千葉地方裁判所 昭和59年(行ウ)3号 判決 1987年12月21日
原告
城侑
外二四名
原告ら訴訟代理人弁護士
福田光宏
同
滝沢繁夫
同
中嶋親志
被告
環境化工機株式会社
代表者代表取締役
大野昌男
訴訟代理人弁護士
相良有一郎
被告
石井英朗
訴訟代理人弁護士
重松彰一
右復代理人弁護士
森本輝司
主文
一 原告らの被告らに対する本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 申立て
一 原告ら
1 被告らは我孫子市に対し各自金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年七月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 第1項につき仮執行宣言。
二 被告ら
1 本案前の答弁
主文第一項と同旨。
2 本案に対する答弁
(一) 原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 主張
一 原告らの請求原因
1 当事者
(一) 原告らは、いずれも我孫子市(以下「市」という。)の住民である。
(二) 被告環境化工機株式会社(以下「被告会社」という。)は、旧商号を東海工機株式会社と称し、汚泥処理施設の施工等を目的とする会社である。
(三) 被告石井英朗(以下「被告石井」という。)は、もと市の助役の地位にあつたもので、現在市の市会議員である。
2 本件公金支出
(一) 市においては、請負金額が三〇〇〇万円未満の請負工事契約に関する支出負担行為及び三〇〇〇万円未満の支出命令は、助役の専決事項とされていた。
(二) 被告石井は、市の助役として、昭和五七年三月、被告会社に対し、後記の有機性汚泥燃料化プラント(以下「本件プラント」という。)建設工事に関し、汚泥発電プラント施設実施設計及び工事管理業務委託料として五六二万円、補助燃料供給設備建設代金として一四三八万円の合計二〇〇〇万円の支出行為をなした(以下これを「本件公金支出」という。)。
3 本件公金支出がなされるに至つた経緯
(一) 市は、昭和五五年ころ、市内に排出される下水、し尿等の有機性汚泥処理のため、有機汚泥の脱水、自然燃焼(以下単に「自燃」という。)、発電を内容とする本件プラントの建設を計画した。
右計画は訴外五味吉男(旧姓中村、以下「五味」という。)の助力の下に行われた。
(二) そして同年八月二一日、市、市の外郭団体である訴外財団法人我孫子市都市建設公社(以下「公社」という。)、通商産業省の外郭団体である訴外財団法人クリーン・ジャパン・センター(以下「ジャパン・センター」という。)及び訴外富士電機製造株式会社(以下「富士電機」という。)の四者間において、右記のような内容を骨子とする合意がなされた。
(1) 有機汚泥の自燃を可能にし、自然エネルギーを利用して発電し、これを有効利用すること
(2) 本件プラント建設はジャパン・センターが施主となつて行い、実証実験終了後、通商産業大臣の承認を経て、本件プラントの所有権は市に譲渡されること
(3) 必要な技術提供は、富士電機が行うこと
(4) 建設費用は、ジャパン・センターが一億七〇〇〇万円、公社が一億九八〇〇万円を、それぞれ負担すること
(三) 次いで、同年九月二日、ジャパン・センターと富士電機間において、本件プラント建設工事の請負契約が締結され、同年一〇月起工式、同五六年五月二五日竣工式がそれぞれ行われて、本件プラントはジャパン・センターに引き渡された。
(四) ところが、本件プラントには、最も主要な目標である汚泥の自燃が果たされないという重大な欠陥が存することが明らかになつた。
(五) 右欠陥の最大の原因は、本件プラントに煙道バイパスが欠けていることであつたが、富士電機は、右煙道バイパスの設置等の改良工事を行い、その結果本件プラントは、翌五七年三月ころ、ようやく自燃するに至つた。
(六) ところが、その間の昭和五六年一〇月末ころ、被告会社は、本件プラントの燃焼炉(以下単に「炉」という。)について、砂もどし、炉底、投入口の三か所の改造工事(以下これを「本件改造工事」という。)を行つた。
(七) そして、被告会社は、昭和五七年一月一一日、市に対し、本件改造工事代金として五〇四二万円の支払を請求し、これに対して被告石井は、同年三月、本件公金支出をなした。
4 本件公金支出の違法性
(一) 被告会社は、市との間に何ら契約関係がなかつたのに、独断で本件改造工事を行つたものであるから、市にはその工事代金を支払うべき義務がなかつた。
市は、後日に至つて、被告会社との間で本件改造工事の請負契約書を作成し、あたかも事前に右工事の請負契約が締結されていたかのように仮装した上、これに基づいて本件公金支出をなしたものである。
(二) 仮に、市と被告会社間に本件改造工事に関する請負契約が締結されていたとしても、右契約は、地方自治法(以下「法」という。)二三四条二項、法施行令一六七条の二(別表第三)により、一般競争入札によるべきものであつたのに、これに反し、随意契約によつて行われたものであるから、無効である。
そして、このように無効の契約に基づいてなされた本件公金支出は違法である。
(三) 本件改造工事については、これにより何らかの炉の改良ももたらされなかつたから、代金の支払を相当とするものではなかつた。
(四) 本件改造工事の対象とされた炉は、未だ市の所有若しくは管理に移されておらず、またその所有者若しくは管理者から本件改造工事の依頼を受けたものでもなかつたから、市は、これについて本件改造工事の請負契約を締結する法的根拠も権限も有しなかつた。
(五) 更に、本件公金支出は、市の予算の定めに従うことなくなされたものであるから、法二三二条の三にも反し、違法である。
5 市の損害
市は、本件公金支出により、二〇〇〇万円の損害を蒙つた。
6 被告会社の利得及び責任
(一) 被告会社は、市から二〇〇〇万円の支払を受けたが、それは法律上の原因がないものであり、しかも、被告会社はそのことを知つていたから、民法七〇三条、七〇四条に基づき、これを市に返還すべき義務がある。
(二) 仮にそうでないとしても、被告会社は、被告石井と共同して、本件改造工事に関する契約書等の文書を偽造し、事前に請負契約が締結されていたかのような外観を作出した上、市に違法な本件公金支出をさせたものであるから、民法七〇九条に基づき、市が蒙つた前記損害を賠償すべき義務がある。
7 被告石井の責任
被告石井は、市の助役として、市の財産を管理、擁護すべき立場にあつたのに、被告会社と共同して本件改造工事に関する契約書等を作成し若しくは作成させた上、違法に本件公金支出をなしたものであるから、民法四一五条、若しくは七〇九条に基づき、市が蒙つた前記損害を賠償すべき義務がある。
8 市の権利不行使
市は、被告会社に対する不当利得返還請求権若しくは損害賠償請求権の行使を、被告石井に対する損害賠償請求権の行使を、それぞれ怠つている。
9 監査請求
原告らは、昭和五九年三月三日、市監査委員に対し、前記8の被告らに対する権利を行使する措置をとることを求める旨の監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行つたが、同監査委員は、同年四月二九日から同年五月二日までの間に原告らに対し、右監査請求を受理すべきか否かについて合意が調わなかつたから監査をしない旨の通知をなした。
10 よつて、原告らは、被告会社に対しては法二四二条の二第一項四号後段(怠る事実に係る相手方に対する不当利得返還請求若しくは損害賠償請求)に基づき、被告石井に対しては法二四二条の二第一項四号前段(当該職員に対する損害賠償請求)又は同号後段(怠る事実に係る相手方に対する損害賠償請求)に基づき、いずれも市に代位して、損害金二〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日である昭和五九年七月一二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して市に対し支払うことを求める。
二 被告らの本案前の主張
1 原告らは、本件監査請求につき、市監査委員から、「監査委員二人の意見が調わず、監査をしない」旨の通知を受けたというものであるから、本件監査請求は不適法であつたということにほかならない。
そうだとすると、本件訴訟は、適法な監査請求を経ていないことになるから、不適法である。
2 本件公金支出は昭和五七年三月一〇日ころなされたものであるところ、本件監査請求は、昭和五九年三月三日になされたものであつて、法二四二条二項に定める期間内になされなかつたから、不適法である。
したがつて、本件訴訟も不適法である。
三 被告らの本案前の主張に対する原告らの反論
本件監査請求は、本件公金支出が行われて一年を経過した後になされたものであるが、左の理由により適法なものであつた。
1 本件監査請求については、法二四二条二項の期間の制限はないと解すべきである。
(一) 法二四二条一項の「違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」(以下「怠る事実」という。)に係る請求については、同条二項の適用はないと解すべきところ、市が被告らに対して既に発生している前記請求権の行使を怠つていることは「公金の徴収」を怠る事実に該当し、また、その債権の消滅時効が進行するままに放置することは「財産の管理」を怠る事実に該当するものである(最高裁判所昭和五三年六月二三日判決、大阪高等裁判所昭和五九年五月三一日判決参照)。
(二) また、法二四二条二項の法意は、法的安定の見地から公金の支出の相手方を保護することを目的としたものであり、取引の安全保護と軌を一にするものと解されるが、相手方に法的安定の利益を享受させる根拠を欠いている場合には、監査請求期間制限の適用がないものと解すべきである。
本件の場合、被告会社には何ら法的安定の利益を享受させるべき根拠がないから、監査請求について期間制限の適用を考慮すべき理由はない。
(三) 更に、不法行為に基づく損害賠償請求権は、行政行為が無効とされることによつて発生したものではなく、これとは別個の行為によつて発生したものであつて、賠償すべき損害額も支出された公金額と常に一致するものではなく、法的安定を考慮する必要性もないから、その損害賠償請求権の不行使を怠る事実に当たるものとして監査請求をする場合には、期間の制限がないものというべきである。
2 仮に、本件監査請求について期間の制限があつたとしても、原告らには、法二四二条二項ただし書所定の正当な理由があつた。
(一) 本件の場合、合法性を装うため、本件改造工事完了後、その代金支出直前に至つて、請負契約書が日付をさかのぼらせて作成されるなどの工作が行われ、市議会議員でさえもこれを一年以内に知ることが不可能であつたもので、昭和五八年三月の市議会において、初めて本件の端緒が発覚し、引き続き設置された「汚泥燃料化プラント建設に関する調査特別委員会」(以下「特別委」という。)が同年四月一三日から同年九月二九日までの間に一六回にわたつて開催され、その審議の中で本件公金支出の経緯等がある程度明らかにされたものである。
しかしながら、特別委の調査によつても、本件公金支出自体は明らかにされたものの、その内容は不完全なものにとどまり、特別委も、その全容を充分に解明しないまま幕を閉じた。
(二) なお、特別委の傍聴には委員長の許可が必要であり(条例一七条一項)、現実には傍聴者もなかつた。
(三) 原告らが本件公金支出の事実を知つたのは、特別委の議事録が閲覧可能となつた昭和五九年以前ではあつたが、その違法、不当性を実際に知り若しくは知り得たのは右議事録が閲覧可能となつた後の昭和五九年一月下旬ないし二月にかけてであつた。
(四) しかしながら、右議事録は部厚く、内容も複雑を極めており、また本件は有機性汚泥プラントという全国でも初めての試みに係る複雑かつ難解な科学技術の問題に係わるもので、特別委においても不充分な解明に終わつたことなどから、原告らが特別委終了後直ちにその概要を把握するのは困難であり、更に関連資料の収集、調査、検討のためには相当の期間が必要であつた。したがつて、原告らが昭和五九年三月三日に至つて本件監査請求をしたとしても、それは遅きに失するものでなかつた。
四 本案前の主張に対する被告らの再反論
1 被告ら
(一) 法二四二条二項ただし書所定の「正当な理由」とは、当該行為が極めて秘密裡に行われ、一年を経過した後初めて明るみに出たような場合等であつて、一年を経過したものであつても、特にその請求を認めなければ著しく正義に反すると考えられる場合のみに限られるべきものであり、その場合においても、請求の期限は当該行為が判明した後合理的相当期間としての最小限度に制限されるべきである。
(二) 本件公金支出は、通常の支払行為手続によつて行われたもので、何ら秘密裡に支払われておらず、昭和五六年度歳入歳出決算書・事項別明細書において概括的にまとめて計上され、同五七年九月開催の定例市議会に提出され、報告されたものであつたから、原告らが同明細書を仔細に検討し、その内訳、支出先を調査すれば、同年九月末ころには監査請求をすることが可能であつたし、更に、市は同五八年三月一六日開催の三月定例市議会において、市長が本件紛争の一部を説明し、同月二三日開催された市議会予算審理特別委員会の審査会においても、関係質疑が行われており、同月二五日特別委が設置され、以後原告ら主張のとおり同委において審議されたのであるから、原告らは、遅くとも同年三月末ころにはその詳細を知つたものである。
したがつて、原告らには、法二四二条二項ただし書所定の正当な理由がなかつた。
(三) 仮に原告らが事案の詳細を知るのに困難な状況の下にあり、また監査請求をするのに準備が必要であつたとしても、同五八年三月末若しくはそれに続く数週間程度の間には監査請求をすることが可能であつたというべきである。
2 被告会社
原告らは、怠る事実に係る請求については法二四二条二項の期間制限の適用はないと主張するけれども、原告らの被告会社に対する請求権は、結局本件公金支出の違法、不当を原因としているものであるから、右の制限を受けない場合には該当しない。
3 被告石井
原告らは、本件公金支出によつて被告石井に対する損害賠償請求権が発生し、その不行使が法二四二条一項後段の怠る事実にあたると主張するが、同項に定める「財産」には、「公金」はもちろんのこと、支払われた公金の変形たる債権も含まれないことが明らかであるから、右主張は失当である。
五 請求原因に対する被告らの答弁
1 被告会社
(一) 請求原因1のうち、(二)(三)の事実は認めるが、(一)の事実は知らない。
(二) 同2のうち、(二)の事実は認める。
(三) 同3の事実はすべて認める。
(四) 同4ないし6及び8のうち、本件改造工事に関する請負契約書が、後日作成日付をさかのぼらせて作成されたことは認めるが、その余の事実はすべて争う。
本件プラントの炉の自燃のためには、煙道バイパスの設置と炉の改良が必要であることが明らかとなり、前者は富士電機が、後者は被告会社が行うこととなり、被告会社は、昭和五六年九月下旬ころ、市との間で、本件改造工事の請負契約を締結した。ただし、市においてはその予算がなかつたため、当時市において計画していた補助燃料供給設備計画のうちの炉改造費用をもつて充てることとしたものである。右の計画は、プラントの炉の立ち上り(汚泥が自燃に至ること)のために炉を一定の温度まで上昇させるための設備で、そのエネルギー源として生ゴミを利用しようとするものであつて、これを稼働させるためには炉の改造工事が必要であつたものである。
そこで、被告会社は、昭和五六年一〇月五日本件改造工事に着工したが、予想に反して難工事となつたため、同年一二月四日にこれを完成した。そして、被告会社は、翌五七年一月一一日市に対し五〇四二万円の見積書を提出して、その支払を請求し、同年三月一六日から前記二〇〇〇万円の支払を受けて、同月下旬ころ本件改造工事の請求契約書を作成した。
(五) 同9のうち、原告らが原告ら主張の日に本件監査請求をした事実は認めるが、その余の事実は知らない。
2 被告石井
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2のうち、(二)の事実は認める。
(三) 同3の事実はすべて認める。
(四) 同4、5、7、8のうち、本件改造工事に関する請負契約書が、後日作成日付をさかのぼらせて作成されたことは認めるが、その余の事実はすべて争う。
本件公金支出に至つた経違は次のとおりである。
(1) 市は、全国に先がけて、下水汚泥、し尿汚泥の終末処理につき、これを燃焼させて電気エネルギーとし、その燃焼灰を肥料等として資源の再利用と処理費の低減化を図る汚泥燃料発電プラント実現の企画を有していた。
(2) 他方、政府の外郭団体として設立されたジャパン・センターは、廃棄物の再利用の調査、研究、更には政府補助による廃棄物の再資源化のプラントを建設し、これを普通地方公共団体等に実験委託して実証実験を行い、その実験終了後はプラントを普通地方公共団体に譲渡するものとしていた。
(3) そこで市は、前記(1)の企画を、右(2)の方式により実現するため、五味に対し、昭和五五年三月初旬ころ、その技術的指導協力を依頼し、同人の指導、協力によつて、本件プラントの建設を計画立案し、本件プラントは、同年七月一五日国庫補助事業として通商産業省から認可され、次いで同月二五日市議会の承認を得て、実行に移された。
(4) そして、概ね原告ら主張のとおりの経過により、本件プラントは建設され、その引渡しが行われて、昭和五六年七月中旬から試運転調整に入つたが、脱水汚泥の自燃の基本目標が達成されなかつた。
(5) ところで、市は、同年一一月一六日から東京都において開催される予定であつたジャパン・センター主催の第一回廃棄物再利用、再資源化に関する国際会議までに、本件プラントを完全な状態で作動させたかつたことから、その期限までに炉を改良して、自燃の目的を達成するための検討を行つた。
(6) なお市においては、昭和五四年一二月ころからゴミ等一般廃棄物焼却処理施設を本件プラントの炉と結合して設置し、右両施設を効率的に利用しようとする計画を有していたところ、右検討の結果、本件プラントの自燃のためには煙道バイパスを設置するとともに、熱量の大きいゴミ等一般廃棄物をも焼却するための炉の改造工事が必要であるとの結論に達した。
(7) そこで市は、昭和五六年九月ころ、煙道バイパス設置工事を富士電機に請け負わせ、併せて、本件改造工事を被告会社に請け負わせることとした。
(8) したがつて、市は、被告会社に対しては、本件改造工事の請負代金としてその支出をしたものであり、また五味に対しては、それまで支払われていなかつた本件プラント実施設計等業務委託報酬としてその支出をしたものであつて、本件公金支出はいずれも正当な公金の支出であつた。
(五) 同9のうち、原告らが原告ら主張の日に本件監査請求をした事実は認めるが、その余の事実は知らない。
第三 証拠<省略>
理由
一原告らは、被告らに対し、法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、市に代位して不当利得返還の請求又は損害賠償の請求をするというのであるから、その訴えが適法なものとなるためには、原告らが事前に法二四二条一項の規定による監査請求を経たことを必要とする。
ところで、<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、その認定を左右するに足りる証拠はない。
1 原告らは、現に市の住民であるが、昭和五七年三月当時には既に市の住民になつていた。
2 被告石井は、昭和五七年三月当時市の助役であつたが、助役として、同月一六日被告会社に対し、請求原因2の(二)の二〇〇〇万円を支払い、本件公金支出をなした。
3 原告らは、昭和五九年三月三日市監査委員に対し、「市長に対し、『市長は、被告会社に対し違法に支払われた金二〇〇〇万円の返還を請求すると同時に、前助役石井英朗、市長渡辺藤正個人にその損害賠償責任を果たさせるという方法を利用し、市の損害を完全に回復する措置をとれ。』との勧告を行うよう求める。」との本件監査請求をした。
4 市監査委員は、同年四月二八日、本件監査請求に係る審査結果について通知書を作成し、その通知書を原告らに送達した。
右の通知書において、篠崎金之助代表監査委員は、「本件監査請求は当該行為の終了した日から一年を経過し、しかも正当な理由とは認め難いので、法二四二条二項の規定により却下することが妥当と思考する。」とし、飯塚恒吉監査委員は、「原告らは、昭和五八年三月二五日設置された特別委において初めて明らかとなつたものであり、一般市民では到底知り得ないものである。当該事実を知り得た日から一年以内は受理されるべきものであるから、本件監査請求は受理されるものと判断する。」として、市監査委員は、審査の結果を「慎重に検討し、協議を重ねたが、受理又は却下について合意が調わなかつた。」とした。
二原告らは、本件監査請求については法二四二条二項本文の規定が適用されないと主張するので、この点について考察する。
1 原告らは、被告会社に対しては、法二四二条の二第一項四号後段の規定に基づき、怠る事実に係る相手方に対する不当利得返還の請求又は損害賠償の請求をするというのであり、被告石井に対しては、同項四号前段又は後段の規定に基づき、当該職員に対する損害賠償の請求又は怠る事実に係る相手方に対する損害賠償の請求をするというのである。そして、原告らは、本件監査請求は法二四二条一項の規定に係る怠る事実に関するものであつたと主張する。
2 ところで、法二四二条一項の規定による怠る事実に係る監査請求については、同条二項の規定が適用されないものと解されている(最高裁判所昭和五二年(行ツ)第八四号、昭和五三年六月二三日第三小法廷判決、裁判集民事一二四号一四五頁参照)。
しかしながら、その監査請求が、当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもつて財産の管理を怠る事実としてなされているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあつた日又は終わつた日を基準として、法二四二条二項の規定を適用すべきものと解するのが相当である。けだし、法二四二条二項の規定により、当該行為のあつた日又は終わつた日から一年を経過した後にされた監査請求は不適法とされ、当該行為の違法是正等の措置を請求することができないものとしているにもかかわらず、監査請求の対象を当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより同項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば、法が同項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるものといわざるを得ないからである(最高裁判所昭和五七年(行ツ)第一六四号、昭和六二年二月二〇日第二小法廷判決、民集四一巻一号一二二頁参照)。
3 前記甲第五号証によれば、本件監査請求は、被告石井が助役として本件公金支出をしたことにつき、その財政支出は法二三二条の三の規定に従い、予算の裏付けを伴う契約によらなければならなかつたのに、これに違反した違法、無効なものであつたとして、前記一の3に認定した是正措置を求めるものであつた事実を認めることができる。そして、右の事実と原告らの主張に照らせば、原告らは、本件公金支出が違法、無効なものであつたから、市は、これに基づき、被告会社に対し不当利得返還請求権又は損害賠償請求権を、被告石井に対し損害賠償請求権をそれぞれ行使することができるのに、これを行使しないでいることは違法に財産の管理を怠る事実に該当するとして、本件監査請求に及んだものと認めることができる。
原告らは、被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権は、本件公金支出が違法、無効なものであつたこととは別個の行為によつて発生したものであるから、これによる損害賠償請求権の不行使を怠る事実として監査請求をする場合には期間制限の規定が適用されないと主張する。しかし、原告らが右の主張に係る事由による損害賠償請求権の不行使を怠る事実として法二四二条一項所定の監査請求をしたとの事実を認めるに足りる証拠はないのであるから、原告らの右の主張は失当である。
また、原告らは、怠る事実の相手方に法的安定の利益を享受させるべき根拠がない場合には期間制限の規定が適用されないと主張する。しかし、住民監査請求の制度は、普通地方公共団体の財政の腐敗防止を図り、住民全体の利益を確保する見地から、当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の違法若しくは不当な財務会計上の行為又は怠る事実について、その監査と予防、是正等の措置とを監査委員に請求する権能を住民に与えたものであつて(前掲最高裁判所昭和六二年二月二〇日判決参照)、法的安定性の見地から、監査請求に期間の制限を設けているのであるから、このような法意に照らせば、原告らの主張を採用するのは相当でない。
したがつて、本件監査請求については、怠る事実に係る請求権の発生原因とされた本件公金支出が行われた日の昭和五七年三月一六日を基準として、法二四二条二項の規定を適用すべきこととなる。
これによれば、原告らは、右の基準日から一年を経過した後に本件監査請求をしたこととなる。
三そこで、原告らは、本件監査請求について法二四二条二項ただし書の規定による「正当な理由」があつたと主張するので、この点について考察する。
1 前記一に認定した事実、<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、その認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 原告らは、昭和五九年三月三日市監査委員に対し本件監査請求をして、その要旨を次のとおり述べた。
(1) 市は、市内から排水される有機汚泥(下水・し尿)の処理とその有効利用を計画し、その手段として汚泥を自燃させ、発生する熱エネルギーを用いて発電を行い、市民生活に活用するというプラント(本件プラント)を計画した。
(2) 本件プラントの建設は、完成、実験終了後は市へ移管される条件で、通商産業省の外郭団体であるジャパン・センターが事業主体となつて行うこととし、ジャパン・センターは、昭和五五年九月二日本件プラントの建設を富士電機に発注した。
(3) 本件プラントは、昭和五六年五月二五日竣工式を迎えたが、肝腎の自燃が成功しなかつたので、富士電機は、引き続き炉の改造に当たつていた。
(4) ところが、同年一〇月ころ被告会社が突如無断で炉の改造工事を行い、その工事代金として市に対し、五〇四二万円の請求をした。
(5) 本件プラントは市に移管される以前の段階にあり、市は、炉の改造を行うことができず、被告会社の請求に応ずるべき立場になかつたが、当時の助役被告石井は、その請求に応ずる意向を示し、担当職員に指示を与えて、法的根拠のない架空の契約書等を過去にさかのぼらせて作成させ、翌五七年三月被告会社に対し二〇〇〇万円の支払を行つた。
(6) この種の財政支出は、法二三二条の三の規定によつて予算の裏付けの伴う契約によらなければならないが、右の支払はこの規定に違反した違法、無効なものであり、これは既に市議会においても明らかにされている。
(7) そこで、原告らは、前記一の3に認定した勧告を行うよう求める。
(二) 被告会社は、昭和五七年一月市に対し、本件改造工事の代金として五〇四二万円を支払うよう請求した。
被告石井は、助役の専決処分として、同年三月一六日被告会社に対し、請求に係る金額のうち二〇〇〇万円を支払つた。これに伴い、被告石井は、その支出を裏付けるものとして、そのころ担当職員に命じた上、発注者を市長、請負者を被告会社、工事名を補助燃料供給設備建設工事、請負代金を一四三八万円、作成日付を昭和五六年九月二五日とした「工事請負契約書」と委託者を市長、受託者を環境システム研究室五味、契約内容を汚泥発電プラント施設実施設計及び工事監理業務、委託金額を五六二万円、作成日付を同年四月六日とした「委託契約書」を作成させた。
(三) 市の収入役は、昭和五六年度歳入歳出決算書・事項別明細書(以下「決算書」という。)を作成し、市長は、右の決算書を昭和五七年九月に開催された市議会の定例会に提出した。
決算書において、五味あてに支払われた五六二万円は、じん芥処理費の目(三目)の委託料の節(一三節)の支出済額五〇四〇万二七九八円の一部として計上されて、その備考欄に「発電プラント施設実施設計五六二万円」と記載され、また、被告会社あてに支払われた一四三八万円は、同じ目(三目)の工事請負費の節(一五節)の支出済額一億〇五二八万円の一部として計上され、その備考欄に他の支出済額と合わせて「補助燃料供給設備工事八三八八万円」と記載された。
市議会は、前記定例会において、昭和五六年度の決算につき、決算書の記載に従つて審議を遂げ、昭和五七年一二月ころその決算を決算書記載のとおり認定した。なお、右の定例会においては、本件プラントにつき手直し工事が行われたこと、これにき若干の紛争が生じたことについて質疑が行われた。
(四) 昭和五八年第一回市議会定例会が同年三月八日に招集されたが、同月一六日に開催された定例会において、同議会の議員が、本件プラントの建設工事に関し、プラントの設計監理者として関与した五味の身分について、経歴詐称等の問題があるのではないかと質問を行い、これを発端として、本件プラントの建設工事に関連して市が支払つた本件公金支出について疑惑があるとの問題が提起された。
(五) 同月二三日に開かれた市議会予算審査特別委員会においては、五味と富士電機との間の身分関係、本件改造工事に関する市と被告会社との間の請負契約締結の存否、本件公金支出の法的根拠等について、出席委員と市経済環境部長訴外滝口昭との間で激しい質疑応答が行われ、らちが明かないと見た委員から、本件公金支出をめぐる疑惑を解明するため特別委員会を設置したらどうかとの提案がなされた。
(六) 同月二五日に開かれた市議会定例会において、市議会会議規則一〇条の規定に基づき、同議会議員から提出された「汚泥燃料化プラント建設に関する調査特別委員会設置決議案」が可決され、市議会は、法一〇〇条一項の規定に基づき、一一人の委員をもつて構成する特別委を設置した上、特別委に対し、「五味に対する疑惑について」及び「本件プラント改善工事費請求に係わる疑惑について」調査を行うことを付託した。
特別委の設置については、同月二七日の読売新聞や東京新聞等により、本件公金支出をめぐる疑惑の内容等とともに、「百条委で疑惑追及」等の見出しで報道され、更に同月二九日付の市議会事務局の編集発行に係る「あびこ議会だより」によつて、「本件プラントの建設工事に関し、不明朗な点が指摘されたため、この疑惑を解明するため、一一人の委員をもつて構成する調査特別委員会が設置された」と広報され、一一人の委員の氏名も公表された。
(七) 特別委は、議事堂第一委員会室において、同年四月一三日から九月二九日までの間に一六回の会議を開き、六月二日の第五回会議から八月二六日の第一三回会議までの間に延べ二八人の証人を尋問したほか、その前後の会議において、市長その他市職員から事情の説明を受けた。
特別委は、会議の傍聴を禁止しなかつたので、一般市民でも委員長の許可を得て傍聴することができた。
特別委は、九月二一日の第一五回会議において、証人として証言をした五味、滝口昭及び訴外五味重孝(被告会社社長)の三人を偽証罪(法一〇〇条七項)により告発の手続をとることを決め、同月二九日までに調査報告書をまとめることを決めた。
特別委は、同月二九日の最終日に報告書を検討し、その報告書をもつて委員会の決定とした。
市議会は、同月二九日、法一〇〇条九項本文の規定に基づき、右の三人を偽証罪で告発することを議決した。
右の告発の議決については、同月三〇日付の朝日新聞、読売新聞等により、「汚泥燃料化プラント疑惑、、三人を偽証で告発へ」等の見出しで、本件公金支出をめぐる疑惑の内容等とともに、大きく報道された。
また、特別委の議事録は、遅くとも昭和五九年一月ころまでに印刷製本され、市議会から「汚泥燃料化プラント建設に関する調査特別委員会会議録」として発行された。
(八) 市議会は、特別委による調査とは別個に、第一回定例会以降引き続いて、本件公金支出をめぐる疑惑を議題に取り上げ、その質疑応答の要旨は、昭和五八年四月二九日付、九月二九日付の各「あびこ議会だより」等によつて広報された。
(九) 原告城侑は、NHKサービスセンターの職員であり、昭和五七年三月ころ市民となつたが、昭和五九年一月一六日ころ、市議会議員による議会報告を兼ねた新年会に出席して、本件プラントの建設工事及び本件公金支出について疑惑が持たれたことを知つた。
原告城は、そのころに至るまで市の財政について関心を持つたことがなく、昭和五八年三月に特別委が設置されたことも知らなかつたし、特別委がどのような調査をしたのかも知らなかつた。
その新年会には多数の者が出席したが、その者たちも、その時まで本件公金支出をめぐる疑惑について関心を持つていなかつた。
原告城らは、その後資料を収集するなどして、本件監査請求をした。
2 ところで、法二四二条二項が監査請求をすることのできる期間を原則として「当該行為のあつた日又は終わつた日から一年」と制限した趣旨は、当該行為が普通地方公共団体の機関又は職員の行為である以上、その法適合性をいつまでも争い得る状態にしておくことは法的安定性の見地から望ましくないので、これを可及的速やかに確定させようとしたことにある。そして、同項本文は、監査請求期間の始期を「当該行為のあつた日又は終わつた日」として、「当該行為のあつたことを知つた日」としていないのであるから、単に当該監査請求の対象となる行為を知り得なかつたというだけでは、同項ただし書の「正当な理由」があつたものということはできない。
右のような法の趣旨及び同条項の文言に照らせば、同項ただし書の「正当な理由」があつたか否かについては、注意深い住民が相当の方法により探索した場合に、客観的に当該行為を探知することが可能であつたか否かを基準として判断すべきものであり、しかも、そのような状況が到来した時から監査請求をするのに相当な期間内にその請求がなされた場合にのみ、期間の徒過について「正当な理由」があつたものとするのが相当である。
3 そこで、本件監査請求について見るに、前記1に認定した事実によれば、次のように判断するのが相当である。
(一) 本件公金支出に関する「工事請負契約書」及び「委託契約書」は、昭和五七年三月ころ作成されたものであるが、昭和五六年度の決算書は、右の各契約書の内容に符合するように作成されて、昭和五七年九月の市議会定例会に提出され、同年一二月ころ市議会の認定を受けたのであるから、これによれば、本件公金支出が殊更に秘密裡に行われたものと見るのは相当でない。
(二) 昭和五八年第一回市議会定例会において、本件公金支出について疑惑があるとの問題が提起され、その疑惑を解明するため調査特別委員会を設置する必要があると提案されて、同年三月二五日委員一一人をもつて構成する特別委が設置された。このことは直ちに新聞の報道及び「あびこ議会だより」による広報によつて一般に流布された。
(三) 特別委は、同年四月一三日から九月二九日までの間に一六回の会議を開き、延べ二八人の証人を調べたが、それは秘密会でなかつたから、一般市民でも会議の内容を知ることができた。
(四) 市議会は、本件公金支出をめぐる疑惑について審議を継続し、その内容は、「あびこ議会だより」によつて広報された。
市議会は、同年九月二九日三人の証人を偽証罪で告発すると議決したが、このことは直ちに新聞により大きく報道された。
(五) したがつて、市の財政につき多少でも関心を持つ住民であれば、本件公金支出に関して疑感があつたことを、昭和五八年三月下旬ころには知り得たものということができる。
そして、関心を持つ住民であれば、昭和五六年度の決算書及びその付属書類、昭和五八年第一回市議会定例会会議録等を閲覧し、特別委の調査内容を調査するなどして、本件公金支出の経緯を確かめ、その支出負担行為につき疑惑があつて、違法又は不当な支出に当たる可能性があることを十分に探知することができたものと見ることができる。
原告らは、本件監査請求をするに当たつて、「本件公金支出が違法、無効なものであることは、既に市議会においても明らかにされている。」と述べている。
(六) 更に、特別委が昭和五八年九月二九日に報告書を取りまとめて調査を終了し、これを受けて、市議会が同日三人の証人を偽証罪で告発すると議決したことに照らせば、市の財政に関心を持つ住民としては、そのころから一箇月くらいの間に、市監査委員に対し、財産の管理を怠る事実に当たるという証拠書類を添付して、監査請求をすることができたものというべきである。
(七) 原告城は、昭和五九年一月一六日ころまで市の財政に関心を持つたことがなく、それまで特別委が設置されたことも知らなかつたというのであるから、注意深い住民に当たる者ではなかつたものというほかない。
(八) そうすると、原告らが法定の期間を徒過し、昭和五九年三月三日に本件監査請求をしたことについては、「正当な理由」があつたものと認めることができないのであるから、本件監査請求は不適法なものであつたというべきである。
四以上のとおり、原告らの被告らに対する本件訴えは、いずれも監査請求を経ていないことに帰し、不適法なものというべきであるから、いずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官加藤一隆 裁判官村田長生 裁判官定塚誠は職務代行を解かれたため署名捺印することができない。裁判長裁判官加藤一隆)