千葉地方裁判所木更津支部 昭和60年(ワ)77号 判決 1986年12月12日
原告 田村智由
<ほか一名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 酒井正利
被告 鶴見千代子
右訴訟代理人弁護士 向井弘次
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一求めた裁判
一 原告ら
1 被告は原告らに対し、それぞれ金一五四六万二〇五一円及びこれに対する昭和五九年五月二四日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告
主文と同旨
第二主張
一 請求原因
1 交通事故の発生
日時 昭和五九年五月二三日午後四時五五分ころ
場所 千葉県君津郡袖ヶ浦町福王台一丁目二番地先路上
加害車両 普通乗用車(千葉五八な七六五四号)
右運転者 被告
被害者 田村孝敏(原告らの二男で当時一〇歳)
事故の態様 被告において現場付近にさしかかった際、道路右側の家の門から道路に出てきた被害者に気付かず自車前部を被害者に衝突させて側溝に転落させたものである。
2 被害者の受傷と死亡
被害者は本件事故により脳挫傷等の傷害を負い救急車で木更津中央病院に運ばれたが、昭和五九年五月二四日午前五時三二分死亡した。
3 責任原因
本件現場付近は住宅地の中のT字路で近くの小学校への通学路となっている所であり、付近に居住している被告としては付近に子供が存在することは十分に予見し得る状況にあった。また、道路右側の佐藤克己方住居は塀によって内部の庭の状況について見通しが悪かったので現場付近を進行する被告としては、道路左側を左右の安全を確認しながら進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、事故現場手前約三〇メートルの地点に駐車してあった車両の右側に出てこれを追い抜いた状態のまま、すなわち道路右側に出た状態で進路を左側に変更しないまま時速四〇キロメートルの速度で進行し、左方道路の状況のみに気をとられた過失により本件事故に至ったものである。
それ故、被告は不法行為者として民法七〇条によりその責任がある。
4 損害
合計 金五四九一万五六七一円
(一) 葬儀費 金一〇〇万円
(二) 慰謝料 金一五〇〇万円
被害者は当時一〇歳で原告らの二男であり、被害者本人の慰謝は右金額をもって相当と考える。
(三) 逸失利益 金三八九一万五六七一円
被害者は本件事故当時未成年者だったので全年齢平均給与額(月額)三二万四二〇〇円から生活費を二分の一として減じ、これに就労可能年数(六九歳)に関する新ホフマン係数二〇・〇〇六を乗じる金額
5 過失相殺、損益相殺
(一) 本件事故については家の門の内側から道路に飛び出た被害者にも過失があり、その年齢を考えると、その過失割合は総損害額の一〇パーセントをもって相当とし、右過失相殺をした損害額は金四九四二万四一〇三円となる。
(二) 原告らは本件事故について自賠責保険から金二〇〇〇万円を受領している。
(三) よって、損害額は金二九四二万四一〇三円となる。
6 弁護士費用 金一五〇万円
原告らは本件訴訟を原告代理人に委任したが、その費用による損害額として金一五〇万円を計上する。
7 相続関係
原告らは被害者の両親として本件事故によって被害者に生じた損害額については二分の一あて相続した。
8 むすび
よって、原告らはそれぞれ被告に対し、過失相殺、損益相殺後の損害額に弁護士費用を加えた金額の二分の一の額に相当する金一五四六万二〇五一円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五九年五月二四日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 認否と主張
1 請求原因1、2、5(二)、7の各事実は認めるがその余の事実はいずれも否認する。
2 本件事故について被告に過失はない。
本件事故は、被告が時速約二〇キロメートルの速度で自車を道路中央付近にゆっくりと戻しつつ進行し事故現場付近のT字路交差点付近にさしかかり、左方交差道路の安全を確認しながら右交差点を通過しようとした際、道路右側の佐藤克己宅に遊びにきていた被害者が折柄の雨の中濡れまいと駆足で同家玄関から一九メートル余も離れた本件道路に向いそのまま門柱脇からいきなり飛び出したため被告運転の車と接触したものである。
被告としては前記佐藤方の玄関から門柱までの庭はまったく見通せず、よもや門柱脇から被害者が飛び出してくるとは予見できなかった。また予見し得たとしても、当時時速約二〇キロメートルの速度で進行していた被告としてはいきなり路上に飛び出してきた被害者と衝突を回避することはできなかった。
以上の次第で、本件事故について被告に過失はなくその責を負担する理由はない。
三 反論
被告は本件事故現場において道路左側を進行すべきであるのに、右側を進行していたものである。しかも、現場はかなりの下り勾配の地点であることからして時速約二〇キロメートルで進行していたとはとうてい考えられない。また、現場付近は住宅地で事故道路は通学路となっているので、現場付近に居住する被告としては付近に子供がいることは十分予想できた。
被告が道路左側を通行し、前方注視を怠らなければ本件事故は十分回避し得たものである。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求原因1、2、5(二)、7の各事実は当事者間に争いがない。
二 本件事故の態様について
当事者間に争いのない請求原因1、2の各事実に《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 本件事故現場は千葉県君津郡袖ヶ浦町福王台一丁目一一番一八号先の福王台二丁目方面から神納一丁目方面に通ずる幅員五・二メートルの道路と神納方面に通ずる幅員五・四メートルの道路がT字型に交差する佐藤克己方住居前の路上であって、被告が進行してきた前記福王台二丁目方面から神納一丁目方面に通ずる道路(以下「本件道路」という。)は舗装された一〇〇分の八の下り勾配の坂となっていて歩車道の区別なく、しかも、進行左側に交差する道路に対する見通しはコンクリート土留めや盛土に遮られて悪く、また、被害者である田村孝敏が道路に出てきた進路右側にある佐藤克己方住居は門柱とそれに連らなる石塀、庭木によって妨げられて右住居の玄関先はもとより道路に続く前庭部分を見通すことは不可能で、僅かに、門柱の間で道路と接する付近に人が佇立した場合のみこれを確認できるにすぎない。
2 被告は本件事故現場にさしかかる手前の十字路交差点では一時停止した後右交差点を通過して本件道路に進入したが、当時道路左側には二台の車両が駐車していた。そこで、被告は、道路右側寄りに進行して駐車車両を追い越した後、徐々にハンドルを左に切って道路中央寄りに進行し、もっぱら見通しの悪いT字路交差点の左方交差点道路の車両の有無に注意を払い、しかも、当時は降雨中で路面も濡れて滑り易く、くわえて、事故現場に至る本件道路は下り勾配の坂道であったことから速度も毎時三〇キロメートルを超えるか超えないかの限度で進行してT字路交差点を通過しようとした。その矢先きに佐藤方住居の門柱のところから被害者が駆け足で本件道路にいきなり飛び出してきたため、本件事故となったものであるが、当時被害者は佐藤克己方に遊びにきていたが、その帰宅に際し雨に濡れまいとして急ぎ駆け足でその安全を確認しないで、道路を斜め横断して自宅のあるT字路交差点の神納方面に行こうとして本件事故に遭遇したものである。
以上の各事実を認めることができ、右認定に一部反する原告田村智由及び被告の各供述の一部は前掲その余の証拠に照らして採用するに疑わしい。
三 責任原因について
1 原告らは、本件事故について被告が前方を注視して道路左側を進行し、かつ、減速していたなら本件事故は十分回避することができたのに時速約四〇キロメートルの速度で前記注意義務を怠った過失により本件事故となったものであるから被告の不法行為責任は免かれないと主張する。
2 被告が、幅員五・二メートルの本件道路の中央寄りに進行し、道路左側を走行していなかったことは先に認定したとおりであるが、被告が右のように操車したのは本件事故現場の手前の十字路交差点入口付近の道路左側に駐車していた車両があったことから止むなく道路右側を進行してこれを追越し、徐々にハンドルを切りながら道路左側を走行すべく中央寄りに進行していた際、本件事故が発生したものであって、本件道路の幅員と駐車車両があったこと、その他本件証拠上明らかなように本件道路には走行区分としてのセンターラインも引かれていなかったことなどを考えると、被告が前記のように中央寄りに進行したことをもって過失とすることはできない。
3 また、前方注視についてこれをみるとき、確かに、被告はT字路交差点の交差道路に注意を奪われ、本件事故直前において前方注視を十分尽くしていたか疑いがある。このことは、被告は当時被害者が接触した側の運転席に乗車していたにもかかわらず、しかも、ごく低速の時速約二〇キロメートルで進行していたと供述しているのに飛び込んできたものがボールであるか人間であるか判別できなかったという点からもこれを推認するにかたくない。しかし、被告のスピードの点については後述するが、かりに被告が事故前において前方を注視していたとしても、被害者が見通しの悪い佐藤克己方住居の前庭を駆け抜けそのまま門口から左右の安全も確認しないでいきなり道路に飛び出しその直後発生した本件事故の態様に照らすと、本件事故は被告の前方注視によって避けることができたといえるかきわめて疑わしく、右疑念は本件全証拠をもってしても解消するにたりない。
4 更に、速度の点について原告らは前記のとおり被告は当時時速約四〇キロメートルで進行していたと主張するが、本件道路の状況にあわせ当時は降雨中で路面が濡れ坂道を下る車両として滑り易い状況にあったことを考えると、右主張はとうてい認めるにたりない。被告の進行速度は時速約二〇キロメートルとはいい得ないにしても当時の道路状況などからしておよそ三〇キロメートル位のところでそれを超えるか超えないかの限度の範囲のものと認めるのを相当とし、特に被告が当時ことの外先を急いでいたと認むべき証拠もない。
5 本件事故は被害者の道路への無謀な飛び出しに起因するものであって、佐藤克己方住居では前庭で時折子供達が遊んでいるという事実があったとしても、当時は降雨の折でもあり、現に子供達が前庭などで遊んでいた事実を窺わしめる徴候があったわけではない本件では、被害者の行動はとうてい予想し得ないもので被告の予見外の行為と認めるのが相当である。
6 以上検討してきた1ないし5の点によれば、本件事故については結果回避の可能性を含め被告の過失によるとの点はこれを肯認できないものというべきである。
四 むすび
以上によれば、民法七〇九条に基づく原告らの請求は損害の点について検討するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 神田正夫)