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千葉家庭裁判所 平成11年(家)37号 審判 1999年4月14日

申立人(養父となる者) X1

申立人(養母となる者) X2

事件本人(養子となる者) A1ことA

事件本人(養子となる者の母) B

主文

本件申立てを却下する。

理由

1  申立人らは、「事件本人Aを申立人両名の特別養子とする。」との審判を求めた。

2  本件記録によると、以下の事実が認められる。

(1)  申立人X2(以下「申立人X2」という。)は、元韓国国籍で、Cと称していたが、韓国内で知り合い交際を続けた申立人X1(以下「申立人X1」という。)と昭和53年6月9日韓国の方式で婚姻し、その後の昭和54年初めころ来日して申立人らの頭書住所地の申立人X1宅で婚姻生活を開始し、昭和55年○月○日、長男Dを出産した。そして、申立人X2は、昭和56年11月20日、日本に帰化し、氏名をX2に変更した。

(2)  韓国国籍の事件本人B(以下「実母」という。)は、申立人X2と1977年8月23日に協議離婚した前夫Eとの間に生まれた子であり、同じく韓国国籍の事件本人A(以下「事件本人」という。)は、実母とFとの間に婚外子として1992年○月○日韓国済州市で出生したものであり(なお、未認知で、将来も認知の可能性は乏しい。)、事件本人は申立人X2の実孫に当たる。なお、申立人X1と実母は、昭和63年1月18日、養子縁組を結んでいる。

(3)  実母は、平成4年9月ころから短期滞在(親族訪問)の在留資格で生後1年に満たない事件本人を件い韓国から来日して申立人ら宅を訪問するようになったところ、同年12月に申立人ら宅を訪問した際、申立人X2が心臓病で寝込んでしまったため、実母が同申立人を看病せざるを得なくなって、そのまま事件本人と共に申立人ら宅に居住するようになり、そして、事件本人及び実母は、在留期間を超過して現在まで日本に滞在するに至っている。

(4)  実母は、平成8年ころから求職のため事件本人を申立人らに預けて友人宅で宿泊するようになり、そこで、申立人らは、事件本人を養育するようになったが、その後も引き続き事件本人を日本で生活させることを考え、平成9年に入って事件本人の滞在期間の延長につき入国管理局と交渉したところ、同管理局からは逆に超過滞在であるから事件本人及び実母を韓国に帰国させるよう指示された。しかし、申立人らは、韓国内に実母の身内がいない上、実母には韓国内でも生活力がなく、それに、事件本人も、韓国ではほとんど生活したことがないことから、事件本人や実母を帰国させることはできず、今後、超過滞在のままでも事件本人を日本で生活させる方がよいと考え、同年2月10日、申立人らを養親とし、事件本人を養子とする養子縁組の届出をすると共に事件本人について外国人登録の手続をとった。しかしながら、それでも、事件本人が無資格在留者であることの事態は変わらず、そこで、申立人らは、事件本人を申立人らの特別養子にすれば、事件本人について出入国管理及び難民認定法(以下「難民認定法」という。)に基づき定住者としての在留資格を取得し、法的にも日本に定住することができる可能性が高くなると考え、本件申立てをすることとした。

(5)  申立人両名は、上記のとおり昭和53年6月9日に婚姻した夫婦であるが、夫の申立人X1は、a工務店を営み、健康体で、現役で大工仕事を続けており、また、人情味の厚い人柄であり、他方、申立人X2は、婚姻以来、同居の申立人X1の老両親や障害者である同申立人の実弟について、その死亡に至るまで親身になって面倒をみたなど孝養の厚い人柄であるが、不整脈の持病があり、近時は健康にすぐれない状態にある。そして、申立人夫婦は、頭書住所地の申立人X1所有家屋において、上記長男D(学生)と事件本人の4人で、主として同申立人の収入(月収約40万円、年収約533万円)により生活しており、経済的にも問題はない。

(6)  事件本人は、生後6か月のころから申立人らと同居し、4歳前後のころの平成8年ころからは、上記のとおり実母が事件本人を申立人ら方に置いて友人ら宅を泊まり歩くようになったため、時折実母と一緒になることはあるが、申立人夫婦の養子となって専ら申立人夫婦により養育されるようになって今日に至っている。そして、事件本人は、上記のとおり生後6か月のころから継続して日本で生活していて日本での生活に定着し、韓国語をほとんど話すことができない状態であり、また、幼稚園に通園していたが、平成11年4月に地元の小学校に入学する予定となっている。なお、申立人夫婦と事件本人との折り合いは良好である。

(7)  実母は、上記平成4年に来日するまでの韓国においては、親族や婚姻外の男性を頼った生活を送り、また、来日してからは、申立人夫婦や日本国内にいる実母の知人を頼って生活をしていて、事件本人を自ら養育しつつ自立した生活を送る能力も乏しくそして、現在、韓国内には頼るべき親族はなく、そこで引き続き日本に在留することを希望しているが、事件本人については、自力で養育する意欲はなく申立人夫婦に引き続き養育してもらいたいと考えており、事件本人を申立人夫婦の特別養子とすることに同意している。

3  ところで、本件は、養父母となる日本国籍の申立人夫婦と養子となる韓国籍の事件本人との間の特別養子縁組であるから、法例20条により、その準拠法は、申立人夫婦の本国法である日本民法であり、事件本人の保護要件についてはその本国法である韓国法となるところ、韓国法の実質法である大韓民国民法869条、870条等に照らして、事件本人の保護要件は満たされていると思料される。

そこで、以上認定の事実を踏まえ、本件特別養子縁組を成立させることとするのが相当であると認められるか否かについて検討する。

(1)  上記認定の事実に照らせば、事件本人は、その実母のもとでは安定した養育を受けることができない状態が続いており、事件本人の福祉にとって、申立人らの愛情に満ちた現在の監護養育環境に置いておくことが適切なものであることは明らかであるといえる。そして、事件本人が申立人らの保護環境のもとで今後も安定して養育されていくためには、在留資格を有しない韓国国籍の事件本人が日本に永住することができる安定した在留資格を取得することが前提となるところ、本件申立ては、事件本人が上記在留資格を取得するためには事件本人が申立人らの特別養子となることが必要条件であるとし、加えて、現状のままでは、事件本人が健康保険の被保険者となることもできないなど、日常生活にも支障があることなどからなされたものである。

(2)  しかしながら、特別養子縁組は、実親による監護がなされない児童に対し、適合する養親を与え、実親との法律上の親子関係を断絶させて、養親との間に実親と同様の強固な親子関係を形成しようとするものであり、それ故に、戸籍上も通常の養子とは異なった記載がなされるのであって、「父母による養子となる者の監護が著しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において、子の利益のため特に必要と認めるときに」限り、成立させることができるのであり、そして、一旦成立した特別養子縁組は、原則として解消することができないこととされているのであって、養親となる者や養子となる児童の目先の実利や便宜を図るためのものでないことは明らかである。

(3)  ところで、本件のように、実方の母と養親となろうとする夫婦との間に親族関係がある場合、実方の父母との血族関係を終了させても、養親を通じて実方の父母との親族関係はなお残存するのであり、完全な断絶が果たせるものではない。特に、本件においては、上記のとおり、申立人X2と実母とは実母娘の、申立人Dと実母とは養親子の、申立人X2と事件本人とは祖母と孫の各関係にあり、それに、現在実母は事件本人を監護養育してはいないものの、実母子としての接触は継続してきているものであって、このような点を考えれば、事件本人につき、実方との親族関係を法的に断絶しても、養親を通じた実母との親族関係は強固に残存するばかりでなく、却って、実方との関係で複雑な人間関係を生じることにもなりかねないのであって、特段の事情のない限り、事件本人と実方との関係を断絶することが事件本人の利益となるとは考え難い。なるほど現状の実母は自分の力では事件本人の監護養育に当たることはできないが(ただし、実母の養育困難状況や消極的養育態度が今後も継続するものであると断定することは困難である。)、実母に申立人夫婦に対する養育妨害等が見受けられるわけではなく、却って、実母と事件本人との間には多少なりとも親子としての情緒的繋がりがあるのであって、実母の存在が事件本人の成長に障害となるというようなことは考えられないものであり、ここで実母との関係を断絶することが事件本人の利益に副うものであるとは認め難い。以上に加えて、事件本人は、既に申立人夫婦と養子縁組を結び、嫡出子としての地位を取得し、養親である申立人夫婦により手厚く保護養育されているものであるが、特別養子縁組が成立したからとてその養育状況は基本的には変わらないものと思料される。

(4)  次に、上記のとおり、事件本人は、超過滞在の状態にあって退去強制の手続をとられるおそれがある状況にあるものである。ところで、難民認定法50条1項3号によると、超過滞在者であっても、法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるときは、法務大臣は、当該超過在留者の在留を特別に許可することができることとされており、そして、同法2条の2が同法別表第一、別表第二をもって在留資格等について規定していて、別表第二に規定の在留資格を取得した者は長い在留期間が認められているところ、別表第二には、在留資格の一つとして「日本人の配偶者等」、これに対応する本邦において有する身分又は地位として「日本人の配偶者もしくは民法817条の2の規定による特別養子又は日本人の子として出生した者」が規定されており、したがって、事件本人が日本国籍を有する申立人夫婦の特別養子となれば、事件本人は一応上記別表第二の「日本人の配偶者等」としての在留資格を得ることのできる身分に就くことになり、上記法務大臣の在留特別許可が得られれば、事件本人は日本に安定して在留することができることになると考えられる。この点からすると、事件本人が申立人夫婦の特別養子となることについて格別の利益があるといえないことはない。しかし、事件本人が特別養子となったからといって、上記超過滞在の事実が消滅するわけのものではなく、超過滞在者であることに変わりはないものと解されるから、事件本人としては超過滞在者として難民認定法27条以下の入国警備官の違反調査等を受けざる得ないものであるし、また、超過滞在者であるからといって、上記難民認定法50条1項3号による法務大臣の在留特別許可を得るための申請をすることができないものではなく、反対に、超過滞在者である事件本人が特別養子となったからといって、そのことから必ず法務大臣の特別在留許可がなされるというものではなく、特別養子となったことが在留特別許可を得るために有利に働き、許可の可能性が高くなるに過ぎないものと考えられる。

以上検討したとおりで、事件本人が申立人夫婦の普通養子のままであるよりも特別養子となったほうが、事件本人が上記法務大臣の在留特別許可を得て日本に安定的に在留することができるようになる可能性は高くなるということはいえようが、特別養子の身分を取得したからといって、超過滞在者である事件本人に対し、法務大臣が必ず在留特別許可をなすというものではなく、したがって、上記の点で、特別養子縁組を成立させることが事件本人の利益のため特に必要であるとはいい難い。

(5)  以上検討したところによれば、本件特別養子縁組は、民法817条の7所定の「父母による養子となる者の監護が著しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において、子の利益のため特に必要と認めるとき」の成立要件を欠き、これを成立させることは相当ではないといわざるを得ない。

4  よって、本件申立ては理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 千川原則雄)

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