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千葉簡易裁判所 昭和41年(ろ)237号 判決 1967年3月06日

被告人 会田勝司

主文

被告人は無罪。

理由

第一、司法警察員作成の実況見分調書((イ)点における被告人の車の右側から道路の端まで一三メートルとあるのは左側からの誤記と認める)と被告人の司法警察員に対する供述調書を綜合すれば本件公訴事実にいうとおり被告人が昭和四一年八月六日午前七時四〇分ごろ、大型乗用車を運転して、千葉市稲毛町方面から木更津方面に向け進行中千葉市稲荷町四七番地附近道路にさしかかつた際当時同所は交通が渋滞し、自動車が多数並列の上相互に前後して進行しており、自車の左側に並進していた井口藤一運転の普通貨物自動車が前方道路の幅員がせまくなつているため、次第に自車に接近してきたこと、そしてついに右普通貨物自動車の後部右側と被告人の自動車の前部附近が相接触し衝突事故を起したことを認めることができる。

第二、しかして公訴事実は右衝突事故につき「同車(右普通貨物自動車)が次第に自車(被告人の自動車)に接近しており、接触の危険があるのに(被告人は)これを避ける操作をせず漫然と急停車したため」右衝突事故を起したというのであるから右衝突事故の起つた際の状況を調べて見るのに、前記実況見分調書、被告人の司法警察員に対する供述調書と被告人の検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書、証人井口藤一の証言(但し後記措信しない部分を除く)、証人伊東満義の証言、被告人の第一乃至第三回当公廷における供述を綜合すれば

一、右衝突事故の起つた場所は、道路が急に狭くなるところから約二五メートル程手前の道路の幅員の広い個所であつて、千葉方面から木更津方面に通ずる右道路は右個所から約五〇〇米千葉方面に寄つた個所でも又急に狭くなつておること、右道路の幅員の広狭は道路工事の関係で臨時に出現したものであつて右前後の狭い道路部分の千葉方面から木更津方面に向うセンターラインより左側は自側車一台が通り得るに過ぎず並進はできず、幅員の広い五〇〇米のところでは自動車が並進してもなお左側に自動車が二台位並んで通る余裕があること

二、千葉から木更津方面に向う自動車数の多いときは今まで一列に進行して来た自動車は前記幅員の広くなつた個所で並進の状態になり、暫くして更に幅員の狭くなる個所に近づいた前記衝突場所附近で再び一列になろうとし交通が渋滞混雑するが、それでも互に徐行又は停止等をして譲り合い辛うじて衝突を避け一列になつて狭い道路部分に入つて行く状態であること

三、前記衝突事故が起つた日時にも衝突場所附近の交通の状況は二に認定したとおりであつたが、被告人はセンターラインと自車の右側の距離が五、六〇センチメートルのところを時速一〇キロ以下の速度で徐行したが道幅の狭くなる個所から約三五米附近では、その時より少し前に左側の列から自車の前に入つて来たダンプカーに続いて進行し、井口藤一の車は被告人の車との間隔約六〇センチメートルのところをこれと並進し、右車の前にはダンプカーではなく普通車が進行していたこと、被告人の車が右地点から七米位進行する間に井口の車は僅かに二〇センチメートル程被告人の車に寄つて来たに過ぎず、なお両者の間隔は約四〇センチメートル存しており、両者の速度は極めてのろかつたので、被告人は危険を感ぜずそのままの方向で徐行したところ、井口の車は右地点から三、四メートル進行する間に、急に三〇センチメートル余被告人の車に接近して参り、ついに被告人の車の左側前部のバツクミラーと井口の車の運転台すぐ後の幌とがすれすれの状態となつたので、被告人は二、三回クラクシヨンを吹鳴して井口に警告を与えたこと、それにも拘らず井口の車はその侭進行を続けるので、被告人は制動機をかけて自車を停車せしめたが、自車の左側バツクミラー及びバンバーの部分と井口の車の右側後部ボデー及びバンバーの部分が相接触し衝突事故となつたこと、井口は衝突少し前自己の車が被告人の車より僅に前に出ている状態であつたところから、自己の車を先行車であるとし、漫然被告人が井口の車に譲るべく適当の処置をとつて運転するものと考え何等被告人の車に注意することなく運転進行し、被告人の吹鳴したクラクシヨンに気付いて急ブレーキをかけたが一瞬それがおくれたため、なお進行を続け前記衝突事故が惹起されたものであること及び衝突少し前において井口の車の速度は被告人の車の速度にやや勝つていたこと又井口の車はその大きさ及び構造上被告人の車より遥かに敏捷に動くことができ、被告人の車は大型であるため前記速度の下においては速かに進路を変えることはできなかつたことを認めることができ、証人井口藤一の証言中井口の車の前を走つていた普通車が被告人の車の列に入つたとの部分は前掲各証拠に照らしたやすく措信し難くその他に右認定を動かすに足る証拠はない。

第三、よつて右事実に基いて、被告人が過失により安全運転をしなかつたかどうかを検討するに

一、被告人の車のバツクミラーと井口の車の幌がすれすれになつた以後における被告人の自動車の操作には安全運転の義務違反がない。というのは被告人は右状態を発見するや直ちにクラクシヨンを吹鳴して井口に注意を促し、その効果がないと見るや直ちに停車の措置に出たものであり、それ以上に自車の方向を急に右に変える措置は当時の状況上到底とり得なかつたといわなければならないからである。

二、次に右一の時より少しく前に被告人は井口の車の接近し衝突するかも知れないことをおもんぱかつて自車の方向をより右に向ける措置を採り得なかつたかどうかを考えなければならない。それにはまず被告人の車の進行した右の車の列と井口の車の進行した左の車の列とでいずれが優先するかの問題を検討しなければならないが、本件衝突現場の道路が約五〇〇米の間だけ(自動車の進行にとつては長い距離ではない)ふくれて前記のような形状となつていること並びに其処における交通状況が前記のようであることを考えれば右問題はキープレフトの原則をもつて解決することはできなく、前記認定のような交通状況、殊に衝突事故場所附近の交通の混乱は、それについて運転者に責任があるかどうかは別として、左側進行の車の列が一列から左側に出で又間もなく一列に復帰しようとすることに基因している点を見れば左の車の列が右の車の列に優先するということは到底考えられず、いずれかと言えば一直線に進んで来た右側の車の列の方が優位にあると考うべきである。さて被告人の車は前記認定のとおり道路のセンターラインから五、六〇センチメートル離れたところを徐行したのであるが、被告人の車と井口の車との間隔が前記のとおり約六〇センチメートル又は四〇センチメートルであつたあたりで、被告人は井口の車が急に自車に接近して来ることを予見すべきであろうかというに、前記のように衝突場所附近で車の列が並進の状態から再び一列になろうとして交通が渋滞混雑するのであるが、それでも互に注意しあつて、徐行したり、停車したりして進み、衝突を避けるのが通常の状態であつたから、被告人は井口が徐々に接近して来てはいるが、なお普通の運転者の如く注意して運転することを期待し、井口が普通と異なり、被告人の車に少しも注意を払わず、真すぐに徐行する被告人の車の前に出ようとするもののように、急にこれに接近して来るという不法の運転をなすことはこれを予見しなかつたのであつて、それは誠に止むを得なかつたことといわなければならない。しかして右予見しなかつたことにつき被告人に過失がないとすれば、被告人が前記の場所において自車の方向を右に変える操作をしなかつたこと(間隔が約四〇センチメートルのところに至つては右操作が有効にできたかどうかも甚だ疑問であるが)を目して過失により安全運転をしなかつたものとなすことは到底でき難いところである。

第四、以上のように本件証拠により認められる事実関係においては被告人には過失により安全運転をしなかつたということはないから、結局刑事訴訟法第三三六条に則り被告人に無罪の言渡をすべきものとする。

よつて主文のように判決する。

(裁判官 内田初太郎)

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