千葉地方裁判所佐倉支部 昭和26年(ワ)42号 判決
原告 秋葉由太郎 外一名
被告 中島ミサ
一、主 文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、
「被告は原告等に対し金六一、〇〇〇円及びこれに対する昭和二六年一二月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決並びに仮執行の宣言を求め、
その請求の原因として、「原告等の二男秋葉秀雄は訴外峰嶋延蔵、同斎藤信両夫妻の媒酌により昭和二六年四月二六日被告と結婚式を挙げ婚姻の予約をし、爾来事実上の夫婦として原告等方で同棲していたが、被告が同年五月一四日実姉の病気見舞がてら実家へ仕事の手伝いに行くから二、三日暇をもらいたいと申し出たのでこれを許し、家人を付添わせて途中まで見送らせたところ、同月二〇日になつても帰来しないので、原告由太郎において迎えに行き、次いで同月二七日には秀雄自ら迎えに行つたが、それぞれ被告の母から二、三日被告を貸してくれといわれ、やむなく諒承して被告方を辞去した。翌二八日には被告側の媒酌人たる訴外斎藤信が来訪して、永逗留の謝罪と共に、前同様の依頼の趣旨を伝えたので、被告帰来の際はその移動証明書を持参するよう伝言を頼んでおいた次第である。それでもなお被告の帰来を見なかつたので、秀雄ははじめて不審をいだき、こんどは手紙で被告に帰来方を促したが返事もなかつたため、右斎藤信に依頼して被告並びにその両親の真意を訊したに対し、被告は帰来の意思なきことを言明した。そこで秀雄は更に同年七月一一日念のため自ら被告方に赴き帰来方を促したが、被告はこれに応ぜず、媒酌人をもつて返事する旨を答えた。かくて秀雄はかように被告が勝手気ままの態度をとり、何等正当の事由なくして婚姻予約上の義務を回避するものであることを明らかに覚つたので、本訴において本件婚姻予約を解除し被告の右理由なき違約により秀雄の蒙るに至つた有形、無形の損害、すなわち(一)有形の損害としては、秀雄が予約当時の別紙目録<省略>記載のごとき合計金四一、〇〇〇円の諸費用を出費したところ、すべて無用に帰したための同額の財産的損害、(二)無形の損害としては、秀雄が中流の農家に生れ、洋服裁縫業により相当の生活を営む四〇歳の初婚者であるに対し、被告は農業を営む訴外中島一郎の娘で三五歳である点その他を考慮し、秀雄の受けた精神的苦痛に対する慰藉料金二〇、〇〇〇円、以上合計金六一、〇〇〇円の支払を求めるため本訴に及んだわけであるが、秀雄は本訴提起後昭和二七年三月二一日死亡し、両親たる原告等が、その相続をしたから、原告等においてこれを訴求する。
被告の抗弁に対し、「秀雄が体躯やや倭小だつたことは認めるがその余の抗弁事実はすべて否認する。仮に秀雄に被告主張のごとき性的欠陥があつたとしても、それは民法上婚姻取消の原因又は離婚事由ではないし、民法所定の離婚事由の一たるその他婚姻を継続し難い重大な事由があるときに該当するかどうかは、一に裁判所の判断を待つて後しかるべきものであるから、これをもつて当然予約破棄の正当なる事由とすることはできない。」と陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は、
「主文同旨」の判決及び原告勝訴の場合における仮執行の宣言不許の裁判を求め、
答弁として、「原告等主張の事実中、原告等の二男秋葉秀雄と被告が原告等主張のごとく結婚式を挙げて同棲していたこと、被告が実家に帰つたこと、秀雄が二回にわたり被告方を来訪したこと及び洋服裁縫業者であること、秀雄及び被告の年齢身分関係が原告等主張のとおりであること及び秀雄が昭和二七年三月二一日死亡し、両親たる原告等がその相続をしたことは認めるが、その余の事実はすべて不知、又は否認する。」
抗弁として、(一)「被告は秀雄と同棲の結果、同人が生来体躯倭小劣弱、且つ相当程度進行した呼吸器疾患(少くとも気管支炎)を有し、又心筋炎を病み、その症状著明のため結婚式当時において性交の能力も意欲もない状態であつて、それは単に一時的病気によるものでないことが判明し、その後も秀雄の右状況に変りなく、遂に昭和二七年三月二一日死亡するに至つた次第であるが、元来婚姻は法律上の形式としては単なるその届出により成立するとしても実質においては種の保存を目的とする男女の結合による共同生活を内容とすることをその基本とするから、性交の可能なることは婚姻につき最も重大な要素をなすものといわなければならない。故にこれを欠く本件婚姻予約は実質的には不能を目的としたもので、しかも被告は秀雄にかかる事情の存することを知らずして嫁し、同棲後はじめて知つて驚愕おくところを知らず全く裏切られたことを覚り、煩悶懊悩の末実家に復帰したものであるから、原始的に不能の事項を内容とするものとして無効である。(二)仮にしからずとしても、以上のごとき事情の下において被告が本件婚姻予約を履行しないとしても、これは正当の事由に基くものであつて、何等の責を負うべき筋合ではない。」と陳述し、
なお原告等の再抗弁に対し「被告の主張するところは、秀雄には身体の欠陥すなわち全身的に羸弱倭小疾病による欠陥があり、そのため性的にも欠陥となり夫婦生活を営むに適しないものであつたというのであつて、単に性的欠陥のみをいうのではない。単なる性的欠陥が婚姻取消の原因又は離婚事由となるかどうかは疑問の余地もあろうが、しかし本件は既に成立している婚姻の取消や離婚とは別箇の問題である。将来成立せしむべき婚姻の予約につき、当事者の一方における本件の場合のごとき身体的条件の下では(一)の抗弁のごとく不能の事項を目的とするものとして予約は無効であると主張するものである。又仮にその有効な成立を妨げないと解せられるとしても、(二)の抗弁のごとく後にこの事実を発見した相手方が予約を履行しないことは正当の事由あるもので、これがため何等損害賠償の責を負わさるべきでないと信ずるものである。」と附陳した。<立証省略>
三、理 由
昭和二六年四月二六日原告等の二男秋葉秀雄と被告が訴外峰嶋延蔵、同斎藤信両夫妻の媒酌により結婚式を挙げ爾来事実上の夫婦として原告等方で同棲していたことは当事者間に争なきところであるから、これをもつて秀雄、被告間に婚姻の予約があつたものとみるべきはいうまでもない。
そこで被告に右予約の不履行が有つたかどうかにつき按ずるに証人峰嶋延蔵(第一回)、秋葉由太郎(訴訟受継前)斎藤信、中島一郎の各証言及び被告本人訊問の結果を綜合すると、被告は秀雄と同棲後間もなき昭和二六年五月一四、五日頃姉の病気見舞がてら家事の手伝いに行くといつて実家に帰り(被告が実家に帰つた点は被告の認めるところである)、一週間位経つて原告由太郎が迎えに行つたところ、被告及びその母において、もう二、三日おいてくれと頼んだのでこれを諒承して辞去し、その後秀雄自らも迎えに行つたが、被告はすぐ帰ると返事し、且つその翌日頃前記斎藤信を介して永逗留の詫びと共に二、三日中に帰る旨申し入れながら、依然帰来しなかつたため、こんどは秀雄等において斎藤信を頼み、次いで再び秀雄自ら被告方に迎えに出向いた(秀雄が二回にわたり被告方を訪ねた点は被告の認めるところである)がなお被告はそのまま今日に至るまで原告等方に帰来しない事実を認めるに十分であつて、他に該認定を左右すべき何等の証拠もない。
しかるに被告は、右予約の不履行は正当の事由に基くものである旨抗弁するので審案するに、成立に争なき乙第一号証の一乃至三、証人峰嶋延蔵(第一、二回)、斎藤信、中島一郎、甲田勇の各証言及び被告本人訊問の結果と、当事者間に争なき秀雄が昭和二七年三月二一日死亡した事実とを彼此綜合すれば、秀雄は身長四尺五、六寸位に過ぎぬ生来体躯倭小(やや体躯倭小であつた点は原告の認めるところである)の虚弱体質の所有者であつて、本件挙式当時も痩せていたばかりでなく既に心筋炎を患い、昭和二六年四月一六日以来医師の診療を受けており、従つてその性慾も欠如し夫婦生活を営むには相当の困難を感ずる状態であつたところ、遂にその病状悪化のため死亡するに至つたものであり、被告は挙式前秀雄と見合した結果、同人が予想外に小男であつたため余り気が進まなかつたけれども、媒酌人たる訴外峰嶋延蔵がしきりに奨めたので、やむなく同訴外人の顔を立てて秀雄と挙式同棲した次第であつたが、同棲後始めて秀雄にかかる身体的欠陥のあることを知り、驚愕懊悩の末将来の見込がない限り早い方がよいと決心し被告の両親とも相談して、遂に前段認定のごとく原告等方に帰来しなかつたものであることを認定するに足り証人秋葉由太郎(訴訟受継前)、相川勝治、秋葉馨の各証言中以上の認定に副わない部分は信用せず甲第五号証をもつてしても右認定を動かすことができず、その他該認定を覆すべき証拠は存しない。
しからば、被告がかかる事情の下に本件婚姻予約を履行しなかつたことは正しく正当の事由があつたものと判断すべきが相当であるから、右不履行をその責に帰すべきものとして被告に対しこれに基く損害の賠償を求める原告の本訴請求は爾余の判断をするまでもなく理由なしとして棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のように判決する。
(裁判官 内田武文)