名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)2457号 判決 2000年4月28日
本訴原告
東急鯱バス株式会社
ほか一名
被告
石田初彦
ほか一名
反訴原告
石田初彦
被告
東急鯱バス株式会社
ほか一名
主文
一 原告大舘昭美と訴外故石田初太郎間の平成八年四月一六日午前一一時三〇分ころ名古屋市北区楠味鋺二丁目一六〇四番地先路線上で発生した交通事故に関し、原告両名が被告らに支払うべき損害賠償債務が各金七二万六三四二円を超えて存在しないことを確認する。
二 原告らは、被告石田初彦に対し、金七二万六三四二円及びこれに対する平成八年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求を棄却する。
四 被告石田初彦のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告らの、その余を被告石田の負担とする。
六 この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
(本訴)
原告大舘昭美と訴外故石田初太郎間の平成八年四月一六日午前一一時三〇分ころ各古屋市北区楠味鋺二丁目一六〇四番地先路線上で発生した交通事故に関し、原告両名が被告らに支払うべき損害賠償債務が各金七一万円を超えて存在しないことを確認する。
(反訴)
一 原告らは、被告石田初彦に対し、金五億四五七七万円及びこれに対する平成八年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告大舘昭美の反省謝罪文を要求する。
三 原告らは、被告石田初彦、名古屋地方裁判所に偽証行為をしたことを謝罪すること。
第二事案の概要
本件は、原告らが左記一1の交通事故の発生に基づく被告らの損害が一定額を超えて存在しないことの確認を求め(本訴)、被告石田が同事故の発生等を理由に原告らに対し民法七〇九条、自賠法三条及び民法七一五条により損害賠償等を求める(反訴)事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故
(一) 日時 平成八年四月一六日午前一一時三〇分ころ
(二) 場所 名古屋市北区楠味鋺二丁目一六〇四番地先路線上
(三) 加害車両 原告大舘運転の普通乗用自動車
(四) 被害車両 訴外亡石田初太郎(以下「亡初太郎」という。)運転の自転車
(五) 結果 亡初太郎は、本件事故により、頸部打撲・挫創、脳しんとう症、左腓骨骨折、右肩打撲傷等の傷害を負い平成八年四月一六日から同年五月二二日まで三七日間入院し、同年五月二三日から同年一二月四日まで二四〇日間(実通院日数六〇日間)通院した。
2 責任原因
原告東急鯱バス株式会社(以下「原告会社」という。)は原告大舘の使用者であり、本件事故当時原告大舘は原告会社の事業の執行として加害車両を運転していた。また、原告会社は加害車両の保有者である。
3 当事者等
亡初太郎は平成八年一二月二七日に死亡し、被告らが、亡初太郎の相続人(相続分各自二分の一)である。
二 争点
1 事故態様及び過失相殺
2 本件事故と亡初太郎死亡との相当因果関係の存否
第三争点に対する判断
(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)
一 争点1(事故態様及び過失相殺)について
1 甲第一、第二号証、第一一号証の一、二、第一二号証、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は、ほぼ東西にのびる直線の片側一車線の道路(県道名古屋岩倉線。以下「本件道路」という。)上であり、最高速度は時速三〇キロメートルに制限されていた。本件事故現場北側の東行車線外側路側帯上には駐車車両があった。
(二) 原告大舘は、時速約三〇キロメートルで本件道路を東から西に向けて走行していたが、本件衝突位置の約二六・二メートル前方で対向東行車線外側の前記駐車車両に気をとられていたところ、本件衝突位置の約七・二メートル手前まで来て亡初太郎の自転車が駐車車両の西側から出て斜めに本件道路を横断しているのを発見し、ハンドルを左に切るとともに急ブレーキをかけたものの間に合わず衝突した。
(三) 本件事故当時の天候は雨であり、亡初太郎は傘を前に倒してさして自転車に乗っていた。
(四) 被告らは、原告大舘の事故前の経路につき、本件道路に北から接続する細い道を南下・右折して本件道路に入ったところで亡初太郎と衝突したと主張し、また、亡初太郎は自転車に乗車しておらず、自転車を引いて歩いて本件道路を横断していたと主張すると共に、これに沿う内容の乙第一、第二号証(いずれも被告石田作成名義のもの)を提出し、被告石田は亡初太郎から右の内容を聞いたと述べる。しかし、甲第八号証、第九号証の一ないし三三によれば、亡初太郎は本件事故後健忘症が出現しており、本件事故前に自転車でバス停(本件事故現場付近)まで来たことは覚えているものの事故状況については記憶がなく、事故後病院へ到着してから意識明瞭となったものであり、退院時のカルテにも本件事故のことを何も覚えていないとの記載があることに照らすと、この健忘症は一時的なものとは認められないから、これらに照らすと右の乙第一、第二号証及び被告石田の供述は採用することができない。
2 右の事故態様に照らすと、原告大舘は前方注視義務違反の過失があるが、他方、亡初太郎にも自転車で本件道路を横断するに際して、通行車両の動向に十分注意すべき義務があるのにこれを怠って駐車車両の陰から本件道路を横断した過失を認めることができ、同人が老年であることをも考慮すると、原告大舘と亡初太郎の過失割合は七対三とみるのが相当である。
なお、被告石田は、対向車線が渋滞し、渋滞車両の間から亡初太郎が出てきたとの原告大舘の説明(甲一二)は虚偽であって亡初太郎には過失はないと主張するが、右の原告大舘の説明には特段の不自然な点はなく、実況見分調書(甲二)には渋滞の記載はないものの、事故当時の当事者と相手方の位置関係についての当事者の指示説明を記載したものと認められる実況見分調書の内容からして、実況見分調書に対向車線の渋滞の記載がないことをもってこれがないものと推認することはできないことに照らすと、原告大舘の説明を虚偽とはいうことができない。そして、対向車線の渋滞の有無にかかわらず、亡初太郎は前述の注意義務を怠ったと認められるから、亡初太郎には過失はないとの被告石田の主張は採用することができない。
二 争点2(本件事故と亡初太郎死亡との相当因果関係の存否)
甲第三号証、第六号証、第七号証、第九号証の一ないし三三、第一〇号証の一ないし五六、第一三号証の一ないし二五、同号証の四一及び四二、被告石田初彦本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 亡初太郎は、本件事故により頭部打撲・挫創、脳しんとう症、左腓骨骨折、右肩打撲挫傷の傷害を負い、平成八年四月一六日から同年五月二二日まで神田病院で入院治療を受け、同年一二月四日まで通院治療を続けていた。自宅から約一キロメートル離れた神田病院までの通院は独力で自転車で行っており、同年一二月四日に最後に受診した際には特段の異常所見はなかった。
2 亡初太郎は、本件事故以前から糖尿病、狭心症、高脂血症、高血圧症等の持病があり、本件事故の前後を通じて名古屋北クリニックで治療を受けていたところ、この通院も独力で自転車で通っており、同年一一月二二日の通院時にも特段の異常はなかった。
3 しかし、亡初太郎は、同八年一二月四日深夜から五日午前零時過ぎにかけて呼吸困難が出現し、嘔吐も数回あり、救急車で名古屋北クリニックを受診し、診察中に呼吸停止が起こったため小牧市民病院に転院となった。小牧市民病院では、当初急性肺水腫、心不全等の所見があり、最終的には高血圧性心不全が主疾患、合併症として急性肺水腫、重症肺炎、急性腎不全があると診断された(甲一〇の二)。
4 入院後も亡初太郎の病状は改善されず、同月一六日に呼吸確保のために気管切開術が施行された。しかし、同手術の最中に気管挿管ができないまま自発呼吸も停止して約二〇分間の低酸素状態となったことから意識障害が残り、その後徐々に血圧が低下して同月二七日に死亡した。
以上の経緯、特に、死亡に至る原因となった疾患は高血圧性心不全、急性肺水腫、重症肺炎及び急性腎不全であるところ、本件事故による受傷の主たるものは腓骨骨折であること、その治療も既に独力で通院治療を行う状態となって八か月が経過していたこと、亡初太郎には本件事故以前から高血圧の持病があることに照らすと、亡初太郎の死亡と本件事故との間に相当因果関係があるとは認めることができない。
被告石田は、事故後の運動不足等から心臓の機能が弱まり、これを原因として肺にも障害が生じたとの趣旨を述べるが、前記認定のとおり心不全の原因は高血圧性と診断されていること、亡初太郎は退院後自転車で独力で通院を行っており本件事故後も体を動かしていたものと認められることに照らし、右の被告石田の供述は採用することができず、他に、本件事故による受傷と亡初太郎の死亡との間に相当因果関係があると認めるに足る証拠はない。
三 損害額
1 治療費 一二二万五三四〇円
弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係に立つ治療費として右の額を認めることができる。
2 入院雑費 四万四四〇〇円
亡初太郎が本件事故による受傷の治療として三七日間入院したことは当事者間に争いがないから、入院雑費として、一日当たり一二〇〇円を本件事故と相当因果関係に立つ損害として認める。
3 休業損害 一一五万四四七五円
甲第九号証の一ないし二一、弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、亡初太郎は七三歳であったものの、入院中であった妻の看病等の家事労働をしていたこと、本件事故により三七日間入院し、その後平成八年一二月四日まで合計六〇日通院治療しているところ、平成八年六月一七日及び同年八月二六日にはいずれもほぼ治癒との診断がされていることに照らすと、賃金センサス平成八年第一巻第一表産業計・学歴計男子労働者の六五歳以上の年収三九五万八二〇〇円を基準として、当初二か月につき一〇〇パーセント、その後、三か月につき五〇パーセントを休業損害として認めるのが相当である。
3,958,200÷12×2+3,958,200÷12×3×50%=1,154,475
4 逸失利益及び介護費用
前記認定のとおり、本件事故と亡初太郎の死亡との間には相当因果関係が認められないから、同人の死亡による逸失利益は発生しない。また、本件全証拠によっても亡初太郎について本件事故後介護が必要となったと認めるに足る証拠はないから、被告石田が主張する介護費用も認めることができない。
5 入通院慰謝料
前記認定の入通院の状況に照らし、亡初太郎の入通院慰謝料は合計一四七万円が相当と認められる。
被告石田は懲罰的損害賠償金五億円を請求するが、本件全証拠によっても右の額を超えて慰謝料を認めるに足る事情は認められない。
6 死亡見舞金
前記認定のとおり、本件事故と亡初太郎の死亡との間には相当因果関係が認められないから、被告石田が主張する死亡見舞金(死亡慰謝料)は発生しない。
7 小計
以上によれば、亡初太郎の本件事故による損害は合計三八九万四二一五円となる。
四 過失相殺
前記認定のとおり本件事故につき亡初太郎にも三割の過失を認めるから、原告らが賠償すべき損害は右の七割に当たる二七二万五九五一円となる。
五 損害の填補
甲第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、原告らは亡初太郎の損害につき既に一二七万三二六六円を支出し、亡初太郎が同額の損害の填補を受けたものと認められるから、原告らが賠償すべき残額は一四五万二六八五円となる。したがって、被告らが原告らに請求し得る損害賠償額は各自右の二分の一に当たる七二万六三四二円(一円未満切り捨て)となる。
六 その他の請求
被告石田は、原告大舘に反省謝罪文を要求するが金銭賠償以外にこれを相当とする事情は認められず、原告らに偽証の謝罪を要求するが前記認定のとおり偽証があったとは認められないから、これらの請求はいずれも理由がない。
(裁判官 堀内照美)