大判例

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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)2487号 判決 1992年4月10日

原告

橋本道子

被告

大河千代美

主文

反訴被告は反訴原告に対し、金二五五万八五一五円とこれに対する昭和六一年一二月二八日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

反訴原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを二分し、それぞれその一を反訴原告、反訴被告の各負担とする。

この判決は、反訴原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

反訴被告(以下「被告」という。)は反訴原告(以下、「原告」という。)に対し、四四一万九五二〇円(損害五七二万〇四七二円のうちの一部請求)とこれに対する昭和六一年一二月二八日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が左記の交通事故の発生を理由に被告に対し自賠法三条により損害賠償請求をした事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故

(一) 日時 昭和六一年一二月二七日午後八時頃

(二) 場所 名古屋市瑞穂区弥富通一丁目四二先路上

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(名古屋五三ら六二八八)

(四) 被害車 訴外橋本修二運転、原告同乗の普通乗用自動車(名古屋五三も三五四三)

(五) 態様 時速約五〇キロメートルの速度で東西道路を西進していた加害車が被害車に追突

2  責任原因

被告は、加害車を自己のために運行の用に供する者である。

二  争点

被告は、本件事故によつて原告に傷害の発生したことを争い、仮に何らかの傷害があつたとしても、その受傷病は、いくら遅くとも事故日から二か月経過した昭和六二年二月末日までには治癒しており、それ以降の損害は本件事故と因果関係はないとして損害額を争つている。

第三争点に対する判断(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)

一  甲二、甲三の一、甲四の一、乙二の一ないし八四、乙二の八四の二、乙二の八五ないし二二五、乙四の一・二、乙五ないし乙八によると、原告は、本件事故後、加藤整形外科に昭和六一年一二月二七日から翌六二年九月二一日までの間で七五回(通院期間は争いがない。)、かがみ外科には同年九月二五日から平成元年五月二五日までの間で多数回(少くとも七一回)、保健衛生大学病院には平成元年三月一四日から翌二年九月二九日までの間に約二一〇回の通院している他、昭和六三年から平成元年にかけて、市川病院(一五回)、おにたけ整形外科(約五〇回)、森下医院(四回)、名古屋第二赤十字病院(八回)にも通院し、さらに中京接骨院、田村健秀館接骨院など、他九か所の接骨院、指圧治療院、はり、鍼灸治療院などに約一四一回ほど通院していることが認められる。

二  ところで、前掲各証拠、甲三・甲四の各二・三、甲五ないし甲九、甲一〇の一・二、甲一一ないし甲一四、乙一、乙三、乙九、証人加藤泰弘及び原告本人並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被告は本件事故時、加害車を運転して、時速約五〇キロメートルで西進中、前方交差点手前で信号に従つて停車中の被害車を約二一・五メートル手前で認め、直ちにブレーキをかけたのであるが、当時雨が降つていて路面が濡れていたこともあつてか、滑走して、自車前部を被害車の後部に追突させるに至つたもので、右追突の衝撃により、被害車は約一メートル前方に押し出されて停車し、加害車も追突地点より約〇・八メートル進行して停止した。本件事故で加害車は前バンパーが被害車は後バンパーがそれぞれ凹損(小破)する損傷を受けたが、被害車の修理代は二万八四〇〇円であつた。

なお、本件事故により、被告は受傷せず被害車を運転していた訴外橋本修二(原告の夫)は加藤整形外科で加療約三週間の頸部挫傷の診断を受け、その後の治療で治癒した。

2  原告は、本件事故の日の夜九時頃、頸部の運動痛、左側大後頭神経の圧痛、左の前斜角筋部、左僧帽筋部の圧痛等を訴えて加藤整形外科の診察を受け、加療約三週間の頸部挫傷との診断を受けた。加藤整形外科の医師は、初診時、二、三の簡単な検査を行うも特に異常や他覚的所見が認められず、原告の訴える傷害の部位、程度等に照らしても、レントゲン検査をするまでもなく(ただし、約一か月半後の昭和六二年二月一〇日に始めてレントゲン検査を行つているが、その結果は、頸椎の生理的湾曲の消失が認められたが、特に外傷によるとか、その他の疾患による異常は認められなかつた。)軽症であると診断し、長くても三か月ないし六か月で治癒するものとの判断により、それ以降、温熱療法、運動療法を中心とした治療を行う程度で、特別な治療はなく、吐き気等を訴えるなどのときは、その都度、その対症的治療(薬の服用等)を行つてきたに過ぎず、原告が昭和六二年四月八日以降一時通院しなくなつたときも、同年九月二一日から通院しなくなつたときも、右医師は治癒したか、症状が固定したものと判断していた。原告は、加藤整形外科での診療によつて症状の改善がみられなかつたとして、同年九月二五日からかがみ外科に通院することになつた。かがみ外科は、スパーリングテスト、ジヤクソンテスト等を行うも陰性であり、神経学的検査の全てが良好であるなど、特に他覚的所見はみられなかつたが、原告が頸部、背部等の強い痛みを訴え、ときには症状の詳細をメモにして持参(一般に神経質な患者がよく持参するようで、その内容は誇張的かつ精細をきわめていることが多い。)するので、話が冗長で訴えが大きいとしながらも針治療を中心とした治療を行つたところ、原告は、一時的に痛みを和らげる効果はあつたが、根本的な症状の改善はなかつたとして新たに平成元年三月一四日から保健衛生大学病院に通院を始めた。右病院では、原告の頸部から背部にかけての痛みが著明であるとして、頸椎捻挫の傷病名で麻酔科と理学診療科で継続的な診療をしたが、平成二年八月三〇日、左手に軽度の知覚低下が認められる他、自覚症状として頸部から背部にかけての痛み、つつぱり、後頭部痛、左手の痺れなど軽度の後遺障害を残して症状は固定した旨の診断をした。原告は、以上の三医療機関での治療の他、中京接骨院に通院(通院一二〇回)したりしていたが、昭和六三年四月以降も田村健秀館接骨院(一回)、栄中京カイロプラクテイツククリニツク(一回)、イトオテルミー御指導治療術(昭和六三年五月から一〇月までに九回以上)、指圧藤治療院(二回)、市川病院(一五回)、赤池接骨院(一回)、おにたけ整形外科(約五〇回)、大森はり接骨院(三回)、森下医院(四回)、池田接骨院(一回)、好生堂鍼灸療院(一回)、順天堂鍼灸接骨院(一回)、村井はり健康センター(一回)、名古屋第二赤十字病院(八回)でそれぞれ通院治療を受けている。

3  原告は、事前認定により、主張する後遺障害が自賠法施行令二条別表の後遺障害等級には該当しない旨の認定を受けた。

以上認定の事実によると、原告は、本件事故により、頸椎挫傷の所謂むち打症の傷害を負つたものとみることができるが、本件事故の追突の衝撃は、追突車である加害車の速度、被害車の追突による移動距離、同乗者らの怪我の程度、車両の損傷の程度等からして、その度合にはそれ程大きなものではなかつたことが窺え、また、本件事故直後に診療を受けた加藤整形外科及びその後に治療を受けたかがみ外科における診断と診療内容等からすると、原告の本件事故による傷害は、所謂むち打症としても特に重度のものであつたとは認め難く、かえつて治療が長期化したのは原告の性格等、原告側の諸要因が大きく影響しているものとみるべきであり、本件事故の損害の算定に当つては原告側の右事情は当然斟酌されるべきものと考える。

三  原告の受けた損害について検討する。

1  治療費(原告の主張額・被告の払つた分を除き四二万四〇八〇円) 一〇七万四九〇〇円

前掲甲二、乙二の二一ないし七三、七六ないし七九、八五、八七、八九、九一、乙四の一、乙五ないし乙八及び弁論の全趣旨によると、原告の本件事故による傷害の治療に要した費用は、事故当日から昭和六三年六月一日までの加藤整形外科、かがみ外科及び中京接骨院の治療費一六四万二二二〇円(被告が直接支払つた分)、その他おにたけ整形外科一万七七二〇円、かがみ外科四七〇円、森下医院一万八三九〇円、名古屋第二赤十字病院一四四〇円、保健衛生大学病院一一万一二六〇円の合計一七九万一五〇〇円であることが認められるところ、さきに認定のとおり、原告側の事情によつて治療が長期化したことを斟酌して、右治療費のうち、六割の限度で本件事故と相当因果関係のある損害とみるのを相当とする。

なお、原告は右医療機関の他に多くの接骨院、鍼灸治療院等に通院し、その治療費を支払つていることは証拠によつて認められるが、その治療の内容、効用、必要性等についての証明がないので、直ちに右治療費を本件事故と相当因果関係にある損害と認めることはできない。

2  通院交通費(原告の主張額・一三万二四八〇円) 八万七〇四八円

前掲甲二、甲三の一、乙二の二一ないし七三、七六ないし七九、八五、八七、八九、乙四の二、乙五ないし乙八によると、原告は、加藤整形外科に七五回、かがみ外科に七一回、おにたけ整形外科に五〇回、森下医院に四回、各古屋第二赤十字病院に四回、保健衛生大学病院に一九九回の合計少くとも四〇三回以上の通院をしていることが認められ、原告本人及び弁論の全趣旨により、一回の通院には往復三六〇円の交通費を要したとみるを相当とするから、原告の支出した交通費は一四万五〇八〇円であることが認められるところ、前同様に原告側の事情で治療が長期化したことを斟酌してその六割である八万七〇四八円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害とするのを相当とする。

3  休業損害(原告の主張額・二七七万三九一二円) 一六六万四三四七円

弁論の全趣旨により、原告は、本件事故当時、満四八歳の主婦であり、事故後通院治療のために十分な家事労働ができなかつたこと、昭和六二年度における四五歳から四九歳までの女子労働者の産業計、企業規模計、学歴計による平均賃金は二六二万三〇〇〇円であることが認められ、この事実に原告の通院期間、通院頻度等を併せ考えると、原告の蒙つた休業損害は、原告の主張する二七七万三九一二円を下回ることはないものと認められる。そして原告側の事情で治療が長期化したことを斟酌すると、本件事故と相当因果関係のある休業損害は、その六割に相当する一六六万四三四七円とみることが相当である。

4  通院慰謝料(原告の主張額・一八九万円) 一一三万円

前記認定の原告の受傷の部位・程度、入・通院期間、長期治療を必要とするに至つた等の一切の事情を考慮すると、右金額が相当である。

四  原告は、治療費の一部として、一六二万七七八〇円の支払いを被告から受けていることは前掲甲二、及び弁論の全趣旨によつて認められるから、右金額を控除すると、被告が原告に対して賠償すべき損害額は二三二万八五一五円となる。

五  弁護士費用(原告の主張額・五〇万円) 二三万円

原告が被告に対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、右金額が相当である。

六  以上によれば、原告の請求は、二五五万八五一五円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和六一年一二月二八日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 大橋英夫)

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