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名古屋地方裁判所 事件番号不詳 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は相手方(原審原告)石垣仙太郎は昭和二十二年十二月抗告人を被告として抗告人が相手方より賃借せる名古屋市中村区広小路西通三丁目十四番地上家屋階下店舗の一部を明渡すべき旨の所を中川簡易裁判所に提起したところ同裁判所は審理の上右事件を職権を以て借地借家調停に附したが調停不調となつたので昭和二十三年七月三十日職権を以て左記の如き主文の強制調停決定をした。

左記

一、被告(抗告人鈴木元良)は原告(相手方石垣仙太郎)に対して名古屋市中村区広小路西通り三丁目十四番地上木造瓦葺二階建住宅階下店鋪の内西北隅約五坪を本決定確定の日から一ケ月内に明渡すこと

二、参加人伊藤武三は被告が右期限に右店舖の一部を明渡すにつき自己の店鋪(中村区広小路西通り三丁目十三番地)の西側(原審調停決定ニ東側トアルハ誤記ト認ム)(道路に面し間口約五尺奥行四間の箇所)を仕切り被告に事務所として使用する目的で賃貸すること

但右仕切り床張り入口戸の取付等の費用は原告の負担とする

三、右第二項の賃貸借の期間は向ふ五ケ年とし賃料は一ケ月金八百円と定め毎月末日限り参加人方に持参して支払ふこと

四、原告は被告が第一項の期限に右店舗を明渡した時は被告に対して金五千円を支払ふこと

五、調停費用及本件訴訟費用は各自弁のこと

併し乍ら抗告人は右決定に不服である。抗告理由の要旨は左の通りである

(一)  原審に於ける審理は相手方石垣仙太郎並びに同人立証に係る証人をして虚偽の陳述及証言を許し抗告人の真実なる陳述並びに立証を制限したものであり抗告人をして十分なる弁論並びに立証を尽さしめなかつたものであるから右決定は不当である。

(二)  昭和二十年四月二十八日抗告人と相手方間に締結された本件家屋の賃貸借契約は賃貸期間に関して何等特約がなかつたものであり相手方主張のような一時使用の目的とか又は相手方の息子石垣参治が軍隊より帰還する迄とかの期限を附したものではない。

(三)  相手方は抗告人に対し本件家屋の明渡を請求する正当の事由がない即ち

(イ)  相手方の家屋は延坪にして百余坪もあり其店舖は広小路に面する方面だけでも三店舖分もあり其中相手方が現在使用してゐるのは広小路に面する二店舗分を居住用としてる坪(二百畳)分に相当する広大なる部分である、相手方の現在使用している、部分は広大に過ぎるのであるが抗告人は僅か五坪程の店舖を使用しているにすぎないから相手方の抗告人に対する本件家屋明渡請求は正当の事由がない。

(ロ)  賃貸借契約解約に正当の事由があるかどうかをきめるには賃貸人及賃借人双方の利害得失を比較するは勿論一般社会的情勢等各般の事情を斟酌せねばならぬのであつて賃貸人の便宜に比し賃借人の損失又は苦痛著しく大であるときは解約は正当の理由がないと解せねばならぬ。

本件に於て相手方は広大なる住宅と店舗を有し賃貸人は何等の不便なきにも拘はらず抗告人は店舗権利価値に於て、約四十万円の損失を蒙り且前記決定による店舗の間口は約五尺で身体を斜めにせねば通れぬ貧弱な店舗となるのであつて、其蒙る損害は莫大である。

又現在の社会的情勢は広大なる住宅は強制的に之を解放せしめて住宅に困窮する者に貸与せしめ得るものとなつているのである。然るに本件に於ては相手方は広大な住宅店舗を更に一層広大にし抗告人は狭少なる店舗を更に狭少ならしめるものであつて、賃借権を圧迫すること甚大である。従つて相手方の本件賃貸借の解約は正当の事由に基くものでない。

(ハ)  抗告人は空襲激化の際に本件店舗を死守してきたものであり終戦後平穏に帰したからと謂つて相手方の都合で解約したり又は其解約による家屋明渡請求に当り第三国人とか親分と称するボスを使嗾して抗告人に対して暴行脅迫或は営業妨害等の行為をなしてきれものであり、之は明かに権利の濫用であるから本件解約は無効である。

(四)  賃借権は所有権に優先して保護せられるのが現代の法律上の理念である。然るに原審決定主文第一項は優先して保護せらるべき賃借権を保護していないのであるから不当である。

(五)  強制調停により家屋明渡を命ずる場合は賃借人の使用が社会公共に迷惑を及ぼすとか国民の良風美俗を害するとか或は他人が之により健康を害し生命にかかわるとかいうような場合に万已むを得ずなさるべきものであるが原審決定によれば相手方は広大なる住宅店舗を益々広大にし抗告人は従来の狭小なる店舗を益々狭少ならしめるものであつて不当である。

(六)  抗告人は現在間口約二間半の店舗を賃借しているのであるが原審決定の主文第二項によれば抗告人は参加人伊藤武三より間口約五尺の家屋を使用することとなるのであり一間にも足らぬ店舗では殆んど営業が不可能となる。

(七)  原審決定第三項によれば抗告人の移転すべき店舗の賃料は一ケ月八百円と定められているが之は不当に高価である何を基準として八百円と定められたか不明である。

(八)  現在抗告人の賃借する店舗は間口二間半であり現在の名古屋駅前附近における店舗の権利金は一間につき約二十万円であるから此の店舗権利金は五十万円と見積ることができる。又抗告人は現在迄右店舗に約十万円以上の広告費宣伝費を投じたのであり、賃借当初より現在迄四年間雨の日も風の日も休まずに空襲激化の際にも休むことなく営々として築いた商売の暖廉の評価額をも加えれば総計百万円にも達する価値あるものである。而して之は抗告人に帰属すべき財産であるから抗告人が相手方に対して右店舗を明渡すとすれば相手方は抗告人に対して此の営業権利金と賃借権利金とを支払うべきものである。然るに原審決定主文第四項によれば抗告人は僅か五千円の支払を受けるのみで右店舗を明渡さねばならないのであつて抗告人の営業権賃借権を侵害するものである。之は恰かも第三国人や強盗が暴行脅迫により賃借権者に莫大なる損害を与えるのと何等異るところがないのである。

(九)  原審裁判所は相手方に加担して抗告人に不利な条件を押付けた不公正なものである。

(十)  抗告人は子孫等十数人あつて現在同一世帯家族だけでも十人あるが抗告人が現在の家屋を明渡すこととなれば収入は減少して右家族十名の死活の問題となる。

依つて原決定を取消し更に抗告人に有利なる裁判を求めるため本件抗告に及ぶ次第であると謂うのである。

仍つて按ずるに

(一)  抗告理由(一)に付ては原審記録によれば相手方代理人の申出に係る証人谷田光悦同石垣みき尾の訊問がなされているけれども抗告人代理人申出提出による証拠調がなされていないことは明白であり当事者双方の取扱に於て妥当を欠く嫌いがあるので当審に於ては抗告人の申出にかかる証人石塚むねの抗告人本人訊問を許容し以て抗告人の立証に必要且十分なる証拠調を尽したのであるから抗告人の申出にかかる何等の証拠調をなさなかつた原審の不当は当審に於て之を補正したのである。尚抗告人は原審における相手方の主張立証は虚偽なる旨を主張するけれどもかかる事実の立証なき以上右主張は理由がない。

(二)  抗告理由(二)に付ては原決定が本件賃貸借契約の賃貸期間が抗告人主張のような期限の定めなきこと、或は相手方主張のような一時使用の目的又は相手方の息子石垣参治が軍隊より帰還する迄の期限を附したものであることを認定したものでないのであるから抗告理由としては不適当である。

(三)  抗告理由(三)は本件賃貸借契約の解除は正当事由がないと主張するのであるが其中には抗告人は僅か五坪程の店舗を使用し、相手方は約百坪(二百畳敷)分の広大なる住宅店舗を有するのであるから、本件解約は無効であると主張するけれでも決定によれば其第二項に於て、参加人伊藤武三は抗告人に対して現店舗の代りに其隣接店舗を提供賃貸することと規定せられてあるのであるから原判決は抗告人の営業権を何等剥奪するものではなく抗告人の主張は理由がない。

又(ロ)の主張に謂ふ如く賃貸人の便宜に比し賃借人の損失又は苦痛著しく大なるときと雖も之のみを以て解約の正当事由がないと速断すべきではなくて、賃貸人、賃借人双方の利害得失を比較し現下の社会情勢をも斟酌して正当事由ありや否やを決すべきものであり且つ現下の社会情勢は広大なる住宅は強制的に之を解放せしめて住宅に困窮する者に貸与せしむべきこととなつてゐるとの主張は一応首肯するに足るけれども本件に於ては抗告人本人訊問の結果によれば抗告人は別に住宅を有してゐるのであり、且原審に於ける証人石垣みき尾の証言によれば相手方は其営業上本件賃貸店舗を必要とするものであつて其営業と無関係に店舗の広狭を論ずる抗告人の主張は失当と謂ふべきである。其他抗告人(賃借人)相手方(賃貸人)双方の利害得失等一切の事情を斟酌して判断するときは、本件解約が正当事由あるものとすると同一趣旨の原決定は結局正当なるものと考へる。

(ハ)の主張によれば相手方は抗告人に対する店舗明渡請求に際し第三国人又は親分と称するボスを使嗾せしめて暴行脅迫を加へたものであるから本件解約は権利の濫用であると論ずるけれども右の如き事由を認定するに足る何等の立証もないのであつて右主張は之を採用するに由がない。

(四)  抗告理由(四)は賃借権は当然に所有権に優先するものであると謂ふにあるのであるが家屋賃借人が其の家屋所有者たる賃貸人より賃貸借契約解約に基く明渡請求を受ける際他に移転すべき住居なき場合其他賃貸人賃借人双方の資力家族数其他諸般の事情を考慮して右解約が借家人の住宅に関する最低生活をも破壊せんとし借家法第一条の二に所謂「正当の事由」がないと裁判所により認定せられたる場合に初めて解約権が否定せられると言ふに過ぎず賃借権は当然に所有権に優先するものではないし本件に於て当審に於ける証人石塚むねの証言抗告人本人訊問及び検証の各結果を綜合すれば抗告人は肩書住所に自己の住宅を有し本件賃借家屋を店舗として金融業を営むものであり此処を住宅として使用するものではなく且つ原決定によれば抗告人は本件賃借家屋の代りに其隣接家屋を賃借するものであつて、抗告人の営業継続には毫も支障を来たさざるものである。従つて右抗告理由は其理由がない。

(五)  抗告理由(五)は賃借権者たる抗告人の地位が所有権者たる相手方の地位に劣れることを忘却した抗告人の謬見に基くものであつて、抗告人が本件賃借家屋を明渡すことにより相手方の店舗がそれだけ広大となるのは当然の事柄であり原決定に示されたる抗告人の移転すべき隣接店舗が若干狭少となるのも蓋し已むを得ぬところである。

(六)  抗告理由(六)に付ては当審における検証の結果によれば抗告人の移転すべき新店舗が間口一間足らずとなるも決して営業は不可能となるものとは認め難い。

(七)  抗告理由(七)に付ては、本件店舗は名古屋駅に近き電車通りに面する名古屋市内有数の繁華街であり当審における証人石塚むねの証言によれば本件店舗の賃借料は現在一ケ月七百五十円であることを認め得るから隣接店舗賃料一ケ月八百円は必ずしも不当に高価とは謂い難いのである。

(八)  抗告理由(八)に付ては凡そ権利金なるものは契約当事者間に於て其授受の約束あれば格別、法律上当然賃借人が賃貸人に対して請求する権利を有するものではなく原決定に所謂「五千円」は権利金名義の下に支払わるる性質のものではなくむしろ抗告人の本件賃借家屋明渡を促進奨励する意味を有するものと考えるべきものであるから右抗告理由も其理由がない。

(九)  抗告理由(九)に付ては抗告人より此点に付て何等の立証がないから之も理由がない。

(十)  抗告理由(十)は其理由自体適法なる抗告理由でない。

而して抗告人と相手方間の本件賃貸借契約は期間の定めなき賃貸借と認むるを相当とする(原審証人石垣みき尾の証言中右認定に牴触する部分は当裁判所措信しない)又原審証人石垣みき尾の証言に依ると相手方は昭和二十一年七月中に抗告人を相手取り名古屋区裁判所に本件家屋明渡を求むる旨の調停を申立てたことが認められるから此の申立により相手方は抗告人に対し、本件賃貸借契約解約の申入を為したものと謂わねばならない、仍て此の解約申入につき正当な事由があたかどうかを考察するに相手方は古くより本件家屋に於て金庫製造販売業を営んでいたが今次戦争が長期に亘るや統制強化のため金庫の製造は禁止となり剰へ養子石垣参治は応召したため一時営業中止の已むなきに至つたところ金融業を営んでいた、抗告人は昭和二十年三月空襲のため其店舗を焼失し其移転先に困却した矢先相手方店舗の空いているのを見て其一部の賃借方を懇請し遂に之を賃借し此処を店舗として金融業を継続していたところが終戦となり相手方に於ては養子石垣参治が復員したから再び金庫製造販売業を開始したが、店舗の一部を抗告人に賃貸しているため営業上支障を来したから、前記の如く賃貸借解約申入を為したこと、抗告人は肩書地に住宅を構へ本件家屋の一部は単に其営業所に充て毎日肩書居宅より通勤し営業しているに過ぎないことは原審証人石垣みき尾の証言と当審に於ける抗告人本人審問の結果に徴し明白なところである。従つて斯かる事情の下になされた解約の申入れは抗告人の居住に関する最低生活権を剥奪するものではないから正当なる事由あるものと認むるも強ち失当と言うことはできぬ然るに解約申入を正当と認めて抗告人に無条件に本件家屋の一部の明渡を命ずるは一面抗告人をして甚しく窮地に陥れる結果となるから相手方は抗告人に対し本件家屋の明渡の代償として本件家屋の西に接着する間口約五尺二寸奥行四間の家屋の賃借のできるように取計らつた、従来の店舗と代償として提供された店舗とを比較すると、後者は前者に比し稍狭少となるのみならず家屋の構造間取等の点につき幾分劣ることは認められるが抗告人の金融業を経営するには毫も支障のないことは当審に於ける検証の結果に徴し之を認めることができるから斯かる程度の我慢を強いることは前記解約が有効と認られる以上は蓋し己むを得ないことと謂はねばならぬ。茲に於て原裁判所が抗告理由の冒頭に掲げたような調停に代る裁判をなしたことは叙上認定の事実に鑑みるときは寔に抗告人の相手方双方の利害得失を較量斟酌してなした衡平妥当なるものと謂い得ないわけではなく、又本件記録を調査するも原決定を取消さねばならぬような瑕疵を発見することが出来ないから本件抗告は理由がないものとし、主文の通り決定する。(昭和二四年一月二四日名古屋地方裁判所民事部)

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