千葉地方裁判所佐倉支部 平成１２年（ワ）１４４号 判決 2006年5月17日
反訴原告
甲野花子
同訴訟代理人弁護士
小林幸也
反訴被告
第一生命保険相互会社
同代表者代表取締役
斎藤勝利
同訴訟代理人弁護士
坂東司朗
同
坂東規子
同
石田香苗
同
池田紳
同
澤田雄二
同
園部敏洋
主文
1 反訴原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は，反訴原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
反訴被告は，反訴原告に対し，4500万円及びこれに対する平成12年5月18日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は，反訴原告が反訴被告に対し，死亡保険金受取人として生命保険金を請求した事案である。
1 争いのない事実等
(1) 乙原太郎（以下「乙原」という。）は，平成10年6月1日，反訴被告と以下の内容の保険契約（以下「本件保険契約」という。）を締結した。
ア 契約者 乙原太郎
イ 被保険者 乙原太郎
ウ 死亡保険金受取人 反訴原告
エ 契約日 平成10年6月1日
オ 責任開始日 前同日
カ 保険種類 5年ごと利差配当付終身保険
キ 普通死亡保険金 4500万円
(2) 乙原は，平成10年8月18日死亡した。
(3) 本件保険契約に適用される5年ごと利差配当付終身保険普通保険約款（以下「本件約款」という。）1条には，被保険者の死亡が，保険契約者又は死亡保険金受取人の故意により生じたときは，保険金を支払わない旨定められている（甲5）。
(4) 丙山春男（以下「丙山」という。）と反訴原告の子である二男丁川夏男との間の総合父権肯定確率は99.9994％であり，三男甲野一夫との間の総合父権肯定確率は99.9997％であり，四男乙原次郎との間の総合父権肯定確率は99.9997％であり，丙山と反訴原告の二男，三男及び四男との間に生物学的な父子関係が存在すると極めて強く推定できる（鑑定嘱託の結果）。
(5) 平成7年8月3日に死亡した戊谷秋男（以下「戊谷」という。）は，平成6年8月1日，同人を被保険者とする生命保険契約を反訴被告と締結し，保険金の受取人は戊谷の実父であった。同契約は，平成7年2月ころ，保険料未納のためいったん失効して，その後復活し，復活後である同年5月25日，その保険金の受取人が丙山に変更された。戊谷は，同年8月3日死亡し，丙山が死亡保険金4000万円を取得した（甲21，31，44）。
2 争点
(1) 保険金受取人の故意免責
ア 反訴被告
(ア) 乙原は，反訴原告及びその愛人である丙山によってサリチル酸を継続的に投与され，サリチル酸中毒で死亡した。なお，反訴原告には，保険金を受け取る利益があり，乙原を殺害する動機がある。
(イ) よって，反訴被告は，保険金支払義務を免責される。
イ 反訴原告
(ア) 乙原の死因がサリチル酸を継続的に摂取していたことによる慢性中毒であるとしても，他殺と断定はできない。
(イ) 反訴原告や丙山が乙原の殺害行為を行ったことを裏付ける具体的な事実はなく，警察の捜査の対象にもなっていないのであって，客観的に犯罪性はない。
(2) 錯誤による保険契約の無効
ア 反訴被告
(ア) 反訴被告は，①乙原には保険料を支払う経済的な余裕がないこと，②不審死を遂げた戊谷と関わりのある丙山が乙原に本件保険の申込みを勧めたこと，③反訴原告と戊谷との間には肉体関係があったこと，④反訴原告の四男の父が丙山であることの各事実を本件保険契約締結時に認識していたのであれば本件保険契約を引き受けなかった。
(イ) 乙原は，①戊谷が不審死を遂げたこと，②戊谷の死に反訴原告及び丙山が深く関与していたこと，③反訴原告の四男の父が丙山であることを認識していれば，本件保険契約を締結しなかった。
(ウ) 以上のとおり，契約当事者である反訴被告と乙原は，共通して契約締結に至る動機の錯誤に陥っており，かつ，その錯誤が契約の前提ないし基礎として予定した事項及び法律行為の要素（意思表示の重要な部分）に関するものであるから，動機の表示はなくとも，本件保険契約は錯誤で無効である。
イ 反訴原告
(ア) 本件において，反訴被告と乙原に共通する動機の錯誤に関する判断基準は，「前に保険金詐欺事件に関係ある者が保険契約に関与していたこと」，「当該保険は，保険金受取人が保険金を詐取する目的のものではないこと」である。
(イ) 戊谷の死が不審死であるとしても，保険金受け取りの手段として戊谷の死が惹起されたとはいえないから，乙原が仮に戊谷の死を知ったとしても，丙山が前に生命保険金を詐取したとか，本件保険契約が丙山らの保険金詐取の手段であると認識することができないのであって，乙原がその事実を知らないことをもって，動機の錯誤とはいえない。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)（故意免責）について
(1) 証拠（甲1〜4，8〜14，18，20，21，25〜32，35，36，38，42，44，乙1〜3，5，6，14［以上の書証には枝番を含む］，鑑定，鑑定嘱託，証人丙山［後記信用しない部分を除く。］，同乙原，同己岡，同庚本，反訴原告［後記信用しない部分を除く。］）及び弁論の全趣旨によると以下の事実が認められる。
ア 反訴原告について
(ア) 反訴原告は，1967年（昭和42年）＊月＊日，フィリピンのマニラで出生し，昭和60年ころに来日した。
(イ) 反訴原告は，昭和63年＊月に長男を，平成7年＊月に二男を，平成9年＊月に三男を，平成11年＊月に四男を出産した。
(ウ) 反訴原告は，昭和63年ころ，丙山と知り合い，平成4年5月には，丙山が開店した「ニューパブ・A」（以下「A」という。）でいわゆる「ママ」として夜間に稼働するようになり，以後同店が閉店した平成7年10月まで勤務していた。また，平成6年からは，丙山が経営する会社（Bプランニング）で昼間に勤務するようになり，平成8年まで勤務した。
(エ) 反訴原告は，平成8年8月，印旛郡白井町（当時，現在は肩書住所地に同じ。）に店舗兼住宅を，反訴原告が借主，丙山が連帯保証人となって借り受け，同年12月，飲食店である「C」を開店した。店舗は1階であり，2階は反訴原告の住居であった。
(オ) 反訴原告は，Aの客として来店していた乙原と知り合い，恋愛関係になり，肉体関係もあった。反訴原告は，平成10年3月末か4月初めころ，四男を妊娠したことを知り，乙原にそのことを知らせた。
(カ) 本件保険契約締結の際，反訴原告は，乙原と婚姻の届出をしていなかったが，被保険者である乙原との続柄を妻と申告した。
(キ) 反訴原告は，乙原が同年8月14日から16日まで平和台病院に通院した際には付き添ったことはなく，松戸市立病院に入院後も見舞いに行っていない。
(ク) 反訴原告は，乙原が被保険者となったアリコジャパンの生命保険契約により死亡保険金等約3300万円を取得した。
イ 丙山について
(ア) 丙山は，昭和63年ころ産業廃棄物処理の会社（有限会社D企画，平成5年にBプランニングに社名変更）を設立した。
(イ) 丙山は，サイドビジネスとして喫茶店や「A」を経営していた。
(ウ) 反訴原告の4人の子のうち長男を除く3人の子の名前は，丙山が命名した。
(エ) 戊谷と反訴被告との生命保険契約の死亡保険金の受取人を丙山に変更する際，反訴被告の営業職員から電話で確認を受けた丙山は，戊谷の兄であると名乗った。
(オ) 戊谷の死亡により，同人が被保険者となり，丙山が死亡保険金の受取人となっている生命保険に基づいて，反訴被告から4000万円，安田生命保険相互会社から5000万円（後記オ（イ））の死亡保険金を受け取った。
(カ) 丙山は，乙原が平成10年8月14日から16日まで平和台病院に通院した際（後記ウ（ケ））には，同人に付き添っていた。
ウ 乙原について
(ア) 乙原は，昭和39年＊月＊日，千葉県印旛郡印西町（当時，現在は印西市）で出生し，平成9年＊月，フィリピン人女性と結婚したが，平成10年＊月，同人と離婚した。その離婚届の証人の1人は丙山であり，丙山は，乙原に離婚の手続きをすることを強く勧めた。
(イ) 乙原は，本件保険契約締結当時，土木作業員として稼働し，健康状態に問題はなかった。1か月20万円前後の収入があったが，株式会社オリエントコーポレーションに約32万円の，株式会社セントラルファイナンスに約70万円の負債があり，支払は滞っていた。
(ウ) 本件保険契約の月額保険料は2万8840円であり，保険料の支払は乙原が給料全額を反訴原告に渡しているからとの理由で，反訴原告の銀行口座からの引き落としとなった。その口座は，反訴原告が平成10年4月8日に開設したものである。
(エ) 乙原は，同年3月末か4月初めころ，反訴原告から妊娠したことを知らされた。乙原は，それ以前は1週間に二，三回，Cないし反訴原告の自宅を訪れていた。反訴原告の妊娠を知ってからは，毎日仕事を終えると千葉県印西市の自宅に帰宅した後に，Cと反訴原告の自宅に来て飲食等をしていたが，早朝に自宅に帰宅していた。
乙原は，食事の際にビールをよく飲んでいたが，母にはCでは丙山に無理に勧められるので酒を飲みたくないと言っていた。
(オ) 乙原は，同年4月，千葉県印西市から千葉県印旛郡白井町<番地略>に戸籍を移し，また，同年7月，反訴原告の肩書住所地に転入届を提出した。
(カ) 乙原は，同年4月27日，アリコ・ジャパンと，自己を被保険者，反訴原告を死亡保険金受取人とする生命保険契約を締結した。主契約，災害死亡給付特約及び傷害特約の各保険金額はそれぞれ1000万円であり，月額保険料は2万3220円であった。保険料の支払は，反訴原告の銀行口座からの引き落としとなった。
(キ) 乙原は，同年8月7日，反訴原告が妊娠している胎児を認知する旨の届出をしたが，胎児認知の手続きについては，丙山から教えられた。
(ク) 乙原は，同年7月ころから，疲れたとよく口にするようになったが病院に行ってはいなかった。
同年8月10日から勤め先はお盆休みとなり，昼間は自宅にいて，夜は反訴原告のところに行っていた。
(ケ) 同月14日，3日前からのムカムカ感，背部痛を主訴として平和台病院で受診し，軽い夏ばて（嘔吐症，食欲不振）と診断されて，吐き気止め（ナウゼリン）と胃薬（セルベックス）を処方された。
同日，車を運転中に気分が悪くなり，目眩がしてガードレールに車をぶつけ，へこんだ車で自宅に帰宅した。
同月15日，再度時間外に平和台病院で受診したが，体温は35.2℃，血圧128/73，全身倦怠感があったが，血算生化学は尿酸値以外に著明な異常値はなく，検尿にも異常はなく，CT検査でも異常はなかった。その日装着したホルター心電図では同月16日12時30分から12時32分の間に突然洞性徐脈が出現した。
同月16日午前10時ころ，自立歩行不能，呼吸苦ありで，休日であったが平和台病院で受診し，意識喪失発作を主訴としており，診察の結果は，血圧160/80，心拍数80，瞳孔散大，対光反射消失していた。心電図（ECG）上やや頻脈であるが明らかな異常ははっきりせず，CT検査によると両側淡蒼球に低吸収域があり，軽度浮腫変化があった。CT撮像後，呼吸が停止し，挿管，人工呼吸，心電図（ECG）モニタリングの上，松戸市立病院に救急車で搬送された。
同日午後2時，意識消失発作から呼吸停止，瞳孔散大を主訴として松戸市立病院の救急外来に搬送された。血圧は徐々に低下し，脳幹反射は消失し（−），臨床的に脳死状態となり，同月18日午前10時40分に死亡した。松戸市立病院の死亡診断書では，直接死因を急性心不全とされた。
(コ) 同日，松戸市立病院において病理解剖が行われ，主病変は，脳浮腫，脳軟化，副病変は，肺うっ血，肝うっ血，胃粘膜出血，びらん，副腎萎縮軽度，腎うっ血軽度，心著変認めずであった。
松戸市立病院において乙原の臓器（脳，肺，心臓，肝臓，腎臓，消化管，その他）はホルマリン液中で保存された。
(サ) 乙原には，明らかな疾病は診断されていないが，何らかの原因によって呼吸停止を来たし，以後，脳死状態を経過して死亡した。その呼吸停止の原因としては中枢抑制に起因した呼吸抑制が挙げられるが，具体的に中枢抑制をもたらす病的異常は見いだされず，薬物以外に具体例を挙げることはできない。中枢抑制をもたらす可能性のある中毒物質としては，睡眠薬系列，解熱鎮痛剤が考えられる。
そして，乙原の肝臓・腎臓（松戸市立病院でホルマリン液中で保存されていたもの）からサリチル酸が検出され，諸臓器からサリチル酸が定量されており，その濃度は死因になりうるものである。
また，サリチル酸中毒では，胃粘膜の出血を伴うことがあるが，乙原の胃粘膜には黒色の変色を伴っていること，病理組織学的に粘膜出血が見られ，一部に炎症性細胞浸潤を伴っていることも，サリチル酸摂取を示唆する所見である。
以上によると，乙原は急性サリチル酸中毒によって死亡した可能性が高い。
エ 戊谷について
(ア) 戊谷は，昭和39年＊月＊日生まれで，平成7年当時，土木作業員として稼働していた。
(イ) 戊谷は，丙山と相談の上，平成7年7月1日，安田生命保険相互会社と自己を被保険者，丙山を死亡保険金の受取人とする生命保険契約を締結した。月額保険料は2万1833円（1万9573円＋2260円）であった。
(ウ) 戊谷は，平成7年当時，反訴原告と同居しており，反訴原告と肉体関係があった。
(エ) 戊谷は，同年7月11日，真性赤血球増多症の疑いで平和台病院に入院したが，二，三日で回復し，同月29日退院したものの，同年8月3日に死亡し，その死亡の直接原因は，心筋梗塞の疑いとされている。
(オ) 反訴被告は，戊谷を被保険者とする契約に関して，戊谷の真性赤血球増多症についての病覚・加療歴について，契約前の発病を疑って調査したが確証を得られなかった。そのため，反訴被告は，死亡保険金の受取人である丙山に保険金を支払った。
(カ) 安田生命保険相互会社は，戊谷との生命保険契約について，告知義務違反を疑って調査したが，これを疑うべき要素はなく，また，犯罪性を思わす可能性はあるものの立証はできないとして，死亡保険金の受取人である丙山に5000万円を支払った。
オ サリチル酸中毒について
(ア) サリチル酸系解熱鎮痛剤としてはアスピリン（アセチルサリチル酸）があり，内服薬としてアスピリン末（日本化薬等多数），坐薬としてアストプレン（シオノギ等多数）等が処方薬として使われている。
(イ) 市販薬としてもバイエルアスピリン（1錠中0.5g含有）などアスピリン単体の商品や，バファリンA，ケロリン等の多くの解熱・鎮痛剤に含有されている。
(ウ) アルコール類（エタノール，メタノール，エチレングリコールなど）は以上の薬物の効果を相乗する。
(エ) アスピリンの中毒作用は，中枢神経に対する直接作用と体細胞内代謝障害及び止血凝固阻害作用の3つに大別される。
中枢神経への作用部位は嘔吐中枢，呼吸中枢及び第8脳神経である。この刺激により過換気，過呼吸や嘔吐が生じる。多量の服用では抑制的に作用し，混迷，昏酔を引き起こす。
(オ) 病因としては，自殺目的による多量服用，乱用によるものであり，中毒量は200mg/kg以上服用した場合で，成人で20g以上飲むと危険である。
(2) 事実認定についての補足
ア 証人丙山の供述及び陳述書（乙13）は，反訴原告との肉体関係があることを否定するなど客観的事実にも反する内容であり，他の証拠に沿う部分を除いてはこれを信用することができない。
イ 反訴原告は，反訴原告の四男は乙原の子であると確信しており，丙山の子であるとは全く思わなかった旨供述するが，丙山と乙原の両者と同時期に肉体関係があったとしても，どちらの子であるか不明であるというのであればともかく，丙山の子であることを完全に否定するのは不自然であり，あえて丙山との関係を希薄にしようとする意図が窺われ，また，丙山が乙原に飲酒を強いていたにもかかわらず，Cでの乙原の飲酒量は，焼酎のウーロン茶割りを1杯程度であったとして，Cでの飲酒量を過少なものにしようとする不自然な点もあり，反訴原告の供述及び陳述書（乙6，14）は，他の証拠に沿う部分を除いてはこれを信用することができない。
ウ 反訴被告は，戊谷の死亡には第三者の関与が疑われ，不自然な点があるかのような「不審死」であると主張するが，戊谷を被保険者とする生命保険の保険者である反訴被告及び安田生命保険相互会社は，不審を抱いて調査したものの免責事由はないと判断して死亡保険金を支払っており，戊谷の死を本件訴訟においてその死に第三者が関与したとの疑問の余地がある「不審死」ということはできない。
(3) 検討
ア 本件保険契約の締結
反訴原告の4人の子のうち3人は丙山との間に生物学的な父子関係が存在すると極めて強く推定できるのであり，平成4年5月に反訴原告が丙山の経営する飲食店で働き始めて以降，反訴原告と丙山はいわゆる愛人関係にあったと推認できる。そして，その3名の子の命名は丙山がしており，反訴原告及び丙山はそれらの子が丙山の子である可能性を認識していたということができる。
丙山には，かつて戊谷の生命保険契約により9000万円もの保険金を手にした経験があり，反訴原告とともに乙原に生命保険契約を締結するように働きかけることを計画し，反訴原告が，乙原に対していかにも乙原の子を妊娠したかのように告げて，乙原に反訴原告が妊娠した子が自分の子であると誤信させ，乙原に生命保険契約を締結する動機を形成させたと考えられる。なお，保険料については，100万円余りのローンを抱える乙原が支払えなくなることをおそれて，反訴原告がその支払ができるようにするために保険契約締結前に銀行口座を開設したと推察される。
そして，丙山は，戊谷の件では結果的には保険金を取得したものの，兄ではないのに兄と装っていたことで，保険会社に疑義を抱かれたため，乙原の件では，保険会社に疑われないように，乙原に法律上の妻との離婚手続きを働きかけ，また，一般的には子の出生後にすると思われる認知届を，丙山は乙原に子の出生前に胎児認知の届出をさせており，反訴原告が受取人となることに不自然さが残らないようにしたと考えられる。
イ 急性サリチル酸中毒の原因
乙原は，前記認定のとおり急性サリチル酸中毒によって死亡した可能性が高く，平成10年8月14日の嘔吐等の症状からすると，その日にサリチル酸系解熱鎮痛剤を摂取したと推認される。なお，サリチル酸系解熱鎮痛剤は市販薬もある誰にでも入手が可能な薬剤である。
ところで，自らがサリチル酸系解熱鎮痛剤を多量に服用するのは，自殺以外にその可能性は考えられないが，自殺を企図した者が病院で受診したり，車を運転するとは考えがたいから，乙原が自らこれを服用したということはできず，第三者から投与されたと推測するのが相当である。
そして，同月15日，16日における乙原の症状の増悪に鑑みると，同月14日以降もサリチル酸系解熱鎮痛剤を第三者から投与されたと推測するのが相当である。
ウ 投与した第三者
乙原に投与可能であったのは，そのころ同人と接触したその親族，反訴原告及び丙山である。
乙原の親族については，乙原をあえて急性サリチル酸中毒に罹患させようとする動機が本件証拠を総合してもこれを認めることができない。
そうすると，反訴原告及び丙山が投与可能な第三者ということができる。
エ 故意免責
以上のとおり，反訴原告と丙山は，愛人関係にあり，互いに意を通じて，乙原が自然に本件生命保険契約の締結をするように働きかけ，また，保険会社からも反訴原告が死亡保険金の受取人となることに疑いを抱かれないように，乙原の法律上の妻と離婚させ，また，反訴原告が妊娠した子を胎児認知をさせた上で，乙原を急性サリチル酸中毒に罹患させて死亡させたと推認することができる。
したがって，乙原の死亡は，本件約款1条の，被保険者の死亡が，死亡保険金受取人の故意により生じたときに該当するから，反訴被告は本件保険契約に基づく死亡保険金支払義務を免責される。
2 結論
よって，その余の点を判断するまでもなく，反訴原告の請求は理由がないから棄却することとして，主文のとおり判決する。
（裁判官・竹内純一）