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名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)1647号 判決 2001年2月28日

愛知県<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

松川正紀

今村憲治

進藤裕史

東京都港区<以下省略>

被告

エー・シー・イー・インターナショナル株式会社

同代表者代表取締役

Y2

東京都世田谷区<以下省略>

被告

Y1

東京都大田区<以下省略>

被告

Y2

愛知県春日井市<以下省略>

被告

Y3

名古屋市<以下省略>

被告

Y4

名古屋市<以下省略>

被告

Y5

同6名訴訟代理人弁護士

弘中惇一郎

加城千波

主文

1  被告らは,原告に対し,連帯して金391万8151円及びこれに対する平成10年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,連帯して金646万3585円及びこれに対する平成10年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,平成9年7月28日から平成10年3月25日までの間,被告エー・シー・イー・インターナショナル株式会社(以下「被告会社」という。)を受託業者として行った海外商品先物オプション取引に関し,同取引自体が公序良俗に反する違法なものであり,原告に対する勧誘(販売)行為自体が不法行為であるとして,また,被告会社の従業員である被告Y5,被告Y3らの原告に対する勧誘等の個々の行為が,無差別の電話勧誘(適合性の原則違反),説明義務違反,断定的判断の提供,一任売買等商品先物取引に関する各種法令の趣旨に反するもので,具体的な勧誘行為及び取引行為が不法行為を構成するとして,被告らに対し,原告に損害を発生させたと主張して,民法709条に基づき,また被告会社につき民法715条,被告Y1,被告Y2,及び被告Y4につき同条2項に基づき,取引差損金及び弁護士費用として金646万3585円の損害賠償を求めた事案である。

一  前提事実

1  原告(昭和35年○月○日生)は,専業主婦であり,平成9年12月ころから青汁の販売の内職をするようになった。平成8年12月に母が死亡し,相続した財産を,義父に勧められた4銘柄の株式を1000万円程度購入したが,それ以外には証券投資及び商品先物取引等の経験は全くなかった(甲8,原告)。

被告会社は,もっぱら一般投資家から,海外商品先物オプション取引の委託を受け,売買取引を行っている株式会社である。(争いがない)。

被告Y1は平成9年9月30日まで被告会社の代表取締役であり,その後は取締役会長となった。被告Y2は,平成9年9月30日まで被告会社の取締役副社長であり,同日以降は代表取締役となった。被告Y4は被告会社名古屋支店の取締役支配人(支店長)である。被告Y3は被告会社名古屋支店の課長であり,被告Y5は被告名古屋支店の主任である(争いがない)。

2  本件の海外商品先物オプション取引(以下「オプション取引」という。)は,米国の公設取引所に上場されている商品オプション銘柄を,取引所が設定し委託者が選択する限月の有効期限と先物市場価格を条件とし,当該商品の売付又は買付を行使するための選択権付取引をいい,オプション取引の市場におけるプレミアム(オプション価格)は,先物相場であるストライクプライス(先物約定行使価格,オプション有効期限以前においてコールオプションの所有者が公開先物市場での買約定を,又,プットオプションの所有者にあっては売約定を行使することのできる市場価格をいう)の上下に従って上下し,買い付けたオプションは期限内であればいつでも清算でき,ハイリターンが期待できる。最大の損失はプレミアムと手数料だけである点でローリスクであるが,権利行使(エクササイズ)した場合,買い付けたオプションのストライクプライスが先物取引のポジション(買値又は売値)になるため,多大な損(ハイリスク)が発生することがある。オプションの有効期限切れによって権利放棄となりすべてのプレミアムは消滅する。したがって,ハイリスク・ハイリターンな極めて投機性の強い商品取引としての特質を有する(乙2,3,15,16,26,弁論の全趣旨)。

3  本件オプション取引

原告は,被告会社との間で,平成9年7月28日から平成10年3月25日までの間に,別紙売買取引一覧表記載のとおり,本件オプション取引をし,手数料を含め,合計589万0167円の損失勘定となった。この間,原告は被告会社に対し,合計592万7998円を交付し,6万4413円の返却を受けたので,586万3585円の損失を被った(争いがない)。

二  争点

1  本件オプション取引の勧誘(販売行為)自体が違法であるか。

a 原告の主張

以下のとおり,海外商品先物オプション取引の性質に鑑みれば,本件オプション取引は民法90条の公序良俗に違反する違法なものであり,本件オプション取引を原告に勧誘したこと自体が違法である。

我が国では,オプション取引がいかなるものであるか,一般投資家にはほとんど周知されていない。まして,海外商品先物オプション取引に至っては,規制法すらなく,一般投資家のみならず,機関投資家,業者にとってさえも全くなじみのない取引である。また,海外商品先物オプション取引に関する情報はもちろん,基本的な商品の種別すら,新聞等の我が国の一般の公刊物には全く掲載されておらず,受託業者から知らされる情報以外に一般投資家が知る手段はない。

また,海外商品先物オプション取引は,プレミアム差益の取得を目的とするものであるが,同オプションプレミアムの決定要因は極めて複雑であり,一般投資家にはその変動を予測することは不可能である。

さらに,同オプションには数か月後の権利行使期日が定められており,同期日を過ぎると権利行使も転売もできず,同オプションは無価値となってしまう(同期日までに権利行使価格が見込みどおりに上下しないためにやむなく権利放棄した場合も同様である。)。

しかも,我が国においては,海外商品先物オプション取引の規制法等がないため,委託手数料が被告会社等受託業者によって,恣意的かつ高額に決められている。被告会社においては,1枚7万円ないし10万円の買付手数料額であり,プレミアム価格自体の50%から95%の高額であり,国内の商品先物取引のオプションの手数料額(2000円か3000円)や,本件オプション取引における海外の取引所の手数料額(フィ,1枚当たり17ドル,約2040円)と比較すれば,非常に高額であり,暴利的な手数料額といえる。

また,被告会社は,本件オプション取引を海外の業者に注文しているとしているが,その業者がどのように取引所に注文しているのかを知らないとしており,原告の取引の全てが取引所で執行されたか否かは不明である。仮に,被告会社がプレミアム代金や手数料の受送金がなければ,のみ行為に該当する。

b 被告の主張

原告の主張を争う。

オプション取引は,各商品のプレミアム(代金)の動向を市況から判断し,期間(限月)とストライクプライス(権利行使価格)を設定して行う。期間内にプレミアムが変動し,ストライクプライスに到達すれば,その分利益が得られるが,到達しなければ支払ったプレミアム分は損をする。

このように,オプション取引は,株式取引経験者等ならばその仕組みを容易にわかるはずのものであり,先物取引等と比べて初心者向きで,追徴金等を取られることがないからリスクも少ない。近時,各国で急激に広まっている取引形態であり,個人の参加も少なくない。

たとえば豊田商事の行ったような取引やねずみ講のような詐欺的商法というものが不法行為にあたり許されないのは,システムそのものが合理的・公正なものになっていないからである。これに対し,商品先物取引は,長い歴史を有し,世界各国で行われ,監督官庁が存在し,運用方法も法律で詳細に決められているものである。オプション取引もこの歴史の上に成り立っているものである。取引のシステムが合理的であり,かつ,公正であることは疑う余地がない。また,被告会社において,いわゆるのみ行為的なことを行っていないことも明白である。

被告は,顧客に対し,オプション取引のやり方を説明するとともに,各商品のプレミアムの動向について株式市場新聞や海外の情報(生産高,アクシデント等)を話しながらアドバイスを行う。客は,このアドバイスを受けて取引商品を決める場合が多いが,その際,単価を示してこれを何枚購入するかといった取引のボリュームは,客の予算の範囲で客自身が決めている。

被告会社の主たる収入は手数料であるが,必要な管理費等を総合考慮して,適正利潤の得られる範囲で手数料額を決めている。すなわち,海外取引を専門にする被告会社のような会社は,24時間業務を継続しなければならないため,国内商品先物取引を業とする会社に比べて,はるかに高額の管理費がかかる。また,本件取引においては,委託者の注文を海外の提携先クリアリング会社に再委託するための費用も必要であるし,国内先物取引に比べて総体としての取引参加者が少ないために,委託者1人当たりのコストがかなり高くならざるをえない。

本件オプション取引においては,商品先物取引に移行する可能性を常に持っているため,被告会社は,農林水産省,通産省などから業務全般にわたり,指導や注意を受ける立場にあるが,この手数料の問題について,これを高すぎるから是正すべき等といわれたことはない。また,オプション取引は国際的に認められ,広く行われている取引であり,被告会社のみが,相場からかけ離れた手数料を決められるものではない。

したがって,本件取引の手数料だけが過度に高額であり,被告が暴利をむさぼっているなどということは全くない。

2  本件における被告の勧誘行為及び取引行為が違法であるか。

a 原告の主張

我が国においては,海外商品先物オプション取引の規制法等が存在していない。しかし,国内商品先物取引,国内商品先物オプション取引以上に我が国での周知性がないことや情報入手方法に欠けることからすると,国内商品先物取引,国内商品先物オプション取引を規制する商品取引所法等の法令による規制の趣旨は,当然に海外商品先物オプション取引にもあてはまると解すべきである。

ア 不適格者に対する執拗な勧誘行為(受託業務に関する規則5条等違反)

海外商品先物オプション取引は,仕組みが極めて複雑かつ難解で,相場の変動の予測が著しく困難であり,かつ,極めて危険性の大きい取引である。したがって,海外商品先物オプション取引は,本来これに関する専門的な知識と能力を有する者によってのみなされるべきものであり,しかも投資金額全額の損失を被っても,社会生活や日常生活に支障を来すことのないような余裕資金のある者によってのみなされるべきである。業者は,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適切と認められる勧誘を行ってはならない(いわゆる「適合性の原則」である。)。

しかるに,被告会社従業員のA,被告Y5らは,家庭の主婦である原告に対し,無差別的な電話勧誘を執拗に行ったものであり,訪問販売法9条の5の趣旨に反し,このような勧誘は,前記適合性の原則に明らかに反する。

イ 重要事項の説明義務違反

海外商品先物オプション取引は,仕組みが複雑で投機性の極めて高い取引であり,かつ,一般的には馴染みのないものであるから,勧誘に際しては,十分な危険性の告知並びに取引の仕組みの説明をしなければならない。

しかし,被告会社名古屋支店従業員Aは,原告に対し,「砂糖が急騰しているので,30倍ぐらい儲かるから,オプション取引で買ってください。」と勧誘しただけで,海外商品先物オプション取引の説明をしなかった。

被告Y5も,原告に本件オプション取引の勧誘をした際,現物の砂糖を買わずに,その砂糖の値段で何枚か買って,あがったら売って利益があがること,先物とは異なり,追証が要らず,リスクがゼロであること,小金額で大きく増やせる旨説明はしたが,それ以上に,海外商品先物オプション取引の仕組みや危険性等の説明はしなかった。新規口座開設アンケートも,原告は被告Y5に言われるまま,3分程度で,○をつけたにすぎない。被告Y5自身も海外商品先物オプション取引の仕組みを理解しておらず,説明することができなかった。

また,被告Y3も原告に原油のオプション取引を勧誘し,その際,新規口座アンケートを原告に記入させているが,きちんと説明しないで書かせたため,原告は同アンケートを記載した記憶すらない。

以上のような状況では,原告が海外商品先物オプション取引の仕組みやその危険性を理解するにはあまりにも不十分であり説明義務違反と言わざるを得ない。

ウ 断定的判断の提供(商品取引所法94条等違反)

海外商品先物オプション取引は相場取引であるから,相場の予測につき断定的なものは本来あり得ず,断定的な判断の提供をもって取引を勧誘することは投機的本質を誤解させるものであって,違法な行為であることは明白である。

しかし,被告Y5は,原告に対し,「砂糖は急騰しているので,10倍ぐらいは確実に儲かる。」「株は調子が悪いので,売ってもっと儲かる商品に換えた方がいい。」「今の時期は,一切元本が割れるようなことはない。」と,断定的判断を提供して勧誘した。

被告Y3は,平成9年8月上旬ころから,原告に対し「大きく儲けるには,今絶頂のタイミングである原油を買ってください。」「10倍から20倍は儲かる。」と,断定的判断を提供して原油の取引を勧誘した。

その後,被告Y3は,同年9月8日,原告に対し「コーヒーが干ばつで減産になっているので,絶対に儲かる。1億円,少なくとも1000万円になる。」と,断定的判断を提供してコーヒーの取引を勧誘した。

また,被告Y3は,同年10月14日,「オイルが放っておくと状況が悪くなるので,コーヒーに乗り換えて下さい。損はさせない。コーヒーで挽回する。」と,断定的判断を提供して勧誘をし,転売代金をもってコーヒーのオプション取引をさせ,被告会社の手数料を増加させた。

海外商品先物取引は,相場取引であり,断定的判断を提供しての勧誘は違法なものである。国内の商品先物取引についても,断定的判断を提供しての勧誘は禁止されており(商品先物取引法第136条の18),海外商品先物オプション取引でも許されない行為であることは明らかである。

エ 一任売買(商品取引所法94条等違反)

被告らは,原告が購入するオプションの値段についても,被告会社の方で決め,「100万円位の予算で,1番いい買い方をする。」とか,「処分についても被告会社で決める。」と言って,まさに,「委せてもらえれば」との趣旨で,被告会社の方で原告の出捐した金員に合わせた取引を行った。

被告らは,ウイクリーレポートとかプレミアムの単価表を送っていたから,相場状況や内容や値動き等について原告が知っていたかのような供述をしているが,原告は,オプション取引をしていることを夫に内緒にしており,書類が郵送されることを断っていたのであって,そのような書類が送られてきたことはなく,原告が購入したオプションがどのようになっていたかについて,被告会社から情報が与えられなかった。

b 被告の主張

ア 原告の適格者性について

原告が投資経験が豊富とはいえない主婦であることは認める。

しかし,経歴や資産という本人の特性で,契約が違法になったり,合法になったりすることがないのは,オプション取引でも同様である。投機的取引についても,よく仕組みがわからないが,試しに少ししてみようと,少額の取引をしても違法になるはずがない。

ところで,原告は,本件オプション取引を始める当時,母親から相続した財産が相当程度あったもので,一部を義父のコントロール下に株式投資をしたものの,さらに自らの資産を自由に扱いたいとの意欲があったとみられる。そのような状況下で,被告Y5が,原告に対し,オプション取引が相場取引であることを説明して分からせ,そのリスクや取引の仕組みについての基本的な理解をしたことを確認し,自分の資産運用につき判断力がある人だと判断したら,本件オプション取引をしてはならないとは言えない。それが違法だとしたら,立法によって正される筋合いのものである。

イ 重要事項の説明について

被告Y5や被告Y3は,原告に対し,本件オプション取引の仕組みやリスクにつき,十分に説明した。

そして,少なくとも,原告は,投資した金額がゼロになるリスク,購入したオプションには期限があり,経過するとゼロになるリスクは認識していたものである。もとより,原告が,オプション取引につき,被告会社従業員と同レベルの完全な理解に達したとか,細かい仕組みのすべてを理解したことはないであろう。しかし,自分が一定の金銭を投資することを決断できる程度には,本件オプション取引の仕組みやリスクを理解していたことは当然であり,それで十分なはずである。

具体的には,原告に対し,被告作成のパンフレット「オプション取引のABC」(同パンフレットには,本件取引のリスクについて明記してある。)を使用して説明し,契約書等で重要事項を確認し,新規口座開設アンケートの形で,1項目ずつ理解しているか否かを確認していく。被告会社では,アンケートの全項目を理解できることを取引開始の条件としている。さらに,被告会社では,取引開始後に,顧客の理解度を確認するため,新規口座アンケートを作成してもらっている。仮に言われるままに書いたとすれば,後日そのことが気になって,撤回を求めるなどの行動が必至であるが,本件でそのようなことは全くなかった。

原告は,本件オプション取引につき,そのリスクも,取引の仕組みも理解していたのであり,被告会社に説明義務違反はない。

仮に,原告が「絶対に損はさせない。」との言を信じていたとすれば,本件オプション取引で,原油につき損失が発生した時点で,直ちにクレームがあり,トラブルが必至であるが,本件でそのようなことはなかった。

ウ 断定的判断の提供について

本件各取引において,被告らが断定的判断をしたことはない。

そもそも,相場に投資する以上「絶対」ということはありえないものであるが,仮に被告らにおいて「絶対」という発言をし,原告がその点だけを信用したというのであれば,交付している資料からも,初期の取引の結果からも,被告らの言ったことが事実でないことはすぐに判明したはずである。

被告らが述べたのは,「①このような情報,材料,資料があるので,②価格が上昇する可能性が高い。③仮にこの期間にこの程度上昇すれば,④これだけの期間にこれだけの利益が出る。」ということであり,そのためにグラフなどを用いたものである(甲5等)。その時々の材料によっては,②についてある程度強調したことはあったかもしれないし,原告の内心において「儲かる可能性が高い」との強い期待を持った可能性もあるが,それは営業上のトークの範囲を越えるものではない。虚偽の情報を与えたのでない限り,被告らの行為を違法とすることはできない。

取引継続中,被告会社からは,定期的にウィークリーレポート,海外市況速報,プレミアム表などを交付し,加えて,電話で頻繁に市況や価格の動きを報告し,確認していた。原告としては,これらによって価格の動向を認識しえたのであり,被告らとしては,原告に対し客観的資料を交付している以上,これに反する市況報告をしても,ただちに虚偽だと指摘される可能性が高く,そのようなことはできるはずもない。

エ 一任売買について

本件オプション取引が一任売買である旨の主張は強く争う。

原告本人尋問の結果によっても,コーヒーの売却時期につき「『150万ぐらいになったからどうですか。』って言われたときに,すぐに原油を160万円で買っといて,100万がコーヒー,確か・・100万か50万上がったようにみえるけど。」「原油のもとの値段を思えば,まだ10万損やでって,怒った。」との部分だけからも,原告がすべての取引について,その経過報告を受けていたこと,売却時期のアドバイスを受けつつ原告の判断でそれを否定したことなどが明らかである。

本件が一任売買であったことなどあり得ない。

3  損害額

a 原告の主張

ア 財産的損害

原告は,本件オプション取引を通じて,被告会社に対して,合計592万7998円を交付したが,被告会社から6万4413円の返戻を受けたのみで,差引金586万3585円の損害を被った。

イ 弁護士費用

本件損害を被ったことにより,原告は原告訴訟代理人に委任して本件訴訟を提起せざるを得なかった。本件訴訟の提起により原告が原告訴訟代理人に支払うべき弁護士費用は,日弁連報酬基準規定によれば金60万円は下らない。

b 被告の主張

争う。

第3争点に対する判断

一  争点1について

本件オプション取引(海外商品先物オプション取引)は,前提事実欄2項記載のとおりであるところ,原告は,その性質に鑑みれば,本件オプション取引を勧誘して取引を受託すること自体が違法である旨主張する。

たしかに,海外商品先物オプション取引は,我が国では取引量も少なく,なじみのない取引であり,海外商品先物オプション取引に関する情報は極めて少ない。また,海外商品先物オプション取引は,プレミアム差益の取得を目的とするものであるところ,同オプションプレミアムの決定要因は極めて複雑であり,一般投資家にはその変動を予測することは極めて困難である。そして,前提事実欄2項記載のとおり,ハイリスク・ハイリターンな極めて投機性の強い商品取引である。

しかしながら,後記のとおり,適合性の原則に従い,説明義務を履行するのであれば,海外商品先物オプション取引を勧誘すること(販売行為)自体が違法であるとまでいうことはできないと解する。

また,手数料額が高額であるが,被告主張の事情も窺われ,プレミアム単価,手数料額についての的確な説明は必要であるとしても,必ずしも暴利行為であるとまでいうことはできない。そして,証拠(乙21の1ないし6,23及び24,25の1・2,証人B)によれば,被告会社の提携している海外の業者がどのように取引所に注文しているのかは必ずしもあきらかではないが,被告会社がプレミアム代金や手数料を海外の業者に受送する業務をしていることを認めることができ,のみ行為であるとの原告の主張は採用できない。

二  争点2について

一般に商品先物取引等の取引は,相場の変動によるリスクを内包しているものであるから,投資家自身が自ら情報を収集し,自らの責任において判断するのが原則であり(自己責任の原則),これはオプション取引においても異なるところはない。

しかしながら,自己責任の原則は,その前提として投資家が自らの責任において判断する能力を有することが前提となる。したがって,海外商品先物取引業者は,投資家の意向,財産状態,及び投資経験等に適合した投資勧誘を行うことが要求される(適合性の原則)。

オプション取引は,前記のとおり,株式の現物取引等に比して複雑な商品構造を有し,価格が為替相場の影響を受ける取引であり,わが国の商品先物市場における歴史もまだ浅いものであるから,海外商品先物取引業者としては,特にオプション取引が投資家の意向,財産状態,及び投資経験等に適合しない場合には,その勧誘を差し控えるべき義務を有しているというべきであって,同義務に違反する勧誘は違法であると解するのが相当である。

また前記のように,オプション取引は,現物の株式取引等とは異なり,ハイリスク・ハイリターンの特質を有する投機性の強い取引であるうえ,その取引の歴史も比較的浅く,一般投資家でさえ十分にオプション取引の特性について知識を有しているとは必ずしもいえない。したがって,海外商品先物取引業者は,投資家に対しオプション取引を勧誘するに当たっては,オプションという商品の構造やその危険性,オプション単価と手数料額等について,投資家が的確に理解することができるように十分な説明を行い,投資家がオプション取引の仕組みやその危険性,オプション単価と手数料額等に関する的確な理解を形成したうえで,その自主的な判断に基づいてオプション取引をするか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務(以下「説明義務」という)を負っていると解するのが相当である。

三  証拠(甲1の1ないし3,2の1ないし6,3の1ないし7,4の1ないし5,5の1ないし3,8,9の1ないし5,乙3ないし5,6の1ないし5,7ないし10,15,原告,被告Y5,被告Y3,被告Y4)及び前提事実によれば,次の事実が認められる。

1  原告(昭和35年○月○日生)は,専業主婦であり,平成9年12月ころから青汁の販売の内職をするようになった。平成8年12月に母が死亡し,相続した財産を,義父に勧められた4銘柄の株式を1000万円程度購入したが,それ以外には証券投資及び商品先物取引等の経験は全くなかった。

2  平成9年6月ころ,被告会社名古屋支店のAは,原告宅に電話をかけ,原告に対し「いい話があるんで聞いてもらえないか。」「砂糖を買うと30倍ぐらい儲かるよ。」「とにかく話を聞いてほしいので,1度会ってくれ。」等と海外商品先物オプション取引の勧誘をした。原告は断ったが,その後も数回にわたり,Aから勧誘の電話があり,また,原告宅の玄関先に,パンフレットや説明用のビデオテープ等を置いていった。

原告は会って断ろうと思い,同月下旬ころ,Aに自宅へ来てもらった。Aは「今,砂糖が急騰してくるんで,30倍ぐらい儲かるんで買ってください。」とオプション取引の勧誘をしたが,原告は「買うつもりはない。」と断った。

3  同年7月初めころ,被告会社名古屋支店の被告Y5が原告宅に電話をかけ,原告に対し,「Aから聞いてみえると思いますが,私が替わりました。」「一度会ってほしい。」と勧誘をした。原告は断ったが,その後も数日にわたり,「取引の内容を聞いてください。」「とにかく会ってください」と被告Y5から電話があり,原告も会うことを了解した。

同月上旬,被告Y5が原告宅を訪れ,原告に対し「砂糖が今急騰していくので,確実に儲かる。」「10倍ぐらい儲かる。」と海外先物オプション取引を勧め,オプション取引については「現物の砂糖を買わなくて,その砂糖の値段で何枚か買って,それが上がったら,それを売って利益が上がる」「先物とは違う。追証が要らないので,借金ができない。」と説明をしたが,原告はあまり理解ができなかった。原告は被告Y5の勧誘を断ったが,雑談をする中で,母の相続により得た財産で株を買っているとの話をした。被告Y5は「無駄遣いをしないで,まず増やしてから物を買った方がいい。」「株を売って,砂糖(オプション)を買ってください。」と言っていた。

4  その後も被告Y5は,数回にわたり,原告宅を訪れ,オプション取引の勧誘をした。原告は断っていたが,同年代で同性でもあり,子供や夫の話などの世間話をしたり,化粧品やアクセサリーなどをプレゼントしあった。また,被告Y5は,原告が保有していたセガの株につき,時期的に売った方がいいとのアドバイスをした。

5  同月25日,被告Y5が原告宅を訪れ,オプション取引の勧誘をした。原告は同被告とかなり親しくなったと感じており,同被告が「損をさせるような話はしない。」と言って勧めるので,原告は本件オプション取引をすることを承諾した。

被告Y5は,商品オプション取引契約書(乙3),新規口座開設アンケート(乙4)等により本件オプション取引の説明をしたが,「損する心配はない。」と言った。原告は,オプション取引の内容についてはほとんど理解できなかったが,商品オプション取引契約書に署名押印をし,また,被告Y5に言われるまま,新規口座開設アンケートに○をつけて,署名押印した。

(上記認定に反する被告Y5本人尋問の結果部分は,原告本人尋問の結果に照らし,採用できない。)

6  そして,原告は,被告Y5の勧誘により,砂糖のオプション取引を行うこととなり,同月28日,砂糖について5枚のコールオプションの買い注文をした(別紙売買取引一覧表の取引番号1の取引,以下「本件取引1」という。他も同様。)。本件取引1の買付に必要となる金額は合計金93万5547円であったが,原告は同金額を同月29日に被告Y5に預託交付した。

被告Y5は,原告に対し,「一番いい状態のときに,こちらで判断して売ります。」との趣旨のことを言った。

7  同年8月上旬ころ,被告会社名古屋支店の課長である被告Y3が原告宅を訪れ,原告に対し,「砂糖が確実に堅く儲かるんですが,オイルだったらもっと短期間にすごく儲かる。」と言って,原油のオプション取引を勧誘した。原告は「砂糖を買ったばかりで,結果も出ていないのに,買えない。」と断った。

被告Y3は,その後も何回も電話や訪問により,原告に対し「今,タイミング良く上がっていくときに買った方がいい。」「10倍は儲かる。」等と勧誘した。原告は断っていたが,被告Y3に何度も勧誘され,それを信じて,同月19日,原告について10枚のコールオプションの買い注文をした(本件取引2)。

なお,同日,原告は,オプション取引の内容につきあまり理解できていなかったが,被告Y3に言われるまま,新規口座アンケート(乙5)に○をつけるなどし,署名押印した。

(上記認定に反する被告Y3本人尋問の結果部分は,原告本人尋問の結果に照らし,採用できない。)

8  同年9月8日,被告Y3が原告宅を訪問し,原告に対し,コーヒーのオプション取引を勧め,グラフ等を示しながら「今度コーヒーがブラジルの干ばつで急騰するから,買ってください。」「大きく儲かる。」と何度も勧誘した。原告は,それを信じて,コーヒーについて同日10枚のコールオプションの買い注文をした(本件取引3)。

9  同年10月14日,被告Y3が原告に電話をして,「原油がちょっと調子が悪くなったから,損はさせないんで,僕に任せてください。」「挽回するためにコーヒーを買わせていただきます。」と言うので,原告は,言われるままに転売して仕切ることにし,本件取引2が仕切られ,コーヒーについて同日5枚のコールオプションの買い注文をした(本件取引4)。

10  同年12月8日,被告Y3が原告に電話をして,「コーヒーが調子良く急騰する。」「会社の方の都合で何とか助けてください。」「1枚だけでも結構です。」と言うので,原告はそれを信じて,同日1枚のコーヒーのコールオプションの買い注文をした(本件取引5)。

11  同年12月下旬ころから平成10年初めにかけて,原告は,本件オプション取引中止の意向をもつようになり,被告Y3にそう伝えたが,被告Y3は「これから上がるとこなんで,今売るのはもったいない。」「急騰するから,もう少し待ってくれ。」等と言うので,それを信じ,そのままにしていた。

同年2月ころ,原告は被告Y3に電話をかけ,「今売ると,どうなるか。」と尋ねたところ,被告Y3は「7万円くらいしか残らない。急に状況が悪くなった。申し訳ない。」と言ったので,原告は驚愕した。

同年3月11日に,被告Y3及び被告Y4(被告会社名古屋支店長)が原告宅を訪れ,原告に「大きく儲けてもらうつもりでしたが,アジア通貨の下落でおかしくなった。」「私が必ず挽回します。」と言って,新なるオプション取引を勧誘した。原告は,これを断り,同月23日ころ,弁護士に相談して,本件取引を終了した。

四  前項認定の事実によれば,原告は,義父の勧めにより株式を購入した他は,オプション取引はもちろん株式取引等の証券取引や商品先物取引の知識,経験がない主婦であったと認められ,本件オプション取引が極めて投機性の強い商品取引であることからすれば,適合性の原則に違反しているものというべきである。

また,被告Y5及び被告Y3らは,原告に対し,本件オプション取引の仕組みにつき,利益のみでなく損失もありうることの一般的な説明はしたとみられるが,他方,儲かる話であることを重点的に説明し,また,海外先物についてのオプション取引であるから,プレミアム価格に比すと手数料額が高額になることについての説明はなかったとみられ,オプション取引はもちろん,主体的な株式取引等の証券取引や商品先物取引の知識,経験がない主婦であった原告において,オプション取引の仕組みやその危険性等に関する的確な理解を形成し得るような説明はなかったといわなければならない。そして,そのために,原告は,オプション取引の仕組みやその危険性等を理解せずに,本件オプション取引をしたものと認められるから,被告Y5及び被告Y3らによる本件オプション取引の勧誘は,説明義務に違反するものである。

五  争点3について

したがって,その余の違法事由について判断するまでもなく,被告Y5及び被告Y3らの原告に対する本件オプション取引の勧誘には,適合性の原則違反及び説明義務違反の違法性が認められるから,同被告らは本件オプション取引により原告の被った損失につき,民法719,709条により損害賠償責任を負う。また,被告会社は民法715条1項の,被告Y1,被告Y2,及び被告Y4は民法715条2項の責任を負う。

ところで,原告は,オプション取引につき十分に理解していたとは認められないが,損失を被ることもあり得ることは理解していたとみられること,本件オプション取引を開始するにあたり,オプション取引の内容の記載のある商品オプション取引契約書(乙3),新規口座開設アンケート(乙4),新規口座アンケート(乙5)等の書類を作成していること等の落ち度があったと認められ,前記自己責任の原則からすれば,過失相殺の対象とするのが相当である。

そして,主体的ではないとしても株式取引をしていたこと等本件記録に表れた一切の事情に鑑みると,その過失割合は,被告6割,原告4割と解する。

したがって,財産的損害として,原告が被った損失の586万3585円の6割である351万8151円の損害を認める。

弁護士費用として,40万円を本件と相当因果関係のある損害額と認める。

六  結論

よって,金391万8151円及びこれに対する不法行為後である平成10年3月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,原告の請求は理由がある。

(裁判官 藤田敏)

<以下省略>

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