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千葉地方裁判所館山支部 昭和39年(ワ)32号 判決 1968年1月25日

原告 木村正一

<ほか二名>

右両名訴訟代理人弁護士 木村正一

被告 山本一夫

<ほか一名>

右訴訟代理人弁護士 山本一夫

主文

一、被告山本一夫は、原告木村正一に対し、金五〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年七月二六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告両名は、連帯して、原告三名各人に対し金三三、三三三円宛及びこれに対する昭和四〇年一〇月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

三、原告等のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

(当事者の申立)

一、原告兼原告青木及び同川原訴訟代理人は、「(一)被告山本一夫は、原告木村正一に対し、金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年七月二六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。(二)被告両名は、連帯して原告三名に対し金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年一〇月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告兼被告小川訴訟代理人は、

(一)  本案前の申立として、「原告等の請求を却下する。訴訟費用は原告等の連帯負担とする。」との判決を求め、

(二)  本案について、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の連帯負担とする。」との判決を求めた。

(当事者の主張)

第一、原告兼原告青木及び同川原訴訟代理人は請求の原因並びに主張として次のとおり述べた。

即ち、被告等は、次のとおり、故意又は過失により原告等の権利を侵害したものであるから、これに因りて生じた損害を賠償する義務がある。

一、被告山本の原告木村に対する不法行為。

(一) 被告山本は、昭和三七年四、五月頃、大柴尊二対石井政蔵館山簡易裁判所昭和三六年(ハ)第三二号事件の口頭弁論期日において、被告山本の証人尋問の仕方に不当な点があったので異議を申立てた原告木村に対し、「木村は他人の証人尋問について一一文句をつける、全く人格は零だ」と述べて、公開の法廷において原告木村を侮辱した。

(二) 被告山本は、高梨康対馬場一太郎千葉地方裁判所館山支部家屋明渡請求事件において、「木村が証拠を偽造した」とか、「偽造している」とか、当てこすりを記載した準備書面を提出して、原告木村の名誉を侵害した。

(三) 被告山本は、控訴人高野元一対被控訴人小川健太千葉地方裁判所昭和三八年(レ)第四一号家屋明渡請求控訴事件の昭和三八年一二月二五日の口頭弁論期日に、公開の法廷で、昭和三八年一一月二五日付答弁書に基き、

(イ) 本件は控訴人とは関係なく、原告木村自身が別件小川健太対青木きみ外七名建物収去土地明渡請求事件のために争っているものである。

(ロ) 原告木村と原告川原とは共に、以前に仮処分事件に関し刑事追訴を受け、原告木村は無罪となったが、原告川原は有罪となった間柄である。

(ハ) 別件小川健太対青木きみ外七名建物収去土地明渡請求事件の目的家屋は元々小川の所有であるが、木村が指揮して昭和三七年六月六日鈴木義雄名義に所有権保存登記手続をした。

(ニ) 右小川対青木外七名事件において、川原の代理人原告木村は裁判所より立入禁止、妨害排除の仮処分命令を得て、その家屋を執行吏の占有に移し、次いでその家屋を解体し、その跡に家屋を新築した。

(ホ) 右について、小川は原告木村、同川原を不動産窃盗、建物毀棄罪で検察庁へ告訴しており、取調べが進むにつれ証人等も前言を翻しており、刑事々件も近く何らかの処置がされる段階に来ている。

等と主張した。この主張は(イ)は虚偽、(ロ)は当該事件と無関係、(ハ)は虚偽、(ニ)は後半は虚偽、(ホ)の告訴は誣告であるが、いずれも不法に弁護士である原告木村の名誉を侵害し、社会信用を害したものである。又昭和三八年一二月一八日付準備書面においても前記(1)と同趣旨の事を繰返し、「木村弁護士のための訴訟で、仮執行の必要が大である」と述べ、不法に原告木村の名誉を侵害した。

(四) 被告山本は、控訴人青木きみ外七名対被控訴人小川健太東京高等裁判所昭和三八年(ネ)第二、四五九号控訴事件の昭和三九年三月二〇日の口頭弁論期日において、準備書面に基き、

(イ) 原告木村は同川原と、本件について高度の法律知識を使い、法律の裏をかくあらゆる途を講ずる処置をしておる。

(ロ) 原告木村と同川原とは、先年仮処分事件における証拠偽造の嫌疑で刑事被告人となり、八ヶ年の裁判の結果、東京高等裁判所で木村は無罪となり、川原は有罪となった。この事件は千葉県下の新聞に大々的に報道されたので、これを知っている小川一家の心痛は甚大で、被告山本も万全の処置をとらざるを得なかった。

(ハ) 本件においても、原告木村は、目的家屋を執行吏の占有に移しながら、解体してその跡に新築をしたので告訴事件になっており、前記八年前の刑事々件の関係もあり、検察庁もまだ処置していない。

と強調主張したが、(イ)は中傷であり、(ロ)は当該事件とは関係なく、(ハ)は事実と相違し、一部破損していた家を新材料で補築したものに過ぎないもので、刑事々件となるものではない。いずれも不法に原告木村の名誉を侵害したものである。

(五) 弁護士業務の成立は社会的信用を基礎とするもので、弁護士の社会的信用を害する如き言動は弁護士の業務上の利益、名誉を侵害することになる。被告山本の前記各行為は、虚偽の事実や全く邪推に過ぎないことをさも事実の如く主張したり、当該事件に関連性のない事柄を主張して、原告木村の弁護士としての社会的信用を害する認識の下に為した行為である。信用や名誉の侵害は不特定多数の人に公表する必要はない。特定人に告げられても違法性がある。弁護士は裁判所、検察庁関係の仕事が主たる業務であるから、業務上関係が切離せない裁判官や検察官に告げることは特に違法性が強い。民事訴訟につき当事者処分主義、弁論主義が行なわれたとしても、それは当該事件の判決の基礎になる事実の確定に役立つ事項に限られるもので、相手方やその代理人のその事件外に関する事項に及ぶものではない。民事訴訟においても、当事者や訴訟代理人はその訴訟活動において真実義務を負うものである。弁護士たる訴外代理人はその受任事件について包括的代理権を有し、自己の判断に基き訴訟行為を為すもので、その効果は本人に及ぶが、その行為の責任は当然訴訟代理人が負うべきものである。

(六) 以上のとおり、被告山本の不法行為による原告木村の蒙った名誉毀損による損害を金額に換算すると、金一〇〇、〇〇〇円を相当とするので、原告木村は被告山本に対しその賠償の支払いと、これに対する本訴状送達の翌日である昭和三九年七月二六日から支払い済みまで年五分の割合による損害金の支払いとを求める。

二、被告両名の原告三名に対する不法行為。

(一) 被告等は、共謀して、昭和三七年七月頃、小川健太対青木きみ外七名千葉地方裁判所館山支部昭和三七年(ワ)第二一号事件において、証人○○○○○ほか四名等が争いの家屋の部分は鈴木義雄が建築したものであると証言したのは偽証であり(その家屋の部分は従来から在ったから)、その偽証は原告三名が教唆した疑いがあるし、又原告木村、同川原は共謀して、右事件の前に修理の仮処分を申請して、その命令を得ておきながら、建物の一部を除去して新築したが、これは器物毀棄、窃盗等の疑いがある等として、原告三名を偽証教唆、原告木村、同川原を詐欺、器物毀棄、窃盗、各被疑事件として検察庁へ告訴した。千葉地方検察庁木更津支部は右証人と原告等を取調べた結果、犯罪の嫌疑不十分なりとして昭和三九年五月二九日不起訴処分とした。これらの被告等の行為は、原告等に対する誣告であり、その名誉を侵害したものである。

(二) 被告両名は、前記検察庁の不起訴処分を不服として、木更津検察審査会へ審査の申立をし、前記(一)の検察庁へ告訴した内容と同様の主張をし、更にその一部を変更し、原告木村、同川原は原告青木の建てた建物を全部取毀し、その跡に建物を新築したと虚偽の事実を強調し、これは土地侵奪罪に該当すると主張し、審査員を誤認させて、昭和三九年九月二四日の審査会において、不動産侵奪罪で起訴相当の旨決議させたものである。そしてこの決議の要旨は、検察審査会法第四〇条により、一般の人々に対し掲示場に掲示された。この議決の送付を受けて、検察庁は再捜査をしたが、家屋は解体新築ではなく、間取変更による改造修理であることが明らかとなり、昭和四一年一月一四日不起訴の決定をした。これらの被告等の行為は原告三名に対する名誉の侵害であり、不法行為である。

(三) 以上のとおり、被告両名の不法行為により原告三名の蒙った精神的損害を金額に換算すると金一〇〇、〇〇〇円を相当とするので、原告等は被告等に対し、連帯して、その賠償の支払いと、これに対する原告等が本訴において請求した日(陳述日)の翌日である昭和四〇年一〇月一一日から支払い済みまで年五分の割合による損害金の支払いとを求める。

三、本案前の抗弁について。

被告等は、本訴は二重訴訟であると主張するが、前訴と本訴とは請求の趣旨、原因を異にし、基礎を異にするものであり、二重訴訟ではない。被告等の抗弁は失当である。

第二、被告兼被告小川訴訟代理人は、答弁並びに主張として、次のとおり述べた。

一、本案前の答弁。

本訴は、原告小川健太対被告青木きみ外七名千葉地方裁判所館山支部昭和三七年(ワ)第二一号建物収去、土地明渡請求事件並びに原告川原秀雄対被告小川健太同庁同年(ワ)第二〇号家屋使用妨害排除請求事件の併合事件と全く同一の内容のもので、二重訴訟であるから、不適法である。よって、原告等の請求の却下を求める。

二、本案について。

原告木村の被告山本に対する請求について。

(一) 原告大柴尊二対被告石井政蔵事件における被告山本の不法行為は否認する。侮辱した事実はない。

(二) 原告高梨康対被告馬場一太郎事件において、被告山本が準備書面を書いて裁判所へ提出したことは認めるが、不法行為をしたことは否認する。

(三) 高野元一対小川健太控訴事件において、原告主張の事実に近いことを準備書面に書いたことは認めるが、法廷で一々読上げたことはない。その余の事実は否認する。原告木村が被告小川に放火の疑いありと文書に書き、裁判官に対し口頭で述べたことは不法行為であり、被告山本の行為はそれに対抗したものであり、正当な行為である。仮りに被告山本の行為が不法行為となるとしても、原告木村の不法行為による損害賠償請求債権と相殺する。又この訴訟は控訴審において和解が成立しているので、その蒸し返しであり、失当である。

(四) 小川健太対青木きみ外七名東京高等裁判所の控訴事件において、被告山本が原告主張に近いことを準備書面に書いたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告木村は法律上許されない仮処分をいくつもやっており、この事件に関しても、修繕すると云って仮処分決定を得て、その家屋を解体、新築した。このように原告木村は不法行為をしているのであるから、仮りに被告山本の行為が不法行為となるとしても、各損害額を相殺する。

三、原告三名の被告両名に対する請求について。

(一) 被告等が原告等を詐欺、器物毀棄、窃盗、偽証教唆罪で検察庁へ告訴したが、不起訴となったことは認めるが、その余の事実は否認する。不起訴は嫌疑なしとの断定と同一ではない。不起訴になったからと云って、犯罪がなかったとは云えない。

(二) 被告等が、右検察庁の不起訴処分を不服として、検察審査会へ審査申立をした結果、審査会は昭和三九年九月二四日原告等は建物を取毀してその跡へ建物を新築し、土地を侵奪したもので、不動産侵奪罪で起訴が相当と決議したことは認めるが、その余の事実は否認する。

四、以上のとおり、被告等は、原告等の被告等が不法行為を行なったとの主張を全部否認する。不法行為はむしろ原告等の側にある。家屋を修繕すると云って仮処分決定を得て、家屋を殆んど全部に近く解体、新築してしまった。被告等の行為は原告等の不法行為に対する防禦処置であり、正当な行為である。仮りに被告等の不法行為が認められるとしても、それは原告等の不法行為に比べればものの数に入らない。被告等の債務と原告等の債務とを対等額で相殺する。原告等の債務の方が大きいから、原告等には損害賠償請求権はない。社会現象は継続関連しているものである。従って、その中の一つだけを取り出してみても事案の真相はつかめない。継続関連した他の事実も判断の対象とすべきである。一つの言葉じりや一つの文章のみを判断すると不法、不当と思われることも、前後の事情、経過を総合して判断すると不法、不当でなく、正当と判断される場合もある。よろしく総合判断すべきである。

(証拠)≪省略≫

理由

一、被告等は、本案前の抗弁として、本訴は小川健太対青木きみ外七名千葉地方裁判所館山支部昭和三七年(ワ)第二一号建物収去、土地明渡請求事件、川原秀雄対小川健太同裁判所昭和三七年(ワ)第二〇号家屋使用等妨害排除請求事件併合事件と二重訴訟であるから不適法であり、却下さるべきであると主張する。然し当事者が全く同一というわけでもないし、前訴は建物収去土地明渡や妨害排除の請求権が対象であり、本訴は被告等の不法行為を理由とする損害賠償請求権が対象であり、訴訟物が異なるものであるから、二重訴訟とは認められない。よって被告等のこの抗弁は理由がない。

二、原告木村の被告山本に対する請求について、

(一)  原告木村は、大柴尊二対石井政蔵事件において被告山本は原告木村を侮辱して名誉を侵害し、又高梨康対馬場一太郎事件において被告山本は原告木村の名誉を侵害したと主張するが、いずれもその確実な立証がないので、原告木村のそれらの主張は認めることができない。

(二)  ≪証拠省略≫並びに弁論の趣旨を総合すると、次の事実が認められる。即ち、高野元一対小川健太千葉地方裁判所昭和三八年(レ)第四一号控訴事件において、被告山本は、被控訴代理人として、昭和三八年一一月二五日付答弁書、同年一二月一八日付準備書面を裁判所へ提出し、昭和三八年一二月二五日の口頭弁論においてこれを陳述した。その中で原告木村に対し、

(イ)  「この家(註、訴訟の対象である家屋)は控訴人自身とは関係なく木村弁護士自身が争うておるのである」「なぜ木村弁護士がこの家をこのようにしつこく争うかというと、この家そのものは重要でなく、本件家屋の北側(註、この家屋の北側の部分は別件訴訟で争いになっていた)のためである」「ただ代理人の木村弁護士がこれをこじらせて木村弁護士自体の事件にしてしまって、このように紛糾せしめておるのである。こんなヒドイ訴訟は類例がなく」「(本件家屋を)控訴人はすててかえりみず、ただ木村弁護士のための訴訟で、仮執行の必要大である」

(ロ)  「木村弁護士と川原秀雄とは満八年間仮処分事件で刑事訴追をうけ裁判を受けており、木村弁護士は無罪となった両者の関係である」

(ハ)  「建物の北側(註、別件青木きみ外七名対小川健太事件の目的物件である)は元々小川健太の所有家屋の一部であり、訴外鈴木義雄が居住しておったのを、昭和三七年六月六日木村弁護士が指揮して鈴木義雄に所有権保存登記をなし、ついで川原秀雄のため二〇年間の賃借権設定登記をなし、六月末日川原が引こしてきた」

(ニ)  「小川健太と川原の間に紛糾がおきるや、川原の代理人に木村弁護士がなり、立入禁止妨害排除の仮処分の許可をとり、北側を執行吏の占有に移し、ついで北側を解体してその後に家屋を新築して訴外川原が酒場を開店して現在に至っておる。そこで民事訴訟となり、ついで小川健太は木村弁護士と川原秀雄を相手として不動産窃盗、執行吏占有中の建物の毀棄で告訴しており、逆告訴が行われて、近く何らかの処置がされる段かいに来ている」。

と主張している。以上の事実が認められる。

(三)  次に≪証拠省略≫によれば、青木きみ外七名対小川健太、東京高等裁判所昭和三八年(ネ)第二、四五九号控訴事件の口頭弁論期日において、昭和三九年三月二〇日付準備書面に基いて、

(イ)  「控訴人川原と木村弁護士は本件事件についても高度の法律知識を使い、法律の裏をかくあらゆる途を講ずる処置をしておる。」

(ロ)  「別件仮処分事件で証拠を偽造したということで右二名(註、川原、木村)が刑事被告人となり、満八年刑事裁判をうけ、木村弁護士は昭和三八年夏東京高等裁判所で偽証教唆が無罪となったが、川原は有罪である。千葉県下の新聞に大々的に報導されたので原告一家の心痛甚大で、万全の処置を代理人もとらざるを得なかった。」

(ハ)  「本件事案についても本件家屋を仮処分をして占有を執行吏に移しながら、これを解体して新築したので告訴事件になっておる。八年前の大事件の関係もあり、検察庁もまだ処置していない。」

と述べていることが認められる。

(四)  当事者主義、弁論主義を採る我が国の民事訴訟においては、当事者は互に自由に主張を尽し、攻撃防禦の方法を尽させる必要がある。従って、かなり強い表現をし、場合によっては相手方の名誉を侵害するような主張、陳述も已むを得ない場合もある。即ち、その訴訟において争われる権利又は事実関係の成否を決するような重要な争点に関し、名誉を侵害するような主張も、その内容が真実である限りは違法性を阻却するものと考えられる。しかし、相手方本人又は代理人について、虚偽の事実や、その訴訟に関係のない事実を、悪意をもって述べ、それらの名誉を侵害すれば、それは違法性を阻却せず、不法行為となるものと解するのが相当である。本件について、前記認定事実によれば、被告山本は、訴訟毎にその訴訟に直接関係のない原告木村の以前の刑事々件を殊更繰返し述べ、今回の告訴事件について検察庁も以前の刑事事件の関係もありまだ処置していない等と殊更以前の刑事々件と関連させて述べているし、又千葉地方裁判所高野元一対小川健太事件において、訴訟は本人がしているのではなく、その代理人である原告木村が自分の利益のためや、別件訴訟を有利に導くためにしているものであると述べ、更にその訴訟に直接関係のないことであるのに、原告木村等を不動産窃盗、器物毀棄等で告訴したが、近く処置される段階に来ていると述べ、(この告訴は結局嫌疑不十分で不起訴となった)、又東京高等裁判所青木きみ外七名対小川健太事件において、原告木村は、訴訟において、或いは訴訟前の段階で、法律知識を悪用し素人を指揮し、法律の裏をかくあらゆる途を講じていると述べている。これらは、被告山本の準備書面の全体からみても、その訴訟において争われる権利又は事実関係の成否を決するような重要な争点には関係のない事実を述べたり、原告木村を誹謗したりしたものであり、弁護士としての原告木村をいかにもあくどい弁護士として印象づけようとしているものであり、原告木村の名誉を侵害しているものであると認められる。従って、これらの被告山本の陳述の内容により原告木村が精神的苦痛を受けたであろうことは推認できる。このようなその訴訟に関係ないことを述べたり、相手方代理人を誹謗することにより、名誉を侵害する場合は、仮令民事訴訟の法廷において述べたものであっても違法性を阻却しないし、又被告山本の行為が、公共の利益に関する事実にかかり、専ら公益を図る目的に出た場合であって、且つその摘示された事実が真実であることの証明もないのであるから違法性は阻却されないものと認められる。弁護士はその職務上特に社会的信用を重んずるものであり、その職務上関連の深い裁判官に対して前記のようなことを述べることは違法性が強いと云わなければならない。そして、右のような名誉侵害の陳述には少なくとも被告山本に過失のあったことが認められる。よって、被告山本の原告木村の名誉侵害は不法行為となるものと認められる。従って、被告山本は原告木村の精神的損害を賠償すべき義務がある。前記認定の諸事実や、原告木村、の社会的地位その他本件訴訟に現われた総ての証拠を総合すると、被告山本の、原告木村の蒙った精神的損害に対し支払うべき賠償額は金五〇、〇〇〇円が相当であると認める。

三、原告三名の被告両名に対する請求について。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。即ち、被告小川は、被告山本を代理人として、昭和三七年一〇月二三日原告木村、同川原の両名を、詐欺、器物毀棄、窃盗をもって告訴し、続いて昭和三八年一〇月五日原告三名を偽証教唆をもって告訴した。その内容は、詐欺とは、原告川原が原告木村を代理人として、裁判所へ不動産仮処分命令を申請し、旧家屋を取毀して新築する意図を秘して、旧家屋を修繕するものと主張し、「修繕をすることを許す」との裁判所の決定を得たことは詐欺であり、器物毀棄とは、右旧家屋は被告小川の所有であるから、これを取毀し、解体したことは器物毀棄であり、窃盗とは、右解体した家屋の造作を他に持去ったことは窃盗であり、その取毀した跡に新家屋を築造し、その敷地を占拠したのは不動産窃盗であり、偽証教唆とは、小川健太対青木きみ外七名の千葉地方裁判所館山支部事件において、昭和三七年一二月一〇日証人○○○○ほか五名等は事実に反し訴訟の目的家屋は昭和一〇年頃亡鈴木義雄が新築したものである旨偽証したが、それらの偽証は原告三名が右証人等に対しそのように偽証するように依頼し、偽証を教唆したものである、と云うのである。そこで、木更津の検察庁において種々取調べの結果、昭和三九年五月二九日嫌疑不十分(理由要旨証拠不十分)により不起訴となった。すると、被告小川はこれを不服として、再び被告山本を代理人として、木更津検察審査会へ審査の申立をし、前記告訴の内容と同様の主張をし、更にその一部を変更し、原告木村、同川原両名は旧家屋を全部取毀し、その跡に新家屋を築造したのは不動産侵奪罪に該当すると主張した。その結果、審査会は詐欺、器物毀棄、窃盗、偽証教唆は不起訴が相当であるが、不動産侵奪罪について原告木村、同川原の不起訴処分は不当で、起訴相当である旨の決議をした。この決議の要旨は審査会の掲示板に掲示された。検察審査会からこの決議の送付を受けた検察庁は再捜査をしたが、昭和四一年一月一四日原告木村、同川原の両名を再び不起訴処分とした。以上の事実が認められる。

(二)  他人が犯罪を犯したと疑われる場合、その被害者と考えられる者は検察機関に告訴することができるし、検察庁がその告訴事件を不起訴処分にした場合には、その処分を不服として検察審査会へ審査の申立をすることができることは、国民の権利である。然し、一般に他人に対し犯罪の嫌疑をかけて検察庁へ告訴したり、検察庁の不起訴処分を不服として検察審査会へ審査申立をすれば、それによりその他人の名誉が毀損されるであろうことは当然予想されることである。従って、十分な調査をして、犯罪の嫌疑をかけるに十分な合理的客観的根拠を確認してから告訴や審査申立を為すべきである。若しこの注意を怠って、犯罪の嫌疑が客観的に十分でないのに告訴や審査申立をすれば、少なくとも過失による名誉毀損となり、不法行為の責任を負わなければならない。本件において前記認定した事実をみるに、被告等は、原告木村、同川原が裁判所の仮処分決定を得たことを詐欺であると主張するが、この仮処分は債務者の妨害排除を決定したもので、それに付随して債権者に家屋の修繕を許したものであるから、この決定を得たことが詐欺であるとは理解し難い。又被告等は原告木村、同川原の不動産窃盗、不動産侵奪罪を主張するが、仮りに原告川原が新家屋を新築したものであったとしても、工事前の旧家屋は原告青木、同川原が一応占有使用していたものであるから、その家屋の敷地の不動産窃盗或いは不動産侵奪罪とすることは甚だ疑問である。又被告等は原告三名の偽証教唆を主張するが、乙第九号証によれば、検察庁の取調べにおいても、証人達は前の訴訟の法廷における証言を繰返しており、偽証を認めた者はいなかったことが認められるし、証人等が偽証したことの確たる証拠もないし、(記憶のうすれや、記憶違い等もあるのであるから、判決において、裁判所がその証人の証言を採用しなかったとしても、直ちに偽証とは云えない)、原告等が証人等に偽証を教唆したことの証拠はない。そして、検察庁は取調べの結果、客観的にみて嫌疑不十分と認めて不起訴処分にしており、検察審査会も不動産侵奪罪を除く他は客観的にみてやはり嫌疑不十分による不起訴処分は相当であると認めた。ただ検察審査会は不動産侵奪罪については起訴相当と決議したが、その送付を受けた検察庁は再取調べの結果、やはり客観的にみて不起訴処分としたのであり、検察審査会が不動産侵奪罪は起訴相当と決議したことは法律専門家でない委員により構成される審査会としては已むを得ないことである。以上を総合すると、被告等の原告等に対する告訴や審査申立は客観的に嫌疑が十分でなかったものと認められる。そうすると、被告両名は、少なくとも過失により、告訴、審査申立をしたことにより原告等の名誉を侵害したものと認められる。そして右告訴や審査申立が、公共の利益に関する事実にかかり、専ら公益を図る目的に出たものであり、且つその摘示された事実が真実であることの証明もないのであるから、その違法性は阻却されない。よって、被告両名は原告三名に対する名誉毀損の不法行為の責任を責わなければならない。

(三)  原告等は、被告両名に対し、連帯して原告三名に対し一括して金一〇〇、〇〇〇円の支払いを求めるが、金銭での損害賠償債権は可分債権であるから、原告各人は金三三、三三三円宛を請求しているものと解せられる。そして前記認定の諸事実並びに原告川原、同青木(代理人原告木村)と被告小川(代理人被告山本)との間に土地、家屋について訴訟が繋属しており、告訴もこの訴訟に関連してのものであること、その他本件訴訟に現われた原告等に関する全証拠を総合すると、原告三名の各金三三、三三三円の損害賠償請求は過大であるとは認められない。そして、被告両名は共同して告訴及び審査申立をしたものであるから、被告等は連帯して、原告等三名に対し各金三三、三三三円宛を支払うべき義務がある。

四、次に、被告等は、仮りに被告等が損害賠償債務を有するとしても、原告等にも被告等に対する不法行為があるから、その損害賠償債務と対等額で相殺すると主張する。しかし不法行為による損害賠償債務は相殺することはできないのであるから、被告等のこの主張は採用できない。(仮りに原告等に被告主張の不法行為があったとしても、その当事者が本件損害賠償請求の当事者と必ずしも一致しないが、その点を問題にするまでもない)。被告等の主張が過失相殺を主張するのであれば、本件訴訟に現われた原告等と被告等との間の諸事情は慰藉料の額の算定に考慮されているものであり、その他に特に被告等の不法行為に対し原告等にも過失のあることの立証はない。

五、以上のとおりであるから、原告木村の被告山本に対する請求中、金五〇、〇〇〇円の損害賠償の請求及びこれに対する本件記録により明らかである訴状送達の翌日である昭和三九年七月二六日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の請求と、原告三名の被告両名に対する請求中、被告等が連帯して原告等三名に対し各金三三、三三三円宛並びにこれに対する本件記録により明らかである本訴における請求の翌日である昭和四〇年一〇月一二日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の請求とは理由があるので認容し、その余の請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法九二条を適用し、仮執行の宣言は付さないのが適当と認め、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲垣正三)

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