名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)913号 判決
平成元年(ワ)第九一三号事件判決書目次
(目次)
(略語表)
(判決本文)
当事者の表示 (別紙当事者目録)
主文
事実及び理由
第一編 当事者双方の申立て及び事案の概要
第一章 当事者双方の申立て
第一 原告ら(請求の趣旨)
第二 被告ら
第二章 事案の概要及び主要な争点
第一 事案の概要
第二 主要な争点
第二編 争いのない事実等及び当事者双方の主張
第一章 争いのない事実等
第一 当事者
第二 本件地域の概要
第三 主要大気汚染物質
第四 環境基準
第五 全国的に見た大気汚染の推移
第六 環境行政
第七 公害健康被害補償制度
第二章 原告らの主張
第三章 被告会社らの主張
第四章 被告国の主張
第三編 当裁判所の判断
第一章 本件地域の大気汚染と健康被害(集団的因果関係 その一)
第一 本件地域の大気汚染の歴史的推移
第二 本件地域の大気環境濃度の推移及び環境基準等に照らした汚染レベルの評価
第三 本件地域における健康調査
第四 我が国の一般環境大気に係る疫学調査
第五 中公審専門委員会報告の疫学評価等
第六 本件地域全般の大気汚染物質による一般的汚染と指定疫病との因果関係
第二章 沿道の大気汚染と健康被害(集団的因果関係 その二)
第一 本件各道路開設の経緯等
第二 本件各道路沿道の大気汚染の程度
第三 道路沿道に係る疫学調査
第四 自動車排出ガスの距離減衰
第五 動物実験等
第六 本件各道路沿道の局所的汚染と指定疫病との因果関係
第七 千葉大調査の知見の本件各道路沿道への当てはめ
第三章 争点三(個別的因果関係)についての判断
第一 指定疫病の罹患及びその重症度の推定
第二 他因子の評価及び増悪について
第三 本章における本件患者の検討
第四 個別的な因果関係及び症例の検討
第四章 被告会社らの立地、操業の経緯及び環境対策
第一 被告中電
第二 被告新日鐵
第三 被告東レ
第四 被告愛知製鋼
第五 被告大同特殊鋼
第六 被告三井化学
第七 被告東邦瓦斯
第八 被告東亞合成
第九 被告ニチハ
第一〇 被告中部鋼鈑
第五章 争点一(到達の因果関係の有無)について
第一 被告会社らの排出に係る硫黄酸化物の本件地域への到達の寄与割合
第二 原告らの主張に対する判断
第六章 争点五(被告らの責任の有無)について
第一 被告会社らの責任
第二 被告国の責任
第七章 争点四(共同不法行為の成否)について
第一 被告会社ら相互の共同不法行為
第二 被告会社らと被告国の共同不法行為
第八章 争点六(損害賠償の額)について
第一 請求の方式、損益相殺について
第二 損害額の算定
第九章 争点七(消滅時効)について
第一 不法行為に基づく損害賠償請求と消滅時効
第二 不法行為に基づく損害賠償請求と除斥期間
第一〇章 争点八(差止請求)について
第一 はじめに
第二 差止請求の適法性
第三 本件差止請求の本案の可否
第一一章 請求拡張部分に対する判断
第一二章 結論
(判決別紙)
当事者目録
認容債権目録一、二
被告会社工場、事業所一覧表
請求金額目録
患者別損害額計算表(被告会社ら分)、(被告国分)
(別冊)
一 個人票
二(当事者の主張)
第二章 原告らの主張
第三章 被告会社らの主張
第四章 被告国の主張
図表
略語表
一 本判決において、原則として略語で表記されるもの等は以下のとおりである。
(当事者等)
承継人原告
別紙当事者目録に「訴訟承継人原告」として表示がされている原告ら並びに原告番号74、75及び127の原告ら
死亡原告
承継人原告の左の【 】内に表示されている者
患者原告
承継人原告以外の原告ら
本件患者
患者原告及び死亡原告
原告番号
元番だけのもの 本件患者(ただし原告番号74、75、127の原告らについては承継人原告)に係る整理番号
枝番のあるもの 承継人原告の整理番号
被告中電
被告中部電力株式会社
被告新日鐵
被告新日本製鐵株式会社
被告東レ
被告東レ株式会社
被告愛知製鋼
被告愛知製鋼株式会社
被告大同特殊鋼
被告大同特殊鋼株式会社
被告三井化学
被告三井化学株式会社
被告東邦瓦斯
被告東邦瓦斯株式会社
被告東亞合成
被告東亞合成株式会社
被告ニチハ
被告ニチハ株式会社
被告中部鋼鈑
被告中部鋼鈑株式会社
被告会社ら
被告中電、被告新日鐵、被告東レ、被告愛知製鋼、被告大同特殊鋼、被告三井化学、被告東邦瓦斯、被告東亞合成、被告ニチハ及び被告中部鋼鈑の10社
訴外ヤハギ
訴外株式会社ヤハギ(破産手続中)
本件各工場
別紙被告会社工場、事業所一覧表記載に係る被告会社らの工場、事業所
国道1号線
一般国道、国道1号線
国道23号線
一般国道、国道23号線
国道154号線
一般国道、国道154号線
国道247号線
一般国道、国道247号線
本件各道路
国道1号線、国道23号線、国道154号線及び国道247号線の四道路
(法令等)
国賠法
国家賠償法(昭和22年法律第125号)
ばい煙規制法
ばい煙の排出の規制等に関する法律(昭和37年法律第146号)
大防法の制定により廃止
公基法
公害対策基本法(昭和42年法律第132号)
環境基本法(平成5年法律第91号)の制定に際し廃止
大防法
大気汚染防止法(昭和43年法律第97号)
特別措置法
公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(昭和44年法律第90号)
公健法の制定により廃止
特別措置法施行令
公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法施行令(昭和44年12月27日政令第319号)
公健法施行令の制定により廃止
公健法
公害健康被害の補償等に関する法律(昭和48年法律第111号)
昭和62年法律第97号による改正前は公害健康被害補償法
公健法施行令
公害健康被害の補償等に関する法律施行令(昭和49年8月20日政令第295号)
第一種地域
公健法2条1項及び(旧)公健法施行令1条別表第1所定の地域
本件地域
名古屋市内、愛知県東海市内及びその周辺地域のうち公健法に基づき第一種地域として指定されていた地域
指定疾病
特別措置法2条、特別措置法施行令1条別表の1、3の2、3の3、4、5、5の2、5の2の2、5の3及び5の4の各欄並びに第一種地域について(旧)公健法施行令1条別表第1で指定された慢性気管支炎、気管支喘息、喘息性気管支炎及び肺気腫並びにこれらの続発症。
認定患者
特別措置法3条1項の被認定者及び公健法4条1項の被認定者
自動車NOx法
自動車から排出される窒素酸化物の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法(平成4年法律第70号)
名古屋市救済条例
名古屋市特定呼吸器疾病患者医療救済条例(昭和47年名古屋市条例第1号)(乙A一四の1、2、七四)
東海市医療費助成条例
東海市特定疾病患者の医療費助成に関する条例(昭和46年東海市条例第22号(乙A一五)
(各種機関等)
中公審
公基法27条に基づき総理府(後に環境庁)に附属機関として設置された中央公害対策審議会
認定審査会
公健法44条、45条所定の公害健康被害認定審査会
53年専門委又は同報告
中公審大気部会二酸化窒素に係る判定条件等専門委員会又は同委員会の昭和53年3月20日付報告
61年専門委又は同報告
中公審環境保健部会大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会又は同委員会の昭和61年4月付報告
一般局
大防法22条に基づく一般環境大気測定局
自排局
大防法20条に基づく自動車排出ガス測定局
WHO専門委又は同報告
WHO(世界保健機構)窒素酸化物に関する環境保健クライテリア専門委員会又は同委員会の昭和51年8月付報告
BMRC
British Medical Research Council(英国医学研究委員会)
ATS
American Thoracic Society(米国胸部疾患学会)
EPA
U.S Environmental Protection Agency(米国環境保護庁)
(書証)
堀江意見書
乙E一、二、一三の1、2
証人堀江孝至の証言を含んで「堀江意見書等」という。
山木戸意見書
乙E一一の1、2、一四の1、2
証人山木戸道郎の証言を含んで「山木戸意見書等」という。
主治医診断書
本件患者の主治医が公健法又は特別措置法の認定申請又は更新申請に際して名古屋市長又は愛知県知事に提出した診断書(本件患者の各原告番号に係る乙E一〇〇〇番台号証の1として提出)
主治医診断報告書
本件患者の症状の程度、指定疾病以外の疾病罹患の有無、喫煙歴等が記載された書証であり(本件患者の各原告番号に係る乙E一〇〇〇番台号証の1として提出)、本件患者の主治医が公健法による補償給付の申請(認定、更新、障害度見直し)に際して名古屋市長又は愛知県知事に提出した公害健康被害者主治医診断報告書
検査結果報告書
本件患者の肺機能検査、胸部レントゲン写真、心電図検査などの検査結果が記載された書証であり(本件患者の各原告番号に係る乙E一〇〇〇番台号証の1として提出)、本件患者の主治医が公健法による補償給付の申請(認定、更新、障害度見直し)に際して名古屋市長又は愛知県知事に提出した公健法医学的検査結果報告書
陳述書
本件患者本人又はその近親者が、本件患者の生育歴、職歴、指定疾病の症状、指定疾病以外の病歴、生活状況等を記載した陳述書であって、本件患者の各原告番号に係る甲H一〇〇〇番台号証として提出された書証
二 本判決の前提となる主要な用語は以下のとおりである。
ppm
100万分の1を表す濃度の単位である。
ppb
10億分の1を表す濃度の単位である(ppmの1000分の1)。
μm
100万分の1m(1000分の1mm)を表す長さの単位「ミクロン」
μg
100万分の1g(1000分の1mg)を表す重さの単位「マイクログラム」
Nm2
温度零度、圧力1気圧の状態に換算した気体1m2
排出基準
大防法3条に基づき、ばい煙発生施設から大気中に排出される排出物に含まれるばい煙の排出の量について定められた許容限度
ばい煙
大防法2条1項各号所定の大気汚染物質の総称であって、燃料その他の物の燃焼等によって生じる物質である。硫黄酸化物(一号)ばいじん(二号)、有害物質(三号)がある。
昭和45年法律第134号による改正前の大防法においては、硫黄酸化物(一号)とすすその他の粉じん(二号)のみであったが、右改正後、燃焼などの熱処理に伴わないで飛散する大気汚染物質が粉じん(大防法2条4項)として独立に定義されたために「ばい煙」の定義から外れ、また、熱処理に伴って発生するカドミウム、鉛等の金属物質又は弗化水素、塩素等の有害ガスが有害物質(三号)として独立に定義された。
窒素酸化物は、当初ばい煙とされていなかったが、昭和46年政令第191号による改正後の大防法施行令1条1項5号により、有害物質として指定された。
粉じん
大防法2条4項所定の、物の破砕、選別その他の機械的処理又はたい積に伴い発生し、又は飛散する大気汚染物質である。
浮遊粒子状物質(SPM・PM10)
大気中に浮遊する粒子状物質(浮遊粉じん、エアロゾルなど)のうち粒径が10μm以下であるものをいう。我が国の環境基準の対象である大気汚染物質の一つである。
PM2.0
浮遊粒子状物質のうち粒径が2μm以下であるものをいう。
PM2.5
浮遊粒子状物質のうち粒径が2.5μm以下であるものをいう。
DEP
ディーゼル排出(気)微粒子
環境基準
公基法9条、環境基本法16条に基づき、大気の汚染に係る環境上の条件について、「人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準」として政府が定めた基準である。
環境基準は、大気汚染物質ごとに定められ、改定されているものもあるが、本判決において環境基準という場合には、特に断りのない限り、現行の環境基準を指すものとする。
公害防止計画
公基法19条、環境基本法17条に基づき、国が基本方針を定め、都道府県知事が作成する「公害防止に関する施策に係る計画」
1日平均値
1時間を単位として整理された大気汚染物質の測定結果(1時間値)の1日分の平均値又は24時間を単位として整理された大気汚染物質の測定値(昭和48年6月12日環大企第143号環境庁大気保全局長通知により、二酸化硫黄及び浮遊粒子状物質に関しては1時間を単位として測定結果を整理すべきとされているが、二酸化窒素については1時間又は24時間のいずれを単位として測定結果を整理してもよいとされている。)。
1日平均値の98%値(又は2%除外値)
昭和48年6月12日環大企第143号環境庁大気保全局長通知により、大気汚染の状態を環境基準に照らして長期的評価を行う場合に使用すべきとされた統計数値であり、ある程度長期の評価期間(普通は1年)の有効測定日のすべての1日平均値のうち、上位2%を除外した中で最も高い1日平均値を意味する。
現行の環境基準は、いずれも1時間値の1日平均値で環境基準を定めているが、右通達により、年単位といった長期的な視野で大気汚染の状態が環境基準に適合しているかどうかの評価を行う場合には、測定精度その他の特殊事情によって左右されないように、1日平均値の測定値のうち高い方から2%の範囲内にあるもの(365日分の測定値がある場合には7日分の測定値)を除外した数値を使用するものとされ、ただし、1日平均値につき環境基準を超える日が2日以上連続した場合には、このような取扱いをしないものとされている。したがって、<1>すべての1日平均値のうち上位2%を除外した数値のうち最も高いもの(1日平均値の98%値)が環境基準を上回っている場合、<2>環境基準を超える1日平均値が2日以上連続した場合には、いずれも、長期的にみて、大気汚染の状態が環境基準に適合していないと評価されることになり、そうでなければ、環境基準に適合しているものと評価されることになる。
なお、二酸化硫黄、浮遊粒子状物質については前記通達により2%除外値をもって評価することになっているのに対し、二酸化窒素の場合は年間の1日平均値のうち低い方から98%に相当するもの(98%値)をもって評価するものとされているが(昭和53年7月17日環大企第262号環境庁大気保全局長通知)本判決では必ずしも区別して表記はしていない。
また、本判決においては、特段の断りのない限り、1日平均値の98%値とは、当該年度(4月1日から翌年3月31日までの1年間)の98%値として使用する。
導電率法
大気中の二酸化硫黄の測定方法として環境基準で定められた溶液導電率法。硫酸酸性の過酸化水素溶液に試料ガスを通したときの吸収液の導電率の変化から試料ガス中に含まれる二酸化硫黄濃度を連続的に測定する測定方法である。二酸化鉛法よりも精密であり、昭和40年代から普及した。
二酸化鉛法
二酸化鉛を塗布した布(通常10cm四方の大きさ)を巻き付けた円筒を容器に入れて一定期間(通常1か月程度)大気中に放置し、生成された硫酸鉛から大気中に存在した硫黄酸化物を測定する測定方法であり、昭和30年ころから普及した。二酸化鉛法による測定値は風速等の影響を受けるが、61年専門委報告では1mgSO3/100cm2/日は溶液導電率法による二酸化硫黄濃度の0.032~0.035ppmに相当するとされている。
mgSO3
二酸化鉛法による測定値の単位の表記として使用する。二酸化鉛法によって大気中の硫黄酸化物を測定した場合には、測定期間中の硫黄酸化物の濃度は、1日当たりの100平方センチメートル当たりの無水硫酸(SO3)の重量に換算した値により「mgSO3/100cm2/日」という単位で表記されるのが通常である。本判決ではこれを「mgSO3」と表示する。
ザルツマン法
大気中の二酸化窒素の測定方法として環境基準で定められたザルツマン試薬を用いる吸光光度法であり、試料ガスをザルツマン吸収液に吸収し、亜硝酸イオンとザルツマン試薬とが反応して生成されるアゾ染料の吸光度を測定して二酸化窒素の濃度を測定する方法である。
ザルツマン係数
ザルツマン法による測定結果から二酸化窒素濃度を割り出す計算に用いられる二酸化窒素の亜硝酸イオンへの変換係数である。かつては「0.72」とされ、この係数を使用して測量結果が公表されていたが、この係数は現実の変換状態を正確に表現してはいないとして、昭和53年7月17日付け大気保全局長通知(環大企第262号)によって「0.84」に改められた。そこで、ザルツマン係数を0.72とする測定値(昭和52年以前の測定値)を現在のザルツマン係数で計算した測定値に置き換える場合には、以前の測定値に0.86(0.72/0.84)を乗じて測定値を補正することになる(昭和53年8月1日環大企第287号)。
K値規制方式
硫黄酸化物について、地上濃度を考慮し、排出口の高さに応じてその排出口における排出量の許容限度を定め、これを排出基準とする方式(大防法施行規則3条)。算定方式は次式のとおりである。排出口の高さについては、排出口から大気中に排出される硫黄酸化物の地上への影響の程度は排出口の実高さのほか、排出速度、排出温度等によって異なるので、排出口の実高さにこれらの要素を考慮して必要な補正を加えることとしたものである(有効煙突高さ)。
q=K×10-3He2
q・・・硫黄酸化物の許容排出量(Nm3/h)
K・・・政令により地域ごとに定められる定数
He・・・有効煙突高さ(m)
メッシュ
対象地域を碁盤目に区切ったもの。拡散シミュレーションにおいて、標準的には網の目の大きさは1kmが基本だが、煙源の密集している地域は500mにし、煙源又は人口の少ない地域は2kmとするなど調整されることがある(甲E四七、証人北林主尋145)
特異的疾患
公健法2条2項の地域を特定する疾病であり、原因とされる汚染物質とその疾病との間に特異的な関係があり、その物質がなければその疾病が起こり得ないとされている疾病をいう。
非特異的疾患
その疾病の発病原因となる特定の汚染物質が証明されていない疾病をいう。
慢性閉塞性肺疾患
慢性気管支炎及び肺気腫のみの総称とされる場合と、さらに気管支喘息(及び喘息性気管支炎)を含む総称とされる場合がある。
BMRC質問票
BMRCが昭和35(1960)年に発表し、昭和41(1966)年及び昭和51(1976)年に改定した「呼吸器症状に関する質問票」に準拠して日本語で作成され、我が国の疫学調査で使用された質問票を指す。
持続性咳、痰症状
(5+10症状)
BMRC質問票の「そのような咳が毎年(少なくとも2年以上連続して)3か月以上殆ど毎日のように出ましたか」という趣旨の質問(持続性咳)及び「そのような痰が(少なくとも2年以上連続して)3か月以上殆ど毎日のように出ましたか」という趣旨の質問(持続性痰)のいずれにも「はい」と答える場合の症状をいう。
BMRC質問票に示されている持続性痰に関するコード番号5、持続性咳に関するコード番号10についていずれも「はい」と答えることに着目し、「5+10症状」ともいう。
ATS-DLD質問票
ATSの肺疾患部会(Division Lung Disease)が考案した標準質問票に準拠して日本語で作成され、我が国の疫学調査で使用された質問票を指す。
喘息様症状、現在
ATS-DLD式質問票において<1>「これまでに胸がゼーゼーとかヒューヒューして急に息が苦しくなる発作を起こしたことはありますか」「そのような発作は今までに2回以上ありましたか」「医師に喘息様気管支炎又は小児喘息といわれたことがありますか」「そのとき、息をするとゼーゼーとかヒューヒューという音がしましたか」「そのとき、ゼーゼーとかヒューヒューして急に息が苦しくなりましたか」という趣旨の質問のいずれにも「はい」と答えた場合(喘息様症状)で、かつ、<2>「この2年間に上の質問『息をするとゼーゼーとかヒューヒューする発作』『息が苦しくなる発作』のいずれかに該当する発作(症状)を起こしたことがありますか」「この2年間に、喘息、喘息性気管支炎又は小児喘息で治療を受けたことがありますか」という趣旨の質問のいずれかに「はい」と答えた場合(現在)の症状である。
オッズ比(相対危険度)
二つの人間集団における疾病あるいは疾病の症状などの健康影響指標が発生する確率(リスク)の比をいう。
米国大気質基準
(NAAQC)
米国において、大気清浄法(Clean Aira Act)108条及び109条b(1)に基づき、感受性の高い人を含む公衆の保護が測られる環境中の大気汚染物質の最大許容レベル、すなわち、いわゆる「一次基準」として定められた基準をいう。
当事者の表示 別紙当事者目記載のとおり
主文
一 原告番号二〇、二一、二九の二、三〇、三四の二ないし六、三六、四〇、四四、四五、五〇、五三の二及び三、五六の二ないし四、五九の二及び三、七〇の二、七三の二、七九、八一、八七の二、九九の二、一〇一の二、一〇八の二、一一〇の二、一一七の二ないし四、一一八、一二六の二及び三、一三五の二ないし四、一三七の二の原告らの平成一一年一〇月一三日付請求の趣旨拡張申立書記載に係る訴えをいずれも却下する。
二 被告会社らは、各自、別紙認容債権目録一記載の原告らに対し、同目録「認容額」欄記載の金額の金員及びこれに対する被告東亞合成化学工業株式会社については平成元年五月一六日から、被告三井化学株式会社については同年六月一日から、その余の被告会社らについては同年五月三一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告国は、別紙認容債権目録二記載の原告らに対し、同目録「認容額」欄記載の金額の金員及びこれに対する原告番号四五の原告については平成一〇年四月二九日から、同九一の原告については平成九年一一月一七日から、同一〇六の原告については平成一一年一一月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告国は、原告番号一〇六の原告に対し、国道二三号線を自動車の走行の用に供することにより、排出する浮遊粒子状物質につき、同原告の肩書地において、一時間値の一日平均値〇・一五九mg/m3を超える汚染となる排出をしてはならない。
ただし、その測定方法等は、左記による。
記
1 地上三~一〇mの位置において、濾過捕集による重量濃度測定方法又はこの方法によって測定された重量濃度と直線的な関係を有する量が得られる光散乱法、圧電天びん法若しくはベータ線吸収法によって測定する。
2 評価に当たっては、年間にわたる一日平均値である測定値につき、測定値の高い方から二%の範囲内にあるもの(三六五日分の測定値がある場合は七日分の測定値)を除外して評価を行う。ただし、一日平均値が〇・一〇mg/m3を超える日が二日以上連続した場合にはこのような取扱いは行わないこととして、その評価を行う。
五 別紙認容債権目録各記載の原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
六 原告番号五、一四、一八、二一、二八、三二、三三、三八、五三の二及び三、五八、六一、六五、七〇の二、七三の二、七五、七七、九六、一〇三、一〇四、一一四、一一六、一一七の二ないし四、一一九、一二〇、一二三、一二六の二及び三、一二九、一三七の二、一四〇、一四一の原告らの請求をいずれも棄却する。
七 訴訟費用の負担は次のとおりとする。
1 別紙認容債権目録一記載の原告らと被告会社らとの間に生じたもの(ただし6項部分を除く。以下、5項まで同様。)は、これを一〇分し、その一を被告会社らの負担とし、その余は右原告らの負担とする。
2 原告番号四五の原告と被告会社らとの間に生じたものは右原告の負担とする。
3 別紙認容債権目録二記載の原告らと被告国との間に生じたものは、これを五分し、その一を被告国の負担とし、その余は右原告らの負担とする。
4 別紙認容債権目録一記載の原告ら(ただし、原告番号九一、一〇六の原告を除く。)と被告国との間に生じたものは、右原告らの負担とする。
5 原告番号五、一四、一八、二一、二八、三二、三三、三八、五三の二及び三、五八、六一、六五、七〇の二、七三の二、七五、七七、九六、一〇三、一〇四、一一四、一一六、一一七の二ないし四、一一九、一二〇、一二三、一二六の二及び三、一二九、一三七の二、一四〇、一四一の原告らと被告らとの間に生じたものは、右原告らの負担とする。
6 原告番号二〇、二一、二九の二、三〇、三四の二ないし六、三六、四〇、四四、四五、五〇、五三の二及び三、五六の二ないし四、五九の二及び三、七〇の二、七三の二、七九、八一、八七の二、九九の二、一〇一の二、一〇八の二、一一〇の二、一一七の二ないし四、一一八、一二六の二及び三、一三五の二ないし四、一三七の二の原告らの平成一一年一〇月一三日付請求の趣旨拡張申立書記載に係る訴えにつき生じたものは、右原告らの負担とする。
八 この判決は、第二、三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一編当事者双方の申立て及び事案の概要
第一章当事者双方の申立て
第一原告ら(請求の趣旨)
一 被告らは各自、
1 被告会社らは、別紙被告会社工場、事業所一覧表記載の各工場、事業所(ただし被告中電名港火力発電所を除く。)において操業することにより、
2 被告国は、国道一号線、同二三号線、同一五四号線及び同二四七号線の各道路を自動車の走行の用に供することにより、
それぞれ排出する二酸化窒素及び浮遊粒子状物質につき、原告ら(ただし、原告番号六九、七〇の二、七一、七四、七五、一二七、一四一の原告らを除く。)の居住地において、二酸化窒素については、一時間値の一日平均値〇・〇二ppmを、浮遊粒子状物質については、一時間値の一日平均値〇・一〇mg/m3又は一時間値〇・二〇mg/m3を超える汚染となる排出をしてはならない。
二 被告会社らは、各自、別紙被告会社工場、事業所一覧表記載の各工場、事業所(ただし被告中電名港火力発電所を除く。)において操業することにより排出する二酸化硫黄につき、原告ら(ただし、原告番号六九、七〇の二、七一、七四、七五、一二七、一四一の原告らを除く。)の居住地において、一時間値の一日平均値〇・〇四ppm又は一時間値〇・一ppmを超える汚染となる排出をしてはならない。
三 被告らは各自、原告らに対し、別紙請求金額目録の訴状請求金合計額欄記載の金員及びこれに対する被告東亞合成化学工業株式会社については平成元年五月一六日から、被告三井化学株式会社については同年六月一日から、その余の被告らについては同年五月三一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告らは各自、原告番号二〇、二一、二九の二、三〇、三四の二ないし六、三六、四〇、四四、四五、五〇、五三の二及び三、五六の二ないし四、五九の二及び三、七〇の二、七三の二、七九、八一、八七の二、九九の二、一〇一の二、一〇八の二、一一〇の二、一一七の二ないし四、一一八、一二六の二及び三、一三五の二ないし四、一三七の二の原告らに対し、別紙請求金額目録の拡張請求金欄記載の金員及びこれに対する同目録の死亡日欄記載の日の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は被告らの負担とする。
六 仮執行宣言
第二被告ら
一 本案前の答弁
請求の趣旨一項、二項及び四項の請求に係る訴えをいずれも却下する。
二 本案に対する答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
四 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二章事案の概要及び主要な争点
第一事案の概要
本件は、本件地域に現在又は過去に居住又は勤務し、公健法又は名古屋市救済条例により指定疾病の認定を受けた者又はその相続人が原告となり、本件地域に工場、事業所(本件各工場)を有する被告会社ら及び本件地域内を走行する国道一号線、同二三号線、同一五四号線及び同二七四号線(本件各道路)を設置管理する被告国を被告とし、本件地域内の本件各工場及び本件各道路が主要汚染源となって排出する大気汚染物質により、健康被害等の損害を受け、また受け統けているとして、被告らに対し、環境基準値(現行環境基準値。ただし、二酸化窒素については旧環境基準値)を超える大気汚染物質の排出の差止めと共同不法行為に基づく損害賠償の請求をした事案である(なお、原告らは訴外ヤハギも被告として本訴を提起した。しかし、訴外ヤハギについては本訴係属中の平成一〇年九月一八日に破産宣告がされ(当庁平成一〇年(フ)第一六七〇号事件)、原告らは、平成一一年三月一二日訴外ヤハギに対する訴えを取り下げる旨の書面を提出し(訴外ヤハギの破産管財人も平成一一年一一月一日右取下げに同意する旨の書面を提出した。)、本訴口頭弁論終結後の平成一一年一一月一〇日に至っても破産債権の届出が未了であることから、同日限り訴外ヤハギに対する本訴は終了した。)。
第二主要な争点
一 到達の因果関係の有無
1 本件地域の気象と拡散シミュレーション
2 沿道汚染
二 集団的因果関係の有無
1 指定疾病と大気汚染
2 疫学的知見等の評価
三 個別的因果関係の有無
四 共同不法行為の成否
1 共同不法行為の要件、効果
2 被告会社らと被告国の共同不法行為の成否
3 被告会社ら内部の共同不法行為の成否
五 被告らの責任の有無
1 被告会社らの責任の有無
2 被告国の責任の有無
六 損害賠償の額
1 包括請求、一部請求、一律請求の当否
2 損害額
3 損益相殺
七 消滅時効の成否
八 差止請求
1 差止請求の適法性
2 差止請求権の有無
第二編争いのない事実等及び当事者双方の主張
第一章争いのない事実等
以下に記載する事実は、争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実である。
第一当事者
一 原告ら
1 本件患者
別紙当事者目録の承継人原告の左の【 】内に表示されている者(死亡原告)及び承継人原告以外の原告ら(患者原告)は、現在又は過去において、公健法に定める第一種地域であった本件地域に居住又は勤務し、別冊一個人票の認定関係欄記載のとおり、同法又は名古屋市救済条例に定める指定疾病の認定を受けている患者である。
2 承継人原告
別紙当事者目録に「訴訟承継人原告」として表示がされている原告ら並びに原告番号七四、七五及び一二七の原告らは、過去において、本件地域に居住又は勤務し、別冊一個人票の認定関係欄記載のとおり、公健法に定める指定疾病の認定を受け、その後死亡した患者ら(死亡原告)の相続人であり、それぞれ法定相続分又は遺産分割協議により別紙請求金額目録の備考欄記載の相続分に従って権利義務を承継した者である。
なお、これらのうち、訴訟承継人原告分については以下のとおりである。すなわち、本件患者中、少なくとも以下の者は、本訴提起後に死亡した。そして、弁論の全趣旨によると、これらの者について次のとおり本件に係る右損害賠償請求権が承継された事実が認められる。
(一) 原告番号一九
同人は、平成六年四月一二日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成一一年一〇月二〇日成立)により、次の六名の原告らが括弧内記載の割合で承継取得した。
(1) 原告番号一九の二 (六分の一)
(2) 原告番号一九の三 (六分の一)
(3) 原告番号一九の四 (六分の一)
(4) 原告番号一九の五 (六分の一)
(5) 原告番号一九の六 (六分の一)
(6) 原告番号一九の七 (六分の一)
(二) 原告番号二六
同人は、平成八年三月八日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成一一年一〇月二〇日成立)により、原告番号二六の二のX1が承継取得した。
(三) 原告番号二九
同人は、平成五年三月一九日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成一一年一〇月二〇日成立)により、原告番号二九の二のX2が承継取得した。
(四) 原告番号三四
同人は、平成七年三月六日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、次の五名の原告らが括弧内記載の割合で相続により承継取得した。
(1) 原告番号三四の二 (二分の一)
(2) 原告番号三四の三 (八分の一)
(3) 原告番号三四の四 (八分の一)
(4) 原告番号三四の五 (八分の一)
(5) 原告番号三四の六 (八分の一)
(五) 原告番号三九
同人は、平成七年七月三一日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成一〇年三月二五日成立)により、原告番号三九の二のX3が承継取得した。
(六) 原告番号五三
同人は、平成六年四月五日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、次の二名の原告らが括弧内記載の割合で相続により承継取得した。
(1) 原告番号五三の二 (二分の一)
(2) 原告番号五三の三 (二分の一)
(七) 原告番号五六
同人は、平成八年一二月一七日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、次の三名の原告らが括弧内記載の割合で相続により承継取得した。
(1) 原告番号五六の二 (三分の一)
(2) 原告番号五六の三 (三分の一)
(3) 原告番号五六の四 (三分の一)
(八) 原告番号五九
同人は、平成一〇年五月一六日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、次の二名の原告らが括弧内記載の割合で相続により承継取得した。
(1) 原告番号五九の二 (二分の一)
(2) 原告番号五九の三 (二分の一)
(九) 原告番号七〇
同人は平成七年七月三一日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成八年一〇月二四日成立)により、原告番号七〇の二のX4が承継取得した。
(一〇) 原告番号七三
同人は平成五年一〇月二六日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成一〇年五月一〇日成立)により、原告番号七三の二のX5が承継取得した。
(一一) 原告番号八七
同人は平成四年九月一一日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成一一年一〇月二〇日成立)により、原告番号八七の二のX7が承継取得した。
(一二) 原告番号九二
同人は、平成元年八月二六日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成一〇年二月二〇日成立)により、原告番号九二の二のX6が承継取得した。
(一三) 原告番号九四
同人は、平成七年一〇月七日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成一一年九月二二日成立)により、原告番号九四の二のX8が承継取得した。
(一四) 原告番号九九
同人は、平成六年一一月八日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、原告番号九九の二のX9が相続により承継取得した。
(一五) 原告番号一〇一
同人は、平成四年二月八日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成一一年九月二一日成立)により、原告番号一〇一の二のX10が承継取得した。
(一六) 原告番号一〇八
同人は、平成五年二月五日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成一一年九月二二日成立)により、原告番号一〇一の二のX11が承継取得した。
(一七) 原告番号一一〇
同人は、平成元年八月二六日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成一〇年四月一五日成立)により、原告番号一一〇の二のX12が承継取得した。
(一八) 原告番号一一七
同人は、平成五年四月二日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、次の三名の原告らが括弧内記載の割合で相続により承継取得した。
(1) 原告番号一一七の二 (二分の一)
(2) 原告番号一一七の三 (四分の一)
(3) 原告番号一一七の四 (四分の一)
(一九) 原告番号一二六
同人は、平成六年一一月二一日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成一一年一〇月一三日成立)により、次の二名の原告らが括弧内記載の割合で承継取得した。
(1) 原告番号一二六の二 (二分の一)
(2) 原告番号一二六の三 (二分の一)
(二〇) 原告番号一三五
同人は、平成元年一〇月一六日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、次の三名の原告らが括弧内記載の割合で相続により承継取得した。
(1) 原告番号一三五の二 (二分の一)
(2) 原告番号一三五の三 (四分の一)
(3) 原告番号一三五の四 (四分の一)
(二一) 原告番号一三七
同人は、平成八年三月一四日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成九年二月六日成立)により、原告番号一三七の二のX13が承継取得した。
(二二) 原告番号一四三
同人は、平成五年七月一四日死亡し、同人の被告らに対する損害賠償請求権については、法定相続人らの間の遺産分割協議(平成一一年八月一五日成立)により、原告番号一四三の二のX14が承継取得した。
二 被告ら
1 被告会社ら
被告会社らは別紙被告会社工場、事業所一覧表の主要業種欄記載の業務を主要業務とし、いずれも本件地域内である同表の所在地欄記載の所在地の工場、事業所(本件各工場)において同表の操業開始時期欄記載の時期から操業していた者である。
2 被告国
被告国は、本件地域内に本件各道路を設置管理し、これを自動車の走行の用に供している者である。
第二本件地域の概要(甲D一の1、二、七ないし一〇、一三、一四、一六、一七、二〇、二二、三〇、五七、五八、九三、九九、一二一ないし一二三、乙F一六ないし二〇、三〇、三一、三三、三六、三八ないし五二、丙D三五、五六、証人遠藤宏一、証人伊藤達雄、検証)
一 本件地域の地理
本件地域を含む名古屋市及び東海市は愛知県の西部(尾張地区)に位置する。名古屋市は愛知県の県庁所在地である。
本件地域は濃尾平野の南部に属し、北東方向には東三河丘陵、西方向には伊勢平野を経て鈴鹿、養老山地、北西方向には伊吹山系、南方向には伊勢湾が存在する。
二 本件地域における本件各工場及び本件各道路の位置関係
被告会社らの本件各工場及び被告国の本件各道路はいずれも本件地域内に位置している。本件各工場は南北約一五km、東西約一〇kmにわたる地域内に点在し、その業種は電力、ガス、普通鋼、特殊鋼、化学及び住宅用建材等にわたる。
三 本件地域の工業の沿革
1 戦前
本件地域を含む名古屋市周辺地域は江戸時代からの要衝であり、名古屋城を中心とする城下町として発展していたが、明治維新以降の近代化の中で紡績業、窯業等を中心として工業化が進み、日清、日露戦争後には繊維工業が大きく発展し、第一次世界大戦後には航空機をはじめとする各種の軍需工業が盛んになるなど、東京、大阪に次ぐ工業都市となった。また、愛知、三重、岐阜の三県を含めたいわゆる中京工業地帯としても、京浜、阪神に次ぐ我が国四大工業地帯の一つとして発展した。
本件地域においては、明治後期から沿岸部の埋立てが始められ、昭和一七年までに名古屋港周辺部を中心に一二号地までが造成された。
2 戦後
第二次世界大戦末期の空襲により、名古屋市周辺地域は、軍需工業を中心に壊滅的被害を受けたが、朝鮮戦争を契機に繊維産業から復興し、昭和三〇年ころには戦前の工業出荷を上回る復興を遂げた。
昭和三〇年代以降、いわゆる日本の高度成長期に差しかかる中で、名古屋市周辺地域でも軽工業だけでなく、重工業の発展が図られ、中部経済団体連合会(以下「中経連」という。)等による製鉄所の誘致が行われ、富士製鐵株式会社(以下「富士製鐵」という。)と愛知県等の地元自治体、地元財界の共同出資により東海製鐵株式会社(以下「東海製鐵」という。)が設立され、名古屋港の埋立地南二区(昭和五〇年しゅん工)に建設された。
埋立てについては、後記の名古屋港管理組合により昭和三〇年七月「名古屋港港湾計画」(昭和三〇-四〇年)が策定され、「第一区から第四区(南一区から南四区)に至る総面積八二五万m2の工業用地を埋め立てる。」との基本計画が樹立された。そして、埋立地は、南一区(昭和四四年しゅん工)、西二区(昭和四八年しゅん工)、南三区(昭和四八年しゅん工)、西四区(昭和五〇年しゅん工)、南四区(昭和五二年しゅん工)、西三区(昭和五五年しゅん工)の順に順次しゅん工した(乙F三一)。
南区域には東海製鐵に引き続き相次いで他の重化学工業の会社も進出し、臨海部に一大工業地域が形成された。西区域は中電西名古屋火力発電所が西四区に立地したほかは、木材の貯木場や流通機能基地として使用されることとなった。
四 本件地域の社会資本
1 名古屋港
(一) 名古屋港は、名古屋市、東海市、知多市、弥富町、飛鳥村の三市一町一村にまたがる広大な水面(約八四〇〇万m2)と陸地(約四〇〇〇万m2)を有し、商業港と工業港の機能を兼ね備えた総合港湾である。
(二) 名古屋港は、昭和二六年九月八日に愛知県と名古屋市を母体として設立された特別地方公共団体である名古屋港管理組合により管理運営されている。名古屋港管理組合は、港湾の管理運営と利用促進、港湾施設の計画、建設、改良、管理、港湾区域内の用地造成等を主な業務としている。
臨海部の埋立ては、戦前は愛知県が行っていたが、名古屋港管理組合の設立後は同組合が港湾整備の一環として行うこととなった。
(三) 名古屋港の港湾施設は、商港機能と工業港機能があり、工業港機能を南部臨海用地と西部臨海用地が果たしている。南部臨海用地には、鉄鋼、電力、石油精製、造船の重工業に加え、食品関係の企業が立地し、西部臨海用地には、木材企業団地を中心に、電力、小型造船団地などが立地している。
(四) 名古屋港内において、被告中電、被告新日鐵、被告愛知製鋼は専用岸壁を建設し、被告中電、被告新日鐵、被告東レ、被告大同特殊鋼、被告東邦瓦斯、被告東亞合成、被告ニチハは専用桟橋を保有している。名古屋港内における民間岸壁(四八五三m)に占める被告会社ら専用岸壁(二一七一m)の比率は四四・七%である(乙F一九)。
2 工業用水
(一) 愛知用水
愛知用水公団は、昭和三〇年から昭和三六年にかけ、岐阜、愛知両県にまたがる三八市町村(当時)の地域を対象とし、木曽川の水を活用し、灌漑、農地開発を行うとともに水道、工業用水も供給することを目的として、愛知用水を建設した。灌漑事業では農地三万〇七〇〇ヘクタール(内、農地開発一六〇〇ヘクタール)、都市用水事業では上水道用水として六市一五町、計画給水人口一一二八万人を対象に最大一〇〇七m3/秒、工業用水として名古屋南部臨海工業地域に〇・六九三m3/秒を供給すること、発電事業では年間発生電力量一億三六〇〇万kWが計画された。
愛知用水を利用している被告会社らは、被告愛知製鋼、被告新日鐵、被告東亞合成、被告三井化学、被告東レ、被告中電、被告大同特殊鋼及び被告東邦瓦斯の八社であり、被告東邦瓦斯を除く各社については昭和三六年一二月から、被告東邦瓦斯については昭和四二年一一月からそれぞれ給水が開始された。
(二) 庄内用水
庄内用水は、名古屋市水道局が管理している。庄内用水の供給を受けている企業は被告東レ、被告中部鋼鈑、被告東邦瓦斯、被告ニチハの四社である(ただし、被告ニチハは昭和六一年度までは供給を受けていなかった(甲D九三)。)。
3 鉄道
名古屋港南部地域の鉄道輸送を目的として、国鉄、名古屋港管理組合のほか、被告会社らの一部も含む地元関連会社の出資により、名古屋臨海鉄道株式会社が設立され鉄道が建設された。そして少なくとも被告会社らのうち被告愛知製鋼、被告新日鐵、被告東亞合成、被告東レ、被告大同特殊鋼は右鉄道を利用した。
第三主要大気汚染物質
一 硫黄酸化物(甲C一、丙A一、乙B一二六)
1 硫黄酸化物(SOx)は、硫黄と酸素の化合物であり、二酸化硫黄(亜硫酸ガス、SO2)と三酸化硫黄(硫酸ガス又は無水硫酸、SO3)とがあるが、その中心は二酸化硫黄である。
硫黄酸化物は、自然環境において火山ガスや温泉、硫黄を含む有機化合物の分解ガスなどに含まれているが、人為的には、石炭、石油、鉄鉱石などの燃料、原材料中の硫黄分が燃焼により酸化されることにより発生する。そのため、硫黄分を含む石炭及び石油系燃料を大量に使用する火力発電所や重工業の工場が硫黄酸化物の主たる発生源である。
2 二酸化硫黄は無色の気体であるが、刺激性の不快臭を持ち、気道に進入すると、まず気道上皮にある受容体を刺激し、主に迷走神経を介して平滑筋の収縮を起こす。
二酸化硫黄は生理学的液体に可溶性が高いため、通常刺激症状を生じさせるのは上部気道である。しかし、二酸化硫黄が深部気道に侵入し得るような粒径の小さい粒子に付着、吸着した場合や、二酸化硫黄の濃度が高い場合には、下部気道にまで到達し刺激症状を生じさせることがあり、人体への影響が強まると考えられている。また、二酸化硫黄は気道表面から容易に吸収され循環器系に入るので、その一部は血液から肺胞領域に脱離する可能性がある。
二 窒素酸化物(甲C一、甲F四八、乙C七七、丙A一、五)
1 窒素酸化物(NOx)は、窒素と酸素の化合物であり、一酸化二窒素(亜酸化窒素、N2O)、一酸化窒素(NO)、三酸化二窒素(N2O3)、二酸化窒素(NO2)、四酸化二窒素(N2O4)、五酸化二窒素(N2O5)等各種のものがあるが、大気環境中に通常存在するのは一酸化窒素及び二酸化窒素である。
窒素酸化物は古くから呼吸器刺激ガスとして知られ、高濃度の職業暴露によってもたらされる二酸化窒素中毒は職業病として知られていた。
窒素酸化物は、生物界において自然発生するほか、人間の生産活動に伴って人為的にも生成される。工場等の固定発生源、自動車等の移動発生源だけでなく、一般家庭内の厨房施設や暖房器具あるいは喫煙等からも相当量発生する。これを生成過程別に分類すると次のとおりになる。
(一) 自然発生
土壌中のバクテリアがアンモニアを酸化することにより亜硝酸が生じ、その分解によって一酸化窒素及び二酸化窒素が発生する。これらの自然発生による窒素酸化物の発生量は、全地球的に見れば人為発生による窒素酸化物の一五倍に達するといわれている。
(二) 硝酸、硝酸塩、ニトロ化合物の分解による生成
硝酸等の分解によって濃厚な一酸化窒素、二酸化窒素が発生する。これは主に硝酸を使用する金属処理工場や、硝酸、火薬、硝酸系農薬等の化学薬品の製造施設から発生する。
(三) 燃料中の窒素酸化物による生成
石油中に含まれる窒素酸化物が燃焼により酸化されて一酸化窒素が発生し、それが更に酸化されて二酸化窒素になる。
(四) 空気の高温加熱による生成
空気中で燃焼、加熱や放電現象が起きることにより、空気中の窒素と酸素が結合して一酸化窒素が発生し、それが更に酸化されて二酸化窒素になる。加熱温度が高ければ高いほど二酸化窒素の発生量は多くなる。
右生成過程のうち、(四)の空気の高温加熱による二酸化窒素の発生量は、二酸化窒素が燃焼現象や高温加熱があるところではどこにでも発生するという特徴を持つことから圧倒的に多く(この点、燃料、原材料中の硫黄分による生成にとどまる二酸化硫黄と異なる。)、工場等の固定発生源、自動車等の移動発生源からの排出だけでなく、個々人の家庭にある厨房器具、暖房器具及び喫煙による排出も無視できない。
2 一酸化窒素は無色の気体であって水とは反応しない。環境大気中に排出された一酸化窒素は、大気中の酸素と反応して比較的短時間で二酸化窒素となる。一酸化窒素は血液中のヘモグロビンに対する親和性が強いとされているが、その人体への影響に対する知見は十分ではない。
二酸化窒素は赤褐色の気体である。二酸化窒素は、生理学的液体に溶解性が低いため、深部気道に侵入し、細気管支や肺胞領域にまで到達して影響を与える。
3 一般環境中では、通常、窒素酸化物の過半は二酸化窒素として存在し、このためNO2/NO比は〇・五ないし〇・七程度であまり大きくばらつかない。しかし、道路沿道では大部分が一酸化窒素であって、NO2/NO比は〇・二ないし〇・三程度である。したがって、沿道におけるNO2濃度が一般環境の二倍程度であっても、沿道のNO濃度は数倍から一〇倍程度にもなる。
4 一般に、発生源から大気中に放出される窒素酸化物のかなりの部分は一酸化窒素であり、残りが二酸化窒素である。これらの物質は反応性に富み比較的短時間のうちに化学的に反応して、その濃度比が初期の状態から変化する。この変化は普通、二酸化窒素が増加する方向に進む(乙C七七-一六八頁)。
三 浮遊粒子状物質(SPM)(甲C一、九五、一一三、一一四、乙A四九、丙A一)
1 浮遊粒子状物質とは、大気中に浮遊する粒子状の物質(浮遊粉じん、エアロゾルなど)のうち、その粒径が一〇μm(〇・〇一mm)以下のものをいうとされている(環境基準)。
浮遊粒子状物質は、海塩粒子や土砂の巻き上げ等自然現象によって発生するほか、石炭、石油系燃料、廃棄物の燃焼過程及び生産過程や、堆積物、コンベア、ふるい等から発生する。また、硫黄酸化物、窒素酸化物等のガス状物質から大気中で粒子状物質に変化する二次生成粒子もある。
このうち、工場からのばいじん(石炭の燃焼に伴って発生する「すす」、燃えがら及び粉じん)は古くから大気汚染の原因とされてきた。
浮遊粒子状物質の人体に与える影響は、粒子の物理的化学的性状に依存しているが、硫黄酸化物、窒素酸化物などのガス状物質と基本的に類似し、粒子が気道に沈着し気道を刺激することによる症状、クリアランス機構の障害などが関与して起こると考えられる感染抵抗性の減弱、形態学的変化として現われる。浮遊粒子状物質は微小なため大気中に長時間滞留し、肺や気管などに沈着して高濃度で呼吸器に悪影響を及ぼす。
2 大気中の粒子状物質のうち、比重一の球形粒子の場合、粒径が一〇μm以上のものは速やかに、一〇μm以下一μm以上のものは空気の動きとは異なる動きをする程度で沈降するが、一μm以下のものは沈降速度が非常に小さく、空気の動きに従って移動すると考えられている。
そして、大気中の粒子状物質のうち粒径が一〇μm以上の大きな粒子は鼻腔及び咽喉頭でほとんど捕捉される。これに対し粒径が一〇μm以下では、一〇μmから五μmまでのものは九〇%が気道及び肺胞に沈着する。五μm以下の粒子については〇・五μmまでは沈着率は次第に減少し、〇・五μmで二五ないし三〇%の沈着率を示す。これより小さい粒子については沈着率は再び増加する。
また肺胞沈着率は二ないし四μmの間の粒子が最も大で、〇・四μmの粒子が最低となるが、〇・四μm以下の粒子の沈着率は再び増加すると考えられている。
これらのことから、大気中の粒径が一〇μm以下の粒子状物質を特に浮遊粒子状物質といい、格別な検討が加えられている。
3 自動車排出ガスとしての浮遊粒子状物質
(一) 黒煙
燃料の不完全燃焼によって発生する炭素を主体とする煤(すす)であり、粒径一μmないし三〇μm程度の粒子である。ガソリン車からは燃料一トン当たり二kgが、ディーゼル車からはその数十倍が排出される。昭和四〇年代後半から、増加したディーゼル車が排出する黒煙が洗濯物を汚したり、視界を悪くするなど、生活環境を悪化させると指摘された。
(二) ディーゼル排気微粒子(DEP)
ディーゼル車から排出される粒子状物質(ディーゼル排気微粒子・DEP)は、電子顕微鏡での観察によると、ほぼ〇・〇一ないし〇・〇八μm程度の範囲の平均粒径〇・〇二から〇・〇四μmの球形粒子から成っており、それらが鎖状等の凝集体となり、平均〇・五μm程度の粒子として挙動する。
ディーゼル排気微粒子は、多環芳香族炭化水素化合物やニトロ化合物といった可溶性有機物、不溶解固形粒子などを含む。
4 浮遊粒子状物質の粒径分布
浮遊粒子状物質の人体に対する影響を考える場合、その粒径分布が重要である。粒径分布は、ほとんどの都市において図表1のとおり約二μmを境に一μm以下(主に〇・五μm~〇・八μm)及び四μm~五μmにピークを持つ二山分布を示す。
そして、約二μm未満の粒子を微小粒子、二μm以上の粒子を粗大粒子として両者の質量濃度の大小関係についてみると、春には粗大粒子が多く、秋には微小粒子が多いという傾向がみられる。
第四環境基準(甲B七九、甲C一九七ないし一九九、乙A一五、二六ないし四一、四四ないし五二、六〇、六一、丙A五、七ないし一〇、一二、一四、一五、一七、丙C三一)
一 環境基準の意義
環境基準とは、公基法九条、環境基本法一六条に基づき、大気の汚染に係る環境上の条件について、「人の健康を保護し、生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準」として政府が定めた基準である。公基法の制定に当たり、厚生省が昭和四一年一一月二二日に提出した試案要綱においては、「維持されるべき環境上の条件に関する基準」とされていたが、これを受けて昭和四二年二月に発表された公害対策推進連絡会議試案要綱においては、「維持されることが望ましい環境上の条件に関する基準」と改められた。
二 各大気汚染物質の環境基準
1 二酸化硫黄
(一) 旧基準(昭和四四年二月一二日閣議決定)
(1) ア 年間を通じて、一時間値が〇・二ppm以下である時間数が、総時間数に対し、九九%以上維持されること
イ 年間を通じて、一時間値の一日平均値が〇・〇五ppm以下である日数が、総日数に対し、七〇%以上維持されること
ウ 年間を通じて、一時間値が〇・一ppm以下である時間数が、総時間数に対し、八八%以上維持されること
(2) 年間を通じて、一時間値の年平均値が〇・〇五ppmを超えないこと
(3) いずれの地点においても、年間を通じて、大防法に定める緊急時の措置を必要とする程度の汚染日数が、総日数に対し、その三%を超えず、かつ、連続して三日以上続かないこと
(二) 現行基準(昭和四八年五月一六日環境庁告示第三五号)
一時間値の一日平均値が〇・〇四ppm以下であり、かつ、一時間値が〇・一ppm以下であること
2 二酸化窒素
(一) 旧基準(昭和四八年五月八日環境庁告示第二五号)
一時間値の一日平均値が〇・〇二ppmであること
(二) 現行基準(昭和五三年七月一一日環境庁告示第三八号)
一時間値の一日平均値が〇・〇四ppmから〇・〇六ppmまでのゾーン内又はそれ以下であること
3 浮遊粒子状物質
(一) 一時間値の一日平均値が大気一m3につき、〇・一〇mg以下であること
(二) 一時間値が大気一m3につき、〇・二〇mg以下であること
なお、浮遊粒子状物質についての環境基準の数値は当初(昭和四七年一月一一日環境庁告示第一号)の数値から改定されていない。
三 環境基準の制定経緯
1 硫黄酸化物の旧基準の設定
(一) 我が国初の環境基準である硫黄酸化物に係る旧環境基準は、厚生省生活環境審議会公害部会環境基準専門委員会の昭和四三年一月の報告及び厚生省生活環境審議会昭和四三年七月一五日付答申を基礎として設定された。
(二) 右委員会は、右報告の中で亜硫酸ガスに関する人の健康を保持するための閾濃度を一日平均値〇・〇五ppm、一時間値〇・一ppmとした。
この数値は、疫学的立場から、<1>病人の症状の悪化が疫学的に証明されないこと、<2>死亡率の増加が証明されないこと、<3>閉塞性呼吸器疾患の有症率の増加が証明されないこと、<4>年少者の呼吸機能の好ましからざる反応ないし障害が疫学的に証明されないこと等の条件を考慮して定められた。なお、次に示すような当時知り得た亜硫酸ガスの影響、特に亜硫酸ガス濃度指数の人体に与える影響についての資料に基づいて求められた。
(1) 大阪市における調査結果によると、亜硫酸ガス濃度の一日平均値が〇・一ppm以上の場合に死亡者数の増大を来す傾向があり、一日平均又は一月平均値〇・〇八ppm以上の場合に感受性の強い学童の肺機能が低下し、三日平均値〇・〇五ppm以上の場合に死亡者数が増大する傾向が認められた。
(2) 時間により濃度変化の大きい四日市市においては、気道炎症の有病率は、一時間値の日最高値の年間平均値が〇・一ppm、又は年間を通じ一日平均値の一〇%が〇・〇七ppmを超えた場合に平常値の二倍以上に増加し、学童の気道性疾患による欠席率は前一週間平均値が〇・〇九ppmを超えたとき平常時の三倍となる。
(3) 我が国において行われたBMRC方式に基づく面接方法による慢性気管支炎症状の疫学的調査結果によると、一日平均値の年間平均値が約〇・〇五ppmを超える地区では慢性気管支炎の有症率は約五%であり、汚染のまだ生じていない地区の慢性気管支炎の有症率と比較すると約二倍に達している。
2 硫黄酸化物の現行環境基準の設定
(一) 硫黄酸化物に係る現行環境基準は、中公審大気部会いおう酸化物に係る環境基準専門委員会の昭和四八年三月の報告及び中公審昭和四八年四月二六日付答申を基礎として設定された。
(二) 右委員会は、地域環境大気中の二酸化硫黄について、人の健康を保護する上で維持されるべき濃度条件を、二四時間平均の一時間値につき〇・〇四ppm、一時間値につき〇・一ppmと提案した。
これは、旧環境基準の設定の際の、前記の疫学的立場からの四条件、大阪市、四日市市及びBMRC方式による調査結果のほか、次のとおりの調査結果(北九州地区における学童の喘息様症状の訴え率、大阪市における死亡率、兵庫県赤穂市及び大阪府における単純性慢性気管支炎有症率、全国六か所におけるばい煙等影響調査、四日市市における閉塞性呼吸器疾患の患者発生数等の調査結果)に注目して提案されたものであった。
(1) 北九州地区における調査によると、二酸化鉛法による昭和三五~昭和四二年にわたる平均値で一・〇四mgSO3の地区においては、〇・五三mgSO3の地区に比べ、学童の喘息様症状の訴え率が二倍に認められた。二酸化鉛法による測定値から溶液導電率法による測定値への対応をみることは一般的には困難であるが、一応我が国における各地の測定値の平均的対応からみると、これらの地区における二酸化硫黄濃度は、それぞれ〇・〇三三~〇・〇三六ppm及び〇・〇一七~〇・〇一九ppmに相当するとされた。
(2) 二酸化硫黄汚染が急激に悪化した場合の過剰死亡についての大阪市における調査によると、二酸化硫黄濃度六日間平均値が〇・一二ppmの高濃度汚染がみられたときに、特に循環器系疾患を有する者の死亡率が増大した。
(3) 兵庫県赤穂市及び大阪府におけるBMRC方式による調査では、四〇歳以上の成人につき、咳と痰が三か月以上毎日出る単純性慢性気管支炎症状有症率は、二酸化鉛法で年平均値一・〇mgSO3以下の地区では約三%であるが、それ以上の値を示す地区では二酸化鉛法による測定値と有症率との間には正の関連性がみられた。なお、二酸化鉛法一・〇mgSO3は、溶液導電率法で〇・〇三二~〇・〇三五ppmに相当する。
(4) 全国六か所におけるばい煙等影響調査では、三〇歳以上の家庭婦人についてのものであるが、右(3) と同じ症状の有症率三%は、二酸化鉛法による値が五か月平均で約〇・七mgSO3であり、この値は溶液導電率法で〇・〇二二~〇・〇二五ppmに相当する。
(5) 四日市市における閉塞性呼吸器疾患の新規患者の発生数(三年移動平均値)とその年の二酸化硫黄濃度の年平均値とは、おおむね〇・〇四ppmを超えたところでは濃度と発生患者数に正の関連性があり、かつ、一時間平均値〇・一ppmを超えた回数が年間おおむね一〇%以上測定されたところで、新規患者数は一時間平均値〇・一ppmを超えた回数と正の関連性が認められた。
(三) 中公審は、右委員会の報告を受け、昭和四八年四月二六日付中公審答申「いおう酸化物に係る環境基準の改定について」をまとめた。その内容は、旧環境基準は昭和四八年度中に我が国の全地域で達成、維持される見込みであるものの、旧環境基準に適合している地域でも大気汚染の影響が認められたこと、旧環境基準は人の健康を保護するためには不十分であるとの指摘があること、硫黄酸化物の影響は浮遊粒子状物質又は窒素酸化物と共存することにより強められることを前提として、硫黄酸化物に関するより厳しい環境基準の設定を提案するとともに、発生源に対する新たな規制の方式として一定の地域における硫黄酸化物の排出総量を規制する総量規制の導入が検討されるべきであると提案するものであった。
なお、地域大気汚染の長期的な評価を行う場合には、原則として当該期間に係る測定値のうち高い方から二%の範囲内にあるもの(一日平均値が〇・〇四ppmを超える日が二日以上連続した場合におけるこれらの一日平均値を除く。)を除外して評価を行うものとされた。
3 浮遊粒子状物質の環境基準の設定
(一) 浮遊粒子状物質に係る環境基準は、厚生省生活環境審議会公害部会浮遊ふんじん環境基準専門委員会の昭和四五年一二月二五日付報告及びこれを受けた中公審の昭和四六年一二月二二日答申に基づいて、昭和四七年一月一一日に設定された。
(二) 右報告に当たって、特に注目すべきものとされた知見は次のとおりである。
(1) 浮遊粒子状物質の濃度が六〇〇(一二〇〇ないし三〇〇)μg/m3となると視程は二km以下となり、地域住民の中に不快、不健康感を訴える者が増加する。また、交通事故発生の増加に留意しなければならないとされている。一五〇(三〇〇ないし七五)μg/m3となると視程は八km以下となり、有視界飛行は困難となるとされている。
(2) 年平均値(二四時間値)一〇〇μg/m3の地区での非特異的非伝染性呼吸器症状(例えば慢性気管支炎症状)の有症率がそれ以下の地区に比べ増加がみられる。
(3) 年平均値(二四時間値)一〇〇μg/m3の地区に居住する学童の気道抵抗の増加がみられる。
(4) 二四時間平均値一五〇μg/m3、一時間平均値三〇〇μg/m3の状態が出現すると病弱者、老人の死亡数が増加する。
(5) 米国における研究によると年平均値八〇μg/m3から一〇〇μg/m3に増加すると全死亡率の上昇がみられた。
(6) 英国における研究によると年平均値一四〇μg/m3から六〇μg/m3に改善されたとき地域の痰の排出量の著明な減少がみられた。
(三) 中公審の右答申は、浮遊粒子状物質が、我が国における大気汚染の原因として硫黄酸化物と並んで最も代表的な汚染物質であると位置付けた上、浮遊粒子状物質による大気汚染が依然として高い水準にあること、浮遊粒子状物質はそれ自体有害であるばかりでなく、硫黄酸化物その他の有害なガスと共存することによってその影響を強めるものであることを挙げ、浮遊粒子状物質の環境基準の維持、達成には最大限の努力が払われるべきであるとし、その達成のために移動発生源対策等の実施が必要であることも指摘した。
4 窒素酸化物の旧環境基準の設定
(一) 窒素酸化物に係る旧環境基準は、中公審大気部会窒素酸化物等に係る環境基準専門委員会の昭和四七年六月二〇日付報告及びこれを受けた中公審の昭和四八年四月二六日付答申に基づいて、昭和四八年五月八日に設定された。
(二) 窒素酸化物の環境基準の検討は、従前の大気保全行政が努力を集中してきた二酸化硫黄及び浮遊粒子状物質に加えて、昭和四〇年代半ばから光化学スモッグや窒素酸化物による大気汚染が問題となったことから、始められたものである。
(三) 右委員会の報告に当たっては、二酸化窒素の人の健康に対する影響に関する知見として次の知見が重視された。
(1) 二酸化窒素の人及び動物についての実験結果
ア 二酸化窒素は、浮遊粒子状物質の存在と関係なく呼吸器深部に容易に到達する性質を有し、浮遊粒子状物質と共存するとき、気道の気流抵抗の増加という生体反応でみると、二酸化窒素と浮遊粒子状物質とは相加作用をもつことが確かめられている。
イ 二酸化窒素は、気道の気流抵抗の増加という反応でみた場合、二酸化硫黄とも、相加的作用が認められる。
ウ 動物実験では、〇・五ppm四時間暴露で肺細胞への影響がみられ、〇・五ppm数か月間暴露で細気管支炎、肺気腫の発症が認められる。また、〇・五ppm一二か月暴露で、肺炎桿菌に感染させると致死率増大、生菌排除能減弱が認められ、〇・五ppm六か月間暴露では末梢気管支の上皮細胞の反応性増殖及び軽度の肺気腫を認める。これにインフルエンザウイルスを感染させると、肺炎像は高度となり、かつ、末梢気管支上皮細胞の腺腫様増殖がみられる(発ガン性が懸念される)ようになる。
(2) 疫学的調査結果
ア 米国で、二酸化硫黄汚染がほとんどなく、二酸化窒素及び硝酸塩汚染のある地区の学童のインフルエンザ感染率及び欠席率の上昇が報告されている。この場合の二酸化窒素濃度は〇・〇六二ないし〇・一〇九ppm、浮遊硝酸塩は三・八μg/m3又はそれ以上であった。
イ 我が国で行われた疫学調査の成績では、四〇歳以上の成人の慢性気管支炎(持続性咳、痰)有症率は、非大気汚染地区で約三%であった。
ウ 東京都の男子の自治体職員の持続性咳、痰有症率(昭和四三年ないし昭和四六年)は、二酸化硫黄の二四時間平均濃度の年間平均値が〇・〇五ppm以下の地区において五%以上を示しており、この場合二酸化窒素の二四時間平均濃度の年間平均値は〇・〇四二ppm以上であった。
エ 昭和四五年から昭和四六年の各季に行われた全国六か所の三〇歳以上の家庭の主婦の持続性咳、痰の有症率調査(ばい煙等影響調査)によると、有症率と二酸化窒素濃度とは高い水準の関連性を示した。この時の二酸化窒素濃度は、調査月を挾む三か月にわたり各月八時間ないし七二時間の測定が行われ、有症率四%を超えた地域の二酸化窒素濃度は、一時間値について、前述の測定期間中の平均が〇・〇四二ppmであった。
オ 成人女子の有症率は、成人男子に比べて低いことが広く認められている。
(四) 右報告に当たっては、人体実験や疫学調査を実施することの難点を前提とした上、動物実験を主体として判定条件を検討し、特に腺腫様増殖を重要な知見として評価し、当時低濃度長期間暴露の動物実験成績から人体に対する影響を判断する場合の安全率は確かめられていないことから、疫学調査の成績を併せて、総合的な判断の下に、十分な安全を見込んで提案を行った。
(五) 右報告を受けた中公審は、右報告の濃度条件と同一の環境基準を答申した。右答申は、窒素酸化物による大気汚染の防止対策を推進することは、国民の健康を保護し、生活環境を保全する上で緊急の課題であるとしたが、二酸化窒素の旧環境基準の性格について、二酸化窒素による大気汚染の人の健康への影響を防止する上で、十分に安全を見込んだ極めて厳しい濃度条件に設定されるため、本環境基準を若干超える測定値が得られた場合においても、直ちにそれが人の健康被害をもたらすものではないことに留意すべきであるとした。そして、地域大気汚染の長期的な評価を行う場合には、原則として当該期間に係る測定値のうち高い方から二%の範囲内にあるもの(一日平均値が〇・〇二ppmを超える日が二日以上連続した場合におけるこれらの一日平均値を除く。)を除外して評価を行うものとされた。
5 窒素酸化物の環境基準の改定
(一) 二酸化窒素の旧環境基準は、五三年専門委報告(中公審大気部会二酸化窒素に係る判定条件等専門委員会の昭和五三年三月二〇日付報告)及び中公審の昭和五三年三月二二日付答申に基づき、昭和五三年七月一一日、改定された。
なお、五三年専門委報告は、その当時我が国で使用されていたザルツマン法による自動測定器による実際の測定状態や実験結果を詳細に検討した上、ザルツマン係数が〇・七二よりも二割程度高いとの結論に達した。そこで、右答申においては、より正確な二酸化窒素の測定を行うため、ザルツマン係数を従前の〇・七二から変更することが提案された。そして、右環境基準改定の際の通達(昭和五三年七月一七日環大企第二六二号環境庁大気保全局長通知)により、ザルツマン係数は従前の〇・七二から〇・八四とするものとされた。
(二) 五三年専門委報告は、地域の人口集団の健康を適切に保護することを考慮し、環境大気中の二酸化窒素濃度の指針として、次の値を参考とし得るとした。すなわち、<1>二酸化窒素の短期暴露(一時間暴露)については〇・一ppmないし〇・二ppm、<2>長期暴露については年平均値で〇・〇二ppmないし〇・〇三ppmというものである。なお、長期暴露の年平均値は、種々の汚染物質を含む大気汚染の条件下において二酸化窒素を大気汚染の指標として着目した場合の数値である。
(三) 五三年専門委報告は、WHO専門委報告が従前提案した短期暴露の指標も前提とした。ところでWHO専門委報告は、昭和五一年当時までに得られた多くの動物及び人の志願者に関する研究において、九四〇μg/m3(〇・五ppm)の濃度で二酸化窒素への暴露による影響が認められたとし、短期暴露の暴露限界を検討する上でも長期暴露の暴露限界を検討する上でも、右の濃度が起点となると判断した。
(四) WHO専門委報告は、その上で安全係数について検討し、「どのような安全係数も恣意的なものであるにちがいないが」としながらも、二酸化窒素の短期暴露の場合の安全係数は三~五であると提案することを決定し、一月に一度を超えない短期暴露(一時間暴露)の場合の二酸化窒素の暴露限界は、〇・一〇ppm(安全係数を五とした場合)~〇・一七ppm(安全係数を三とした場合)の濃度と規定されるべきであるとした。
もっとも、WHO専門委報告は、長期暴露の場合の二酸化窒素の暴露限界を考えるについては、二酸化窒素と共存する他の大気汚染物質との相互作用を考慮する必要があること、高い感受性を有する人々の健康を保護する必要があることから、三ないし五よりも大きな安全係数を見込む必要があるとしながらも、決定的な疫学的データがない状態では、長期暴露の暴露限界に関する指標を提案することができないとした。
(五) 五三年専門委報告の提案する一時間値の最小値(〇・一ppm)はWHO専門委報告が提案した短期暴露限界の最小値(〇・一〇ppm)と同じであるが、一時間値の最大値(〇・二ppm)は、WHO専門委報告が提案した短期暴露限界の最大値(〇・一七ppm)よりも高い。
(六) 五三年専門委報告が参考とした主な動物実験の結果
(1) 種々の動物を用いた長期暴露の実験によると、〇・三~〇・五ppm以上の二酸化窒素を長期間吸入させると、肺の形態学的変化(気管支細胞などの変化)、生理学的変化(肺機能などの変化)、生化学的変化(コレステロールなどの量の変化)が観察される。
(2) 〇・一二ppmの二酸化窒素をラットに三五日間吸入させて、肺胞壁の厚さを電子顕微鏡で測ったところ、一部のラットに微小な変化がみられた。
(3) 〇・五ppmの二酸化窒素をラットに四時間吸入させたところ、肺の細胞の一部に形態学的変化がみられた。この変化は暴露中止後二四~二七時間後には観察されなかった。
(4) なお、旧環境基準設定時に二酸化窒素の発ガン性が懸念される実験結果があり重要な知見として注目されたが、その後の研究では腫瘍やガンの発生は認められなかった。
(七) 五三年専門委報告が参考とした主な人の志願者への実験の結果
(1) 二酸化窒素の臭いの閾値(敏感な人が二酸化窒素の臭いがわかる最低濃度)は〇・一二ppmであった。
(2) 慢性気管支炎患者の気道抵抗の増加が一・六~二・〇ppmの二酸化窒素の三〇回吸入(呼吸)で観察された。
(3) 健康人では、二・五ppmの二酸化窒素の二時間吸入で、気道抵抗が増加した。それ以下の濃度では影響がみられていない。
(4) 気管支喘息患者の気管支収縮剤に対する反応の増強が、〇・一~〇・二ppmの二酸化窒素の一時間吸入でみられた。
(八) 五三年専門委報告が参考とした主な疫学的知見
(1) 米国のTNT製造工場が存在する地域において行われた疫学的研究によると、環境大気中の二酸化窒素濃度の年平均値が〇・〇六~〇・〇八ppm以上の地域(この場合、二酸化硫黄濃度の年平均値は〇・〇一ppm以下、浮遊粉じん濃度の年平均値は六三~九六μg/m3であった。)においては、年平均値〇・〇三ppmの地域と比較して学童の急性呼吸器疾患の罹患率が高いことが観察された(もっとも、二酸化窒素濃度一時間値の年間九〇%値である〇・一五ppm以上のピーク濃度の二、三時間の繰り返し暴露による可能性もあるとの指摘もあった。)。
(2) 我が国の汚染レベルの異なる六都市の三〇歳以上の女子、千葉県下一三地区の四〇~五九歳の男女、岡山県下一二地区及び大阪府、兵庫県下七地区の四〇歳以上の男女を対象とした疫学調査の結果から、二酸化窒素濃度年平均値〇・〇二~〇・〇三ppm以上の地域(各地域の二酸化硫黄濃度の年平均値は〇・〇〇九~〇・〇四二ppm、浮遊粒子状物質の年平均値は四〇~四一五μg/m3程度)において二酸化窒素濃度と持続性咳、痰有症率との関係が見いだされた。
(3) 我が国の小学生を対象とし、末梢気道の肺機能の変化に着目した疫学的研究によると、二酸化窒素の年平均値〇・〇四ppm程度の都市において、各調査日の特定の時間帯の二酸化窒素濃度(〇・〇二~〇・二九ppm)と一部の感受性が高いと思われる者の肺機能との間に個人正常調節機能範囲で相関が見いだされた。
この場合のオキシダント濃度の年平均値は〇・〇一七ppmであった。
(九) 五三年専門委報告は、疫学的研究の結果を考察するに際し、二酸化窒素による持続性咳、痰症状の発生を直接的に説明し得る動物を用いた長期暴露実験の知見は少ないとした。しかし、多くの動物実験で証明された二酸化窒素の呼吸器に対する作用から判断して、大気中の二酸化窒素が、他の汚染物質と共に、人口集団のうちに見いだされる持続性咳、痰の発生に一定の役割を果たしている可能性を否定することはできないとした。そして、前記のとおり、長期的暴露の指針として年平均値〇・〇二~〇・〇三ppmを提案した。
(一〇) 中公審は、五三年専門委報告を了承し、これと同旨の答申を行った。
そして右答申に基づき、環境基準の改定がされた。その際、右答申で長期暴露の指針とされた年平均値〇・〇二~〇・〇三ppmは、これと一日平均値〇・〇四ppmないし〇・〇六ppmがおおむね対応すると考えられ、右をもって二酸化窒素の環境上の基準と定められた。なお、五三年専門委報告が提案した、前記の二酸化窒素の短期(一時間)暴露の濃度指針(〇・一ppmないし〇・二ppm)は、一日平均値〇・〇四ppmないし〇・〇六ppmを維持した場合には高い確率で確保できるものとして、環境上の基準とは定められなかった(昭和五三年七月一七日環大企第二六二号環境庁大気保全局長通知)。そのため、二酸化硫黄や浮遊粒子状物質の場合とは異なり、二酸化窒素については一時間値としての環境基準は定められなかった。
また、環境庁は、環境基準を改定するに当たり、中公審の答申で示された指針は十分安全性が考慮されていること、旧環境基準の設定(昭和四七年)当時懸念された二酸化窒素の発ガン性等のおそれが認められないこと、疫学的調査の健康影響指標に用いた持続性咳、痰の有症率は医学的判断に基づく呼吸器系疾患の患者に係わる有病率とは異なるほか、大気中の二酸化窒素のみの特異的影響ではないことから、答申以上に安全率を見込む必要はないと判断し、環境基準の改定によって国民の健康保護に問題は生じないとした(前記通知)。
(二) 二酸化窒素の環境基準の改定に当たり、環境基準の達成期間等についても規定された。その内容は、一日平均値が〇・〇六ppmを超える地域にあっては、原則として七年以内(昭和六〇年まで)に一日平均値〇・〇六ppmを達成するよう努めること、一日平均値が〇・〇四ppmから〇・〇六ppmのゾーン内にある地域にあっては、原則としてこのゾーン内において現状程度の水準を維持し、又はこれを大きく上回ることとならないよう努めることというものであった。そしてこれを受けて、環境庁は、一日平均値が〇・〇六ppmを超える地域にあっては、前記期間内に当該地域のすべての測定局において〇・〇六ppmを達成するよう、一日平均値が〇・〇四ppmから〇・〇六ppmのゾーン内にある地域にあっては、都市化、工業化にあまり変化がみられない場合は現状程度の水準を維持し、都市化、工業化が進む場合はこれを大きく上回ることとならないよう、一日平均値が〇・〇四ppm以下の地域にあっては、原則として〇・〇四ppmを大きく上回らないよう努めるとの通達をした(前記通知)。
なお本件地域は、一日平均値が〇・〇六ppmを超える地域として判定された(昭和五四年八月七日環大企第三一〇号)。
(一二) 昭和四八年度から昭和五〇年度までの三か年における全国の一般局延べ一一一四局について、一日平均値の九八%値を横軸に、当該測定局の当該年度の一時間値の月間次高値の年間最高値(Submax)の年間最高値を縦軸にして、両者の間の対応関係(分布状況)をみると図表2のとおりとなる。これによると、一日平均値の九八%値が同一の測定局であっても、一時間値としては非常に高い値が記録された局もあればそうでない局も存在し、一日平均値の九八%値に対して出現するSubmaxは極めて大きな変動を示している。しかし、平均的にみると、WHO専門委報告が提案したガイドラインの一時間値〇・一〇ppmないし〇・一七ppmに対応する一日平均値の九八%値は、〇・〇三七ppmないし〇・〇六七ppmとなる。
第五全国的に見た大気汚染の推移(乙A四二の1、2、丙A一、丙C二八ないし三〇、五四ないし五六)
一 大気汚染状況の監視測定体制
大防法二〇条、二二条、二四条、三一条は、都道府県知事及び大防法施行令一三条で定める市の長に対し、一般環境大気及び自動車排出ガス濃度の監視、測定とその公表を義務付けており、これに基づき、地方公共団体は各測定局において監視、測定を行っている(平成九年度末現在、一般局一七二四局、自排局四一一局)。
一般局は、大防法二二条に基づき地域全体の大気汚染濃度の把握を目的とするものであるため、道路や工場等の特定の排出源の影響を受けにくい場所に設置されるのが通常であり、硫黄酸化物、二酸化窒素、浮遊粒子状物質及びオキシダント等の濃度の常時測定を行っている。他方、自排局は、大防法二〇条に基づき沿道の大気汚染濃度を把握することを目的とするものであるため、歩道を含む車道に面して設置されるのが通常であって、大防法施行令四条に規定する自動車排出ガスのうち、一酸化炭素、浮遊粒子状物質及び二酸化窒素等の濃度の常時測定を行っている。
また、被告国も、地方公共団体が設置する大気環境常時監視測定局の基準局等としての役割を果たす国設大気環境測定所を全国一〇か所に、沿道において汚染状況を把握するための国設自動車交通環境測定所を東京都内三か所を含む五か所に設置している。
二 大気汚染物質濃度の推移
1 我が国の二酸化硫黄のバックグラウンド濃度は〇・〇〇五ppm前後、二酸化窒素のバックグラウンド濃度は〇・〇〇七ppm前後、浮遊粒子状物質又は浮遊粉じんのバックグラウンド濃度は〇・〇二ないし〇・〇三mg/m3程度である(六一年専門委報告)。
2 全国の一般局及び自排局のうち、昭和四〇年代以降、二酸化窒素、二酸化硫黄、浮遊粒子状物質の各濃度を継続して測定している測定局(全国継続測定局)における各物質ごとの年平均値の平均の推移は、図表3のとおりである。
全国における右各物質の年平均値の推移をみると、二酸化硫黄の一般局及び自排局における濃度は、昭和四〇年代以降著しい減少傾向にある。浮遊粒子状物質の一般局の濃度は、昭和四〇年代以降減少傾向にあるが、近年は横ばいで推移している。浮遊粒子状物質の自排局の濃度並びに二酸化窒素の一般局及び自排局の濃度は、おおむね横ばいの状態である。
第六環境行政(甲B一四、甲D四八、一一五、一一六の1ないし13、乙A二六ないし二八、六三ないし七三、七六、乙C一〇八、丙A二一ないし四一、四四、丙C五七ないし五九、丙D八〇、丙F二)
一 ばい煙規制法
1 戦後の産業の重工業化、大規模化の進行に伴い、ばいじんによる大気汚染が社会問題化し、また、硫黄酸化物による大気汚染も看過し得ない状況になった。そこで、昭和三六年から昭和三七年にかけて、厚生省及び通商産業省を中心として、これらを規制するための法案が検討され、昭和三七年五月、大気汚染防止に係る最初の法律であるばい煙規制法が制定(同年六月二日公布、同年一二月一日施行)された。そしてこれにより、工場及び事業場からのばい煙(規制対象物質は、当時の代表的な汚染物質であるすすその他の粉じん、亜硫酸ガス及び無水硫酸とされた。)の排出規制を軸として全国規模の大気汚染防止対策が講ぜられることとなった。
2 ばい煙規制法は、著しい大気汚染が発生している地域を規制の必要な地域として指定し、指定地域内において所定のばい煙発生施設を設置する場合には事前の届出を必要とし(同法八条)、ばい煙発生施設から発生するばい煙の濃度が一定の基準を超える場合には、同施設の構造改善等の措置を採るべきことを事業者に命ずることにより(同法一六条)、ばい煙の排出規制の実現を図るものであった。
同法に基づく地域指定は、当初東京都など五地区について行われ(昭和三八年七月)、昭和四一年までに五次にわたり拡大され、我が国の主要工業都市をほぼ網羅することとなった。名古屋市、知多郡上野町、横須賀町及び知多町は昭和三九年七月に第三次として指定され、同年九月一日からばい煙規制法の一部の規定が適用され、昭和四一年九月一日からは全面的に適用されることになった。
同法の施行により、工場、事業場に集じん機が設置されるなど、除じん対策が強化され、すすその他の粉じん量は減少していった。
3 名古屋市内のばい煙発生施設の数は、昭和四〇年末の時点において市長届出分が二八二施設、知事届出分が五六〇施設であり、昭和四五年末の時点においてそれぞれ六四五施設、八〇一施設であった。
二 公基法及び大防法の制定
1 公基法
ばい煙規制法は、一定規模以上のばい煙発生施設に対し、個別にばい煙の排出濃度の基準を設定することによって、大気環境を公衆衛生上の要請に見合う程度にすることを企図していたが、こうした個別的規制では同法制定後の経済発展や急激な都市化に十分に対応することが困難となっていた。また、大気汚染以外の水質汚濁、悪臭、騒音、振動等の公害も社会的に問題となってきていた。そのため、各種公害対策に有機的関連を保たせつつ、これを総合的、計画的に推進することによってその根本的な解決を図るべきであるとの要請が強まり、昭和四二年八月三日に公基法(昭和四二年法律第一三二号)が制定された。
同法は、国民の健康で文化的な生活を確保する上で、公害の防止が極めて重要であることにかんがみ、公害防止に関する事業者、国、地方公共団体及び住民の責務の明確化等公害対策における共通の原則を明らかにするとともに、公害防止のための基本的な施策を定め、総合的な公害対策の理念を明らかにした。
同法の制定により、公害防止に関する基本的な施策が法律上明確にされたため、各種の具体的、総合的施策が展開できるようになったが、そのうちの重要なものの一つが環境基準の設定(九条)である(なお、環境基準が公害対策において個別的な規制力を持つ直截的な基準となるものではなく、行政施策を実施するに当たっての到達目標であることを明らかにする趣旨から、前記のとおり、厚生省試案の「維持されるべき環境上の条件に関する基準」が「維持されることが望ましい環境上の条件に関する基準」と改められた。)。
また、同法二七条により、総理府に、内閣総理大臣の諮問に応じ、公害対策に関する基本的事項を調査審議する等の事務をつかさどり、内閣総理大臣に意見を述べることができる中公審が設置された。中公審の委員は、公害の防止に関する学識経験者のうちから、内閣総理大臣が任命するとされており(同法二八条二項)、専門的、中立的立場から、様々な答申を出して、被告国の環境対策上の指針を示した(昭和四六年法律第八八号により、設置場所を総理府から環境庁とすること、つかさどる事務に、環境庁長官又は関係大臣の諮問に応じ、公害対策に関する重要事項を調査審議することが付加されることなどの改正が行われた。)。
公基法の制定を踏まえて、公害関係法令の整備が一挙に進められ、昭和四三年以降、大防法をはじめ、騒音規制法(昭和四三年法律第九八号)、特別措置法(昭和四四年法律第九〇号)、公害紛争処理法(昭和四五年法律第一〇八号)、水質汚濁防止法(昭和四五年法律第一三八号)等の法律が次々と制定された。
さらに、地方公共団体においても、地域の特性に応じた公害防止条例の整備が図られるとともに、公害防止協定の締結等各種の施策が一段と充実強化されることとなった。
2 大防法の制定
(一) 公基法の制定を受け、規制措置の整備強化が緊急課題となった。昭和四三年六月には、ばい煙規制法が発展的に廃止され、これに代わるべきものとして、大防法が制定、公布された。
(二) 大防法においては、大気汚染防止のための総合的な規制を可能とするため、工場、事業場からのばい煙のみならず、自動車排出ガスをも規制対象とした(昭和四五年改正前の法二条六項及び一九条)。同法の制定により、運輸大臣が、自動車排出ガスの許容限度を定め、かつ、道路運送車両法四〇条、四一条に基づく道路運送車両の保安基準(昭和二六年運輸省令第六七号)において右許容限度が確保されるように考慮すべきこととなった。また、運輸大臣は、許容限度の設定、変更に際しては、厚生大臣の意見を聴かなければならないこととされた。同年に、自動車排出ガスとして一酸化炭素が政令で指定され、許容限度が設定された。
(三) K値規制方式の導入
大防法は、硫黄酸化物の排出基準として、着地濃度に着目し、排出量を規制するいわゆるK値規制方式を導入した(同法施行規則三条)。
K値規制方式は、特定気象条件で地上に与える影響が同じになるように有効煙突高さに応じて許容排出量を定め、指定地域ごとにその着地濃度を一定値以下に保とうとするものである。
大防法施行時のK値(第一次規制。昭和四三年一二月)は、二〇・四、二六・三、二九・二の三ランクであり、名古屋区域(名古屋市、東海市、知多市。なお三次規制からは飛島村、弥富町の一部が対象として追加された。)のK値は二六・三であった。その後、K値は逐次改定強化され、昭和五〇年四月以降の名古屋区域のK値は三・〇となっている。
3 公基法及び大防法制定に伴う愛知県、名古屋市等の対応
(一) 愛知県は、昭和三六年五月企画課に調整係(公害担当)を設置して公害対策を開始していたが、昭和三八年一二月、愛知県公害対策調査会を設置して公害防止条例制定についての検討を始め、昭和三九年四月、愛知県公害防止条例(旧条例)を制定、公布し、同年九月から施行した。
愛知県公害防止条例においては、事業者に対するばい煙発生施設等対象施設の届出義務、公害防止のための勧告、改善命令等の設置、立入検査等が規定された。
(二) 名古屋市は、昭和三九年四月衛生局に公害対策課を発足させ、公害苦情の処理を一元化し、同年六月公害パトロールカーの活動を開始し、昭和四〇年六月には大気汚染(硫黄酸化物)の常時監視装置を始動した。
三 大防法の昭和四五年改正以後の状況
1 大防法に基づく規制地域の拡大等
(一) 大防法の施行後、硫黄酸化物の高濃度地域において諸対策の効果が現れ始めたものの、昭和四五年七月の東京都杉並区の立正高校における光化学スモッグ事件の発生等にみられるように、大気汚染は広域化、多様化の傾向を示した。そのため、昭和四五年一二月の第六四回国会(いわゆる「公害国会」)において、公基法の改正をはじめ、公害関係法令の制定、改正がされた。
大防法についても、同国会において改正され(昭和四五年法律第一三四号)、大気汚染の広域化に対処し大気汚染を未然に防止する見地から、指定地域制が廃止され全国に規制を及ぼすこととされたほか、昭和四六年六月の大防法施行令の改正により、規制対象物質に窒素酸化物が「ばい煙」の一種である有害物質として初めて指定された(同法施行令一条、四条)。そして、昭和四八年八月の大防法施行規則の改正により、固定発生源に対する窒素酸化物の排出規制(濃度規制)が実施され、規制対象の種類の拡大及び小規模施設への規制の拡大が数次にわたる改正により図られ、現在に至っている。
(二) 大防法は昭和四五年改正により、特殊な気象条件等の影響で大気汚染が著しくなり、人の健康に被害を生ずるおそれがある緊急事態が発生した場合の措置の対象として、従来の工場、事業場からのばい煙のみならず自動車排出ガスを加え、そのような場合には、都道府県知事が都道府県公安委員会に対し道路交通法の規定による措置を採るべきことを要請するものとした(同法二三条四項(現在は二項))。
なお、昭和四六年七月、総理府の外局として環境庁が発足し、これに伴い、大防法の所管も環境庁に一元化することになり、それまで厚生大臣及び通商産業大臣の権限とされていたのを環境庁長官の権限に改めたほか、自動車排出ガスの量の許容限度の設定についても運輸大臣から環境庁長官の権限に改めるなどの改正が行われた。
また、ディーゼル黒煙が生活環境保全の観点から問題となってきたことから、昭和四七年には自動車排出ガスとして粒子状物質(ただし、大気中に排出される前のもの)が追加指定されるとともに、ディーゼル黒煙、窒素酸化物等について許容限度が設定され、ガソリン又はLPGを燃料とする自動車に対しては昭和四八年度から、ディーゼル車に対しては昭和四九年度から、それぞれ規制が開始された。
(三) K値規制は、都市部のように小規模煙源が密集している地域においては、各々の煙源の影響が重なりあうことから季節によっては有効に対処することが困難であった。そこで、改正大防法は、都市部において期間を定めて燃料中の硫黄含有率を規制した燃料使用基準に従って燃料を使用することを義務付けた(名古屋区域においては昭和四六年一一月から適用された。)。
(四) また、改正大防法は、都道府県が硫黄酸化物を除く対象物質についてその地方の実情に応じ、更に厳しい排出基準を定めたり(上乗せ条例)、地方公共団体が大防法の規制対象外施設及び物質についても規制すること(横出し条例)を可能としたほか、排出基準の違反に対する直罰規定も導入した。
そして、従来の「すすその他の粉じん」(物の燃焼又は熱源としての電気の使用に伴い発生するばいじん)を「ばいじん」として規制強化を行うとともに、新たに燃焼過程以外から発生する粉じんについても規制措置を行うこととした。
2 大防法改正に伴う愛知県、名古屋市等の対応
(一) 愛知県は、昭和四六年九月一四日に被告新日鐵名古屋製鐵所と公害防止協定を締結したのをはじめ、昭和四七年一一月一八日には被告中電(西名古屋火力発電所)と、昭和五〇年四月一八日には被告中電(知多火力発電所)及び同東邦瓦斯(知多工場)と公害防止協定を締結するなど、昭和五〇年までに七社八工場等との間に公害防止協定を締結した。
愛知県は、昭和四六年四月、従来の公害防止条例を廃止し、新たに公害防止条例を制定、公布したほか、昭和四八年六月、昭和四九年九月に同条例施行規則を改正し、建屋集じん規制等をするなど、規制の強化をした。
また、愛知県は、昭和四八年三月、大防法に基づき、ばいじんの上乗せ規制のための県条例を別途制定し、名古屋地域のボイラー、骨材乾燥炉などについて既設の施設に特別排出基準並みの基準を適用することとした。
(二) 名古屋市は、昭和四七年、名古屋等地域公害防止計画を策定したほか、昭和四六年三月から昭和四七年二月までの間、三次にわたり既設大規模工場五七社六八工場との間に公害防止協定を締結した。その内容は、<1>公害防止計画の策定、<2>被害発生時等の措置、<3>測定、記録、報告義務と立入検査、<4>施設の設置等の協議、その他の規定である。各社は、この協定に基づき、名古屋市と協議しつつ公害防止計画並びに測定及び記録に係る計画を策定し、公害防止計画については大気汚染物質について新設工場並みの厳しい基準が適用された。名古屋市との間で公害防止協定を締結した工場は図表4のとおりであり、本件各工場のうちでは、被告大同特殊鋼築地工場、被告中電新名古屋火力発電所、被告中電名港火力発電所、被告東亞合成名古屋工場、被告東邦瓦斯港明工場、同空見工場、被告東レ名古屋事業所、被告ニチハ名古屋工場、被告三井化学名古屋工業所が含まれていた。
また、名古屋市は、昭和四六年五月、名古屋市公害対策審議会に対し、昭和四五年のいわゆる公害国会後の法体系の下における市公害防止条例の考え方について諮問した。そして、昭和四七年八月二八日の同審議会の答申を受け、同年一二月名古屋市公害防止条例を可決し、昭和四八年一月に公布した。
四 総量規制制度の導入以後の状況
1 総量規制制度の導入
(一) 大防法に基づく工場、事業場からの硫黄酸化物に対する排出規制は逐次改正強化され、次第に効果を上げてきたが、工場が密集し、地域全体にわたって高い汚染状況を呈している地域においては、従来の排出口における濃度規制やK値規制では、地域全体としての排出量の抑制が不十分であった。そこで、昭和四九年六月に大防法の一部改正が公布され(同年一一月三〇日施行)、指定ばい煙(制定時は硫黄酸化物のみ)について、知事が定める一定規模以上の工場、事業場(特定工場等)に対し「総量規制制度」が導入された。
(二) 総量規制制度とは、現行の排出基準のみによっては環境基準の確保が困難と認められる地域において、環境濃度を環境基準のレベルに引き下げるため、気象、地形、発生源の状況等の地域の特性を考慮に入れつつ、一定の科学的手法を用いてその地域内の発生源から排出されることが許容される大気汚染物質の総量を算定し、その総量の範囲内に排出総量を抑えていくことをねらいとして、工場、事業場単位で排出規制を行うものである。
(三) 硫黄酸化物の総量規制については、昭和四九年一一月二七日(第一次指定)に名古屋、東海等地域を含む一一地域の指定がなされ、その後昭和五〇年一二月の第二次指定、昭和五一年九月の第三次指定による追加を経て、現在では合計二四区域が指定されている。
(四) また、大防法は、総量規制の適用を受けない小規模発生源についてもその影響が無視できないことから、燃料中の硫黄含有率を規制した地域の燃料使用基準に従って燃料を使用するよう義務づけ(同法一五条の二)、名古屋区域においては、昭和五三年四月から適用された。
(五) 窒素酸化物については、昭和五六年六月、工場、事業場に係る窒素酸化物についての総量規制制度が導入され、指定地域として三地域(東京都特別区等地域、横浜市等地域、大阪市等地域)が指定された。しかし、名古屋区域は、右三地域に比し現状濃度も低い水準にあり、さらに当時までに実施され、またその後予定される施策の効果も予想される等として、総量規制は導入されず、現在に至っている。
2 総量規制導入に伴う愛知県、名古屋市等の対応
(一) 愛知県は、国の硫黄酸化物に対する総量規制の導入に先駆けて昭和四八年に硫黄酸化物の総排出量規制のための実態調査を実施した。なお、右調査においては発生源、気象条件について詳細な調査をした上、拡散シミュレーションにより地域の許容排出総量を定めるという科学的な手法が採られた(第三編第五章参照)。そして、昭和四九年六月公害防止条例を改正して、同年九月三〇日から硫黄酸化物の総量規制を開始し(乙A七一)、昭和五一年三月には規制を受ける施設の追加、総排出量規制の基準の強化を行った。
更に、愛知県は、大防法において、総量規制の対象区域にあって総量規制の対象とならない工場、事業場について燃料の使用基準を定めることとされたことに基づき、昭和五三年、燃料中の硫黄含有率を定めた。
また、愛知県は、昭和五八年、愛知県公害対策審議会の答申を受けて、愛知県窒素酸化物総合対策推進要綱を策定し、自動車対策として、自動車排出ガス対策車への転換促進、公共輸送機関の整備、交通流・量対策、沿道対策等を定め、工場、事業場対策として、大防法等に基づく規制等の徹底、窒素酸化物低減技術の指導、良質燃料の使用等の対策を講ずることを定めた。
(二) 名古屋市は、名古屋市公害防止条例に基づき、国に先駆けて昭和四九年一一月から硫黄酸化物に係る総量規制を開始した。この総量規制は、二酸化硫黄に係る環境目標値を達成、維持するように、市内を三地域に区分し各地域から排出される硫黄酸化物の量を一定以下にし、市域で排出される二酸化硫黄の換算量を一万九八一九トン/年以下にしようとするものであった。
また、名古屋市は、昭和五四年二月、国の環境基準より厳しい二酸化窒素に係る環境目標値を設定するとともに窒素酸化物の総量規制を開始した。この総量規制は、二酸化窒素に係る環境目標値を達成、維持するように市域で排出される窒素酸化物を二酸化窒素に換算して最終的に一万〇九五八トン/年以下とするものであった。
3 自動車NOx法の制定
大防法に基づく工場、事業場からのばい煙の排出規制は、規制対象を追加しつつ、逐次改正強化された。その結果、二酸化硫黄については昭和五七年に全国の一般局(ただし、鹿児島県の測定局のように火山活動の影響を受ける測定局を除く。)で環境基準を達成した。
また、大防法に基づく自動車排出ガスの許容限度についても、後記のとおり、逐次改正強化された。その結果、一酸化炭素については昭和四九年に全国の一般局で環境基準を達成した。しかし、二酸化窒素等については、環境基準の達成状況ははかばかしくなかった。
そこで、大都市における自動車から排出される窒素酸化物の排出総量を抑制するため、平成四年、自動車NOx法が制定された。同法は、二酸化窒素に係る大気環境基準の確保が困難な地域について大気保全のための特別措置を講ずることを主な内容とし、二酸化窒素による大気の汚染に係る環境基準の確保を図り、もって国民の健康を保護するとともに生活環境を保全することを目的とし(同法一条)、<1>自動車から排出される窒素酸化物による大気の汚染の著しい特定の地域について、自動車から排出される窒素酸化物の総量の削減に関する基本方針及び計画を策定すること(同法六、七条)、<2>当該地域内に使用の本拠の位置を有する一定の自動車につき、窒素酸化物排出基準を定めること(同法一〇条)、<3>事業活動に係る自動車の使用に関する窒素酸化物の排出の抑制のための所要の措置を講ずること(同法一三条)を内容とするものである。
自動車NOx法の対象となる特定地域として首都圏、大阪、兵庫圏の区域が定められているが(同法施行令別表第一)、本件地域は右特定地域とされていない。
4 環境基本法の制定
高度経済成長に伴って生じたかつての激甚な公害については、公基法及び公害関係法令の整備により、効果的な対策がされ、相当の効果が上がった、しかし、大量生産、大量消費、大量廃棄型の社会経済活動が定着する中で、都市、生活型公害等の改善は依然として進まず、廃棄物の量の増大等による環境への負荷も高まり、さらに、地球規模で対応すべき地球環境問題も生じた、との認識の下に、環境保全の基本的理念と、これに基づく基本的施策の総合的な枠組みを示す必要性が高まったとして、平成五年一一月一九日、環境基本法(平成五年法律第九一号)が制定され、従前の公基法は発展的に廃止された。
環境基本法は、環境保全についての基本理念として、環境の恵沢の享受と承継等、環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会の構築、国際的協調による地球環境保全の積極的推進を掲げ、国、地方公共団体、事業者及び国民の環境保全に係る責務を明らかにし、環境保全に関する施策に関し、施策の策定及び実施に係る指針を明示するなどした。
五 大防法及び道路運送車両法に基づく自動車排出ガス単体規制の概要
1 昭和三〇年代の高度経済成長を背景に、我が国の自動車保有台数は急激に伸び、大気汚染問題が懸念されたことから、昭和四〇年代に入り、被告国による自動車排出ガスの低減対策が始まった。
2 その具体的な動きは、昭和四一年九月、運輸省が、ガソリンを燃料とする普通、小型自動車の一酸化炭素の排出基準を、四モードによる走行テストで三・〇%以下とする行政指導を開始したことに始まったが、昭和四三年に大防法が制定され、保安基準に合致しない車両の運転は禁止され、これに反して運転した者には刑罰が科せられることになった(道路運送車両法四〇条、四一条、道路交通法六二条、一一九条一項五号)。また、昭和四六年の環境庁設置に伴い、大防法一九条一項に基づく許容限度設定の権限は運輸大臣から環境庁長官に移管され、環境庁長官が許容限度を設定し、運輸大臣はいわゆる車検制度により許容限度を確保するという現在の排出ガス規制の枠組みが出来上がった。被告国による自動車排出ガス許容限度規制の経緯は図表5のとおりである(丙C五七、五八、五九)。
3 粒子状物質については、一定の運転条件で排気管から排出される排出物を排気煙採取装置を用いてろ紙に通し、ろ紙の汚染度を測定する黒煙規制が昭和四七年から実施され、平成五年以降は、黒煙規制に加えて、走行距離あるいはエンジンの仕事量当たりの粒子状物質の排出量を重量で規制する重量規制も実施された。
第七公害健康被害補償制度(甲B一四、五八、七五、九三ないし九七、一六三、一九七、一九八、三〇一ないし三一二、甲E一七、乙A一ないし一三、一四の1、2、一五ないし一七、一八の1ないし3、一九ないし二五、五七ないし五九、七四、七五、乙B一四四、丙A一、四五、丙B三七、証人橋本道夫)
一 特別措置法
1 昭和四二年に制定された公基法は、その二一条二項において公害に係る被害の救済制度の定立を求め、これに対応して中公審は昭和四三年一〇月一八日「公害に係る紛争の処理及び被害の救済についての意見」を政府に具申した。そして、これを受けて、昭和四四年一二月一五日、特別措置法(公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法)が制定、公布され、医療費等の支給に関する規定は昭和四五年二月から施行された。
2 特別措置法は、事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため、その影響による疾病の多発した場合において、当該疾病にかかった者に対し、医療費、医療手当及び介護手当の支給の措置を講ずることによりその者の健康被害の救済を図ることを目的とし(特別措置法一条)、その給付は医療費(同法四条)、医療手当(同法七条)、介護手当(同法九条)の三種類とされ、逸失利益に対する給付はなかった。
また、大気汚染がある指定地域の疾病として慢性気管支炎、気管支喘息、喘息性気管支炎及び肺気腫並びにこれらの続発症が定められた(同法施行令別表)。
3 特別措置法は当面の緊急措置として医療費を中心とする一定の給付をする社会保障的性格の強い行政上の救済制度であり、更にこれを発展して抜本的な公害被害救済制度を確立することが必要であった。そして、これを実現した公健法の施行により、特別措置法は廃止された。
二 名古屋市及び東海市の独自の救済条例
1 特別措置法が著しい大気汚染の影響による指定疾病が多発しているとして指定地域に定めたのは、当初三重県四日市市、神奈川県川崎市及び大阪市西淀川区の三地域に限定され、名古屋市及び東海市は指定地域とされなかった。そこで、名古屋市は地域指定をすることを被告国に働きかけるとともに、指定がされるまでの間独自の救済策の検討を行った。
2 名古屋市長は、名古屋市公害対策審議会に対して、昭和四六年三月、大気汚染の市民の健康に与える影響及びその救済についての基本的事項等の考え方について意見を求めた。これに対し、同審議会は同年九月、名古屋市における大気汚染の現況は名古屋港を中心に港区、南区などに大気汚染がかなり高濃度でみられ、大気汚染が一定の程度を超えている地域の大気汚染により発病又は悪化する特定呼吸器疾病患者については、医療費の助成を行うことにより早急に救済を図ることが適当である旨の答申を行った。
名古屋市は、昭和四七年一月、右答申に基づき、指定地域内に一定期間居住しているなどの要件を満たしている特定呼吸器疾病患者について、医療費の自己負担分を助成するとともに、指定地域外に居住している者で一定の要件を満たしている者に対しても同様の措置を講ずることを内容とする名古屋市救済条例(名古屋市特定呼吸器疾病患者医療救済条例)(乙A一四の1)を制定し、同年二月から施行した。
名古屋市救済条例に基づく認定の要件は特別措置法と同様とされ、指定地域において、一定期間の居住等の要件(暴露要件)を満たし、特定呼吸器疾病(指定疾病)に罹患していると認められるものを認定患者とすることとされた。
また、名古屋市救済条例の指定地域は、名古屋市港区、南区の大気汚染の著しい天白川以北、東海道新幹線以西、市道東海通以南、荒子川以東の二二・〇平方kmの地域とされた。
3 東海市も、昭和四六年六月、東海市医療費助成条例(東海市特定疾病患者の医療費助成に関する条例)(乙A一五)を制定、施行し、一定期間の居住の要件を満たし、指定疾病に罹患していると認められる者を認定患者とし、医療費の助成を行うこととした。東海市医療費助成条例の指定地域は、東海市内の加木屋町を除く東海市全域であった。
4 そして、名古屋市救済条例及び東海市医療費助成条例において指定された地域とほぼ同一の地域が、昭和四八年二月一日、特別措置法による指定地域の指定を受けた。
三 公健法の制定
1 特別措置法の施行後も、更なる公害対策を行い、特別措置法のように医療費等の給付だけでなく逸失利益に対する補償もすべきであるとの意見が出されるなど、公害被害の救済を求める社会的、政治的状況の高まりの中で、環境庁長官は新たな救済制度の制定を公約し、昭和四七年四月、中公審に対して「我が国における公害に関する費用負担は今後いかにあるべきか、また、環境汚染によって生ずる損害賠償費用はいかに負担すべきか」との諮問を行った。
これを受けて中公審は費用負担特別部会を設置し、その下に、損害賠償負担制度専門委員会及び費用負担専門委員会を設けて審議を重ね、昭和四八年四月五日、「公害に係る健康被害損害賠償保障制度について」を環境庁長官に答申した。
政府は右答申を受けて立法作業を進め、その答申に沿う救済措置を定めた公健法が昭和四八年九月に成立、同年一〇月五日に公布され、昭和四九年九月一日から全面的に施行された。
2 中公審答申「公害に係る健康被害損害賠償保障制度について」の内容
(一) 制度の性格
本制度の対象とする被害の発生が原因者の汚染原因物質の排出による環境汚染によるものであり、本来的にはその原因者と被害者との間の損害賠償として処理されるものにつき制度的解決を図ろうとするものである以上、本制度は基本的には民事責任をふまえた損害賠償保障制度として構成すべきである。
(二) 因果関係の問題
環境汚染とその健康被害としての疾病に係る因果関係の判断を行うに際しては、関与してくる要素が多種にわたるため、それらの要素にそれぞれ関与する医学及び関連学問分野により判断が一致しない場合もありうる。しかし、公害被害に係る法的因果関係については、このような諸科学分野のすべてにおいて因果関係が厳密に立証されなくとも、汚染のレベルと疾病の発現等との関係を疫学的手法を用いて確率論的に究明し、その因果関係について蓋然性があれば足りるという考え方が判例学説において定着しつつある。本制度の因果関係においてもこのような考え方を基礎とすべきである。
個々の患者の疾病と環境汚染の因果関係は、非特異的疾患といわれる大気汚染系疾病(閉塞性呼吸器疾患)にあっては、多くの場合個々に厳密な因果関係の証明を行うことはまず不可能である。したがって、このような特性を有する大気汚染系疾病を本制度の対象とするためには、疫学を基礎として人口集団につき因果関係ありと判断される大気汚染地域にある指定疾病患者は一定の暴露要件を満たしておれば因果関係ありとする、いわば、指定地域、暴露要件、指定疾病という三つの要件をもって個々の患者につき大気の汚染との間の因果関係ありとみなすという制度上の取決めをせざるを得ない。
このような制度上の割切りを前提とする以上、指定地域の指定は一定以上の有症率、受診率等を示している地域であること等客観的な基準に基づいて厳格に行われるべきである。また、暴露要件の設定についてもできるだけ厳格に行われるべきである。
大気汚染系疾病にあっては個々の原因者の汚染原因物質の排出原因行為と大気汚染又は疾病との因果関係を量的かつ正確に証明することは不可能に近いから、汚染原因物質の総排出量に対する個々の排出量又は汚染原因物質を含む原燃料の使用量の割合をもって大気汚染に対する寄与度とみなし、これをもって賠償を要する健康被害に対する寄与度とし、費用負担を求めるという制度的割切りが必要である。
(三) 給付に関する事項
給付の種類は、医療費、患者本人(義務教育終了前の児童を除く。)に対する補償費、指定疾病により死亡した患者の遺族に対する遺族補償費、指定疾病にかかっている義務教育終了前の児童に対する児童補償手当、介護を要する状態にある者への介護費、通院に要する交通費等相当分を中心とする療養手当、患者が指定疾病により死亡した場合の葬祭料とすべきである。
慰謝料は精神的損害に対して支給されるものであり、精神的損害の中には患者及び遺族の被った社会的犠牲等の要素が含まれているほか、損害を与えた者に対する制裁という意味の分も含まれており、これらをどのように評価するかについては基本的には民事訴訟に委ねることとするが、本制度にもある程度慰謝料の要素を織り込み制度全体の中でその要素をどのように生かすかという方向で給付の種類、水準の問題を検討した。
児童補償手当は指定疾病にかかった児童は成長が遅れる、学業が遅れる等の支障をきたすことがあること、児童が指定疾病にかかったことにより、扶養者は養育に手間がかかり、また働けなくなること、さらには慰謝料的な要素を考慮する必要があること等の事情に鑑み、児童の特性に着目して支給することが必要である。
非特異的疾患における補償費の給付水準は、本制度が公害による健康被害としての疾病を対象とする点において公害裁判と、制度化を行うという点において社会保険諸制度とほぼ同様の立場にあることから、公害裁判における判決にみられる水準(平均賃金の一〇〇%)と社会保険諸制度の水準(労働者災害補償保険制度は平均賃金の六〇%、自動車損害賠償保険制度は平均賃金の六〇ないし七〇%)の給付水準の中間に設定すべきである。
(四) 費用負担に関する事項
本制度の費用負担は、本制度が損害賠償の保障を行うことを基本的性格としていること及び公平の見地から、汚染原因者の寄与に応じて分担させることを基本とすべきである。
右汚染者負担の原則に背馳しない限りにおいて、国のほか地方公共団体も、住民福祉に対する第一義的責任及び公害による被害者の迅速な救済を図るべき行政責務に基づき、応分の負担をすべきである。
賦課方式について、固定発生源は本制度の損害賠償の保障という性格及び事業者の公害防止努力を評価し得るという点から、汚染負荷量に着目して賦課金を課す方式が適当である。また、移動発生源もその大気の汚染に対する寄与度の大きさは無視し得ないから合理的な費用分担をすべきであり、原燃料賦課方式又は自動車重量税引き当て方式のいずれかが適当である。
四 公健法の概要
1 認定要件
(一) 指定地域(同法二条、旧公健法施行令一条)
(1) 指定地域は、第一種地域(事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染が生じ、その影響による疾病(非特異的疾患)が多発している地域)(同法二条一項)と第二種地域(事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じ、その影響により、当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり、かつ、当該物質によらなければかかることがない疾病(特異的疾患)が多発している地域)(同法二条二項)とである。
大気の汚染による特異的疾患は現在に至るまで認められておらず、大気の汚染による指定地域は第一種地域に限られている(旧公健法施行令一条)。
(2) 第一種地域として地域指定をするに当たっては、「相当範囲にわたる著しい大気の汚染」(大気汚染の程度に関する要件)と「その影響による疾病が多発している地域」(健康被害の程度に関する要件)の二要件が必要となるが、この二要件については昭和四九年一一月二五日付中公審答申「公害健康被害補償法の実施に係る重要事項について」(乙A五)が次のように説明している。
(3) 大気汚染の程度に関する要件
大気汚染物質としては、硫黄酸化物、窒素酸化物、浮遊粒子状物質、オキシダント、一酸化炭素、炭化水素、降下ばいじん等があるが、当面は、硫黄酸化物、窒素酸化物、浮遊粒子状物質を指標として大気汚染の程度を判定せざるを得ない。
汚染の程度としては、第一度は汚染物質の濃度が環境基準を超えている程度を、第二度は有症率が環境基準を満たしている地域にみられる「自然有症率」に比べて明らかに高くなる(おおむね二倍)程度の汚染の程度を、第三度は旧環境基準を超し、有症率が自然有症率の二~三倍、ときにはそれ以上となる程度の汚染の程度を、第四度は極めて著しい汚染があり、有症率が自然有症率の四~五倍、ないしそれ以上に達する程度の汚染の程度をそれぞれ指す。
しかし、(右答申の時点においては、)窒素酸化物及び浮遊粒子状物質の測定が広く行われ始めてからの期間が短く、疫学的研究により窒素酸化物及び浮遊粒子状物質と健康被害との関係を量的に把握するための資料が乏しく、これらによって大気汚染の程度を示すことは困難であることから、導電率法による二酸化硫黄濃度(年平均値)で大気汚染の程度を代表することとする(なお、窒素酸化物及び浮遊粒子状物質についても十分考慮し、総合的に大気の汚染の程度を判定すべきであると言及している。また、答申の時点で大気汚染が軽微になっていても、過去の著しい大気汚染を受けた疾病が多発していることも考えられるので、大気汚染の程度は、現時点のみならず、おおむね一〇年程度を限度として過去にさかのぼって判定することが必要な場合もあり、さらに気象条件、発生源との距離、立地条件、局地汚染等も十分考慮すべきであるとしている。)。
二酸化硫黄の年平均値による大気の汚染の程度は次のとおりである。
一度
年平均値〇・〇二ppm以上〇・〇四ppm未満
二度
年平均値〇・〇四ppm以上〇・〇五ppm未満
三度
年平均値〇・〇五ppm以上〇・〇七ppm未満
四度
年平均値〇・〇七ppm以上
(4) 健康被害の程度に関する要件
大気汚染が極めて軽度(二酸化硫黄の現行環境基準を満たす程度)の地域における有症率を「自然有症率」とみなし、昭和四四年、四五年ころまでの疫学的調査報告に基づいて四〇歳~五〇歳代の「自然有症率」を標準として、大気汚染の影響による健康被害の発生程度を区分すると以下のとおりである(右自然有症率は右答申の当時二~三%程度とされていた。しかし、現在では争いがある。)。
一度
自然有症率のおおむね二倍
二度
自然有症率のおおむね二~三倍
三度
自然有症率のおおむね四~五倍以上
有症率の程度の一度、二度、三度は、おおむね大気汚染の汚染の程度の二度、三度、四度程度の地域においてみられる有症率に相当している。
地域指定の基礎調査としては、<1>BMRC質問票を用いた有症率調査、<2>肺機能検査、<3>国民健康保険加入者についての指定疾病にかかる受診率調査がある。
<1>から有症率を判断するに当たっては、大気の汚染に対する感度と特異性が高く、臨床的にも意義のある症状、例えば持続性の咳と痰を中心とし、慢性気管支炎症状、喘鳴、喘息発作その他の症状も参考にして総合的に有症率を評価することが望ましい。また、学童の気管支喘息有症率等も参考にすることが望ましい。
<2>は大気の汚染の影響による無症伏の肺機能異常等を知るのに有用であるが、現状では機器、手技の不統一等により地域間の成績を比較しがたいので、参考資料にとどめる方が良い。
<3>は医療機関の分布状況、社会経済的因子等によっても影響を受けるので慎重に評価する必要がある。
(二) 指定疾病(同法二条、旧公健法施行令一条、別表第一)
第一種地域の指定疾病は、慢性気管支炎、気管支喘息、喘息性気管支炎及び肺気腫並びにこれらの続発症である。
(三) 暴露要件(同法四条、旧公健法施行令二条)
(1) 指定地域での居住
認定申請時に第一種地域に居住しており、認定申請時まで引き続き第一種地域に居住している期間が、慢性気管支炎及びその続発症の場合二年(六歳未満の者にあっては一年)、気管支喘息及び喘息性気管支炎並びにそれらの続発症の場合一年(一歳未満の者にあっては六月)、肺気腫及びその続発症の場合三年以上あることが必要である(同法四条一項一号、旧公健法施行令二条一項)。
認定申請時までの第一種地域の居住が不連続である場合には、認定申請時に第一種地域に居住し、申請時までの第一種地域での居住期間が慢性気管支炎及びその続発症の場合申請時までの四年以内に三年(六歳未満の者にあっては二年六月以内に一年六月)、気管支喘息及び喘息性気管支炎並びにそれらの続発症の場合申請時までの二年六月以内に一年六月(一歳未満の者にあっては申請時までに九月)、肺気腫及びその続発症の場合申請時までの五年六月以内に四年六月以上あることが必要である(同法四条一項一号、旧公健法施行令二条一項)。
(2) 指定地域への通勤又は通学
認定申請時に通勤又は通学等で一日のうち八時間以上(旧公健法施行令二条二項)を第一種地域で過ごすことが常態であり、認定申請時まで右の常態であった期間が慢性気管支炎及びその続発症の場合三年(六歳未満の者にあっては一年六月)、気管支喘息及び喘息性気管支炎並びにそれらの続発症の場合一年六月(一歳未満の者にあっては九月)、肺気腫及びその続発症の場合四年六月以上あることが必要である(同法四条一項二号、旧公健法施行令二条三項)。
認定申請時までの通勤又は通学等が不連続である場合には、認定申請時に一日のうち八時間以上を第一種地域で過ごすことが常態であり、申請時まで右の常態であった期間が慢性気管支炎及びその続発症の場合申請時までの五年六月以内に四年六月(六歳未満の者にあっては三年三月以内に二年三月)、気管支喘息及び喘息性気管支炎並びにそれらの続発症の場合申請時までの三年三月以内に二年三月(一歳未満の者にあっては申請時までに一一月)、肺気腫及びその続発症の場合申請時までの七年九月以内に六年九月以上あることが必要である(同法四条一項二号、旧公健法施行令二条三項)。
2 認定手続
(一) 認定の仕組み
第一種地域を管轄する都道府県知事又は市長は、指定疾病にかかっていると認められる者からの申請に基づき、申請者が暴露要件を満たしていれば、当該疾病が当該第一種地域における大気の汚染の影響によるものであるとの認定を行う(同法四条)。
(二) 認定の申請
認定の申請をしようとする者は、その氏名、性別のほか、健康状態の概要、当該疾病について受けている療養の概要等、所要の事項を記載した申請書に、申請者の戸籍抄本や認定申請に係る疾病についての医師の診断書等を添えて認定権者である都道府県知事又は市長に提出しなければならない(同法施行規則一条)。
(三) 認定の審査
認定申請書を受理した都道府県知事又は市長は、主治医の診断書、申請書の当該疾病についての所要の医学的検査結果等に基づき審査を行い、認定要件を満たしていれば認定を行う。当該疾病にかかっていると認められるかどうかについては、公害健康被害認定審査会の意見をきいて行われる(同法四条)。
なお、公害健康被害認定審査会は、本制度における認定及び補償給付の支給等についての意見を述べる等の事項を行わせるために、第一種地域の全部又は一部をその区域に含む都道府県又は市に置かれ(同法四四条)、医学、法律学その他公害に係る健康被害の補償に関し学識経験を有する者のうちから、都道府県知事又は市長が任命する一五人以内の委員をもって組織される。
3 補償給付の種類及びその内容
(一) 療養の給付及び療養費(公健法一九条及び二四条)
被認定者の疾病の治療のための診察、薬剤又は治療材料の支給、医学的処置、手術及びその他の治療、病院又は診療所への入院、看護、移送に係るものである。
認定患者に対する医療は、公健法二〇条が定める公害医療機関(健康保険法、国民健康保険法及び生活保護法の指定医療機関)における現物支給が原則であるが、公害医療機関で医療措置を受けることが困難な事情があった場合には、療養の給付に代えて療養費が支給される。
(二) 障害補償費(公健法二五条)
一五歳以上の被認定者について、障害の程度に応じて毎月支給される。
給付額は労働者の性別、年齢階層別平均賃金の八〇%(乙A二五)を基準額とし、特級及び一級はその一〇〇%、二級はその五〇%、三級はその三〇%の割合で支給される(同法施行令一〇条)。特級の場合には、介護加算額を加算した額が支払われる(公健法二六条一項)。
(三) 遺族補償費(公健法二九条)
認定患者が指定疾病に起因して死亡した場合、公健法三〇条一項に定める遺族(死亡した認定患者によって生計を維持していた者であり、妻であれば無条件に受給権者となるが、妻以外の者にあっては六〇歳以上又は一八歳未満の近親者に限られる。)に対し、一〇年間を限度として定期的に支払われる(公健法二九条、公健法施行令一五条)。給付額は遺族補償標準給付基礎月額(労働者の性別、年齢階層別平均賃金の七〇%(乙A二五)を基準額とする。)に相当する額である(公健法三一条二項、公健法施行令一七条)。
(四) 遺族補償一時金(公健法三五条)
認定患者が指定疾病に起因して死亡したが、(三)の遺族補償費を受けることができる遺族がないときに、死亡した認定患者の遺族に対し、一括して支給される。
給付額は遺族補償標準給付基礎月額の三六月分に相当する額である(同法三六条、同法施行令一八条)。
(五) 児童補償手当(公健法三九条)
一五歳未満の認定患者について、障害の程度に応じて、その者を養育している者の請求によって支給される。
給付額は、日常生活の困難度を基準として定められている(公健法施行令二〇条)。特級の場合には介護加算額を加算した額が支給される(公健法三九条一項、二六条一項)。
(六) 療養手当(公健法四〇条)
認定患者が指定疾病について療養の給付を受けている場合に通院に要する交通費や入院に要する諸雑費等の費用として病状の程度に応じて毎月支給される。
給付額は、病状の程度(入通院の程度により四段階に区分)を基準として定められている(公健法施行令二三条)。
(七) 葬祭料(公健法四一条)
被認定者が指定疾病に起因して死亡した場合、通常葬祭に要する費用として、葬祭を行う者に支給される。
五 本件地域における補償制度の適用状況
1 特別措置法、公健法の適用
(一) 名古屋市内における公健法の指定地域の状況及び人口は図表6のとおりである。
(二) 前記の通り、名古屋市救済条例及び東海市医療費助成条例において指定された地域とほぼ同一の地域(名古屋市については二八・二八平方km)が、昭和四八年二月一日、特別措置法による指定地域の指定を受け、その後、そのまま公健法の指定地域として引き継がれた。
(三) 名古屋市は、昭和五〇年三月、地域指定基礎調査結果を国に報告するとともに指定地域拡大の要望をした。その結果、昭和五〇年一二月一九日、昭和、瑞穂、熱田、中川、港、南区の一部区域三七・一九平方kmが指定地域に加えられた(第一次拡大)。この拡大により、指定地域は東は市道名古屋環状線と名鉄名古屋本線、北は市道八熊通、西は庄内川に囲まれた地域(六五・四七平方km)となった。
(四) 更に、名古屋市は昭和五二年三月、再度行った地域指定基礎調査を国に報告して指定地域拡大を要望し、新たに東、中区をはじめ七区の一部区域二三・二八平方kmが指定地域に加えられた(第二次拡大)。この拡大により、指定地域は、東区は空港線の西かつ出来町線の南の区域、西区は国道二二号線の南かつ環状線の東の区域、中村区は環状線の東の区域、中区は空港線の西かつ出来町線、国道二二号線の南の区域、昭和区は環状線の西かつ八熊通の南の区域及び空港線の西の区域、瑞穂区は環状線の西の区域、熱田区は全域、中川区は庄内川の東かつ関西本線の南の区域、港区は庄内川の東の区域、南区は環状線又は名鉄名古屋本線の西の区域となり(総面積八八・七五平方km)、全市域の二七・五%を占めることとなった。
その後、埋立等により地域の一部に変更があり、昭和五五年一〇月一日当時の面積は八九・九六平方km、居住人口は六四万一七二二人となった(なお、昭和六〇年一〇月一日当時の居住人口は六二万七二三一人となった(図表6)。)。
2 認定患者の状況
(一) 名古屋市の公健法認定患者の状況は図表7、東海市の公健法認定患者の状況は図表8、名古屋市救済条例認定患者の状況は図表9のとおりである。
(二) 昭和四六年度の名古屋市救済条例による認定患者実数は六三六人であり、昭和四七年度には一五三一人となったが、昭和四八年二月の特別措置法による地域指定により法適用への移行が行われていった。
そして、昭和四九年九月の公健法の施行に伴い、特別措置法の認定患者実数一八六八人が公健法に引き継がれた。
名古屋市における公健法認定患者は指定地域の第一次拡大、第二次拡大もあって年々増加し、昭和五六年度末には認定数累計は六七三五人となった。このうち治癒、死亡等で二〇八九人が減少したため同月末の認定患者実数は四六四六人となった。
名古屋市における公健法の認定患者は、平成九年度末には認定数累計一万〇三二一人、現在認定者数三六二七人である。失効者の総数は六六九四人であるが、そのうち一九五一人が死亡によって失効した者である。右三六二七人の疾病別、障害の程度別、年齢階層別の人数構成をみると、慢性気管支炎の認定患者はおおむね五〇歳以上に、肺気腫の認定患者はおおむね六五歳以上に多いという特徴を有し、気管支喘息の認定患者は全年齢層に散らばってはいるものの、三級及び級外(比較的軽度)の気管支喘息の認定患者が一五歳未満及び一五歳以上でも二五歳未満の若年層に非常に多く、一級及び二級(重度)の気管支喘息の認定患者が五〇歳以上の高齢者に多いという特徴がある。
(三) 東海市における公健法認定患者は、特別措置法からの継続が七〇一人あり、昭和四九年度末には七四九人であり、昭和六二年度末には一〇六七名と最も多くなった。その後第一種地域の解除に伴い認定患者数は漸減し、平成四年度末には八五三人となった。
(四) 名古屋市救済条例による認定患者数は、昭和六〇年度末は一一人であった。しかし公健法の第一種地域解除後増加し、平成三年度末には二二三二人と最も多くなったが、その後次第に減少し、平成九年度末時点では一六〇一人となった。
(五) 平成一〇年三月末の時点における公健法又は名古屋市救済条例に基づく名古屋市内の居住区別認定者数は図表10のとおりである。
公健法認定患者をみると、南区が一〇二六人、港区が七九八人であり、両区の合計人数(一八二四人)は、名古屋市内の認定者数(三六二七人)の約五〇%を占める。
また、名古屋市救済条例認定患者をみると、南区が四九五人、港区が三九三人であり、両区の合計人数(八八八人)は、名古屋市内の認定者数(一六〇一人)の約五五%を占める。
なお、昭和六〇年三月末時点における公健法に基づく居住区別の認定者数をみると、南区が一四九八人、港区が一三二五人であり、名古屋市内の認定者数(五〇〇二人)に対し、南区は三〇%、港区は二六・五%を占めており、平成一〇年三月末における前記数値と比較してやや高率であった(甲E一七)。
(六) 平成九年三月末の時点における、旧指定地域別、年齢階級別被認定者構成割合(〇ないし一四歳、一五ないし五九歳、六〇歳以上)は、名古屋市がそれぞれ一三・七%、四七・三%、三九・〇%、東海市がそれぞれ一五・七%、五三・四%、三〇・九%であり、全国平均(九・二%、五三・六%、三七・二%)や川崎市、大阪市、尼崎市等に比べ〇ないし一四歳の被認定者の割合が高かった(甲B一九七)。
六 公健法の改正
1 公健法は発足後、公害健康被害者の救済に寄与し、他の諸施策とあいまって負荷対象汚染物質である硫黄酸化物の減少をもたらす等公害対策に貢献したが、その間硫黄酸化物による汚染は改善される一方、窒素酸化物及び浮遊粒子状物質の汚染はほぼ横ばいで推移するなど大気汚染の状況に変化がみられたとして、環境庁は昭和五八年一一月、各種の調査結果を取りまとめて中公審に報告するとともに、今後における公健法の第一種地域の在り方について諮問した。
2 中公審の昭和六一年一〇月三〇日付答申「公害健康被害補償法第一種地域のあり方等について」
(一) 中公審は、環境庁の諮問を受け、環境保健部会の下に「大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会」(六一年専門委)を設け、動物実験、人への実験的負荷研究、疫学的研究及び臨床医学的知見を総合的に検討し、集約して、大気汚染と健康被害との関係の評価を当時の科学的知見で可能な限り行い、その検討結果を、昭和六一年四月八日「大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会報告」(六一年専門委報告)(丙A一)としてまとめた。
中公審は六一年専門委報告を前提として、当時の大気汚染の状況下においては地域指定を継続し、又は新たに指定して、地域の患者集団の損害をすべて大気汚染と因果関係ありとみなし、大気汚染物質の排出原因者にそのてん補を求めることは、民事責任を踏まえた公健法制度の趣旨を逸脱することになること、よって、当時第一種地域として指定されていた四一の指定地域について、その指定をすべて解除し、今後、新規に患者の認定を行わないとすることを相当とするとの昭和六一年一〇月三〇日付「公害健康被害補償法第一種地域のあり方等について」(乙A二四)を答申した。
右答申の地域指定に関する部分の概要は次のとおりである。
(二) 六一年専門委報告では、現在の大気汚染が総体として慢性閉塞性肺疾患(気管支喘息を含む趣旨と解される。)の自然史に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できないとされているのであって、大気汚染の防止対策をはじめとする諸対策によって、健康への影響の発現を防止することは当然に要請される。しかし、単に「何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できない」とする程度では、民事責任を踏まえた制度として、大気汚染物質の排出原因者の負担において損害のてん補を行うことは妥当でない。
公健法制度において、一定の地域を指定地域として指定し、補償給付を行うことが合理的であるためには、<1>人口集団に対する大気汚染の影響を定量的に判断でき、<2>その上で、大気汚染の影響が個々の地域について地域の患者をすべて大気汚染によるものとみなすことに合理性があると考えられる程度にあることが必要である。中公審が別途の答申(乙A五)(以下「昭和四九年一一月答申」という。)をした昭和四九年当時においてはそのような状況を満たしていていたが、現在の大気汚染は、地域の有症率を決定する様々な要因の中で主たる原因をなすものとは考えられず、人口集団に対する大気汚染の影響の程度を定量的に判断することができない。
地域指定解除の要件も検討した昭和四九年一一月答申がされた当時は、各地域の汚染レベルが改善する過程において、大気汚染以外の因子が大きな影響を与えず、大気汚染の影響の程度が定量的に判断し得るような状況が維持されたままで、各地域における疾病の発生状況が改善されていくことが想定されていた。しかし、六一年専門委報告から判断すると、現状では大気汚染の影響の程度を定量的に判断することは困難であるから、昭和四九年一一月答申とは前提が異なり、したがって右答申における地域指定解除についての考え方は適切ではない。
現在毎年約九〇〇〇人の新規認定患者があることをもって、現在の大気汚染の状況下においても疾病が多発しているとする考え方もある。しかし、慢性閉塞性肺疾患(前同)は非特異的疾患であり、大気汚染と健康被害との関係についての検討においては大気汚染による患者の発生の過剰が認められた場合に意味を持つものである。気管支喘息の患者は全国的に過去一〇年間増加傾向にあり、その増加率は昭和五〇年代後半以降の公健法認定患者のうちの気管支喘息の患者の増加率とほぼ同水準となっていることを考慮すると、現状の大気汚染を原因として疾病が多発しているということはできない。
3 第一種地域の指定解除
(一) 中公審は、昭和六一年一〇月三〇日付の前記答申に引き続き、昭和六二年一〇月七日付答申においても、第一種地域の指定解除が適当であること、今後とも大気汚染防止対策及び総合的な環境保健に関する施策を実施する必要がある趣旨を答申した(同月一日付で第一種地域及び指定疾病の指定解除について環境庁長官から重ねて諮問がされたことからこれに対し答申をしたものである。)。
(二) これを受けて政府は、「公害健康被害補償法の一部を改正する法律」(昭和六二年法律第九七号)により公健法の一部改正を行うとともに、公健法施行令のー部改正(昭和六二年一一月四日政令三六八号)を行い、昭和六三年三月一日、本件地域を含む全国四一の地域における第一種地域の指定をすべて解除した。ただし、従前された公健法四条の認定はその後も効力を有するとされた。
(三) 名古屋市は、昭和六三年に名古屋市救済条例を改正し、平成三年三月末をもって右条例は失効したが、それまでの認定患者に対する医療費助成は継続した。
第二章原告らの主張
第一争点一 (到達の因果関係の有無)についての主張
一 大気中の汚染物質について、それが各排出源から、各原告の生活する場所までの到達する経路及びその量を定量的に明らかにすることは、いかに科学技術が発達したとしても不可能であるし、訴訟における証明という意味では、不必要でもある。被告らが排出する汚染物質が、原告ら居住地域に到達し、そこでの主要な汚染源となっている事実は、「通常人が疑いをさしはさまない程度に真実性の確信を持ちうる」までに立証されれば足る。
二 本件地域では、被告らの排出した汚染物質が原告居住地域に到達し、当該地域に、原告らの健康被害をもたらす高濃度汚染を生じさせてきた。
本件地域での大気汚染公害発生原因が、被告らの排出する大気汚染物質によることは、広く社会において当然のことと認識されている。また、被告ら自身、排出物質が到達している事実とそれが本件地域での高濃度汚染に高い寄与割合を占めている事実を認めたが故に、過去において大気汚染防止対策を実施してきた。本件地域の高濃度汚染に大きく寄与した事実がなければ、被告らが、排出量を削減するための対策を取る必要性も無かったのである。
三 本件地域における被告会社らの汚染物質排出量は圧倒的に大量であり、被告会社らの企業活動が低下するときには汚染濃度も低下し、地域的にも被告会社らの排出源に近い場所で高濃度汚染が発生し、被告会社らからの排出量が経年的に低下するとともに汚染濃度も低下しているのであって、被告会社らの排出した汚染物質が本件地域に到達しており、かつ、その汚染物質が本件地域に高濃度汚染をもたらす主要な原因となっている。
四 本件地域は高濃度汚染をもたらしやすい気象条件を備えており、高濃度汚染をもたらすメカニズムからして高濃度が生じるべき時間帯に実際に高濃度汚染が発生しており、しかも、特定の日の気象の変化と汚染濃度の変化が右メカニズムに照応しているのであって、被告会社らの排出する汚染物質が本件地域に高濃度汚染を生じさせる主要な原因物質である。
また、風向別汚染濃度の検討によれば、被告らが風上に存在するときに高濃度が発生している事実、すなわち、被告らの排出する汚染物質が風上から被告ら居住地域にもたらされていることが明らかである。
五 総量規制の際に名古屋市が実施した大気拡散解析によっても、被告らの排出する汚染物質が本件地域に到達し、しかもそれが主要部分を占めていることが見て取れる。昭和四八年愛知県シミュレーションには種々の欠陥があるほか、被告らの行った拡散シミュレーションによる寄与割合の立証は拡散シミュレーションの限界を超えているのであって、寄与割合による減額は認められない。
第二争点二(集団的因果関係の有無)についての主張
一 総諭
1 法律上の因果関係については、東大ルンバール事件についての最高裁判例(最判昭五〇・一〇・二四、民集二九巻九号一四一七頁)が、「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを要し、かつ、それで足りる」としている。
法律上の因果関係は結果に対する法的な責任を負う主体を確定するための概念であるから、その証明の対象は原因と結果の関係だけで十分であり、因果のメカニズムの解明までは要せず、またその証明の程度は、厳密に自然科学的な方法による証明がなされなくてはならないものではなく、裁判上の経験則をも総合して、法的な責任を追及する前提として必要な程度の因果の蓋然性を立証すれば足りる。
2 原告らの疾病と大気汚染との法的因果関係は、厳密な自然科学的証明を待つまでもなく、戦後の本件地域における激甚な大気汚染の推移、それに対応する立法的・行政的措置の歴史、各種被害調査の結果、認定患者数などの重要な間接事実をもってすれば、十分に認められる。
さらに、本件地域を含む我が国の大気汚染と本件疾病との関連については、豊富な疫学的知見が存在しており、これらによって両者の関連が普遍的に認められている一方、これを裏付ける人体負荷実験・動物実験も多数蓄積されてきており、これらによって、右両者の関連は、生物学的見地からも作用のメカニズムが十分に矛盾なく説明できるところまできている。このような実験的知見は、大気汚染と本件疾病に関連を認めることの生物学的妥当性を裏付けるにとどまらず、関連を直接的に証明するに至っている。従って、大気汚染と本件疾病の発症・増悪との間には、高度なレベルでの因果関係が認められる。
二 疫学による因果関係の検討
1 疫学は、人間の集団を観察の対象とし、疫学調査の結果得られたデータを統計的手法によって分析し、関連諸分野の知見を総合判断して、一見無秩序にみえる反応の中から、因果に関する一定の法則を発見することを追求する科学である。
2 病因を明らかにする方法としては、他に、臨床医学的に個々の患者を観察し帰納的に病因を推定する方法、動物実験、人体実験等もありうる。
しかし、臨床医学的方法では原因を明らかにすることができないことも多い。例えば、四肢末梢の感覚障害の病状を訴える患者を前にして、その原因がウイルス等の感染によるか、メチル水銀の摂取によるか、また他の金属化合物の暴露によるのかなどは必ずしも明確にはし得ない。また、動物実験については、メチル水銀を投与した実験動物に人間の患者と類似の症状が発生した場合、それは原因物質を推定させる重要な証拠になるが、動物実験の知見をそのまま人間にあてはめて確定的な結論を導くことはできない。更に、人体実験については、技術面、倫理面において制約がある。
これら臨床医学や実験的化学による病因解明の方法に比して、疫学は集団を観察の対象とすることから、個別的観察では把握し得ない原因と結果の関連を明らかにすることが可能であり、他の方法より優位性を有するといえる。例えば、集団を観察することにより初めて、水俣湾周辺地域の住民は他地域の住民と比較して四肢末梢の感覚障害の症状が多発している事実が明らかになり、その地域の多発を説明する要因として、水俣湾のメチル水銀汚染の事実が浮かび上がったのであるし、コレラやイタイイタイ病の原因が疫学により究明されたことも著名な代表例として挙げられる。
もっとも、疫学では研究の対象を実験科学のように管理し得ないことから因果の関係を発見し得ずに終わる場合も少なくないが、現在の科学的な学問研究に限界があるのと同様である。
そうすると、疫学的な証明がなされた場合、法的因果関係の証明としては十分であるということになる。因果のメカニズムが立証されることは法的因果関係の立証には不要であり、疫学により証明された内容以上のことは法律上の判断にも不要である。また、疫学的に立証されれば、それはまさに自然科学的な立証がなされたことを意味し、蓋然性以上の程度にまで立証されたものとみなし得る。
3 大気汚染疫学の方法論
(一) 汚染濃度の把握
大気汚染の疫学は、大気汚染と疾病との関連を明らかにしようとするものであるから、量-反応関係の検討において検討すべき「量」は大気の汚染濃度である。そして、その濃度は一般に大気汚染測定局の濃度が指標として用いられ、二酸化窒素・二酸化硫黄・浮遊粒子状物質などの汚染物質単体の濃度で示される。ところが、現実の大気汚染は硫黄酸化物・窒素酸化物・浮遊粒子伏物質・一酸化窒素・オキシダントなど種々の汚染物質による複合汚染である。
そうすると、例えば、二酸化硫黄の濃度は低くても他の大気汚染物質による大気汚染の影響で有症率が高い地域が存したようなとき、その地域については二酸化硫黄濃度が大気汚染の程度を示す指標として十分に機能しないことになる。
このような場合には、二酸化硫黄を指標として解析しても、有症率との間に有意な関連が得にくくなる。現実に昭和四〇年代後半から、二酸化硫黄の排出規制が進み、二酸化硫黄濃度が全国的に低下していったため、右のような事態が実際に見られるようになった。しかし、他方で二酸化窒素を指標として関連を見た場合、依然として明らかな関連が見られることが多い。このような場合に、二酸化硫黄と有症率の関連はなくなったと解釈するのではなく、大気汚染と有症率との関連は明らかであるが、二酸化硫黄が大気汚染の程度を示す指標としての意義が小さくなったと解釈すべきである。
(二) 疾病の把握
従来、大気汚染による疾病を把握するための健康影響指標として、有病率、罹患率、有症率等の指標が検討されてきた。
有病率は臨床的に特定の疾病と診断される者の比率である。しかし、これを大規模に調査することには大きな困難が伴う。また、国民健康保険の診療報酬請求書による受診件数を調査して有病率を把握する方法を採っても、医療機関の分布によって受診件数が左右されること、国民健康保険への請求に際しての病名の付け方が必ずしも統一されていないことなどの制約があり、十分に関連を検出し得るようなデータが得られないことが多い。罹患率は対照集団において、一定の期間内に、新たに疾病に罹患した者の比率であるが、追跡調査を実施することが困難であることからこれまであまり行われてこなかった(但し、環境庁大気保全局の追跡調査は、初めての本格的な追跡調査により、大気汚染と新規発症率の関連を明らかにしたものとして重要である。)。
有症率とは対象集団における、ある時点に存する有症者数の比率であり、有病率とは同じく有病者数の比率である。そして、通常、質問票を用いて、「持続性咳・痰」、「喘息様症状・現在」などという症状を有する者(有症者)を把握することにより臨床的に疾病(慢性閉塞性肺疾患)と診断される者の大部分を把握することができる。またこれにより疾病の流行現象、すなわち汚染地域と非汚染地域における疾病の頻度を相対的に比較することが可能であり、それによって大気汚染と疾病との因果関係を十分に評価・検討することができる。このような有症者を把握するための質問票としては、専らBMRC質問票とATS-DLD質問票が用いられている。
なお、疾病の把握のためには質問票だけでは不十分で、他覚的な検査(臨床診断)をする必要があるとの批判がされることがある。しかし、他覚的検査をすると、対象者の一人ひとりに対して相当程度の時間と費用などの負担を要することになり、必然的に対象者の数が限られてしまう。他覚的検査をすることと、対象者の数を増やすことは両立し難いのであって、情報量を増やすためにはむしろ他覚的検査を行わないことにより対象者の数を増やす方がよりよい研究調査に近付くと考えられる。
現在、慢性気管支炎の健康影響指標として「持続性咳・痰」が、気管支喘息の健康影響指標として「喘息様症伏・現在」がそれぞれ承認されているが、慢性気管支炎、気管支喘息及び肺気腫は、臨床的に中間的、合併的な病態を示すケースが少なくなく、今日でも慢性閉塞性肺疾患との病名を使用するのが妥当とされているから、これらの健康影響指標は、本件疾病(慢性気管支炎・気管支喘息・肺気腫)全体を代表するものと理解すべきである。
4 疫学的因果関係の検討
(一) 関連性が確かめられた場合、四日市判決の四条件(イ その因子は発病の一定期間前に作用するものであること、ロ その因子の作用する程度が著しいほど、その疾病の罹患率が高まること、ハ その因子の分布消長の立場から、記載疫学で観察された流行の特性が矛盾なく説明されること(その因子がとり去られた場合に当該疾病の罹患率が低下すること、その因子を持たない集団では当該疾病の罹患率が極めて低いことなど)、ニ その因子が原因として作用する機序(メ力ニズム)が生物学的に矛盾なく説明されること)や、コッホの三原則、アメリ力公衆衛生局長官諮問委員会の五つの判断基準、ヒルの九視点などにより、疫学的因果関係の検討を行うことになるが、これらの判断基準は、あくまで、因果関係を検討していくうえでの道筋(視点)を明らかにしているものであって、因果関係ありと判断するための必要条件ではない。
(二) 四日市判決の時代には、大気汚染と疾病との有意な関連を明らかにしたような疫学調査の知見はほとんど存しなかったが、今日では、千葉調査、大阪兵庫調査、岡山調査、六都市調査、環境庁a調査、環境庁b調査、環境庁継続調査、東京都調査など、精度の高い疫学調査が続々と実施され、統計的解析に耐えるデータも多数得られている。
そして、右の各疫学調査は<1>調査の時期・場所・対象者を異にしながらも(一致性)、<2>大気汚染と呼吸器疾患との関連(量-反応関係)を明確に示す疫学的知見が集積されており(強固性)、<3>流行現象との関係では特異的な関係を示し(特異性)、<4>時間的な関係も優に認められ(時間性)、<5>動物実験等の知見も大気汚染物質の人体影響を推定させるものが多数紹介され、また呼吸器疾患の発症の機序についての病理学的な研究も大幅に進歩している(整合性)。
したがって、大気汚染と本件疾病との間の疫学的因果関係は明らかであり、法的因果関係も認められることになる。
第三争点三(個別的因果関係の有無)についての主張
一 原告らの本件各疾病罹患の事実
1 原告ら罹患の疾病は、いずれも慢性疾患であるが、慢性疾患にあっては、医師の経過観察が、患者の症状を的確に把握する上で極めて重要であり、経過観察を経ることによってはじめて、正しい診断が可能となる。患者を経時的に観察し、また治療を試みてその効果を確認しつつ、診断をなし得る者は、主治医以外にあり得ない。原告らの各主治医は、臨床の場にあって原告らの症状を経過観察し、治療の過程で診断の正しさをチェックしつつ、最終的に原告らの疾病を診断して、いずれも、原告らが本件各疾病に罹患している旨の診断を下している。
認定審査会による認定にあたっても、主治医の診断が尊重されている。
2 原告らは、いずれも公健法又は名古屋市救済条例上、本件各疾病罹患を認定されている患者である。
(一) 公健法の認定手続において、認定を受けようとする者は、まずその主治医によって、慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫、喘急性気管支炎、それらの続発症のいずれかに罹患しているとの診断を受けなければならない。
次に、医学的検査指定医療機関において医学的諸検査を受け、その医学的検査結果報告書を含む必要書類、及びレントゲンフィルム、心電図ペーパー、呼吸機能検査結果資料を認定審査会に提出し、認定審査会による認定を受けなければならない。
認定審査会は、大学医学部教授、国公立病院の院長、医師会の推薦する医師、呼吸器に関する医学知識を有する医学専門家や経験豊富な臨床家によって構成されるもので、専門的見地から、申請資料等を検討して指定疾病罹患の有無を審査し、その審査の結果、指定疾病に罹患しているとの結論に達した場合には等級認定を行い、右結論に達しなかった場合には申請を却下する。認定審査会の審査はレントゲンフィルム、心電図ペーパー、呼吸機能検査結果等の検査資料そのものも検討対象とするものであり、その審査は単なる書面審査ではない。また、問診に代わるともいえる主治医診断報告書も提出されているので、認定審査会委員自ら診断を行うに匹敵する資料を基礎に判断がなされているといえる。更に、審査の結果、指定疾病に罹患しているかどうか疑義が生じた場合には結論を保留し、主治医に対してより詳しい診断内容や治療内容を問い合わせる等の疑義照会を行い、その回答を得て再度審査するという厳格な審査を実施している。
認定審査会による厳しい審査により、いったん指定疾病の認定を受けても、二年ないし三年毎の更新時期が来る毎に認定更新の申請をすることが必要であり、認定の際と同様の手続による審査が実施され、認定審査会が治療しているとの判断をすれば、認定の更新はなされず、更新は却下されることになる。障害の程度についても、一年ごとに見直しが実施されている。
また、死亡についての指定疾病の起因率等も死亡に至るまで治療を行ってきた主治医によって作成される認定死亡患者主治医診断報告書を基礎として審査会が判断する。
(二) 名古屋市救済条例においても、公健法上の認定手続とほぼ同様に、申請者は年一回以上の医学的検査を受け、医学に関し学識経験を有する者から市長が委嘱した委員一〇名で構成される認定審査会による専門的見地からの調査、審議を経た上で認定が行われており、厳密な手続において疾病罹患の事実を公的に認定されている。
3 このように、原告らは、その主治医によって、症状、診療経過、医学的諸検査結果等を総合判断して、本件各疾病に罹患しているとの診断を受け、更に公健法等又は名古屋市救済条例に基づき、医学的諸検査を受けてその検査結果を提出し、高度の医学的知識を有する医学的専門家等で構成される認定審査会による専門的見地からの審査を受けた上で指定疾病罹患の事実及び障害の程度を公的に認定されている。しかも、原告らはその後も認定更新、障害の見直し等の際に認定審査会による審査を受けるという二重、三重の極めて厳密な専門的チエックを経てなお、疾病罹患の事実とその障害の程度を公的に認定され続けているのであるから、原告らの本件各疾病罹患の事実は明らかである。
二 他疾病、他原因論について
1 他疾病
(一) 肺結核
肺結核は咳痰症状を呈することがあることから、認定疾病との関係では慢性気管支炎との鑑別を要する疾患とされているが、肺結核は慢性気管支炎と比較して咳の回数が多くなく、しかも化学療法の開始後は激減するという違いがあるので、慢性気管支炎との鑑別は容易である。
(二) 肺結核後遺症
肺結核が治癒した後、その病変の痕跡が瘢痕や石灰化巣として残ったり、肺結核の治療としてなされた手術の痕が残っている(これらは胸部レントゲン写真で明らかになる)場合を、陳旧性肺結核という。更に、陳旧性肺結核の中で、呼吸器症状を呈する場合を肺結核後遺症といい、指定疾病と並存し得る。
陳旧性肺結核の場合、もともとの肺結核による肺胞群の破壊や肺胞周囲の癒着や線維化や手術による肺容積の減少により、拘束性障害が発生し得るが、認定疾病のような閉塞性障害をもたらすことは多くない。
肺結核後遺症は気管支喘息と比較して、乾性ラ音、季節性の有無において違いがある。
(三) 心臓喘息
心臓疾患に起因して喘息様症状を呈するものを心臓喘息というが、肺うっ血の他覚所見、湿性ラ音、喀痰が多量の泡沫状かつ軽い出血性のピンク色であること等により、気管支喘息との鑑別は容易である。
2 他原因
(一) アトピー
(1) アトピー素因とは、アレルゲンに暴露されるとIgE抗体を作りやすい体質(I型アレルギー反応を起こしやすい体質)であるのに対し、アトピー型喘息とは、I型アレルギー反応による喘息で、病因となるアレルゲンが確認できるものであり、両者は区別されなければならない。したがって、アトピー素因を確認できても、喘息の病因となるアレルゲンが確認できなければ、アトピー型喘息と分類することはできない。例えば、スギ花粉や食物に対するアレルギー反応が確認できた場合はアトピー素因があるということにはなるが、スギ花粉や食物が喘息の原因抗原であるということは気道への到達という点から考えにくく、スギ花粉や食物に対するアレルギー反応が確認できただけでは、その人の喘息がアトピー型であるということはできない。
また、現在では多くの国民がアトピー素因を有する。例えば、環境庁大気保全局の「大気汚染健康影響継続観察調査」(昭和六一~平成二年度)では、学童の三〇~四〇%が非特異的IgE抗体陽性者、つまりアトピー素因を有するとされている。
アトピー素因を有する者すべてが気管支喘息その他のアレルギー性疾患に罹患するわけではなく、むしろアトピー素因を有する者であっても気管支喘息を発症しない場合の方が多い。環境庁大気保全局「窒素酸化物等健康影響継続観察調査報告書」(平成四~七年度)においても、「喘息様症状・現在」の症状なし群学童の二〇~三〇%が非特異的IgE抗体陽性である。
(2) アトピー型気管支喘息であったとしても、その発症や増悪について大気汚染の関与が否定されることはない。気管支喘息はいわゆる非特異性疾患であり、個々の患者の発症の原因を臨床的に単一原因のみに特定することは極めて困難な性質を有し、様々な因子がその発症や症状増悪にかかわっているとされるが、アトピー型気管支喘息もこの点に変わりはなく、その発症に後天的な環境因子が重要な役割を果たしており、大気汚染はその後天的因子の中の重要な一つである。アトピー型気管支喘息においては、吸入抗原と気道内の抗体の反応(I型アレルギー反応)が喘息発作の発現に大きな役割を果たしているとされるが、大気汚染は、症状の増悪のみならず、I型アレルギー反応の促進(アジユバント作用)や、気道過敏性の亢進、感染抵抗性の減弱などの機序を通して、アトピー型気管支喘息の発症にも関与している。
(3) 気管支喘息の病型分類としては、アトピー型・感染型・混合型の三分類が、これまでよく用いられてきた。一般に、中年以降に発症した喘息は、アトピー型は少なく、感染型の場合が多いとされている。本件各患者の喘息の発症時は、ほとんどが成人(特に中年)以降であるから、一般的には感染型と考えられ、原因抗原が確認できる場合でも混合型が多いと考えられる。
4 アトピーの指標
<1> アトピー型に該当するか否かの判断に際しては、本来は吸入誘発試験が適当であるが、危険かつ手間がかかるので、一般臨床の場で実施されることはまずない。
<2> 現在までの研究では、アレルゲンを特定したアトピー型か否かの指標としては血清中の特異的IgE抗体価の測定(RAST)が最も信頼性が高いが、検査データの評価においては慎重さが求められる。
<3> 血清総IgE値の測定(RIST)もアトピー素因の有無の指標になるが、その正常値には幅があり、また、アトピー素因がなくても、寄生虫感染などのアトピー性でない疾患によって高値を示すこともあるので、時期を離した複数回の検査値を使ってアトピー素因の有無を判断する方が、より信頼性が高い。
<4> 皮内反応テストについては、皮膚における抗原抗体反応を直接表現するものであって、気道での抗原抗体反応ではなく、皮膚でアレルギー反応があっても、皮膚のみで感作成立ということはありうるので、気道でも同様のアレルギー反応があるとは限らない。
<5> 減感作療法には、特異的減感作療法と非特異的減感作療法とがあり、非特異的減感作療法は原因抗原がはっきりしない時に体質改善療法としてなされるもので、一般に感染型に有効とされている。したがって、単に減感作療法というだけで、特異的、非特異的のいずれかが不明であれば、主治医がアトピー型、非アトピー型のいずれと考えたかも不明と言わざるを得ず、アトピー型か否かの参考とすることはできない。
また特異的減感作療法が実施されている場合でも、重症の難治症例に対しては、吸入誘発試験などで原因抗原が何であるかまでが必ずしも確定されなくても、アトピー型喘息の疑いがあり、問診上のアレルゲン暴露と症状変化の関連やラスト検査などで疑わしい抗原について、可能な限りの治療の一つとして、継続的かつ積極的な喘息治療への動機付けという目的を兼ねて、特異的減感作療法を試みてみるということが、臨床上は十分考えられる。そして、治療効果が認められた場合には、その抗原を原因抗原とするアトピー型喘息であったことが確認できたことになるが、治療効果が認められなかった場合には、その抗原が原因抗原ではなかった可能性と、原因抗原ではあったが効果が生じなかった可能性の両方が考えられることになる。もっとも、見かけ上は治療効果がある場合でも、特異的減感作療法中に並行して他の治療法も行われるから、その効果がいずれの治療法によるのかを判断することは、現実には困難である。
したがって、特異的減感作療法が実施され、その治療効果が認められた場合には、アトピー型喘息と判断することはできるが、そうでなければ、喘息がアトピー型か否かの重要な判断資料ということまではできない。
<6> じんましん、鼻炎、皮膚炎等アレルギー疾患の既往歴がみられた場合でも、じんましんは寒冷・摩擦等の物理的刺激、ストレス、あるいは体調不良等の非アトピー性機序によって起きるものが多く、鼻炎、皮膚炎についても非アトピー性のものが多い。
<7> 小児期に発病した喘息患者がアトピー型であることが多いことは事実であるが、小児期に発病している事実だけでアトピー型と断定することはできない。また、小児喘息の多くは成長に伴い自然に寛解する(アウトグロー)と言われており、成人に達してもアウトグローしない場合は、アトピー素因以外の影響を無視できない。
<8> アレルギー疾患の家族歴がある場合にも、遺伝性の程度は高率ではない。また、大気汚染下での発症の場合には、家族も同様の大気汚染の暴露を受けているのが通常だから、非汚染地域下での発症の場合と同様に考えることはできない。
<9> 喘息発作は、雨などの気候の変化、気温の変化などにより、さらにはクーラーなどの冷気によっても誘発されることがあるものであるから、発作の季節性はアトピー型のみに起こるものではない。
<10> インタールが平成二年ころまでに処方されていたとしても、インタールがアトピー型以外のもの、たとえば運動誘発喘息に対しても効果があることは、平成二年以前にも明らかにされ、アトピー型以外の喘息に処方されることは平成二年以前から行われていた。
(二) 喫煙
(1) 慢性気管支炎や肺気腫の原因としての喫煙を検討する場合、同じ喫煙量であっても、発症する者としない者がいるのであって、患者の喫煙に対する感受性を考慮しなければならない。
そして、感受性を有する者の割合は高くなく、長期喫煙者でも実際に肺気腫を発症する患者の比率はおよそ一〇%程度、慢性気管支炎を含めた慢性閉塞性肺疾患を発症する患者の比率は一五%程度である。
(2) 喫煙量を把握するためには喫煙歴だけでなく、煙草のタール含量、吸入量、吸入の深さ、喫煙本数、喫煙期間、受動喫煙、喫煙開始年齢等多くの項目を検討すべきである。
喫煙量を把握するものとしてブリンクマン指数(一日本数×喫煙年数)やパックイヤー指数(一日箱数×喫煙年数)が用いられることがあるが、大まかな目安にすぎない。ブリンクマン指数六〇〇を超えた患者であっても指定地域で慢性気管支炎・肺気腫を発症・増悪している場合には大気汚染の影響を軽視することはできないし、逆にブリンクマン指数四〇〇をはるかに下回る患者については喫煙の影響を云々する根拠は乏しいと考えられる。
(3) 喫煙が悪影響を及ぼしている場合でも、禁煙すれば、そのために生じていた咳痰症状は大きく軽減する。
したがって、禁煙後も咳痰症状が持続する患者については、大気汚染の影響を否定することはできない。
第四争点四(共同不法行為の成否)についての主張
一 共同不法行為論
1 民法七一九条に定める共同不法行為は、被害者保護の趣旨から規定されたものであり、複数者が共同して行為を行いその結果として他人に損害を与えた場合、各行為者とその結果との因果関係を個別に検討するまでもなく、その共同行為と結果との間で因果関係が認められれば、結果(損害)について各行為者すべてが連帯して責任を取らなければならないという制度である。
複数行為者による被害(結果)発生においては、各人の行為が他人の行為と相互に関係し影響しあうことが多いこともあって、各人の行為総体についてみれば、結果に寄与していることは明らかであっても、各人の行為を切り離して各人ごとに結果との因果関係を証明することは困難な場合も多い。それ故、複数行為者による被害について民法七〇九条の規定だけしか存在しないとすれば、被害がたまたま複数の行為者によって起こされた場合に、各行為と結果との因果関係や結果に対する寄与度の証明が困難であることを理由に、被害者は事実上救済を受けられず、他方、加害者はたまたまほかにも加害者が存在することによって責任を免れるという不公正が生じうることになる。このような不公正を是正し、被害者の保護を厚くするために、法には民法七〇九条とは別に民法七一九条の共同不法行為の規定が設けられたのである。この規定により、複数者が共同して行為を行った場合、その共同行為と結果との間の因果関係が証明されれば、各人の行為と結果との因果関係が推定もしくは擬制され、各人は結果(損害)に対して連帯して責任をとり、賠償しなければならないことになる。
2 民法七一九条一項前段の「共同の不法行為」、一項後段の「共同行為者」とは客観的関連共同性で足りると解すべきである。
関連共同性の判断基準においては、共同原因、つまり共に結果の原因となっていることが基本であるが、その上で、結果の発生に対して社会通念上、全体として一個ないしは一体の行為と認められる一体性があれば十分である。
公害のように現代的な共同不法行為においては、侵害行為は極めて社会的かつ多様な次元において関連性を有するのであり、これら関連性の重層的評価によって関連共同性はきわめて強固又は緊密な一体性を有するということになる。
二 被告らの関連共同性
1 被告らを主要排出源とする汚悪煙は、本件地域に一体として到達し、原告らの健康を害しているのであるから、被告ら主要排出源の各行為には原告らの本件疾病という結果の発生に対して社会通念上全体として一個ないしは一体の行為と認めるに十分な一体性、すなわち関連共同性が認められる。
2 被告会社らの工場及び本件各道路は、本件地域において互いに近接して立地・設置されており、本件地域の大気汚染が激化した昭和三〇年代半ばから、いずれも継続的に操業又は供用が行われている。このような汚悪煙排出の近接性、同時継続性から、被告らの汚悪煙の排出には侵害行為としての一体性が認められる。
3 本件地域の工場群の形成とその後の生産拡大の状況を歴史的にみれば、被告ら工場が名古屋市、東海市の臨海部である本件地域にいち早く立地し、自治体等とも協力して埋立てや産業基盤の整備を進め、他企業が本件地域に進出する先鞭をつけ、まとまった工業地域を形成したこと、被告ら工場が産業基盤の整備や共同利用などの集積の利益を最も多く享受して生産活動を巨大化していったこと、さらにこうした巨大化の中で、地盤沈下や大気汚染などの集積の不利益を発生させ、これを地域住民に転嫁させていったことが明らかであり、歴史的一体性が認められる。
また、本件地域は伊勢湾の最深部に位置して、干拓や埋立てにより人工的に形成されてきたという地理的特徴があり、こうした地理的特徴から広大な工場用地の確保、海運の便、市場の近接、豊かな労働力の供給などの有利な条件を生かして、素材型重化学工業の卓越という特徴をもった同質性のある一つのまとまりのある地域が行政区を越えて形成されたものであり、経済地理的一体性も認められる。
更に、本件地域の工場群には、集積の利益のより一層の享受を求めて、互いに協力しあって産業基盤の整備につとめ、技術的結合も含めて資本的・人的取引関係の結びつきを深めていったものであり、経営・操業上の一体性も認められる。本件地域は、被告ら工場が電力多消費型であることから火力発電所が集中しているという特徴があり、電力を通じての結びつきが特に重要である。
4 本件各道路は、互いに機能的に補完しあう関係があると同時に、名古屋南部地域内の他の幹線道路と一体となって地域内道路網を形成し、これら本件道路群は、本件地域の工場群と密接な関係の中で設置された経過があり、実際にも、操業上不可欠な産業基盤として機能してきている。こうした事実から本件各道路と本件地域の工場群との間にも社会経済的な一体性が認められる。
5 被告ら工場は、その社会経済的一体性、侵害行為の一体性、公害発生源としての社会的認識、行政規制の対象となったこと等の事情から相互に同時排出・共同汚染の認識を有していたのであり、主観的共同性も認められる。
6 なお、本件各道路は、これと付近の県道、市道、高速道路等の関連道路とが一体となって設置、管理されているところ、右関連道路についても走行する自動車から排気ガスが出、これが付近住民の健康を害している。被告国は、右関連道路を設置、管理する愛知県、名古屋市及び名古屋高速道路公社と共同不法行為の責を負うものである。
第五争点五(被告らの責任)についての主張
一 被告会社らの責任
1 被告会社らの故意
被告会社らは、昭和三〇年代の中、後半にかけて急速に操業を拡大する一方、硫黄酸化物をはじめとする大気汚染物質が人に健康被害を及ぼし時には死亡にまで至らしめた国内及び国外の多くの公害事件、亜硫酸ガスが人体に重大な影響を及ぼすことについての古くからの職業病の研究、昭和三〇年の日本公衆衛生協会の生活環境における許容濃度を〇・一ppmとした厚生大臣に対する答申、名古屋南部地区において大気汚染物質の濃度が環境基準を超え住民に健康被害が生じたこと、公害問題が愛知県議会でも取り上げられたこと、当時の公害についての多数の新聞報道、昭和四三年一一月二六日に愛知県大気汚染緊急時対策要綱に基づく最初の大気汚染注意報が発令されたこと等の事情を認識していた。そうすると、被告会社らは、昭和三〇年代の後半には被告会社らの汚悪煙が原告ら住民の健康被害に重大な結果を及ぼしていることを認識しながら、あえてこれを認容して大気汚染物質の排出という侵害行為を継続してきたものであって、その故意責任は十分に認められる。
2 被告会社らの過失
(一) 被告会社らの調査研究(予見)、結果回避義務
(1) 調査研究(予見)義務
被告会社らのように名古屋市、東海市等の人口密集地である都市内の工業地域に工場、発電所を集中立地させて操業し、製造過程で大量の大気汚染物質を大気中に排出する者は、危険な業務を行う者として、排出物質の有害性や被害を発生する量・排出方法、排出物質の危険性と量、風向、風速などの気象条件、周辺住民の健康影響の有無を事前にあるいは排出継続中に常時調査研究して予見あるいは認識すべき注意義務があるのに、被告会社らはこれを怠った。
(2) 結果回避義務
被告ら工場・発電所の排煙による被害は、周辺住民の生命身体に関するものであり、また、大気の浄化能力には限界があるのであるから、大気汚染による健康被害発生の危険性が生じた場合、被告会社らはこれを防止するために排出量を減少させるほか(単に自治体の指導に従ったというだけでは足りない。)、工場・発電所の操業の停止等を含め経済性を無視してでも世界最高の技術水準による被害発生防止方法を常時調査研究して結果を回避すべき義務がある。
被告会社らは、いずれも大企業であり、その資力、施設、人材をもってすれば相当の調査研究ができたはずであるのにこれを怠った。
(二) 立地上の過失
被告会社らは、戦後の操業再開時あるいは新規操業開始時に工場・発電所の排煙による周辺住民への健康影響を予見することが可能であったにもかかわらず、排煙の危険性、気象条件、周辺住民の健康影響の有無等を調査すべき義務を昭和二〇年以降現在まで怠った。また、被告会社らは、亜硫酸ガス等の大気汚染物質の排出に関し、十分な公害対策を行わなかった。
(三) 操業継続上の過失
被告会社らは、戦後の操業再開、新規立地後、本件地域において大気汚染が深刻な社会問題になっていたのに何らの調査も十分な公害対策も行わなかった。ことに、昭和三五年以降、亜硫酸ガスの高濃度の大気汚染が観測され、健康被害に関する行政の調査が実施され、議会、新聞などでも問題にされていたのに亜硫酸ガス排出量を削減するなどの公害対策を行わなかったのは犯罪的といっても過言でなく、その過失は極めて重大である。
(四) 被告会社らの無過失責任
被告会社らは、大気汚染防止法二五条一項の規定に従い、同法の施行期日である昭和四七年一〇月一日以降の排出行為による損害については、無過失責任を負う。
二 被告国の責任
1 本件各道路の設置管理の瑕疵(国賠法二条一項)
(一) 被告国においては、<1>ロサンゼルススモッグに対するカリフォルニア州の対策、<2>昭和三七年六月のばい煙規制法制定に際しての、自動車排出ガス等の公害問題に対処するための技術的研究を強力に推進しその対策の確立に努めることの国会決議、<3>昭和三九年九月のばい煙規制法における規制対象物質の第二次指定における二酸化窒素の指定、<4>厚生省や建設省による公害対策の必要性の指摘、<5>大気汚染物質の健康影響に関する専門文献の発表、<6>新聞等の報道、<7>昭和四五年の立正高校事件、<8>昭和四〇年ころの名古屋市南部地域におけるいわゆる「柴田ぜんそく」の発生等から、本件各道路の設置・拡幅に当たっては本件各道路を走行する自動車から排出される汚染物質により本件地域の大気環境を悪化させ、原告らの健康被害をもたらすことが当然に予見可能であったといえ、被告国は、本件各道路の設置、拡幅及び供用に際しては、事前に沿道住民に対する危険性等の環境影響評価などを行い、交通量の抑制・削減を含めた環境悪化や被害を防止すべき最大限の措置をとるべきであったにもかかわらず、これを怠り、巨大な交通量を生み出す産業道路としての国道二三号線及び同二四七号線バイパス(西知多産業道路)を設置し、また国道一号線、同一五四号線を拡幅し、これら道路の供用を統けてきた。
特に、国道二三号線は設置当初から産業道路として位置付けられており、大型貨物車ないしディーゼルトラックが通行量に占める割合が高くなることは当初から当然予想されていた。ところが被告国はその路線決定に当たり、<1>名古屋~四日市間の最短距離を通りかつ伊勢湾臨海部埋立計画を考慮して路線を決定する、<2>バイパスであるがゆえにある程度の高速が要求されるので予想交通量に対して合理的な線形、幅員を考える、<3>名古屋市内では運河、鉄道、軌道などとの交差が多くかつ人家密集もしくはごく近い将来それが予想される事と、既成市街地がやはり低い地域であることも考慮して高架橋を採用し下に側道を併設する等産業効率のみを最優先課題として追求し、道路周辺住民の被る大気汚染や騒音公害については全く顧慮せず、大量の自動車交通量の確保を優先させた基本方針を採り、その後の拡幅及び供用の過程においても道路周辺住民の被る被害を全く考慮しなかった(国道二三号線沿道には自排局の設置すらされていない。)。
(二) 被告国は本件各道路の環境対策として若干の植樹帯や遮音壁を設置しているが、それは極めて不十分なものである。特に交通量が多い国道二三号の高架部分や市街地においては植樹帯はほとんど設置されていない。また、植樹帯が設置されている箇所においても、それは街路樹程度のものであり、自動車から排出される排気ガスの除去などの対策が講じられているとは到底言えるものではない。被告国は、道路構造(トンネル化やシェルター化など)の改善などの排気ガス対策については何らの考慮を払うこともしていない。
また、国道二三号線は本件地域内において大部分シェルターを伴わない高架構造となっており、排気ガスを沿道ばかりでなく広範囲にまき散らしているのであって、居住環境への配慮を行った構造になっていない。
なお、本件関連道路を設置又は管理している愛知県、名古屋市及び名古屋高速道路公社についても、本件関連道路からの自動車排気ガスによる原告らの被害について、本件関連道路の設置、拡幅及び供用後においても常に認識し、予見しあるいは予見し得たにもかかわらず、住宅地域への環境対策を怠ってきたのであるから、被告国と同様に責任を負う。
2 排出規制懈怠の責任(国賠法一条一項の責任)
被告国は、憲法上国に対して公害発生を未然に防止し、国民の生命、健康の安全を確保すべき義務があり、全国的な大気汚染公害の発生、特に名古屋南部地域における深刻な公害、被告国に先行して採られた地方自治体の条例制定等の公害対策の認識、昭和四七年六月のばい煙規制法及び昭和五三年一二月の大気汚染防止法の制定により、被告会社らの操業によって排出される大気汚染物質の排出源及び健康影響に対する調査研究を尽くし、住民の生命・身体が侵害されることのないように排出規制、防除施設の設置、操業の縮少、停止等適切な措置を採るべき権限と義務を有していたにもかかわらずこれを怠った。
第六争点六(損害賠償の額)についての主張
一 損害賠償額の算定方式
1 本件大気汚染による被害は、深刻な身体的被害を核としながら、原告らの全生活面に対する被害として現れ、原告らの人生を破壊し、人間の尊厳をも侵す全人格的被害として現れている。原告らの被害がそうした被害である以上、これを根拠とする原告らの損害賠償請求は、これらの被害をすべて包括的に損害として把握し、更に、本件加害の特質をふまえて原告らの総体としての被害の完全なる原状回復を実現し、これに足る完全賠償を求めるものである。
被告らの加害行為は、原告ら被害者にとっては回避することが出来ない性質のものであること、通常の不法行為のように単発的、短期的なものではなく、二〇年、三〇年以上の長期にわたり継続していること、大企業等である加害者と一市民である被害者の立場に互換性がなく、かつ、加害者である被告会社らにのみ利益が一方的に帰属していること、被告会社らは、原告らの被害を認識しまたは認識し得たにもかかわらずこれを怠り、さらに、被告会社らは然るべき対策を取ることによって、原告らの被る被害を緩和できたにもかかわらずこれを怠り続けたこと等、一般の交通事故のように対等な市民相互間の偶発的かつ一回的な加害行為類型の不法行為と比較して、全く異なった特質を有しており、同じ不法行為といっても全く類型が異なったものである。
2 包括請求
大気汚染の被害・加害行為の特質から、本件損害賠償請求方式については、一般の不法行為で多く用いられている個別積算方式によるべきではなく、原告ら被害者の被った社会的、経済的、精神的被害の全体を包括するものを損害としてとらえ、それを全体として請求する方式である包括請求方式によらなければならない。
3 内金請求
原告らの請求は、すべての損害のうち公健法の行政上の給付金額を除いても残る損害の更に内金としての請求である。
4 類型別一律請求
本件被害の共通性、等質性からして、性別職業別等で原告ごとに請求金額に差を設けることは許されない。そこで、原告らはその認定等級と死亡の別による次の四つの類型にわけて、本件損害賠償を請求する。
損害額
弁護士費用
請求額
a 死亡者
金四、〇〇〇万円
金八〇〇万円
金四、八〇〇万円
b 一級患者
金三、〇〇〇万円
金六〇〇万円
金三、六〇〇万円
c 二級患者及び二級相当患者
金二、五〇〇万円
金五〇〇万円
金三、〇〇〇万円
d 三級患者
金二、〇〇〇万円
金四〇〇万円
金二、四〇〇万円
二 減額主張について
1 他因子による損害賠償額減額について
(一) 大気汚染公害の被害の特質からして、アレルギー、喫煙、加齢などの因子による損害賠償額の減額を認めることは極めて不当であり、他因子による損害賠償額の減額を認めることは許されない。
(二) アトピー素因について
アトピー素因を有している者が同じ地域内に他に存在していても発病しない者もいれば、そのような素因を有しない者が発病することもある。とすれば、たまたまアトピー素因を有していることを根拠に減額することが公平の観念に反し不当であることは明らかである。
また、アトピー素因は特異なものでなく、それ自体は程度の差こそあれ、誰にでも存在し得ることからすれば、そのことを予見することも十分可能である。にもかかわらず、本件被害を発生させた極めて悪質な加害者である被告会社らが、そのような素因による減額を主張することは決して許されるべきでないというべきである。
(三) 喫煙について
疾病多発地域において煙草消費量や喫煙者がことさら多いというような調査結果はないこと等からして、被告らによる大気汚染が慢性気管支炎等の発病、増悪の主要原因であることは明らかである。
また、喫煙の健康被害に対する影響を考察する時には、喫煙感受性の有無、程度や喫煙の仕方など種々の要因についても検討した上で慎重に判断するべきである。
とりわけ、被告国においては、煙草を専売事業とし、その収入を国家の重要な収入源とし統けてきた経緯があり、煙草の宣伝や未成年者の喫煙に対する規制を十分に行うことなく、強い中毒性を有する喫煙を国民が嗜好とすることを放置、助長してきたのであり、そのような立場にある被告国が、喫煙による減額を主張することは、信義則に反する。
2 公健法等に基づく補償給付の損益相殺について
公健法の各補償給付の性格からして、損益相殺を行うことは妥当でなく、特に純粋慰謝料部分は公健法の給付に含まれていないことは、公健法の立法の経緯からも明らかであるから、損益相殺は許されない。
仮に、財産的損害に対応する公健法の給付部分につき損益相殺したとしても、公健法の給付は逸失利益の八割まででしかありえず、逸失利益の二割に相当する部分については純粋慰謝料と同じことがいえるのであり、種々の要素を考慮してもなお残るべき純粋慰謝料部分及び逸失利益の二割に相当する部分をも損益相殺の対象とすることは断じて許されない。
第七争点七(消滅時効の成否)についての主張
一 消滅時効の起算点
1 「損害及び加害者を知りたる時」の意味
民法第七二四条にいう、損害を「知りたる」時とは、単に、損害発生の事実を知ることのみをいうのではなく、同時に加害行為が不法行為であることを知ることであり、違法な加害行為と損害発生の事実との間に相当因果関係があることを知ることを含む趣旨に解さなければならない。そして、同条にいう損害及び加害者を「知りたる」時とは、被害者の加害者に対する賠償請求が事実上可能な程度に具体的な資料に基づいて、損害及び加害者を認識しえた場合をいうものと解すべきで、被害者が、具体的な資料に基づかないで主観的に疑いを抱いたり、推測しただけでは、事実上損害賠償請求権の行使はできないから、ここでいう「知りたる」時ということはできない。加害者を「知りたる」時については、最高裁判所も「加害者に対する損害賠償が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれを知った時」と判断している(最高裁第二小法廷昭和四八年一一月一六日民集二七巻一〇号一三七四頁)。従って、損害賠償請求権の行使が法律上可能となっただけでは、時効は進行しない。
2 大気汚染のような複雑なメカニズムを持つ継続的侵害行為及び累積的進行性被害の特質に照らして、損害は発症から現在までの症状を一体として一個のものと考えるべきであるから、この間消滅時効は進行しないことは明白である。
およそ公害病というのは、交通事故のように単純なものでもなく、また航空機騒音などとも不法行為の態様や被害との因果関係を異にするものであって、原告ら一般住民が、訴訟提起に耐えられるほどにその具体的因果関係を含めて民法第七〇九条等の要件事実を主張立証することは至難の事柄である。
原告らが具体的事件として被告会社らに損害賠償請求権を行使できるほどに加害者を知ったというには、単に一般的に大気汚染の発生源が被告会社らであることを知っただけでは到底足りず、本件で具体的に問題とされている個々の本件大気汚染物質を被告会社らの各工場などから具体的にどのような発生機序により、どの程度排出され続けているのかという、およそ高度な科学的調査と被告会社らに関する資料などの入手が必要である。従って、このような前提が揃えられた時点において初めて、消滅時効が進行するものと解すべきである。
二 権利濫用
1 時効制度の趣旨は、<1>長期間係属した事実状態の尊重による社会秩序の維持、<2>長期間(三年)の経過によって証拠の収集・保全が困難になり、権利関係の確定も困難となるため、継続してきた事実関係を真実と認めて権利関係を確定すること、<3>被害者の憤怒の感情が鎮静すること、あるいは義務者のほうで、被害者の宥恕その他でもはや請求されないとの信頼を抱く可能性があること、<4>権利の上に眠る者は保護に値しないとする思想である。
しかし、本件では被告会社らの継続的不法行為自体が長期間継続してきたものであって、そのために原告にも継続して発生し続けてきている損害、死にも勝る苦しみに対して、被告会社ら大企業に厳格に賠償させることこそ、社会正義や社会秩序を維持することになることは明白である。
また、本件のように、多数の企業による大気汚染物質の排出に基づく公害病という、訴訟上の主張・立証が困難で、加害者企業が重要・有力証拠を企業外に出さない事件では、公害患者被害者側では相当期間の時間的経過のなかで証拠収集をしていくことを余儀なくされているのに対し、加害企業の不法行為は長期間継続的に続けられているので、時間の経過による権利関係証明の困難という点は考慮する必要がない。
更に、本件では、被害者の憤怒の感情は増幅することはあっても、鎮静化することはなく、ましてや、原告らが権利の上に眠るものなどとは到底いえるはずもない。また被告らも、原告ら及び原告らが加入する名古屋南部公害患者家族の会の結成から本件提訴までの活動の経緯を熟知していたことからみて、いずれ訴訟を提起されることを予測していることはあっても、もはや損害賠償を請求されないと考える余地はなかった。
右のとおり、本件では、時効制度の趣旨からみても、消滅時効などの成否を検討する必要のない事案であることは明らかである。
2 時効制度は本来道徳観と相反する面を持つ制度であり、時効の援用に関しては、通常の権利行使以上に道徳的色彩が強く影響するのであり、被告らの消滅時効の援用は時効制度の趣旨に全く当てはまらない。のみならず、被告らが公害病患者発生の認識をし、かつ認容しながら、公害対策を怠って大気汚染物質を排出し続けた結果、原告らを公害疾病に罹患させ、症状を増悪させてついには死に至らしめたり、自殺に追い込んだことからすると、被告らによる本件消滅時効の援用ないし除斥期間の主張は明らかな権利濫用というべきである。
第八争点八(差止請求)についての主張
一 差止請求権の法的根拠
1 人格権
公害被害について人格権を根拠としてこれを差止め得るとする考え方は、いまや確定した理論であると言ってよい。
判例では、多くの下級審判決が人格権に基づく差止請求の適法性を認めているが、その後最高裁も再度にわたってその適法性を承認した(最判平成五年二月二五日横田基地騒音公害訴訟上告審判決、同平成七年七月七日国道四三号線訴訟上告審判決等)。
2 環境権
環境権は、大気・水その他の自然環境及び社会的環境に対する破壊がすすむなかで、これらの環境素材に対する価値概念の転化(深化)が行われていることを前提として、環境が万人の共有物であるとの基本理念のもとに提唱された新しい人権概念であり、「良き環境を享受し、かつこれを支配し得る権利」、「健康で文化的な良き環境を求める権利」である。その基礎にあるのは人間の生存と文化的生活に不可欠な環境の帰属に関する社会的合意、すなわち環境共有の理念であり、実定法的には憲法二五条、一三条を基礎に法律上保護されるべき利益として社会的に承認された権利であり、環境に対する支配権として排他性を有する権利である。
環境権については、判例上未だこれを明確に認めたものは見当らないが、環境権的発想のもとに差止請求を認めた幾つかの下級審判決が現われており、学説も多くの有力説が肯定的ないし好意的な評価のもとに、環境権理論を支持し、これを発展させようとしている。
環境権は、国民の健康で文化的な生存を保障する新しい人権として社会的承認を得ているものであり、環境保全と回復のための有効な権利として裁判上もこれが承認されることを強く望む。
二 差止請求権の適法性
1 請求の特定等について
(一) 本訴における差止請求は、原告らの居住地に具体的な濃度を超える汚染物質を排出してはならないとして、具体的な数値を特定している。
知識も経験もない非専門家である原告らに対し、求める作為義務の中身を一義的かつ明確に特定することを求めることは、原告らに不可能を強いて、結果的に公害被害者の差止請求権の行使を不能にすることを目論むものと言える。生活妨害のように、いかなる方法によって侵害の結果を防止できるかについては、むしろ被告側が判断能力を有すると考えられる場合には、侵害の結果による請求の特定方法でもよい。
(二) 測定方法や他の排出源との識別可能性については、いずれも現代の技術水準において可能である。
第一に、原告らの請求は一定基準値以下への差止であって、その基準値はそれぞれ、一時間値ないし一時間値の一日平均値であり、確かに大気汚染物質の濃度が「微細」であり「捕捉が困難」で「濃度が変化する」ものであったとしても、現在の技術でその把握が困難なわけがなく、現に様々な形で一般測定局及び自動車排ガス測定局ともその測定が行われているのであるから、この点は全く理由にならない。
第二に、道路(移動発生源)との関係でいえば、原告らは、道路沿道直近に居住し、いわば、大気汚染物質の直撃をうける原告グループとその後背地に居住する原告グループとに大別できる。そして、大気汚染物質直撃グループも、後背地グループも等しく環境基準以下の環境条件下に住むべき権利(人格権、環境権)を有しているところ、大気汚染物質について道路端より後背地に向けて徐々にその濃度は減衰していくという、いわゆる減衰傾向(曲線)を勘案すると、前者グループに対して環境基準に適合する状況を作り出せば、自ずと後者グループも環境基準の適合状況を受けうることとなる。そうだとすると前者グループ(直撃グループ)への大気汚染物質の到達は、基本的に当該原告らの居住地に直近する本件各道路からの大気汚染物質の排出に規定されるのであり、それは、一対一の特定された対応関係にあることとなる。
また、識別可能性について、排出量等を加味して特定することは決して不合理とは言えず、むしろ合理的な方法である。
2 強制執行の可能性
抽象的不作為判決の執行方法として、不作為義務違反があった場合には、執行裁判所が「将来のための適当な処分」(民事執行法一七一条、民法四一四条三項後段)としての違反を防止する物的施設の設置を命ずる決定をすることができる。
本件の判決裁判所で認定されるのは、原告らの居住地等における大気汚染を防止するという基本的不作為請求権を中核とするものであり、その不作為判決の執行として執行裁判所が授権決定で行なうのは、右の基本たる不作為請求権を実現するための個々の作為に過ぎない。従って原告ら居住地等における大気汚染の防止という点においては、判決裁判所も執行裁判所も判断が異なるはずはない。
また、執行裁判所は、不作為義務の現実の執行にあたる執行官と異なり、その資質において判決裁判所と比較してなんら劣ることはない第一審裁判所であり(民事執行法一七一条二項、三三条二項一号)、授権決定をなすときには債務者に対する審尋も必要的である(民事執行法一七一条三項)から、少なくとも、不作為義務の執行については判決と執行とを峻別する合理的根拠はなく、執行裁判所が何が最も効果的な侵害防止措置であるかを判断することは十分に可能である。
侵害行為の防止手段は、加害者である被告らが最も良く知っていることであり、また通常その防止手段としては複数のものがあり、その具体的な選択ないし組み合わせについても被告らが最もそれをよく知り実現し得るところであるから、本件のような公害、生活妨害の排除ないし防止の強制執行による被害救済としては、まず判決手続で被害と侵害行為の違法性だけを迅速に確定し、具体的にいかなる手段によって侵害を防止するかは、第一次的には間接強制の圧力のもとで加害者である被告ら自身にその方法を選択してそれを実現させることとし、被告ら加害者がそれをしないときにはじめて、原告に具体的手段を特定させてこれを強制的に実現することとするのが最も合理的である。しかし、その場合でも、原告らは何がより効果的であるかは的確には分からないので、一度実施した手段方法が効果的でないときは、やり直しをすることができる途を開いておくことが重要である。それゆえ、判決手続では不作為義務のみを確定し、侵害行為排除の具体的方法は、被告らの出方を見ながら執行手続の中で決定して行くのが、本件の如き大気汚染公害紛争の性質に適した解決法であると言える。
不作為義務はその不履行部分を事後の強制執行により追完的に実現させることは不可能であるから、実際に損害が生じてからではないと不作為請求権の実現ができないというのでは本来の不作為請求権の機能である予防的機能を活かせられないのであり、間接強制の心理的威嚇の効果を強めるため、義務違反の現実の危険があるならば、他の執行開始の要件の存在を前提として、間接強制を事前の予防的手段として用い得るとの学者・実務家の見解が多数となってきており、最近の公害関係の判例も、抽象的不作為命令の執行として間接強制を認めている。
三 差止基準の正当性
1 原告らの主張する差止基準は環境基準であるが、環境基準は人の健康を保護するうえで、必要最低限度の基準であり、昭和五三年に設定された二酸化窒素に係る新環境基準値はそれすらも満たさないものである。
人の健康状態は健康、健康のひずみ(灰色の健康、不健康、半健康)、疾病、そして死までの連続した状態であって、疾病に罹患していないからといって健康であるとは言えないから、差止基準として認められるべきレベルは単に疾病に罹患しなければよいというものではない。
五三年専門委報告は、大気汚染の健康への悪影響、好ましからざる影響の判断は病気又は死をもってせず、健康が維持され、人の機能の恒常性の維持機構が負担なく機能しているか否かで判断すべきであるとした。そしてこのような状態からの偏りが見出されないように保障し、大気汚染が原因で病人の症状が悪化しないように大気汚染の健康への影響の程度は概念的ではあるが、<1>現在の医学、生物学的方法では全く影響が観察されない段階、<2>医学、生物学的な影響は観察されるが、それは可逆的であって、生体の恒常性の範囲内にある段階、<3>観察された影響の可逆性が明らかでないか、あるいは生体の恒常性の保持の破綻、疾病への発展について明らかでない段階(健康な状態からの偏り)、<4>観察された影響が疾病との関連で解釈される段階、<5>疾病と診断される段階、<6>死に分類できるとしている。
差止基準としては、右<3>のレベル(健康な状態からの偏りが見出されないレベル)とすべきであり、これに対応する濃度条件が環境基準である。
2 硫黄酸化物の差止基準
(一) 二酸化硫黄の差止基準は、環境基準値(一時間値〇・一ppm以下、一時間値の一日平均値〇・〇四ppm以下)とすべきである。
(二) 各種の疫学調査によれば、四〇歳以上の成人については、ほぼ年平均値〇・〇三二ないし〇・〇三五ppm以上で単純性慢性気管支炎の有症率が増加し、一時間値〇・一ppmを超えると閉塞性呼吸器疾患の新規患者が増加することが認められる。そこでこれに必要最小限の安全係数二を乗じて得られる年平均値〇・〇二ppm(一日平均値に換算すると〇・〇四ppm)及び一時間値〇・一ppmが健康障害を防止するための必要最少限の差止基準というべきである。
3 二酸化窒素の差止基準
(一) 二酸化窒素の差止基準は、旧環境基準値(一時間値の一日平均値〇・〇二ppm)とすべきである。
(二) 四大疫学調査と言われる六都市調査、千葉県調査、大阪・兵庫調査、岡山県調査の結果を踏まえ、二酸化窒素濃度と有症率との関係について統計的に処理し、有意差をもって有症率が上昇する二酸化窒素の濃度レベルを求めると、図表42<1>ないし<4>のとおりである。これによれば、単純性慢性気管支炎症状が有意差をもって上昇する二酸化窒素濃度レベルは二酸化窒素年平均値〇・〇一六~〇・〇二〇ppmである。
また、坪田調査による窒素酸化物濃度と有症率との関係は図表42<2>のとおりである。これによれば、窒素酸化物と有症率との間に用量・反応関係が認められる二酸化窒素濃度は〇・〇〇六~〇・〇三〇ppmの範囲である。
昭和五三年以降二酸化窒素の測定上のザルツマン係数が従来の〇・七二から〇・八四に変更されたので、従来の測定値を〇・八四分の〇・七二を乗じて補正すると、有症率が増加をはじめる濃度について、四大疫学調査は年平均値〇・〇一四~〇・〇一七ppm、坪田調査は〇・〇〇五~〇・〇二六ppmを示していることになる。
右濃度に安全係数を乗じて得られる二酸化窒素濃度の年平均値〇・〇一ppm(一日平均値に換算すると〇・〇二ppm)が、大気汚染による健康障害を防止するための必要最少限の差止基準である。また、二酸化窒素の発がん性の恐れ、末梢気道領域への影響(細気管支炎等)光化学オキシダントによる二次汚染及び二酸化硫黄・浮遊粒子状物質その他の有害物質との複合汚染による相加・相乗作用に対する配慮も必要である。
4 浮遊粒子状物質の差止基準
(一) 浮遊粒子状物質の差し止め基準は、環境基準値(一時間値の一日平均値〇・一〇mg/m3、一時間値〇・二〇mg/m3)とすべきである。
(二) 環境庁a調査によれば、保護者については持続性咳、痰および持続性痰の年令、喫煙訂正有症率と浮遊粉じん(浮遊粒子状物質を含む)濃度との間に男女とも危険率一%の水準で有異な相関が認められた。このときの浮遊粉じんの濃度は年平均値二〇・〇~六三・〇μg/m3の範囲であった。
また小学校の児童については、喘息様症状現在および持続性ゼロゼロ痰有症率と浮遊粉じんの濃度との間に男子の場合、危険率一%の水準で有意な相関がみとめられた。このときの浮遊粉じん濃度は、年平均値一三・〇~六九・〇μg/m3の範囲であった。
環境庁b調査によれば成人については男、女の持続性痰と男子の喘息様症状現在の年令訂正有症率と浮遊粉じん(浮遊粒子状物質を含む)との間に危険率五%の水準で有意な相関がみとめられた。このときの浮遊粉じん濃度は三年平均値二〇~九〇μg/m3であった。
大阪兵庫調査の分析結果によれば三年間平均値で浮遊粒子状物質一〇四・三μg/m3、二酸化硫黄二・九三ppmの場合(守口市土居)、慢性気管支炎有症率は期待値で六・〇~六・二四%(実測値六・〇%)となり、同様に浮遊粒子状物質四七・七μg/m3、二酸化硫黄三・二三ppmの場合(吹田市南部)、慢性気管支炎有症率は期待値で四・六七~四・九二%(実測値で五・四%)となり、同様に浮遊粒子状物質四四μg/m3、二酸化硫黄二・〇七ppmの場合(兵庫県赤穂市)、慢性気管支炎有症率は期待値で三・三〇~三・五七%(実測値で三・三%)となる。
これらの疫学的調査によれば、年平均値一〇〇μg/m3(〇・一〇mg/m3)の濃度条件下で呼吸器症状有症率が増加することが認められる。これに人口集団中の弱者に対する影響を考慮した安全係数二(浮遊粒子状物質の化学的性状に基づく人体影響、NOxその他の有害物質との共存による相加・相乗作用について考慮すれば必要最小限といえる。)を見込んで得られる年平均値五〇μg/m3(一日平均値に換算すると〇・一〇mg/m3)が健康障害を防止するための必要最小限の差止基準と言うべきである。さらに、短時間高濃度暴露により病弱者、老人の死亡率が増加することを配慮し、右一日平均値の濃度条件に対応する一時間値二〇〇μg/m3もあわせて健康障害を防止するための必要最小限の差止基準と考えるべきである。
第三章被告会社らの主張
第一争点一 (到達の因果関係の有無)についての主張
一 都市型汚染
本件地域の大気環境は、本件地域及びその周辺に存在する多種多様な煙源から排出された本件各物質が拡散・希釈され、それらが複雑に重なり合うことによりもたらされたものであって、主たる原因者が存在せず、原因者の特定が極めて困難な、いわゆる「都市型汚染」と呼ばれるものであり、その汚染の程度も本件地域の環境濃度レベルや環境基準の達成状況からみて、重大なものとはいえない。
本件地域及びその周辺地域には、大気環境に影響を及ぼす煙源として、被告会社らのほかにも工場・事業場、自動車、船舶等多種多様かつ無数の煙源が存在している。これらの煙源は、大防法及び県条例により届出を義務づけられたある程度規模の大きいものから、無数の群小固定煙源や移動煙源まで様々であり、本件地域の大気環境は、これら煙源から排出される本件各物質の影響が複雑に重なりあって形成されている。
二 本件地域の影響煙源の定性的解析
本件地域は、風のとおりのよい地域で平坦地が広く開けているため、一様な風が広い地域で長距離にわたって吹き渡ることができ、特に北西及び南東方向からの風がよく吹き渡るといえる。また、本件地域の平均風速、静穏率及び弱風率は全国的な傾向と同様である。
本件地域における風向別平均濃度の差は小さいから、特定の風向の煙源の影響が大きいとはいえない。また、本件地域において被告会社らが風上になる風向の平均濃度と被告会社らが風上にならない風向の平均濃度の差が小さいことから、本件地域の濃度について被告会社らが支配的な影響を及ぼしていないことが示される。
二酸化硫黄は風速階級別に濃度差があまりないが、窒素酸化物は風が弱いときに濃度が上がる。そうすると、二酸化硫黄は煙源が面的にも高さ的にも多岐にわたっているのに対し、窒素酸化物は低煙源の影響が大きいといえる。
また、風向別の濃度差は小さいものの、北寄りの風系のときに被告会社ら煙源の風上である名古屋市北西部や中心部において濃度が高い傾向が見られることからも、本件地域における被告会社らの影響は小さいといえる。
海陸風日における陸風から海風に風系が変わった際に、海風域において濃度が高まる傾向はほとんどなく、むしろ広域海陸風日においては、海風が吹き込むことにより濃度は逆に低下する傾向にある。本件地域では北寄りの風系が他方向、殊に南寄りの風系と比べ圧倒的に出現頻度が多く(北寄り一様流日だけでも年間九〇日に及ぶ。)、北寄りの風系で濃度が高い傾向が認められる。北寄りの風系では本件地域は被告会社らの煙源に対して風上に位置することになり、この場合に被告会社らの煙源が大きな影響を与えることはあり得ず、被告会社らの煙源の影響は極めて限定的なものであることは明らかである。
本件地域において逆転層が存在する場合、高煙源である被告会社らの排煙が地表面付近に高濃度をもたらすことはなく、逆転層の存在による地表付近での高濃度化があるとすれば、それは地表付近で排出される低煙源からの煙によるものである。更に、上空の逆転層は地表付近の環境濃度に及ぼす影響は小さいことも被告会社ら高煙源の影響は小さいことを裏付ける。
被告会社らの排煙が風上にならない北寄りの風向の出現頻度が多いことなどにより被告会社らの影響が小さくなる時期(一〇月~一月)において本件地域の月別平均濃度は高くなっており、被告会社らの排煙は本件地域の環境濃度に支配的な影響を与えていないといえる。
窒素酸化物の時刻別平均濃度は、風速が弱く大気が安定しており、自動車交通量が多くなる時に高くなる傾向を示しているのであり、窒素酸化物については自動車等低煙源の影響が大きい。
大防法指定工場・事業場の排出NOx/SO2比が環境濃度NOx/SO2比と大きくかけ離れていることからも、大防法指定工場・事業場の影響が支配的でないといえる。
二酸化硫黄についてみると、中小煙源に対する規制により環境濃度が大きく改善されたことから、中小煙源の影響が大きいといえる。
窒素酸化物についてみると、大防法の定めるばい煙発生施設に対する規制が強化されているにもかかわらず環境濃度の低下が顕著ではないのであって、大防法の定めるばい煙発生施設以外の群小煙源(移動煙源を含む)の影響が大きいことが認められる。
これらの定性的解析によれば、被告会社らの煙源は本件地域の大気環境に支配的な影響を与えるものではないことが明らかであり、自動車等移動煙源を含む中小煙源の影響が大きいといえる。
三 被告らの排出量と環境濃度への影響
被告会社らの煙突等の煙源は多くが高煙源であり、排出された煙は排出後の時間の経過と共に、また排出口からの距離が遠ざかるにしたがって、大気中で上下左右に広がりながら十分に拡散・希釈されて地表面付近に到達するのであり、煙突等からの排出時の濃度がそのまま維持され、そのままの濃度で原告らの居住地点に到達するわけではない。逆に、原告らの居住地点の近傍には多数の低煙源(有効煙突高さの低い煙源)が存在するが、それら近傍低煙源の排煙は、たとえ排出量が少なくても、有効煙突高さが低いため十分に拡散・希釈されないまま原告らの居住地点に到達している。また、環境測定局の濃度データは測定点近傍の煙源の着地濃度に影響されやすい。したがって、原告らの居住地点の周囲に存在する多数の煙源からの排煙が、原告らの居住地点の大気環境にどのくらいの影響を及ぼしているかは、単純に各煙源の排出量比例で算出できるものではなく、被告会社らの排出量が多いからといって、被告会社らが原告らの居住地点の大気環境に大きな影響を及ぼしているとは言えない。
四 拡散シミュレーション
1 拡散シミュレーションを使用することにより、多種多様な煙源、煙の排出条件や気象条件を考慮し、個々の煙源から排出された硫黄酸化物等の大気環境に対する長期的な影響について、実測値との整合性の検討を経て科学的・定量的に把握することができる。愛知県の地域総合シミュレーションのモデルを使って各煙源ごとの排出データをインプットして計算を行えば、本件地域における各煙源ごとの排煙の到達濃度(寄与濃度)を算出できる。
2 被告会社らの排煙(二酸化硫黄)の本件地域内各測定局への寄与濃度
あらゆる煙源によって形成されている大気環境の実態を表すものは各測定局の環境濃度であり、ある煙源の地域に対する影響割合をみる場合には環境濃度に対する割合をみなければならない。
これによると、昭和四八年度において、原告らが多数居住する区域の測定局である白水小学校、港保健所、宝小学校における被告会社らの寄与割合は、二~三割にすぎないものであり、その他の測定局についても一~三割を占めるにすぎない。したがって、被告会社らの排煙が本件地域の大気環境に支配的影響を与えたものではなく、他の無数の中小煙源の影響が非常に大きかったものといえる。
同様に、昭和五〇年度の本件地域の二酸化硫黄濃度に対する被告会社らの寄与割合は、原告らが多数居住する白水小学校、港保健所、宝小学校の各地域の測定局において、合計で一割前後にすぎない。全測定局でも、最小で一割弱、最大で二割強を占めるにすぎず、昭和四八年度よりも更に限定的である。したがって、被告会社らの排出が、本件地域の大気環境を支配していたものでないことは一層明らかである。
第二争点二(集団的因果関係)についての主張
一 総論
加害行為と被害(権利侵害)との間の自然的因果関係の存否の認定は、純粋に事実的・自然的・機械的・没価値的に行われるべきであるから、最新の科学的知見を十分に踏まえてなされるべきは当然である。もっとも、実際には、一点の疑義をも差し挟む余地のない科学的因果関係の法則が確立されていない事象もあるという現実に鑑みれば、訴訟の場における因果関係の存在の立証及び認定に当たっては、そのような科学的因果関係法則の確立していない事実について、因果関係の存在を推定させる具体的な複数の間接事実を前提として経験則により因果関係を認定していく方法も是認され得るが、その場合においても「証明」という事柄の性質からして、因果関係の存在について高度の蓋然性が立証されなければならず、その心証の程度は、通常人が疑いを差し挟まない程度の真実性の確信に至る必要がある。
ルンバール事件に関する最高裁判決は、因果関係の証明の程度として、あくまでも特定の原因たる事実と特定の結果との間に通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るだけの「高度の蓋然性」を要求しているのであって、因果関係の存在について、具体的な数個の間接事実を前提として経験則に限らしてこれを認定する場合においても、決して証明度を緩和する趣旨ではなく、心証の程度において直接証拠による場合と少しも変わらない。
二 疫学的因果関係
疫学は、「人間集団における健康障害の頻度と分布を規定する諸要因を研究する医学の一分野」であり、実験的、臨床的知見上、疾病の原因が不明な段階において、集団に見られる特性を捉えて公衆衛生上の施策を進めたり、あるいは将来の臨床的解明の端緒とすることを目的とするものである。
大気汚染疫学においても、記述疫学において仮説を設定し、分析疫学で調査(信頼できるデータの収集)を行い、適切な分析疫学において、適切な分析手法で当該仮説の分析を行い、その結果、統計的関連性がみられた場合に、実験疫学によってその結果を検証するという過程を経る必要があるが、低濃度長期曝露の人体負荷実験等の実験疫学による検証が倫理上の問題等から十分に行い得ないため、疫学的知見について米国公衆衛生局長諮問委員会の五原則やエバンスの一〇原則などの一定の条件をあてはめて疫学的因果関係の推定を行うことになる。
三 本件各物質と本件三疾病との間には疫学的因果関係の推定をなし得るような疫学的知見は存在しない。
原告らが二酸化硫黄と本件三疾病との間の疫学的因果関係を示す根拠として挙げている疫学的知見は、いずれも慢性気管支炎の主症状である「持続性咳・痰」症状を示すにすぎないBMRC調査の「五+一〇」指標を用いたものであり「持続性咳・痰」を主症状としない気管支喘息及び肺気腫を把握できないのであって、本件各物質のうち、二酸化硫黄と気管支喘息及び肺気腫との関連を明らかにした疫学調査は存在しない。
また、「五+一〇」指標によって把握し得るのは、単なる主観的訴えと言うべき有訴率にすぎず、我が国において昭和三〇~四〇年代に実施されたほとんどのBMRC調査は、医師による診断が行われていないほか、この年代に使用された質問票では、英国のBMRC質問票の質問事項中から「二年以上」との文言が欠落しているため、同質問票において把握しようとした「持続性咳・痰」症状ではなく、一時的な咳痰症状も当然に含まれているのであり、しかも、種々のバイアスを排除するため十分な研修を受けた質問者による面接質問方式で行うべきとされるBMRC調査を、回答者自身に記入させる自記式で使用するなど、健康障害の把握の観点からはとうてい看過できない大きな問題点が存在している。したがって、我が国の大気汚染疫学調査においては、気管支喘息や肺気腫はおろか、「持続性咳・痰」を主症状とする慢性気管支炎すら把握できていないというのが実態である。
本件三疾病はいずれも非特異的疾患であるため、大気汚染を仮説要因とした疫学調査においては本件三疾病の交絡因子とされる性別、年齢、喫煙、職業性曝露などの要因による影響の排除がなされなければならないが、交絡因子を排除したり適切に補正することは困難である。
我が国で過去昭和五〇年代前半までに行われた四疫学調査をはじめとする大気汚染に関する疫学調査は、いずれも、本件各物質と本件三疾病との間の疫学的因果関係を究明するように意図した調査ではなく、しかも疫学調査の根幹をなす「量-反応」関係の把握について、「量」(すなわち個々人の大気汚染物質への曝露量)及び「反応」(すなわち健康障害の有無及び程度)の双方について、不適切かつ曖昧なものであるし(曝露量については、本来個々人の生活場所、様式等によって異なるのであるから個人曝露量を測定すべきであるが、それが困難であることから、我が国における大気汚染疫学調査においては、一定の地域に居住する者について大気環境測定局における測定値で代用し、しかも、二酸化硫黄濃度ではなく、正確性、信頼性に欠ける二酸化鉛法による硫黄酸化物量の測定値を使用している場合すらある。)、また本来、面接式が前提とされているBMRC質問票の自記式での使用、母集団選定においてのバイアス、標本抽出におけるバイアス、面接者によるバイアス、情報バイアスなど種々のバイアスの混入するものであるのみならず、このようなバイアスの評価検討が十分なされておらず、しかも交絡因子についての補正処理も十分に行われていないものであるなど、その調査結果は信頼性及び再現性の乏しい、とうてい信用できないものであって、二酸化硫黄と慢性気管支炎との間の「疫学的因果関係」の推定を行える資料とはなし得ないものである。
四 四疫学調査に対する批判
1 千葉調査(甲C二)
千葉調査が六一年専門委報告に形式的に当該調査名が記載されたことによって、その調査自体が有する根本的な問題点が解消されるものではない。
吉田らは千葉調査の解析において重回帰分析の基礎データである大気環境濃度を引用するに当たって、自ら一定のルールを設定しているにもかかわらず、六〇項目中三三項目が右ルールから外れたものとなっており、解析に引用された濃度データは厳密さ・正確さを欠いているということが指摘されている。
2 岡山調査(甲C四の1、2、六の1、2)
坪田ら解析(坪田第一論文~第三論文)は、岡山調査に基づき、二酸化窒素濃度と「持続性咳・痰」との間に関連性が認められたと結論付けるが、坪田らの行った解析には、調査地域区分設定の問題、測定データの重複使用の問題、調査対象者における職業性曝露の問題、対象者抽出の問題、標本推定値の信頼性の問題があるから、その結論を信頼することはできない。
3 六都市調査(丙B六、甲C五)
一般に「六都市調査」といわれているものには、環境庁調査(丙B第六号証、以下「環境庁調査」という。)といわゆる鈴木らの解析(甲C第五号証、以下「鈴木論文」という。)という二つがあり、前者の環境庁調査(「複合大気汚染健康影響調査 調査の概要及び主要調査結果のまとめ」環境庁環境保健部)は、環境庁が六地区五年間の調査結果を集計・解析し、これをとりまとめて作成した報告書であるのに対し、後者の鈴木らの解析(鈴木論文)は、この環境庁調査の資料を前提に、特定のグループ(環境庁調査のメンバーでない人員も含まれている)が、これにいろいろな解釈や解析を加えた論文である。
環境庁調査自体、曝露データ、反応データの収集という疫学調査の根幹の部分について統一した調整もないまま、複数の都市で委託を受けた各自治体により行われた調査を纏めただけのものである。調査の結果は大部分が有意性を示さないものであったが、調査そのものに、例えば測定局の選択・変更が不自然であり、しかもその点について検討された記載がないとか、またあまりにも有名な話であるが、富田林地区の測定局が途中で変更され測定値がデータとして出されたが、それが解析の段階で事後的に除外されたとか、疫学の基本的なルールからして、いずれも重大な問題点を有しており、さればこそ、環境庁調査は、結論を慎重な表現に止めるように配慮しているのである。つまり、環境庁調査では、「各大気汚染物質の濃度(又は量)と呼吸器症状の有症率の関係を統計学的に分析したところ、一部の例外を除き両者の間には順相関が見られた。これらの相関のうち、いくつかの組み合わせについては統計学的に有意であったが、大部分は有意でなかった。一方、大気汚染と本調査で行った呼吸機能検査の結果との相関については、一部の年度の、一部の項目を除いて統計学的に有意な関係はみられなかった」(丙B第六号証四九頁)としたうえで、あえて、「本調査の実施に際して、調査の初期においては、大気汚染の測定時間及び測定点の位置などに問題も含まれていたが、常時測定体制が未だ整備の初期にあった当時としては止むを得なかった。・・・本調査のような地域人口集団を対象とした疫学的調査は生物学的な因果関係の解明のための一つの基礎資料として役立つものであるが、疫学的調査のみに基づく統計学的な有意性の有無は必ずしも生物学的な因果関係の有無を意味するものではない」(丙B第六号証四九、五〇頁)と付加したのである。
一方、鈴木論文は、環境庁調査が相関係数のT検定で解析した同じ資料にカイ二乗検定(Cochran-Armitage)の方法を用いて別に解析したものである。鈴木論文は、その解析結果として、「「持続性咳・痰」の有症率と大気汚染との、関係の有無について・・検定を各年度について行ったところ、昭和四七年度はSO2、NO2、SPMおよびDust、昭和四八年度および昭和四九年度はNO、NO2およびNOxと有症率との関係が統計学的に有意であった。昭和四七年度以降三回にわたる面接調査で、「持続性咳・痰」の有症率と窒素酸化物との間に統計学的に有意であったことは注目された」とか「NO2、SO2およびSPMの年間平均濃度がそれぞれ約〇・〇二ppm、〇・〇三ppmおよび一五〇μg/m3以下であれば「持続性咳・痰」の有症率は二%以下であり、それをこすと有症率は四~六%であった」(甲C第五号証四九頁)などと、この解析によって呼吸器症状と大気汚染との間に具体的な関係があったことが認められたかのような記述をしている。
しかし、これらは前述のように「大部分は有意ではなかった」という環境庁調査に、別の方法により解析を加えたものであり、敢えて何らかの意味があるかのような結果を出すための操作を加えたものと受け止められても仕方ないものと言わざるを得ない(なお、いずれの方法で解析してもSO2に関してはほとんどの場合で有意な相関はみられなかった)。結論的にいえば「六都市調査」については、先に引用した環境庁調査の結論部分において述べられていること以上のことは何もいえないのである。
4 大阪・兵庫調査(甲C三)
大阪・兵庫調査(常俊論文)は、当該論文の基礎となっているという調査の名前が全く記載されておらず、データを確認するという基本的なことがそもそもできないから、それが正しいのか正しくないのかさえ判断できない(判断のしようがない)。
手法においても、例えば、調査対象者の健康影響調査は、昭和四六年から実施されたものであるが、仮説要因である大気汚染物質濃度は、「単年度の年平均値よりも多年度の平均値を用いた方が、慢性気管支炎の訂正有症率との間の相関がわずかに高くなる」(甲C第三号証二九五頁)として、昭和四七年から昭和四九年までの平均値をあえて使っており、本来、時間的なずれがあるはずの大気汚染の曝露を受けた時期と疾病が発病した時期との先後関係が全く考慮されていない。
また、結論についても常俊論文は、二酸化硫黄、浮遊粉じん、二酸化窒素といった汚染物質を様々組み合わせ、二酸化硫黄及び浮遊粉じん等、複合指標の一部に有意な相関関係を見いだしているが、二酸化硫黄、浮遊粉じん、二酸化窒素のそれぞれを指標とする大気汚染物質と、年齢、喫煙量を標準化した慢性気管支炎有症率との間には、有意な相関関係は認められなかったのである。
しかも、その各汚染物質単独の影響で全く関係がみられなかったデータについて、例えばSO2×NO2=xとして、〇・一二x+三・七=y(有症率)という極めて特異な、もちろん、後にも先にもこのような例を見ない類の式を作り、その相関係数を検定するなど、いかに当時まだ疫学研究が未熟だったとはいえ、「当時はやっていた日本の大気汚染の疫学調査一般的な傾向でしたがその当時の傾向に従った、かなり強引な結論を導き出していたもの」であって、この常俊論文は、大気汚染と健康影響との関係を肯定する資料には全くなり得ないというべきである。
これに加え、常俊論文は、もともと大阪府下一四地区、兵庫県赤穂市下七地区の合計二一地区で行われた疫学調査の中から、大阪府下六地区と赤穂市中心部の一地区を取り上げて解析の対象としたが、何故に当該七地区を選択したのか明らかにされておらず、有意性の出るような地区を恣意的に選択したとしか思えない。有意な関係が得られたというものについても、調査年度、調査対象者、調査方法等が異なる赤穂市調査を外すと、すべて有意な相関がなくなってしまう。
常俊ら自身、「本研究結果について、さらに検討すべき問題が残されている」として、「解析の資料とした調査地区がわずか七地区であった」、「一時的な高濃度汚染の影響を考慮していない」点を挙げ、窒素酸化物の影響を評価できない、窒素酸化物の影響を明らかにするためには、窒素酸化物の影響部位とされている末梢気道の変化を把握できるような疫学調査手法、機能検査方法等の開発・利用が必要である旨指摘しているところである(甲C第三号証二九九頁)。
したがって、大阪・兵庫調査(常俊論文)をもって、大気汚染物質と慢性気管支炎との間に、関連性があると結論付けることはできない。
五 環境庁a・b調査及び六一年専門委報告について
1 環境庁a・b調査(甲C二一、二二)
(一) 調査の特色
右調査はいずれも、我が国で初めてATS方式に準拠した質問票を用いて行われた本格的調査としての特色を有している。ATS方式では調査対象者が自ら回答書に記入するという問題があるものの、逆にこの自記式が採用されたため、質問調査者が直接質問し回答を記入する従来のBMRC方式と比べて大量の対象者を調査することが可能となった。
また、ATS方式では、アトピー素因・住宅構造・暖房方法をはじめとした種々の関連因子に関する質問項目も含まれており、これらの因子の交絡の可能性について、より精密な検討が可能となっている。更に重要なのは、BMRC方式ではみられない気管支喘息に関する質問項目が含まれており、大気汚染と気管支喘息との関連を検討することが可能となっていることである。
また、調査対象地域が全国に及んでいることも、本調査の特色である。本調査はいずれも大気汚染の健康影響を検討するために実施されたものであるが、これとあわせて、環境庁として全国各地の有症率自体を把握することを目的としていた。このため従来の調査のように気象条件がほぼ均一な地域を対象とすることなく、気象条件が大きく異なる全国各地を対象地域とする結果となっている(同号証一七五頁)。
調査対象者の点では、成人のみならず児童にも重点が置かれているのが特色である。
(二) 調査結果の評価
(1) 持続性咳・痰(成人)
「この二つの調査において、大気汚染と持続性咳・痰の有症率の関連に着目すると、一部に有意な関連がみられるものの、両者は必ずしも一致した傾向を示していない」(六一年専門委報告二三九頁)
(2) 喘息様症状・現在(児童)
「この二つの調査において、児童については、喘息様症状・現在の有症率と大気汚染との相関は、浮遊粉じんの男で異なる結果を示しているが、二酸化窒素で男女とも、二酸化硫黄では女のみ共通して有意な相関が認められた」(六一年専門委報告二四三頁)
(3) 喘息様症状・現在(成人)
「この二つの調査において、成人については、喘息様症状・現在の有症率と大気汚染物質との間に有意な相関はほとんど認められず、特に二酸化窒素との間にはいずれも有意な相関が認められていない」(六一年専門委報告二四五頁)
すなわち、六一年専門委報告は、右二つの調査で相関の有無が調査された症状のうち、成人についての「持続性痰」及び児童についての「持続性ゼロゼロ・痰」については、そもそも本件三疾病の指標とはなり得ないものであるとしたうえで、成人の喘息様症伏・現在の有症率については「大気汚染との間に有意な相関はほとんど認められない」とし、持続性咳・痰の有症率と児童の喘息様症伏・現在の有症率についても「一部に相関を示すものがある」としているにすぎないのである。
右二つの調査の結果によれば、「持続性咳・痰」症状有症率と児童の喘息様症状・現在の有症率については、一部に相関を示すものがあるとされているのであるが、その理由は明らかでなく(六一年専門委報告二三九頁)、これをもって大気環境との関係を論ずることもできないものである。
すなわち、右二つの調査の調査結果を総合的に考察すると、大気環境濃度が低い地域の方が高い地域よりも有症率が高率であるという部分や、濃度区分内の有症率を平均した場合には有意になるものの有症率の幅(最低~最高)でみると、濃度の違いにもかかわらず有症率が重なる結果になるという部分があるなどの矛盾があり、しかも男女で異質な結果になる点も多い。
(三) 専門委員会の評価
(1) 専門委員会は、以上のような諸点を踏まえ、六一年専門委報告の第四章「現状の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との関係の評価」において、次のとおり評価を行っている。
六一年専門委報告は、慢性気管支炎の基本症状と気管支喘息の基本症状について、次のように結論している。
(2) 慢性気管支炎の基本症状について
「現状の大気汚染が地理的変化に伴なう気象因子、社会経済的因子などの大気汚染以外の因子の影響を超えて、持続性咳・痰の有症率に明確な影響を及ぼすようなレベルとは考えられない」(六一年専門委報告二五〇頁)
(3) 気管支喘息の基本症状について
ア 児童について
「現状の大気汚染が児童の喘息様症状・現在や持続性ゼロゼロ・痰の有症率に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できないと考える。しかしながら、大気汚染以外の諸因子の影響も受けており、現在の大気汚染の影響は顕著なものとは考えられない」(六一年専門委報告二五二頁)
イ 成人について
「現状の大気汚染が成人の喘息様症状・現在の有症率に相当の影響を及ぼしているとは考えられない」(六一年専門委報告二五三頁)
すなわち、六一年専門委報告は、現在の大気環境は、右のごとき基本症状の有症率に対して、「明確」、「顕著」あるいは「相当」の影響を与えているとは考えられないとしているのである。
2 六一年専門委報告の結論について
(一) 六一年専門委報告の目的は、環境庁が中公審に対してなした我が国の大気汚染の態様の変化を踏まえ、公健法指定地域の今後のあり方について検討するために、現状の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との関係の評価を明らかにすることにあった。
(二) 六一年専門委報告の結論は、「現在の大気汚染が総体として慢性閉塞性肺疾患の自然史に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できないと考える。しかしながら、昭和三〇~四〇年代においては、我が国の一部地域において慢性閉塞性肺疾患について、大気汚染レベルの高い地域の有症率の過剰をもって主として大気汚染による影響と考え得る状況にあった。これに対し、現在の大気汚染の慢性閉塞性肺疾患に対する影響はこれと同様のものとは考えられなかった」というものである。
(三) 六一年専門委報告が「慢性閉塞性肺疾患の発病又は増悪」という表現を用いず、「慢性閉塞性肺疾患の自然史」という表現を用いたのは、六一年専門委は当初、何ppmの濃度でどれくらいの期間大気汚染物質に曝露されたら本件各疾病の発病又は増悪がもたらされるかを評価しようとしたものの、現在までに得られている知見からはこれを評価することはできないということで各委員の意見が一致したため、やむを得ず「慢性閉塞性肺疾患の自然史」という表現を用いたものである。
六一年専門委報告は、この点について、「疾病の歴史は原因因子、感受性のある人及びその人を取りまく環境が相互に作用し始めたときから始まるが、この時点では多くの場合には、その疾病の出現を検出することはできない。時間の経過とともに、感受性のあるものはある種の適切な検査を行えば変化が検出し得るような状態になり、早期診断が可能になり、やがて臨床的に疾病として病名を付けうるような状態になる。そして、最後は、回復、機能損傷による能力の損失又は死亡の経過をたどる」(六一年専門委報告四五頁)と説明しており、病気の自然史について、可逆的な疾病の準備段階や発病後の経過はもちろん、疾病に至らない生理的変化、組織病理学的な変化等も含む極めて幅広い概念として定義しているのである。
したがって、六一年専門委報告中の「現在の大気汚染が総体として慢性閉塞性肺疾患の自然史に何らかの影響を及ぼしていることは否定できない」との記載は、疾病に至らない可逆的な生理的変化、組織病理学的な変化等、本件各疾病の自然史にまで拡大して評価した場合、断定的に影響を否定できる知見がないことを意味するにすぎないものであり、もとより右記載をもって、六一年専門委報告が大気汚染物質と本件各疾病の発病又は増悪との関係を認めたと評価すべきものでないことはいうまでもない。
このことは、その後、中公審が六一年専門委報告を受けて、昭和六一年一〇月三〇日に「現行四一指定地域における大気汚染も含めて現在の我が国の大気汚染は、地域の有症率を決定する様々な要因の中で主たる原因をなすものとは考えられず」(乙A第二四号証四七八頁)として、「現行指定地域についてはその指定をすべて解除し、今後、新規に患者の認定を行わないこと」などを環境庁に答申し、これに基づいて昭和六三年三月一日に公健法の一部改正が行われていることからも明らかである。
(四) 六一年専門委報告の結論部分の「しかしながら、昭和三〇~四〇年代においては、我が国の一部地域において慢性閉塞性肺疾患について、大気汚染レベルの高い地域の有症率の過剰をもって主として大気汚染による影響と考え得る状況にあった」という記述は、六一年専門委報告の目的があくまでも「現状の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との関係の評価」であったことから、六一年専門委では昭和三〇~四〇年代については改めて検討はしておらず、大気汚染に対する過去の環境行政(公健法の存在そのもの)との形式的な整合性を持たせるために、非科学的な文章であることを承知のうえで、「傍論として記述されたもの」にすぎず、裁判における因果関係の判断の基礎的事実となるようなものではない。
六 六一年専門委報告以後の調査
1 大気汚染健康影響継続調査報告書(甲C一四)
本報告書の総合評価は、「二酸化窒素濃度と喘息様症状有症率との間には、全体として明らかな関係がみられなかった」(同号証二九頁)というものである。なお、喘息様症状の新規発症率が三〇ppbを超過する地区は高い傾向がみられたことから、二酸化窒素年平均値三〇ppb以下を達成し、維持することが望ましいとされているが、これは公衆衛生的な観点からの記述であって、因果関係については、結論として「本調査の結果をもって、直ちに大気汚染と喘息様症状の新規発症との関係が明らかになったものではない」(同号証二九頁)とされている。
2 窒素酸化物等健康影響継続観察調査報告書(乙B三二九)
本報告書の結論部分(同号証三五頁)には「調査対象者に対する呼吸器症状質問票に基づく喘息様症状(現在)の有症率と大気汚染との関連性については、性別、学年、家屋の構造、家族の喫煙状況等の影響を除くため統計的な処理を行った各地域の有症率と各調査対象地域の最寄りの大気汚染常時測定局のNO2の年平均値との間に、統計的な関連性が認められた」が、「NO2濃度の環境基準値に相当する年平均値二〇ppb~三〇ppbについては・・・二〇ppbを超え三〇ppb以下の地域における有症率については、二〇ppb以下の地域及び三〇ppbを超える地域におけるそれぞれの有症率との比較を行うことは困難であった」と記載されている。
「また、喘息様症状の新規発症率については、喘息様症状(現在)の有症率と同様に性別、学年、家屋の構造、家族の喫煙状況等の影響を除くため統計的な処理を行った各地域の新規発症率と最寄りの大気汚染常時測定局のNO2の年平均値との間の統計的な関連性はみられなかった」と記載され、最終的には、「今後も大気汚染と健康影響に関する調査について、他の関係する因子の検討を含め、調査研究を進める必要がある」とされている。
なお、本調査では、非暖房期、暖房期それぞれ一日ずつフィルターバッジを用いて二酸化窒素の個人曝露濃度と大気汚染常時監視測定局の測定データとの関連性が検討されているが、非暖房期の相関係数が高かったのに比して暖房期の相関係数は低く、また、「非排気型暖房器具を使用していた世帯の対象児童の平均濃度は、排気型や他の暖房器具を使用していた世帯の対象児童に比べて約八~三五ppb高く、全体では約二〇ppbの差を示していた」(同号証三八頁)とされており、室内汚染の影響が相当程度大きいことが示されている。
また、本報告書三七頁の「資料ロジスティックモデルに基づく統計的処理の結果」をみると、どの程度の相関が得られているか(厳密にはp値)表中からは不明であるが、相対危険度に相当するオッズ比がとりわけ高い因子はアレルギー疾患の既往の有無であって、二酸化窒素一〇ppbに対する推定オッズ比(=(約)相対危険度)が一・一一〇倍であるのに対し、アレルギー疾患の既往ありの推定オッズ比が八・六二五倍であり、九五%信頼区間の上限値では一〇倍を超える値となっている。
3 大都市喘息等調査報告書(丙B三三)
「東京・大阪及びその近郊のNO2個人暴露濃度を推計した患者群と非患者群の比較(大人)」については、「気管支喘息患者の病像・臨床像や発病原因に対する大気汚染の影響について、東京・大阪及びその近郊の市区町村に居住する患者及び非患者を対象にNO2個人暴露濃度を推計し、検討した。具体的には、この推定の対象者を患者群と非患者群に二分して比較検定を行ったところ、NO2個人暴露濃度の分布に関して、患者群と非患者群の間で統計学的な有意な差はみられなかった。
なお、アトピー素因、血液検査、生活習慣、生活環境に関しては、多くの項目で患者群と非患者群の間で統計学的に有意な差はみられたが、これらはいずれも、大都市地域の患者群と非患者群の比較はほぼ同じ結果であった」(同号証二九頁)。
「東京・大阪及びその近郊のNO2個人暴露濃度を推計した患者群と非患者群の比較(子供)」についても、「気管支喘息患児の病像・臨床像や発症原因に対する大気汚染の影響について、東京・大阪及びその近郊の市区町村に居住する患児及び非患児を対象にNO2個人暴露濃度を推計し、これを患児群と非患児群に二分して比較検討を行って検討したところ、NO2個人暴露濃度の分布に関して、患児群と非患児群の間で統計学的に有意な差はみられなかった。
なお、アトピー素因、血液検査、育児環境、生活環境に関しては、多くの項目で患児群と非患児群の間で統計学的に有意な差はみられたが、これらはいずれも、先に述べた大都市地域内の患児群と非患児群の比較とほぼ同じ結果であった」(同号証三一頁)。
また、以上の結果から、「大都市地域における気管支喘息の発症について」は、「大都市地域において昭和六三年三月一日以降新たに発症した気管支喘息の発症については、大人、子供とも、アトピー素因が関与し、その際ハウスダスト及びダニが主要アレルゲンであることが示唆された。なお、本調査においては、気管支喘息の発症因子としてNO2が関与することを示唆する結果は大人、子供とも、得られなかった」(同号証一一九頁)。
更に、「大都市地域における気管支喘息の増悪について」は、「大人については、NO2高暴露患者群の方がNO2低暴露患者群に対して病態が重い傾向にあり、また、病型以外のアトピー素因、生活習慣、生活環境等の項目について両患者群間に特段の差がみとめられなかったことから、東京・大阪及びその近郊において昭和六三年三月一日以降新たに発症した大人の気管支喘息の増悪因子の一つとしてNO2が何らか関与している可能性を否定できなかった。
しかしながら、子供については、大人とは逆に、NO2低暴露患児群の方がNO2高暴露患児群に対して病態が重い傾向にあり、また、アトピー素因、生活習慣、生活環境等の項目について両患児群間に特段の差がみとめられなかったことから、大人、子供を総じてみると、本調査の結果からは、気管支喘息の増悪因子をしてNO2が関与しているとはいえなかった。
なお、大都市地域患者群と対照地域患者群との間では、大人、子供とも、病態について特段の差がみとめられなかったことから、増悪因子を推定することは困難であった」(同号証一二一頁)というものであった。
4 平成八年度大気汚染に係る環境保護サーベイランス調査報告(乙B三三〇)
「大気汚染物質(NO2、NOx、SO2及びSPM)及び呼吸器症状への影響が推測される大気汚染物質以外の要因(アトピー素因、受動喫煙、ペットの有無等)が、どの程度喘息の発生率を高めるかについて行った検討では、NO2一〇ppb当たり一・〇五、NOx一〇ppb当たり一・〇三、SOz一〇ppb当たり一・〇二、SPM10μg/m3当たり一・〇四のオッズ比が観察されたが、統計学的に有意とは言えず、大気汚染物質濃度の濃淡と喘息の発生率との関係については、明確な結論が得られなかった」(同号証八二頁)。
なお、「性差(オッズ比一・八二)及びアトピー素因(オッズ比二・七九(本人)、一・九〇(親))において比較的大きなオッズ比が観察され、統計学的にも有意であることから、この二つの要因が喘息の発生率を高めることは明らかであった」(同号証八二頁)。
また、調査票に記載された住所から個々の対象児ごとに推定した大気汚染物質濃度(対象者別背景濃度)と呼吸器症状(喘息、喘鳴等)との間には、全濃度区分を通して一定の傾向はみられなかった(同号証八三頁)。
呼吸器症状有症率の地域間における比較検討では、対象者別背景濃度の地域ごとの平均値とその地域における呼吸器症状有症率との間には、濃度の高い地域ほど有症率が高い(統計学的に有意)という傾向を示すものはなかった(同号証八三頁)。
5 以上述べたように、これら1~4の各調査は、いずれも全国的な規模で行われたものであり、データについても健康影響については喘息の症状の把握を目的とした質問項目やアトピー素因や暖房等の種々の関連因子の質問項目も含まれているATS方式(及びその改良式)を用い、更に環境測定の方式も、特に3及び4にあるように個人曝露量を推定し得る可能性を持った手法を用い、また前向きコホート調査も行われている。
このように、四疫学調査に比べると調査の手法も相当に進歩し、また非常に重要なことであるが、四疫学調査にみられた恣意的なデータ操作、取捨選択がされていないというところに大きな違いがある。したがってこれらによって得られたデータについてはある程度の信頼性を置くことができるものといえる。
そしてこれらの比較的信頼性の高い調査結果からすると、1の「大気汚染健康影響観察調査報告書」と2の「窒素酸化物等健康影響継続観察調査報告書」の一部の評価指標について、大気汚染物質との関連が見られるものの、他の大部分については、有意な相関がみられていないのである。特に3、4の調査結果では大気汚染物質との関連が全く認められていないのである。しかも、2及び4の調査によれば、広範な地域を対象に行われたこれらの調査においては、二酸化窒素濃度いかんにかかわらず、アレルギー疾患の既往(アトピー素因)が喘息様症状の発現に圧倒的に影響を及ぼしていることを示しているのである。これは、二酸化窒素と「持続性咳・痰」症状及び喘息様症状との間に「疫学的因果関係」が存在しないことを示している。
七 本件地域における疫学調査は、大気汚染が社会問題化した状況の下、特別措置法及び公健法の「指定地域」にするか否かを行政的に判断するための資料を得る目的で行われたBMRC調査と、被害意識や身体影響の訴えをアンケート調査したものがあるが、これらはいずれも本件各物質と本件三疾病との疫学的因果関係を判断するために計画実施されたものではなく、「五+一〇」症状という健康影響指標の問題点や各種バイアスの混入等の問題点に加え、そもそも大気汚染疫学の根幹をなす大気環境濃度(曝露量)と健康影響(反応)との関係が全くあるいはほとんど検討されていないのであるから、これらの調査結果を本件各物質と本件三疾病との法的因果関係を認定するに当たっての間接事実として用いることは許されない。
ちなみに、これらの疫学調査の結果を統計的に解析した場合、本件各物質と「五+一〇」症状有症率、及び喘息様症状との間に統計的に有意な関連は認められないし、本件地域における唯一の本格的疫学調査の結果である「特定呼吸器疾患に関する基礎的調査報告書」(丙B第三八号証の一)によれば、「大気汚染と気管支喘息の発症の関係について」、「一定の関連を見いだすにはいたらなかった」のである。したがって、本件地域における本件各物質と本件三疾病との間の「疫学的因果関係」の推定ができる調査は存在しない。
第三争点三(個別的因果関係)についての主張
一 公健法制度の実態
1 公健法は、本件三疾病と大気汚染との因果関係は不明という状況のもとで、政治と行政の責任において制度的割り切りを行い、わずか一年半という異例の速さで制定、運用されるに至った救済制度である。
本件地域は、四日市市、川崎市、大阪市西淀川区より、大気環境濃度が格段に低いため、地域指定することは考えられていなかったにもかかわらず、特別措置法が制定されるや、激しい指定要求運動が行われ、世論・マスコミの高まりが現出し、中でも当時南医療生活協同組合みなみ診療所に勤務し、本件原告らの相当数の主治医でもある室生昇が右指定要求運動の急先鋒として同組合公害対策委員会とともに公害に関するアンケート調査等を行ったり、珪肺症患者の死亡を大気汚染によるとしてマスコミに発表するなどの活動を行った結果、公健法の第一種地域として指定された。
そして、公健法の認定手続においては「指定地域」、「曝露要件」、「指定疾病」の三要件を充足すれば、機械的に認定を行うこととされ、患者の疾病の原因が何であるかは検討されず、およそ大気汚染の影響が問題とならないような場合、例えば、既に指定疾病に罹患している者が指定地域に転入し、その後に曝露要件を満たした場合も、公健法による給付の対象者として認定することになった。
したがって、原告らが公健法の認定を受けたとしても、原告らの疾病と本件地域における大気汚染との間の因果関係を示すものではない。
2 公健法の問題点
(一) 主治医診断
公健法には主治医の定義がないため、認定申請に当たり提出される診断書の主治医は、呼吸器専門医である必要はなく、外科や産婦人科の医師であってもよいし、申請者を一度診断しただけで診断書を作成した医師も、主治医たり得る。しかし、指定疾病は互いに症状が重なり合うため鑑別が容易でない場合があり、また、類似の症状を呈する他の疾病が存在する。とりわけ、慢性気管支炎については、咳・痰症状を呈する他疾病が数多くある。そのため、指定疾病の診断は、本来、呼吸器専門医でなければ適切な鑑別診断が行えないのである。それにもかかわらず、呼吸器専門医でない医師が主治医として診断書等を提出するため、厳密な鑑別診断がなされないまま申請されることが多い。
(二) 認定審査会
昭和四八年に衆議院公害対策並びに環境保全特別委員会によってなされた「公害健康被害補償法案に対する附帯決議」には、「認定審査について意見をきめるにあたっては、特に健康被害者の治療を担当している主治医の判断が尊重されるよう配慮すること」とあり、また昭和四九年の環境庁企画調整局長通知(環保企第一〇九号)にも、「認定の審査は、主治医の診断書に基づき、さらに申請者の当該疾病についての所要の医学的検査結果等に基づき行うものであること」とあることから、いったん主治医が病名の診断をした以上、審査会は、医学的検査結果報告書等の資料から主治医の診断に疑義を持った場合であっても、その診断をくつがえすような判断をすることは差し控える傾向が強い。指定疾病以外の疾病に罹患している疑いがある場合でも、主治医の診断のとおりに認定を行うのが実態である。患者救済のための制度であるという公健法の趣旨から、主治医の診断が尊重されているのである。
また、一件当たりの審査時間も相当限定されている。認定審査会の開催頻度は、月一、二回であり、取扱い件数は、統計の数字に表れたもののみを計算しても、昭和五七年度の場合全国平均で、審査会一回当たり一四一件である。このほか、一度で結論を出すにいたらない保留分の審査や、毎年一回の被認定者の障害の程度の審査(見直し)分の審査を加えると、実数は更に多くなる。このように、認定審査会の事務処理量は、一件ずつに相当の時間をかける余裕があるとは言い難い実情にある。
そのため、指定疾病以外の疾患に罹患している者が認定を受けることや、指定疾病の間でも診断名の取違えが是正されないままに認定されることがしばしばある。
(三) 障害度評価、他疾病の参酌、他原因の参酌、死亡原因の審査
(1) 障害度評価
認定患者の障害度の評価は、特級、一級、二級及び三級の四等級に認定する方法によって行われ、当該患者がいずれの等級に該当するかは、各地域の審査会が、主治医診断報告書、医学的検査結果報告書等の資料を参考に、公健法に基づいて環境庁長官が定めた「障害補償費に係る障害の程度の基準」(乙B第八〇号証)に従って判定するものとされているが、主治医の判断が尊重されて、真の障害程度と異なる評価がなされることがある。
(2) 他疾病の参酌
公健法は、補償給付額の決定、改定に当たり、指定疾病による障害の発生、その程度の増進、不治及び死亡について、他疾病を参酌できるとしている(同法四三条)。
これにより、障害の程度の判断に際しては、認定疾病による障害について、「すべての指定疾病を通じて、指定疾病と関係のない疾病、いわゆる併存症又は随伴症を伴っている場合には、指定疾病による障害のみについて評価すること」(甲B第一六三号証二一九頁)とされており、被認定者の障害が、他の疾病によるものであるときは、これを除いて判断することが必要であるとされている。
場合によっては、心臓疾患と気管支喘息の混合した事例や、肥満が競合して生じたと思われる息切れ症状などのように、障害について、認定疾病によるものと他疾病によるものとを数量的に区分して認定することが困難な場合もあり得るが、それだからといって他疾病の参酌がおろそかにされてはならないのである。
しかしながら、実際の運用においては、主治医の診断が尊重され、他疾病の参酌が適正に行われているとは言い難い。
(3) 他原因の参酌
補償給付における他原因の参酌としては、「指定疾病による障害が発生したこと等について他に原因があると認められるときは、認定審査会の意見をきき、その他原因を参酌して障害補償費の額を定めることができ」、「具体的事例について慎重に医学的条件を検討のうえ・・・公正な取扱いとなるよう十分配慮されたい」とされている(乙A第二号証二二七頁)。
他原因として参酌されるべきものとして特に問題となるのは、喫煙とアトピー素因である。このような他原因が存在するときは、本来、大気汚染と疾病との間の因果関係は否定され、障害補償の給付対象から除外されるべきなのであるが、公健法では、このような原因を持っている者でも、前述の「制度的割切り」の結果、給付対象とされている。そこで、このような不合理を多少とも是正する目的で、補償給付額の決定においては、他原因の参酌が求められることになったのであるが、実際には、参酌はほとんど行われていない(乙A第八号証五五頁)。
(4) 死亡原因
被認定者が認定疾病に起因して死亡した場合、葬祭料、遺族補償費が支給されるが、その死亡原因の審査にあたっては、通常、主治医の診断書に基づくのみで、その裏付けとなる資料が検討されることはない。しかしながら、症状の程度が軽度であった者が死亡した場合などは、その死亡が認定疾病に起因するものか否か極めて強い疑問の存する場合がある。
他疾病または他原因が死亡に関与していると認められた場合は、前述のとおり、公健法四三条によりこれが参酌されるべきであるが、実際の運用においては、参酌割合は、四分の一、二分の一の二段階に定型化されており、給付は、一〇〇%、七五%、五〇%および〇%の四通りとされている。その結果、他疾病が死亡の原因であると認められる場合でも、認定疾病の寄与が多少なりとも認められる限り、給付が〇%とされることはなく、五〇%の給付が認められているのが実態である。かかる給付の在り方が妥当性を欠くものであることに多言を要しない。
(四) 認定患者の制度的増加
主治医に関しては、「特定の医療機関に患者が常識を超えて集中する場合もある」という実態が指摘されている。かかる不自然な実態は、公健法による認定にかかる診療報酬が一般の健康保険診療に比べて高く設定されたため、認定患者の診療は病院の経営上も有利であるということや、更に、患者の側でも、治癒による認定取消を喜ばない傾向があることに影響されている可能性が強い。そのため、大気環境が改善されても、逆に認定患者は増加し続ける「制度的増加」が発生することになったのである。とりわけ、公健法の指定地域の解除が行われた昭和六三年の直前には、認定患者が激増している。
二 本件三疾病間の鑑別と合併
1 持続的な咳・痰、息切れ、呼吸困難はそれぞれ慢性気管支炎、肺気腫、気管支喘息の特徴的な臨床症状であるが、例えば肺気腫患者であっても呼吸困難症状も伴うというように症例によっては、他の二疾病に類似した症状も呈することがあり、そのような場合は鑑別がかなり困難な場合もある。そのため、例えば肺気腫患者に呼吸困難症状が伴うというように鑑別がかなり困難な場合、呼吸器専門医ではない一般内科医のレベルでは適切な鑑別診断が行われず、本来肺気腫であるのに気管支喘息と誤診されたり、肺気腫と気管支喘息を合併していると誤診されたりすることが実際にはままある。とりわけ、本件三疾病は従来慢性閉塞性肺疾患として一括して扱われていた時期があり(特に肺気腫と慢性気管支炎はその時期が長い)、そのため実際の臨床の場において三疾病間の鑑別に重きが置かれず、適切な鑑別診断がなされない傾向もあった。本件原告らの中にも、二つ以上の疾病名で公健法上の認定を受けている者が多数いるが、これは認定審査会では、本当に二つ以上の疾病を合併しているのかどうか疑問がある場合でも、主治医(その多くは呼吸器専門医ではない)が合併しているとして認定申請をしてきた以上、公健法の救済法的性格もあって主治医の意見を尊重してそのまま認定しているからであり、必ずしも医学的見地から合併を認めるのが妥当であるから、そのような認定をしているわけではないのである。
2 慢性気管支炎とその余の本件二疾病との鑑別と合併
気管支喘息や肺気腫の罹患が認められ、それに持続的な咳・痰症状が伴う場合、実際の臨床の場では持続的な咳・痰症状を捉えて安易に気管支喘息(または肺気腫)と慢性気管支炎の合併と診断される傾向がある。
しかし、気管支喘息患者や肺気腫患者にも、持続的な咳・痰症状も伴う場合が多々あり、このような場合、その咳・痰症状は、気管支喘息若しくは肺気腫以外の原因によるものと明らかにされない限り、前述した除外診断の点からして、慢性気管支炎と診断しないことは呼吸器専門医の間では共通認識である。また、治療の面からしても慢性気管支炎と診断名を付けずに気管支喘息、肺気腫として治療を行えば十分である。
3 慢性気管支炎と気管支喘息との鑑別と合併
持続的な咳・痰症状は、慢性気管支炎の基本的な臨床症状であるが、気管支喘息でも時として認められる臨床症状であり、特に閉塞性障害を伴う慢性的な咳・痰症状を訴える患者について、従来臨床の場では気管支喘息等の閉塞性障害を来す他の疾病との鑑別が十分になされないまま慢性気管支炎との診断がなされるきらいがあった。
特に軽症の気管支喘息の場合、喘鳴を訴える程度で顕著な呼吸困難症状の主訴はないことがあり、そのため持続的な咳・痰症状が認められると、一般内科医のレベルでは適切な鑑別診断がなされないまま、慢性気管支炎と安易に診断されることがある。
慢性気管支炎でも、症例によっては加齢等に伴い、気管支喘息様の呼吸困難症状を呈する場合があり、そのような場合、その呼吸困難症状をもって気管支喘息と誤診される場合がある。
4 慢性気管支炎と肺気腫との鑑別と合併
肺気腫でも持続的な咳・痰症状を伴うことがあり、肺気腫と慢性気管支炎はその患者像(喫煙歴のある高中年齢者)に共通性があることもあって、その持続性の咳・痰症状をもって慢性気管支炎と誤診されることがある。
5 気管支喘息と肺気腫との鑑別と合併
発作性の呼吸困難症状は、本来気管支喘息の特徴的な症状であるが、肺気腫の場合であってもこれが認められることもあり、特に肺気腫が急性増悪した場合の症状は気管支喘息の呼吸困難症状と極めて類似する。また、本来は気管支喘息の特徴的な理学所見である乾性ラ音が肺気腫でも聴取されることがあり、そのような場合特に慎重な鑑別を要する。
気管支喘息と肺気腫の合併は実際にはそれ程ないが、まったく考えられないわけでもない。しかし、両疾病の発病機序は前述のように全く異なり、結果として一人の人間に両疾病が併存しても、それはまったく別個独立の原因によって発症したものである。
三 本件において考慮すべき他疾患
1 肺結核及びその後遺症
肺結核は結核菌による感染症であり、その主な症状は咳・痰である。また、肺結核自体の活動は停止した後に、その後遺症が存する場合がある。
肺結核は、その治癒の過程でしばしば結核病巣が瘢痕化し、気管支に拡張、狭窄等の不可逆的な器質的変化を生じさせることがあり、かような気管支の器質的変化が原因となって、肺結核自体の活動が停止した後も、喀痰が排出され、慢性気管支炎様の咳・痰症状を呈することがある。このように器質的変化が生じた部位には細菌が付着して感染を繰り返し易い。このように肺結核及びその後遺症は、咳・痰症状を呈する点で慢性気管支炎との鑑別が必要となる。この気管支の器質的変化は、胸部レントゲン写真では十分に確認できない場合も多く、そのような場合は鑑別がより困難になる。
肺結核の原因は結核菌であり、指摘するまでもなく大気汚染とは無関係である。
肺結核患者には咳が少ない傾向があるが、多数回の咳をする者もおり、単純に咳の回数の多寡で鑑別できるものでない。また、肺結核の後遺症の場合であっても必ず拘束性障害を示すものではない。リファンピシン等の抗結核薬の発達により肺結核後遺症を残す症例は減少しているが、後遺症が絶無になったわけではなく、リファンピシン出現以後も一定限度で後遺症は残っている。
2 心臓喘息
心臓喘息は本来、高血圧、虚血性心疾患、弁膜症等の心臓疾患に起因する左心不全(左心の収縮力の低下により、全身に十分な血液を拍出できない状態のこと)によって生じる急性呼吸困難発作の総称である。心臓疾患に起因して喘息様症状を呈するので、便宜上心臓喘息と言われているが、心臓喘息という名の独立した疾病名があるわけではない。
心臓喘息は気管支喘息同様、発作性の呼吸困難をその臨床症状の特徴とし、臨床症状だけからすると気管支喘息と極めて類似する。
左心不全によって左心の収縮力の低下が進むと、心臓から十分に血液を拍出できなくなり、心臓から血液が漏れ肺にうっ血が生じるが、横臥すると下肢の静脈にあった血液が心臓に急速に戻るため、より一層肺にうっ血が増加し、発作性の呼吸困難症状を呈するようになる。これが心臓喘息の機序であるが、そのため、就寝後(すなわち横臥後)一、二時間して発作が起きる場合が多いことがその特徴である。心臓喘息は当然心臓疾患の存在が前提であり、したがって、心臓疾患を窺わせる検査所見、すなわち胸部レントゲン写真では心肥大、肺紋理影増強等が、心電図では左室肥大、虚血性変化等の所見が見られる。その他の特徴としては痰は、漿液性、泡沫状のことが多く、ときに血が混じることもある。理学的所見としては湿性ラ音が聴取されることが多いが、乾性ラ音しか認められない場合もあり、そのような場合は気管支喘息との鑑別が一層困難になる。また、四肢(特に足に)に浮腫が認められることも多い。
なお、心臓喘息の場合であっても常時肺うっ血が生じているわけではなく、利尿剤・強心剤の使用により改善されるので、胸部レントゲン写真で肺うっ血が確認されないことが心臓喘息を否定する根拠にはならない。
3 慢性喉頭炎
慢性喉頭炎は、喉頭の粘膜の炎症が慢性化したもので、主症状としては嗄声、喉頭の疼痛、不快感及び咳・痰であり、慢性的に咳・痰が出る点で慢性気管支炎の症状と類似する。
慢性喉頭炎の原因としては、長期間の声の酷使、喫煙、慢性副鼻腔炎に伴う後鼻漏等が指摘されている。
4 気管支拡張症
気管支拡張症は、気管支壁の破壊を伴う不可逆的な気管支の拡張を解剖学的所見とし、その気管支の拡張が原因となって種々の呼吸障害を起こす疾病である。主な臨床症状は、持続的な咳・痰であるが、気道感染を繰り返し易いため、膿性痰の喀出がみられることがあり、肺炎等の感染症にも罹患し易い。時として血痰、喀血も認められる。病変の進展によっては呼吸困難を伴うこともある。持続的な咳・痰症状を伴う点で慢性気管支炎と類似する。
胸部レントゲン写真では、肥厚した気管支壁による二本の並行する線状影(トラムライン)若しくは嚢状拡張では輪状影が見られることが多い(山木戸主尋五四三項)。
気管支拡張症の発病原因としては、先天的な気管支の奇形等が原因となっている場合と、後天的な原因により発病する場合があると指摘されている。後天的な原因としては大別すると二つがあり、その一つは乳幼児期の気管支発育段階における肺炎等による気道感染が原因で気管支の拡張をきたしたものと、もう一つは成人後肺結核等に続発して気管支が拡張性変化を起こすものである。
気管支拡張症も、臨床的には大気汚染との関連性は指摘されておらず、気管支拡張症が公健法上の指定疾病(特に慢性気管支炎)の続発症として例示されているが、慢性気管支炎と気管支拡張症とは病因論的には関係がなく、これを続発症とすることは医学的に妥当性がない。気管支拡張症を続発させる疾病として医学的に認められているのは肺結核、肺化膿症、肺腫瘍、じん肺等である。
5 心・循環器疾患
心・循環器疾患があると、心拍出量を確保するため、心拍数の増加や頻呼吸が生じ、その結果労作時の息切れ、動悸等の症状を呈する。更に心臓の機能が低下し、左心不全が生ずるようになると、喘鳴、呼吸困難等の症状が伴うようになる。なお、心臓喘息は、ここにいう左心不全を原因とする諸症状のうち、左心不全の重篤化により特に発作性呼吸困難の著明な症状が見られるものである。
心疾患を窺わせる所見としては、心臓喘息の項で指摘したように胸部レントゲン写真では心肥大等、心電図では左室肥大等である。
6 肺線維症
肺線維症とは肺胞壁に炎症を生じ、その進行と共に広範囲な肺胞壁の線維化を生ずる疾患で、一般の肺炎とは異なり肺胞腔内ではなく肺胞壁に病変の主座があることが特徴である。
肺線維症の臨床症状としては、乾性咳、労作時の息切れであり、胸部レントゲン写真で初期にはスリガラス様陰影、進行につれて両肺野(特に下肺野)にびまん性の網状、粒状、線状等の陰影が出る。また、基本的には拘束性障害を起こすため肺機能検査では肺活量の低下が特徴的な検査所見であり、それに肺拡散能力の低下、低酸素血症を伴う。更に、血沈の亢進が認められることも多い。
肺線維症の発病原因として認められているものには、結核、膠原病、抗ガン剤の使用等があるが、肺胞壁を中心に原因不明の炎症が生じ、それに起因して広範囲な線維化が進むものもあり、このような原因不明の肺線維症は特発性肺線維症と呼ばれている。この特発性肺線維症でも、発病の関連因子として考えられているのは、免疫学的機序若しくは遺伝的素因であり、少なくとも大気汚染との関連は指摘されていない。
肺線維症は公健法上の指定疾病の続発症として取り扱われているが、確かに、慢性気管支炎が進展すると気管支の一部周辺に線維化が認められる場合もあり、肺線維症の研究が不十分だった時代には慢性気管支炎も肺線維症の中に分類されていたこともあった。しかし、慢性気管支炎が進展しても肺線維症のように肺胞の線維化は生じないことが医学の進歩とともに判明し、現在では慢性気管支炎に続発して肺線維症が発病するとすることは医学的に妥当性がないとされている。
また、肺気腫との関係でいえば、肺気腫は肺胞が破壊される疾病であるのに対し、肺線維症は肺胞壁が肥厚してくる疾病であって、肺胞をゴム風船に例えれば、肺気腫はゴムが伸びきった状態であるのに対し、肺線維症はゴムが厚くなる病気である。つまり両疾病の病態は正反対なものであって、肺気腫に続発して肺線維症が発病することはおよそあり得ない。
7 肺癌
原発性の肺癌の主症状は、咳・痰、血痰、胸痛、呼吸困難等であり、発熱、体重減少、倦怠感を伴う場合もある。特に気管支の中枢に発生した癌は、腫瘍の肥大に伴い気管支の中枢に狭窄・閉塞を生じ、喘鳴や呼吸困難等の喘息様症状を惹起させることがある。
肺癌は、胸部レントゲン写真では種々の異常陰影を呈するが、胸部CT検査等の画像診断によらなければ発見されない場合も多い。
現在、肺癌の危険因子として最も広く認められているものは喫煙であって、大気汚染との関係を肯定する確立した知見は存しない。
8 じん肺
じん肺は、粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化を主体とする疾病であり、粉じんを吸入することによって起こる呼吸器疾患の総称であり、鉱山労働者、溶接工等の粉じん職歴を有する者が罹患する職業性疾患である。
臨床症状は、咳・痰、息切れを呈するものが多い。胸部レントゲン写真では、肺の線維化を示す粒状影や不整形陰影等の所見を呈するのが特徴である。
じん肺の原因は言うまでもなく粉じんの吸入であって、大気汚染とは全く関係がない。
四 本件三疾病の発病原因の判断指標
1 気管支喘息
(一) アトピー型喘息の診断方法
気管支喘息患者について、その原因がアレルギーであることを明らかにするには、RIST、RAST、皮内反応のいずれかで「患者のアトピー素因」を確認すれば十分であるとするのが現在の世界的に承認された医学知見であり、抗原吸入誘発試験によって「原因となるアレルゲン」までを特定する必要は全くない。原告らの主治医も主張するように、同試験は危険であり、現在ほとんど行われておらず、一方、RASTと吸入誘発試験の一致率は、ハウスダストで九四%、全体のアレルゲンでも八九%と極めて高く、皮膚反応と吸入誘発試験の一致率も六五~六〇%と高い(乙E第五号証一九二頁)ことから、同試験を行うまでもなく発病原因と認められるからである。
現在判明しているだけでも喘息の原因となるアレルゲンは三〇〇種類以上が判明している。実際の臨床の場で、すべてのアレルゲンを検査することは不可能であり、かつ患者への投薬等の治療状況によっては、本来検査で陽性となるべきものが、陰性になることもある。したがって、仮にRAST、皮内反応で陽性となったアレルゲンが真の発病原因ではないとしても、他のアレルゲンが発病原因である蓋然性は極めて高い。そのため、現在の医学知見では、喘息患者において、RIST、RAST、皮内反応のいずれかで「患者のアトピー素因」が確認できれば、アトピー型喘息、すなわち特異的IgEを介して発病した喘息と診断するのである。
日本アレルギー学会ガイドラインの基準は、「<4>項を満足すればアトピー型喘息の範疇に属する」とあり、診断基準の<4>項はRIST、RAST、皮内反応による「アトピー素因の存在」である(乙E第四号証九、一〇頁)。また世界的な基準であるWHOグローバルストラテジーにおいても、「現行の基準(皮膚反応陽性あるいは抗原特異的IgE抗体量または総IgE抗体量の増加)」と記述があるように、吸入による「原因となるアレルゲン」の特定までを要件としてはいない。
(二) アトピー型喘息の診断基準
(1) 血清総IgE値(RIST)が高値であること
血清中の総IgE値を測定する検査で、寄生虫感染等の特段の原因がないにもかかわらず高値を示す場合にはIgEを産生しやすい体質であるということができる。RIST三〇〇IU/ml以上を高値とする。基準値は検査機関により異なることもある。
(2) 特異的IgE(RAST)が陽性であること
血清中の特異的IgE抗体を測定し、どのアレルゲンに対する抗体活性が高いかを見て原因アレルゲンを検索するために行われる検査である。RASTスコア二以上であれば陽性であり、原因アレルゲンと言える。
(3) 皮膚テストが陽性を示すこと
皮膚テストは、皮膚の表面に注射針で傷をつけ、アレルゲンの溶液を浸すスクラッチテストやプリックテスト、又は、皮内にアレルゲンの溶液を注射する皮内反応等の皮膚テストにより、膨疹・発赤の反応を見るものである。
皮内反応と抗原吸入誘発試験の一致率もRASTには及ばないものの高く、六〇~六五%位とされている。
(4) 減感作療法を行っていること
減感作療法は、まず皮内反応などで発病原因となることが明らかな抗原を特定し、更に皮内反応閾値を決定してから行う。したがって、減感作療法を行っているということは、上記のような検査で陽性を確認したうえでの取り組みと考えるべきであり、その患者はアトピー型喘息に分類される。
(5) アレルギー疾患の既往歴が見られること
アトピー性皮膚炎、じんましん、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎等のアレルギー疾患の既往や合併があれば、その患者にアトピー素因があることを意味している。そういう患者に喘息が起これば、アトピー素因に基づく喘息の発病であると捉えることができる。
(6) 小児期に発病していること
小児期発病の喘息患者は、ほぼすべてがアトピー素因とアレルゲンによって発病した喘息と考えられる。
(7) アレルギー疾患の家族歴があること
アレルギーの素因は多くは遺伝性である。WHOグローバルストラテジーには、「小児および成人における喘息にはアトピーとの関連が高頻度に認められるが、アトピーとは室内塵ダニ、動物性蛋白質、花粉およびカビ類などのありふれた環境アレルゲン上に発現したエピトープに対する特異的な免疫グロブリンIgEを産生する能力(多くは遺伝性)と定義される」(乙E第九号証三頁)と記載されている。したがって、気管支喘息患者の近親者についてのアレルギー性疾患の家族歴は、患者本人の気管支喘息にアレルギー反応が関与していることの徴憑となる。
(8) 発作の季節性
発作に季節性があることは、何らかの季節性の抗原が喘息の原因として働いていることを推測させる。
(9) インタール(抗アレルギー薬)が平成二年頃までに処方されていること
インタールは世界で初めて開発された抗アレルギー薬であり、喘息においても本来アトピー型の喘息の患者に使用される薬であった。その後、インタールの効果について研究がなされ、インタールに抗炎症作用があることがわかり、現在では非アトピー型の喘息患者にも使用されるようになってきた。平成二年頃まではインタールの選択は、アトピー型の喘息に限られていた。
2 肺気腫、慢性気管支炎
(一) 喫煙の原因性の具体的評価指標
肺気腫、慢性気管支炎の発病原因は長期間の喫煙が主であり、喫煙歴のある個々の原告について、その発病原因として喫煙の影響を考える場合に重視すべきものは、患者の喫煙期間である。そして、長期間の喫煙歴がある原告については、その発病原因は喫煙である。
喫煙量の把握においては、一日の喫煙本数や喫煙方法等が問題とされることがある。喫煙本数について言うと、臨床の場では、患者自身、喫煙が呼吸器に有害であることを十分に認識していることもあり、問診では主治医に対して、喫煙量、特に一日の喫煙本数については、非常に少ない本数を申告する傾向がある。そのため喫煙本数については、必ずしも正確な情報が得られないことが多い。したがって、曝露量を把握する場合には、喫煙期間を重視すべきであって、その期間も本人の申告のうち最大のものが最も真実に近いと考えてよい。また、喫煙方法の違い、例えば、口腔喫煙と肺臓喫煙との違いにより曝露量が異なるとの指摘もあるが、果たして口腔喫煙で止めているか否かさえ定かではないばかりか、そのような喫煙方法の違いにより、タバコの煙が肺中に入らないという保証など全くないのであって、このような喫煙方法を区別することの重要性を見いだすことはできないと言わなくてはならない。
(二) 禁煙の効果
肺気腫は、びまん的に肺胞が破壊される疾病であり、その組織の破壊は不可逆的であるので、肺気腫発病後に禁煙をした場合でも閉塞性障害は進行する。また、長期間喫煙後、肺気腫の特徴である息切れ症状が生じる前に禁煙した場合でも、病理学的には肺胞破壊が進行していることから、その進行が不可逆的であり、したがって後に息切れ症状を訴えることはしばしば経験されることである。他方、慢性気管支炎については、禁煙すれば、気道の炎症は次第に回復へ向かうといわれている。しかし、その場合でも気道の修復には相当の期間が必要であるとされている。慢性気管支炎の咳・痰症状については、一般には禁煙後速やかに改善することが多いが、喫煙期間が長期間にわたり、患者の病変がある程度進行している場合には禁煙後でも咳・痰症状が持続することも珍しいことではない。
第四争点四(共同不法行為の成否)についての主張
一 七一九条一項前段の解釈
1 一項前段の存在意義
一項前段は、狭義の共同不法行為と称されているが、共同行為者各自の行為は、それぞれ独立して不法行為を構成すべきものであり、各自は、各自が与えた損害につき個別に責任を負うはずのところ、特に被害者の救済を厚く図ろうとして、右共同行為者各自に対して、民法四二七条による分割責任を排除して、被害者の被った全損害のうち、共同行為者各自の加害行為と相当因果関係にある損害については、(不真正)連帯責任を負うべきことを明らかにした規定である。
すなわち、一項前段は、共同不法行為者について、民法四二七条の分割責任の原則を明示的に排除し、(不真正)連帯責任を負わせることとした点に存在意義がある。
2 一項前段の成立要件
(一) 共同行為者各自が独立の不法行為要件を充していること。特に共同行為者各自の行為と損害との間にそれぞれ因果関係が必要であり、その因果関係は相当因果関係であること
(二) 共同行為者各自の行為の間に客観的関連共同性が存すること
3 仮に、一項前段の共同不法行為について、成立要件としての因果関係は、原告らが主張するように、「共同行為と損害との間に存すれば足り、共同行為者各自の行為と損害との間には不要である」とする緩い解釈が可能であるとすれば、被告会社らは、自己責任の原則を厳格に貫くために、他方の成立要件である関連共同性については厳格な要件を課すべきであり、共同行為者間に主観的関連共同性が存することが必要であると考える。
二 七一九条一項後段の解釈
1 一項後段の存在意義
一項後段は、学説上、加害者不明の共同不法行為あるいは択一的競合共同不法行為(以下加害者不明の共同不法行為を含め、「択一的競合共同不法行為」という。)に関するものとされており、かつ因果関係の推定規定と解されている。
2 一項後段の要件
(一) 共同行為者各自の行為につき、全損害発生の危険性があること
(二) 共同行為者間に「特定性」があること
が必要であり、客観的関連共同性は必要としない。
三 重合的競合
本件も、仮に、原告らが大気汚染によって本件三疾病に罹患したものとすれば、同判決が挙げた都市型複合大気汚染事案に該当するものと解されるから、法的な評価としては、「重合的競合」に該当するということができる。しかし、「重合的競合」の場合において、一項前段あるいは一項後段の解釈適用、準用あるいは類推適用を行い共同不法行為の成立を認めることは許されない。
仮に百歩を譲り、「重合的競合」の場合においても、一項後段の解釈適用、準用あるいは類推適用により共同不法行為の成立を認めることができるとすれば、仮定的に次のとおり主張する。
1 加害者とされる者は、自らの寄与度(加害の程度あるいは相当因果関係の全部又は一部の不存在)を主張・立証することにより、損害賠償義務の免責・減責を求めることができる。
2 寄与度の事実に関する主張は、被告側の抗弁事由である。
3 裁判所は、過失相殺及び損害の公平な負担という不法行為法の理念に基づき、加害者とされる者の損害賠償義務を減責することができる。
第五争点五(被告らの責任)についての主張
一 違法性、故意・過失判断の基準
被告会社らの企業の生産活動に伴う煙の排出行為をもって、不法行為法上の加害行為と評価し得るか否かは、当該排出行為が行われた時代の価値観や科学的知見を基準として判断されなければならないのであり、具体的には、その煙の排出がなされていた当時の国民生活のレベルがなお低い水準にあり、経済発展が強く求められていたか否か、当時の実践可能な科学的知見によって二酸化硫黄、二酸化窒素あるいは浮遊粒子状物質について、その発生の機序、大気中へ排出された後の帰趨が明らかになっていたか否か、実践としての医学的水準において人体に対する影響が明らかにされていたか否か、排出抑制に関する技術が実践可能なレベルにあったか否か、立法機関や行政機関による規制がなされていたか否か、被告会社らが立法機関や行政機関の定めた規制値を遵守していたか否かなどを総合的に考察してなされるべきである。
二 被告会社らの責務の遵守
我が国は、第二次世界大戦後の時代から徐々に経済発展を遂げ、それに伴って国民の価値観の重点は生活レベルの向上から環境保全へと移っていき、科学の分野においても環境保全の技術の研究開発が始まり、排煙防止技術も次第に発展した。しかして、このような各時代の価値観と実践可能な科学的知見に基づき、国や地方公共団体が、企業がその生産活動を展開するに当たって、どこまで煙を大気環境中に排出し、負荷を与えることが許されるかの具体的な基準を示すべく、換言すれば、国民生活レベルの向上と大気環境保全という二つの価値観の調整をなすべく、この種の大気汚染に向けての規制を始めたのは、硫黄酸化物については、昭和四三年六月よりK値規制の手法を採り入れてからであり、一部地域において総量規制の導入がなされたのは、昭和四九年六月であった。また、窒素酸化物についても、昭和四八年八月から初めて濃度規制が開始され、一部地域(ただし、愛知県は含まれていない)への総量規制の導入がなされたのは、昭和五六年六月からである。
二酸化硫黄については昭和四四年(ただし硫黄酸化物)及び昭和四八年に、二酸化窒素については同年及び昭和五三年に、浮遊粒子状物質については昭和四七年に、それぞれ環境基準が告示されたが、環境基準は、「人の健康を保護する上で維持されることが望ましい基準」、「行政上の諸施策実施のための目標」と規定されているように、立法・行政機関が具体的な規制値を定める際の指針なのであるから、個々の企業に対して具体的な排出濃度の基準を示す性格のものではない。したがって、仮にある地域で環境基準を超える本件各物質の濃度が観測されたとしても、それによって直ちに当該地域に立地する各企業の煙の排出が違法・有責とされるものでないことはいうまでもない。
なお、本件地域においては比較的早い時期に二酸化硫黄及び二酸化窒素について環境基準を達成しており、未達成の時期においても、その環境濃度は本件地域以外の公健法二条一項による第一種指定地域として指定されていた政令指定都市(他都市)と比べて低めであり、右指定をなされたことのない近隣周辺地域に存在する都市(周辺都市)と比べても特段高いレベルではなかった。
被告会社らは、いずれもそれぞれの企業活動を通じて、我が国の国民生活の維持・向上に多大な貢献をなしてきたものであり、少なくとも本件地域に立地した時点で、その後の本件地域の大気環境を予測することは不可能であったし、その後立法・行政機関がその時代の価値観に基づき一定の科学的知見に裏打ちされた形で、本件地域の大気環境の実態を把握し、具体的な規制値を定めるようになって以降、これらを遵守するとともに、それ以上に可能な限り大気汚染物質を削減すべく各種の対策を採るなどの不断の努力を払ってきた。
よって、被告会社らの個々のこれまでの生産活動に伴う煙の排出は、社会的に許された適法な行為と推定されるべきであり、違法性・有責性を問われる余地もないものと解されるべきである。仮に、本件地域の大気環境に基づいて何らかの被害が発生したとしても、それは公健法等の補償によってその回復が図られるべきである。
三 諸事情の相関関係に基づく違法性、故意・過失の不存在
1 民法七〇九条にいう「他人の権利の侵害」とは、「違法行為」の徴表であり、この「違法性」は、侵害行為の態様と被侵害利益の種類との相関関係によって定められるとするのが通説である。
また、大阪国際空港公害訴訟最高裁判決(最判昭和五六年一二月一六日民集三五巻一〇号一三六九頁)は、「違法」な権利侵害ないし法益侵害となるか否かの判断をするに当たっては、<1>侵害行為の態様と侵害の程度、<2>被侵害利益の性質と内容、<3>侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、<4>侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間にとられた被害の防止に関する処置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察するとし、その総合判断のうえで「受忍限度」を超える被害がある場合に侵害行為の「違法性」が認められるとしたが、そこでいう「受忍限度」概念は「違法性」概念と同義であることを明らかにしている。
仮に、行政の規制を遵守したもとでの被告会社らによる個々の煙の排出行為が、当然には適法であると推定されないとしても、右<1>ないし<4>の諸事情を、相関的ないし総合的に衡量してみても、被告会社らの個々の煙の排出行為にはそもそも不法行為を構成するような違法性・有責性は存在しない。
2 侵害行為の態様と侵害の程度
(一) 本件は、個々の原告らから被告会社らに対して、共同不法行為に基づき被った損害の賠償を求める訴訟が主観的に併合された訴訟事件であるが、共同不法行為が成立するためには、個々の原告と個々の被告会社との間にそれぞれ独立して不法行為が成立し得る程度の侵害行為が存在することが必要であると解すべきであるから、侵害行為と被侵害利益との相関関係を判断するに当たっては、被告会社らの個々の煙が個々の原告に対して、その主張に係る被害を生ぜしめる程度のものであるかがまず問題とされなければならない。
そして、「被告会社らの個々の煙が、原告ら個々に対していかなる量で到達したか」という点の主張・立証は、本来原告らがなすべきものであるところ、原告らはそもそも今日に至るまで、その点についての主張・立証をしていない。
(二) 仮に右の点を暫くおき、被告会社らの排出する煙が本件地域の大気環境に及ぼす影響を問題とするとしても、そもそも、本件地域の大気環境に影響を及ぼす煙源としては、被告会社らのほかにも工場・事業場、自動車、船舶等多種多様かつ無数の煙源が存在しているうえ、煙は、排出されたときのままの状態・濃度で移動するのではなく、次第に拡散・希釈されて地表面付近に到達するのであり、有効煙突高さの高い煙源ほど煙は拡散・希釈され着地濃度が低くなること、そうした煙の挙動実態からいって、各煙源の排出量の多寡・排出量の割合は、各煙源の影響割合を示すものではないのである。右のような事情のもとでは、これまでに被告会社らが主張立証した本件地域の気象条件別濃度出現状況、風系別濃度分布、逆転層の出現状況と環境濃度の出現状況との関係、環境濃度の変化特性、NOx/SO2比、規制の変遷と環境濃度の推移といった観点から本件地域の大気環境に対する影響煙源を探るという定性的検討のみによって既に被告会社の個々の煙は本件地域の大気環境に支配的影響を与えているとは到底いえないことが明白である。
(三) 本件地域の大気環境濃度レベルをみても、本件地域以外の他都市と比べて低めであり、本件地域の周辺都市と比べても特段高いレベルではなかった。
すなわち、二酸化硫黄にあっては、年平均値による比較では、昭和四〇年代の前半は全国的にも高濃度汚染地域とされる川崎市、大阪市に比べてかなり低く、比較的濃度の低い神戸市、横浜市とほぼ同じレベルであり、同年代の終わり頃からは他都市より低めで推移しており、周辺都市ともほとんど変わらない低い値で推移している。また、二%除外値による比較でも、他都市に比べて低いレベルで推移しており、周辺都市とほぼ同じ低いレベルで推移しているのである。
二酸化窒素についても、年平均値による比較では、東京都、横浜市、大阪市に比べて低いレベルにあり、九八%値による比較でも、他都市の多くが本件地域より高い濃度レベルにあり、周辺都市との比較においても、二酸化硫黄の場合と同様の傾向を示しているのである。
このような大気環境の実態から、本件地域においては比較的早い時期に環境基準を達成しており、未達成の時期にあっても、環境基準を大きく上回るような状況にはなかったのである。
(四) 被告会社らはいずれも、その時々の行政による排出規制値を遵守し、生産活動に必要欠くべからざる程度の燃焼によって煙を排出しているにすぎない。被告会社らによって排出されたこれらの個々の煙は、地形、風向、風速等の影響を受けて拡散・希釈されており、その到達量は極めて低いレベルのものである。
したがって、被告会社らが排出した個々の煙によって原告ら個々の生命、身体を侵害しているものではないことは極めて明白である。
3 被侵害利益の性質と内容
(一) 最近の医学知見からすれば、原告らの発病原因は、気管支喘息についてはアレルゲンへの曝露であり、肺気腫及び慢性気管支炎については喫煙なのであって、原告らの主張するような本件地域の大気汚染物質によるものではない。
仮に、本件地域内の大気汚染物質への曝露によって、何らかの身体的影響があるとしても、いわゆる「意義のはっきりしない生理学的および他の変化」にすぎず、疾病とは到底言えない。
(二) 原告らの主張する健康被害については、公健法ないし名古屋市救済条例に基づく手厚い補償によって既に回復されているとみるべきである。
4 公共性ないし公益上の必要性
環境保全のために国民生活のレベルの低下を招いてでも、各企業の生産や供給を制限したり停止させたりするか否かの判断は、国民の負託を受けた立法機関ないし行政機関においてのみなし得る。そして、我が国の立法・行政機関は、生産停止等の施策は採ることなく、各時代の価値観と実践可能な科学的知見に基づいて、各種の排出規制を行うことによって国民生活レベルの維持・向上という価値観と大気環境の保全という価値観との調整に対処してきた。
被告会社らは、右立法・行政機関による排出規制をそれぞれ遵守してきたのであって、被告会社らがそれぞれの生産に伴ってなしてきた煙の排出行為は、公共性ないし公益上の必要性が認められたものである。
5 被害防止措置の内容と効果
(一) 被告会社らはいずれも、その時々において可能な限り大気環境を保全するべく各種の対策を採るなどの不断の努力を払い、所定の効果を挙げ、行政による規制を遵守してきた。
(二) 違法性、故意・過失の判断は、現時点を基準として過去に遡ってこれをなすことは誤りであり、それぞれ当該排出行為が行われた時点での価値観や科学的知見を基準としてなさなければならない。被告会社らは、その時々の行政の規制値を遵守することで適法に煙を排出していると認識していたものであり、のちに大気汚染が社会問題となった時点はもとより現時点においても、自社の排出する煙が地域住民に直接健康被害を与えているとは認識していないのであり、更には、仮に本件地域において自社が煙の排出を全くしていなかったとしても、原告らの主張する被害なるものは発生していたものと理解している。
四 立地に関する違法性、故意・過失の不存在
被告会社らの本件地域への立地の経緯によれば被告会社らの立地はいずれも国民生活の維持・向上を支える必要不可欠なものとして社会的に認知されていた。原告らが本訴において主張するような被害の発生は、仮にそれが存するとしても、被告会社らが本件地域に立地する当時の実践可能な科学的知見、及びこれに基づく立法・行政機関による規制の存否ないし程度等からも明らかなとおり、被告会社らにとって予測の範囲外であったことは明白である。
被告会社らはいずれもそれぞれの時期に適法に立地し、操業を開始しており、原告らが主張するように、本件地域に立地すれば、他の各事業場及び自動車等から排出される大気汚染物質と相まって地域住民の生命、健康、財産に重大な被害を与えるなどという認識を持ち得るはずはなく、またそれを予見する可能性もなかった。
したがって、被告会社らの本件地域への立地には違法性はもとより故意・過失もなかったことは明白である。
五 操業に関する違法性、故意・過失の不存在
1 被告会社らは、立地後の操業に当たっても、立法・行政機関が各時代の最新の科学的知見に基づき、適法に煙を大気環境へ排出し得る許容限度を示すべく各種規制を定めてからはこれを遵守してきたことはもちろんのこと、それ以前からも各時代の最新の防止技術を採り入れるなどして、可能な限りの対策を施し、大気汚染物質の排出を最小限に抑えてきた。また、現在までのいずれの時代においても、その当時の最新の科学的知見に照らしても、本件地域の大気汚染物質と本件三疾病との因果関係は明らかになっていない。
したがって、被告会社らは、本件地域において操業を継続すれば、他の各事業場及び自動車等から排出される大気汚染物質と相まって地域住民の生命、健康、財産に重大な被害を与えるという認識など持つ余地はなく、またそれを予見する可能性も全くなかった。
2 被告会社らの操業に違法性があるとされ、有責とされるには、単に、結果発生についての予見可能性が存するだけでは足りず、被告会社ら個々が自らの力によって結果を回避できるという期待可能性が存することが必要である。
しかし、被告会社らが単独で、本件地域における自動車等の移動煙源や不特定多数の固定煙源等との間において、大気環境の改善のために総合的、有機的な施策を遂行するなどということは過去はもとより現在でも不可能なのであって、このことは相互に特段の関係を持ち合わせていない被告会社らの間においても全く同様である。被告会社らは、これまでに各時代における実践可能な科学的知見に基づいて国及び地方公共団体が行ってきた各種の規制を遵守することによって適法に煙を排出してきたのであり、被告会社らが、右規制値の遵守以上に、それぞれの力のみによって各時代ごとに本件地域における大気環境の悪化を回避するための具体的な措置を講ずることは、およそ期待し得なかったことは明白である。
六 大防法二五条について
1 大防法二五条一項は、ある特定の事業者のばい煙等の排出と相当因果関係にある健康被害が発生したことが立証されれば、当該事業者に故意・過失が存するか否かを問題とすることなく賠償責任を認めるという定めであり、特定の地域における大気汚染物質と健康被害との間に相当因果関係が認められれば、当該地域において事業活動に伴うばい煙等を排出しているすべての事業者に無過失責任を認めるという趣旨でないことは、その文理上からも明白である。けだし、後者のように解すると、「当該排出に係る事業者」の範囲が際限なく広がってしまい、無過失責任を定めた同法の趣旨を明らかに逸脱してしまうからである。しかして、昭和四七年一〇月一日以降に限定するまでもなく、被告会社らの排出した煙のうち原告らに到達する量は極めて限られた量にすぎないのであるから、被告会社ら個々の煙の排出のみにより健康被害が生じる余地がないことは明らかである。したがって、そもそも被告会社らの事業活動に伴う煙の排出が同条の要件を満たすことはあり得ないのであるから、被告会社らが同条に基づく責任を負う余地はない。
2 ところで、無過失責任とは、政策的な配慮から過失責任における注意義務を究極の到達点まで高度化したものと解されており、単なる結果責任とは異なるものというべきであるから、当該行為者に対して何らかの形で結果回避の可能性が残されていることを当然の前提としているのである。しかして、仮に原告ら主張のように被告会社らの個々の煙によってではなく、本件地域の大気環境によって健康被害が発生したことをもって、被告会社らの責任を追求し得ると仮定しても、その前提として、被告会社らに、同社らが個々に本件地域全体の大気環境を、自らの操業を停止ないし削減することによって改善することができるという結果回避可能性が存することが必要であることは明白である。しかしながら、被告会社らの単独の力によっては、同条施行後において、本件地域の大気環境を原告らが理想とする状況にまで改善することが期待できなかったのであり、本件地域のように昭和四七年一〇月一日以前において既に「都市型汚染」が存在しているような事案においては、そもそも被告会社らには全く結果回避の可能性が残されていないのであるから、被告会社らが大防法二五条一項に基づく無過失責任を問われる余地はない。
よって、仮に被告会社らが個々に昭和四七年一〇月一日以降排出した煙が原告らに到達し、原告らにその主張のような健康被害が生じていたとしても、被告会社らにはこれを回避し得る期待可能性が全くなかったのであるから、大防法二五条一項に基づく責を負ういわれはない。
第六争点六(損害賠償の額)についての主張
一 包括請求の不当性
財産的損害については、損害賠償を請求する側に、その損害発生の事実だけではなく、損害の数額をも立証すべき責任が課せられているのであるから、原告らは、積極損害、消極損害それぞれについて、自らが被ったとする被害の個別項目ごとの内容とその額(損害金額)を主要事実として主張・立証しなければならない。
しかるに、原告らは、財産的損害と精神的損害との区別すらすることなく、損害の各項目及びその額について何ら主張しないのであるから、本件請求は主要事実に関する主張を欠き、それ自体失当なものとして棄却を免れない。
二 一律請求の不当性
1 身体侵害に伴う損害は、経済的侵害と慰籍料の両側面において、極めて個人的な要素から形成されるものであって、損害額が一律同等になるはずはない。
2 大阪国際空港公害訴訟最高裁大法廷判決(昭和五六年一二月一六日)は、損害の認定が本来個別的になされなければならないものであるとの原則的立場を示したうえ、<1>最小限度の被害を受けている者を基準として、その限度で一律に、<2>非財産的損害としての慰籍料の形でのみ請求することは許されるとしているにすぎず、本件原告らのように、財産的損害と非財産的損害(慰籍料)の双方を一つにくくった包括慰籍料なるものについて、これを四段階に区別し、各段階ごとに一律金額として請求する方法などを是認しているわけではない。
したがって、財産的損害中、まず積極的支出についていえば、原告ら各自が各種の支出をしているとすれば、原告らはその支出の内容を明らかにすべきである。また、逸失利益については、年齢、性別、過去の実績、収入低下の程度等に基づいて、原告らは、各自の逸失利益額を明らかにすべきである。原告らの主張では、認定等級が同級であれば、幼児の場合でも、成年の場合でも、また、老年の場合でも同額の損害を被っているということになるが、その不当なることは明らかである。
また、慰籍料に関しても、それぞれの原告らに生じた精神的苦痛は、本来、罹患期間の長短、病態等によって差があるのであり、原告らは、右大阪国際空港公害訴訟最高裁判決に従って最小限の被害を主張するものではない限り、精神的苦痛の原因たる個別事情について、これを明らかにすべきである。
3 一般に、一律請求の根拠といわれているものは、人間の平等、公害被害等の等質性、個別立証の困難性の救済、多数原告内部の団結の維持等である。しかし、人間の平等については、公害被害であるからといって、すべての原告に被害が等質的に現れるはずがなく、そう考えることはむしろ、人間の独立性、個別性を無視するものであり、更には人間の尊厳自体を侵害するものである。個別立証の点については、本件訴訟は集団訴訟の形をとっているが、本来的には各個人個別の事件であり、個別の事件であれば、損害額について当然に主張・立証を要するのであるから、たまたま訴訟が集団訴訟の形をとったからといって、個別損害の主張・立証が軽減される理由はない。多数原告内部の団結の点については、訴訟外の問題であり、訴訟における主張・立証の軽減理由とならないことは当然である。
同一の交通事故によって、複数の人が死亡し、又は複数の人が最終的に同一の後遺症等級の認定を受けた事例を考えても、最終損害認定額は絶対に一律ではなく、年齢、性別、過去の収入実績、加療期間の長短、家族関係、既払金等に従い、積極損害、消極損害、慰籍料のすべてが個別的に算出され認定されるのであって、その交通事故がいかに大規模なものであっても、右算定の原則が崩されるということはあり得ない。
ところが、本件請求は、死亡の事実あるいは最重症等級の事実だけに着目し、その他の重要事実は一切捨象し、更には公健法等による行政上の給付の有無、多少をも捨象し、一律の損害賠償を求めるものであって、その請求が不当であることは明らかである。
三 一部請求の不当性
1 一部請求については、一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨の趣旨が明示されていない場合は、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したこととなる。そして、一個の債権の全額は当然当該債権者において特定ないし算定し得るものであるから、一個の数量的な一部についてのみ判決を求める趣旨が明示されている場合とは、その債権の全額を明示してなおかつその一部を請求することが明白な場合をいう。
また、損害賠償請求訴訟にあっては、生命侵害、身体傷害といった事実のみが主要事実ではなく、各種損害の費目とその各々の額が主要事実であって、一個の損害賠償債権の全額が明示されなければ、過失相殺、損益相殺、弁済の抗弁がなされた場合に、裁判所としても請求額に対してこれを認容すべきか否か、認容するとしてどれだけの額を認容するのかの判断が不可能にならざるを得ず、被告の防御権の行使を不当に損なうことにもなる。
2 したがって、「すべての損害のうち、公健法等の行政上の給付によってもてん補されない損害の内金請求」であるとする原告らは、それぞれ自分が、被告会社らの排出等によって、具体的にいつの時点までに総額いくらの損害を負い、そのうちいくらについて行政上の給付を受けたのかを明らかにして一部請求であることを明示すべきである。ところが、原告らは、一定の金額を請求の趣旨に掲げながら、その内訳を単に抽象的に主張するのみであり、その請求は不特定として却下を免れない。
四 被告会社らの賠償責任の限定
1 本件各疾病の発病について、大気汚染以外にも発病に関する他因子が存在するのであり、大気汚染の発病に関する寄与割合は限定的であるから、原告らの疾病によって生じた損害のすべてを被告会社らに賠償させる根拠はない。
大気環境の慢性気管支炎(ただし、肺気腫についても被告会社らに賠償責任を負担させる余地が存するというのであれば、肺気腫を含む)罹患に対する寄与割合は最大でも一九%であり、大気汚染の気管支喘息罹患に対する寄与割合は最大でも一四%である。
2 大気汚染物質の到達について、原告らに到達したとされる本件各物質中被告会社らの排出分は一定の割合にとどまり、被告会社らが訴外第三者の排出分について損害賠償義務を負うことはないから、被告会社らは原告らに生じた損害の全部について損害賠償義務を負うものではない。
3 右両減責の理由は全く異なった性質のものであり、併立するものである。
五 過失相殺等
被告会社らは、主位的に、慢性気管支炎と肺気腫の原因は喫煙であり、気管支喘息の原因はアレルギーであることを主張するが、予備的に喫煙が本件各疾病の、またアレルゲン及びアトピー素因が気管支喘息の発病、増悪に大きく寄与していることも主張する。
本件三疾病を含む呼吸器疾患について、喫煙が最も有害であることは一般的に知られたことであり、この有害な習慣を継続することは健康保持上の過失であることは明らかであるから、喫煙原告については大幅な過失相殺がなされるべきである。また仮にアトピー型気管支喘息について大気汚染がその発病、増悪に一部関与しているとされる場合にも、圧倒的な原因は、アレルゲンとアトピー素因という被告会社らとは関係のない、あるいは原告側のみの事情であることを勘案して、公平の原則上、過失相殺と同様な配慮により、損害額につき相当な減額がなされなければならない。
六 損益相殺
1 原告らは、公健法と名古屋市救済条例(以下併せて「公健法等」という。)によって、補償給付を受けていることを認めている。これら公健法等による給付は、原告らが被ったと主張する損害と同一の原因によって生じた利益であるから当然に損益相殺されるべきものである。また、公健法による給付の本質は、「本制度により給付が行われた場合には、給付に要する費用を本制度に基づいて拠出した者はその給付額の限度において被害者に対する損害賠償の責めを免れる」ことにあるのであるから、その点から考えても、費用拠出者である被告会社らは、給付額の限度で損害賠償の義務を免れる。
2 損益相殺の順序について、公健法による給付の本質からすれば、損益相殺は被告らの原告らに対する賠償額が観念上算出された後においてなされるべきである。それは自動車事故の損害賠償事件において、被害の総額の確定、これに対する過失相殺の適用、その後における自賠責による給付の控除の順をもって最終賠償額が決定するのと同じである。
すなわち、公健法給付の性質については、「行政上の損害賠償保障制度」であり、「本来的にはその原因者と被害者との間の損害賠償として処理されるものにつき制度的解決を図ろうとするものであ」って、たんなる社会保障制度にとどまらず「民事責任をふまえた損害賠償保障制度として構成」されるものである。そして、給付請求者は、加害者に対する損害賠償請求権者として給付を受けうるのであるから、給付金は、損害賠償請求額に充当(損益相殺)されるべきである。
また、被告会社らは補償給付の原資として汚染負荷量賦課金を負担しているものであるが、右負担は、補償給付が損害賠償に充当されるがゆえに合理的な負担なのであり、単なる社会保障にとどまるならば企業が負担する合理的な根拠は失われる。被告会社らの支出した賦課金を原資とする給付は、真に原告らが被告会社らに対して有する損害賠償請求権(すべての減責を考慮した後に残る請求権)に対し損益相殺されるべきである。
第七争点七(消滅時効の成否)についての主張
一 「損害を知りたるとき」の意義
消滅時効の起算点のうち、「損害を知る」とは、損害が現実に発生したことを知れば足り、それ以上にその損害の程度や数量を正確に、具体的に知ることまでは必要でない(大判大正九年三月一〇日・民録二六巻二八〇頁)。
そして、被害者が不法行為に基づく損害の発生を知った以上、その損害が進行、拡大する場合においても、その損害と牽連一体をなす損害であって、当時においてその発生を予見することが可能であったものについては、すべて被害者においてその認識があったものとして、同条前段の消滅時効が進行を始めるものと解すべきである(最判昭和四二年七月一八日・民集二一巻六号一五五九頁)。
本件の場合、「損害を知る」とは、原告らが本件各疾病の発病を認識することである。なぜなら、原告らはその発病によって経験則上考えられる一般的な病状の経過を予見することができ、そこから生じる損害は牽連一体をなす損害として、発病時から損害の全部についてその消滅時効が進行すると解されるからである。
仮に原告らが本件各疾病に罹患しているとすると、原告らは、それぞれその発病時において、「損害」を知っていたということになる。また、遅くとも、本件各疾病に罹患しているとの診断を受け、これに基づいて公健法等の認定を受けた初認定時点においては、「損害」を知っていたということになる。
二 「加害者を知りたる時」の意義
「加害者を知る」とは、原告らが、その発病について原因を与えた行為者を認識することである。その認識とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味するものと解するのが相当である(最判昭和四八年一一月一六日民集二七巻一〇号一三七四頁)。
本件において、原告らはその疾病の発病の原因が本件地域における大気汚染にあり、その大気汚染は被告会社らからの排煙の影響によるものであると主張している。この主張によれば、本件地域における大気汚染が被告会社らからの排煙によるものだと認識した時点が、原告らが「加害者を知りたる時」に当たることとなる。
原告ら関係者は、被告会社らに対し公害対策及び賠償を求める交渉を繰り返してきたし、また法律、条例等の制定及びこれらによる地域指定に基づく補償等が実施されてきた。これらのうち、公健法等に基づく補償給付は、被告会社らを含む企業からの拠出金等によってなされてきた。
これらの事実がマスコミ報道等により公表されていたことに鑑みれば、原告らに対して公健法等に基づく認定がなされ始めた昭和四九年九月一日までには、被告会社らが「加害者」であることを原告らが認識し得るようになったといえる。
遅くとも、原告ら各自においては、公健法等に基づくそれぞれの初認定時には右認識があったというべきである。けだし、原告ら各自においては、右認定申請に当たり制度の趣旨、内容、認定の要件等を十分認識し得る状況にあり、同状況下においてそれぞれ初認定を得たといえるからである。
三 各原告の消滅時効の起算点
1 原告らは、遅くとも、それぞれ各初認定時には、消滅時効の起算点である「損害及び加害者を知った」ものであるから、各初認定時が時効の起算点となり、この起算点以降三年間の経過によって、そのすべての損害に関する損害賠償請求権についての消滅時効が完成していることになる。
なお、原告番号七四、七五、一二七の相続人原告については、被相続人が右消滅時効が完成する前に死亡していても、相続人原告が承継人である以上、被相続人について消滅時効が完成する時に、相続によって取得した当該請求権が時効によって消滅する。このうち、相続人原告北見久枝(原告番号七四)については、被相続人北見正一が本訴提起の三年以上前の昭和五四年二月六日に死亡しているので、いずれにしても、本訴提起時には、請求全額につき消滅時効が完成していたことになる。
以上のとおり、その初認定時期が本訴訟提起の三年より前である原告ら全員に対して、それぞれそのすべての損害(本件各疾病)に関する損害賠償請求権についての消滅時効が完成している。
2 なお、昭和四九年度には本件地域内の全測定局で健康影響可能最低濃度値が達成されているから、仮に被告会社らの排出行為が加害行為に該当するとしても、健康影響可能最低濃度値達成の時点で加害行為が終了している。
したがって、本件について被告会社らの排出行為が加害行為として継続的に存在していたとしても、健康影響可能最低濃度値達成の時点で加害行為が終了しており、損害は確定している。仮に、「被告会社らの排出行為が加害行為として継続的に存在している場合には、損害は包括して一個の損害とみるべきであるから、その間消滅時効は進行しない」との見解によっても、本件においては、損害が確定しているから、以後は、時効が進行し得る。
よって、健康影響可能最低濃度値達成より前に発病した原告についても、原告らに対して公健法等に基づく認定がなされ始めた昭和四九年九月一日ころまでには、損害の発生は確定している。もちろん、この時期は本訴訟提訴より三年を超える時期に当たる。
四 時効の起算日に関する予備的主張
1 認定内容に変更がある場合の時効の起算点
仮に百歩譲って、「加害行為が終了しても、症状の増悪など病像の変化・進展がみられることもあるから、初認定時より重い等級へ変更したり、異なる病名へ変更認定された場合は、その時点が当該損害を知りたるときにあたる」との考え方にたつならば、原告らは、遅くとも、それぞれ初認定時及び重い等級への変更認定時並びに異なる病名についての認定時には、消滅時効の起算点である「損害及び加害者を知った」ものであるから、当該認定時が時効の起算点となることを予備的に主張する。
よって、認定内容に変更がない場合及び等級認定が軽くなった原告の場合は初認定時が時効の起算点となり、他方、認定内容について異なる病名について認定変更がある場合又は重い等級への認定変更がある原告の場合には、「異なる病名についての認定日又は重い等級への認定変更日」が時効の起算点となる。したがって、右予備的主張によっても当該起算点が本訴提起の三年より前の原告ら全員について、そのすべての損害に関する損害賠償請求権についての消滅時効が完成していることになる。
2 本訴提起より三年以前に生じた損害部分の時効完成
また仮に、本件について被告会社らの排出行為が加害行為として継続的に存在し、かつ、日々新たな損害が発生、継続しているとしても、原告ら各自は、右公健法等の初認定時以降においては、その日々発生した損害を逐次その発生の日において知ったといえるから、右損害はその発生の日から消滅時効が進行するものである。
すなわち、本訴提起の日(平成元年三月三一日)から遡って三年を超える時(昭和六一年三月三〇日)以前に発生した損害については、それぞれ、その発生の時から本件損害賠償請求権の消滅時効が進行していることになる。よって、被告会社らは予備的に、この損害発生の各時点を消滅時効の起算点として、時効を援用する。
したがって、本訴提起の日(平成元年三月三一日)から遡って三年(昭和六一年三月三一日)以前に生じた損害部分については、民法七二四条前段により消滅時効が完成している。
五 除斥期間(二〇年)の経過
1 民法七二四条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当である。けだし、同条がその前段で三年の短期の時効について規定し、更に同条後段で二〇年の長期の時効を規定していると解することは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わず、むしろ同条前段の三年の時効は損害及び加害者の認識という被害者側の主観的な事情によってその完成が左右されるが、同条後段の二〇年の期間は被害者側の認識いかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるからである(最判平成元年一二月二一日・民集四三巻一二号二二〇九頁)。大防法二五条の四後段も同様に除斥期間を定めたものと解釈される。
2 これを本件についてみるに、原告らは平成元年三月三一日に本訴を提起して損害賠償を求めたものであるところ、昭和四四年三月三〇日以前に発生した不法行為(損害)については、既に本訴提起前に二〇年の除斥期間が経過しており、その損害賠償請求権は法律上当然に消滅している。
本件の場合、原告らが本件各疾病を発病した場合、原告らはその発病によって経験則上考えられる一般的な病状の経過を予見することができるから、そこから生じる損害は牽連一体をなす損害として、発病時をもって損害の全部についての不法行為があったと解することができるからである。
したがって、昭和四四年三月三〇日以前に発病した原告については、仮にその発病が被告らの不法行為によるものであったとしても、既に本訴提起前に二〇年の除斥期間が経過しており、その損害賠償請求権は法律上当然に消滅していることになる。
なお、原告(原告番号九七)は、初認定が本訴提起前三年以内ではあるが、その発病時期が昭和三八年であり、既に本訴提起前に二〇年の除斥期間が経過しており、その損害賠償請求権は法律上当然に消滅している。
第八争点八(差止請求)についての主張
一 訴えの不適法
1 原告らの本件差止請求は、結果において原告らの居住地における大気環境中の二酸化窒素、浮遊粒子状物質、二酸化硫黄の本件各物質の各濃度が、常時一定の数値以下の状態になることを求めるものであり、単純な不作為にとどまらず、右のような状態になるように被告らに対して、何らかの措置を行うこと、すなわち、作為を求めるものでもある。
ところが、大気環境中における本件各物質の各濃度は、被告会社らのみならず、原告らの居住地近傍に存在する群小低煙源をはじめとして、無数の大小の固定煙源、移動煙源及び自然現象等からの排出物質によって形成されているものであり、しかも、原告ら居住地における本件各物質の各濃度は、時々刻々変化する風向等の気象条件によって大きく左右されるものである。
このように、一定地域の環境濃度は、被告会社各自、あるいは被告会社らの支配の及ばない、様々な因子も含めた総体として決定されるものであり、被告会社各自の排出行為のみによって決定されているものではない。
したがって、被告会社らに対して、原告らの居住地で一定の濃度を超える排出をしてはならないとするだけでは請求の特定としては全く不十分であり、「原告らの居住地での一定の濃度」という状態を作出し、これを維持するために、被告会社らが何をしてはならないのか(不作為)、あるいは何をすべきなのか(作為)、被告会社らに求められる行為の種類、態様、程度等を具体的に特定しなければならない。このような特定がなされてはじめて被告会社らも十分にその防御を行い得ることになるといってよい。
2 原告らの本件差止請求は、右の点を無視し、単純に、結果としての一定事実状態を請求の対象とするものであり、このような請求が審判の対象となる訴訟上の請求の特定を欠くものであることは明らかである。
二 執行の可能性の欠如
本件差止請求は、原告らの居住地における大気環境中の本件各物質の各濃度が、一定の数値を超える結果(状態)をもたらすような排出の差止を求めるものであるが、仮に本件差止請求が認容されたとしても、執行機関において、各被告に対して、右結果を実現するための妥当な方策を見いだしたり、各被告の義務違反を認定することは現実には不可能である。
仮に、判決によって、原告らの居住地の大気環境濃度が一定数値以上となる排出をしてはならないとの抽象的不作為命令がなされたとしても、各被告会社はいかなる行為をなすべき義務があるのか知ることは不可能であるし、執行機関にとってみても、刻々と変動する気象条件下で、各被告会社の排出行為を、訴外煙源を含む様々な他の煙源からの排出と区分して、原告らの居住地における一時間値ないし一日平均値の各物質の濃度と関連づけて把握し、各被告会社の義務違反の有無を判定することは不可能である。
したがって、代替執行は全く不可能であり、また被告会社ら各自に対し強制すべき内容も不明であるから間接強制も不可能といってよい。
三 本件差止請求を連帯債務とすることについて
1 原告らは、本件差止請求を連帯債務をすることについての法的根拠を明らかにしていない。本件は被告会社ら相互に関連共同性ありとされるものではなく、共同不法行為の成立する余地の全くないものであって、単に個別の被告会社に対する複数の訴えが客観的に併合されているにすぎない形態である。そもそも連帯責任(債務)は、債務者相互間の関係をみて連帯して責任を負わせることが客観的に公平であると判断される場合に例外的に認められる(民法七一九条など)制度であって、特別の根拠のない限り安易に認められるべきものではない。
原告ら居住地における主張の本件各物質の大気中濃度を支配決定しているのはひとり被告会社各自に限られないのであるから、仮に、原告ら居住地における本件各物質の濃度が、原告らが訴求する基準値を超えているとしたとしても、一被告会社が考えられるすべての措置を講じてもなお原告らの訴求する濃度基準の維持が達成できない場合がありうる。被告会社各自はその余の相被告会社らに対して指示命令したりするなど何らかの支配権を有しているわけではなく、相被告会社の操業について措置をとることは不能を強いるものというほかはない。まして、訴外の無数の大小の煙源に対する関係ではなおさらである。
また、被告会社ら相互間及び被告会社らと訴外煙源との間に、共同して本件各物質の排出を差し止めなければならないような関係は認められない。
2 金銭賠償を原則とする損害賠償請求と本件のごとき排出差止請求について、そもそも連帯責任のあり方を同一に論ずるのは誤りである。
しかも、連帯責任を許すときは原告らが訴求する濃度基準を超える状態(義務違反状態)が発生している場合、差止強制執行の相手としていずれの被告会社とするかを原告らの恣意により選定できることになり、被告会社らの中で特定の被告会社が操業の全面停止(原告らの請求では操業の全面停止という執行をすることは許されないものというべきである)にまで追い込まれかねないおそれを内蔵するもので、選定された被告会社にとっては回復不可能な著しい打撃を被ることにもなる。
四 本件差止請求の不当性
1 環境権及び人格権なる権利は共に実定法上の明文規定を欠くことはいうまでもなく、また、法理論としても確立されたものとはいえず、とりわけ環境権については従来の裁判例及びほとんどの学説においても、差止請求の根拠となり得ないことが明らかにされている。差止は、必然的に差止を受ける側の行動の自由を奪う極めて強力な効果を有するものであるから、その根拠となる権利は排他性を有し、かつ、明文規定によって一義的に、その成立要件、内容、効果が明らかになっている(法定主義)ことが必要不可欠である。従って、環境権及び人格権は本件差止請求の法的根拠となり得ない。
2 差止の前提たる事実関係の不存在
本件地域の大気環境は既に十分に改善されている。しかも、本件地域の大気環境濃度を支配決定しているのは被告会社らだけではなく、規制の困難なその他の無数の固定(ビル・家庭からの排出も含めた)及び移動煙源からの排出の重合であることは間違いなく、被告会社らの排出の寄与は少ないのであるから、右排出行為に原告らの受忍限度を超えてその被害を発生せしめているとするまでの違法性は存在しない。
大気環境は広域的事象であり、環境濃度は無数の煙源、気象条件によって形成されるものであって、環境濃度の維持・保全は一私企業のなし得るところではなく、行政の諸施策の推進を中心に総合的に適切、有効な措置が講ぜられなければならない。本件においては、一私企業の操業を差止め、その活動に制限を加え得る程の被害も違法性も存在しない。
五 差止基準と環境基準
我が国の環境基準は公基法九条一項(環境基本法一六条一項)の文言から明らかなとおり、「人の健康を保護する上で維持されることが望ましい基準」として行政上の諸施策実施のための目標であり、かつ目標とするにふさわしい濃度条件、すなわち人の健康を保護するうえで十分な安全性を有する濃度条件に設定されているのであり、汚染物質の濃度が環境基準値を若干超えたからといって、人の健康に悪影響が生じることはない。ましてや、慢性気管支炎、肺気腫若しくは気管支喘息を発病したり、症状を増悪させることはない。
したがって、環境基準値はおよそ差止請求における差止基準とはなし得ない。
また、差止基準を導くに当たり、安全係数を用いることは、根本的に誤りである。
第四章被告国の主張
第一争点一 (到達の因果関係の有無)についての主張
一 大気汚染物質の拡散
大気には、排出された汚染物質を拡散させる力、すなわち、それを広範囲に散らばらせ、その濃度を希釈させる力があり、この大気汚染物質の拡散は気象条件と深いかかわりがある。
1 拡散現象
大気中での汚染物質の拡散現象には、静止した空気中における分子拡散と、大気中の大小さまざまな渦(乱流)の不規則な運動による乱流拡散があるが、後者が拡散現象の中で大きな比重を占めている。
乱流は、低層大気中では風と地表面との摩擦及び熱対流等によって発生する。すなわち、地表面の凹凸(地表面粗度)に起因する摩擦によって下層ほど風速が小さくなり、風速の鉛直勾配が生じ、風の乱流が発生する(強制対流)。また、地表面が日射で暖められている場合等に地表面温度が気温より高くなると、対流が発生して風の乱流(熱対流)が生じる。
2 風向、風速の影響
大気中に排出された汚染物質は一般に風下に流されながら拡散希釈され、発生源から離れるに従って大気中の濃度は低下する。ある発生源を考えると、風向によっては当該発生源からの影響がほとんどない場合も生じる。
排出された汚染物質は、風速が大きくなればなるほど希釈される。また、大気中に排出された汚染物質は、風により風下に流され希釈する間に、この風の乱れにより鉛直方向や直角方向にも拡散希釈される。
3 拡散と大気の安定度
風の乱れの消長は大気の安定度に影響される。大気の上昇・下降運動が加速される場合を不安定な大気といい、逆に抑制される場合を安定な大気というが、大気の安定度とは風の乱れが増大するか減少するかの指標であり、大気が不安定であると、乱れが増大し拡散が盛んとなり、地上から放出された汚染物質が上空まで拡散されるので、その濃度は減少する。季節的には夏季に不安定な状態が多く、冬季に安定な状態が多い。一日単位で見ても、日射の盛んな日中は大気が不安定になり、夜間は安定しやすい傾向にある。
接地逆転層は、季節的には冬場に形成されやすく、一日単位でみても、夜間に形成された逆転層は、日の出直後から地上付近から解消し始め、数時間で完全に解消される。また、夜間であっても雨が降ったり、雲が出ていると地表面が冷え込まないし、強い風があると空気をかき回すので、結局、晴天弱風日でない日には逆転層はほとんど発生しない。
二 自動車排出ガスの距離減衰
1 距離減衰の意味
道路を走行する自動車からの排出ガス中の物質は、排出後、自動車走行による空気の乱れ等により急激な拡散を受け、自動車の形状や周辺の地形等に応じた初期拡散幅に広がってから、排出ガスの温度が高いこと等による垂直方向への移動及び風による水平方向への移動に伴い、大気中の乱流により拡散・希釈される。したがって、自動車排出ガス中の物質は、発生源からの距離が大きくなるほど拡散希釈され、物質の大気中の濃度は減少する。これが距離減衰効果である。
2 距離減衰の実態
自動車排出ガスがある地点の環境濃度に及ぼす影響の程度は、発生源からの距離のほか、発生源の状態、風向、風速等により必ずしも一様ではない。
また、自動車から大気中に排出された直後の窒素酸化物はそのほとんどが一酸化窒素であり、それが大気中に放出された後にオゾン等により酸化され、二酸化窒素となる。
(一) 各地における調査結果
(1) 一般国道二三号における調査(丙C二七)
建設省中部地方建設局は、昭和五九年一〇月、名古屋市南区浜田町地先において一般国道二三号を対象に、汚染濃度の調査を行ったが、それによれば、窒素酸化物の濃度の一時間値の一週間の平均値は、道路端から五〇m離れると道路端値の三分の一以下にまで減少した。
(2) 一般国道二五号における調査(丙C二七)
建設省中部地方建設局は、昭和五四年一二月、三重県上野市において、一般国道二五号を対象に、汚染濃度の調査を行ったが、それによれば、窒素酸化物の濃度は、道路端から一〇m強までの間に急激に減衰し、道路端から五〇m離れると道路端値の約三分の一に減少した。
(3) 東京都の汚染濃度調査(甲C一一)
東京都は、昭和五七年から昭和五九年まで三年度にわたり、幹線道路沿いにおいて、道路からの距離ごとに一酸化窒素及び二酸化窒素の濃度を測定したが、そのうち例えば、昭和五九年環境調査によれば、一酸化窒素濃度と二酸化窒素濃度を合計した窒素酸化物濃度について道路からの距離別に濃度を比較すると、板橋地域(板橋区内の都道環状七号線・一般国道一七号の沿道)では、道路端が七日間平均値〇・一三三ppm、二〇m地点が同〇・〇三二ppm、一五〇m地点が同〇・〇二八ppmとなっており、杉並地域(杉並区内の都道東京所沢線)では、道路端が七日間平均値〇・一〇二ppm、二〇m地点が同〇・〇四八ppm、一五〇m地点が同〇・〇二五ppmであった。いずれにおいても、二〇m離れれば顕著な距離減衰が認められている。
(4) 一般国道一六号における調査(丙C二七)
建設省土木研究所は、昭和五四年三月、千葉県八千代市において、一般国道一六号を対象に、汚染濃度の調査を行ったが、それによれば、窒素酸化物の濃度は、風速により異なるものの、道路端から風下約五〇mまでに大幅に減衰し、道路端値の三分の一又はそれ以下になり、その後は緩やかに減衰し、約一〇〇ないし一五〇mの所でほぼ付近のバックグラウンド濃度になった。
(二) トレーサーガスを利用した実験例(丙C五三)
自動車排出ガスの拡散を定量的に把握するための手段として、<1>沿道において自動車排出ガス成分である当該物質の濃度を測定する方法、<2>道路からトレーサーガス(大気中での拡散挙動を調査するために使用するガス)を放出し、その拡散状態を測定する方法、<3>大気拡散風洞内の道路模型上で拡散実験を行う方法、という三つの方法が考えられる。このうち、トレーサーガスによる実験は、排出量が明確であり、かつ、バックグラウンドにない物質で扱えること、排出の位置、形態を比較的自由に設定できること、現地における実験として排出位置からの距離に拘束されずに拡散の特性が求められることなど、他の手段に比較して有利な面を持っている。
建設省土木研究所が実施した、トレーサーガスを利用した自動車排出ガスの拡散に関する実験で、線源放出によるトレーサーガス濃度分布測定結果による基準化濃度(測定濃度に平均風速から割り出した排出源高さ付近の風速を乗じ、排出量で除した濃度)の距離減衰の調査によれば、「平面・切土・盛土・高架構造の各場合について、それぞれ排出源の高さと同じ高さ(切土の場合は地上一・五mとする)の測定点における濃度距離減衰は、いずれも道路端から指数関数的に減衰している」。
平面構造をなす道路の場合では、路端から約二五mで路端濃度の半分、路端から一五〇mで一ないし二割程度になっている。また、高架構造をなす道路の場合には、地上九・一m(高架構造道路の高さ七・六m)の濃度は、平面構造の場合と同様の減衰を示し、地上一・五mの濃度は、道路から離れるにしたがって地上九・一mの濃度に近い値となり、路端から七〇ないし八〇m以遠でほぼ等しくなっている。
基準化濃度の道路構造別鉛直分布(道路端からある一定の距離における鉛直方向の濃度分布)については、平面構造では地表に近い点の濃度が高く、上方へ行くに従って減衰している。高架構造では地表から九ないし一〇mの高さ付近の濃度が高く、排出源の高さより多少上方に拡散中心がある。鉛直濃度分布は、排出源高さ付近の濃度が高く、それより上方、あるいは下方へ行くに従って減衰する形態になっている。
また、トレーサーガス濃度分布測定と平行して、窒素酸化物の濃度分布を実測した結果によれば、各道路構造とも両者の濃度比の距離減衰はよく対応している。このことから、道路内の初期拡散には若干の違いがあるものの道路端からの拡散特性は一致しているといえる。
3 まとめ
右に述べたとおり、各調査における距離減衰率は必ずしも一定ではないが、平面を前提とすれば、自動車から排出された窒素酸化物の濃度は、道路端から一〇ないし五〇m離れるだけで急速に減衰し、一〇〇ないし一五〇m離れた地点では、ほぼ付近のバックグラウンド濃度になることが明らかである。
そして、大気中に排出された自動車排出ガス中の物質は、大気中の様々な現象により発生源である道路からの距離が大きくなるほど拡散希釈され、物質の大気中の濃度は減少する。さらに、自動車排出ガスの拡散の状況は、ビル等の建物の存在によっても影響され、一般論で処理し得ない。本件各道路の沿道にも、様々な建築物が存在することからすれば、その拡散態様は一層複雑なものとも考えられ、個々の原告ごとに、本件各道路から、どの程度の自動車排出ガスが到達したかが検討されなければ、そもそも、因果関係を判断し得ない。原告らがそのような具体的な立証をしていないことは明白である。
第二争点二(集団的因果関係の有無)についての主張
一 事実的因果関係における科学的知見の活用と司法審査の在り方
1 六一年専門委報告の結論と裁判所の司法審査の在り方
発症又は増悪の因果関係の問題は、事実的因果関係の証明の問題であり、その程度については、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果の発生を招集した関係を是認し得る高度の蓋然性を説明する必要がある。そして、高度な専門的領域では、経験則として科学的知見を十分に取り入れた上で判断されるべきである。
大気汚染状況と本件各疾病との関係については、国内外で疫学的調査研究、動物実験研究、病因論的研究等多方面からの研究がされてきたところであるが、現在においても本件各疾病の原因を医学的に解明するには至っていない。動物実験については現状の大気汚染濃度を著しく上回る高濃度によるものである上、実験動物と人間との種差の問題があるため、その研究結果の人間へのあてはめの妥当性(外挿)には限界がある。そこで、我が国の現実の大気汚染状況下における疫学調査の結果は、発症又は増悪の因果関係に関する原告の立証において最も重要な位置を占めている。
疫学調査には、極めて多くの不確定要因があることが避けられないため、その客観性と妥当性を評価するには疫学、医学、統計学等に関する高度な専門科学的知見を不可欠とする。六一年専門委報告は、我が国を代表する大気汚染、公衆衛生及び臨床医学等の各分野の専門家が、国内外の主要大気汚染物質の呼吸器への生体影響の機構とその影響像に係る知見、動物実験に係る知見、人への実験的負荷研究、疫学的知見を専門的視点から総合的に評価し、我が国の現状の大気環境における濃度レベルの大気汚染物質と本件各疾病との間の因果関係の有無について検討し、そのような関係を認めるに足りる知見はないと判断した。その結果、昭和六二年に公健法が改正され、昭和六三年三月一日から、本件各疾病が指定疾病として認定されることはなくなるなど、六一年専門委報告は、現在の環境政策の基礎となっている。
そこで、本件における発症又は増悪の因果関係を判断するに当たっては、六一年専門委報告の内容、結論を正しく評価することが不可欠であり、六一年専門委報告を評価するに当たっては、現在の科学的知見の水準に照らし、六一年専門委報告が採用した評価基準に誤りはないかどうか、六一年専門委報告が前提とした事実関係に誤りはないかどうか、右報告の判断過程に看過し難い誤りがないかどうか、六一年専門委報告以後、六一年専門委報告を排斥するに足る新たな知見が得られているかについて十分な検討がなされるべきである。このような観点から、六一年専門委報告の判断を不合理とする評価をし得ない限り、裁判所は、六一年専門委報告をこの分野の科学的経験則の到達点として最大限尊重すべきである。
2 米・英両国における認識
現状の濃度レベルにおける大気汚染物質と本件各疾病の発症又は増悪との関係に関する米・英両国における認識をみても、例えば、米国の二酸化窒素に係る国家環境大気質基準は、年平均値で〇・〇五三ppmとされているところ、我が国の二酸化窒素に係る環境基準は、年平均値に換算すると、おおむね〇・〇二ppmから〇・〇三ppmに相当するものであり、我が国の環境基準の方がより厳格である(ちなみに本件地域では二酸化窒素に係る右国家環境大気質基準を超えたことはない。)。また、英国の状況をみても、平成七(一九九五)年、我が国の六一年専門委に相当するというべき、英国の「大気汚染物質の医学的影響に関する委員会」は、同国保健省からの求めに応じ、大気汚染物質と気管支喘息との関係について、世界中の大気汚染疫学調査等の研究結果を基に総合的な評価を行ったが、喘息の有病率の傾向と、大気汚染物質の排出又は大気中の濃度の傾向との間には、一貫性のある関係は存在しないなどとして、現状の大気汚染と気管支喘息の発症又は増悪との因果関係を否定するものであった。
このように、米英両国における知見等からしても、我が国の環境基準を多少上回る程度の大気汚染では、本件各疾病を発症又は増悪させる証拠はない。
3 従来の裁判例
道路から排出される大気汚染物質と本件各疾病との因果関係に関する従来の裁判例を概観しても、国道四三号線訴訟最高裁判決が、自動車排出ガスと慢性気管支炎、気管支喘息等の呼吸器疾患との因果関係を否定した原審の判断を正当として維持するなど、六一年専門委報告等を根拠に、否定的な判例が大勢を占める。
二 大気汚染疫学調査における「関連の一致性」の不存在
大気汚染疫学調査は、一般大気環境に係る疫学調査と道路沿道に係る疫学調査とに大別されるが、国内の主要な大気汚染疫学調査で公にされたものは図表43のとおりであり、調査全体をみると、統計学的関連性が認められなかったものも多く、一貫した関係を認めることはできない。
疫学的知見の評価に当たっては、単に特定の疫学調査の結果において統計学的関連性が認められたというだけでなく、考えられる危険因子としての大気汚染物質と本件各疾病の発症又は増悪の関連が原因と結果の関係、すなわち疫学的因果関係を肯定し得るか否かが判断されたものでなければならない。ヒルの九視点や米国公衆衛生局長諮問委員会の五条件等は、この判断のために国際的に妥当性が承認された基準であるが、現時点における各種の疫学的調査結果を総合しても、この九視点や、五条件を満たす、すなわち真の原因と結果の関係を認めるほどの知見は見いだし難く、そもそも疫学的因果関係すらこれを認めることはできない。
関連の一致性とは、誰が、どこで、いつ調査しても、繰り返し同じ関連がみられることであり、ヒルの九視点、米国公衆衛生局長諮問委員会の五条件等の疫学的因果関係の判断基準の中で関連の一致性は、どの判断基準でも当然取り上げられる重要な基準である。どの程度の疫学調査が必要であるかに関して、ヒルは、米国の公衆衛生局が二九の後向き調査と、七つの前向き調査により、肺ガンと喫煙の関連性を明らかにしたことを紹介しており、本件で疫学的因果関係を検討する上でも参考となる調査数である。
ところで、本件各疾病は、病態、メカニズム、治療方法を異にする別個の疾病であるから、疫学的知見もそれぞれ別個に検討されなければならず、疫学的因果関係の重要な判定条件のひとつである「関連の一致性」を検討する際にも、本件各疾病ごとに検討する必要がある。まず、肺気腫に係る大気汚染疫学調査は存在しないのであり、およそ関連の一致性を検討すべき前提条件を欠く。気管支喘息及び慢性気管支炎に対応する疫学的指標である、「喘息様症伏(現在)」及び「持続性咳・痰」についての分析的疫学と評価し得る主要な疫学調査によれば、およそ関連の一致性を認めるような状況にはない。道路沿道調査では、沿道部の方が非沿道部よりも、一部において有症者の割合が低いという結果すら公表されている。
したがって、このことだけからしても、現状程度の大気汚染と本件各疾病との間の因果関係を肯定する余地はない。
三 大気汚染疫学の限界
現在までに公表された個々の大気汚染疫学調査を、大気汚染物質と本件各疾病の発症又は増悪との因果関係を判断する際の資料とする場合には、大気汚染疫学のそもそもの意義と限界を正しく理解する必要があり、これを誤り、特定の疫学的調査結果を根拠に、疫学においてもともと予定されている以上の意味をもたせて一定の結論を導くことは、科学的にも許されない。
1 疫学の意義・目的・限界
疫学は、発病の機序が、細胞レベル、分子レベルの観察によって解明されていない疾病の発生要因を、個々の患者とは別に、人間集団を対象として、統計学的手法を全面的に活用して特定しようとするものであり、発症の危険性のある要因をできるかぎり排除し、疾病を未然に防止することを目的とする予防医学の一分野とされている。疫学は、予防の見地から人間集団を対象として病因を特定しようとするものであるため、必ずしも、個々の患者との間でそれが真の病因か否かを問うものではないから、個々の患者についてその疾患の原因を特定するために利用されるべきものではなく、個人の疾患の原因は、臨床医学的見地に立った個別的な検討が必要である。
2 統計学的有意性検定の意義と限界
大気汚染疫学調査では、比較的大気汚染の暴露を受けたと思われる集団とそうでない集団からそれぞれ得られた特定の疾病の有症率に差があった場合、それが確率的にみて偶然とは考えにくい差かどうかを検討するために、統計学上の有意性検定が行われるが、有意であるとは、統計学上単に偶然とは考えにくいということであり、その関係に特定の意味を与えるものではない。逆に、有意でないとされた場合には、そこに観察された差が偶然に起こり得る程度のものとの評価を受ける。
3 横断研究の意義と限界
ヒルの九視点にも挙げられるように、仮説要因と健康影響との因果関係を認めるためには、仮説要因への暴露が健康影響の発生に先行することが不可欠の条件となるが、大気汚染疫学調査の大半は、本来、時間的なずれがあるはずの大気汚染の暴露を受けた時期と疾病が発症した時期を考慮しないで調査した横断研究であり、原因究明度は低い。
4 暴露評価及び健康影響評価の限界
大気汚染疫学調査は、環境測定技術上の制約もあり、この暴露評価が十分に行われていない場合が多く、個別に見た場合にも因果関係を精密に検出できるほどの暴露評価が行われた例はないに等しい。特に、室内汚染やたばこの煙によって高濃度の窒素酸化物等が発生することからすると、本件で問題となっている二酸化窒素や浮遊粒子状物質の暴露量は、大気汚染よりも、むしろ専ら室内におけるこのような排出源によって左右されているといっても過言ではない。
また、疾病に係る疫学調査の場合、結果としての疾病は医師の診断により疾病自体の存在がほぼ確実に認められることが望ましいが、大気汚染疫学調査の場合は、質問票を用いて健康影響評価を行っており、この点でも、限界が存在する。
5 交絡因子排除の重要性
疫学調査において関連性が認められたからといって因果関係が存在するとは限らない。仮に、大気汚染地域で特定の疫学的指標の有症者が多いという疫学調査があったとしても、これは、大気汚染地域に大気汚染物質以外の別な要因、すなわち「交絡因子」が存在し、有症者を増加させている可能性も十分に考えられる。本件各疾病の発症又は増悪には、多様な要因が関与するといわれており、大気汚染物質と本件各疾病との関係を調査する疫学調査を実施する際に、考慮すべき交絡因子として、性別、年齢、人種、喫煙、社会階層及び職業、遺伝的要因、既往歴、生活様式、居住地域、住宅事情、教育水準等が挙げられるが、こうした要因による影響をすべて除去した疫学調査をすることは極めて困難なことであり、現在、公表されている疫学調査のうち、関連性が示唆された調査も、可能な範囲の交絡因子の影響が除去されているにすぎず、その結論は見かけ上の関連にすぎなかった可能性も十分考えられる。また、未知の交絡因子の存在も考えられ、とりわけ、現代医学をもってしても、その発症の要因すべてが解明されているわけではない気管支喘息の場合には、全く未検討の交絡因子の存在も予想されるところであり、これまでの大気汚染疫学によって、気管支喘息の発症又は増悪の要因を確定することは、大きな限界があることを理解する必要がある。
第三争点三(個別的因果関係の有無)についての主張
一 個々の原告についての個別的因果関係の存否について、原告らが罹患したと主張する本件各疾病の発症時期と本件地域内を走行する本件各道路の供用開始時期との関係、原告らの居住地と本件各道路との距離、原告らが罹患したと主張する疾病の問題点、原告らが罹患したと主張する疾病の原因を検討すると、本件各道路を走行する自動車からの排出ガスと、個々の原告に係る本件各疾病の発症又は増悪との間に因果関係が存しないことは明らかである。
二 原告らの疾病及びその原因を検討するに当たっての留意点
1 原告らの中には、<1>そもそも、実際に罹患した疾病がその主張する本件各疾病とは異なるばかりか、他の本件各疾病でもない者(他疾病)、<2>原告らが罹患したと主張する本件各疾病とは異なる他の本件各疾病に罹患している者(本件各疾病内の他疾病)、<3>仮に、その主張する本件各疾病に罹患していたとしても、併発している本件各疾病以外の他の疾患がその呼吸器症状に重大な影響を与えていると考えられる者(併発する他疾病の影響、主治医の診断や公健法上の疾病認定と他疾病の存在は両立する。)、<4>主張する本件各疾病に罹患しているものの、それが本件地域の大気汚染との間に因果関係のない他の原因によって発症又は増悪した者(他原因)が含まれている。右のような他疾病や他原因の存在は、個々の原告の因果関係の有無等の判断に重大な影響を与えることが明らかである。
2 本件各疾病の鑑別・除外診断の必要性と考慮すべき他疾病
本件各疾病のうち、慢性気管支炎は、咳・痰症状を呈する他の心肺疾患を除外して診断すべき疾病であり、また、気管支喘息や肺気腫についても、これと類似の症状を示す他疾病が多数存在するから、各原告が何らかの疾患に罹患していたとしても、これら類似疾患を明確に除外した上で本件各疾病の病名を確定する必要があるが、そのような除外診断にはしばしば誤りがある。したがって、原告らが罹患したと主張する疾病について、的確な診断がされているか否か、またそれを認めるに足りる証拠が存在するか否かが十分に検討されなければならない。
以下においては、各原告の疾病に関する個別具体的な問題点を述べるに当たり、特に除外診断について留意すべき他疾患について説明する。
(一) 気管支喘息の診断において除外されるべき他疾患
気管支喘息の基本病態は、<1>広範な気道閉塞、<2>気道閉塞の可逆性、<3>慢性好酸球性気道炎症、<4>持続性の気道反応性の亢進の四つに整理することができる。
しかし、このような気管支喘息の基本症伏に類似する症状を示す疾病数は多く、気管支喘息とは区別されなければならない。すなわち、発作性の呼吸困難、咳、痰、喘鳴を示す疾病が、鑑別の対象となる。
(1) 慢性気管支炎
気管支喘息にも、咳・痰症伏がみられ、咳、痰を主症状とする慢性気管支炎と共通するが、前記のとおり、気管支喘息は、気道閉塞の可逆性、慢性好酸球性の気道炎症を特徴とするものであり、疾病としては全く異質のものである。この点については、気道反応性のテスト、好酸球の増多所見等により慢性気管支炎との鑑別が可能である。
(2) 肺気腫
肺気腫の中には、発作性の呼吸困難、喘鳴などを示し、気管支喘息に臨床症状が類似する場合がある。
しかし、気管支喘息では、気道閉塞が可逆的であり、気道反応性の亢進があることを特徴とするから、気道反応性のテスト、アレルゲンテスト等により気道反応性の有無を確認し、更に、気道閉塞の可逆性の有無を確認することにより、肺気腫との鑑別が可能である。
肺気腫の場合は、労作性の呼吸困難が主症状であるが、検査においては、呼吸困難の程度に比べて動脈血の炭酸ガス分圧が高いことが特徴である。
(3) びまん性汎細気管支炎(DPB)
DPBは、呼吸細気管支を病変の主座とし、慢性、進行性の気道閉塞と難治性の下気道感染によって強い呼吸障害をきたす疾患であって、咳、痰、呼吸困難を主症状とする。喫煙、大気汚染等の外的刺激は、DPBの病因と考えられていない。慢性副鼻腔炎の既往歴を有する症例が八四・八%と高率であり、発症年齢は一〇歳台から七〇歳台まで広く分布するが、三〇ないし四〇代が多い。
DPBの診断基準は、<1>咳、痰及び労作時息切れの臨床症状、<2>湿性ラ音、乾性ラ音の胸部聴診所見、<3>両肺野びまん性散布性粒状陰影及び肺の過膨張の胸部X線所見、<4>一秒率の低下、肺活量の低下、残気率の増加、低酸素血症の四項目中三項目以上に該当すること、という四つの主要臨床所見の各項目を満たすことである。このうち胸部X線所見上、両肺野びまん性散布性粒状陰影のあることが特徴的であるが、病伏の初期等においては胸部X線所見がみられず、確定診断には、経過観察、詳細な肺機能検査による判定が必要である。
(4) 肺結核及びその後遺症
肺結核は、その臨床的症状として、咳、痰が認められることが多く、胸部レントゲン写真では、しばしば肺の後上部に主病巣があり、その近くに散布巣が見られるほか、肺野には、浸潤性、空洞性、結節性、散布性、硬化性、石灰化等の病変や肺門リンパ節や胸膜の病変が見られる。そして、これらの変化は、しばしば混在し、病変部が広範で収縮が強くなると、肺門陰影の挙上や縦隔陰影及び毛髪線の偏位などの収縮性変化が見られるようになる。
また、一側肺の切除あるいは一葉切除などにより、健常残存肺の末梢気腔が代償的に過膨張状態となることが知られている(代償性肺気腫といわれるものである。)。
肺結核の後遺症として気管支の変形、偏位、拡張、狭窄、肺の気腫化などの器質的変化を残すことがあり、その場合、肺機能障害やガス交換障害をもたらし、臨床症状として、咳、痰、息切れ、喘息様症状をもたらす。
胸部レントゲン写真に結核性病変が認められ、あるいは結核既往歴がある場合で、右のような症伏があるときは、まずもって肺結核及びその後遺症を疑わなければならない。
(5) じん肺症
じん肺症は、職場における作業中に粉じんを吸入することによって起こる呼吸器疾患の総称で、職業性肺疾患とも呼ばれ、吸入粉じんの種類により多種類の疾患が含まれる。じん肺法で定義されているように、線維増殖性変化を主体としているが、じん肺の典型的な陰影が出てこない段階の状態では、もし職業歴が明らかでなければ、じん肺症か慢性気管支炎かを鑑別するのは非常に難しい。じん肺症の臨床症状は、咳、痰、労作時息切れ、気管支喘息様の発作性呼吸困難であり、本件各疾病とじん肺症との鑑別・除外診断を行うには、職歴、胸部レントゲン写真、肺機能検査結果などを十分に検討しなければならない。
じん肺症は、職業病であるから、石工、鉱山労働者、アスベスト工、ガラス工、タイル工などの職歴がある場合には、十分留意が必要であり、また、じん肺の場合には、胸部レントゲン写真の所見として、小粒状陰影、線状・網状陰影が広く両側に認められ、次第に融合し、塊状の粗大陰影となり、しばしば肺門リンパ節腫瘍や末期には肺萎縮や気腫性変化も見られることから、これらの特徴的な指標が認められる場合は、じん肺症を疑うべきである。
(6) 心疾患・心臓喘息
高血圧性心疾患あるいは心筋梗塞後の心不全等、特に心臓の機能が低下し左心不全の状態になると、血液の一回の拍出量が低下し、逆行性に肺循環障害が生じ、喘鳴、呼吸困難等の症状を伴うようになる。左心不全が進行すると、発作性の呼吸困難症伏が見られる心臓喘息に至る。心臓喘息とは、症状が気管支喘息と極めて類似しているため便宜上付けられた病名であるが、心臓喘息という独立した疾病名があるわけではなく、高血圧性の心疾患、冠状動脈疾患、心臓弁膜症などの心疾患を基礎として起こる急性左心不全によって肺循環障害が生じている状態である。就寝後間もなく、喘鳴を伴った呼吸困難が突然起こるのが特徴である。
心不全を伴うような心疾患の場合には、胸部レントゲン写真上、心拡大の所見が認められ(一般に心胸郭比(CTR)が五〇%以上の場合が心拡大とされる。)、慢性的な左心不全の場合は左室が肥大し、気管支分岐角が押し広げられて開大する。また、胸部レントゲン写真上の肺うっ血所見は左心不全の徴候を示し、心電図所見でも、左室肥大、左房負荷等が認められる。
したがって、心疾患の既往歴及び治療歴があり、また、胸部レントゲン写真や心電図等の各種検査データから心疾患の存在を示唆する所見が認められる場合には、まず心疾患の影響を考えなければならない。
また、心臓喘息の場合、足などに浮腫が生ずることもあり(循環障害によるものであり、気管支喘息では見られない)、気管支喘息との鑑別の指標となる。
(7) その他
以上のほかに、気管支喘息と類似した症状を示す疾患としては、<1>アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA)、<2>過敏性肺臓炎、<3>急性細気管支炎、<4>過換気症候群、<5>間質性肺炎(肺線維症)、<6>気道の腫瘍、異物などがあるが、そのほかにも、呼吸困難、息切れ、咳、痰を伴う疾患であれば、気管支喘息と誤って診断されることがあり、そのような症状を呈する多種類の疾患を念頭に置いて慎重に鑑別する必要がある。
(二) 慢性気管支炎の診断において除外されるべき他疾患
慢性気管支炎との鑑別を要する代表的な疾患として、気管支喘息、肺気腫、DPB、気管支拡張症、肺結核及びその後遺症、間質性肺炎、肺がん、じん肺、心疾患がある。慢性気管支炎の臨床的診断に当たっては、フレッチャーの診断基準に照らして患者の持続的な咳・痰症状を確認し、こうしたありふれた症状をもたらす他疾患との鑑別診断をした上で、他疾患が認められない場合に初めて慢性気管支炎と診断すべきである。
(1) 気管支喘息
前記(一)(1) 記載のとおりである。
(2) 肺気腫
慢性気管支炎は、細気管支より手前の気管支領域(中枢部気道)における粘液の過剰分泌を特徴とする障害であり、一方、肺気腫は、病理形態学的に「終末細気管支より末しょうの気腔の異常かつ永久的な拡張であって、肺胞壁の崩壊を伴うが、明らかな線維化を伴わない状態」であるとされており、両者は、部位も状態も全く異なる疾病であるから、詳細な肺機能検査等の方法により、十分な鑑別が行われるべきである。
喫煙による肺胞の破壊には時間がかかるため、患者の自覚症状として、肺の気腫化がもたらす息切れ症状に先行して慢性の咳・痰症状が訴えられることも臨床上しばしば経験される。こうした場合に既に閉塞性障害を来している肺気腫患者について、先行した咳・痰症状をあえて慢性気管支炎として別個にとらえた上で後続する息切れ症状を合併症としての肺気腫と診断することは妥当でなく、単に肺気腫と診断し、咳・痰症状はその前駆症状と理解すべきである。
(3) DPB
前記(一)(3) 記載のとおりであり、気管支喘息の場合と同様に、DPBとの鑑別がされなければならない。
(4) 気管支拡張症
気管支拡張症とは、限局性の気管支壁の破壊を伴う不可逆的な気管支拡張を解剖所見とし、そのため種々の呼吸障害を引き起こす疾患である。咳・痰が主な臨床症伏であるが、大量の膿性痰(拡張部分での気道感染を起こしやすいため)の喀出がみられること、血痰を伴いやすいという特徴をもつ。したがって、慢性気管支炎患者のうち痰量の多い者については、特に気管支拡張症が疑われる。
気管支拡張症は、その成因により、まず先天性と後天性に大別され、さらに後天的なものには、肺胸郭系が急速に成長する新生児から乳幼児の時期に肺炎に罹患すること等により、気管支肺胞系の正常な発育が阻害され、拡張性の病変が生じたもの(肺炎等の後遺症)と、成人後肺結核等に続発して気管支の拡張を来すものとがある。
胸部X線写真上、肥厚した気管支壁による二本の平行した線状影(トラムライン)あるいは輪状影を認めた場合、気管支拡張症の確定診断の手掛かりとなる。
5 肺結核及びその後遺症
前記(一)(4) 記載のとおり、肺結核及びその後遺症における臨床的特徴として、咳・痰症状が認められることが多いため、問診、X線検査、結核菌検査等により、慢性気管支炎との鑑別を行うことが必要である。
6 間質性肺炎・肺線維症
間質性肺炎・肺線維症とは、一連の疾患であり、肺間質、主として肺胞壁を病変の主座(線維化)とする肺の炎症である。
間質性肺炎・肺線維症の中には、原因の明らかでないものもあるが、病因が明らかとされているものとしては、無機じんによるもの、有機じんによるもの、薬物アレルギーによるもの、放射線によるもの等のほか、全身性疾患である膠原病の肺病変としてのものがある。
間質性肺炎の臨床症状は、呼吸困難、乾性咳であるが、慢性に経過するものは痰を伴うことから、慢性気管支炎との鑑別が必要となってくる。そして、間質性肺炎は、胸部聴診上パチパチ(湿性ラ音である細水庖音)が聴かれ、胸部X線像上ではスリガラス様陰影や粒網状陰影、肺機能検査上拘束性障害等の特徴を有しており、これらにより診断が行われる。
(7) 肺がん
肺がんには、末しょう系(肺の深部から発生するもの)のものと中心系(太い気管支から発生するもの)のものがあるが、中心系肺がんでは、咳や痰又は喘息様症状が出現する。
肺がんにより肺の摘出が行われると、結核の場合と同様に、代償性肺気腫、気管支拡張症となり、喘息様症状を示すことがあるが、これらは、肺の摘出を原因とするものである。
(8) じん肺
前記(一)(5) 記載のとおり、じん肺症の臨床症状は、咳、痰、労作時息切れ、気管支喘息様の発作性呼吸困難であり、本件各疾病とじん肺症との鑑別・除外診断を行うには、職歴、胸部レントゲン写真、肺機能検査結果などを十分検討しなければならない。
(9) 心疾患
前記(一)(6) 記載のとおり、心疾患によっても、咳・痰症状が現われる。心疾患の鑑別に当たっては、心疾患の既往の有無はもちろんのこと、最低限、胸部レントゲン写真のみならず、心電図検査を行う必要がある。
(10) 慢性喉頭炎
慢性喉頭炎とは、急性炎症の遷延化、慢性的な声の乱用、刺激物質(酒、喫煙など)の持続的吸入の際に生じる喉頭部の炎症症状をいう。蓄膿症からの後鼻漏も原因となる。症伏としては、持続的な嗄声やときに咽頭の異常感や咳を伴う。他覚的には、咽頭のびまん性充血、膨張をきたす。
(三) 肺気腫の診断において除外されるべき他疾患
肺気腫の診断に当たっては、じん肺、DPB、気管支喘息、閉塞型の慢性気管支炎との鑑別が特に必要である。
3 個別的因果関係論(他原因論)を検討するに当たっての留意点-気管支喘息について
(一) 気管支喘息の発症と他原因
(1) 発症のメカニズム
気管支喘息の発病のメカニズムは複雑であり、未解明な点もあるものの、ほとんどの気管支喘息患者の発病機序は、環境アレルゲンに反応して大量のIgE抗体を産生するアトピー体質を有する者が、原因因子であるアレルゲンの暴露を受けて感作され、再度のアレルゲンの侵入を受けて可逆性の気道閉塞の発作を起こすと説明することができる。
気管支喘息を発病させるアレルゲンの代表は、ダニを中心とするハウスダストであり、ほかに、動物の毛や羽毛、カビ、花粉などのほか、卵、牛乳、チョコレート、小麦粉、サバ、そば粉等の食餌性抗原などもあり、現在三〇〇種類以上が判明している(抗体はタンパク質であり、抗体に結合する抗原(アレルゲン)はアミノ酸数個以上の分子構造を持つ物質であり、無機物である二酸化硫黄、二酸化窒素、浮遊粒子状物質などがアレルゲンとなることはない。また、こうした確認ができず、発病の原因が明らかになっていない気管支喘息を非アトピー型喘息という。
気管支喘息において、アレルギー反応を起こすアレルゲンは、患者ごとに異なっており、その意味では、気管支喘息には、アレルゲンの種類数に応じた発症原因があるといっても過言ではなく、その意味で非特異的疾患とされている。
一方で、気管支喘息には、その発症に寄与する因子(原因因子への暴露後に気管支喘息発症の可能性を増大させる因子)があると説明されているが、そのような寄与因子が、患者の実際の発症に関与したのか否か、どの程度関与したのかについては、個々の患者ごとに個別的に検討する必要がある。何が寄与因子となり得るかについては、様々な疫学的研究や、動物実験及び人体負荷実験等を根拠とする病理学的研究に基づいて様々な検討がされているところであるが、米国の国立心・肺・血液研究所(NHLBI)と世界保健機関(WHO)の共同研究により、一九九五年一月に発表された「喘息管理・予防のグローバルストラテジー」も、小児喘息に対する受動喫煙やウイルス性呼吸器感染症を除いては明確な結論を示しておらず、大気環境中の大気汚染物質については、気管支喘息の発病に寄与することを裏付ける十分な疫学的知見や病理学的知見は存在しない。
(2) アトピー素因が明らかな原告らの発症の原因
気管支喘息に罹患したとされる原告について、同原告にアトピー素因が存在する場合には、特定のアレルゲンが気管支喘息を発症させたと推認されるというべきであって、原告らが、アトピー素因の存在にかかわらず、大気汚染によって気管支喘息が発症したと主張するのであれば、当該原告において、右推認を覆し、大気汚染物質によって発症したことを高度の蓋然性をもって証明しなければならない。
(3) アトピー素因が不明な場合の個別的因果関係に係る主張立証責任
気管支喘息を発症させるアレルゲンは、右(1) のとおり現在三〇〇種類以上判明している(医学の進歩により将来その数が増える可能性も否定できない。)が、実際の診断では、そのうちのごく限られたアレルゲンの検査が実施されているにすぎない。したがって、原告らの中にも特定のアレルゲンの存在が確認できないために、非アトピー型に分類されたにすぎない気管支喘息患者も相当程度存在し、個々の患者をみる限り、大気汚染物質ではないアレルゲンを原因として発症又は増悪したのではないか、大気汚染は無関係ではないかとの疑問が常につきまとう。
窒素酸化物等の大気汚染物質が、気管支喘息の発症の原因となることを認めるに足りる知見は乏しいから、非アトピー型気管支喘息であっても、当該原告の罹患した気管支喘息が大気汚染物質によって発症したことを推認することはできず、改めて個別的因果関係を、証拠によって高度の蓋然性の程度まで証明しなければならない。さらに、非アトピー型気管支喘息であっても、それが大気汚染物質ではないアレルゲンを原因として発症した可能性は高いから、原告らが、自ら特定のアレルゲンによって気管支喘息を発症させたのでないことを明らかにしない限りは、右(2) と同様に、アトピー素因によって発症した可能性があるとの推認を覆した上で、大気汚染物質によって発症したことを高度の蓋然性をもって証明しなければならない。
(4) 寄与因子とアトピー型気管支喘息
原告らの主張は、必ずしも明らかではないが、原告らが罹患したと主張する気管支喘息はアトピー型の気管支喘息であり、大気環境中の大気汚染物質がその発症に寄与したという趣旨ともみることができる。しかし、およそ大気汚染の影響のない地域においても、アトピー型気管支喘息の発症は認められる上、原告らも気管支喘息が大気汚染物質の存在なくして発症し得ないと主張するものではないと思われるから、一日の大半を室内で過ごし、屋外の大気汚染物質の暴露を受ける状況も様々な個々の患者の発症原因を考えたとき、結局、大気汚染物質の寄与なくして気管支喘息を発症させたのではないかとの疑問が常につきまとい、事実的因果関係を高度の蓋然性の程度で認めることはできない。かかる疑問を解消するためには、個々の患者ごとに大気汚染がその発症に具体的にどの程度寄与したかを検討することなくして、高度の蓋然性をもって、個別的因果関係が証明されたことにはならない。また、その際、疾病の罹患を含め、すべて生体反応には、閾値の問題があることを忘れてはならず、直ちに、何らかの影響があったと判断することは、極めて非科学的であることに留意されるべきである。
(二) 気管支喘息の症状の増悪と他原因
(1) 気管支喘息発作及び気管支喘息の症状の増悪のメカニズム
発作誘発因子とは、既に気管支喘息に罹患している患者に喘息発作を生じさせる因子である。増悪因子ともいわれるが、気管支喘息の発作の程度を重くし、あるいは発作の頻度を高めるという「症状の増悪因子」とは区別されるべきである。原因因子であるアレルゲンは、最も重要な発作誘発因子でもある。特に、症状を増悪させた気管支喘息患者においては、気道に対する種々の非特異的な刺激により発作が生じ得るから、これらの刺激はすべて発作誘発因子となる。
こうした因子の例として、喫煙、呼吸器感染、運動、空気の温度・湿度の変化、気候の変化、食品添加物、薬物、ストレス、激しい感情の表現等が考えられる。これらは原因因子となるものではないが、大気汚染物質も、そうした極めて多くの非特異的な刺激の一つとして、定性的には発作誘発因子となり得ることは否定できない。
しかし、そうであるとしても、大気汚染物質による刺激の強さは当然その濃度により異なるものであるところ、我が国の大気環境における濃度レベルでの大気汚染物質が一般に発作の誘因となるとは考えにくく、仮に個別の気管支喘息患者の病状等によっては発作の誘因となる場合があるとしても、その影響は、その他の日常的に遭遇する非特異的刺激に比べてはるかに小さい。このことは、たばこの煙に含まれる二酸化窒素濃度や浮遊粒子状物質濃度は、極めて高濃度であり、また、室内で、石油暖房器具を使用したり、ガスコンロを使用した場合に発生する室内の二酸化窒素濃度が、屋外の大気汚染濃度とは比較にならないほど極めて高濃度であることからしても明らかである。
他方で、気管支喘息に罹患すると、その後に、発作の程度が重くなり、あるいは、発作の頻度を高めることがある。こうした気管支喘息の症状の増悪は、原因因子であるアレルゲンの継続的な暴露により、アレルギー反応が繰り返され、持続的な気道反応性が亢進したことに起因するものと考えられる。
(2) アトピー素因や喫煙歴の明らかな原告らの症状の増悪の原因
気管支喘息に罹患したとされる原告らについて、アトピー素因や受動喫煙を含む喫煙歴が存在する場合には、特定のアレルゲンや喫煙の影響が気管支喘息の症状を増悪させたと推認されるべきである。したがって、例えば、環境大気中の二酸化窒素が〇・〇〇一ppmないし〇・〇一ppmのオーダーであるのに対し、たばこ煙中のその濃度は、四〇ppmないし五〇ppmにもなるのであるから、仮に二酸化窒素が気管支喘息を増悪させる性質を有するとしても、喫煙者については、大気中のそれが寄与する程度はほとんど無視してもよい。原告らが、アトピー素因や喫煙歴の存在にかかわらず、大気汚染によって気管支喘息の症状が増悪したと主張するのであれば、当該原告において、右推定を覆し、大気汚染物質によって増悪したことを高度の蓋然性をもって証明しなければならない。
(3) アトピー素因や喫煙歴が不明な場合の個別的因果関係に係る主張立証責任
仮に、環境大気中の大気汚染物質が発作誘発因子や症状の増悪因子となり得るとしても、およそ大気汚染の影響のない地域の気管支喘息患者も、発作を繰り返し、症状を増悪させる者が存在する上、原告らも気管支喘息が大気汚染物質の存在なくして増悪し得ないと主張するものではないから、個々の患者の症状の増悪原因を考えたとき、結局、大気汚染物質の寄与なくして気管支喘息の症状を増悪させたのではないかとの疑問が常につきまとうのであって、直ちに症状の増悪にかかる個別的因果関係を高度の蓋然性の程度で認めることはできない。したがって、かかる疑問を解消するためには、一日の大半を室内で過ごし、屋外の大気汚染物質の暴露を受ける状況も様々な個々の患者ごとに、大気汚染が、その気管支喘息の症状の増悪に具体的にどの程度寄与したか否かを検討する必要がある。その際、疾病の罹患を含め、すべて生体反応には、閾値の問題があることを忘れてはならず、暴露されている具体的濃度を検討することなく、直ちに、何らかの影響があったと判断することは、極めて非科学的であることに留意されるべきである。
(三) アトピー素因の存在を示唆する指標
ほとんどの気管支喘息の発病機序は、環境アレルゲンに反応して大量のIgE抗体を産生するアトピー体質を有する者が、原因因子であるアレルゲンの暴露を受けて感作され、再度のアレルゲンの侵入を受けて可逆性の気道閉塞の発作を起こすものと説明することが可能である。
したがって、気管支喘息に罹患したとされる原告については、まず、その病因はアトピー素因とそれに対応した吸入アレルゲンであり、気管支喘息の病型分類でいえば、アトピー型の気管支喘息であると推認され、当該原告にアトピー素因を示唆する指標が認められる場合は、その気管支喘息がアトピー型であることが強く推認される。
アトピー素因の存在を示唆する指標としては、以下のものがある。
(1) 血清総IgE値(RIST)又は特異的IgE抗体価(RAST)が一定以上の高値であること
RISTの正常値は一ml当たり三〇〇IU以下とされており、これを超える場合には、IgEを産生しやすい体質であるといえ、アレルギーの関与が強く疑われる。また、RASTは、臨床上最も有用な原因アレルゲンを検索する検査であって、ある特定のアレルゲンに対するRASTスコアがクラス二以上であれば陽性であり、右アレルゲンが原因アレルゲンである可能性が高い。
(2) 皮内反応テストが陽性であること
皮内反応テストの結果が陽性(膨疹径が九mm以上×九mm以上又は発赤径が二〇mm以上×二〇mm以上であることを指す。)であれば、特異的アレルギー反応が生じていることが推定され、検査に用いられたアレルゲンが原因アレルゲンである可能性が高いといえる。
(3) 減感作療法の実施、抗アレルギー薬の投与がなされていること
減感作療法は、アレルギー性疾患に対する治療法の一つであり、医師は、まずRASTや皮内反応テスト等により原因アレルゲンを推定した上、減感作療法を行うのが一般的であるから、当該患者に減感作療法が行われていることは、RASTや皮内反応テスト等により原因アレルゲンを推定し得る資料を得たことを意味する。また、医師が患者に対して、インタール、リザベン、ザジテン、アゼプチン等の抗アレルギー薬を処方していることは、医師が当該患者がアレルギー疾患であると認めていることの証左となる。
(4) アレルギー疾患の既往歴があること
気管支喘息患者に、アトピー性皮膚炎、じんましん、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎といったアレルギー性疾患の既往や合併がある場合には、部位は異なってもアレルギー反応が生じているのであるから、気管支喘息にもアレルギー反応が関与していることが示唆される。
(5) 小児期に発病していること
小児期に発病する気管支喘息は、小児気管支喘息患者の約九〇%がI型アレルギー機序によるアトピー型の気管支喘息といわれている。
(6) アレルギー疾患の家族歴があること
アトピー素因には遺伝傾向があり、患者の近親者にアトピー性皮膚炎、じんましん、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎といったアレルギー疾患に罹患している者がいる場合には、その患者もアトピー素因を有していることが推測され、その患者の気管支喘息がアトピー型であることを強く示唆する。
(7) 発作の季節性
発作に季節性があり、特に春、秋等に発作が多いことは、何らかの季節性のアレルゲンが喘息の原因として働いていることを推測させる。
(8) 抗アレルギー剤であるインタールを平成二年ころまでに処方されていること
インタールは、世界で初めて開発された抗アレルギー剤であり、平成二年ころまでは、アトピー型気管支喘息患者に対してのみ使用されていた。
以上述べたアトピー素因の指標のうち、(1) 血清総IgE値又は特異的IgE抗体価が一定以上の高値であること、(2) 皮内反応テストの陽性、(3) 減感作療法の実施などは、アトピー素因の指標としてとりわけ重要なものであり、いずれもアトピー素因の存在を強く示唆するものであって、これらの指標のいずれかが認められるときは、原告の気管支喘息はアトピー型と判断してよい。また、その余の指標も、それぞれアトピー素因の存在を疑わせるものであり、特に複数の指標が認められるときは、当該原告の気管支喘息はアトピー型と判断することができる。
4 慢性気管支炎及び肺気腫の場合
(一) 発症又は増悪のメカニズム
慢性気管支炎及び肺気腫の発症又は増悪のメカニズムも未だ明らかではないが、慢性気管支炎の病因には、生物学的因子(加齢、性、人種)、喫煙、感染因子、環境因子(気候、職業的因子)、肺の防御機構の破たん等が、肺気腫の病因には、外的因子として、長年にわたる喫煙、職業性汚染等の環境因子、感染の影響等が、内的因子として、α1アンチトリプシンの欠乏という素因、加齢、性差、乳幼児期の呼吸器疾患等が考えられ、これらの要因が複合的に関係すると考えられている。
(二) 喫煙の影響と喫煙歴が明らかな原告らの発症又は増悪の原因
臨床的には、慢性気管支炎及び肺気腫とも喫煙が最大の病因であるといってよく、慢性気管支炎患者及び肺気腫患者の圧倒的多数は、喫煙歴を有する中高年齢者である。喫煙者と非喫煙者を比較すると、慢性気管支炎に罹患する比率は、五ないし一〇倍であるといわれている。
窒素酸化物の危険性を問題にするのであれば、たばこの煙には、極めて高濃度(二五〇ppm前後、このうち二酸化窒素は四〇ppmないし五〇ppm)の窒素酸化物が含まれているのであり、環境大気中の二酸化窒素濃度が〇・〇〇一ppmないし〇・〇一ppmのオーダーであるのに比べれば、けた違いに高濃度である。しかも、たばこの煙に含まれている微粒子は、原告らがその危険性を指摘する微細粒子状物質(いわゆるPM二・五)であり、粒径が非常に小さく、細気管支にまで到達するといわれている。
喫煙のみならず、受動喫煙の有害性もつとに指摘されており、受動喫煙で問題となる副流煙には、主流煙以上に健康に有害な化学物質が含まれていることから、これが呼吸器症状に影響を及ぼすことは明らかであり、特に小児に対してはその影響がより大きいとされている。
したがって、慢性気管支炎、肺気腫に罹患したとされる原告らについて、喫煙歴が存在する場合には、喫煙が右各疾病を発症又は増悪させたと推認されるべきであって、原告らが、喫煙歴の存在にかかわらず、大気汚染物質によって慢性気管支炎、肺気腫が発症又は増悪したと主張するのであれば、当該原告において、喫煙以上に強い確率で、大気汚染物質によって発症又は増悪したことを高度の蓋然性をもって証明しなければならない。なお、喫煙歴については、これを明らかに裏付ける資料は乏しく、専ら原告らの陳述録取書等によらざるを得ないばかりか、それらの資料の間においてさえ齟齬があること、そして、喫煙本数や喫煙歴については過少に申告する傾向があることを併せて考えると、右資料は必ずしも当該原告の正確な喫煙歴を裏付けるものではなく、実際とは異なって過少とされている可能性が極めて高いことにも留意されるべきである。
(三) 喫煙歴が不明な場合の個別的因果関係に係る主張立証責任
臨床的には、慢性気管支炎及び肺気腫とも、喫煙が最大の病因であり、その他特定の職業性暴露等の原因も考えられている。したがって、原告らが、大気環境中の大気汚染物質によって、その主張する慢性気管支炎又は肺気腫が発症又は増悪したと主張する場合、常に、喫煙や特定の職業性暴露によって、当該慢性気管支炎又は肺気腫を発症又は増悪させたのではないかとの疑いが常につきまとう。本件道路上を走行する自動車が排出する大気汚染物質と個々の患者の慢性気管支炎若しくは肺気腫の発症又は増悪との因果関係は十分に解明されておらず、既に確立している両疾病の病因よりはその危険性は低いと考えられるから、原告ら各人との個別的因果関係を立証するためには、原告らにおいて、少なくとも、喫煙歴や特定の職業性暴露等の慢性気管支炎、肺気腫の重要な病因によるものではなく、大気汚染物質によるものであることを高度の蓋然性をもって主張立証する必要がある。
5 原告らの疾病を検討する際に考慮すべきその他の点(職業性暴露)
ある種の職場にあっては、恒常的に肺疾患を起こし得る有害物質が存在し、これらは刺激、中毒、感作、線維化、発がんなどの作用を有し、相当期間この有害物質の暴露を受けると、気管支喘息や慢性気管支炎を含むほとんどすべての肺疾患が起こり得る。例えば、鉱物性粉じんではじん肺が、有機性粉じんではアレルギー性の影響が、刺激性ガスでは気道や肺の炎症が発症するなど、個々の有害物質の性質によって、多種多様な影響を及ぼす。
したがって、当該原告に溶接工、メッキ工、板金工等、有害物質の職業性暴露を受けると考えられる職業歴がある場合には、その呼吸器症状の発症又は増悪に対する職業性暴露の影響を考えなければならない。
三 公健法所定の認定制度と個別的因果関係
本件地域が第一種地域に指定されたこと及び原告らが公健法等の被認定者であるとしても、このことをもって直ちに個別的因果関係が認められるわけではなく、原告らの中には、明らかに指定疾病以外の他疾病と判断されるべき患者も存在しているから、個々の原告ごとに、本件各疾病に罹患しているか否かを検討する必要性がある。
公健法は、患者保護、救済の見地から、当時の知見と高度な政策的判断に基づき、患者に対する補償給付を行うことを目的として制定されたものであるし、第一種地域の指定は、硫黄酸化物で代表された大気の汚染の程度を基準としてされた(すなわち、当時高濃度であった硫黄酸化物と指定疾病の発症との因果関係について、制度的な割り切りをしたものにすぎない)ものであって(地域指定がされるに当たって出された昭和四九年一一月二五日「公害健康被害補償法の実施に係る重要事項について(中央公害対策審議会答申)」)、窒素酸化物又は浮遊粒子状物質については右指定の基準となっておらず、道路上を走行する自動車の排出する窒素酸化物等の大気汚染物質との因果関係を認めたものではない。このことは、六一年専門委報告が現在の大気環境中の濃度レベルの大気汚染と本件各疾病との因果関係を否定し、右報告に基づき指定地域の解除がされたことからも明らかである。
したがって、本件において、法的責任の有無を論ずるには、大気汚染物質と本件各疾病の発症又は増悪の因果関係について、現在の科学的知見に基づいて十分な検討がなされなければならないが、その結果は到底因果関係を認め得る状況にはない。
第四争点四(共同不法行為の成否)についての主張
一 共同不法行為における要件論
1 共同不法行為における「行為」の不存在
共同不法行為が成立するには、数人が「共同ノ不法行為」をしたことが要件であり、この要件は、民法七一九条一項の文理上、同項前段の共同不法行為についても後段の共同不法行為についても必要であると解される。
これに対し、国賠法二条一項は、「公の営造物の設置又は管理に瑕疵があった」ことを要件とするが、右「営造物の設置又は管理の瑕疵」とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、過失の存在は必要としないとされている(最高裁判所昭和四五年八月二〇日第一小法廷判決・民集二四巻九号一二六八ページ)。
したがって、国賠法二条一項の責任は、一定の行為(不作為を含む。)を前提とし、故意・過失の主観的要件を必要とする民法七〇九条の不法行為とは、その構造、要件を異にするものであり、民法七一九条の要件である「共同ノ不法行為」をしたことに該当する余地はないというべきである。実質的にみても、国賠法二条の責任は、民法七一七条と同様に、被害者保護の観点から責任を加重したものであると解されるところ、これに加えて被害者保護のために民法七一九条を適用するとなれば、更に被害者保護に偏した結果となり、不当である。
以上によれば、営造物である道路の設置・管理の瑕疵と第三者の過失行為が競合して一定の損害を生じさせた場合には、それぞれの要件を充足する限度において賠償責任が競合するにすぎず、そもそも共同不法行為が成立することはないものと解すべきことになる。
2 民法七一九条一項前段の共同不法行為
(一) 行為者各自の行為と損害との間の因果関係の必要性
そもそも、民法七一九条は、数人の者が共同の不法行為によって他人に損害を与えた場合に、被害者を保護するために、数人の債務者が存在する場合の分割債務の原則を定めた民法四二七条の原則を排除して、被害者は、各加害者に対しその共同の行為から生じた全損害の賠償を請求することができるとしたものである。このような法の趣旨を前提として、判例は、同項前段の「共同」を客観的共同で足りると解釈している。しかしながら、その一方で、各人の行為は、それぞれ独立して、不法行為の要件を備えていなければならず、行為者各自の行為と損害(連帯責任を負うべき損害)との間には因果関係が必要とされ、大審院判決も、一時、因果関係を緩やかに解したものも存在したが(大審院昭和九年一〇月一五日判決・民集一三巻二一号一八七四ページ)、その後は、厳格に解されるようになり、最高裁(最高裁判所昭和四三年四月二三日判決等)もこれを踏襲している。
以上のように、民法七一九条一項前段に関する判例の解釈は、前段の「共同」を客観的関連共同と解しつつ、その場合、行為者各自の行為と損害との間の因果関係が必要であるとするものである。
(二) 主観的関連共同性ないし強い客観的関連共同性の必要性
仮に、各行為者の行為と損害との間の因果関係の存在を認めることなくして、民法七一九条一項前段の共同不法行為責任を認める理論的な余地があるとしても、そのためには、各行為者間に主観的関連共同性か、少なくとも意思ありといえる程度の強い客観的関連共同性の存在が必要というべきである。
3 民法七一九条一項後段の共同不法行為
民法七一九条一項後段は、特定された複数の者がそれぞれの行為のみによっても結果発生の危険がある行為を共同して行ったが、そのうちの何人の行為によって現実の結果が惹起されたか不明の場合に適用される。加害者の証明ができないために被害者が賠償を受けられなくなるのをおそれて、特に政策的に責任者の範囲を拡げたものであり、その要件は以下のとおりに要約できる。
(一) 各自の行為に、単独で原告の主張する損害を発生させる相当な危険性があること
後段は、被害者救済のために政策的に責任負担者の範囲を拡張したものであるが、各行為者がそれだけで損害をもたらし得るような不法な危険性を作出したとの帰責事由の存在を推定せしめる前提条件があるからこそ、そのような場合に後段を適用しても、民法の基本原則である自己責任の原則の趣旨に反しないのである。これに対し、単独では損害の発生ないし不法な危険を作出するほどの可能性がなく、せいぜい一定の寄与しかしていないにもかかわらず、全部の結果との間の因果関係を推定することは、前記のような帰責事由に関する前提条件を欠いているのであるから、後段の趣旨に反する過剰な推定というべきである。
(二) 行為者間の客観的関連共同性の必要性
後段は、加害者不明の「共同行為者」の責任を定めた規定であり、直接の加害行為についてではなく、その前提となる集団行為について客観的共同関係が認められることが要件となる。
(三) 行為者の特定の必要性
後段は、共同行為者中のある者が侵害行為をなしたことは確実であるが、そのうちの何人の行為によるかが不明な場合に責任者の範囲を拡げたものであるから、少なくとも、原告において、原告の主張する損害を発生させる相当な危険性のある行為を共同して行った者を特定する必要がある。そうでなければ、被告としては、自己の行為と原告の主張する損害との間に因果関係がないことの立証を十分に行えず、また、責任が認められた場合の求償も行えないのであり、公平な賠償とはいえない。
したがって、後段に基づく共同不法行為責任を追求する場合、原告らにおいて、加害者となるべき者を特定した上、各自の行為が客観的関連共同性を有し、かつ、それぞれの行為に原告ら主張の損害を発生させ得る相当な危険性が存することを具体的に主張・立証すべきである。
二 被告国と被告会社らとの間の共同不法行為責任
1 主観的関連共同性の不存在
被告国が、被告会社らの経営する工場群から大気汚染物質が排出されていることを認識し、被告会社が本件各道路を走行する自動車から自動車排出ガスが排出されていることを認識しただけでは、主観的関連共同性があるとはいえない。
主観的関連共同性は、「(各自が)他人の行為を利用し、他方、自己の行為が他人に利用されるのを認容する意思をもつこと」が必要である。しかし、本件各道路を走行する自動車から排出された自動車排出ガスが、本件地域の大気環境にある程度の寄与をしていることは否定できないとしても、その距離減衰効果にかんがみると、同地域全体に対し、健康影響を考えなければならない程度に自動車排出ガスが到達するとは考えられないから、「他人の行為を利用し、他方、自己の行為が他人に利用される」状況にはない。また、そもそも、被告国には、大気汚染物質によって本件各疾病が発症又は増悪し得るか否かについての予見可能性がなかったのであるから、本件道路を設置管理する被告国と、工場群を経営する被告会社との間に、「(各自が)他人の行為を利用し、他方、自己の行為が他人に利用されるのを認容する意思」がないことは明白である。
さらに、主観的関連共同性を肯定する実質的意味は、被告会社らの経営する工場と被告国が設置管理する本件各道路からの自動車排出ガスを一体のものとみて一体の排出行為を観念し、これとの因果関係を検討すれば足りることにある。しかし、本件で問題となっている二酸化窒素のような汚染物質は排出源が多数あり、原告ら各自が暴露されている当該汚染物質は、大気汚染によるものだけではなく、また、大気汚染についても被告会社らの経営する工場と被告国が設置管理する本件各道路からの排出ガスは、大気汚染の原因の一部にすぎず、右の一体としての排出行為を具体的に他のものと区別して認識することは困難である。そうすると、原告ら主張のごとき主観的関連共同性を肯定し、右のごとき一体としての排出行為を観念すること自体が失当である。
2 客観的関連共同性の不存在
(一) 侵害行為の態様
侵害行為の態様から、行為の関連共同性を判断する場合、どの程度の大気汚染物質が一体となって原告らの居住地に到達したかが問題とされなければならない。本件各道路及び被告会社らの工場・事業所は、本件地域の広大な中を通過し、また、その中に散在するものであって、本件各道路と右各工場・事業所との位置関係も多様である。また、本件各道路の本件地域における延長は、約四・〇ないし一八・一kmであるところ、本件地域においては本件各道路以外にも多数の幹線道路や細街路が存在するが、これらの道路の面積は合計すると約三四・七平方kmであり、一方、本件各道路の面積は約一・五平方kmである。本件地域における本件各道路と本件道路以外の幹線道路や細街路との対比面積は、約四・三%対約九五・七%となり前者はごく僅少である。
そうすると、本件各道路を走行する自動車から排出された自動車排出ガスが、本件地域の大気環境にある程度の寄与をしていることは否定できないとしても、その距離減衰効果にかんがみると、本件地域全体に対し、健康影響を考えなければならない程度に自動車排出ガスが到達するとは考えられないから、関連共同性の根拠とすることはできない。
しかも、侵害行為の態様でさらに問題とすべきは、原告ら各自が暴露されている汚染物質は大気汚染に限らないことである。室内汚染や喫煙等を考慮すると、自動車排出ガスが汚染物質の暴露量の主要な部分を構成するとはいえず、強い関連共同性を肯定することもできない。
(二) 社会的経済的態様
道路は、本来一般公衆の自由使用に供される公共用物であるから、本件各道路についても、被告会社らが一般公衆の一員として本件各道路を利用することがあるのは当然である。そして、もとより被告会社らの本件各道路の利用は、本件各道路利用の全体からみれば、そのごく一部にすぎないのであり、本件各道路は、道路であるがゆえに当然に、被告会社ら以外にも極めて多くの者の便益のために利用され、国民一般の生産活動、消費活動、社会活動のために活用されているのであるから、被告会社らと本件道路からの大気汚染物質の排出との間に、特別な関係を見出すことはできず、社会通念上一個の行為と認められる程度の一体性を認める余地はない。
(三) 以上検討したところからすれば、本件各道路に仮に設置又は管理の瑕疵があるとされた場合であっても、被告会社らの排出行為との間で客観的関連共同性を認める余地はないというべきである。
3 共同不法行為責任の不成立
右1、2のように、本件各道路を設置又は管理する被告国と、本件地域の工場群を経営する被告会社らとの間には、主観的及び客観的関連共同性がないことは明らかであり、民法七一九条一項前段又は後段のいずれの共同不法行為責任も成立することはない。
民法七一九条一項後段の共同不法行為責任が認められるためには、行為者間に集団行為についての客観的関連共同性だけでなく、各自の行為に単独で原告の主張する損害を発生させる相当な危険性があること及び行為者の特定が必要とされるところ、本件においては、右三要件のいずれも認めることはできない。すなわち、現状の大気汚染が原告らの疾病の発症又は増悪の原因となっていると認めるに足りる十分な証拠はないというべきであるが、さらに、それに占める自動車排出ガス単独で原告らが主張するような健康影響を発生させる相当な危険があるということは到底できない。また、行為者の特定の要件にも欠けることは明らかである。
三 なお、原告らの共同不法行為に係る主張中本件各道路と県道等関連道路の瑕疵及びこれに基づく被告国と愛知県等との共同不法行為の主張は時機に後れた主張であり、また、右共同不法行為を構成する事実は存在しない。
第五争点五(被告らの責任の有無)についての主張
一 国賠法二条の要件
最高裁判決は、国賠法二条一項の「設置又は管理の瑕疵」とは営造物が通常有すべき安全性を欠いていることと解し、安全性の欠如(危険性)があるか、設置・管理者に結果の予見可能性がないか、設置・管理者に結果の回避可能性がないかを国賠法二条の責任の要件としている。
供用関連瑕疵における営造物の安全性の欠如の要件は、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及び内容、効果等の事情を総合的に考察し、違法性の存否の観点から判断される。そして、大阪空港訴訟大法廷判決や国道四三号線訴訟最高裁判決の判示からすれば、いわゆる公害として問題にされる種々の被害のうち、法的救済を求め得るものは、社会的共同生活を営む上で受忍すべきことが要請される一定のレベルを超える被害に限られるとする考え方を前提としているところ、営造物の供用の公共性は、この受忍限度のレベルをいわば高めるように作用する因子として位置づけられる。
二 道路の公共性について
1 道路は国民の日常生活や経済社会活動に不可欠な最も普遍的かつ基礎的な社会資本として、多様な機能と役割を有する。
道路の交通機能は、随意性、戸口性、機動性という特色を有していることから、現在の社会生活では、通勤、通学あるいは業務等のための人の移動、食料品日用品等の生活必需品をはじめ社会・経済活動を支える物資の輸送、ゴミの搬送、緊急自動車の通行、郵便物の集配などの日常生活に直結した公共・公益サービスの提供等の多くが、道路の交通機能を利用している。
道路の空間機能は、電気、電話、ガス、上・下水道等の公共公益施設を収容する都市施設スペースとしての機能、都市の中で緑化や通風、採光というような良好な居住環境を形成するための生活環境スペースとしての機能、地震災害時の避難路(防災通路)、火災延焼の遮断空間防災スペースとしての機能である。
2 道路は、大阪空港訴訟最高裁大法廷判決で問題となった空港と比べても、国民生活との密着性は比較にならないほど高く、それは原告ら個々の住民に対する関係でも変わるものではない。空港の機能停止は直ちに周辺住民の生活に直接的影響を及ぼすことがないといえても、道路については、たとえ一部の道路の供用廃止であっても、これに関連する公共交通のみならず、広く住民の生活に直接的なマイナスの影響を及ぼすことになる。また、何らかの形で道路を利用しない者はなく、仮に道路を利用する者から被害を受けることがあるとしても、被害者をも含む国民全体が、道路の直接・間接の利用者として、常に加害者としての立場に立ち得る。
このように、道路の機能それ自体のほか、自動車(乗用車)が広く国民に普及し、貨物輸送及び旅客輸送において重要な役割を担っていることを考慮すれば、道路の公共性は、空港の公共性とは比較し得ないほどに程度が高いものというべきである。
3 国道四三号線訴訟最高裁判決は、道路を産業政策上の要請に基づき設置されたいわゆる幹線道路と、地域住民の日常生活の維持存続に不可欠な生活道路とに二分し、周辺住民が幹線道路の存在によってある程度の利益を受けているとしても、これによって被る被害の増大に必然的に周辺住民の利益の増大が伴うような彼此相補の関係がないなどとして、付近住民らが受けた被害が社会生活上受忍すべき範囲内のものであるとはいえないとしているが、幹線道路自体必ずしも明確な概念ではないし、すべての道路を幹線道路と生活道路に二分できるものでもない。
一般的にみても、道路は連続性のある営造物であり、それだけにまた利用価値も高いものとなっている。原告らの居住地付近だけを見れば、その数十mの供用を廃止しても、他の道路による交通手段の確保自体は可能であり、原告らの生活に支障はないであろうが、そのことは、それ自体、連続した道路網によって有効な交通手段が原告らに対しても維持されていることにほかならない。このような特質を持つ営造物について、その一部を取り出して、当該道路の性質を論じることは現実には多くの困難が伴う。大型車の通行が多い道路であっても、バス等の公共交通や消防車、救急車、パトカー、さらには通勤用、レジャー用の乗用車が通らないわけではないのである。したがって、道路の概念的な振分けによって、そこから直ちに何らかの結論を導くことは、実体を見失うおそれがある。
このように、道路は、住民の生活に密着した営造物であり、原告らの生活は、他の地域の住民の付近道路の利用との相互関係の上に成り立っているという道路の特質を考えると、直近の道路だけを取り上げて国道四三号線訴訟最高裁判決のいう「彼此相補の関係」の有無を論じることはできず、人の直接的な利用関係や利益にとらわれることなく、道路という営造物の特質とその具体的な利用形態に照らし、より広い観点から彼此相補の関係を考えなければならない。
三 予見可能性の不存在について
1 予見可能性の有無は、被告国において、本件各道路を供用することによって健康被害が発生することを予見できたか否かによって決せられるが、同じく予見可能性とはいってもその程度が重要であり、ここで問題とされる予見可能性は、設置・管理者が具体的な回避措置等を採り得る程度に実質的、具体的なものでなければならない。
予見可能性は、結局、当該認識があれば通常なら結果回避に向けた措置を採るであろうという事情があるかどうかという問題である。一般公衆の利用に供される道路における結果回避措置についてみると、本件において採り得る措置は、その措置を採ることによって別の不利益の発生が避けられない。すなわち、道路は、前述のように、極めて高度の公共性を有しており、一時的であってもその機能を制限することは、国民全体の生活、国全体の経済的発展に大きな影響を与えることになる。規制の対象となる行為が違法であるなら、規制は容易であるが、問題となる大気汚染物質の排出源は自動車以外にも日常の生活環境中の厨房器具・暖房器具等の至るところに存在するのであるから、窒素酸化物の排出そのものを直ちに違法視することはできず、規制には困難を伴う。また、道路の機能を制限することによって、渋滞が発生すれば、自動車の走行速度が低下し、かえって自動車排出ガスの排出量が増加するという問題もある。そうすると、道路の利用規制をするかどうかは、被告国としては、極めて難しい利益衡量を迫られる問題であるから、予見可能性についても、相当程度確実なものが要求されるべきであり、規制される側に規制措置の合理性を説明できるほどに具体的な予見が可能である必要があると解される。したがって、漠然と自動車排出ガスの定性的な危険性を抽象的に認識し得ただけでは、道路管理者による結果発生の予見可能性の不存在の抗弁を排斥することはできない。
2 本件における予見の対象は、自動車排出ガスによる現実の大気汚染レベル下での定量的な危険性があることの認識であり、本件各道路を通行する自動車から排出される程度の自動車排出ガスによって、沿道付近の住民に本件各疾病を発症又は増悪させるという具体的、実質的内容を有するものでなければならない。
しかし、現在の大気汚染疫学の分野においてさえ、現実の大気汚染レベル下における自動車排出ガスに起因する窒素酸化物や浮遊粒子状物質によって、本件各疾病が発症又は増悪するとの知見が確立されているとはいえず、現在もなお疫学的研究が進められている事情に鑑みても、その危険性を定量的に認識することは不可能であり、本件各道路の道路管理者においては、現在に至るまで本件各道路において、自動車排出ガスに対する具体的な措置を採ることを可能とするような結果の予見可能性は存在しないというべきである。
四 回避可能性の不存在について
1 国賠法二条一項によって、営造物の供用関連瑕疵に係る責任を問うためには、営造物の設置・管理者において、当該営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において生じた危険性につき、これを防止するための措置を講ずるに必要な権限を有し、かつ、その権限行使が具体的事情の下で可能でなければならない。
ついで、そのような権限を有する機関が存在するとしても、それは法令に従って分掌されているのであって、「営造物の設置・管理の瑕疵」の有無が問われている以上、営造物である道路の設置・管理の権限として、右権限が認められている必要がある。さらに、法律上の権限があるとしても、それを行使することによって結果を回避することが現実に可能かどうかも問題とされるべきであって、その措置の大気汚染に対する効果の有無・程度、財政的制約等も考慮されるべきである。
2 回避措置を講ずるために必要な法律上の権限の必要性
我が国の行政組織は、憲法上、政治体制として議院内閣制を採用し、行政権は内閣に属することとし(憲法六五条)、内閣法及び国家行政組織法等の法律をもって、内閣の下に各省庁を置き、各大臣に行政事務を分担管理させているのであり(内閣法三条、国家行政組織法三条)、長に権限を一元的に集中させる体制を採用していない。そして、これらの行政庁は、それぞれ明確に区画された固有の権限を有し、各行政庁の権限に属する範囲においては、当然のことながら他の行政庁は何らの権限を有することがない。また、憲法は、地方自治の本旨に基づき地方公共団体に対しても権限を与え(憲法九二条、九四条)、道路交通法等による各種の規制を都道府県が行う事務として定め(地方自治法二条八項、同法別表一の四六)、さらに、都道府県に都道府県警察を置き(警察法三六条一項)、都道府県警察を管理する組織として、都道府県知事の所轄の下に都道府県公安委員会を置き(同法三八条一項、三項)、道路交通法等に基づくこれらの権限を行使するものと定めている(道路交通法四条等)。
このような我が国の行政法体系を前提とするならば、営造物の管理者における回避可能性の有無の判断をするに際し、当該管理者の法律上の権限以外の他の行政庁の権限に属する事柄を当該営造物の設置又は管理の問題として考慮するという判断手法は、およそ採り得る余地がないというべきである。行政庁は、国民の代表により構成された国会によって定められた法律に基づいてのみ、国民の権利義務にかかわる作用を営み得るという「法律による行政の原理」(これは法治国家の必須要件である。)が厳として存在する限り、営造物の設置・管理者に対して権限外の事項も含めてその法的な管理責任を問うことは、正に法的に不可能を強いるものであり、ひいては法律による行政の原理を崩壊させるものとして失当といわざるを得ない。
3 自動車排出ガス防止対策に係る法体系
(一) 環境庁及び運輸省の発生源対策
環境庁長官は、大気汚染防止法一九条一項により、自動車排出ガスの量の許容限度を定めなければならないとされ、これを受けて、自動車排出ガスによる大気の汚染の防止を図るため、運輸大臣は、道路運送車両法に基づく命令で、自動車排出ガスの排出に係る規制に関し必要な事項を定める場合には、右許容限度が確保されるように考慮しなければならないとされている(同条二項)。これがいわゆる自動車排出ガスの単体規制と呼ばれるものであり、この環境庁及び運輸省の発生源対策は、最も強力な自動車排出ガス防止対策の要というべきものである。
(二) 都道府県知事の要請と緊急時の措置
都道府県知事は、道路の沿道における大気汚染の程度が一定の限度(いわゆる要請限度値)を超えたときは、都道府県公安委員会に対し、道路交通法の規定による措置を採るべきことを要請するものとされ(大気汚染防止法二一条一項)、さらに、大気の汚染が著しくなり、人の健康又は生活環境に係る被害が生ずるおそれがある場合として政令に定める場合に該当する事態が発生したときは、その事態を一般に周知させるとともに、当該大気の汚染を更に著しくするおそれがあると認められるものに対し、自動車の運行の自主的規制について協力を求めなければならず(同法二三条一項)、また、気象状況の影響により大気の汚染が急激に著しくなり、人の健康又は生活環境に重大な被害が生ずる場合として政令で定める場合に該当する事態が発生したときは、当該事態が自動車排出ガスに起因する場合にあっては、都道府県公安委員会に対し、道路交通法の規定による措置をとるべきことを要請するものとされている(同条二項)。
(三) 都道府県公安委員会の規制
都道府県公安委員会は、道路の沿道において、走行する自動車からの排出ガスによる大気の汚染が一定限度を超え(主として、大気汚染防止法二一条等によるいわゆる要請限度値を超え、都道府県知事がその旨の要請等をしたような場合)、「交通公害その他の道路の交通に起因する障害を防止するために必要があると認めるとき」は、信号機・道路標識若しくは道路標示を設置・管理して、交通整理、通行禁止その他の交通規制をすることができる(道路交通法四条、一一〇条の二第一項)。
道路は、一般交通の用に供することを目的として設けられているものであるから、その機能が十分に発揮されるよう維持、管理されなければならず、道路法はその面での規制法ということができる。一方、このような道路を一般公衆が利用するにあたって、一般交通に危険を及ぼしたり、公共の安全・秩序を害するおそれが出てくるときは警察権の発動が必要となり、道路交通法は、かような交通警察権の根拠を定めたものとされている。
(四) 道路管理者である建設省の採り得る環境対策
(1) 道路法の建前
道路管理業務の根拠となる道路法は、道路の機能が十分に発揮されるよう維持、管理されることを規制する法律であり、道路自体に物的瑕疵がないのに、道路が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性の発生を防止することは予定されていない。すなわち、同法一条は、「この法律は、道路網の整備を図るため、道路に関して、路線の指定及び認定、管理、構造、保全、費用の負担区分等に関する事項を定め、もって交通の発達に寄与し、公共の福祉を増進することを目的とする。」と規定し、これを受けて、道路管理者の具体的な管理行為として、同法四二条一項は「道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もって一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならない。」と規定し、また、同法四六条一項は「道路管理者は、左の各号の一に掲げる場合においては、道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため、区間を定めて、道路の通行を禁止し、又は制限することができる。 一 道路の破損、欠壊その他の事由に因り交通が危険であると認められる場合 二 道路に関する工事のためにやむを得ないと認められる場合」と規定していることからも明らかなように、道路法が道路管理者の権限と職責として規定しているものは、基本的には、道路の物的瑕疵等による道路交通の危険の防止及び道路における一般交通の円滑性の確保に限られるというべきである。
(2) 道路行政権及び道路管理権に基づく措置
右のとおり、道路管理者が環境対策を実施しようとすれば、道路行政権及び道路管理権の範囲で行うほかないところ、道路行政権に基づくものとしては、道路の供用ないし路線の廃止、道路網の整備があり、道路管理権に基づくものとしては、道路法一三条に基づく道路構造の改善の措置が考えられるにすぎない。
このうち、路線の廃止とは、道路の機能が失われ、当該道路を一般交通の用に供する必要がなくなった場合に、道路にあらざるもの、すなわち廃道とする行政処分である。また、供用の廃止とは、道路の全部又は一部の機能が失われ、当該道路を一般交通の用に供する必要がなくなった場合に、公物である道路を消滅させる行政上の処分である。そして、道路法上、道路がその機能を果たしているのに、環境対策のためにこれらの処分をすることは本来は予定されておらず、道路の供用廃止等が大気汚染を改善するために効果がある措置と評価することもできないというべきである。
以上のとおり、自動車排出ガスに係る道路環境問題について、法が予定した権限を概観すると、いわゆる発生源対策の権限は、環境庁長官及び運輸大臣に、道路を通行する自動車に対する交通規制権限は、都道府県公安委員会に属している。このように、本来、法は、自動車排出ガスに係る道路環境問題の解決を第一次的には発生源対策に求めるとともに、具体的公害発生状況に即応した対処を可能とするために都道府県知事及び都道府県公安委員会の権限発動を予定していることは明らかである。これら権限との対比において道路管理者に付与された道路行政権及び道路管理権は、本来、公害防止を前提としたものではないことは明らかであり、いわば補充的位置づけが付与されているにすぎない。道路の設置・管理者は、本来有する道路行政権及び道路管理権並びにその延長線上に属する権限の行使によって道路環境対策を推進することが期待されているにすぎない。しかも、道路行政権及び道路管理権並びにその延長線上に属する権限の行使により、大気汚染対策として実効性のあるものは見当らない。
したがって、道路管理者は、道路を走行する自動車による騒音、排出ガスとの関係で、これに有効かつ適切な制限を加える上で最も重要な発生源対策や交通規制措置を採るのに必要な権限は全く有しておらず、右騒音、排出ガスを防止するための権限としては、道路行政権、道路管理権の範囲内でこれを有しているにすぎない。
4 道路網の整備等による環境対策の限界
道路管理者も道路行政権に基づく道路網の整備等により、事実上、一定の環境対策を行うことも許されるとも考えられるが、これらの対策には、以下に述べるような限界がある。
(一) 道路網の整備
道路法一二条に基づき、新たにバイパス道路や環状道路等の道路網を整備し、道路環境が問題となっている都市内幹線道路の交通量を減らす方法が考えられる。道路網整備は、道路管理者の行い得る対策のうちでは最も環境改善効果の高い対策であるが、同時に多くの制約要因がある。
すなわち、これらの整備には、計画段階において地元自治体等との協議の必要性や実施段階における用地取得の困難性等の社会的制約はもとより、本来的に膨大な経費を必要とし、さらには、施行に伴う様々な技術的制約も存在するのであって、一朝一夕にして成るものではない。
例えば、計画段階においては、地方公共団体や関係機関との間において路線の選定、道路構造の決定、沿道の土地利用や他の公共施設との調整について協議を重ねる必要があり、また、実施段階においては、地元住民や土地所有者等との間で工事の進め方や用地の取得について交渉する必要があることなど多くの社会的制約を伴い、整備が完了するまでには長時間を要することになる。
さらに、バイパス・環状道路などの建設には、規模が大きくなればなるほど建設費用も膨大となり、このために財政的制約を受けるほか、工事施工に当たっては、施工条件の悪い位置での施工や構造物自体が特殊構造である場合など、施工に伴い技術的な面で解決を必要とする問題が多々あることなど事業完成までには様々な技術的制約があり、多くの困難を伴っている。
(二) 道路構造の改善
道路法一三条に基づき、<1>交差点の立体化、<2>高架構造の採用、<3>植樹帯の設置、<4>環境施設帯の設置、<5>トンネル化、シェルター化等道路構造を改善することにより、交通の円滑化を図り、これにより大気汚染物質の低減、拡散、希釈浄化等を期待する方法が考えられる。
しかし、本件各道路も含め、環境問題が取り上げられるような市街地の道路は、沿道に住宅、商店、事務所等が連なり様々な経済活動が行われており、右の各方法を講ずるには種々の障害が存在する。すなわち、これらの施策を行うのに必要とする用地確保の困難性はもとより、これらの施設、特に、高架構造化、トンネル化、シェルター化は、道路環境対策としての効果を期待できる反面、該当部分に関し道路からの出入りが不可能となり、他の道路からのアクセス機能が低下するため、沿道利用者の利害が一致せず、これらの施策を実行していく上での障害となる。特に、本件各道路は、高速道路のような自動車専用道路とは異なり、いずれも一般国道であり、他の道路からのアクセス機能が重視される道路であるから、本件各道路について、高架構造化、トンネル化、シェルター化を行うことは、実際問題として実現不可能である。
以下、個別の対策の問題点について明らかにする。
(1) 交差点の立体化や高架構造の採用
交差点の立体化を既存の平面道路の幅の中で行うとすると、立体化をしても交通機能に影響を与えない程度に既存道路の幅員が確保されていることが条件となるが、現実的には用地の買収等が必要となることから、費用面及び地権者の協力という点が制約となる。
また、道路との位置関係により、プライバシーの侵害や日照の悪化等の問題が生ずる場合がある。
(2) 環境施設帯及び植樹帯の設置
幹線道路沿道には、ガソリンスタンドやレストラン等の商店、運送業者や倉庫業者の事業所又は事務所等が立地している場合が多く、こういった事業を営む沿道施設所有者は、自動車が道路から直接出入りできることを望んでいることから、おおむね環境施設帯や植樹帯の設置に対して消極的である。しかし、これらの事業所等のための乗入口として環境施設帯等に切れ目を作ると、環境対策としての効果が半減することになる。本件地域の道路沿いは、市街化が進み、住居や事業所が沿道に建ち並んでいて、連続的に環境施設帯等を設置するためには多数の関係者の意向を聞かなくてはならないが、途中で一軒でも反対の所があると、帯として環境施設帯等を作ることが困難になる。
(3) トンネル化
道路を地下のトンネルにすることにより、周辺地域に排出ガスを拡散させないという対策については、まず、その出入口の部分から排出ガスが濃縮された形で出ていくことになるため、排出ガス対策としては問題がある。
また、本件各道路のように、現にある道路をこれから地下に造るのは、工事期間中に既存の地上道路の交通に支障が出るほか、巨額の費用がかかり、技術的にも無理がある場合が多い。さらに、一般的にトンネルは交通事故の危険性も大きい。
(4) シェルター化
シェルター化についてもトンネル化について述べたことはほとんど当てはまるほか、さらに以下の問題点も付け加わる。
すなわち、道路と建物との直接の出入りがない高架部分については、沿道からのアクセスに関する問題は発生しないが、沿道の日照を阻害することになる。
また、既存の高架の構造に直接シェルターを付加することには応力的な限界があるため、地上から新たな支柱を立ててシェルターを支えるような構造にするか、既存の高架構造を一度取り壊して新たに建設するかの選択をしなければならない。いずれにせよ、現状の道路敷では足りず、そのため、現在の道路幅より外側に新たな用地を確保する必要がある。
(三) 道路の廃止・車線の減少
道路の廃止あるいは車線の減少等により道路交通を抑制し、自動車の走行量を減らして排出ガスの減少につなげるという対策については、道路を廃止したり車線を減少して道路の通行を規制したとしても、ほかの道路を整備するか交通の需要が変わらない限り、当該道路の通行を避けた車は細街路を含む他の道路に向かうと考えられるので、そこでの渋滞や排出ガスの増加を招くことが予想され、必ずしも環境の抜本的な改善にはつながらないと考えられる。
したがって、将来、道路ネットワークが整備された際に、環境対策として道路の廃止や車線減少等をするということは考えられるが、その場合には、代替道路を確保する等の条件がそろっていることや、関係者の理解が得られることが前提条件となる。
5 本件各道路の供用の廃止等が不可能であることについて
(一) 本件各道路は、中京都市圏及び本件地域にあって、社会経済活動を支える重要な役割を果たしている。また、本件各道路をその生活基盤・存立基盤とする数多くの住民や企業が存在する。
本件各道路に、設置又は管理の瑕疵があるという原告らの主張するところは、結局、道路管理者の有する権限の行使として道路の供用の全部又は一部を廃止することにより、自動車排出ガスの削減をすることを想定しているものと解さざるを得ないが、到底実現不可能であり、また、自動車排出ガスを低減する効果も期待できない。
(二) 本件各道路の公共性の観点から
道路の供用を廃止することは、道路管理者に手続上種々の制約が課されていることから、その一存ではできないものであるが、さらに、本件各道路が持つ高度の公共性からすれば、その供用を廃止することは社会的に大きな混乱を来たし、現実には採り得ない。本件各道路のような都市道路が本来の目的とする機能を失ったとき、付近の細街路の負担は著しく増加し、道路交通網全体にその影響を及ぼし、事業所の経済活動のみならず地域住民の日常生活にも多大な影響を及ぼす。
(1) 代替交通手段の存否について
本件各道路の供用廃止又は利用の制限により直接的な影響を受ける交通需要は、本件地域に起終点を持つ交通と本件地域を通過する交通の両方である。これらの交通は、トリップ目的別には、通勤・通学・買物・娯楽等の交通、行政サービスを含む業務交通及び原材料・製品・食料品等の物資の輪送のための交通に大別することができる。しかし、そもそも交通というものはそれ自体を目的とするものではなく、ある目的を達成するための手段であるから、自動車交通が制限された場合には、代替交通又は代替手段を用いてその目的を達成しようとすることになる。そこで、以下では、交通の目的別に本件各道路の供用廃止又は利用制限により自動車交通が排除された場合の代替手段の選択について検討する。
まず、通勤・通学、買物、娯楽等を目的とした交通については、近距離のものは徒歩や自転車を選択することが考えられるが、その量は微少である。その余は鉄道を選択することが考えられる。しかし、名古屋及びその周辺では鉄道網の発達が低い上、鉄道を選択できる交通の相当部分は既にそのような選択を行っていると考えられるから、その代替の可能性は必ずしも大きくない。そうすると、本件各道路から排除された自動車交通は、他の道路の利用を求める可能性が最も高い。その結果、代替道路の著しい交通渋滞によってその道路機能を著しく低下させ、あるいは麻痺させることは明らかである。
次に、業務交通のうち、市民の日常生活を支える上で不可欠なごみ収集、郵便集配達業務等の日常行政サービスのための交通は、自動車に代替する交通手段が考え難い。このことは、救急車や消防用自動車のように、常日ごろ目的地を特定しないで活動できることが求められ、高い機動性が要求される業務交通についても同様である。これらの交通は代替交通手段を選択する余地がほとんどないと考えられる。
さらに、貨物輸送のための交通についても、現在の我が国における物流体系が自動車交通に大きく依存しており、本件地域はその傾向が一層高いこと、自動車交通の持つ戸口性、機動性等が貨物輸送に適合していること等の理由から、他の交通手段が選択されることはほとんど考えられない。仮に代替手段として鉄道・船舶が選択されることがあるとしても、それは出発地、目的地ともに鉄道駅、港湾に近接していることが必須の条件となるから、結局自動車交通を放棄して他の交通手段を選択する余地は乏しい。
なお、以上の検討は、港湾、鉄道及び端末輸送のための道路の整備の進展いかんによっておのずと異なったものになることはいうまでもない。しかし、それらの施設の整備には多額の費用と新たに生ずる種々の制約を克服するための長い期間を要することは明らかである。
(2) 本件各道路以外の幹線道路の利用交通に与える影響
本件各道路について供用廃止又は利用制限が行われた場合には、排除された自動車交通の多くが代替道路に流入すると考えられるが、本件各道路に平行する周辺の幹線道路は本件各道路の交通量を処理できないことは明らかであるから、現況でも混雑している他の幹線道路のほか、市民生活に欠くことのできない細街路に至るまで、本件地域全般の道路で著しい交通渋滞が引き起こされる結果になる。そうなれば、時間的制約の強い通勤・通学交通、業務交通及び物資輸送(特に生鮮食料品輸送)等の人の移動や物資の流動は全般にわたり著しく阻害され、その輸送量は著しい減少を余儀なくされることとなる。以上のことは、本件各道路の通行規制を想定しても大同小異である。
6 交通量抑制策(ロード・プライシング)の限界
交通量抑制策の柱として、ロード・プライシングによる手法が提言されている。ロード・プライシングとは、混雑地域や混雑時間帯の道路利用に対して課金し、大量公共交通機関の利用促進や時間の平滑化を図る手法であり、多くの国や都市で着目されはじめている手法であるが、実施されているのは未だシンガポールなどごく一部のしかも、狭い地域にとどまっている。一般国道で、これを採用しようとした場合、地域内交通にどのような方法によって課金するのかという点で大きな問題がある。また、都市部内で料金所を設置しようとすれば、新たな渋滞と大気汚染問題が発生することにもなりかねない。また、現実問題として、国民の交通需要を、ロード・プライシングという手法によってどの程度抑制することができるのか、必ずしも明確になっているともいえない。割増料金を嫌う車が他の細街路に流れ、より困難な大気汚染問題を引き起こす可能性もある。
特に、本件各道路が、一般国道であることにかんがみると、本件地域において、効果的なロード・プライシングを実施することは不可能であるというほかない。
五 以上に述べた諸事情、すなわち、自動車排出ガスを原因として本件疾病が発症又は増悪することを予見し、これを回避し得なかった諸事情、本件各道路の設置・管理者である被告国は、直接的な侵害行為者ではなく、大気汚染物質の排出源は道路以外にも多数存在すること、道路公害は、道路そのものから生ずるのではなく、不特定多数の国民によるそれ自体有用な自動車の走行という適法行為が直接の原因であること、本件各道路が極めて高度な公共性を有し、その供用の廃止又は利用制限のもたらす影響には甚大なものがあること、法律上、事実上の制約から、道路の設置・管理者の採り得る実効性のある施策は限られているが、その中で、被告国は、これまで可能な限りの対策を実施してきたこと等の本件侵害行為の態様と程度、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情を総合的に考察すれば、本件各道路の設置・管理を違法と評価することはできない。
したがって、被告国が国賠法二条一項責任を負うことがないのは明白である。
六 原告らは、被告国が公害発生を未然に防止するための排出規制等を怠ったとして排出規制懈怠の責任も主張する。しかし、被告国には現行法を超えて大気汚染につき法的な規制権限も規制義務も存しなかったから、右主張は失当である。
第六争点六(損害賠償の額)についての主張
一 包括一律請求及び一部請求の問題点
1 包括一律請求について
損害賠償請求においては、その金銭的評価に関する事実である治療費、逸失利益、慰謝料等の損害についての個々の費目とその発生を基礎づける具体的被害状況がそれぞれ主要事実となり、こうした損害額の算定に最低限必要な具体的事実は、当事者の攻撃防御を経て、裁判所が証拠によりその事実の存否を審理判断しなければならない。ところが、原告らが損害であると主張する原告らの全生活面に対する被害としてあらわれた「総体としての被害」が具体的にどのようなものかは明らかにされておらず、その損害を治療費、逸失利益、慰謝料といった費目ごとに個々具体的に主張立証し、それに基づいて損害額が算定されていない。したがって、本件損害賠償請求は、原告らから損害に関する主要事実の主張がないものとして、棄却されるべきである。
2 一部請求について
紛争解決のための訴訟制度の利用は、可能な限り一回的であるべきであり、訴訟物を恣意的に分断し、同一紛争のむし返しを許容することは、訴訟制度自体を否定することに連なるものであり、合理的な理由のない限り、一部請求の名の下に訴訟物を分断することは許されないというべきである。
そして、損害賠償請求訴訟において、原告は、自らその請求の具体的根拠を明らかにし、要求額の全体を明らかにすることは容易であるから、原告の側で一部請求をする限り、少なくとも損害額の全体を明らかにした上で一部請求をすべきである。
ところが、原告らの本件損害賠償請求については、一切の損害の内金として請求するというのみでそれがいかなる損害の一部であるかは全く明示されていない。
したがって、原告らの本件損害賠償請求は、いわゆる一部請求としては成立し得ないことになり、もしこのような請求を適法と解する余地があるとすれば、それは、これを全部請求と解する場合に限られる。
二 損害のてん補
原告らは、いずれも公健法等による被認定者あるいはその遺族であるから、公健法等による補償給付を過去から現在に至るまで受給し続けていることは明らかである。
公健法等により右の各補償給付が支給される趣旨は、その指定地域(公健法二条参照)等に居住する者等が指定四疾病に罹患していると認定された場合に、その者の公害に関連する健康被害をてん補するためである(公健法一条参照)。これら補償給付に関する財源はいずれも事業者等からの拠出金等によっており、特別措置法では、事業者が二分の一、国及び地方公共団体が二分の一の各負担(同法一〇条)、公健法では、事業者が五分の四、国が五分の一の各負担(同法四七条以下)となっており、また名古屋市救済条例等による補償給付も事業者からの拠出金を主な財源としているものである。
右のように、事業者が各補償給付の費用を拠出するのは、仮に民事上の損害賠償責任が事後的に認められる場合であっても、あらかじめそれをてん補しておくという趣旨である。また被告国が右費用を負担する根拠は、汚染に寄与しているが費用を負担しない事業者及び全体的な汚染への寄与の可能性がある汚染物質の排出者につき、いわば肩代わりするという点に求められる。それゆえ、仮に被告国につき民事上の損害賠償責任が認められる場合があったとしても、前記各補償給付の支給により、あらかじめ右損害がてん補されていることになる。
また、公健法による補償給付が、財産的な損害のみならず、精神的な損害に対する補償の要素も有していることは明らかである。
第七争点七(消滅時効の成否)についての主張
一 原告を除く本件患者らは、いずれも公健法により、本訴提起日である平成元年三月三一日の三年前までに認定を受けている。そして、公健法の成立経過、その内容等からして、遅くとも公健法による指定四疾病罹患認定の時点において、本件患者ら又はその法定代理人親権者は、大気汚染による各々の健康被害とその大気汚染のー因が本件各道路を走行する自動車の排出ガスにあるとの認識を有していたと認められる。それゆえ、本件患者らのうち提訴時に生存していた原告らについては、その請求する本訴提起前の損害賠償請求権のうち、訴え提起時である平成元年三月三一日から三年前の昭和六一年三月三一日以前の損害賠償請求権については、民法七二四条前段の消滅時効が完成しているところ、被告国は本訴において右消滅時効を援用するので、右損害賠償請求権は消滅したものというべきである。
二 また、本件患者らのうち提訴時に死亡していた亡北見正一の相続人である原告北見久枝については、同正一が訴え提起時である平成元年三月三一日から三年前の昭和六一年三月三一日以前に死亡しており、同正一がその死亡前に公健法の認定を受けていたことは原告北見久枝の自認するところであるから、少なくともそれらの死亡時点において相続人である原告北見久枝が損害及び加害者を知ったことは明らかである。それゆえ、亡北見正一に係る損害賠償請求権については民法七二四条前段の消滅時効が完成しているところ、被告国は本訴において右消滅時効を援用する。したがって、仮に被告国に対し、亡北見正一に係る損害賠償請求権があり、同人の相続人である原告北見久枝が右債権を相続していたとしても、右債権は時効により消滅したものというべきであり、その余の判断に及ぶまでもなく同原告に係る請求は棄却されるべきである。
第八争点八(差止請求)についての主張
一 請求の不特定
1 意味内容の不特定
原告らの請求の趣旨では、「本件各道路を走行する自動車から排出され、原告らの居住地に到達する二酸化窒素、浮遊粒子状物質が一定量(一定濃度)を超えてはならない。」という趣旨なのか、「他の排出源からのものと合わせて原告らの居住地に到達する二酸化窒素、浮遊粒子状物質が一定量(一定濃度)を超えてはならない。」という趣旨なのかが不明であり、この点において、請求が不特定であることは明らかである。
2 不作為請求としてみたときの不特定
道路管理者である被告国自体は自動車排出ガスの排出行為の主体ではなく、本件各道路を走行する車両の保有者がその主体である。また、道路の管理は道路自体に対する管理であって使用に関するものではなく、国民各自が本件各道路を走行するについて、被告国は作為による関与はしていない。そうすると、行為者でないものに不作為を求めるものであるとすれば、不適法であることは明らかである。
また、一般に、差止請求権とは、特定の者による一定の形式・態様の作為が権利者の権利・利益を侵害し、あるいは侵害するおそれがあるがゆえに、これに対応して、当該形式・態様による侵害(作為)を排除するために発生する権利である。したがって、本件のように、被告らに対し不作為を求める場合、その訴訟物ないし訴訟上の請求の特定のためには、請求の趣旨において、防止すべき(侵害)結果ではなく、被告らのすべきでない作為をその形式・態様等によって特定しなければならない。ところが、本件差止請求は、数多くのすべきでない作為の組合せの結果としての(侵害)結果を生じさせないことを求めているにすぎず、被告らのすべきでない作為を特定していないから、訴訟物ないし訴訟上の請求として特定されているとはいえない。
3 作為請求としてみたときの不特定
本件差止請求は、「排出をしてはならない。」と、被告らの不作為を請求している形態を採っているが、その実質は、被告らに対し、二酸化窒素等の濃度を一定の数値以下の状態に維持するための作為を求めているものである。なぜならば、被告らによる本件各道路の供用行為自体は既に終了しており、自動車排出ガスを排出しているのは、被告らではなく、自動車を運行する国民自身であって、当該道路を通行する自動車が排出する二酸化窒素等の濃度を低減するためには、国民に対し、権限に基づいた何らかの積極的な措置を講ずる必要性があるからである。
そして、その措置の具体的内容としては、その効果には程度の差があるものの、被告国の場合、道路管理者による道路網整備や交通量抑制、道路の廃止、環境庁長官による自動車排出ガスに係る許容限度規制の強化等様々な方法が考えられる。ところが、原告らの本件差止請求は、その具体的方法を何ら特定しておらず、被告らに対しどのような方法又は態様の作為を求めるのかが全く不明である。結局、原告らは、本件差止請求において、被告らに対し、原告らの主張するような汚染状態とならないように何らかの措置を採るべきこと(作為)を求めているが、そのために考えられる作為の内容を特定していないというほかない。そして、作為請求として請求の趣旨が特定していない以上、作為請求としても適法となる理由はない。
4 実質的不合理性
本件差止請求の当否は、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の態様、侵害の程度、侵害行為の公共性、地域性等に加え、侵害行為の開始とその後の継続の経過状況、その間に採られた侵害行為ないしその結果を防止する措置の有無及びその具体的措置の内容、効果等を明らかにすることが不可欠である。ところが、原告らは抽象的差止請求を求め、具体的な侵害行為ないしその結果の防止策を特定しないため、侵害の排除ないし予防のために有効かつ可能な措置が存するか否か、仮に存するとしてもこれに要する被告側の負担や他への影響等の点が明らかにならない。その結果、被告らの防御権の行使のみならず、裁判所の適正な審理を著しく困難にしているのであるから、本件請求は実質的に不合理である。
5 最高裁判所平成五年二月二五日第一小法廷判決について
最高裁判所平成五年二月二五日第一小法廷判決(横田基地訴訟)は、「上告人らの居住地において五五ホン以上の騒音となるエンジンテスト音、航空機誘導音等を発する行為をさせてはならない。」との請求に係る訴えについて、「このような抽象的不作為命令を求める訴えも、請求の特定に欠けるものということはできない。」と判示しているが、同判決の事案では、個々のエンジンテスト音、航空機誘導音等の音源の防音対策(いずれも事実行為である。)が求められていることは明白であり、騒音については発生源の特定が可能とされているから、本件差止請求のように、被告らに求められる対策が多岐に及ぶものとは事案を異にし、本件はその射程外にあるというべきである。
二 強制執行の不能
1 原告らの請求がそのまま認容された場合に、執行機関において不作為義務違反の有無をおよそ判定し得ないものであれば、執行不能の給付を求める請求ということになるから、結局、不適法な訴えといわざるを得ない。
この点、例えば、航空機による騒音の差止請求訴訟であれば、航空機が離発着するごとに、毎回同程度の騒音が原告の居住地に到達し、その違反状態の把握が可能であり、また、一定の音量以上の騒音が、当該飛行場から到達したものか否かという特定も十分可能である。また、差止めの対象となる騒音以外の騒音(暗騒音、バックグラウンドノイズ)は存在するものの、暗騒音を補正することにより、差止めの対象となる騒音のみの測定が可能であり、判決で示された騒音の限度を超えた騒音を出したか否かの判断は可能といえる。しかも、測定の対象となる騒音が暗騒音よりも一〇デシベル以上大きい場合には暗騒音の影響はなく、補正の必要がないため、エネルギー量が極めて大きい航空機騒音については、補正をすることなく、測定値そのものの値をもって当該航空機からの騒音とみなすことも可能である。
これに対し、本件差止請求は、原告らの居住地における、二酸化窒素及び浮遊粒子状物質という気体ないし微細な気体状物質の空気中の濃度をその対象とするものであり、これら物質の排出源は、工場や自動車に限られず、企業、事業所、航空機、船舶、一般家庭など多数存在し、しかも、大気中で拡散、希釈して、特定性を失い、特定の発生源から排出された物質とその他の発生源から排出された物質とを区別する手段も存在しないから、特定の汚染源(本件各道路)から排出された二酸化窒素等が各原告ら居住地にそれぞれどれだけの汚染をもたらしているかを認識することは不可能である。したがって、執行機関は、執行申立ての時点で当該道路から特定の原告の居住敷地に到達している二酸化窒素又は浮遊粒子状物質とそれ以外の排出源からのそれを判別することはできず、本件各道路から到達している二酸化窒素又は浮遊粒子状物質の濃度が、本件差止請求で認容される数値を超えているか否か判定し得ず、執行不能となることは明らかである。
三 司法判断適合性の欠如
国に対して私法上の請求権を主張する訴訟であっても、その請求の内容が行政権の発動、行使をしなければその実現ができないものである場合には、行政権の主体である国に対し、行政機関が本質的に保持する行政権限の発動、行使を強制しようとするものにほかならないから、その請求はいわゆる義務づけ訴訟(行政訴訟)であって、民事訴訟として許されないし、行政訴訟としても、行政庁の第一次的判断権を侵害するから、許されない。
本件差止請求は、結局、被告国に対して、道路管理者による道路網整備や交通量抑制、道路の廃止、環境庁長官による自動車排出ガスに係る許容限度規制の強化を求めるものにほかならず、行政権の主体である国に対し、行政機関が本質的に保持する行政権限の発動、行使を強制しようとするものである。さらに、本件提訴後に自動車NOx法(平成四年法律第七〇号)が制定されたことからも明らかなように、立法によらなければ実現できないことも予想され、本件差止請求は、立法を強制する意味も持ち得るのである。
したがって、この点でも本件差止請求は不適法というほかない。
第三編当裁判所の判断
第一章本件地域の大気汚染と健康被害(集団的因果関係 その一)
第一本件地域の大気汚染の歴史的推移(甲B一三の1、2、一四ないし二〇、六八、七四の1ないし65、九二の1ないし5、甲D二、乙B四〇八の1、2、四〇九、四一〇、証人室生昇)
一 名古屋市においては、戦前から工業が発達し、市の南部には多数の工場が立地していた。そして、昭和二〇年代には名古屋市に対しばいじん、有毒ガス、悪臭などの苦情が申し立てられることがあった。昭和三〇年代半ばまでは、前記の工場で燃料として主に石炭が使われ、しかも除じん対策が不十分であったことから、大気の汚染は黒い煙や降下ばいじんによるものが中心であった。
昭和三〇年に名古屋大学医学部衛生学教室が降下ばいじん調査を行ったところ、一か月間に一平方km当たり都心部では二七トン、熱田区では一九トンが記録され、当時の新聞に「ソ連の工業地域なみ」と指摘された。そして、昭和三七年冬期には連日スモッグに見舞われるまでになり、新聞等の報道も数多くされた。
昭和三〇年代半ばから、名古屋港の周辺に臨海工業地域が造成され、鉄鋼、石油、ガス、電力などの企業進出が始まり、また、このころ石炭から石油への燃料転換が進むとともに燃料使用量が急速に増加した。このため、硫黄酸化物による汚染が加わり、冬期を中心にスモッグが頻発した。昭和三〇年代末には、降下ばいじんは燃料転換などにより減少し黒いスモッグから色は薄れたものの、硫黄酸化物の急増により汚染は一層深刻なものとなった。
東海製鐵の進出が決まった昭和三四年六月には愛知県議会において名古屋南部地域と大気汚染による公害との関連が初めて取り上げられ、その後も名古屋南部臨海工業地域と大気汚染公害との関係が頻繁に取り上げられるようになった。
二 昭和四〇年前後からは名古屋市南部の臨海工業地域において、相次いで各社の操業が開始され、昭和四〇年代前半には硫黄酸化物による汚染が激化した。そして、冬期を中心に硫黄酸化物、浮遊粉じん等を含む濃いスモッグが頻発し、昭和四三年一一月二六日には名古屋地域として初の大気汚染注意報が発令され、昭和四六年四月一三日までに計七回の発令をみた。また、このころから南区柴田地区などの南部臨海工業地域の住民に喘息等の呼吸器疾患が急増し、「柴田喘息」として問題となった。
昭和四〇年代後半も硫黄酸化物による大気汚染はなお著しいものがあった。各種対策の進展により改善の兆しをみせたものの、昭和四六年七月には名古屋市で初めて光化学スモッグによる被害が申し立てられたことをはじめ、自動車排出ガスによる汚染が進行した。特に光化学スモッグとの関連で窒素酸化物と炭化水素が注目された。
三 昭和五〇年代前半には、硫黄酸化物による汚染は大幅に改善され、昭和五三年度には初めて名古屋市の全測定点で環境基準を達成し、光化学スモッグについても昭和五二年八月四日を最後に予報、注意報の発令された日はなくなった。しかし、窒素酸化物、浮遊粒子状物質などは横ばいで推移している。
第二本件地域の大気環境濃度の推移及び環境基準等に照らした汚染レベルの評価(甲A六ないし二二、甲B一、一四、三〇、七一ないし七三、九一の1ないし3、甲C四四、甲E一三の1、2、一六、甲F七七、七八の1ないし6、七九、八〇、八二の1ないし3、八八の1、2、八九、九〇、九六、乙C三、一四二、一四四の1ないし9、一四六、一四九の1ないし19、一五三、一六二、一六三、一六四の1、2、一六五の1ないし4、丙A一、丙C三四、四八、五〇、五一、五五、五六、六二、丙D一二一、一三三、証人西川栄一)
一 名古屋市及び東海市の大気汚染測定局の名称及び所在地は、図表11、12のとおりである。
二 硫黄酸化物による汚染状況
1 本件地域における測定経過
(一) 二酸化鉛法による測定
名古屋市は、二酸化鉛法による硫黄酸化物の測定を昭和三六年度から開始し、経年的に調査を実施している。
測定点は、当初市内一三地点であり、住居地区(中村、千種、昭和、瑞穂)、工業地区(港、港(名港)、南、中川、北)及び商業地区(中、東、西、熱田)に分けられた。その後、昭和三八年度には市の区域変更に伴い守山区及び緑区が加えられ、一五地点となったが、昭和四一年度の見直しにより一一地点となった。昭和四二年度に一地点が加えられ、昭和四四年度には名古屋南部大気汚染実態調査の一環として行う三〇地点を加えた四二地点で、また、昭和四五年度及び昭和四六年度には公基法に基づく名古屋等地域公害防止計画の策定のための基礎調査として、汚染状況のコンターが作成できるよう既存の調査点を含め二平方kmに一か所の割合で一七六地点(テレビ塔で高度別汚染をみるため二測定を行ったため一七七測定)で調査が行われることとなった。以後昭和五四年度まで右体制が継続され、昭和五五年度からは一五〇地点で調査が行われている(甲B一四)。
昭和三六年ないし昭和四三年からの経年変化をみることができる測定点は、一二測定点であり、そのうち、港区の測定点は港区役所、港保健所、港消防署仮庁舎(資料により名称が異なるが同一所在地と認められる。)、南区の測定点は大同町観測点である(甲A九、一〇、乙C一四六)。
(二) 導電率法による測定
名古屋市は、昭和三九年九月からばい煙規制法に基づく指定地域となり、同法に規定する大気汚染の常時監視とあわせてスモッグ発生時などの緊急時対策を進めるため、昭和四〇年四月から、中区のテレビ塔及び旧中川保健所の二測定局において導電率法による硫黄酸化物の測定を開始した。
また、国も昭和四〇年度からの全国大気汚染測定網の整備の一環として、千種区内に国設名古屋大気環境測定所を設置した。
東海市は、東海市役所北庁舎及び同南庁舎において昭和四四年八月から導電率法による測定を開始した。
その後も測定局の増設が行われ、本件地域において現在導電率法による硫黄酸化物の測定を行っている測定局は、一般局が一二局、自排局が二局(テレビ塔、港陽)である。このうち、港陽自排局は国道一五四号線に面している。
(三) 二酸化鉛法は、測定が容易であるとの利点を有する反面、月平均値しか測定できないため、風向等の気象条件によって刻々と変化する大気汚染の状態を一時間値で的確に把握できず、気温が高い場合や風速が強い場合には現実の硫黄酸化物の濃度よりも高い測定結果が出やすいという難点がある。しかし、二酸化鉛法も大気汚染の状態、推移を大まかに把握するという意味では相応の信頼性を有する測定方法である。
2 測定結果
(一) 二酸化鉛法による測定結果
(1) 二酸化鉛法による測定結果は図表13のとおりである。これによると、名古屋市内において、当初からデータのある一二地点(昭和三六、三七年は一〇地点、昭和三八年から昭和四二年は一一地点)の年平均値の平均は、昭和三六年に一・三二mgSO3であったものが増加を続け、昭和四四年には二・二三mgSO3とピークを示し、特に工業地区の年平均値は三・三〇mgSO3と最悪の数値を示した(導電率法による年平均値の平均も昭和四〇年の〇・〇三二ppmから増加し、昭和四三年に〇・〇四五ppmとピークを示した。)。
港(港区役所)では、昭和三九年から昭和四六年まで三mgSO3を超え、昭和四四年に三・九六mgSO3と最高値に達し、南(大同町観測点)では、昭和四〇年から昭和四六年まで三mgSO3を超え、昭和四三年に四・〇七mgSO3と最高値に達した。
その後、年平均値は、昭和四〇年代後半から昭和五〇年代前半にかけて大幅に減少し、昭和五五年度の全市平均は〇・二六mgSO3となり、その後もゆるやかな減少傾向を示し、昭和六二年度の全市平均は〇・二三mgSO3である。
(2) 二酸化鉛法による硫黄酸化物の測定値(年平均値)から推定される昭和四五年から昭和四七年度にかけての等濃度分布図は図表14のとおりであった。
(3) 昭和四五年六月から一一月にかけて名古屋市が行った二酸化鉛法による硫黄酸化物の測定の調査結果は次のとおりであった(甲E一六)。
夏期における風向は南東系の風が卓越していたため(三五%)、二酸化硫黄の等濃度線は北西方向に移行している。全般的には大部分の地域では一・〇mgSO3から二・〇mgSO3の汚染を示しているが、二・五mgSO3の汚染地域は港区の臨海部であり、その地域内の最高濃度は三・〇八mgSO3である。
秋期になると風向は北西系の風がほぼ六〇%で、そのため二酸化硫黄等濃度線は南に流れている。また、秋期は夏期よりもやや汚染濃度が高くなっている。
全地域的にみると大部分が二・〇mgSO3未満であるが、港区と東海市の臨海部に二・五mgSO3以上の中等度の汚染がみられる。東海市では三・六二mgSO3、港区は三・六六mgSO3を示す地点があった。
夏期、秋期を通じて全般的に考察すると、汚染は高くはないが名古屋市港区一部地域においては両期を通じてやや高度の汚染を示している。これは常に周辺工場の影響を受けているものと思われる、というものである。
(4) 六一年専門委報告(丙A一)は、二酸化鉛法による測定値は風速等の影響を受けるが、一・〇mgSO3が導電率法の〇・〇三二~〇・〇三五ppmに相当するといわれているとしている。一mgSO3を控えめに〇・〇三ppmの割合で換算したとしても、前記のような二酸化鉛法による年平均値三mgSO3は〇・〇九ppmに相当するが、これは二酸化硫黄の旧環境基準(年平均値〇・〇五ppm)をはるかに超えるものであった。
(二) 導電率法による測定結果(年平均値)
(1) 導電率法による本件地域における二酸化硫黄濃度平均値(年平均値)の推移は図表15のとおりである。これによると、本件地域全体の年平均値は、昭和四一年の〇・〇三六ppmから次第に増加し、昭和四五年には〇・〇四七ppmとピークを示した。しかしその後減少傾向を示し、昭和五五年には年平均値が〇・〇一〇ppmとなり、昭和五七年以降は〇・〇一〇ppmを割る状態となった。
本件地域内の測定局では、港保健所の年平均値が、昭和四三年から昭和四六年まで〇・〇五ppmを超え、その後も昭和四八年まで〇・〇三ppmを上回っていた。また、白水小学校及び瑞陵高校(いずれも昭和四五年測定開始)の年平均値が、昭和四五年及び昭和四六年に〇・〇五ppmを超え、昭和四八年まで〇・〇三ppmを上回っていた。東海市においても、昭和四五年に本件地域内の全測定局で〇・〇五ppmを超え、東海市名和町及び富木島小学校は昭和四七年まで、横須賀小学校及び名和小学校は昭和四八年まで〇・〇三ppmを上回っていた。
(2) 導電率法による名古屋市及び東海市における二酸化硫黄濃度の年平均値についての一般局、自排局別、本件地域、本件地域以外別の経年変化は、図表16のとおりである。
(3) 導電率法による名古屋市の一般局及び自排局の二酸化硫黄濃度年平均値を他都市の年平均値と比較すると図表17のとおりである。
(三) 導電率法による本件地域における二酸化硫黄濃度(一日平均値の二%除外値)の推移は、図表18のとおりである。
(四) 導電率法による本件地域における二酸化硫黄濃度(一時間値の最高値)の推移は図表19のとおりである。
3 環境基準の適合状況
(一) 二酸化硫黄について、旧環境基準は、一時間値で〇・二ppmを超える濃度の総時間数に対する割合を一%未満、〇・一ppmを超える濃度については一二%未満、一日平均値が〇・〇五ppmを超える日数を三〇%未満、一時間値の年平均値を〇・〇五ppm以下とすることを求め、現行の環境基準は、一時間値の一日平均値が〇・〇四ppm以下であり、かつ、一時間値が〇・一ppmを超えないことを求めた。ただし現行の環境基準は、地域大気汚染の長期的な評価を行う場合には、原則として当該期間に係る測定値のうち高い方から二%の範囲内にあるもの(一日平均値が〇・〇四ppmを超える日が二日以上連続した場合におけるこれらの一日平均値を除く。)を除外して評価を行うものとした(以上につき第二編第一章第四参照)。
なお、名古屋市も昭和四九年六月一日、二酸化硫黄に係る環境目標値を告示した。そこで目標とした数値は国の現行の環境基準と同じであったが、前記の長期的評価をするに当たり、国の環境基準が一日平均値の九八%値を用いるのに対し、名古屋市の環境目標値は一日平均値の九九%値を用いることとなっていた。
(二) 本件地域の測定局における旧環境基準の達成状況は図表20、現行環境基準の達成状況(前記の長期的評価による)は図表21のとおりである。
三 窒素酸化物による汚染状況
1 本件地域における測定経過
名古屋市は、昭和四六年度から市衛生研究所において窒素酸化物の常時測定を開始した。その後、本件地域内においても、瑞陵高校、惟信高校が昭和四七年度から、熱田区役所、千竃観測所が昭和四九年度に増設されるなど、順次測定点が増設された。また、東海市も、昭和四七年度から名和町において測定を開始し、昭和四八年度からは横須賀小学校においても測定を開始した。
窒素酸化物の測定方法は、ザルツマン試薬を用いる吸光光度法(ザルツマン法)である。
現在ザルツマン法による窒素酸化物の測定を行っている測定局の名称等は図表11のとおりであり、その位置関係は図表12のとおりである。
本件地域内において窒素酸化物の測定を行っている測定局は、一般局が八局、自排局が四局である。このうち、千竃自排局は国道一号線に、港陽自排局は国道一五四号線に面している。
測定値の算出については、昭和五二年度までは二酸化窒素の亜硝酸イオンへの変換係数(ザルツマン係数)として〇・七二が用いられていた。しかし、昭和五三年の二酸化窒素の環境基準の改定の際、環境庁の通達によりザルツマン係数を〇・八四に変更した。そして、昭和五二年度以前のザルツマン係数〇・七二による測定値については、これを〇・八四に換算(〇・七二/〇・八四=〇・八六を乗ずる。)した測定値を算出している(第二編第一章第四、略語表)。
2 測定結果
(一) 本件地域における二酸化窒素の年平均値の経年変化は、図表22のとおりである。
自排局での測定体制の整備に伴い全体の平均値が一時上昇したこと、その後下降したが再度上昇し、横ばいとなっていること、自排局での数値が、一般局よりも高いことなどが認められる。
名古屋市及び東海市における二酸化窒素濃度の年平均値についての一般局、自排局別、本件地域、本件地域以外別の経年変化は、図表23のとおりである。
名古屋市における年平均値は、昭和四七年度が〇・〇二七ppmであったものが、多少の増減はあるものの、ほぼ右の程度のレベルで推移しており、最も高い値は昭和五〇年度の〇・〇三ppmで、最も低い値は昭和五四年度の〇・〇二六ppmであった(甲B一四)。
名古屋市の一般局及び自排局の二酸化窒素濃度年平均値を他都市の年平均値と比較すると図表24のとおりである。
(二) 本件地域における二酸化窒素の一日平均値(九八%値)の経年変化は、図表25のとおりである。
3 環境基準の適合状況
(一) 旧環境基準の適合性
旧環境基準は、一時間値の一日平均値が〇・〇二ppm以下であることとしていたが、名古屋市においては、昭和五二年度まで一度も旧環境基準を達成したことはなかった(甲B一四)。
(二) 現行環境基準の適合性
本件地域の測定局における現行環境基準の達成状況(一日平均値の九八%値を用いたいわゆる長期的評価による。)は図表26のとおりである。現行環境基準は、旧基準を緩和し昭和五三年七月に設定されたが、右図表は、右時期以前についても現行環境基準を適用して記載してある。
なお名古屋市は昭和五四年に一時間値の一日平均値が〇・〇四ppm以下であることとする環境目標値(市民の健康を保護し、および快適な生活環境を確保するうえで維持されるべき目標値)を設定した(名古屋市告示第四一号)。
本件地域の一般局については、ほぼ昭和五六年ころから環境基準を達成するようになったが、自排局については、昭和五〇年代後半にほぼ達成したことがあったものの、昭和六〇年代以降一部の局で達成が困難となっている。また、名古屋市の前記環境目標値の達成は困難である。
ところで、前記のとおり(第二編第一章第四)二酸化窒素の環境基準の改定に当たり、五三年専門委、中公審は、二酸化窒素の長期暴露の指針として、年平均値〇・〇二~〇・〇三ppmを提案し、これを踏まえ、これとほぼ同一の基準であるとして一日平均値〇・〇四~〇・〇六ppmが設定された経緯がある。図表22のとおり、本件地域において、一般局の測定値は、右ゾーン値(〇・〇二~〇・〇三ppm)の範囲内に入っているものの、〇・〇二ppm以下になったことはない。また、自排局の測定値は、おおむね〇・〇三ppm以上であり、平成元年以降も横ばいで推移している。
4 TEA法による測定結果
(一) 名古屋市においては、昭和五三年度の予備調査以来、独自の調査として、TEA法(二酸化窒素を吸収する性質のあるトリエタノールアミンという薬品を使って、二酸化窒素の濃度を測定する簡易測定方式)による二酸化窒素濃度の測定を行っている。平成四年度から平成六年度は市内一一〇か所で行った。
その結果は、名古屋市内の他の住宅地等とも比較した場合、本件地域内の国道二三号線の沿道に高い二酸化窒素濃度が認められた。
(二) なお、被告らはTEA法による測定結果には信頼がおけない旨主張する。しかし、TEA法は、風速及び温湿度条件が一定の下では、その測定結果とザルツマン法による測定結果とが高い相関関係が認められるというものであり(甲F九〇)、単年度の調査における個々の測定地点についての数値はともかく、前記のように複数年度におけるおおむねの傾向を理解するには、十分に参考になるものといえる。
5 NO2簡易測定の結果
(一) 愛知NO2簡易測定運動実行委員会は、名古屋市内における二酸化窒素濃度を簡易測定することとし、昭和六一年四月以降平成九年一一月まで五回にわたり市内多数か所において二酸化窒素濃度の二四時間測定を行った。
その結果は、名古屋港臨海部及び国道二三号線沿道はおおむね濃度が高かった。もっとも、テレビ塔のような市街中心部においても高濃度が続いていた。
(二) 右は、文字どおり簡易測定であり、直ちに名古屋市内における二酸化窒素濃度を確定するものとはいえないが、他の証拠とともに、右濃度についての一般的な傾向を認めることができる。
四 粒子状物質による汚染状況
1 本件地域における測定経過
大気中の粒子状物質は、粒径や測定方法等により、降下ばいじん、浮遊粉じん、浮遊粒子状物質に区分される。
(一) 降下ばいじん
降下ばいじんの測定は、採取装置を用いて一か月毎に試料を採取してその重量を測定し、測定結果はトン/平方km/月という単位で示される。名古屋市は、第二次大戦前の昭和一三年に降下ばいじん量の調査を行っているが、長期の観測を見ずして中断した。戦後は大気汚染の進行に伴い、昭和三五年から市内一三地点でデポジットゲージを用いた各月の降下ばいじん量の調査を開始した。降下ばいじん量調査は、昭和三八年度から一五地点で、昭和四一年度からは一一地点で継続された。
(二) 浮遊粉じん
名古屋市においては昭和四三年度に初めて中村保健所に浮遊粉じんの測定器を設置し、以後、既設局のうち必要なところに浮遊粉じんの測定器を設置した。
(三) 浮遊粒子状物質
浮遊粒子状物質は、大気中に浮遊する粒子状物質であって、その粒径が一〇μm以下のものである。名古屋市は、昭和四七年一月に浮遊粒子状物質について環境基準が設定されるとともに測定方法が定められたため、従来の浮遊粉じんから浮遊粒子状物質が測定できるよう測定器を整備した。
本件地域において浮遊粒子状物質の測定を行っている測定局は一般局が一二局、自排局が二局(テレビ塔、港陽)である。このうち、港陽自排局は、国道一五四号線に面している。
2 測定結果
(一) 降下ばいじん
昭和三六年度から五七年度までの本件地域及び愛知県内の他地域の降下ばいじんは図表27(同図表の右図は名古屋市分)のとおりである。
名古屋市の降下ばいじん量は全測定点の平均でみると昭和三六年に一四・八トン/平方km/月、昭和三七年に一四・九トン/平方km/月と高い値が続いた。これは他の工業都市と比べそれ程ひどいものではなかったが、港区など南部では二〇トン/平方km/月を超える値を記録し、他の工業都市並みの汚染となっていた。本件地域の昭和三六年度の測定値は、港区の港区役所で二一・九トン/平方km/月、南区の大同町観測点で一九・〇トン/平方km/月であり、昭和三九年度までいずれも一五トン/平方km/月以上となっていた。その後、降下ばいじんは、石炭から石油への燃料転換、ばい煙の規制に伴う除じん装置の設置、道路の舗装による飛じんの抑制などの効果により、年により増減はあるものの、長期的には減少傾向で推移し、昭和五五年度には四・八トン/平方km/月とピーク時の三分の一程度となった(甲B一四)。
(二) 浮遊粉じん及び浮遊粒子状物質
昭和四八年度からの浮遊粒子状物質の年平均値の経年変化は図表28のとおりである。本件地域全体の年平均値の平均は昭和四九年以降は〇・〇五〇mg/立法メートルをはさんで〇・〇四七~〇・〇五九mg/立法メートルの範囲において、ほぼ横ばいで推移している。かつては、一部の測定局において〇・〇八mg/立法メートルを超える値を記録したこともあったが、近時は減少した。もっとも自排局においては、平成三年の港陽自排局において〇・〇七七mg/立法メートルの数値を記録した。
名古屋市及び東海市における浮遊粒子状物質濃度の年平均値についての一般局、自排局別、本件地域、本件地域以外別の経年変化は、図表29のとおりである。
昭和五〇年度以降の名古屋市の一般局及び自排局の浮遊粒子状物質濃度年平均値を他都市の年平均値と比較すると図表30のとおりである。
また、昭和五〇年度からの浮遊粒子状物質の一日平均値の二%除外値の経年変化は図表31のとおりである。
3 環境基準の適合状況
昭和四七年に設定された浮遊粒子状物質濃度の環境基準は、一時間値の一日平均値が〇・一〇mg/立法メートル以下であり、かつ、一時間値が〇・二〇mg/立法メートル以下であることとされており、名古屋市の環境目標値(昭和六〇年名古屋市告示第三六〇号)も同様である。環境基準の達成状況については、図表32のとおりである。
これによると、本件地域内の測定局では、熱田保健所が昭和五五年度、昭和五九年度、平成五年度に、中川保健所が平成五年度に、瑞陵高校が平成元年度に、東海市役所が平成五年度に、横須賀小学校が昭和五八年度に、テレビ塔が昭和五三年度、昭和五五年度、昭和六一ないし六三年度、平成五年度に環境基準を達成したほかは、すべて環境基準に適合していない。
浮遊粒子状物質の濃度が環境基準を超えた日数は、昭和五七年ころまで減少傾向にあったが、その後横ばいないし増加傾向に転じた。また、名古屋市における測定局の環境基準達成率は四〇%に満たない達成率が続き、適合率が〇%の年(昭和五四、昭和六〇、平成四年)もあった。
4 名古屋市は名古屋市公害防止条例第七条に基づき浮遊粒子状物質に係る環境目標値を定め、これを達成するため、昭和六〇年一月までに大気拡散解析を行った。右解析によると発生源別環境濃度につき、ばい煙発生施設と粉じん発生施設の合計寄与度は一二・〇%、自動車(排気ガス、タイヤ摩耗、走行巻上)の寄与度は三四・一%、土壌、海塩、二次生成物質(硫酸塩、硝酸塩等)の寄与度は五三・八%であると推定された。
第三本件地域における健康調査(甲B七ないし九、一〇〇、甲C七ないし一〇、乙B三二四の1ないし11、三二七、三二八、丙B三八の1、2)
以上のような大気の汚染の状況の下、本件地域等の住民に健康被害が発生するようになったことから、右汚染と健康被害との因果関係を明らかにする目的で、各種の疫学に係る調査がされた。その概要は以下のとおりである。
一 昭和四二年度名古屋大学医学部調査
1 調査の概要
名古屋大学医学部公衆衛生学教室の水野宏教授らは、名古屋市から委託を受け、四日市市のような公害発生の状況が名古屋市南部の工業地域に再現することを防ぐため、市民の大気汚染による影響調査を実施しその実態を汚染度の高い地域と低い地域で比較検討することを目的として、昭和四〇年、四一年の名古屋市の人口動態統計(死亡票)による調査を行うとともに、汚染地区(港区港楽町一丁目、南区白水町)と非汚染地区(千種区下方町、昭和区元宮町四~六丁目)の住民に対するアンケート調査、訪問調査、肺機能検査による健康調査を行った。そして、その結果を「大気汚染が名古屋市民の健康におよぼす影響に関する調査報告」(甲C七)としてまとめた。
2 調査結果
(一) 人口動態統計(死亡票)による調査
(1) 昭和四〇年の区別、男子の訂正死亡率は、大気汚染(SO2濃度)とかなりの相関関係を有し、SO2濃度は、職場環境、労働条件の影響を示す指標として利用した運輸生産関係の職業が労働人口の中に占める比率と同等又はそれ以上の影響力を持ち、互いに独立に加算的に訂正死亡率に影響を与えていると説明できる。
(2) 年齢階級別の死亡率では、汚染地区男子の高年齢者の死亡率が高く、呼吸器系の疾患では、汚染地区の男女ともに七〇歳以上の高年齢者の死亡率が著しく高い。
(3) 乳児死亡は、昭和四〇年より工業地区の死亡が商業地区や住宅地区のようには低下せず横ばい状態を示している。死因別では、出生前後のその他の新生児固有の疾患及び性質不明の未熟児に分類されている死因による死亡率が工業地区で高い。
(二) 健康調査
(1) 調査対象となった汚染地区の市民は、生活上障害となっているものの中で大気汚染による健康障害と物的損害を強く訴え、汚染源と汚染発生の条件を明確に指摘している。
(2) 汚染地区の市民の方が非汚染地区の市民より、咳、痰、のどの痛み等を訴える者が多く、また、一年間に五回以上かぜをひくと訴える者も多い。
(3) 肺機能検査でも、汚染地区の市民は非汚染地区の市民に比して一秒率が低く(約二%)、気道抵抗も増加していると考えられる。
二 昭和四三年度名古屋大学医学部調査
1 調査の概要
前記水野教授は、公害環境の悪化が目立ち始めた昭和四三年度にも名古屋市から大気汚染が学童の健康に与える影響に関する調査を委託され、前年度の調査地区に新たに北区を加え、市内五区の小学校の五年生を対象として、保護者に対するアンケート調査、児童の肺機能調査、健康カレンダー調査、死亡調査、欠席調査を行い、これを「大気汚染が名古屋市学童の健康に及ぼす影響に関する調査報告」としてまとめた。そして名古屋市は、昭和四五年一〇月同名の報告書(甲C八)で公表した。
2 調査結果
保護者に対するアンケート調査において、汚染地区は非汚染地区に比べて、大気汚染による被害の訴えが多く、その原因を工場からのばい煙、悪臭としてあげる者が多かった。健康カレンダー調査では咳、痰等の呼吸器症状を訴える児童が汚染地区の方が非汚染地区よりも多かった。肺機能の測定結果では格別の差異は認められなかったが、測定方法に問題があったと考えられる。
三 名古屋市医師会昭和四六年~四九年調査
1 調査の概要
名古屋市医師会は、大気汚染の名古屋市住民の健康に対する影響を明らかにし、公害防止対策に資するため、昭和四六年から昭和四九年にかけて五回にわたり健康被害意識及び健康被害調査を行った。そして、昭和四六年二月一六日(冬期)及び同年一〇月一九日(秋期)に名古屋市内の医療機関で受診した学童以上の年齢の外来患者二万九八二四人を対象としたものについては、昭和四七年一〇月以降の名古屋医報で公表した(甲C九)。また第五回調査後については、昭和五〇年一〇月の名古屋医報で公表した(甲B一〇〇)。
2 調査結果
名古屋市住民の公害被害意識は工場公害では昭和四六年を頂点にその後減少した。これに対し交通公害は年々増加し、昭和四八年には最高に達した。その頻度は、後者は前者の約二倍である。
市民の公害に対する被害意識は最近減少しているが、健康障害の頻度は必ずしも減少の傾向がみられない。
なお、慢性気管支炎、喘息は大気汚染が一・〇mgSO3以上になると増加し、一・五mgSO3になると急速に増加する(前記第二回調査後の報告)。
四 昭和四六年名古屋市教育委員会調査
1 調査の概要
名古屋市教育委員会は、名古屋市立小中学校在校中の児童、生徒の大気汚染による健康影響を把握するために、名古屋市立大学医学部衛生学教室に委託して調査をし、昭和四六年八月、その結果を公表した(甲C一〇)。右調査のため、昭和四六年一月中旬から二月末までの間、児童、生徒にアンケート調査を行い、また各学校での健康診断、身体検査、スポーツテストの成績も併用した。調査対象は名古屋市内全域にわたり抽出した小学校二五校の三年生ないし六年生の全員(一万五二二四名)、中学校一七校の一年生、二年生の全員(一万〇三一三名)の計二万五五三七名である。アンケート調査の調査項目は、現在地の居住年数、環境、家及び学校付近の空気汚染状況、学校付近の臭気、体の調子、喘息の有無、病気罹患の有無、過程での健康対策である。
2 調査結果
かぜ、鼻咽喉、気管支、喘息症状などの呼吸器症状や眼、神経症状などの愁訴と住居、学校付近の空気の良否とは小学校ではr=+〇・七~〇・九の有意の順相関を示すが、中学校でかぜ症状のみは相関を認めず、その他の症状も空気の良否とr=〇・五~〇・七の順相関を示すが、いずれも小学校に比して相関度が低かった。しかし、大気汚染と呼吸器、眼、神経症状とは関係があり、汚染地区の学校が非汚染地区に比してこれらの愁訴の多いことは明らかであった。
また、中学生における持久走は、汚染地区と非汚染地区の学校では男女ともに明らかに有意差があり、汚染地区の学校に持久走能力の低下が明らかに認められた。
五 昭和四七年名古屋市調査
1 調査の概要
名古屋市公害対策局は、硫黄酸化物濃度が常時高く、大気汚染が著しいと認められる名古屋市南部地域に居住する住民の呼吸器症状の呼吸器症状有症率及び肺機能状態を把握するために、名古屋市立大学医学部衛生学教室に委託して調査をし、昭和四七年一一月、その結果を公表した(甲B七)。右調査のため、同年一〇月二日から一一月二日までの間に、BMRC質問票に準拠した質問票を使用して医師、保健婦などが行う質問票調査を行い、併せてスパイロコンピュータによる肺機能検査を実施した。
調査対象は、名古屋市南部における港区の小碓地区、港楽地区、東築地地区、南区の道徳地区、大生地区、白水地区、緑区の大高地区の七地区に三年以上居住している四〇歳以上の男女のうちから五〇分の一の無作為抽出により選出した八八〇名である。その内訳は港区では男一二六名、女一五〇名の計二七六名、南区は男二五六名、女二九八名の計五五四名、緑区は男二四名、女二六名の計五〇名である。
2 調査結果
呼吸器症状、症状群の有症率は一般に男女ともに港区と南区では大差を認め難く、静岡県富士市とほぼ同程度に多いが、緑区では極めて少なかった。肺機能検査結果は港区が最も悪く、静岡県富士市に比して劣るが、南区と緑区はいずれも良く、ことに緑区は良好であった。
六 昭和四七年愛知県調査
1 調査の概要
環境庁は、特別措置法の認定地域に指定するための基礎資料を得る必要から、東海市に居住する住民の健康の状態(呼吸器症状の有症状況)を面接調査の方式により調査することを愛知県に委託して実施した。愛知県は右委託に基づき調査をし昭和四七年一一月、その結果を公表した(甲B九)。右調査のため、BMRC質問票を参考とした質問票を使用して面接調査を行うとともに、喀痰の量(一日量)、潜血反応、肺機能検査等を実施した。
調査期間は昭和四七年一〇月二日から同月一二日までの間であり、調査対象は東海市の硫黄酸化物環境基準不適合地区及びこれに隣接する同市の加木屋地区で、調査地域内に三年以上居住する四〇歳以上の男女のうちから、五〇分の一の無作為抽出(集落抽出方式)により選出した五三六名である。回答者数は環境基準不適合地区が男一九八名、女二〇七名の計四〇五名(回答率九六・〇%)、加木屋地区が男四六名、女五五名の計一〇一名(回答率九八・一%)であった。
2 調査結果
性、年齢別呼吸器疾患有症率は、環境基準不適合地区において、持続性咳、痰が男九・一%、女四・三%、男女計六・七%であったのに対し、加木屋地区では男八・七%、女〇%、男女計四・〇%であった。
肺機能検査結果は、両地区とも同様の傾向を示した。
七 昭和四八年名古屋市調査
1 調査の概要
名古屋市は、大気汚染による健康被害の実態を把握し、以後の対策の資料とするために、昭和四八年一一月から昭和四九年七月までの間に、市民の呼吸器症状有症率及び肺機能検査を全市域にわたって行い、その結果を「名古屋市における呼吸器疾患健康調査」(乙B三二七)にまとめ、昭和五〇年四月に公表した。対象者は、昭和四八年当時の公健法指定地域(第一次拡大前)を除く名古屋市内全域の四〇歳以上の成人男女を五〇分の一の割合で無作為抽出した一万一六七六名であり、BMRC質問票による呼吸器症状調査及び肺機能検査が実施された。受診者は一万〇七三二名である(受診率九一・九%)。
2 調査結果
呼吸器症状有症率は、「持続性咳、痰」で、港区(六・九%)、瑞穂区(六・三%)、中村区(六・三%)、中区(六・〇%)、中川区(五・二%)が高率であり、千種区(三・七%)が最低であった。
肺機能検査では、%肺活量、一秒率はいずれも年齢の増加とともに低下するが、平均値ではすべての区で%肺活量は八〇%以上、一秒率は七〇%以上とそれぞれ正常の範囲内の値を示した。型別の分類では男女とも正常群が過半数を占め、拘束性障害がこれに次ぎ、閉塞性障害は少なく一般に他都市の成績と大差はみられなかった。
なお、「持続性咳、痰」の有症率は喫煙群が非喫煙群より高率であったが、肺機能の検査成績と喫煙の関係は明らかでなかった。
八 昭和四九、五〇年名古屋市調査
1 調査の概要
名古屋市は、昭和四九年一二月四日から昭和五〇年一月三〇日までの間、公健法に基づく第一種地域の指定に際して必要な資料を得るため、環境庁の委託により、過去における硫黄酸化物等の大気汚染が著しかったと考えられる名古屋市南部臨海地域の周辺地域について、A地域(瑞穂区の一部及び昭和区の一部)、B地域(熱田区の一部)、C地域(中川区の一部及び港区の一部)、D地域(南区の一部)及びE地域(緑区の一部)に分け、BMRC質問票に準拠した質問票を用いて住民の呼吸器症状に関する有症率調査を行い、併せて肺機能検査を実施した。そしてその結果を昭和五〇年三月公表した(甲B八)。調査対象者は、当該地域内に三年以上居住する四〇歳以上、六〇歳未満の男女を無作為抽出した二〇〇〇名であり、各地域それぞれ四〇〇名である。回答者数は一九八二名であった(回答率九八・八%)。
2 調査結果
呼吸器症状及び症状群粗有症率は、E地域を除けばいずれの地域においてもかなり高い値を示し、性別では男子が女子に比して高く、年齢別では加齢と共に増加した。
持続性咳、痰の訂正有症率は全対象では五・一%であり、地域別ではA地域六・七%、B地域五・七%、C地域六・〇%、D地域五・三%、E地域二・四%であり、E地域以外では、有症率は自然有症率のおおむね二~二・五倍であり、有症率の程度はおおむね二度に相当する。
肺機能検査による閉塞性障害及び混合性障害を認めた率は、全対象では、男子八・六%、女子六・五%であり、性別では男子は女子に比してやや多く、年齢別では加齢と共に増加した。地域別ではA地域男子九・七%、女子五・九%、B地域男子七・六%、女子四・五%、C地域男子九・五%、女子一三・三%、D地域男子一〇・一%、女子八・五%、E地域男子五・四%、女子五・九%であり、概してE地域が少なかった。
九 昭和五二年名古屋市調査
1 調査の概要
名古屋市は、公健法に基づく第一種地域の指定に際して必要な資料を得るため、環境庁の委託により過去における硫黄酸化物等の大気汚染の著しかったと考えられる名古屋市中部に当たる地域について、昭和五二年二月一四日から同年三月一〇日までの間、住民の呼吸器症状に関する有症率調査等を実施し、その結果を「公害健康被害補償法に基づく地域指定のための基礎調査(有症率調査)結果報告書」(乙B三二八)にまとめ、同年三月に公表した。
調査対象地域は、当時既に第一種地域の指定を受けていた名古屋市南部(第一次拡大後)の北部周辺地域であり、東からA地域(東区の一部、西区の一部、中村区の一部、中区の一部、昭和区の一部、熱田区の一部及び中川区の一部)、B地域(西区の一部、中村区の一部及び中川区の一部)、C地域(中村区の一部)に分けられた。
調査対象者は、当該地域内に三年以上居住する四〇歳以上六〇歳未満の男女であり、三地域それぞれ四〇〇名ずつの計一二〇〇名である。回答者数は一一八七名であった(回答率九八・九%)。
調査項目は、BMRC質問票を用いた呼吸器疾患に関する質問調査、肺機能検査、かく痰検査の三項目である。
2 調査結果
「持続性咳、痰」の性、年齢、喫煙量等の因子を考慮した訂正有症率は、全対象六・七三%、A地域七・〇九%、B地域六・六四%、C地域六・二四%であった(右有症率は当時の自然有症率のおおむね二ないし二・五倍であり、公健法地域指定に当たっての有症率の程度では二度に相当するとされた。)。
肺機能検査による閉塞性障害及び混合性障害を認めた率は、全対象は男子五・九%、女子三・九%であり、性別では男子が高く、年齢別では加齢とともに増加していた。
かく痰調査による一ml以上の率は、全対象では三〇・三%であり、性別では男子が高く、年齢別では差はみられなかった。
一〇 名古屋市医師会昭和五〇年~六〇年連続調査
1 調査の概要
名古屋市医師会は、昭和五〇年から六〇年までの間、連統一一回にわたり、名古屋市全区における児童らの主観的な症状の訴えと二酸化鉛法による硫黄酸化物量及び簡易測定法(TEA法)による二酸化窒素量との関連について、ある一時点断面での調査(横断研究)を繰り返し、また、昭和五二年(第三回)からは幹線道路からの距離との関連も調査し、これを公表した(乙B三二四の1ないし11)。
2 調査結果
大気汚染(硫黄酸化物、窒素酸化物)と呼吸器疾病(園児について喘息性気管支炎及び喘息。児童、生徒について喘息性気管支炎、喘息及び慢性気管支炎)との相関について、昭和五〇年は硫黄酸化物と児童、生徒の喘息、喘息性気管支炎、昭和五一年は硫黄酸化物と園児の喘息性気管支炎、児童の慢性気管支炎との間に有意な相関が認められた。その後いずれも疾病との間に有意な相関が認められない期間が続いたが、昭和五六年に二酸化窒素と児童、生徒の喘息性気管支炎、昭和五七年に二酸化窒素と児童、生徒の慢性気管支炎、昭和五八年に硫黄酸化物と園児の喘息性気管支炎、窒素酸化物と園児の喘息性気管支炎、窒素酸化物と児童の慢性気管支炎、昭和六〇年に窒素酸化物と園児の喘息性気管支炎、窒素酸化物と生徒の喘息性気管支炎及び慢性気管支炎との間に有意な相関が認められた。
また、幹線道路に近づくにつれ、呼吸器症状の訴症率が増加する傾向が有意に認められる場合が多かった。
一一 昭和六三年度~平成二年度名古屋市公害対策局調査
1 調査の概要
(一) 名古屋市公害対策局は、昭和六三年度から平成二年度にかけて、市内の小学校の児童(患者、対照研究における調査票の回答者数五一三六名)を対象に、名古屋市における今後の環境、公害保健施策の検討に資するため、気管支喘息を中心とする特定呼吸器疾患(指定疾病)の発症と、加齢、体質、遺伝、既往症などの内的因子、喫煙、気候、大気汚染、ストレスなどの外的因子との関連を究明するための調査を行い、右調査研究の結果を「特定呼吸器疾患に関する基礎的調査研究報告書」(丙B三八の1、2)としてまとめ、平成四年二月に公表した。
名古屋市公害対策局は、昭和六三年度(第一年次)に、調査方法の決定及び対象疾病の有病状況とそれに関連すると考えられる仮説因子(仮説要因)を探る予備的調査(記述疫学研究)を行った上、平成元年度(第二年次)に、対象者の中から対象疾病の罹患者群(患者群)と非罹患者群(対照群)を設定し、両群の各個人について仮説要因の有無と程度を過去にさかのぼって調査、比較して、罹患者群に仮説要因の保有率が統計的に有意に高(低)率であるかどうかを検討する患者、対照研究を実施する本調査(分析疫学的研究)を行い、最終の平成二年度(第三年次)に総合解析を行った。
(二) 調査方法
本調査の第一次調査の調査対象は、名古屋市立の全小学校の平成元年一〇月に在学する全児童(五年生を除く)一二万五五〇九名であり、保護者に対し調査表による調査が行われた。回収者は八万七二九六名(回収率六九・六%)であった。
本調査の第二次調査の調査対象は、第一次調査の有症者五二一九名のうち二二〇六人、有症者と小学校、学年、性が同一の非有症者をランダムに選出した対照者四四一二名の計六六一八名であり、保護者に対し調査表による調査が行われた。回収者は五一三六名(回収率七七・六%)であった。
2 調査結果
(一) 予備的調査
既存資料(死亡統計、学校健康状態調査票、国民健康保健疾病分類統計表)及び気管支喘息受診者調査から、本調査における対象疾病、対象地域、対象者、仮説要因は次のように設定すべきであると判断された。
(1) 対象疾病は、特定呼吸器疾患のうち気管支喘息とする。その理由は、<1>死亡統計では、特定呼吸器疾患による死亡率は、男女とも、漸減又はほぼ横ばい傾向であり、特に選ぶべき疾病はないこと、<2>学校健康状態調査票では、学童の喘息患者率は、男女とも、漸増する傾向にあること、<3>国民健康保健疾病分類統計表では、気管支喘息と慢性気管支炎の受診率を比較すると、気管支喘息は慢性気管支炎の約四倍であることである。
(2) 対象地域は、全市とする。その理由は、<1>死亡統計では、特定呼吸器疾患による死亡率が経年的に常に有意に高率な特定の行政区はないこと、<2>学校健康状態調査表では、喘息全市比の分布と推移をみると、高率な中学校が南区から西区へとほぼ直線的に連なった状況から、ほぼ全市的に散在する状況に変化してきていることである。
(3) 対象者は、全学年の学童が望ましい。その理由は、<1>学校健康状態調査表では、学童の喘息率は漸増する推移を示すが、出生年による喘息者率の推移に違いがみられること(例えば、昭和五三年生まれは、男女とも、喘息者率が加齢とともに漸増するが、昭和五五年生まれは、男女とも、加齢してもほぼ不変である等、すべての出生年者に共通して喘息者率が漸増する現象はない。)、<2>気管支喘息受診者調査では、受診率の高い年齢階層は六五歳以上と一四歳以下であること、<3>学童は加齢、喫煙、かつての大気汚染等による影響を受けていないことである。
(4) 仮説要因は、一般に考えられている発症関連因子とする。その理由は、学校健康状態調査表では、中学校区別喘息全市比と各種環境要因との相関分析をみると、特に選ぶべき因子はないことである。
(二) 本調査の第一次調査
喘息既往率と大気汚染(二酸化窒素)の関係について、小学校区別に把握した場合には両者には有意な関係が認められたが、そうでない場合は濃度の上昇に伴い既往率は上昇するものの、有意な相関は認められなかった。また、喘息有症率と大気汚染(二酸化窒素)の関係については、濃度の上昇に伴い有症率が上昇する傾向はみられるものの、小学校区別に把握した場合もそうでない場合も両者に有意な相関は認められなかった。
(三) 本調査の第二次調査
調査票の大気汚染との関連を予想される項目(「工場地帯の居住、片道二車線以上の幹線道路あり、煙、ガスを出す工場等あり、その工場等まで家から九九m以内」)については、有意に高いオッズ比が示された。しかし、二酸化窒素濃度、換算自動車交通量等に着目した大気汚染の程度に関する、患者、対照研究では有意な関連は認められなかった。
全体としては、大気汚染と気管支喘息の発症の関係について、その及ぼす影響について否定はできないものの、一定の関連を見いだすには至らなかった。
第四我が国の一般環境大気に係る疫学調査
一 昭和三〇年代後半から四〇年代前半の一般環境大気に係る疫学調査、研究には、以下のものがあった。
1 四日市市における調査
(一) 罹患率調査(甲C一八九、一九〇、乙B一三七)
(二) 厚生省ばい調(甲C一九一)
(三) 四日市市における質問調査及び住民検診(甲C一九〇、乙B一四〇、一四一)
(四) 四日市市磯津における検診(甲C一九四)
(五) 学童検診(甲C一九三、乙B一四二)
2 大阪ばい調(甲C一九五、一九六)
二 次に、昭和四〇年代後半から昭和五〇年代前半の一般環境大気に係る疫学調査、研究で注目すべきものとして以下のものがあった(いわゆる「四疫学調査」)。
1 千葉調査、吉田ら解析(甲C二、乙B二〇二)
2 六都市調査、鈴木ら解析(甲C五、二四、二五、乙B二二五、二二六、丙B六)
3 大阪兵庫調査、常俊ら解析(甲C三、乙B二二七ないし二三三)
4 岡山調査、坪田ら解析(甲C四の1、2、六の1、2、二六、三七、三八、乙B二〇三ないし二二四、四一三ないし四二七、丙B一〇七ないし一一〇)
三 その後、後記の六一年専門委報告までにされた一般環境大気に係る疫学調査、研究で注目すべきものとして環境庁a調査、b調査、c調査があった。
1 環境庁a調査(甲C二一、二八)
2 環境庁b調査(甲C二二、二七の1、2、二九、丙B八〇)、常俊ら解析(甲C二三)、坂田ら解析(乙B四〇二)
3 環境庁c調査(六一年専門委報告一六五頁以下等)
四 また、六一年専門委報告以後の一般環境疫学調査、研究で注目すべきものとして以下のものがあった。
1 環境庁昭和六一年~平成二年度継続調査(甲C一四、一五)
2 大都市喘息等調査(丙B三三)
3 環境庁平成四年~七年度継続調査(甲C一八八、乙B三二九、丙B六四)
4 環境庁平成八年度サーベイランス調査(乙B三三〇、丙B五六、五七)
5 環境庁平成九年度サーベイランス調査(乙B一四九、一五〇、丙B一三七)
第五中公審専門委員会報告の疫学評価等(甲C一、乙A四四、四六、丙A一、五、一七、証人前田和甫)
我が国の大気の汚染と国民の健康被害との関係の科学的な解明を目的として、中公審に専門委員会が置かれ、調査研究に当たった。そのうち特に注目すべきものは、五三年専門委と六一年専門委である。これらにおいて、従前の疫学研究等についても評価がされた。
一 昭和三〇年代後半から四〇年代の疫学調査について
六一年専門委報告は、昭和三〇年代後半、すなわち、化石燃料の燃焼に伴う硫黄酸化物と大気中粒子状物質が相当高濃度に存在していたころの時代に行われたほとんどの疫学調査によると、持続性咳、痰症状と硫黄酸化物や大気中粒子状物質の濃度との間に、量-反応関係を示唆する強い関連が認められたとし、更に、大気汚染対策によって硫黄酸化物及び大気中粒子状物質濃度が顕著に減少していた昭和四〇年代後半の調査においても同様の関連がみられたと評価した。そして、昭和三〇年代及び昭和四〇年代においては、我が国の一部地域において慢性閉塞性肺疾患(六一年専門委報告では気管支喘息も含む概念として使用した(六四頁)。)について、大気汚染レベルの高い地域の有症率の過剰をもって、主として大気汚染による影響と考えられる状況にあったとした。
二 いわゆる四疫学調査について
1 五三年専門委報告は、主として実験データから推論される濃度をもって定められていた二酸化窒素の旧環境基準を改定するに当たり(なお第二編第一章第四参照)、その前提として、二酸化窒素濃度を大気汚染の指標として行われた我が国の四疫学調査の内容も考慮した(丙A五、一七)。
2 五三年専門委は、その際、BMRC方式に準拠した四疫学調査等の疫学研究につき、<1>多地域の断面調査であること、<2>一定の人口集団についての二酸化窒素そのものの暴露についての量ー反応関係を得ることはできないこと、<3>調査は面接であって、「咳」、「痰」症状の診断はなされていないこと、<4>非特異症状をとらえており、その症状を引き起こす多くの原因の中での二酸化窒素の寄与は明確に示すことはできないこと等の問題点があり、当時の段階の疫学調査の結果のみに着目し、統計解析等を行って指針を自動的に導くことは無理があるとし、大気汚染と有症率との関連性をみることはできるが、二酸化窒素単独暴露又は各種汚染物質の共存の下での二酸化窒素暴露のいずれにあっても、因果関係の説明をBMRC方式による疫学調査のみに求めることはできないとした。
三 環境庁a調査、b調査について
1 六一年専門委は、我が国の大気汚染の状況が昭和四〇年代から昭和五〇年代後半にかけて大きく変化したことから、昭和五〇年代後半には硫黄酸化物に代わって主要な大気汚染物質となった二酸化窒素に焦点を合わせて第一種地域指定の方針を検討した。
すなわち、公健法の制定及びこれに引き続く第一種地域指定の基本方針は、主として、四日市市において昭和三〇年代から昭和四〇年代前半にかけて存在した硫黄酸化物による著しい大気汚染及びその大気汚染の健康影響を示す疫学的、臨床的調査結果を基礎とし、これに大阪市等における調査結果を考慮して定められた。そして、実際の第一種地域の指定は、硫黄酸化物を大気汚染の指標とするものであり、公健法の補償給付に係る費用負担の割合も公健法制定時における硫黄酸化物の排出量の割合を基礎とするものであったが、昭和五〇年代には大気汚染対策の効果によって工場からの硫黄酸化物の排出量が極端に減少し、全国的に硫黄酸化物による大気汚染が改善されるに至った。
ところが、右のとおり工場からの排出量の激減によって硫黄酸化物による大気汚染が改善されるに至ったと考えられたにもかかわらず、硫黄酸化物濃度に基づく第一種地域の指定の見直しがされず、硫黄酸化物排出量に基づく費用負担割合は変更されないまま長年維持されており、しかも、認定患者は減るどころか都市部を中心に全国的に気管支喘息の認定患者が増え続けた。そのため、大気汚染の実態と費用負担との間の矛盾が表面化し、公健法の運用に対する経済界の強い不満が生じ、硫黄酸化物を大気汚染指標とするのでない新たな第一種地域のあり方を検討する必要が生じた。
六一年専門委の調査の背景には、右のような事情があった。そして、我が国を代表する公衆衛生及び臨床医学等の各分野の専門家によって構成された委員会が、疫学調査、動物実験、人への実験的負荷研究等を総合的に評価して、当時の大気汚染による健康影響について約二年四か月間にわたり四二回の会合を開いた上、当時の我が国の大気汚染の人体に対する健康影響の有無を検討した。
2 六一年専門委は、大気汚染と健康被害との関係を明らかにする我が国の従前の疫学研究のうち、直近に大規模にされたこと、比較的安定的に推移している我が国の大気汚染の現状を全体として反映していること、BMRC質問票ではなくATS-DLD質問票を用いたこと等から、環境庁a調査、b調査の調査結果も重視して判断した。
そして六一年専門委は、現状の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患(前記のとおり六一年専門委においては気管支喘息を含む概念として使用された。)の評価として次のとおり判断した。
(一) 成人の慢性気管支炎との関係
環境庁a、b調査では持続性咳、痰有症率と大気汚染物質の濃度との間に有意な相関が認められる部分もあるが、これが認められない部分もあり、そして動物実験の結果等も考慮すると、現状の大気汚染が地理的変化に伴う気象因子、社会経済的因子などの大気汚染以外の因子の影響を超えて、持続性咳、痰の有症率に明確な影響を及ぼすようなレベルとは考えられない。
(二) 児童の気管支喘息との関係
環境庁a、b調査においては、大気汚染と児童の喘息様症状、現在又は持続性ゼロゼロ、痰の有症率との間に有意な相関が認められることが多かったが、動物実験の結果等も考慮するならば、現状の大気汚染が児童の喘息様症状、現在や持続性ゼロゼロ、痰の有症率に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できないと考える。しかしながら、大気汚染以外の諸因子の影響も受けており、現在の大気汚染の影響は顕著なものとは考えられない。
(三) 成人の気管支喘息との関係
環境庁a、b調査においても、成人の気管支喘息症状と大気汚染の関連はほとんどみられなかったこと等から、現在の知見から現状の大気汚染が成人の喘息様症状、現在の有症率に相当の影響を及ぼしているとは考えられない。
そして、六一年専門委報告は、報告当時の大気汚染が総体として慢性閉塞性肺疾患の自然史に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できないと考えるが、報告当時の大気汚染の慢性閉塞性肺疾患に対する影響は、大気汚染レベルの高い地域の有症率の過剰をもって主として大気汚染による影響と考え得る状況にあった昭和三〇~四〇年代とは異なるとした。
3 以上によると、六一年専門委は、我が国の大気汚染の当時の現状を全体として反映しているものとして環境庁a調査、b調査の調査結果を評価し、そしてその調査結果には、一部、大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との間の有意な相関を示す部分があったことは認めるものの、そのような右各調査の結果を踏まえても、現状においては、大気汚染レベルの高い地域の有症率の過剰をもって主として大気汚染による影響と考え得る状況にはないとしたものと理解される。
四 六一年専門委報告による実験的知見の評価
1 六一年専門委報告は、当時までに明らかにされた動物実験及び人体負荷実験の知見から、大気汚染物質が指定疾病に関する基本的な病態に与える影響を次のとおり評価した。
2 気道粘液の過分泌に関する影響
動物実験の結果からみると、多くの大気汚染物質は、ガス状又は粒子状を問わず、低濃度においてはイリタントとして働き、まず、気道上皮の反応性増殖を来すが、杯細胞の増殖も一般的に認められるのであり、したがって、過分泌はこれら大気汚染物質の一般的影響と考えられる。
そして、二酸化窒素長期暴露による杯細胞を含む気道の病変は、動物実験の結果から説明可能であり、〇・四ppmないし〇・五ppmの濃度で認められる。
3 気道反応性の亢進(気道過敏性)に関する影響
動物実験及び人体負荷実験の報告を総合すると、各種の大気汚染物質は、一過性に気道収縮剤に対する気道反応性の亢進を来たし、気道が過敏な気管支喘息患者については、二酸化窒素〇・一ppmの短期暴露で気道反応性の亢進をもたらす可能性があると評価される。
4 気道感染抵抗性に関する影響
実験的感染による死亡率の上昇、菌クリアランスの遅延等の気道感染抵抗性の低下は、二酸化窒素、オゾン、各種エーロゾルの短期暴露の影響に関しては多くの報告があり、量・反応関係を認めるものも多く、動物実験の結果を総合すると、長期暴露下では、実験動物の気道感染性は二酸化窒素〇・五ppmにおいて低下すると評価される。
5 気道閉塞の進展に関する影響
二酸化窒素長期暴露を受けた実験動物の気道の形態学的所見は気道の狭窄の存在を示しているが、二酸化硫黄に関してはそのような判断は難しい。
硫酸エーロゾルに関しては、二・四三mg/立法メートル七八週間暴露でサルに動脈血酸素分圧の低下が、〇・九mg/立法メートル八八週間暴露でイヌに肺気流抵抗の上昇が観察されており、自動車の排出ガス(非照射ガス、二酸化窒素濃度〇・〇五ppm)六一か月暴露で残気量の増加が観察されている。
6 肺胞の気腫性変化に関する影響
肺胞壁破壊を伴う気腫性変化の成立が、主として二酸化窒素暴露動物において認められているが、そのためには、二酸化窒素〇・九ppm(オゾン〇・九ppm共存)六〇日暴露、二酸化窒素一ppm二時間暴露を含む〇・一ppm六か月暴露、二酸化窒素〇・六五ppm(一酸化窒素〇・二五ppm)又は二酸化窒素〇・一五ppm(一酸化窒素一・六六ppm)三二ないし三六か月暴露というように、濃度がある程度高く、暴露期間がある程度長期間である必要がある。
五 全体的評価
六一年専門委報告は、報告当時の大気汚染が「慢性閉塞性肺疾患の自然史に」すなわち疾患の潜伏、発症、増悪という人体での発展過程のいずれかにおいて「何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できない」としたが、報告当時の二酸化窒素や浮遊粒子状物質の測定値を大気汚染指標として検討した場合には我が国の大気汚染が一定範囲で指定疾病を発症させていることを環境庁a、b調査の結果からは肯定することができないとした。
第六本件地域全般の大気汚染物質による一般的汚染と指定疾病との因果関係
そこで、以上認定の本件地域の大気の汚染状況、大気の汚染と健康被害との関係に係る疫学研究の結果等を踏まえ、本件地域全般の大気汚染物質による一般的汚染と指定疾病との集団的な因果関係につき判断する。
一 二酸化硫黄
1 本件地域における二酸化硫黄の汚染の程度
(一) 本件地域内における二酸化鉛法及び導電率法による二酸化硫黄の測定結果は前記のとおりであり(第二)、特に信頼性の高い導電率法による測定結果によると、次のような汚染状況がみられる。
(1) 年平均値(図表15)
本件地域全体の年平均値は、昭和四一年の〇・〇三六ppmから次第に増加し、昭和四五年には〇・〇四七ppmとピークを示した。しかしその後減少傾向を示し、昭和五五年には年平均値が〇・〇一〇ppmとなり、昭和五七年以降は〇・〇一〇ppmを割る状態となった。
年平均値の昭和四一年度から昭和四七年度までの平均は、図表15に基づき算出すると〇・〇四一ppmである。また、年平均値は、昭和五五年度以降すべての測定局において〇・〇二ppmを下回った。
年平均値が最大値を示したのは、港保健所の昭和四四年度の〇・〇五六ppmである。テレビ塔では昭和四二年度及び昭和四三年度、港保健所では昭和四三年度(同年度測定開始)から昭和四六年度まで、白水小学校及び瑞陵高校では昭和四五年度(同年度測定開始)及び昭和四六年度、東海市名和町、横須賀小学校、名和小学校及び富木島小学校では昭和四五年度(同年度測定開始)に〇・〇五ppmを超えた。
(2) 一時間値の一日平均値(図表18)
一時間値の一日平均値が最大値を示したのは、瑞陵高校の昭和四七年度の〇・〇八五ppmである。同年度においては港保健所においても〇・〇八一ppmを示した。
昭和五三年度以降はすべての測定局において〇・〇四ppmを下回っている。
(3) 一時間値の最高値(図表19)
一時間値の最高値が最大値を示したのは、昭和四五年度(同年度測定開始)の瑞陵高校の〇・五六ppmである。昭和四六年度の東海市名和町も〇・五一ppmを示した。
テレビ塔では昭和四五年度、港保健所、惟信高校及び東海市名和町では昭和四五年度(同年度測定開始)及び昭和四六年度、白水小学校では昭和四六年度及び昭和四八年度、瑞陵高校では昭和四五年度(同年度測定開始)ないし昭和四八年度、宝小学校では昭和四八年度(同年度測定開始)、横須賀小学校では昭和四五年度(同年度測定開始)ないし昭和四七年度に〇・二ppmを超えた。
昭和五五年度以降はすべての測定局において〇・一ppmを下回っている。
(二) 本件地域の測定局における旧環境基準の達成状況は図表20、現行環境基準の達成状況(基準達成判定についての長期的評価による)は図表21のとおりである。
まず、一般局についてみると、昭和四四年度まで導電率法による測定局が少なかったため、当時の南区、東海市等の状況が明らかではないが、昭和四五年度及び昭和四六年度には、白水小学校、港保健所、瑞陵高校、東海市北庁舎、同南庁舎がいずれも旧環境基準を満たしておらず、昭和四七年度には港保健所及び瑞陵高校が旧環境基準を満たしていなかった。
昭和四八年度は瑞陵高校、中川保健所、宝小学校、白水小学校、東海市名和町(東海市北庁舎)、名和小学校、富木島小学校が現行環境基準を満たしていなかったが(特に宝小学校の一日平均値の環境基準超過率は三六・八%に達した(甲A一七)。)、昭和四九年度には宝小学校及び白水小学校を除き、昭和五〇年度には白水小学校及び富木島小学校を除きいずれも現行環境基準を達成し、昭和五一年以降はおおむね全測定局において一般局では環境基準を達成した。
次に、自排局についてみると、テレビ塔は昭和五〇年度に一旦現行環境基準を達成したが、昭和五一年度及び昭和五二年度はこれを満たさず、昭和五三年以降達成した。また、港陽(港保健所)は昭和五二年度以降現行環境基準を達成した。
2(一) 前記認定のとおり、六一年専門委報告によると、昭和三〇年代後半の化石燃料の燃焼に伴う硫黄酸化物と大気中粒子状物質が相当高濃度に存在していたころの時代に行われたほとんどの疫学調査結果は、持続性咳、痰症状と硫黄酸化物や大気中粒子状物質の濃度との間に量―反応関係を示唆するようなものも含む強い関連がみられていること、昭和四〇年代後半、すなわち二酸化硫黄等の濃度の低下傾向が続いている時期に行われた調査においても、右と同様の関連がみられたことが認められる。また、六一年専門委報告の結論部分において、昭和三〇~四〇年代においては、我が国の一部地域において慢性閉塞性肺疾患(気管支喘息を含む。)について、大気汚染レベルの高い地域の有症率の過剰をもって主として大気汚染の影響と考え得る状況にあったとしている。
六一年専門委報告は、前記のとおり我が国を代表する公衆衛生等の各分野の専門家によって構成された委員会が、従前された各種調査結果を総合的に評価して、長期間、多数回の検討の上、当時の我が国の大気汚染の人体に対する健康影響の有無を判断したものであり、我が国の専門家の意見を集約した報告としては現時点においても最新のものである。したがって、その判断過程、結論は十分に尊重すべきである。
(二) 被告らは、これまでに本件地域を含む国内で行われた疫学調査について、疫学的指標の把握に際してバイアス(一定の方向性を持つ変動)が生ずる可能性がある(高汚染地域では有症者が調査に協力的で調査票の回収率が高く、一方、低汚染地域では回収率が低いという選択のバイアスや、高汚染地域の住民は症状を実際より過大に回答する傾向があるという回答のバイアス)ことや、既存あるいは未知の交絡因子(攪乱因子)の影響が完全には除去されていないことによる限界を指摘する。
しかし、疫学調査の前に公健法の地域指定が行われる可能性があることを対象者が知ることにより、その回答に変化が生ずる可能性は考えられるものの、それによって有症率の高低にどのような影響を与えるかということを実際に調査した例はないのであるから、過去の疫学調査においてバイアスにより有症率が高まる傾向があったと断定することはできない。また、近時のATS―DLD質問票(環境庁a調査(甲C二一)七八三頁、七九二頁など)によるものなどは、かなり交絡防止について配慮されていることが認められる。そして、未知の交絡因子の詳細について被告らが立証しないのであるから、その影響を考慮する根拠は希薄である。
更に、被告らは、疫学的因果関係の条件とされる事項(米国公衆衛生局長諮問委員会の五条件、ヒルの九視点など)を厳密に検討し、特に生物学的変化率すなわち量―反応関係がみられないことを指摘して、我が国において過去行われた疫学調査の結果が右因果関係の条件を満たさないとも主張する。
しかし、因果関係が肯定されるために右各条件をすべて満足しなければならないとはいえないようであるし、関連の特異性の条件については指定疾病のような非特異的疾患(その疾病の発病の原因となる特定の汚染物質が証明されていない疾病)については、本来的に充足できないものであるから、これを要求することには意味がない。
また、時間的な関係の条件については、コホート(前向き)調査が適しているところ、近年ではコホートによる疫学調査も複数実施されている。
そして、量―反応関係についても、六一年専門委報告は指定疾病の発症、増悪と報告当時の現状の大気汚染との間の因果関係は否定しているものの、それ以前の大気汚染との間の因果関係まで否定するものではなく、前記のとおり、昭和三〇年代後半の化石燃料の燃焼に伴う硫黄酸化物と大気中粒子状物質が相当高濃度に存在していたころの時代に行われたほとんどの疫学調査結果は、持続性咳、痰症状と硫黄酸化物や大気中粒子状物質の濃度との間に量―反応関係を示唆するようなものも含む強い関連がみられていること、昭和四〇年代後半、すなわち二酸化硫黄等の濃度の低下傾向が続いている時期に行われた調査においても、右と同様の関連がみられたこと等を指摘し、評価の対象としているのであって、現時点からみるとかなり古いものであるにせよ、量―反応関係がみられる疫学的知見を因果関係判断における一資料として位置付けることは許されるものといわねばならない。
(三) もっとも六一年専門委の構成員の一人であった証人前田和甫は、六一年専門委は現状の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との関連を検討したにすぎず、したがって、同報告の昭和三〇年代、四〇年代の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との関連を既述した部分は、単なる傍論であって重要な意味を持たないこと、また右は主として四日市市における公害を念頭に置いたもので一般性をもたないこと等を証言する。しかし、昭和三〇年代、四〇年代の疫学研究に対する評価は、六一年専門委報告の重要な前提をなすものであること、また四日市市における公害に限定した記述とはなっていないことはその記載上明らかといわねばならず、前記証言も直ちに前記認定を覆すものとはいえない。
3 そして、1記載の事実及び関連図表記載のとおり、本件地域においても、昭和四一年度から昭和四七年度にかけての全測定局の年平均値の平均が〇・〇四ppmを上回っていたこと、港保健所や白水小学校など本件患者らの居住地、勤務地に近接する測定局において年平均値〇・〇五ppmを超える高濃度汚染も頻発していたこと、港保健所、宝小学校においては、昭和五二、五三年度まで年平均値〇・〇二ppm以上の汚染が続いていたこと、もっとも一時間値の一日平均値は、昭和五三年度以降はすべての測定局において〇・〇四ppmを下回ったこと、そして、環境基準の達成状況は前記のとおりであったことが認められ、またこれら本件地域の中でも特に高濃度であった地域に本件患者が多数居住又は勤務していたこと、導電率法による測定体制が整っていなかった昭和三〇年代後半についても、昭和四〇年代前半の導電率法による測定結果に、二酸化鉛法による測定結果(その推移)を併せて考えると、昭和四〇年代前半に匹敵する汚染が形成されていたものと推定されること等の事実によると、昭和三〇年代後半から昭和五三年度ころまで、相当高濃度の大気汚染が本件患者ら居住地、勤務地の周囲に形成されていたものということができる。そして、前記認定のとおり(第三)、本件地域において昭和四〇年代から五〇年代前半にかけて行われた疫学調査は、その前提とした二酸化鉛法等による汚染物質の検出法、BMRC質問票による調査方法がそれぞれ有していると認められる問題点を最大限に考慮したとしてもなお、いずれも有症率の過剰を示していると認められること、本件地域が公健法の第一種地域に指定され、昭和五三年六月の第二次指定地域拡大のころまでに名古屋市内だけで四〇〇〇人を超え、東海市においても一〇〇〇人を超す患者が認定を受けたこと(図表7、8)も考慮すると、少なくとも昭和三〇年代後半から昭和五三年度ころまでの本件地域の大気汚染の中心をなしていた二酸化硫黄単体に基づく健康影響の結果として、昭和五〇年代前半までの本件地域の有症率の過剰がもたらされたものと認めるのが相当である。
なお、都市化に伴うアトピー素因を持つ者の増大、生活環境等の変化を考慮したとしても、都市化がそれほど進行していない昭和四〇年代以前における持続性咳、痰の有症率の過剰は当時の二酸化硫黄を主とする大気汚染に結びつける以外仮説要因が見当たらないのであるから、当時の二酸化硫黄を中心とする大気汚染が本件地域において指定疾病を引き起こしたものと認めることができる。
4 したがって、以上認定の事実によると、本件地域における昭和三〇年代後半である昭和三六年ころから昭和五三年度ころまでの二酸化硫黄を中心とする大気汚染は、単体で指定疾病を発症又は増悪させる高度の蓋然性が認められ、発症までの時期も考慮すると、右時期に本件地域に居住、勤務し少なくとも昭和五五年までに指定疾病の発症者、増悪者となったものについては二酸化硫黄等硫黄酸化物単体による大気汚染との因果関係が肯定されると解するのが相当である。
被告らは病因論等の見地から、例えば気管支喘息はアトピー素因によるものであるとか、肺気腫は喫煙が原因である等を主張し詳細な立証をする。確かに関係証拠によると、右をもって説明がし得る症例が相当部分あることが認められる。しかし、これらもすべてを説明するものではなく、かえって前記認定の事実によると、後記のとおり本件患者個人のアトピー素因、喫煙歴等と競合し、それらによる寄与があったことは認められるものの、なお、前記時期における本件地域の大気の汚染と気管支喘息を含む慢性閉塞性肺疾患の発病、増悪との間に因果関係を認めることができるものである。
5 なお証拠(乙B四三〇)中には、二酸化硫黄の健康影響可能最低濃度は一時間値で〇・二ppm、日平均値で〇・〇八ppm、年平均値で〇・〇三五ppmであるとするものがある。確かに右のとおり二酸化硫黄の健康影響可能最低濃度が確定されるのであれば、前記のように因果関係の認められる患者の発症時期は例えば昭和五〇年ころまで以前に限定するのが相当ということになる。しかし右証拠のみによってこれを確定することはできず、むしろ現行環境基準の数値も考慮に入れて、前記のとおり判断をするのが相当である。
二 二酸化窒素
1 本件地域における二酸化窒素の大気汚染の程度
(一) 本件地域内における二酸化窒素の測定結果は前記のとおりであり(第二)、その測定結果によると、次のような汚染状況がみられる。
なお、本件地域における自排局と一般局の年平均値の経年変化は図表23、24のとおりであり、これによると、自排局の平均値は一般局の平均値をおおよそ〇・〇一ppm弱上回ることが認められ、自排局が一般局に比べ高濃度であることが明らかであるから、以下、一般局の状況と自排局の状況を区別することとする。
(1) 一般局の年平均値(図表22)
本件地域の一般局の平均は、昭和四九年度、昭和五五年度にそれぞれ〇・〇二二ppmとなったことがあったが、平成九年度には〇・〇三一ppmに達し、その平均値(各測定所の経年平均値の平均)は〇・〇二六ppmである。
(2) 一般局の一日平均値(図表25)
本件地域の一般局の平均は、昭和五八年度に〇・〇四二ppmとなったことがあったが、昭和五〇年度には〇・〇六〇ppmに達したこともあり、その平均値は〇・〇五〇ppmである。
(3) 自排局の年平均値(図表22)
本件地域の自排局の平均は、昭和六〇年度に〇・〇二九ppmとなったことがあったが、昭和五〇年度には〇・〇四〇ppmに達したこともあり、その平均値は〇・〇三三ppmである。
なお、証拠(乙C九八)によると、千竃自排局の面する国道一号線は名古屋高速道路二号線との立体構造になっていることが認められ、千竃自排局の測定値は右道路からの排煙の影響も受けているものと考えられる。
(4) 自排局の一日平均値(図表25)
本件地域の自排局の平均は、昭和六〇年度に〇・〇四八ppmとなったことがあったが、昭和五〇年度には〇・〇七七ppmに達したこともあり、その平均値は〇・〇五八ppmである。
(二) 二酸化窒素について、我が国の現行環境基準値は一時間値の一日平均値〇・〇四~〇・〇六ppmである。そして前述したとおり(第二)、本件地域の一般局については、ほぼ昭和五六年ころから環境基準を達成するようになったが、自排局については、昭和五〇年代後半にほぼ達成したことがあったものの、昭和六〇年代以降一部の局で達成が困難となっている(図表26)。もっとも自排局全体の平均としては、ほぼ昭和五〇年代後半から環境基準値の範囲内となっている。
(三) しかし、右汚染の状況を、感受性の高い人を含む公衆の保護が図られる環境中の大気汚染物質の最大許容レベルとして定められた米国の環境基準(米国大気質基準)である長期暴露年平均値〇・〇五三ppm(丙B五八)に照らしてみると、これを下回るものである。
2 二酸化窒素の個人暴露量と健康影響
二酸化窒素は、物質の燃焼に伴って燃料それ自体又は空気中にある窒素が酸素と結合して発生する物質である。したがって、家庭での暖房器具や調理器具の使用によっても右のような窒素と酸素の結合が生じ、これにより二酸化窒素が発生する。そして、右のような発生過程を考慮すると、人体に対する二酸化窒素の暴露による影響を考察するに際し、室内環境による個人暴露量の差にも留意する必要がある。
そして、証拠(丙B一一、一二、一四、四三)によると、室内台所で通気性の良い状態にしてガスコンロを使用したときにも二酸化窒素濃度は上昇し、一時間値で〇・二ないし〇・三ppmを示し、換気を十分行わないで瞬間湯沸器を三〇分間使用したときの室内の二酸化窒素濃度は〇・三ppmを示すこと、冬期、十分な換気をしないで石油ファンヒーターをつけた場合、約一〇畳の室内の二酸化窒素濃度は、暖房開始一時間程度で〇・五ppm以上になること、また、二酸化窒素の個人暴露濃度を規定する要因としては、二酸化窒素の室内濃度の影響が大きいことが認められる。
このように、非排気型ストーブ使用世帯において、室内に滞在する時間が多い家庭の主婦や児童が暴露する暖房期の室内濃度は相当高濃度になるのにかかわらず、後記認定の沿道における調査も含め、各疫学調査において暖房器具の種別による有症率の相違は必ずしも明らかではない。
二酸化窒素が呼吸器に様々な悪影響を与える有害物質であることは六一年専門委報告からも明らかである。にもかかわらず、右にみたような暖房器具の種別による二酸化窒素の個人暴露量の差が呼吸器症状の有症率に明確な変動をもたらさないということは、本件地域レベルの二酸化窒素濃度は人体に疾病をもたらす汚染状態ではないことを示唆するものといえる。
3 疫学調査
(一) 昭和四〇年代後半から昭和五〇年代初めに行われた前記四疫学調査(千葉調査、六都市調査、大阪、兵庫調査、岡山調査)においては、大気中の二酸化窒素濃度が、年平均値にしておおむね〇・〇二ppm以上あるいは〇・〇三ppm以上という低レベルであっても呼吸器への悪影響を顕在化させ呼吸器症状の有症率を増加させるという解析結果が公表された。
しかし、四疫学調査は、二酸化窒素の自動継続測定が多数の地点で長期間安定的に行われていたとはいい難い時期に行われたものであり、有症率調査においてBMRC質問票が使用されるなど、濃度や有症率の把握方法、データの分析方法等について強い批判がされている(乙B二〇二、丙B三、七ないし九、五四の1、2、一〇六、証人前田和甫)。そうすると、四疫学調査の解析結果をもって今日でも通用する科学的知見として扱ってよいかという点は疑問である。
(二) 環境庁a、b調査は、二酸化窒素の自動継続測定が全国的に安定的に行われるようになった時期に、BMRC質問票に比べ、自記式を前提として作成され、交絡要因及び喘息様症状(現在)に関する質問を有するという利点を持つATS―DLD式質問票を用いて行われたものであり、四疫学調査に比べその精度に対する信頼性は格段に高いものである。右調査でも、二酸化窒素濃度の高低とある種の項目の有症率等の高低に有意な関連が認められたとの結果が示された。
しかし、前記のとおり六一年専門委報告は、当時最新かつ最大規模であった環境庁a、b調査の結果を、当時の現状の大気汚染の実状を把握するものとして重視し、詳細に検討し、その上で、二酸化窒素を主体とする当時の大気汚染と指定疾病との関係について、当時の二酸化窒素を中心とする大気汚染と指定疾病の因果関係に消極的な評価を与えた。
(三) 環境庁a、b調査以降の最近の疫学調査としては、前記のとおり環境庁昭和六一年~平成二年度継続調査、大都市喘息等調査、環境庁平成四年~平成七年度継続調査、環境庁平成八年度サーベイランス調査、環境庁平成九年度サーベイランス調査等がある。右各疫学調査は、規模の大小はあるものの、過去の疫学調査より格段に精緻な手法によって喘息の有症率や新規発症率を中心に調査したものであるが、これらのうち二酸化窒素と指定疾病との因果関係を完全に肯定したもの、すなわち、喘息様症状(現在)が有意差を示し、かつ、新規発症率が有意差を示したものは存在しない。
もっとも、環境庁昭和六一年~平成二年度継続調査、環境庁平成四年~平成七年度継続調査では、大気汚染の指標として二酸化窒素濃度を使用して統計的解析を行った場合に、二酸化窒素濃度と健康影響指標との間の有意な関連が認められたとしている。
すなわち、環境庁昭和六一年~平成二年度継続調査(甲C一四)は、近畿圈を中心に八地区で行われたが、二酸化窒素濃度と喘息症状有症率との間には全体として明らかな関係がみられなかったものの、喘息様症状新規発症率に関しては、男及び男女計で二酸化窒素濃度の九年間平均値が三〇ppb(〇・〇三ppm)を超過する地区は、三〇ppb以下の地区より喘息様症状の新規発症率が高い傾向が認められた。
また、右調査に続いて実施された環境庁平成四年~平成七年度継続調査(甲C一八八)は、対象地域を全国に広げて行われたが、喘息様症状(現在)の新規発症率について、二酸化窒素濃度との間に明らかな傾向は認められなかったものの、二酸化窒素濃度三〇ppbを超える四地域の有症率がそれ以下の七地域の有症率より高い傾向が認められ、また二〇ppb(〇・〇二ppm)を超える五地域の有症率がそれ以下の六地域の有症率より高い傾向が認められた。
両調査は、児童に対する前向きコホート調査として、前記a、b調査に比べてもより精度の高い調査であると考えられる。しかし、両者は共に新規発症率及び有症率について解析しながら、前者は新規発症率、後者は有症率について関連性が認められたものであって、必ずしも同様の解析結果が連続したということはできない。また、両調査の結論は、結局のところも二酸化窒素濃度による大気汚染が気管支喘息と何らかの関係を有している可能性は否定できないといえるという程度のものであることからすると、両調査から、二酸化窒素と気管支喘息との因果関係が明確になったとまでは認められない。
また、大都市喘息等調査、環境庁平成八年度、平成九年度調査においては、二酸化窒素濃度と喘息様症状有症率、新規発症率の間には有意な関連はみられておらず、アレルギーや男女差のみが有意差を示す結果となっている。
特に、環境庁が平成八年度から全国的かつ約七万七〇〇〇人というこれまでにない規模、人数の児童を対象として継続的に行っているサーベイランス調査において、平成八年度、九年度調査の結果では二酸化窒素濃度の濃淡と喘息の発生率との関係は有意ではなく、二酸化窒素濃度については性差、アトピー素因、母の家庭内喫煙等の要因と比べ、顕著に小さいオッズ比しか得られていない。このことからすると、a、b調査において有意な関連がみられた児童の「喘息様症状、現在」についても、現状程度の二酸化窒素濃度下において同一の結果がみられるかということについては疑問が呈されることになる(なお、サーベイランス調査の対象児童は三歳児であるから、就学以前の発症者を把握できなかった環境庁昭和六一年~平成二年度継続調査、環境庁平成四年~平成七年度継続調査よりも、有意差がみられやすいはずであるのに、有意差がみられなかったことにも注目すべきである。)。
サーベイランス調査は現在も継続中であり、更なる知見の集積が期待されるが、平成八年度、九年度の二年間の調査を検討した限りでは、今後これらと全く異なる結果(例えば、濃度と有症率の間に顕著かつ明確な比例関係が認められる)が得られると予想することは困難である。
したがって、二酸化窒素濃度と健康影響指標との間の有意な関連を示す解析例は、大気中の二酸化窒素濃度が高い地区で存在することが稀ではなく、かつ、真に因果関係がある他の紛らわしい因子に影響されて見かけの関連性を示した例ではないかとも考えられるのであって、右のような解析例だけを取り上げて、二酸化窒素と呼吸器疾患との間の因果関係が存在することの証拠とすることは適切ではないといわなければならない。
4 海外の知見
前記のとおり、二酸化窒素に関する米国の国家大気質基準は年平均値〇・〇五三ppmであり、これは、我が国の環境基準値(一日平均値〇・〇四~〇・〇六ppm、年平均値〇・〇二~〇・〇三ppmに相当)よりも緩やかに設定されていることになる。これは、その設定の前提となる知見から推測される二酸化窒素が人体に悪影響を与える最低濃度(健康影響値)よりも更に低い数値を選定しているものであるのであると考えられ、我が国の二酸化窒素の現行環境基準値が特に安全率を考慮しているとは認められないことからすると、米国においては健康影響可能濃度は我が国よりも相当高度であると考えられていることが推認される。
また、証拠(乙B八六、丙B五九)によると、我が国の六一年専門委報告に相当する英国政府保健省の委託を受けた大気汚染物質の医学的影響に関する委員会が平成七年に報告した「喘息と屋外大気汚染」は、大気汚染物質と気管支喘息との関係について、世界中の大気汚染疫学調査等の研究結果を基に総合的な評価を行ったが、喘息の有病率の傾向と大気汚染物質の排出又は大気中の濃度の傾向との間には、一貫性のある関係は存在しないなどとして、英国における現状の大気汚染と気管支喘息の発症又は増悪との因果関係を否定したことが認められる。
これら海外の知見も、日本人と米、英国人に二酸化窒素に対する感受性の高低などという人種差を認めるに足る事情が見当たらないことからすると、その知見を我が国において参考とすることができる。
5 右1ないし4によると、本件地域における二酸化窒素濃度は、その最大値こそ我が国の環境基準を上回るが、年平均値は米国大気質基準をいずれも下回るものであること、二酸化窒素の個人暴露量の差異によっては呼吸器症状の有症率に有意差がみられないこと、環境庁a、b調査を検討した上での六一年専門委報告の結論は右各調査も対象とした当時のレベルの二酸化窒素濃度と指定疾病発病等との因果関係を否定したものであること、その後の疫学調査においては、二酸化窒素濃度と「喘息様症状、現在」の有症率、新規発症率との相関を肯定する解析結果と否定する解析結果の双方が存在するが、最新の知見である環境庁サーベイランス調査によっては、有意な相関はみられないことが判明したことになる。そしてまた、本件地域レベルの二酸化窒素濃度は我が国の他地域に比べ格段に高濃度であるとはいえないこと(図表24等)、家庭内でも相当高濃度の二酸化窒素が発生しこれによる暴露があることが想定されるにもかかわらず、右による健康への影響は明確ではないこと、過去の知見の問題点を踏まえた上で行われた最新の疫学的知見の結果が我が国の現状程度の二酸化窒素濃度と指定疾病との相関を否定するものであるものといえること等が認められ、これらの事実を総合的に考慮すると、本件地域レベルの二酸化窒素と指定疾病との因果関係はこれを認めるに足りないといわざるを得ない。
なお原告らは二酸化窒素と他の物質との相加的、相乗的汚染による因果関係も主張し、詳細な立証をする。しかし、関係証拠を精査してもこれを認めるには足りないといわねばならない(特に二酸化窒素と二酸化硫黄とによるものについては、証拠(丙B五八)がこれを強く否定するところである。)。
三 浮遊粒子状物質
1 本件地域における浮遊粒子状物質の汚染の程度
(一) 本件地域内における浮遊粒子状物質の測定結果は前記のとおりであり(第二)、その測定結果によると、次のような汚染状況が認められる。
なお、本件地域における自排局と一般局の年平均値の経年変化は図表29、30のとおりである。これによると、名古屋地域の浮遊粒子状物質の測定値は、二酸化窒素と異なり、自排局の値が一般局の値より高いという傾向が明らかであるとはいえない。しかし、浮遊粒子状物質の濃度は全国的には自排局が一般局に比べ高濃度であるといってよいので、本件地域においても、一応、一般局の状況と自排局の状況を区別することとする。
(1) 一般局の年平均値(図表28)
本件地域内の一般局は昭和四八年度に最大値〇・〇六九mg/m3を示したがその後減少し、昭和五八年度、昭和六〇年度、平成五年度等には最小値〇・〇四四mg/m3を示すに至り、その平均値(各測定所の経年平均値の平均)は〇・〇五一mg/m3である。
(2) 一般局の一日平均値(図表31)
本件地域内の一般局は昭和五四年度に最大値〇・一七九mg/m3を示したがその後減少し、平成七年度には最小値〇・一〇八mg/m3を示すに至り、その平均値は〇・一三二mg/m3である。
(3) 自排局の年平均値(図表28)
本件地域内の自排局は昭和六三年度までおおむね減少傾向を示し、同年度には〇・〇四〇mg/m3となったが、その後急上昇し、平成三年度には〇・〇六〇mg/m3を示すに至った。その平均値は〇・〇四八mg/m3である。
(4) 自排局の一日平均値(図表31)
本件地域内の自排局は昭和五四年度に最大値〇・一五五mg/m3を示した後、昭和六三年度までおおむね減少傾向を示し、同年度には〇・〇九八mg/m3となったが、その後一時急上昇した。その平均値は〇・一二二mg/m3である。
(二) 浮遊粒子状物質について、我が国の現行環境基準値は一時間値の一日平均値〇・一〇mg/m3以下であり、一時間値が〇・二〇mg/m3である。右環境基準に照らしてみると、本件地域においては、一般局、自排局ともに基準をおおむね満たさない状態が昭和五〇年代から現在に至るまで続いているということになる(図表32)。
2 ところで、浮遊粒子状物質の現行環境基準は、粒径一〇μm以下の粒子(PM一〇)を指標としている。しかし、前記のとおり(第二編第一章第三)、浮遊粒子状物質の組成は発生源ごとに様々であり、土壌、海塩等人体にどれだけ有害であるか疑問であると考えられる粗大粒子も含まれ、その数値はディーゼル排出微粒子(DEP)等の化石燃料由来の粒子が偏在する微小粒子を直接に把握することができないものである。したがって、本件地域において浮遊粒子状物質の濃度が環境基準を超えたからといって、仮にその組成が大部分土壌、海塩等に基づくものであったならば、直ちに人体に有害とは認められないことになる。
3 六一年専門委は、報告当時の二酸化窒素と大気中粒子状物質を特に注目すべき汚染物質であると考え、従前の疫学調査等も検討の上で、当時の現状の大気汚染と気管支喘息を含む慢性閉塞性肺疾患との因果関係を否定した(報告書二五四頁~二五五頁)。
また、環境庁a調査において成人の「持続性咳、痰」や児童の「喘息様症状、現在」(ただし、男のみ)と浮遊粉じん(浮遊粒子状物質を含む)との間に相関がみられ、環境庁昭和六一年~平成二年度継続調査において、浮遊粒子状物質濃度と喘息様症状の新規発症率(ただし、男のみ)と浮流粒子状物質濃度との間に有意な相関がみられてはいるが、浮遊粒子状物質濃度と指定疾病の発病等の関連性は二酸化窒素に比べてもその関連性が一貫して認められているとは到底言い難い。
なお、後に道路沿道の汚染につき詳細に検討する千葉大調査の結果も、地域全般の浮遊粒子状物質濃度と指定疾病の発病等とを結びつけるものとはいえない。
4 以上のとおりであって、本件地域においては、浮遊粒子状物質の濃度が環境基準を超えていることが認められるものの、右のような浮遊粒子状物質の地域全般の一般的な濃度レベルと本件地域居住者の指定疾病の発症、増悪との間の因果関係は直ちには認められないといわねばならない。
第二章沿道の大気汚染と健康被害(集団的因果関係 その二)
第一本件各道路開設の経緯等(甲F六一、八三、八七の1、乙B三三〇、丙B五七、丙D二二ないし二四、二六ないし三二、三三の1、2、三四、三五、三七、六四、六五、六六の1、2、六七の1ないし5、六八の1ないし4、六九の1ないし6、七〇、七一の1ないし3、七二ないし七五、八二ないし八七、八九、九五、一一四、一四七、一五二、一六一ないし一六五、一七四ないし一七八、証人西川栄一、証人佐藤佳朗、検証)
一 国道一号線
1 概要
国道一号線は、東京都中央区を起点とし、横浜市、静岡市、名古屋市、大津市、四日市市及び京都市等を経由して、大阪市を終点とする実延長七一六・四kmの国道である。
本件地域においては名古屋市南区鳴尾町から同市中川区高杉町を経由している。
本件地域内の道路延長は、一六・四三三km、道路面積は四七万三一三一m2である。
2 建設の経緯
国道一号線は、古くから東海道と称され、江戸と京都、大阪を結ぶ重要幹線であった。そして、明治以降、中部圏の中核都市として名古屋市が発展し、第二次世界大戦後の復興計画により一層の都市化が進むとともに、モータリゼーションが進展し、道路の整備が急がれたことを背景に国道一号線の改修も進められた。
国道一号線は、戦前には車道幅員九mないし一一mの片側一車線しか有していなかったが、昭和四三年度までに愛知県愛知郡鳴海町上汐田交差点から庄内川の一色大橋までの全区間が四車線以上(上下各二車線以上)となった。現在国道一号線は、多くの範囲にわたり歩道及び中央帯が設置されている。
3 交通量の推移等
(一) 本件地域における国道一号線の昭和二三年度から平成二年度までの昼間一二時間交通量は図表33<1>、昭和二八年度から昭和六三年度までの昼間一二時間交通量及び二四時間交通量は図表34のとおりである。
(二) 熱田区一番町の昭和二八年における一二時間交通量は一日当たり約二三〇〇台であったが、昭和四六年には約四万三〇〇〇台と約二〇倍に激増した。昭和四七年の国道二三号線の全線開通後には約二万三〇〇〇台にまで減少したが、その後、昭和六三年には約三万二〇〇〇台となった。
(三) 本件地域における国道一号線の昭和四六年度、昭和四九年度、昭和五五年度、昭和六〇年度及び平成二年度の大型車混入率は図表33<2>のとおりである。
(四) 平成六年度における一二時間交通量は本件地域における最小が中川区下之一色町の一万七一八一台(大型車混入率二一・九%)、最大が瑞穂区熱田東町の四万〇〇七四台(大型車混入率一六・三%)である。
また、同年度における南区本地通の一二時間交通量は三万五五六六台で、大型車混入率は一六・一%であり、熱田区一番町の一二時間交通量は二万六九八六台、大型車混入率は一三・八%で、二四時間交通量は三万五二二一台である。
(五) 国道一号線の交通量は、そのバイパスとして建設された後記国道二三号線が全線開通する昭和四七年までは、交通量、大型車混入率ともに増加の一途をたどったが、その後いずれも多少減少するに至った。
4 道路構造の改善
国道一号線は、本件地域内において、約七三七一mの植樹帯が設置されている。
二 国道二三号線(名四国道)
1 概要
国道二三号線は、豊橋市を起点とし、蒲郡市、名古屋市、四日市市、津市及び松阪市等を経由して伊勢市を終点とする実延長一九二・八kmの国道である。
本件地域においては名古屋市南区天白町から同市南区宝神町を経由している。
本件地域内の道路延長は、一二・八km、道路面積は五三万一九二二m2である。
2 建設の経緯
戦後伊勢湾臨海部の産業開発の中心となった名古屋市及び三重県四日市市両市の工業地域間の自動車交通量が急激に増加し、当時ほとんどの区間が片側一車線であった国道一号線のみでは対応しきれないことになり、国道一号線のバイパスとして、両市を結ぶ基幹産業道路を建設する必要性の認識が高まった。そしてこれらの事情を背景として、伊勢湾岸地域の地域開発をも目的とする国道二三号線の建設が計画され、昭和三三年度に新規事業として第二次道路整備五箇年計画に計上され、同年度から建設省が、自ら工事を行う直轄事業として建設工事に着手した。
国道二三号線は国道一号線より伊勢湾岸寄りを通過することとされ、路線の設定に当たっては、名古屋市と三重県四日市市の最短距離を取ることになったが、名古屋市内においては住居地域をできるだけ避けてルートの設定が行われた(昭和三二年の名古屋都市計画用途地域地区図によると、名古屋市内の国道二三号線の延長一二・三kmのうち、建設予定当時の用途地域指定の割合は住居系が八・三%、工業系八〇・八%であった。)。そして、名古屋市内においては運河、鉄道、軌道などとの交差が多く、人家密集が当時又は将来において予想され、また、既成市街地が低位であることから、その建設に当たっては各所において高架橋方式が採り入れられた。
国道二三号線の建設事業は昭和三三年度から始められ、なお昭和三四年には伊勢湾台風が本件地域を襲い、国道一号線が不通になったこともあって、バイパスとしての国道二三号線の重要性に対する認識が高まり、工事が急がれた。そして、愛知県豊明市から四日市市妥女町までの延長五三・九kmのうち、第一期工事として四日市市袋町と名古屋市港区寛政町間の延長二九・一kmの工事が行われ、昭和三八年二月一六日に開通した。
引き続き第二期工事として東部区間(港区寛政町から愛知県豊明市東阿野町まで)延長一七・一km及び西部区間(四日市市袋町から同市妥女町まで)延長七・八kmの工事が行われ、西部区間については昭和四四年に開通した。
東部区間については、工事の進捗に合わせて数回に分けて部分開通を行い、昭和三九年五月に港区港陽町から港区竜宮町まで(延長一・一km、港新橋)、昭和四一年八月に港区寛政町から港区名港通まで(延長一・二km)、昭和四二年一月に南区弥次ヱ町から緑区大高町まで(延長三・〇km)、昭和四三年七月に緑区大高町から大府市共和まで(延長三・三km)、同年一〇月に港区名港通から港区港陽町まで(延長〇・八km)、昭和四四年三月に大府市共和から緑区有松町まで(延長一・五km)、同年一一月に港区有松町から豊明市東阿野町まで(延長四・七km)が順次完成、開通した。
昭和四七年一〇月五日には南区弥次ヱ町から港区竜宮町までの延長二・四kmの区間が完成し、全線(豊明市から四日市市采女町まで)五三・九kmが開通した。
国道二三号線の区間は、昭和五〇年四月一日、一般国道の路線を指定する政令の一部を改正する政令(昭和四九年政令第三六四号)によって、豊橋市八町通から伊勢市宇治今在家までと指定された。
日光川大橋から大高町までの区間における国道二三号線の車線数は四車線から八車線、標準幅員は二五mから五五mである。
3 交通量の推移等
(一) 本件地域における国道二三号線の昭和二三年度から平成二年度までの昼間一二時間交通量は図表33<1>、昭和二八年度から昭和六三年度までの昼間一二時間交通量及び二四時間交通量は図表34のとおりである。
(二) 国道二三号線の交通量は、全線が開通した昭和四七年一〇月以降急激に増加し、昭和四九年には南区浜田町の一二時間交通量は約五万六〇〇〇台となった(二四時間交通量は約八万台)。その後も国道二三号線の交通量は増加の傾向をたどり、昭和六三年には南区浜田町の一二時間交通量は約六万台となった(二四時間交通量は約九万二〇〇〇台)。また、港区名四町(現港栄四丁目)の二四時間交通量は一〇万台を超えるに至った。
(三) 本件地域における国道二三号線の昭和四六年度、昭和四九年度、昭和五五年度、昭和六〇年度及び平成二年度の大型車混入率は図表33<2>のとおりである。
(四) 平成二年度の本件地域内における国道二三号線の通過交通量は一万四〇四五台であり、二四時間交通量は約一〇万台であるので、二四時間交通量に占める通過交通量の割合は約一四%である(丙D七四、証人佐藤佳朗)。
(五) 平成六年度における一二時間交通量は本件地域における最小が南区南陽町の四万三一四一台(大型車混入率五六・六%)、最大が港区中川本町の六万九六七〇台(大型車混入率四二・三%)である。
また、同年度の南区浜田町の一二時間交通量は六万五三五三台で、大型車混入率は三八・九%であり、港区東築地町における一二時間交通量は七万四五五七台、大型車混入率は四三・二%で、二四時間交通量は一一万二五八一台である。
このように、国道二三号線の本件地域内における大型車混入率は、三八・九%ないし五六・六%であり、極めて高いものといえる。
4 道路構造の改善
(一) 国道二三号線は、本件地域内において、道徳、竜宮高架橋(延長約二六一三m)、港栄高架橋(延長約一九八七m)、いろは高架橋(延長約四三九m)、寛政高架橋(延長約四八〇m)の高架区間を有し、その総延長は約五五一九mである。
(二) 国道二三号線は、本件地域内において、昭和四七年に南区竜宮で主要地方道名古屋東港線との交差点が、昭和五〇年に港区寛政で主要地方道名古屋環状線との交差点がそれぞれ立体化された。
立体交差化の改善効果として、立体化前の交通状況と比較して、おおむね一〇%以上の自動車排出ガスの低減効果がある。
(三) 国道二三号線では、本件地域内において、約一八六九mの植樹帯が設置されている。
(四) 国道二三号線は、要町地区及び北頭地区に植樹帯や歩道からなる環境施設帯が整備された。
要町環境施設帯(南区要町)は、右地域付近において国道二三号線の上を通過する名古屋高速道路二号線(高速大高線)の建設に伴い、昭和四七年ころから地域住民を中心として起こった反対運動及び環境保全対策の促進要望を受け、昭和五四年八月三一日におおむね完成した。
また、北頭環境施設帯(南区弥次ヱ町)は、右地域付近において昭和四八年からなされた名四国道の公害対策要望運動を受け、昭和六一年ないし六二年に完成した。
これにより、現在要町では西側に四一六m、東側に二六一m、北頭では西側のみ二三五mの環境施設帯が設置されている。
なお、昭和六二年以降、港区の港楽学区に環境施設帯を設置する計画があるものの、未だ実現に至っていない。
(五) 環境施設帯及び植樹帯は、車道と住宅地等との間の緩衝空間として、騒音の低減効果のみならず自動車排出ガス濃度の距離減衰効果をもたらす。また、植樹帯に植樹される樹木には、大気汚染物質を吸着し、浄化する効果がある。
(六) 国道二三号線は、本件地域内において、高架部分を中心として遮音壁が設置されており、その延長は合計七七三四mに及んでいる。
三 国道一五四号線
1 概要
国道一五四号線は名古屋港を起点とし、名古屋市熱田区を終点とする、実延長四・〇kmの国道である。
本件地域内の道路延長は三・九九二km、道路面積は一二万七四三五m2である。
2 建設の経緯
国道一五四号線は、明治中期の名古屋港(当初は熱田港)の開港に合わせ、当時の熱田停車場(現在のJR熱田駅)と名古屋港とを結ぶ重要な路線として整備が始められ、大正九年に府県道として認定された。その後、名古屋港の発展とともに、昭和八年から一〇年にかけて舗装工事が行われ、幅員一六ないし二七・二七mの舗装道路として整備された。戦後更に整備が進み、昭和二八年に幅員二七・二七ないし三〇mを有する二級国道として指定され、昭和三九年に一級国道、二級国道の区別が廃止された際、昭和四〇年に一般国道一五四号線の指定を受けた。その後も整備は進展し、現在の幅員は三〇ないし五〇mである。
国道一五四号線は本件地域を南北に通過し、名古屋市港区港栄三丁目付近において国道二三号線と立体交差し、名古屋市熱田区白鳥橋西詰において国道一号線と接続している。
3 交通量等の推移等
(一) 本件地域における国道一五四号線の昭和二三年度から平成二年度までの昼間一二時間交通量は図表33<1>のとおりである。
(二) 国道一五四号線の一二時間交通量は、昭和二八年には約三〇〇〇台であったが、昭和四〇年には一万台を超えた。その後昭和四九年には一万三〇〇〇台にまで増加したが、その後平成に至るまでおおむね一万数千台の交通量で推移している。
(三) 本件地域における国道一五四号線の昭和四六年度、昭和四九年度、昭和五五年度、昭和六〇年度及び平成二年度の大型車混入率は図表33<2>のとおりである。
(四) 平成六年度における一二時間交通量は本件地域における最小が港区浜一丁目の一万〇六〇九台(大型車混入率一二・四%)、最大が熱田区南一番町の二万二二三八台(大型車混入率一五・六%)である。
4 道路構造の改善
国道一五四号線は、本件地域内において、六二二〇mの植樹帯が設置されている。
四 国道二四七号線
1 概要
国道二四七号線は名古屋市(熱田区)を起点とし、東海市、知多市、半田市、西尾市等を経由して愛知県豊橋市を終点とする実延長一三〇・六kmの国道である。本件地域内では、右起点から東海市養父町を経由する。
本件地域内の道路延長は、一八・〇七四km、道路面積は四一万三九一一m2である。
2 建設の経緯
国道二四七号線は古くから常滑街道として愛知郡鳴海町から知多郡師崎町を結ぶ道路として利用されていたものの、戦前の幅員はその大半が七ないし八m程度の狭い道路であり、舗装も部分的にしかされていなかった(大正九年に府県道として認定された。)。
戦後に入り、部分的に八ないし一一m程度の幅員を三〇ないし四〇m程度にする拡幅工事が行われ、昭和三一年、二級国道名古屋半田豊橋線に指定された。また、一級国道、二級国道の区別の廃止の際、昭和四〇年に一般国道二四七号線の指定を受けた。昭和五八年ころには新内田橋の供用が開始され、名古屋市内については三二・七二ないし五〇mの広幅員道路となった。
また、国道二四七号線の混雑を解消し、臨海工業地域の便に供するため、国道二四七号線のバイパスが昭和三五年に着工され、昭和三九年四月から供用が開始された。右バイパスは東海市名和町から知多市新舞子に至る延長四・四kmの四車線の自動車専用道路である。幅員は一八・八ないし一九・五mであり、主に工場地域を通過している。昭和四一年六月に名和町と知多町間が開通し、昭和四四年四月に名和町と新舞子間が開通して全線開通した。
右バイパスは西知多産業道路とも称されている。
3 交通量等の推移等
(一) 本件地域における国道二四七号線の昭和二三年度から平成二年度までの昼間一二時間交通量は図表33<1>のとおりである。
(二) 国道二四七号線の交通量は、昭和二八年には約二二〇〇台であったが、その後急速に増加し、昭和四三年には三万台、昭和四六年には三万五〇〇〇台を超えるに至った。その後、一時減少したが、平成二年には再び三万台を超えている。
(三) 本件地域における国道二四七号線の昭和四六年度、昭和四九年度、昭和五五年度、昭和六〇年度及び平成二年度の大型車混入率は図表33<2>のとおりである。
(四) 平成六年度における一二時間交通量は本件地域における最小が東海市名和町六番割の九七五台(前記の国道二四七号線のバイパスが存在するため極めて少なくなったものと思われる。)、最大が東海市東海町五丁目の四万二七四五台である。そして、名古屋市内部分では、最小が南区加福本通二丁目の三万四三五七台(大型車混入率一三・九%)、最大が熱田区伝馬一丁目の四万二四五一台(大型車混入率一六・〇%)である。
また、同年度の南区大同町五丁目の一二時間交通量は三万六七八六台であり、大型車混入率は一九・三%、東海市東海町五丁目の一二時間交通量は四万二七四五台、大型車混入率は二七・六%である。
4 道路構造の改善
(一) 国道二四七号線バイパスは、本件地域内において、荒尾、加家及び横須賀の各交差点において立体化されている。
(二) 国道二四七号線では、本件地域内において、九〇三二mの植樹帯が設置されている。
第二本件各道路沿道の大気汚染の程度
道路の沿道の大気の汚染については、二酸化窒素、浮遊粒子状物質の濃度が汚染の指標値として問題となる。しかし、以下のとおり、本件各道路についてはこれらの値は十分には計測されておらず、したがって右汚染と健康被害との因果関係を判断するのは困難である。
一 二酸化窒素の各沿道での濃度(図表22、25参照)
1 国道一号線沿道
国道一号線沿道の千竃自排局において二酸化窒素年平均値〇・〇四ppm以上の高い測定値が記録されているのは、昭和五〇年度から昭和五二年度までの間であり、その後昭和五四年度に〇・〇二六ppmを記録したほかは平成九年度に至るまですべて〇・〇三ppm台の測定値である。年平均値の平均は〇・〇三六ppmである。
また、一日平均値(九八%値)は昭和五一年度に〇・〇七七ppm、昭和五二年度に〇・〇八七ppmの高い数値を記録し、その後もおおむね〇・〇五ppmを上回る濃度で推移している。一日平均値の平均は〇・〇六一ppmである。
2 国道二三号線沿道
国道二三号線沿道には自徘局が設置されていない。また、比較的近接する一般局として宝小学校がある(道路沿道からの距離約四二五m)ものの、二酸化窒素の測定は行われておらず、二酸化窒素を測定している一般局の中で最も国道二三号線に近い位置にあるのは白水小学校である(道路沿道からの距離八〇〇m)が、沿道からの距離減衰に照らすと、白水小学校の測定値を国道二三号線沿道の数値とするのは相当でない。
そこで、国道二三号線の沿道における二酸化窒素濃度を把握するには、自排局が設置されている国道一号線及び国道一五四号線沿道の数値を基本に、交通量、大型車混入率等考慮し、推認することによらざるを得ない。
そして、証拠(甲F八八の1、2、八九)によると、名古屋市によるTEA法を用いた二酸化窒素濃度測定で沿道の濃度を比較すると、国道二三号線沿道(甲F八九で、四二、五〇、五一、五四、九七、九八、一〇〇、一〇二、一〇六ないし一〇八の地点)は国道一号線沿道(甲F八九で、三三ないし三五、四九、九六、一〇一の地点)の約一・三倍の濃度であったことが認められること(図表35)、図表33<1>、<2>のとおり、国道二三号線の交通量、大型車混入率は国道一号線及び国道一五四号線のそれをいずれも(国道一五四号線と対比すると大幅に)上回るものであることが認められる。そうすると、国道二三号線の沿道においては、少なくとも千竃自排局の記録のある昭和四九年度から平成九年度までの間、継続して千竃自排局の数値のおおむね一・三倍相当の年平均値〇・〇四六ppm以上の二酸化窒素による汚染が存在していたものと認めるのが相当である(なお、前記のとおり(第一章第六)、千竃自排局の面する国道一号線は名古屋高速道路二号線との立体構造になっていることが認められ、千竃自排局の測定値は右道路からの排煙の影響も受けているものと考えられる。したがって、前記のような推認をするに当たっては、千竃自排局の数値によるのではなく国道一五四号線沿道の港陽自排局の数値を基本とすべきものとも考えられる。しかし、図表22記載のとおり、港陽自排局の数値は千竃自排局の数値と大差なく、かえって右を基本に前記のような交通量、大型車混入率の比較を考慮して算定したときには、より大きな数値を算出することになると思われる。したがって右推認に当たっては、より確実な数値を確定する趣旨で前記によるのが相当である。)。
また、一日平均値の平均も千竃自排局の数値のおおむね一・三倍相当の〇・〇七九ppmの濃度となっていたことが推認される。
3 国道一五四号線沿道
国道一五四号線沿道の港陽自排局において二酸化窒素年平均値〇・〇四ppm以上が記録されたのは昭和五〇年度であり、その後昭和五二年、五六年、五七年度に〇・〇二ppm台後半となったほかは平成九年度に至るまですべて〇・〇三ppm台の測定値である。年平均値の平均は〇・〇三三ppmである。
また、一日平均値は昭和五七年度に〇・〇四四ppmとなったが、昭和五一年から平成八年度までいずれも〇・〇五ないし〇・〇六ppm台を記録している。一日平均値の平均は〇・〇五九ppmである。
4 国道二四七号線沿道
国道二四七号線沿道には自排局が設置されていないが、比較的近接する(道路沿道からの距離約一七五m)一般局として白水小学校がある。白水小学校の年平均値は昭和五〇年度から昭和五二年度まで〇・〇三ppm台前半、昭和五三年度から昭和六三年度まで〇・〇二ppm台後半、平成元年度から平成九年度まで〇・〇三ppm台で推移している。一日平均値は昭和五〇年度に〇・〇七七ppm、昭和五五年度に〇・〇七〇ppmを記録するなど比較的高い値があるが、おおむね〇・〇四ppm台から〇・〇五ppm台で推移している。
また、国道二四七号線が接続する国道一九号線沿道の熱田区役所において二酸化窒素年平均値は〇・〇二ppm台後半から〇・〇三ppm台前半(年平均値の平均は〇・〇三〇ppmである。)、一日平均値は〇・〇四ppm台から〇・〇六ppm台(一日平均値の平均は〇・〇五五ppmである。)で推移している。
右白水小学校、熱田区役所の測定値の推移を併せ考慮すると、国道二四七号線沿道も、年平均値〇・〇三ppm、一日平均値〇・〇五五ppm程度の二酸化窒素による汚染が存在していたことが推認される。
二 浮遊粒子状物質の各沿道での濃度(図表28、31参照)
1 国道一号線
国道一号線沿道の千竃自排局においては浮遊粒子状物質は測定されていない。ただ、二酸化窒素の濃度は、国道一五四号線沿道の港陽自排局より多少高いことが認められるのであるから(図表22、25参照)、少なくとも同局の測定値である、年平均値の平均〇・〇五四mg/m3、一日平均値(二%除外値)の平均〇・一四三mg/m3はあるもの(いずれもこれより多少は高いもの)と推認するのが相当である。
2 国道二三号線
前述のとおり、国道二三号線沿道には自排局自体設置されていない。しかし前記のとおり、交通量等を考慮すると、国道二三号線沿道の二酸化窒素推定値は国道一五四号線沿道の港陽自排局の二酸化窒素測定値の一・三倍をはるかに超えるものと考えられるから、浮遊粒子状物質の濃度も同様に少なくとも港陽自排局の測定値の一・三倍はあると推認するのが相当である。これによると、年平均値の平均〇・〇七〇mg/m3、一日平均値の平均〇・一八五mg/m3となる。
3 国道一五四号線
国道一五四号線沿道の港陽自排局において、浮遊粒子状物質の年平均値の平均は〇・〇五四mg/m3、一日平均値の平均は〇・一四三mg/m3である。
港陽自排局では、浮遊粒子状物質の環境基準に適合した年度が全くなく(図表32参照)、昭和五四年度及び平成三年度の年平均値は環境基準の約二倍に達している。
4 国道二四七号線
国道二四七号線沿道にも自排局が設置されていない。しかし、ここでも二酸化窒素測定値の濃度比を参照して浮遊粒子状物質の濃度を推認する。
前記のとおり国道二四七号線沿道の二酸化窒素濃度は、年平均値の平均が〇・〇三ppm、一日平均値の平均が〇・〇五五ppmであったと推認される。これに対し港陽自排局の平均は年平均値が〇・〇三三ppm、一日平均値が〇・〇五九ppmである。したがって、港陽自排局の二酸化窒素濃度を一とすると、国道二四七号線沿道の推定値は約〇・九である。そうすると、国道二四七号線の浮遊粒子状物質の濃度も同様に少なくとも港陽自排局の測定値の〇・九倍はあると推認するのが相当である。これによると、年平均値の平均〇・〇四八mg/m3、一日平均値の平均〇・一二八mg/m3となる。
5 このように、本件各道路の沿道における浮遊粒子状物質の濃度には高低があるもの、いずれも浮遊粒子状物質の環境基準を上回ることが認められる。
第三道路沿道に係る疫学調査(甲C一一ないし一三、四二、五四の3、一二九、二〇〇、二〇一、丙B六三、六五、六六の1ないし4、六七ないし七七、一一〇)
一 四日市市沿道調査
1 調査の概要
三重大学医学部の北畠正義教授らは、四日市市の国民健康保険の診療報酬請求明細書を用いて、幹線道路沿道の住民について、道路からの距離別に自動車排出ガスによる呼吸器系疾患への影響を調査し、昭和五二年、その結果を「自動車排気ガスの人体に及ぼす影響について」(甲C二〇一)という論文で発表した。
調査地域は、固定発生源による汚染が少なく、交通量の多い主要幹線道路が横切る四日市市富田、富洲原地区である。同地区の国道一号線(一日交通量二万六四九一台)及び名四国道(同四万八三三三台)について道路端から三〇mまでを第一ゾーンとし、以後三〇mごとに第五ゾーンまで分割した(ただし、交通量の多い名四国道については、道路端から六〇mまでを第一ゾーンとした。)。
調査対象者は、調査地域に居住する国民健康保険加入者のうち昭和四八年三月から昭和五〇年一一月までに呼吸器疾患で受診した者であり、第一ゾーン五七一人、第二ゾーン五八八人、第三ゾーン七六九人、第四ゾーン七一〇人、第五ゾーン六四二人の計三二八〇人である。
呼吸器疾患は次の五つの疾患群に分類された。
急性型 感冒、急性気管支炎、肺炎、流行性感冒
喘息型 気管支喘息、喘急性気管支炎
上気道型 咽頭炎、喉頭炎、扁桃腺炎、アンギーナ、鼻炎
慢性型 慢性気管支炎、肺気腫、気管支拡張症
閉塞型 気管支喘息、喘息性気管支炎、慢性気管支炎、肺気腫
また、夏期(五ないし八月)と冬期(一一月ないし二月)別の集計も行われた。
2 調査結果
(一) 急性型においては、年間、夏期、冬期別の集計とともに、道路からの距離にほとんど関係なく受診しており、自動車排出ガスによる影響の差を確認できない。夏期に比べ冬期の受診率が著明に高いことからガスによる影響よりも季節的因子が強く作用していると考えられた。
(二) 喘息型では、第一ゾーンにおいて受診率が高く、第二ないし第五ゾーンまではほぼ同程度である。季節的変動は小さく、第一ゾーンの受診率の高さは自動車排出ガスの影響によるものと考えられた。
(三) 上気道型では、国道一号線+名四国道、国道一号線の年間及び冬期において、道路から距離を隔てるとともに受診率が低下しており、自動車排出ガスの拡散濃度分布とかなり一致するのではないかと考えられた。
(四) 慢性型では、名四国道沿線の第一ゾーンに高い受診率を認め、第一ゾーンと他のゾーンとの間に著明な差があるが、国道一号線においては差を確認できなかった。
(五) 閉塞型においては、第一ゾーンに高い受診率を認め、名四国道においてその差は著明であった。
(六) 喘息型、上気道型、閉塞型の三疾患群において、自動車排出ガス暴露を最も受けやすい第一ゾーンに高い受診率を認めたことは注目すべき重要な問題である。
二 東京都内幹線道路沿道調査
1 調査の概要
(一) 国立公害研究所の新田裕史らは、従来の我が国の調査が、多数の地域における呼吸器症状の有症率をBMRC質問票を用いて調査したものであり、多くの場合にその地区の大気汚染の程度と有症率とに相関関係が認められると報告されているものの、通常、このような調査においては、調査対象地区として交通量の多い主要幹線道路周辺地域は除かれる傾向があり、したがって周辺住民の呼吸器に及ぼす自動車排出ガスの影響に関する知見は十分とはいえないとの問題意識をもった。そこで、従前の調査結果や自動車排出ガスの距離減衰に関する知見及び調査対象候補地区での二酸化窒素の予備測定結果を踏まえてより明確に自動車排出ガスの影響をとらえるために、道路端からの距離二〇mで対象地区を分割し、更に自動車排出ガス以外の大気汚染の程度、交通量も異なると考えられる二地域を選んで昭和五四年度に呼吸器症状調査を実施するとともに、対象地区での自動車排出ガスの拡散状況と調査対象者の実際の暴露量に関する情報を得るために、NO2に関して簡易測定法による測定を実施し、調査研究の結果を「東京都内幹線道路沿道住民の呼吸器症状に関する疫学的研究」(甲C四二、二〇〇)としてまとめ、昭和五八年九月一五日、日本公衆衛生雑誌上において公表した。
(二) 調査方法
調査地域は、東京都板橋区、練馬区及び中野区の三区内の環状七号線周辺地域(環七地域)並びに東京都八王子市の国道二〇号線とそのバイパス周辺地域(八王子地域)であり、道路端からの距離に応じて二〇m以内(A地区)、二〇ないし一五〇m(B地区)に区分した。
調査対象地域内の昼間一二時間交通量は、環状七号線の練馬区羽沢二丁目で昭和五二年度四万三六八三台、昭和五五年度三万六一三九台であり、国道一六号線(国道二〇号線と交差している。)八王子市八日町で昭和五二年度一万四四九三台、昭和五五年度一万四三一九台であった。
調査対象者は、昭和五四年七月現在で対象地区に三年以上居住している満四〇歳以上六〇歳未満の成人女性であり、A地区については右条件に合致する者全員を抽出し、B地区については、環七地域、八王子地域それぞれA地区の抽出数と同数となるように無作為に抽出し、その結果、環七A地区七六九名、環七B地区七七三名、八王子A地区六四九名、八王子B地区六四九名の計二八四〇名が抽出され、このうち五一名が住民台帳の転記誤りなどの理由で除かれ、二七八九名が調査対象とされた。そして、同年一〇月、ATS―DLD質問票(日本版)に準拠した質問票を使用して、呼吸器症状調査が行われた。調査対象者のうち、二二六二名について質問票が回収され(回収率八一・一%)、そのうち二二一七名が分析対象者とされた(調査対象者数の七九・五%)。
また、環七地域、八王子地域において、昭和五四年度と昭和五五年度にNO2サンプラーを用いて、NO2の環境測定が実施されたほか、昭和五四年一一月二七日、調査対象者のうち二〇九名について個人暴露量(二四時間の平均暴露量)の測定がフィルターバッジを用いて行われ、同時に暖房器具の使用状況なども調査された。
2 調査結果
(一) 地区別の有症率では、各症状の有症率は、環七地域はすべて、八王子地域は「喘鳴<1>(一時的な喘鳴)」、「喘息様発作」、「ひどいかぜ」を除いた各項目について、A地区がB地区よりも高く、環七地域では「持続性の咳」、「持続性の痰」、「咳、痰の増悪」、「喘鳴<2>(慢性的な喘鳴)」、「軽度の息切れ」で統計的に有意差が認められ、八王子地域では「持続性の咳」、「持続性の痰」、「持続性の咳、痰」、「喘鳴<2>(慢性的な喘鳴)」、「軽度の息切れ」で統計的に有意差が認められた。
(二) 地区別、各因子別有症率のうち、喫煙習慣別有症率については、前喫煙者群及び喫煙者群では、A地区よりB地区の有症率が高いものもあり有意差は認められなかった。しかし、非喫煙者群では、環七地域、八王子地域とも多くの症状で、A、B両地区間に有意差が認められた。
また開放型ストーブ(煙突のない石油、ガスストーブ等)使用の有無別有症率については、開放型ストーブを使用している群も使用していない群も、全体としてはA地区の方がB地区より高い有症率を示した。特に、開放型ストーブ非使用群の環七地域ではA地区とB地区間に有意差のみられた症状が多くなっていた。
(三) NO2の環境測定結果では、環七地域、八王子地域いずれにおいても、A地区の濃度はB地区の濃度より約一〇ないし二〇ppb高く、平均的にある程度の差が存在するものと考えられた。
NO2の個人暴露量は開放型ストーブ使用世帯>非使用世帯、環七地域>八王子地域の傾向がみられたが、A地区>B地区の関係はあまり明らかではない(特に八王子地域の開放型ストーブ使用世帯ではA地域<B地域の関係がみられた。)。
3 環七地域、八王子地域でみられた地区別有症率のA地区>B地区の傾向は、関連因子の各群別にもほぼ一貫して認められ、特に非喫煙者群や開放型ストーブを使用していない群など、一般に大気汚染とは別種の要因の影響が小さいと考えられる群においてより明確に認められた。したがって、A地区>B地区の有症率の差は交絡因子の影響よりも、両地区における幹線道路からの距離の差によって生じたものと判断するのが妥当である。そして、これは自動車排出ガスの影響の差によるものと考えられる。
三 国道四三号線沿道調査
1 調査の概要
岡山大学医学部衛生学教室の柳楽翼教授らは、昭和五四年、国道四三号線沿道での排気ガス汚染が学童に対していかなる健康影響を与えているかを疫学的手法を用いて明らかにすることを目的として調査を行い、その分析結果を「大気汚染地域における小児の健康障害に関する研究 第二編 自動車排気ガス汚染と学童の自覚症状の関係」(丙B六五)としてまとめ、昭和五六年八月、日本衛生学雑誌上において公表した。
2 調査方法
調査対象校は、国道四三号線に隣接する芦屋市精道小学校(昭和五四年七月当時の学童数一五六二名)、尼崎市西小学校(同一一一五名)であり、対照校は、芦屋市山手小学校(同八三四名)である。
精道小は、その東方約一kmの国道四三号線排出ガス測定局(打出)における二酸化窒素の昭和五一ないし五三年度の平均値が〇・〇四三ppmと高い(兵庫県内の国道四三号線排出ガス測定局四局のうち最高値)、国道四三号線及び併設されている阪神高速道路沿道の汚染校である。
西小は、隣接する国道四三号線排出ガス測定局(武庫川)における二酸化窒素の昭和五一ないし五三年度の平均値が〇・〇三二ppmと比較的低く(前記四局のうち最低値)、国道四三号線隣接校ではあるが比較的汚染の低い学校である。
山手小は、その付近の二酸化窒素濃度は不明であるが、国道四三号線の北方約一・八kmに位置し、精道小校区との間に国道二号線が介在するほかには幹線道路及び特記すべき固定発生源がないことから、精道小、西小に比べ低汚染校である。
これら三校の全学童に対し、昭和五四年七月、岡山大学医学部衛生学教室が独自に作成した、上、下気道症状、及び眼粘膜症状等に関する自記式の問診表(丙B一一〇)を学校を通じて配布して父母による記入を求めた。回答者は精進小が一三五八名(回収率八六・九%)、西小が八三二名(同七四・六%)、山手小が五九三名(同七一・一%)である。
そして、そのうち現住所に三年以上居住する者のみを分析対象として、学童の有訴率の国道四三号線からの「距離減衰傾向」の有無を数量的に把握するために、学童の住居と国道四三号線との間の距離によって、V群(国道四三号線に面している者)、IV群(国道四三号線から一〇〇m以内に居住する者)、III 群(国道四三号線から一〇〇mないし三〇〇mの範囲に居住する者)、II群(国道四三号線から三〇〇m以遠に居住する者)、I群(山手小の学童)に区分した上、居住歴、家族歴、国道四三号線及び一般自動車道路との位置関係、家族の喫煙状況、暖房方法、住居の構造、種別に関する各要因との関連において自覚症状有訴率の分析を行った。
分析対象者は、精道小が九五四名(回答者比七〇・三%)、西小が六九五名(同八三・五%)、山手小が四三八名(同七三・九%)である。
3 調査結果とその評価
(一) 有訴率の三校別比較では、各校区の大気汚染状況の差に対応した関係、すなわち精進小>西小>山手小の順序が認められた。
(二) 汚染二校においては、学童の住居と国道四三号線間の距離が大になるに従って、有訴率は低下する傾向(有訴率の距離減衰傾向)を示し、「スコア法」による検定によって、多くの項目について有意の線形傾向が認められた。
(三) 有訴率の距離減衰傾向と排気ガス汚染の距離減衰の間にはパターンの相似が認められ、かつ汚染二校の沿道ではNO2濃度がその長期指針値を超え、また短期指針値と同レベルにあった。長期指針値が影響濃度とされている点、他汚染物質との共存効果及び学童が感受性の比較的高い集団である点を考慮すると、近傍での自覚症状の高率発生とその距離減衰が排気ガス汚染に起因することを否定し得ない。
(四) 学年別比較の結果、対照校山手小では、高学年における有訴率の低下傾向が著明であり、学童にみられる自然寛解の経過に一致するのに対して、高度汚染校の精道小では低下傾向が弱く、さらに五、六年生に至ってアレルギー性症状、反復性気道感染罹患(易感冒)の増加傾向が認められた。西小全校舎と精進小南校舎には活性炭フィルターを主体とする空気清浄機が設置されているが、精進小北校舎には未設置である。精道小五、六年生は三か月ないし二年三か月前まで精道小南校舎において清浄機の除じん効果を受けていたのが、精道小北校舎への移転によって、自覚症状の寛解の遅延、再発、新規発生の増加などの影響を現したものと考えられる。
四 杉並調査
1 調査の概要
(一) 経緯
東京都杉並区教育委員会は、同区内を起点とする中央自動車道富士吉田線(以下「中央高速道路」という。)が昭和五一年五月一八日に全線開通したことを受けて、これが学童の健康にいかなる影響を及ぼすかについての調査を東海大学医学部公衆衛生学教室に委託した。
右調査は昭和五一年度から昭和六一年度までの一一年間にわたり継続して実施され、各年度ごとに報告書(丙B六七ないし七七)としてまとめられた。
(二) 方法
同調査は、校舎が中央高速道路から一〇数mに近接して建っている富士見ヶ丘小学校(二年目以降の報告書では富士見丘小学校と記載されている。)を研究校とし、杉並区内において富士見ヶ丘小学校と立地条件を同じくし、学童の各種家庭環境の条件の段階的割合がほぼ同一で、父兄の年齢分布、経済状況など、いわゆる人口学的変数に差がなく、ただ一点、「中央高速道路だけが存在しない」対照(control)校として桃井第五小学校を選定し、前向きコホート調査を行った。そして、「喘息様症状」の有訴者等を把握することで、新たに開通した中央高速道路が、富士見ヶ丘小学校の学童の健康に影響を与えるとの仮説を検証した。
また、杉並調査においては、学童の「喘息様症状」有症率の調査と併せ、BMRC質問票を用い、同居の父母、祖父母に対し、「持続性咳、痰」等の有症率の調査が実施された。
2 調査結果
富士見ヶ丘小学校における「喘息様症状」有症率は、昭和五一年度は七・一%、昭和五二年度は九・四%、昭和五三年度は六・四%、昭和五四年度は四・五%、昭和五五年度は五・〇%、昭和五六年度は五・二%、昭和五七年度は六・〇%、昭和五八年度は五・九%、昭和五九年度は六・二%、昭和六〇年度は六・八%、昭和六一年度は八・一%であった。これに対し、桃井第五小学校における有症率は、昭和五一年度は八・〇%、昭和五二年度は六・九%、昭和五三年度は五・八%、昭和五四年度は四・八%、昭和五五年度は四・一%、昭和五六年度は四・一%で、それ以降は同校の協力が得られず調査ができなかった(丙B七三)。すなわち、中央高速道路の影響がなかった昭和五一年度は桃井第五小学校の有症率の方が高く、その後同校では有症率が減少していったところ、富士見ヶ丘小学校では昭和五二年度に有症率が大きく増加して桃井第五小学校を上回ったものの、昭和五三、五四年度は大きく減少して同校を下回り、昭和五五年度に再び増加して同校を上回り、以後有症率が漸増を続けた。
右の調査結果のうち、富士見ヶ丘小学校の有症率が昭和五五年度に桃井第五小学校を逆転したことについては、新入生の有症者が多かったことによるものであり、中央高速道路による学校環境の悪化の結果ではなかった。また、富士見ヶ丘小学校の昭和五五年度以降の有症率の増加も、同校に設置された自排局のデータにおいて二酸化窒素は横ばい、浮遊粉じんはむしろ減少していることに照らし、中央高速道路の影響とみなすことは困難であった。
また、前記のとおり併せてされた成人に対する調査での「持続性咳、痰」については、昭和五四年度の調査で四〇歳以上の有症率は、富士見ヶ丘小学校学区において一・七%、昭和五五年度の調査で四〇歳以上の有症率は、富士見ヶ丘小学校学区において一・七%、桃井第五小学校学区において二・二%、昭和五六年度の調査で四〇歳以上の有症率は、富士見ヶ丘小学校学区において二・一%、桃井第五小学校学区において二・一%、昭和五七年度の調査で四〇歳以上五九歳以下の有症率は、富士見ヶ丘小学校学区において一・八%、桃井第二小学校学区において一・七%、昭和五八年度調査で四〇歳以上五九歳以下の有症率は、富士見ヶ丘小学校学区において一・二%であった。
3 結論
同調査は、以上の結果に基づき、「中央高速道路を発生源とする自動車排ガス中NO2が、学童の気管支ぜん息と重大な関連を持つとする仮説に対し、肯定的、積極的な調査成績は得られていない。」、「幸にして、一一年間の中央高速道路の影響調査は、学童の気管支ぜん息有症率増大の主因とは考えられないことを示唆している」とした。
また、成人の「持続性咳、痰」有症率については、昭和五六年度の報告書(丙B七二)において、従来、大気汚染が環境基準値以下の地域においては、四〇ないし五九歳で二ないし三%とされているところ、二酸化窒素が環境基準を超えると推定される富士見ヶ丘小学校学区においても「持続性咳、痰」の有症率が右のように低かったことから、同調査は、この程度の濃度の二酸化窒素では、成人の呼吸器症状に及ぼす影響は大きくないものとした。
五 東京都衛生局道路沿道調査(第一回)
1 調査の概要
大都市の一部を除き大気中の二酸化硫黄の濃度が昭和四三年以降急速に減少傾向を見せる一方、窒素酸化物、浮遊粒子状物質の濃度は横ばい状態で推移し十分に改善されない状況の下で、大都市、特に東京における大気汚染への関心が、窒素酸化物、浮遊粒子状物質、オキシダント等を中心とする複合汚染に向けられてくるようになった。そこで、東京都衛生局は、窒素酸化物を中心とする複合大気汚染の健康影響を科学的に解明することを目的として、昭和五二年度に「東京都公害衛生対策専門委員会」に諮り、「東京都複合大気汚染健康影響調査検討委員会」を設置し、昭和五二年度から「複合大気汚染に係る健康影響調査」を行い、昭和五三年度の予備調査を経て、昭和五四年度、昭和五五年度に調査を実施し、昭和五六年度には中間解析を行って、「複合大気汚染に係る健康影響調査中間結果報告書」を発表した。そして、中間解析の結果を踏まえて、昭和五七年度から昭和五九年度にかけて後期調査を実施し、昭和六〇年度に一連の調査の総合解析を行い、昭和六一年五月(六一年専門委報告発表の一か月後)、「複合大気汚染に係る健康影響調査総合解析報告書」(甲C一一)として公表した。
右報告書は、昭和五七年度から昭和五九年度までに行われた後期調査の、<1>幹線道路沿道住民に対する大気汚染の影響を検討する「症状調査」、<2>小学校学童に対する継続的な肺機能検査と欠席調査により大気汚染の影響を検討する「疾病調査」、<3>乳幼児の発育過程に及ぼす大気汚染の影響を検討する「患者調査」、<4>過去一〇年間の都民の死亡現象と大気汚染との関連を検討する「死亡調査」、<5>ラット等を用いて短期、長期の暴露実験を行った「基礎的実験的研究」を軸にして構成されている。
2 症状調査
(一) 調査方法
(1) 昭和五七年度調査
東京都板橋区、北区内の環状七号線、国道一七号線の周辺地域の、幹線道路周辺に三年以上居住する満四〇歳以上六〇歳未満の成人女性(主婦)並びにこれと同居する老人(満六〇歳以上)及び学童(満六歳から一二歳まで)を対象として、幹線自動車道路端から二〇m以内の地区(沿道)、二〇ないし五〇mの地区(後背1)、五〇ないし一五〇mの地区(後背2)の三地区に分類し、ATS―DLDに準拠した質問票を用いて呼吸器の自覚症状に関する質問調査を行った。
最終的な集計、分析対象者は、主婦一七五八名、老人一三八名(成人全体の回収率七八・六%)、学童二一六名(回収率七七・一%)の計二一一二名である。
(2) 昭和五八年度調査
東京都杉並区(杉並地域)、練馬区、保谷市、田無市(練馬地域)内の、青梅街道周辺地域の幹線道路周辺に三年以上居住する主婦並びにこれと同居する老人及び学童を対象として、幹線自動車道路端から二〇m以内の地区(沿道)、二〇ないし一五〇mの地区(後背)の二地区に分類し、ATS―DLDに準拠した質問票を用いて呼吸器の自覚症状に関する質問調査を行った。
最終的な集計、分析対象者は、主婦一九一六名、老人七五名(成人全体の回収率八三・三%)、学童三四二名(回収率八八・八%)の計二三三三名である。
(3) 昭和五九年度調査
右(1) 、(2) の対象地域のうち板橋区内の環状七号線、国道一七号線の周辺地域(板橋地域)及び杉並区内の青梅街道周辺地域(杉並地域)において、主婦のみを対象として、ATS―DLDに準拠した質問票を用いて呼吸器の自覚症状に関する質問調査を行った。沿道、後背の分類は、右(1) 、(2) の分類に従った。
最終的な集計、分析対象者は、板橋地域沿道三〇六名、同後背三八五名、杉並地域沿道四五五名、同後背四五七名の計一六〇三名である。
(二) 調査結果
(1) 昭和五七年度調査
ア 主婦
有症率についての各症状項目のうち、「持続性咳」、「持続性痰」、「持続性咳、痰」、「咳、痰の増悪」、「喘息様発作」が後背一で高率であり、その他の有症率項目は沿道で高率である。各属性項目(年齢、居住年数、職業の有無、粉じん職歴、喫煙状況、家庭内喫煙、暖房方法)別にみても、この傾向は変わらない。後背一>沿道>後背二の順で有症率の差が有意と考えられたのは、「持続性咳」、「持続性痰」、「持続性咳、痰」の三項目であった。
既往歴項目に関しては、有意差は認められず、高低の傾向も一定ではなかった。
イ 老人
有症率についての各症状項目のうち、「持続性咳」、「持続性咳、痰」、「咳、痰の増悪」、「喘鳴」、「喘息様発作」、「呼吸器の病気」が沿道で高率であり、その他の有症率項目は後背一で高率であるが、有意差は認められなかった。
既往歴項目に関しては、「肺炎」が沿道>後背一>後背二の順であり、有意であるが、その他の項目では有意差は認められず、高低の傾向も一定ではなかった。
ウ 学童
有症率についての各症状項目のうち、「持続性咳」、「持続性痰」、「喘鳴」、「喘息様発作」が沿道で高率であるが、有意差は認められなかった。
既往歴項目に関しては、「気管支炎」、「喘息性気管支炎」、「喘息等」は沿道>後背一>後背二の順であり、「気管支炎」及び「喘息性気管支炎」については有意差が認められた。
(2) 昭和五八年度調査
ア 主婦
有症率についての各症状項目のうち、「呼吸器の病気」、「痰を伴う呼吸器の病気」を除くほかはすべて沿道で高率であり、各属性項目別にみても、この傾向はほぼ一定である。沿道>後背の順で有症率の差が有意と考えられたのは「持続性咳」であり、後背>沿道の順で有症率の差が有意と考えられたのは「呼吸器の病気」であった。
既往歴項目に関しては、高低に一定の傾向は認められなかったが、「肺結核等」は沿道<後背の順であり、有意差が認められた。
イ 老人
有症率についての各症状項目のうち「呼吸器の病気」、「痰を伴う呼吸器の病気」を除きすべて沿道で高率であるが、有意差は認められなかった。
既往歴項目は、高低に一定の傾向はみられず、沿道、後背間の差も有意とは認められなかった。
ウ 学童
有症率についての各症状項目のうち、「持続性咳」、「持続性痰」を除きすべて後背で高率であるが、有意差は認められなかった。
既往歴項目は、高低に一定の傾向はみられず、沿道、後背間の差も有意とは認められなかった。
(3) 昭和五九年度調査
昭和五七年度調査及び昭和五八年度調査と同一対象者に関する調査結果をみると、第一回目の調査で症状のあった者のうち、第二回目の調査でも引き続き同一症状を訴えた者は約半数であった。このことは、本調査で取り上げた各症状は、個人レベルでみた場合にはある程度変動していることを示すものと考えられる。
(三) 環境調査
昭和五七年度ないし昭和五九年度調査においては、各年度に対象地域における道路からの距離別の窒素酸化物濃度が測定された。また、昭和五八年度調査及び昭和五九年度調査においては、各年度に対象地域における道路からの距離別の浮遊粒子状物質濃度が測定された。その結果、窒素酸化物、浮遊粒子状物質ともに距離減衰がみられた。
3 まとめ(予備調査を開始した昭和五三年度からの分を含む総括)
(一) 幹線道路の健康影響に注目した調査
主要幹線道路の付近住民を対象にアンケートによって行った症状調査の結果を総合すると、幹線道路からの距離に依存して呼吸器症状有症率に差が生じているとみなすのが妥当である。この結果は、喫煙その他の関連要因ごとに検討しても同様であり、また、同時に行われた環境調査においても沿道からの距離に応じて大気汚染物質の距離減衰がみられたことから、自動車排出ガスによる影響が示唆された。
健康観察記録及びアンケートにより行われた患者調査では、幹線道路から五〇m以内の乳幼児において、呼吸器疾患の罹患率が高く症状もやや強い傾向がみられた。
死亡調査では、幹線道路との距離にかかわらず、ほぼ一様の死亡率分布を示した。
(二) 学童の健康影響に注目した調査
昭和五三年度から昭和五六年度にかけての疾病調査では、区部の学童と市部の学童の気道疾患罹患率の比較を行ったところ、非喘息学童の気道疾患罹患率の地区間差がみられ(市部より区部が高い。)、また、喘息有症率は区部に高いことがわかった。しかし、個々の地域における喘息有症率と大気汚染濃度及び季節、気象条件との相関では一定の傾向はみられなかった。
昭和五七年度から昭和五九年度にかけての疾病調査では、肺機能の推移、欠席調査及び尿中ヒドロキシプロリン値(尿中HOP/CRE値)の観察がされ、区部の学童は大気清浄地区の学童に比べ身長の増加に伴う肺機能の増加が有意に低いことが認められたが、欠席調査からは大気汚染の急性又は亜急性の影響を示すことはできなかった。NO2濃度の高い地区の尿中HOP/CRE値は、NO2濃度の低い地区に比べ有意に高かった。
(三) 大気汚染に感受性が高いと思われる集団を対象とした調査
昭和五三年度から昭和五六年度にかけての患者調査では、慢性閉塞性肺疾患(気管支喘息を含む。)患者の症状と大気汚染の関係が調査され、オキシダントが正の要因としてみられたが、他の大気汚染物質については一定の傾向はみられなかった。
昭和五七年度から昭和五九年度にかけての患者調査では、乳児コホートと三歳児を対象とする呼吸器疾患罹患率の調査がされたが、対象者数が少なかったこともあり、沿道と後背に有意差はみられなかった。
(四) 死亡に関する調査
大気汚染測定局(一般局)の一km圏域内の累積粗死亡率と大気汚染因子の累積暴露量との相関を検討したところ、各死亡(悪性新生物、気管、気管支及び肺の悪性新生物、虚血性心疾患等五類型)ともNOxが他の大気汚染因子よりもやや相関係数が高い傾向を示した。
一般局を粗死亡率の高さによって、高、中、低の三段階に分けてみると粗死亡率が高い局と中程度の局で女子の気管、気管支及び肺の悪性新生物とNOxの相関係数が高いことが注目された。
一般局をその所在地の特性に基づき、住宅地区と商業地区に分けると、商業地区で男女とも、各死因とNOxとの相関係数が極めて高かった。
(五) 基礎的実験的研究
ラット等を用いての実験でNO2、O3(光化学オキシダント)単独又は両物質複合暴露による影響がみられた。NO2〇・三ppm、O3〇・一ppm長期単独暴露でそれぞれ病理学的変化が認められた(従来の定説ではNO2〇・五ppm長期単独暴露で病理学的変化が認められるとされており、これを下回る濃度である。)。
NO2の短期高濃度暴露で、発がん物質であるニトロソアミン、ニトロピレンが体内で生成されることがわかった。
六 静岡県調査
1 調査の概要
東京大学医学部物療内科の中川武生、宮本昭正は、気管支喘息有症率の増加傾向の実態を明らかにすることを目的として、昭和六〇年から六一年にかけて静岡県藤枝市において、藤枝市役所及び藤枝市立志太総合病院の協力を得て、藤枝市内の年齢一五歳以上の居住者一万二五六二人(藤枝市の総人口一一万一九八五人の約一〇%に当たる。)を対象として、喘息有症率のアンケート調査を行った。そして、昭和六二年一二月発行の論文集で公表した(甲C五四の3)。
その方法は、スクリーニングのための第一次アンケートを配布、回収し、解析をしたのち、喘息の疑いを有する者に対して再度喘息の有無を確認する第二次アンケートを配布、回収するというもので、その後、個々のアンケートを解析して喘息の診断を下したが、その際、現地において行った問診、診察、呼吸器機能を中心とする実地調査の結果も参考とした。
2 調査結果
第一次アンケートは配布数一万二五六二通のうち一万二一五二通が回収された(回収率九六・二%)。解析の結果、気管支喘息の有症率は二・〇七%から四・二三%の間にあると推測され、また、小児喘息の既往を有する者は年齢が若くなるほど高くなり、小児喘息の患者数が近年増加していることが推測された。
第二次アンケートは第一次アンケートで喘息の疑いがあった者一〇四二人に対して行われ、八五四人から回収された(回収率八二・〇%)。解析の結果、気管支喘息二六五人、他の慢性閉塞性肺疾患を合併している可能性があるが、気管支喘息の疑いの強い者四八人、計三一三人という数字が得られ、藤枝市における喘息有症率は三・一四%と算定された。
次に、喘息有症率に及ぼす環境因子の影響の検討を行ったところ、喘息有症率は山間、農村地区で二・四~三・一%と低く、交通量の多い地区で四・二~四・四%と高い数値が認められた。また、人口密度とは有意の相関はなく、SO2濃度やNO2濃度とは相関はなかったものの、降下ばいじん量との間に危険率一%以下の有意の正の相関を認め、降下ばいじんが喘息様症状の発現に関与している可能性が示唆された。
七 東京都葛飾区沿道調査
1 調査の概要
国立公害研究所小野雅司らは、都市幹線道路沿道での重要な汚染源である自動車等移動発生源に起因する大気汚染物質、なかでもSPMとNO2に重点をおいて、都市沿道周辺に位置する家屋内外における大気汚染の現状を把握するとともに、沿道周辺住民を対象に健康調査を行い、それが人の健康に及ぼす影響を明らかにすることを目的として、調査研究を行い、その結果を「幹線道路沿道における大気汚染と住民の健康影響に関する疫学的研究」(丙B六三)にまとめ、平成二年五月一五日、日本公衆衛生雑誌に発表した。
2 調査方法
調査地域は、東京都葛飾区内の水戸街道及び環状七号線(昼間一二時間交通量約三万五〇〇〇台)沿道で、各道路端から一五〇m以内の地域とし、道路端からの距離に応じて二〇m以内(A地区)、二〇ないし五〇m(B地区)、五〇m以遠(C地区)の三地区に区分した。
対象者は、対象地区内に三年以上居住し、昭和四九年四月から昭和五七年三月までに出生した小児のいる世帯の沿道住民である。調査対象一〇九三世帯のうち回収数は八〇五世帯であり、回収率は七三・七%であった。分析対象者数は、A、B、C地区それぞれ、児童二〇九人、二四八人、六五七人、父親一〇六人、一三四人、三七七人、母親一三一人、一五八人、四二七人である。
本調査は、昭和六一年一一月、ATS―DLD標準質問票(環境庁版)を使用して沿道住民の呼吸器症状調査を行うとともに、右調査対象世帯のうち二〇〇世帯について、昭和六一年三月、七月、一一月、昭和六二年二月、五月の五回にわたりSPMサンプラーとNO2バッジを用い、平日の四日間連続して屋内のSPM濃度及び屋内外のNO2濃度を測定した。また、濃度測定対象世帯については、家屋構造、測定期間中の家庭内喫煙の有無、暖房器具の種類(排気型、開放型)及び調理用ガス器具使用の有無を質問紙により調べた。
3 調査結果
(一) 沿道住民の呼吸器症状
(1) 児童
ア 属性別有症率
居住歴では六年未満群、性別では男児、アレルギー既往ではあり群がすべての症状で高率であった。特にアレルギー既往あり群は同なし群と比較して二ないし四倍の高率であった。年齢では「喘息様症状、現在」を除いて四~五歳、六~八歳群が高く、乳児期の栄養法では「喘鳴症状」を除いて人工栄養群が高かった。受動喫煙の有無と呼吸器症状有症率の間に関連は認められなかった。暖房方法に関しては、開放型暖房器具使用群で呼吸器症状有症率が高い傾向がみられたが、その差はわずかであった。
イ 地区別有症率
A地区の呼吸器症状有症率はすべての症状項目でB地区及びC地区よりも高率であり、「喘息様症状」、「喘鳴症状」、「痰を伴うひどいかぜ」については有意差が認められた。
既往歴については、「喘息性気管支炎」と「ちくのう」がA地区で高率であったが、「百日咳」のようにB、C地区で高率を示すものもみられた。
(2) 成人
ア 属性別有症率
父親、母親の両方で呼吸器症状有症率に差がみられたのは喫煙(喫煙群>非喫煙群)のみであり、またその差は父親の方が大きかった。そのほか父親で運輸、通信従事者に、母親で高年齢群に高い呼吸器症状有症率がみられた。
イ 地区別有症率
呼吸器症状については、父親では「持続性の痰」と「息切れ」がA地区で高い有症率を示し、母親では「持続性の咳」、「持続性の痰」、「持続性の咳と痰」、「持続性の咳と痰、二年以上」、「喘鳴症状」、「息切れ」がA地区で高い有症率を示した。
既往歴については、父親では、「肺炎」、「アレルギー性鼻炎」、「ろくまく炎」、「慢性気管支炎」、「心臓病」が、母親では「肺炎」、「アレルギー性鼻炎」、「慢性気管支炎」がそれぞれA地区で高率であり一部で有意差がみられた。
(3) 沿道住民の呼吸器症状有症率は、児童、成人ともに沿道直近(二〇m以内)で最も高く、道路から離れるに従って減衰する傾向が認められた。これは従来の沿道調査(前記新田ら研究、柳楽ら研究等)と同様の結果であった。
なお喫煙、暖房については、成人の喫煙群で有症率が高かった点を除けば、開放型暖房器具使用の影響は小さく、また受動喫煙の影響は認められなかった。
(二) 濃度測定
喫煙と暖房の組み合わせとの関係で、開放型暖房器具使用世帯での屋内NO2濃度の上昇とガス調理器具による台所NO2濃度の上昇が確かめられ、喫煙世帯での屋内微小粒子(PM二・五)濃度の上昇が認められたので、喫煙と暖房の影響を除いて、道路からの距離と家屋内外の汚染物質濃度との関係を整理した。これによると、SPM濃度は一ないし三回目の測定で道路からの距離に従って緩やかな減衰傾向を示した(いずれも有意差なし)が、その他では一定の傾向は認められなかった。NO2濃度は屋内外とも道路端に近い地域ほど有意に高い濃度を示した。幹線道路沿道直近(二〇m以内)に位置する家屋内のSPM、NO2濃度は、わずかではあるが後背地に比べて高い濃度レベルを示した。
このことは、自動車排出ガス等の影響を示唆するものである。
八 東京都衛生局道路沿道調査(第二回)
1 調査の概要
東京都衛生局は、前記のとおり昭和六一年五月にその結果(甲C一一)を公表した前記東京都衛生局道路沿道調査(第一回)から引き継がれた課題を踏まえ、自動車排出ガスをはじめとした都内の大気汚染による健康影響を科学的に解明するとともに、健康監視システム(サーベイランスシステム)の構築等を検討するため、昭和六二年度から平成元年度にかけて、<1>疫学調査(道路沿道の健康影響調査と学童の健康影響調査)、<2>健康監視モニタリング、<3>基礎的実験的研究、<4>健康管理情報の収集及び解析を柱とする大気汚染保健対策を実施した。そして、平成二年度に総合解析を行い、平成三年八月、「大気汚染保健対策に係る健康影響調査総合解析報告書」(甲C一二)を公表した。
2 学童の健康影響調査
(一) 方法
昭和六二年度から平成元年度にかけて、目黒区A小学校、板橋区B小学校、東大和市C小学校の三年生、四年生を対象とし、呼吸器症状質問票調査(ATS―DLD標準化質問票に準拠)、健康についてのアンケート調査、肺機能検査、尿中HOP/CRE測定、欠席調査を行った。
(二) 調査結果
(1) 環境測定
浮遊粒子状物質の濃度は、三小学校間に著しい差はみられなかったが、浮遊粒子状物質中の重金属は全体として板橋区B小が高い値を示した。
一酸化窒素の濃度は、目黒区A小が高く、板橋区B小と東大和市C小は冬期を除くとほぼ同様な値を示した。二酸化窒素の濃度は、目黒区A小と板橋区B小が高い傾向が認められ、東大和市C小は最も低い値を示した。
大気汚染の暴露量は、目黒区A小、板橋区B小、東大和市C小の順に多いと考えられる。
(2) 呼吸器症状質問票調査
呼吸器症状の有症率では、男子で三小学校間に有意差がみられなかった。
女子では、東大和市C小が他の二校よりすべての症状で低率であり、「喘鳴(grade2)」及び「喘息様症状(現在)」では、目黒区A小>東大和市C小の傾向が有意であった。
「喘息様症状(現在)」及び「喘鳴(grade1)」では板橋区B小が東大和市C小に比べ高値を示したが、有意ではなかった。
(2) 健康についてのアンケート調査
「アレルギー性鼻炎」で、目黒区A小が他の二校より有意に高かった。
(3) 肺機能検査
努力性肺活量、〇・七五秒量それぞれの調査月別修正平均値(性、学年、身長等による)は、目黒区A小が他の二校よりほぼ一貫して低値であった。
検査前二四時間の一酸化窒素、二酸化窒素それぞれの濃度との相関では、大気汚染濃度の上昇に従い肺機能値が低下するという傾向はみられなかった。
調査初期の時点では大きな差はみられなかったが、個人の肺機能(努力性肺活量、〇・七五秒量)の変動では目黒区A小の年間平均増加量(修正平均値)は少ない傾向があり、東大和市C小のそれは多い傾向があった。
(4) 尿中HOP/CRE測定
多少の変動はあるが、板橋区B小>目黒区A小>東大和市C小の順であり、多くの検査時期で有意差が認められた。
窒素酸化物との相関では、尿中HOP/CREへの急性影響を示唆する結果は得られなかった。
(5) 欠席調査
欠席理由が病気以外、下気道疾患、喘息である場合を除き、欠席日数の中央値が、目黒区A小>板橋区B小>東大和C小の順であり、特に欠席理由の計、病気、呼吸器疾患、上気道疾患、感冒では、二校間(目黒区A小>東大和市C小かつ板橋区C小>東大和市C小)に有意差がみられた。
また、一日前、二日前、三日前の一酸化窒素、二酸化窒素の日平均値と欠席率との相関は、欠席理由の計、病気、呼吸器疾患、上気道疾患、感冒ではいずれも有意な正の相関がみられたが、相関係数はいずれも小さく、〇・三未満であった。
(三) 右調査結果は、肺機能と尿中HOP/CREについて、東京都衛生局道路沿道調査(第一回)と同様の結果であり、その結果をおおむね確認できたものと考えられる。
3 道路沿道の健康影響調査
(一) 方法
東京都墨田区の水戸街道、明治通りについて、自動車排出ガスの影響を強く受けているとみなされる幹線道路端から二〇m以内の地区(墨田沿道)、二〇mを越え一五〇m以内の地区(墨田後背)、及び比較的汚染度の低いと考えられる東大和市のうち青梅街道の道路端から二〇m未満までの範囲を除外した地域に満三年以上居住する満三〇歳以上六〇歳未満の成人女性(墨田沿道六二一名、墨田後背一〇〇〇名、東大和一〇〇〇名の計二六二一名)、及びその子供で満一年以上居住している三歳以上六歳未満の小児(墨田沿道六一名、墨田後背一一二名、東大和一八九名の計三六二名)を調査対象として、<1>環境調査(昭和六二年から平成二年)、<2>呼吸器症状質問票調査(ATS―DLD質問票を使用、昭和六二年)、<3>健康についてのアンケート調査(平成二年)及び<4>健康調査(昭和六二年から平成二年)を行った。
(二) 調査結果
(1) 環境調査
窒素酸化物、浮遊粒子状物質及び浮遊粉じん中の各種成分のいずれの物質においてもほぼ一貫して道路からの距離減衰が認められ、東大和地区においては更に低レベルであることが示された。一酸化窒素は二酸化窒素よりも距離減衰の程度が著しかった。
二酸化窒素については、室内汚染の影響を考慮した上でも、墨田沿道>墨田後背>東大和の順で暴露レベルの勾配が存在する。
(2) 呼吸器症状調査
成人について、墨田沿道>墨田後背>東大和という傾向がみられ、交絡因子(年齢、居住歴、職業の有無、喫煙状況、暖房方法、家屋構造)で調整した場合でも「喘鳴」、「息切れ」で有意であった。
小児の女子について、「持続性ゼロゼロ、痰」の有症率は墨田沿道>墨田後背>東大和という傾向がみられ、かつ有意であった。
(3) 健康アンケート調査
多くの項目で墨田沿道>墨田後背>東大和の順に有訴率が高い傾向がみられ、「鼻の中の汚れ」、「自動車の騒音、振動」、「眠れない」では有意であった。
(4) 肺機能検査
調査時期ごとの比較では、墨田沿道>墨田後背>東大和といった地区間での差はみられなかった。調査初期の時点では大きな差はみられなかったが、個人の肺機能(努力性肺活量、一秒量)の変動では墨田沿道の年間変化量(減少量)が他の二地区より大きかった。
(5) 尿中HOP/CRE
尿中HOP/CREでは明確な地区間差及び季節変動はみられなかった。
(三) 道路沿道の住民に何らかの健康影響が生じているかどうかを疫学的に評価するためには、多くの困難があるが、本調査の結果は影響の存在を示唆するものと考える。ただし、自動車排出ガスの健康影響について、個人暴露量と健康影響の量的関係にまでふみこんで検討するためには更に詳細な暴露評価が必要である。
4 健康監視モニタリング
(一) 方法
昭和六二年度から平成元年まで、東京都内九地区(中央区、大田区、渋谷区、板橋区、八王子市、立川市、青梅市、町田市、田無市)の幹線道路沿いを対象地域(過去一〇年間の窒素酸化物の累積値と、自動車走行台数の差により環境状況の異なる右九地区を選定)として、各地区の道路周辺地区に居住する三〇歳以上六〇歳未満の成人女性について、沿道(~二〇m)、後背(二〇m~一五〇m)それぞれ五〇〇人を無作為抽出して環境測定及び呼吸器症状調査(ATS―DLD質問票を使用)を行い、さらに、その結果に基づき各地区一〇〇人を対象に三年間継続して検診を実施した。
(二) 調査結果
(1) 環境測定
一酸化窒素については、中央区を除き、各地区とも沿道>後背(二〇m)>後背(一五〇m)となり距離減衰がみられた。二酸化窒素についても距離減衰がみられたが、一酸化窒素ほど顕著ではなかった。
浮遊粒子状物質については、沿道が後背に比べ高い傾向がみられた。
(2) 呼吸器症状調査
九地区合計における「持続性痰」、「息切れ(grade3)」及び区部における「息切れ(grade3)」は、沿道が後背より有意に高率であった。
前記の道路沿道の健康影響調査の墨田地区を追加した一〇地区では、「持続性痰」、「息切れ」、「息切れ(grade3)」で、沿道が後背より有意に高率であった。
(3) 健康についてのアンケート調査
「声がかすれる」、「鼻の中が汚れる」、「湿疹、かぶれ、じんましん」では、沿道が後背より高率であり、「鼻の中の汚れ」については有意差がみられた。
(4) 肺機能検査
各年度とも沿道と後背の間では顕著な差はみられなかった。個人の肺機能(努力性肺活量、一秒量)の変動でみると、後背に比べて沿道の年間減少量(修正平均値)が多い傾向がみられた。
(5) 尿中HOP/CRE測定
沿道と後背の比較では顕著な傾向はみられなかったが、区部と市部との比較では沿道及び後背とも区部のほうが高い値を示し、有意差があった。尿中HOP/CREは一酸化窒素よりも二酸化窒素により高い相関が認められ、二酸化窒素の場合、三〇代、四〇代では三年度とも、五〇代では昭和六二年度で有意の相関が認められた。
5 基礎的実験的研究
(一) 目的
ディーゼルエンジンの排出ガスの中には、ガソリンエンジンに比べ多量の窒素酸化物と多環芳香族炭化水素等を吸着した粒子状物質が含まれていることから、これらの暴露による健康影響については詳細な検討が必要である。そこで、動物実験により生体にディーゼル車の排出ガスを吸入させその影響を病理学的、生化学的及び生理学的に検討することや、大気汚染を起因とする都民の健康影響を把握できる指標を開発すること等大気汚染物質が生体へ及ぼす影響を多角的に検討することを目的とした。
(二) 研究結果
(1) 病理的変化
ディーゼルエンジン排出ガスを暴露された動物の病理学的変化の原因は、排出ガス中のガス成分だけではなく、粒子状物質にも存在すると考えられる。
ラット新生仔については、排出ガス暴露により、肺胞の発育遅延が引き起こされ、胸郭への影響もみられた(暴露濃度の範囲、NO2二・〇ないし二・一ppm、粒子〇・〇三ないし五・六三mg/m3)。
(2) 生化学的変化
排出ガスに含まれる粒子状物質は、ラットの肺胞マクロファージの殺菌能(〇2―産生能)の低下に寄与することが示唆される(暴露濃度の範囲NO2〇・一ないし一・七ppm、粒子〇・〇三ないし八・三mg/m3)。
また、ラットの臓器中のビタミンB6量、血清中のビタミンA量等にも影響を与え、トリプトファンの代謝系を阻害するなど、生体の代謝系を阻害する可能性がある。
(3) 生理学的変化
排出ガスは、暴露濃度がNO2〇・一二ないし二・六〇ppm、粒子〇・〇二ないし七・八一mg/m3の範囲で、呼吸器機能への影響が示唆され、特に粒子状成分は換気機能への影響が大きく、ガス状成分はガス交換機能への影響が大きいものと考えられる。
(三) 二酸化窒素、オゾン等の単独暴露に比べ、同濃度のディーゼル排出ガスは、より強く生体に作用する結果が得られた。
九 千葉大調査(千葉県内道路沿道調査、甲C一二九、丙B六六の1ないし4)
1 調査の概要
(一) 本調査は、千葉大学医学部公衆衛生学教室安達元明らが、千葉県環境部の委託を受け、自動車排出ガスの主要道路沿道部住民の健康に対する長期的影響を明らかにする目的で行ったものである。
千葉県は西北部が東京都心部に隣接し、京葉工業地域を軸として地域開発が進展し、平成五年より前の一〇年間で人口は一・一四倍、自動車保有台数は一・七一倍に増加し、京葉道路等の主要幹線道路が縦断する都市部を中心に交通量が著しく増大した。そのため、自動車交通量の増加に伴う幹線道路沿道部の大気汚染が学童の呼吸器症状、特に気管支喘息にいかなる影響を与えるかを明らかにすることが本調査の主な目的となった。
平成四年度から六年度までの調査は「自動車排出ガスによる健康への長期的影響についての基礎的研究」と題する報告書(丙B六六の1ないし3)、平成七年度の調査は「自動車排出ガスの呼吸機能に及ぼす影響についての基礎的研究」と題する報告書(丙B六六の4)にまとめられた(以下、それぞれ「平成四年調査」、「平成五年調査」、「平成六年調査」、「平成七年調査」という。)。特に、平成七年調査においては、過去三年間の追跡調査等の結果もまとめられ、これらを基に田中、安達らは平成八年、大気環境学会誌に「主要幹線道路沿道部における大気汚染が学童の呼吸器症状に及ぼす影響」(甲C一二九)を発表した(以下「安達ら報告」という。)。
(二) 調査対象の小学校は、以下のとおり、千葉県の都市部(千葉市、柏市、船橋市、市川市)及び田園部(市原市、館山市、茂原市、木更津市)に所在する千葉県下の一一小学校で、学区を主要幹線道路が貫通するものもある(田園部の各小学校は学区内に自動車交通量が二万台を超える主要道路は存在しない。なお、平成七年調査では、柏市の第八小学校は対象となっておらず、安達ら報告では柏市の第八小学校を除く一〇小学校の平成四年度に一ないし四年生であった学童をコホートとして三年間継続的に対象とした。)。
所在市
名称
主要幹線道路
千葉
新宿
国道一四、一六号線
同
登戸
右同
柏
柏第一
国道六、一六号線
同
柏第八
なし
船橋
海神
国道一四号線
同
南本町
国道一四号線、京葉道路、湾岸道路
市川
信篤
湾岸道路、京葉道路
市原
牛久
国道二九七、四〇九号線
館山
北条
なし
茂原
茂原
国道一二八号線
木更津
木更津第一
国道一六、四〇九号線
学区内を貫通する主要幹線道路の平成二年の自動車交通量(昼間一二時間)は、千葉市が約四万六〇〇〇台、船橋市が約一万七〇〇〇ないし七万七〇〇〇台、柏市が約四万四〇〇〇台、市川市が約五万二〇〇〇台ないし八万二〇〇〇台であり、市原市、館山市、茂原市、木更津市は二万台以下であった。
また、一〇小学校に近接する一般局の平成元年度ないし平成五年度の測定値によると、二酸化窒素の平均濃度は、都市部が〇・〇二五ないし〇・〇三一ppm、田園部が〇・〇〇七ないし〇・〇二〇ppmであり、浮遊粒子状物質の平均濃度は、都市部が〇・〇四八ないし〇・〇五七mg/m3、田園部が〇・〇三〇ないし〇・〇四七mg/m3であり、いずれも都市部が高濃度であった。対象校と測定局の距離は最も離れた館山北条が三・三km、他の九校は〇ないし一・四kmであり、対象校と測定局周辺の環境には差がみられなかった。
本調査は、都市部の主要幹線道路から五〇m以内の居住地域を沿道部、五〇mを超える居住地域を非沿道部とした。右のとおり五〇mを基準としたのは、距離減衰とともに調査対象数を考慮したものである(甲C一二九、一七一頁左段)。
(三)(1) 平成四年調査
一一小学校の一年生から六年生までを対象として呼吸器症状調査(ATS―DLD準拠の質問票を使用)を行い、このうち木更津第一及び茂原を除く九小学校の四年生から六年生までを対象として肺機能検査、同じく四年生を対象として室内環境調査(一、二月の暖房期)を行った。
(2) 平成五年調査
一一小学校の一年生を対象として呼吸器症状調査を、二年生から六年生までを対象として一年間の喘息症状、室内汚染に関する質問票調査を行い、このうち木更津第一及び茂原を除く九小学校の四年生から六年生までを対象として肺機能検査、同じく五年生を対象として室内環境調査(六、七月の非暖房期)を行った。
(3) 平成六年調査
一一小学校の一年生を対象として呼吸器症状調査を、二年生から六年生までを対象として一年間の喘息症状、室内汚染に関する質問票調査を行い、このうち木更津第一及び茂原を除く九小学校の四年生から六年生までを対象として肺機能検査を行った。
(4) 平成七年調査
柏第八を除く一〇小学校の一年生から六年生までを対象として呼吸器症状調査を行い、このうち木更津第一及び茂原を除く八小学校の四年生から六年生までを対象として肺機能検査を行った。
(5) 安達ら報告
安達ら報告は、平成四年調査から平成六年調査にかけて調査に参加し、かつ学区内においても転居したことのない、都市部の沿道部二五三名、非沿道部一六八七名、田園部一四四二名の計三三八二名の調査対象者のうち、沿道部一九四名、非沿道部一三三三名、田園部一二一一名の計二七三八名を解析対象者とした。解析対象者の調査対象者に占める割合は八一%である。
2 調査結果
(一) 呼吸器症状調査
昭和六〇年から平成五年までの調査対象校に近接する一般局、自排局の二酸化窒素及び浮遊粒子状物質の濃度(一日平均値の九八%値)は図表36<1>のとおりである。
これによると大気汚染レベルは、都市部の沿道部(自排局)が最も高濃度で、田園部が最も低濃度である。都市部の沿道部(自排局)の二酸化窒素の平均濃度(各測定局の右期間内の各平均値の平均。ただし測定時間六〇〇〇時間未満のものを除く。)は〇・〇六一ppm、田園部の平均濃度は〇・〇三二ppmである。また都市部の沿道部(自排局)の浮遊粒子状物質の平均濃度は〇・一五九mg/m3、田園部の平均濃度は〇・〇九七mg/m3である。
平成四年調査から平成六年調査にかけて又は平成五年調査から平成七年調査にかけて追跡できた対象者(コホート三回調査群)を解析すると、喘息症状発生率は男女とも田園部が最も低率で、沿道部が最も高率であり、沿道部>非沿道部>田園部の順に高いことが統計学的に有意であった。多重ロジスティック回帰によっても男女とも有意な傾向がみられ、田園部を一とするオッズ比は、男子は非沿道部一・八五、沿道部三・四一、女子は非沿道部二・五三、沿道部六・四二であった。
平成四年調査から平成七年調査にかけて追跡できた対象者(コホート四回調査群)を解析すると、喘息症状発生率は男女とも田園部が最も低率で、沿道部が最も高率であり、男子のみ沿道部>非沿道部>田園部の順に高いことが統計学的に有意であった。多重ロジスティック回帰によっても男子は有意な傾向がみられ、田園部を一とするオッズ比は、男子は非沿道部一・九三、沿道部三・三一であった。
(二) 肺機能検査
平成四年調査から平成六年調査によって得られた<1>努力性肺活量(FVC)、<2>努力性時間肺活量〇・七五秒量(FEV〇・七五)、<3>同率(FEV〇・七五%)、<4>五〇%努力性肺活量における最大呼出速度(V五〇)、<5>二五%努力性肺活量における最大呼出速度(V二五)から、地区別の要因調整平均値を求めると図表36<2>のとおりであり、幹線道路からの距離別要因調整平均値を求めると図表36<3>のとおりである。
これによると、気道の閉塞状態を表す指標であるFEV〇・七五、末梢の気道の状態を表す指標であるV五〇、V二五が都市部の児童で低値を示し、都市部でも沿道部の児童が非沿道部より低値を示した。しかし、肺の容量を表す指標であるFVCでは逆の傾向がみられた。肺の成長状態を表す変化量にはほとんど差はみられなかった。
(三) 室内環境調査
平成四年調査(暖房期)と平成五年調査(非暖房期)によって得られた室内二酸化窒素濃度から、暖房期が九か月、非暖房期が三か月と仮定して室内二酸化窒素濃度の年平均値(暖房器具の種類別、家屋構造別、室内での喫煙の有無別)を求めると、図表36<4>、<5>のとおりであり、非排気型暖房器具使用家庭と排気型暖房器具使用家庭、サッシ使用家庭と非使用家庭、室内喫煙家庭と室内非喫煙家庭を比較すると、いずれも前者の値が後者の値よりも有意に高かった。
また、学校別の沿道部と非沿道部の二酸化窒素年平均濃度推計値は図表36<6>のとおりであり、沿道部の値が非沿道部の値よりも有意に高かった。
3 安達ら報告の要旨
(一) 喘息症状有症率の比較
女子では、平成四年度が沿道部八・一%、非沿道部七・〇%、田園部四・二%、平成五年度が沿道部八・一%、非沿道部六・六%、田園部三・五%、平成六年度が沿道部八・一%、非沿道部四・四%、田園部三・二%であり、いずれも沿道部>非沿道部>田園部となっており、統計学的に有意であった。
男子は平成五年度のみ沿道部八・四%、非沿道部八・八%、田園部五・四%で、沿道部>非沿道部>田園部となっており、統計学的に有意であった。
対象学童の学年が進むと共に、田園部の有症率が減少しているのに対し、沿道部では変化がみられず、非沿道部はその中間であった。沿道部で変化がみられなかったことは沿道部における予後の遷延化、高学年における新規発症の危険性を示唆するものである。
(二) 喘息症状発症率の比較
男子は、沿道部五・七%(五名)、非沿道部三・九%(二五名)、田園部一・六%(九名)、女子は沿道部三・三%(三名)、非沿道部二・五%(一五名)、田園部一・〇%(六名)であり、いずれも沿道部>非沿道部>田園部となっており、統計学的に有意であった。
喘息症状に関係するとみられる一二の要因(地区、学年、アレルギー歴(本人、両親)、母乳、呼吸器疾患既往、受動喫煙、家屋構造、暖房器具等)を独立変数とした多重ロジスティック解析による解析結果においても、地区の傾向性の検定で、男女とも有意な関連が得られた。
地区別要因調整オッズ比は、田園部の発症を一とすると、男子は非沿道部一・九二、沿道部三・七〇、女子は非沿道部二・四四、沿道部五・九七であった。アレルギー歴(本人)も有意であり、オッズ比は男子四・二九、女子五・二七であった。その他の要因もオッズ比は一を超えるものが多いが、いずれも有意ではなかった。
(三) 喘息症状の持続した者の比較
平成四年度に喘息症状があった者のうち、平成五年、六年度にも症状があったのは、男子が沿道部七一・四%、非沿道部七六・九%、田園部八二・一%、女子が沿道部八七・五%、非沿道部七五・六%、田園部八〇・〇%であり、一定の傾向はみられなかった。
(四) 以上の結果から、都市部における沿道部の大気汚染は、学童の喘息の発症に関与し、増加させることが疫学的に示唆された。
第四自動車排出ガスの距離減衰(甲C一一、一二九、甲F七五、八六の1、2、丙C二七、五三)
一 道路から沿道に排出される自動車排出ガスの濃度は一般的には道路端が最も高く、道路から遠ざかるに従って拡散し徐々に低くなる。その拡散の態様は、道路の構造や風速、風向によってかなり異なる。
二 本件地域以外での各種調査
1 一般国道二五号線における調査
建設省中部地方建設局は、昭和五四年一二月、三重県上野市において、一般国道二五号線を対象に、汚染濃度の調査を行ったが、それによると、窒素酸化物の濃度は、道路端から二〇m離れると道路端値の五〇%弱まで、五〇m離れると道路端値の四〇%弱まで減少した。
2 一般国道一六号線における調査
建設省土木研究所は、昭和五四年三月、千葉県八千代市において、一般国道一六号線を対象に、汚染濃度の調査を行ったが、それによると、窒素酸化物の濃度は、風速により異なるものの、道路端から風下約五〇mまでに大幅に減衰し、道路端から五〇m離れると道路端値の約三分の一に減少した。また、風速が強いほど濃度の減少率は大きくなった。
3 東京都衛生局調査
東京都衛生局は、昭和五七年から昭和五九年まで三年度にわたり、幹線道路沿いにおいて、道路からの距離ごとに一酸化窒素及び二酸化窒素の濃度を測定した(甲C一一、前掲東京都衛生局道路沿道調査(第一回))。
これによると、一酸化窒素は道路端から二〇m離れると道路端値の五〇%以下になることが多いが、二酸化窒素の減衰は緩やかであり、道路端から一五〇m離れても道路端値の二〇%程度の濃度である場合もみられた。
4 トレーサーガスを利用した実験例
自動車排出ガスの拡散を定量的に把握するための手段として、<1>沿道において自動車排出ガス成分である当該物質の濃度を測定する方法、<2>道路からトレーサーガス(大気中での拡散挙動を調査するために使用するガス)を放出し、その拡散状態を測定する方法、<3>大気拡散風洞内の道路模型上で拡散実験を行う方法、という三つの方法がある。このうち、トレーサーガスによる実験は、排出量が明確であり、かつ、バックグラウンドにない物質で扱えること、排出の位置、形態を比較的自由に設定できること、現地における実験として排出位置からの距離に拘束されずに拡散の特性が求められることなど、他の手段に比較して有利な面を持っている。
建設省土木研究所の足立義雄らは昭和六〇年ころトレーサーガスを利用した自動車排出ガスの拡散に関する実験をし、その結果を公表した(丙C五三)。その結果の概要は以下のとおりである。線源放出によるトレーサーガス濃度分布測定結果による基準化濃度(測定濃度に平均風速から割り出した排出源高さ付近の風速を乗じ、排出量で除した濃度)の距離減衰の調査によると、平面、切土、盛土、高架構造の各場合について、それぞれ排出源の高さと同じ高さ(切土の場合は地上一・五mとする)の測定点における濃度距離減衰は、いずれも道路端から指数関数的に減衰した。
平面構造をなす道路の場合では、路端から約二五mで路端濃度の半分、路端から一五〇mで一ないし二割程度になった。また、高架構造をなす道路の場合には、地上九・一m(高架構造道路の高さ七・六m)の濃度は、平面構造の場合と同様の減衰を示し、地上一・五mの濃度は、道路から離れるに従って地上九・一mの濃度に近い値となり、路端から七〇ないし八〇m以遠でほぼ等しくなった。
基準化濃度の道路構造別鉛直分布(道路端からある一定の距離における鉛直方向の濃度分布)については、平面構造では地表に近い点の濃度が高く、上方へ行くに従って減衰している。高架構造では地表から九ないし一〇mの高さ付近の濃度が高く、排出源の高さより多少上方に拡散中心がある。鉛直濃度分布は、排出源高さ付近の濃度が高く、それより上方、あるいは下方へ行くに従って減衰する形態になった。
また、トレーサーガス濃度分布測定と並行して、窒素酸化物の濃度分布を実測した結果によると、各道路構造とも両者の濃度比の距離減衰はよく対応している。このことから、道路内の初期拡散には若干の違いがあるものの道路端からの拡散特性は一致しているといえる、とした。
5 英国の大気汚染物質の医学的影響に関する委員会報告中の記載
前記のとおり(第一章第六)、英国政府保健省の委託を受けた大気汚染物質の医学的影響に関する委員会は平成七年に「喘息と屋外大気汚染」(乙B八六、丙B五九)を報告した。右報告中で、従前の研究報告として、沿道のNO2の平均濃度は道路端からの距離に従って減少するが、二〇mを超すと低下は少なくなるとのものがあることを報告した(九・五五)。
6 安達ら報告中の記載
前掲千葉大調査における安達ら報告(甲C一二九)において、安達らは、従前の研究報告として、沿道のNO2、SPMの濃度は道路端から一定距離まで直線的に減少すること、その距離は五〇mとするものもあるが(昭和六二年報告)、二〇m(平成元年報告)、三〇~四〇m(昭和五六年報告)とするものもあることを報告した(そして前記のとおり安達ら報告においては、都市部の主要幹線道路から五〇m以内の居住地域を沿道部、五〇mを超える居住地域を非沿道部として考察したが、右のように五〇mを基準としたのは、距離減衰とともに調査対象数を考慮したことによるものであった。)。
三 本件地域内での調査
1 一般国道二三号線における調査
建設省中部地方建設局は、昭和五九年一〇月、名古屋市南区浜田町地先において一般国道二三号を対象に、汚染濃度の調査を行った。それによると、窒素酸化物の濃度の一時間値の一週間の平均値は、道路端から二〇m離れると道路端値の四〇%程度、五〇m離れると道路端値の三〇%程度にまで減少した。
2 名古屋市公害対策局昭和五一年、昭和五二年調査
名古屋市公害対策局は、昭和五一年度、昭和五二年度の両年度、財団法人日本気象協会東海本部に環境交通容量調査を委託し、昭和五四年一〇月その結果を公表した(甲F七五)。右調査によると、国道二三号線の平面道路部分においては、トレーサーガスの濃度分布は、道路端から三〇mで路端濃度の約二分の一、道路端から一〇〇mで路端濃度の約四分の一であった。
また、トレーサーガス濃度分布測定と並行して行った窒素酸化物の濃度分布もほぼ同様の距離減衰を示した。
国道二三号線の高架構造道路部分においては、トレーサーガスの濃度分布は、道路端から六〇mで路端濃度の約三分の一と最も高かった(ただし、地上一〇mの測定位置の場合)。高架道路の影響が大きい範囲は風下の道路端から七五mまでであった。
3 名古屋市環境保全局平成五年度調査
名古屋市環境保全局は、平成五年度に大気汚染測定車によりPTIO―NOxサンプラー法に基づき窒素酸化物の測定を行い、同年度大気汚染調査報告(甲F八六の1)で公表した。
これによると、一酸化窒素は道路端から離れると大きく減衰するが、二酸化窒素の減衰は緩やかであり、道路端から約二〇〇m離れても道路端付近の濃度から若干の減少で終わっている場合もみられた。
第五動物実験等
沿道での汚染物質のうち、特に浮遊粒子状物質につき次のような動物実験等がある。
一 DEPのアジュバント効果
1 小泉ら報告(甲C五四の4)
古河記念病院内科の小泉一弘らは、昭和四九年から、昭和五二年、昭和五六年、昭和五九年、昭和六一年にわたり、栃木県日光市内におけるスギ花粉症出現頻度の推移を調査し、スギ花粉症が増加傾向にあるとの調査結果を得た。
昭和五九年の調査の際には、花粉症の出現頻度に地域差があり、重要国道である日光杉並木周辺の住民に多発している傾向が認められた。そこで小泉らは、日光地区のスギ花粉症の増加に対する自動車排出物の影響を調査するため、昭和六〇年に古河日光総合病院(A、市内の一般的花粉飛散地区)、今市保健所(B、日光杉並木そば)、小来川(C、スギ植生地区、自動車公害なし)、中宮祠(D、スギ植生なし)の四地区で、各環境別花粉飛散数を測定し、疫学調査による花粉症発生率と比較した。その結果、各地区の一日平均飛散数はA二六八、B六八三、C六一三、D一六〇/平方センチメートルで、B、C地区が最大で両者に差はなく、D地区は他に比して飛散量が少なかったのに対し、各地区の花粉症発生率はA一〇%、B一四%、C五%、D二%であった。これにより、B、C地区は花粉数はほぼ同様であったが、花粉症発生率はB地区がC地区より高いことが認められた。
また、日光いろは坂自動車通行台数の増加に伴い日光スギ花粉症出現頻度も増加する傾向が認められ、日光地区のスギ花粉症発生には日光杉並木街道の自動車排出物、特にディーゼル排出微粒子(DEP)の影響が重要な要素として考えられた。
2 村中ら研究(甲C五三の2、五四の8、七六)
湯河原厚生年金病院院長村中正治らは、DEPの免疫現象に及ぼす影響を調べるため、抗原(卵白アルブミン、スギ花粉アレルゲン)及びDEPをマウスに対し腹腔内又は経鼻投与する実験を行った。その結果、DEP投与群で恒常的なIgE抗体の産生が認められ、特に、〇・二五μgのOA(卵白アルブミン)及びDEP一μgを経鼻投与した場合にもIgE抗体産生増強作用が認められたことから、DEPが自然の状況下で実際に花粉による感作を助長している可能性が示唆された。
二 嵯峨井らの動物実験(甲C四五、九一、九九の1ないし一八七(枝番を含む。)、二〇三、証人嵯峨井勝)
1 DEPの単独投与実験
(一) 環境庁国立環境研究所の嵯峨井勝らは、昭和六三年度以降ディーゼル排出ガスと気管支喘息との間の因果関係等の解明を目的として、DEPのマウス気管内投与による影響の解析を行い、その結果を「粒子状物質を主体とした大気汚染物質の生体影響評価に関する実験的研究」(甲C四五)、「ディーゼル排気による慢性呼吸器疾患発症機序の解明とリスク評価に関する研究」(甲C二〇三)等にまとめた。
(二) DEPの血管内皮細胞傷害による血管透過性の亢進
マウスの気管内に〇・八mgのDEPを投与し、微小循環傷害の検索試薬としてモナストラルブルー色素を用いて病理学的に血管内皮細胞傷害を調べる実験の結果、DEP投与群では肺胞壁毛細血管の基底膜に顕著な色素沈着が認められ、色素沈着の増加に伴い肺の水分含量及び肺湿重量当たりの水分量比も増加した(甲C四五)。
マウスに〇・二mgのDEPを毎週一回ずつ連続一六週間投与する実験の結果、DEP投与群には気管支粘膜下に水分のたまった浮腫層の形成が確認された(甲C一一二、一一六、一七七)。
(三) DEPの気管内投与による粘液の過剰分泌
マウスの気管内に〇・二mgのDEPを毎週一回ずつ連続一六週間投与する実験の結果、DEP投与群では気道粘液の合成、分泌が促進し、気管支の線毛細胞が減少し、杯細胞(粘液分泌細胞)が著しく増成し、一一ないし一六回投与では杯細胞が気道を閉塞してしまうことがあることも認められた(甲C四五)。
(四) 気管支粘膜下組織における好酸球等炎症性細胞の浸潤
マウスの気管内に〇・一又は〇・二mgのDEPを毎週一回ずつ連続一六週間投与する実験の結果、DEP投与初期にはまず好中球が増加し八回投与のころにピークとなり、その後好中球は減り、好酸球が増加して典型的な慢性的炎症が認められた。これら炎症性細胞は光学顕微鏡だけでなく電子顕微鏡でも確認された。また、肥満細胞も認められたが、極めてまれであった(甲C四五)。
(五) 気道過敏性の亢進
マウスの気管内に〇・一又は〇・二mgのDEPを毎週一回ずつ連続一六週間投与し、麻酔下でアセチルコリンを気道収縮刺激薬として用い、その濃度を段階的に上げて行きどの濃度で気道抵抗が増加するかを調べる実験の結果、気道抵抗が一・五倍に増加するのに必要なアセチルコリンはDEPを投与しなかった対照マウスは約二〇〇〇μg/ml、〇・一mgのDEP投与マウスは約二〇〇μg/ml、〇・二mgのDEP投与マウスは約二〇μg(対照マウスの一〇〇倍)であり、DEPの投与により十分に気道が過敏になっていることが示された(甲C四五、九一、一一七、一三八)。
2 DEP及びアレルゲンの投与実験(甲C一〇二、一〇三、一一一、二〇三)
DEP及びOA(卵白アルブミン)の併用投与実験を行った結果、DEP単独投与の場合より非常に容易に喘息様病態(血管透過性の亢進、粘液分泌の増加等)を発現し、その際IgG1抗体が著しく増加するが、IgE抗体は変化しなかった。また、併用投与の場合、好酸球の浸潤、リンパ球の浸潤、杯細胞の増加が著明に認められた。
DEP及びOA(卵白アルブミン)の併用投与実験を行った結果、併用投与マウスにおいてIgG1抗体価が顕著に増加し、血管から気道の粘膜下への好酸球やリンパ球の浸潤(シミ出し)及び粘液産生細胞(胚細胞)の異常増殖(増生、過形成)が明瞭に認められた。特に好酸球の気道粘膜下への浸潤は対照群の三〇〇倍以上に増加しており、顕著な慢性気道炎症を呈していた。
3 DE吸入実験
OA(卵白アルブミン)で感作したマウスにDE(ディーゼル排気)を一日一二時間ずつ三か月間吸入暴露させ、その間三週間ごとに四回、一%のOA溶液からネブライザーでミストを発生させマウスにOAを吸入させる実験を行った。その結果、DEの濃度依存的に気道反応性が亢進し、気管支上皮細胞の粘液産生細胞化や気管支粘膜下への好酸球の浸潤も増強していることが認められた(甲C一〇八、一五六、一八一の1、2)。
4 DEの長期吸入実験(甲C一八三の1、2、一八四の1、2、二〇三)
マウスに三段階の濃度(DEP濃度で〇・三mg/m3、一mg/m3、三mg/m3)のDE(ディーゼル排気)を三四週、四〇週吸入させる実験を行い、DEとOA(卵白アルブミン)を併用吸入させた場合、DEの濃度に依存して気道上皮の粘液産生細胞が増生し、気道粘膜下への好酸球の浸潤が増加することが認められた。
また、OA、DE吸入群のIL―5は肺組織及び肺胞洗浄液中ともにDE濃度に依存して増加する傾向を示していた。
5 DE暴露による鼻粘膜の形態変化、鼻過敏性(甲C一〇九、一一〇、二〇三)
マウスにDEP濃度で三mg/m3、六mg/m3のDE(ディーゼル排気)を三か月、〇・三mg/m3、一mg/m3、三mg/m3のDEを一年間吸入させる実験を行った結果、DE濃度が高いほど上皮障害が起こりやすく、特に嗅上皮に変化が出やすいと考えられた。また、一mg/m3以上のDEを一年間暴露した場合、三か月間暴露ではみられなかった鼻粘膜の変化が生じ、さらに、長期間暴露をすることにより低濃度でも鼻粘膜に変化を生じる可能性が考えられた。
ラットにDEP濃度で三mg/m3のDEを吸入させ、OA(卵白アルブミン)により全身感作を行う実験を行った。その結果、DE群で非特異的刺激(リン酸緩衝液含有生理食塩水の点鼻)に対するくしゃみを生じたことから、DE暴露による鼻過敏性の亢進が考えられ、DE+OA群で更に過敏性を示したことから、OA感作により鼻過敏性が増強することが示唆された。
6 DEのモルモット喘息モデルに及ぼす影響(甲C一八五)
モルモット四〇匹を、清浄空気暴露で抗原感作を行わなかった群、同暴露で卵白アルブミン(OVA)を用いた抗原感作を行なった群(感作群)、DE(ディーゼル排気)暴露で抗原感作を行わなかった群(DE群)、及びDE暴露で抗原感作を行った群(DE感作群)の四群に分けた。そして、抗原感作は、Cyclohosphamide(免疫抑制剤)を三〇mg/kgを腹腔注し、二日後、一mgOVA及び一〇〇mg/アルミゲンを腹腔注し、さらに三週間後に一〇μgOVAをブースター感作して作成した。DE群、DE感作群では、Cyclophoshpamide(免疫抑制剤)腹腔注五日前よりDE三mg/m3を一日一二時間、連日暴露した。
右実験の結果、特異的気道コンダクタンス(sGaW)の変化として、DE感作群ではOVA誘発喘息反応時の特異的気道コンダクタンス(気道閉塞の指標の数値)が非暴露群に比し、誘発直後より遅発型喘息反応に至るまで有意に低下しており、喘息反応が亢進していることが判明した。また、組織学的に、OVA誘発後四時間のDE感作群の組織像では、腔内を埋め尽くすような広範な粘液塞栓を認めた。そして、OVA吸入後四時間の分泌顆粒の体積率はDE感作群において、感作群に比し、有意の減少が認められ、粘液分泌の亢進を反映する変化と思われた。また、OVA吸入前の分泌顆粒の平均直径はDE感作群で有意な増大が見られた。なお、OVA吸入四時間後の気管支肺胞洗浄液中のシアル酸濃度(粘液分泌の指標)はDE感作群において感作群に比し有意に高値であった。
以上の結果から、DEは杯細胞からの粘液分泌を亢進し、モルモットモデルにおいて、喘息反応を増大することが判明した。
モルモットは、アレルゲン誘発性ヒトアトピー型喘息反応に近いといわれており、右結果は、ヒトにおいてもDEの暴露が特にアトピー型喘息を悪化させる可能性があることを示している。特に広範な粘液塞栓は致死性喘息の時に認められる病理所見であり、DEによる影響の大きさを物語っている。
三 DEPによる気管支喘息様病態につき想定される発現メカニズム(甲B一四九、甲C四五、四九、七八の1、七九、一四〇、一四一、一四三、一五九、二〇三、証人嵯峨井勝)
1 活性酸素を介した非アレルギー性の病態発症
<1>体内に侵入したDEPが肺内において活性酸素を産生し、活性酸素が細胞に作用し好酸球を呼び寄せる働きをする未解明の化学物質を放出し、好酸球が呼び寄せられ、活性化して脱顆粒を起こし、MBP、ECPといった毒性の強いたんぱく質を放出し、これによって気管支上皮細胞傷害、杯細胞増加、気道過敏性亢進がもたらされるとする経路と、<2>同じく体内に侵入したDEPによって産生された活性酸素が周辺の毛細血管内皮細胞を傷害し、これにより血管から好中球、Tリンパ球が浸潤し、化学物質(パフ、ロイトコリエンC4)やサイトカイン(IL―5、GM―CSF)を放出し、好酸球の浸潤、活性化を引き起こし、MBP、ECPを放出し、これによって気管支上皮細胞傷害、杯細胞増加、気道過敏性亢進がもたらされるとする経路が指摘される。
2 IgG1を介したアレルギー性の病態発症
体内に侵入したDEPによって産生された活性酸素が、気道上皮細胞を傷害し、そこから侵入したアレルゲンが肺の貪食細胞(マクロファージ)に取り込まれ、この細胞により分解されたアレルゲンの情報がTリンパ球に伝えられ、Tリンパ球がサイトカイン(IL―4)を放出し、Bリンパ球にアレルゲンの成分に関する情報が伝達される。それによって刺激、活性化されたBリンパ球が作る多量のIgG1抗体が好酸球に接着することによって好酸球が活性化され、毒性の強い顆粒タンパク(MBP、ECP、EPO、NT)を放出し、慢性気道炎症、気道上皮細胞傷害、気道過敏性がもたらされる。
この経路中には、Tリンパ球はサイトカイン(IL5、GM―CSF)を放出し、これが好酸球を呼び寄せて活性化し、脱顆粒を起こすこともある。
また、DEPが気道上皮細胞に作用してサイトカイン(GM―CSF)を産生することもある。
3 東京大学医学部物療内科の大利隆行は、ヒトの鼻粘膜上皮細胞を培養してSPM、DEP、NO2、SO2、O3の液化産物、五酸化バナジウムを添加する実験を行い、その結果これらの物質の濃度に依存してサイトカイン(GM―CSF、IL―8)の産生が増強されることを確認した。そして、これら各大気汚染物質が気管支喘息をはじめとするアレルギー性炎症性疾患の病態において直接気道上皮細胞に働き、GM―CSF、IL8などサイトカイン産生の増強因子として作用し、好酸球を主とする炎症細胞の浸潤を誘導する可能性があり、更にアレルギー炎症性反応の慢性化、遷延化にも関与している可能性が示唆された。
第六本件各道路沿道の局所的汚染と指定疾病との因果関係
一 幹線道路沿道汚染が指定疾病の発症を促す危険の有無、程度
1 以上認定したところに基づき、本件各道路沿道の局所的汚染と指定疾病との集団的な因果関係につき判断する。ところで、前記認定したところによると本件各道路沿道で最も二酸化窒素の濃度の高いのは国道二三号線の沿道であること、その濃度は、年平均値の平均が〇・〇四六ppm、一日平均値(九八%値)の平均が〇・〇七九ppmであることが認められる。右数値はもちろん我が国の環境基準(一日平均値〇・〇四~〇・〇六ppm、年平均値〇・〇二~〇・〇三ppmに相当)を明らかに超えるものであるが、米国の国家大気質基準(年平均値〇・〇五三ppm)を超すものではなく、本件地域全般の大気汚染につき既に判断したのと同じ理由で(第一章第六)、少なくとも右の程度の濃度の沿道の二酸化窒素と指定疾病の発症、増悪との間に集団的な因果関係を認めることはできない。
2(一) ところで前記のとおり、千葉大調査においては、千葉県都市部(千葉市、柏市、市川市及び船橋市)の幹線道路(国道六号線、国道一四号線、国道一六号線、京葉道路及び湾岸道路)の沿道地区(道路端五〇m以内)に居住する児童は、
(1) 都市部の非沿道地区(幹線道路から五〇m以遠の地区)に居住する児童と比較しておおむね二倍の確率で、
(2) 幹線道路がない田園部(市原市、館山市、茂原市、木更津市)に居住する児童と比較しておおむね四倍の確率で、気管支喘息を発症する危険があるとの解析結果が得られた。
右調査は、自動車排出ガスが道路住民の健康に影響を与える可能性を示唆する研究であると解される。そして右調査は、六一年専門委報告より後にされたものであり、またいわゆるコホート調査である点においても特に注目すべきものである。
もっとも、右調査の対象となった幹線道路の沿道地区の二酸化窒素濃度の平均は一日平均値の九八%値で〇・〇六一ppmというものであり(図表36<1>参照)、右濃度をもっては、沿道における気管支喘息発症との間の因果関係の存在を説明することが困難であることは、従前の説示から明らかである。
(二) また、証拠(甲C一八六の1、2、丙B一二三、一二五)及び弁論の全趣旨によると、米国では浮遊粒子状物質につき粗大粒子よりも化石燃料由来の微小粒子の健康影響が問題とされ、EPA(米国環境保護庁)により新たな連邦環境大気質基準が提案されたこと、米国においては、右提案について議論が交わされ、平成九年七月、PM二・五に関し<1>年平均値一五μg/m3、<2>一日平均値六五μg/m3とする新たな連邦環境大気質基準が定められたこと、もっとも、右の連邦環境大気質基準が実際に適用されることになるのは、平成一四年七月までにEPAがこの連邦環境大気質基準を維持する旨を決定した場合に限られるとされたこと、また、浮遊粒子状物質(PM一〇)の連邦環境大気質基準(一日平均値一五〇μg/m3、年平均値五〇μg/m3)は従前どおりに維持するものとされたことが認められる。
(三) 千葉大調査(平成七年調査。丙B六六の4)によると、平成七年一一月の千葉市内の二小学校における測定結果では、浮遊粒子状物質のうち微小粒子(PM二・〇)の重量割合が五一・七%又は四七・一%であったことが認められる。千葉大調査の対象地域のうち自排局の設置された沿道部の浮遊粒子状物質濃度の一日平均値(二%除外値)の平均値は〇・一五九mg/m3であるから(図表36<1>参照)、微小粒子(PM二・〇)の割合が低値である四七・一%であったとしても〇・〇七五mg/m3(=七五μg/m3)となる。そして、PM二・五の値は、もちろん右数値を超えるのであるから、千葉大調査の対象地域のうち沿道部のPM二・五の値は、連邦環境大気質基準の数値を超えるものと判断される。
もっとも、前記のとおり、右の連邦環境大気質基準が実際に適用されることになるのは、平成一四年七月までにEPAがこの連邦環境大気質基準を維持する旨を決定した場合に限られるとされ、また、浮遊粒子状物質の連邦環境大気質基準は従前どおりに維持するものとされているが、千葉大調査の結果の妥当性を裏付ける一つの事由と認めることができる。
3 また、前記のとおり、四日市市沿道調査では、幹線道路沿道地区の住民の喘息型の呼吸器疾患による受診率が、季節的変動に関係なく、それ以外の地区の住民と比較して顕著に高いとされたこと、東京都内幹線道路沿道調査(新田ら報告)では、道路沿道二〇mの地区と二〇ないし一五〇mの地区で呼吸器症状の有症率に差が認められ、自動車排出ガスの影響の差によるものと考えられたこと、国道四三号線沿道調査(柳楽ら報告)では、有訴率の距離減衰傾向と排気ガス汚染の距離減衰の間にパターンの相似が認められたこと、東京都衛生局道路沿道調査(第一回)では、幹線道路からの距離に依存して呼吸器症状有症率に差が認められ、これは自動車排出ガスの影響を示唆するものであるとされたこと、静岡県調査では、交通量の多い地区で喘息有症率が高率であったこと、東京都葛飾区沿道調査(小野ら報告)が都市域の幹線道路沿道では自動車排出ガスによると考えられる大気汚染とそれに伴う健康影響の存在することが示唆されるとしたこと、東京都衛生局道路沿道調査(第二回)が自動車排出ガスの道路沿道の住民に対する健康影響の存在を示唆するものと考えられるとしたこと等千葉大調査より以前に行われた沿道を対象とした疫学調査においても、自動車排出ガスが道路住民の健康に影響を与える可能性を示唆するものが多数存在する。
4 動物実験等の科学的知見をみても、日光地区のスギ花粉症発生に日光杉並木街道の自動車排出物、特に微小粒子に属するディーゼル排出微粒子(DEP)の影響を重要な要素として捉えた小泉ら報告、DEPには抗原と混合することによりIgE抗体の産生を高めるアジュバント作用が存在することを明らかにした村中らの実験結果、DEPのマウス投与実験からDEPが気管支喘息の基本病態を発現させる可能性を強く示唆する嵯峨井らの実験結果、DEP等の濃度に依存してサイトカイン産生が増強し、気道炎症に関与する可能性を示唆する大利の実験結果等気管支喘息発病のメカニズムの解明が進む中で、DEPの有害性を裏付ける知見が集積しているということができる。
このような、微小粒子、DEPについての科学的知見を総合すれば、浮遊粒子状物質中の微小粒子のかなりの割合を占めるDEPは、気管支喘息を発症させる可能性、あるいは、アトピー素因があるが気管支喘息を発症していない人のアレルギー反応を促進して喘息発症に至らせるおそれがあるというべきであり、また他の要因等で既に発症しているものに対しその症状を増悪させるおそれも大きいというべきである。
5 以上の千葉大調査等の疫学的知見及び動物実験等の科学的知見を総合すると、幹線道路沿道においては、自動車排出ガスが沿道住民の健康に影響を及ぼす可能性が非常に高く、そしてその原因は、DEPを含む微小粒子によるものであることが強く疑われると解するのが相当である。すなわち、幹線道路沿道に居住する住民が、ディーゼル車が右道路を大量に通行することによりDEPを大量に含む自動車排出ガスに暴露し、これにより右住民に対し気管支喘息の発症、増悪がもたらされることがあることを認めることができるものである。
そしてまた右によると、千葉大調査の対象地域に匹敵するような交通量、大型車混入率を持つ幹線道路についても、DEPを中心とする自動車排出ガスと、その沿道に居住する住民の気管支喘息の発症、増悪との間に因果関係が肯定されるというべきである。また、その当てはめに際しては、千葉大調査が前提とした沿道の二酸化窒素濃度や浮遊粒子状物質(PM一〇)濃度及び微小粒子濃度は、自動車排出ガスによる大気汚染の深刻度を推認する指標として参考とすべきである。
ところで、前記に認定、判断したとおり、本件地域全般についての二酸化窒素濃度及び浮遊粒子状物質(PM一〇)濃度を指標とする窒素酸化物、浮遊粒子状物質が住民の健康に悪影響を及ぼすとは認められず、また本件各道路の沿道の二酸化窒素濃度を指標とする窒素酸化物も沿道住民の健康に悪影響を及ぼすとは認められない。したがって、本件各道路の沿道についてもDEPを含む微小粒子による汚染を考えるのが相当である。
6 これに対し、被告国は千葉大調査について田園部と都市部の有症率、新規発症率の差はあるものの、沿道部と非沿道部の有症率、新規発症率についてはほとんど差がないという批判(右批判は、前記認定の事実に照らし採用できないというべきである。)をするほか、杉並調査において中央高速道路が学童の健康に影響を与えるとの仮説に肯定的、積極的な調査成績が得られなかったこと、英国イースト・サリー州沿道調査においてイースト・サリー州の自動車道が現行配置では喘息と関連した呼吸器症状の有症率上昇の原因ではないことが示唆されたこと(丙B七八)、昭和六三年度~平成二年度名古屋市公害対策局調査(丙B三八の1、2)において大気汚染(二酸化窒素、換算自動車交通量)の程度についての患者、対照研究で有為な関連が認められなかったこと(第一章第三)等を根拠に因果関係は否定される旨主張する。
しかし、杉並調査は中央高速道路から十数mの近くに校舎があるとはいえ自動車排出ガスに一日七時間程度しか暴露しない小学校の学童を対象とするものであるから、学童の居住地における大気汚染の影響を否定し得るものではない。英国の前記調査は選挙区を単位に自動車道の有無、都市部(一へクタール当たりの人口密度が一五人を超す地区)、農村部を区別し調査をしたもので、自動車道の有る選挙区につきその選挙区内の沿道部分と非沿道部分の区別はされておらず、沿道住民の健康被害の有無等を把握するのに適切な方法であったとはいえない。また、名古屋市の前記調査では、自動車交通量を把握する際には一二五m単位のメッシュで計算し、二酸化窒素も同様に相当の広さをもったメッシュ単位の数値を当てはめて計算しており、いずれも道路直近か非直近かの区別をするには粗い把握であるといわねばならない。したがって、これらの知見をもって、直ちに浮遊粒子状物質の沿道住民に対する健康影響を覆すことはできないというべきである。
ところで、前記(第一章第六)のとおり、英国政府保健省の委託を受けた大気汚染物質の医学的影響に関する委員会の報告である「喘息と屋外大気汚染」(乙B八六、丙B五九)では、喘息の有病率の傾向と大気汚染物質の排出又は大気中の濃度の傾向との間には、一貫性のある関係は存在しないなどとして、英国における現状の大気汚染と気管支喘息の発症又は増悪との因果関係を否定した。しかし同報告は、DEP「に対する暴露によって起こる亢進された感作と非常に細かい金属を含む酸被覆粒子の影響が、多分最も興味のあるものである。これらの反応は低レベルの暴露でも示され、ヒトの大気環境レベルでの暴露にも関係する可能性がある。」とし(四・一三〇)、「汚染調査からの証拠は、或る測定されていない汚染物質(ディーゼル排気のような)のレベルの増加が、喘鳴のある病気の有病率の変化に寄与しているかも知れない可能性を除くことができない。自動車の交通量を暴露の指標とすることを試みている五つの調査の内の四つが、喘息症状との関連性を示していることは注目に値する。より多くのこの種の調査が、交通密度が異なる地域の住民間の自動車からの汚染物質に対する個人暴露の変化の程度の証拠と組合せで行われる必要がある。」としている(九・七八)。なお、右のDEPのアジュバント効果については、前記の村中らの研究を引用しており(四・一一九)、また、「五つの調査」には東京都衛生局道路沿道調査(第一回)及び小泉ら報告を含むものである。そうすると、同委員会の前記結論も右のような留保付でされたものと解され、したがって直ちに前記認定、判断を覆すものとはいえない。
なお、六一年専門委報告は当時の大気汚染物質として、二酸化窒素とともに大気中粒子状物質に着眼した上で、当時の大気汚染の慢性閉塞性肺疾患に対する影響を否定した(甲C一、丙A一)。しかし右は、主として一般環境の大気汚染の人口集団への影響を検討の対象としたものであって、これよりも汚染レベルが高いと考えられる局地的汚染の影響については留保する趣旨であることが明記され、また、報告後にされた研究については当然のことながら、検討の対象とすることはできなかったものであり、したがって、六一年専門委報告の前記判断も直ちに前記認定、判断を覆すものとはいえない(なお、証拠(甲C三〇)によると、六一年専門委の委員の一人は、六一年専門委報告の後、主として発ガン性との関係ではあるが、少なくとも書籍全体との関係では気管支喘息の発病も判断に入れて、沿道住民に対するDEPの危険性を論じた書籍を著したことが認められる。)。
また、証拠(丙C四二)によると、財団法人日本自動車研究所が、COPD検討会を組織し、平成元年から五か年計画で調査、研究をし、平成六年一〇月「小動物におけるディーゼル排気の吸入と慢性閉塞性肺疾患」との報告書を作成したこと、右研究ではマウス等にディーゼル排気等を吸入させる実験をしたこと、右報告書の結論部分では、ディーゼル排気の高濃度群では、肺の炎症が六か月間吸入から観察され、この肺の炎症が、気道粘液の過分泌や気道過敏性、肺気腫の初期変化の発生に関連していると考えられた、中濃度群では、気道粘液の過分泌は一八か月吸入から観察され、肺気腫の初期変化は六ないし一二か月間吸入で観察された、低濃度群では、COPDの基本病態がみられる状態ないしCOPDの基本病態はみられないが、COPDの基本病態の発生~増悪に係わると考えられる状態に相当する一貫した変化は、二四か月間の吸入でも観察されなかった、なお、気道閉塞は、モルモットの気流抵抗値からみる限り、肺機能的にも示されていないし、形態学的にも気道閉塞を積極的に支持する所見は検出されなかった等と記載していることが認められる。しかし、証拠(証人嵯峨井勝)によると、右調査において、前記嵯峨井らの研究に対応する実験もされ、その結論は前記嵯峨井らの研究結果と矛盾する内容のように判断されたが、右は、低濃度での吸入実験であったり、減感作効が生じた疑い等があり、直ちに嵯峨井らの研究を否定するものではないことが認められる。そうすると、前記報告書記載の研究を総体として評価した場合、直ちに、従前の認定、判断を覆すものとはいい難いものである。
7 ところで、気管支喘息以外の慢性閉塞性肺疾患(慢性気管支炎、肺気腫)と自動車排出ガスとの間に因果関係を認めるか否かについて、四日市市沿道調査、東京都内幹線道路沿道調査(新田ら報告)、東京都衛生局道路沿道調査(第一回)、東京都葛飾区沿道調査(小野ら報告)、千葉大調査においては、慢性閉塞性肺疾患の発病等の有無の指標となる項目についての健康影響の調査も行われており、その結果、児童又は成人の持続性咳、痰等について有意な関連性が認められ、幹線道路沿道の大気汚染が慢性閉塞性肺疾患の発症に関与していることが示唆されることがあった。
また、千葉大調査においては学童の肺機能検査の結果においても、幹線道路沿道に居住する児童の閉塞性障害に係る指標の低下が指摘された。
しかし、気管支喘息については、前記のような千葉大調査を中心とする疫学的知見により、幹線道路沿道汚染が気管支喘息の発症、増悪を促す危険の有無、程度(新規発症率の過剰)を明確な有意差を示す倍率(オッズ比)で把握することが可能となった。これに対し、気管支喘息以外の慢性閉塞性肺疾患については、右各疫学調査に係る有症率、受診率等のみからでは、その主要な病因とされている喫煙の影響あるいは他の発症にかかわる不特定の因子と比較しての、幹線道路沿道汚染が慢性閉塞性肺疾患を発症させる危険の有無、程度の倍率等が気管支喘息ほど明らかになっているとはいえない。
そうすると、前記のとおり気管支喘息については、千葉大調査の対象地域に匹敵するような交通量、大型車混入率を持つ幹線道路についての、DEPを中心とする自動車排出ガスと、その沿道に居住する住民の気管支喘息の発症、増悪との間の因果関係を認めることができるが、気管支喘息以外の慢性閉塞性肺疾患については、本件全証拠によっても、自動車排出ガスとその沿道に居住する住民の発症との間の集団的な因果関係を認めるに足りないとするのが相当である。
また、同様に、沿道に居住するのではなく単に沿道で勤務をするにすぎない者と気管支喘息の発病、増悪との因果関係についても、これを認めるに足りる証拠はないといわねばならない。
二 最後に「沿道」の範囲を確定する必要がある。前記のとおり安達ら報告においては、都市部の主要幹線道路から五〇m以内の居住地域を沿道部、五〇mを超える居住地域を非沿道部として考察した。しかし、右のように五〇mを基準としたのは、汚染物質の距離減衰の問題とともに調査対象数を考慮したことによったものであった。これに対し、沿道のNO2、SPMの濃度の距離減衰については、五〇mまでとするものもあるが、二〇mまでとするものや、三〇~四〇mまでとするものもあることは、安達ら報告も認めるところである。そうすると、集団的な因果関係を判断するに当たり千葉大調査の結果を前提にするにしても、直ちに五〇mを基準とするのは相当とはいえない。また、前記の英国の大気汚染物質の医学的影響に関する委員会は二〇m説の報告を引用している。
前記のとおり「沿道」の範囲、距離減衰についても、本件各道路についての調査も含み、本訴において多数の証拠が提出された。距離減衰についての調査、研究は、当該調査の時期、時刻、気象条件、道路の形状等によって差異が生ずることは容易に推測できるものである。しかし、以上によると、道路端から少なくとも二〇mまでの位置については汚染物質の影響があるとするのが確実な知見であると認めることができる。したがって、本訴においては、千葉大調査の対象地域に匹敵するような交通量、大型車混入率を持つ幹線道路につき、DEPを中心とする自動車排出ガスと、その沿道二〇m以内に居住する本件患者の気管支喘息の発症、増悪との間の因果関係を認めるのが相当である。
第七千葉大調査の知見の本件各道路沿道への当てはめ
一 以上の検討を基に千葉大調査の知見を本件各道路沿道に当てはめることにする。ところで、前述したところから、沿道の大気汚染が沿道住民に発病等をさせるのは、浮遊粒子状物質中のディーゼル自動車からの排出ガスに由来するDEPであることが強く疑われ、したがって、DEPの濃度の共通性が千葉大調査の結果を当てはめるにつき最も重要であると解される。しかるに、DEPの濃度自体は計測されてはおらず、計測されているのは、DEPを含む浮遊粒子状物質(PM一〇)の濃度である。浮遊粒子状物質は、必ずしも人体に有害であるとは解されない砂塵、海塩等の粒子も含むのであるから、浮遊粒子状物質(PM一〇)の濃度の同一性のみをもって直ちに千葉大調査の知見を当該道路沿道に当てはめることはできない。
そこで、浮遊粒子状物質(PM一〇)の濃度のみならず、二酸化窒素濃度、交通量、大型車混入率等も検討し、これによってディーゼル自動車からの排出ガスに由来するDEPの濃度の共通性を推認し、これらの要素を総合した上で前記知見を当てはめるのが相当である。
二 千葉大調査対象地域の状況
千葉大調査対象地域の自排局の二酸化窒素の一日平均値の九八%値の平均(各測定局の平均値の平均)は〇・〇六一ppmで、すべての自排局、年度において〇・〇五ppmを超え、一部の自排局、年度においては〇・〇七二ppmに達することもあった。また、浮遊粒子状物質の一日平均値(二%除外値)の平均は〇・一五九mg/m3であるが、各測定値をみると、〇・一〇六ppmから〇・二二三ppmまでその範囲は広くわたっている(図表36<1>)。
環境庁平成八年度サーベイランス調査(乙B三三〇、丙B五七)によると、千葉大調査対象地域の幹線道路となっている国道六号線及び国道一六号線の平成六年度の一二時間交通量はそれぞれ、三万七二七五台及び四万一三二四台、大型車混入率は、それぞれ、一五・八%及び二七・一%であることが認められる。また、千葉大調査においては、平成二年度の昼間一二時間交通量は、千葉市が約四万六〇〇〇台、船橋市が一万七〇〇〇ないし七万七〇〇〇台、柏市が約四万四〇〇〇台、市川市が約五万二〇〇〇ないし八万二〇〇〇台であったとされている。
三 国道一号線沿道への当てはめ
1 浮遊粒子状物質推定値の比較
前記のとおり(第二)、国道一号線沿道(千竃自排局)の浮遊粒子状物質(PM一〇)の一日平均値(二%除外値)は実測されていないが、港陽自排局の測定値から平均で〇・一四三mg/m3を超える数値であったことが推認される。したがって、浮遊粒子状物質推定値の比較では、千葉大調査の対象地域(一日平均値の平均〇・一五九mg/m3)と大差ない程度の汚染ということができる。
2 二酸化窒素測定値の比較(図表22、25参照)
前記のとおり、国道一号線沿道(千竃自排局)の年平均値の平均は〇・〇三六ppm、一日平均値(九八%値)の平均は〇・〇六一ppmである。
年平均値は、昭和五〇年度から昭和五二年度までの〇・〇四ppm以上であり、その後昭和五四年度に〇・〇二六ppmを記録したほかは平成九年度に至るまですべて〇・〇三ppm台である。一日平均値は、昭和五一年度以降おおむね〇・〇五ppmを超え、昭和五一年度には〇・〇七七、昭和五二年度には〇・〇八七ppmを記録するなど、二酸化窒素測定値の比較でも、千葉大調査の対象地域(一日平均値の平均〇・〇六一ppm)と同程度の汚染ということができる。
3 交通量、大型車混入率の比較
ところで、環境庁平成八年度サーベイランス調査(乙B三三〇、丙B五七)によると、国道一号線の平成六年度の交通量及び大型車混入率は名古屋市南区内においてそれぞれ三万五五六六台、一六・一%であることが認められる。
また、前記認定事実のとおり(第一、なお図表33、34)、国道一号線の交通量、大型車混入率は国道二三号線が全線開通した昭和四七年までほぼ一貫して増大し、昭和四六年度には交通量が約六万六〇〇〇台となり、大型車混入率も二二・五%を記録する場所があったが、その後国道二三号線のバイパス効果により交通量が減少し、昭和六〇年以降交通量はおおむね三万台後半、大型車混入率はおおむね一〇%台前半で推移していることが認められる。
4 以上によると、浮遊粒子状物質(PM一〇)の濃度、二酸化窒素濃度のみに着眼すると、国道一号線沿道と千葉大調査対象地域とは同程度ということになるが、国道一号線の交通量、大型車混入率も考慮すると、昭和四六年ころ一時的に国道一号線が千葉大調査対象地域と同程度の交通量、大型車混入率であったことはうかがわれるものの、その後は必ずしも明らかとはいえない。したがって、国道二三号線開通直前の一時的な状況はともかく、その後はディーゼル自動車からの排出ガスに由来するDEPによる汚染状況が千葉大調査対象地域の幹線道路沿道ほどであったのかどうかは明らかではないといわざるをえず、したがって、国道一号線沿道につき千葉大調査の知見を適用するのは相当でない。
四 国道二三号線沿道への当てはめ
1 浮遊粒子状物質推定値の比較
前記のとおり、国道二三号線についても沿道の浮遊粒子状物質(PM一〇)濃度の一日平均値(二%除外値)は実測されていないが、港陽自排局の測定値から平均で〇・一八五mg/m3を超える数値であったことが推認される。そして国道二三号線の全線開通(昭和四七年一〇月)以降千葉大調査の対象地域(浮遊粒子状物質の一日平均値の平均〇・一五九mg/m3)を上回っていたことが推認される。
2 二酸化窒素推定値の比較
前記のとおり、国道二三号線沿道の二酸化窒素濃度の一日平均値(九八%値)も実測されていないが、千竃自排局の測定値から平均で〇・〇七九ppmであったものと推定される。
千葉大調査対象地域の都市部自排局における昭和六〇年から平成五年までの二酸化窒素の一日平均値の九八%値の平均は〇・〇六一ppmであるから、国道二三号線沿道の方が千葉大調査対象地域より、高濃度汚染を受けているということになる。
3 交通量、大型車混入率の比較
前記認定のとおり(第一、なお図表33、34)、国道二三号線の第一期区間(昭和三八年二月開通)にある港区寛政町の一二時間交通量は、昭和四〇年に約一万二〇〇〇台、昭和四三年に約二万七〇〇〇台とそれほど多くはなかったが、昭和四六年には約四万二〇〇〇台にまで急増した。そして、第二期区間の昭和四一年八月開通区間にある港区名四町(現港栄四丁目)、昭和四二年一月開通区間にある南区浜田町の交通量も、昭和四六年にそれぞれ約四万二〇〇〇台、四万台にまで増大し、国道二三号線が昭和四七年一〇月に全線開通した後、港区寛政町及び港区名四町が昭和四九年に若干減少したものの、南区浜田町は同年に約五万六〇〇〇台にまで激増し、その後港区寛政町は五万台を上回る程度、南区浜田町は五万台後半から六万台前半、港区名四町は六万台前半から六万台後半の交通量にまで増大した。また、港区東築地町では平成二年に約七万台、平成六年には約七万四〇〇〇台を超える大きな交通量を持つに至った。そして、国道二三号線の大型車混入率は昭和四六年度の時点において既に約三四%であったのが、年々増大し、平成二年度には約四四%にまでなった。
そして、証拠(甲F八七の1、乙B三三〇、丙B五七)によると、名古屋市南区浜田町の国道二三号線の一二時間交通量は六万五三五三台に達し、大型車混入率は三八・九%という全国一の高率に達しており、一般国道で国道二三号線と同程度の交通量及び大型車混入率を示しているのは、尼崎市(一二時間交通量六万一九二八台、大型車混入率三一・二%)、西宮市(一二時間交通量六万五八一〇台、大型車混入率二八・〇%)の国道四三号線程度しか見当たらないことが認められる。
このような国道二三号線の従前の交通量、大型車混入率の推移、我が国の他の道路との比較等を考慮すると、国道二三号線の交通量及び大型車混入率は、おおむね昭和四七年一〇月の全線開通以降今日まで、千葉大調査地域の幹線道路のそれをはるかに超すもの、少なくともこれに匹敵するものであったということができる。
4 以上認定の、浮遊粒子状物質(PM一〇)、二酸化窒素の濃度の比較のみならず、道路交通量、大型車混入率の比較、対照によると、従前、国道二三号線沿道には千葉大調査対象地域の幹線道路沿道汚染に少なくとも匹敵する程度の大気汚染が存在し、同様に、少なくとも同程度の濃度のDEP等が存在していたものと認められ、したがって、国道二三号線の昭和四七年一〇月の全線開通以後今日までの間、その沿道に千葉大調査の知見を当てはめることが相当であると認められる。
なお、証拠(甲C一、丙A一)によると、六一年専門委は、大気中粒子状物質の粒径分布に係る従前の研究を調査したこと、その結果、名古屋市においては、春は、微小粒子(PM二)と、粗大粒子がほぼ拮抗するが、夏、冬は微小粒子の方が粗大粒子より多くなるとの研究があることが判明したことが認められる。右事実も、千葉大調査の前記小学校における粒径調査(浮遊粒子状物質のうち微小粒子(PM二・〇)の重量割合が五一・七%又は四七・一%であった。)にほぼ合致するものであって、国道二三号線沿道に千葉大調査の知見を当てはめることの相当性を裏付ける一資料といえる。
そして以上認定、判断した事実によると、昭和四七年の全線開通以降現在までのディーゼル車を中心とした自動車排出ガスによる国道二三号線沿道に対する汚染が沿道二〇mまでに居住する住民の気管支喘息の発症、増悪を招来した高度の蓋然性が経験則に照らしても認められるというべきであり、これらの間に因果関係があると判断するのが相当である。
五 国道一五四号線沿道への当てはめ
1 浮遊粒子状物質測定値の比較(図表31参照)
前記のとおり、国道一五四号線沿道(港陽自排局)の浮遊粒子状物質(PM一〇)の一日平均値(二%除外値)の平均は〇・一四三mg/m3であり、千葉大調査の対象地域(浮遊粒子状物質の一日平均値の平均〇・一五九mg/m3)を多少ではあるが下回る。
2 二酸化窒素測定値の比較(図表22、25参照)
前記のとおり、国道一五四号線沿道(港陽自排局)の年平均値の平均は〇・〇三三ppm、一日平均値(九八%値)の平均は〇・〇五九ppmである。
千葉大調査対象地域の都市部自排局における一日平均値(九八%値)の平均は〇・〇六一ppmであるから、国道一五四号線沿道の方が千葉大調査対象地域より、やや低濃度である。
3 交通量、大型車混入率の比較
前記認定(第一、なお図表33)のとおり、国道一五四号線の一二時間交通量は、おおむね一万数千台程度にとどまり、大型車混入率も一〇%台であって、千葉大対象地域の幹線道路の交通量、大型車混入率よりもかなり低い。
4 前記の浮遊粒子状物質、二酸化窒素測定値の比較のみならず、このような交通量、大型車混入率を考慮すると、国道一五四号線沿道のディーゼル車の排出ガスに由来するDEPの汚染は千葉大調査対象地域ほどではないと認められ、したがって、国道一五四号線沿道に千葉大調査の知見を適用するのは相当とはいえないものである。
六 国道二四七号線沿道への当てはめ
1 浮遊粒子状物質推定値の比較
前記のとおり、国道二四七号線沿道の浮遊粒子状物質(PM一〇)の一日平均値(二%除外値)は実測されていないが、港陽自排局の測定値から平均で〇・一二八mg/m3であったことが推認される。したがって、千葉大調査の対象地域(浮遊粒子状物質の一日平均値の平均〇・一五九mg/m3)をやや下回ることになる。
2 二酸化窒素推定値の比較
前記のとおり、国道二四七号線沿道の二酸化窒素の一日平均値(九八%値)は実測されていないが、白水小学校、熱田区役所の測定値から平均で〇・〇五五ppmであったことが推認される。
千葉大調査対象地域の都市部自排局における一日平均値(九八%値)の平均は〇・〇六一ppmであるから、国道二四七号線沿道の方が千葉大調査対象地域より、やや低濃度である。
3 交通量、大型車混入率の比較
前記認定(第一、なお図表33)のとおり、一部の時期、地点に例外が認められるものの、国道二四七号線の一二時間交通量は、おおむね三万台程度であり、大型車混入率も一〇%台であって、千葉大対象地域の幹線道路の交通量、大型車混入率よりも低い。
4 前記の浮遊粒子状物質、二酸化窒素測定値の比較のみならず、このような交通量、大型車混入率を考慮すると、国道二四七号線沿道のディーゼル車の排出ガスに由来するDEPの汚染は千葉大調査対象地域ほどではないと認められ、したがって、国道二四七号線沿道に千葉大調査の知見を適用するのも相当とはいえない。
第三章争点三(個別的因果関係)についての判断
第一指定疾病の罹患及びその重症度の推定
一 はじめに
1 前記においては、本件地域、沿道の大気汚染とこれによる指定疾病の発病、増悪とに関する、一般的、集団的因果関係の存在につき判断した。しかし本訴は、個々の本件患者が、自らの発病、増悪を理由に損害賠償等の請求をするものであるから、個々の者の各症状と大気汚染との因果関係を明らかにする必要がある。
すなわち、大気汚染による呼吸器疾患としての指定疾病は大気汚染以外の多様な因子によっても発症し得る非特異的疾患である。疫学的手法によって証明されるのはある人口集団における疾患の過剰の原因が大気汚染であるという集団的因果関係に限られ、右手法によっては、個々の患者の疾病が大気汚染に起因するという個別的因果関係は厳密には証明されておらず、個々の患者が大気汚染以外の因子によって疾病に罹患している可能性を排除することはできない。したがって、集団的因果関係の判断とは別に、本件各患者ごとに個別的因果関係を判断する必要がある。
2 個人票
本件患者は、いずれも、公健法又は名古屋市救済条例の認定患者であり、本件患者の性別、生年月日、死亡している場合の死亡年月日、認定疾病、認定等級、発病時期についての当事者の主張、喫煙歴、居住歴、職業歴、既往歴、認定死亡起因率、居住地等と本件各道路との距離等は、別冊一個人票記載のとおりである。
二 指定疾病罹患の有無
1 認定審査会の審査手続
公健法の認定手続の概要等は前述したとおりであるが(第二編第一章第七)、認定をする都道府県知事等はその際一五人以内の医学その他の専門家からなる認定審査会の意見をきくことが求められる。そして証拠(甲B九五、乙A二、四、七、八)によると、次の事実が認められる。
(一) 認定を受けようとする者は、申請に当たり主治医の診断書を添付しなければならず、したがって、まずその主治医によって指定疾病又はその続発症に罹患しているとの診断を受けなければならない。
(二) 認定審査会における審査は、書面審査を中心とし、主治医の診断書、医学的検査実施報告書、検査データ(呼吸機能検査、心電図、レントゲン写真等)が判断材料となっており、補償給付請求の場合も同様の資料が判断材料となる。毎年一回の障害度見直し及び三年(喘息性気管支炎の場合は二年)に一度の更新手続の際もおおむね同様の手続が採られている。
(三) 認定審査会は、専門的見地から右各書類を検討し、指定疾病罹患の有無を審査し、その審査の結果、指定疾病に罹患しているとの結論に達した場合には等級認定の審査に進み、右結論に達しなかった場合には申請却下の意見をする。
また、審査の結果、指定疾病に罹患しているかどうか疑義が生じた場合には結論を保留して主治医に対しより詳しい診断内容や治療内容を問い合わせる等の疑義照会を行い、その回答を得て再度審査するという審査方式が行われている。
(四) 認定審査会は、指定疾病に起因して死亡したか否か、他原因を参酌するかどうか、参酌するとしてどの程度とするかについても、認定死亡患者主治医診断報告書等の書類によって判断する。
(五) もっとも、昭和四八年九月に衆議院公害対策並びに環境保全特別委員会によってされた「公害健康被害補償法案に対する附帯決議」(乙A四)には、「認定審査について意見をきめるにあたっては、特に健康被害者の治療を担当している主治医の判断が尊重されるよう配慮すること」とされ、また、昭和四九年の環境庁企画調整局長通知(環保企第一〇九号)にも「認定の審査は、主治医の診断書に基づき、さらに申請者の当該疾病についての所要の医学的検査結果等に基づき行うものであること」とあることから、認定審査会は主治医の判断を尊重する傾向にあった。また、一件当たりの審査時間も相当限定されていた。
2 以上のとおり、公健法の認定手続においては、主治医が指定疾病罹患の有無を診断するに当たって、患者の症状に対する経時的な観察を行っていることは当然として、これに加え、主治医は、認定申請時、毎年行われる障害度見直し時、三年(喘息性気管支炎は二年)ごとに行われる更新申請時において、その都度胸部レントゲン検査、肺機能検査、心電図検査等の医学的検査をし、これらの結果をも併せ検討して診断を行い、これらの資料を認定審査会に提出することが求められる状態になっている。したがって、その診断は、右のように継続的に診察した結果である点において、また、客観的な諸検査の結果も踏まえている点において、尊重できるものである。また、そもそも気管支喘息等の指定疾病は、主として問診や長期間の経過観察で疾病の有無、程度を判断するものであって、その診断が一般の臨床医に不可能であるとはいえないのであるから、主治医による直接かつ継続的な診断を重視することはそれ自体望ましいことでもある。
そして、認定審査会においては、一五人もの専門家による検討がされ、診断書の記載や検査結果等から主治医の診断に疑問がある場合には、認定審査会から主治医への疑義照会の制度があって、実際にこれが利用されており、また後記の等級認定についても、認定審査会は単に主治医の意見をすべて追認するというものではなく、主治医と異なる意見がされ、都道府県知事等も右意見に従った認定をしたり、判断保留となってこれが確定している事例等がある(証拠(乙E一〇一〇の1の37、一〇二八の1の16、一〇三〇の1の8、一〇三六の1の3、一〇四六の1の2、一〇五一の1の3、一〇六一の1の2、一一一〇の1の2、一一四二の1の29)によると、本件患者中にも右のような扱いがされた事例があることが認められる。)。
確かに、証拠(乙A七)によると、申請数の増加(昭和五七年度の場合全国平均で審査会一回当たり一四一件)などから認定審査会が必ずしも十分に機能していない面もあり、疑義照会や棄却例は多くなく(昭和五六年度の新規申請数に対する新規認定数の比率は、全国平均が八八・二%、名古屋が九四・二%)、審査会が主治医の判断を尊重する傾向にあったことは否定できないことが認められる。しかし、先にみたような審査手続の実態も認められるのであり、全体としてその信頼性を否定することはできない。
なお、公健法認定手続においては、大気汚染と指定疾病発病との因果関係の存在は形式的要件(指定地域、指定疾病、暴露要件)の有無によって制度的に割り切って捉えているが、指定疾病罹患の有無自体については右のような制度的割切りはされていない。
そうすると、本件患者について、主治医の診断とこれに続く認定審査会の審査という公健法の認定手続を経たという事実は、当該患者について、少なくとも指定疾病に該当すると判定し得る症状が存在したことはもちろん、同一又は類似の症状を惹起する他疾病との除外診断がされたという事実の存在を容易に推認させるものと解される。
なお右のような運用は、名古屋市救済条例の適用、認定に当たっても、おおむね同様にされていたものと認められる。
三 指定疾病罹患の程度
1 証拠(甲B一六三)によると、個々の患者の認定等級を定めるについては、指定疾病の重症度区分に関して環境庁長官が定めた基準(「公害健康被害補償法施行令第一〇条及び第二〇条に規定する指定疾病の種類に応じて環境庁長官が定める基準」昭和四九年八月三一日環境庁告示第四七号)に基づき、非常に詳細で具体的な運用を定めた通達(「公害健康被害補償法等の施行について」昭和四九年九月二八日環保企第一一〇号環境庁企画調整局環境保健部長通知、第二の2)に従った運用がされていること、そして、指定疾病以外の疾病を併発している場合には合併症の影響を排除して等級認定をすべきであるとされていること、認定審査の際、合併症がある場合には病名が明記されること、認定審査会は指定疾病の罹患の有無と同時にその等級についても審査を行っていることが認められる。
2 そうすると、指定疾病罹患の有無の判断におけると同様に、指定疾病の症状の重症度に関する認定もかなり厳格な認定及び見直しの手続が採られているということができる。したがって、後に本件患者個々人について、疾病、障害度を認定するに当たっては、公健法によってされた右認定手続の結果は、十分に参考になるものである。
また、右通達による認定手続の運用を前提とすると、患者に合併症が存在する場合であっても、指定疾病に係る部分についての呼吸器症状の重症度の評価が行われるように運用され、これによって、個々の患者について、合併症の影響を排除した上で等級が認定されているとみることができる。なお、合併症がある場合、指定疾病の症状の程度をみる上で入通院がいずれの疾病のためのものか区別する必要があるが、これについても右と同様に考えられる。
第二他因子の評価及び増悪について
一 被告らは、アトピー素因や喫煙等、本件患者の側に存する他因子をもって、指定疾病の原因であることを主張する。しかし、前述のとおり、本件地域、沿道における大気汚染は一定の限度において、指定疾病を発病、増悪させる高度の蓋然性を有していたのであるから、これら他因子の存在をもって個別的因果関係が全面的に否定されるというものではない。
しかし、証拠(証人川上義和、同中島重徳、同堀江孝至、同山木戸道郎)によると、アトピー素因は気管支喘息に対し、また喫煙は慢性気管支炎及び肺気腫に対し多大の影響を及ぼすことが認められる。したがって、これらの事情、因子が存在する場合には、大気汚染のみの寄与に係る発病部分のほか、本件患者の側にも大気汚染と他因子の競合的な寄与に係る部分があると認めるのが相当である。そして、このような場合、被害者側の原因の態様や程度に照らして、加害者に損害の全部を負担させるのが公平の観点から相当でないときには、民法七二二条二項の規定を類推適用して、被害者側の原因を斟酌することができると解するのが相当である。
そこで、以下において、このような見地から各他因子の存在をいかに評価すべきかを順次検討し、更に発病と増悪の区別について判断する。
二 アトピー素因
1 証拠(乙B三三〇、丙B三八の1、2、五七、証人中島重徳)によると、アトピー素因は、いわゆるアトピー型気管支喘息については、まさしくその発病因子となるものであること、環境庁平成八年度サーベイランス調査では、気管支喘息について「本人、親ともにアレルギー素因のある」対象者の有症率は「アレルギー素因を持たない」対象者の五ないし六倍に上り、昭和六三年度~平成二年度名古屋市公害対策局調査では、アレルギー疾患を有する対象者の有症率が有意に高率であるなど、疫学調査においても気管支喘息の有症率とアトピー素因の有無が有意に相関していることが認められる。
そうすると、気管支喘息が大気汚染によって発症、増悪するといっても、気管支喘息患者にアトピー素因が存在する場合には、右素因との競合を考えることが必要となる場合がある。このような場合、大気汚染の原因者に対し気管支喘息の発病、増悪という健康被害の全部の責任を負わせるのは公平の観点から相当でなく、大気汚染の原因者が賠償すべき損害の額を相当程度減額すべきである。
2 しかし、アトピー素因は、生来の体質であって被害者にとって選択の余地がない上、我が国の国民にかなりの割合で存在するものであり、また特に若年層を中心に現在に至るまで増加傾向にある。したがって、損害の公平な分担の観点から、アトピー素因を大きな減額要因とすることは相当とはいえず、右による減額の割合は原則として三割とするのが相当である。
3 証拠(甲B一〇一、二〇一、二〇二、証人堀江孝至)によると、アトピー素因の有無を判断するに当たっては、気道において感作が成立しているかどうかを知ることができる吸入誘発試験が最も有効ではあるが、吸入誘発試験は危険を伴うものであることから、一般の臨床医療においてはほとんど行われていないことが認められる。そこで、気道において感作し易い体質の有無は、吸入誘発試験との一致率が比較的高く、かつ、気管支喘息との間の強い関連性が一般に承認されている吸入性アレルゲン(ハウスダスト、ヤケヒョウダニ等)に対する特異的IgE抗体価(RAST)の指標を用いて判定するのが適当である。
4 証拠(乙E五、六)によると、特異的IgE抗体価(RAST)は、血清中の特異的IgE抗体を測定し、どのアレルゲンに対する抗体活性が高いかをみて原因アレルゲンを検索するために行われる検査であり、スコアが二以上であれば、そのアレルゲンは陽性とされること、特にアレルゲンであるハウスダストの場合はRASTスコア二以上なら九四%以上で吸入試験陽性で、全体の一致率も八九%であるという成績を示すこと、このような吸入試験との一致率の高さから、現在までの研究ではアトピー素因の指標としてはRASTが最も信頼性が高いとされていることが認められる。
したがって、アトピー素因の有無の判断に当たっては、原則的には特異的IgE抗体価(RAST)の指標を用いて判定するのが適当である。そして、スコア二以上の場合には、気道において感作し易い体質という意味でアトピー素因を認め、右が気管支喘息の発病、増悪に寄与しているものとして、損害の額を減額するのが相当である。
5 これに対し、証拠(甲B一四七、一五一、二〇二)によると、血清総IgE値(RIST)は、アトピー素因の有無自体を診断するのに有益ではあるが、必ずしも当該疾患のアレルギー性を示すものとはいえず(甲B一四七の一一頁、二八頁、五六頁の記載も右趣旨に理解される。)、したがって、その値が非常に低い場合に、気道を含めた全身で感作し易い体質が存在しないという否定的な判定指標として用いることは可能であるが、気道における感受性を知ることは不可能であること、また、皮内反応、アレルギー疾患既往歴、アレルギー疾患家族歴という一般的な指標も、同様に、このことのみから、気道における感受性を知る決定的な指標とはなり得ないことが認められる。
三 喫煙について
1 証拠(甲C一、丙A一、丙B四四、証人川上義和)によると、喫煙者は非喫煙者に比し、呼吸器疾患症状の有症率が高く、肺機能が低下しており、喫煙量増加につれて更に悪化すること、呼吸器症状がなくても、喫煙者は末梢気道の機能異常を有する者が非喫煙者より多いこと(六一年専門委報告)、煙草の煙には窒素酸化物も極めて高濃度(二五〇ppm前後、このうち二酸化窒素は四〇~五〇ppm)含まれていること、喫煙者が慢性気管支炎、肺気腫に罹患する確率は非喫煙者に比べ高いことが認められる。
また、疫学調査をみても、ロンドンにおけるフレッチャーらの調査(乙B九)のほか、東京都内幹線道路沿道調査(甲C四二)によると、非喫煙者群の方が喫煙者群及び前喫煙者群に比べ沿道に居住する者とそうでない者との有症率に有意差が出やすいこと(持続性咳、痰症状が高率となる。)、東京都葛飾区沿道調査(丙B六三)によると、喫煙群(成人)の咳、痰症状の有症率が高いこと(もっとも、受動喫煙の影響は認められていない。)が認められる。
2 このように、喫煙は医学上慢性気管支炎、肺気腫に対する高度の危険性を有し、疫学調査における有症率も高いことからすると、喫煙が呼吸器官に悪影響を及ぼして慢性気管支炎、肺気腫を発症させる可能性は大であり、喫煙が重度になれはなるほどその確率は増大し、他方大気汚染による影響の割合は低下するものというべきである(もっとも、喫煙感受性の有無、程度は個人ごとに異なると考えられるから、喫煙が慢性気管支炎及び肺気腫の唯一の発病原因となるとまでは認められない。)。
そうすると、一定程度の喫煙歴が存在する場合には、右喫煙歴と大気汚染との競合を考えることが必要である。そして、このような場合、大気汚染の原因者に対し、慢性気管支炎、肺気腫の発病、増悪という健康被害についての全部の責任を負わせるのは、公平の観点から相当ではないというべきであるから、大気汚染の原因者が賠償すべき損害の額を相当程度減額すべきである。
3 喫煙の程度については、証拠(甲B一四四、乙B二、六五、乙E一三の1、証人川上義和)によると、喫煙年数に一日の本数を乗じたブリンクマン指数を一定の指標とするのが相当であると認められる。
そして、右指数を用いた場合の判断であるが、前記証拠の記載も考慮すると、少なくとも、発病までのブリンクマン指数が一〇〇〇を超えるような極度に重度の喫煙者が、慢性気管支炎、肺気腫を発病したときには、大気汚染とこれらの疾病との因果関係を否定するのを原則とすべきである。また、これに至らない喫煙者についても、損害の公平な分担の見地から、寄与度減額をすべきであり、その割合は原則として四割とし、喫煙本数、期間に応じて増減するのが相当である。
これに対し、気管支喘息については、右割合を大きく見るのは相当とはいえない。
四 発病と増悪の区別
先に判断したとおり、本件地域、沿道における大気汚染と健康被害との間の一般的、集団的な因果関係は、原則として昭和三六年から昭和五三年度までに本件地域の大気汚染の暴露を受け、昭和五五年までに指定疾病に罹患(発病又は増悪)した患者又は国道二三号線が全線開通をした昭和四七年一〇月以降現在までの間に国道二三号線沿道二〇m以内の地域における道路からの局地的な大気汚染の暴露を受け、気管支喘息に罹患(発病又は増悪)した患者について認められる。
このように、発病の因果関係が認められる以上、増悪の因果関係も認められるということができるが、本件患者の中には、右時期より前に発病し、その後も引き続いて本件地域内に居住して暴露を受けた(発病後暴露)ことによりその症状が増悪した者や、本件地域外において発病し、右時期に本件地域内に居住した(発病後居住)ことによりその症状が増悪した者がいる。このような場合増悪前の症状について本件地域の大気汚染が関与したと認めることはできない。したがって、増悪の場合には、損害の公平な負担という観点から、汚染原因者が負担すべき損害額が減額されるものと解するのが相当であり、そして、右事情によると、汚染原因者が賠償すべき損害の範囲は、原則として、発病の場合の損害額の二分の一とするのが相当であると解される。
第三本章における本件患者の検討
以下においては、その居住歴等個人票記載の事項を考慮しながら、本件患者らについて、個別証拠に基づき、発病時期、罹患疾病、疾病の程度、アトピー素因、喫煙の影響等を検討する。
なお発病時期については、外形的には双方当事者の主張する時期が一致する場合であってもその主張する病名が異なることがあり、また、右をある時期に特定することが常に同一の一方当事者側にとって有利な事実となるとも限らないことから、必ずしもすべて当然に自白が成立し裁判所を拘束するものとはせず、明らかに他の時期を認定できる証拠があるとき等は事案に応じ個々に判断を加えることとする。
第四個別的な因果関係及び症例の検討
一 原告番号一
1 原告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患している旨主張し、被告らは、本患者が右に罹患していると認めるに足りる証拠はない旨主張する。確かに後記のとおり、喫煙がその症状を悪化させるといわれる慢性気管支炎に罹患したはずであるのに、本患者は特別措置法による認定を受けたころに喫煙を開始するなどその症状に矛盾が認められ、また山木戸意見書等も疑問点を指摘するところである。特に、南区への転居が昭和三八年にされたところ、その直後の昭和四〇年に発病し、通院を開始したというのはもっぱら本人の主訴があるのみで、関係する前医等の診療録等の提出もない本件にあっては(本訴においては、裁判所から各診療機関に対し、平成四年一月二九日付で本患者を含む本件患者につき診療録の送付嘱託をしたが、患者の同意がないこと等を理由に送付がなかった。)、これを裏付けるに足りる証拠を欠くといわねばならない。しかし、特別措置法、公健法上の診断、認定が前示の方法で客観的な第三者機関によりされていること、また南区への転居時期も考慮するならば、遅くとも証拠上明らかな昭和四三年七月の診療開始時(乙E一〇〇一の1の1)には居住地の大気汚染が原因で右疾患に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇〇一の1、乙E一〇〇一の1の14、原告本人)によると、本患者は昭和五〇年(四〇歳)ころの約一年間一日約一〇本の喫煙をしていたことが認められる。しかし、右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の症状に悪影響を及ぼしていたということはできない(ブリンクマン指数は一〇である。)。
二 原告番号二
1 本患者が気管支喘息に罹患(併発)していることについては争いがない。
被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していると認めるに足りる証拠はないと主張する。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。そして慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、認められるのは昭和四五年一一月の診療開始日であるから(乙E一〇〇二の1の1)、これによるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇〇二の10の1の1ないし9、甲H一〇〇二の10の2の1ないし11)によると、本患者の血清総IgE値(RIST)、特異的IgE抗体価(RAST)、皮内反応、アレルギーに関係する疾患の家族歴(以下、本章においてこれらの全部又は一部を「アトピー関係事項」と総称する。)は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 九~四六(正常値二五〇以下)
RAST 検査項目いずれも〇
家族歴 孫二人―気管支喘息
3 証拠(甲H一〇〇二の1、乙E一〇〇二の1の3ないし42、原告本人)によると、本患者は昭和二五年(二〇歳)ころから喫煙を始め、昭和四五年(四〇歳)ころまで二一年間にわたり、一日約二〇本、昭和四六年(四一歳)ころから平成元年(五九歳)ころまで一九年間にわたり、一日六、七本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和四五年一一月ころ)後も約一九年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の慢性気管支炎症状に悪影響を及ぼしていたものというべきである(ブリンクマン指数は五三四ないし五五三である。発病前四二〇、発病後一一四ないし一三三。)。
また、証拠(乙E一〇〇二の1の56)によると、本患者の主症状は慢性気管支炎であることが認められる。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額から四割を減額するのが相当である。
三 原告番号三
1 本患者が慢性気管支炎に罹患していることについては争いがない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると、居住地の大気汚染が原因で右疾病に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(乙E一〇〇三の1の4、31、38、46、原告本人)によると、本患者は昭和三一年(一九歳)ころから喫煙を始め、昭和六〇年(四八歳)ころまでの約三〇年間に、一日約二〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、発病(昭和四七年(三四歳)ころ)後も一三年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の慢性気管支炎症状に悪影響を及ぼしていたものというべきである(ブリンクマン指数は約六〇〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額から四割を減額するのが相当である。
四 原告番号五
本患者の発病時期が昭和五八年であることは、当事者間に争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。また、本患者が国道二三号線の前記範囲の沿道に居住していたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、右によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
五 原告番号六
被告らは、本患者は肺結核及びその後遺症であり、慢性気管支炎に罹患していると認めるに足りる証拠はないと主張する。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。
ただ慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、認められるのは昭和五一年七月の診療開始日であるから(乙E一〇〇六の1の2)、これによるのが相当である。原告らは、右以前の発病を主張するが、関係する診療録等の提出もない本件にあってはこれを裏付けるに足りる証拠を欠くといわねばならない。
六 原告番号七
被告らは、本患者は気管支喘息であり、慢性気管支炎に罹患していると認めるに足りる証拠はないと主張する。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。
ただ慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、認められるのは昭和四五年四月の診療開始日であるから(乙E一〇〇七の1の2)、これによるのが相当である。
七 原告番号八
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。なおその発病時期は本人の陳述等証拠上不明確なところがあるが、客観的に明らかな事実は昭和四六年一一月の診療開始時期であるから(乙E一〇〇八の1の1)これをもって相当とする。本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、遅くとも右時期までに居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(乙E一〇〇八の1の2、3、13、37、38、46、54、62、乙E一〇〇八の7の1、原告本人)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与しているものというべきである。
RIST 二〇四九
RAST ハウスダスト四、ヤケヒョウダニ四、スギ四、かもがや四、ネコ上皮四
皮内反応 ハウスダスト陽性(昭和四八年、昭和五二年、昭和六一年)
家族歴 次男―小児喘息
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
八 原告番号九
1 本患者が気管支喘息に罹患(併発)していることについては争いがない。被告らは、本患者は発病当初から気管支喘息であり、慢性気管支炎に罹患したと認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で当初は慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。そして慢性気管支炎の発病時期は、証拠(甲H一〇〇九の1、乙E一〇〇九の1の4、原告本人)によると昭和四八年ころ発病し、しかも大同病院に二度にわたり入院までしたことが認められるのであるから、右の時期と認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇〇九の10の1の1ないし8、甲H一〇〇九の10の2の1ないし7、乙E一〇〇九の7の10)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一七〇~三八四(正常値二五〇以下)
RAST 検査項目すべて〇
3 証拠(甲H一〇〇九の1、原告本人)によると、本患者は昭和一五年(二三歳)ころから喫煙を始め、昭和二三年(三一歳)ころまで約八年間及び昭和四五年(五三歳)ころから昭和五六年(六四歳)ころまでの約一一年間にわたり、一日一〇本の喫煙を続けていたことが認められる。右喫煙の本数及び期間並びに本患者の罹患疾病を勘案すると、喫煙が本患者の症状に悪影響を与えていたというべきである(ブリンクマン指数は一九〇である。)。
したがって、本患者の損害を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の二割を減額するのが相当である。
九 原告番号一〇
1 被告らは、本患者は発病当初から心臓喘息であり、気管支喘息に罹患したと認めるに足りる証拠はないと主張する。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、気管支喘息、慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。そして気管支喘息の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、認められるのは昭和五一年八月の診療開始日であるから(乙E一〇一〇の1の2、3)、これによるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇一〇の10の1の1ないし7、甲H一〇一〇の10の2の1ないし5)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 二二~八四・六(正常値二五〇以下)
RAST 検査項目すべて〇
皮内反応 陰性
家族歴 なし
3 証拠(甲H一〇一〇の1、乙E一〇一〇の1の8、59)によると、本患者にはごく少量の喫煙歴があるものの、発病後は全く喫煙をしていないことが認められる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の症状に悪影響を及ぼしていたということはできない。
一〇 原告番号一一
1 被告らは、本患者は発病当初から気管支喘息であり、慢性気管支炎に罹患していると認めるに足りる証拠はないこと、症状は既に寛解状態にある旨を主張する。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認め、またまだ寛解には至っていないと認めるのが相当である。そして慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは昭和四八年三月の診療開始日であるから(乙E一〇一一の1の1)、これによるのが相当である。
2 証拠(乙E一〇一一の1の3、21)によると、本患者は昭和二六年(一九歳)ころから喫煙を始め、昭和五五年(四八歳)ころまでの二九年間にわたり、一日五ないし八本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和四八年ころ)後七年間(認定後六年間)喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の慢性気管支炎症状に悪影響を与えていたものと認められる(ブリンクマン指数は二五〇弱である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の三割を減額するのが相当である。
一一 原告番号一二
1 被告らは、本患者は発病当初から肺気腫であり、慢性気管支炎及び気管支喘息に罹患していると認めるに足りる証拠はないと主張する。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎、気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。そして慢性気管支炎、気管支喘息の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは昭和五三年一一月の診療開始日であるから(乙E一〇一二の1の3、4)、これによるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇一二の10の1ないし26、甲H一〇一二の10の2の1ないし24、乙E一〇一二の1の)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 〇~一六・二(正常値二五〇以下)
RAST 検査項目すべて〇
3 証拠(原告本人)によると、本患者は戦時中から喫煙を始め、昭和五四年(七〇歳)ころまでの約三十数年間にわたり、一日約一〇本(多いとき)の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和五三年ころ)後も喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の症状に悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は三〇〇以上である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の三割を減額するのが相当である。
一二 原告番号一三
1 本患者が当初気管支喘息に罹患し、その後肺気腫を併発したことについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患(併発)していると認めるに足りる証拠はないと主張する。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。そして気管支喘息の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは昭和四七年一〇月の診療開始日であるから(乙E一〇一三の1の1)、これによるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇一三の10の1ないし17、甲H一〇一三の10の2の1ないし9、乙E一〇一三の1の3、30、7の2ないし6)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与しているというべきである。
RIST 一三~六八八(正常値二五〇以下)
RAST ハウスダスト1三、ヤケヒョウダニ四、カンジダ二、ハウスダスト2二、四、コナヒョウダニ四
皮内反応 ハウスダスト陽性
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
3 証拠(甲H一〇一三の1、乙E一〇一三の3、14、30、原告本人)によると、本患者は昭和一四年(二〇歳)ころから喫煙を始め、昭和四五年(五一歳)ころまでの約三一年間にわたり、一日約二〇本の喫煙を続けていたことが認められる。
もっとも、証拠(甲H一〇一三の1、甲H一〇一三の20の1、原告本人)によると、本患者の主症状は初めに罹患した気管支喘息に由来するものであることが認められる。そして、前示のとおり、気管支喘息に対する喫煙の影響は慢性気管支炎及び肺気腫に比べて低く、また、本患者が発病時までに禁煙していることを考慮すると、右喫煙の期間及び本数を勘案しても、喫煙が同人の症状に悪影響を及ぼしていたとして損害額の算定に当たり前記アトピー素因による減額のほかに、喫煙による減額をするのは相当ではない(ブリンクマン指数は六二〇である。)。
一三 原告番号一四
本患者の発病時期が昭和五九年一二月ころであることは、当事者間に争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。また、本患者が国道二三号線の前記範囲の沿道に居住していたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、右によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
一四 原告番号一五
1 被告らは、本患者は発病当初から慢性咽頭炎であり、慢性気管支炎に罹患していると認めるに足りる証拠はないと主張する。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。そして慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは昭和四九年二月の診療開始日であるから(乙E一〇一五の1の2、3)、これによるのが相当である。
2 証拠(乙一〇一五の1の13)によると、本患者は昭和一〇年(二三歳)ころから喫煙を始め、昭和四五年(五八歳)ころまでの約三五年間にわたり、一日約七、八本の喫煙を続けていたことが認められる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の慢性気管支炎罹患について相当程度悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン係数は二八〇弱である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の三割を減額するのが相当である。
一五 原告番号一六
1 被告らは、本患者は肺気腫であり、気管支喘息に罹患していると認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。そして気管支喘息の発病時期は、証拠(甲H一〇一六の1、乙E一〇一六の1の4、原告本人)によると昭和四六年に発病し、しかも久崎医院に入院までしたことが認められるのであるから、右の時期と認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇一六の10の1の1ないし3、甲H一〇一六の10の2の1ないし5)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 四六~五九
RAST ハウスダスト一〇、ヤケヒョウダニ〇、ネコ上皮〇、カンジタ〇~二、アスペルギルス〇
3 証拠(甲H一〇一六の1、乙E一〇一六の1の4、16、原告本人)によると、本患者は一〇歳代から喫煙を始め、五三歳(昭和五八年六月)まで約三十数年にわたり、一日二〇本の喫煙を続けていたことが認められる。しかし、本患者が喫煙の影響を受ける肺気腫等ではなく気管支喘息に罹患していたことを勘案すると、喫煙が本患者の気管支喘息症状に悪影響を及ぼしたとしてその損害額を減額するのは相当ではない。
一六 原告番号一八
1 被告らは、本患者は当初から気管支喘息に罹患しており慢性気管支炎には罹患していなかった旨主張する。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、当初は慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。
そして慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは昭和六〇年九月の診療開始日であるから(乙E一〇一八の1の2)、これによるのが相当である。
したがって、右によると被告会社らの責任については、前掲記載の時期以降の発病であるから否定されることになる(なお原告ら主張の昭和五九年を前提にしても同様である。)。
2 次に被告国の責任については、本患者は国道二三号線の沿道に居住したが、その位置は約四六m離れていたというもので前記の一般的な範囲を超えており、しかもその期間は五か月間と短期間であり、また発病時の病名も前記のとおり慢性気管支炎であり気管支喘息ではなかったというのであるから同様に因果関係を欠くものである(なお喘息発作が頻回となったのは昭和六三年九月である(乙E一〇一八の1の10))。
一七 原告番号一九
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。そして気管支喘息、慢性気管支炎の発病時期につきこれを客観的に明らかにするのは、昭和四九年四月のみなみ診療所の診療開始日である(乙E一〇一九の1の1)。そして、更にさかのぼっても昭和四七年七月の大同病院の診療開始日である(乙E一〇一九の1の3)。右記載も、病院名が具体的に記載されており、また診断名は明らかでないが時期が七月で軽微な風邪等の診療のためではなかったと推認できることから、遅くとも右時期と認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇一九の10の1の1、2)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 五三・一~七六・七
RAST 検査なし
皮内反応 ブタクサ陽性
家族歴 孫―気管支喘息
3 本患者は本訴係属中に死亡した。しかし原告らは、右死亡の事実による損害額の増加を主張するものではなく、また、右死亡が大気の汚染との間に因果関係があるとの格別の立証はないから、本患者の損害額を判断するに当たりこの点は考慮しない。
一八 原告番号二〇
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについて争いはない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
発病時期につき、昭和五五年七月付診断書(乙E一〇二〇の1の20)には、昭和三八年ころとの記載がある。しかし、客観的に明らかなものは、昭和四七年一月の診療開始日であり(乙E一〇二〇の1の5)、さかのぼっても昭和四三年一二月から通院開始との本人の申請書の記載(乙E一〇二〇の1の2)及びこれに対応すると思われる四三歳ころからの喘息発作との記載(乙E一〇二〇の1の1)から、昭和四三年と認めることができるが、右以前については、これを客観的に裏付ける証拠がないといわねばならない。
2 証拠(甲H一〇二〇の10の1の1ないし22、甲H一〇二〇の10の2の1ないし17、乙E一〇二〇の1の11、12、21、23、29、35、38、7の1ないし7)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりである。RISTの値は高いものもあるが、RASTはスギというもので、日常生活上通年にわたって影響するものとは認められず、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 六〇~三〇二の範囲が多いが、一二〇〇、一三〇〇もある(正常値二五〇以下)
RAST スギ二及び三
皮内反応 陰性
家族歴 次男、孫(二人)―気管支喘息
3 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは、右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、後記のとおり原告らの平成一一年一〇月一三日付請求の趣旨拡張の申立てに係る訴えは却下するので、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
一九 原告番号二一
原告らは、本患者の発病時期につき、昭和五〇年ころを主張する(最終準備書面)。しかし、これを裏付けるに足りる証拠はない。証拠上明らかなのは、昭和六〇年七月の診療開始日であるから(乙E一〇二一の1の2。なお右には発病推定日として昭和六〇年七月の記載もある。)、右をもって発病時期と認めるのが相当である。
そして、右事実によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
二〇 原告番号二二
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で右疾病に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇二二の10の1の1ないし10、甲H一〇二二の10の2の1ないし7、乙E一〇二二の1の11、21、23、35)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであることが認められる。RISTの値はやや高いが、RASTは特になく、また皮内反応がスギというもので、日常生活上通年にわたって影響するものとは認められず、したがって、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 九八・四~七三〇(正常値二五〇以下)
RAST すべて〇
皮内反応 スギ陽性
二一 原告番号二三
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。そして気管支喘息、慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは昭和五一年八月の診療開始日であり(乙E一〇二三の1の2)、また右時期は後記の禁煙時期とも合致するものであり、これによるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇二三の10の1の1ないし33、甲H一〇二三の10の2の1ないし34、乙E一〇二三の1の10、19、27、37、47、57、乙E一〇二三の2の1、原告本人)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりである。RISTの値はやや高いが、RAST等は特になく、したがって、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一〇~四七四(正常値二五〇以下)
RAST 検査項目すべて〇
皮内反応 すべて陰性
家族歴 長男―気管支喘息、孫―気管支喘息
3 証拠(甲H一〇二三の1、乙E一〇二三の1の4、20、28、原告本人)によると、本患者は昭和九年(二〇歳)ころから喫煙を始め、昭和五一年(六二歳)ころまで約四二年間にわたり、一日約一〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると本患者は発病(昭和五一年ころ)ころまで喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の症状に悪影響を及ぼしていたとみるのが相当である(ブリンクマン指数は四二〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきである。もっとも、証拠(乙E一〇二三の1の34、35)によると本患者の主症状は気管支喘息であることが認められるから、損害額の減額割合は二割にとどめるのが相当である。
4 本患者の症状程度について、被告らは、昭和六三年一一月の二級から一級への公健法の等級変更は、平成元年以降喘息発作による入院もなく、ステロイドの依存性も認められないから妥当でなく、平成元年以降は認定等級三級相当であると主張する。
しかし、証拠(甲H一〇二三の20の1、乙E一〇二三の1の34、36、原告本人)によると、本患者は昭和五五年には大発作を起こして入院していること、昭和五八年ころから喘息発作、咳、痰症状の所見はランク二の状態が続き、一秒率、指数も次第に低下傾向を示し、昭和六三年一月の動脈血酸素分圧は六二・九と七〇を切る状態となり、悪化傾向を示しており、昭和六三年に管理区分もランク二とされたことが認められるから、右等級変更に特に疑問を抱くような事情は認められず、公健法上の等級認定は妥当であったものと認めるのが相当である。
二二 原告番号二四
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして気管支喘息の発病時期は、これが客観的に裏付けられるのは昭和四五年一月の診療開始日であるから(乙E一〇二四の1の2)、これによるのが相当である。したがって、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、遅くとも右時期までに居住地の大気汚染が原因で右疾病に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(乙E一〇二四の1の3、4)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
皮内反応 ハウスダスト陽性
家族歴 母―喘息
3 本患者の症状程度について、被告らは、認定等級三級相当であると主張する。しかし、前示のとおり客観的にされている公健法上の診断、認定を覆すに足りる証拠はない。
二三 原告番号二五
1 被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。そして慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは昭和四七年一〇月の診療開始日であるから(乙E一〇二五の1の2)、これによるのが相当である。
次に、本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして気管支喘息の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは平成七年五月の診断書作成日であるから(乙E一〇二五の1の60)、これによるのが相当である。
2 本患者は昭和四二年ころから国道二三号線の開通した昭和四七年の後もなお昭和五二年八月までその沿道に居住していた。しかし、前記のとおり気管支喘息の発病時期は平成七年五月で転出後長期間を経過しており、その発病との因果関係は認めることができない。
二四 原告番号二六
1 本患者が昭和四〇年ころ発病し、当初から気管支喘息に罹患したこと及び後に肺気腫に罹患(併発)したことについては争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患(併発)したことを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問があるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。そして慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは昭和五六年九月の診療開始日であるから(乙E一〇二六の1の18)、これによるのが相当である(気管支喘息は前記のとおり昭和四〇年から)。
2 証拠(甲H一〇二六の10の1ないし7、甲H一〇二六の10の2の1ないし5、乙E一〇二六の7の1ないし4)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 三〇~二〇三(正常値二五〇以下)
RAST すべて〇
皮内反応 ハウスダスト昭和五三年陽性、他陰性
3 証拠(甲H一〇二六の1、証人遲澤良子)によると、本患者は昭和四年(一九歳)ころから喫煙を始め、昭和五六年(七一歳)ころまでの約五二年間にわたり、一日約一五本(発病前は三〇本、発病後は五、六本)の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和四〇年ころ)後も一六年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の症状に悪影響を与えていたものというべきである。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては、喫煙の事実を考慮すべきである。もっとも、証拠(乙E一〇二六の1の55)によると同人の主症状は気管支喘息であることが認められるから、損害額の減額割合は二割にとどめるのが相当である。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。しかし原告番号一九の患者についてと同様、原告らが右死亡の事実による損害額の増加を主張するものではないこと等から、本訴においてこの点は判断しない。
二五 原告番号二八
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。
2 本患者の発病時期について争いがあるが、いずれにしても本患者が本件地域内に居住するようになったのは、前記のとおり硫黄酸化物の大量排煙による大気汚染が改善されるに至った後である昭和五八年であり、また、国道二三号線の沿道に居住してはいないのであるから、本患者の気管支喘息の発病又は増悪と本件地域における大気汚染との間の因果関係はこれを否定するのが相当である。
二六 原告番号二九
1 本患者が肺気腫に罹患していることについては、時期の点はともかく、争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎及び気管支喘息に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問があるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、慢性気管支炎及び気管支喘息にも罹患したと認めるのが相当である。
2 本患者は昭和五〇年一二月に本件地域に転入してきたものである。ところで、その発病時期について、原告らは本件地域内に転居後の昭和五二年ころであるとし、これに沿う証拠(証人X2)もある。しかし、証人X2は本患者の妻として本患者と同居していたものの、本患者の症状を直接把握することはなかったのであるから、その供述をそのまま採用することはできない。そして、証拠(乙E一〇二九の1の3、4、5)によると、公健法の初認定時(昭和五三年)に、主治医は発病時期を昭和四七年ころと推定したこと、本患者は咳、痰症状が発現したのは昭和四六年ころであることを認定調査のため訪れた保健婦に対し供述したこと、本患者は転居直後の昭和五一年三月に慢性気管支炎、肺気腫で治療を開始したことが認められるのであるから、本患者の発病時期は遅くとも昭和四七年ころであるとみるのが相当である。そして本件地域居住後もその症状はなお悪化したものと認められる。
したがって、本患者については本件地域に居住し大気汚染の暴露を受けるようになった昭和五〇年一二月からの症状の増悪について、本件地域の大気汚染との間の因果関係が肯定される。
3 証拠(甲H一〇二九の10の1ないし5、甲H一〇二九の10の2の1ないし7、乙E一〇六〇の7の6ないし23)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりである。RISTの値はやや高いが、RASTは特になく、したがって、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一一六~三四一(正常値二五〇以下)
RAST 検査項目すべて〇
4 証拠(乙E一〇二九の1の5、6、13、14、19、20、22、24、29、30、32、34、40、41、43、45、50、53、54、60、61、証人X2)によると、本患者は昭和元年(二〇歳)ころから喫煙を始め、昭和五三年(七三歳)ころまでの約五三年間にわたり一日約二〇本弱、昭和五四年(七四歳)ころから昭和六〇年(八〇歳)ころまでの約六年間にわたり一日約五本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和四七年ころ)後も一三年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が本患者の症状に顕著な悪影響を及ぼしていたというべきである(ブリンクマン指数は一〇九〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては、喫煙の事実を考慮すべきである。そして、本患者の罹患疾病の種類(慢性気管支炎、気管支喘息)及び症状程度も考慮すると、損害額の五割を減額するのが相当である。
5 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
二七 原告番号三〇
1 被告らは、本患者が気管支喘息及び慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問があるが、証拠(乙E一〇三〇の1の1ないし14)によると、本患者の主治医は当初本患者が気管支喘息、慢性気管支炎のみならず肺気腫に罹患しているとして診断書を作成し、右三病名で公健法上の申請をしたこと、しかし右のうち肺気腫については認定を受けることができず、その後、追加認定の申請もしたがいったんは不認定となり、その後ようやく肺気腫も認定されたことが認められる。そうするとこのように慎重な公健法上の診断、認定の手続を前提にし、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、慢性気管支炎、気管支喘息にも罹患したと認めるのが相当である。
また、病名に前記のような疑念をはさむ余地がある以上、その発病時期は、本件証拠上それぞれ各病名につき診療開始日等とされる慢性気管支炎、気管支喘息については昭和五一年五月(乙E一〇三〇の1の2)、肺気腫については昭和五三年六月(乙E一〇三〇の1の12、13)と認めるのが相当である。
したがって、本患者の居住歴等も考慮するならば、遅くとも右時期までに居住地の大気汚染が原因で前記疾病に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇三〇の10の1の1ないし3、甲H一〇三〇の10の2の1ないし3)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一二・九~四九・六(正常値二五〇以下)
RAST 検査項目すべて〇
3 証拠(甲H一〇三〇の1、乙E一〇三〇の1の5、10、34)によると、本患者は、昭和五八年(七九歳)ころまで一日約五、六本の喫煙を続けていたことが認められる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の症状に相当程度悪影響を与えていたものというべきである。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきである。そして、罹患疾病の種類及び症状程度も考慮すると、損害額の三割を減額するのが相当である。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
二八 原告番号三一
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問があるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
ところで、本患者の発病時期について原告らは昭和五一年である旨主張するがこれを認めるに足りる証拠はない。そして、証拠(甲H一〇三一の1、乙E一〇三一の1の1、2、原告本人)によると、本患者は昭和五二年か昭和五三年ころから咳や痰が多くなったが売薬で対処したこと、昭和五四年から従事した職務はトラックの運転が中心で、道路からの粉じん、ばい煙にさらされ、このころから体調が悪くなったこと、昭和五七年三月から病院に通院するようになり、その結果、慢性気管支炎、気管支喘息に罹患していると診断され、同年六月、公健法の認定の申請をしたことが認められる。そうすると、本患者の昭和五二年か昭和五三年ころの症状が慢性気管支炎、気管支喘息の発病であったとは証拠上直ちには認め難く、また前記のような本件各工場からの排煙状況を考慮すると、本患者の発病時期が遅くとも昭和五五年以前であったと認めることができても、その発病の原因は主として右排煙よりも本患者の職務内容にあったと認めるのが相当である。
もっとも本患者は、昭和四八年から名古屋市北区に居住した後、昭和五〇年ころから名古屋市南区等に居住するようになったのであるから、このような本患者の居住歴も考慮すると、大気汚染がその症状を増悪させた場合(又は喫煙者についての場合)に準じた判断をするのが相当である。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては右事実も考慮すべきであり、損害額から四割を減額するのが相当である。
2 証拠(甲H一〇三一の10の1の1ないし9、甲H一〇三一の10の2の1ないし11、乙E一〇三一の7の1、2)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与しているものというべきである。
RIST 一一八~一八五(正常値二五〇以下)
RAST スギ三、ネコノフケ二、ハウスダスト1一 ヨモギ一
皮内反応 ハウスダスト、スギ、クラドスオリウム陽性
家族歴 長女、次女―気管支喘息
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実も考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
二九 原告番号三二
本患者の発病時期につき、原告らは、昭和五七年ころである旨主張し、右以前の発病については、これを認めるに足りる証拠はない。また、本患者が国道二三号線の前記範囲の沿道に居住していたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、右によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
三〇 原告番号三三
本患者の発病時期が昭和六〇年ころであることは、当事者間に争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。また、本患者が国道二三号線の前記範囲の沿道に居住していたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、右によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
三一 原告番号三四
1 本患者が気管支喘息及び肺気腫に罹患していたことについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問があるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
ところで、本患者が気管支喘息に罹患したのが昭和四〇年ころであることは争いがないが、本患者は当時本件地域に居住してはおらず、本件地域に居住するようになったのは昭和四三年である。そして本患者は、その後も症状が改善しなかったと認めることができる。そうすると、大気汚染がその症状を増悪させた事例であると認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇三四の10の1の1ないし5、甲H一〇三四の10の2の1、2、乙E一〇三四の1の3、17、乙E一〇三四の7の5、6)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の増悪にはアトピー素因が関与しているものというべきである。
RIST 五〇・五~九七(正常値二五〇以下)
RAST ハウスダスト1二、三 ヤケヒョウダニ三
皮内反応 ハウスダスト、タタミ陽性
家族歴 母―アトピー素因
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
3 証拠(乙E一〇三四の1の48)によると、本患者は昭和二四年(二五歳)ころから喫煙を始め、昭和四七年(四八歳)ころまでの約二三年間にわたり、一日約二〇本弱の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和三九、四〇年ころ)後も七年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の症状に顕著な悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は四六〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきである。そして、本患者の罹患疾病及び症状程度も考慮すると、損害額の三割を減額するのが相当である。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
三二 原告番号三五
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で右疾病に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇三五の10の1の1ないし27、甲H一〇三五の10の2の1ないし32、乙E一〇三五の7の2ないし27)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与しているものというべきである。
RIST おおむね一〇〇〇を超え、最高値は二八四九
RAST ハウスダスト二、ネコのフケ二、ハンノキゾク二、ギョウギシバ二、オオアワガエリ三、カモガヤ三、シラカアンバゾク三、ハルガヤ四
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
3 証拠(甲H一〇三五の1、原告本人)によると、本患者は昭和四一年(二二歳)ころから喫煙を始め、昭和五六年(三七歳)ころまでの約一五年間にわたり、一日約二〇本弱の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和五三年ころ)後も三年間喫煙を継続したことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の症状(特に増悪)に相当程度悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は三〇〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであるが(堀江意見書)、その病名が直接に喫煙の影響を受ける肺気腫等ではなく気管支喘息であることから、その損害額の一割を減額するのが相当である。
三三 原告番号三六
1 本患者が気管支喘息に罹患していたことについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問があるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
次に、被告らは本患者の主症状は気管支拡張症であると主張するので、この点について検討する。証拠(乙E一〇三六の1の4、12、20、28、34、乙E一〇三六の3の1、2、乙E一〇三六の6の1、2、3)によると、本患者については認定当初からレントゲン写真上気腫性嚢胞がみられ、痰の性状が膿性痰、血痰であること、解剖所見でも慢性気管支炎とともに気管支拡張「症」がみられ、死亡診断書にも右二病名が記載されていることが認められる。そして、山木戸意見書によると、右事実等をふまえると本患者の主症状は気管支拡張症であったと認めるのが相当であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 本患者の発病時期について、被告らは本件地域で大気環境が問題となる以前の昭和七年ころであるとし、また証拠(乙E一〇三六の1の3)によると最初の発作があったのは本患者が一〇歳のときであった旨を主治医が聴き取ったことが認められる。しかし、証拠(乙E一〇三六の1の3、証人横井美代子)によると、本患者は昭和二六年に横井美代子と婚姻した当時は特段の症状を有しておらず、また、婚姻後一〇年間も支障なく生活を営み、昭和三七年ころから喘息発作を起こすようになったことが認められ、これによると本患者は小児喘息に罹患し、その後右は成人するころまでにいったん寛解していたものと認められる。したがって、本患者の発病時期は昭和三七年一月ころであると認められる。
もっとも、前記のとおり、本患者の主症状は気管支拡張症であったから、大気汚染によりその症状が増悪した場合に準じ、損害額の七割が対象となると認めるのが相当である。
3 証拠(乙E一〇三六の1の3、11、19、27)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりである。ところで前記のとおり、本患者は小児喘息に罹患したというのであるから、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与したと認めるのが相当である。
RIST 不明
RAST 不明
皮内反応 ハウスダスト陽性
もっとも、前記のとおり、本患者の主症状は気管支拡張症であったから、本患者の損害額を算定するに当たってのアトピー素因による減額は、損害額の一割とするのが相当である。
4 証拠(乙E一〇三六の1の4、12、証人横井美代子)によると、本患者は昭和三五年(三八歳)ころから喫煙を始め、最長で昭和五〇年(四三歳)ころまで一五年間にわたり、一日約一〇本の喫煙を継続していたことが認められる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が本患者の症状に悪影響を及ぼしたとまでいうことはできない(ブリンクマン指数は一五〇である。)。
5 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
三四 原告番号三七
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問があるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
2 本患者の発病時期について、被告らは本件地域で大気環境が問題となる以前の昭和一七年(二三歳)ころであるとし、また証拠(乙E一〇三七の1の27)によると最初の発作があったのは本患者が二三歳のときであった旨を主治医が聴き取ったことが認められる。しかし、証拠(甲H一〇三七の1、原告本人)によると、戦時(太平洋戦争)中には本患者は気管支が弱いことを自覚していたにとどまることが認められ、したがって、前記の症状をもって気管支喘息の発病と認めるのは相当ではない。他方、原告らは本患者の発病時期が昭和四五年ころである旨を主張する。しかし、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは昭和五〇年八月の診療開始日であるから(乙E一〇三七の1の2、3)、これによるのが相当である。
したがって、本患者については昭和五〇年からの気管支喘息の罹患について、本件地域の大気汚染との間の因果関係が肯定される。
3 証拠(甲H一〇三七の10の1の1ないし16、甲H一〇三七の10の2の1ないし28、乙E一〇三七の1の4、20、7の4ないし21)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与しているというべきである。
RIST 四三〇~一七六〇(正常値二五〇以下)
RAST ヤケヒョウダニ三、ハウスダスト2(三、四)、コナヒョウダニ三、ハウスダスト1(二、三)、アスペルギルス二、クラドスポリウム二、ペニシリウム(二、三)、コメ二、ブタクサ二、スギ二、オオブタクサ(二、三)
皮内反応 ハウスダスト、タタミ陽性
家族歴 孫二人―気管支喘息、異母姉―気管支喘息
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
三五 原告番号三八
1 本患者が気管支喘息に罹患していたことについては争いがない。そして、被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張する。
2 ところで、本患者の発病時期は証拠上一見して明らかというものではない。客観的に明らかな事実は、本患者が昭和五八年五月から診療を受け、気管支喘息と診断されたことである(乙E一〇三八の1の2)。そして右証拠によると、その際医師は、本患者が二〇歳のころ最初の発作があったとして、昭和八年一〇月ころ発病と推定したことが認められる。しかし、証拠(乙E一〇三八の1の10、18)によると、前記と同一の医師が、その後作成した二通の診断書において、最初の発作があったのは六九歳(昭和五七年一一月以降)ころ、六八歳ころ(昭和五六年一一月以降)とし、これを基に医師は昭和五六年六月ころ発病と推定したことが認められる。右のような診断書の作成経緯からすると、本患者の発病時期は昭和五六年六月ころであったと認めるのが相当であり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
そして、右事実によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
三六 原告番号三九
1 本患者が気管支喘息に罹患していたことについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
そして慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは昭和四八年一〇月の診療開始日であるから(乙E一〇三九の1の12、20、53)、これによるのが相当である(なお、乙E一〇三九の1の1では、診療開始日を昭和四八年一〇月と記載した後、昭和四二年九月に訂正したことが認められるが、その後作成された右各診断書の記載によると右訂正が誤りであったものと認められる。)。
2 証拠(甲H一〇三九の10の1の1ないし7、甲H一〇三九の10の2の1ないし4、乙E一〇三九の1の2、21、30、38、39)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一二~四二・六(正常値二五〇以下)
RAST すべて陰性
皮内反応 ハウスダスト陰性
家族歴 弟―気管支喘息
3 本患者は本訴係属中に死亡した。しかし原告番号一九の患者についてと同様、原告らが右死亡の事実による損害額の増加を主張するものではないこと等から、本訴においてこの点は判断しない。
三七 原告番号四〇
1 本患者が肺気腫に罹患していたことについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
そして慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは昭和四八年二月の診療開始日であるから(乙E一〇四〇の1の1)、これによるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇四〇の1、証人亀井圭子)によると、本患者は昭和二四年(一九歳)ころから喫煙を始め、昭和五六年(五〇歳)ころまでの約三一年間にわたり、一日約三〇本弱の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和四八年ころ)後も八年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の症状に顕著な悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は九三〇である。)。
したがって、本患者の損害額の算定に当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の五割を減額するのが相当である。
3 本患者の症状程度について、被告らは平成二年九月からの症状悪化は肺癌手術によるものであり、指定疾病の症状程度としては二級相当であって、一級への等級変更は妥当でなかった旨主張する。しかし、証拠(甲H一〇四〇の1、甲H一〇四〇の20の1、乙E一〇四〇の1の52、55、58、61、証人亀井圭子)によると、昭和六三年ころから本患者の息切れ症状はレベル一になっていたほか、平成二年当時本患者は在宅酸素療法を開始し、翌年からの肺機能検査はできなかったこと、認定審査会も本患者の症状が悪化しているとの審査意見を出していること等の事実が認められ、右等級変更に特に疑問を抱くような事情は認められず、公健法上の等級認定は妥当であったものとみるのが相当である。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
三八 原告番号四二
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。なお、本患者のように小児期に喘息性気管支炎と認定されたが、その後気管支喘息と認定された者は、特段の事情のない限り当初から気管支喘息とみるべきである。
そしてその発病時期は、これが客観的に裏付けられ、証拠上認められるのは昭和五三年一月の診療開始日であるから(乙E一〇四二の1の2、3、4等。なお同7の記載は誤記と認められる。)、これによるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇四二の10の1の1ないし3、甲H一〇四二の10の2の1ないし3、乙E一〇四二の1の4、13、7の1、2)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与しているというべきである。
RIST 五三~六四(正常値二五〇以下)
RAST ハウスダスト1三、コナヒョウダニ四、ヤケヒョウダニ四
皮内反応 ハウスダスト陽性
家族歴 姉―気管支喘息
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
なお被告らは、本患者はアトピー型喘息であって、大気汚染との因果関係を争うが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、右因果関係はあると認め、ただその損害額を減額するにとどめるのが相当である。
三九 原告番号四三
1 被告らは、本患者は気管支喘息に罹患しており、慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。
2 本患者の症状程度について、被告らは、平成元年以降はほぼ寛解状態にある旨主張する。しかし、前示のとおり客観的にされている公健法上の診断、認定を覆すに足りる証拠はない。
四〇 原告番号四四
1 被告会社らは、本患者が慢性気管支炎等に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇四四の1、乙E一〇四四の1の13、原告本人)によると、本患者は昭和五、六年(一五、一六歳)ころから喫煙を始め、昭和二〇年(三〇歳)ころまでの約一四、一五年間一日約二、三本の喫煙を続けていたことが認められる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の症状に悪影響を与えていたということはできない。
3 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
四一 原告番号四五
1 原告らは、本患者が当初慢性気管支炎に罹患しており、その後気管支喘息に罹患した旨を主張する。しかし、胸部レントゲン写真等の証拠(乙E一〇四五の1の3、4、10、12、18、26、27、31、32、34、35、38、39、40、41、43、44、47、49、51、52、乙E一〇四五の2の3、乙E一〇四五の6の1)及び山木戸意見書、同人の証言等を総合すると、本患者の当初の症状は慢性気管支炎の病名では説明ができず、本患者の咳、痰症状は肺結核後遺症及び肺線維症によるものであること、そしてその後、気管支喘息を併発したことが認められる。前示のとおり、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされているものであるが、レントゲン写真等も含む右証拠による認定を覆すものとまではいえず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。また、気管支喘息の発病時期は、証拠(乙E一〇四五の1の13、15)によると本患者には昭和五八年四月ころから喘息様発作がみられたことが認められるのであるから、右時期と認めるのが相当である。
そして右認定の発病時期によると、本患者の発病については、居住する本件地域全般の大気の汚染との因果関係はこれを認めることはできない。しかし、個人票記載のとおり、本患者は国道二三号線沿道約九mの位置に居住していた者で、右居住歴、発病歴等を考慮すると、本患者の発病と国道二三号線沿道の大気汚染との間に因果関係を認めることができる。なお被告国は、本患者の居住地の国道二三号線は、橋梁構造となっており、沿道住民に与える被害は少ない旨を主張するが、右によっても本患者につき因果関係を否定するに足りるものとは認められない。
2 証拠(乙E一〇四五の1の26、証人田中正平)によると、本患者には喫煙歴があるが、発病後は禁煙していることが認められる。右喫煙の程度を勘案すると、喫煙が同人の症状に悪影響を与えていたということはできない。
3 被告国は、本患者の気管支喘息はアトピー型である旨を主張するが、これを認めるにまで足りる証拠はない。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
四二 原告番号四六
1 被告らは、本患者は気管支喘息に罹患していたもので、慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。ただ慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、認められるのは昭和四七年二月の診療開始日であるから(乙E一〇四六の1の2)、これによるのが相当である。原告らは、右以前の発病を主張するが、関係する診療録等の提出もない本件にあってはこれを裏付けるに足りる証拠を欠くといわねばならない。
2 また、被告らは本患者の症状は軽い旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
四三 原告番号四七
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
次に、その発病時期につき、原告らは、昭和四五年を主張する。しかし、これを裏付けるに足りる証拠はない。証拠上明らかなのは、昭和五七年三月の診療開始日である(乙E一〇四七の1の2)。もっとも、証拠(乙E一〇四七の1の4)によると、本患者は、公健法上の認定を受けるに当たり、保健婦等に対し昭和五〇年から通院を開始した旨を述べたこと、その内容は医療機関名も特定し具体的であることが認められ、右事実と本患者の居住状況等を併せ考慮するならば、右昭和五〇年をもって発病時期と認めるのが相当である。
また被告会社らは、本患者の症状は平成二年以降は、三級相当であった旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 証拠(甲H一〇四七の10の1の1ないし21、甲H一〇四七の10の2の1ないし24、乙E一〇四七の1の3、9、18、39、49、原告本人)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 二二~五五・七(正常値二五〇以下)
RAST ハウスダスト〇、コナヒョウダニ〇、ヤケヒョウダニ〇、ペニシリウム〇
四四 原告番号四八
1 被告らは、本患者は気管支喘息であり、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。
次に、その発病時期につき、原告らは、昭和三八年ころを主張し、被告らは昭和三四年ころを主張する。しかし、証拠上明らかなのは、昭和四八年三月の診療開始日である(乙E一〇四八の1の1)。他の時期は、診療録等の提出のない本件にあっては裏付けとなる証拠を欠くものといわねばならない。
また被告会社らは、本患者の症状は平成元年以降は、ほぼ寛解であった旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 証拠(乙E一〇四八の1の7、22、30、38、46)によると、本患者は昭和三三年(二〇歳)ころから喫煙を始め、昭和五五年(四二歳)ころまでの約二二年間にわたり、一日約二〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和四八年ころ)後七年間も喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、本患者の症状に喫煙が悪影響を及ぼしていたものというべきである(ブリンクマン指数は四四〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては、その五割を減額するのが相当であると認める。
四五 原告番号四九
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で右疾病に罹患したと認めるのが相当である。
2 発病時期について、原告らは昭和四〇年ころと主張し、被告らは昭和三八年ころと主張する。しかし、証拠上明らかなのは、昭和四六年一〇月の診療開始日である(乙E一〇四九の1の2。なお主治医は慢性気管支炎と診断し、これに基づき認定申請をしたところ気管支喘息として認定されたものである。)。他の時期は、診療録等の提出のない本件にあっては裏付けとなる証拠を欠くものといわねばならない。
3 証拠(甲H一〇四九の10の1の1ないし12、甲H一〇四九の10の2の1ないし6、乙E一〇四九の1の6、15、23、24、31、33、39、41、47、49、57、乙E一〇四九の7の1ないし5)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 九・六~五〇八(正常値二五〇以下)
RAST ハウスダストほか検査項目すべて〇
皮内反応 ハウスダスト陽性
家族歴 父―アトピー素因、兄―アトピー素因、気管支喘息
4 証拠(甲H一〇四九の1、乙E一〇四九の1の33、41、49、57、原告本人)によると、本患者は昭和五四年(三九歳)ころから喫煙を始め、昭和六〇年(四五歳)ころまでの六年間にわたり、当初五本程度、その後やめる二、三年前には一〇ないし一五本程度の喫煙を続けていたことが認められる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、本患者の症状に喫煙が悪影響を及ぼしていたものとまでは認められない。
5 被告らは、本患者が昭和五二年の更新時期に更新手続きをしなかった理由は当時の症状程度が極めて軽症だったことにあり、昭和三七年に結婚した夫の職場である名古屋交通局の上司から圧力をかけられたのであれば、昭和五六年に再申請することはないはずであると指摘し、再申請時に本患者が保健婦に対し更新時期に発作がなく仕事が忙しかったことを認定更新しなかった理由として説明していることも証拠(乙E一〇四九の1の17)としてあげる。しかし、そのような家庭の内部事情まで保健婦に話すことは通常ないであろうし、また、証拠(原告本人)によると、昭和五六年には本患者は夫と別居し、昭和六二年には離婚に至っていることが認められ、再申請当時本患者が夫の都合にそれほど拘泥することなく再申請ができる立場にあったことが認められるのであって、右の事情から直ちに本患者の更新手続きに至る過程が不自然であるということはできない。そして、他に本患者の症状が軽症であったとの事実を認めるに足りる証拠はない。
四六 原告番号五〇
1 本患者が気管支喘息に罹患していたことについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張する。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
次に、その発病時期につき、証拠上明らかなのは、昭和五七年一二月の診療開始日である(乙E一〇五〇の1の2)。もっとも、証拠(甲H一〇五〇の1、証人田中純)によると、本患者は本件地域の居住歴を有しており、ただ昭和五二年一月から昭和五五年九月まで一時千種区に転居し、その後再度本件地域に戻ったところ、発病するに至ったこと、そして当初は大同病院に通院していたというもので、右は具体的な陳述であり、また本患者の居住歴にもよく符合するもので採用できる。そうすると本患者は、昭和五五年末ころ発病したと認めるのが相当である。そして居住時期も考慮すると、居住していた本件地域の大気汚染とその発病との間に因果関係を認めることができる。
2 証拠(乙E一〇五〇の1の3)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 検査なし
RAST 検査なし
皮内反応 ハウスダスト陰性
3 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
四七 原告番号五一
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
次に、その発病時期につき、原告らは、昭和四七年ころを主張する。しかし、これを裏付けるに足りる証拠はない。証拠上明らかなのは、昭和五〇年一〇月の診療開始日であるから(乙E一〇五一の1の3)、右をもって発病時期と認めるのが相当である。
また被告会社らは、本患者の症状は軽症であった旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 証拠(甲H一〇五一の10の1の1ないし10、甲H一〇五一の10の2の1ないし16、乙E一〇五一の1ないし17)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与しているものというべきである。
RIST 一七四~四四〇〇(正常値二五〇以下)
RAST ハウスダスト三~四、ダニ類四
皮内反応 ハウスダスト陽性
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
3 証拠(乙E一〇五一の1の4)によると、本患者は昭和二五年(二二歳)ころから喫煙を始め、昭和四九年(四四歳)ころまでの約二五年間一日五、六本の喫煙を続けていたことが認められる。右喫煙の期間及び本数並びに本患者が慢性気管支炎にも罹患していたことを勘案すると、喫煙が本患者の症状に相当程度悪影響を及ぼしていたものというべきである(ブリンクマン指数は一二五~一五〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の一割を減額するのが相当である。
四八 原告番号五二
1 本患者が肺気腫に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
次に、その発病時期につき、原告らは、昭和四三年ころを主張する。しかし、これを裏付けるに足りる証拠はない。証拠上明らかなのは、昭和四九年三月の診療開始日であるから(乙E一〇五二の1の2)、右をもって発病時期と認めるのが相当である。
また被告会社らは、本患者の症状は平成六年までは、認定二級相当であった旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 証拠(甲H一〇五二の1、乙E一〇五二の1の4、原告本人)によると、本患者は昭和一二年(三〇歳)ころから喫煙を始め、昭和五三年(六二歳)ころまでの約三二年間にわたり、一日約二〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和四九年ころ)後も四年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が本患者の病状に顕著な悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は六四〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の五割を減額するのが相当である。
3 別冊一個人票記載のとおり、本患者は国道二三号線沿道の居住歴を有してはいるが、全線開通後まもなく転居していること、気管支喘息には罹患していないことから、沿道の大気汚染との因果関係はこれを認めることはできない。
四九 原告番号五三
1 本患者の発病時期については争いがあるが、いずれにしても昭和五五年以前の発病の事実は、これを認めるに足りる証拠がない。
そして、右事実によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
2 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
五〇 原告番号五四
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
また被告会社らは、本患者の症状は結核が影響を及ぼしている旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 証拠(甲H一〇五四の10の1の1ないし11、甲H一〇五四の10の2の1ないし4、乙E一〇五四の1の12)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 四六・九~二三二(正常値二五〇以下)
RAST ハウスダスト1・2、ダニ類含めすべて〇
皮内反応 ハウスダスト陽性
家族歴 姉―アトピー素因
五一 原告番号五五
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
また被告会社らは、本患者の症状は心因的要素が大きい旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 次に、その発病時期につき、原告らは、昭和三四年ころを主張する。しかし、これを裏付けるに足りる証拠はない。そして、証拠(乙E一〇五五の1の1、2、原告本人)によると、本患者は、公健法の認定申請時の書類に通院開始時期を昭和二五年五月と記載したこと、初認定時(昭和五一年)の主治医伊藤正弘(廻間医院)は、発病時期を昭和二五年五月ころと推定していること、本患者自身も二〇歳ころから発作があったことを自覚していること等の事実が認められるから、本患者の発病時期は昭和二五年五月ころであると認めるのが相当である。
また、証拠(甲H一〇五五の1、原告本人)によると、昭和三五年ころから居住地周辺の大気環境が悪化し、本患者の症状が悪化したことが認められる。
したがって、本患者の居住状況等も考慮すると、本患者については昭和三六年ころからの気管支喘息症状の増悪について、大気汚染との因果関係が肯定される。
3 証拠(甲H一〇五五の10の1の1ないし11、甲H一〇五五の10の2の1ないし23、乙E一〇五五の1の2、3、12、13、19、21、27、29、46、54、62)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一〇~三七(正常値二五〇以下)
RAST カンジダ一~二
皮内反応 ハウスダスト陰性
家族歴 母―アトピー素因、気管支喘息、娘―アトピー素因、妹―蕁麻疹
五二 原告番号五六
1 本患者が気管支喘息に罹患(併発)していたことについては争いがない。また、証拠(乙E一〇五六の3の1ないし3)及び山木戸意見書によると、本患者は肺気腫を併発していたことが認められる。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
次に、その発病時期につき、原告らは、昭和五一年ころを主張する。しかし、これを裏付けるに足りる証拠はない。証拠上明らかなのは、昭和五二年三月の診療開始日であるから(乙E一〇五六の1の3)、右をもって発病時期と認めるのが相当である。
2 証拠(乙E一〇五六の1の25、証人)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 不明
RAST 不明
皮内反応 ハウスダスト陽性
3 証拠(乙E一〇五六の1の5、26、証人)によると、本患者は昭和五年(一七歳)ころから喫煙を始め、昭和五三年(六五歳)ころまでの約四八年間にわたり、一日約一五本、認定後も昭和五四年(六六歳)ころから昭和五八年(七〇歳)ころまでの約五年間にわたり、一日二、三本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和五二年ころ)後も約六年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数並びに本患者の罹患疾病を勘案すると、喫煙が同人の病状に顕著な悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は七三〇~七三五である。認定前七二〇、認定後一〇~一五。)。
したがって、本患者の損害を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、その損害額の五割を減額するのが相当である。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
五三 原告番号五七
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
次に、その発病時期につき、原告らは、昭和四八年ころを主張する。しかし、これを裏付けるに足りる証拠はない。証拠上明らかなのは、昭和五四年八月の診療開始日であるから(乙E一〇五七の1の2)、右をもって発病時期と認めるのが相当である。
2 証拠(乙E一〇五七の1の3、9、18、39、49、原告本人)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 不明
RAST 不明
皮内反応 ハウスダスト陽性
五四 原告番号五八
原告らは、本患者の発病時期につき、昭和五三年ころを主張する(最終準備書面)。しかし、これを裏付けるに足りる証拠はない。証拠上明らかなのは、昭和五六年一二月の診療開始日であるから(乙E一〇五八の1の3。なお右には発病推定日として昭和五六年一二月の記載もある。)、右をもって発病時期と認めるのが相当である。
そして、右事実によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
五五 原告番号五九
1 本患者が気管支喘息及び肺気腫に罹患(いずれも併発)していたことについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
2 本患者の発病時期は、証拠上明白とはいえない。証拠上明らかなものは、昭和五三年九月の診療開始日である(乙E一〇五九の1の3)。しかし、証拠(甲H一〇五九の1、乙E一〇五九の1の5、13、17、25、33、41、49、57、原告本人)によると、本患者は認定調査において認定当初より最近まで一貫して咳、痰、喘息発作、息切れの各症状が昭和四七、八年から起こっていたと保健婦等に供述していたこと、本患者自身も香川県高松市居住中に喘鳴を自覚していたこと等の事実が認められ、これらの事実によると本患者の発病時期は昭和四八年ころであると認めるのが相当である。
そして本患者が本件地域に居住するようになったのは昭和四九年であるが、証拠(甲H一〇五九の1、2、原告本人)によると、本件地域居住後の昭和五二年ころから症状が悪化し、通院を必要とするようになったことが認められる。
したがって、本患者については昭和五二年ころからの症状の増悪について、大気汚染との因果関係が肯定される。
3 証拠(甲H一〇五九の10の1ないし10、甲H一〇五九の10の2の1ないし25、乙E一〇五九の1の4、12、16、24、32、乙E一〇五九の7の6ないし23)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の増悪にはアトピー素因が関与しているものというべきである。
RIST 七五四~八五二
RAST アスペルギルス・カンジタ・ペニシリウムなどの真菌類三~四、ハウスダスト二、ダニ類二
皮内反応 ハウスダスト、アスペルギルス、パンシリウム、カンジタ陽性
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
4 証拠(甲H一〇五九の1、乙E一〇五九の1の13、原告本人)によると、本患者は昭和二一年(一九歳)ころから喫煙を始め、昭和五二年(五〇歳)ころまでの約三一年間にわたり、一日約一〇本の喫煙を続けていたことが認められる。右喫煙の期間及び本数並びに罹患疾病を勘案すると、喫煙が同人の病状に相当程度悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は三一〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の二割を減額するのが相当である。
5 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
五六 原告番号六〇
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇六〇の10の1ないし18、甲H一〇六〇の10の2の1ないし31、乙E一〇六〇の1の3、12、19、26、27、28、36、46、56、66、乙E一〇六〇の7の1ないし8)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 四四~一七六(正常値二五〇以下)
RAST スギ三~五、ブタクサ二
皮内反応 ランパク等陽性
家族歴 妹―小児喘息、子―アトピー素因
五七 原告番号六一
本患者の発病時期が昭和五七年ころであることは、当事者間に争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。また、本患者が国道二三号線の前記範囲の沿道に居住していたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、右によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
五八 原告番号六二
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。
本患者の発病時期が昭和五五年ころであることは当事者間に争いがない。そして証拠(甲H一〇六二の1、乙E一〇六二の1の2、原告本人)によると、本患者は出生後終始肩書地に居住していたこと、昭和五五年ころ発病し、近くの医師の診察を受け気管支喘息と診断された後、昭和五六年八月勤務先の指示で名古屋大学医学部附属病院の診察を受け気管支喘息と診断されたことが認められる。右のような居住歴、診察に至る具体的な経過等を考慮すると、本患者は、肩書地に居住していたため昭和五五年ころ大気汚染により気管支喘息に罹患したものと認められる。
2 証拠(乙E一〇六二の7の1)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりである。RISTの値は高いものもあるが、RASTは格別認められず、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一三九、四五〇、三六四、五四六
RAST ハウスダスト〇、ヤケヒョウダニ〇、アスペルギルス〇、アルテルナリア〇、すぎ〇、ぶたくさ〇、よもぎ〇、かもがや〇、ネコ上皮〇、ゴキブリ〇
皮内反応 ハウスダスト陰性(昭和五六年)、陽性(昭和六二年)
五九 原告番号六三
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の勤務地、勤務内容(乙E一〇六三の1の1)その他本患者の別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、勤務地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(乙E一〇六三の1の7、10、13、16、一〇六三の2の1)によると、本患者については、減感作療法がされたこと、しかし、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、RIST検査もされていないことが認められる。右事実によると、本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与している疑いはあるが、これを認めるには足りないものである。
RIST 検査なし
RAST 検査なし
六〇 原告番号六五
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。
2 発病時期について、原告らは昭和四〇年ころと主張する。しかし、証拠上明白なものは、本患者のたから診療所における診療開始日である昭和六〇年一月である(乙E一〇六五の1の2)。原告らは本患者のたから診療所の診療開始日が昭和五〇年ころであった旨を主張し、証拠(乙E一〇六五の1の4)によると本患者も当初の認定を受ける際に保健婦に対しその旨述べたことが認められるが、前記認定を覆すものとはいえない。なお前記証拠(乙E一〇六五の1の2)には、発病した日(推定)として昭和五〇年ころとの記載があるが、診療録等裏付けとなる証拠の提出はなく、直ちには採用できない。
そして、右発病時期によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
六一 原告番号六七
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
次に、その発病時期につき、原告らは、昭和五〇年ころを主張する。しかし、これを裏付けるに足りる証拠はない。証拠上明らかなのは、昭和五一年六月の診療開始日であるから(乙E一〇六七の1の2)、右をもって発病時期と認めるのが相当である。
また被告会社らは、本患者の症状は当初から三級相当である旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 証拠(乙E一〇六七の1の3、11、乙E一〇六七の7の2)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりである。RISTの値はやや高いが、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 三九六(平成二年)
RAST 不明
皮内反応 ハウスダスト陰性
家族歴 二女―小児喘息
六二 原告番号六八
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で右疾病に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇六八の1、乙E一〇六八の1の3、11、19、27、原告本人)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 不明
RAST 不明
皮内反応 ハウスダスト陽性
3 本患者の症状程度について、被告らは入院歴がなく、通院回数は月に四~六日であり、ステロイドの依存性がないことから、認定当初から三級相当である旨主張する。しかし、証拠(甲H一〇六八の1、乙E一〇六八の1の4、12)によると、主治医は一貫して喘息発作の症状程度及び管理区分をランク三(二級相当)と判断していたこと、昭和五三年ころから五九年当時において本患者の喘息発作は月三、四回以上あったことが認められるから、昭和六二年までは二級相当であったと認めるのが相当である。
六三 原告番号六九
1 被告らは、本患者は気管支喘息であり、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。なお証拠(乙E一〇六九の1の17、19)によると、主治医は、認定後気管支喘息の発症も疑い、認定審査会もこれを検討したが、検査数値等から慢性気管支炎のみの認定にとどめたことが認められる。
次に、その発病時期につき、原告らは、昭和四三年ころを主張する。しかし、これを裏付けるに足りる証拠はない。証拠上明らかなのは、昭和四五年六月からの気管支炎症状による受診であるから(乙E一〇六九の1の1)、右をもって発病時期と認めるのが相当である。
2 また被告会社らは、本患者の症状は昭和五七年以降は三級相当である旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
六四 原告番号七〇
1 原告らは、本患者の発病時期が昭和五〇年ころである旨を主張する。しかし、証拠上明白なのは昭和五八年二月の診療開始日であって(乙E一〇七〇の1の2)これによらざるを得ない。もっとも右証拠には、発病した日(推定)として昭和五〇年一一月との記載があるが、診療録等客観的な証拠の提出のない本件にあっては、直ちにこれによることはできない。なお、証拠(甲H一〇七〇の1、証人X4)によると昭和五〇年ころは本患者はよく風邪を引くようになったというにとどまり、これをもって直ちに慢性気管支炎の発病と認めるのも相当ではない。
そして、右事実によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる(被告らは、右時期として昭和五六年ころを主張するが、これによっても同様である。)。
2 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
六五 原告番号七一
1 本患者が慢性気管支炎に罹患していることについては争いがない。
2 本患者の発病時期について、被告らは昭和一〇ないし二〇年代前半ころである可能性があると主張し、これに沿う証拠(乙E一〇七一の1の37、45、53。いずれも保健婦作成の認定調査表)もある。しかし、証拠(乙E一〇七一の1の5)によると、本患者は昭和一二年ころ肺結核又は肋膜炎に罹患して二年間通院したことが認められ、その当時の咳、痰症状が前記認定調査表に記載されたことが推認される。また特に平成八年の認定調査表(乙E一〇七一の1の53)には咳、痰の症状発現時期を昭和二三年、四八歳ころと記載しているが、昭和二三年ころは本患者は三四歳であり、同調査表の記載は本患者の記憶違いか、保健婦の誤記である可能性が高く信頼性は高くないといえる。そうすると、前記発病時期を昭和一〇ないし二〇年代前半ころと認めるのは相当でない。
他方原告らは本患者の発病時期が昭和四三年ころである旨を主張する。しかし証拠上客観的に明白なのは、昭和五三年六月の診療開始日であり(乙E一〇七一の1の3)、右以前については、前医等の診療録等客観的な裏付けを欠くもので、本件全証拠によってもこれを認めるに足りないといわざるを得ない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると遅くとも右時期までに居住地の大気汚染により慢性気管支炎に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
3 証拠(甲H一〇七一の1、乙E一〇七一の1の3、8、11、13、16、19、21、原告本人)によると、本患者は昭和一九年(二九歳)ころから喫煙を始め、昭和六〇年(七〇歳)ころまで約四一年間一日約一〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和五三年ころ)後も七年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の慢性気管支炎症状に顕著な悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指教は四一〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては、その損害額の四割を減額するのが相当である。
六六 原告番号七二
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。
本患者の発病時期について原告らは昭和五二年ころである旨を主張する。しかし、証拠上客観的に明白なのは昭和五四年一月の診療開始日であり(乙E一〇七二の1の2。なお右には発病した日(推定)として昭和五三年一二月の記載がある。)、右以前については、診療録等客観的な裏付けを欠くもので、本件全証拠によってもこれを認めるに足りないといわざるを得ない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると遅くとも右時期までに居住地の大気汚染により気管支喘息に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇七二の1、甲H一〇七二の10の1の1ないし7、乙E一〇七二の1の2、19、20、34、原告本人)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 五四・一~一九(正常値二五〇以下)
RAST すべて〇
皮内反応 ハウスダスト陽性(昭和五四年)、陰性(昭和六〇年)
家族歴 息子―アトピー素因、実父、父―気管支喘息
六七 原告番号七三
1 本患者については病名ももちろんその発病時期も争点となっている。
本患者の発病時期について原告らは昭和五八年ころである旨を主張する。しかし、証拠上客観的に明白なのは昭和六三年二月の診療開始日であり(乙E一〇七三の1の2)、右以前については、前医等の診療録等客観的な裏付けを欠くもので、本件全証拠によってもこれを認めるに足りないといわざるを得ない。そして右事実によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる(なお原告ら主張の昭和五八年を前提にしても同様である。)。
2 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
六八 北見正一(原告番号七四 北見久枝)
1 本患者が慢性気管支炎に罹患していたことについては争いがない。
本患者の発病時期について原告らは昭和四五年ころである旨を主張する。しかし、証拠上客観的に明白なのは昭和四九年二月の診療開始日であり(乙E一〇七四の1の2)、右以前については、前医等の診療録等客観的な裏付けを欠くもので、本件全証拠によってもこれを認めるに足りないといわざるを得ない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると遅くとも右時期までに居住地の大気汚染により慢性気管支炎に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。なお右時期は、以下に判断する喫煙の終了時期にも合致する。
2 証拠(甲H一〇七四の1、乙E一〇七四の1の4、証人北見紀正)によると、本患者は昭和一〇年(二一歳)ころから喫煙を始め、昭和四九年(六〇歳)ころまで約三九年間一日約一〇本の喫煙を続けていたことが認められる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が、同人の慢性気管支炎の病状に顕著な悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は三九〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の四割を減額するのが相当である。
3 本患者の死亡について、公健法上の認定死亡起因率は一〇〇%であり、また証拠(乙E一〇七四の3の1)によると、本患者の直接死因は気管支肺炎であり、その原因は慢性気管支炎であることが認められる。したがって、本患者の死亡と大気汚染との間の因果関係はこれを認めることができる。
六九 堀部すま子(原告番号七五 堀部芳雄)
1 本患者が気管支喘息に罹患していたことについては争いがない。
2 本患者の発病時期について原告らは昭和五六年ころである旨を主張する。しかし、証拠上客観的に明白なのは昭和五七年七月の診療開始日であり(乙E一〇七五の1の3)、右以前については、前医等の診療録等客観的な裏付けを欠くもので、本件全証拠によってもこれを認めるに足りないといわざるを得ない。そして右事実によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる(なお原告ら主張の昭和五六年を前提にしても同様である。)。
七〇 原告番号七七
本患者の発病時期が昭和五九年四月ころであることは、当事者間に争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。また、本患者が国道二三号線の前記範囲の沿道に居住していたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、右によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
七一 原告番号七八
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により気管支喘息に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
なお被告会社らは、本患者の症状は軽症である旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 証拠(甲H一〇七八の10の1の1ないし6、甲H一〇七八の10の2の1ないし16、乙E一〇七八の1の3、11、19、乙E一〇七八の7の1)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与しているというべきである。
RIST 九~四九・四~七一七(正常値五〇〇以下)
RAST ハウスダスト二、ヤケヒョウダニ二、コナダニ二、ダニ三
皮内反応 ハウスダスト陽性(昭和五八年)、陰性(昭和五五年、六一年)
家族歴 父母―アトピー素因、長男―気管支喘息、長女―アトピー素因、次男―喘息気味
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
七二 原告番号七九
1 本患者が慢性気管支炎に罹患していたことについては争いがない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により慢性気管支炎に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
ところで、本患者は国道二三号線の沿道に居住していた。しかしその位置は、出入り路から約三二m(沿道約四四m)というもので前記の一般的な範囲を超えており、またその病名は慢性気管支炎であって気管支喘息ではないから、沿道の大気汚染との因果関係を認めることはできない。
2 証拠(乙E一一七九の1の4、16、56、原告本人)によると、本患者は昭和九年(一八歳)ころから喫煙を始め、昭和五〇年(五九歳)ころまでの約四一年間一日約一〇ないし二〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和四五年ころ)後も五年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の慢性気管支炎に顕著な悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は四一〇ないし八二〇である。)。
したがって、本患者の損害額の算定に当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の五割を減額するのが相当である。
3 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
七三 原告番号八〇
1 本患者が慢性気管支炎に罹患していたことについては争いがない。
2 本患者の発病時期について原告らは昭和四四年ころである旨を主張する。しかし、証拠上客観的に明白なのは昭和四八年一月の診療開始日であり(乙E一〇八〇の1の2)、右以前については、前医等の診療録等客観的な裏付けを欠くもので、本件全証拠によってもこれを認めるに足りないといわざるを得ない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると遅くとも右時期までに居住地の大気汚染により慢性気管支炎に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
他方、被告らは右時期は昭和三〇年ころであること、したがって当時は大気汚染は存在しなかったのであるから本患者の発病との間に因果関係を欠く旨主張し、これに沿う証拠(乙E一〇八〇の1の32。保健婦作成の認定調査表)もある。しかし、本患者についての認定調査において本患者が咳、痰の各症状が昭和三〇年ころから起こっていたと保健婦に供述したのは右昭和五八年の調査一回のみであり、したがってこれを直ちに採用するのは相当ではない。そして他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
3 証拠(乙E一〇八〇の1の4、9、11、14、16、17、22、24、25、27、30、32、33、35、38、40、43、46、48)によると、本患者は昭和八年(一二歳)ころから喫煙を始め、平成元年(六八歳)ころまでの約五六年間にわたり、一日四~一五本の喫煙を続けていた(ただし、認定後の昭和五三年以後はおおむね一日五、六本、昭和五八年に一五本)ことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和四八年)後も一五年以上喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が本患者の病状に顕著な悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は二二四ないし八四〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては、その損害額の四割を減額するのが相当である。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。しかし原告番号一九の患者についてと同様、原告らが右死亡の事実による損害額の増加を主張するものではないこと等から、本訴においてこの点は判断しない。
七四 原告番号八一
1 本患者が気管支喘息に罹患していたことについては争いがない。被告らは、本患者は気管支喘息であり、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
2 本患者の発病時期について原告らは昭和四九年ころである旨を主張する。しかし、証拠上客観的に明白なのは昭和五三年一〇月の診療開始日であり(乙E一〇八一の1の2)、右以前については、前医等の診療録等客観的な裏付けを欠くもので、本件全証拠によってもこれを認めるに足りないといわざるを得ない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると遅くとも右時期までに居住地の大気汚染により気管支喘息、慢性気管支炎に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
他方、被告らは右時期は昭和四六年ころであること、したがって当時は本件地域に居住してはいなかったのであるから本患者の発病との間に因果関係を欠く旨主張し、これに沿う証拠(乙E一〇八一の1の3、10。診断書)もある。右は主治医が初回認定等に際し、従前診察してきた結果から発病した日を推定したもので、それまでの相当期間の診察を踏まえたものとして、一般的に信頼性があるといわねばならない。しかし、証拠(乙E一〇八一の1の4)によると本患者は初回認定に際しての保健婦等による認定調査においてその咳、痰等の各症状が昭和五三年九月ころから生じたと述べた事実が認められ、また、他に提出されている他時期作成の診断書、認定調査表等の記載と対照すると、前記診断書の記載は直ちには採用できないものといわねばならない。そして他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
3 証拠(甲H一〇八一の10の1ないし7、甲H一〇八一の10の2の1ないし5、乙E一〇八一の7の2ないし8)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与しているものというべきである。
RIST 八三四~二六七八
RAST コナヒョウダニ、ブタクサ、大豆、そはなど+
皮内反応 ハウスダスト陽性
なお、本患者が慢性気管支炎にも罹患していることを考慮して、アトピー素因による減額割合は二割にとどめるのが相当である。
4 証拠(乙E一〇八一の1の4、12、20、28、36、証人木村英業)によると、本患者は昭和一〇年(一五歳)ころから喫煙を始め、死亡時(七一歳)ころまでの約五六年間にわたり、一日約一〇本(発病後は五、六本)の喫煙を続けていたことが認められる。これによると本患者は発病(昭和五三年ころ)後も約一三年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が本患者の病状に顕著な悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数発病前四三〇、発病後六五~七八。)。
したがって、本患者の損害額の算定に当たっては、その損害額の四割を減額するのが相当である。
5 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
6 被告らは本患者が右のとおり本訴係属中に死亡し、しかも相続人が存在しないから本訴訟は当然に終了する旨主張する。しかし、相続人が不存在であるか否か直ちに明らかにはなっていないものとみられる上、少なくとも損害賠償請求は一身帰属性がないと思料されるから、採用できない。
七五 原告番号八三
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。
2 本患者の発病時期について、原告らは昭和四六年ころと主張し、被告らは昭和三二年ないし三八年ころと主張する。
本患者につき、客観的に明らかな事実は、昭和四九年九月の診療開始日である(乙E一〇八三の1の1)。しかし、証拠(乙E一〇八三の1の1、4、13)によると、本患者は初回認定時に保健婦に対し、発病歴等を詳細に述べたこと、これによると本患者は、昭和三八年(一〇歳)ころ喘息症状を起こし、そのため通院し、投薬を受けるようになったというものであること、また本患者は昭和五二年の認定申請に際しても右に沿った事実を述べたこと、なお主治医も、初回認定の際の問診の際発作が一〇歳のころからあった旨を聴取したことが認められる。そして右事実と、山木戸意見書等を総合すると、本患者は遅くとも昭和三八年ころ小児喘息に罹患したが、寛解することなく昭和四九年ころから気管支喘息の治療を受けるに至ったことが推認される。もっとも、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も併せ考慮すると、右のとおり寛解に至らなかったのは本患者の居住地の大気汚染も影響していたものと認めるのが相当である。したがって、本件は、大気汚染がその症状を増悪させた場合に準じた事例であると認めるのが相当である。
3 次に、山木戸意見書等によると、本患者の小児喘息は、アレルギー性気管支喘息であることが認められ、これによると本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与していることになる。しかし本件は、増悪させた場合に準じた事例であるから、右による減額は一割とするのが相当である。
4 被告会社らは、本患者の症状は軽症で、ほぼ寛解である旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
七六 原告番号八四
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により気管支喘息に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇八四の10の1の1ないし16、10の2の1ないし8、乙E一〇八四の1の18、19、26、34、42、乙E一〇八四の7の1ないし4)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一四二~四一五(みなと生協病院正常値五〇〇以下)
RAST オリーブ二、ヤナギ二、ブタニク+、ソバ+
皮内反応 ハウスダスト昭和五四年陰性、昭和五七年陰性、昭和六〇年陽性
家族歴 兄弟―アトピー素因
3 証拠(甲H一〇八四の1、乙E一〇八四の1の3、5、7、10、13、15、原告本人)によると、本患者は昭和三二年(一九歳)ころから喫煙を始め、平成二年(五二歳)ころまで約三三年間にわたり、一日約四〇本の喫煙を続けていたこと(昭和六一年ころから約二年間は禁煙した)が認められる。これによると本患者は気管支喘息発病(昭和四五年ころ)後も約一八年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が本患者の気管支喘息症状(特に増悪)に悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は一三二〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであるが(堀江意見書等)、その病名が直接に喫煙の影響を受ける肺気腫等ではなく気管支喘息であることから、その損害額の一割を減額するのが相当である。
七七 原告番号八七
1 本患者が慢性気管支炎に罹患していたことについては争いがない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により慢性気管支炎に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
ところで、本患者は国道二三号線の沿道に居住していた。しかしその位置は、出入り路から約四〇メートル(沿道約五五メートル)というもので前記の一般的な範囲を超えており、またその病名は慢性気管支炎であって気管支喘息ではないから、沿道の大気汚染との因果関係を認めることはできない。
2 証拠(甲H一〇八七の1、乙E一〇八七の1の3、22、46、54、証人X7)によると、本患者は昭和七年(二五歳)ころから昭和五一年(六八歳)ころまでの約四三年間一日約二〇本の喫煙をしていたことが認められる。これによると、本患者は慢性気管支炎の発病(昭和四八年ころ)後も三年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の慢性気管支炎症状に顕著な悪影響を与えていたというべきである(ブリンクマン指数は八六〇である。発病前八〇〇、発病後六〇。)。
したがって、本患者の損害額の算定に当たっては、その損害額の四割を減額するのが相当である。
3 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
七八 原告番号九〇
1 被告らは、本患者は気管支喘息であり、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。
次に、その発病時期につき、原告らは、昭和四九年ころを主張する。しかし、これを裏付けるに足りる証拠はない。証拠上明らかなのは、昭和五二年一〇月の診療開始日であるから(乙E一〇九〇の1の2)、右をもって発病時期と認めるのが相当である。
ところで、本患者は国道二三号線の沿道に居住していた。しかしその病名は慢性気管支炎であって気管支喘息ではないから、沿道の大気汚染との因果関係を認めることはできない。
2 被告会社らは、本患者の症状の原因はアレルギーである旨を主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
七九 原告番号九一
1 本患者が気管支喘息に罹患していたことについては争いがない。
次に、その発病時期につき、原告らは、昭和四六年ころを主張する。しかし、これを裏付けるに足りる証拠はない。証拠上明らかなのは、昭和五一年三月の診療開始日であり(乙E一〇九一の1の2)、また後記のとおりそのころから喫煙本数も減少していることから、右をもって発病時期と認めるのが相当である。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
ところで、本患者は国道二三号線の沿道に居住していた。そしてその病名は気管支喘息であり、道路開通時期、居住時期、発病時期からすると、沿道の大気汚染との因果関係も認めることができる。なお被告国は、本患者の居住地の国道二三号線は、高架構造となっており、沿道住民に与える被害は少ない旨を主張するが、右によっても本患者につき因果関係を否定するに足りるものとは認められない。
2 証拠(甲H一〇九一の10の1ないし8、甲H一〇九一の10の2の1ないし12、乙E一〇九一の7の1、2)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりである。RISTの値はやや高いが、RASTは陰性というものであり、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 二四、一四、一一三、九二〇、九三一〇、四九七三、八二九、六四二
RAST 検査項目すべて陰性
3 証拠(乙E一〇九一の1の2、4、5、20、36、60、証人小川美子)によると、本患者は昭和元年(一八歳)ころから喫煙を始め、昭和五〇年(六七歳)ころまでの約五〇年間にわたり、一日約一〇ないし二〇本の喫煙を続けていたこと、また右以降も一日二、三本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると気管支喘息の発病ころまで喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の気管支喘息症状に悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数五〇〇~一〇〇〇以上)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであるが、その病名が直接に喫煙の影響を受ける肺気腫等ではなく気管支喘息であることから、その損害額の一割を減額するのが相当である。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。しかし原告番号一九の患者についてと同様、原告らが右死亡の事実による損害額の増加を主張するものではないこと等から、本訴においてこの点は判断しない。
八〇 原告番号九二
1 本患者が気管支喘息に罹患していたことについては争いがない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(乙E一〇九二の1の12、20、証人X6)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 不明
RAST 不明
家族歴 祖母―気管支喘息、長男、次男―アレルギー鼻炎、孫(二人)―気管支喘息
3 証拠(甲H一〇九二の1、乙E一〇九二の1の4)によると、本患者は昭和二五年(二三歳)ころから喫煙を始め、昭和四五年(四六歳)ころまでの約二〇年間にわたり、一日約一〇本弱の喫煙を続けていたことが認められる。これによると本患者は気管支喘息の発病(昭和五二年ころ)の約七年前に喫煙をやめていたことになる。そして、右喫煙の期間及び本数を勘案し、またその病名が直接に喫煙の影響を受ける肺気腫等ではなく気管支喘息であることも考慮すると、喫煙が同人の気管支喘息の症状に悪影響を与えていたとまでは認められない(ブリンクマン指数は二〇弱である。)。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。しかし原告番号一九の患者についてと同様、直告らが右死亡の事実による損害額の増加を主張するものではないこと等から、本訴においてこの点は判断しない。
八一 原告番号九三
1 本患者が気管支喘息に罹患していたことについては争いがない。
2 その発病時期につき、原告らは準備書面(一〇)では昭和三七年ころである旨を主張するが、最終準備書面では時期を特定しない。また被告らも昭和三七年ころである旨を主張する。そして本患者は右時期を昭和三七年ころと供述等する。
ところで、別冊一個人票記載のとおり、本患者には陳旧性肺結核の既往歴がある。右の肺結核の罹患時期に関し、証拠(乙E一〇九三の1の5、13、21、29、37)によると、本患者は昭和一七年ころ結核性股関節炎に罹患し、そのほか昭和三七年ころ肺結核に罹患し三年間東名古屋病院に入院したこと、昭和五八年まで肺結核の治療を受けたことが認められる。そうすると、前記の昭和三七年ころの気管支喘息発病との供述等は、肺結核の発病と誤認をしているものと認められる。他方、本患者が気管支喘息に罹患していることは、堀江意見書等(特に補充意見書)からも明らかである。そして、右病名での診療開始日として証拠上明らかなものは昭和五八年一〇月である(乙E一〇九三の1の3)。また医師が右書面に発病した日(推定)として昭和三七年ころと記載したのは、もちろん本患者からの問診の結果もあったにせよ相当以前からの発病を認めることができたからであったと推認される。
したがって、本患者の発病時期につきこれを直接に認めるに足りる証拠はないが、右事実によると、本患者は遅くとも昭和五五年までには発病していたものと認めるのが相当である。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
なお被告会社らは、本患者の症状は平成五年以降三級相当である旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 証拠(甲H一〇九三の10の1ないし16、甲H一〇九三の10の2の1ないし17、乙E一〇九三の1の5、11、13、21、29、原告本人)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 四~七八(正常値五〇〇以下)
RAST ハウスダスト、ダニ類、真菌類、イヌ・ネコ上皮、スギ、ブタクサいずれも〇
家族歴 次男―気管支喘息、小児喘息
八二 原告番号九四
1 本患者が気管支喘息に罹患(併発)していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。そして慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは昭和五二年二月の診療開始日であるから(乙E一〇九四の1の3)、これによるのが相当である。
2 証拠(乙E一〇九四の1の58、68、証人X8)によると、本患者は昭和二八年(二一歳)ころから喫煙を始め、昭和六一年(五四歳)ころまでの約三三年間にわたり、一日約二〇本(発病後は本数を減らした。)の喫煙を続けていたことが認められる。これによると本患者は慢性気管支炎の発病(昭和五二年ころ)後も約九年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が本患者の症状に顕著な悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は六六〇である。)。
したがって、本患者の損害額の算定に当たっては、その損害額の四割を減額するのが相当である。
3 被告会社らは本患者は昭和五七年から昭和五九年までの間入院歴及びステロイドの依存性が認められないことからその間の症状は三級相当である旨主張する。しかし、証拠(乙E一〇九四の1の19)によると、本患者は昭和五六年一二月二〇日ころより喘息発作が起こり、次第に悪化傾向にあり、昭和五七年三月二四日、昭和五八年六月二二日、九月七日にはケナコルト四〇mgの投与が行われたことが認められ、右症状、治療内容からすると認定どおり昭和五七年度及び昭和五八年度には本患者の症状は二級相当であったものと認めることができる。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。しかし原告番号一九の患者についてと同様、原告らが右死亡の事実による損害額の増加を主張するものではないこと等から、本訴においてこの点は判断しない。
八三 原告番号九六
本患者の発病時期が昭和五八年ころであることは、当事者間に争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。また、本患者が国道二三号線の前記範囲の沿道に居住していたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、右によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
八四 原告番号九七
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
なお被告会社らは、本患者の症状は軽症である旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 証拠(甲H一〇九七の10の1ないし21、甲H一〇九七の10の2の1ないし22)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一五~二〇五(正常値五〇〇以下)
RAST 検査項目すべて陰性
八五 原告番号九八
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一〇九八の10の1ないし10、甲H一〇九八の10の2の1ないし15、乙E一〇九八の1の3、11、乙E一〇九八の7の10)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりである。RISTの値はやや高いが、RASTは格別のものはないというものであり、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 九二~五一三(正常値五〇〇以下)
RAST ハウスダスト1〇、ヤケヒョウダニ〇、アスペルギルス〇、ブタクサ〇、ヨモギ〇、カモガヤ〇、ネコのフケ〇、コナヒョウダニ〇、ハムスター〇、ペニシリウム〇
皮内反応 ハウスダスト昭和五九年陽性、昭和六二年陰性
3 証拠(甲H一〇九八の1)によると、本患者は昭和三〇年(二二歳)ころから喫煙を始め、昭和五五年(四七歳)ころまでの約二五年間一日一〇本の喫煙を継続していたことが認められる。これによると本患者は気管支喘息の発病(昭和三八年一〇月)後約一七年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が本患者の気管支喘息症状(特に増悪)に悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数二五〇)。したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであるが、その病名が直接に喫煙の影響を受ける肺気腫等ではなく気管支喘息であることから、その損害額の一割を減額するのが相当である。
八六 原告番号九九
1 本患者が慢性気管支炎に罹患していたことについては争いがない。被告らは、本患者が気管支喘息に罹患(併発)していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息にも罹患したと認めるのが相当である。
なお被告会社らは、本患者の症状は軽症で認定当初から三級相当であった旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 次に、右のとおり気管支喘息の罹患を認定したときアトピー素因の有無が問題となるが、証拠(甲H一〇九九の10の1の1ないし6、甲H一〇九九の10の2の1ないし9、乙E一〇九九の1の12、21、29)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 二七~一二九
RAST 検査項目すべてマイナス
皮内反応 すべて陰性
家族歴 孫―気管支喘息
3 証拠(乙E一〇九九の1の3、4)によると、本患者は昭和一三年(二八歳)ころから喫煙を始め、昭和五八年(七三歳)ころまでの約四五年間にわたり、一日一〇ないし一四本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると本患者は慢性気管支炎の発病(昭和四四年ころ)後約一四年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が本患者の慢性気管支炎症状に顕著な悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数四五〇~六三〇)。
したがって、本患者の損害額の算定に当たっては、その四割を減額するのが相当である。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
八七 原告番号一〇〇
1 被告会社らは本患者は心臓喘息に罹患している疑いがある旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
なお被告会社らは、本患者の症状は軽症であった旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 次に、右のとおり気管支喘息の罹患を認定したときアトピー素因の有無が問題となるが、証拠(甲H一一〇〇の10の1の1ないし12、甲H一一〇〇の10の2の1ないし15、乙E一一〇〇の7の1)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 四~一〇六(正常値五〇〇以下)
RAST コナヒョウダニ+
八八 原告番号一〇一
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はなく肺気腫であった旨を主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎、気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一一〇一の10の1の1、甲H一一〇一の10の2の1、乙E一一〇一の1の31、乙E一一〇一の7の1、2)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているというべきである。
RIST 六八三(正常値五〇〇以下)
RAST ハウスダスト++、コナダニ++、ペニシリウム++、カンジダ+
家族歴 孫―気管支喘息
なお、本患者は慢性気管支炎にも罹患していることを考慮して、アトピー素因による減額の割合は二割にとどめるのが相当である。
3 証拠(乙E一一〇一の1の24)によると、本患者は昭和九年(一九歳)ころから喫煙を始め、昭和五九年(六九歳)ころまでの五〇年間にわたり、一日約一〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると本患者は慢性気管支炎及び気管支喘息の発病(昭和四七年)後も一二年間喫煙を続けていたことになる。右喫煙の期間及び本数並びに罹患疾病を勘案すると、喫煙が本患者の症状に悪影響を与えていたというべきである(ブリンクマン指数は五〇〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の三割を減額するのが相当である。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
八九 原告番号一〇三
本患者の発病時期が昭和六〇年一一月ころであることは、当事者間に争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。また、本患者が国道二三号線の前記範囲の沿道に居住していたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、右によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
九〇 原告番号一〇四
本患者の発病時期が昭和五六年一二月ころであることは、当事者間に争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。また、本患者が国道二三号線の前記範囲の沿道に居住していたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、右によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
九一 原告番号一〇五
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
ところで被告らは、本患者につき肺気腫の併発を主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、本患者が公健法の認定を受けてから一五年余を経過するところ、この間右診断、認定の過程で、主治医、認定審査会が右病名に該当するか否かを検討したことがあるとの事実はこれを認めるに足りる証拠がないことからすると、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、本患者が肺気腫にも罹患していたとは認めるに足りないものといわねばならない。
2 証拠(甲H一一〇五の10の1ないし17、甲H一一〇五の10の2の1ないし24、乙E一一〇五の1の20、乙E一一〇五の7の1ないし18)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与しているものというべきである。
RIST 一四九~三〇〇〇
RAST カモガヤ、ゴキブリ等四〇種以上陽性
家族歴 父、兄―気管支喘息
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
3 証拠(甲H一一〇五の1、乙E一一〇五の1の3、28、原告本人)によると、本患者は昭和一四年(一七歳)ころから喫煙を始め、昭和五六年(五九歳)ころまで約四二年間にわたり、一日一〇ないし六〇本の喫煙を継続していたことが認められる。これによると本患者は気管支喘息の発病(昭和五二年ころ)後も四年間喫煙を継続していたことが認められる。右喫煙の期間、本数を勘案すると、喫煙が本患者の気管支喘息症状(特に増悪)に悪影響を与えていたとみるのが相当である(ブリンクマン指数は四二〇~二五二〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであるが、本患者につき、直接に喫煙の影響を受ける肺気腫の罹患が認定できず、気管支喘息のみが認定されることから、その損害額の一割を減額するのが相当である。
九二 原告番号一〇六 A
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。
2 原告らは、その発病時期につき昭和四〇年ころである旨を主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。そして証拠(乙E一一〇六の1の1、3)によると、本患者は昭和四一年から昭和四五年まで精神疾患のため本件地域外の豊明市所在の病院に入院していたこと、本患者の気管支喘息の発病は昭和四五年二月ころであることが認められ、これによると、本患者の気管支喘息の発病と本件地域の大気汚染との間の因果関係を認めることは困難である。
しかし本患者は別冊一個人票記載のとおり昭和四六年ころ前記病院を退院し、以後終始本件地域内に居住しておりその間気管支喘息が治癒しないというものであるから、このような本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると、本患者については、昭和四六年ころからの気管支喘息の増悪と本件地域の大気汚染との間の因果関係を認めることができる。
ところで、本患者は国道二三号線の沿道に居住している。そしてその病名は気管支喘息であり、道路開通時期、居住時期、増悪時期からすると、沿道の大気汚染との因果関係も認めることができる。なお被告国は、本患者の居住地の国道二三号線は、高架構造となっており、沿道住民に与える被害は少ない旨を主張するが、右によっても本患者につき因果関係を否定するに足りるものとは認められない。
3 証拠(甲H一一〇六の10の1ないし24、10の2の1ないし28、乙E一一〇六の1の14、22、7の1ないし4)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 二~三一(正常値五〇〇以下)
RAST ニホンスギ+、イネ+、ウシノケクサ+、ホソムギ+、イネカフン+、ナガハクサ+、稲科花粉+、スギ++
家族歴 父―気管支喘息
4 証拠(乙E一一〇六の1の14)によると、本患者は、昭和三二年(二〇歳)ころから昭和四九年(三七歳)ころまで約一七年間にわたり、一日四〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、気管支喘息の発病(昭和四五年二月ころ)後も約四年間喫煙を続けていたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の気管支喘息症状(特に増悪)に悪影響を及ぼしていたものというべきである(ブリンクマン指数は六八〇である。発病前五二〇、発病後一六〇。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであるが、その病名が直接に喫煙の影響を受ける肺気腫等ではなく気管支喘息であることから、その損害額の一割を減額するのが相当である。
九三 原告番号一〇八
1 本患者が気管支喘息に罹患していたことについては争いがない。そして、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一一〇八の10の1ないし9、乙E一一〇八の1の3、14、22、30、証人X11)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 四四~三〇一(正常値五〇〇以下)
RAST 不明
皮内反応 ハウスダスト昭和五四年陰性、昭和五七年陰性、昭和六〇年陽性、昭和六三年陰性
家族歴 なし
3 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
九四 原告番号一〇九
1 本患者が気管支喘息及び肺気腫に罹患していることについては争いがない。そして、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息及び肺気腫に罹患したと認めるのが相当である。
2 堀江意見書等によると本患者はかつて肺結核に罹患し、昭和五〇年まで長期間入院して治療を受けたこと、右陳旧性結核のため肺野に強い瘢痕性の収縮をおこし、これが気腫化に影響したことが認められる。したがって、本患者の発病時期も考慮するならば、本件について被告会社らは、症状が増悪した場合に準じ、損害額の一部につき責任があると認めるのが相当である。もっとも本患者は、肺気腫のほかに気管支喘息に罹患しているのであるから、右による減額割合は三割とするのが相当である。
3 証拠(甲H一一〇九の10の1ないし6、甲H一一〇九の10の2の1ないし25、乙E一一〇九の1の9、乙E一一〇九の7の1)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりである。RISTの値はやや高いが、RASTは格別のものはないというものであり、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 二〇四~六二二 (正常値五〇〇以下)
RAST ハウスダスト、ダニ類等すべて〇
皮内反応 ハウスダスト陽性(昭和五五年)ほかは陰性
4 証拠(甲H一一〇九の1、原告本人)によると、本患者は昭和一六年(二一歳)ころから喫煙を始め、昭和六一年(六六歳)ころまでの約四五年間にわたり、一日約一〇ないし二〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は気管支喘息及び肺気腫の発病(昭和五三年ころ)後も喫煙を八年間続けていたことになる。右喫煙の期間及び本数並びに罹患疾病を勘案すると、喫煙が本患者の症状に悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は四五〇~九〇〇である。発病前三七〇~七四〇、発病後八〇~一六〇。)。
したがって、本患者の損害額の算定に当たっては喫煙の事実を考慮すべきである。もっとも本患者は、肺気腫のほかに気管支喘息に罹患しているのであるから、右による減額割合は三割とするのが相当である。
九五 原告番号一一〇
1 本患者が慢性気管支炎に罹患していたことについては争いがない。そして、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。
なお被告会社らは、本患者の慢性気管支炎自体の症状は軽症であった旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。なお証拠(乙E一一一〇の1の1、2、5、6、11、12)によると、本患者については主治医は肺気腫も認定できるとしてその旨の診断書を作成し、本患者もこれに基づき肺気腫の認定を受けようとしたが、認定審査会はレントゲン写真上肺気腫が認められないとして右認定をしなかった経緯が認められる。このような慎重な運用を考慮すると等級認定についての認定審査会の判断は十分に尊重できるものといわねばならない。
2 証拠(甲H一一一〇の1、乙E一一一〇の1の8、証人X12)によると、本患者は昭和一〇年(二〇歳)ころから喫煙を始め、昭和六〇年(七〇歳)ころまでの五〇年間にわたり、一日約一〇本(発病後は本数減)の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、慢性気管支炎の発病(昭和五四年ころ)後も六年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間、本数を勘案すると、喫煙が本患者の慢性気管支炎症状に悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は五〇〇である。発病前四四〇、発病後六〇。)。
したがって、本患者の損害額の算定に当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の五割を減額するのが相当である。
3 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
九六 原告番号一一一
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。
ところで、本患者の発病時期が昭和三一年ころであることは当事者間に争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。しかし当時本件地域の大気汚染が深刻な事態にあったとの事実はこれを認めることができない。したがって、本患者の気管支喘息の発病と本件地域の大気汚染との間の因果関係を認めることは困難である。
しかし本患者は別冊一個人票記載のとおり短期間神奈川県に居住したもののまもなく本件地域に再度居住するようになったものであること、その後も気管支喘息が治癒しないというものであるから、このような本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると、本患者については、気管支喘息の増悪と昭和三六年ころからの本件地域の大気汚染との間の因果関係を認めることができる。
2 証拠(甲H一一一一の10の1ないし4、甲H一一一一の10の2の1、2、乙E一一一一の7の1ないし4)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の増悪にはアトピー素因が関与しているものというべきである。
RIST 六七・一、四八三、六三五、八五八
RAST コナダニ二
家族歴 父方祖父―気管支喘息
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
九七 原告番号一一二
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
なお、本患者は国道二三号線の沿道に勤務していた事実は認められるが、その位置は必ずしも前記の一般的な範囲内とはいえないのみならず、沿道で勤務をしていたにすぎないもので居住をしていたのではないから、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、沿道の大気汚染との因果関係を認めることはできない。
2 証拠(乙E一一一二の7の1ないし4)によると,本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与しているものというべきである。
RIST 一九七、五四四、八八五、一二六四、四五九四
RAST アスペルギルス二
皮内反応 不明
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
九八 原告番号一一三
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
なお、本患者が昭和三九年から昭和四四年まで居住していた場所は国道二三号線に近接していたことがうかがわれるが、当時は国道二三号線が開通していなかった又は交通量のまだ多くなかった時期であり、したがって本件における一般的な因思関係に関する前記判断に基づき、沿道の大気汚染との因果関係を認めることはできない。
2 証拠(甲H一一一三の10の1の1ないし7、甲H一一一三の10の2の1ないし3、乙E一一一三の7の1)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりである。RISTの値は高いものも認められるが、RASTは格別のものはないというものであり、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一一二・八~九三八(正常値五〇〇以下)但し、おおむね二〇〇台であり、九〇〇を超えたのは一回のみ。
RAST ハウスダスト1、2、コナヒョウダニ、ヤケヒョウダニ等陰性
皮内反応 ハウスダスト陽性
家族歴 父―気管支喘息、姉―気管支喘息、兄―蕁麻疹
3 証拠(甲H一一一三の1、乙E一一一三の1の3、4、28、原告本人)によると、本患者は昭和三三年(二三歳)ころから喫煙を始め、昭和五三年(四三歳)ころまでの約二〇年間一日約一〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると気管支喘息の発病(昭和四二年ころ)後も一一年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間、本数を勘案すると、喫煙が本患者の症状(特に増悪)に悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は二〇〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであるが、その病名が直接に喫煙の影響を受ける肺気腫等ではなく気管支喘息であることから、その損害額の一割を減額するのが相当である。
九九 原告番号一一四
本患者が気管支喘息に罹患していることについても争いがあるが、まずその発病時期につき検討する。右発病時期について、原告らは昭和五四年ころと主張するが、これを認めるに足りる証拠はないといわねばならない。証拠(乙E一一一四の1の1、3、10、12、18、20、25、28、34、36)によると、公健法の初認定時(昭和五三年)に、主治医は、本患者の発病時期を昭和五二年四月ころと推定したこと、認定調査において本患者は認定当初から咳、痰、喘息発作、息切れの各症状が昭和五〇年ないし昭和五二年ころから起こっていたと保健婦に供述していること等の事実が認められるから、これによると本患者の発病時期は昭和五二年四月(四五歳)ころであるとみるのが相当である。そして本患者が本件地域に居住するようになったのは別冊一個人票記載のとおり昭和五四年一二月である。したがって、本患者の発病と本件地域における大気汚染との間の因果関係を認めることはできない。
ところで、前記認定のとおり、昭和五四年一二月ころは既に硫黄酸化物の大量排煙による本件地域の大気汚染は改善されるに至ったものと認められる。したがって、本患者の気管支喘息の増悪と本件地域における大気汚染との間の因果関係もこれを認めることができない。
一〇〇 原告番号一一五
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一一一五の10の2の1、2、乙E一一一五の7の1)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与しているものというべきである。
RIST 不明
RAST ヨモギ++、スギ++、ブタクサ、ハルガヤなどの八種類+
皮内反応 ハウスダスト陽性
家族歴 子(四人中三人)―気管支喘息、父―アトピー素因、蕁麻疹
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
3 証拠(甲H一一一五の1、乙E一一一五の1の12、原告本人)によると、本患者は昭和四七年(二〇歳)ころから現在の約二七年間にわたり、一日二、三箱(認定後は一、二~二〇本)の喫煙を継続していた(ただし昭和五八年ころ一時中断した。)ことが認められる。右喫煙の期間、本数を勘案すると、喫煙が本患者の気管支喘息症状(特に増悪)に悪影響を与えていたものというべきである。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであるが、その病名が直接に喫煙の影響を受ける肺気腫等ではなく気管支喘息であることから、その損害額の一割を減額するのが相当である。
一〇一 原告番号一一六
本患者の発病時期が昭和五六年ころであることは、当事者間に争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。また、本患者が国道二三号線の前記範囲の沿道に居住していたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、右によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
一〇二 原告番号一一七
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。
本患者の発病時期につき、原告らは昭和五一年である旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。証拠(乙E一一一七の1の2、4、12、20)によると、本患者は昭和五九年四月診療開始となったが主治医は、昭和六〇年一二月本患者の問診も踏まえ発病時期を昭和五九年四月と推定したこと、本患者は昭和六一年一月の認定手続に際し保健婦に対し咳等の発症時期が昭和五九年である旨を述べたこと、もっとも本患者は昭和六三年一〇月、平成三年一〇月の認定手続に際しては保健婦に対し咳、痰の発症時期は昭和四九年である旨を述べたが喘息発作の発症時期は昭和五九年である旨を述べたことことが認められる。右によると、発病直後の本患者の供述の方が信用できるものといわねばならず、本患者の発病時期は昭和五九年であると認めるのが相当である(なお証拠(甲H一一一七の1、証人)によると昭和四九年ころは本患者はまだ陸上勤務ではなく海上勤務であったことが認められる。)。
そして右事実によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
2 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴において右による増加した損害額については判断しない。
一〇三 原告番号一一八
1 本患者が気管支喘息及び肺気腫に罹患(肺気腫は併発)していたことについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息、肺気腫のほか慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
そして本患者の発病時期につき、原告らは昭和五二年ころである旨を、被告らは昭和五一年ころである旨それぞれ主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。気管支喘息、慢性気管支炎罹患として証拠上明らかなのは昭和五三年九月の診療開始日であるから(乙E一一一八の1の2)、これによるのが相当である。
2 証拠(甲H一一一八の10の1の1、2、証人清水千代子こと金成禮)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一一一、一八四(正常値五〇〇以下)
RAST 不明
皮内反応 ハウスダスト陽性
家族歴 母―気管支喘息
3 証拠(甲H一一一八の1、乙E一一一八の1の36、44、証人清水千代子こと金心禮)によると、本患者は昭和五年(一六歳)ころから昭和五九年(七〇歳)ころまで約五四年間一日約一五本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は気管支喘息及び慢性気管支炎の発病(昭和五三年ころ)後六年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数並びに罹患疾病を勘案すると、喫煙が本患者の症状に悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は八一〇である。発病前七二〇、発病後九〇。)。
したがって、本患者の損害額の算定に当たっては、損害額の四割を減額すべきである。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
一〇四 原告番号一一九
本患者の発病時期が昭和五六年ころであることは、当事者間に争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。また、本患者が国道二三号線の前記範囲の沿道に居住していたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、右によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
一〇五 原告番号一二〇
1 本患者については気管支喘息罹患の事実自体が争われている。
2 ところで本患者の発病時期について原告らは昭和六〇年ころである旨を主張する。しかし、証拠上客観的に明白なのは昭和六二年一二月の診療開始日であり(乙E一一二〇の1の2)、右以前については、前医等の診療録等客観的な裏付けを欠くもので、本件全証拠によってもこれを認めるに足りないといわざるを得ない。そして右事実によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる(なお原告ら主張の昭和六〇年を前提にしても同様である。)。
一〇六 原告番号一二一
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により気管支喘息、慢性気管支炎に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一一二一の10の1の1ないし18、甲H一一二一の10の2の1ないし18、乙E一一二一の7の1ないし4)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一一~四三(正常値五〇〇以下)
RAST すべて〇
3 証拠(甲H一一二一の1、原告本人)によると、本患者は昭和二三年(三二歳)ころから喫煙を始め、昭和四九年(五八歳)ころまでの約二六年間にわたり、一日約一五本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は慢性気管支炎の発病(昭和四〇年ころ)後も九年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数並びに罹患疾病を勘案すると、喫煙が同人の症状に悪影響を与えていたというべきである(ブリンクマン指数は三九〇である。発病前二五五、発病後一三五。)。
したがって、本患者の損害額の算定に当たっては、その三割を減額すべきである。
一〇七 原告番号一二三
本患者の発病時期が昭和六一年ころであることは、当事者間に争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。また、本患者が国道二三号線の前記範囲の沿道に居住していたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、右によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
一〇八 原告番号一二四
1 本患者が気管支喘息に罹患していたことについては争いがない。
そして、本患者の勤務地、勤務内容その他本患者の別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、勤務地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(乙E一一二四の1、証人薮野愛子)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 不明
RAST 不明
家族歴 妹(薮野愛子)―気管支喘息
3 本患者は本訴係属中に死亡した。しかし原告番号一九の患者についてと同様、原告らが右死亡の事実による損害額の増加を主張するものではないこと等から、本訴においてこの点は判断しない。
一〇九 原告番号一二五
1 本患者が気管支喘息に罹患していたことについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、堀江意見書等の内容を考慮してもなお、慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により気管支喘息、慢性気管支炎に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一一二五の10の1の1、2、乙E一一二五の1の3、11、12、19)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 四七、五七(正常値五〇〇以下)
RAST 不明
皮内反応 ハウスダスト陰性
家族歴 母―気管支喘息
3 本患者は本訴係属中に死亡した。しかし原告番号一九の患者についてと同様、原告らが右死亡の事実による損害額の増加を主張するものではないこと等から、本訴においてこの点は判断しない。
一一〇 原告番号一二六
1 被告らは、本患者は肺気腫であって、慢性気管支炎及び気管支喘息に罹患(気管支喘息は併発)していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、慢性気管支炎、気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。もっとも、証拠(乙E一一二六の1の34)によると、本患者が気管支喘息を併発したのは平成六年ころであることが認められる。したがって、本患者の気管支喘息の罹患と本件地域の大気汚染との間の因果関係はこれを認めることができない。
また、山木戸意見書等によると、本患者が当初から肺気腫に罹患していたことが強く疑われる。
2 証拠(甲H一一二六の1、乙E一一二六の1の4、証人)によると、本患者は昭和一七年(二一歳)ころから昭和五六年(六〇歳)ころまで約四〇年間一日約四〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は慢性気管支炎の発病(昭和五二年ころ)後も四年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、慢性気管支炎(及び肺気腫)の罹患は喫煙の影響が極めて高いものと認められ、本患者の居住歴等を考慮しても慢性気管支炎(及び肺気腫)の罹患と本件地域の大気汚染との間に因果関係を認めることはできない(発病前のブリンクマン指数一四〇〇、発病後二〇〇。)。
したがってその請求は失当といわねばならない。
3 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
一一一 腰山賢助(原告番号一二七 腰山エコ)
1 本患者が慢性気管支炎に罹患していたことについては争いがない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により右に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
原告らは、本患者が気管支喘息にも罹患した旨主張する。しかし後記のとおり、本患者の解剖の結果においては、慢性気管支炎、肺気腫の存在は肯定されたが、気管支喘息については否定されており、これによると公健法上の診断、認定の事情を考慮しても本患者の気管支喘息罹患の事実は、これを認めることができないものである。
2 証拠(乙E一一二七の1の4、8)によると、本患者は昭和一〇年(二六歳)ころから昭和五〇年(六六歳)ころまで約四〇年間一日約二〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は慢性気管支炎の発病(昭和四二年ころ)後も八年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の慢性気管支炎症状に悪影響を与えていたというべきである(ブリンクマン指数は八〇〇である。発病前六四〇、発病後一六〇。)。
したがって、本患者の損害額の算定に際しては、その損害額の四割を減額するのが相当である。
3 本患者の死亡について、証拠(乙E一一二七の3の2、3、乙E一一二七の7の1、2)によると、本患者の死亡診断書等には死因につき気管支喘息、慢性気管支炎による窒息と記載されたこと、ところで本患者は死後病理解剖がされたがその剖検輯報において、臨床診断の部分は気管支喘息及び突然死とされ右に沿う記載となっていたが、解剖の結果である剖見の部分には気道における粘液の貯留等が存在したとの記載はなかったことが認められる。したがって右死亡に際し気管支喘息による窒息を示す痕跡は見当たらないものといわざるを得ず、これらの事情その他山木戸意見書等が指摘する事情も考慮すると、本患者が気管支喘息に罹患しこのため窒息したとの事実はこれを否定するのが相当であって前記死亡診断書等の記載は採用することができない。
もっとも、前掲証拠によると、前掲の剖検輯報には主病診断名(死因に最も支配的となった基礎疾患名)は慢性気管支炎、肺気腫+直腸癌術後(転移再発なし)であると記載されていることが認められ、右は病理医の診断であり、採用することができる。そして、前記のとおり、本患者は、居住地の大気汚染により慢性気管支炎に罹患したのであるから、本患者の死亡と居住地の大気汚染との因果関係もこれを認めるのが相当である。しかし、右のとおり本患者の主病診断名に直腸癌術後との記載があること等も考慮すると、死亡による損害については、その損害額の二割を減じるのが相当である。
一一二 原告番号一二九
本患者の発病時期が昭和五七年ころであることは、当事者間に争いがなく、関係証拠によってもこれを認めることができる。また、本患者が国道二三号線の前記範囲の沿道に居住していたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、右によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
一一三 原告番号一三〇
1 被告らは、本患者は気管支喘息であり、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により慢性気管支炎に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
2 本患者の発病時期につき、原告らは昭和四〇年ころであった旨を主張するがこれを認めるに足りる証拠はない。そして慢性気管支炎の発病時期は、これが客観的に裏付けられ、右病名のものとして証拠上認められるのは昭和四五年一二月の診療開始日であるから(乙E一一三〇の1の1)、これによるのが相当である。
一一四 原告番号一三一
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により気管支喘息に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
なお被告会社らは、本患者の症状は軽症であった旨を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 証拠(甲H一一三一の10の1の1ないし3、甲H一一三一の10の2の1ないし3、乙E一一三一の1の3、11、19、28、36、44)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一八~一〇〇(正常値五〇〇以下)
RAST 検査項目すべてマイナス
皮内反応 ハウスダスト陰性
家族歴 娘(三女文恵)、孫(文恵の子)―喘息
一一五 原告番号一三二
1 本患者が気管支喘息に罹患(併発)していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張する。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により慢性気管支炎、気管支喘息に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
本患者の発病時期につき、原告らは最終準備書面で昭和五〇年ころである旨を主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。本患者の発病時期につき証拠上明らかに認められるのは昭和五七年三月の診療開始日である(乙E一一三二の1の2)。そしてせいぜい証拠(乙E一一三二の1の4)によると、本患者が初回認定の際に保健婦等に対し昭和五二年三月ころから咳等が出るようになった旨を述べたこと、後記のとおりそのころから喫煙本数が減少したことが認められるから、さかのぼっても右時期とするのが相当である。
2 証拠(乙E一一三二の1の4、原告本人)によると、本患者は昭和七年(二〇歳)ころから喫煙を始め、昭和五一年(六四歳)ころまでの約四四年間にわたり一日約二〇本、昭和五二年(六五歳)ころから昭和五七年(七〇歳)ころまでの六年間にわたり一日五ないし一〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和五二年)後も六年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の慢性気管支炎症状に悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は九一〇ないし九四〇である。発病前八八〇、発病後三〇ないし六〇。)。
なお、本患者が気管支喘息を併発したのは昭和六三年ころであり、本患者は気管支喘息の罹患時期には喫煙をやめているのであるから、喫煙が本患者の気管支喘息の症状に悪影響を与えていたものとまでは認められない。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の四割を減額するのが相当である。
一一六 原告番号一三三
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により気管支喘息に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
2 証拠(乙E一一三三の1の3、12、20、28、36、原告本人)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 不明
RAST 不明
皮内反応 不明
家族歴 父、兄―気管支喘息
3 証拠(甲H一一三三の1、乙E一一三三の1の3、原告本人)によると、本患者は昭和一九年(二〇歳)ころから喫煙を始め、昭和五三年(五四歳)ころまでの約三四年間一日約四〇本の喫煙を続けていたことが認められる(ブリンクマン指数は一三六〇である。)。これによると気管支喘息の発病ころまで重度に喫煙を継続していたことになる。しかし気管支喘息の発病と喫煙との因果関係は明らかでなく、せいぜいその増悪との関係が考えられる程度である。そうすると、本患者は発病(昭和五三年)後は喫煙をやめており、喫煙が本患者の気管支喘息症状に悪影響を与えていたとまでは認められないといわざるを得ない。
一一七 原告番号一三四
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により気管支喘息に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
2 証拠(乙E一一三四の1の20、28、36、原告本人)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 不明
RAST 不明
皮内反応 不明
アレルギーの既往歴有り
3 証拠(甲H一一三四の1、原告本人)によると、本患者は昭和一八年(二一歳)ころから喫煙を始め、昭和五九年(六二歳)ころまでの約四一年間一日約二〇本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和五二年ころ)後も七年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の気管支喘息症状(特に増悪)に悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は最大八二〇である。)。
したがって、本患者の損害額を算定するに当たっては喫煙の事実を考慮すべきであるが、その病名が直接に喫煙の影響を受ける肺気腫等ではなく気管支喘息であることから、その損害額の一割を減額するのが相当である。
一一八 原告番号一三五
1 本患者が気管支喘息及び肺気腫に罹患(肺気腫は併発)していたことについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張する。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により気管支喘息、肺気腫のほか慢性気管支炎に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一一三五の10の1の1ないし5)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一五~三三
RAST 不明
3 証拠(甲H一一三五の1、乙E一一三五の1の3、証人)によると、本患者は約二五年間一日約四、五本の喫煙を続けていたことが認められ、右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が同人の慢性気管支炎及び肺気腫の症状に悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は最大一二五である。)。
したがって、本患者の損害額の算定に当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、その損害額の三割を減額するのが相当である。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
一一九 原告番号一三六
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。
2 本患者の発病時期について、原告らは昭和四八年ころと主張し、そのころから協立病院で治療を受けるようになったとする(甲H一一三六の1)。しかし、証拠(乙E一一三六の1の2)によると、協立病院の治療開始日は昭和五五年三月であることが認められ、他に本患者に係る診療録等の提出のない本件にあっては、右時期をもって発病時期とするのが相当である。
ところで本患者は、別冊一個人票記載のとおり右時期には本件地域外に居住していたことが認められる。しかし本患者は、昭和一四年から昭和五一年九月までの長期間本件地域内に居住したことが認められるのであるから、右居住歴を考慮すると、昭和五一年九月までの居住地の大気汚染により気管支喘息に罹患し昭和五五年に至って発病をしたと認めるのが相当である。
3 証拠(甲H一一三六の10の1の1、2、甲H一一三六の10の2の1、乙E一一三六の1の3、11)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、本患者の気管支喘息の発病にはアトピー素因が関与しているというべきである。
RIST 四二、一八七(正常値五〇〇以下)
RAST コナヒョウダニ+、ハウスダスト1+、ハウスダスト2+
皮内反応 ハウスダスト陽性(昭和五六年)、陰性(昭和五九年)
したがって、本患者の損害額を算定するに当たってはアトピー素因の事実を考慮すべきであり、損害額から三割を減額するのが相当である。
4 証拠(甲H一一三六の1、原告本人)によると、本患者は昭和四八年ころまで約二年間一日五、六本の喫煙を続けていたことが認められるが、右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が本患者の気管支喘息の症状に悪影響を与えていたとまでは認められない(ブリンクマン指数は最大一二である。)。
一二〇 原告番号一三七
1 本患者が慢性気管支炎に罹患していたことについては争いがない。被告らは、本患者が気管支喘息に罹患(併発)したことを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、慢性気管支炎のほか気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。もっとも、証拠(乙E一一三七の21)によると、本患者が気管支喘息を併発したのは平成元年ころであることが認められる。したがって、気管支喘息の罹患と本件地域の大気汚染との間の因果関係はこれを認めることができない。
2 証拠(乙E一一三七の1の20、28、証人X13)によると、本患者は昭和四年(二〇歳)ころから昭和六一年(七九歳)ころまでの約五九年間一日約二〇本の喫煙を続け、多いときには八〇ないし一〇〇本もの喫煙をしていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和五四年ころ)後も七年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、本患者の慢性気管支炎の罹患については喫煙の影響が極めて高いものと認められ、本患者の居住歴等を考慮しても慢性気管支炎の罹患と本件地域の大気汚染との間に因果関係を認めることはできない(ブリンクマン指数は一一八〇である。発病前一〇四〇、発病後一四〇。)。
したがってその請求は失当といわねばならない。
3 本患者は本訴係属中に死亡した。そして原告らは右死亡の事実による損害額の増加を主張する。しかし、原告番号二〇の患者についてと同様、本訴においては右による増加した損害額については判断しない。
一二一 原告番号一三八
1 本患者が気管支喘息に罹患していたことについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張し、山木戸意見書等にはこれに沿う部分がある。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、山木戸意見書等の内容を考慮してもなお、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息のほか慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一一三八の10の1の1ないし3、甲H一一三八の10の2の1ないし4、乙E一一三八の1の4、12、20、28、36、44)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 一九~五二(正常値五〇〇以下)
RAST 検査項目すべて〇
家族歴 父―気管支喘息
3 証拠(乙一一三八の1の2、4、5、7、13、34、36、37、39、42、証人井内ふき美)によると、本患者は昭和一四年(二〇歳)ころから昭和六二年(六八歳)ころまでの約四八年間一日一二、一三本、昭和六三年から平成七年(七六歳)ころまでの約八年間一日数本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和四八年ころ)後も約二三年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の本数及び期間を勘案すると、本患者の喫煙は本患者の慢性気管支炎症状に悪影響を与えていたというべきである(ブリンクマン指数は最大約六四八である。)。
もっとも、証拠(乙E一一三八の1の42)によると、本患者の主症状は気管支喘息であることが認められる。したがって、本患者の損害額の算定に当たっては喫煙の事実を考慮すべきであるが、損害額の減額割合は二割にとどめるのが相当である。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。しかし原告番号一九の患者についてと同様、原告らが右死亡の事実による損害額の増加を主張するものではないこと等から、本訴においてこの点は判断しない。
一二二 原告番号一三九
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについて争いはない。
2 本患者の発病時期について、原告らは昭和四一年ころと主張するが、被告らは昭和三七年ころであると主張し、関係する証拠中にも右それぞれに沿うものがある。しかし客観的に明らかな事実は、昭和五二年九月の診療開始日であり(乙E一一三九の1の2)、右以前については、前医等の診療録等客観的な裏付けを欠くもので、本件にあってはこれを認めるに足りないといわざるを得ない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息に罹患したと認めるのが相当である。
3 証拠(甲H一一三九の10の1の1、甲H一一三九の10の2、乙E一一三九の7の6)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりである。RISTの値は高いがRASTはすべてマイナスというものであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 七六〇(正常値五〇〇以下)
RAST 検査項目すべてマイナス
4 証拠(甲H一一三九の1、乙E一一三九の1の4、12、原告本人)によると、本患者は昭和四〇年ころから一〇年間、多いとき一日一〇本、少ないとき一日四、五本の喫煙を続けていたこと、しかし昭和五二年ころには喫煙をやめたことが認められる。そして前記のとおり、本患者の発病時期が昭和五二年ころであると認めるならば、ほぼそのころには喫煙を中止したことになる。ところで本患者の病名は直接に喫煙の影響を受ける肺気腫等ではなく気管支喘息であるから、前記のとおり本患者の発病時期を昭和五二年ころであると認める以上、本患者の損害額を算定するに当たって喫煙の事実を考慮するのは相当ではないといわねばならない。
一二三 原告番号一四〇
1 本患者は気管支喘息に罹患していると主張するが、右事実自体につき争いがある。
2 ところで証拠(甲H一一四〇の2)によると、本患者の喘息の最初の発作があったのは、本患者の五三歳ころのことであったこと、すなわち昭和六三年ころであったこと(ただし昭和六一年ころからゼーゼーがあった。)が認められる。右以前の発病については、裏付けとなる証拠を欠きこれを認めるに足りない。そうすると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる。
一二四 原告番号一四一
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。
2 本患者の発病時期について原告らは昭和五七年ころである旨を主張する。しかし、証拠(乙E一一四一の1の2)によると本患者は昭和五七年九月ころから気管支炎症状が出たため治療を受けていたこと、昭和五八年三月ころから喘息症状が始まったことが認められる。そうすると本患者の気管支喘息の発病時期は昭和五八年三月ころというべきである。
そして右事実によると、本件における一般的な因果関係に関する前記判断に基づき、本患者の発病は本件と因果関係を欠くことになる(なお原告ら主張の昭和五七年を前提にしても同様である。)。
一二五 原告番号一四二
1 本患者が気管支喘息に罹患していることについては争いがない。被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患していることを認めるに足りる証拠はないと主張する。確かに除外診断の見地からは疑問もあるが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情も考慮するならば、居住地の大気汚染が原因で気管支喘息のほか慢性気管支炎にも罹患したと認めるのが相当である。
なお本患者についてはその発病時期につき、原告らは昭和四二年ころと主張するが、被告らは昭和三九年ころであると主張し、関係する証拠中にも右それぞれに沿うものがある。しかし客観的に明らかな事実は、昭和四七年七月の診療開始日であり(乙E一一四二の1の1)、右以前については、前医等の診療録等客観的な裏付けを欠くもので、本件にあってはこれを認めるに足りないといわざるを得ない。特に証拠(甲HE一一四二の1、乙E一一四二の1の1、18、原告本人)によると、本患者は、若いころから昭和四〇年代までは一日の喫煙本数が約二〇本であったが、昭和五〇年代からは一〇本弱に減少したこと、そのため、昭和四八年の認定申請に当たっては喫煙本数を一日当たり一五ないし二四本と回答したが、昭和五二年の申請に当たっては一日一〇本と回答したことが認められる。このような喫煙本数の減少及びその時期は発病時期に関する前記認定に沿うものといわねばならない。そして、前記のとおり、そのころまでの居住地の大気汚染が原因で当時は気管支喘息のみに罹患したと認めるのが相当である。
被告会社らは、本患者の症状は軽症であったこと、本患者の気腫性嚢胞、職場環境が悪影響を及ぼしたこと等を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており(証拠(乙E一一四二の1の24ないし32)によると、本患者については認定更新に際し異議の手続がされたがあることも認められ、特に右のような時期には本患者の症状等につき本格的な見直しがされたことが推認される。)、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 証拠(甲H一一四二の10の1ないし3、原告本人)によると、本患者のアトピー関係事項は次のとおりであり、右事実によると、他の証拠によって認められる事実を併せ考慮しても本患者の気管支喘息の発病にアトピー素因が関与しているとまでは認めるに足りないものである。
RIST 六三~八一・二(正常値二五〇以下)
RAST 検査なし
皮内反応 アウペルギルス、クラドスポリウムの真菌類陽性
家族歴 孫―小児喘息
3 証拠(甲H一一四二の1、乙E一一四二の1の5、原告本人)によると、本患者は昭和二六年(一八歳)ころから喫煙を始め、平成八年(六三歳)ころまでの約四五年間にわたり、一日約二〇本の喫煙を続けていた(もっとも、認定後は本数を減らしていた。)ことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和四七年)後も二〇年余の間、また特に喫煙の影響が懸念される慢性気管支炎発病後も長期の間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の期間及び本数を勘案すると、喫煙が本患者の慢性気管支炎及び気管支喘息(特に増悪)の症状に著しい悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は最大九〇〇である。)。
したがって、本患者の損害額の算定に際しては、その損害額の四割を減額するのが相当である。
一二六 原告番号一四三
1 被告らは、本患者は気管支喘息であり、本患者が慢性気管支炎に罹患していたことを認めるに足りる証拠はないと主張し、堀江意見書等にはこれに沿う部分がある。しかし、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により慢性気管支炎に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
被告会社らは、本患者の症状は軽症であったこと、本患者の頸椎症等が悪影響を及ぼしたこと等を主張するが、公健法上の診断、認定は前示のとおり客観的にされており、特に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 本患者についてはその発病時期につき、原告らは昭和四一年ころと主張するが、被告らは昭和四四年ころであると主張し、関係する証拠中にも右それぞれに沿うものがある。主治医が各診断書等に発病年月日を記載しているが、これも昭和四一年とするもの(乙E一一四三の1の1、14)、昭和四四年とするもの(乙E一一四三の1の20)、昭和五〇年とするもの(乙E一一四三の1の8、26)と一定しない。しかし客観的に明らかな事実は、昭和五三年九月の診療開始日であり(乙E一一四三の1の1)、右以前については、前医等の診療録等客観的な裏付けを欠くもので、本件にあってはこれを認めるに足りないといわざるを得ない。そして、前記のとおり、本患者は遅くともそのころまでの居住地の大気汚染が原因で慢性気管支炎に罹患したと認めるのが相当である。
3 本患者には別冊一個人票記載のとおり三六歳(昭和二八年)ころまでの間喫煙歴がある。しかし前記のとおり、本患者の発病時期を昭和五三年ころと認める以上右喫煙と本患者の発病との間に因果関係を認めることはできない。
4 本患者は本訴係属中に死亡した。しかし原告番号一九の患者についてと同様、原告らが右死亡の事実による損害額の増加を主張するものではないこと等から、本訴においてこの点は判断しない。
一二七 原告番号一四四
1 本患者が慢性気管支炎に罹患していることについては争いがない。そして本患者の居住歴等別冊一個人票記載の事情を考慮すると居住地の大気汚染により慢性気管支炎に罹患し発病をしたと認めるのが相当である。
2 証拠(甲H一一四四の1、乙E一一四四の1の2、5、11、14、原告本人)によると、本患者は昭和二八年(三九歳)ころから喫煙を始め、昭和四八年(五九歳)ころまで約二〇年間にわたり、一日約一〇ないし一四本の喫煙を続け、認定後も昭和四九年(六〇歳)ころから昭和五三年(六四歳)ころまで五年間にわたり、一日五ないし八本の喫煙を続けていたことが認められる。これによると、本患者は発病(昭和四六年一〇月ころ)後も七年間喫煙を継続していたことになる。右喫煙の本数及び期間を勘案すると、本患者の喫煙はその慢性気管支炎症状に悪影響を与えていたものというべきである(ブリンクマン指数は二二五ないし三二〇である。)。
したがって、本患者の損害額の算定に当たっては喫煙の事実を考慮すべきであり、損害額の四割を減額するのが相当である。
第四章被告会社らの立地、操業の経緯及び環境対策
第一被告中電(甲D一九、七九、甲G四ないし一〇、一三、一四、一九、二三、二四の1、2、三三ないし三九、四三、四六ないし六四、乙F三四、乙イ二ないし九、証人山本豊)
一 立地、操業の経緯
1 被告中電は、昭和二六年五月、日本発送電株式会社から発電設備を引き継いで設立されたが、その前身は東邦電力株式会社、中部共同火力発電株式会社等の会社であった。そして、戦前においては、東邦電力株式会社が名古屋市港区大江町の六号地に名古屋火力発電所を建設し、四機の発電機を順次稼働させ、また、中部共同火力発電株式会社が名古屋市港区一州町に名港火力発電所を建設し、三機の発電機を順次稼働させた。
2 被告中電は、戦後、名古屋火力発電所についてはそれまでの石炭を燃料とするものから重油の専焼化を図り、ボイラーの改造を行い、名港火力発電所については発電機を増設する等の増強を行ったが、急速な電力需要の増大に対応するため、名古屋南部の臨海地域に、新名古屋火力発電所をはじめとする新鋭の火力発電所を建設した。
なお、名古屋火力発電所は昭和三九年四月一日に廃止された。
(一) 名港火力発電所(本件各工場―原告らの訴状においては、本発電所からの排煙による本件患者らの発病等も本訴の対象となるか明らかではなかった。しかし、原告らは、本件患者らの発病に関係する被告中電の各発電所を一括してその対象としており、したがって、汚染物質の排出差止めの対象とはしないものの、損害賠償請求の原因としてはいたものと認められる。なお、被告中電も訴訟の進行に従い平成八年七月五日付準備書面(第七)で本発電所からの硫黄酸化物の排出量などを明らかにした。)
前記のとおり、戦前に建設されたが、昭和四一年六月及び一二月から長期休止保管体制となり、その後一時運転を再開したが、昭和五七年一一月に廃止された。
(二) 新名古屋火力発電所(本件各工場)
被告中電は、冷却用海水の確保や燃料の受入れに優れ、土地面積も広く、名古屋市等の需要の中心から遠くないことから、名古屋港内の九号埋立地に新名古屋火力発電所を建設した。新名古屋火力発電所は、昭和三二年に一号機建設に着工し、昭和三四年に運転を開始した。その後、右一号機に加え、二号機から六号機までを昭和三二年から昭和三七年までの間に順次着工し、それぞれ昭和三五年から昭和三九年までの間に運転を開始した。
新名古屋火力発電所の平成八年三月末時点における最大出力は一二五万六〇〇〇kWである。
(三) 知多火力発電所(本件各工場)
被告中電は、火力発電所としての一般的な立地条件に適合している上、特に送電系統上重要な変電所である東名古屋変電所と至近距離にあり、同変電所と接続することで送電系統上の効果を十分発揮できる好条件が整った場所として、知多半島西海岸の埋立地南三区を昭和三八年に取得し、知多火力発電所を建設した。知多火力発電所は、一号機について昭和三八年に着工し、昭和四一年に運転を開始し、二号機、三号機につき昭和三八年、昭和四〇年に着工し、それぞれ昭和四二年、昭和四三年に運転を開始した。その後、昭和四六年着工、昭和四九年運転開始の四号機、昭和五〇年着工、昭和五三年運転開始のLNG専焼施設である五号機、六号機を加えて現在に至っている。
知多火力発電所の平成八年三月末時点における最大出力は三八一万二〇〇〇kWである。
(四) 西名古屋火力発電所(本件各工場)
被告中電は、電力の需要格差や需要変動に対応するため、起動停止が容易な中間負荷を調整する火力発電所として、火力発電所の立地条件を満たす名古屋港内の飛鳥村埋立地西四区を昭和四一年に取得し、西名古屋火力発電所を建設した。
西名古屋火力発電所は、一号機について昭和四三年に着工し、昭和四五年に運転を開始し、二号機について昭和四三年に着工し、昭和四五年に運転を開始した。その後、三号機、四号機について昭和四五年に着工し、昭和四七年に運転を開始し、五号機、六号機について昭和四七年に着工し、昭和四九年、昭和五〇年に運転を開始した。
西名古屋火力発電所の平成八年三月末時点における最大出力は二一九万〇〇〇〇kWである。
(五) 知多第二火力発電所(本件各工場)
被告中電は、昭和五六年ころの電力需要の増加状況と発電用燃料の多様化のためにLNG専焼火力発電所として、火力発電所の立地条件に適合していることに加え、特に燃料であるLNGの受入れに適した場所であるとして知多LNG共同基地近傍の知多半島西海岸埋立地の南三区に知多第二火力発電所を建設した。
知多第二火力発電所は、昭和五六年に一号機、二号機の着工をし、昭和五八年からそれぞれ運転を開始した。
知多第二火力発電所の平成八年三月末時点における最大出力は一五五万四〇〇〇kWである。
二 環境対策
1 拡散、希釈対策
(一) 高煙突化
被告中電は、昭和四一年に知多火力発電所一号機及び二号機の煙突を一二〇mに、昭和四三年に同三号機の煙突を一五〇mにし、その後、順次昭和五八年まで高煙突化を推進した。現在では前記各火力発電所の全煙突が高さ一五〇m以上の高煙突であり、最も高い煙突は高さ二三〇mである。
(二) 排煙吐出速度増大
被告中電は、煙突の出口にノズルを設置して煙突出口の径を小さくし、これにより排煙の吐出速度を上げた。
(三) 排煙温度適正化
被告中電は、ボイラに送られる燃焼用空気を予熱するとともにボイラから出てくる煙の温度を適正に保ち、発電効率の確保と排煙温度の適正化を図るため、空気予熱器を設置した。
2 硫黄酸化物対策
(一) 発生抑制対策(燃料対策)
(1) 原油の生焚き
重油は、原油から低硫黄成分であるナフサ、ガソリンなどを精製分離した残留分であるので、重油の硫黄含有率は元の原油の約二倍になる。そこで、原油を燃料としてそのまま使用すれば、硫黄含有率が約半分の低硫黄燃料を使用したのと同様の効果がある。被告中電は、昭和三七年から原油の生焚き試験を開始し、昭和四一年から本格的実用化に入った。
(2) 重油の低硫黄化
被告中電は、重油から硫黄分を除去して低硫黄重油を製造する技術による脱硫低硫黄重油を導入した。被告中電が使用する重油中の硫黄含有率は昭和四四年には約一・七%であったが、年々低下し、昭和四八年度には約〇・七%となり全国九電力会社の使用する重油の平均(約〇・八%)を下回り、昭和五〇年度には約〇・三%、昭和六三年度は約〇・一%となった。
(3) 軽質油の使用
被告中電は、使用燃料の低硫黄化を図るため、硫黄分をほとんど含まないナフサ(粗製ガソリン)やNGL(天然ガソリン)等軽質油を発電用燃料として使用することとし、昭和四八年度からナフサを、昭和五二年度からNGLを導入した。現在NGLの使用は終了したが、ナフサは発電用燃料に使用されている。
(4) LNGの使用
LNG(液化天然ガス)は、硫黄分を全く含まないため、その燃焼により硫黄酸化物が発生することはない。また、LNGは窒素分を含まず、ばいじんも発生させないので、同時に、窒素酸化物、ばいじんの発生抑制対策としても極めて有効である。
被告中電は、昭和四八年にインドネシア国営石油会社(プルタミナ)とLNGの長期購入契約を締結し、昭和五三年から知多火力発電所、昭和五八年から知多第二火力発電所でLNGを発電用燃料として使用している。これにより、平成元年度以降はLNG発電の全発電電力量に占める割合は約三〇%に拡大した。
(二) 除去対策(排煙脱硫対策)
被告中電は、昭和三六年から排煙脱硫方式の研究を行い、昭和四八年に西名古屋火力発電所一号機にウエルマンロード法(亜硫酸ソーダと硫黄酸化物から濃硫酸を合成)による排煙脱硫装置を設置して運転を開始した。
3 窒素酸化物対策
(一) 発生抑制対策
(1) フューエルNOx対策
被告中電は、前記2(一)のとおり、燃料の低硫黄化を行ったことにより、同時に窒素酸化物の発生を抑制する効果を得た。
(2) サーマルNOx対策
被告中電は、昭和四九年から二段燃焼方式、排ガス混合方式の発電用ボイラの設置を始め、昭和五二年までに、使用中の全発電用ボイラについて右両方式への改良を完了した。また、昭和四九年には、右の二段燃焼方式、排ガス混合方式の原理を組み込んだ低NOxバーナーを初めて西名古屋火力発電所に設置し、その後、他の火力発電所においても既存のバーナーから低NOxバーナーへの転換を拡大した。
(二) 除去対策(排煙脱硝対策)
被告中電は、昭和五二年に重油、原油焚きの知多火力発電所二号機ボイラに無触媒還元法による排煙脱硝装置を設置し、LNGボイラ排煙について、昭和五三年に知多火力発電所五号機、六号機の各ボイラに触媒還元法による排煙脱硝装置を設置した。さらに、重、原油ボイラ排煙について、昭和五五年に知多火力発電所四号機ボイラに接触還元法による排煙脱硝装置を設置したのをはじめ、他の発電所にも順次設置を拡大し、平成八年末までに合計三四基一八四三万九〇〇〇kW相当の発電用ボイラに排煙脱硝装置の設置を完了した。
4 ばいじん対策
(一) 発生抑制対策
被告中電は、前記3(一)(2) のとおり、各種のサーマルNOx対策を採り、燃料の燃焼状態を最適に保つことによって、窒素酸化物の発生を抑制するだけでなく、ばいじんの発生も抑制した。
また、前記2(一)(4) のとおり、LNG燃料を導入し、硫黄酸化物のみならずばいじんの発生を抑制した。
(二) 除去対策
被告中電は、技術開発の状況に併せて順次電気集じん装置の設置を進め、昭和四〇年代後半には全発電用ボイラに電気集じん装置の設置を完了した。
三 他の被告会社らとの関係
1 被告中電は、被告東邦瓦斯に対し、被告東邦瓦斯の所有地に建設され被告東邦瓦斯が運営している知多LNG共同基地におけるLNGの受入、貯蔵、気化等の業務を委託している。
2 被告中電は、第一次石油危機の際の昭和四八年一二月、関西電力株式会社、九州電力株式会社、被告新日鐵の四社と、インドネシア国営石油会社(プルタミナ)からLNGを共同で購入することを計画し、同社との間で売買契約を締結した。しかし、被告新日鐵が購入したLNGは被告新日鐵八幡製鐵所で使用するものであった。
3 被告中電は、電気事業法による一般電気事業者としてその供給区域における供給義務を負い、右に従って被告会社らを含む一般の電気の使用者に対し電気を供給している。
第二被告新日鐵(甲D二一、二三、二四、九一、甲G九〇ないし一一七、一一八の1、 2、一一九ないし一二二、一四〇、乙ロ二ないし一五、一九、証人増田規一郎、証人澤田靖士)
一 立地、操業の経緯
1 被告新日鐵は、昭和四五年三月、いずれも旧日本製鐵から分かれた富士製鐵及び八幡製鐵株式会社(以下「八幡製鐵」という。)が合併して成立した。
2 富士製鐵は、昭和三一年度から昭和三五年度にわたる第二次合理化計画の下で、製銑、製鋼一貫の臨海製鉄所を中部地方に新設することを検討していた。一方、東海地域を中心とする経済界の団体である中経連は、昭和三二年三月の中部経済五ケ年計画において、軽工業の比率が高かった中京工業地帯における産業行動の高度化を企図して製鉄所の誘致を行うこととした。そして、その候補地について調査嘱託を行い、昭和三三年一月には名古屋市南部臨海工業地域と桑名、四日市臨海工業地域を最終的な候補地として鉄鋼各社に対する誘致活動を始めた。
富士製鐵は、八幡製鐵よりも早くから進出の態度を明らかにし、昭和三三年四月に中経連から正式に誘致決定の通知を受け、中部地区経済界の世論等を考慮し、別会社として共同出資方式により東海製鐵を設立することを決定した。
そして東海製鐵は、中部地方の一般企業、銀行、地方自治体等の応募出資額一二億六五〇万円、富士製鐵の出資額一二億九三五〇万円を合わせた二五億円を資本金として設立されることとなり、昭和三三年九月一日に設立登記を完了し、正式に発足した。
富士製鐵及び東海製鐵は、名古屋市南部臨海工業地域と桑名、四日市臨海工業地域について立地調査を行った結果、昭和三四年六月上旬、重量設備が多く、しかも広大な面積を必要とする製鉄所の立地という観点から、海域が遠浅でしかも地耐力が大きい名古屋市南部臨海工業地域がより適地であるとの結論に達し、愛知用水を工業用水として確保できる目処もついたので、愛知県知多郡上野町及び横須賀町地先(南二区)に建設することを決定した。
3 東海製鐵の工場建設は昭和三五年七月から開始され、昭和三八年六月に熱延工場、昭和三九年九月に第一高炉が完成し、その後転炉工場、エネルギーセンター、第一分塊設備も完成して稼働を始めた。
昭和四一年一月には第二高炉の建設、同年一一月には第二冷延設備と厚板設備の建設が開始され、昭和四二年六月に第二高炉及び第三号転炉が完成し、同年一二月に第二冷延設備が、昭和四三年三月には厚板設備が完成した。さらに、同年八月にはキャンスーパー設備が完成し、粗鋼年産四〇〇万トン体制が確立した。
4 東海製鐵と富士製鐵は昭和四二年八月一日、産業再編成による国際競争力の強化等の目的から対等合併し、東海製鐵は富士製鐵名古屋製鐵所となった。
5 富士製鐵名古屋製鐵所は、昭和四四年四月、第三高炉が完成し、高炉三基体制となり、同年七月には第二分塊設備及び第三溶融亜鉛メッキ設備が、同年八月には第四及び五号転炉が順次完成し、粗鋼年産七〇〇万トン体制が確立した。
そして、昭和四五年三月三一日、それまで競争関係を続けてきた富士製鐵と八幡製鐵の両社が合併し、被告新日鐵となったことにより、富士製鐵名古屋製鐵所は被告新日鐵名古屋製鐵所(本件各工場)となった。
6 被告新日鐵名古屋製鐵所は、昭和四五年一一月に第一連続鋳造機、昭和四六年二月に第三冷延の各設備も完成し、昭和四七年三月には、原子炉用設備対応としての極厚大単重設備も完成した。その後、昭和五四年三月に旧第一高炉の代替として新第一高炉が稼働を開始したが、同年四月には第二高炉が休止となり、これ以降、被告新日鐵名古屋製鐵所においては、高炉二基体制での稼働が行われている。
昭和六一年五月には、海外の石油開発需要に対応するためのラインパイプ用の中径電縫管の設備を稼働させ、平成七年度の粗鋼年産は約五一八万七〇〇〇トンとなっている。
二 環境対策
1 SOx、NOx、ばいじん共通の対策
(一) 燃料の転換(副生ガスの利用)
被告新日鐵は、名古屋製鐵所において使用する燃料の多くを所内の高炉や転炉から発生する副生ガスとし、これに伴って重油使用量を削減することにより、全燃料中に占める重油の割合を昭和四四年度の約一九%から昭和六三年度の二%程度にまで減少させた。
(二) 高煙突化
被告新日鐵名古屋製鐵所は、昭和四三年にはコークス炉に一一三mの煙突を設置し、昭和四四年には焼結炉に一五〇mの煙突を、また、昭和四五年には他の焼結炉に二〇〇mの高煙突を設置した。
(三) 省エネルギー、工程の合理化等による燃料使用量の削減
被告新日鐵名古屋製鐵所は、昭和四八年から昭和六三年まで、第一次から第三次の<1>燃焼効率の改善、<2>エネルギー回収、<3>生産工程の合理化等の省エネルギー活動を行い、これにより、約二八%の省エネルギー率を達成した。
2 SOx対策
(一) 原料の低硫黄化
被告新日鐵名古屋製鐵所は、昭和四三年から焼結炉原料である鉄鉱石の低硫黄化を開始し、焼結配合原料の硫黄分は、昭和四四年度において〇・二五%であったものが、昭和五四年度には〇・〇三%となった。
(二) 燃料の低硫黄化
被告新日鐵名古屋製鐵所は、昭和四四年から昭和四七年までに加熱炉、ボイラー等で使用する重油を中東原油から東南アジア原油(低硫黄重油)に切り替え、更に低硫黄の重油を使用するよう努力をした。これにより、重油の平均硫黄分は、昭和四四年度には一・五〇%であったものが、昭和五四年度には〇・二四%となり、昭和六三年度には、〇・一五%となった。
昭和四九年からは、厚板加熱炉の燃料として、低硫黄重油に替えて硫黄分を殆ど含まないLPGを使用することとしたほか、加熱炉及び自家発電ボイラでの重油の使用を副生ガスの使用に変更し、これにより重油の使用割合は、昭和四四年度の一九%程度から、昭和五四年度には一一%、昭和六三年度には二%となり、逆にガスの使用割合は、八一%程度から九八%に増加した。
(三) コークス炉ガス脱硫装置
被告新日鐵は、研究開発の結果、昭和四八年に名古屋製鐵所にコークス炉ガス脱硫装置を設置し、脱硫装置稼働後も設備の改善を行った。脱硫前のコークス炉ガスの硫黄分は〇・三%であったが、昭和五二年には〇・〇二%以下、昭和五四年度〇・〇一%、昭和六三年度〇・〇一%となった。
(四) 焼結炉への排煙脱硫装置の設置
被告新日鐵は昭和六二年、名古屋製鐵所の第三焼結炉に排煙脱硫装置を設置し、平成一一年には第一及び第二焼結炉に排煙脱硫、脱硝装置を設置した。
3 NOx対策
(一) 燃料改善対策
被告新日鐵は、前記1(一)のとおり、燃料転換を行った。また、焼結炉においては、焼結炉で発生するNOxの多くが、粉コークスの窒素分の一部が燃焼する際に酸化してできるものであることから、コークスの代替燃料に低窒素の無煙炭を使用している。
被告新日鐵は、コークス炉ガスの脱窒素を、昭和四八年の脱硫設備設置時に合わせて実施し、燃料中の窒素分を削減した。
(二) 燃焼改善対策
燃焼改善対策としては、まず、運転条件を制御して常に最適な燃焼条件を確保することによってNOxの発生を抑制するため、各種燃焼炉に燃料流量計、燃焼空気流量計等を設置し、これらの計器による自動燃焼制御を行っている。また、焼結炉で発生するNOxは大半が粉コークス中の窒素分が酸化して生成するため、昭和五三年に生石灰添加装置の設置、造粒用ミキサー、粉コークスの篩分機の増設等酸化反応を抑制する技術を開発し、窒素分の酸化反応を抑制してきた。昭和六〇年と六一年には、自社開発による焼結新型装入分布装置を全焼結炉に設置し、焼結鉱の歩留りを向上させることにより、NOxを削減した。さらに、加熱炉等においては、昭和五〇年以降、燃焼バーナーの構造によりNOxが発生しにくい、バーナータイルの広角化、Vベーンバーナー、リングバーナー等の低NOxバーナーをー順次採用した。
(三) 焼結炉の排煙脱硝
前記2(四)のとおり、平成一一年に第一、第二焼結炉に排煙脱硫、脱硝装置を設置した。
4 ばいじん、粉じん対策
(一) 良質燃料の使用
被告新日鐵は、前記1(一)のとおり燃料転換を行った。
(二) 自動燃焼制御による燃焼管理強化
被告新日鐵は、前記3(二)のとおり、自動燃焼制御による燃焼管理の強化を行った。
(三) 集じん機の設置
被告新日鐵は、当該施設の特性に応じ、高炉ガス清浄設備(ベンチュリースクラバー)、焼結主排ガス集じん機(マルチサイクロン)、転炉ガス集じん機(ベンチュリースクラバー)、焼結環境集じん機(電気集じん機)など、多数の集じん機を設置した。
5 粉じん対策
被告新日鐵は、粉じん発生個所の密閉化、集じん機の設置、散水などの対策を行った。
三 他の被告会社らとの関係
1 名古屋サンソセンターとの関係
東海製鐵は、大同酸素株式会社(現大同ほくさん株式会社)、被告東亞合成と共に、別会社を設立し同会社に対し東海製鐵等の使用する酸素、窒素の製造委託をする計画を立てた。そして、昭和四二年六月、東海製鐵と日本酸素株式会社等の酸素メーカー三社が共同出資者となって、株式会社名古屋サンソセンター(以下「名古屋サンソセンター」という。)を設立した(操業開始は富士製鐵が東海製鐵を合併した後の昭和四三年二月である。)。
名古屋サンソセンターの工場設備は東海製鐵内(現在、被告新日鐵名古屋製鐵所内)にあるが、その工場設備は日本酸素株式会社が建設したものを賃貸する形を採っており、名古屋サンソセンターの経営は日本酸素が実質的に行っている。名古屋酸素センターが製造する酸素、窒素の販売量のうち、被告新日鐵名古屋製鐵所の購入割合は約八割ないし九割である。日本酸素外二社の酸素メーカーは、残余の酸素及び窒素を、名古屋サンソセンターから購入し被告愛知製鋼及び被告大同特殊鋼を含む一般需要家に販売している。
2 東海特殊鋼との関係
被告新日鐵は、昭和四一年五月、富士製鐵と東海製鐵及び被告大同特殊鋼の共同出資により東海特殊鋼株式会社(以下「東海特殊鋼」という。)を設立した(昭和四一年六月には被告愛知製鋼、昭和四四年一〇月には山陽特殊製鋼株式会社がそれぞれ資本参加した。)。東海特殊鋼は、被告新日鐵名古屋製鐵所の構内に七〇トン転炉二基とその附帯設備を所有し、昭和四三年一〇月から被告新日鐵名古屋製鐵所が東海特殊鋼に溶銑を供給し、転炉製鋼法により特殊鋼用鋼塊を生産してこれを被告大同特殊鋼、被告愛知製鋼、山陽特殊鋼等に販売している。被告新日鐵名古屋製鐵所が東海特殊鋼に販売する溶銑の割合は、多い時期で出銑量の一〇%程度、最近では五%程度(売上高では一ないし二%程度)となっている。
3 被告大同特殊鋼との関係
(一) 立地、操業上の関係
被告新日鐵名古屋製鐵所(東海製鐵)の立地の際、被告大同特殊鋼も、電気炉製法から転炉製法への移行による近代化と鉄源の確保(脱スクラップ)を志向し、同製鐵所から溶銑等の供給を受けて特殊鋼を生産すべく隣地に知多工場を建設した。しかし、現実には被告大同特殊鋼の右知多工場では電炉製鋼法による生産が行われ、被告新日鐵の溶銑を原料とする転炉製鋼法での生産は行われなかった。
(二) 資本的、人的関係
被告新日鐵の被告大同特殊鋼に対する持ち株比率は、平成八年三月末現在で一〇・二%であり、同社の筆頭株主である。
被告新日鐵は、被告大同特殊鋼に対し、約三名の役員を常時派遣している。被告新日鐵にとって、被告大同特殊鋼は、関係会社約六五〇社の一つである。
4 被告愛知製鋼との関係
(一) 立地、操業上の関係
被告愛知製鋼が工場立地をするに当たっては、同被告と東海製鐵、富士製鐵ないし被告新日鐵との間に立地上の関係はなかった。
(二) 資本的、人的関係
被告新日鐵の被告愛知製鋼に対する持ち株比率は、平成八年三月末現在で七・六%であり、同社の第二の株主である。
5 被告中部鋼鈑との関係
被告新日鐵の前身である八幡製鐵は、被告中部鋼鈑の昭和四〇年の経営危機の際、出資する等の支援を行い、昭和三九年から昭和四一年の間に八幡製鐵の出身者が被告中部鋼鈑の常勤役員二名及び非常勤役員一名として就任し、昭和五二年まで同じ三名が役員として在籍していたが、この間、東海製鐵及び富士製鐵出身役員や兼任役員は一人も就任していない。
被告新日鐵の関連会社である日鐵商事は、被告中部鋼鈑の株式を平成八年時点で四・二%保有している。
6 被告東邦瓦斯との関係
東海製鐵の創立時において、富士製鐵は被告東邦瓦斯との間で、東海製鐵から被告東邦瓦斯にコークス炉ガスを供給する基本的合意を成立させ、被告新日鐵名古屋製鐵所は、昭和四二年一二月から昭和五九年六月まで及び昭和六一年八月以降、被告東邦瓦斯に対し、コークス炉ガスを販売した。その販売額は、年平均にして、被告新日鐵名古屋製鐵所の売上高の約一%である。
7 名古屋製鉄化学との関係
富士製鐵と東海製鐵は、昭和三七年五月、被告東レ及び同東亞合成とともに、合成樹脂原料、化学肥料原料、合成繊維原料の製造販売を目的とする名古屋製鉄化学工業株式会社(以下「名古屋製鉄化学」という。)を設立したが、名古屋製鉄化学は東海製鐵の高炉建設が延期されたことなどもあって、一切の事業活動を行うことなく解散した。
8 被告新日鐵は、被告中電から電気事業法に基づく電気の供給を受けている。
なお被告新日鐵は、被告中電等と共にインドネシア国営石油会社(プルタミナ)からLNGを共同で購入したが、被告新日鐵が購入したLNGは被告新日鐵八幡製鐵所で使用するもので、被告新日鐵名古屋製鐵所とは関係を有しない。
第三被告東レ(甲D二五、一〇二ないし一〇四、甲G一二三ないし一二七、乙八二、三、四の1、2、五ないし九、証人漆崎秀男)
一 立地、操業の経緯
1 被告東レは、合成繊維及び合成樹脂の製造販売を中心に、更に医薬品、医療用具、炭素繊維あるいは印写材料等の製造販売を行っている。
創立時の社名は「東洋レーヨン」で、大正一五年にビスコース法レーヨンの生産を目的として、三井物産株式会社が出資して設立した会社であり、昭和四五年に「東レ」と改称し現在に至っている。
2 名古屋事業場(本件各工場)
被告東レは、ナイロンの試験生産を滋賀工場で行っていたが、戦後ナイロンの本格的な生産を行うについては滋賀工場は敷地の面でやや手狭であったことに加え、名古屋市西区に所在した愛知工場の有効活用、原料供給先である被告東亞合成との距離、あるいは電力供給の余裕、海陸交通の利便等を考慮して、名古屋地区での立地を決定し、旧三菱重工業株式会社大江工場の跡地を譲り受けて名古屋事業場を建設し、操業を開始した。
名古屋事業場では、昭和二六年四月にナイロン原料であるカプロラクタムの生産を開始すると共に、製糸用ナイロンチップ及びナイロンステープルの生産も開始し(当初日産五トン)、その後ナイロン事業の拡大につれて、第二工場(昭和三一年八月完成)、第三工場(昭和三八年四月完成)が増設され、ラクタム生産設備は昭和三四年には日産七二トン、昭和四〇年には日産一五〇トンまで増大した。その後、生産品種を多様化しながら現在に至っている。
3 東海工場(本件各工場)
被告東レは、昭和三六年、富士製鐵、東海製鐵及び被告東亞合成と共に、東海製鐵から産出される高炉ガスを利用する名古屋製鉄化学の共同事業を計画し、四社の連名で名古屋港管理組合から南一区(埋立地)の分譲を受けた。しかし、名古屋製鉄化学は、その後の環境変化から工場の建設、操業を開始することなく解散した。そして、被告東レは昭和四〇年、右土地の一部を譲り受けた。
被告東レは、昭和四四年、ナイロンの旺盛な需要に対応するため、名古屋事業場の近くでナイロン原料を確保し、併せてテトロン(ポリエステル系合成繊維)の原料であるテレフタル酸を自社生産する計画を具体化させ、右取得済みの現在地(東海市新保町)に東海工場を建設し、操業を開始した。
東海工場では、昭和四六年三月の操業開始当初から、ラクタム及びテレフタル酸の生産を開始し(各日産一二五トン、五〇トン)、昭和四九年には日産でラクタム一七五トン、テレフタル酸二八〇トンの規模まで拡大した。昭和五一年からはテトロンチップの生産も開始し、生産規模を拡大して現在に至っている。
二 環境対策
1 燃料対策
(一) 燃料使用量の削減
被告東レは、昭和四八年、昭和五三年の二度にわたるオイルショックを契機として、エネルギー技術室を新設し、ロスの削減、意識改革をはじめ、製造工程の省略、改善等、積極的かつ体系的な省エネルギー活動を推進し、これにより全社で昭和五〇年以来一八年間で約三八%のエネルギー原単位の低減を実現した。名古屋事業場及び東海工場においては、昭和五一年から昭和六三年までに、それざれ約五〇%及び六〇%の低減を実現した。
(二) 使用燃料の低硫黄化
被告東レは名古屋事業場において、昭和四四年度には硫黄含有率二・六%の重油を使用していたが、昭和四五年から低硫黄重油(ミナス重油)を導入し始め、以後現在に至るまで、逐次使用燃料の低硫黄化を進め、昭和五三年以降では、使用燃料中硫黄分は〇・二%以下となっている。
他方東海工場でも昭和四六年の操業当初から低硫黄重油を導入し、更には昭和四八年以降は、逐次、製造工程の加熱炉や廃棄物処理施設に使用する燃料を灯油とし、排煙脱硫設備のアフターバーニングに用いる燃料も灯油とした。
被告東レは、昭和五七年には、製造工程の加熱炉やアフターバーニングの燃料を灯油から都市ガスへと変更した。
2 設備対策
(一) 硫黄酸化物対策
被告東レは、1の燃料対策のほか、昭和五〇年に東海工場で、昭和六三年に名古屋事業場で主として自家発電ボイラーを対象に排煙脱硫装置を設置した。
(二) 窒素酸化物対策
被告東レは、名古屋事業場、東海工場において、窒素分の低い良質燃料を使用し、その含有窒素分の燃焼で生ずる窒素酸化物(フューエルNOx)の低減を図るとともに、燃焼の際に空気中の窒素ガスが酸化することによる窒素酸化物(サーマルNOx)の発生の低減を図り、二段燃焼法、低空気比燃焼法、排ガス再循環法等燃焼方式の改善によって窒素酸化物の発生量を抑制し、発生した窒素酸化物をアンモニア接触還元(乾式脱硝)により還元除去する等の方法を組み合わせた設備対策を行った。
被告東レは、排煙脱硝装置を昭和六三年から東海工場の自家発電装置四号機、五号機に順次設置した。
(三) ばいじん対策
被告東レは、良質燃料の使用によりばいじんの発生を極力抑制するとともに、名古屋事業場、東海工場とも、各自家発電ボイラー排ガスを対象に乾式電気集じん機を設置した。
3 高煙突化による拡散希釈対策
被告東レは、名古屋事業場では昭和四四年に自家発電ボイラー二号機の建設に含わせて一〇〇mの煙突を建設し、昭和四六年には自家発電ボイラー一号機の排ガスも同煙突に接続、集合化し、それ以前の七〇mの煙突の使用を停止した。また、東海工場においても昭和四五年の工場建設の時点から、一二〇mの煙突を建設するなど、それぞれ高煙突化を進めた。
三 他の被告会社らとの関係
1 被告東レは電気及びガスのほか、被告東亞合成及び被告三井化学を除いて、他の被告会社らと原材料、製品の直接的な取引関係を有さない。
2 被告東亞合成との関係
被告東レは、昭和二四年九月に被告東亞合成に対し提携を申し入れ、ナイロンの材料であるアノンラクタムの供給を受けることとなり、この供給の便益も一つの理由として、被告東亞合成の立地する七号地と隣合わせの六号地に名古屋事業所を建設した。
被告東レ名古屋事業場は、被告東亞合成名古屋工場との間に二kmにわたるパイプラインを架設し、被告東亞合成から被告東レへのナイロン諸原料の輸送及び被告東レから被告東亞合成への回収硫安の輸送を行っていた。しかし、昭和三〇年代後半から進められた被告東レのラクタム製造方法の新技術(PNC法)への転換(シクロヘキサノンからシクロヘキサンを合成)に伴い、原料事情も大幅に変化したことかから、被告東レ名古屋事業場が被告東亞合成名古屋工場から供給を受ける原材料の数及び量は減少し、両社を結ぶパイプラインは順次廃止され(昭和四三年にはアノンラクタム、昭和四六年には回収硫安等のパイプライン輸送が廃止された。)、その数は減少した。
現在パイプライン設備を活用しているものは、被告東亞合成から被告東レへの発煙硫酸、水素等の汎用工業薬品の輸送であり、名古屋事業場の原材料費に占める被告東亞合成の割合は約五%である。
被告東レは、昭和二九年当時被告東亞合成の株式一二・五%、昭和三〇年も九・一八%を保有していたが、昭和四九年には四・四%まで減少した。
被告東亞合成は、平成八年当時被告東レの株式を七〇万株保有していた(上位株主の一四番目)。
3 被告三井化学との関係
被告東レは、昭和四五年一二月、トレロン原料の安定確保のため、被告三井化学との合弁出資により、東洋ケミックスを設立し、アクリロニトリル事業を共同で進めた。しかし、東洋ケミックスの製品はその大阪工場で製造され、主として、被告東レ愛媛工場に供給された。
また、その後、被告東レは昭和五七年に東洋ケミックスから撤退し、東洋ケミックスは、解散することになり、被告三井化学の子会社となった後、解散した。
第四被告愛知製鋼(甲D二六、一一一、甲G二六ないし二九、三二、四五の1ないし4、乙二二ないし六、一一、証人坂口上)
一 立地及び操業の経緯
被告愛知製鋼は、昭和一五年三月八日に株式会社豊田自動織機製作所から分離し設立された特殊鋼専業メーカーである。トヨタ自動車工業株式会社の自動車増産計画に伴い当時の刈谷工場では土地が手狭となったため、昭和一四年に当時伊勢湾に面していた知多工場東地区を取得し工場を建設し、昭和一八年から稼働した(当時の社名は豊田製鋼株式会社)。その後、昭和三六年には知多工場東地区と隣接する知多工場西地区(南一区の埋立地)を取得し工場を建設し(東西一体として本件各工場)、昭和三八年から稼働した。
二 環境対策
1 硫黄酸化物対策
(一) 燃料対策
被告愛知製鋼は、昭和四五年ころから燃料中の硫黄分低減に取り組み、硫黄分の低い重油、あるいは軽油、灯油への燃料転換を図るとともに、硫黄分ゼロのLNG又は硫黄分の殆どないLPG等のガス燃料の使用割合を増やした。また、一部の加熱炉については、重油焚きからSOxの発生しない電気式への転換を進めた。燃料中平均硫黄分は昭和四六年度には二・〇五%であったが、昭和五三年度には〇・一六%となった。
(二) 省エネルギー対策
被告愛知製鋼は、連続鋳造設備の導入、加熱炉の断熱性強化、加熱炉内の適正な温度管理、排熱再利用等による省エネルギーを図った。
2 窒素酸化物対策
(一) 燃焼方法の改善(低空気比燃焼法)
被告愛知製鋼は、昭和四〇年代半ばから、燃焼炉に順次自動制御装置を設置するなどして燃焼管理を強化し、燃焼に理論的に必要な空気量だけを供給することにより、サーマルNOxの排出量を低減させた。
(二) 低NOxバーナーの設置
被告愛知製鋼は、昭和五一年九月から順次低NOxバーナーの設置を行い、サーマルNOxの排出量を低減させた。現在では、加熱炉関係の大気汚染防止法上の全届出施設の排ガス量のうち、約七〇%の排ガス量を低NOxバーナーでカバーしている。
(三) 排煙脱硝装置の設置
被告愛知製鋼は、平成元年、加熱炉にハニカム状触媒を使用した接触還元方式による排煙脱硝装置を設置し、サーマルNOxの排出量を低減させた。
(四) 燃料転換
被告愛知製鋼は、前記1(一)のとおり、低硫黄燃料への燃料転換を行った。
(五) 被告愛知製鋼は、前記1(二)のとおり、省エネルギー対策を行った。
3 ばいじん、粉じん対策
(一) ばいじん対策
被告愛知製鋼は、ばいじんの主要発生源である電気炉に、順次バグ式(ろ過式)の直引集じん装置を設置し、さらに電気炉工場には建屋集じん装置を設置して、工場内全体の集じんを行い、工場外へのばいじんの排出を防ぐという、二重の対策をとり、また、灰分及び残留炭素分の少ない良質な燃料を使用すること、省工ネルギー対策をとることによってばいじん排出量を減少させた。
(二) 粉じん対策
被告愛知製鋼は、研磨機やショットブラストなどの粉じん発生設備には集じん装置を設置し、また、道路及びスクラップヤードを舗装し、道路の清掃、散水を実施し、スクラップヤードを建屋内に設け、トラックによるスクラップ搬入の際には建屋内ヤードで積卸しを行うなどの粉じんの二次発生を防止対策を行って、粉じん排出量を減少させた。
三 他の被告会社らとの関係
1 取引関係
被告愛知製鋼は、電気及びガスを除いて、他の被告会社らとの取引関係を有さない。
被告愛知製鋼は、富士製鐵、東海製鐵及び被告大同特殊鋼との共同出資により、東海特殊鋼を設立した(設立は昭和四一年五月であり、被告愛知製鋼の資本参加は設立から一月遅れた同年六月であった。)。被告愛知製鋼は、東海特殊鋼から量産鋼の鉄原として鋼塊を補助的に購入しており、その購入量は全体使用量の五ないし一〇%程度であり、ピーク時にも二〇%を若干超える程度である。
被告愛知製鋼は、名古屋サンソセンターの設立に関与していないし、資本参加もしていない。被告愛知製鋼は、名古屋サンソセンターで製造された酸素を、日本酸素株式会社を通じて購入している。
2 人的、資本的関係
被告愛知製鋼と他の被告会社らとの間での役員派遣等の事実はない。ただし、昭和三九年二月から昭和四四年一二月までの社長は、被告新日鐵の前身である八幡製鐵出身であった。
被告愛知製鋼の筆頭株主はトヨタ自動車(平成一一年三月末現在の出資比率二四・四%)であり、その出資比率は、第三位の豊田自動織機製作所も含めると三〇%を超えているものであって、トヨタ自動車のグループ会社である。なお第二位は被告新日鐵(平成一一年三月末現在の出資比率七・六%)である。
第五被告大同特殊鋼(甲D二七、九五ないし九八、一一〇、甲G七一ないし七六、八一、乙ホ二ないし四、証人津谷勉)
一 立地、操業の経緯
被告大同特殊鋼は、大正五年八月一九日に名古屋電燈株式会社製鋼部から分離独立した株式会社電気製鋼所が、その後、他社との合併、商号変更をし、昭和五一年に現在の商号となった特殊鋼専業メーカーである。
被告大同特殊鋼は、五号地(埋立地)に築地工場(本件各工場)を建設し、大正六年六月、操業を開始した。そして、満州事変後我が国が戦時体制に入ったことによる特殊鋼需要の増大に対応するため、南区星崎町繰出に星崎工場(本件各工場)を建設し、昭和一二年一二月、操業を開始した。
その後、被告大同特殊鋼は当時の社長を中心に東海製鐵の誘致に協力し、中経連に対しては「特殊鋼分野の生産は大同製鋼を活用されたい」と表明した。そして、自動車向け構造用鋼の大量需要が予想され、また特殊鋼の分野に進出してきた普通鋼メーカーに対し十分競争できる生産体制を確立するため名古屋港管理組合に南一区への進出を希望したが、被告愛知製鋼と競合したため、調整により南二区に進出することになった。その後、南二区の一一一万m2の敷地に大型電炉を有する知多工場(本件各工場)を建設し昭和三七年一〇月から操業を開始した。南二区内の北隣には被告新日鐵名古屋製鐵所がある。
二 環境対策
1 硫黄酸化物対策
(一) 燃料重油の低硫黄化及びLPGの導入
被告大同特殊鋼は、知多工場において、昭和四五年以前からC重油のうち比較的硫黄分の低いもの(硫黄分一~二%)を使用し、昭和四六年八月からは極めて硫黄分の少ないミナス重油(硫黄分〇・二%)に変換し、さらに昭和五三年には脱硫C重油(硫黄分〇・一五~〇・一八%)を導入した。
星崎工場においては、昭和四〇年にはBC混合重油(硫黄分一・五%~二%)を主に使用していたが、昭和四四年からは軽油(硫黄分〇・四~〇・五%)の使用も始め、昭和五三年には脱硫C重油(硫黄分〇・一五%~〇・一八%)を導入した。
築地工場においては、昭和四六年からBC混合重油(硫黄分二%)に、昭和四七年からA重油(硫黄分〇・八%)に、昭和五〇年には更に低硫黄のA重油(硫黄分〇・一~〇・三%)に変換した。
また、昭和四七年に星崎工場の加熱炉に硫黄分を含まない液化石油ガス(LPG)を燃料として導入し、昭和四八年には知多工場でも液化石油ガスの使用を開始した。星崎工場では液化石油ガスの使用を順次拡大し、昭和五八年には都市ガスも導入し、現在では星崎工場の燃料使用量の半分以上がガス燃料となっている。
築地工場については、鍛造工場を昭和四五年に知多工場へ移転したため、同年以降燃料使用量は減少した。
(二) 省エネルギー化
被告大同特殊鋼は、燃焼方法の改善、連続鋳造法、排熱回収等により、製品単位当たりの使用燃料を低減し省エネルギー化を図った。
(三) 集合高煙突化
被告大同特殊鋼は、知多工場において、昭和四九年四月に一五基の加熱炉からの高さ三〇m前後の排煙用煙突一一本を集合化して一本にした上、七〇mと高くし、排煙の着地濃度の減少を図った。
2 窒素酸化物対策
(一) 良質燃料の使用
被告大同特殊鋼は、前記1(一)のとおりの良質燃料の使用、省エネルギー化を行った。
(二) 運転条件の変更、燃焼装置の改造
被告大同特殊鋼は、昭和五〇年ころから運転条件の変更、排ガス混合燃焼、低NOxバーナーの設置、水蒸気吹き込み(スチーム・アトマイジング)、二段燃焼等を行い、サーマルNOxの生成を抑制した。
3 ばいじん対策
被告大同特殊鋼は、ばいじん対策として、良質燃料対策の外に、星崎工場においては昭和三五年一二月以来、築地工場においては昭和四一年一二月以来、知多工場においては昭和三九年四月以来、その電炉炉体から直接ばいじんを吸引する直引集じん装置を設置した。
その後、さらに直引集じん装置が作動しない原料装入時に発生するばいじんを回収するため、昭和四九年三月星崎工場に、昭和五〇年一〇月に築地工場、知多工場に建屋集じん装置を設けた。
知多工場では、このほかに騒音を防止する等作業環境の向上のため、電炉を取り囲むハウスを設けた。
三 他の被告会社らとの関係
1 取引関係
被告大同特殊鋼は、電気及びガスを除いて、他の被告会社らとの取引関係を有さない。
被告大同特殊鋼は東海特殊鋼の設立に当たり、富士製鐵、東海製鐵と共に出資をした。被告大同特殊鋼は、昭和四三年一〇月以降東海特殊鋼から、従前被告大同特殊鋼の行っていた鉄屑を原料にした製鋼方法の補助的、補完的な意味を持つものとして鋼塊を使用した製鋼をするため、鋼塊を購入するようになった。被告大同特殊鋼が東海特殊鋼から購入した鋼塊の被告大同特殊鋼の生産量に占める割合は、昭和四五年度において約二割前後、昭和五〇年前後から年々減少し、現在では約五%である。
被告大同特殊鋼は名古屋サンソセンターとの間に直接の取引関係はないが、名古屋サンソセンターで製造された気体酸素及び気体窒素を、昭和四三年一二月から帝国酸素株式会社及び日本酸素株式会社を通じて購入している。
2 人的、資本的関係
被告大同特殊鋼は、被告新日鐵から社長を含む役員を複数名受け入れており、被告新日鐵の名古屋製鐵所の所長は常時被告大同特殊鋼の非常勤取締役になっている。
被告大同特殊鋼の筆頭株主は被告新日本製鐵であり、その出資比率は一〇・二%である。
3 被告大同特殊鋼は、東海製鐵の誘致に関連して、昭和三三年五月、中経連に対し、特殊鋼分野の生産は全面的に同社を活用されたいとの要望を表明し、東海製鐵に隣接して鉄鋼一貫の新鋭特殊鋼工場が建設できるよう協力を仰ぐとともに、東海製鐵から溶銑、発生スクラップ、ビレットなどの供給を受けて、特殊鋼の原料対策解決の一環としたいとの意思を表明した。
第六被告三井化学(甲G六五、六六、乙へ二、三の1、2、四の1ないし3、五ないし八、証人島田隆)
一 立地、操業の経緯
1 被告三井化学は各種化学工業品の製造、加工、販売を主たる業とする総合化学会社であり、昭和八年四月設立の東洋高圧工業株式会社と、昭和一六年四月設立の三井化学工業株式会社とが昭和四三年一〇月に合併し、三井東圧化学株式会社となり、更に平成九年一〇月に昭和三〇年設立の三井石油化学工業株式会社と合併し、現在の商号になった。
2 被告三井化学は、アセチレン系有機合成化学工業への本格的な参入を目指し、昭和二四年ころから自社の独自技術による塩化ビニール生産の研究に着手するとともに、企業化に向けた本格的工場建設のための立地場所の検討を始めた。
被告三井化学は、当時から名古屋が東西交通の要所として原料、製品等の搬入及び搬出に便利であったこと、候補地周辺が農地として広く利用され人家がまばらで工場の立地に適していたこと、用地が広大で総合的なアセチレン系有機合成化学工業を展開するのに十分であったこと、更に最も重要な条件であった塩化ビニールの原料であるカーバイドの確保について、石灰石確保で有利な条件を整えていた揖斐川電気工業株式会社(現在の「イビデン株式会社」)から供給を受けられる目処がたったことなどの理由から、昭和二四年九月、現在の名古屋工場に工場を設けることを決定した。そして用地を大同製鋼株式会社(現在の被告大同特殊鋼)から購入し、昭和二五年三月から工場の建設を始め、同年一一月には名古屋工業所(平成九年から「名古屋工場」)(本件各工場)を発足させ、昭和二六年一月に操業を開始した。
二 環境対策
1 硫黄酸化物対策
(一) 燃料使用量の削減対策
被告三井化学は、従来から省資源、省エネルギー対策を進めてきており、燃料使用量の大幅な削減により、硫黄酸化物排出量の低減を実現している。燃料使用量は平成元年度では昭和四四年度当時の半分程度にまで減少した。
(二) 使用燃料の低硫黄化対策
(1) 副生ガスの活用
被告三井化学は、プロピレンオキサイド製造工程において副生されるプロパンガスを昭和四八年からボイラー用燃料として使用することにより、また工業塩の水溶液を電気分解する工程において副生される水素ガスも昭和五八年から発電ボイラー用燃料の一部として重油等と混焼することにより、重油等の使用量の削減を図り、硫黄酸化物の減少に努め、約一〇%重油使用量を削減した。
(2) 使用重油の低硫黄化
被告三井化学は、ボイラー設備及びビスフエノールA工程内の加熱炉設備における使用燃料の低硫黄化を進めた。
(三) 拡散向上対策
被告三井化学は、昭和四四年九月に発電ボイラーの煙突の高さを五五mに上げて、到達濃度の低減を図った。
(四) 排煙脱硫対策
被告三井化学は、ボイラー設備に湿式亜硫酸ソーダ法排煙脱硫装置を昭和四六年に設置した。
2 窒素酸化物対策
(一) 燃料改善対策
(1) 燃料使用量の削減
被告三井化学は、前記1(一)のとおり、燃料使用量を削減した。
(2) 窒素含有量の少ない燃料の使用
被告三井化学は、前記1(二)のとおり、使用燃料の低硫黄化対策を採ったことにより、同時にフューエルNOxの発生の抑制に効果を上げた。
(二) 燃焼改善対策
(1) 燃焼装置の改善
被告三井化学は、昭和五〇年から発電ボイラーにおいて二段燃焼技術及び排ガス再循環法、昭和五三年に火焔分割燃焼型バーナーを採用して、サーマルNOx及びフューエルNOxの発生の抑制に効果を上げた。
(2) 運転条件の改善
被告三井化学は、発電ボイラー及び重油ボイラーにおいて、その設備稼働開始当初から低空気比燃焼法、バイアス燃焼法を採用した。
(三) 排煙脱硝対策
被告三井化学は、昭和六一年に発電ボイラーにおいて倉敷紡績株式会社が開発した乾式アンモニア選択接触還元法排煙脱硝装置を設置して、排ガス中の窒素酸化物の抑制に努めた。
(四) 拡散向上対策
被告三井化学は、前記1(三)のとおり、煙突の高さを上げて拡散向上を図る対策を採った。
3 ばいじん対策
(一) 排ガス中のばいじん除去対策
(1) 排煙脱硫装置による除じん
被告三井化学は、前記1(四)のとおり、除じん機能をも併せもつ湿式法排煙脱硫装置を設置した。
(2) 電気集じん機による除じん
被告三井化学は昭和六一年、高性能電気集じん機を発電ボイラーに設置した。
(二) 燃料改善対策
被告三井化学は、前記1(一)、(二)のとおり、燃料改善対策を行った。
(三) 燃焼改善対策
被告三井化学は、前記2(二)のとおり、低NOxバーナーの使用を含む燃焼改善対策を行った。
(四) 拡散向上対策
被告三井化学は、前記1(三)のとおり、煙突の高さを上げて拡散向上を図る対策を採った。
三 他の被告会社らとの関係
1 被告三井化学は、電気、ガスを除いては他の被告会社らと取引関係を有していない。
2 被告東レとの関係
被告三井化学は、昭和四五年一二月、トレロン原料の安定確保のため、被告東レとの合弁出資により、東洋ケミックスを設立し、アクリロニトリル事業を共同で進めた。しかし、その後、アクリロニトリル事業が第二次石油危機による原燃料の高騰等を背景に国際競争力を失った結果、昭和五七年に被告東レが東洋ケミックスから撤退し、昭和五八年一二月の東洋ケミックスの解散に伴い、被告三井化学は大阪工場においてアクリロニトリル事業を引き継いだ。
第七被告東邦瓦斯(甲D二八、八四ないし八八、一〇七、一〇八、甲G四四、乙チ二ないし一四、証人稲森俊英)
一 立地、操業の経緯
1 被告東邦瓦斯は、名古屋瓦斯を前身とし、大正一一年六月に設立され、港明工場をはじめとして名古屋南部の臨海工場地域にガス製造工場を建設した。
2 港明工場(本件各工場)
港明工場は現在のJR臨港線をはさんで東西二工場に分けられる。
被告東邦瓦斯は、昭和一五年に西側の工場を建設し(昭和二〇年に金川製造所、昭和三五年に金川工場と改称)、昭和三三年に東側の工場(港明製造所)を建設した(昭和三五年に港明工場と改称)。両工場はコークス炉を主体としたため、原料である石炭の運搬の便から立地場所が決められた。その後、被告東邦瓦斯は、両工場の重複業務を無くし工場運営上の指揮系統を一元化するため、昭和四〇年に金川工場と港明工場を統合し、港明工場とした。被告東邦瓦斯は、天然ガス転換の進捗に伴い、港明工場のガス製造設備を順次廃止し操業規模を縮小し、平成一〇年六月に港明工場全体を廃止した。
3 上野工場
被告東邦瓦斯は、昭和四〇年代の都市ガス需要の増大に対応するため、昭和四〇年代前半には港明工場を増強しつつ、昭和四二年に上野工場を建設した。被告東邦瓦斯は昭和四一年、被告新日鐵との間で被告新日鐵のコークス炉ガスを購入する契約をし、昭和四二年に上野工場を建設して購入を開始した。被告東邦瓦斯は、上野工場において昭和五九年までコークス炉ガスを被告新日鐵から購入したが、平成二年に上野工場を廃止した。
4 空見製造所(本件各工場)
被告東邦瓦斯は、港明工場の拡張が敷地の限界という物理的な面から困難になったため、昭和三五年に確保済みであり原料を船から直接受け入れができる港区一一号地を立地場所として昭和四四年から空見工場を建設し、昭和四五年に操業を開始した。その後、昭和六三年に空見製造所と改称された。
5 知多工場(本件各工場)
被告東邦瓦斯は、名古屋港南四区にナフサを原料とする6Cガスの製造工場を建設することを予定していた。しかし、昭和四八年にLNG導入の基本方針を決定し、昭和五二年、名古屋港南四区に被告中電と共同で知多LNG共同基地を建設したため、予定していたガス製造工場を南三区の被告中電の土地を賃借して建設することとした。そして、知多LNG共同基地で受け入れたLNGを熱量調整し、天然ガスを主原料とする都市ガス(13Aガス)を製造する設備を併設した新工場(知多工場)を昭和五一年に建設し、操業を開始した。
二 環境対策
1 硫黄酸化物対策
被告東邦瓦斯は、ばい煙発生施設で使用する重油や原油の低硫黄化あるいは硫黄分をほとんど含まない灯油、ナフサなどの良質燃料の使用、重油から良質燃料への切り替え、さらには硫黄分を含まない天然ガスを使用するという燃料による対策を行った。
2 窒素酸化物対策
被告東邦瓦斯は、燃料の低硫黄化や良質な液体燃料、気体燃料の使用という燃料改善による対策を進めるとともに、空見工場、知多工場のSTG装置は昭和五一年から五三年にかけて、知多工場のICI装置は設置当初(昭和五三年)から、装置内のばい煙発生施設に触媒方式あるいは無触媒方式の脱硝装置を設置した。また、脱硝装置を設置するまでのつなぎの対策として、空見工場、知多工場のSTG装置に排ガス再循環装置を設置した。更に、港明工場のコークス炉については、窒素酸化物の排出抑制効果の高いリーンガスという気体燃料を使用した。
3 ばいじん対策
被告東邦瓦斯は、前記1のとおり硫黄酸化物対策を行うことによって、ばいじん対策としての効果も上げた。また燃焼管理により完全燃焼を徹底することによってすすの発生を防止するため、運転員によるパトロールも実施した。このほか、原油や重油、コークスを燃料とする港明工場のばい煙発生施設に集じん機を設置した。
4 煙突の集合、高煙突化
被告東邦瓦斯は、硫黄酸化物、窒素酸化物等の物質の到達(着地)濃度を低下させる煙突の集合、高煙突化の方策を実施した。
5 粉じん対策
被告東邦瓦斯は、港明工場において石炭やコークスを扱う際発生する粉じん対策として、散水設備、集じん装置などを設置した。
6 省エネルギー活動による対策
被告東邦瓦斯は、サーキュラーグレート式のコークス乾式消火装置を昭和六一年一月に設置し、重油の使用を削減したほか、省エネルギー活動を行った。
7 LNGの導入
被告東邦瓦斯は、昭和五二年からガス原料としてLNGを使用し、天然ガス転換が完了するまでの間、LNGや天然ガスを6Cガス製造装置の燃料として使用している。
三 他の被告会社らとの関係
1 被告中電との関係
被告東邦瓦斯は、被告中電とLNGを共同で受け入れ、共同基地を建設した。
被告東邦瓦斯は、被告中電から非常勤取締役を迎えたことがあった。
2 被告新日鐵との関係
被告東邦瓦斯は、上野工場を建設し、昭和四二年から被告新日鐵(当時東海製鐵)のコークス炉ガスを購入した。被告東邦瓦斯が被告新日鐵(当時富士製鐵)から購入していたコークス炉ガスは一時期、被告東邦瓦斯の全販売ガス量の約二〇%に相当する量であったが、その後昭和四七年度から減量され、半減するまでになった。
3 被告東邦瓦斯は、被告中電から電気事業法に基づく電気の供給を受けている。
第八被告東亞合成(甲D二九、一〇〇、一〇一、甲G八二、八四ないし八九、乙リ二ないし一〇、証人平野有幸)
一 立地、操業の経緯
被告東亞合成は、昭和一九年七月、矢作工業株式会社が昭和曹達株式会社ほか二社を吸収合併して創立した化学会社で、社名を東亞合成化学工業株式会社と称していたが、平成六年七月一日、現社名に改称して今日に至っている。
被告東亞合成名古屋工場(本件各工場)は、創業以来今日まで七号埋立地に立地操業し、多種多様の化学製品を生産してきた。創業初期には硫安に代表される化学肥料、硫酸、アンモニア、苛性ソーダなどの無機化学原料を生産してきたが、戦後はこれらの製品に加えて合成樹脂、アクリル酸エステル、有機化学工業薬品などさまざまな製品を開発して生産を継続している。
二 環境対策
1 硫黄酸化物削減対策
(一) 燃料対策
被告東亞合成は、<1>アンモニア製造設備で使用していた重油を昭和四五年以降、低硫黄重油に転換したほか、<2>各種ボイラー設備のうち、昭和三〇年代に石炭と重油を混焼していた二基の大型ボイラーについて、昭和四〇年代には使用する重油を低硫黄重油に転換し、昭和五七年、五八年には大型ボイラーを廃止し、灯油と液化石油ガスを使用するパッケージボイラーを設置し、<3>アクリル廃液燃焼設備を昭和四八年の設置当初から灯油専用とし、<4>ゴミ焼却炉も昭和五一年末の設置当初から灯油を使用している。
(二) 設備対策
被告東亞合成は、<1>旧硫酸製造プラントにおける対策として、流動焙焼炉の排ガス系統にTCA(タービュレント・コンタクト・アブソーバー)排煙脱硫装置を設置し(昭和三九年)、また脱硫装置を改良し、排ガス中の硫黄酸化物の吸収効率を向上させ(昭和四六年)(旧プラントは、新プラントの稼動により昭和五〇年九月に廃止された。)、<2>昭和五〇年七月に設置した硫黄焙焼方式の新硫酸製造プラントにおいて、新脱硫装置を設置し、排ガスの硫黄酸化物濃度の自動記録データをテレメータで名古屋市公害総合監視センターに接続し、運転管理室にSOx濃度計、排煙のテレビモニターなどを配置して操業異常の早期発見と事故の迅速な処置体制を整備し、<3>昭和四八年には除じん塔と脱硫塔を有するアクリル廃液燃焼設備を設置した。
2 窒素酸化物削減対策
(一) 燃料対策
被告東亞合成は、前記1(一)と同様の燃料対策を行った。
(二) 設備及び運転による対策
被告東亞合成は、昭和五六年、五七年に新設したパッケージボイラーに排ガス再循環型低NOxバーナーを採用した。
3 ばいじん、粉じん削減対策
(一) 燃料対策
被告東亞合成は、前記1(一)と同様の燃料対策を行った。
(二) 設備対策
被告東亞合成は、<1>旧硫酸製造プラントにおいて、サイクロン式集じん機による集じん(昭和二〇~三〇年代)、TCA脱硫装置によるばいじん除去(昭和三九年)、集じん機、洗浄塔などによる除じん(昭和四七年)、<2>新硫酸製造プラントにおいて、脱硫工程の中の吸収塔、除害塔、集じん機などの排ガス処理設備の設置、<3>大型ボイラー(昭和五六年、五七年使用廃止まで)において、石炭燃焼設備へのサイクロン式集じん機の設置(昭和三〇年代)、ボイラー二基への集じん機の設置(昭和四五年)、<4>化成肥料製造工場において、除じん装置、湿式サイクロン式集じん機の設置、電気集じん機の設置(昭和四七年)等の対策を行った。
4 その他の対策
(一) ばい煙発生施設の転換、廃止
被告東亞合成名古屋工場は、昭和四四年に原油法アンモニア製造設備、昭和五〇年に旧硫酸製造プラント、昭和五二年にアンモニア製造プラント、昭和五七年に大型一号ボイラー、昭和五八年に大型二号ボイラーを転換、廃止した。
(二) ボイラーの小型化
被告東亞合成名古屋工場は、昭和五七年以降、既設の大型ボイラー二基を廃止し、スチームの必要量を硫酸製造プラントの副生スチームと新設のパッケージボイラーの発生スチームで賄うことに改善し、現在に至っている。
(三) 煙突の延長
被告東亞合成は、昭和四七年五月、アンモニア工場SCボイラーの煙突一五mを二〇mに延長し、昭和四八年九月、ボイラー工場の煙突三〇・五mを四〇・五mに延長し、また、昭和四八年九月、ボイラー工場の煙突の排出口の口径を二・三mから二mに絞るなどの対策を行った。
三 他の被告会社らとの関係
1 被告東レとの関係
被告東亞合成は、昭和二四年九月、被告東レとの間でナイロン原料であるラクタムの供給契約を締結した。ナイロン原料の供給先は当初被告東レ滋賀工場であったが、昭和二六年には被告東レ名古屋事業場に移り、被告東亞合成名古屋工場と被告東レ名古屋事業場との間に延長約二kmのパイプラインが敷かれ、ナイロン原料、回収硫安液の輸送が行われるようになり、一時期には被告東亞合成の年間売上高のうち四〇%を被告東レが占めた。その後、被告東レ名古屋事業場がラクタム製造工場を建設したため、被告東亞合成の供給の主力はラクタムからその中間原料のシクロヘキサノン(略称アノン)になった。さらに、被告東レが新しい製法により大量のラクタムを製造するようになった結果、被告東亞合成からの供給は急減し、昭和四三年には被告東レ向けラクタム、アノンの生産、出荷は終了した。
2 被告東亞合成は、昭和三七年、名古屋製鉄化学の設立に関与し、東海製鐵からコークス炉ガスを購入する計画を有していたが、名古屋製鉄化学が当時の製鉄業界の不況による高炉建設の無期延期によって工場を建設することなく解散したため、右計画は実現しなかった。
被告東亞合成は、名古屋製鉄化学の解散に伴い、工場建設予定地を昭和三九年一〇月、被告東レと共に購入したが、生産施設として使用することなく、一部を除いて他に売却して現在に至っている。
3 被告東亞合成は、被告中電から電気事業法に基づく電気の供給を受けている。
第九被告ニチハ(甲G一二八、一二九、一四三ないし一四五、乙ヌ二ないし四、五の1、2、六ないし一一、一二の1ないし3、一三ないし二四、証人豊島茂久)
一 立地、操業の経緯
被告ニチハは、昭和三一年に繊維板の製造等を目的として「日本ハードボード工業株式会社」の名称で設立され、同年工場建設のための十分な面積の土地を確保できることなど(他に鉄道輸送及び用水の便)の理由から、名古屋港一一号、一二号埋立地に工場建設用地を取得し、ハードボード製造工場(名古屋工場)(本件各工場)を建設した。被告ニチハは、昭和三二年からハードボード、昭和三三年からインシュレーションボード、昭和四八年にはモエンサイティングの生産を開始した。
被告ニチハは、石炭専焼の一号、二号ボイラーを昭和三二年に設置し(廃止はそれぞれ、昭和四二年、昭和四八年)、重油専焼の三号ないし六号ボイラーをそれぞれ昭和三三年、昭和四〇年、昭和四三年、昭和四九年に設置した。その後、LPG専焼の七号ボイラー及びCCS専焼の八号ボイラーをそれぞれ昭和五五年、平成三年に設置し、現在常時稼働しているのは七号、八号ボイラーである。
二 環境対策
1 硫黄酸化物対策
(一) 重油の低硫黄化の推進
被告ニチハは、昭和四八年から昭和五七年まで七回にわたり重油中の硫黄分を低下させた。被告ニチハの使用重油の硫黄分は、昭和四七年以前は一・六又は二・六%であったが、昭和五七年には〇・一又は二%に低下した。
(二) 排煙脱硫装置の設置、強化
被告ニチハは、昭和四九年に石灰石こう法による湿式排煙脱硫装置を導入し、昭和五五年に右装置を改造強化し、平成三年には水酸化マグネシウム法による湿式排煙脱硫装置を設置した。
(三) LPG専焼ボイラーの採用
被告ニチハは、LPG専焼ボイラーを七号ボイラーについて採用した。
(四) 省エネルギーによる発生量対策
被告ニチハは、昭和五六年にドライヤーの排熱回収を始め、昭和五八年にエコノマイザー装置を導入するなど省エネルギーを図った。
2 窒素酸化物対策
(一) 重油の低窒素化、LPG専焼ボイラーの採用、省エネルギーによる発生量対策
被告ニチハは、前記1(一)、(三)、(四)のとおりの硫黄酸化物対策を行い、同時に窒素酸化物の発生も抑制した。
(二) 低空気比燃焼装置の導入
被告ニチハは、昭和五五年以降順次ボイラーにコンピューター制御式低空気比燃焼装置を設置した。
(三) エマルジョン燃焼装置の導入
被告ニチハは、昭和五七年にエマルジョン燃焼装置を導入した。
(四) アキュムレーターの導入
被告ニチハは、昭和五九年にボイラー蒸気アキュムレーターを導入した。
(五) 低NOxバーナーの導入
被告ニチハは、昭和六一年から順次低NOxバーナーを導入した。
(六) 排煙脱硝装置の導入
被告ニチハは、排煙脱硝装置を伴うCCS専焼ボイラーを八号ボイラーに採用した。
3 ばいじん、粉じん対策
(一) 重油の低灰分化、LPG専焼ボイラーの採用、省エネルギーによる発生量対策
被告ニチハは、前記1(一)、(三)、(四)のとおりの硫黄酸化物対策を行い、同時にばいじん、粉じんの発生も抑制した。
(二) エマルジョン燃焼装置の導入
被告ニチハは、前記2(三)のとおりの窒素酸化物対策を行い、同時にばいじん、粉じんの発生も抑制した。
(三) 湿式脱硫装置によるばいじんの捕集
被告ニチハは、前記1(二)のとおりの硫黄酸化物対策を行い、同時にばいじん、粉じんの発生も抑制した。
(四) 機械式集じん装置等の導入
被告ニチハは、集じん装置を伴うCCS専焼ボイラーを八号ボイラーに採用した。
三 他の被告会社らとの関係
被告ニチハは、電気及びガスを除き、他の被告会社らと取引関係を有さない。
第一〇被告中部鋼板(甲D八〇、八二、八三、八九、九〇、九二、九四、一一二、甲G六七ないし七〇、乙ル二ないし九、一一、一二、一七、証人洞澤博雄)
一 立地、操業の経緯
被告中部鋼鈑は、昭和二五年二月一五日に、製鋼、鋼材の圧延を主たる目的として設立された株式会社であり、名古屋市熱田区千年裏畑一三六番地に熱田工場を建設して、同年五月から操業を開始した。
被告中部鋼鈑は、昭和三二年三月に、新工場建設のため中川区小碓通五丁目一番地に八万坪の土地を取得した。そして、同年一〇月、製造所(旧中川工場)を増設し、当初は小規模の圧延部門だけで操業を開始したが、昭和三四年に電炉二基を設置して電炉による製鋼を開始し、以後、すべての業務を同所(中川工場、その後名古屋製造所)(本件各工場)に移した。
被告中部鋼鈑名古屋製造所の用地は、都市計画用途地域の工業地域に指定されている。
二 環境対策
1 硫黄酸化物対策
(一) 低硫黄重油の使用
加熱炉燃料を逐次低硫黄重油に切り替え、硫黄酸化物の発生量を削減した。
(二) 排ガスの集合、高煙突化
加熱炉の排ガスを集合し、有効煙突高さを高くすることによって、硫黄酸化物の着地濃度を低くした。
(三) 燃料転換
加熱炉燃料を重油、灯油の混合油から硫黄分を含まない都市ガスに転換し、硫黄酸化物の発生量をゼロにした。
2 窒素酸化物対策
(一) フューエルNOx対策
燃料を窒素分の少ない低硫黄重油に切り替え、その後、窒素分を含まない都市ガスに転換したことにより、燃料に由来する窒素酸化物の発生量をゼロにした。
(二) サーマルNOx対策
低空気比燃焼、低NOxバーナーの設置によって、窒素酸化物の発生量を削減した。
3 ばいじん対策
電炉に直接吸引集じん機及び建屋集じん機を設置し、加熱炉燃料として灰分の少ない低硫黄重油を使用したり、灰分を含まない都市ガスに燃料転換して、ばいじんの発生量を削減した。
4 三物質共通対策
燃料の使用量を削減する省エネルギー対策を、連続鋳造設備の導入による生産工程の合理化、排熱回収、ホットチャージ、既存の加熱炉の炉体を改造、平成六年七月の加熱炉の更新等により行った。
三 他の被告会社らとの関係
1 取引関係
被告中部鋼鈑は、電気及びガスを除いて他の被告会社らとの取引関係を有さない。
2 人的、資本的関係
被告中部鋼鈑は、経営危機に陥った昭和四一年に八幡製鐵から支援を受け、八幡製鐵の指定シヤリング工場の認定を受けたことがあり、それ以来八幡製鐵及び被告新日鐵から役員の派遣を受けている。
被告中部鋼鈑は商社系列の会社であり、三井物産株式会社、三菱商事株式会社、被告新日鐵の出資により設立された日鐵商事株式会社等の商社が大株主となっており、日鐵商事株式会社の持株比率は約四・二%である。
第五章争点一 (到達の因果関係の有無)について
第一被告会社らの排出に係る硫黄酸化物の本件地域への到達の寄与割合
一 証拠(甲E五七、乙C一〇八、一一〇の1、2、一一一、一五四、乙二一二、乙ヌ三〇、証人北林興二)及び弁論の全趣旨によると以下の事実が認められる。
1 本件地域付近における本件各工場からの硫黄酸化物の排出量は被告会社らの調査によると図表37記載のとおりである。しかし、本件地域及びその周辺には、本件各工場のほか、発生条件を異にする中小煙源等多数の排出源が存在し(右排出源には本件各道路や家庭等も含まれる。)、これらが排出した汚染物質が一体となって地域全体の環境濃度を悪化させている可能性があり、本件地域の汚染は大都市自体が発生源であるいわゆる都市型複合大気汚染に該当する。そこで、被告会社らから排出された大気汚染物質が原告らの居住地域にどの程度の割合で到達したかを明らかにする必要性がある。
2 二酸化硫黄や二酸化窒素などの大気汚染物質の環境濃度は煙源の分布や排出量のほかに、対象とする地域の気象(風向、風速、大気安定度などの水平分布、鉛直構造)と密接な関係をもつ。そのため、到達の因果関係を判断するに当たっては、煙源の有効煙突高さ(実煙突高さ+煙の上昇高さ)による最大着地濃度の変化、風向、風速、大気安定度、逆転層の形成と崩壊などの複雑な気象条件を考慮する必要がある。そして、右煙源及び気象条件についてのデータを収集し、発生源ごとに当該地域に到達する汚染物質の量、到達量に占める各発生源の寄与度をコンピューターによって計算するのが拡散シミュレーションである。
3 愛知県は、昭和五一年三月、昭和五三年四月一日を最終目標基準適用時期として対象地域内の煙源の排出総量を削減することを目的に、昭和四八年度を基準年度とした総量削減計画報告書(乙C一〇八)を作成した。そして、愛知県はその基準年度である昭和四八年に硫黄酸化物の総排出量の実態調査をした。
右調査は、拡散シミュレーションの方式により被告会社らを含む固定発生源や移動発生源の寄与度を算出した。右シミュレーションは環境庁が作成した「総量規制マニュアル」(乙C一一一)に従って行われ、その計算値は実測値と回帰直線の傾き、相関係数共に適合性を有している。
4 また、被告会社らも本訴提起後、前記愛知県の調査を担当した業者に依頼し、同様の手法によって昭和四八年度及び昭和五〇年度における各会社別の寄与度を計算した(乙C一一〇の1、2、乙C一五四)。
これによって昭和四八年度、昭和五〇年度の被告会社らの二酸化硫黄の寄与濃度を算出すると図表38<1>、<2>のとおりであり、また、各年度シミュレーション結果を基に求めた環境濃度に対する寄与割合は図表39<1>、<2>のとおりである。被告会社ら全体の寄与割合は昭和四八年度において二八・三%、昭和五〇年度において一二・七%である(図表39<1>、<2>)。
以上のとおり認められる。
二 原告らは愛知県の前記調査の信頼性を争い、本件地域における被告会社らの硫黄酸化物の排出量割合が約八〇%であること、寄与度の概念を採用するのであれば右数値によるべきことを主張する。しかし、一部の新産業都市等においてはともかく、本件地域は、多くの住民が古くから居住し、職業を営み、多数の大小の企業も存在する、歴史のある大都市の一部であって、多種多様な煙源が存在し、その到達の仕方も一様ではない。本件地域に到達する排煙の量は、基本的には付近の煙源からの排出量の多少によるが、煙源の高さ、気象条件等にも左右されるのであるから、原告ら主張のように単に排出量割合のみによって寄与度を定めることは適当でない。そしてこれを明らかにするのがまさしく前記拡散シミュレーションによる調査、分析である。
なお、原告らは、大気が安定のときに風向が一〇度違えば濃度に三七%の誤差が生じ、二〇度違えば八四%の誤差が出ること、風向きがN(北)からNNE(北北東)に変わるだけでN風の風下が軸濃度とすると一〇分の一ないしそれ以下の濃度になることや、拡散シミュレーションに用いる拡散パラメーターが多少異なるだけで濃度推定値や最高濃度出現距離が大幅に異なること等も主張するが、右のような事情を考慮してもなおシミュレーションの信頼性を損なうものとはいえない。
また昭和四八年度は、被告中電の名港火力発電所も操業をしていたが(図表37)、同年度のシミュレーションはその数値を算入していない(乙C一一〇の1、2)。しかし、同発電所の同年度の排出量の全体のなかに占める割合は比較的小さく(図表37)、したがって、前同様、右の事情を考慮したとしてもなおシミュレーションの信頼性を損なうものとはいえない。
三 ところで、昭和四七年度以前につき同様の方法で算出した資料はない。しかし、図表37によると、被告会社らの汚染物質の排出量比は、昭和四五年度は昭和四八年度の二・六〇三倍に達したことが認められる。
排出量比のみをもってそのまま各年度の寄与割合を算定することには、いわゆる拡散理論からすると問題のあるところではある。しかし、高煙突化、排煙速度上昇等汚染物質拡散のための対策は被告会社らの公害防止対策の一環として行われたものであり、被告会社らはいわゆる大企業で、中小の企業より右対策を有効、迅速に採ることができたと推認できること、気象条件、拡散の仕方等が昭和四八年度と昭和四七年度以前とで明らかに変化したと認めるに足りる証拠はないこと等から、昭和四八年度を基準とする排出量比をもって昭和四七年度以前の各測定局における被告会社らに由来する二酸化硫黄の量を推認し、これを基にその寄与度を算定するのが相当である。
そして、昭和四八年度の排出量を一として、昭和四五年度から昭和四七年度までの排出量の昭和四八年度に対する排出量比から被告会社らの測定局別の寄与度を算定すると、図表40の当該欄の数値となる。
なお、昭和四九年度は、昭和四八年度の数値と昭和五〇年度の数値の中間値によるのが相当である。
四 ところで、前記認定の事実及び証拠(甲F八三、乙C一〇八)によると、前記愛知県の調査によると、自動車から排出される二酸化硫黄について、移動発生源(本件各道路以外の道路を走行する自動車からの分を含む。)による二酸化硫黄の寄与度は特定工場等の固定発生源に比べかなり少ないこと(例えば宝小学校をみても、特定工場等が六五%であるのに対し、自動車は四%である。)、昭和四六年度の被告会社らからの硫黄酸化物の排出量は年間一五万九〇六二トン(図表37)であるのに対し、本件各道路からの硫黄酸化物の排出量は年間二三九トン(図表41)にすぎず、前者は後者の六〇〇倍をはるかに超すことが認められる。
そうすると、前記のとおり本件地域の昭和五三年度までの大気汚染が本件患者に指定疾病を発病、増悪させたことが認められるものの、右大気の汚染に本件各道路を走行する自動車排出ガス中の硫黄酸化物が影響し、右硫黄酸化物と指定疾病の発病、増悪との間に因果関係があるとまではいえないというべきである。したがって、右を理由とする不法行為については、本件各道路を開設、管理する被告国の責任は認められないものである。
第二原告らの主張に対する判断
一 原告らは、本件地域における被告会社らの汚染物質排出量が圧倒的に大量であり、被告会社らの生産活動が低下するときには汚染濃度も低下すること、地域的にも被告会社らの排出源に近い場所で高濃度汚染が発生し、被告会社らの排出量が経年的に低下するとともに汚染濃度も低下していること、本件地域において被告会社らの工場、事業所を風上とするときに高濃度の汚染が生じていること、本件地域が高濃度汚染をもたらしやすい気象条件を備えていること等の理由に基づき、被告会社らの排出する大気汚染物質が本件地域に到達し、その主要汚染源となっている旨主張する。そして、具体的には、特に、本件地域における海陸風の影響又は収束域の発生による大気汚染を主張する。
二 本件地域における汚染機構について
1(一) 原告らは、接地逆転層の崩壊時にいぶし現象(ヒュミゲーション)が生じた後に海風が進入して更にいぶし現象が生じ、その後補償流ないし陸風によって局地風循環が形成されることによって高濃度汚染をもたらすとの汚染機構を主張し、証拠(甲E一の1、2、二の1、2、証人奥田穣)中にはこれに沿う部分がある。
(二) 海風進入前の接地逆転層と、海風進入時の内部境界層は異なるものであるから、このような汚染機構も理論的には認め得る。これに対し、証人吉川友章は、本件地域においては接地逆転層解消後に海風が進入するのであって、いぶし現象は起こり得ないとの趣旨を証言する。しかし、同証言によっても、接地逆転層は時間的幅をもって解消し、本件地域において伊勢湾海風が進入し得る午前一〇時ころまで接地逆転層が存続している場合が認められるのであるから、その解消時に伊勢湾海風が進入する可能性はあり、したがって、原告ら主張のような汚染機構が理論的に全く不当であるということはできない。
(三) しかし、証拠(甲E四九、乙C一〇〇)によると、(伊勢湾)海陸風は夏期を中心に暖かい季節に出現するものであるのに対し、接地逆転層は冬期に多く発生するもので、中心となる季節を異にすること、一般にいぶし現象によって説明される地表の高濃度汚染は午前九時ないし一一時までの一、二時間継続するに過ぎず、短時間にすぎないこと等が認められ、これらの事実によると、本件地域において右のような汚染機構が働く頻度は小さいと考えられる。そして、証拠(乙C一〇〇)によると、本件地域において伊勢湾海陸風日は年間二〇日であり、広域海陸風日を含んでも通年とはいえないことが認められ、原告ら主張の汚染機構が年間を通じて実際に観測されていることを認めるに足りる証拠はない。
なお、証人奥田穣は伊勢湾海風の影響が名古屋地域の内陸部まで及んでいるとの趣旨の証言をするが、証拠(乙C一一九)によると、海風の及ぶ範囲は一般風の風向等の影響を受け、我が国付近の陸上では約一〇kmにとどまることが認められる。また、証拠(甲E二の1、2)によると、同証人自身、高濃度値の出現度数、汚染濃度の平均の日変化と気象との関係は単純に海陸風と結びつけて説明することは困難であるとしていることが認められ、同証人も、海陸風循環の影響に疑いを残していることが認められる。
2(一) 次に原告らは、本件地域の北に位置する水道局北業務所の高濃度について、気流の収束域であることがその理由であること、したがって本件地域も同様に収束域となって高濃度の大気汚染が発生する旨主張する。
(二) 証拠(甲E九、三三、三四、三九ないし四三)によると、気流の収束域においては大気汚染物質が高濃度になるとの研究があることが認められる(ただし、これらの研究はその多くが二次生成物質である光化学オキシダントの収束について行われたものである。)。その他、特に、名古屋市域におけるオキシダントの高濃度域は、反時計回りをなす海陸風の局地循環系に左右され、日中の海風の進入時に高濃度となり、また、夜間から早朝にかけての時間帯は北部と東部からの陸風によって大気浄化がされていると考えられていること(甲E九)、他地域においても、東京湾における二酸化窒素の濃度上昇域は、北風と南風の収束に対応して湾内中央部ないしやや北寄りとなっていること(甲E三四)、岡山平野への水島灘、播磨灘からの二系統の海風が局地気塊として性質が異なり、収束帯が海風前線的な役割を果たすため、播磨灘系の海風側の収束帯の後面で立体的にみて下降流が生じ、境界層内の高濃度オキシダントを地上にもたらすものと考えられること(甲E四一)等の研究結果も発表されている。
(三) しかし、名古屋市北区に所在する水道局北業務所と本件各工場との間は相当程度離れており、右の距離を考えると、水道局北業務所の濃度に対する被告会社らの排出する大気汚染物質の影響を過大に評価することは困難である。海風の進入に伴うという原告らの主張も、証拠(甲E二の1、2)によると、水道局北業務所と本件各工場の所在地とのほぼ中間に位置する測定局である県勤労会館における濃度が低濃度であって、海風の進入時間帯における濃度の上昇傾向も明確ではないことが認められ、これによると、本件地域における収束域の発現について、直ちにこれを認めるのは相当でない。
また、証拠(乙C一七九)及び弁論の全趣旨によると、二酸化硫黄及び二酸化窒素等は一般大気全体と比較して比重が重い物質であるが、空気を構成する物質(窒素、酸素、水素等)はそれぞれ比重は異なるものの、地上から相当の高度まで、その構成比率には大差がないこと、二酸化硫黄や二酸化窒素については気体の分子運動による混合、拡散が起こることから右各物質が空気より比重が大きいとしても特に大気の下部に沈降することはないこと、二酸化硫黄のように化学的に安定な物質について一定の気塊のみの濃度が上昇することは考えられないことが認められる。
このような事情も考慮すると、本件地域に収束域が発生し、同所に二酸化硫黄等の汚染物質が滞留することについては、その理論的可能性は認められるものの、その過程が実証されているものとまでは認め難いものである。
他方、水道局北業務所は自排局であり(図表11)、窒素酸化物等の測定濃度が高いが、証拠(甲E二の1、2)によると、一日の濃度推移が二山型を示すことが認められ、これによると、同測定所付近の高濃度汚染は朝晩の自動車交通の増大に伴うものであると推認することも十分に可能といわねばならない。
3 以上によると、原告ら主張に係る本件地域における海陸風の影響又は収束域の発生による汚染機構は、そもそも理論的に認め難い点が存するのみならず、仮に理論的に認められるとしても本件地域においてその存在を認めるに足りる証拠はないといわねばならない。
第六章争点五(被告らの責任の有無)について
第一被告会社らの責任
一 被告会社らの故意責任
原告らは、被告会社らは昭和三〇年代の後半ころからその工場排煙が本件患者の健康に重大な被害を及ぼしていることを認識しながら、あえて工場排煙の排出を継続したものであって、その責任は故意責任である旨主張する。
しかし、本件地域の大気汚染は様々な排出源により重合的に形成される都市型複合大気汚染であり、被告会社ら各個の工場排煙が本件患者の健康被害に直ちに結びつくものではない。そして、第四章認定の事実等によると、被告会社らは国及び地方公共団体の法律、条例等による排出基準などの規制は誠実にこれを順守し、右規制に沿って適宜装置の改善、改良等をしてきたことが認められ、このような事情も考慮すると、被告会社らが、自社の排煙により本件地域に居住する者の健康を害することを知った上でこれを認容し、故意をもって排煙を継続していたとの事実は本件全証拠によってもこれを認めることはできず、原告らの前記主張は失当である。
二 被告会社らの過失責任
1 被告会社らの義務
(一) 調査予見義務
前述したところによると、被告会社らの本件各工場の立地、操業により、人体への影響が懸念される二酸化硫黄等の大気汚染物質を含む工場排煙が大気中に排出され、そして右大気汚染により周辺住民に指定疾病を発病、増悪させたことが認められる。したがって、右事実に対応して、被告会社らには、自社の本件各工場の排煙に含まれる大気汚染物質の性質、自社と近接して大気汚染物質を排出する他の会社や周辺居住地域との位置関係、大気汚染物質の拡散に影響を与える風向、風速等の気象条件などにつき、立地、操業前あるいは操業継続中に調査研究を尽くし、これにより、その排出する大気汚染物質による周辺住民の健康被害発生の危険性を予見する義務の有無が問題となる。
(二) 結果回避義務
次に、被告会社らについては、前記調査予見の結果に基づき、周辺住民の生命、身体に対する危険防止のため必要とされる最善の公害防止策を採るべき注意義務を負うか否かが問題となる。
2 被告会社らの義務違反
(一) 立地上の過失
戦前においては本件地域において大気汚染による健康影響が特に問題となっていたとは認められないのであるから、同時期に被告会社らが本件各工場を建設、操業開始をするに当たって調査予見義務や結果回避義務の違反があったと認めるのは相当でない。
また、本件地域の二酸化硫黄を主とする大気汚染により健康影響の危険が生じていた時期は前記(第一章第六)のとおり、昭和五三年度ころまでであると認められ、昭和五四年度以降は二酸化硫黄による大気汚染は改善されるに至ったものと認めることができる。したがって、昭和五四年度以降に本件各工場を建設、操業開始をしたものについても立地に当たり調査予見義務や結果回避義務の違反があったと認めるのは相当でない。
しかし、前記事実(第二編第一章第二、第三編第一章第一)等によると、昭和二〇年代には名古屋市に対しばいじん、有毒ガス、悪臭などの苦情が申し立てられるようになったこと、昭和三〇年には厚生大臣の諮問を受けた日本公衆衛生協会が亜硫酸ガスの生活環境における許容濃度を〇・一ppmであると答申し、右答申に従って国により「生活環境汚染防止基準法案」が作成されたこと(甲G一四九及び弁論の全趣旨によって認める。)、本件地域においても昭和三〇年の名古屋大学衛生学教室による降下ばいじん調査において一か月間に都心部では二七トン、熱田区では一九トンもの降下ばいじんが記録され、新聞報道においても当時の大気汚染は「ソ連の工業地域なみ」とも指摘されるなど大気汚染の危険性について社会的関心が高まったこと、京浜や阪神をはじめとする他の工業都市、地域においても大気汚染が深刻化していたこと、本件地域は高度成長期に伴い人口が密集する名古屋市の南部を主な地域とし、昭和三〇年策定の名古屋港港湾計画において南一区から四区に至る南部臨海工業地域用の埋立地の造成が計画され、人口密集地に近い場所に工場が集中することが予定されていたこと、昭和三四年以降愛知県議会において名古屋市南部地域等の大気汚染が取り上げられていることが認められる。
そして、被告会社らの規模、資力、施設、人材をもってすれば、右のような我が国他地域及び本件地域の大気汚染の状況に基づき、諸外国や我が国における過去の大気汚染事件、日本公衆衛生協会の前記答申等を考慮することにより相当の調査研究ができたことが推認され、右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、被告会社らは遅くとも昭和三〇年代後半までには硫黄酸化物による健康被害の危険性を認識し、また工場排煙が周辺居住地に到達して健康被害を発生させるおそれがあることを予見し又は予見し得たものというべきである。そして、大気の拡散能力に限界があることは明らかであるから、被告会社らは、前記調査予見の結果に基づき、周辺住民の生命、身体に対する危険防止のため必要とされる最善の公害防止策を採るべき注意義務を負うものである。したがって、このような状況の下で昭和三六年以降昭和五三年度までに本件地域に本件各工場を建設、操業開始をした被告会社らについては立地上の過失が認められることになる。
第四章認定の事実に基づき本件地域における本件各工場の操業開始時期をみると、戦前に建設され、操業を開始していたのは被告中電名港火力発電所、被告愛知製鋼知多工場、被告大同特殊鋼築地工場、同星崎工場、被告東邦瓦斯港明工場、被告東亞合成名古屋工場であり、戦後昭和三〇年代前半までに建設、操業をしたのは被告中電新名古屋火力発電所、被告東レ名古屋事業所、被告三井化学名古屋工場、被告ニチハ名古屋工場、被告中部鋼鈑名古屋製造所である。そして、昭和三〇年代後半から昭和五三年度までに建設、操業をしたのは被告中電西名古屋火力発電所、同知多火力発電所、被告新日鐵名古屋製鐵所(東海製鐵)、被告東レ東海工場、被告大同特殊鋼知多工場、被告東邦瓦斯空見製造所、被告東邦瓦斯知多工場である。また、昭和五四年度以降に建設、操業をしたのは被告中電知多第二火力発電所である。
したがって、本件各工場のうち、昭和三〇年代後半から昭和五三年度までに建設、操業をした被告中電西名古屋火力発電所、同知多火力発電所、被告新日鐵名古屋製鐵所、被告東レ東海工場、被告大同特殊鋼知多工場、被告東邦瓦斯空見製造所、被告東邦瓦斯知多工場の六社七工場、事業所についてはそれぞれ立地上の過失が認められるものである。
なお第四章認定の事実及び同章掲記の証拠によると、被告会社らは、右七工場、事業所の建設、操業開始に当たっても、国、地方公共団体による排出規制、指導(主にK値規制)に従い、これに対応する設備を設置して操業を開始したことが認められるが、右については、後に操業継続上の過失において判断するところと同様に解するのが相当である。
(二) 操業継続上の過失
次に、(一)で判断した大気汚染の危険性に関する社会的認識、愛知県議会で本件地域の大気汚染が議論されていること、被告会社らの規模、資力、施設、人材等の事実に加え、従前認定したとおり昭和三〇年代後半以降には、国、地方公共団体の環境保護の立法、条例制定がされ、そして右立法等がされるに至ったことからも明らかなとおり、右時期には大気汚染の危険性に関するより深刻な社会的認識が存在するようになったことが認められる。したがって、本件各工場中、前記立地上の過失が認められるもののほか、昭和三〇年代前半までに建設、操業開始をしたもの(被告中電名港火力発電所、被告愛知製鋼知多工場、被告大同特殊鋼築地工場、同星崎工場、被告東邦瓦斯港明工場、被告東亞合成名古屋工場、被告中電新名古屋火力発電所、被告東レ名古屋事業所、被告三井化学名古屋工場、被告ニチハ名古屋工場、被告中部鋼鈑名古屋製造所)についても、その立地場所に近接する地域が人口が密集する既成市街地であり、その中で設備規模を拡大しながら操業を継続し、生産を増大させてきたのであるから、その操業を継続するにつき、操業による排煙の発生、本件地域への排煙の到達による大気汚染の発生、これによる地域住民の健康被害の発生を予見し又は予見し得たと認めるのが相当であって、右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで第四章認定の事実によると、被告会社らは、本件各工場において操業を継続するに当たり、国、地方公共団体による排出規制、指導に従い、これに対応するような設備、操業方法等の改善をし、操業を継続したことが認められる。しかし、従前認定の環境行政の推移及び本件地域の大気汚染の推移に照らすと、結局、昭和四九年に総量規制がされるまでは被告会社らの環境対策は十分な効果を上げることがなく、本件地域の大気汚染の進行をくい止めることができなかったこと、他方総量規制がされるや被告会社らの環境対策により、被告会社らに由来する大気汚染は改善されるに至ったことが認められる。そうすると、被告会社らはいずれも本件各工場における操業を継続するに当たって当時の行政の規制、指導を順守したことは認められるものの、被告会社らにおいては右にとどまることなく、それぞれ、排出量自体の削減、低硫黄重油の使用、燃焼方法の改善、排煙脱硫装置の設置、高煙突化等についてより効果的かつ迅速な善後策を採るべきであったということができる。
したがって、被告会社らは、それぞれ本件各工場の操業を継続するにつき、周辺住民の生命、身体に被害を及ぼすことのないよう健康被害発生についての継続的な調査予見義務及び最善の防止対策を採るべき結果回避義務を怠ったと認めるのが相当である。
3 大防法二五条一項の責任
被告会社らは、それぞれ大防法二五条一項の規定により、同法の施行期日である昭和四七年一〇月一日以降の排出行為による損害については、無過失であってもこれを賠償する責任を負う。
これに対し、被告会社らは、右無過失責任の場合においても、単なる結果責任とは異なり何らかの方法による結果回避可能性が前提となるのであって、昭和四七年一〇月一日の時点において既に都市型汚染が存在していた本件地域においては被告会社らの単独の力によっては本件地域の大気環境を十分に改善することはできなかったのであるから、被告会社らに結果回避の可能性がなかった等を主張する。
しかし、前記説示のとおり、昭和三六年から昭和五三年度までの間に被告会社らが本件各工場から排出した二酸化硫黄を指標とする硫黄酸化物と昭和五五年までの本件患者の指定疾病の発症、増悪との間に相当因果関係があること、被告会社らが昭和四〇年代以降硫黄含有量の少ない燃料に切り換え、操業方法を改善する等の対策によって硫黄酸化物の排出量を大幅に低下させ、本件地域の大気汚染が改善するに至ったことが認められ、これらの事実を考慮すると、被告会社らはいずれも結果回避の可能性があったというべきであり、大防法二五条一項の規定を適用するのが相当であって、前記被告会社らの主張は採用できない。
第二被告国の責任
一 被告国の行為の違法性、国道二三号線の瑕疵
1 前記認定の事実によると、被告国は国道二三号線を開設、供用していること、国道二三号線は国道一号線の混雑緩和等をねらって開設されたが、そのためその交通量、大型車混入率は、昭和四七年一〇月の全線開通以降特に多く、これにより大型車、ディーゼル車を含む多大な自動車交通を当該道路上に出現させたこと、このため、国道二三号線の沿道に膨大な微小粒子を含む自動車排出ガスを集積させ、局所的な大気汚染(沿道汚染)を形成したこと、その結果、国道二三号線沿道二〇m以内に居住する本件患者中原告番号四五、九一、一〇六の原告らに対し、気管支喘息を発病させ、また、その症状を増悪させたことが認められる。
もっとも、証拠(丙D九の1ないし3、五七、五八、一〇一、一五二ないし一五九、証人佐藤佳朗)によると、道路は交通機能、空間機能と称される基礎的社会資本として多様な役割を果たしていること、自動車が広く原告らを含む国民に普及し、道路が貨物、旅客輸送において重要な役割を担っていること、これらは近時の阪神、淡路大震災においても確認されたこと等の事実が認められ、また無在庫経営等経営技法の進展に伴いこれら道路の有する機能、役割はますます重要になると考えられる。これらによると、一般に道路が高い公共性を有することは明らかである。また、前記認定の事実によると、国道二三号線は、名古屋市及び四日市市を中心とする伊勢湾岸地域を通過する国道として、前記のとおり国道一号線のバイパスの役割を期待され、同地域の工業、産業を発展させる社会資本の整備の一環として開設されたこと、国道二三号線の特に全線供用開始後の交通量、大型車混入率からも明らかなとおり、国道二三号線がその供用により伊勢湾岸臨海部の社会経済活動の基盤を形成し、同地域における工業の発展に大きく寄与したことが認められ、これによると、国道二三号線に限定して判断しても、これが高い公共性を有することは明らかである。したがって前記のような国道二三号線の沿道住民に対する気管支喘息の発病、増悪も、右のような道路一般及び国道二三号線の有する高い公共性を実現するための必要性、公益上の必要性に由来してされることになったものと認められる。
次に前記認定の事実及び証拠(丙D六四、六六の1、2、六八の1ないし4、六九の2ないし6、証人佐藤佳朗)によると、国道二三号線は前記のとおり国道一号線のバイパスの役割を期待されて建設されたが、その路線の選定に当たっては市街地を可能な限り通過しないよう路線選定がされたこと、高架橋方式を採用し(現に前記各本件患者ら付近も高架、橋梁構造となっている。)、排出ガス、騒音被害を減少させるべく努めていること、植樹帯を設けていること、供用開始後も、交差点の立体化工事をしたり、遮音壁を設置するほか、要町、北頭に環境施設帯を設置し、港楽学区に同施設帯を設置する計画を有していることが認められる。
2 そこで以上認定の事実に基づき、被告国の国道二三号線の供用が、第三者たる、本件患者中国道二三号線の沿道住民に対する関係において違法な権利侵害、法益侵害となるかどうかを判断する。
前記認定の事実によると、道路一般はもちろん、国道二三号線に限定しても、それが高い公共性、公益性を有することは明らかである。しかし、被告国が国道二三号線を供用することにより、沿道に居住する本件患者中前記のとおり個別的な因果関係を認めることができた者につき、単なる健康被害のみならず、場合によっては死の転帰を迎える危険性もある発作性の呼吸困難を主症状とする気管支喘息の発病、増悪をもたらしたことが認められる(なお喘息死の可能性については証拠(甲B一〇一、一六七)によって認める。)。また、国道二三号線は、開設の経緯から明らかなとおり、いわゆる幹線道路であって産業道路としての性格が強く、前記の者も直接、間接に国道二三号線を利用することが全くないとはいえないとしても、その交通量が増えても沿道住民の生活に直接に利便を与えることは少なく、他方その健康被害は増大するという状況にある。このような事情を考慮すると、前記の者に、単なる生活被害を超える生命、身体への危害という極めて重大な権利侵害が存在していながら、なおその損害が受忍限度の範囲内であり、これについての損害賠償請求をも許さないとすべき極めて高度の公共性があるとまでいうことは到底できない。
また、被告国が、国道二三号線開設に当たり、そして、その後今日まで改良工事等をすることにより、沿道に対し排出ガス、騒音等の被害を与えないよう努めてきたことは認められるものの、にもかかわらず前記のように千葉大調査の幹線道路沿道部分に準じるような高濃度の微小粒子を発生、集積させたことが認められ、他方、右が特に本件患者中前記の者との関係でその後減じたとの立証はない。そもそも、被告国は国道二三号線沿道の排出ガスの継続的な濃度測定等被害防止策を講じるについての前提となる調査すら怠っている。したがって、特に前記の者との関係では被告国が従前行ってきた対策は十分であったとはいえない。
以上によると、一方において、本件患者中国道二三号線の沿道に居住する前記の者に対する侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容を考慮し、他方、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度も考慮し、これらを比較した場合、前者は後者に優位するということができ、また、被告国の侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及び内容、効果等も特に前記の者との関係では、十分であったとはいえないことが認められるというべきである。したがって、国道二三号線の供用による本件患者中前記の者に対する気管支喘息の発病、増悪は同人らの社会生活上受忍すべき限度を超えた違法な権利侵害、法益侵害であると認めるのが相当である。
3 ところで営造物たる国道二三号線につき、国賠法二条一項のその設置、管理の瑕疵とは、国道二三号線が通常有すべき安全性を欠いている状態をいうが、右には国道二三号線が供用目的に沿って利用されることとの関連において、その利用者以外の第三者に対して危害を生ぜしめる危険性がある場合をも含むと解される。そして、前記認定、判断したとおり、国道二三号線の設置、管理者において、このような危険性のある国道二三号線を利用に供し、その結果周辺住民に社会生活上受忍すべき限度を超える被害が生じた場合には、原則として同項の規定に基づく責任を免れることはできないと解する。
したがって、国道二三号線の設置、管理者たる被告国は、国道二三号線が全線開通した昭和四七年一〇月以降の本件患者中前記のとおり個別的な因果関係を認めることができた者に対する気管支喘息の発病、増悪につき、その損害を賠償する責を負うものである。
二 被告国の免責の抗弁
1 被告国は、本件沿道汚染による健康被害についてはおよそ予見が不可能であったとか、健康被害を回避することが不可能であったとし、国道二三号線の設置又は管理に瑕疵があるとはいえないと主張する。
2 予見可能性の不存在
(一) 浮遊粒子状物質を含む大気汚染の一般的な危険性
前記認定(第二編第一章第六、第三編第一章第一、第二)のとおり、我が国においては、昭和三七年にばい煙規制法が制定されたのをはじめとして種々の公害対策が行われるようになり、また、名古屋市においても、同年冬期には連日スモッグに見舞われ、昭和三〇年代後半には降下ばいじんや硫黄酸化物の測定を開始するなど大気汚染防止対策に本格的に乗り出したのであって、昭和三〇年代後半には少なくとも地域の全般的な大気汚染により当該地域住民に健康被害を及ぼす可能性は広く認識されていたと認めることができる。
また、同様に前記認定(第二編第一章第四)の事実によると、我が国の浮遊粒子状物質の旧環境基準は、政府の諮問機関である厚生省生活環境審議会公害部会浮遊ふんじん環境基準専門委員会の昭和四五年一二月二五日付報告(甲C一九七、乙A四九)及びこれを受けた昭和四六年一二月二二日付中公審答申(乙A五〇)に基づき、昭和四七年一月に設定されたものであることが認められる。そして、右委員会の報告書等の記載によると、右委員会の報告中には浮遊粒子状物質による健康被害の危険性の指摘と、これを前提とした具体的な浮遊粒子状物質濃度の判定条件の提案がされていること、また右中公審答申では都市部における移動発生源対策の必要性も強調されていたこと(なお同答申では諸対策を採るための監視測定体制の整備も要請していた。)が明らかである。したがって被告国は、遅くとも昭和四〇年代後半、特に右環境基準の定められた昭和四七年一月には浮遊粒子状物質による大気汚染、健康被害の危険性は十分に認識可能であったといわねばならない。
そうすると、遅くとも、前記環境基準が設定された後で国道二三号線が全線開通した昭和四七年一〇月の時点においては、自動車排出ガスを含む浮遊粒子状物質が大気汚染を形成し、住民に健康被害を及ぼす危険があることは、道路を管理する被告国においても当然に認識していたものと認めることができる。
(二) 自動車交通が環境に及ぼす影響
(1) 立法措置等(被告国との間で争いのない事実及び丙F二)
ア 昭和三七年六月のばい煙規制法制定の際、国会において、同法成立の附帯決議として、自動車排出ガス等の公害問題に対処するため、その技術的研究を強力に推進し、その対策の確立に努めることが決議された。
イ 自動車排出ガスに対する規制として、昭和四一年九月には、ガソリン車の一酸化炭素の排出濃度を三%以下とする運輸省の通達による行政指導が始まった。
ウ 昭和四三年の大防法制定に際し、自動車排出ガスも対象となり、前記行政指導による規制が同法による許容限度の設定の形で実施されることになった。
(2) 調査、研究等
ア 厚生省は、昭和三九年から昭和四一年までの間、自動車排出ガスによる環境調査及び住民の影響調査、自動車排出ガスによる大気汚染及びその拡散の実態調査等をし、昭和四二年五月その報告書(甲F一四。ただし昭和四一年度分のもの)を作成した。右調査の際、一酸化炭素等のほか浮遊粉じんの量等を調査、分析し、自動車排出ガス汚染の問題については、道路対策等を含む総合的な施策が必要であるとした。
イ 厚生省環境衛生局公害課の杉山大幹は、昭和四一年、アの調査を紹介し、一酸化炭素等のほか浮遊粉じんの量等を取り上げ、自動車排出ガスの排出基準の設定や自動車の個々の排出量を減少させるための防除技術の必要性等を指摘した(甲F一二)。
また、同年、厚生省環境衛生局公害課課長の橋本道夫も、アの調査を紹介した上、一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物の大気汚染に自動車排出ガスが極めて大きな役割を果たしているとして、自動車のスピード化に伴って一酸化炭素は減るが窒素酸化物が増えること、地方の中小都市における交通の頻繁な道路や高速自動車道路沿道においては自動車走行台数の増加に伴って自動車排出ガスによる汚染が必然的な結果になること、一酸化炭素の規制の数年後には鉛や窒素酸化物が問題となることを指摘した(甲F一三)。
ウ 横浜市公害センターは、昭和四五年三月、横浜市立大学医学部衛生学教室に委託した自動車排出ガスの生体に対する影響に関する研究結果を報告した(甲F一五)。その研究結果は、数種の実験検討を試みた結果、低濃度二酸化窒素の暴露条件、その期間、使用した動物の種類などによって影響の現れ方に差異が認められるが、得られた諸結果のうち特に呼吸器刺激性の激しいことが再認識され、これら小動物による成績をもって直ちに人体への影響を論ずるに難はあるにしてもこれからの対策を考える際の参考になるものと考える等というものであった。
エ 名古屋市においては、自動車排出ガスに関して、昭和三〇年代から大気汚染の原因として取り上げられ、自動車排出ガスの分析、人体影響調査を大学に委託していた。昭和四二年度からは道路沿線において自動車排出ガスの実態調査を始め、昭和四五年度からは鉛害事件、光化学スモッグ事件等をきっかけに、鉛、浮遊粉じん、オキシダント等を加えた環境調査などをすすめた(甲B一四、丙C一)。
(3) 立正高校事件(争いがない。)
昭和四五年七月、東京都内の立正高校の校庭において生徒が咳、吐き気、目の痛みを訴えて倒れ、病院に運ばれる事態が発生し、その原因は窒素酸化物と炭化水素が光化学的に反応してできたオゾン等の光化学スモッグによるものであるとされた。
以上の立法措置、調査、研究、具体的な事件の発生等の事実からすると、遅くとも昭和四五年ころまでには社会一般に自動車排出ガスの危険性が問題化し、人体への健康影響が示唆されていたものと認めることができる。
(三) 国道二三号線の状況
国道二三号線は、全線開通する昭和四七年一〇月以前の段階で、第一期工期区間及び第二期工期区間の大部分の供用が開始されていた。そして、全線開通直前の昭和四六年度の二四時間交通量は南区浜田町、南区名四町、港区寛政町でいずれも五万七〇〇〇台を超えており、しかも、大型車混入率は昭和四六年度において三四・七%と非常に高い数値を示すことが統計上も明らかとなっていた(図表33、34)。
(四) そもそも、自動車は燃料を燃焼させて走行し、その際、右燃料に由来する浮遊粒子状物質を大気中に放出するものである。そして、以上認定の浮遊粒子状物質、自動車排出ガスによる沿道住民の身体への健康影響の危険性の認識状況、国道二三号線の全線開通直前の交通状況等を考慮すると、道路管理者たる被告国において、遅くとも、国道二三号線が全線開通した昭和四七年一〇月の段階では、全線開通後更に国道二三号線上に大量の自動車交通が出現すれば、非常に大量の自動車排出ガス、浮遊粒子状物質が道路近辺に集積し、国道二三号線沿道に局所的な大気汚染が形成され、これによって沿道の住民等に健康被害が生じる危険があることについて、予見をし得る状況にあったと認めることができる。
なお、被告国は、自動車排出ガスが大気汚染物質として問題視されたのはその成分中の一酸化炭素や鉛についてであり、昭和四〇年代当時は浮遊粒子状物質が気管支喘息の発病等に影響があるとされたことがないこと(そして今日まで右因果関係は明らかとなってはいないこと)、したがって、被告国には浮遊粒子状物質の有する危険性についての予見可能性が欠ける旨を主張する。
しかし、前記認定の事実によると、少なくとも名古屋市においては昭和四五年度から自動車排出ガスの実態調査の際、浮遊粉じんも加えて環境調査をするようになったこと、中公審においても、昭和四六年一二月二二日の答申において浮遊粒子状物質の規制のため都市部における移動発生源の対策を提言したこと、昭和四七年一月には浮遊粒子状物質の旧環境基準が定められるに至ったことが認められる。したがって、遅くとも昭和四七年一〇月ころには、具体的にDEP等微小粒子と限定するか否かはともかく、自動車排出ガス中の浮遊粒子状物質が危険であるとの認識は得られていたものと認めるのが相当である。
また、そもそも予見可能性とは現実に予見をしていたか否かではなく、予見し得たか否かを問題とするものである。したがって、被告国においてDEP等微小粒子の排出、集積と気管支喘息の発病、増悪との間の具体的な因果関係まで認識していなくとも、少なくとも自動車排出ガスによって沿道住民に健康被害が発生することを認識していれば、右認識に従い、調査研究をすることにより、因果関係を認識する可能性はあったと認めるべきである。右認識がありながら、なお予見不可能であったとの事実についてはこれを認めるに足りる証拠はないというべきである。
(五) したがって、予見可能性の不存在を理由として、国道二三号線の設置又は管理の瑕疵に基づく国賠法二条の損害賠償責任の不存在をいう被告国の主張は採用できない。
3 回避可能性の不存在
(一) 被告国は、道路管理者の法令上の権限に照らして、道路管理者が単独で大気汚染対策として行い得る事柄は道路構造の改善や道路整備等に限られるとし、車線制限及び大型車の通行規制といった大幅な交通量削減措置が不可能であり、本件沿道汚染による健康被害を回避することができなかった旨主張する。
しかし、国道の新設は被告国(建設大臣)の権限であり(道路法一二条)、国道二三号線全線の建設、開通、供用開始はその権限に基づきされたものである。国賠法二条にいう設置の瑕疵とは営造物の設計の不備等により、その設定、建造に不完全な点があることをいうものであり、前記のとおり、昭和四七年一〇月ころには、自動車排出ガス中の浮遊粒子状物質により沿道住民の身体、生命に危害を及ぼすおそれがあることが予見可能であったのであるから、これを十分に考慮の上、これを回避することができるような国道を建設、建造することは当然にその権限の範囲内であったというべきである。そして、これを怠り沿道住民の身体、生命に危害を及ぼすおそれがある状態で国道二三号線を全線にわたり新設したことが設置の瑕疵に該当するというべきである。道路法一三条は、国道の維持、修繕等につき被告国の権限を規定するが、右は被告国の新設時の右のような権限の存在を前提とするものと解される。
なお、道路法二九条は、道路構造の原則として、安全、円滑な交通の確保等を規定するが、その前提として、当該道路の存する地域の地形等その他の状況及び当該道路の交通状況を考慮することを求めている。そして、右規定をもって、道路設置に際し沿道住民への健康被害も考慮することを求めている趣旨と解することも可能である。
本件にあっては、現に前記認定のとおり、被告国は、国道二三号線の路線の選定に当たって、市街地を可能な限り通過しないような路線選定をし、また高架橋方式を採用し、これらにより、排出ガス、騒音被害を減少させるべく努めたこと、植樹帯を設けていること、供用開始後も、交差点の立体化工事をしたり、遮音壁を設置するほか、環境施設帯を設置し、また更に設置する計画を有していること等が認められるが、右のような配慮はまさしく前記のような道路の設置、管理者たる被告国の権限に基づきされたものと解される。したがって、被告国は、交通量が飛躍的に増大することが予測される国道二三号線の全線開通に当たり、前記のような沿道住民の健康被害の危険性について十分な調査、研究を遂げた上、その有する前記権限に基づき、前記措置のみならず、トンネル化、シェルター化などの対策も含めて行うべきであったと解される。また、前記のとおり、被告国の国道二三号線の供用が第三者たる沿道住民に対する関係において違法な権利侵害、法益侵害となるかどうかを判断するには、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及び内容、効果等の事情も考慮しなければならないものであるから、前記の事態を発生させ、その状況を現状程度に推移させたことが国賠法二条にいう設置、管理の瑕疵に該当すると解することができるものである。
(二) 被告国は、前記の方策によっては、沿道住民に対する健康被害を回避することは不可能である旨を主張する。確かにこれを実施し、実効をあげることは容易ではないと解されるが不可能であるとまで認めるに足りる証拠はないといわねばならない。
次に、被告国は、本件各道路の管理に伴う財政的、技術的及び社会的制約により、これらの対策を採り得なかった旨も主張する。しかし、河川等と異なり、いわゆる人工公物たる国道については、右主張は特段の事情が認められない限り失当であると解する。
また被告国は、国道二三号線につき所定の対策を講じたときには、社会生活上の混乱を招き公共の利益を害する旨も主張する。確かに本件にあっては、右のような対策を採ることにより道路の機能を現状よりは害することになり、そのため対社会的に容易に解決し難い困難な事情が発生するおそれがあることがうかがわれる。しかし、右事情についての考慮は結局前記において、国道二三号線の沿道住民への侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容との対比において侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度を検討、判断したところと同一に帰するものと解される。そうすると、右をもって本件の損害が受忍すべき限度の範囲内であるということはできず、また、右をもって被告国に回避可能性がなかったとすることも相当ではないと解する。
(三) したがって、回避可能性の不存在を理由として、国道二三号線の設置、管理の瑕疵に基づく国賠法二条の損害賠償責任の不存在をいう被告国の主張も採用できない。
三 なお原告らは、被告国に対し、被告国が公害発生を未然に防止するための排出規制等を怠ったとして国賠法一条に基づく責任も主張する。しかし、右は被告国に右規制等を行うべき法的義務があったことを前提とする主張であると解されるところ、本件全証拠によって右義務が存在したとの事実を認めるには足りず、右主張はその前提を欠くものといわねばならない。
また、関連道路の瑕疵の主張については後に判断する。
第七章争点四(共同不法行為の成否)について
第一被告会社ら相互の共同不法行為
一 従前認定、判断してきたところによると、被告会社らは本件各工場(被告中電については名港火力発電所を含む。)を操業し、排煙をすることにより、前記の本件患者に指定疾病を発病、増悪させたという不法行為をそれぞれ行ったことが認められる。
ところで、従前認定したところによると(第二編第一章第二、第三編第四章等)、名古屋南部地域を含む中京工業地帯は明治時代から今日に至るまでの長期間にかけて形成されたこと、本件各工場も、大正六年に最初に建設、操業を開始した被告大同特殊鋼築地工場から昭和五八年に最後に建設、操業を開始した被告中電知多第二火力発電所まで、右期間内にしかも独自に建設、操業を開始したこと、本件各工場の所在地も名古屋市から東海市にかけて東西約一〇km、南北約一五kmの広大な地域内に散在していること、被告会社らの業種は鉄鋼業(被告新日鐵、同大同特殊鋼、同愛知製鋼、同中部鋼鈑)、化学(被告東レ、同東亞合成、同三井化学)、電力(被告中電)、ガス(被告東邦瓦斯)、繊維板(被告ニチハ)等多業種にわたること、被告会社らの生産工程における機能的、技術的な結合関係、原材料、製品の取引関係、資本的、人的、組織的結合関係については第四章認定のとおりであって、これら結合関係等はこれが全く存在しないとはいえないものの格別強いものとまではいえないことが認められ、これらの事実によると、被告会社らの結合関係は緊密、濃厚であるとまではいえないことが認められる。なお、第四章認定のとおり、本件地域において、被告新日鐵(東海製鐵、富士製鉄)、被告東亞合成及び被告東レの共同出資で、被告新日鐵から供給される廃ガスその他の原料を処理する名古屋製鐵化学を建設し、それを中心とした大規模なコンビナート形成の計画はあったものの、その計画は解消したことが認められる。
また、本件各工場が、被告中電から供給される電力、被告東邦瓦斯から供給されるガス、水道用水としての愛知用水、名古屋港、産業道路、工業用地(埋立地)、臨海鉄道等の社会資本をほぼ共通に利用していることが認められることがあっても、被告会社らがこれらの社会資本を独占、排他的に利用しているという関係までも認めるに足りる証拠はない。そもそも、社会資本はその存する地域に属するものが共同で利用することを前提とするものである。そうすると、仮に、被告会社らがいずれも共通に、他の企業等よりもより多く社会資本を利用しているとしても、右事実から直ちに被告会社ら間に緊密な一体性があるとまでは言い難い。
これらによると被告会社らの各不法行為につき共同不法行為性を認め、その債務が連帯債務であると判断することには困難なところがあるといわねばならない。
二 ところで、被告会社らは、前記のとおりそれぞれ独自の計算、経営判断に基づいて本件各工場を展開したものではあるが、名古屋市南部から東海市にかけての位置にその立地を決するに当たっては、それぞれ、広大な工場用地(埋立地)、海運の便等社会資本の存在、労働力の存在、製造した物の販売先の地等に着眼し、採算が得られる可能性の下に操業を開始し、これを継続したと考えられる。そして、操業の過程で二酸化硫黄等本件患者らを含む付近の住民の健康に被害を与える硫黄酸化物を大量に排出し、これが少なくとも結果においては一体となって本件患者中前記のとおり個別的な因果関係を認めることができた者に健康被害を与えたが、前章認定のとおり、被告会社らはそれぞれ共通に、自社の排煙が少なくとも近隣に所在する他の被告会社らの排出する排煙と一体となったときには、本件地域の住民に健康被害を与えることを予見する可能性、これを回避する可能性を有しながら、操業、排煙を継続していたものと認められる。なお本件各工場の所在地は前記のとおり散在しているとはいえ、右のような被害者との関係では一体とみられる位置にあったと認められる。
そしてこのような、本件各工場立地についての誘因の共通性、これに基づく所在地の近隣性、大量の大気汚染物質の排出、これによる付近住民の健康被害、右についての注意義務の共通性等の事情を考慮すると、被告会社らについては、本件地域で大気汚染が認められる昭和三六年(前記のとおり、被告会社らは、本件各工場すべてが操業を開始していたわけではないが、会社単位ではいずれも当時は操業を開始していた。)においても、社会通念上客観的な一体性、共同性の存在が認められるとするのが相当である。
なお、前記のとおり(第二編第一章第六)、我が国においては、昭和三七年六月にばい煙規制法が大気汚染防止に係る最初の立法として制定され、工場及び事業所からのばい煙の排出規制が図られることになり、そして、昭和四二年八月に公基法が、更に昭和四三年六月には大防法がそれぞれ制定され、右大防法においては硫黄酸化物についてK値規制方式の採用等により規制が強化されるに至ったこと、本件地域においても、昭和三九年四月に愛知県公害防止条例(旧条例)が制定されたのをはじめとして、愛知県、名古屋市及び東海市による規制が行われるとともに、被告会社らの相当部分が参加して昭和四三年九月に名古屋南部地区公害防止連絡会議、昭和四四年七月に愛知県主催の大防法施行の協力工場との打合せ会が開催されたほか(甲B一四、甲D四二、四三、六六、乙F二六によって認める。)、昭和四六年三月以降、本件各工場を有する被告会社らを含む大規模工場の各操業者と愛知県、名古屋市との間に公害防止協定が締結されたこと、右のような国、愛知県、名古屋市等の大気汚染公害規制に基づき、被告会社らがこれに対応して各種の公害防止対策を採ったこと等の事実が認められる。
右のように国等がその環境行政の一環として、被告会社らそれぞれに前記の規制を加えたのは、民法上不法行為、共同不法行為が成立するか否かはともかく、本件各工場から本件患者中前記の者を含む付近住民の健康に被害を与える可能性が想定されていた大気汚染物質が排出され、しかもその量が大量であったこと、本件各工場の位置は散在するとはいえ右のような被害者との関係では一体とみられる位置にあったこと、したがって被告会社らはその操業、排煙を継続するに当たり、前記のような注意義務を共通に負っていると認められたこと等社会通念上の客観的な一体性、共同性に着眼し、行政目的達成のため有効であると判断したことによると考えられる。また被告会社らも同様な認識で前記の規制に応じたことが推認される。そうすると、右のように公害規制を共通にするという事実も前記のような客観的な一体性、共同性が存在したとの判断に沿うものと解される。
したがって被告会社らは民法七一九条一項前段に基づき共同不法行為者として原告らの損害につき連帯してその責を負い、また、被告会社ら各自についての個別減免責は許されないと解する。
三 ところで、被告会社らの排煙に由来する硫黄酸化物は本件地域の硫黄酸化物すべてではないこと、本件地域における各測定局における寄与度は図表40のとおりであること等の事実は第五章で認定したところである。そうすると、共同不法行為を認定するについての前記の事情のみならず損害の公平な分担を規定する民法七二二条二項の趣旨等も考慮すると、被告会社らは、原告らの損害につき、その排出物の寄与度に応じた割合の合計部分相当につき責任があると解するのが相当である。すなわち具体的には、本件患者の慰謝料等を(喫煙等につき別記のとおり考慮の上)確定し、これに対し、その発病等時期、最寄りの測定局における二酸化硫黄の寄与度に応じた割合で損害賠償をするのが相当である。なお喫煙、アトピー素因、増悪等についての判断は別途してあるので、右寄与度のほか別途減額する事情はないと解する。
ところで図表40は年度単位で昭和四五年度から昭和五〇年度につき判断してあるが、いずれもこれを年単位で昭和四五年発病から昭和五〇年発病につき適用しても格別な差異が生じないと認められるのでこれにより各年に適用することとする。また、本社患者中昭和五一年から昭和五五年までの発病、増悪については、本件地域の一般的な二酸化硫黄の濃度、被告会社らの公害対策の進展からすると、昭和五〇年の数値と格別の差異はないと認められるので右数値によることとする。
次に本件患者中昭和三六年から昭和四四年までの発病、増悪については、従前認定の事実によると、被告会社らが、当該時期においても本件地域において硫黄酸化物を排出していたことは明らかであり(例えば被告会社らの昭和四四年度の硫黄酸化物排出量は昭和四八年度の約二・六三倍を下らない(図表37)。)、また、前記によると、被告会社らの排出した硫黄酸化物等の一部が本件患者らの居住地、勤務地に到達し、本件患者の指定疾病の発病、増悪に影響を与えたこと、被告会社らの当時の高煙突化、燃料対策等の公害対策はまだ不十分であったこと、他方、被告東レ東海工場(前記のとおり昭和四四年操業開始)等まだ建設、操業されていない工場もあったこと、当時は他にも煙源があったところ同所における公害対策が被告会社らの本件各工場以上に進んでいたとは考えられないこと等が認められ、これらの事実を総合すると、右時期における寄与度はおおむね昭和四五年度と同一と認めるのが相当である。したがって右時期の発病等については右数値を用いることとする。
第二被告会社らと被告国の共同不法行為
一 昭和五三年度までの硫黄酸化物による本件患者の発病、増悪については、従前認定したところによると、本件各道路の走行自動車からの排出ガスに由来するものも全くないとはいえない。しかし、前記に判断したとおり(第五章)、右時期の硫黄酸化物中自動車に由来するもの、特にそのうち本件各道路を走行する自動車に由来するものは格別のものを認めることができないのであるから、右時点での硫黄酸化物による本件患者の発病等につき被告国の責任を認めることはできない。
二 次に、国道二三号線全線開通のあった昭和四七年以降の浮遊粒子状物質による沿道居住者の気管支喘息の発病、増悪については、被告会社らにおいても、あるいはDEP類似の物質を排出していたかもしれないが、前記のとおりその発病等の因果関係は沿道二〇mの限度で認められるにすぎないから、被告会社らによる不法行為を認める余地はないといわねばならない。
したがって、原告らの損害中右に由来すると認められる部分についてはすべて被告国のみがこれを賠償する責任を負うものである。
三 なお原告らは、その最終準備書面(第二分冊、第六分冊、第七分冊)において、被告国の開設、管理する本件各道路のみならず他の国道、県道、市道、高速道路等の走行自動車の排出ガスによる健康被害との共同不法行為を主張する趣旨と解される記載をする。しかし、右を判断するについては、本件各道路につき判断したのと同様、右各道路による被害の実状、各道路の公共性等の有無、内容を認定するのみならず、被害回避のため右各道路の各管理者等がしてきた行為の有無、内容を確定しなければならないところ、従前右に関する格別の主張、立証はない(原告らが、共同不法行為の内容を主張した平成二年二月二六日付準備書面(五)においても、また本件各道路の瑕疵等を主張した平成八年三月一五日付準備書面(一四)においても、右のような関連道路の瑕疵は格別主張していない。)。したがって、その主張の当否を判断するためには右についての人証等の取調べも含む新たな主張、立証を要し、そして、右審理のため訴訟の完結が遅延することは明らかである。
したがって、右は時機に後れた主張であるからこれを却下することとし、本判決では判断を加えないこととする。
第八章争点六(損害賠償の額)について
第一請求の方式、損益相殺について
一 包括請求等の可否(ただし請求拡張分については後に判断する。)
1 原告らは、本訴において、被告らに対し、本件患者の死亡の有無、本訴提起時までの最も重い公健法認定等級に応じて、二〇〇〇万円から四〇〇〇万円の四段階の損害金及びその二割に相当する弁護士費用の支払を包括請求として(「包括慰謝料」であるとは明示には主張しない。)求める。
そして原告らは、その請求する損害は、治療費(自己出費分)の積極損害、金銭評価の比較的容易な逸失利益(過去の休業損害並びに、死亡者における将来の逸失利益の双方を含む。)等財産的な被害のみならず、通常人ならあたりまえにできる、食事、毎日の起居動作、家人との会話等の人間らしい日常生活を奪われた被害にはじまり、人並みに気軽に外出を楽しむことも家族と旅行することもできず、例えば毎夜の発作による死の苦しみと、その看護のため家庭を破壊され、更に青春を奪われ、人生を狂わされ、そして、かけがえのない命までをも奪われた全人格的被害をその対象とするものであると主張する。
また原告らは、原告らが本件口頭弁論終結時まで(死亡原告については死亡時まで)に受けた本件大気汚染被害のすべての損害のうち、公健法等の行政上の給付金額を除いても残る損害の更に内金として請求する旨を主張する。
2 しかし、不法行為を原因とする損害賠償請求において、その損害の対象が各種の損害に及ぶことがあることは、格別包括請求を主張するまでのこともなく当然のことと解される。
また、別途判断するとおり、本件にあっては喫煙等による減額が認められるが、右減額は、その各自の損害総額に対してされるべきであり、したがって損害総額を認定し、右減額をし、その後の金額が当該原告の内金請求額より多ければ請求額の限度で認容しなければならない。しかるに原告らは積極損害、逸失利益等につき具体的な主張、立証をしない(一部の者につき平均賃金を用いた逸失利益の主張をするが、そもそも発病前の収入状況等を明らかにする資料の提出はなく、右立証の前提を欠くものである。)。
そして、公健法上同一等級に認定されているからといって、その発病の時期等により、入通院の期間には差異があるはずで、これに応じた慰謝料も同一とはいえないはずである。
このような事情を考慮すると、原告らの請求は、前記のとおり包括的慰謝料との明示の主張はないが実質的には右を主張するものと理解し、いわゆる慰謝料の補充性、補完性の理念に基づき、公健法上の各等級に類型化された慰謝料(狭義の慰謝料のほかに、積極、消極損害の存在を一部評価することも許されるが、公健法等の行政上の給付金額や本訴提起より二〇年以前の既払治療費等(原告らは別記のとおり時効の成立を争っているのであるから、その主張は右のような治療費等は請求しない趣旨と解される。)を除く。)を同一等級に属する者につき共通して認められる限度に限定して請求し、なお、その不足額については別訴等において個別に主張、立証し、請求をする趣旨であると解するのが相当である。
二 損益相殺(公健法給付の取扱)
1 弁論の全趣旨によると、本件患者中前記のとおり個別的な因果関係を認めることができた者は、公健法に基づき、累計で一〇〇〇万円から六〇〇〇万円を超える金額の給付を受けていることが認められる(被告会社らの推計金額による。なお、被告国も被告会社らとほぼ同様の方法で給付額を推計しているが、平成一一年三月までのもので、口頭弁論終結時までの金額の算定でないから採用しない。)。
被告らは、右の給付分及び特別措置法、名古屋市救済条例等による給付額は右患者らの損害をてん補するものであるから、同患者らの損害賠償債権は右の限度で消滅する旨主張する。しかし、前記のとおり原告らの請求は右給付額を除く趣旨の請求であるから、被告らの右主張は前提を欠くものである。ただ、原告らの請求内容を明らかにする趣旨で検討の必要があるので以下判断する。
2 公健法制定以前の特別措置法も医療費等三種類の補償給付を支給する旨定め、これに基づく支給がされていた。しかし、前記認定のとおり(第二編第一章第七)、特別措置法は、公害被害について、民事責任と切り離した当面の行政上の緊急措置としての救済措置を定めたものであり、その給付は、財源を汚染原因企業群と国及び地方公共団体が各二分の一ずつ負担し、医療費を中心として行われた社会保障的性格の強いものであったことが認められる。
そうすると、右給付は社会保障的要素が強く、本訴において原告らが主張する損害をてん補することを目的としているものとはいえないのであるから、そもそも損益相殺の対象とすることは相当でないことになる(その支給額を認めるに足りる資料の提出もない。)。
3 名古屋市救済条例も医療費の助成をする旨定め、原告番号一四〇の原告が該当する。しかし、既に判断したとおり、同原告の発病等につき大気汚染との因果関係が認められないのであるから、右については判断しない。
4 公健法による給付
(一) 公健法の制定の経緯、制度の性格、給付の構成、費用の負担者、民事責任との関係等は先に認定したとおりであり(第二編第一章第七)、同法による給付は、個々の汚染原因者に損害賠償責任が生じることを背景とした上で、健康被害の回復という意味で一定の合理的水準までは損害賠償責任が履行された状態にするためのものである。そして費用負担者には被告会社らも含まれている。したがって、原告らの請求が右給付と重複する部分を含む趣旨であるならば、損益相殺の対象となる余地がある。
(二) しかし、公健法による給付について、各給付項目のうち、通常の損害賠償請求における慰謝料に完全に対応する項目は存在しない。環境庁は公健法給付のうち、障害補償費は「逸失利益のてん補を中心としてこれに慰謝料的な要素が加味されたものである」、遺族補償費は「被認定者の逸失利益相当分及び慰謝料相当分並びに遺族固有の慰謝料相当分として一定範囲の遺族に対して支給される」、児童補償手当は「慰謝料的要素が中心となる」等と説明している(環境事務次官通知「公害健康被害補償法等の施行について」(昭和四九年九月二八日環保企第一〇八号)(乙A二〇)。しかし、公健法の各給付がてん補する損害を積極損害と消極損害に明確に区分することは困難であるとしても、その具体的な算定方式等を考慮すると、公健法給付によって受給付者に生じた損害中慰謝料部分につきてん補される割合を大きくみることは適当でない。
また、障害補償費の給付額は平均賃金の八〇%を基準として定められているのであるから、公健法給付によって受給付者に生じた損害中逸失利益相当部分がすべててん補されたということもできない。
そうすると、公健法給付開始後の治療費並びに休業損害及び逸失利益の八〇%相当部分については公健法給付によっておおむねてん補されているが、右公健法給付によっててん補されない休業損害及び逸失利益の二〇%相当部分についてはなおてん補されていないものとみるのが相当である。
(三) 本訴における原告らの請求は右給付を除いた部分を請求するものであり、そうすると、直接は損益相殺を考慮する必要はないことになる。しかし、寄与度減額等と既払金控除の先後との関係で、別途損益相殺をしない以上、その請求に係る慰謝料を算定する上で右事情を一事情として考慮する必要があるというべきである。
第二損害額の算定
一 基本慰謝料額(発病の場合)
本件患者について、従前認定した事情及び本件記録から明らかな本件患者各自が罹患した疾病、その発症時期、症状の程度及び推移、入通院期間、年齢、職業等の事情並びに前記のとおり一部慰謝料支払の性格も性格を有すると認められる公健法等から前記額の支給がされた事実を斟酌するならば、本件患者らの慰謝料は、公健法の最終認定等級を基準として、これに対応した以下の金額とするのが相当である。
1 死亡 二五〇〇万円を基本とし2以下に算定する金額との差額とする。
ただし、死亡の事実が大気汚染と因果関係を有しない場合等については右差額相当分につき所定の減額をする。
2 特級 二〇〇〇万円
3 一級 一八〇〇万円
4 二級 一四〇〇万円
5 三級 一〇〇〇万円
6 級外等 八〇〇万円
二 増悪の場合
本件地域の大気汚染が原因で発病をしたわけではないが、これによってその症状が増悪した者については、民法七二二条二項の類推適用により、発病の場合の二分の一の慰謝料を認めるのを原則とするのが相当である(第三章第二)。
三 アトピー素因による減額
気管支喘息の発病等にアトピー素因が認められる者については、基本慰謝料額から三割の減額を行うのを原則とするのが相当である(第三章第二)。
四 喫煙による減額
指定疾病の発病、増悪に喫煙による影響が認められる者については、基本慰謝料額から四割の減額を行うのを原則とするのが相当である(第三章第二)。
五 寄与度
1 既に判断したとおり、本件地域の昭和三六年から昭和五三年度までの二酸化硫黄による大気汚染は、被告会社らの本件各工場から排出された工場排煙によって形成されたものである。したがって、右大気汚染によって健康被害(指定疾病の発症、増悪)を受けた本件患者の損害については、被告会社らが前記認定の寄与度の範囲内で連帯して賠償責任を負う。
2 同様に既に判断したとおり、昭和四七年一〇月以降国道二三号線沿道二〇m以内に存在した自動車排出ガスによる局所的な大気汚染(沿道汚染)は、被告国の管理する国道二三号線の道路排煙によって形成されたものである。したがって、右範囲の沿道に居住する本件患者の損害中右沿道汚染に由来する部分については、被告国のみが賠償責任を負う。
そして従前認定の本件患者の居住歴、病歴等考慮するとその割合はその損害額の五割であると認めるのが相当である。
六 以上によって算出すると別紙患者別損害額計算表(被告会社ら分)、同(被告国分)のとおりとなる(一万円未満切り捨て)。
七 弁護士費用
原告らの弁護士費用の額は、本件事案の内容、本訴立証の困難性、本訴認容額等を考慮すると前記各表の弁護士費用欄に記載の額と認めるのが相当である。
第九章争点七(消滅時効)について
第一不法行為に基づく損害賠償請求と消滅時効
一 不法行為による損害賠償請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知ったときから三年間これを行わないときは時効によって消滅する(民法七二四条)。また、大防法二五条の四も同旨の規定である。
被告らは、本件の損害賠償請求に対し右消滅時効を援用するので、これについて以下判断する。
二 前記認定のとおり被告会社らによる不法行為は昭和五三年度をもって終了したものと認められる。しかし、その後も本件患者についての公健法の認定等級は変動しているが、このことからも明らかなとおり、本件患者の損害の内容、程度は右不法行為後も日々変動するもので、したがって、これに伴って原告らの請求する慰謝料も容易には確定しないものと認められる。また、被告国の不法行為は本訴提起時もなお継続中であり、右に由来する損害がなお未確定であることは明らかである。
被告らは、公健法の認定を受けたとき又は公健法の最終認定を受けたときをもって「損害を知りたる時」に該当する旨主張するが、右のような本件における損害の性質を考慮すると、少なくとも本訴提起時に生存していた本件患者について「損害を知りたる」に該当すると判断することには困難なところが認められる。
三 民法七二四条の「加害者を知りたる時」(大防法二五条の四の「賠償義務者を知った時」も同旨)は、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれを知ったときと解される。
そして、被告会社らは、原告ら関係者が被告会社らに対し公害対策及び賠償を求める交渉を繰り返し、法律、条例の制定及びこれらによる地域指定に基づく補償等が実施されてきたこと、公健法等に基づく補償給付は被告会社らを含む企業からの拠出金等によってされてきたこと、これらの事実がマスコミ報道等により公表されていたこと、右の事実によると、原告らは、本件患者に対し特別措置法等に基づく認定がされ始めた昭和四九年九月一日まで(遅くとも公健法認定時まで)には、被告会社らが加害者であることを認識していた旨主張する。
しかし、本訴のような大気汚染に基づくいわゆる公害訴訟は、多数の論点にわたり、極めて多くの科学的知見等を収集、検討し、それらを総合的に評価しなければ容易に結論に到達できない困難な問題が多数存する事案である。現に、被告らは本訴において終始原告らの請求を争い、合理的な反証を継続してきたものであるが、このことも裏返すと不法行為の被害者が加害者を知る困難性を示すものと認められる。
確かに本件患者については公健法等の認定がされているが、右手続がされたことは、本件患者が指定疾病に罹患したこと、あるいはせいぜい本件地域に存在する大気汚染と本件患者の発病等との因果関係の存在を推認する一資料となるにすぎず、その余の加害者の故意、過失、違法性、加害者による大気汚染の形成等を推認させるものとまではいえない。
そして、右のような事案の性質を考慮すると、被害者側としては、仮に既にその損害の発生を認識していたとしても、訴訟を提起、維持するに足りる科学的知見等による立証が可能であるとの事実関係を認識し得る段階までは訴訟を提起することができず、右段階に至って初めて訴訟を提起することができることになると解される。すなわち、右の時期が、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれを知ったときに当たると解される。そして、本訴において、原告らが右のような訴訟を提起、維持するに足りる科学的知見等による立証が可能であるとの事実関係を認識し得る段階に達したにもかかわらずこれを怠ったとの事実を認めることはできず、したがって本訴における「加害者を知りたる時」は訴提起時であると認めるのが相当である。
四 以上によると、原告らは、本訴提起前に加害者を知っていたと認めることはできず、本訴における前記消滅時効の起算点はいずれの原告についても訴え提起時となるから、被告らの消滅時効の主張は採用できない。
第二不法行為に基づく損害賠償請求と除斥期間
被告会社らは、原告らは平成元年三月三一日に本訴を提起したものであり、昭和四四年三月三〇日以前に発生した損害については、二〇年の除斥期間が経過しており、その損害賠償請求権は法律上当然に消滅している旨主張する。そして、昭和四四年三月三〇日以前に発病した者についてはすべて除斥期間が経過し、その請求は失当である旨主張する。
しかし、前記のとおり、本件のような大気汚染による損害は被告らの加害行為が継続する限り被害も累積的に拡大を続け、症状が増悪したり新たな症状が発現するおそれがあるのみならず、指定疾病自体が慢性疾患であるため、加害行為が終了した場合でも症状の増悪など病像の変化、進展がみられることは、本件患者の公健法の認定等級の変遷からも明らかである。また、前記のような大気汚染と症状の変動との関係を考慮すると、本件のような継続的不法行為にあって、個々の治療費等の支出分はともかく、慰謝料を算定するに当たっては、その発病の時期を考慮することなく、その症状が継続している限り、これを一体の損害として評価するのが相当である。したがって、被告会社らの排煙に由来する大気汚染が昭和五三年度まで継続したと認められる以上、発病が昭和四四年以前であったとしても、当然には除斥期間が経過しないものと解する。
なお、前記のとおり、原告らが本訴において請求しているのは大気汚染による本件患者の発病等に対する包括的な慰謝料であり、その算定要素として、本訴提起まで二〇年を経過した既払治療費等の支出分は排除しているものと認められる。
したがって、被告会社らの除斥期間経過の主張も採用できない。
第一〇章争点八(差止請求)について
第一はじめに
損害賠償請求につき従前認定したところによると、被告会社らの排煙に由来する本件地域の大気汚染は昭和五三年度をもって改善されるに至ったことが認められるところ、なお現在において再度汚染の発生するおそれがあるとの事実を認めるに足りる証拠はないから、原告らの被告会社らに対する差止めに係る請求は理由がないことは明らかである。また被告国の設置、管理する本件各道路中国道二三号線以外の道路についても沿道に健康被害を与える大気汚染の状態が存在しているとは認められないから、右道路に係る請求も理由がないことは明らかである。
そこで以下、被告国に対する国道二三号線に係る請求につき判断する。
第二差止請求の適法性
一 原告らは、本訴において被告国に対し、人格権及び環境権の存在を理由として、被告国が本件各道路を供用することにより、二酸化窒素、浮遊粒子状物質につき所定の濃度を超える濃度の排出をしてはならないとの差止めを求める(以下「本件差止請求」という。)。
これに対し、被告国は、本件差止請求は<1>請求として不特定であり、<2>執行の可能性を欠如し、<3>司法判断適合性も欠如するとして、右訴えを却下すべきである旨主張する。
二 差止請求権の根拠について
国道二三号線を走行する自動車の排出ガスにより形成される沿道の大気汚染への暴露は、その濃度如何によっては、沿道住民に気管支喘息を発症、増悪させ、ときには生命をも奪う危険性が存在することは先に損害賠償請求について認定、判断してきたところから明らかである。そして、このような人間の生命や健康等の人格的利益(人格権)は排他的な権利として保障されているのであり、また、その権利の性質からすると、右権利に対する侵害が将来も継続するものと予測されるとき等には、侵害者に対し侵害行為の差止めを命ずることによって被侵害者の権利の保全を図ることが認められるというべきである。
したがって、原告らが人格権を根拠として本件差止請求をすることは許されると解するのが相当である。
なお、原告らは差止請求権の理由付けとして環境権の主張もする。しかし、右権利は実体法上の根拠、要件、効果等いずれも未だ明確なものとはいえず、右を原因とする請求は失当である。
三 請求の趣旨の特定について
不作為請求の特定の方法としては、禁止されるべき侵害行為を逐一特定するという方法のほか、侵害の危険を生じさせている特定の発生源の存在を前提として、除去されるべきあるいは未然に防止されるべき侵害の結果を特定するという方法が認められ得る。
ところで、本件差止請求が目的とするところは一定の数値を超える大気汚染状態を作出しないことを実現することにあると解されるところ、侵害行為の発生地点は被告国の支配領域内にあり、被告国の職務遂行過程においてその対策を採ることになる。そして、右のような目的を実現するための手段、方法は複雑、多種、多様にわたることが推認される。この場合、原告らに対し右のような結果を実現するための手段、方法について具体的な特定を要求することは、正確な科学知識及び情報を持たない一般市民である原告ら側に対し極めて困難な事態を招くことは明らかである。他方、被告国側は原告ら側に比べて大気汚染物質の排出量等に関する正確な情報を容易に取得する能力を有しており、また、得られた結果に基づき排出量の削減方法等をどのような手段で達成するかを具体的に検討、選択することも容易な立場にある。そして、被告国側にその具体的な方法を選択する余地を与えることにより、無用な社会的混乱を生ずるおそれを回避することもできる。
そうすると、本件のような生命、身体に対する侵害を受け、あるいは受けるおそれのある者が原告らとなってその被害の発生の防止を求める際の差止請求における請求の特定の程度は、その危険の発生源及び結果を特定することにより、権利を侵害する直接の原因である一定量を超える大気汚染の形成の結果自体を防止することを求めれば足りる。そして、被告国側においてどのような手段、措置を採って右原因となる事態を防止するかについてまで、原告ら側が、判決を求める段階において、具体的に主張する必要はないと解するのが相当である。また、本件差止請求において、差止めの対象となる一定量を超える大気汚染はその濃度を数値によって客観的に特定することができるから、濃度を一定の数値以下にすることが達成されたか否かによって被告国側が不作為債務を実現するのに適した措置を採ったかどうかを事後的に判定することは十分可能である。
したがって、本件差止請求は訴訟物として特定していると解するのが相当である。
四 執行の可能性について
そもそも、本件差止請求等の給付を求める訴えにおいて、執行法上の制約等に基づき執行不能となる給付を求めることも、判決が言い渡されることにより被告側がこれに応じた履行を任意にすることが期待される等として、許されると解することができるなら、仮に原告らの請求に基づく執行が結果において不能となっても訴えの利益自体は認められることになる。
しかし、右のように解することができなくとも、本件にあっては前記のとおり、差止めの対象となる大気汚染の濃度が客観的に特定された一定の数値以下にまで低下したことを事後的に判定することは十分可能である。すなわち、既に実際に大気汚染物質の測定が実施され、距離減衰調査等が実施されている現在の技術水準からすると、大気汚染物質の基準値を示せばその値を超えたか否かの測定や発生源の特定は技術的に可能である。なお特定の地を基準として一定濃度を超える物質の排出の差止めを認めたとしても、執行等に当たり当該の地のみで測定をする必要はなく、これと合理的な範囲で近接している地において測定した結果をもって当該地の数値を推認することも可能である。したがって、被告国及び執行裁判所において、大気汚染物質の数値を測定、把握することは、これが困難であることは明らかであるが、およそ不可能であるとまでいうことはできない。
また、継続的な侵害行為による被害発生が現に継続して認められる場合における差止請求の強制執行の方法については、少なくとも間接強制の方法によることが可能である。
したがって、本件差止請求には執行の可能性を認めることができ、右がおよそ存在しないという被告国の主張は採用できない。
五 司法判断適合性について
被告国は、本件差止請求が、行政権の主体たる国に対し、行政権限の発動を強制しようとするものであり、更には立法を強制する可能性もあるとして、行政訴訟によることはともかく民事訴訟においては行使することが許されない権利を行使しようとする不適法な訴えである旨主張をする。
しかし、原告らが民事訴訟を提起して本件差止請求を求めている以上、その求める趣旨は、当然に、被告国に対し行政規制権に基づく公権力の行使を求めるものではなく、あくまでこれと抵触しない被告国の行為による差止めの実現を求めるものと認められる。したがって被告国の前記主張は前提を欠くことになる。
なお、被告国は、本件にあって、被告国の行政規制権に基づく公権力の行使(自動車の通行制限等の交通規制措置、道路の供用の廃止又は路線の廃止、自動車排出ガス規制の強化など)を除く、沿道の環境施設帯や植樹帯の設置、交通流の円滑のための対策、シェルター化やトンネル化などの事実行為としての環境対策、道路施設の改良等によっては本件差止請求を実現することはできないこと、したがって、本件差止請求を実現しようとする場合には被告国の行政規制権に基づく公権力の行使によらざるを得ないことを主張、立証する。しかし、被告国は、そもそも国道二三号線沿道の大気汚染の状態についての継続的な調査等対策の前提となる調査自体も怠り、したがって右状況認識を欠いた上で主張、立証をしているものといわねばならず、前記主張を認めるに足りる証拠はないというべきである。
六 以上によると、本件差止請求は請求として特定され、その実現も可能であって、民事訴訟によることも可能であるから適法であると解するのが相当であり、被告国の本案前の主張は採用することができない。
第三本件差止請求の本案の可否
一 判断の範囲について
前記のとおり、本件差止請求が許されるか否かについては、被告国が設置、管理する国道二三号線のみが判断の対象となる。
ところで、本件差止請求の根拠を前記のとおり人格権に求める以上は、これを請求できるのは、既に損害賠償に係る請求につき判断したところから、国道二三号線沿道二〇m以内に居住し、現に気管支喘息の発病、増悪の症状を訴える者に限定されるというべきであり、したがって、原告番号一〇六の原告(以下、本章において「本原告」という。)に限られることになる。他の原告らについては右の要件をそもそも欠いており、したがってその請求はいずれも理由がないといわねばならない。
また、原告らは、対象となる物質として、二酸化窒素及び浮遊粒子状物質を主張する。しかし、損害賠償に係る請求につき判断したとおり、国道二三号線沿道の二酸化窒素が沿道の住民に指定疾病を発病、増悪させる状態にあるとは認められないのであるから、二酸化窒素濃度を指標とする窒素酸化物の排出の差止めを求める請求は理由がないといわねばならない。
二 前記認定のとおり、道路は一般に交通機能、空間機能と称される基礎的社会資本として多様な役割を果たしていること、我が国の国土、社会の状況から、従前のみならず将来にわたって、道路交通、自動車への高い依存度が継続すること、したがって道路交通が充実することは我が国社会にとって格別な意義を有することが認められる。また特に本件の国道二三号線に限っても、その開設の経緯、一日交通量及び大型車混入率の推移等の事実を考慮するならば、いわゆる幹線道路として、伊勢湾岸地域の地域間交通や産業経済活動に対して、その内容及び量において多大な便益を提供していることが認められる。このような国道二三号線の全線開通により本件地域がいわゆる四通八達の地となることはそれ自体重大な価値を有しているものと解される。そして以上のような道路一般、国道二三号線の有する公共性、したがって本原告に対する侵害行為のもつ公共性又は公益上の必要性は、差止請求の可否を判断するにあっては損害賠償請求の可否を判断する場合よりも大きな位置付けが与えられるべきものといわなければならない。
しかし、前記認定の事実によると、本原告は、精神疾患に罹患し、このため転居等についても容易ではないところがあることが推認されるところ、国道二三号線沿道一六mの位置に居住し、このため大型車の交通量の多い国道二三号線からの排出ガスに含まれるDEP等の浮遊粒子状物質に、国道二三号線が全線開通した昭和四七年からでも今日まで四半世紀以上の間継続的に暴露されてきたこと、そして右暴露により、前記疾患の治療中ころに罹患した気管支喘息の症状を増悪させたこと、気管支喘息は場合によっては死につながることもある疾病であることが認められる。このように本原告は、国道二三号線沿道の大気汚染により、単に日常生活において洗濯物が汚損した等の受忍し得る生活妨害をはるかに超えたその生命、身体への危険にさらされていることが認められる。
また従前認定したとおり、被告国は国道二三号線の路線の選定に当たっては市街地を可能な限り通過しないよう路線選定をし、本原告付近も含め一部高架橋方式を採用し、排出ガス、騒音被害を減少させるべく努めたこと、植樹帯、立体化工事、遮音壁、環境施設帯の設置、立体化工事等して周辺住民一般に対し被害を与えることを回避する努力をしてきたことは認められるものの、これが本原告との関係で有効であったとの事実は認めるに足りず、そもそも諸種の対策を行う前提となり得る、国道二三号線沿道の大気汚染の状況についての継続的な調査等も怠り、今後ともこれを行う予定すら明らかにしていない。もっとも、本原告付近は高架橋方式となっていることは前記認定のとおりである。しかし、これによっても沿道一六mの位置では浮遊粒子状物質の暴露を避けることはできないことは被告国提出の証拠(丙C二七)を斟酌しても明らかといわねばならない。
他方、被告国は、本件差止請求が認容されたとしても、被告国の有する行政規制権に基づく公権力の行使によることなく、沿道の環境施設帯や植樹帯の設置、交通流の円滑のための対策、シェルター化やトンネル化などの事実行為としての環境対策、道路施設の改良等によって、本原告との関係、本原告の居住地においてこれを実現することができない旨を主張する。しかし、これを認めるに足りないといわねばならないのみならず、右の実現は、容易であるとはいい得ないとしても、可能であると判断されるものである(第二の五、第六章第二の二3参照)。
以上によると、道路の機能、効用の重大、重要性から、侵害行為の公共性又は公益上の必要性は重視しなければならず、また証拠上本訴においてその請求権を有すると認められる者は、たまたま本原告一名に限られるものであるが、少なくとも本原告との関係では、その被る損害の内容は本原告の生命、身体に関わるもので回復困難なものであること、他方、被告国は、本訴が提起された平成元年三月から本件口頭弁論が終結した平成一一年一一月までの間でも一〇年余が経過したにもかかわらず、この間、本原告との関係で右のような被害発生を防止すべき格別の対策を採っては来ず、これからも、少なくとも本件口頭弁論終結時においては、右対策をすることについてはもちろん、その前提となる調査をすることについても、これを実施する具体的な予定を有してはいないこと、本件差止請求を認容しても、所定の方法を採ることにより、社会的に回復困難な程の損失を生ずることなく対応できると判断されることが認められ、これら諸般の事情を考量すると、被告国に対する本件差止請求を認容するのが相当と解される。
三 原告らは、本件差止請求につき、環境基準値を基本とすべきであるとして、右数値を超える浮遊粒子状物質の排出の差止めを求める。しかし、従前認定したとおり、環境基準は公害防止行政を総合的かつ計画的に推進していく上での政策上の達成目標又は指針としての性格を有するものであって、その設定に当たっては安全性が見込まれているのである。環境基準値を超えると直ちに健康に悪影響を及ぼす危険性があるとの事実は、これを認めることはできない。したがって、環境基準を差止基準とすることには合理性を認めることができない。
前記認定のとおり、千葉大調査においては、一時間値の一日平均値〇・一五九mg/m3の濃度の道路の沿道に居住する学童につき気管支喘息発病の高い危険性が認められた。本件につき差止めを認めるに当たり、右数値を基本とすることは、なお気管支喘息の(発病)増悪の危険性を残すことになるが、前記のとおり(第二章第二)、国道二三号線の浮遊粒子状物質の一日平均値(二%除外値)が測定年度、場所による増減があっても平均で右数値を超える〇・一八五mg/m3であると推認される現状においては、少なくとも右数値の限度で差止めを認めるのが相当である。なお、右濃度を測定するについての測定方式も千葉大調査が前提とした、地上三~一〇mの位置において(昭和四七年二月一四日環大企第二七号環境事務次官通知)(乙A五二)、濾過捕集による重量濃度測定方法又はこの方法によって測定された重量濃度と直線的な関係を有する量が得られる光散乱法、圧電天びん法若しくはベータ線吸収法によって測定すべきであり(昭和四八年五月八日環境庁告示第二五号)(乙A四〇は改正前のものである。)、その評価に当たっては長期的評価のいわゆる二%除外値(昭和四八年六月一二日環大企第一四三号環境庁大気保全局長通知)(乙A三七)の方式に、債務名義の特定性を害さない限度で可能な限り準じた方式によるべきである。
なおこのように判断した場合、当該位置における浮遊粒子状物質は国道二三号線に由来しない浮遊粒子状物質も含む外観を呈することになる。しかし、浮遊粒子状物質の量、濃度を指標とし、これが前記濃度となり、大型車等の交通量が所定の量となる道路の沿道においては、気管支喘息に罹患する危険性が高いというのが前記調査の趣旨であると解される。したがって、前記のような差止めを命じたからといって、他の原因に由来する浮遊粒子状物質の生成、排出まで差し止めることになるのではなく、右数値はあくまで汚染の程度を知る指標値にとどまるのであるから、右非難は当たらないと解する。
第一一章請求拡張部分に対する判断
原告番号二〇、二一 二九、三〇、三四、三六、四〇、四四、四五、五〇、五三、五六、五九、七〇、七三、七九、八一、八七、九九、一〇一、一〇八、一一〇、一一七、一一八、一二六、一三五、一三七の原告ら(以下、本章及び次章において「拡張原告」という。)はいずれも本訴提起後に死亡したが、その訴訟承継に係る申立書(平成一一年一〇月二七日付)提出直前に、拡張原告名義で平成一一年一〇月一三日付請求の趣旨拡張の申立書(以下、本章及び次章において「本件拡張申立書」という。)を提出し、その請求を拡張した。その趣旨とするところは、拡張原告が本訴提起後死亡したため、右死亡に伴って請求額を増額するとのものである。
しかし、本件拡張申立書には民訴法、民訴費用法所定の印紙が全くはられておらず、平成一一年一〇月二九日付で訴訟救助付与の申立てがされた(当庁平成一一年(モ)第九九三号事件)。これに対し、当裁判所が同年一二月一七日付で右申立て却下の決定をしたところ、右決定は確定した。しかるに、当裁判所が平成一二年三月二七日付で拡張原告(訴訟承継のあったものについては当該承継人原告)に対し手数料納付の補正を命じたが、同人らはこれに応じない。
右によると拡張原告、当該承継人原告の本件拡張申立書に係る請求の拡張は不適法といわねばならず、その内容につき判断するまでもなく却下するのが相当である。そして、右のとおり拡張部分を却下する以上、本訴における原告らの請求は公健法上の各等級等に類型化された慰謝料を同一等級等に属する者につき共通して認められる限度に限定して請求する趣旨と解されるから、右死亡の事実は、当該原告の慰謝料を算定するに当たっても考慮することは相当でない。
第一二章結論
以上によると、拡張原告、当該承継人原告の本件拡張申立書に係る訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し、その余の本訴請求は、別紙認容債権目録一記載の原告らが被告会社ら各自に対し、同目録「認容額」欄記載の金額の損害金及びこれに対する不法行為後で訴状送達の日の翌日である被告東亞合成化学工業株式会社については平成元年五月一六日から、被告三井化学株式会社については同年六月一日から、その余の被告会社らについては同年五月三一日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、別紙認容債権目録二記載の原告らが被告国に対し、同目録「認容額」欄記載の金額の損害金及びこれに対する原告番号四五の原告については同原告の死亡した平成一〇年四月二九日から、同九一の原告については同様に平成九年一一月一七日から、同一〇六の原告については本件口頭弁論の終結した平成一一年一一月一日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告番号一〇六の原告が被告国に対し、国道二三号線を自動車の走行の用に供することにより、排出する浮遊粒子状物質につき、同原告の肩書地において、一時間値の一日平均値〇・一五九mg/m3を超える汚染となる排出の差止めを(ただし、その測定方法等は主文第四項ただし書による。)、それぞれ求める限度で理由があるからこれを認容し、別紙認容債権目録各記載の原告らのその余の請求、原告番号五、一四、一八、二一、二八、三二、三三、三八、五三の二及び三、五八、六一、六五、七〇の二、七三の二、七五、七七、九六、一〇三、一〇四、一一四、一一六、一一七の二ないし四、一一九、一二〇、一二三、一二六の二及び三、一二九、一三七の二、一四〇、一四一の原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却して、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言の申立ては相当でないのでこれを却下する。
(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 堀内照美 裁判官中辻雄一朗は、転補につき署名押印することができない。 裁判長裁判官 北澤章功)
当事者目録
原告(原告番号一)~(原告番号一四四)<氏名省略>
右原告ら訴訟代理人弁護士 花田啓一
同 野呂汎
同 石川智太郎
同 岩月浩二
同 太田寛
同 小関敏光
同 片桐勇碩
同 谷口和夫
同 原田彰好
同 村田武茂
同 市川博久
同 荻原典子
同 高木輝雄
同 田原裕之
同 原山恵子
同 原山剛三
同 三宅信幸
同 斉藤洋
同 後藤潤一郎
同 西野泰夫
同 安藤巌
同 水野幹男
同 竹内平
同 渥美玲子
同 長谷川一裕
同 平松清志
同 竹内浩史
同 西尾弘美
同 渥美雅康
同 松本篤周
同 加藤美代
同 阪本貞一
右原告(訴訟承継人原告を除く。)ら訴訟代理人弁護士
石塚徹
同 内河恵一
同 大矢和徳
同 大脇雅子
同 鍵谷恒夫
同 角谷晴重
同 小島高志
同 榊原匠司
同 柴田義朗
同 鈴木泉
同 藤井繁
同 藤田哲
同 宮道佳男
同 山田幸彦
同 森健
同 中谷雄二
同 若松英成
同 森山文昭
同 仲松正人
同 松葉謙三
同 谷口彰一
同 野上恭道
同 犀川季久
同 中村雅人
同 高田新太郎
同 豊田誠
同 鈴木尭博
同 管野兼吉
同 白井劍
同 白川博清
同 坂東克彦
同 木澤進
同 中島晃
同 深草徹
同 馬奈木昭雄
同 高木健康
同 内田茂雄
同 竹中敏彦
同 小高丑松
同 高橋勲
同 鶴岡誠
同 高橋高子
同 鈴木守
同 白井幸男
同 藤野善夫
同 福田光宏
同 山田安太郎
同 中丸素明
同 猪狩庸祐
同 伊藤幹郎
同 飯田伸一
同 稲生義隆
同 岩橋宣隆
同 岩村智文
同 池田昭
同 岡村共栄
同 岡村三穂
同 岡本秀雄
同 岡田尚
同 大河内秀明
同 小口千恵子
同 加藤満生
同 川又昭
同 影山秀人
同 木村和夫
同 久保博道
同 児嶋初子
同 小島周一
同 篠原義仁
同 杉井厳一
同 鈴木繁次
同 鈴木裕文
同 武井共夫
同 滝本太郎
同 堤浩一郎
同 長瀬幸雄
同 中込光一
同 中村宏
同 南雲芳夫
同 西村隆雄
同 根本孔衛
同 根岸義道
同 畑山穣
同 林良二
同 畑谷嘉宏
同 藤村耕造
同 星山輝男
同 間部俊明
同 牧浦義孝
同 三竹厚行
同 森卓爾
同 森田明
同 山内忠吉
同 矢島惣平
同 山田泰
同 山本一行
同 山本英二
同 横山國男
同 井上善雄
同 井関和彦
同 岩田研二郎
同 早川光俊
同 井奥圭介
同 上山勤
同 梅田章二
同 大櫛和雄
同 小田周治
同 岸本達司
同 福本富男
同 櫛田寛一
同 佐古祐二
同 須田滋
同 谷智恵子
同 長野真一郎
同 村松昭夫
同 辻公雄
同 津留崎直美
同 宮崎正人
同 秀平吉朗
同 真鍋正一
同 松井清志
同 峯田勝次
同 宮原民人
同 山川元庸
同 中尾英夫
同 足立昌昭
同 石井嘉門
同 上原邦彦
同 大西裕子
同 大搗幸男
同 小貫清一郎
同 岡本日出子
同 垣添誠雄
同 筧宗寛
同 梶原高明
同 川西譲
同 小牧英夫
同 後藤玲子
同 佐伯雄三
同 高橋敬
同 田中秀雄
同 辻晶子
同 永田徹
同 野口善国
同 野沢涓
同 羽柴修
同 藤原精吾
同 深草徹
同 古殿宣敬
同 本田卓禾
同 前哲夫
同 宗藤泰而
同 森川憲二
同 山内康雄
同 山崎満幾美
同 山根良一
同 吉井正明
同 渡部吉泰
同 小沢秀造
同 野田底吾
同 藤本哲也
同 竹嶋健治
同 前田正次郎
同 宮崎定邦
同 山田康子
同 西村忠行
同 石田正也
同 井上健三
同 嘉松喜佐夫
同 河田英正
同 近藤幸夫
同 佐藤知健
同 清水善朗
同 達野克己
同 光成卓明
同 水谷賢
同 山崎博幸
右花田(訴訟承継人原告分を除く。)訴訟復代理人兼原告(訴訟承継人原告)ら訴訟代理人弁護士
名嶋聰郎
同 荻原剛
同 北村栄
同 藤井浩一
同 竹内裕詞
同 平井宏和
同 岩井羊一
同 伊藤勤也
同 森田茂
同 渡邊一平
同 勝田浩司
同 兼松洋子
右花田(訴訟承継人原告分を除く。)訴訟復代理人弁護士
井野昭
同 海道宏実
同 原希世己
同 鶴見祐策
被告 中部電力株式会社
右代表者代表取締役 太田宏次
右訴訟代理人弁護士 広田寿徳
同 高橋正蔵
同 海老原元彦
同 竹内洋
同 馬瀬隆之
同 奥宮京子
同 島田邦雄
同 谷健太郎
同 若林茂雄
同 田路至弘
同 半場秀
被告 新日本製鐵株式会社
右代表者代表取締役 千速晃
右訴訟代理人弁護士 梶谷剛
同 西尾幸彦
同 数井恒彦
同 來間卓
同 永沢徹
同 大川康平
同 武田裕二
同 山田博
同 渡辺昭典
同 川添丈
被告 東レ株式会社
右代表者代表取締役 平井克彦
右訴訟代理人弁護士 成冨安信
同 高橋英一
同 小島俊明
同 清水修
同 岡島章
同 宮嵜良一
同 柴田眞宏
同 松崎昇
同 川内律子
右岡島訴訟復代理人弁護士 村上玄純
被告 愛知製鋼株式会社
右代表者代表取締役 大橋正昭
右訴訟代理人弁護士 畔柳達雄
同 花岡巌
同 手塚一男
同 阿部正幸
同 新保克芳
同 水口敞
同 中村伸子
右畔柳訴訟復代理人弁護士 木崎孝
同 唐澤貴夫
右水口訴訟復代理人弁護士 山口敬二
被告 大同特殊鋼株式会社
右代表者代表取締役 冨田寛治
右訴訟代理人弁護士 小川剛
同 太田耕治
同 服部豊
同 滝沢昌雄
右服部訴訟復代理人弁護士 佐藤浩史
被告 三井化学株式会社
右代表者代表取締役 中西宏幸
右訴訟代理人弁護士 近藤堯夫
同 後藤武夫
被告 東邦瓦斯株式会社
右代表者代表取締役 清水定彦
右訴訟代理人弁護士 高橋正蔵
同 奥村[米攵]軌
同 浦部康資
同 河瀬直人
同 南谷直毅
被告 東亞合成株式会社
右代表者代表取締役 專田彬
右訴訟代理人弁護士 小林秀正
同 天野雅光
同 渡邉幸博
被告 ニチハ株式会社
右代表者代表取締役 吉田哲郎
右訴訟代理人弁護士 石原金三
同 花村淑郁
同 [木久]田勝彦
同 石原真二
被告 中部鋼鈑株式会社
右代表者代表取締役 嶺辰紀
右訴訟代理人弁護士 四橋善美
同 高澤新七
同 村松ちづ子
同 加藤英男
被告 国
右代表者法務大臣 保岡興治
右訴訟代理人弁護士 今枝孟
同 秋保賢一
右指定代理人 齋木敏文
同 岩坪朗彦
同 永谷典雄
同 西田俊一
同 菅野俊博
同 内田高城
同 岡本岳
同 池田信彦
同 鈴木拓児
同 山岸誠
同 棚瀬弘康
同 鈴木英明
同 大坂正
同 長沼佳幸
同 越智敏夫
同 桐越信
同 後藤貞二
同 鮫島筧
同 足立新治
同 小野木秀夫
同 一戸公俊
同 浅井啓史
同 永井幸也
同 島田智孝
同 三宅豊
同 榑沼昌明
同 高木理仁
同 田島功
同 松嶋憲昭
同 伊藤道明
同 三木榮一
同 山田俊
同 飯田三郎
同 花木道治
同 河合隆俊
同 上河原献二
同 松井亜文
同 東條純士
同 西尾崇
同 木村邦久
認容債権目録一・二<省略>
被告会社工場、事業所一覧表
会社
主要業種
工場・事業所
所在地
中電
電気事業等
名港火力発電所
名古屋市港区一州町
新名古屋火力発電所
名古屋市港区潮見町34番地
西名古屋火力発電所
愛知県海部郡飛島村東浜3丁目5
知多火力発電所
愛知県知多市北浜町23
知多第二火力発電所
愛知県知多市北浜町1011
新日鐵
鉄鋼の製造等
名古屋製鐵所
愛知県東海市東海町513
東レ
合成繊維・プラスチック原料等の製造等
名古屋事業所
名古屋市港区大江町9番地の1
東海工場
愛知県東海市新宝町31番地
愛知製鋼
鉄鋼等の製造・加工等
知多工場
東海市荒尾町ワノ割1番地
大同特殊鋼
特殊鋼・超合金・普通鋼等の製造・加工等
築地工場
名古屋市港区竜宮町10
星崎工場
名古屋市南区大同町2-30
知多工場
愛知県東海市元浜町39番地
三井化学
合成樹脂工業薬品等の製造・加工等
名古屋工場
名古屋市南区丹後通2丁目1番地
東邦瓦斯
ガス事業等
港明工場
名古屋市港区港明2-3-23
空見製造所
名古屋市港区空見町1-6
知多工場
愛知県知多市北浜町23
東亞瓦斯
工業薬品・合成樹脂の製造等
名古屋工場
名古屋市港区昭和町17-23
ニチハ
繊維板の製造等
名古屋工場
名古屋市港区汐止町12番地
中部鋼板
鋳片・鋼板の製造・加工等
名古屋製造所
名古屋市中川区小碓通5丁目1番地
請求金額目録<省略>
患者別損害額計算表<省略>
図表<省略>