千葉地方裁判所一宮支部 事件番号不詳 判決
主文
被告は原告に対し別紙目録記載の農地を引き渡し、かつ、昭和三十一年一月一日以降引渡ずみに至るまで(ただし、引渡が五月末日以前に行われた場合はその前年の十二月末日まで)一カ年一反歩につき金一万八千百十二円の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求は棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。
本判決は原告勝訴の部分中金員の支払を命ずる部分および訴訟費用負担の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一 原告の主張
原告訴訟代理人は「(一)被告は原告に対し別紙目録記載の農地を引き渡し、かつ、昭和三十一年一月一日以降引渡ずみまで(但し引渡が五月末日以前に行われた場合はその前年の十二月末日に至るまで)一カ年一反歩につき金一万八千百十二円の割合による金員を支払え。(二)被告は原告に対し金八万円を支払え、(三)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり陳述した。
一、原告は亡嶌嵜仁平(最後の住所被告の肩書住所と同じ)の妻、被告はその長男であるところ、仁平は昭和二十三年十一月四日死亡し、配偶者である原告、長男である被告のほか、長女中村津や、次女金坂みよ、次男嶌嵜好、三女斉藤とく、三男嶌嵜清が共同相続人となつたが、原告は当時千葉家庭裁判所一宮支部に相続放棄の申述をし、これを受理された。
二、しかるところ金坂みよ、斉藤とくの両名が中村津や、嶌嵜好、嶌嵜清および被告の四名を相手方として千葉家庭裁判所一宮支部に遺産分割の調停を申立て同庁昭和二十六年(家イ)第二七号事件として調停がおこなわれ、原告も利害関係人として右調停に参加し、同年四月二十四日遺産分割の調停が成立したが、原告は右調停条項第一項により相続財産中別紙目録記載の農地のほか
長生郡長南町坂本字脇之谷一、三六七番
一、田八畝二歩
同所字同 一、三五六番
一、田二畝二四歩
を各相続人から贈与され、その所有権を取得した。すなわち、原告は当時長男である被告と同居していたが、もともと被告およびその妻絹との折合が悪く、将来必ず別居しなければならなくなるであろうことが予想されていたので、原告としては一旦相続の放棄をしたけれども、事実上相続放棄を撤回し、相続人全部の同意のもとに将来の生活に不自由ない程度の財産を確保することとしたのである。しかしながら当時原告は被告を世帯主とする同一世帯の世帯員であつたから前記各農地の所有権移転登記をも受けず、従前どおりこれを被告と共同して耕作してきた。
三、しかるところ予想にたがわず原告は被告およびその妻との不和が昂じ被告の世帯内に止まることができなくなつたので、昭和三十年九月被告と別居し肩書住所地において独立して生計をたてることとなり、同年九月二十七日前記各農地につき所有権移転登記を受けたが、右農地中別紙目録記載の農地は依然として被告が占有しその耕作を続けているので、原告は該農地の所有権にもとづきその引渡を求め、かつ、原告は昭和三十一年度以降(すなわち、昭和三十一年一月一日以降)みずからこれを耕作することができず、これがため一ヵ年一反歩につき金一万八千百十二円の得べかりし利益を喪失しているから、昭和三十一年一月一日以降引渡ずみに至るまで(ただし、五月末日までに引渡を受ければ、原告においてその年度の作付および収穫をすることができ、その年度は損害がないからこの場合は前年十二月末日に至るまで)一カ年一反歩につき一万八千百十二円の支払を求める。
四、又被告は原告が贈与を受けた脇之谷一、三六七番田八畝二歩、同所一、三五六番田二畝二四歩については昭和二十七年五月一日、たまたまその頃右農地の耕作名義が被告となつており、かつ、事実上被告が占有耕作していたことを奇貨として、原告に無断でこれを訴外斉藤芳伸に賃貸する契約を締結し右訴外人に引渡してしまつた。しかしてその後に該農地につき所有権の取得登記を受けた原告としては同訴外人の賃借権を否認することができず、これが返還を求める権利を有しないこととなり、結局原告は被告の所為によつて右土地に対する耕作権を喪失するに至つた。水田の耕作権は当地方において一反歩につき金八万円ないし十万円の価格を有し、右農地の耕作権も少なくとも金八万円の価格を有するから原告は同額の損害を蒙つたものである。右は被告が原告に損害を与えることを知つて故意にしたものであるから被告は原告に対してその損害を賠償する義務がある。よつて右金員の支払を求める。
五、被告主張の抗弁事実は否認する。かりに別紙目録記載の農地につき原、被告間に使用貸借契約が成立していたものとしても右は原、被告が同居している期間に限られるものであつて原告が被告の世帯を離脱すると同時に終了したものであり、かりにそうでないとしても、原告は、被告の世帯を離脱した直後である昭和三十年九月中原告代理人弁護士内山誠一から被告に対し口頭で契約解除の意思表示をし、その返還を請求した。又原告の本件農地所有権の取得は形式上は贈与によるものであるが、実質上は遺産分割によるものであるから、これについて農地法第三条第一項本文の適用はない。
第二 被告の主張
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。
一、原告が亡嶌嵜仁平の妻であり被告がその長男であること、仁平が昭和二十三年十一月四日死亡し、原告および被告のほか長女中村津や、二女金坂みよ、二男嶌嵜好、三女斉藤とく、三男嶌嵜清がその相続人となつたこと、原告が相続を放棄したこと、昭和二十六年四月二十四日原告主張の当事者間においてその主張の調停が成立したこと、原告が昭和三十年九月二十七日本件各農地につき所有権移転登記を受けたこと、原告が仁平の死亡後被告の世帯員として被告と同居していたことおよび昭和三十年九月被告と別居するに至つたこと、被告が昭和二十七年中に脇之谷一、三六七番田八畝二歩、同所一、三五六番田二畝二四歩を訴外斉藤芳伸に賃貸してこれを同訴外人に引き渡したことおよび別紙目録記載の農地を現に被告が耕作していることはいずれも認めるが、原告主張のその余の事実は否認する。
二、原告は本件農地の所有権を遺産分割によつて取得したものではなく、贈与によつて取得することになつているのであるから、農地法第三条第一項、第四項により県知事の許可を受けなければその効力を生じないのであるが、原告は未だ許可を受けて居らないのでその所有権を取得することができない。よつて所有権にもとづく引渡の請求権はない。
三、仮にそうでないとしても遺産分割の調停において原告が本件農地の贈与を受けるにあたり、原告はみずから耕作する能力がないうえに被告と同居してその扶養を受けるものであるから、その代償として本件農地を引続き被告に耕作させること
を承認し、各当事者もその趣旨も諒承して、調停調書の記載においても、他の相続人の取得分についてはそれぞれ即日被告から取得者に引き渡す旨を定めたが、本件農地については原告にこれを引き渡すべき旨の条項は設けなかつたのである。すなわち、本件農地については右調停成立当時原告を賃貸人、被告を賃借人とする賃貸借契約あるいは少なくとも同様の使用貸借契約が成立したものであるが、仮に右契約の成立が認められないとしても、原告は昭和二十六年七月七日被告居村の祭礼当日親族等会合の席上本件農地を被告に耕作させることを承諾し、ここに同様の契約が成立した。
四、又本件農地は昭和二十年度から被告が耕作し現在に至つているものであるから、原告が贈与によりその所有権を取得する際、その耕作権(賃借権、使用借権のいずれにしても)をも併せ取得する合意があつたとしても、その移転については農業委員会の許可を受けなければならないのであるが、原告は未だその許可を受けた事実なく、又原告が所有権を取得した本件農地の総面積は三反九畝二一歩であり、後記のとおりそのうち一反二六歩を訴外斉藤芳伸に賃貸しているから現保有面積は二反八畝二五歩に過ぎず、法定の三反歩に達しないうえに、原告は老令の独身女性で農業生産に必要な農器具等生産設備資材を有せず、原告の耕作により農業生産が低下すべきことは必至の事実であつて、許可を受ける資格のないことは農地法上明らかであるから、原告主張の耕作権の移転は結局その効力を生じ得ない。
五、本件農地のうち脇之谷一、三六七番田八畝二歩、同所一、三五六番田二畝二四歩については、昭和二十七年一月一日、亡仁平存命中から訴外斉藤芳伸に賃貸中であつた被告取得分の南谷一、六六〇番田一反六畝二九歩の返地を受ける代償として、冒頭掲記のとおりこれを右訴外人に賃貸(耕作権交換)し、当時農業委員会の許可を受けたものであり、原告は当時これを承認した(仮に明示の承認がなかつたとしても右の事実を知りながら異議を述べず、黙示的にこれを承認した)ものであるから、これについて損害賠償の請求をすることはできない。
第三 立証(省略)
理由
一 原告が亡嶌嵜仁平(最後の住所、被告の肩書住所と同じ)の妻であり、被告がその間に出生した長男であること、仁平が昭和二十三年十一月四日死亡し、原告および被告のほか長女中村津や、二女金坂みよ、二男嶌嵜好、三女斉藤とく、三男嶌嵜清がその相続人となつたこと、原告が千葉家庭裁判所一宮支部に相続放棄の申述をし受理されたこと、金坂みよ、斉藤とくの両名が中村津や、嶌嵜好、嶌嵜清および被告の四名を相手方として千葉家庭裁判所一宮支部に遺産分割の調停を申立て、同庁昭和二十六年(家イ)第二七号事件として調停がおこなわれ、原告も利害関係人として右調停に参加し、同年四月二十四日遺産分割の調停が成立したこと、右調停において相続財産中別紙目録記載の農地および、長生郡長南町坂本字脇之谷一、三六七番田八畝二歩、同所一、三五六番田二畝二四歩を各相続人から原告に贈与する旨の合意が成立し、その旨調書に記載されたこと、原告が昭和三十年九月二十七日右各農地につき所有権移転登記を受けたこと、原告が仁平の死亡後被告の世帯員として被告方に同居していたが、昭和三十年九月肩書住所に別居するに至つたこと、被告が昭和二十七年中に前記脇之谷一、三六七番田八畝二歩、同所一、三五六番田二畝二四歩を訴外斉藤芳伸に賃貸してこれを同訴外人に引き渡したことおよび別紙目録記載の農地を現に被告が耕作していることはいずれも当事者間に争いがない。
二 被告は、原告が本件農地の所有権を遺産分割によつて取得したものではなく、贈与によつて取得したものであるから農地法第三条第一項第四項により、県知事の許可を受けなければその効力を生じないと主張するが、同法第三条第一項第五号の規定により、農地の所有権移転が民事調停法による農事調停によつてされる場合は県知事の許可を必要としないのであり、このことは家事調停による場合も同様であると解すべきであるから、被告の右主張は採用できない。けだし、農事調停も家事調停も裁判所の調停であることにかわりなく、農事調停にあつては民事調停法第二十八条により小作官又は小作主事の意見を聞くことと定められているけれども、家事調停にあつても農地に関する権利の設定、移転を目的とする場合は民事調停法第二十八条の精神に則り、家事調停規則第八条に従つて小作官又は小作主事の意見を聞く取扱いとなつていることは当裁判所に顕著な事実であり、仮にこれらの手続がおこなわれなかつたとしても、このことによつて調停を無効とすべきものではないからである。
三 成立に争いのない甲第一号証(調停調書正本)によると、千葉家庭裁判所一宮支部昭和二十六年(家イ)第二七号遺産分割調停事件において成立した調停の要旨は
(1) 原告を除く相続人等は本件各農地(いずれも自作地)合計三反九畝二一歩を原告に贈与する。
(2) 長女津やの取得分は零とする。
(3) 被告は田自作地五反一九歩、田貸付地五反一三歩、畑自作地三反三畝五歩、畑小作地四畝二一歩、山林一町六反九畝二一歩、宅地二六〇坪、家屋九八坪、墓地八坪のほか、動産の大部分を取得する。
(4) 二女みよは山林五反九畝二八歩を取得する。
(5) 二男好は畑自作地一反五畝〇八歩(梨畑)、山林五反八畝二四歩のほか動産の一部を取得する。
(6) 三女とくは田自作地三反七畝六歩を取得する。
(7) 三男清は山林五反四畝一七歩、原野六畝二九歩を取得する。
(8) 被告および三男清は二女みよに対し各金一万円宛を支払う。
(9) 被告は(4)、(5)、(6)、(7)によつて、みよ、好、とく、清の取得する不動産を即日各取得者に引き渡す。
というのである。しかして成立に争いのない乙第一、第二号証、同第四号証に証人笠原忠太、斉藤章一、斉藤とく、金坂みよ、嶌嵜清、嶌嵜絹、中村津やの各証言および原告、被告各本人の供述を総合すると、被告方においては、亡仁平の存命中である昭和二十年度以降被告が事実上の世帯主として仁平所有の農地(本件農地を含む)を耕作し、被告の名義による供米の割当を受け、産米の政府への売渡しもその名義をもつておこなつてきたこと、長女津や、二女みよ、三女とくはすでに他へ嫁し、二男好は昭和二十一年当時婚姻して四街道において農場を経営し、三男清は茂原市において歯科医師となつているので、被告が当然家業である農業を承継すべき立場にあつたこと、昭和二十三年十一月四日仁平死亡後は被告が名実ともに世帯主として引続き農業経営を主宰し、原告も被告方にあつて被告の家族とともに農耕に従事してきたこと、前記調停において自作地とあるのは当時被告において事実上耕作している農地のことであり、貸付地とあるのは従前から第三者に賃貸中の農地を意味するものであるものであることをそれぞれ認めることができ、他に上記認定を覆えすに足りる証拠はない。
四 被告は、遺産分割の調停当時関係者間において、原告の取得すべき本件農地について従前どおりこれを被告が耕作するとの合意がされ、原告と被告との間に賃借借契約又は使用貸借契約が成立したものであると主張するが、その主張のような賃貸借契約又は使用貸借契約が成立したとの事実はこれを認めるに足りる証拠がなく、却つて被告本人の供述によれば、本件農地につき原告と被告との間にその収穫の分配、費用の負担等について取決めをしたことはなく、被告がその主宰する農業経営の一環として従前どおり(原告とともに)耕作を続けてきたに過ぎない事実を認めることができるから、この点に関する被告の主張は採用できない。もつとも証人斉藤源四郎の証言および被告本人の供述によれば調停当時本件農地を原告に贈与するにつき、関係者間において、原告が被告方に同居している以上本件農地は従前どおり被告において耕作を継続し得るものであるとの言辞が用いられたことが窺われ、又このことが被告において本件農地を原告に贈与することに同意する動機となつたであろうことは容易に推認し得るところであるけれども、このことをもつて被告主張のような契約成立の証左とすることはできない。調停条項において本件農地については被告から原告にこれを引き渡すべき旨を定めなかつたことも、原告が被告の家族として共同生活を営み、本件農地をも引続き共同して耕作すべき立場にある以上、もとよりこれは当然であろう。
五 前記のとおり、被告は亡仁平の長男として仁平の存命中からその家にあつて事実上農業を主宰してきたものであり、仁平の死亡によつて開始した相続につき遺産分割のおこなわれるまで相続財産の共有者の一人としてこれを管理すべき立場にあつたものであるから、相続財産に属する農地の耕作は共有物の管理保存行為としてされたものであるといわなければならない、およそ現時の農業経営につき供米割当、産米の政府への売渡、肥料配給等の手続のため一定の耕作名義人が存在することは顕著な事実であるけれども、叙上の管理行為としておこなわれた被告の耕作が被告の名義をもつてされたことによつて、そこに「耕作権」というような権利が発生すべきものではない。従つて遺産分割の結果、従来被告が事実上管理耕作していた農地が他の相続人の所有と決定し、被告が当該相続人にこれを引渡して耕作させることは、所有権以外の(使用および収益を目的とする)権利の設定又は移転にあたらないから、これについては農地法第三条にもとづく農業委員会の許可を要するものではない。しかして前記調停によつて本件農地が原告の所有に帰した後も、原告が被告の家族の一員として同居している間、これを共同して耕作して来たことは(耕作名義のいかんを問わず)家族としての協力扶助として当然のことであり、そこに賃貸借契約又は使用貸借契約等の観念を容れる余地はないのである。又被告は昭和二十六年七月七日原告と被告との間において賃貸借契約又は使用貸借契約が締結されたと主張し証人嶌嵜絹の証言および被告本人の供述中これに添うような部分があるけれども、右証言および供述自体はなはだ明確を欠き、雑談的にこれに類する話合いがされたことは窺い得るけれども確定的にそのような契約が成立したものとは到底認めることができず、他に右主張を裏付けるに足りる証拠はないから、これを採用することはできない、そうすると原告が被告の世帯を離脱して独立の生計を営むに至つた以上被告としては原告の所有に属する本件農地を耕作すべき権原を有しないのであるから原告にこれを引渡すべき義務があり、原告が被告の世帯を離脱した昭和三十年八月以降である昭和三十一年一月一日以降引渡ずみに至るまで、原告が本件農地を耕作できないことによつて原告の蒙るべき損害を賠償すべき義務がある。
六 又成立に争いのない乙第三号証、証人斉藤芳伸の証言および被告本人の供述ならびに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、被告が昭和二十七年二月二十一日、亡仁平存命中から訴外斉藤新太郎に賃貸中であつた被告取得分の南谷一、六六〇番田一反六畝二九歩の返地を受ける代償として、本件農地のうち脇之谷一、三六七番田八畝二歩、同所一、三五六番田二畝二四歩を同訴外人に賃貸し、これにつき農業委員会の許可を受け、右農地を同訴外人に引き渡したこと(その後新太郎死亡により孫芳伸が賃借人となる。)を認めることができ、証人斉藤章一の証言および原告本人の供述によれば、被告はこのことにつき事前に原告の承諾を得なかつたことが窺われるけれども、当時原告は被告の家族として被告と共同して農耕に従事していたものであるから当時このことを承知していたものというべく、当時被告又は前記訴外人に対して原告が異議を述べた事実を認めるに足りる証拠のない本件においては、原告は黙示的にこれを承認したものと認めるのを相当とし、原告がこの農地につきその返還を求めることができず、結局耕作権を喪失したとしても、これについては被告に損害賠償を求めることはできない。よつてこの部分に関する原告の請求は棄却すべきである。
七 次に現に被告が耕作している別紙目録記載の農地につき原告がその引渡しを得られないことによつて蒙るべき損害の額について考察するに、鑑定人加藤時一の鑑定(右鑑定は別紙目録記載の農地のほか訴外加藤新太郎に賃貸した農地をも一括してされたものであるから、以下前者について面積の割合に従い換算する。)によると、別紙目録記載の農地の一カ年の収穫量は(イ)(三等地)七石二斗、(ロ)及び(ハ)(六等地)七斗、縄延地五斗の米作のほか藁一、四〇〇把であり、これを米価三等級俵当り三、八九六円に奨励金等を加味して四、〇〇〇円とし、二〇俵三斗と見積り、藁代価一把二円五〇銭として合計八五、五〇〇円となり、この収穫に要する必要経費(肥料、農薬、労賃、農器具消却費、種子籾代その他)は総額三〇、九六〇円となるから、差引収益額は五四、五四〇円(反当り一八、九一五円)であることを認めることができる(鑑定人金沢利治の鑑定によつてもほぼ同額となる)ところ、原告は前記農地を耕作できないことによつてこれに相当する得べかりし利益を失い、同額の損失を蒙ることとなる。しかして原告の右損害は昭和三十一年度以降の作付収穫をなし得ないことによつて発生するものであるから、被告は原告に対し昭和三十一年一月一日以降別紙目録記載農地の引渡ずみに至るまで(ただし、五月末日までに引渡しをした場合は原告においてその年度の作付および収穫をすることができ、その年度は損害がないから、この場合は前年十二月末日に至るまで)申立の範囲内で一カ年一反歩につき金一万八千百十二円を支払うべき義務がある。
八 よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して(農地引渡しの請求については仮執行の宣言は必要がないと認めて申立を棄却する。)主文のとおり判決する。(昭和三二年一二月一八日千葉地方裁判所一宮支部)