千葉地方裁判所佐倉支部 昭和49年(ワ)37号 判決 1974年12月27日
原告 千葉信用金庫
被告 国 ほか二名
訴訟代理人 加納昂 神沢明 ほか四名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、請求の趣旨
1 千葉地方裁判所佐倉支部昭和四八年(ケ)第二三号不動産競売事件(以下本件競売事件という)において同裁判所(以下裁判所という)が昭和四九年四月二六日作成した別紙代金交付表(一)(以下本件交付表という)中被告千葉県印播支庁、被告千葉税務署、被告株式会社千葉銀行の分を変更し、別紙代金交付表(二)(以下交付表(二)という)のとおりとする。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決を求める。
二、請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文と同旨の判決を求める。
三、請求の原因
1 原告は訴外京葉機工株式会社(以下訴外会社という)所有の別紙物件目録記載(一)ないし(三)の土地建物(以下本件不動産という)について千葉地方法務局佐倉支局昭和四七年八月二二日受付第二一四四四号をもつて、原因同年七月二〇日設定、極度額四八〇〇万円、債権の範囲信用金庫取引手形債権小切手債権、債務者訴外会社、根抵当権者原告とする根抵当権設定登記(以下本件根抵当権設定登記という)を経由した。
2 原告は訴外会社に対し本件根抵当権設定登記に基づく根抵当権(以下本件根抵当権という)の被担保債権として別紙債権計算書記載の番号1ないし4の四口の債権(以下番号1ないし4の債権という)を取得した。
3 そして、原告は昭和四八年七月二五日本件根抵当権の実行として裁判所に対し番号1と2の二口の債権、すなわち、元本九〇〇万円及び一〇〇〇万円並びにこれらに対する利息及び遅延損害金を請求債権(以下申立債権という)として本件不動産について競売の申立てをなし(同庁昭和四八年(ケ)第二三号事件)、裁判所は同月二七日不動産競売手続開始決定をなした。本件不動産は個別に競売され、裁判所は昭和四九年三月一三日代金合計三八〇〇万円をもつて競落許可決定をなし、その代金交付期日を同年四月二六日午前一〇時と指定した。
4 原告は代金交付期日前に裁判所に対し申立債権額を拡張して番号1ないし4の四口の債権につきその元本、利息、遅延損害金の交付を求める旨の計算書を提出したが、裁判所は同年四月二六日の代金交付期日に本件交付表を作成し、その交付表には原告の有する番号1と2の二口の債権だけを計上して、番号3と4の二口の債権を計上しなかつた。
5 そこで、原告は代金交付期日に本件交付表中の被告千葉県印旙支庁、被告千葉税務署、被告株式会社千葉銀行に対する代金交付について異議を述べ、その異議はその期日に完結しなかつた。
6 しかし、不動産の任意競売の申立人は被担保債権につき申立書に表示した債権の額に制限されないで競売代金から配当を受けることができるのであるから、本件交付表は交付表(二)のとおり変更されるべきである。
7 よつて、原告は被告らに対し請求の趣旨記載の判決を求める。
四、請求の原因に対する被告千葉県の答弁<省略>
五、請求の原因に対する被告国の答弁<省略>
六、請求の原因に対する被告千葉銀行の答弁<省略>
七、証拠<省略>
理由
原告主張の請求の原因1、3、4、5の事実は当事者間に争いがない。請求の原因2のうち原告が訴外会社に対し本件根抵当権の被担保債権として番号1と2の二口の債権を取得した事実は原告と被告千葉銀行との間に争いがなく、<証拠省略>によると請求の原因2の事実を認めることができる。また、<証拠省略>によると原告は本件競売事件の申立てに際して本件不動産の価格をおおよそ一九〇〇万円と見積り、それに、後日交付要求の際債権額を拡張できると考えたので、申立債権額を番号1と2の二口の債権に限つて申立てをした事実を認めることができる。そして、<証拠省略>によると裁判所は執行官が本件不動産のうち(一)の土地を二二五七万五〇〇〇円、(二)の土地を三二五万五〇〇〇円、(三)の建物を一〇八万円、合計二六九一万円と評価したので、その合計金額を最低競売価額と定めて競売の公告をなし、その競売期日(昭和四九年三月一一日)において訴外株式会社川島屋が本件不動産のうち(一)の土地を二九七〇万円、(二)の土地を三三〇万円、(三)の建物を五〇〇万円、合計三八〇〇万円で競買する旨の申出をした事実を認めることができる。
ところで、判例(最高裁判所昭和四一年(オ)第二五五号配当異議事件昭和四七年六月三〇日第二小法廷判決、民集第二六巻第五号一一一一頁)によると不動産の任意競売の申立人は被担保債権につき申立書に表示した債権の額に制限されないで競売代金から配当を受けることができる(判決要旨)というのであり、これによると原告は本件競売事件において被担保債権である番号3と4の二口の債権についても配当を受けることができることになりそうである。
そして、前記第二小法廷判決は「原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、不動産の競売申立に際し、競売法二四条二項三号により申立債権の表示が必要とされるのは、被担保債権がいかなる債権であるかを明らかにするためであるから、その表示の程度は、これを特定しうる程度で足り、申立債権の額の表示は、債権額を限定する意義を有するものではなく、したがつて、被上告人に、その申立債権額に制限されることなく、これを超えて本件(一)ないし四の土地の競売代金から被上告人の被担保債権につき配当を受けることができる旨の原審の判断は正当として是認するに足り」と判示し、下級審の裁判例や学説の多くもこのような理由付けに同調している。
不動産の競売の申立てに際しては申立書に「競売の原因たる事由」を記載し、競売に付すべき不動産に関する登記簿の謄本を添付することを要するとされているのであり、申立人は通常その申立書に「請求金額」を記載し、裁判所も通常その不動産競売手続開始決定に「請求金額」を記載している。本件競売事件においても原告はその申立書によつて原告は債権目録記載の請求金額(すなわち、番号1と2の二口の債権を指す)の支払を求めるため本件不動産について本件根抵当権の実行による競売を申立てる」旨記載し<証拠省略>、裁判所もその開始決定に請求金額として番号1と2の二口の債権を記載している<証拠省略>。そこで、前記判決に照らすとこの申立書と開始決定の記載から本件根抵当権に基づく被担保債権は番号1と2の二口の債権であると明らかに表示され、そのように特定されたといえる。また、原告はその申立てに際して本件不動産の登記簿謄本を調査し、先順位抵当権者(訴外中小企業金融公庫、債権額一〇〇〇万円)や後順位抵当権者(訴外株式会社川島屋、債権額一億円)、後順位根抵当権者(被告千葉銀行、極度額三口合計三五〇〇万円)があることを認識していたものと推認することができる<証拠省略>。他方、本件競売事件の利害関係人は本件不動産の登記簿謄本を見て本件根抵当権の極度額が四八〇〇万円と公示されていることを知り得ても、右の申立書と開始決定を見ればその被担保債権が番号1と2の二口の債権であると信ずるものが通常であろうし、そのような事実を前提として競売代金交付要求等の手続をとろうとするのが通常であろう。裁判所もまた競売申立記入登記の登録税として申立債権額を課税標準として算定した金員を原告に納付させ、その申立債権額を前提として手続を進めたことがわかる<証拠省略>。そのうえ、裁判所は原告が本件根抵当権に基づく被担保債権として番号3と4の二口の債権を有することを知り得なかつた(原告がその二口の債権の届出をしたのは昭和四九年四月一六日であることが<証拠省略>から明らかである。)から、裁判所が同年三月一一日の競売期日において本件不動産の全部を競売に付し、同月一三日本件不動産の全部について競落許可決定をしたのは原告の後順位抵当権者があつたからであると推認することができる<証拠省略>。そして、弁論の全趣旨によると原告は本件不動産が予測していたよりも高額に売れたので、その被担保債権を拡張し、番号3と4の二口の債権を付加して競売代金の交付要求をした事実を認めることができる。
そこで、下級審の裁判例や学説の多くは、根抵当権の場合その被担保債権の極度額が公示されており、利害関係人はその限度額までの抵当権の対抗を受けることを覚悟すべきであるから、債権額の拡張を認めても利害関係人に不利益を与えるものでないことなどを理由として、根抵当権者は申立書に記載しない元本債権等をも債権計算書をもつて増額補充し、優先弁済を受けることができるとしている。
しかし、前記認定のように、原告は本件競売事件の申立てに際して後順位抵当権者があることを知りながら番号1と2の二口の債権のみを申立債権としたのであるから、その申立時においては本件不動産の担保能力からみてその二口の債権の優先弁済を受けることができれば十分であると考えていたものと思われる。また、原告は本件不動産が高額で競売されたことを知つてはじめて番号3と4の二口の債権を付加して交付要求をしたのであり、しかも、後順位抵当権者があるために本件不動産の全部について競落許可決定がなされたのに、交付すべき金額のうち原告の申立債権額を超える部分が後順位抵当権者に交付されることとならず、かえつて、この部分が原告の拡張した番号3と4の二口の債権に優先弁済されることとなつては、原告は後順位抵当権者が存在したことのために思いがけない利益を得ることになつてしまうといえる。原告は本件根抵当権設定登記を経由したことによつて本件根抵当権の極度額を公示したといえるが、他方、本件競売事件の申立書を提出し、その開始決定を得たことによつてその担保債権を公示したともいえる。そして、<証拠省略>によると被告千葉県の印旙支庁長が国税徴収法第八二条により本件交付表の番号4の債権の種類欄と債権額欄記載のとおりの交付要求をなし、被告国の千葉税務署長が同法条により同交付表の番号5の同各欄記載のとおりの交付要求をなし、被告千葉銀行が二口の根抵当権(極度額合計三〇〇〇万円)に基づいて同交付表の番号6の同各欄記載のとおりの債権計算書を提出した事実を認めることができる。そこで、原告の番号3と4の二口の債権の拡張を認容すべきかどうかについては先順位者である原告と後順位者である被告らとの間の利害得失を比較衡量し、信義誠実の原則などを考慮して公平の見地から決定するのが相当であるということができ、前記の事情に照らすと原告の債権額の拡張を認容するのは原告の自由裁量を不当に許容することとなつて相当でないとみるべきであり、したがつて、原告は申立債権額を番号1と2の二口の債権のみに限定したことによつてみずからの不利益を甘受しなければならないとみるのが相当である。
そうすると、番号3と4の二口の債権を原告主張のように代金交付表に計上するのは相当でないから、原告の請求は理由がなく、これを棄却すべきである。なお、本件交付表の債権者氏名欄に「千葉県印旙支庁、千葉税務署」とあるのは誤りで、正確には「千葉県印旙支庁長、千葉税務署長」と記載すべきであるが、その誤記は明白な事項であるので、主文においてその旨の表示はしないこととする。
そこで、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤一隆)
代金交付表(一)
一、競売代金 三八〇〇万円
一、競売費用 四七三、六五五円
一、差引交付すべき金額 三七、五二六、三四五円
番号
債権の種類
債権額 円
交付額 円
債権者氏名
1
貸金元本残
三、二〇〇、〇〇〇
三、二〇〇、〇〇〇
中小企業金融公庫
右利息、損害金
四〇一、一六四
四〇一、一六四
〃
2
貸金元本
九、〇〇〇、〇〇〇
九、〇〇〇、〇〇〇
千葉信用金庫
右利息、損害金
一、四九七、五七五
一、四九七、五七五
〃
3
貸金元本
一〇、〇〇〇、〇〇〇
一〇、〇〇〇、〇〇〇
〃
右損害金
一、六四〇、〇〇〇
一、六四〇、〇〇〇
〃
4
不動産取得税
六〇、三六〇
六〇、三六〇
千葉県印旛支庁
右延滞金
一二、六〇〇
一二、六〇〇
〃
5
源泉徴収税
二、三九六、六二五
二、一九六、四九四
千葉税務署
右加算税、延滞税
六八五、三〇〇
六八五、三〇〇
〃
6
貸金元本残
三、八二一、七六三
三、八二一、七六三
株式会社千葉銀行
右損害金
五、〇一一、〇八九
五、〇一一、〇八九
〃
ただし番号6の貸金元本残と損害金については根抵当権仮登記によるものなので、支払を留保する。
以上
代金交付表(二)
一、競売代金 三八〇〇万円
一、競売費用 四七三、六五五円
一、差引交付すべき金額 三七、五二六、三四五円
番号
債権の種類
債権額 円
交付額 円
債権者氏名
1
貸金元本残
三、二〇〇、〇〇〇
三、二〇〇、〇〇〇
中小企業金融公庫
右利息、損害金
四〇一、一六四
四〇一、〇〇〇
〃
2
貸金元本
九、〇〇〇、〇〇〇
九、〇〇〇、〇〇〇
千葉信用金庫
右利息、損害金
一、四九七、五七五
一、四九七、五七五
〃
3
貸金元本
一〇、〇〇〇、〇〇〇
一〇、〇〇〇、〇〇〇
〃
右損害金
一、六四〇、〇〇〇
一、六四〇、〇〇〇
〃
4
貸金元本
二、三二一、五四二
二、三二一、五四二
〃
右損害金
二七〇、四六〇
二七〇、四六〇
〃
5
貸金元本
一五、〇〇〇、〇〇〇
六、九四五、六〇四
〃
右損害金
二、二五〇、〇〇〇
二、二五〇、〇〇〇
〃
6
不動産取得税
六〇、三六〇
〇
千葉県印旛支庁
右延滞金
一二、六〇〇
〇
〃
7
源泉徴収税
二、三九六、六二五
〇
千葉県税務署
右加算税、延滞税
六八五、三〇〇
〇
〃
8
貸金元本残
三、八二一、七六三
〇
株式会社千葉銀行
右損害金
五、〇一一、〇八九
〇
〃
債権計算書
番号
種類
元本額
利息、損害金の始期
利率(年)
利息、損害金
1
証書貸付
九〇〇万円
48、5、26
八.五%
一二、五七五円
48、6、1
一八.二五
一、四八五、〇〇〇
2
手形貸付
一〇〇〇万円
48、6、3
一八.二五
一、六四〇、〇〇〇
3
手形貸付
二、三二一、五四二円
48、9、6
一九.二五
二七〇、四六〇
4
手形貸付
一五〇〇万円
48、7、1
一八.二五
二、二五〇、〇〇〇
利息、損害金欄のうち番号1の一二、五七五円は利息であり、その余はいずれも遅延損害金である。遅延損害金の終期はいずれも昭和四九年四月二六日である。
物件目録<省略>