうち、原告が被告前田の代理人として被告会社に対し本件会員権譲渡の意思表示をした事実を認めるが、その余の主張を争う。
原告は、昭和五九年四月四日被告会社に対し、被告前田の代理人として本件会員権譲渡の通知をした上、本件会員権の会員証(預り金証書)を預け入れた。これによって被告前田は、本件会員権譲渡の通知をなし、被告会社は、これを承諾した。
3 3のうち、クラブ規則にその主張の定めが規定されている事実を認めるが、その余の主張を争う。
本件会員権は財産権として譲渡の対象となるものであるから、通常人であれば譲渡を受けることができるのであり、合理的な理由もなくこれを制限することは許されない。原告は、人格的にも資力的にも資格に欠けるところがない。
第三証拠関係《省略》
理由
一 《証拠省略》によれば、原告は、被告前田廣に対し、昭和五七年夏に二五〇万円、同年暮に二五〇万円をそれぞれ貸し付けた事実を認めることができる。《証拠判断省略》
原告は、請求原因1において、「昭和五八年九月二二日ころ二五〇万円、同年一〇月二四日ころ二五〇万円をそれぞれ貸し付けた。」と主張するのであるが、右の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
二 請求原因2の事実は、原告と被告前田との間に争いがない。
《証拠省略》によれば、請求原因2の事実を認めることができる。
右の事実によれば、原告は、昭和五八年一〇月二四日ころ被告前田との間に本件会員権について代物弁済契約を結び、原告が本件会員権を取得したときには、その価額に相当する債務を消滅させるとの約定をしたものということができ、被告前田は、原告のため、被告会社に対し、本件会員権についてその名義を被告前田から原告へ変更する手続を執るべき義務を負ったものというべきである。
三 被告前田は、前記代物弁済契約における被告前田の意思表示に要素の錯誤があったと主張するので、これについて考察する。
まず、被告前田は、原告から借り受けた昭和五五年一二月の三〇〇万円、昭和五六年六月の二〇〇万円、昭和五七年三月の二〇〇万円の債務について利息制限法の規定による過払があったと主張するのであるが、前記一に認定したとおり、右とは別個の消費貸借契約が存在していたのであるから、被告前田の右の主張事実は代物弁済契約の成否に消長を及ぼさない。
また、《証拠省略》によれば、被告前田は、昭和六〇年一一月一五日原告方において、弁護士黒川厚雄から協力を求められ、これに応じて、「被告前田は、本件会員権を原告に譲渡することを承諾した。これを改めて確認する。名義書替に必要な書類があったら、何時でも協力する。現在進行中の裁判については全部認諾する。」旨を記載した「確認書」を作成し、これを黒川弁護士に交付した事実を認めることができ、被告前田は、第一回供述において、「金銭を借りているので、会員権は要らないと思い、認諾するつもりであった。」と供述している。更に、被告前田は、第二回供述において、「利息制限法の関係で債務が無いと言いたいのではない。訴状を見て、騙されたと思った。自分が訴訟の『被告』とされていたので、慎慨した。」旨を供述している。
したがって、被告前田の第一、二回供述によっては、要素の錯誤があったとの事実を認めるのに十分でなく、他に被告前田の右の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
四 《証拠省略》によれば、被告前田は、原告に対し、五〇〇万円の債務について、昭和五九年三月から利息の支払をしなくなり、その元本も支払っていない事実を認めることができる。
右の事実によれば、原告前田は、原告のため被告会社に対し、前記代物弁済契約に基づく名義変更手続を履行すべき時期に至ったものというべきである。
五 《証拠省略》によれば、原告は、昭和五九年四月四日被告会社に赴いて、被告会社に対し、本件会員権について「名義を原告に変更してもらいたい。」と申し入れたところ、「名義書替手続の停止中」という理由で、これを拒絶され、その日に本件会員権の「預り金証書」を被告会社に預け入れた事実を認めることができる。また、《証拠省略》によれば、被告前田は、昭和五八年一〇月二四日原告に対し、本件会員権の名義変更に関する一切の権限を委任した事実を認めることができるところ、原告訴訟代理人が昭和六〇年四月二六日の口頭弁論期日において、被告会社に対し、「原告は、譲渡人被告前田の代理人として、本件会員権を原告に譲渡したことを通知する。」と述べた事実は、当裁判所に顕著である。
六 クラブ規則一一条に「会員資格保証金に基く会員資格は会社の承認を得て譲渡することができる。」と規定されている事実は、被告会社と原告との間に争いがない。そして、原告は、本件会員権を取得して、東千葉カントリー倶楽部の週日会員になろうというのであるから、クラブ規則の定めに従って入会の手続を執るべきものというべきであり、《証拠省略》によれば、被告前田が本件会員権を原告に譲渡するについては、被告会社の承認を得なければならないのであり、被告前田は、被告会社に退会届を提出して、その承認を得なければならず、原告は、被告会社に所定の入会手続を行って、被告会社の入会許可を得なければならない事実を認めることができる。
原告は、本件訴訟において、被告会社に対し本件会員権の譲渡について承認を求めるというのであるが、《証拠省略》によれば、被告会社は、会員資格の譲渡に関する業務を昭和六一年九月一日から開始したところ、原告は、入会に必要な書類として、入会承認申請書、推薦保証書、経歴書、戸籍謄本、住民票、印鑑証明書、写真、入会申込書、他クラブの在籍証明書、上記クラブのハンディキャップ証明書及び誓約書を被告会社に提出した上、入会資格審査を受けなければならない事実を認めることができるのであるから、右のような入会手続を行わないで(原告がその入会手続を行っていないことは弁論の全趣旨から明らかである。)、被告会社に対し本件会員権譲渡の承認を訴求することには問題がある。これについては、原告が訴訟外において所定の入会手続を行うことを前提として、直ちに、「原告の入会を承認せよ。」と命ずるべきであるとの見解、あるいは「原告が所定の入会手続を行ったときには、その入会を承認せよ。」と命ずるべきであるとの見解もあり得るものと思われる。しかし、右に認定した入会に必要な書類のうちには、これを整えるのに容易でないもの(他クラブの在籍証明書及びハンディキャップ証明書)がある上、入会資格審査も形式的に済むものとは限らないのであるから、そのような不確定な要因を持つ前提事実を無視し、あるいはこれを条件として、前記のような承認の意思表示を命ずるべきであるとする見解は、いずれもこれをたやすく採用することができないものというべきである。
すなわち、原告の被告会社に対する訴えは、まだその機を熟するに至っていないものと見るのが相当であって、将来の給付の訴えとしての要件も満たしていないものというべきである。
七 そうすると、被告前田に対し本件会員権の名義を原告名義に変更する手続をすることを求める原告の請求は正当であり、これを認容すべきであるが、原告の被告会社に対する訴えは不適法なものであるから、これを却下すべきである。
そこで、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。
(判事 加藤一隆)
<以下省略>