千葉家庭裁判所松戸支部 昭和55年(少ハ)2号 決定 1980年7月31日
少年 T・B(昭三五・九・一七生)
主文
少年を少年院に戻して収容しない。
理由
一 少年に対する本件申請の理由は、別紙「保護観察の経過及び成績の推移」及び「申請の理由」のとおりである。
二 本件記録及び審理の結果によれば、少年は、昭和五四年九月二八日少年院である茨城農芸学院を仮退院期間を昭和五五年九月一六日までとして保護観察付で仮退院した後、財団法人○○更生保護会の寮に帰住したが、上記「保護観察の経過及び成績の推移」及び「申請の理由」に記載のとおり昭和五五年六月七日ころから帰寮後の生活が乱れ、無断外出、深夜に及ぶ飲酒徒遊、寮内暴力、シンナー吸入を繰り返し、再三にわたる更生保護会職員の指導警告をも聞き入れなかつたため、同会を退会させられたことが認められ、少年において少年院仮退院中に、犯罪者予防更生法三一条三項及び同法三四条二項各所定の遵守事項を遵守しなかつたというべきである。
かかる少年の遵守事項不遵守については、寮への帰住当初においてさしたる問題もなかつたところ、寮生活に慣れるに従い緊張と耐性が薄れて放恣な生活に逆行して惹起されたものであり、このような下降的生活態度は、少年の従前当庁における昭和五三年一月三〇日付の保護観察処分に先行してされた試験観察中に、補導委託後四か月ほどしてシンナー吸入をしたことや、同保護観察処分後就職した運送会社を五か月ほど勤めたうえ怠業して離職し、無為徒食状況から先回少年院送致に至つたということにみられるとおり、以前にも繰り返されており、少年の矯正し難い一面である。そして、本件不遵守が、更生保護会による専門的で忍耐強い指導や警告をも無視してなされたということから、少年を社会内処遇に移行するには、いまだ不適当とする余地は相当程度うかがえる。
しかしながら、他方において、少年は、仮退院後就職した有限会社○○運輸のトラック運転助手として、保護会を退会させられるまで九か月ほど怠業なく就労した様子であり、預貯金も一時は三〇万円ほどに達したこともあり、勤務先の少年に対する評価も仕事は所定の内容を時間どおり完遂していたというもので、それを認められて普通自動車運転免許を取得させるべく職場から自動車教習所へもかよわせてもらつており、同教習所での履習課程もあとわずか数教程を残すだけで順調に進んでいるとのことである。このように、少年の生活態度は、従前の無気力、怠惰な状態から徐々に安定化のきざしをみせ、勤務先での就労態度の乱れは今のところみられず、前記○○運輸の代表者○○においても少年の身柄を引受けて続けて雇用してゆく旨確約しているものであつて、少年には、継続的就労と自動車運転免許取得途上にあり、現時点が前記のような下降的生活態度を克服するか否かの一つの正念場ともいうべき段階にさしかかつていることがうかがえる。してみると、本件不遵守にみられるとおり、少年には動揺し、予後の楽観視のできない側面があるものの、以上のとおりの社会内における更生の成果と段階にあつて、それらをもつて敢えて施設に収容するだけの事由であるとはいい難く、少年にさらに続けて社会内処遇の場を与えてゆくことが適切と思料されるので、少年院に戻して収容することは相当でない。
よつて、主文のとおり決定する。
(裁判官 小原春夫)
〔参考一〕 保護観察の経過及び成績の推移
一 本人は昭和五四年九月二八日茨城農芸学院を仮退院し、出迎えの○○更生保護会の○△主幹と当庁に出頭して主任官より仮退院中の遵守事項や心得について指導をうけ、同日指定帰住地である標記○○更生保護会に帰住した。
二 同年一〇月三日より、(有)○○運輸(○○市○○××)にトラツク運転助手として就労するようになつた。
三 本人は知能が低く、無技能、字の読み書きも十分にできず、身寄りがなく、とかく他人に誘われると断われないまま逸脱行為に流れ易い傾向が見られたので、他の在会者との交際のあり方や自立のための貯蓄、精励について親身になつて指導してきたが、昭和五五年四月頃より仕事に飽きがみられるようになり、飲酒への浪費が始まり、居屋内での飲酒や夜間しばしば無断外出して飲酒し、酩酊して帰会に及ぶなど更生保護会の規則や職員、主任官の指導を無視した行動が多くなつてきた。
四 昭和五五年六月初頃からは、更に問題行動が顕著になり、六月七日、六月一三日、六月一四日、六月二二日、六月二四日、六月二七日、六月二八日、六月三〇日には無断外出して、飲酒の上、深夜一二時過ぎに帰会している。
五 同年六月一五日には午前九時三〇分頃より、保護会内において、在会者のA、B、Cと飲酒し、口論、乱闘となつて、保護会玄関口備付けの大鏡、その他二階居室入口の扉を破壊し、フスマを打ち破るなどの乱暴を働き、○○警察署に補導された。(同日訓戒されて帰会)
六 同年七月三日、シンナーを吸引する目的で、ラツカー(アトムペイント、クリヤラツカー)一缶を買つて更生保護会に持ち帰り、在会者のD、Eと吸引し、その缶を○△主幹に取り上げられた。
七 同年七月九日タ食後より、保護会内において在会者のD、E、Fと飲酒し、これを注意し、規則を守つて就寝するようにとの○○主幹の再三の指導を不満として、大声で怒鳴るなどの気勢を挙げてこれに反抗し、翌七月一〇日午前四時頃まで騒ぎ続けた。
八 同年七月一〇日以降保護観察所に出頭せず、○○市内などを徘徊し、飲み屋、スナツク等で、浪費、飲酒を繰り返した。
〔参考二〕 申請の理由
本人は、当委員会第二部の決定により、昭和五十四年九月二十八日茨城農芸学院から仮退院を許されて表記○○更生保護会に帰住し、以来、仮退院期間を昭和五十五年九月十六日までとして水戸保護観察所の保護観察下にあつたところ、昭和五十五年七月十二日同保護観察所に引致され、同日当委員会第四部において「戻し収容申請について審理を開始する」旨の決定がなされて、同日以降留置期限を同年七月二十一日として、水戸少年鑑別所に留置されているものである。
本人についての同年七月十二日付け水戸保護観察所長からの戻し収容申出書等関係書類によれば、左記一記載のとおり遵守事項違反の事実が認められ、更に左記二記載の理由によつて、この際本人を少年院に戻して収容することが相当であると認められるので本申請を行う。
一 遵守事項違反の事実
本人は、
1 昭和五十五年六月七日表記○○更生保護会において、タ食後同会職員の指示を無視して、同会在会者であるCと共に無断外出して、翌午前一時ころ酒に酔つて帰会したのをはじめ、その後同年七月九日ころまでの間およそ七回にわたつて、夜間同会から無断外出しては、深夜樋を伝わつて二階の窓から室に入つて帰会するなどの行為を繰り返し、
2 同年六月七日夜右1記載の無断外出中に○○市内のバーで飲酒したのをはじめ、同月十四日右更生保護会在会者であるCと共に二か所のスナツクで深夜まで飲酒し、次いで翌十五日朝食後から同会の本人の居室で同会在会者である右C及びBらと共にウイスキー、ビール、日本酒などを飲み始めた上、昼食後も右のほか同会在会者であるAも加わつて共に飲酒を続け、更に同年七月九日夜同会居室において同会の在会者三名とビールを飲んで騒ぐなどし、
3 右六月十五日朝から飲酒した際、酩酊して、右C、B、Aらと口論の上、右更生保護会の居室、玄関口、同会前路上等で取つ組み合うなどの喧嘩に及び同会の襖、居室扉のガラス及び鏡等を破損する等し、これを制止しようとした警察官に対しても抵抗するなどして茨城県○○警察署に補導され、
4 同年七月三日、ラツカーシンナー一缶を塗装店から買い入れ、本人の居室において右更生保護会在会者であるD及びEと共にシンナーを吸引しようとして同会職員に制止されたため果たさなかつた
ものであり、前記1記載の事実は本人が仮退院に際して遵守することを誓約した犯罪者予防更生法第三十一条第三項の規定により当委員会第二部の定めた遵守事項(以下「特別遵守事項」という。)の第六号前段「更生保護会の規則及び職員の指示を守ること」に、前記2記載の事実は、同法第三十四条第二項に規定する遵守事項(以下「法定遵守事項」という。)の第二号及び特別遵守事項第六号に、前記3記載の事実は、法定遵守事項第二号及び特別遵守事項第四号に、それぞれ違反していることが明らかである。
二 戻し収容を相当とする理由
1 前述のたび重なる遵守事項違反行為に及んだ本人の放縦な生活は、本件中等少年院送致の決定がなされた際に指摘されているとおり、生育歴等に起因する性格面での問題点や浮動的な生活態度が端的に表われたものと認められるのであつて、自己抑制を欠いた衝動的な行動傾向、集中力、持続力を欠いて遊興的生活に耽る傾向、悪友の誘いに追従して安易に同調行動に走る傾向などが一層強まつており、更に飲酒やシンナー吸引に対する親和も顕著になつてきているものと言うことができる。これらの問題点は、今後の本人の健全な成長にとつて大きな障害となるものであるが、社会内処遇において本人の状況を最もは握しやすく、かつ強力な指導が可能である更生保護会内での忍耐強い処遇によつても、これが克服され得なかつた実情からみて、本人に対しては、一層強力な指導を行い得る態勢の下での処遇が必要な状況にあると言わざるを得ない。
2 本人にとつて矯正教育以外に考えられる処遇転換の方法としては、しかるべき近親者あるいは住込就職が可能な適当な雇用主のもとでの指導が考えられるであろう。しかし、本人には、相応の指導力に優れ、本人の更生を助けることに熱意を有する近親者は存在せず、また、職業上の技能をほとんど有しない本人について右同様の指導力等を有する住込就職先を見い出すのは極めて困難である。また、例え、本人を同居させて指導に当たり得る者を見い出し得たとしても、本人が自己の困難な環境や性格、行動傾向における問題点を直視してその克服に努めようとするに至らず、また更生保護会において職員が起居を共にして深夜に及ぶまで慎重な配慮のもとに助言、指導を行つてもなお問題行動を頻発したことからみて新たな保護者のもとでの処遇が効果を挙げる以前に保護者との摩擦や、かつてのように家出、所在不明あるいは不良集団への接近・加入などの事態を招き、更には重大な非行に及ぶおそれが大きいものと言わざるを得ない。
3 適切な保護者に恵まれない本人の境遇や○○更生保護会において初期には比較的安定した生活を送つていた実績あるいは本人の前述のような状況からみて、社会内処遇における本人の更生の場としては更生保護会が一応適当な場として考えられ、このため、本人が右一の3記載の問題行動を起こした後も右実績やその境遇等も考慮して同会において引き続き保護してきたものであるが、それまで問題行動を共にしてきたC、A、Bらが他に転居し、あるいは在会していてもその後特段の問題行動を起こしていないにもかかわらず、本人は、更にそのほかの在会者と同調して引き続き問題行動を重ねているものであつて、更に右一記載の遵守事項違反の事実として指摘した事実の背景には、本年七月十日午前三時過ぎころ居室内でシンナーの臭気が強くただよつていたため同会職員が入室して調べようとしたところ、在室していた本人らがこれに反抗して入室し得なかつたことなど同会職員の指導に服する態度を全く失なつていたと言わざるを得ない行為が頻発していた状況があることも併せ考えると、本人の特段の自覚なくしてこれ以上更生保護会を処遇の場としての改善更生は達成困難である。したがつて、そのような本人を現状のまま他の更生保護会に収容保護する措置を探つてみても、その更生を期待できないのみならず、他の在会者に悪影響を及ぼし、あるいは本人も同調して一層非行進度を深めるおそれも強く、その措置が適切なものとは思われない。
したがつて、本人をいつたんは矯正教育に委ね、自己の困難な立場や問題点を冷静に認識させるとともにそれらを克服するための自覚の高まりを待ち、一定の効果が認められた段階において再度更生保護会に収容保護するか、しかるべき住込就職先を開拓するなどの方策を講じ、社会内処遇を行うことが適切であると思料する。