千葉地方裁判所松戸支部 平成12年(ワ)172号 判決 2002年7月31日
主文
1 被告株式会社N,被告株式会社O,被告A,被告B,被告Cは,連帯して原告に対し,金6689万5267円及びこれに対する平成11年3月1日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告Dに対する請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し,その4を被告株式会社N,被告株式会社O,被告A,被告B,被告Cの負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは連帯して原告に対し,金6689万5267円及びこれに対する平成11年3月1日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
原告は,運送業者等を組合員として中小企業等協同組合法に基づき,設立された組合であり,組合員のために,日本道路公団(以下「道路公団」という。)が高速道路を一定金額以上利用する利用者に対して行っている通行料金の別納割引制度の代行事業を行っていたが,組合員である運送会社のトラック運転手数名が不正通行(いわゆる「キセル通行」)をして詐欺罪により有罪判決を受け,他にも同様の不正通行をしていた運転手がいたことが判明したため,原告は,道路公団から2か月間の割引停止処分を受け,その間割引を受けられず,損害を受けたとして,運送会社とその親会社であるとする運送会社に対して民法715条1項に基づき,両社の役員らに対して商法266条の3第1項,280条1項,民法715条2項に基づき,損害賠償を求めている事案である。
1 前提となる事実
括弧内に証拠の記載がある事実はその証拠により認めることができ,証拠の記載のない事実は当事者間に争いがない。
(1) 当事者
ア 原告は,組合員の相互扶助の精神に基づき,組合員のために必要な共同事業を行い,もって組合員の自主的な経済活動を促進し,かつ,その経済的地位の向上を図ることを目的とし,中小企業等協同組合法27条の2第1項に基づき千葉県の認可を受けた事業協同組合であり,組合員のために高速道路通行料金別納制度の代行等を行うことを事業目的としている。
イ 被告株式会社Nは,一般貨物自動車運送事業等を業とする株式会社であり,原告の組合員である。
ウ 被告株式会社Oは,一般区域貨物自動車運送事業等を業とする株式会社であった。
エ 被告Aは,被告株式会社Oの代表取締役で,後記の本件事件発生当時,被告株式会社Nの代表取締役でもあったが,平成10年11月18日に被告株式会社Nの代表取締役及び取締役を辞任し,同年11月27日にその旨の登記がされた。
オ 被告Bは,被告Aの妻で,被告株式会社Nの監査役である。
カ 被告Dは,もと被告株式会社Nの代表取締役で,平成9年11月21日に代表取締役を退任,取締役を辞任し,同年12月8日にその旨の登記がされた。
キ 被告Cは,被告株式会社Oの取締役であるが,後記の本件事件発生後の平成10年11月18日に被告株式会社Nの代表取締役及び取締役に就任した。
(2) 本件事件の発生
被告株式会社Nの従業員で,トラック運転手であったE,F,G(以下,この3名を一括して「Eら」ということもある。)は,被告株式会社Nの運送業務に従事していた平成10年7月27日,共謀の上,東名高速道路の浜名湖サービスエリアにおいて,所持していた高速道路通行券を交換した上,その交換した通行券を料金所に提出して正規通行料金の一部の支払いを免れる方法で不正通行(いわゆる「キセル通行」)をし,詐欺罪により現行犯逮捕され,横浜地方裁判所において有罪判決を受け,同判決は確定した(以下,この事件を「本件事件」という。)。
(3) 本件処分
ア 道路公団は,その管理する高速道路等を1年を通じて1か月平均1万円以上利用する利用者を対象にして,「別納カード」を発行し,高速道路等の通行時に料金所にこのカードを提示すれば通行料金は1か月分をまとめて翌月末までに支払うことができ,このカードを利用した通行料金が1か月1万4000円を超えた場合には,その超えた金額に応じて割引を受けられることとしている(以下,この制度を「道路公団別納割引制度」という。)。そして,この制度によれば通行料金が多額になるほど,割引率が高くなるようにされている。
イ 原告は,道路公団から別納カードの発行を受け,これを組合員に貸与し,道路公団別納割引制度の代行事業を行っているが,組合員全員の通行料金をまとめて道路公団に後払いすることにより高い割引率を受け,個々の組合員に対しては,個々の組合員が独自に道路公団別納割引制度を利用する場合よりも高い割引率が受けられるように独自の割引率を設定して運用している(以下,この原告独自の割引制度を「原告別納割引制度」という。)。
ウ ところが,道路公団は,本件事件が発生し,Eらを含む被告株式会社Nの運転手のほぼ全員が相当以前から,被告株式会社Nの運送業務に従事中,本件事件と同様の不正通行(以下,Nの運転手らが行っていた本件事件を含むこのような不正通行を一括して「本件不正通行」ともいう。)を反復継続していたとして,原告に対し,組合員である被告株式会社Nに対する指導監督不行届を理由に平成10年12月1日から同11年1月末日まで2か月間道路公団別納割引制度の割引停止処分を課した(以下「本件処分」という。)。本件処分は原告の組合員による別納カードの利用は認めるが,通行料金の割引は認めないとするものであった。(甲7)
2 主要な争点及び当事者の主張
(1) 被告らの責任の有無
(原告)
ア 被告株式会社Nの責任
(ア) 本件不正通行は,被告株式会社Nの運転手のほぼ全員が,平成9年暮れ以降,平成10年正月から同年2月にかけての一時期を除き,本件事件が摘発されるまで反復継続して行っていた。
(イ) 被告株式会社Nは,運転手らに対して,徹夜勤務を連夜強いる苛酷な長距離運送業務に従事させながら,その業務の遂行上必要不可欠な高速道路通行料金額に上限を設け,その超過額を運転手に負担させる一方,上限を下回った分については,その半額を運転手に手当として支給する制度(以下「被告高速料金割戻制度」という。)を設けていたため,運転手らは通行料金が支給されない分は,休憩,睡眠時間を削って一般道を走行するしかなく,また,手当を得ようとすれば,さらに休憩,睡眠時間を削って一般道を走行するしかなかった。
(ウ) 上記のような苛酷な労働条件及び不合理な被告高速料金割戻制度が被告株式会社Nの運転手らの本件不正通行を助長し,本件事件惹起の要因となったものである。
(エ) 被告株式会社Nは,本件不正通行を行った運転手らの使用者であり,これらの運転手らはいずれも被告株式会社Nの業務である荷物運送中に本件不正通行を行ったものであるから,被告株式会社Nは民法715条1項により,原告が受けた損害について賠償責任を負う。
イ 被告株式会社Oの責任
(ア) 被告株式会社Oは,被告株式会社Nの親会社で,被告Aがその発行済み株式全部を所有しており,両社の登記簿上の本店所在地は異なるものの,実際には被告株式会社Oの沼南営業所を被告株式会社Nの実質上の本社として使用している。
(イ) 被告株式会社Nの運転手らは被告株式会社Nの指揮監督の下に運送業務に従事していただけでなく,実質上,被告株式会社Oの運送部門に属する運送業務にも従事していたものであり,その場合には,被告株式会社Oの専務取締役である被告Cが,被告株式会社Nの配車主任のH及び被告株式会社Nの運転手らを直接指揮監督して,被告株式会社Oの業務に従事させていた。
(ウ) 被告株式会社Nの運転手らは,被告株式会社Oの運送業務従事中にも反復継続的に本件不正通行を行っていた。
(エ) したがって,被告株式会社Oは,民法715条1項により,原告が受けた損害を賠償すべき責任がある。
ウ 被告Dの責任
(ア) 被告Dは,被告株式会社Nの代表取締役就任中に著しく不合理な被告高速料金割戻制度を発案し採用したものである。
(イ) また,被告Dは,被告株式会社Nの運転手らが不正通行を開始した時点においては被告株式会社Nの代表取締役であるとともに運行管理者でもあった。
(ウ) 被告Dは,被告株式会社Nの代表取締役として,従業員である運転手らがどのような運送経路をとっているかについては自動車運転日報,タコメーターなどの記録をみれば容易に把握でき,記録上高速道路を通行していることが明らかであるにもかかわらず,その高速道路通行料金が明らかに少ない(すなわち,不正通行を行っている)運転手がいることを容易に知り得たものである。
(エ) 被告Dは,被告株式会社Nの代表取締役として,前記のような苛酷な労働条件及び著しく不合理な被告高速料金割戻制度を改善し,従業員である運転手らに過剰な負担を強いることのないようにする職務があるとともに,不正通行に関与していると考えられる運転手についてはそのような不正通行を防止する職務があるというべきである。
(オ) しかるに,被告Dは,被告株式会社Nの代表取締役就任中,このような不正通行防止の措置をとることは極めて容易であったのに,本件不正通行の防止のための諸策を一切実行せず,苛酷な労働条件を放置し,著しく不合理な被告高速料金割戻制度を温存し,本件不正通行についても積極的に調査することなく,漫然と放置したものであるから,取締役としての任務を懈怠したものであり,その任務懈怠について悪意又は重大な過失があった。
(カ) よって,被告Dは商法266条の3第1項により,原告が受けた損害を賠償すべき責任がある。
エ 被告Aの責任
(ア) 被告Aは,被告Dが被告株式会社Nの代表取締役を退任した後,本件事件摘発時まで被告株式会社Nの代表取締役であった。
(イ) しかるに,被告Aは,被告Dの前記ウの(ウ)ないし(オ)と同様の悪意又は重大な過失があったから,商法266条の3第1項により,原告が受けた損害を賠償すべき責任がある。
(ウ) また,被告Aは,被告株式会社Nのオーナーとして最終的な決定権を有し,その事業を現実に監督していたから,代理監督者としての責任も負うものである。
オ 被告Cの責任
(ア) 被告Cは,本件不正通行当時,被告株式会社Oの専務取締役兼運行管理者であるとともに,被告株式会社Nの事実上の社長の地位にあり,実際に被告株式会社Nの配車係,運転手等の従業員を選任,監督し,その事業を監督していた。
(イ) したがって,被告Cは,被告株式会社Nの自動車運転日報,タコメーター等の点検,確認をし,適切な運行管理を行えば,運転手らが本件不正通行を行っていることを容易に発見でき,これを防止することも容易にできた。
(ウ) しかるに,被告Cは,このような点検,確認を怠り,不正通行防止の措置をとらず,漫然と放置したものであるから,取締役としての任務を懈怠したものであり,その任務懈怠について悪意又は重大な過失があった。
(エ) よって,被告Cは商法266条の3第1項により,原告が受けた損害を賠償すべき責任がある。
(オ) また,被告Cは,被告株式会社Nの事業を現実に監督していたから,代理監督者としての責任も負うものである。
カ 被告Bの責任
(ア) 被告Bは,被告株式会社Nの監査役であるが,被告株式会社Nを含むPグループに属する会社の会長としてグループ全体の金銭出納,経理全般を通じて,実際に被告株式会社Nの配車係,運転手らの従業員を選任,監督し,その事業を監督していた。
(イ) 被告Bは,会計監査及び経理事務処理の際に,被告株式会社Nの自動車運転日報,タコメーター,高速料金領収書,別納カード明細書等を照合することは容易であり,そうすれば,本件不正通行を発見し,これを防止することが容易にできたのに,これを怠り,漫然と放置したものであるから,監査役としての任務を懈怠したものであり,その任務懈怠について悪意又は重大な過失があった。
(ウ) よって,被告Bは商法280条1項,266条の3第1項により,原告が受けた損害を賠償すべき責任がある。
(エ) また,被告Bは,被告株式会社Nの事業を現実に監督していたから,代理監督者としての責任も負うものである。
(被告ら)
ア 被告高速料金割戻制度と同様の制度は,ほとんどの運送業者が採用している制度であり,従業員に苛酷な労働条件を課すものではなく,不合理な制度ではない。
Eらは,少しでも高速道路通行料金を浮かせて利得を得るために本件事件を惹起したものであり,本件不正通行も同様であって,被告高速料金割戻制度との間には何らの必然性も因果関係もない。
イ 被告株式会社Nの保有するトラックはタコメーターの設置が義務付けられていないトラックであったし,タコメーターで本件不正通行を判別することはできないから,被告A,同C,同Bが本件不正通行を予見または発見することは不可能であった。したがって,同被告らが本件不正通行を防止し得なかったことについて重大な過失はなかった。
ウ また,被告Bは,監査役であって,運転手らを直接指導監督する権限を有しないから,責任を負うものではない。
エ 被告株式会社Oと被告株式会社Nとの間には,資本関係は一切なく,また,法律上も,経済上も完全に独立した別個の企業体であり,その間に親会社,子会社という関係はないから,被告株式会社O及びその役員である被告A,同Cは被告株式会社Nの責任の有無にかかわらず,原告の損害の賠償責任を負うものではない。
オ 被告Dは,平成9年9月末日をもって,被告株式会社Nの代表取締役を辞任したから,原告の損害の賠償責任を負うものではない。
(2) 原告が受けた損害額及び被告に対する請求の当否
(原告)
ア 原告が受けた損害
(ア) 原告が本件処分に従って組合員に対する原告別納割引制度による割引を停止すれば,債務不履行となり,他の組合員から強い不満が出るのは必定であるばかりか,他の中小企業協同組合等においても同種の別納割引制度事業を展開しているから,多数の組合員が原告を脱退し,他の組合等に加入することが予想された。そのため,原告は,他の組合員に対して原告別納割引制度による割引を停止することは,原告の存続を危うくし,できなかったため,やむなく本件処分期間中も他の組合員に対しては原告別納割引制度による割引を維持した。
したがって,この期間中に原告が割引を受けられなかった金額は,本件不正行為によって原告が受けた損害となる。
(イ) 原告が,本件処分期間中に割引を受けられなかった金額は次のとおり,6689万5267円である。
・原告が平成10年12月分として道路公団に支払った全組合員の 利用総額
1億2582万9660円
同利用金額に対する道路公団別納割引制度による割引額
3714万9698円
・原告が平成11年1月分として道路公団に支払った全組合員の利 用総額
1億0114万9230円
同利用金額に対する道路公団別納割引制度による割引額
2974万5569円
(被告ら)
ア 原告の主張する損害は,原告は道路公団から割引停止処分を受けたが,これを組合員に波及させられないために組合員には割引を継続したところ,割引停止処分がされなければ得られたであろう割引金相当額を原告が負担したので,これが損害であるとするものである。
しかし,上記主張によれば,その損害は,本来,原告に発生するものではなく,組合員に発生するものであるから,原告の損害と本件不正通行ないし被告A,同C,同D,同Bらの責任原因との間には因果関係がない。
イ また,被告株式会社Nは,原告に加入する際,不正通行があった場合には,不正通行を行った運転手の使用者である組合員のみならず,原告が割引停止処分を受け,その結果,全組合員が割引停止処分を受けたと同様の結果になり,その損害を不正通行を行った者の使用者である組合員が全部負担することになるという原告組合の仕組みを全く知らされなかった。もし,そのようなことを知らされていれば,被告株式会社Nは原告には加入しなかった。被告株式会社Nは,道路公団から本件不正通行による通行料金と割増金合計150万8800円の請求を受け,これを支払ったので,これにより全て解決したものと考えていたものである。
したがって,被告株式会社Nが,その従業員である運転手らの本件不正通行によって,原告に本訴請求にかかる巨額の損害が生じ,それを被告株式会社Nが負担しなければならないことを予見することは不可能であった。
ウ 原告は,本件処分期間中も,プリペイド式のハイウェイカードを利用することにより,割引を受けたとほぼ同様の結果を得ることができたものである。したがって,原告は,損害の発生を容易に防止できたのにこれをしなかったのであるから,過失により損害を発生または拡大させたものであって,その損害をすべて被告株式会社Nに負担させることは許されない。
エ さらに,原告がその損害を原告組合員のうちの被告株式会社Nに全部負担させることは,組合の性質に反し許されない。組合員たる企業が,組合に対して,直接損害を与えた場合と異なり,原告が本訴において請求している損害は,組合と道路公団との間の契約によって割引停止処分を受けたことにより,組合員が割引を受けられなくなることを防ぐために,組合員に生ずべき損害を原告が引き受けたというものであるから,本来その損害は組合員全員で負担すべきものである。
被告株式会社Nは,原告に加入しなくても,加入したのと同程度の割引を受けることは可能であったのであり,また,加入しなければ,道路公団に割増通行料金を支払うことによってすべて解決していたのに,原告に加入したことにより,他の組合員に生じた損害まで負担させられることとなり,全く予想外のことである。
運転手の走行中,終始監督し続けることは,不可能であり,そのような運転手の不法行為により,すべての組合員に発生した損害まで負担させられるのでは原告に加入したメリットは何もないのと同じことである。高速道路の不正通行の問題は他の組合員にも常に発生すべきことであって,それによって発生した損害を原告の目的である「相互扶助の精神」により全組合員において負担することとしても,決して不当とはいえず,組合の性質にかなうものである。
第3争点に対する判断
1 被告らの責任について
(1) 被告株式会社Nの責任
ア 前示第2の1の(2)及び(3)のウの事実によれば,本件不正通行が不法行為に該当することは明らかであり,被告株式会社Nは,本件不正通行を行った運転手らの使用者であって,これらの運転手らはいずれも被告株式会社Nの運送業務に従事中,本件不正通行を行ったものであるから,被告株式会社Nは,民法715条1項により,原告が本件不正通行によって被った損害を賠償すべき責任がある。
イ 原告は,被告株式会社Nは,その従業員である運転手らに対して,苛酷な労働条件及び著しく不合理な被告高速料金割戻制度を設けていたため,これが本件不正通行の要因となり,これを助長した旨主張する。
(ア) 前示の当事者間に争いのない事実及び証拠(甲3,4ないし6,16,20の1及び2,22,乙1の1及び2,6の1及び2,10の1,11,12,15の1及び2,証人E,同H,同I,被告本人兼被告株式会社O代表者(以下「被告A」という。),被告本人兼被告株式会社N代表者(以下「被告C」という。),被告D)によれば,被告株式会社Nの運転乗務は,1台のトラックに複数の運転手が乗務して交替で運転するのではなく,1台のトラックに1人の運転手が乗務する体制であり,長距離運送の場合は,都内で荷積みして目的地まで走行し,積荷を下ろした後,目的地付近で帰り便の荷積をし,再び走行して都内へ戻るという一連の運転業務が多かったが,運転手はその間の荷積作業終了後出発までの間,目的地に到着後荷下し作業までの間,帰り便の荷積作業までの間などのほか,走行中にも適宜休憩,休息,仮眠時間等をとることができる日程であったこと,ところが,被告株式会社Nの運転手らは,多くの収入を得るために,夜間に高速道路をできるだけ長区間走行して運転時間を短縮し,連続して次の運転乗務に就くという勤務体制をとることが多く,1か月のうち休日は2,3日ということも少なくなかったこと,給与体系は,日給月給制の基本給と売り上げに応じた歩合給及びその他の手当から成り立っていること,運転手は,被告株式会社Nが原告から貸与を受けた別納カードを予め一人一枚ずつ渡されていて,高速道路を利用する場合は料金所にそのカードを提示するのみで,料金は後でまとめて被告株式会社Nが原告に支払っていたこと,被告高速料金割戻制度は,被告Dが代表取締役の時代に,経費節約のために,以前勤務していた運送会社が行っていた制度などを参考にして考案し,採用したものであり,高速道路を利用するかどうかは運転手の判断にまかせられるが,被告株式会社Nが運転手に支払う高速道路通行料金額には上限を設け,その上限を超過した場合には運転手に負担させる一方,上限を下回った場合にはその下回った金額の半額を運転手に手当として支給するというものであって,その上限額は,東京・大阪間においては高速道路通行料金約1万3000円に対して9000円程度とされていたこと,もっとも,急を要するなど被告株式会社Nが全線高速道路利用の必要性を認めた場合には全線分の利用料金を支給していたこと,被告高速料金割戻制度に対しては運転手から上限額の引き上げを求める要求が出され,上限額が引き上げられたこともあったこと,Eは,平成9年暮ころ被告株式会社Nに入社した運転手からキセル通行の経験があることを聞き,他の運転手らと通じて不正通行をするようになったものであること,本件事件後,被告株式会社Nが運転手全員に不正通行の有無について自己申告させるとともに,自動車運転日報等により調査したところ,当時の運転手約12名中,7名が平成10年1月から7月までの間に合計80回以上,金額150万円以上に亘り,不正通行していたことが判明したため,被告株式会社Nはこの事実を道路公団に申告し,不正通行金額を支払い,始末書を提出したことが認められる。
(イ) 被告高速料金割戻制度は,上限額を超えて高速道路を利用しても,通常その超過した分の通行料金は支給されないのであるから,運転手は上限額を超過する通行料金は自己が負担する覚悟で高速道路を利用するか,それとも休憩,休息,仮眠時間等を少なくして一般道を走行するほかはなく,また,手当を得ようとすれば,さらに休憩,休息,仮眠時間等を少なくして一般道を走行するほかはないのであるから,被告株式会社Nの運転手はなるべく多くの収入を得るために,一連の運転乗務体制を連続することが多かった実態とあいまって,運転手が徹夜等の無理な勤務を強行するおそれが強く,合理性には強い疑いのある制度であるというべきである。そして,この制度が本件不正通行に寄与し,これを助長していたことも否めないというべきである。
しかし,Eは,被告高速料金割戻制度が採用された後に被告株式会社Nに入社した運転手からキセル通行のやり方を聞いて行うようになったものであって,被告高速料金割戻制度の採用後,それまでの間にそのような不正通行が行われていたことを認めるに足りる証拠はないこと,この制度が導入された後,運転手らから支給上限額の引き上げを求める要求が出されて上限額が引き上げられたことがあったこと,被告高速料金割戻制度に類似の制度を採用している企業は他にもあった(被告C,同D)が,そのような企業において本件不正通行類似の不正通行が行われていたことを認めるに足りる証拠もないことに照らすと,被告高速料金割戻制度が合理性に強い疑いのある制度であったとしても,このことから,この制度が本件不正通行発生の要因となったとまではいえないというべきである。
また,前示のような被告株式会社Nにおける長距離運送乗務の実態は運転手にとって厳しい勤務体制であっというべきであり,被告株式会社Nがこのような勤務体制を容認していた点については問題がないとはいえないが,このことが本件不正通行発生の要因となったともいえないというべきである。
したがって,このことを前提とする原告の主張は採用することができない。
(2) 被告株式会社Oの責任
ア 前示第2の1の(1)の事実,証拠(甲3,16,20の1及び2,22,乙8,11,12,証人E,同H,同I,被告D,同C,同A及び括弧内記載の証拠)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 被告Aは,昭和41年ころ,「A加工所」という屋号を使用してポリエチレン加工業を開業したが,その後有限会社を設立してその事業を行い,さらにその後これを株式会社に組織変更し,また,商号を「Q株式会社」に変更して,これを経営している。
(イ) 被告株式会社Oは,被告Aの友人が昭和51年7月1日に設立し,経営していた「R有限会社」が倒産し,その友人から経営の承継を要請されたため,被告Aが,商号を変更し,平成3年4月30日に株式会社に組織変更したものであり,また,目的は一般区域貨物自動車運送事業,倉庫業等,資本金は1830万円で発行済株式366株は被告Aとその妻の被告B及びその子のJが所有しており,本店所在地は千葉県印旛郡a町bc番地d,代表取締役は被告A,取締役は被告C(専務取締役)とJ,監査役は被告Aの甥のKである。(甲30)
(ウ) 被告株式会社Nは,被告Aが知人であった被告Dのために資本金全額を出捐し,平成7年3月22日に設立された会社であって,目的は一般貨物自動車運送事業,ポリエチレン製袋の加工,販売等,資本金は1000万円で発行済株式200株は全部被告Aが所有しており,本店所在地は千葉県鎌ヶ谷市ef丁目g番h号,設立当初の役員は,代表取締役被告D,取締役被告A及びその義兄弟,監査役被告Bであったが,被告Dは平成9年9月末日に代表取締役及び取締役を事実上退任し,同年12月8日に同年11月21日付け退任の登記がされた。そして,被告Aが代表取締役に就任したが,本件事件後の平成10年11月18日に被告Aは代表取締役及び取締役を退任し(退任登記は同年11月27日),同日被告株式会社Oの専務取締役の被告Cが代表取締役に就任し,取締役はJ及び被告Bの甥のL,監査役は被告Bであり,平成10年11月1日当時の従業員は,運転手11名,事務員3名であった。(甲6,30)
(エ) 被告株式会社Nの業務上の指揮監督は,被告Dが代表取締役であった当時は,被告Dが行っていたが,その退任後代表取締役になった被告Aは運送業務に詳しくなかったため,運送業に詳しく,被告株式会社Oの業務も全部掌理させていた被告Cに任せ,被告Cが被告株式会社Oと被告株式会社Nの双方の業務上の指揮監督を行っていた。(甲27,乙12)
(オ) 被告株式会社Nの運行管理者は,被告Dの在職中は被告Dであり,監督官庁の関東運輸局千葉陸運支局に対しても,その旨(選任は平成8年4月19日)届け出ていたが,被告Dの退任後は選任されず,本件不正通行当時は運行管理者が選任されていなかった。そして,被告Aから被告株式会社Nの業務上の指揮監督を任されていた被告Cは運行管理に関する業務をほとんどHに任せ,本件不正通行当時,被告株式会社Nにおける配車,点呼確認,自動車運転日報及びタコメーターの検印等の作業は配車主任のHがほとんど行っていた。(甲27,乙12,18の1ないし50,19の1ないし48)
(カ) 被告株式会社Nは,当初,千葉県鎌ヶ谷市内にあるSという会社の中に事務所をおいたが,その後,千葉県東・飾郡i町jkにある被告株式会社Oの事務所に移転し,両社はその事務所を事実上の本社として利用し,駐車場,給油所も共用し,両社の運転手らに対する連絡,指示事項等も「O・N 本部」と記載された一枚の貼紙を掲示するなどして行っていた。
被告株式会社Nは,被告株式会社Oの社名が印刷されている自動車運転日報用紙を使用し,被告株式会社Oが指定している石油会社の給油所において被告株式会社Oの車両として給油を受け,被告株式会社Nの運転手が被告株式会社Oの仕事に従事することもあった。
被告株式会社Nの運転手らは,被告株式会社Nと被告株式会社Oは実質的には同一の会社と認識していたため,このようなことに格別の違和感を抱いていなかった。(甲11の1ないし7,33の1ない5,乙10の1)
(キ) 被告A及び被告Cが使用している被告株式会社Oの名刺には,本社として本店所在地の千葉県印旛郡a町bc番地d,本部としてQ株式会社の本店所在地の同県柏市lm番地n,裏面に沼南営業所として同県東・飾郡i町jk,広島営業所として広島県福山市o町pqと記載されているほか,「Pグループ」としてQ株式会社,被告株式会社N及び株式会社Tの社名が記載されており,Q株式会社の参与のMが使用している名刺には,本社・工場としてQ株式会社の本店所在地が,裏面には「Pグループ」として,被告株式会社O(所在地千葉県東・飾郡i町jk),被告株式会社N(所在地同上)及び株式会社T(所在地同県柏市lmn)と記載されている。また,被告株式会社Nの配車主任のHが使用している名刺には,所在地として,上記の沼南営業所の所在地が記載されている。
なお,被告株式会社Nは,監督官庁である関東運輸局千葉陸運支局に対し,休暇睡眠施設を同県松戸市rst(14.3㎡)と届け出ている。(甲27,30,39の1及び2,40,45)
(ク) 被告株式会社Nと被告株式会社Oとの間には,資本上の提携関係も,金銭の貸借関係もない。
株式会社Tは,平成4年9月16日に設立され,本店所在地は千葉県松戸市rs,資本金は1000万円,目的は包装資材の加工及び販売等業であり,代表取締役はL,監査役は被告Bである(甲19)
(ケ) 被告Aは,取引銀行を通じて原告への加入を勧誘されたため,被告株式会社Nが原告に加入したものであるが,その交渉は,被告株式会社Oの専務取締役の被告Cが窓口となって行い,Q株式会社の参与のMが同席したこともあった。そして,別納料金等の支払について被告株式会社Oが連帯保証人となった。(甲10,38,乙8)
イ 以上のような事実関係に照らすと,Q株式会社,被告株式会社O,被告株式会社N及び株式会社Tは,いずれも被告Aを中心とする被告Aの親族によって経営されている家族企業であり,かつ,Q株式会社を中心として企業グループを形成しており,相互に密接な関係を有する企業グループであるが,被告Aを始め,関係役員らにおいても,企業グループに属する各会社について,営業場所,業務内容,担当業務,従業員に対する指揮監督系統等の点において厳然と区別して対処していたとは到底認められない。
これに加えて,被告株式会社Oと被告株式会社Nの間には資本提携関係や金銭上の貸借関係は認められないから,いわゆる親子会社の関係にあったとは認められないけれども,共にトラック運送による運送業を営むものであって,被告株式会社Nの運転手が被告株式会社Oの仕事に従事することもあること,被告株式会社Nは,被告株式会社Oとは登記上の本店所在地は異なるものの,被告株式会社Oの事務所,駐車場等の会社施設や運転日報等の事務用品を共用し,被告株式会社Oが指定している給油所において被告株式会社Oの車両として給油を受け,被告株式会社Oの仮眠室を利用し,従業員に対する連絡や指示も両社の社名を記載した一枚の貼紙を両社の営業所として使用している事務所に掲示して行っていること,被告株式会社Nの業務上の指揮監督は,被告Aが代表取締役であった時代には,被告Aから命じられて,被告株式会社Nの役員ではなく,被告株式会社Oの専務取締役である被告Cが,被告株式会社Nの従業員である配車係のHを通じ,あるいは直接被告株式会社Nの運転手らを指揮して運送業務に就かせ,また,被告Cが被告株式会社Nの代表取締役になった後は,同被告が被告株式会社Nと被告株式会社Oの両社の業務を指揮監督していたこと,被告Dが代表取締役を退任した後,被告株式会社Nには運行管理者が選任されていなかったこと,被告Aや被告Cを始め両社の関係者は被告株式会社Oと被告株式会社Nを別個の会社として厳然と区別して対応していたとはいえないこと(このことは,本訴において,被告Aにおいてさえ,両社の区別が曖昧であることを自認する供述をしていることに照らしても明らかである。),こうしたことから,被告株式会社Nの運転手らは,被告株式会社Nと被告株式会社Oは実質的には同一の会社と認識していたため,上記のような被告株式会社Nの対応にも格別の違和感を感じていなかったことを総合すると,被告株式会社Nと被告株式会社Oは,同一の企業体と同視できる程度に極めて密接不可分な関係を有するのみならず,本件不正通行当時においては,被告株式会社Nは,被告株式会社N及び被告株式会社Oの両社の代表取締役であった被告Aの命を受けた被告株式会社Oの専務取締役であって,被告株式会社Nの役員ではない被告Cの指揮監督に従って管理運営されていたものであるから,被告株式会社Nの従業員である運転手らは被告株式会社Oの指揮監督を受けてその業務に従事していたものとみるべきである。
そうすると,被告株式会社Oは,本件不正通行を行った被告株式会社Nの運転手らの使用者としての責任を免れないというべきである。
ウ なお,原告は,被告株式会社Nの運転手らは,被告株式会社Oの運送業務従事中にも不正通行を行っていた旨主張するが,被告株式会社Nの運転手らが,被告株式会社Oの運送業務に従事したことがあったことは前示のとおりであるけれども,本件不正通行時において,被告株式会社Nの運転手らが,被告株式会社Oの運送業務に従事中であったことを認めるに足りる証拠はないから,この主張は採用することができない。
(3) 被告Aの責任
ア 括弧内記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 被告株式会社Nのトラックにはタコメーターがセットされていて,運転手は一連の乗務が終了した都度,タコメーター,自動車運転日報,高速道路を利用した場合にはその領収書を提出することとされていたこと,タコメーターのグラフを見れば,高速道路走行の有無,走行時間,走行距離等を容易に把握することができ,自動車運転日報には,荷物の積込地,着地,走行距離,給油場所,給油量,別納カードによる高速道路利用料金額,出発,着地時間等が記載されており,また,高速道路の領収書には通行区間,料金額等が記載されているため,これらを対照すれば,実際に走行した高速道路の区間が領収書に記載されている区間と一致しているかどうかは容易に判断でき,殊にキセル通行した場合には,日報に記載されている走行方向とは逆方向を走行した領収書が添付されるので,キセル通行の有無を把握することは極めて容易である。(甲3,11の1ないし7,13の1ないし4,21,22,乙18の1ないし50,19の1ないし48,証人E)
(イ) 被告Aは,被告株式会社Nについて,タコメーター,自動車運転日報,高速道路通行料金領収書を対照するなどして,運転手らにキセル通行等の不正通行があるかどうかの調査を本件事件が発覚するまで,自らはもとより被告CやHらに命じてさせることもしなかった。(乙8,9,証人H,被告C,同A)
(ウ) 運送業界における,いわゆる業界紙には,平成8年ころから,運転手がキセル通行等の不正通行をしたことにより,その運転手が勤務している会社やその会社が加入している協同組合等が道路公団から割引停止処分を受け,莫大な損害を受けた事例が紹介され,運転手一人の不正によって全体が割引停止処分を受けることの警告や不正通行の防止に努めるように注意を促す内容の記事が再々掲載されたが,被告株式会社Oもこれらの業界紙を購読していた。(甲46の1ないし12,乙16の1,被告A)
イ 上記事実によれば,被告Aは,購読していた業界紙の記事などにより,運転手がキセル通行等の不正通行をしたために,その運転手が勤務している会社やその会社が加入している協同組合等が道路公団から割引停止処分を受け,莫大な損害を受けたことや,運転手一人の不正によって全体が割引停止処分を受けるおそれがあることは容易に知ることができ,また,被告株式会社Nの代表取締役として,自ら又は被告株式会社Nの業務上の指揮監督を任せていた被告C,被告株式会社Nの配車主任のHらに命じて,運転手らがキセル通行等の不正通行をしていないかどうかを調査し,その事実の有無を把握し,その発生を防止することは容易なことであったのであり,もし,そうしていれば,運転手らによる本件不正通行の発生を防止することが容易にできたものというべきである。
しかるに,被告Aは,被告株式会社Oの専務取締役の被告Cに被告株式会社Nの業務上の指揮監督一切を任せ切りにし,自ら又は被告Cらに命じてこのような調査をすることもしなかったため,本件不正通行の発生を防止することができなかったのであるから,取締役としての任務について懈怠があり,その点に重大な過失があったものというべきである。
したがって,被告Aは,商法266条の3第1項により,本件不正通行により原告が受けた損害を賠償すべき責任があるというべきである。
ウ 原告は,被告Aは,被告株式会社Nのオーナーとして最終的な決定権を有し,その事業を現実に監督していたから,代理監督者としての責任を負う旨主張するけれども,被告Aが現実に被告株式会社Nの事業経営に関与していなかったことは,前示(2)のアの(エ)のとおりであるから,この主張は理由がない。
エ また,原告は,被告Aは,被告株式会社Nの代表取締役として,従業員に対する苛酷な労働条件や著しく不合理な被告高速料金割戻制度を改善しなかったことについても任務懈怠があり,重大な過失があった旨主張する。
しかし,被告高速料金割戻制度の合理性及び被告株式会社Nにおける長距離運送乗務の勤務体制に問題があったとしても,そのことが本件不正通行発生の要因となったとはいえないというべきことは,前示(1)のイにおいて判示したとおりであるから,この主張も採用することができない。
(4) 被告Cの責任
ア 前示(2)のアの(エ)(オ)において判示したところによれば,被告Cは,被告株式会社Oの専務取締役であるが,その代表取締役である被告Aから,被告株式会社Oの営業上の一切の指揮監督を任せられていたところ,被告Dが被告株式会社Nの代表取締役を退任した後は被告Aの命を受けて,被告株式会社Nの営業上の一切の指揮監督も担当していたのであるから,事実上,被告株式会社Nの取締役の地位にあったものというべきである。
イ そして,被告Cは,被告Aについて判示したところ(前示(3)のアないしウ)と同様に,被告株式会社Nのタコメーター,自動車運転日報,高速料金領収書等の調査,点検,確認等を行うことは極めて容易なことであり,これを行っていれば,本件不正通行の事実を容易に発見でき,これを防止することも容易にできたものというべきである。
ウ しかるに,被告Cは,このような調査,点検,確認等を怠り,その結果,本件不正通行を発見できず,防止の措置もとらなかったのであるから,この点について任務懈怠があり,かつ重大な過失があったというべきであり,商法266条の3第1項に準じて,原告が受けた損害を賠償すべき責任があるというべきである。
エ なお,上記アの事実によれば,被告Cは使用者である被告株式会社Nに代わって被告株式会社Nの事業を監督していたものということができるから,民法715条2項によっても本件不正通行によって原告が受けた損害を賠償すべき責任があるというべきである。
(5) 被告Bの責任
ア 被告Bは,被告株式会社Nの監査役であるが,被告Aの妻であって,被告株式会社Nの経理事務をも担当し,手形,小切手の振出しなどを行っていたものである。(被告A)
しかしながら,被告Bは,被告株式会社Nの監査役として,代表取締役であった被告Aの職務の執行を監査する義務がある(商法274条1項)のに,前示のとおり,被告Aが代表取締役としての義務を果たさず,業務上の指揮監督の権限一切を被告株式会社Oの専務取締役である被告Cに任せ切りにして,被告株式会社Nの業務を全く行っていなかったのに,そのことに関して何らの措置も執らなかったのであるから,監査役としての任務を懈怠したものであり,そのことについて重大な過失があったものというべきである。
したがって,被告Bは,商法280条1項,266条の3第1項により,原告が本件不正通行によって受けた損害を賠償すべき責任があるというべきである。
イ なお,原告は,被告Bは,被告株式会社Nの事業を現実に監督していたから,代理監督者としての責任も負う旨主張するけれども,被告Bが被告株式会社Nの事業を現実に監督していたとは認められないから,この主張は理由がない。
(6) 被告Dの責任について
被告Dは,被告株式会社Nの代表取締役就任中に被告高速料金割戻制度を発案し,導入したものであり,この制度の合理性には強い疑いがあること,しかしながら,そのことから当然に本件不正通行の要因となったとはいえないというべきことは,前示(1)のイにおいて判示したとおりである。
また,被告Dは,本件不正通行当時には被告株式会社Nの取締役を退任していたことも前示第2の1の(1)のカ及び第3の1の(2)のアの(ウ)のとおりである。
そうすると,被告Dは本件不正通行の発生及びこれに基づく原告の損害の発生について,何らの責任を負うものではないというべきであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の被告Dに対する請求は理由がない。
2 原告の損害について
(1) 証拠(甲7,15ないし18,25,原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 道路公団別納割引制度によれば,道路公団が管理し,指定する高速道路等を1年を通じて1か月平均1万円以上利用した場合には,料金が後払いとなるほか,月間利用料金額に応じ,最低1万4000円を超える場合には約5パーセント,最高700万円を超える場合には30パーセント相当の金額から59万9200円を控除した金額の割引となること,原告は,事務諸経費に充てるために道路公団の割引率よりも低い割引率による利用料金を組合員に請求する原告別納割引制度を採用しており,その割引率は,月間利用金額に応じ,最低3万円以下の場合には12パーセント相当の金額,最高200万円を超える場合には24パーセント相当の金額から9万9900円を控除した金額の割引としている。
イ 原告は,本件不正通行により,道路公団から平成10年12月1日から平成11年1月31日まで2か月間道路公団別納割引制度による割引を停止する旨の本件処分を受け,その間割引が受けられなかった。
ウ 原告に加入している組合員の平成10年12月1日から同月末日まで1か月間の利用料金として原告が道路公団から請求を受けた利用料金総額は1億2582万9660円であったから,道路公団別納割引制度による最高の割引率による割引を受けられるはずであり,その割引額は3714万9698円となる。
同様に平成11年1月1日から同月末日まで1か月間の利用料金として原告が道路公団から請求を受けた利用料金総額は1億0114万9230円であったから,これに対する割引額は2974万5569円となる。
(2) 上記事実によれば,原告は,本件処分により,総額6689万5267円の損害を受けたものである。
(3) 被告らは,本件不正通行により,原告がその主張のような多額の損害を受けることを予見することは不可能であった旨主張する。
ア 証拠(甲9,15,16,25,原告代表者,被告C,同A)によれば,原告が道路公団との間で合意している別納カード利用約款(甲15。以下「利用約款」という。)には,「カード利用者が・・・不正な方法で通行料金を免れ,又は免れようとしたとき」には別納割引を停止するものとする旨が定められている(28条)こと,原告は,被告株式会社Nに対し,利用約款を原告が作成している別納カード利用規約(甲25。以下「利用規約」という。)と同時に配布していたこと,原告は被告株式会社Nの加入に際しても,その趣旨を説明したこと,また,原告は,組合員に対する高速料金の請求書に不正通行防止を呼びかける啓蒙のパンフレットを同封し,「キセル通行等の不正通行を行った場合にはカードの利用が取消しとなり,原告に対して損害賠償の責任が発生する。」旨の注意を呼びかけていたこと,被告株式会社Oは単独で道路公団から別納カードによる利用承諾を受けていることが認められる。
イ 上記事実によれば,被告Aは,被告株式会社N及び被告株式会社Oの代表取締役として,また,被告Cは被告株式会社Oの専務取締役であるとともに,被告Aの命を受けて事実上被告株式会社Nの業務上の一切の指揮監督の権限を行使していた者として,さらに被告Bは被告株式会社Nの監査役として,それぞれその業務を忠実に履行していれば,いつでも上記利用約款,利用規約,パンフレット等に目を通すことができ,そうすれば別納カードの貸与を受けた組合員の従業員が不正通行を行った場合には,原告が道路公団から別納カード利用約款上の割引停止等の不利益な処分を受けるおそれがあり,その場合には原告に加入している全組合員がその不利益を受けることになることを容易に理解することができたものというべきであるから,前記主張は採用することができない。
(4) 被告らは,原告は,道路公団から割引停止処分を受けても,プリペイド式のハイウェイカードを利用することは可能であり,そうすれば処分期間中割引を受けたとほぼ同様の結果を得ることができたのに,原告はこれをしなかったため,その主張のような損害を受けたものであるから,過失により損害を発生または拡大させたものであって,そのすべてを被告らに負担させることは許されない旨主張する。
前示の争いのない事実及び証拠(甲8,16,23,25,原告代表者)によれば,原告が,道路公団から割引停止されても,ハイウェイカードを利用することにより割引を受けることは可能であるが,その場合は道路公団高速料金割引制度のように料金一括後払いではなく,予め一定金額のカードを購入し,利用の都度清算し,カード記載の金額がなくなれば新たなカードを購入しなければならないから,多額の金員の準備が必要であり,煩瑣であること,利用規約上は,原告が道路公団から割引停止等の処分を受けた場合に組合員に対する割引を停止すること等の規定は存在しないこと,原告は,組合員のために高速道路通行料金別納制度の代行を行うことを事業内容にしているところ,原告が本件処分に従って他の組合員に対する割引を停止すれば,他の組合員から強い不満が出ることは必定であり,他の中小企業協同組合等においても原告と同種の別納割引制度事業を展開しているので多数の組合員が原告を脱退し,他の組合等に加入することも予想され,原告の存続を危うくするおそれがあったことから,本件処分期間中も他の組合員に対しては原告別納割引制度による割引を維持したことが認められる。
この事実によれば,原告が,本件処分期間中他の組合員に対して原告別納割引制度による割引を維持したことはやむを得ないことであったというべきである。したがって,原告主張の損害が原告の過失により発生し,または拡大したものである旨の被告らの主張は理由がないというべきである。
(5) また,被告らは,原告が主張する損害は,組合員たる企業が組合に対して直接与えた損害ではなく,組合と道路公団との間の契約により,割引停止処分を受けたことにより,組合員が割引を受けられなくなることを防ぐために,組合員に生ずべき損害を原告が引き受けたものであるから,これをすべて被告株式会社Nに負担させることは協同組合の本質的性格に反し許されない旨主張する。
しかしながら,本件は,不法行為によって損害を受けた組合が,その賠償責任を負担する者に対して損害賠償を求めている事案であって,組合業務の遂行上生じた損失の負担を組合員に求めているわけではないのであるから,組合の性質には無関係のことである。不法行為者が原告の組合員の従業員であり,組合員が使用者責任を負う立場にあるからといって,原告の不法行為に基づく損害賠償請求権の行使が制限されるいわれはないというべきである。被告らの主張するところは,結局,通常予測し難い損害であること,損害額が多額であることに帰着することであって,別個の問題である(この点についての主張が理由のないことは既に判示したとおりである。)。
(6) さらに,被告らは,被告株式会社Nが道路公団に通行料金及び割増金を支払ったことによってすべて解決していた旨主張するけれども,被告株式会社Nが支払ったのは,本件事件ないし本件不正通行に基づく不払分及びそれに対する割増金であり,これによって,道路公団の損害はてん補されたとしても,原告の損害はこれとは別個の損害であるから,この主張も理由がない。
(7) なお,被告らは,運転手の走行中終始監督し続けることは,不可能であり,そのような運転手の不法行為により,すべての組合員に発生した損害まで負担させられるのでは原告に加入したメリットは何もないのと同じことであり,高速道路の不正通行の問題は他の組合員にも常に発生すべきことであるから,それによって発生した損害を原告の目的である「相互扶助の精神」により全組合員において負担することとしても,決して不当とはいえず,組合の性質にかなうものである旨主張するけれども,このような主張は,独自の見解であって,到底採用の限りではない。
第4結論
以上の次第で,原告の被告らに対する本訴請求は,被告株式会社N,同株式会社O,同A,同C,同Bに対する請求はいずれも理由があるから認容し,被告Dに対する請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 村田長生)