名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)1828号 判決 2001年2月21日
名古屋市<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
小関敏光
同
太田寛
同
朴憲洙
同
中根紀裕
同
松田太源
同
海道宏実
同
伊藤勤也
同
加藤美代
同
兼松洋子
同
阪本貞一
同
長谷川一裕
同
松本篤周
同
村上満宏
東京都港区<以下省略>
被告
エー・シー・イー・インターナショナル株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
弘中惇一郎
同
加城千波
主文
1 被告は,原告に対し,金1993万7386円及びこれに対する平成9年6月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,金3091万0552円及びこれに対する平成9年6月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,平成8年10月4日から平成9年6月18日までの間,被告を受託業者として行った海外商品先物オプション取引に関し,被告の従業員であるB,C,Dらの原告に対する勧誘等の個々の行為が,適合性の原則違反,説明義務違反,断定的判断の提供,新規委託者に対する無配慮等,商品先物取引に関する各種法令の趣旨に反するもので,取引勧誘から取引終了に至るまでの一連の行為が不法行為を構成するとして,被告に対し,会社ぐるみでこのような不法行為を行い,原告に損害を発生させたと主張して,民法709条に基づき,また被告従業員が被告の事業たる海外商品先物オプション取引の勧誘及び取引に関し,上記不法行為を行い,原告に損害を発生させたと主張して,民法715条に基づき,取引差損金,慰謝料及び弁護士費用等の損害として3091万0552円の賠償を求めた事案である。
一 前提事実
1 原告(昭和15年○月○○日生)は,主婦であり,また平成4年ころまで看護婦として稼働していたが,平成6年12月10日に夫が死亡した後は長女と暮らしていた。長女は平成10年に結婚し,以後原告は1人暮らしであり,老人保健施設で婦長として勤務している。原告は,20年以上前に,近所の主婦に誘われ,約30万円程度大和証券で投資信託をしたことがあったが,それ以外には証券投資及び商品先物取引等の経験は全くなかった(甲8,原告)。
被告は,もっぱら一般投資家から,海外商品先物オプション取引の委託を受け,売買取引を行っている株式会社である。(争いがない)。
2 本件の海外商品先物オプション取引(以下「オプション取引」という。)は,米国の公設取引所に上場されている商品オプション銘柄を,取引所が設定し委託者が選択する限月の有効期限と先物市場価格を条件とし,当該商品の売付又は買付を行使するための選択権付取引をいい,オプション取引の市場におけるプレミアム(オプション価格)は,先物相場であるストライクプライス(先物約定行使価格,オプション有効期限以前においてコールオプションの所有者が公開先物市場での買約定を,又,プットオプションの所有者にあっては売約定を行使することのできる市場価格をいう)の上下に従って上下し,買い付けたオプションは期限内であればいつでも清算でき,ハイリターンが期待できる。最大の損失はプレミアムと手数料だけである点でローリスクであるが,権利行使(エクササイズ)した場合,買い付けたオプションのストライクプライスが先物取引のポジション(買値又は売値)になるため,多大な損(ハイリスク)が発生することがある。オプションの有効期限切れによって権利放棄となりすべてのプレミアムは消滅する。したがって,ハイリスク・ハイリターンな極めて投機性の強い商品取引としての特質を有する(甲1の1・2,乙8,9,弁論の全趣旨)。
3 本件オプション取引
原告は,被告との間で,平成8年10月4日から平成9年6月18日までの間に,別紙売買取引一覧表記載のとおり,本件オプション取引をし,手数料を含め,合計2583万1754円の損失を被った(争いがない)。
この間の原被告間の現金の出入りは別紙金銭出納表のとおりであり,被告は8万3767円の返還を怠っている(甲2,3)。
二 争点
1 本件オプション取引の勧誘(販売行為)自体が違法であるか。
a 原告の主張
以下のとおり,海外商品先物オプション取引の性質に鑑みれば,本件オプション取引を原告に勧誘したこと自体が違法である。
海外商品先物オプション取引は,我が国では取引量も少なく,一般投資家のみならず,機関投資家,業者にとってもなじみのない取引である。また,海外商品先物オプション取引に関する情報は,新聞等の我が国の一般の公刊物には全く掲載されておらず,受託業者から知らされる情報以外に一般投資家が知る手段はない。
また,海外商品先物オプション取引は,プレミアム差益の取得を目的とするものであるが,同オプションプレミアムの決定要因は極めて複雑であり,一般投資家にはその変動を予測することは不可能である。
さらに,同オプションには数か月後の権利行使期日が定められており,同期日を過ぎると権利行使も転売もできず,同オプションは無価値となってしまう(同期日までに権利行使価格が見込みどおりに上下しないためにやむなく権利放棄した場合も同様である。)。しかも,我が国においては,海外商品先物オプション取引の規制法等がないため,委託手数料が被告等受託業者によって,恣意的かつ高額に決められている。
したがって,我が国で一般投資家が海外商品先物オプション取引を行うことは,単に受託業者の指示のままに金銭を拠出することを意味するのであり,しかも,数回ないし数か月間の取引で多額の資金を簡単に失う危険を伴う行為といわざるを得ない。
とくに本件取引については,委託手数料が1枚あたり買付手数料7万円(プラス3%の消費税),転売手数料3000円(プラス3%の消費税)の合計7万5190円と高額であり,仮に売買差金がプラスになったとしても,これら委託手数料を差し引くと結局は損失が生じ,いわゆる腑抜けとなる危険性が極めて大きい。
実際,本件取引全体において,総買代金が2631万9084円であるのに対し,委託手数料の総額は1967万1970円と同総買代金の74%に達しており,同委託手数料による損失は,合計の損失2583万1754円の76%を占めている。
b 被告の主張
原告の主張を争う。
オプション取引は,各商品のプレミアム(代金)の動向を市況から判断し,期間(限月)とストライクプライス(権利行使価格)を設定して行う。期間内にプレミアムが変動し,ストライクプライスに到達すれば,その分利益が得られるが,到達しなければ支払ったプレミアム分は損をする。
このように,オプション取引は,株式取引経験者等ならばその仕組みを容易にわかるはずのものであり,先物取引等と比べて初心者向きで,追徴金等を取られることがないからリスクも少ない。
被告は,顧客に対し,オプション取引のやり方を説明するとともに,各商品のプレミアムの動向について株式市場新聞や海外の情報(生産高,アクシデント等)を話しながらアドバイスを行う。客は,このアドバイスを受けて取引商品を決める場合が多いが,その際,単価を示してこれを何枚購入するかといった取引のボリュームは,客の予算の範囲で客自身が決めている。
被告の主たる収入は手数料であるが,これと全必要経費とはほぼ等しい。すなわち,海外取引を専門にする被告のような会社は,24時間業務を継続しなければならないため,国内商品先物取引を業とする会社に比べて,はるかに高額の管理費がかかる。また,本件取引においては,委託者の注文を海外の提携先クリアリング会社に再委託するための費用も必要であるし,国内先物取引に比べて総体としての取引参加者が少ないために,委託者1人当たりのコストがかなり高くならざるをえない。
したがって,本件取引の手数料だけが過度に高額であり,被告が暴利をむさぼっているなどということは全くない。
2 本件における被告の勧誘行為が違法であるか。
a 原告の主張
我が国においては,海外商品先物オプション取引の規制法等が存在していない。しかし,国内商品先物取引,国内商品先物オプション取引以上に我が国での周知性がないことや情報入手方法に欠けることからすると,国内商品先物取引,国内商品先物オプション取引を規制する商品取引所法等の法令による規制の趣旨は,当然に海外商品先物オプション取引にもあてはまると解すべきである。また,海外商品先物オプション取引の問題性は海外商品先物取引の問題性よりも大きいことからすると,同じように海外先物取引を規制する「海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律」による規制の趣旨は,当然に海外商品先物オプション取引にもあてはまると解すべきである。
ア 不適格者に対する勧誘行為(受託業務に関する規則5条等違反)
業者は,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適切と認められる勧誘を行ってはならない(いわゆる「適合性の原則」である。)。投資(投機)取引の知識,経験のない者が,いきなり多額の取引をすることによって莫大な損失を招くことのないようにする趣旨である。
原告は,平成8年10月当時,夫に死別され,遺族年金のみで生活していた56歳の女性で,商品先物取引の経験など皆無であり,その財産についてみると,夫の退職金等約2400万円の蓄えはあったものの,これとて老後の生活費として保存しておかねばならない虎の子の蓄えであって,元金も保証されない投資(投機)取引に投下しうるような性格のものではなかった。
Bらは,このような原告に対し,顧客の知識,投資取引の経験や財産の状況も十分確認することもなく,初めて原告宅を訪問したその日のうちに約400万円の別紙売買取引一覧表取引番号1記載の取引(以下「本件取引1」という。他の取引も同様。)の注文をさせ,その4日後には約1000万円の本件取引2をさせている。そして,その三日後にも約500万円の本件取引3をさせている。すなわち,わずか1週間ほどの間に1900万円もの投資(投機)取引をさせたのであり,このような勧誘は,前記適合性の原則に明らかに反する。
イ 重要事項の説明義務違反
海外商品先物オプション取引は,仕組みが複雑で投機性の極めて高い取引であり,かつ,一般的には馴染みのないものであるから,勧誘に際しては,十分な危険性の告知並びに取引の仕組みの説明をしなければならない。
しかし,平成8年10月3日,被告名古屋支店従業員Dは原告宅に電話をかけ,海外商品先物オプション取引の説明及び勧誘をした際,海外商品先物オプション取引は非常に早くもうかる旨を強調し,海外商品先物オプション取引の仕組みや危険性等の説明はしなかった。
また,同月4日,D及び被告名古屋支店営業課長Bは原告宅を来訪し,パンフレット等を見せたがその内容を説明せず,「今は低金利時代だから,こちらの方が短期間で儲かる。ローリスク・ハイリターンです。」等と,あたかも短期間で確実に大きな利益が得られるかのようにオプション取引の勧誘を繰り返した。その反面,取引の危険性についてはほとんど触れなかったばかりか,むしろ「ローリスク」を強調し,危険性がきわめて小さいかの如く説明した。
同説明では,原告が海外商品先物オプション取引の仕組みやその危険性を理解するにはあまりにも不十分であり説明義務違反と言わざるを得ない。
とりわけ,本件取引においては,買付委託手数料が高額なものであるために,短期間で多額の損失が生じやすい以上,被告は同委託手数料についての詳細な説明をすべきであった。にもかかわらず,Bは,1枚あたりいくらと抽象的に説明するにとどまり,原告が本件取引を通じて具体的にどれだけ高額な手数料を支払っているのかについて認識できるだけの説明にはなっていなかった。
ウ 断定的判断の提供(海外先物取引法10条等違反)
海外商品先物オプション取引は相場取引であるから,相場の予測につき断定的なものは本来あり得ず,断定的な判断の提供をもって取引を勧誘することは投機的本質を誤解させるものであって,違法な行為であることは明白である。
しかし,同月4日,Bは,原告に対し「海外の先物で,余りなじみはないと思うんですけれども,是非もうかる話なので聞いてください。」等と言って海外商品先物オプション取引を勧誘し,砂糖についてグラフ等を見せて「ちょうど今ここにくるところ,ここと同じような時期だから,こういうふうにして今が買い時で,もうかりますよ。」等と言って本件取引1を勧誘した。また,同月8日には,大豆についてグラフ等を見せて「今中国が非常に大きな市場になっておりますので,これが今非常に値上がる注目のものですから是非お買いになってください。」等と言って本件取引2を勧誘し,同月11日には,銀についてグラフ等を見せて「銀は今が一番買い時。今後絶対上がります。」等と言って本件取引3を勧誘した。
このようにして,Bは,言葉巧みに断定的判断の提供をして原告の判断を誤らせ,本件取引直後のわずか1週間ほどの間に総額1900万円ものオプション取引をさせた。
ところで,同年11月12日,本件取引2が仕切られて,原告は860万円余の損失を負担させられた。すると,同月21日,被告名古屋支店長CがBとともに原告宅を来訪し,「大豆の件で損害を与え迷惑をかけた。今度は必ず取り返します。」等と言って銅についてオプション取引を勧誘した。さらに,同月27日,Bが「原油が必ず下がる。」「損をした分を必ず取り返します。」等と言って原油についてオプション取引を勧誘した。
以後も,Bらは,「今が買いのチャンスだ。」「必ず挽回する。」「損を取り返します。」等と言って原告に取引を継続させ,結局,本件オプション取引における買代金は,半年余りで総額2631万9084円にのぼった。
b 被告の主張
ア 原告の適格者性
経歴や資産,ないし生活状況という本人の特性で,契約が違法になったり,合法になったりすることはないはずであって,原告が遺族年金のみで生活している主婦だということと,本件取引をすることの適格性とは無関係である。
仮に海外商品先物オプション取引について原告のいう「適合性の原則」が妥当するとしても,原告は,a,b病院,c病院と大きな病院の看護婦を長年つとめ,その間14年も婦長職にあったほど社会経験の豊富な女性であり,かつ,大和証券で投信取引をしていたこともあり,オプション取引に関し相応の知識と理解を有していたから,本件取引をする適合性に欠けるところはない。
イ 重要事項についての十分な説明
平成8年10月3日,原告は,Dからの電話に対し「証券会社で株をやっていたが,損をしたのでやめた。現在低金利でいいものがないか探しているけれど,話は聞いてもいい。」と応じたので,翌4日にBらが原告宅を訪問することになった。
Bは,同日,本件取引の開始時点で,原告に対し,契約書やリスク開示告知書とともに,被告作成のパンフレット「オプション取引のABC」(右パンフレットには,本件取引のリスクについて明記してある。)を交付した。
また,取り扱い商品やプレミアムの変化に応じた損失分岐点の計算方法も十分に説明していることであり,さらに,取引のリスクや仕組みについてわかりやすく説明したビデオも交付し,同日,Bは原告と一緒に右ビデオを見ていた。
手数料についても,投資した金額を上回る利益を得るためには,手数料分を計算してこの価格まで上がる必要があることは,取引前に当然説明している。その際,手数料一覧表を交付の上,銘柄ごとの1枚の金額を消費税もあわせて説明した。
なお,原告は,同月8日,取引についての理解を裏付けるアンケート用紙の作成に応じている。右アンケートについて,仮に言われるままに書いたとすれば,後日そのことが気になって,撤回を求めるなどのクレームが必至であるが,本件でそのようなことは一切なかった。
ウ 適切なアドバイスの提供
Bらにおいて,「必ず儲かる」「必ず上がる」といった断定的判断の提供をしたことはない。そもそもオプション取引それ自体が必ず儲かるものではないことは当然であり,そのことは原告も理解していた。
Bのアドバイスは「このような情報,材料,資料があるので,価格が上昇する可能性が高い。」「仮にこの期間にこの程度上昇すれば,これだけの期間にこれだけの利益が出る。」というもので,そこで提供された情報や資料に照らして,原告自身が価格上昇が見込めると判断し,取引に至ったのである。また,仮に原告が「必ず儲かる」との期待ないし願望を抱いたとしても,Bが虚偽の情報を与えて押しつけたものではない以上,被告が責任を負うべき問題ではない。
3 本件における被告の取引行為が違法であるか。
a 原告の主張
ア 新規委託者保護管理規則違反
海外先物オプション取引は仕組みが複雑で投機性の極めて高い取引であり,特に新規の委託者は高度の投機性による損失を招くおそれが極めて大きいので,新規の委託者の取引に際しては,新規委託者の保護の観点から取引数量を一定以下に制限すべきことが要請される。
しかし,被告は,原告に対して,本件契約締結日の平成8年10月4日に買付に必要とされる金員397万5820円で本件取引1を,同月8日に買付に必要とされる金員993万3700円で本件取引2を,さらに同月11日には買付に必要とされる金員496万8000円で本件取引3をさせ,それだけでも原告から約1900万円もの資金を出させている。そして,最終的には,半年余りで総買代金2631万9084円にわたる取引をさせたのである。
イ 無敷・薄敷取引(商品取引所法97条・受託契約準則8条2項等違反)
商品取引員は,商品市場における売買取引の受託について,受託するに際し,委託者から担保として委託証拠金を徴しなければならず,委託証拠金を全く徴収せず(無敷),又は委託証拠金の一部だけを徴収した取引(簿敷)は禁止されている。これは,一面では商品取引員の利益ないし商品市場の健全性に配慮するとともに,他面において投機性の高い商品取引に薄敷の投資家が参加するのを防止し,また投資家に委託証拠金を支払わせることにより投資家の投資意思を明確にさせる等,投資家保護をも目的とする趣旨から規定されたものである(なお,本件商品オプション取引契約11条1項の規定も同趣旨のものといえる。)。
しかし,Bは,平成8年10月4日,本件取引1を勧誘した際,買付に必要とされる金員が397万5820円であったにもかかわず,当日原告から200万円のみを受け取ったに過ぎず(簿敷),残金は同月7日に預託された。そして,同月8日,Bは原告から本件取引2の委託を受けた際,買付に必要とされる金員993万3700円につき,1円も預からなかった(無敷)。同様に,同月11日,本件取引3が執行される時点では,買付に必要とされる金員496万8000円につき,1円も預託されなかった(無敷)。
このように,Bは契約当初から無敷・薄敷を繰り返し,取引を躊躇している原告から取引を先行させて資金を引き出させていた。
ウ 仕切拒否・回避(海外先物取引法10条等違反)
海外商品先物オプション取引も原告被告間の契約によってなされるものである以上,原告が被告に対して自由意思で解約の申し入れをなせば,それに応じて契約を終了させるべきであることは当然である。
原告は,平成8年11月ころより本件オプション取引を辞めたいと思うようになり,その旨Bに意思表明を繰り返してきたが,Bは「必ず取り返す。」「挽回する。」と言っては,以後約半年にわたり取引を続けさせ,この間の取引により,原告は1179万1248円の損失を負担させられた。
なお,平成9年5月29日,原告は,Bからの電話を受けて,「全部手を引こう。」と手仕舞いの意思を改めて明示したが,これを拒絶され,同年6月3日にあっては,Bが原告宅を訪問し「これまで多大な迷惑をかけてきた。今回のような極端な場合,手数料を1枚あたり7万円を2万円に下げて,少しの利益でもすぐ純利益が出るようにして挽回させていただきたい。」等と言って,執拗に取引継続を勧誘した。
また,同月13日,原告が被告に電話して,もう終了したいと思うということで弁護士にお願いした旨述べた後でも,Bが「残念ですね。」と答えた後,Cも「もう一度,何とかできないですかね。」「弁護士入りますと長いことかかりますし,どうでしょうかねえ。断りきれんですか,弁護士さんは。」等と弁護士を解任するよう仕向けた。
結局,本件取引が終了したのは,原告代理人弁護士から被告宛に内容証明郵便が到達した同月18日であった。
b 被告の主張
ア 原告自身の判断の尊重
原告がやっていた商品は多かったが,各取引におけるストライクポジションや限月は,Bにおいてリスクと利益を考慮してプランを示し,結果的に原告自身が納得して決定して,原告の予算の範囲内で枚数を決めて購入していた。
イ 買付代金の後払い
本件取引においては,買付代金は翌日の銀行振込であり,原告としては,担当者との話で買いを希望した後も,実際の投資前には考慮期間があったということである。
ウ 仕切拒否・回避の不存在
平成8年11月ころから,原告がBらに対し手仕舞いの意思を表明したことはない。
また,原告が,平成9年5月29日,Bからの電話を受けて,「もう全部手を引こうと思うんです。」「わからないからもういいです。」「ケリをつけたいと思うんです。」と述べたことは認める。しかし,これは損を取り返すための新たな取引を拒否しているものにすぎず,「仕切って下さい。」と明確に述べているわけでもない。Bが「もう一度検討してほしい。」と応じても,何の不自然もない。
4 損害額
a 原告の主張
ア 財産的損害
原告は,本件オプション取引を通じて,被告に対して,別紙金銭出納表支払額欄記載の各支払をし,同表返戻額欄記載の各返戻を受け,差引金2591万0552円の損害を被った。なお,被告の計算によると,原告の取引上の損害は金2583万1754円となるが,被告は計算間違いにより金8万3767円の返戻を怠っている。
イ 精神的損害
原告は,被告従業員らの違法な勧誘及び取引行為の結果,多額の資金をつぎ込まされ,不安で夜も眠れない日々が続き,計り知れない精神的苦痛を受けた。この精神的苦痛を金銭に換算すれば,250万円を下ることはない。
ウ 弁護士費用
本件損害を被ったことにより,原告は原告訴訟代理人に委任して本件訴訟を提起せざるを得なかった。本件訴訟の提起により原告が原告訴訟代理人に支払うべき弁護士費用は,日弁連報酬基準規定によれば金250万円は下らない。
b 被告の主張
争う。
第3争点に対する判断
一 争点1について
本件オプション取引(海外商品先物オプション取引)は,前提事実欄2項記載のとおりであるところ,原告は,その性質に鑑みれば,本件オプション取引を原告に勧誘したこと自体が違法である旨主張する。
たしかに,海外商品先物オプション取引は,我が国では取引量も少なく,なじみのない取引であり,海外商品先物オプション取引に関する情報は極めて少ない。また,海外商品先物オプション取引は,プレミアム差益の取得を目的とするものであるところ,同オプションプレミアムの決定要因は極めて複雑であり,一般投資家にはその変動を予測することは極めて困難である。そして,前提事実欄2項記載のとおり,ハイリスク・ハイリターンな極めて投機性の強い商品取引である。
しかしながら,後記のとおり,適合性の原則に従い,説明義務を履行するのであれば,海外商品先物オプション取引を勧誘すること(販売行為)自体が違法であるとまでいうことはできないと解する。
二 争点2について
一般に商品先物取引等の取引は,相場の変動によるリスクを内包しているものであるから,投資家自身が自ら情報を収集し,自らの責任において判断するのが原則であり(自己責任の原則),これはオプション取引においても異なるところはない。
しかしながら,自己責任の原則は,その前提として投資家が自らの責任において判断する能力を有することが前提となる。したがって,海外商品先物取引業者は,投資家の意向,財産状態,及び投資経験等に適合した投資勧誘を行うことが要求される(適合性の原則)。
オプション取引は,前記のとおり,株式の現物取引等に比して複雑な商品構造を有し,価格が為替相場の影響を受ける取引であり,わが国の商品先物市場における歴史もまだ浅いものであるから,海外商品先物取引業者としては,特にオプション取引が投資家の意向,財産状態,及び投資経験等に適合しない場合には,その勧誘を差し控えるべき義務を有しているというべきであって,同義務に違反する勧誘は違法であると解するのが相当である。
また前記のように,オプション取引は,現物の株式取引等とは異なり,ハイリスク・ハイリターンの特質を有する投機性の強い取引であるうえ,その取引の歴史も比較的浅く,一般投資家でさえ十分にオプション取引の特性について知識を有しているとは必ずしもいえない。したがって,海外商品先物取引業者は,投資家に対しオプション取引を勧誘するに当たっては,オプションという商品の構造やその危険性等について,投資家が的確に理解することができるように十分な説明を行い,投資家がオプション取引の仕組みやその危険性等に関する的確な理解を形成したうえで,その自主的な判断に基づいてオプション取引をするか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務(以下「説明義務」という。)を負っていると解するのが相当である。
三 証拠(甲1の1ないし5,2,3の1ないし8,4の1・2,7の1ないし4,8ないし11,乙1の1ないし30,2,3,4の1ないし31,5の1ないし20,6の1ないし8,7の1ないし3,8ないし11,証人B,原告)及び前提事実によれば,以下の事実が認められる。
1 原告(昭和15年○月○日生)は,看護婦として職歴が長いが,本件当時は主婦であり,本件オプション取引をするまで,20年以上前に少額の投資信託をしたことがあったが,それ以外には証券投資及び商品先物取引等の経験は全くなかった。
2 平成8年10月3日,被告名古屋支店営業部従業員のDは,原告宅に電話をかけ,原告に対し「海外先物の件でいい話がある。」「預貯金は今金利が非常に下がっているので,ほとんどないに等しい。海外商品先物取引は非常に早くもうかるから,お勧めしたい。」と,海外商品先物オプション取引の勧誘をした。原告は,「よろしいです。」と断っていたが,Dは「ぜひ話だけでも聞いてください。」「翌日そちらの方に伺う予定なのでぜひ寄らせてください。」とずっと話を続けた。話の中で,原告は以前に証券会社の投資信託で損をしたことをDに言った。
当時,原告宅は外装工事中で,原告は大工の世話等をしなければならなかったため,電話を続けることが煩わしかったので,原告は「じゃお話だけお聞きしましょうか。」と答えた。
3 同月4日午後1時30分ころ,Dが原告宅を訪問し,次いで被告名古屋支店営業部課長であるBも原告宅を訪れた。DとBは,「海外の先物で,ぜひ儲かる話なので聞いてください。」「貯金をしててもほとんどゼロに等しい金利だし,これはぜひお勧めしたい。」として,グラフを示しながら,砂糖は,旧正月前には値が上がることは確実であるなどと相場の話を説明し,本件オプション取引がローリスク・ハイリターンである旨繰り返して説明した。本件オプション取引の仕組みについては,オプション取引契約のご案内(甲1の1)を示したが,儲かる話が多く,仕組みはあまり説明せず,原告もオプション取引の内容についてはほとんど理解できなかったが,儲かるからとの説明により,取引を依頼することにした。
D及びBは,商品オプション取引契約書(甲1の2),届出印監登票及び通知書(甲1の3),アメリカン先物オプション取引トレーニング期間不要届(甲1の4),新規口座開設アンケート(甲1の5)に,原告の署名押印をしてもらい,また,原告に念書(乙2)を記載してもらった。もっとも,原告は,Bらの言われるままにもそれぞれ記載し,署名・押印したものであって,各書面の内容はあまり理解していなかった。
そして,原告は,被告の勧誘により,砂糖のオプション取引を行うこととなり,砂糖について27枚のコールオプションの買い注文をした(「本件取引1」)。本件取引1の買付に必要となる金額は合計金397万5820円であったが,同日は,原告は200万円をBらに預託交付し,残額は同月7日に預託交付した。
Dらは,帰り際に,オプション取引用説明ビデオを原告に交付し,「こういうものがありますので見ておいてください。」と言った。
Bは,Dから原告が以前証券会社の投資信託で損をしたことを聞いていたが,本件オプション取引締結の際には,原告に対し,原告の財産状態,投資経験等を尋ねなかった。
(なお,証人Bは,原告に対し,オプション取引用説明ビデオを見ながら原告に説明し,オプション取引のABC(乙8),リスク開示告知書(乙9),オプション取引手数料表(乙10)等の資料を示して,オプション取引の仕組みを説明し,原告の理解を得て,アメリカン先物オプション取引トレーニング期間不要届(甲1の4)に署名押印をしてもらい,新規口座開設アンケート(甲1の5)に丸をつけてもらい,商品オプション取引契約書(甲1の2)の最終ページにリスク開示告知書等の資料の受領印として原告の印鑑を押印してもらった旨証言するが,同人の証言によっても,トレーニングないしその不要届の趣旨をB自身が理解しているとは言いがたく,原告の理解を得たとは到底認められない。)
4 同月8日,Bが原告宅を訪問し,原告に対し,大豆のオプション取引を勧め,グラフ等を示しながら「今中国が非常に大きな市場になっているので,非常に値上がる注目のものですからぜひお買いになってください。」と何度も勧誘した。原告は,それを信じて,大豆について同日54枚のコールオプションの買い注文をした(「本件取引2」)。
本件取引2の買付に必要となる金額は合計金993万8700円であったが,原告は翌9日,被告に同金員を預託交付した。
5 さらに,同月11日,Bが原告宅を訪れ,銀のオプション取引を勧めた。原告は「これまでの取引の結果も何もわからないのに。」と一旦拒否したが,Bは,グラフ等を示しながら「今が一番買い時です。ぜひこれはお勧めしたい。」等と何度も勧誘した。原告は,それを信じて,銀について同日27枚のコールオプションの買い注文をした(「本件取引3」)。なお,Bは,新規口座アンケート(乙3)に,原告に記載してもらい,署名押印をしてもらった。もっとも,原告は,Bの言われるままに丸をつけ,署名・押印したものであった。
本件取引3の買付に必要となる金額は496万8000円であったが,原告は,同月14日,被告に同金員を預託交付した。
6 その後も,Bは,電話等によりオプション取引の勧誘を続け,原告は,Bの言葉を信じて,別紙売買取引一覧表取引番号4ないし6のオプション取引を注文した。
この間,同年11月11日深夜,Bが電話をしてきて「大豆が暴落しているので損が出ています。今すぐ売った方がいいです。」と言うので,原告は,言われるままに仕切ることにし,同月12日,本件取引2が仕切られて,原告は860万円余の損失を被った。
7 同月21日午後8時ころ,被告名古屋支店支店長のCがBとともに原告宅を訪れ,原告に対し「大豆の件でXさんに非常に迷惑をかけた。このまま損でほかっておかれないから,必ず取り返しができますから。」と言って,銅のオプション1000万円購入を勧誘した。原告は「損をしたばかりであり,そんな多額の取引はできない。」と拒否したが,Cらは,グラフ等により繰り返し取り返しができる旨説明したので,原告は,それを信じて,銅について20枚のコールオプションの買い注文をした(別紙売買取引一覧表の取引番号7の取引)。
8 以後も,Bらは,電話等によりオプション取引の勧誘を続け,原告は,Bらの言葉を信じて,別紙売買取引一覧表取引番号8ないし23のオプション取引を注文した。
この間,平成8年11月下旬ころからは,原告は,大豆のオプション取引で損失を被ったこともあり,本件オプション取引中止の意向をもつようになり,Bらにも言っていたが,Bらが「損をした分を必ず取り返します。」等と何度も勧誘するため,それを信じ,上記オプション取引を注文していた。
9 平成9年4,5月ころ,原告は,Bらが取引中止の意向を受け入れてくれないことに思い悩み,新聞記事から相談窓口に電話し,東海農政局,名古屋弁護士会に相談し,原告訴訟代理人らに対処を依頼した。
同年5月29日,同年6月3日,同月13日にも,原告は,Bらに対し,本件オプション取引を終了したい旨伝えたが,Bらは「多大の迷惑をかけとるもんですから,何とかして挽回をさしてください。」「断りきれんですか,弁護士さんは。」等と答えて,取引中止に応じなかった。
原告は,同月18日,やむなく訴訟代理人を通じて,内容証明郵便で本件オプション取引の解約を書面にて通知し,本件取引が終了した。
四 前項認定の事実によれば,原告は,オプション取引はもちろん株式取引等の証券取引や商品先物取引の知識,経験がない主婦であったと認められ,また,被告においても,原告の財産状態及び投資経験等に留意していなかったと認められるから,適合性の原則に違反しているものというべきである。
また,Bらは,原告に対し,本件オプション取引の仕組みにつき,オプション取引契約のご案内(甲1の1)を示すなどして,利益のみでなく損失もありうることの一般的な説明はしたとみられるが,他方,儲かる話であることを重点的に説明し,投資家保護のために設けられている2週間のトレーニング期間もおかずに本件オプション取引の勧誘をしていたのであって,オプション取引はもちろん,株式取引等の証券取引や商品先物取引の知識,経験がない主婦であった原告において,オプション取引の仕組みやその危険性等に関する的確な理解を形成し得るような説明はなかったといわなければならない。そして,そのために,原告は,オプション取引の仕組みやその危険性等を理解せずに,本件オプション取引をしたものと認められるから,Bらによる本件オプション取引の勧誘は,説明義務に違反するものである。
五 争点4について
したがって,その余の違法事由について判断するまでもなく,被告の原告に対する本件オプション取引の勧誘には,適合性の原則違反及び説明義務違反の違法性が認められるから,被告は本件オプション取引により原告の被った損失につき,民法715条により損害賠償責任を負う。
ところで,原告は,オプション取引につき十分に理解していたとは認められないが,損失を被ることもあり得ることは理解していたとみられること,本件オプション取引を開始するにあたり,トレーニング期間不要届(甲1の4),新規口座開設アンケート(甲1の5),念書(乙2)等の書類を作成していること等の落ち度があったと認められ,前記自己責任の原則からすれば,過失相殺の対象とするのが相当である。
そして,本件記録に表れた一切の事情に鑑みると,その過失割合は,被告7割,原告3割と解する。
したがって,財産的損害として,原告主張の2591万0552円の7割である1813万7386円の損害を認める。
精神的損害(慰謝料)は,前記原告の過失に照らして,認めるに至らない。
弁護士費用として,180万円を本件と相当因果関係のある損害額と認める。
六 結論
よって,1993万7386円及びこれに対する不法行為後である平成9年6月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,原告の請求は理由がある。
(裁判官 藤田敏)
<以下省略>