千葉地方裁判所 昭和62年(わ)1129号 判決 1990年3月22日
主文
被告人田村博章を懲役二年四月に、同黒瀬貴浩、同久保欣則、同古賀惠介、同宮園淳、同佐藤好久及び同中田純一郎をいずれも懲役二年六月に各処する。
被告人らに対し、未決勾留日数中各五〇〇日を、それぞれその刑に算入する。
(中略)
理由
(罪となるべき事実)
第一 被告人黒瀬貴浩は、昭和六一年七月四日、熊本市保田窪本町九五二番地一三六所在の熊本県警察本部交通部運転免許課において、熊本県公安委員会に自動車運転免許の更新申請をなすに当たり、真実は同市龍田町陣内一五二番地一九幸アパートD室(二〇二号室)が自己の住所でないのに、その住所欄に「熊本市龍田町陣内152-19幸APD」と虚偽の事実を記載した同公安委員会宛の運転免許証更新申請書一通(昭和六三年押第二一二号の1)を同運転免許課係員に提出し、もって、公務員に対し自動車運転免許証に記載されるべき自己の住所について虚偽の申立をなし、よって、同日、同運転免許課において、情を知らない右運転免許課係員をして同公安委員会発行の被告人に対する自動車運転免許証(同押号の3)にその旨不実の記載をさせた
第二1 被告人田村博章は、昭和六二年一一月二四日午前七時四分ごろから同月二五日午後零時三九分ごろまでの間、千葉県成田市木の根字東台二一五番地所在のいわゆる木の根団結砦において、被告人黒瀬貴浩、同久保欣則、同古賀惠介、同宮園淳、同佐藤好久及び同中田純一郎とともに、同砦における捜索差押えの実施及びその警備並びにこれらに対する違法行為の規制、検挙などの任務に従事中の千葉県警察本部所属の警察官多数の生命、身体に対し共同して危害を加える目的をもって、多数の火炎びん及び石塊、消火器を改造した火炎放射器及びパチンコ投石器各数個などの兇器を準備して集合した
2 被告人黒瀬貴浩は、昭和六二年一一月二四日午前七時四分ごろから同月二五日午後四時一五分ごろまでの間、前記のいわゆる木の根団結砦において、被告人田村博章(但し、前記1の間)、同久保欣則、同古賀惠介、同宮園淳、同佐藤好久及び同中田純一郎とともに、同砦における捜索差押えの実施及びその警備並びにこれらに対する違法行為の規制、検挙などの任務に従事中の千葉県警察本部所属の警察官多数の生命、身体に対し共同して危害を加える目的をもって、多数の火炎びん及び石塊、消火器を改造した火炎放射器及びパチンコ投石器などの兇器各数個を準備して集合した
3 被告人久保欣則、同古賀惠介、同宮園淳、同佐藤好久及び同中田純一郎は、昭和六二年一一月二四日午前七時四分ごろから同月二六日午後一時三五分ごろまでの間、前記のいわゆる木の根団結砦において、被告人田村博章(但し、前記1の間)及び同黒瀬貴浩(但し、前記2の間)とともに、同砦における捜索差押えの実施及びその警備並びにこれらに対する違法行為の規制、検挙などの任務に従事中の千葉県警察本部所属の警察官多数の生命、身体に対し共同して危害を加える目的をもって、多数の火炎びん及び石塊、消火器を改造した火炎放射器及びパチンコ投石器各数個などの兇器を準備して集合した
第三1 被告人田村博章は、被告人黒瀬貴浩、同久保欣則、同古賀惠介、同宮園淳、同佐藤好久及び同中田純一郎と共謀のうえ、前記第二1記載の日時・場所において、同記載の任務に従事中の千葉県警察本部警備部第二機動隊長池田茂等指揮下の警察官多数に対し、多数の火炎びん・石塊等を投げつけ、パチンコ投石器で石塊等を発射し、消火器を改造した火炎放射器を噴射させるなどの暴行を加え、もって、火炎びんを使用して多数の警察官の生命、身体に危険を生じさせるとともに、多数の警察官の職務の執行を妨害し、その際右暴行により、別紙受傷者一覧表(略)記載のとおり警察官の増岡友治ほか一二名に各傷害を負わせた
2 被告人黒瀬貴浩は、被告人田村博章、同久保欣則、同古賀惠介、同宮園淳、同佐藤好久及び同中田純一郎と共謀のうえ、前記第二2記載の日時・場所において、同記載の任務に従事中の千葉県警察本部警備部第二機動隊長池田茂等指揮下の警察官多数に対し、多数の火炎びん・石塊等を投げつけ、パチンコ投石器で石塊等を発射し、消火器を改造した火炎放射器を噴射させるなどの暴行を加え、もって、火炎びんを使用して多数の警察官の生命、身体に危険を生じさせるとともに、多数の警察官の職務の執行を妨害し、その際右暴行により、別紙受傷者一覧表記載のとおり警察官の増岡友治ほか一二名に各傷害を負わせた
3 被告久人保欣則、同古賀惠介、同宮園淳、同佐藤好久及び同中田純一郎は、被告人田村博章及び同黒瀬貴浩を加えて共謀のうえ、昭和六二年一一月二四日午前七時四分ごろから同月二六日昼頃までの間、前記第二3記載の場所において、同記載の任務に従事中の千葉県警察本部警備部第二機動隊長池田茂等指揮下の警察官多数に対し、多数の火炎びん・石塊等を投げつけ、パチンコ投石器で石塊等を発射し、消火器を改造した火炎放射器を噴射させるなどの暴行を加え、もって、火炎びんを使用して多数の警察官の生命、身体に危険を生じさせるとともに、多数の警察官の職務の執行を妨害し、その際右暴行により、別紙受傷者一覧表記載のとおり警察官の増岡友治ほか一二名に各傷害を負わせた
ものである
(証拠の標目)(略)
(弁護人らの法律上の主張に対する判断)
一 被告人黒瀬貴浩に関する判示第一の事実について
弁護人は、(1)運転免許証において許可対象者の特定のために住所までは不要であるとともに、免許証の証明対象でもないから、住所の記載には重要性がなく、従って、免状等不実記載罪にいう「不実の記載」には該当しないこと、(2)免許証更新の実質は有効期間の延長であり、既存の免許証に新たに有効期間を記入する方法でなく新たな免許証を交付する方法で行なっているのは、道路交通法施行規則に基づくものに過ぎないとともに、被告人が交付を受けた免許証はそれ以前に有していた免許証と期間の点を除き全く同一のものであるから、被告人の所為は免状等不実記載罪の予想する実質的違法性を有しないこと、(3)被告人が更新申請の際に住民票上の住所をもって申請したことには、何ら不正の意図はなく、実際の行為態様に照らすと、被告人の所為は可罰的違法性を欠くこと、(4)被告人には、申請当時、生活の本拠といいうる場所がなかったのであるから、住民票上の住所をもって申請する以外にとるべき方途がなく、同人の所為には期待可能性がなかったこと、(5)一般には、本件の如き事実による公訴提起の例は全く無く、本件公訴提起は被告人が共産主義者同盟(戦旗派)の一員であることから政治的弾圧を目的としてなされたもので、公訴権の濫用行使に当たるから、公訴棄却の判決がなされるべきであること、を主張し、同被告人も、(6)住民票に記載の住所を更新申請書に記載したのであるから真正な住所であり、不実の記載をさせたことにならず、無罪である旨主張している。
しかしながら、まず、(1)の点については、運転免許証の記載事項としての住所欄は、本籍地、氏名欄とともに免許を受けた者を特定する上で必要であるとともに、住所地の管轄公安委員会が行う運転免許証の更新、取消、停止処分等の手続においても必要不可欠であり、そこで、道路交通法においても、住所変更があったときは速やかに公安委員会に届け出る義務があるとともに、その違反に対して罰則が設けられているというのに徴すると、住所欄が運転免許証の記載事項として重要な部分であり、免状不実記載罪の客体となることは明らかである。
次に、(2)の点については、更新の際に交付される免許証であっても、その内容の真実が害された場合に公の信用が害される点は、免許取得の際に交付される免許証の場合と何ら変わるところはないから、虚偽の申立てに基づいてその住所欄に不実の記載をなさしめた被告人の所為が刑法一五七条二項の構成要件に該当し、かつその予想する実質的違法性を有することは明らかである。
次に、(3)、(4)及び(6)の点については、運転免許証の住所欄に記載されるべき住所(道路交通法施行規則二九条で定める申請書に記載すべき住所)は、本人の生活の本拠でなければならないと解されるところ、前掲の関係証拠によれば、被告人は、昭和六一年七月四日の本件申請当時に本件住所欄記載の住所である熊本市龍田町陣内一五二番地一九所在の幸アパートD号室に居住しておらず、そのころは熊本市内の知人の山口実宅に居候して居住し、そこを生活の本拠としていたことが認められるのであるから、公文書である運転免許証の住所欄に虚偽の申立てによる不実の記載をさせたことは明らかであるし(したがって、(6)の主張は理由がない)、しかも運転免許証の記載内容に対する社会一般の信頼は多大であるのに鑑みれば、その公の信用を毀損した本件犯行の違法性は無視できないところであり、不正な行為を行う意図を有していなかったからといって可罰的違法性を欠くものでないことは明らかであるから、(3)の主張は理由がない。また、右のとおり山口方を住所として申請することが可能であったのに徴すると、被告人が住民票上の住所を住所として申請する以外に採るべき方途がなかったとは到底言えないところであって、(4)の主張も採用できない。
また、(5)の点については、検察官の訴追裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合がありうるとしても、それは例えば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるべきであって、本件の公訴提起がかかる場合にあたるものとは到底認められない。
以上の次第で、弁護人及び被告人の前記各主張はいずれも採用できない。
二 判示第二及び同第三の各事実について
弁護人らは、
判示第二及び同第三の各事実につき、(1)公訴事実に、共謀の日時、場所、態様等の記載がなく、実行行為の分担も明らかにされていないなど、訴因が特定明示されていないから、公訴提起は無効であり、刑事訴訟法三三八条四号に該当するものとして公訴棄却の判決がなされるべきであること、(2)日本政府・新東京国際空港公団・千葉県が一体となって三里塚農民が所有し管理する土地を空港二期用地として公団に侵奪せしめた過程において、これに派生して事件として仮構され、かつ新東京国際空港建設反対運動弾圧の意図をもってなされた政治的起訴、即ち「悪意の起訴」であり、また、昭和六二年春以降、警察官が、木の根砦の敷地内に度々投石し、車両の損壊や被告人宮園淳の肩に当たった事実があったのに、これらにつき起訴されないまま本件被告人らを起訴したのは不平等な起訴であるうえ、本件は、抵抗権の行使乃至正当防衛として犯罪不成立となる可能性が強く、嫌疑が不十分というべきであり、検察官の公訴提起は公訴権を濫用行使したものであるから、公訴棄却の判決がなされるべきであること、更に、(3)逮捕警察官が、被告人ら、取り分け被告人黒瀬貴浩及び同古賀惠介に対して暴行を加え(憲法一三条違反)、捜査の過程で、各被告人の火傷につき適切な治療を施さず、各被告人を代用監獄に勾留し長時間取調室に拘束し、一部の被告人には取調べの際に暴行を加えて、心身に苦痛を与えたうえ(憲法三一条・三六条違反)、被告人らに対して取調べに藉口して転向強要を繰り返して思想信条の自由を侵害し(憲法一三条・一九条・二一条違反)、又、弁護人らの活動を誹謗中傷し、不信感を煽る一方、これらを解任すれば良い結果が期待できるかの如くほのめかす等して解任を慫慂して、被疑者として有する弁護人選任権を侵害する(憲法三一条・三七条三項違反)などの憲法の各条項に違反する行為を行い、更に取調べ目的に勾留を転用した点で刑事訴訟法六〇条に、取調べ権限を濫用して被疑者に思想転向を働き掛けた点で同法一九七条一項及び一九八条一項に各違反しているもので、本件捜査過程においてこのような違法が存する以上、国家には裁判権が存せず、訴訟条件が欠缺するから、憲法の右各条文を直接適用し、ないしは刑事訴訟法三三八条一号の適用乃至準用により、あるいは公訴権の濫用にあたるものとして同条四号を適用のうえ公訴棄却の判決がなされるべきであること、
判示第二の事実につき、(4)兇器準備集合罪の立法趣旨は、所謂、暴力団の出入りの防遏にあり、本件の如き行為には右罪を適用できないこと、(5)兇器準備集合は、その後の加害行為に対して予備罪的な性格を有するから、その後の加害行為に出た場合には、右加害行為についての罪に吸収され、しからずとも加害行為に出た後は成立しないこと、
判示第三の事実のうち公務執行妨害罪につき、(6)捜索差押は、捜索に仮託した違法な砦破壊行為であるから、適法な公務とはいえず、これに対する抵抗行為も原則として罪とならないから、右抵抗行為を被疑事実とする現行犯逮捕行為も適法な公務とはいえないとともに、砦内からの被告人らの所為に対して均衡を失する程の大量のガス弾射撃、ことに直撃行為、大量放水、人間の現存する櫓の重機による破壊、櫓、塀等の不必要な破壊、更には被告人逮捕後の必要性のない暴行行為等、全体として過剰な警察活動を行なっており、これらは「警察比例の原則」を超えた違法なものであるから、これに対する公務執行妨害罪は成立しないこと、
判示第二及び第三の各事実につき、(7)本件は、国家による新東京国際空港二期工事完遂のための木の根砦破壊、国家暴力による人民の財産の強奪、人格権破壊という憲法二九条、三一条、三二条を恣意的に無視する行為に対する抗議としてなされたものであり、被告人らの各行為は日本国憲法に内在する抵抗権の行使として超法規的違法性阻却事由に該当し、しからずとも、急迫不正の侵害、即ち、警察・機動隊による櫓等の破壊という建造物損壊罪、更には殺人未遂罪、傷害罪を構成する違法な所為に対して、自己及び砦等の所有者の権利を防衛するため、必要かつ相当な範囲でやむをえずなされた行為であるから、正当防衛として違法性が阻却されるべきであること、
の各点を主張し、被告人のうちからも右(6)及び(7)と同旨の主張がなされている。
そこで以下順次検討する。
まず、訴因不特定をいう点((1)の主張)については、本件起訴状記載の各公訴事実事実記載の程度で他の犯罪事実と区別することができることは明らかであり、また被告人にとって防御の範囲が明確になる程度に訴因を特定して記載されているものでもあるから、この点からの公訴棄却の主張は理由がない。
次に、本件の経緯についてみると、前掲の各証拠によれば、概ね次のとおり認められる。(中略)
(一) 捜索差押及び逮捕行為の違法をいう点について((6)の主張)
まず、警察官らが、一一月二四日の朝、本件砦内に居住していた被告人らに捜索差押許可状を呈示することができないままに捜索に着手した点については、処分を受ける者が、捜索差押に来たことを告げられたのに、建物の中に籠もったままであるのみならず、かえって、捜索差押に対する妨害行動を開始して、呈示を受ける意思のないことが明白になった本件の如き場合においてまで、右許可状を示さなければならないものではなく、被告人らに捜索差押許可状を呈示することのできないまま捜索に着手したことに何ら違法な点はない。
次いで、エンジンカッターを用いて門扉を切断する作業に入ったことは、前示の経過に照らせば捜索差押許可状の執行のために必要で、かつ社会的にも相当な行為と認められるから、刑事訴訟法二二二条、二一八条、一一一条一項に基づく適法な公務の執行にあたる。
また、引き続きクレーン車を用いて北西側トタン塀を破壊した行為は、被告人らを逮捕するために警察官らが砦内に入るために行なったものであり、その後、更にクレーン車やバックホーを用いて櫓などを次々に取り壊した行為は、被告人らの乗っている櫓を倒壊させて櫓上の被告人らを逮捕するため、ないしは放水と併せて被告人らが櫓上に所持する兇器を取り上げるために行われたもの、土盛りをした行為は逮捕のため櫓を倒壊する際の衝撃を緩和するためのもの、更に塀を撤去し、地盤を整地した行為は、右の土盛りや重機の搬入、設置のために行われたものと認められるが、これらの各行為はいずれも、その際の状況のほか、本件砦内の建物は被告人らが起居に用いていたもので、かつ写真によれば、各櫓やその他の建造物の形態からみて、その財産的価値はさほど大きなものではないと認められるのに照らすと、社会通念上、逮捕ないしは兇器の差押のために必要かつ相当な限度内にとどまるものと認められる。(三番櫓の取壊しについても、その当時、既に五番櫓との渡り廊下の一部が落ちていたが、五番櫓上の者らが鉄板を渡すなどして三番櫓に移って同櫓を犯行の用に供することにより、逮捕活動を妨げることも可能な状況にあったとみられるから、犯行を抑止し、逮捕するために社会通念上必要かつ相当な限度内にとどまる所為と認められる。)
なお、右の間において、クレーン車及びバックホーを用いて通称二番櫓、五番櫓及び同櫓下のプレハブ式建物を取り壊した点は、それ自体を捉えてみれば、それぞれの櫓上にいた被告人らの身体に危険を及ぼしかねない所為であって、警察官職務執行法七条に定める武器の使用に準じて適法性を検討すべきものと考えられるが、警察官らは、右に述べた事情のために警察官を被告人らに接近させて逮捕活動を行うことが警察官らの生命、身体に対して重大な危険を生じさせると判断してこれらを逮捕のために使用したものであり、しかも、これに先き立って前叙の如く二番櫓を倒壊させる際は、五分間作業を中断してゴンドラに乗る移るよう呼び掛けたうえで行ない、五番櫓及び同櫓下のプレハブ式建物の取り壊しも、再三にわたり投降の呼び掛けを行なったうえ、少しずつ払い落とす形でなされていることに徴すると、本件におけるこれらの使用は、同法条にいうところの長期三年を超える懲役にあたる凶悪な犯罪を現に遂行している者が、これを制圧し逮捕しようとする警察官の職務の執行に対して抵抗したことから、警察官が、この抵抗を防ぎ、逮捕するために他に手段がないと判断し、かつそのように信ずるに足りる相当な理由があったと認められる状況のもとで、眼前の事態に応じ合理的に必要と判断される限度において使用に及んだものと認められるから、同法条に基づく適法な行為というべきで、何ら違法な点は存しない。
また、催涙ガス弾の使用及び放水車を用いての放水も、うちガス弾については、そのうちの何発かが建物の一部に当たったことによるとみられる余地のある痕跡も存するとはいえ、身体的な直撃を受けたというものではなく、しかもガス弾の発射や放水が前示の如き被告人らの激しい攻撃を制圧するためのものであることに徴すると、右と同様に警察官職務執行法七条に基づく適法な行為と認められる。
なお、弁護人らは、本件犯行終了の翌日、運輸大臣が新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法三条八項、六条一項を適用して、新東京国際空港公団職員をして建造物を除去せしめ、その後、同公団が過半数の共有持分権を主張して管理権行使として土地の占有を維持していることから、本件捜索差押及び被告人らの逮捕行為は、本件砦を破壊、侵奪するためになされたものであって実質的に違法である旨を主張しているが、前示の経過に照らせば、警察官らは、実際に一一月一六日の事犯での捜索差押を目的として本件砦に赴いたものであり、建物等の取り壊しは、捜索差押、更には現に右捜索差押を暴力をもって阻害し、その後の逮捕行為に対しても妨害を続けた被告人らの逮捕のためになされたものと認められ、警察官らが、その際、右以上に出て、破壊自体の意図をもって不必要な破壊をしたことを窺わせる事情は何ら存しないし、建物が損壊していることが、同法三条八項の除去措置適用の要件であるわけでもないから、同項適用という結果から、警察官らの意図が、砦の破壊、侵奪にあったと推測することもできない。
そのほか、弁護人らは、新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法の違憲性、木の根砦に対する除去処分適用の不当性をるる主張しているが、その適用が、本件公務の適法性に何らの影響を与えるものでもない。
更に、弁護人らは、千葉県警察本部が、一一月二四日の朝、多数の機動隊員を出動ないしは待機させ、クレーン車や放水車、ガス筒発射器などを準備して木の根砦に赴いたことをもって、捜索が仮託にすぎず、砦の破壊、侵奪そのものを直接の目的としていた証左である旨主張しているが、一九八七年四月一日付の「解放」と題する機関紙に、昭和六二年三月二九日の全国集会において、解放派を代表して、境武明全学連委員長が、「本日以降、敵権力機動隊の木の根団結砦への立入りをわれわれは一切認めない。それがたとえ家宅捜索であろうとも、機動隊が立ち入ろうとするならば、ただちにそれを砦破壊の攻撃とみなす。ただちに機動隊をせん滅し、先制的な死守防衛戦に突入し、空港破壊戦を敢行する。」「死守隊の戦士たちは、ただいま武器を手に死守体制に突入した」と宣言をしたとの記載があり、砦自体にも、本件当時、「宣言 如何なることがあろうとも、今後一切権力・機動隊・公団の立ち入りを拒否する。家宅捜索と言えども同様であり、その場合には第二の一・一四となるであろう。以上三・二九をもって宣言する。 死守隊」と書かれた看板が掲げられていたことなどに徴すると、砦内に居る者らや他の場所に居る者らによる本件捜索差押に対する激しい妨害活動のあることも予想される状態にあったと認められるから、右準備が不合理であるとはいえず、従って、警察が、違法事案の発生に備えて、捜索差押に直接必要な人員、装備以上の準備をしていたからといって、捜索が仮託にすぎず、砦の破壊そのものを直接の目的として出動したものであるなどとは到底いえない。
また、被告人らを逮捕した後の、検証や捜索差押の過程でなお重機を用いて櫓を解体、除去したことに違法があったとしても、それ以前になされた本件公務の適法性に影響を与えるものではない。
更に、逮捕後の被告人らに対する暴行が存したことによって、それ以前になされた捜索差押、被告人らの逮捕のためなどの公務が違法になる筋合いのものではない。
従って、警察官らの本件公務の執行は、適法というべきで、これに対する被告人らの所為が公務執行妨害罪を構成することは明らかである。
(二) 兇器準備集合罪の不適用をいう点について((4)及び(5)の主張)
また、被告人らの所為は、それ自体、刑法二〇八条の二第一項の構成要件に該当するものであることは明らかであるうえ、兇器準備集合罪の保護法益である個人の生命、身体の安全に危険を与えると共に、公共の平穏を害する態様のもので、この点では、暴力団員らによるいわゆる出入り等のための集合の場合と特段の差異はなく、これに対して本罪が適用されることは当然である。また、これが加害行為実行の段階に至った後においても、兇器準備集合罪は、個人の生命、身体または財産ばかりでなく、公共的な社会生活の平穏をも保護法益とするものであるから、加害行為についての罪に吸収されるものではなく、かつ、兇器を準備して集合している状態が継続する限り引き続いて成立する。
(三) 抵抗権及び正当防衛をいう点について((7)の主張)
弁護人主張の如き日本国憲法が抵抗権を内在しているとの論にたっても、それは国家権力自らが憲法秩序の存在自体を否認し、或いは憲法秩序をおびやかすというような事態に至っているのに、これを正す実定的手段が機能しない場合のことであると考えられるのに、本件捜索、逮捕等の過程において右の如き事態にまで立ち至っていないことは明白であって、被告人らの所為をもって抵抗権の具現化とみる余地はない。また、警察官らの所為は前叙のとおり適法であるから、これに対する正当防衛の成立する余地も存しない。
(四) 公訴権濫用をいう点について((2)及び(3)の主張)
前示した如く、本件が仮構された事件ではないことも明らかで、検察官が起訴したことが政治的弾圧目的の意図に基づくものであると窺わせる事情は何ら存しないし、被告人らに対する本件公訴提起が、一般の場合に比べ不当に不利益に扱われてなされたともいえず、また、被告人らの所為は、抵抗権の行使ないし正当防衛として無罪となる可能性が強かったなどとも到底いえないものであって、被告人らに対する本件公訴提起が弁護人主張の如き公訴権の濫用行使に当たるということはできない。
更に、本件における警察官の行動につき違法捜査があったとしても、弁護人主張の如くに国家の裁判権を否定すべき謂われはなく、これを訴追裁量逸脱の問題として検討してみても、弁護人が指摘し、また、被告人らの供述するところは、その言うところ自体、いずれも公訴提起の効力そのものを無効にするような違憲・違法なものとは認められない。
以上の次第で、弁護人及び被告人らの前記各主張はいずれも採用できない。
(法令の適用)(略)
(最刑の理由)
本件は、新東京国際空港の建設に反対の方策として空港予定地内に建てられてあった通称木の根砦内に居た者らが、その周辺で作業中の者らの警備に当たっていた警察官に投石等をしたことから、警察当局による砦内の捜索行動を受けるはめに至ると、被告人らは、これに石塊及び火炎びんを投擲して公務執行の妨害に及び、これを制圧、検挙しようとする警察官に対して、更に、火炎びん・石塊の投擲、火炎放射器・パチンコ型の投石器による攻撃などの暴行を加え、かつ、この間のこれら暴行によって警察官一三名に傷害を負わせた、というものである。(被告人黒瀬については、右のほか、免状等不実記載の所為がある。)
右の犯行態様を通じてみるに、あらかじめ、多数の石塊は言うに及ばず、発火力の強い火炎びんのほか、消火器を改造して中に速燃性の液体を詰め、最長で約四・五メートルから約七メートルの距離に約二〇数秒の間火炎を発し得る能力を有する火炎放射器、かなりの大きさの石塊を飛ばすことのできるパチンコ型の飛び道具などをいくつも用意しておき、これらを用いて櫓の上という高所から、近付く警察官に対し、狙いを定め、二日ないし三日の間にわたり暴行を加えるという、執拗にして、かつ全く容赦する気配のみられない攻撃を続けており、これら兇器の使用による攻撃が、これに対する防御方法をひとつ誤れば生命に対する危険さえ生じさせかねないものであることを考え合わせると、態様自体まことに悪質であると言わざるを得ない。
ところで、右に至るまでの経過には、空港建設予定地内の農地所有者らによって続けられてきた二〇余年にわたる根強い空港反対運動の存在がその背景にある。この間に、土地収用の代執行に際して、農地所有者らが自らの土地を手放すまいとして、身を挺して抵抗するなど、国及び空港公団によって、事前の説明も折衝もないままに、突如その農地を空港用地として取得するための手続きが進められて行くことに対し、激しい反対運動が繰り返されてきており、その抵抗を排除するために警察力が導入されるという事態となって行った。事態がこのように先鋭化し、深刻化するまでになったことには、各新聞論調に見られる如く、或いは、近時に至り、担当官庁の長が、農地所有者らの一部との会見において、それまでの対処に農地所有者らの気に入らないことや行き届かないところがあったら、それは極めて遺憾なことで、自分が今までの全部の責任を負って、それは謝る旨述べた、と報じられていることからも窺われるように、国及び空港公団の側に、空港用地の取得に当たって、農地所有者らが、長い年月をかけて慈しみ育ててきたその農地に深い愛着を抱き、これを生計の源泉として生活しているという、農業本来の有り様に対して、基本的配慮に欠けるものがあった、との事情に由来するところのあるのは否めず、農地所有者らが、そうした当局の態度に人間的思いやりがみられないと感じて、当初のころの驚きや困惑、或いは不安に留まらず、その後の国及び空港公団の一方的ともみえる対処に出遭う中で、それが怒りに転じ、更には憎悪の心情にまで高まって行った、という経過のあることが、それらの者の各供述から読み取られるところである。
こうした状況の中で、三里塚に行こう、との呼び掛けに応じ、各地から学生などの若者たちが三里塚に集まって来て、空港反対の現場で農地所有者らの空港反対運動のありのままを自ら見聞きし、国によって農地所有者らとの事前折衝もなく三里塚に空港を建設するとの決定がなされたうえ、その施策を警察力を使ってまで押し進めるという国及び空港公団の態度に対して、農地所有者らが農民の心を理解しないものとして心底から反発している有様に、生で接すると、これに若者の心情から強い共感を抱き、また、こうした農地所有者らの反対運動を支援して全国から集会に参加する多数の者のあるのに感激して、自らもこの空港反対運動に加わり、中には援農などをしながら三里塚の地で寝起きする者も出て来るなど、反対運動に没入して行った。そして、これら学生など若者の中には、空港反対を貫徹するために、単に反対の示威をするのみに留まることなく、実力をもって対抗する必要があると考え、特に警察力に対しては、過激にも、兇器を準備したうえ、これを使用して立ち向かい、大挙して襲いかかる者らまで現れるという、社会的に憂慮すべき段階にまで立ち至った。こうした状況の中で、被告人らは、それぞれに職に就き、或いは学籍を有していたところ、呼び掛けに応じるなどして、三里塚に来たり、空港反対運動の実際に触れると、それまでに聞き知ったところから抱いていた考え以上に空港反対の意思を強固にし、以後二年ないし中には一〇年にも及ぶ間右運動に加わってきたものである。
この間の昭和五二年七月ごろ、空港反対の意思を有する者が拠出した木の根地区内の土地に、空港二期工事の進行状況、公団職員や機動隊員の行動などを監視する場として木の根砦と呼称される工作物が構築され、援農交流や映画上映・手話講習の会など、或いは稲の脱穀の場にも使われたりしていたところ、警察官らに対する攻撃の用に供するため櫓の中に兇器を保持するという状況にまでなって、昭和六二年一一月一六日、砦周辺の空港公団所有地内での管理作業につき警備中の警察官に対し櫓から投石がなされるということが起き、警察官がこれを放置できずに兇器準備及び公務執行妨害の疑いで捜索しようとしたのに対し、右砦内に入り込んでいた被告人らが、砦内に準備してあった多量の、しかも前示の如き生命への危険さえ蔵している兇器を用いて、それぞれに、手加減のない、あたり構わずの所為に出、本件犯行に及んだものであって、このような推移に徴すると、右の如き予め準備された攻撃の意図に従い、かつ強固な意思に基づいて本件犯行に至ったという経過に軽々に酌量し得るものは見出せない。
被告人らは、自らの所為をもって空港反対やそのための抵抗運動の中での正当な行為である旨言うが、警察官などに対する攻撃の意図を実現するための手段として判示のような兇器を準備して集合したのみでも軽視できないところであるのに、更にその兇器準備の意図に従い、現実に、いやしくもこれを対人的にかつ容赦なく使用するというが如きは、現今の社会秩序の下において許されないところであり、右の行為に至った動機や心情をもって本件の如き凶悪な手口に考慮し得る余地があるが如くに扱うのは、その犯行態様の凶悪性を軽視する風潮を生じさせ、この種犯行を助長することにつながりかねないものであって、たやすくとり得るものではなく、被告人らの刑責は重いと言わざるを得ない。
もっとも、被告人らの犯行態様を更に見て行くと、被告人らの所為は二日ないし三日の間にわたっているとはいうものの、捜索及び被告人らの制圧、検挙の行為に従事中の警察官に対し傷害を生じさせたのは最初の日である二四日のみで、その態様も、捜索開始のころ門扉をエンジンカッターで切断中に投擲された火炎びんが防護楯に当たって火傷を負った二名、その後に砦突入を容易にするため作業中投石を受けた一名、昼過ぎ砦内に一気に突入を図ったとき及びそのころに合計で八名、その後の一時期に投石で一名、更に投擲物で一名、ということであって、合わせて三日間のうちの数分間ないしこれに加うる若干分の間の出来事であり、そのほかは、確かに被告人らからの多数回の投石、火炎びんなどの投擲、火炎放射などが行われているが、これに対し砦を包囲した状態の警察機動隊員は、当初の百数十名から既に最初の日以来順次増強され、これら警察部隊による放水、ガス筒発射もあって、被告人らの右攻撃行為はその後においては警察官の身体に実害を及ぼすまでには至らず、しかも夜間には被告人らによる積極的行動はなく経過している。そして、このような被告人らに対して、警察当局では、一気に処置を決すると当初の時のように負傷者の出る恐れがあることから、時間をかけて事を運ぶこととし、櫓の上にいる犯人を逮捕するためには右櫓を倒す方法が良いとの考えの下に、周囲を整地するなど準備を整えたうえで、クレーンの先に吊るしたゴンドラを犯人のいる櫓に引っ掛けたり、衝突させたりすると、このような警察力の行使の前に、被告人らは、一一月下旬の寒気の中で放水を浴びせられるなどしたうえ、遂には為す術もなく次々に逮捕された、という推移である。しかも、木の根砦自体が周囲の人家からかなり離れた位置にあり、かつ林の中の区切られた場所であって、公道上あるいは人家の近くにおけるというのとは異なり、地域の住民に危険を及ぼす恐れは皆無に近かったと考えられる事情も存する。
加えて、被告人らには、被告人久保を除いていずれも前科或いは特に取り上げるべき前科なく、被告人久保については罰金前科があるものの、本件時より十数年前のことに属し、しかも魚津市内で上映中の映画に対して部落解放運動の関わりから威力業務妨害等に問われたという、本件とはその性格を異にする事件にかかわるものであって、これをもって同被告人の本件に対する悪性の資料とまで見なし得るものではないし、本件犯行中における同被告人の言動を捉え、対峙中の警察官にとって同被告人は主導的に行動していると映じたというところも、右警察官らにはそのようにも見られたという域を出ないもので、被告人らはそれぞれに自らの意思に基づいて逮捕されるまで各同程度の行動に及んでいたと認められるのに徴すると、警察官らの右の認識の程度をもって被告人久保を同被告人と同じころ逮捕された他の被告人らよりも特に厳しく処断すべき根拠になし得るとまではいえない。また被告人らは公訴提起されて以来約一年一一か月にわたって勾留され続けていて、青春の時期を右の相当の期間にわたり起居不如意で過ごすという状態に置かれていたものであり、右の期間勾留されていたことは、自らの仕出かしたところに基づくとはいえ、刑を定めるに当たって無視できないところである。
しかしながら、翻って考えてみるに、被告人全員の逮捕までに三日間を要したということには、その間に警察当局が、一気に犯人を逮捕するという当初の対処方法を変えて、双方の被害を最少限に食い止めるという方策を打ち出したとの事情もあるが、被告人らに比べて圧倒的な人員と然るべき装備を擁しながら、なおかつ周到な準備のうえに行動せざるを得なかったもので、それだけ被告人らの攻撃が凶悪かつ執拗で、激しかったことの証左でもあり、しかも被告人らはいずれも右の実行犯人そのものであることを終始現認されていて、各判示した範囲の犯行につき全ての直接的な罪責を追及されて然るべき者らである。また、警察官らの各傷害の程度も、中にはたやすく治癒したのではない者も存することを考えると、生じた実害についても決して軽視し得るものではなく、そのほか、如何に砦自体が周辺の人家から離れた林の中に存在するとはいえ、多数の兇器を用い、暴力による激しい攻撃や示威の所為に出たことが広く報道されているものであるなど、これが社会に与えた影響は看過できない。
更に、本件審理の経過に鑑みれば、被告人らに対する勾留が右の期間にわたったからといって、これをもって今あらためて刑の執行を直ちにする必要のないような事態に立ち至ったとまでいい得るものではなく、また、被告人らそれぞれの主義、主張は問うところではないにしても、自らの暴力に依拠した所為そのものについては、その兇器が相手方に対して生命の危険さえ生じさせかねないものでありながら、全く容赦のない方法で、かつ執拗に、生身の人間に対し、凶悪な態様で攻撃の用に供しているのに鑑みるとき、人間としての惻隠の情があるならば、明らかに言葉に出さないながらも、こうした自己の行為態様それ自体に対する忸怩たる思いから、少なくともその悪質さそのものに対する反省がいささかでも垣間見られる状況のあって然るべきであると考えられるのに、本件審理の全過程を通じてその片鱗さえ窺うことのできないこともまた、情状を考えるに当たって軽視できないところである。
このような被告人らについての情状を彼此勘案するとき、被告人らに対し、刑の執行を猶予すべきものとするまでの余地は、軽々に見出せないものと言わざるを得ない。
よって、主文のとおり判決する。
(渡邉一弘 小久保孝雄 辻川靖夫)