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名古屋地方裁判所 平成元年(レ)31号 判決 1990年10月19日

控訴人(附帯被控訴人) 樋口義弘

右訴訟代理人弁護士 坂本哲耶

被控訴人(附帯控訴人) 岩山明彦

右訴訟代理人弁護士 高柳元

主文

一  控訴及び附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、金一四万一一三〇円及びこれに対する昭和六三年五月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求(当審において拡張した請求を含む。)を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じ、これを一〇分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者(以下、控訴人兼附帯被控訴人を「控訴人」、被控訴人附帯人兼附帯控訴人を「被控訴人」という。)の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  右取消し部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

3  本件附帯控訴を棄却する。

4  被控訴人が当審で拡張した請求を棄却する。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  附帯控訴(請求の拡張)に基づき、原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、一三五万〇五一五円及びこれに対する昭和六三年五月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  当審の訴訟費用は控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件賃貸借契約

岩山利夫は、昭和五五年八月三一日、上陽商品株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を左記約定で賃貸し、これを引き渡した。

(一) 賃料は一か月一二万円とし、これを毎月末日限り翌月分を賃貸人の指定する銀行口座に振り込んで支払う。

(二) 共益費(マンション共用部分の管理費)は賃借人の負担とし、毎月末日限り翌月分を被控訴人に対し支払う。

(三) 本件建物の専用部分についての修理、取替(畳、フスマ、障子、ガラス、照明器具、スイッチ、壁、床、その他の外廻り建具を含む建具、浴槽、風呂釜(バーナーを含む)、その他の小修理)は、賃借人の負担において行う(以下「本件修理特約」という。)。

(四) 賃借人は、故意過失を問わず本件建物に毀損、滅失、汚損、その他の損害を与えた場合は、賃貸人に対し損害賠償をしなければならない(以下「本件賠償特約」という。)。

2  控訴人は、昭和五五年八月三一日、岩山利夫に対し、本件賃貸借契約に基づいて生ずる訴外会社の債務について連帯保証した。

3  契約当事者の承継等

(一) 控訴人は、本件賃貸借契約当初から利用補助者として本件建物に居住し、これを占有していたが、昭和六〇年六月ころ、岩山利夫の承諾のもとに訴外会社から賃借権を譲り受け、右岩山との間で賃料を一か月一二万四〇〇〇円に改訂することを合意した。

(二) 被控訴人は、岩山利夫が昭和六〇年七月二日死亡したため、本件建物を相続し、賃貸人の地位を承継した。

4  未払賃料

(一) 訴外会社は、昭和五八年六月分の賃料一二万円を支払っていない。

(二) 控訴人は、次の賃料合計五四万一三一五円を支払っていない。

昭和六二年一〇月分 二五六五円

同年一一月分 四万〇一八五円

同年一二月分 二五六五円

昭和六三年一ないし四月分 各一二万四〇〇〇円

したがって、控訴人は被控訴人に対し、右(一)については連帯保証債務として、右(二)については賃料債務として、これらを支払う義務がある。

5  温水器の取替費用

被控訴人は昭和六二年八月、本件建物の専用部分にある温水器を一八万五〇〇〇円で取り替え、その代金を業者に支払った。右温水器は、本件修理特約にいう風呂釜に該当するものであり、その取替費用は控訴人が負担すべきものであるから、控訴人は右特約に基づき右取替費用を被控訴人に償還する義務がある。

6  修繕費用

本件賃貸借契約は昭和六三年四月三〇日終了し、控訴人は同日本件建物を明け渡したが、控訴人は本件修理特約で義務づけられている修繕を怠っていたので、被控訴人は本件建物の原状回復のために、左記修繕費用(合計五〇万四二〇〇円)の支出を余儀なくされた。

したがって、控訴人は被控訴人に対し、本件修理特約に基づく費用償還として又は本件賠償特約に基づく損害賠償として、右修繕費用相当額を支払う義務がある。

(一) 畳の張替え(一二畳分) 四万二〇〇〇円

(二) 襖の張替え(大・六本分) 一万二六〇〇円

(三) 右同(小・五本分) 五〇〇〇円

(四) 障子の張替え(中・五本分) 五〇〇〇円

(五) クロスの張替え(一八八平方メートル) 二八万二〇〇〇円

(六) ジュータンの張替え(三二平方メートル) 一三万七六〇〇円

(七) ペンキの塗替え(ドアー・わく) 二万円

7  よって、被控訴人は控訴人に対し、以上合計一三五万〇五一五円及びこれに対する訴の変更申立書送達の日の翌日である昭和六三年五月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3(一)の事実は認める。但し、賃料が改訂されたのは昭和六〇年七月分からである。

同3(二)の事実は知らない。

3  同4につき、控訴人に支払義務あることは争う(抗弁のとおり)。

4  同5のうち、温水器が取り替えられ、被控訴人がその代金を支払ったことは認めるが、控訴人が右代金につき償還義務を負うとの点は争う。

5  同6のうち、本件賃貸借契約が終了し、控訴人が昭和六三年四月三〇日本件建物を明け渡した事実は認めるが、その余は否認ないし争う。

三  控訴人の主張

1  賃料請求について(抗弁)

(一) 連帯保証契約に基づく賃料請求について

本件賃貸借契約には期間二年の約定が付されていたが、右期間満了後黙示の更新により賃貸借契約が継続したものである。したがって、控訴人が連帯保証すべき期間は、当初の賃貸借期間である昭和五七年八月三一日までであり、昭和五八年六月分の賃料には連帯保証責任が及ばない。

(二) 昭和六二年一一月分の賃料請求について

控訴人は、本来被控訴人が負担すべきところの本件建物のマンション修繕積立金のうち、昭和六〇年一一月分から昭和六二年八月分までの二二か月分(月額一七一〇円)及び同年九月分二五六五円(合計四万〇一八五円)をエスポア覚王山Ⅱ管理組合に当該月中に立て替えて支払ったので、被控訴人に対し、右と同額の立替金返還請求権を有する。そこで、控訴人は被控訴人に対し、平成二年七月二三日の当審第五回口頭弁論期日において、右立替金返還請求権をもって被控訴人の本訴請求債権のうち昭和六二年一一月分の賃料請求債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(三) 右(一)(二)以外の賃料請求について

控訴人は昭和六三年四月三〇日本件建物から退去し、本件賃貸借契約は終了しているので、被控訴人に対し、五〇万円の敷金返還請求権を有する。そこで、控訴人は被控訴人に対し、平成二年六月一八日の当審第四回口頭弁論期日において、右敷金返還請求権をもって被控訴人の本訴請求債権のうち昭和六三年一ないし四月分の賃料請求債権四九万六〇〇〇円、昭和六二年一〇月分の賃料請求債権二五六五円及び同年一二月分の賃料請求債権の一部である一四三五円と順次対当額において相殺する旨の意思表示をした。

2  請求原因5の温水器取替費用及び同6の修繕費用の請求について

(一) 建物賃貸借契約につき、賃借人の負担において修繕を行う旨の特約がある場合、右特約は単に賃貸人の修繕義務を免除するに留まるものと解すべきか、それとも積極的に賃借人に修繕義務を負わせるものと解すべきかは、具体的事案に即して慎重に決すべきところである。本件賃貸借契約では、賃料が月額一二万円(後に一二万四〇〇〇円に増額)で、訴外会社が支払った賃料総額は約七〇〇万円、控訴人のそれは約四〇〇万円にのぼり、更に礼金五〇万円が契約締結時に支払われている。建物等は使用すれば汚損すること明らかで、それ故にこそ賃料という対価を支払っているのであるから、更に汚損の修理費用まで支払うことになれば実質的に二重払いになる。そのうえ本件においては、控訴人が入居したとき畳、襖、障子、クロス、ジュータンは前の居住者によって使い古されていたのであるから、控訴人に対しこれらの取替費用を負担させることはさらに不当である。以上を考慮すると本件修理特約は前者と解すべきものである。

また、請求原因5の温水器及び同6の(一)ないし(六)記載の物はいずれも借家法五条にいう造作と解すべきところ、同条は借家人に造作買取請求権を認めているのであり、その法意に照らしても、借家人の負担において修繕を行う旨の特約をもって賃借人に積極的に修繕義務まで課したものと解することはできない。

(二) 仮に、控訴人が本件修理特約により何らかの修繕義務を負うものとしても、その範囲は小修理・小修繕の範囲に限られるべきであるところ、畳、クロス、ジュータンの張替え、温水器の取替えは大修理であり、右特約にいう修理、取替えに該らない。

また、自然の結露によって汚損したクロスの張替費用を賃借人が負担すべきいわれはない。結露によるクロスの汚れなどは、本件賠償特約にいうところの「賃借人が損害を与えた」にも当たらない。

(三) 仮に、控訴人が温水器取替費用の償還義務を負うとしても、温水器は控訴人が注文して取り替えたものであるから、新しい温水器の所有権は控訴人に帰属すべきものであり、したがって、控訴人は被控訴人に対し借家法五条に基づき、温水器をその時価である一八万五〇〇〇円で買い取るべきことを求める造作買取請求権を有する。そこで、控訴人は被控訴人に対し、平成二年一月二九日の当審第三回口頭弁論期日において、予備的に右造作買取請求権を行使するとともに、その代金債権をもって被控訴人の温水器に関する本訴請求債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(四) 仮に、右(三)の場合において、新しい温水器の所有権が被控訴人に帰属するとされるときは、控訴人は民法六〇八条に基づく有益費又は必要費(択一的に主張する。)の償還請求権をもって右(三)と同様の相殺を主張する。

四  控訴人の主張に対する認否及び反論

(1)(一)  控訴人の主張1(一)について

本件賃貸借契約が当初期間二年の約束であり、期間満了時に更新されたことは認めるが、その余は争う。

控訴人は、訴外会社に勤務し、本件賃貸借契約当初から本件建物に居住し、契約更新後も居住を続け、保証人としての責任を負うことを承知していたとみるべきものであるから、更新後の右契約についても保証人としての責任が存続することは明らかである。

(二) 同1(二)について

控訴人が昭和六〇年一一月から昭和六二年九月にかけて修繕積立金合計四万〇一八五円を管理組合に支払った事実は認めるが、立替払であることは否認する。右金員は、本件賃貸借契約において控訴人の負担とされている共益費として支払われたものである。

(三) 同1(三)の主張は認める。

2 控訴人の主張2の主張はいずれも争う。

(一) 本件修理特約の趣旨は、賃貸人の修繕義務を免除するとともに賃借人に修繕義務を課したものであって、この特約が有効であることは判例の認めるところである(最判昭和二九年六月二五日民集八巻六号)。なお、本件の修繕は、本件建物に何かを付加するものではなく、あくまでも修繕であるから、造作買取請求権と関連するところはなく、その法意すら問題とならない。

(二) 本件修理特約には「取替」の義務も規定されているが、ここでいう「取替」とは、修繕の究極的な形を意味するものである。すなわち、畳、フスマ、障子、ガラス、照明、スイッチ、建具、浴槽、風呂釜が通常の修繕によってはもとの体裁、機能を回復し得ない場合にはそれを取り替えざるを得ないのであって、それは修繕の一形態である。

(三) 本件の温水器についても同様であって、修繕では十分に機能を回復しないため取り替えたのであり、右取替えは修繕の究極の形としての取替えである。

なお、右取替えによって温水器の所有権は誰に帰属するかが問題となるが、控訴人は修繕義務の一環として温水器を取り替えたのであり、これによって従前の賃借物の機能が回復したに過ぎないから、取替えという修繕義務の履行は所有権の放棄を当然に含んでいると解すべきである。

(四) クロスの汚れは控訴人の使用によって生じたものであるが、仮に、それが結露によるものであるとしても、控訴人には換気を十分にして結露が生ずるのを防止すべき注意義務があったのにこれを怠った過失がある。そもそも本件賠償特約は、賃借人の故意、過失の有無を問わず、損害賠償義務を負う旨を定めているのである。

第三証拠《省略》

理由

一  本件賃貸借契約等

請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、控訴人は遅くとも昭和六〇年六月までに、訴外会社に代わって本件建物の賃借人となったこと及び岩山利夫との間で本件建物の賃料を昭和六〇年七月分から一二万四〇〇〇円に増額する旨の合意をしたこと、岩山利夫は昭和六〇年七月二日死亡し、被控訴人が本件建物を相続して賃貸人の地位を承継したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  賃料請求

1  昭和五八年六月分の賃料一二万円について

請求原因2の事実は当事者間に争いがないところ、控訴人は連帯保証すべき期間は昭和五七年八月末日までであると主張する。

《証拠省略》によれば、本件賃貸借契約の当初の賃貸借期間は昭和五五年九月一日から昭和五七年八月末日とされていたが、右契約は同年九月一日以降もその内容を基本的に変更することなく更新されていること、控訴人は訴外会社の役員として右契約当初から本件建物に入居し、また、契約の更新に際して保証人としての地位につき特段の意思を表明することもなく引き続き居住していたことが認められる。右事実によれば、連帯保証契約の効力は、更新後の昭和五七年九月一日以降も存続すると解するのが相当であるから、控訴人は昭和五八年六月分の賃料一二万円を連帯保証契約に基づき支払う義務があるというべきである。

2  昭和六二年一一月分の賃料四万〇一八五円について

控訴人がエスポア覚王山Ⅱ管理組合に昭和六〇年一一月から昭和六二年九月にかけて合計四万〇一八五円を支払ったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右金員は本件建物のマンション修繕積立金として支払われたもので、昭和六〇年一一月から徴求されるようになったものであることが認められる。

被控訴人は、控訴人が管理組合に支払った右金員は請求原因1(二)の共益費であり、もともと控訴人が負担すべきものとして約束されていた旨主張する。本件賃貸借契約に賃借人が共益費(共用部分のマンション管理費用)を負担する旨の約定があることは当事者間に争いがないが、右約定をした当時には修繕積立金は徴求されていなかった事実に鑑みると、管理費用の中に修繕積立金が含まれるという認識は控訴人にはなかったとみるべきであり、その後に修繕積立金について双方間に格別の合意がなされたと認めるに足りる証拠もない。そして、修繕積立金は、一般的には、経常的な補修費の範囲を超えた大きな修繕、例えば外壁の塗装工事や給排水設備の修補・整備などの修繕に備えて徴求されるもので、当面賃借人に対する見返りはなく、将来修繕が実行された場合それによって付加される価値は所有者である賃貸人に帰属することに照らすと、明示の合意がない限り、修繕積立金は賃貸人が負担すべきものと解される。そうだとすれば、前記支払は本件建物の所有者である被控訴人が支払うべきものを控訴人が立替払をしたものであり、それによって控訴人は被控訴人に対し同額の費用償還請求権を取得したというべきである。

控訴人により相殺の意思表示がなされたことは、被控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

右によれば、被控訴人の昭和六三年一一月分の賃料債権は相殺により消滅しているから、この点に関する被控訴人の請求は失当である。

3  右1、2以外の賃料請求

控訴人の主張1(三)の事実は当事者間に争いがないから、被控訴人の昭和六三年一ないし四月分の賃料債権四九万六〇〇〇円、昭和六二年一〇月分の同二五六五円及び同年一二月分の賃料債権の一部一四三五円は相殺により消滅したというべきである。したがって、被控訴人の請求は右消滅の限度で失当であるが、昭和六二年一二月分の賃料のうち残りの一一三〇円の請求については理由がある。

三  温水器の取替費用

1  《証拠省略》によれば、本件建物は集中給湯方式を採用しており、請求原因5記載の温水器(電気温水器)によって台所、浴室、洗面所に給湯していること、浴槽には追い焚き用バーナーも付いていないこと、昭和六二年八月ころ右温水器に水漏れの故障が生じたため、控訴人から管理会社を通じて業者に連絡したところ、業者は修理不能であるとして新しい温水器に取り替えたこと、被控訴人は業者に右取替代金一八万五〇〇〇円を支払ったことが認められる。

2  被控訴人は、右温水器は本件修理特約にいう「風呂釜(バーナーを含む)」に該当すると主張する。

たしかに、前記のとおり、本件建物には右温水器以外に浴槽への給湯設備はないことからすると、右温水器が「風呂釜(バーナーを含む)」に該ると解する余地もなくはない。

しかしながら、《証拠省略》によれば、本件修理特約の文言は市販の契約書用紙の文例をそのまま用いたもので、特に本件建物の右状況を意識したものではないと認められ、また本件修理特約に列挙されている修理等の項目は比較的短期間で消耗する個所に関するものが多く、費用的にも極端に高額と思われるものはなく、かつ「その他の小修理」という一般条項的項目によってまとめられている。これに対し、《証拠省略》によれば、右温水器はかなり長期の使用を予定して設置されるものであり、取替費用も高額で、集中給湯方式という建物の品等にかかわる設備であると認められる。

さらに、《証拠省略》によれば、本件建物の賃料も当初月額一二万円で、その後一二万四〇〇〇円に増額されており、比較的高額であるうえ、賃貸人には返還義務のない礼金五〇万円が支払われていることが認められるのであって、これらの事実を併せ考えると、右温水器は、本件修理特約にいう「風呂釜(バーナーを含む)」には該らないと解するのが相当である。

したがって、控訴人に対し温水器の取替費用を負担させる根拠はないというべきであり、被控訴人のこの点に関する請求は失当である。

四  修繕費用

1  《証拠省略》によれば、本件建物には昭和五三年一二月末ころから昭和五五年四月まで賃借人である大島昭三とその家族が住んでいたこと、控訴人は昭和五五年九月一日大島昭三が退去した時の状態のままで本件建物に入居し、昭和六三年四月三〇日まで居住したこと、控訴人が本件建物から退去した当時、台所付近のジュータンには黒っぽいしみが認められること、北側の壁クロスには茶色に変色した箇所があり、これは主に湿気等のために生じたものと考えられること、トイレのドアの両面には控訴人の子が貼ったシールが多数あり、それを原状に復するには、シールを剥がすことができないためシールを削り取ってその跡をペンキ塗りする必要があること、被控訴人は請求原因6の(一)ないし(七)の修繕費用として合計五〇万四二〇〇円を支出したことが認められる。

2  本件修理特約に基づく費用償還請求について

本件修理特約は、一定範囲の小修繕についてこれを賃借人の負担において行う旨を定めるものであるところ、建物賃貸借契約における右趣旨の特約は、一般に民法六〇六条による賃貸人の修繕義務を免除することを定めたものと解すべきであり、積極的に賃借人に修繕義務を課したものと解するには、更に特別の事情が存在することを要すると解すべきである。そして、本件においては右特別の事情の存在を認めるに足りる資料はなく、先に認定したところの礼金の授受及び控訴人が昭和五五年に本件建物に入居した際には前の居住者が退去したままの状態で入居している事実は、むしろ本件修理特約が賃貸人の修理義務を免除するに留まるものであることを推認させるものである。

被控訴人は、本件賃貸借契約終了後に自らの出捐によって行った修繕につき、本件修理特約を根拠として控訴人に対してその費用償還を求めるものであるが、右に説示したところから本件修理特約は右償還請求の根拠となるものではないというべきであるから、被控訴人の右請求は失当である。なお、いわゆる原状回復義務から直ちに右費用償還義務を導くことはできないと解される。

3  本件賠償特約に基づく損害金請求について

本件賠償特約は、本件建物の毀損、汚損等についての損害賠償義務を定めるが、賃貸借契約の性質上、そこでいう損害には賃借物の通常の使用によって生ずる損耗、汚損は含まれないと解すべきである。

この点についてみるに、前記1に認定したところ及び弁論の全趣旨によれば、請求原因6の(一)ないし(六)の修繕にかかる損耗、汚損は、建物の通常の使用によって生ずる範囲のものであったと認められるが、同(七)のドアー等については、通常の使用によっては生じない程度に汚損していたことが認められる。

被控訴人は同(五)のクロス張替えに関連して、壁クロスの汚損が結露によるとしてもそれは控訴人の過失によるものである旨及びそもそも本件賠償特約は過失の有無を問わず賠償責任があることを定めたものである旨主張するが、結露は一般に建物の構造によって発生の基本的条件が与えられるものであるから、特別の事情が存しない限り結露による汚損を賃借人の責に帰することはできず、本件賠償特約がそのような場合にも帰責事由の有無を問わず賠償責任を負うべき旨を定めたものであるとするならば、その限度で本件賠償特約の効力は否定されるべきである。

結局、被控訴人の右請求は、請求原因6の(七)のペンキ塗替えに要した費用相当額二万円の損害賠償を求める部分につき理由があるが、その余は理由がない。

五  よって、被控訴人の請求(当審で拡張した請求を含む。)は、控訴人に対し連帯保証債務金一二万円、昭和六二年一二月分の賃料の残金一一三〇円、ドアー等のペンキ塗替え費用相当額二万円、合計一四万一一三〇円及びこれらに対する履行期後である昭和六三年五月二七日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

よって、控訴及び附帯控訴に基づき原判決を本判決主文第一ないし三項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水信之 裁判官 遠山和光 榊原信次)

<以下省略>

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