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千葉地方裁判所八日市場支部 昭和55年(ワ)113号 判決 1981年10月26日

原告(禁治産者)

甲野一郎

右法定代理人後見人

甲野太郎

右訴訟代理人

大塚喜一

外二名

被告

岩沢昭一

被告

岩沢正

右両名訴訟代理人

早川律三郎

主文

一、被告らは連帯して原告に対し、一、一一一万四、二三三円およびこれに対する昭和五三年六月六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを七分しその六を原告の、その余を被告らの連帯負担とする。

四、この判決の主文一項は仮に執行できる。

事実

<前略>

第二、請求の原因

一、事故の発生

日時 昭和五三年六月五日午後八時三〇分頃

場所 千葉県匝瑳郡野栄町野手二、六七七番地先路上

加害車輛 普通乗用車(千葉五五リ三二〇五、被告岩沢正運転、以下被告車という)

被害者 原告

態様 被告車進行中の車線の対向車線において道路横断中の原告に被告車が衡突した。

二、受傷の程度

原告は、右事故により、脳挫傷、頭蓋骨々折、右大腿骨々折等の傷害を負い、事故の日から昭和五四年三月三一日まで入院(入院日数三〇〇日)し、その後右受傷による後遺症一級の認定を受けた。

三、帰責事由

1  被告岩沢昭一は、自己のため被告車を運行の用に供していたものであり、自賠法三条により、

2  被告岩沢正は、被告車を運転したいた者であり、前方の安全を十分確認して進行しなかつた過失によつて本件事故を惹起したもので、民法七〇九条により、

いずれも損害賠償の責任を有する。

四、損害

1  後遺症による逸失利益

原告は、後遺症一級の認定を受けたものであり、その労働能力の喪失は一〇〇パーセントである。

原告は、事故前、知能は劣つていたものの、日常生活は、ほぼ自分でなしえたものである。また簡単な農作業の手伝いをしていた事実もあり、労働能力が絶無ではなかつた。

原告は、事故当時三三歳であり、六七歳まで稼働できるものとして、昭和五三年の年令別平均給与に従い、中間利息の控除をライプニッツ方式により計算すると五、〇七三万五、九〇七円となる。

261,100円×12(月)×16.193=50,735,907円

(年令別平均給与)(ライプニッツ係数)

2  後遺症による慰謝料

原告は、本件事故により全く体の自由を失つたもので、その精神的苦痛は死亡に比してこれに劣らない。少くとも一、五〇〇万円を下ることはない。

3  治療中の損害(計一、三〇〇万八、九一一円)

原告は、本件事故により前記のとおり受傷し、前記期間八日市場市の守医院に入院して治療を受けた。その間の損害は次のとおりである。

イ、治療費 五六二万九八五円

ロ、入院雑費 一五万円(一日五〇〇円の三〇〇日分)

ハ、付添費 二一二万六、九二六円

ニ、休業損害 二六一万一、〇〇〇円(年令別平均給与二六万一、一〇〇円の一〇か月分)

ホ、入院中の慰謝料 二五〇万円

4  弁護士報酬 七〇〇万円

原告法定代理人は、本訴追行を昭和五五年一〇月一日原告訴訟代理人らに委任し、成功報酬として判決認容額の一〇パーセントを支払うことを約した。うち七〇〇万円を請求する。

5  以上1ないし4の総損害額は八、五七四万四、八一八円となる。

五、ところで原告は、幼時はしかに罹患し高熱を発したことにより知能障害をおこし、知能程度は五歳という認定を受けていたが、父の指導には素直に従い、簡単な農作業に従事していたが、本件事故によりいわゆる植物人間となり、現状では、食事の自力不能、起居もできず四肢は全く機能障害となり、脳神経症状(記憶、見当識等を欠如し、正常会話も不能)を呈するに至つた。

ところが、原告の自賠責保険金の被害者請求に対し、保険会社は、後遺症一級(一、五〇〇万円)と認定しながら、従前の精神能力は三級相当とし、三級相当の一、一七五万円を差引いた三二五万円を後記六の3のように支払つたのみで、残余の支払いをしない。

六、弁済の充当等

前記原告の総損害に対し次の1ないし3の合計一、一〇〇万六、四九一円の支払があつた。

1  被告の弁済

治療費 五一一万四、六五四円

雑費     八、五八〇円

付添費 二一二万六、九二六円

2  国保の支払い

治療費  五〇万六、三三一円

3  自賠責の支給 三二五万〇、〇〇〇円

七、以上により原告は、被告らに対し各自総損害八、五七四万四、八一八円から総支払額一、一〇〇万六、四九一円を差引いた残七、四七三万八、三二七円およびこれに対する事故発生後の昭和五三年六月六日から完済まで民法所定年五分の割合による損害金の支払いを求める。<以下、事実省略>

理由

一請求原因一の本件事故発生の日時、場所、加害車輛、被害者の各事実、および態様のうち衝突した事実は、当事者間に争いがない。

二同二の事実は当事者間に争いがない。

三同三の事実も全部当事者間に争いがない。

四損害

1  後遺症による逸失利益

イ、原告は、幼時、はしかに罹患し、高熱を発したことにより知能障害をおこし、知能程度は五歳という認定を受けていたが、父の指導には素直に従い、簡単な農作業に従事していたことは、当事者間に争いがない。

ロ、原本の存在および<証拠>によると千葉県山武郡横芝町古川一八〇番地所在の医療法人白水会鈴木病院で精神科神経科の鈴木定夫医師が昭和五二年七月二九日に原告を診断し、原告の実父甲野太郎が同医師に陳述したことと、同医師の診察したこととに基づいて、福祉年金診断書に次のように記載したことが認められる。

「原告は、発育は良い方であつたが、知能は低かつた。小学校一年に行つたけれども教室に居られず、教室から外に出て遊び廻りそのまま登校せず、従つて読字、計算、書字は全く不能で、仲間もできず、家人が田畑に連れて行き手伝わせたが、ごく簡単なもの、草取り、かつぎ物位しかできなかつた。昼間外出して自宅がわからず、銚子方面に行つてしまつて家に帰れなく警察に保護されたこともある(二年位前、昭和五〇年頃、原告三〇歳)。

原告は、顔貌表情に乏しく、動作緩慢、椅子に座るのに背中を向けて坐る。応答は殆んどせず、「わからないや」と答えるだけ。住所、生年月日、歳も答えられない。一たす一もできず、数をとなえさせてもできないと答える。温和で怒ることは殆んどない。簡単な農作業の手伝いをやつていたが、五、六年前(昭和四六七年頃、二六、七歳)から何もしなくなつた。

洗顔はするが、歯は殆んどみがかない。入浴しても石けんは使わず、すぐ出てくる。着替えは、着たら着たままで、ボタンなどうまくはめられない。ふとんもたたまず、掛ぶとんを頭にかけて足を出して寝たりする。テレビは見ているが、何でもうつつていれば良いらしい。自分から要求するのはタバコだけである。

食事と用便の始末はひとりでできる。入浴、洗面、衣服の着脱は介助があればできる。簡単な買物もできない。家族との話は少しは通じる。家族以外の者とは話が通じない。刃物、火等の危険は少しはわかる。戸外での危険(交通事故等)からは身を守れない。

精神症状を認め、身のまわりのことはかろうじてできるが、適当な介護が必要である。」

ハ、<証拠>によれば、原告は「思春期、成人に達しても、大体家のまわりから出られず、かといつて家の農業とも殆んど関わりを欠いてボンヤリと孤独に過ごすようになつた。能力の点から仕事が覚えられず、気もムラなので、遂に使いものにならなかつたという。二五歳過ぎ頃から、どこかをブラブラ徘徊するという癖が見られるようになつたという。」、事故前「単純作業においても就労というにほど遠い程度であつた。農作業については、草取り、物運び、マキ割り等を、指示されて、かつ気の向いた時にだけやるにとどまつた」ことが認められる。

ニ、原告法定代理人尋問の結果によつても原告は、簡単な草取りなどの農作業をしたときも、一人ではできず、父母や兄が一緒になつて仕事をしていればやるという状態であつたが、原告の家や近所の農家がタバコを作るのを事故の五、六年前からやめたこともあり、簡単な農作業を手伝わせるために連れて行こうとしても、例えば足袋をはくのに普通の人なら一分位でできるのに二〇分位かかるなど身仕度がゆつくりしていることもあつて、父母や兄が草取りに行く日であつても、半分位しか連れて行かなかつたこと、また機械を使うようになつたので原告のする仕事はだんだん無くなつて来たことが認められる。

以上の事実によれば、原告に昭和五三年の年令別平均給与取得能力があつたということはできない。しかし以上イないしニに認定した程度の労働能力を原告が有していたのに、当事者に争いのない請求原因五の事実によれば、原告は、本件事故によつて右の程度の能力を一〇〇パーセント喪失したことが明らかである。しかしながら父親の如き指導者がそばについて指示し、教え、一緒にしなければ、前認定の程度の簡単な作業をしないとすれば、原告の労働の対価(勤労所得)から、指導者に対する報酬を支出しなければならず、それを考えると、右能力の喪失は慰謝料によつて考慮するほかなく、結局後遺症による逸失利益を認めることはできないと謂わざるを得ない。

2  後遺症による慰謝料

請求原因四の2のうち原告が本件事故によつて全く体の自由を失つたことは、当事者間に争いがない。そして本件事故によりいわゆる植物人間となり、現状では食事の自力不能、起居もできず四肢は全く機能障害となり、脳神経症状(記憶、見当識等を欠如し、正常会話も不能)を呈するに至つたこと(請求原因五)も当事者間に争いがない。

<証拠>によつて認められる現在の症状その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、原告は独身男性であつて、扶養家族を有する一家の支柱ではないけれども、現在の症状は、死亡よりも悲惨ということもでき、また前記四の1の能力喪失の点を考慮すると、後遺症によつて原告の蒙つた精神的苦痛を慰謝するものとしては一五〇〇万円をもつて相当と認める。

3  治療中の損害

イ、請求原因四の3の冒頭から「治療を受けた」までの事実およびイないしハ(計七八九万七、九一一円)の事実は当事者間に争いがない。

ロ、同四の3のニについては、前記理由四の1と同じ理由で、認めることができない。

ハ、同四の3のホについては当事者間に争いのないその重傷を負つて入院した期間から、入院中の慰謝料としては一九五万円をもつて相当と認める。

4  過失相殺

<証拠>によれば、次のような事実が認められる。

現場の車道幅員は6.25メートルと狭く、通常の道路である。事故発生の時刻は夜間であるが、午後八時三〇分頃ならばまだ歩行者を予想し得ない深夜ということはできない。車道は直線で見とおしはよく、もし前方を注視していれば、被告正は事前に左側歩道上にいた原告の姿を発見できたはずである。事故現場は制限時速四〇キロメートルであつたのに、被告正はこれを超える時速約五〇キロメートルで走行していた。被告正は対向車の前照灯に目がくらんだのにブレーキをかけずそのまま進行したため、発見がおくれ、衝突を避けられなかつたものである。原告の歩速はゆつくりしていて、直前横断または飛び出しということはできない。ただ原告側には、前認定のとおり、戸外での危険(交通事故等)からは身を守れないという診断を受けていたのに、これに気をつけていなかつた監護者側の過失相殺さるべき事情がある。

以上の事実その他本件にあらわれたすべての事情を考慮すると、原告側の過失割合一五パーセントの過失相殺をするのが相当と認められる。

これを前記損害合計二、四八四万七、九一一円に適用すると、被告らの賠償すべき損害額は二、一一二万〇、七二四円となる。

5  損益相殺

請求原因六の事実は当事者間に争いがない。この既払分一、一〇〇万六、四九一円を差し引くと、残は一、〇一一万四、二三三円となる。

6  弁護士費用

請求原因四の4のような約束が成立したことは当事者間に争いがない。

被告らに本件事故と相当因果関係のある損害として賠償させるべき弁護士費用は一〇〇万円をもつて相当と認める。

五以上の理由により本訴請求は、そのうち被告らが連帯(不真正)して原告に対し損害金一、一一一万四、二三三円およびこれに対する本件不法行為の日の後である昭和五三年六月六日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるからこの限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(木村輝武)

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