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千葉地方裁判所木更津支部 平成元年(ヨ)21号 判決 1991年12月12日

債権者

角田静子

石井充恵

渡辺みつ江

右三名代理人弁護士

関次郎

北川鑑一

伊藤俊克

債務者

日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

山口開生

右代理人弁護士

太田恒久

寺前隆

主文

本件申立をいずれも却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

事実及び理由

第一本件申立

債権者三名が債務者の木更津電報電話局番号情報営業課の従業員である地位にあることを仮に定める。

第二事案の概要

本件は、債務者が、木更津電報電話局番号情報営業課勤務であった債権者らに対し、館山又は千葉の電報電話局(以下「木更津局」、「館山局」、「千葉局」などともいう。)への配置転換命令をしたが、債権者らは、この配置転換命令を雇用契約違反、労働協約違反又は人事権の濫用により無効であると主張して、木更津電報電話局番号情報営業課の従業員の仮の地位を求めている事件である。

一債務者の略歴

債務者は、昭和二七年八月一日、日本電信電話公社法の施行に伴い発足した日本電信電話公社(以下「電電公社」という。)をその前身とし、昭和六〇年四月一日に日本電信電話株式会社法(昭和五九年法律第八五号)の施行により民営化され、昭和六三年九月末時点で、資本金七八〇〇億円、従業員約二八万人を擁し、電報、電話、専用回線、画像(ファクシミリ、ビデオテックスなど)、移動体通信(ポケットベル、船舶電話、自動車電話など)等の国内電気通信業を営んでいる。

本社を東京都千代田区内幸町一丁目に置き、サービス別事業部として、ネットワーク事業本部、高度通信サービス事業本部等を置くとともに、地域の電話サービスに関する事業の本部として、東京、関東等全国一一か所に総支社(平成元年四月一日以降「支社」となった。)を置いている。

関東総支社(平成元年四月一日以降「関東支社」に変更となった。)は、東京都千代田区大手町二丁目にあり、関東地域事業本部として、東京都を除き山梨県を含む関東地域の電話事業を地域的に統括している。関東支社は、千葉支社を含め、八支社のほか一五二局の電報電話局を有し、そこに働く従業員は昭和六三年九月末現在約四万人となっている。

なお、千葉支社は、木更津電報電話局を含む二七局の電報電話局を有し、そこに働く従業員は、昭和六三年九月末時点で約七四〇〇人である。

木更津電報電話局は、千葉県木更津市富士見二丁目にあり、木更津市、富津市、君津市、袖ケ浦町(平成三年四月から袖ケ浦市)を管轄地域とし、電報電話の利用受付、通信端末機器の販売、料金収納、保守、電話番号案内等の電話サービスの提供等にかかる業務を行っており、昭和六三年九月時点で約四〇〇名の従業員が勤務している。(以上、<書証番号略>、弁論の全趣旨)

二債権者らの略歴

1  債権者角田静子は、昭和四六年四月一日に電電公社に特別社員として雇用され、同日付けで、館山電報電話局に配属された。昭和四八年三月三一日に木更津電報電話局に配置転換となり、同日社員として採用され、平成元年三月二〇日まで同局に勤務していた。

2  債権者石井充恵は、昭和四五年三月二五日に電電公社に見習社員として雇用され、同日付けで木更津電報電話局に配属された。同年七月二五日、社員として採用され、平成元年三月二〇日まで同局に勤務していた。

3  債権者渡辺みつ江は、昭和四二年四月一〇日に電電公社に特別社員として雇用され、同日付けで市川電報電話局に配属された。昭和四三年五月一日、社員として採用され、昭和四四年一二月八日に木更津電報電話局に転用(任命権者を異にする異動)となり、平成元年三月二〇日まで同局に勤務していた。

4  債権者らは、いずれも通話の接続、番号案内などを行う手動運用部門の業務に雇用後現在に至るまで従事している(以上、争いのない事実、<書証番号略>)。

5  なお、特別社員とは、電話交換職等の職種の補充要員として雇用され、原則として、雇用されてから三年後に、又は配置転換の上引き続き雇用されている者で、雇用されてから起算して一年を超え三年以内に職員に採用される者をいう。見習社員とは、欠員の補充として雇用され、雇用後四か月を経過してから、原則として一年以内に職員として採用される者をいう(<書証番号略>)。

三配置転換の意思表示

債務者は、平成元年二月二七日債権者角田及び債権者渡辺に対し、同年三月二一日付けで館山電報電話局勤務を命ずる旨の、同年二月二八日債権者石井に対し、同年三月二一日付けで千葉電報電話局勤務を命ずる旨の各配置転換の事前通知をした。そして、同年三月二一日から、債権者角田及び債権者渡辺は館山局に、債権者石井(着台は同月二二日)は千葉局にそれぞれ配置転換され(以下「本件配置転換」という。)、勤務している(争いのない事実)。

第三本件仮処分の主要な争点

本件の主要な争点は、①雇用契約によって勤務場所が定められていたか、強制配転はしないとの慣行が成立していたか、②労働協約に違反していないか、③本件配置転換の必要性があったか、④個別的事情に照らして人事権の濫用があったかという点である。当事者双方の主張の概要は、以下のとおりである。<以下、省略>

第四争点に対する当裁判所の判断

一雇用契約違反(主要な争点①)について

1 債権者らの入社及び業務の従事状況等は、第二の一(債務者の略歴)、二(債権者らの略歴)に記載したとおりであるが、更に、疎明(<書証番号略>及び債権者三名)によれば、以下の事実が一応認められる。

(一) 債権者らが採用された当時の債務者の採用形態は、全国要員として本社総裁秘書課において採用する本社採用と、各電気通信局長が各電気通信局(全国で一一あった総支社の前身)管内に勤務させるいわゆる通信局採用の二通りの形態があった。債権者らは、いずれも当時の関東電気通信局長が同電気通信局管内に勤務させる職員を採用する通信局採用であった。そして、債務者には、当時採用した電報電話局を勤務場所に限定する意味での現地採用という採用制度はなかった。

債務者において、任命権は、当時の総裁(現在の社長)にあるが、各電報電話局長には当該局の係長以下の職員・準職員に関わる任命権限が委任されていた。任命権を委任された者は、その範囲内で全ての権限と責任が委任されるが、その権限を行使するには全くの自由裁量ではなく、各電気通信局長など上部機関の長の指示や事前承認に従っていた。特に、採用・雇用については、その数・選抜・配置等については、各電気通信局長が指示していた。

(二) 債権者らは、雇用時に、債務者(当時の電電公社)の就業規則を含む債務者の公社規定を遵守することを電電公社総裁に対し誓約している。そして、債務者の社員就業規則五五条には、「社員(職員)は、業務上必要があるときは勤務局所又は担当する職務を変更されることがある。」と規定されている。

(三) 特別社員として採用された債権者角田及び債権者渡辺は、採用時に雇用後三年を経過した場合などに、債務者の指定する当該通信局管内の他の局所、隣接する通信局管内のいずれかの局所に配置換えされることを承諾することなどを内容とする承諾書(<書証番号略>)を各電報電話局長に提出している。

債権者石井については、その辞令書(<書証番号略>)に木更津電報電話局長が任命権者と記載されている。しかし、債務者は、通信局採用になり、各電報電話局に配属した全職員について、最初に配属された各電報電話局長を任命権者とした辞令書を作成して交付していたのであって、ひとり債権者石井のみがかかる辞令書を交付されたわけではなかった。また、債権者石井の採用通知書(<書証番号略>)には、勤務局所として、「木更津電報電話局」と記載してあるけれども、これは、債権者石井の雇用時の勤務局所を指定したものにすぎない。

(四) 債務者の千葉支社管内で、債権者らと同じ番号案内や通話の接続業務に従事する社員のうち、昭和四二年度から本件配置転換実施前までの昭和六二年度までの二一年間に約三〇〇人の社員が配置転換により転用(任命権者の異なる部署への異動)され、木更津局においては、五八人の社員が他の電報電話局に転用されたことがある。また、本件配置転換前の平成元年三月上旬時点において、木更津局番号情報営業課にいた管理者及び係長を除く六四人の社員のうち一六人が転用の経験を持っている。そして、その多くは、債務者の業務の必要に基づくものであった。

(五) 債務者の行う配置転換には、職員の希望による希望転用もあったが、他方では、設備又は作業の機械化、通信方式の変更、組織の改廃、作業方式又は事務処理手続の改廃、取扱区域の併合又は分離、所管業務の移管、債務者が計画する人員配置の必要という債務者の業務上の必要に基づいても実施していた。実施にあたっては、債務者と全電通の労働協約(昭和六二年四月三〇日付け社員の配置転換に関する協約)などにより、本人の適性、業務上の必要性、家庭の事情、経験、本人の希望、健康、通勤時間、住宅を総合的に勘案して行うことになっていた。

(六) 債務者は、これまでも、本人の意に反する配置転換を実施してきた。その際、異動を命ぜられた社員との間で軋轢を生じたこともあったが、異動を命ぜられた社員の多くは各命令に服してきた。

なお、債務者と全電通の間には、昭和三〇年一二月から、簡易苦情処理に関する協約が締結されていた。この協約は、社員が配置転換についての事前通知の内容に苦情を有するときは、この解決をこの協約に定める手続にしたがって簡易苦情処理委員会に請求するものであり、会社側委員二名及び社員側委員二名によって構成されている。そして、今日までに多くの苦情がこの委員会によって処理されてきた。

2  右認定事実によると、債権者らが、長年にわたり木更津局において手動運用部門の業務に従事してきたことは明らかであるが、この事実から直ちに債権者らの勤務場所を木更津局と限定する雇用契約が締結されたということはできず、また強制配転をしない慣行が存在したと認めることもできない。かえって、債権者らの採用形態は、関東電気通信局管内に勤務させるという通信局採用であるうえ、採用に際して、債権者らは、勤務場所の変更がありうる旨の記載のある就業規則など債務者(当時の電電公社)の諸規定を遵守する旨約していること、木更津局においても、過去多くの転用事例が見受けられ、その転用の多くは債務者の業務の必要性に基づいて行われたこと、全社的にも、昭和三〇年一二月以来苦情処理委員会が存在し、配置転換に伴う多くの苦情が処理されてきたこと、その他債権者らの入社資格、入社時の事情、会社における地位、職種、会社の規模、事業内容及びその後の慣行などに鑑みると、債権者らについて、業務運営上の必要性がある場合には、その必要に応じ、同意なしに勤務場所の変更を命令する権限が債務者に留保されていると見るのが相当である。<書証番号略>、債権者ら本人尋問及び証人山宮利夫の証言中これに反する部分は採用できず、他に債権者らの採用時又はその後において勤務地を限定する合意ないし慣行の存在を認める証拠はない。したがって、本件配置転換が雇用契約に違反して無効であるとの債権者らの主張は採用することができない。

二労働協約違反(主要な争点②)について

1(一)  疎明(<書証番号略>)によれば、以下の事実が一応認められる。

(1) 債務者と全電通との間には、前記の社員の配置転換に関する協約があるが、右協約は、債務者と全電通千葉県支部の間において、昭和六三年五月一二日付け団体交渉(<書証番号略>)によりさらに具体化されている。その内容は、「無手動化対象局については、ブロック内集約局へ人員流動を図ることとし、通勤時間が九〇分を超える社員で、流動が困難な社員については、自局の営業部門等に配置する。なお、通勤時間九〇分を超える社員が多く見込まれる佐原局については、……所要の業務措置を行うとの観点に立って、引き続き論議する。」というものである。

(2) 債務者と全電通の間の昭和六二年四月三〇日付け社員の配置転換に伴う特別措置等に関する覚書(<書証番号略>)二1(二)ただし書によれば、「ただし、新勤務局所が通常の通勤地域(通常の通勤所要時間が一時間三〇分以内の地域とする。)にある場合は(暫定手当等差額一時金を)支払わない。」との記載があり、同覚書二2の配置転換一時金支払基準でも、通勤時間が一時間三〇分未満か以上かで区別している。

(3) 債務者の社員の配置転換についてと題する通達(<書証番号略>)2ウによれば、通勤可能地域とは、通常の通勤所要時間が一時間三〇分未満の地域とするとされており、債務者において「通勤時間」とは、自宅より職場に至る通常の所要時間と定義されている。この所要時間は、社会通念に照らして常識的でかつ効率的な通勤経路・手段を用いた場合に自宅を出てから勤務先に到着するまでに要する時間をもって計算し、交通機関の運行上生ずる通常の待ち合わせ時間を含めるが、勤務先に到着してから始業時までは含めていない。

右算定方式は、昭和三六年から昭和三七年にかけて債務者と全電通中央本部との間で行われた配置転換協約の改正についての団体交渉で確認されたもので、債務者は、この算定方式を一貫して採用している。なお、国の行う統計調査においても、「通勤時間」を右とほぼ同様に定義している。

本件配置転換において、木更津局は、右算定方式に従い、番号情報営業課の役職者を除く全社員(債権者らを含む)について各々の新通勤時間を算定したところ、各配置転換先までの通勤時間はいずれも一時間三〇分以内であった。

(二)  以上の認定のとおり、債務者と全電通千葉県支部との間で、通勤時間が九〇分を超える社員で、流動が困難な社員については、自局の営業部門等に配置する旨の労働協約がある。しかし、右通勤時間の算定方法については、社会通念に照らして常識的でかつ効率的な通勤経路・手段を用いた場合に自宅を出てから勤務先に到着するまでに要する時間をもって計算し、交通機関の運行上生ずる通常の待ち合わせ時間を含め、勤務先に到着してから始業時までは含めないとの労使間の合意がある。右算定方法は合理的であって、これによれば、債権者らの通勤時間はいずれも九〇分以内となり、債権者らの本件配置転換が労働協約に違反しないことは明らかである。なお、債権者らは、勤務先に到着してから始業時までの時間及び終業時から右とは逆の時間まで含め、債権者角田及び債権者渡辺の通勤時間は、いずれも九〇分を超えると主張するが、そのような算定方式によって通勤時間が九〇分を超えたとしても、労働協約違反となるものではない。

2  次に、疎明(<書証番号略>)によれば、債務者と全電通との間では、配置転換について、頸肩腕症候群罹患者の配置転換を禁止若しくは制限するような労使間合意はなく、頸肩腕症候群罹患者で配置転換された者は、債権者らにとどまらず、相当数にのぼっているが、これらの配置転換について全電通が問題にしたことはないこと、債務者は、社員就業規則(<書証番号略>)一三八条において、社員の健康保持などのため、管理従事者(健康管理医)を配置し、健康管理規定(<書証番号略>)二六条により、罹患者の主治医の診断、療養現状報告及び指定病院専門医の症状診断等に基づいて「療養A」、「勤務軽減B」、「要注意C」、「準健康D」の四段階に指導区分していること、療養Aとは勤務を休む必要のあるもの、勤務軽減Bとは勤務時間又は勤務の始め又は終わりに一定時間就労そのものを免除しなければならないような健康状態のもの、要注意Cとは、過激な運動を伴う業務をさせない、あるいは一定の制約の下でしか宿泊勤務や時間外労働はできないという制限はあるが、常日勤、中勤のほか、夜勤服務にも従事させることができる健康状態のもの、準健康Dとは、健康状態の観察を行うだけで、特段の制限のない状態のものをいうところ、債権者角田及び債権者石井の頸肩腕症候群の症状は、同債権者らの主治医が半年ごとに診断する療養現状報告書や毎年一回の指定病院専門医の症状診断を勘案のうえ、両名ともに要注意Cと判定されていることが一応認められる。

右の事実によれば、債務者と全電通との間の労働協約には、配置転換において頸肩腕症候群罹患者を対象としない旨の合意はないうえ、債権者角田及び債権者石井については、ほぼ通常の勤務でよいという要注意Cの指導区分とされているから、同債権者らに対して本件配置転換をしたことも何ら労働協約の違反にはならない。

三本件配置転換の必要性(主要な争点③)について

1  疎明(<書証番号略>及び債権者ら本人)によれば、以下の事実が一応認められる。

(一) 債務者の責務

債務者は、昭和六〇年四月一日、日本電信電話株式会社法及び電気通信事業法の施行により民営化され、かつ電電会社の独占となっていた電気通信市場に競争原理が導入され、複数の新規事業者の参入による競争状態が出現した。そして、債務者は、電気通信の健全な発達及び国民の利便の確保を図り、公共の福祉を増進する目的を有し、常に経営が適正かつ効率的に行われるように配慮し、国民生活に不可欠な電話の役務を適切な条件で公平に提供することにより、当該役務を広く日本全国に安定的に供給し、その確保に寄与する責務を負っている(電気通信法、日本電信電話株式会社法)。

債務者は、この責務を果たすため、昭和六三年一月に「NTT中期経営の進め方」(<書証番号略>)を提示し、財務面で四兆円を超える負債と高い固定費比率等の問題があり、又サービス面において独占時代の体質が抜けきっていない現状をふまえ、最優先で実施すべきことは、生産性の向上による企業体質の強化であるとして、あらゆる分野における通信利用を高め、収益の拡大とコストの見直しを行い、徹底した経営の効率化を図りつつ、利用者の立場に立った行き届いたサービスを提供することに努めることであるとした。そして、中期経営の進め方の中で、経営組織改革のほか、収益強化の観点から、販売体制の充実、新規事業の創出などに取り組むとともに、経営効率化の観点から、作業の安全化、効率化、設備の近代化による作業の効率化、事務作業のOA化などに取り組むことなどを柱とする「トータルパワーアップ運動」を展開していった。

そのうち、経営効率化についての具体的施策としては、各種オペレーションシステム(交換機総合保守システム、電子番号案内システムなど)、OAシステムなどを導入し、電報、手動運用、保全など各部門の集約化、効率化を図るとともに、企業向け通信システム販売部門、ソフトウエア部門など付加価値の高い部門や新規事業へ要員を異動させていくことにした。

(二) 手動運用部門の効率化

ところで、債務者の手動運用部門は、当時電話番号案内が無料であったうえ、二四時間サービスのため、服務編成上の必要から、深夜時間など業務量の極めて少ない時間帯においても一定の要員配置を行わざるを得ない実態にあり、業務運営面での一層の効率化によりサービスコストを低減させるとともに、夜間労働や待機時間の軽減など労働環境の整備を図るという課題を抱えていた(例えば、各番号案内実施局では、自局の繁忙時間帯にあわせて交換手を配置していることから、ピーク時間帯以外の時間帯では剰員となって非効率的な要員配置が生じたり、深夜時間帯など業務量が極めて少なく、一名の配置で充分な時間帯でも、服務編成上最低三名の要員配置が必要とされる。)。他方、従来からの通話の接続、番号案内その他問い合わせに関する業務以外に、利用者の多様化するニーズに応じ、各種情報の照会に応ずるサービスも提供していかねばならないという状況にあった。

債務者は、昭和六二年七月に、電子番号案内方式を導入することを決定した。これは、電話番号案内用の電話帳を全てデータベース化し、これを維持管理しているコンピュータセンターと手動運用部門を電気通信回線で接続し、利用者から問い合わせを受けた番号案内に必要な氏名、住所などを入力することにより電話番号の検索を自動的に行い、該当電話番号、掲載名、設置場所等がディスプレイに表示され、電話交換手がこれをもとに利用者に回答する方式である。

債務者は、電子番号案内方式の導入により、利用者の問い合わせに対する回答のスピードアップ化による利便向上を図るとともに業務運営の効率化を意図した。すなわち、手動運用部門の集約化、そのための要員の異動を行うこととした。そして、要員配置の効率化などにより番号案内のサービスコストの削減、要員異動により番号案内業務に従事する社員の深夜労働及び待機時間の軽減など労働環境の整備・改善、更に、要員配置の効率化によって生じた社員をもって、伝言取次サービス、テレマーケティングなど新しい情報案内業務の積極的実施など、手動運用部門の効率的な業務運用を図ろうとした。

(三) 千葉支社管内における集約局の選定

債務者の千葉支社管内では、電子番号案内方式の導入までは、番号案内業務等を木更津局を含む一五局で実施していたが、同方式の導入にあたって、効率的な業務運営、各局内の案内業務量、要員流動の可否、交換台の設置スペースなどの局舎事情、新しい情報案内の市場性、地理的条件等を総合的に勘案し、東葛、中央、茂原、北総、房総の五エリアを設定し、それぞれに番号案内業務の集約局を設置することとした。

そのうち房総エリアの業務は、これまで木更津、館山及び鴨川の三局で実施していたが、効率的運営の観点からは、一局へ集約することが考えられるが、しかし、同エリアにおける業務の集約にあたっては、その地理的条件からして、鴨川局から館山局への配置転換は可能であるものの、館山局から木更津局への配置転換やその逆の配置転換は、交通事情の利便性から全員について実施するのは困難を伴う障害があった。そこで、債務者は、業務の実施局を一局とはせずに二局とし、宿直人員の効率的配置のため終日案内局(二四時間体制で電話番号案内業務を行う局)を一局にした。すなわち、千葉局への配置転換も可能な木更津局を昼夜間案内局(午前九時から午後一〇時まで電話番号案内業務を行う局)とし、配置転換が難しく、ある程度の人員をかかえざるをえない館山局を終日案内局とすることにした。

なお、債務者は、労使関係に関する基本協定に基づき、関東総支社から全電通関東地方本部に対し、この合理化案を説明し、昭和六三年二月四日、合意に達した。また、債務者千葉支局は、全電通千葉支部に対しても右の説明を行い、同年五月一二日、合意に達した。

(四) 木更津局における配置転換要員の選定

木更津局において、手動運用業務を行う番号情報営業課の平成元年一月時点の社員は課長一人、副課長一人、営業係長二人、営業主任一一人、一般社員五三人の計六八人及び短時間制特別社員一二人であった。債務者は、電子番号案内方式を実施し、木更津局を昼夜間案内局とすることをふまえ、同局の昭和六二年度の平均トラヒック(実績)に基づいて関東総支社から指示のあった番号業務に必要な二三人のほか、関東支社として、伝言取次サービス、テレマーケティング業務等の新しい情報案内業務のために必要と見込まれる要員一〇人、さらには育児休職者、一日の勤務時間のうち電話番号案内業務に従事する時間が四時間未満の者及び退職見込者一二人に、課長を加えた合計四六人と短時間特別社員一二人を要員数と決定し、一般社員二二人を配置転換の対象とすることとした。

二二人の配置転換先については、本人の適正、経験を活かす立場から、引き続き手動運営部門とし、集約後の館山局における要員措置の必要性を勘案し、さらに後述する人選経過をふまえて館山局手動運営部門へ五人を配置転換し、その余の一七人は新しい情報案内業務等のマーケットが大きい千葉局手動運営部門へ配置転換することを計画した。

債務者は、要員シフトの具体的人選にあたっては、公平を期するために、候補者を自宅から新勤務先までの通勤時間が原則として一時間三〇分以内である社員とし、候補者が多数の場合、通勤時間のより短い者を優先することとした。これは、債務者が、千葉支社と全電通千葉支部が昭和六三年五月一二日に合理化に関する合意事項の中で新勤務先への通勤時間が原則として一時間三〇分以内の社員を候補者とすること、その他労使間の協定、会社規定などにおいても、一時間三〇分が適用の目安になっていることなどを考慮したものである。さらに、通勤時間一時間三〇分以内の社員であっても、退職見込みの者、休職中の者、電話番号案内業務に従事する時間が一日の勤務時間のうち四時間未満の者及び家族が傷病であるために配置転換に客観的に著しい支障があるなどの家庭事情がある者を除外して、候補者を絞っていく方針をとった。

木更津局は、千葉支社から二二人の配置転換の可能性の検討を指示され、また労使間の合意上、社員の希望把握については人員流動の対象となる全社員から行うことになっていたため、配置転換の対象となっている社員全員から事情聴取を行うこととした。そこで、木更津局では、同局番号情報営業課に勤務する者のうち管理職と係長を除く社員全員の意向、家庭事情を把握するため、昭和六三年一一月二一日から同年一二月五日にかけて社員から個々に事情聴取(一回目の事情聴取)を行う旨通知した。債権者らのうち、債権者渡辺は、同年一一月二二日に右事情聴取に応じ、聴取を受けたが、債権者角田及び債権者石井ら一九名はこれに応じなかった。木更津局は、事情聴取を拒否した一九名に対し、昭和六四年一月四日から平成元年一月一〇日まで再度の事情聴取に応ずるように告知したところ、右一九名は、最終日の同月一〇日事情聴取に応じる旨の申出書を提出したので、木更津局は、聴取期間を延長し、同月一〇日から同月一三日まで債権者角田及び債権者石井を含む一九名から事情聴取を行った。

(五) 本件配置転換の実施

債務者は、債権者らからの事情を聴取して検討した結果、その候補者を配置転換することに支障はないと判断し、平成元年一月一九日、全電通千葉支部に対し、千葉局へ一七人、館山局へ五人を配置転換する計画数を示した。さらに、木更津局は、債権者らを含む二二人に対し、平成元年二月二日から同月一〇日にかけて、配置転換の対象者とするのに支障となる事情がないかを再確認するために二回目の事情聴取を行った。その結果、同月六日、館山局への配置転換を可能としていた社員の一人が家庭の事情から同局へ配置転換することが困難となることが新たに判明したため、館山局への配置転換数を一名減とすることを決定した。債務者は、同月一三日、全電通千葉支部に対し、館山局への配置転換を四人とする旨修正・説明し、その事前通知日を同年二月二七日とすること、配置転換の実施日を同年三月二一日とすることについて合意に達した。

債務者は、配置転換実施日を同年三月二一日と決定したことから、配転協約に基づき、同年二月二七日から同年三月二日にかけて、債権者らを含む木更津局番号情報営業課の二一人の社員に対し、配置転換の実施日、配置転換先などについて事前通知書により通知した。

事前通知を受けた社員二一人のうち債権者らを含む七人から、同年三月二日から同月四日の間に、簡易苦情処理に関する協約に基づき関東簡易苦情処理委員会に苦情申告が提出されたが、この申告を受理した会社側代表二人、社員側代表二人からなる同委員会は、同月一三日「事前通知の内容を是とする」との苦情判定を下し、同月一五日又は同月一七日、苦情を申告した社員七人に対し、それぞれ苦情判定書の交付を行った。

債務者は、苦情処理委員会の手続を終了したことから、社員就業規則五五条に基づき、同年三月二一日本件配置転換を実施し、債権者角田、債権者渡辺は同月二一日に館山局に、債権者石井は同月二二日に千葉局に、それぞれ当該局の勤務割に基づき着台した。

(六) 本件合理化の効果

債務者の千葉支社管内では、約九〇〇人の社員が番号情報案内業務に従事していたが、本件合理化により同業務に従事する人数が約七五〇名となった。そして、その余力で営業部門における販売力の強化等へ要員を充当するとともに新たな情報案内業務を実施する体制を整備した。また、集約前の宿直宿明の要員は、館山局三人、木更津局四人の計七人であったのが、集約後は、館山局四人で足りることとなった。

以上の事実が一応認められ、<書証番号略>、証人山宮利夫の証言、債権者ら本人尋問中、これに反する部分は<書証番号略>に照らして採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定の事実によれば、本件配置転換は、債務者の民営化、競争化に伴う合理化の一環として採算のとれない番号案内を始めとする手動運用部門の効率的運営を図り、併せて要員を集約化して労働環境の改善等を目的としたものであり、債務者にとって、本件配置転換を計画したことはその経営の観点から必要な措置であったと認められる。

(一)  債権者らは、債務者は年間約五千億円の経常利益をあげていて、全国有数の超優良企業であるから、労働者に不利益な人員整理・配転を行う場合には、厳しくその正当理由の存在が要求され、他企業との競争はどの程度のものであり、競争の結果収益は具体的にはどうなると予想されるか、合理化を行うとしてそれが必要不可欠なのか、合理化を行わないと具体的にどうなるのか、コスト削減はどの程度のものか、配転を行わねばならない理由はどのようなものかなど具体的に数値を示したうえで合理的な理由を説明しなければならないと主張する。しかし、債務者は、前述のとおり、民営化に伴う競争状態が作出された環境のもとにおいて、公益的な業務を行う会社であって、財務面で四兆円を超える負債、高い固定費比率などの問題をかかえているのであるから、配置転換の必要性が厳しく制限される超優良企業と評価するのは疑問である。むしろ、債務者のような企業にとっても、コストダウンの努力は、競争生き残りの側面からも、利用料金引下げなど利用者サービス向上の側面からも必要不可欠な事柄である。そして、その合理化についての方策は、経営者の専門的、裁量的判断に強く依存せざるをえないから、本件配置転換の相当性については、以上の諸事情を考慮すれば足り、債権者らのいう具体的数値などの事実まで示す必要はないというべきである。

(二) 債権者らは、深夜業務の集約による人員削減の効果は限られているから、合理化の効果は大きくないと主張する。しかし、深夜業務の人員は約42.8パーセント減少(七人から四人へ)しているのであって、その効果は小さいとはいえないのみならず、本件配置転換は、その他の要員配置の効率化、顧客サービスの向上、事業領域の拡大などの効果をもたらしているから、その他の効果も小さくないというべきである。

(三) 債権者らは、千葉局の場合、新規業務にあてられる人数はわずか十数名であり、その業務内容も目新しいものではなく、また、館山局でもほぼ同様の傾向が見られるから、新規業務のために、配置転換する必要はなかったと主張する。しかし、前記疎明によれば、今回の合理化後の手動運用部門の従事する業務として、番号案内、テレマーケッティング(各種商品販売)、オペレータVAN(情報案内、伝言取次)、各種資料の作成などを番号案内業務のほかに同業務の繁閑を考慮して行われ、千葉局では、毎月延べ一五〇人前後の社員が時間単位や一日単位又は長期のローテーションで行っていること、本件配置転換は新規事業のためだけではなく、要員配置の効率化など多くの目的をもって行ったものであり、新規事業の人数だけで、本件配置転換の必要性を論ずるのは相当でない。そもそも、本件配置転換がなければ、新規事業に当てる要員を割り出すのは困難であったのは明らかである。

(四) 債権者らは、電子番号案内方式は、全国の電話加入者を対象として作成したデータベースを維持管理しているコンピュータセンターと各電子番号案内台を電気通信回路で接続し、氏名・住所を入力すれば、自動的に電話番号の検索を行うというものであるから、中央と末端とも電気通信回線で接続しさえすればよいわけであり、末端の電子番号案内台を特定の局に集中して設置する必要など全くないと主張する。また、債権者は、電子番号案内方式の下では、地域に関係なく、ランダムな受付を可能にしているから、その設備さえ整っていれば、木更津局で千葉県内から発信された全部の案内呼を処理することも可能であり、ある局の業務量は、その局の要員数決定の要因たりえないと主張し<書証番号略>、証人山宮利夫の証言中にはこれに沿う記載ないし供述部分がある。しかし、右は<書証番号略>に照らすと、電子番号案内方式を誤認しているか、独自の見解を述べるにすぎず、採用できない。すなわち、前記疎明によれば、債務者は、千葉支社管内の番号案内実施局を六局に集約し、同支社管内の番号案内呼を処理することとして、各局ごとに受持エリアを設定し、その必要要員については、前年度時間帯別の年間平均業務量と受持エリアの規模加入数に見合った負荷を基にして各実施局の服務編成などをも考慮して決定したこと、電子番号案内方式におけるランダム受付方式の機能は、受持エリアを担当する番号案内実施局に着信し、故障や多忙でその番号案内実施局の案内台がすべて塞がっているときは、支社管内の他の番号案内実施局に着信するようになっていることが一応認められる。従って、このような電子番号案内方式を導入するに当たっては、その設備及び維持管理を考慮するほか、受持エリア設定と優先受付、業務量に見合った要員決定と配置を行う必要のあることは明らかである。そして、必要要員をどこにどれだけ配置するかは、各事業の将来性、各局の実績、需要動向等を勘案して決すべき専門的、裁量的な経営上の判断であり、本件配置転換にあたって債務者の右判断に明白かつ著しい不合理性があったということはできない。

よって、これに反する債権者らの右主張はいずれも採用できない。

四人事権の濫用(主要な争点④)について

1  疎明(<書証番号略>及び債権者三名)によれば、以下の事実が一応認められる。<書証番号略>及び債権者三名の本人尋問中、右認定に反する部分は採用できない。

(一) 債権者角田

(1) 通勤時間

債権者角田の平成元年三月二一日から平成二年三月末日までの館山局での勤務は、日勤勤務で、月曜日から金曜日までは午前八時三〇分から午後五時までであり、土曜日と日曜日は午前八時三〇分から午後三時五五分までであった。そして、四日勤務すれば、二日あるいは一日の休日が付与される。往路は、午前六時四五分ころ自宅を出て、JR大貫駅六時五八分発の電車に乗車し、復路は、JR館山駅一七時五八分発の電車に乗車し、自宅に到着するのは、午後七時一〇分ころであった。月曜日から金曜日までの自宅から勤務先まで到着時間は、一時間三〇分以内であったが、自宅から勤務開始までのあるいは勤務終了から自宅までの時間は、往路が約一時間四五分、復路が約二時間一〇分である。

なお、債権者角田は、平成二年四月以降は、特別勤務となって、平日の勤務は始業午前九時〇五分、終業午後一時三〇分(なお、隔週の土曜日は午後一時四〇分)となり、四日あるいは六日勤務すると土曜日と日曜日あるいは日曜日と月曜日に休日が付与されている。

(2) 健康状態

債権者角田は、昭和四八年七月に頸肩腕症候群との診断を受け、昭和四九年一〇月には業務災害と認定された。その後、頸肩腕症候群は、徐々に回復し、産業医である健康管理医の指導区分も昭和五〇年六月以降「ほぼ平常の勤務で良い(要注意C)」となるまでになった。本件配置転換の一年以上前である昭和六二年一〇月以降からは着台五時間の勤務ができるまでには回復し、その余の時間は、案内用電話帳の修正などの作業に従事していた。債権者角田は、月三回位病院の整形外科で治療を受け、さらに月三回位鍼・マッサージ治療を受けていた。なお、館山局においても、労使間で勤務時間内に有給で医療機関又はマッサージ等の治療院に通院することが認められている。また、館山局において、必要な頸肩腕症候群対策、同罹患者対策を実施している。

(3) その他の事情

債権者角田は、夫と長男(昭和五八年六月生まれ)の三人家族であり、これまで長男を木更津市内のまなぶ保育園に預けていたが、その預け入れ時間は午前七時三〇分からであった。夫(居住地から約三〇分の木更津市内の建築事務所に勤務している。)は、午前七時二〇分までに出社しなければならず、館山局に配置転換された場合、送迎がないとこの保育園に託児できない。もっとも長男を託児するための保育園は、債権者角田が通勤に利用しているJR大貫駅から約六〇〇メートル離れた地点に私立岩瀬保育園が存在し、個人の都合では午前六時三〇分から午後七時三〇分まで託児できた。実際には、夫や木更津局に勤務している友人の送迎に頼り、木更津市内のまなぶ保育園に託児していた。なお、木更津局の事情聴取の際に、債権者角田は、夫が朝早く出勤せざるを得ない事情や夫が長男を送迎できない事情については明らかにしなかった。

そして、債権者角田は、長男が小学校に入学した平成二年四月から、特別勤務を願い出て、これが認められ、勤務時間が減少した。

(二) 債権者石井

(1) 通勤時間

債権者石井の千葉局での勤務形態は、日勤勤務であり、四日勤務すれば二日あるいは一日の休日が付与される。勤務先である千葉局まで自宅を出てから勤務先到着までの通勤時間は、一時間三〇分以内である。本件配置転換後、JR君津駅七時一五分発の電車に乗車して千葉局に通勤している。そして、千葉駅で降りてバスを利用すると始業時には間に合わないので、通常は手前の駅で降りて、千葉局まで通っている。しかし、JR君津駅七時〇六分発又は六時五八分発の電車に乗車すれば、充分余裕がある。

(2) 健康状態

債権者石井は、昭和四八年一〇月に頸肩腕症候群に罹患し、昭和五〇年八月に業務災害と認定された。その後、昭和五九年一〇月からの二時間着台から徐々に着台時間が増加し、昭和六三年七月から、八時間着台に回復した。なお、債権者石井は、昭和五五年七月以降、通勤のため自宅から木更津局まで自家用自動車を四〇分かけて運転したり、昭和五九年一〇月に番号案内業務に従事するまでの一一年間に通算五二か月も医療機関に通院加療する必要のない期間があった。

債務者は、千葉局でも必要な頸肩腕症候群対策、同罹患者対策を実施し、また、債権者角田の場合と同様に頸肩腕症候群の治療のための通院時間が有給の勤務扱いとなっており、現に債権者石井は月に数回は木更津市所在の病院に通院して、この制度を利用している。

債権者石井には、夫と二人の子供がおり、平成元年三月二一日当時、小学校六年生の長女、小学校三年生の長男であったが、当時でも終始手のかかる年齢ではなく、平成三年七月現在では、中学校三年生と小学校六年生まで成長し、場合によっては自宅から五〇〇メートル以内に居住する無職の両親に世話を依頼することも可能である。

(三) 債権者渡辺

(1) 通勤時間

債権者渡辺は、館山局において、午前八時三〇分始業、午後五時(若しくは午後三時五五分)終業となる日勤勤務で、四日勤務すれば、二日あるいは一日の休日が付与される。通勤には債権者角田と同じ電車を利用しており、自宅から勤務先までの到着時間は、一時間三〇分以内である。債権者渡辺は、午前五時に起床、午前六時三五分に自宅を出勤し、JR青堀駅六時五一分発の電車に乗車している。また、帰宅は、午後七時三〇分ころになる。

(2) その他の事情

債権者渡辺は、夫と長女(本件配置転換当時小学校六年生)及び次女(同小学校四年生)の家族で、債権者渡辺の父(同七三歳)、母(同七一歳)と同居しているが、本件配置転換後、これまで熱心にしていた子供の学校や地域での活動をする余裕はなくなった。PTA活動、自治会活動は全て夫の負担となっている。夫は木更津中央高校の教師である。

債権者渡辺の父親は慢性的なリュウマチに罹患しており、用便と食事は自分でするようにしているが、それ以外は主に寝たきりの状態にある。母親には、長女と次女の面倒をみてもらっていたが、そのうちに体の痛みを訴えるようになり、平成元年一月リュウマチと診断された。母親は、月二回土曜日に一人で通院し、自転車にも乗り、病状の悪い時でも食事の支度ができる状態である。

もっとも、債権者渡辺は、昭和六三年一一月二三日の事情聴取の際、債務者に対し、リュウマチの父を看病しなければならないとは述べたが、父親が寝たきりであるとか、母親が体が痛いとかの事情を債務者に対し申告していなかった。さらに、平成元年二月四日の二回目の事情聴取の際(このときは、前記のとおり、すでに母親についてもリュウマチと診断されていた。)には、両親の病状についてなんらの申告もなされなかった。かえって、債権者渡辺は、館山局の服務の件や配置転換の問題について家族について説明するべきであると述べたり、配置転換の問題は、千葉館山の各電報電話局全員の問題であると主張していた。そのため、債務者は、父親の病状は、特別の看護を要する程度のものではなく、債権者渡辺の生活設計の範囲内の事情であると判断するに至った。

2  当裁判所の判断

そこで、以下各債権者の個別的事情に照らして、配転命令権の濫用があったかについて検討する。

(一) 債権者角田

債権者角田は、自宅を出てから館山局に到着するまでの移動に要する通勤時間は、一時間三〇分以内である。もっとも、月曜日から金曜日までは午前六時四五分に自宅を出て、午後七時一〇分ころ自宅に帰る状態であったし、そのため、往路は勤務開始まで一時間四五分の、復路は自宅に到着するまで二時間一〇分の時間を要することになった。しかし、前記認定のとおり債務者と全電通との労働協約においても九〇分以内の通勤時間を容認していることに加え、前記疎明によれば、千葉支社管内の女子社員(九割以上が既婚者)の平成元年四月現在の通勤実態(仕事待機時間を含まない)は、六〇分から九〇分までの社員が七一七人中二二一人と多数であり、九〇分を超える社員も四〇人と少なからず存在していること、一般の勤労者の京浜地区の昭和五八年の通勤時間の調査でも、通勤時間六〇分以上が31.5パーセント、九〇分以上が8.1パーセントと少なくないことに鑑みると、職場や駅での待ち時間を含めた通勤時間が債権者角田に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとはいえない。

また、債権者角田は、頸肩腕症候群に罹患しているけれども、債務者は着台時間を五時間に制限し、それ以外の時間は、案内用電話帳の修正などの作業に従事させていること、勤務時間内に有給で医療機関に通院することが認められていることなど債務者の有効な頸肩腕症候群対策も実施されている。また、通勤時間が長くなったことが頸肩腕症候群の悪化につながるものと認める証拠はない。

更に、子供の保育園の問題についても、債権者角田が通勤に利用しているJR大貫駅から約六〇〇メートルの地点に私立岩瀬保育園が存在し、特別の事情があれば、午前六時三〇分から午後七時三〇分までならば託児できたのであり、現実には、夫や友人の援助で木更津市内の保育園に託児していたこと、現在では、子供が小学校に入学し、債権者角田は特別勤務を願い出て、債務者からこれが認められたため、勤務時間が減少し、子供の世話をする時間ができるようになったことなどに鑑みると、債権者角田の右家庭状況は、特別な配慮を要する程度のものとまではいえない。

(二) 債権者石井について

債権者石井は、自宅を出てから千葉局に到着するまでの移動に要する通勤時間は、一時間三〇分以内であるから、この程度の通勤時間であれば、列車の混雑を考慮しても債権者石井の通勤時間・態様が社会通念上労働者の通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとは到底いえない。

また、債権者石井は、頸肩腕症候群に罹患しているけれども、債権者角田と同様に勤務時間内に有給で医療機関に通院することが認められていることなど債務者の有効な頸肩腕症候群対策も実施されている。また、通勤時間が長くなったことが頸肩腕症候群の悪化につながるものと認める証拠もないし、子供も終始手のかかる年齢ではなく、夫などの援助も期待することができる。

(三) 債権者渡辺について

債権者渡辺は、自宅を出てから館山局まで到着するまでの移動に要する通勤時間は、一時間三〇分以内である。もっとも、月曜日から金曜日までは午前六時三五分ころに自宅を出て、午後七時三〇分ころ自宅に帰る状態であり、そのため、往路は勤務開始まで一時間五五分の、復路は自宅に到着するまで二時間三〇分の時間を要することになる。しかし、債務者は、債権者渡辺の勤務形態を日勤勤務とし、日夜勤務などにはしていないこと、通勤時間については、前記角田の項で説示したとおりであり、職場や駅での必要的な待ち時間を考慮しても債権者渡辺の通勤時間が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとはいえない。

また、債権者渡辺の父親が慢性的なリュウマチで食事と用便以外はおおむね寝たきりであり、その後母親もリュウマチと診断されているけれども、債権者渡辺は、債務者からの事情聴取の際、その旨を真摯かつ誠実に申告したとはいいがたく、債務者がその点を特段に考慮することなく、債権者渡辺を本件配置転換の対象者に加えたことを非難することはできないというべきである。のみならず、債権者渡辺の母親は、一人で通院し、自転車に乗れる状態であり、病状の悪いときでも食事の支度はできるのであって、これらの事情を総合すれば、両親の病状を債権者渡辺について、本件配置転換を受けられない特別な事情であるとまではいうことができない。

なお、債権者渡辺の子供二人は、それほど手のかからない年齢に達していること、債権者渡辺の主張する地域活動については、夫婦が共働きであれば通常生ずる事態であって、特別視することはできない。

以上のとおり、債権者らの増加した負担の程度は、いずれも労働者の通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとまではいえない。

3 以上見たとおりであって、本件配置転換は、業務の必要性に基づき所定の手続を経て行われたものであって、右配置転換が他の不当な動機・目的をもってなされたとか、あるいは債権者らに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであることを認める証拠はないから、本件配置転換は人事権の濫用になるということはできず、他に濫用の事実を認めるに足りる証拠もない。

五まとめ

以上のとおり、①雇用契約によって勤務場所が定められたとはいえず、強制配転はしないという慣行も成立していない、よって、雇用契約違反に当たらない、②労働協約違反の事実はない、③本件配置転換について業務の必要性があった、④債権者らの個別的事情に照らして人事権の濫用があったとはいえないから、本件配置転換は有効というべきであって、債権者らの本件申立はいずれも被保全権利の疎明がないことに帰する。

また、保証を立てさせて疎明に代えることも相当ではないから、保全の必要性について判断するまでもなく、債権者らの本件申立をいずれも却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官長野益三 裁判官小宮山茂樹 裁判官石田浩二)

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