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千葉地方裁判所 昭和60年(わ)422号 判決 1985年9月09日

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中七〇日を右刑に算入する。

本件公訴事実中、昭和六〇年七月五日付起訴状記載の道路交通法違反の点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)<省略>

(証拠の標目)<省略>

(適用法令)

一  判示所為

第一  刑法一五七条二項、罰金等臨時措置法三条一項一号

第二  いずれも刑法二五三条

一  刑種の選択

懲役刑選択(第一につき)

一  併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い判示第二の二の罪の刑に加重)

一  未決勾留日数の算入刑法二一条

一  訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項但書

(一部無罪の理由)

第一公訴事実の要旨

公訴事実の要旨は、

被告人は、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和六〇年五月七日午後一時五〇分ころ、北海道上川郡弟子屈町字跡佐登六九線七三付近道路において、普通乗用自動車を運転したものである。

というのである。

第二当裁判所の判断

一司法警察員外一名作成の交通事件原票謄本(捜査報告書部分)、司法警察員近藤日出男作成の運転免許の有無についての捜査報告書、被告人の当公判廷における供述を総合すれば、公訴事実記載の日時、場所において被告人が普通乗用自動車を運転していた事実及びその際被告人は被告人名義の運転免許証の交付は受けていなかつた事実が認められる。

二他方、前掲判示第一の事実について掲記の各証拠を総合すれば、以下の事実が認められる。

すなわち、被告人は、昭和四二年六月二日神奈川県公安委員会から普通自動車運転免許を受け、以来法定の期限毎にその更新手続をなしていたところ、昭和五五年ころから妻との折合が悪くなり、当時交際していた女性と同棲するようになつたことから、その居所を妻に知られたくないといつたことから居住地への住民登録をなさず、また運転免許の更新手続もしなかつたため、これを失効させてしまつた。しかし、再び運転免許が欲しくなり、他人名義で運転免許を取得しようと企て、前記罪となるべき事実第一に記載した兼子時男になりすまして、同人名義で運転免許を入手しようと企て同人の住民票謄本を入手し、昭和五八年一二月三日自動車教習所に右兼子時男の氏名等を詐称して入所し、同月一九日同教習所を卒業後、同月二一日前記判示第一記載のとおりの手続をなし、千葉県運転免許試験場において学科試験等に合格し、同日自己の顔写真を貼付した兼子時男名義の昭和六一年の誕生日まで有効とする普通自動車運転免許証(以下免許証という)の交付を受けた。

三ところで、被告人は右二で認定したとおり、他人の氏名等を詐称して運転免許を申請し、その詐称した氏名等を記載した免許証の交付を受けたものであつて、他人名義を冒用した点に違法が存し、公安委員会による免許も、氏名冒用の点を看過してなされた行政処分として、その点に瑕疵が存することになる。しかし、その瑕疵(氏名冒用)は、当該行政処分(公安委員会による免許)を当然に無効ならしめる程度に「重大かつ明白」とまでは認められないものとして、適法に取消されない限り有効と解するのが相当である。

すなわち、「行政処分は、たとえ違法であつても、その違法が重大かつ明白で、当該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては適法に取り消されない限り完全にその効力を有する。」(最判昭30.12.25、民集九・一四・二〇七〇)ものであるところ、運転免許は、運転免許を受けようとする者が、その旨の申請書を提出し、当該公安委員会の行う運転免許試験を受け、これに合格した者に運転免許証が交付されることによつて行なわれる(道路交通法八九条、九二条一項)行政処分であり、また、運転免許試験は、自動車等の運転について必要な適性、技能、知識について実施される(同法九七条一項)ものであつて、運転免許の許否について、実質的な判断の中心をなしているのは、道路交通法一条の趣旨、すなわち、道路における危険防止等の見地から要求される運転適性、技能等にあるものといえる。この点の判断について、瑕疵が存するような場合ならともかく、本件の場合被告人は運転免許試験を自ら受験し、その適性等について特段の問題が認められなかつたことは前述のとおりである。本件のような場合にまでその瑕疵が重大として免許が当然無効であるとすること相当ではない。道路交通法自体、例えば、不正の手段によつて運転免許を受けた者であつても、公安委員会によつてその運転免許の停止、取消の通知を受けるまでは、免許は有効とし(同法一〇〇条)、運転免許試験に合格した者が自動車等の運転に関し、道路交通法令等に違反した場合についても、その免許を取り消し、又は免許の効力を停止することができる(同法九〇条)との規定をおいているのであつて、このような場合でも道路交通法自体、免許が当然無効とはしていない。

以上のとおり、被告人には運転免許について、その実質的要件に欠けるところはないが、他方運転免許証には、免許を受けた者の本籍、住所、氏名及び生年月日の記載が要件とされている(同法九三条一項四号)。なるほど運転者の氏名等は免許証交付後の交通指導、取締等の見地及び運転免許証が身分証明書の役割等をはたしていること等の面からこれを見れば、運転免許の許否の要素として重要ではないとまではいえないところであるが、被告人が交付を受けた免許証には、被告人自身の顔写真が貼付されているのであり、当該免許証が外観上も当然無効としなければならない程度の明白な瑕疵があるといえるかどうか、疑問が存するうえ、前述のとおり行政処分としての免許の許否の判断で最も重要な点は、運転の適性、技術等の有無にあることを考慮するならば、氏名冒用の故をもつてこれを当然無効とすることは妥当ではないと考えられる。また以上の点から、本件の事実関係のもとでは、運転免許は現にその申請をなし免許についての各試験を受け、自己の顔写真を貼付した運転免許証の交付を受けた行為者たる被告人に付与されたものではなく、氏名等を冒用された兼子時男に付与されたものとして、被告人に対する免許の付与はなかつたとするのは相当ではない。

以上のとおり、本件のような事実関係のもとでは、被告人に付与された被冒用者名義の運転免許は当然無効とは認められず、その取り消しがなされるまでは有効と認めざるを得ない。

第三結論

右のとおり、被告人の本件運転行為は、道路交通法一一八条一項一号に定める「当該免許を受けないで運転をした者」にあたらず、結局その犯罪の証明がないことに帰するので刑事訴訟法三三六条により、主文末項のとおり無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官沼里豊滋)

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