千葉地方裁判所松戸支部 昭和63年(ワ)212号 判決 1990年5月22日
原告 地域環境を守る会こと 大井藤一郎
<ほか一〇名>
右一一名訴訟代理人弁護士 鈴木隆
同 高川俊二郎
同 薄井昭
同 原田裕介
被告 髙橋商事有限会社
右代表者代表取締役 髙橋勇
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 秋田良一
主文
一 被告らは、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)上に、同目録二記載の建物(以下「本件ホテル」という。)の利用客用車両出入口を、別紙図面1表示のイ・ロの両点の間以外に設置してはならない。
二 被告らは、別紙図面1表示のE・F・G・H・Eの各点を順次直線で結んだ線内に存する別紙図面(二)記載の駐車場を撤去せよ。
三 被告らは、本件土地の別紙図面1表示のA・Bの両点の間に設置された車両出入口及び同図面表示のJ・Kの両点の間に設置された人の出入口を閉鎖せよ。
四 被告らは、本件ホテル一階の別紙図面1表示のC・Dの両点の間に設置されている出入口を非常用出入口以外の目的で使用してはならない。
五 被告らは、別紙図面1赤色部分に設置されている看板から満車・空車の表示を抹消せよ。
六 被告らは、千葉県松戸市内に配布されている日本電信電話株式会社発行の電話帳(タウンページ)に、時間単位利用及び二人単位利用の各料金表示の広告を掲載してはならない。
七 被告らは、別紙看板・広告塔一覧表記載の場所に設置してある本件ホテルの看板及び広告塔に、本件ホテルがビジネスホテルである旨を明示せよ。
八 被告らは、松戸市内及び同市に隣接する千葉県内の市町村において、本件ホテルがビジネスホテルであることを明示せずして、広告してはならない。
九 被告らは、本件ホテルの利用客に、避妊具の販売及び提供をしてはならない。
一〇 被告らは、本件ホテルの客室のうち、一〇室をシングルルームとして、一九室をツインルームとして使用しなければならない。
一一 被告らは、セミダブルベッドを含めて、本件ホテルの客室に設置したダブルベッドを撤去せよ。
一二 被告らは、本件ホテルにおいて、午前一〇時から午後五時までの間は、営業してはならない。
一三 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要
一 本件ホテルは、松戸市ラブホテル建築規制に関する条例上ラブホテルを建築することが禁止された地域に存し、被告高橋勇は、松戸市長から昭和六〇年八月三一日、本件ホテルは同条例の定めるラブホテルには該当しない旨の通知を受けたが、右通知中、本件ホテルの建築行為及び営業行為に起因し近隣居住者等との間に紛争等が生じた場合は、当事者間において誠意をもって話合い、円満に解決することが遵守事項とされていた。
二 (協定の締結)
原告らと被告らとの間で、同年一一月二日、次の趣旨の条項を含む内容の協定(以下「本件協定」という。)が締結された(争いがない。)。
第一条 被告らは、原告らに対し、本件ホテルをラブホテルとして建築するものでないこと及び将来においてラブホテル化しないことを誓約し、被告らは本件ホテルを健全なビジネスホテルとして経営していくものとする。
第二条 本件ホテルの敷地内への、利用客用車両出入口は、別紙図面(一)記載イ―ロ部分一か所とする。
4 別紙図面(一)記載の駐車場は、無蓋及び平地駐車とする。ただし、本件ホテルの開業後、原告ら及び被告ら協議のうえ屋根及び遮音壁など別紙図面(二)のごとき構築物を設置することができるものとする。
第三条 本件ホテルへの客用出入口及びフロントの形態は、別紙図面(一)記載のとおりとし、同図面ハ―ニ部分の出入口その他避難口等は客用としては使用しない。
第七条 時間単位の料金、二人単位の料金、空室・満室の各表示は一切しない。
第八条
2 本件ホテル内において、避妊具その他専ら性的好奇心をそそる物品を販売しもしくは提供し、または、販売もしくは提供する設備を設置しない。
第一〇条 本件ホテルの客室構成は、シングルルーム一〇室、ツインルーム一九室とする。
2 右各ルームをダブルベッドルームに変更しない。
第一二条 松戸市内及び隣接地区において、広告・宣伝等の施設を設ける場合及びパンフレット・チラシ等を配布する場合にはビジネスホテルであることを明示し、かつ、右広告等には、時間単位利用、二人単位利用の各料金表示をしない。
第一九条 被告らは、原告らに対し、本件ホテルのチェックアウト・チェックインの時間を定めることを約す。
2 被告らは、チェックインタイムの時間帯につき原告らの申し入れた午後五時ないし午後一〇時とする提案の趣旨を十分に理解し、早急にその時間帯を決定し、原告らに連絡する。
三 被告らの代理人弁護士森本宏一郎は、原告らに対し、昭和六一年六月三〇日本件協定に基づき、本件ホテルのチェックインタイムを午後五時、チェックアウトタイムを午前一〇時とする旨連絡し、その旨原告ら及び被告ら間で協定された。
四 (被告らの違反行為)
被告らは、昭和六一年一〇月本件土地に本件ホテルを建築し、ホテル512の名称で本件ホテルを経営しているが、原告らに対し、昭和六二年一一月二二日ころ、本件協定を破棄する旨通告し(争いがない。)、本件協定を遵守する意思を有せず、次のとおり、本件協定第二条、第三条、第七ないし第九条、第一二条、一九条に違反している。
1 第二条及び第三条違反
被告らは、本件ホテルにおいて開業して以来、本件土地の隣接地に本件ホテル利用客用の駐車場を新たに設置し、別紙図面1表示のA及びBの両点間の位置に本件ホテル利用客用車両出入口を、同図面表示のJ・Kの両点の間に人の出入口を各設け、同図面及び別紙図面(一)表示のC及びDの両点間の位置に設置されている非常用避難口を右駐車場からの利用客の専用出入口とした(人の出入口の設置については検証、その余の事実は、争いがない。)。
また、別紙図面1表示のE・F・G・H・Eの各点を順次直線で結んだ線内に別紙図面(二)記載の駐車場が設置されている(争いがない。なお、第二条4項ただし書に該当する旨の主張立証はない。)。
2 第七条及び第一二条違反
本件ホテルの玄関前には、空室・満室を表示した看板(広告塔)が設置され、東葛地区に配布されている電話帳には、二人単位の料金を表示した本件ホテルの広告が掲載されている(争いがない。)。
被告らが設置した本件ホテルの広告施設中にはビジネスホテルであることの明示がなく(争いがない。)、被告らは、別紙看板・広告塔一覧表記載の場所に広告施設を設置している。
3 第八条違反
被告らは、本件ホテルの全客室に避妊具を備え置き、本件ホテルの利用客に無償で提供することがある。
4 第一〇条違反
被告らは、本件ホテルの一〇室のシングルルームにダブルベッド(セミダブルベッドを含む)を設置しており(争いがない。)、ツインルームにダブルベッドを設置している。
5 第一九条違反
被告らは、本件ホテルにおいて、午後五時から午前一〇時まで以外の時間帯においても、利用客を受け入れている(争いがない。)。
五 被告の主張(公序良俗違反)
1 原告らは、本件協定締結前に電話で被告らを強迫し、松戸市内の全金融機関に対し、本件ホテルの建設資金を被告らに融資しないよう要請する旨の文書を配布して、被告らに圧力をかけ、本件協定の締結を強要した。
2 松戸市は、原告らとの間で協定を締結しない限り、本件ホテルの営業を認めないとの立場をとり、被告らに本件協定の締結を強要した。
3 したがって、本件協定は、被告らにとって締結するか否かの自由のない状況下において締結されたものであり、被告らの営業の自由を過当に制限する内容のものであるから、公序良俗に反し、無効である。
第三争点(公序良俗違反)に対する判断
一 原告らが、昭和六〇年二月ころ、松戸市内の各種金融機関に「風俗営業等に対する融資についてお願い」と題する文書を配布したことは原告らの自認するところであるが、原告らが被告らを電話で強迫したと認めるに足りる証拠はなく、本件協定は、原告ら及び被告ら双方にそれぞれ弁護士が代理人として関与し、協議を重ねたうえ締結されたものであり、被告らが本件協定を遵守しないのは、被告らの本件ホテルの営業上の理由によるものである。
以上によれば、原告らが被告らに本件協定の締結を強要したということはできない。
二 松戸市が被告らに本件協定の締結を強要したと認めるに足りる証拠はない。
三 結局、本件協定が、被告らにとって締結するか否かの自由のない状況下において締結されたと認めるに足りる証拠はない。
また、私人間で、それぞれの権利あるいは利益を調整するために合意することは原則として自由な行為であり、本件協定の内容は、被告らの営業方法を制限し、被告らが本件ホテルを異性を同伴する客に利用させるホテルとして営業することを阻む目的のものであるということができるものであるが、これを被告らの営業の自由を過当に制限するものとまでいうことはできず、結局、本件協定の締結が公序良俗に違反する行為であるということはできない。
よって、原告らの請求は、いずれも理由がある。
(裁判官 原道子)
<以下省略>