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千葉地方裁判所佐倉支部 平成9年(ワ)100号 判決 1999年2月17日

原告

渡辺健

右訴訟代理人弁護士

福原弘

白井徹

被告

四街道市

右代表者市長

中台良男

右訴訟代理人弁護士

向井弘次

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金五五一一万二三七四円及びこれに対する平成八年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告主催のテニス教室の講師として初心者の指導をしていた原告が受講生の打ち返した硬式テニスボールが右眼に当たり、視力が0.05に落ちたことを理由として被告に対し、安全配慮義務違反の債務不履行責任、使用者責任、指図違反による不法行為責任に基づき、既払金三一四万二〇〇〇円(被告から二六三万二〇〇〇円と分離前の被告新宮明彦から五一万円の合計額、争いのない事実)を控除した残額である五五一一万二三七四円及びこれに対する後記の本件事故発生の日である平成八年四月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し、被告がこれを争っている事案である。

一  争いのない事実等(証拠を明示した以外の部分は争いのない事実)

1  被告の教育委員会保健体育課は、昭和六〇年頃から、市民サービスの一環としてテニスの初心者に対して硬式テニスの初歩的技術を習得させることを目的としたテニス教室を開催してきた。被告は、市政だよりで平成八年度の参加希望者を募るとともに、同八年二月頃、四街道テニス連盟(以下、テニス連盟という。会長多田謹次、以下、多田会長という)に対し、講師の派遣、運営を委任した。多田会長は会員らに対し、テニス教室の講師要請を行い、テニス連盟の理事でもある原告はこれにボランティアとして参加することになった。

2  被告は、同八年四月一三日、一四日、二〇日、二一日、二七日、千葉県四街道市鹿渡無番地所在の四街道市中央公園庭球場(以下、本件テニス場という)において、初心者硬式テニス教室(以下、本件テニス教室という)を開催した。

3  原告は、ハウス食品株式会社に勤務し、マーケティングマネージャー室においてレトルトカレーの製品開発等を担当している者であるが、同五年にテニス連盟に加盟し、同八年までにそのメンバーとして過去五、六回にわたり、テニス教室に講師として参加した経験を有していた(甲第七号証、原告)。

原告は、市内のテニス大会でも相当の実績を残し、同八年当時、テニス連盟の理事を務めていた。

原告は、本件事故当日も講師として本件テニス教室に参加したが、講師の中でも技量、知識において優れ、多田会長もリーダー的な存在として一目置いていた(証人多田謹次の供述、弁論の全趣旨)。

4  分離前の被告新宮明彦(以下新宮という)は本件テニス教室の受講者であった。

5  原告は、平成八年四月一三日、本件テニス場のテニスコート一面のハーフコートを使用し、ネットを境にして反対側に立っている受講生に対し、ラケットで球を送り、これをその受講生に打ち返させるというストローク練習の指導をしていた。その際、新宮は、同一コートの他のハーフコートにおいて、テニス連盟の他の講師小島紀代子(以下、小島講師という)からバックハンドによるストロークの指導を受けていたところ、同日午前一〇時頃、小島講師が新宮の左側に球出しをしたことから、新宮はベースラインから一、二歩前に踏み込んでバックハンドで小島講師に向けて打ち返そうとしたが、球は過って反対側のハーフコートで指導していた原告に向けて打ち返された。その際、原告は、球を籠から取り上げて顔を前に向けて打つ動作に入ろうとしていた(原告の供述)ことから、右硬式テニスボールを右眼に受け、右眼球打撲、右黄斑出血、右網膜浸盪症、右脈絡膜破裂等の傷害(以下、本件傷害という)を負った(以下、本件事故という)。

二  争点

1  被告の責任

(一) 原告

(1) 本件事故発生の予見可能性

本件テニス教室は、初心者に対し、「硬式テニスの初歩的技術を習得させる」ことを目的としたテニス教室であるところ、初心者の場合、誤った方向に球を打ち出す可能性がある。したがって、別紙図面(以下、図面という)のとおり一つのコートを縦に仕切り、ハーフコートで二組が練習すれば、初心者の打球が反対側のハーフコートの講師の眼部に衝突し、視力障害等の重大な障害をもたらすことも予見可能であった。このことは、過去、被告が主催したテニス教室において、昭和六二年から同六三年頃開催されたテニス教室の際、被告の委託により講師を務めた服部静香(以下、服部講師という)が本件事故とほぼ同様の態様で隣のハーフコートの受講生の打球を左眼に受けて負傷しており、本件事故当日も他の組の講師を務めていた講師の中川義(以下、中川講師という)が他の組の受講生の打球を眼に受け、眼鏡が歪むという事故が発生したことからも首肯することができる。

(2) 安全配慮義務違反(民法四一五条)

① 履行補助者による安全配慮義務違反

田所英明講師(以下、田所講師という)は、被告から本件テニス教室の講師を委託されたが、前記予見可能性があったのであるから、本件事故を回避するため、被告の履行補助者として他の講師と受講生の配置の決定に当たり、その間隔について配慮し、講師である原告の身体を危険から保護するように配慮すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠り、一コートで二組の受講生の練習を行わせて本件事故を惹起したのであるから、被告は原告に対し、田所講師を履行補助者とする安全配慮義務違反に基づく責任を負う。

② 固有の安全配慮義務違反

被告は、前記予見可能性があったのであるから、本件事故を回避するため、受講生相互間と講師の配置の決定に当たり、その間隔について配慮し、講師である原告の身体を危険から保護すべき安全配慮義務があったにもかかわらず、これを怠り、一コートで二組の受講生の練習を行わせて本件事故を惹起したのであるから、被告は原告に対し、安全配慮義務違反に基づく責任を負う。

(3) 使用者責任(同法七一五条)

被告は、市民サービスの一環として本件テニス教室を開催し、テニス連盟の田所講師に対し、本件テニス教室の講師を委託した。したがって、田所講師としては、前記予見可能性があったのであるから、本件事故の発生を回避するため、受講生と講師の配置の間隔について十分に安全性を配慮すべき注意義務があったのにこれを怠り、業務の執行として、原告らに指示して本件練習方法によりストロークの指導を行わせ、本件事故を惹起した。

よって、被告は、原告に対し、田所講師を不法行為者とする使用者責任を免れない。

(4) 不法行為責任(同法七〇九条、七一六条但書の類推)

被告は、前記予見可能性があったのであるから、本件事故を回避するため、本件テニス教室の講師を委任したテニス連盟ないしその構成員である原告らに対し、講師と受講生間に十分な間隔を保つように指導し、同義務が遵守されない場合には直ちに練習を中止させる等の注意義務があったのに、これを怠り、テニス連盟ないし講師が右間隔を確保しないまま練習を行うのを漫然と放置したのであり、準委任ないし指図について過失があるから不法行為責任を免れない。

(二) 被告

(1) 被告は、テニス技術の知識、経験を有しないことから、テニス連盟に開催運営を委任したのであり、特殊な知識や経験、才能、技術を目的とした高級労務が問題になる場合には、委任事務の遂行に際しては受任者の自主的裁量が広範囲に及ぶのであり、被告が練習方法について注文指図すべき点はない。

(2) 本件練習方法はよく採用される方法であり、本件事故当日も原告を含む講師の判断で採用されたのであるから、被告側には原告を含む講師らが受講生の過って打ち返した球を回避できないとの予見可能性はなかった。

(3) 田所講師は被告に従属しその指導監督に服する関係にはないから、同講師は被告の履行補助者ないし被用者ではない。

(4) よって、原告主張の責任原因事実はいずれも理由がない。

2  損害

(一) 原告

(1) 治療費 一万一八四五円

(2) 通院交通費 三〇四〇円

(3) 診断書作成 一五〇〇円

(4) 逸失利益四六一七万七九八九円

年収額(917万8170円)×労働能力喪失率(損害等級9級、35パーセント)×ライプニッツ係数(労働能力喪失期間26年、14.3751)

なお、原告の収入は本件事故後も減少していない。しかし、原告の右眼視力は1.2から0.05まで低下したから、後遺障害等級九級に相当し、三五パーセントの労働能力を喪失した。また、原告は勤務先で食品開発業務に従事しており、仕事上、視力が重要な能力として要求されるところ、将来にわたり昇進や昇給、転職等につき、視力障害を原因とする不利益を被る虞があるからこれを認めるべきである。

(5) 通院慰謝料六六万円

(6) 後遺障害慰謝料六四〇万円

(7) 弁護士費用五〇〇万円

(二) 被告

争う。被告は原告に対し、被告が加入した傷害保険金から二六三万二〇〇〇円を支払ったが、これは法的責任の有無を問わずに支払われたものである。

3  過失相殺

(一) 被告

原告は、他の組の受講生の返球方向を充分に確認すべきであったのにこれを怠った。

(二) 原告

原告は、自らの担当する組の受講生が練習により充分な成果を上げられるようにするため、ストローク練習においては受講生のフォームを見て必要な助言を与える等、細心の注意を払って自分の担当する組の受講生の動きを注視しなければならなかった。このような状況で原告が反対側のハーフコートにいる受講生の動きやその打球の方向について完全な注意を払うことは不可能である。しかし、原告は、できる限り、受講生に対する球出しを行うに当たり、ネットから離れて立つとともに受講生の打球の方向にも極力注意する等、講師として可能な限りの注意を払っていた。しかし、原告の左側のハーフコートの受講生の返球の方向について完璧な注意を払うことはできなかったし、新宮の打球の速度、威力からしても、原告が打球を避けることは不可能であった。

第三  争点に対する判断

一  事実経過等(争いのない事実等、甲第一、第二、第四号証、第六号証の一ないし六、第七ないし第九号証、乙第一号証、証人小島紀代子、同多田謹次、原告、分離前の被告新宮明彦の各供述、弁論の全趣旨)

1  テニス連盟(会員約二〇〇名)は、四街道市内の各種テニス同好会や個人参加者で構成される同市体育協会の下部組織として独自の経営を行っている団体である。

ところで、被告は、昭和六〇年頃から、市民のために「初心者用硬式テニス教室」を企画・主催するようになった。しかし、被告側内部にはテニスの技術・知識を習得している者はいないため、通常、被告はテニス会場に担当者一、二名を立ち会わせ、開会と閉会の挨拶、予備のラケット、球、ネット等の備品の運搬、練習終了後の連絡等を担当させるに留め、第一回目からテニス連盟(専門的知識も技量も相当程度有するテニス愛好者で構成)に講師の派遣を依頼して来た。これに対し、テニス連盟は、被告のテニス教室での指導を年間主要事業の一つとして位置付け、理事ら役員を中心に毎回十数名の講師を派遣してきた。

この間、原告は、平成五年にテニス連盟の理事に就任し、同八年までに被告主催のテニス教室の講師を五、六回も経験する等、テニスの技術、知識、指導方法等においてかなり習熟し、テニス連盟の多田会長さえもリーダー的な存在として一目置く存在であった。

2  被告は、同八年二月頃、テニス連盟との間で、例年どおり「初心者用テニス教室」の日程と準備について協議した。その際、テニス連盟は、被告側から四〇名規模で初心者講習会を開催してほしいとの依頼を受け、例年どおり具体的な練習方法や内容を一任された。その際、テニス連盟は、被告の案では本件テニス場の使用コートが二面とされていたことから、参加予定人数や講師の数に照らしても、コート三面が必要であると考え、これを要求したところ、被告も直ちに三面を確保した。なお、本件テニス場にはコート五面があったが、講師の人数や他の利用者を考慮すると三面が限界であった。

3  右経過を辿り、約四〇名が同八年度の初心者テニス教室に応募し、開催日の同八年四月一三日には欠席者を除く三十数名の受講生、テニス連盟から多田会長、原告以下十数名の講師、被告側からも三名の担当者が参加した。まず、被告の担当者らは、球・ネット等の用具類を準備した上、受講生の受付や名札を配布し、主催者として冒頭挨拶を行った。次いで、テニス連盟の多田会長が挨拶し、講師十数名が紹介された。その後、出席した十数名の講師が、多田会長の指示で三コートに三、四人ずつ割り振られ、原告は、田所講師、小島講師らと後記C組を担当することになった。

他方、受講生は、基本的には本人の自己申告に基づき、①ラケットを握ったことのない者のグループ(以下、A組という)、②ラケットを握ったことがある程度の者のグループ(以下、B組という)、③多少練習がハードであっても耐えられる者のグループ(球の回転数が多少早くても対応可能であり、講師とラリーができる程度のグループ、以下、C組という)に区分けされたが、いずれのグループもストロークを的確にねらった方向に打ち返す技量を有しない者が殆どであった。当日の参加者は、男性は八名前後にすぎず、殆どの男性がC組に参加したため、新宮もC組を選択した。

4  右経過を辿り、各グループは各コートにそれぞれ集合し、講師らと準備体操後練習を開始したが、コートの使い方、練習内容・方法については、被告からの指示はなく、テニス連盟に一任され、多田会長も各コート担当の講師の話し合いによる裁量に任せた。

C組においては、田所講師が、一講師当たりの受講生数を少なくして効率よく練習し、指導を徹底するため、図面のとおり一面のコート(縦約二四メートル、横約一一メートル)を縦に二分し、各ハーフコートにおいて各講師が二組に分かれた受講生に対し、球出しを複数回行い、受講生が講師に向けて続けざまに返球するというストロークの練習方法を提案し、原告や小島講師も異存なく同意した。即ち、①講師及び受講生を第一グループ、第二グループに分ける、②講師らは図面記載の各講師の位置に立ち、受講生が数歩程度踏み出して打てる位置に球出しを行う、③受講生はベースラインよりも若干後ろに立って球を待ち受け、ベースラインの中に数歩踏み込んでこれを打ち返す体勢をとる、④各講師はネットより数メートル離れた位置から、ネット越しに受講生ごとに一回につき一球ないし三球を打ち出す、⑤受講生はフォアハンドのストロークで球を打ち返した後、反対側のハーフコートのグループの列の最後尾に並んで他方の講師の打ち込みを待つ、⑥フォアハンドによるストロークを練習後、同様にバックハンドで一球ないし三球、フォアハンド・バックハンド・フォアハンドの順で一球ずつ(合計三球)打ち返すという手順で練習を繰り返した(以下、本件練習方法という)。その際、球出しを行う講師二名以外の講師はコートサイドないしベースライン後方で待機し、受講生ごとに注意を加えるという指導体制がとらえた。

5  本件練習方法は、格別目新しいものではなく、従来からしばしば一般的にテニス教室において採用されている方法であり、被告主催の昭和六〇年頃からの初心者硬式テニス教室においてもテニス連盟により同様の方法が採用され、当日、他のコートでも採用されていた。原告は、過去の講師経験からも本件練習方法を危険と感じたことはなかった。しかし、初心者の場合には、球を捉えるタイミング、ラケットと球の角度、体のバランスの取り方等が適正でないことから、上体に力を入れて返球する傾向があるため、ラケットや球のコントロールが自由自在にならず、力一杯打つ傾向があり、球筋が不安定になる傾向がある。

6  原告は、本件事故当日、自己と小島講師の担当するC組の男性の多くが力任せに打ち返す傾向があったことから身に危険を感じた。そこで、原告は受講生に対して「もっと軽く打つように」と注意を与える等したが、受講生の打ち方はなかなか改善されなかった。そこで、原告は、通常の講師であれば、ネットから数メートル離れた位置から球出しをするが、安全を確保するために通常の位置よりも更にネットから離れ、原告側のコートのハーフラインまで約一メートル(ネットから約五メートル。甲第九号証の写真Eの原告のネットからの位置、原告らの身長等から推認)付近に下がって球出しを行う体勢をとった。

そこで、原告は、受講生が打ち返した位置から原告の立っていた位置までは少なくとも約一七メートル(図面のとおりベースラインからネットまでの距離約一二メートルと前記約五メートルを考慮すると、その合計距離は約一七メートルに達するが、同距離から受講生の踏込距離約二メートルを控除した上、受講生が原告の斜め前方対角線上に位置するこことを考慮すると、両者の間隔は少なくとも約一七メートルは存在したものと推認される)の距離を確保できたこともあり、原告のリズムで球出しを継続した。この間、原告は、被告側の担当者、テニス連盟の多田会長ないしC組の田所講師に対し、受講生が「力任せに打つために危険を感じている」等と報告したこともなかった。

7  以上の経過を辿り、同八年四月一三日午前一〇時頃、本件事故が発生し、原告は右眼打撲、右黄斑出血、右網膜部の脈絡膜破裂等の傷害を被った。原告の右眼は黄斑部の脈絡膜破裂により眼の中心部分が見えない状態になっているために矯正不可能であり、視力は1.2から0.05に落ちた状況にある。

二  検討(争いのない事実等、前記一認定の事実を前提)

1  安全配慮義務違反(民法四一五条)

(1) 直接の義務違反

安全配慮義務違反(当事者間の法律関係の付随義務として信義則上生じる義務違反)は、債務不履行を理由とする賠償責任であり、その前提として原告と被告間に使用従属関係を生じる契約関係ないしこれと同視できる法律関係が存在することが不可欠である。

ところで、被告は、テニス連盟に講師の派遣を要請し、その会員である講師らが初心者テニス教室を指導することになったのであるから、被告とテニス連盟ないし原告ら講師との法律関係は、本来、本人からの独立性と裁量性を有する準委任であると解されるが、その場合でも具体的な労務の内容、指揮監督関係、専属関係の有無等を考慮し、被告と原告間に使用従属関係が認められる場合には安全配慮義務違反が問題となる余地がある。

そこで、本件についてみると、前記のとおり、①被告はテニスの専門的な指導力、技量、知識を有する人材の確保が困難であったことから、これらの能力を有する会員で構成されるテニス連盟(被告との間に専属関係はない)に講師の派遣を依頼し、派遣された原告ら講師に対し、初心者テニス教室の練習内容・指導方法を一任したこと、②本件練習方法は、田所講師の発案により、原告ら講師が同意して実施されたものであるが、初心者テニス教室において世上しばしば採用される練習方法であること、③テニス連盟も従前から本件練習方法を実施していた上、原告自身も従前のテニス教室でも右方法による指導経験があり、その過程で危険を感じたことはなく、格別異例な練習方法であるとも考えていなかったこと等が明らかであるから、本件練習方法は社会的にも相当な練習方法であり、その採否はもっぱら本件テニス教室の指導を任された田所講師や原告を含めた講師側の自由裁量に属する事柄であって、被告が本件テニス教室の指導方法、練習内容に容喙する必要性はなかったと認めるのが相当である。そうすると、被告と原告や田所講師らとの間には、使用従属関係を生じる契約関係ないしこれと同視できる法律関係はなかったというべきである。

このことは、一般にテニス教室の主催者としては、専門的な知識、指導力、技量を兼ね備えたと思料される外部講師に練習指導を任せた場合、講師側が選択した練習方法に伴う危険(講師の受傷等)については、講師の技量が拙劣であり、当該練習方法の実施によって講師自身が受傷することが明らかである等の格別の事情がない限り、講師側が自らの技量、指導力により危険を回避できるものと信頼して練習内容・方法等に関しては干渉しないのが通常であるところ、前記原告のテニス歴、技量、指導経験に照らすと右格別の事情を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はないこと及び本件事実関係の下では、被告は原告が本件練習方法の過程で受講生の打球を回避できず、これを眼に受けて受傷することの予見までは困難であり(原告自身も本件事故を予見し受傷覚悟で指導していたとは到底考え難い)、本件練習方法に関し原告ら講師を指揮監督する必要性もなかったとみるのが条理にかなうこと等からも首肯することができる。

なお被告は、本件テニス教室を企画、主催し、コート、用具類の準備、受講生に対する事務連絡等を行ったことは認められるが、同事実から当然に講師の被告に対する使用従属関係等が認められるというものではない。

(2) 履行補助者による義務違反

原告は、田所講師が被告の履行補助者であり、同講師に安全配慮義務違反がある旨を主張する。

確かに、C組では田所講師の発案に基づき本件練習方法が採用されたことは認められるが、他方、①前記認定・説示のとおり、被告は本件テニス教室における各コートの使い方、練習内容・指導方法をテニス連盟に一任したのであり、田所講師を含む講師らに対する指揮監督権はなかったこと、②テニス連盟の多田会長は、各コートごとに担当講師を三、四人ずつ割り振ったが、具体的な練習内容・指導方法に関しては、各コート担当の三名ないし四名の講師の話し合いによる裁量に任せたのであって、田所講師に対し、C組担当の原告ら他の講師に対する指揮監督権や練習方法・練習内容の決定権を付与したわけではないこと、③C組で本件練習方法が採用されたのは、田所講師の発案に原告や小島講師らが異存なく同意したためであること等が明らかである。

右によると、田所講師が、事実上C組の進行役を務めたとはいえるけれども、原告ら他の講師に対する指揮監督権を有する被告の履行補助者であったとまでは認めることはできない。

(3) 以上のとおり、被告と原告や田所講師との「使用従属関係」はもとより、田所講師が被告の「履行補助者」であると認めることは困難であるから、これらの存在を前提とする原告の安全配慮義務違反の主張は理由がない。

2  使用者責任、指図違反の不法行為の成否

(1) 使用者責任の成否

使用者責任の要件である使用関係の存在は広く他人を自己の指揮下において仕事をさせることをいうから、労務の形態において、本来、供給者側の自主性・独立性を本質とする契約関係(請負、委任等)の場合でも、本人が他人に対して実質上ないし事実上の指揮監督権を有する等の格別の事情がある場合には使用関係の存在を認め得ると解するのが相当である。

しかし、被告と田所講師との間には、使用関係(使用従属関係)が認められないことは前記説示のとおりであるから、これを前提とする使用者責任の主張も理由がない。

(2) 委託ないし指図の過失の有無

原告は、被告が民法七〇九条、七一六条但書の類推適用により、準委任ないし指図についての過失責任を免れない旨主張する。

ところで、右但書の趣旨は、指図上の過失と損害との間に相当因果関係があれば注文者は七〇九条の不法行為責任を負う旨の注意的規定であるが、初心者テニス教室の指導は、本来、講師の自主性・独立性をその本質とするものであるから、右責任が認められるためには、当該仕事自体が他人に損害を与える蓋然性が顕著なとき又は進行中の仕事が他人に損害を与えるおそれのあることが明瞭なのにこれを続行させたり、何ら予防措置を指示しなかった場合にはじめて「過失」を首肯できると解するのが相当である。

そして、本件事実関係の下においては、本件テニス教室に対する講師派遣ないし講師を依頼することが他人に損害を及ぼす蓋然性が顕著であったとはいえないし、講師側が決定(田所講師の提案で原告らも同調)した本件練習方法によって本件事故が発生することが明瞭であったとまでは認め難いから、被告側が予防措置を講じることを期待することは困難であったというべきである。

よって、指図違反等の過失を前提とする民法七〇九条、七一六条の類推適用による責任も理由がない。

3 仮に、被告と原告との間及び田所講師との間に指揮監督関係が認められ、また、田所講師が被告の履行補助者ないし被用者であったとしても、本件事実関係の下では安全配慮義務違反ないし使用者責任を認め難いというべきである。即ち、本件練習方法を採用する場合には、受講生の打球が過って反対側のハーフコートに飛び込む危険性があることは通常予見可能であるから、原告ら講師としては、右打球が自己に衝突するのを回避するため、自己のハーフコート内の受講生に対する球出しのみに専念せず、反対側のハーフコートの講師の球出し状況、受講生の動静や打球方向に注意を払いながら、籠から球を取り出したり、受講生に球出しを行う等して衝突事故を回避するための基本的注意を尽くすべきことが当然に要請されるのであり、講師相互間でも通常予見可能な危険に対しては相互に回避措置を講じるであろうことを信頼、期待しながら、各自の役割を担うというのが通常の事態の推移である(このことは、証人多田が「初心者に本件練習方法を採用する場合には、講師は、反対側のハーフコートの受講生が球をどこに打ち返すか不明であることに照らし、その返球方向を確認してから、球を自己の担当する受講生に向けて打ち込むようにするのが基本的な留意事項である」旨を供述していることからも窺うことができる)。他方、原告は、本件事故当時、八年以上のテニス歴があった上、過去五、六回にわたって被告の初心者テニス教室の講師を務め、テニス連盟の多田会長もリーダー的存在として一目置く程の技量、知識、経験を兼ね備えた講師であったのであり、本件事故当日も力を込めて球を打ち返す受講生がいることを察知して危険を感じ、力まずに返球するように注意したり、図面のとおり定位置の小島講師よりも更に一メートル数十センチ後方でネットから約五メートルの位置付近において球出しを行った程であるから、反対側のハーフコートの受講生の強い打球が過って自己の担当するハーフコート内に飛来する危険も当然認識していたといえる。かような原告の技量、経験、危険性の察知能力等に照らすと、原告は右打球を回避するため、左斜め前で指導していた小島講師の動静はもとより、約一七メートル斜め前方の受講生の動静や打球の方向を確認しながら、籠から球を取り出し、受講生に対して球出しを行うことは可能であったというべきである。してみると、右打球による危険は本件練習方法の過程で通常予想し得るものとして原告自らの判断と責任で回避すべきものであったから、被告側ないし田所講師の原告に対する義務違反はなかったというべきである。

4 関係証拠の検討

(1)  原告は「本件練習方法を採用した際、本件事故を回避するため、二名の講師が他の組の状況に留意しながら交互に球出しをするとすれば、球を出すリズムが崩れて現実的な練習方法ではなくなる。結局、本件事故を回避するには一面のコートで一組が練習するほかない」旨を供述する。

確かに、講師は、本件練習方法で指導する場合、本件事故を回避するためには他の講師の動静や受講生の動静及び打球の方向等を確認しながら、交互に球出しを行うことも必要であろうから、自己のリズムのみで球出しできないことは自明である。しかし、本件練習方法(講師二人が各六、七名を指導)は、講師一人が十数名に一コートで球出しをしてストローク練習の指導をする場合よりも効率的であり、より充実した指導が可能になることは否定できないし、受講生としてもストローク練習を一列十数名で指導を受ける場合と一列六、七名で指導を受ける場合とでは充実感も異なる上、比較的短時間のうちに左右の異なるコーナーからハーフコート内に入り、複数の講師の打球や異なる方向からの打球を打ち返すことが可能な練習方法であるから、前記問題点があったとしても、本件練習方法の有用性、相当性を否定することはできず、結局、本件練習方法の採否は前記のとおり講師の裁量の範囲に属する事柄であるというべきである。

してみると、原告としては、本件練習方法が採用された以上、自己のリズムで球出しができなくなるとしても、反対側のハーフコートの講師や受講生の動静、打球の方向等に留意しながら、籠から球を取り出したり、球出しを行うことにより、事故を回避すべき基本的な注意を尽くすべきであったというべきである。

(2)  原告は、「球出しの際には隣の組の様子も当然視野に入っているから、注意を払うがそれにも限度がある。本件事故の際には球を手に取って顔を上げる際であったし、新宮の球が強かったので全く視野に入らなかった」旨を供述する。

しかし、原告の供述によると、原告は、小島講師とともに担当したC組の受講生の中には強く打ち返す者が何人かいることを熟知していた上、方向性を過って打ち返す受講生もあり得ることを認識していたと推認されるから、自己の球出しのリズムや能率が落ちたとしても、本件練習方法を採用した際に通常予見可能な危険を避けるため、前記のとおり小島講師や他の受講生の動静、球筋を見極めながら、球を籠から取ったり、球出しをすべきであった。殊に、本件事故当時、小島講師は受講生にバックハンドで打ち返す練習をさせていたのであり、原告としてもフォアハンドに比較して球筋より不安定になりがちであることを認識し得たのであるから、一層反対側のハーフコートに対する注意を払うべきであった。しかるに、原告は、前記のとおり、事故回避のための十分な注意を尽くさなかったため、本件事故に遭遇したといわざるを得ない。

(3) 甲第七、第八号証によると、原告は、被告が主催したテニス教室において、昭和六二、三年頃開催されたテニス教室の際、服部講師が受講生の打球を顔面に受け、茶目剥離の傷害を負った事故があり、本件事故当日も他のテニスコートの中川講師が受講生の打球を眼に受け、眼鏡が歪むという事態が生じたことは等は認められる。

しかし、本件練習方法は、前記のとおり社会的にも相当な方法であるから、これを採用した以上、講師としては他の講師、受講生の動静や打球の方向に注意しながら、ストローク練習を行うべきであって、服部講師らの事故も、原告と同様、講師としての基本的注意を怠ったことにより発生した可能性も否定できないところである。また、スポーツ練習において過去に同種の事故があったからといって当該指導方法(社会的に相当な指導)を一律に禁止するのではスポーツの向上を妨げることにもなりかねないから、各人が同種の事故の発生を回避するための基本的注意を尽くしながら、なお同種の練習方法を繰り返すことはしばしば見られる事態である。更に、甲第七号証、証人小島紀代子の供述、弁論の全趣旨によると、テニス連盟は、服部講師の事故後、各講師に対し、常に受講生のストローク練習の際の打球に留意するよう注意を喚起していたというのであるから、原告としても服部講師の事故を踏まえ、本件練習方法の際には万全の注意を払うべきであったというべきである。

したがって、過去ないし本件事故当日に本件事故と同種の事故が発生したとしても、直ちに本件結論を左右するものではない。

第四  結論

よって原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判官市村弘)

別紙図面<省略>

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