大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和60年(ワ)1605号 判決 1986年9月29日

原告(選定当事者) 宮川淑

原告(選定者) 上條勝

<ほか二名>

被告 千葉県

右代表者知事 沼田武

右訴訟代理人弁護士 古屋紘昭

右訴訟復代理人弁護士 木村龍次

同 富田茂之

右指定代理人 塩入貞男

<ほか二名>

被告 井手口魁

右訴訟代理人弁護士 朝倉敬二

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

事実及び理由を摘示するまえに、選定当事者制度に関する当裁判所の見解を一言断っておいた方が、本判決書を読んでいただく際に便宜と思われるので、簡単にここにこれを記しておくこととする。

民事訴訟法四七条二項は、選定当事者を選定した後においては、選定者は当然訴訟より脱退する旨規定しているので、一見、判決書を作成する場合においても、当事者として記載することが許されるのはあくまで選定当事者のみであり、選定者を当事者として記載する余地はないものと考えられないでもない。

しかしながら、同法四七条に基づく選定当事者制度は、多数者が共同の利害関係を有してさえいる場合には広くこれを利用できるものであるから、右多数者の全員について同一の判断がなされる保障は何らなく、したがって、判決で判断を示す場合には、選定当事者と各選定者ごとに、それぞれどのような判断が示されたのかを主文で明確にすることが望ましいことは明らかである。

そして、理論的に考えても、訴訟物は、選定当事者と各選定者を含めてそれぞれ各人ごとに別々と考えられるから、右各訴訟物についての判断も各別に明確にこれを示すべきが当然と考えられるのである。すなわち、選定当事者制度は、もともと当事者が多数いることに必然的に伴う訴訟追行上の数々の不便(期日の呼出一つとっても、多数者全員を相手にこれをなすのは大変である)を和らげるために設けられた制度なのであるから、同制度を運用・解釈するに当たっても、同制度の趣旨があくまで訴訟追行上の便宜にあるという点に十分留意してこれを限定して運用・解釈すべきであり、弁論が終結して裁判所が判断を示す場合には、訴訟追行上の便宜という要請はもはや存しないのであるから、少なくとも判決書の中では、選定書も、当該請求の当事者として鮮明に表舞台に登場し、その者についての判断がどのように示されたかの結論を明確に示すべきものと考える。

当裁判所は、右のような見地から、本判決書において、当事者欄に各選定者を原告の一人として記載したのみならず、主文、事実及び理由の記載を通じて、選定当事者、選定者を含めて各人についての判断を示す、という形式で記載したものである。誤解を避けるため、一言断っておく次第である。

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告らそれぞれに対し、各金二五万円及びこれに対する昭和六〇年一二月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、千葉県民であり、昭和五八年四月一〇日に施行された千葉県議会議員選挙(以下「本件選挙」という)において、我孫子市・沼南町選挙区及び市川市選挙区においてそれぞれ選挙権を行使した者である。

2  被告井手口魁(以下「被告井手口」という)は、千葉県議会議員で、被告千葉県(以下「被告県」という)の公務員であるが、他の自由民主党所属の県議会議員と協議のうえ、千葉県議会議員の定数配分等を定めた「千葉県議会議員の選挙区等に関する条例(昭和四九年千葉県条例第五五号。以下「本件条例」という)」の改正案を議会に提出し、右改正案は、昭和五七年一二月一七日の千葉県議会において、被告井手口を含む五八人の議員の賛成で可決・成立した(以下、これを「本件改正条例」という)。

3  本件条例における定数配分規定によると、議員一人当たり人口の選挙区間較差は、昭和五五年の国勢調査の人口数を基準とした場合、海上郡選挙区と我孫子市・沼南町選挙区との間で一対六・四九、海上郡選挙区と市川市選挙区との間で一対三・五一もあったのに、本件改正条例では、勝浦市選挙区を特例選挙区とする等の改正があったのみで、右のような投票価値の較差を解消ないし緩和する措置は何らとられなかった。

4  そして、本件改正条例施行後に行われた本件選挙の無効確認訴訟(東京高等裁判所昭和五八年(行ケ)第七〇号の一及び二)において、右条例が公職選挙法一五条七項に違反して違法であり、違法な右条例に基づいて施行された本件選挙も違法である旨の判決があり(昭和五九年八月七日言渡)、上告審(最高裁判所昭和五九年(行ツ)第三二三号及び同第三二四号・昭和六〇年一〇月三一日言渡)においてもその判断が踏襲された。

5  被告井手口は、千葉県議会議員選挙権の価値が最も低い我孫子市・沼南町選挙区に居住し、本件条例に前記3記載の選挙区間較差があることを認識し又は認識し得べきでありながら、昭和五七年一二月の県議会において、投票価値の不平等を是正しようとする日本社会党、公明党、民社党らの野党案を否決する側に与し、逆に、投票価値の較差の解消・緩和に何ら資するところのない前記改正案を提出して、同案を可決・成立させた。

6  そのため、原告らは、本件選挙において投票価値の低い選挙権の行使を余儀なくされ、多大の精神的苦痛を被った。右苦痛は、原告らそれぞれに対し、各金二五万円を支払うことによって慰謝されるべきである。

7  よって原告らは、被告らに対し、被告県については国家賠償法(以下「国賠法」という)一条一項に基づき、被告井手口については民法七〇九条に基づき、原告らそれぞれにつき各金二五万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和六〇年一二月六日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし5の各事実は認める。

2  同6・7は争う。

三  被告らの主張

1  立法行為とその過程における議員の行為は、国賠法一条一項の適用上、違法の評価をする余地は原則としてないものというべきである。

すなわち、国賠法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、個別の国民又は住民に対して負担する職務上の法的義務に違背して、当該国民又は住民に損害を加えたときは、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。

然るに、立法行為は、本質的に政治的なものであって、議員は、立法に関しては、原則として、国民又は住民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民又は住民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないから、議員の立法行為は、原則として国賠法一条一項の適用上、違法の評価を受ける余地はないものというべきである。

2  仮に右1が認められないと仮定しても、本件改正条例可決当時において、被告井手口らは、右条例に違法の瑕疵があるとは認識していなかったし、認識し得べき状況にもなかった。

すなわち、定数配分規定に違憲・違法の瑕症があるか否かは、最高裁判所(以下「最高裁」という)の判断が最も重要な指標となるので、これを見てみるに、①昭和五一年四月一四日大法廷判決(判例時報八〇八号二四頁)は、昭和四七年一二月一〇日に行われた衆議院議員選挙における最大較差一対五の事案について、その議員定数配分規定を違憲としたが、投票価値の不平等を判断する具体的基準については何ら言及しなかった。②一方、いずれも参議院議員選挙についてではあるが、昭和三九年二月九日大法廷判決(民集一八巻二号二七〇頁)は昭和三七年七月一日の最大較差一対四・一九の選挙に関し、昭和四九年四月二五日第一小法廷判決(判例時報七三五号三頁)は昭和四六年六月二七日の最大較差一対五・〇八の選挙に関し、昭和五八年四月二七日大法廷判決(判例時報一〇七七号三〇頁)は昭和五七年七月一〇日の最大較差一対五・二六の選挙に関し、いずれも当該議員定数配分規定を合憲とした。③そして、本件改正条例可決当時においては、地方議会議員の定数配分規定についての裁判所の判断は、最高裁はもとより、下級審においても何ら示されていなかった。

以上のような裁判所の判断の状況下においては、本件条例における議員定数配分規定が違法といえるか否かは微妙な問題であって、違法であることが何人にも顕著であるとは到底いえなかったのであるから、被告井手口らに故意・過失はなかったものというべきである。

3  国又は公共団体に対し国賠法に基づき損害賠償を求め得る場合には、当該公務員個人に対して損害賠償を求め得ないことは、判例上確立しており(最高裁昭和三〇年四月一九日・民集九巻五号五三四頁ほか)、いずれにしても被告井手口に対する請求は失当である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし5の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、被告井手口に対する請求について検討する。

国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないと解するのが相当である(最高裁昭和三〇年四月一九日判決・民集九巻五号五三四頁、同昭和五三年一〇月二〇日判決・民集三二巻七号一三六七頁等参照)。

これを本件についてみるに、原告らの本訴各請求は、被告県の公務員たる被告井手口がその職務を行うについて故意又は過失により原告らに違法に損害を与えたと主張する損害賠償請求であるから、公共団体たる被告県がその責を負うか否かを判断すれば足り、これとは別に、被告井手口が独立して原告らに責を負うか否かを問う余地はないものといわなければならない。

よって、原告らの被告井手口に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

三  進んで、被告県の責任の有無について検討する。

1  原告らは、被告井手口が、昭和五七年一二月の千葉県議会において、本件条例の議員定数配分規定に関する投票価値の不平等を是正しようとする野党案を否決する側に与し、逆に、投票価値の較差の解消・緩和に何ら資するところのない改正案を提出し、これを被告井手口を含む五八名の議員の賛成多数で可決・成立させたこと(以下、右一連の行為を「本件立法行為」と総称する)が、国賠法一条一項にいう「違法な公務員の公権力の行使」に該当すると主張するので、まずこの点について検討する。

(一)  国賠法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民又は住民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民又は住民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。したがって、議員の立法行為(立法不作為を含む。以下同じ)が国賠法一条一項の適用上違法となるかどうかは、議員の立法過程における行動が個別の国民又は住民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容に違憲・違法の廉があるか否かの問題とは区別さるべきである(最高裁昭和六〇年一一月二一日判決・民集三九巻七号一五一二頁参照)。

(二)  そこで、議員が、立法に関し、個別の国民又は住民に対する関係においていかなる法的義務を負うかをみてみるに、議会制民主主議の下においては、議会は、国民又は住民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を立法過程に公正に反映させ、議員の自由な討論を通じてこれらを調整し、究極的には多数決原理により統一的な国家ないし地方公共団体の意思を形成すべき役割を担うものである。そして、議員たらんとする者は、選挙に際し、国民又は住民が日々の生活において抱える諸々のトラブルの中から、何が優先的に解決されるべき課題であるかを「政策」として国民又は住民の前に提示する。したがって、選挙で選ばれた議員は、国民又は住民に対し、右の選挙を通じて約束した政策(公約)を実現するように努力する義務を負うと同時に、必ずしも選挙で約束したことに限らず、常に状況に応じて、多様な国民又は住民の意向をくみつつ、国又は公共団体の福祉の実現を目指して行動する義務があり、右義務履行の一手段として諸々の立法行為に関与するわけであるが、右のような、議員が国民又は住民に対して負担している義務は、変化の多様な政治状況の下において、議員が自己の政治的判断に基づいて履行すべきものであって、これを個別の国民又は住民に対する個別の法的義務であるとし、法律的に強制履行の対象としたり、損害賠償の対象としたりすることには本質的になじまず、まさに本質的に政治的なものであって、その当否は終局的に国民又は住民の自由な言論及び選挙による政治的評価に委ねるのを相当とする。

すなわち、議員は、立法行為に関しては、当該立法の内容に違憲・違法の廉がある場合にも、国民又は住民の全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり個別の国民又は住民に対してその個別の権利に対応した関係で職務上の法的義務を負うものではないというべきである〔なお、以上の理論は、実質的に考えても、妥当性を有するものである。すなわち、仮に、立法の内容に違憲・違法の廉がある場合に、当該立法行為を国賠法一条一項の規制の対象とすることが許されるとすれば、当該法律又は条例の適用を受ける多数の国民又は住民が全体的に被害者となる場合がしばしばあると考えられるところ、このような場合には、たとえ各人の個々の賠償額が少額であった場合にも、賠償額の全体は途方もない巨額となり、それをそのまま実現することは国又は公共団体の財政上の基礎とその存立の基盤さえも危うくして所詮不可能であろうから、どうしてもこれを実行しようとすれば、その財源を捻出するために特別税を特別立法をしたうえで徴収し、これを賠償金の支払に充てるほかはないということになろう。しかし、このことは、賠償金を手にすべき国民又は住民からすれば、自ら支払った金員が迂遠な方法で戻ってくるに過ぎないといって大差なく、実質的には意味のない作業であるといわざるを得ず、このようなことを考えてみると、結局、立法行為を国賠法一条一項の規制の対象とするということは、国賠法自身が予定していないことであって、同法は、あくまで国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、個別の国民又は住民に対して負担する職務上の法的義務に違背して、当該国民又は住民に与えた個別的な被害の救済を目的としたものであるということもできよう。ちなみに、本件においてこれをみるに、投票価値の低い選挙権の行使を余儀なくされたのは、当然のことながら、原告ら四名だけではない。《証拠省略》によれば、本件選挙において、海上郡選挙区との較差が三以上あった選挙区(これらの選挙区の定数配分も違法とされる可能性はあろう)は一六もあり、海上郡選挙区と市川市選挙区との較差三・五一以上の較差を有した選挙区だけでも八選挙区(我孫子市・沼南町、市川市、佐倉市、柏市、流山市、八千代市、鎌ヶ谷市、君津市の各選挙区)もある。そして、控え目に考えても、少なくともこれらの八選挙区で選挙権を実際に行使した者に対しては、もし、原告らの請求が仮に成り立つと仮定した場合には、原告らと同様、賠償金を支払わねばならない理屈であろう。右各選挙区において実際に選挙権を行使した者の数は、証拠が提出されていないので不明であるが、その人口数に鑑み相当な数にのぼるものと推認され、これらの各選挙人に対し、もし仮に各金二五万円宛賠償しなければならないものとすれば、途方もない巨額の財源が必要であり、そのようなことは、被告県の財政上の基礎とその存立の基盤さえをも危くし(その結果は、他ならぬ千葉県民自身が困ることであろう)、到底できないことである、というほかはない〕。

(三)  以上のとおり、本件立法行為に関しては、被告井手口が原告らに対して負う職務上の法的義務に違背したということはできないので、右立法行為が国賠法一条一項の適用上違法の評価を受ける余地はないものといわなければならず、したがって、被告井手口が原告らに対し、違法な公権力を行使したということはできない。

2  そうすると、原告らの被告県に対する請求も、その余の点について判断するまでもなく理由がないことになり、棄却を免れない。

四  よって、原告らの被告らに対する本訴各請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 増山宏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例