名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)3257号 判決 1999年10月28日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、原告に対し、連帯して、金五三七八万八八七六円及びこれに対する平成一〇年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、破産宣告を受けた訴外株式会社スポット(以下「訴外スポット」という。)の破産管財人である原告が、訴外スポットの「オートスポット19号守山店」(以下「守山店」という。)であった別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の賃貸人であった被告らに対し、当該賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を解除し、本件建物を平成一〇年六月一二日に明け渡したとして、敷金二五〇〇万円及び建設協力金未返還額三三八八万八八七六円から同年三月一日から同年六月一二日までの賃料五一〇万円を差し引いた残金五三七八万八八七六円及び右金員に対する本件建物明渡日の翌日である同月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたという事案である。
二 前提となる事実(争いのない事実等)
1 訴外スポットは、カー用品の販売を目的とする会社であって、カー用品の大型販売店として、本件建物である守山店のほか高津店、瀬田店、相模原店、藤沢長後店、小田原店、川崎店、北野店、新前橋店、牛久店、草加松原店などの店舗を有していた。
2(一) 訴外スポットは、平成四年八月、被告らとの間において、被告らが所有する土地(更地)上に訴外スポットが希望する駐車場付営業用建物である本件建物を被告らが建築し、これを訴外スポットに賃貸し、訴外スポットはこれを自動車用品の販売及びその駐車場として使用する旨の建物賃貸借予約契約を締結した。
(二) 被告らは、本件建物を建築する資金的余裕がなかったため、訴外スポットが本件建物の建築資金七五〇〇万円を提供することとなった。
(三) 訴外スポットと被告らは、右建物賃貸借予約契約の締結に際し、敷金として二五〇〇万円(予約契約締結時に五〇〇万円、建築請負契約締結時に二〇〇〇万円。)、建設協力金として五〇〇〇万円(上棟時二五〇〇万円、竣工引渡時に二五〇〇万円。)を預託する旨を約した。
3 被告らは、平成四年一二月二六日、訴外八木工業株式会社との間で、「オートスポット19号守山店新築工事」(鉄骨構造一部二階建店舗及び駐車場工事・延床面積780.87平方メートル)の工事請負契約を請負代金七五〇〇万円(工事価格七二八一万五五三三円・消費税二一八万四四六七円)で締結した。
4 (本件賃貸借契約)
(一) 本件建物は完成後、平成五年四月二七日、訴外スポットに引き渡され、訴外スポットと被告らとの間において、前記建物賃貸借予約契約に基づき、本件賃貸借契約が次のとおり締結された。
期間 平成五年四月二七日から一五年間
賃料 月額一五〇万円
賃料支払方法 毎月末日限り翌月分払い
(二) 訴外スポットは、本件賃貸借契約に際し、被告らに対する契約の履行を保証するため、敷金として二五〇〇万円を被告らに対して前記2(三)のとおり預託した(以下「本件敷金」という。)。
(三) 訴外スポットは、本件賃貸借契約に際し、店舗建設費の協力金として、五〇〇〇万円を被告らに対して前記2(三)のとおり預託した(以下「本件建設協力金」という。)。
被告らは、本件建設協力金を賃料起算月(平成五年四月)を含め一八〇か月(一五年間)の均等割り(各月二七万七七七八円)で分割弁済する(なお、賃料起算月が一か月未満は日割計算とし、その翌月から計算する。)。
本件建設協力金の分割弁済について、期限の利益喪失の明示の特約は一切定められていない。
(四) 訴外スポットと被告らは、本件賃貸借契約一四条二項において、訴外スポットから本件賃貸借契約の解約を申し出た場合、被告らは、預託を受けた本件敷金及び本件建設協力金の未返還部分を違約金に充当し、訴外スポットに返還しない旨の定めをした。
右定めは、賃貸借期間途中賃借人であり訴外スポットから解約申入れがなされた場合、賃貸人である被告らにおいて本件敷金及び本件建設協力金の未返還分の合計額に相当する額の違約金請求権が発生する旨の定めと、右債権と本件敷金返還債務及び本件建設協力金の未返還部分の返還債務とを消滅させる旨の相殺契約の定めである。
5 訴外スポットは、資金繰りの悪化から守山店を閉鎖・撤退することとした。
6 訴外スポットは、守山店において、「完全閉店。長い間お世話になりました。感謝を込めて、最後のご奉仕をさせて頂きます。お店の商品全部買って下さい!」と銘打って平成一〇年二月二一日から閉店セールをする旨の新聞折込広告をうち、右セールを実施した。
7 訴外スポットの代表取締役であった甲野太郎は、平成一〇年二月二五日午後六時ころ、二〇年来の友人である自動車用品販売会社「東光」社長の乙川次郎及び自動車部品製造会社「ル・モンド」社長の丙山三郎と一緒に、東京都国立市のビジネスホテル「ル・ピアノ」の三階のそれぞれの部屋で同時に首を吊って自殺した。
8 訴外スポットは、平成一〇年二月二七日、東京地方裁判所八王子支部民事第四部において、債権者一八五名に対し合計約三六億円の債務を負担する者として、原告を破産管財人として、破産宣告を受けた。
9 原告は、訴外スポットに対する破産宣告後、平成一〇年六月一二日、本件建物を被告らに明け渡した。
10 原告は、右明渡しに際し、被告らに対し、本件賃貸借契約の解約申入れの意思表示をした(民法六二一条は破産法五九条の特則であるから、右解約申入れは、民法六二一条によるものと解するのが相当である。なお、本件賃貸借契約の終了が右解約申入れに係る場合、本件賃貸借契約は解約申入れから三か月後に終了する。被告らは、本件賃貸借契約は駐車場付営業用建物賃貸借契約であり、本件建物は敷地面積の三五パーセントを占めるにすぎないから、土地に係るものとして解約申入後一年後に終了すると解すべきである旨主張するが、本件賃貸借契約が土地に係るものとは認め難い。)。
11 原告の明渡し後も、本件建物には、破産財団帰属の別紙残置物件一覧表記載の物件が残置されており、原状回復には七五〇万円を要する(乙5)。
三 争点
1 (未到来の本件建設協力金返還債務の期限の利益の喪失の有無)
平成五年四月から平成二〇年三月までの分割弁済とされた本件建設協力金について、原告からの解約申入れにより本件賃貸借契約が終了したことで被告らが期限の利益を喪失したといえるか。
(一) 原告の主張
(1) 本件建設協力金の弁済期限が本件賃貸借契約の期間と一致していること、本件賃貸借契約の解約等の事由と本件建設協力金の返還消滅等の事由が一致していること、賃借人(貸主)にとって本件建設協力金の担保が実質上賃貸借契約の借主たる地位とされていることからすると、本件建設協力金に係る金銭消費貸借契約は、本件賃貸借契約の従たる契約と解される。
被告らは、本件賃貸借契約終了によって、本件建設協力金に係る期限の利益を喪失した。
(2) 被告らは、平成一〇年六月一三日以降又は同年八月末日以降に到来した本件建設協力金に係る分割金を支払っていない。
原告は、平成一〇年一〇月二〇日、本件口頭弁論期日において、本件建設協力金に係る金銭消費貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
よって、被告らは、本件建設協力金返還債務の期限の利益を失い、一括して支払う義務を負う。
(二) 被告らの主張
(1) 本件建設協力金は、本件建物の建築資金について訴外スポットと被告らとの間の金銭消費貸借契約であり、本件賃貸借契約の締結及び存続に密接に関連するものではあるが、本件賃貸借契約の解約申入れによる終了によって期限の利益を喪失する法的根拠は存しない。
(2) 法定解除権の趣旨は、債権者が自己の債務を免れることにあるから、相手方に対して債務を負担していない片務契約の債権者に法定解除権は生じない。
仮に、解除権が発生し得るとしても、被告らは、平成一〇年三月一日から同年六月一二日までの五一〇万円の未払賃料債権を有しており、被告らは、平成一〇年一一月二〇日、本件弁論準備手続期日において、財団債権たる右未払賃料債権と本件建設協力金返還債務とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたので、本件建設協力金返還債務が相殺適状時に遡って消滅する結果、債務不履行は存在しないこととなる。したがって、債務不履行を理由とする原告の解除は効力を有しない。
2 (訴外スポットの解約申入れによる本件敷金及び本件建設協力金返還債務の消滅の有無)
訴外スポットが、平成一〇年二月中旬ころ、被告らに対し、本件賃貸借契約を同年三月末日をもって終了させる旨の解約申入れをしたか否か。
(一) 被告らの主張
(1) 訴外スポット営業部長である荻島正道(以下「荻島」という。)及び同井上晴夫(以下「井上」という。)は、被告らに対し、平成一〇年二月中旬ころ、被告らに対し、同年三月末をもって本件賃貸借契約を終了させる旨の解約申入れをした。
訴外スポットは、その際、敷金二五〇〇万円のうち一二五〇万円の返還を要請した。
訴外スポットが行った前提となる事実6の閉店セールは、平成一〇年三月末日に本件建物を明け渡すための在庫品一掃のためのセールである。
(2) よって、本件敷金返還債務及び本件建設協力金返還債務は消滅した。
(二) 原告の主張
(1) 荻島及び井上が被告らに対して行ったのは、守山店を閉店する旨の報告にすぎず、閉店後、他者に転貸する方向で対応することを依頼したにすぎない。
閉店・撤退の事実が賃貸借契約解約申入れとみなされるわけではなく、店舗を閉店・撤退しても賃貸借契約解約に至らず、賃貸借契約が維持されることも十分あり得る。
(2) 被告山田正視は、訴外スポットの破産宣告後、原告に電話連絡を行った際、早期に原告から本件賃貸借契約の解約申入れを行うことを求めており、また、訴外スポットに対し、訴外スポットから解約申入れがなされていないことを前提とする書簡を平成一〇年三月二日付けで送付した。
3 (原告の解約申入れによる違約金請求権発生の有無)
(一) 被告らの主張
民法の賃貸借の規定はいわゆる任意規定であり、民法六二一条後段についても同様であるから、これと異なる合意(損害賠償を求め得るとする合意)は有効であり、本件賃貸借契約一四条二項の定めは、この特別な定めに当たる。
(二) 原告の主張
(1) 本件賃貸借契約では、賃借人が破産した場合に賃貸人が即時に解約申入れできる旨の定めがあるが、破産に伴う賃借人からの解約申入れに関する直接的な規定は存しない。本件賃貸借契約一四条二項が破産管財人からの解約申入れに関する規定かどうかについても実際は不明確であり、明確に民法六二一条の規定を排斥する旨の合意はなされていない。
(2) そして、破産手続では、多数の関係者の様々な利害が複雑に錯綜する。このような状況において、破産法及び民法が定める破産管財人の権限は錯綜した法律関係処理に関する重要な指針であり、破産者とその関係者の破産前における合意によってもこれを剥奪することはできない。損害賠償に関する特約についてもこれを認めれば公平な破産処理を到底行うことができなくなる。
本件賃貸借契約一四条二項による違約金請求権は、破産宣告時までに現実化していないから、本来であれば劣後的破産債権と扱われるべきものであり、破産管財人が賃貸人からの相殺を許せば結果として破産債権よりも劣後破産債権を優遇して扱うこととなり、債権者平等に反する。また、賃借人からの解約申入れの場合に多額の違約金が発生し、預託保証金と相殺されてしまうのでは法が破産管財人に与えた解約権が無意味となる。
即ち、民法六二一条後段は強行規定であって、本件賃貸借契約一四条二項の定めは民法六二一条後段を排斥する旨の合意ではなく、仮に合意と認められるとしても、これを原告に主張することはできない。
4 (被告らによる相殺の可否)
違約金請求権を自働債権とし、本件敷金返還債務及び本件建設協力金返還債務を受働債権として、これらを対当額で消滅させる旨の相殺契約を定めた本件賃貸借契約一四条二項の定めは有効か。
(一) 原告の主張
(1) 本件敷金返還債務は、停止条件付債務であり、破産宣告後の本件賃貸借契約の終了・本件建物の明渡しによって発生した債務である。
破産宣告前から成立している停止条件付債務について、宣告後に条件が成就したときに破産法一〇四条一号が適用され、相殺が禁止されるかどうかについて議論があり、破産法九九条後段が停止条件付債務を受働債権とする相殺を認めていることから、破産法一〇四条一号に該当せずに相殺が許されるという結論も十分にあり得るが、相殺を認めるかどうかについては、合理的な相殺期待の前提となる停止条件付債務の内容及び損害賠償の内容を吟味して考える必要があり、合理的な相殺期待の対象となり得ないものは、相殺が許されないと解すべきである。
敷金等に対する賃貸人の正当な相殺に対する期待となり得るのは、①未払賃料、②原状回復費のみであり、被告らに多額の損害賠償請求を現実化させることは他の債権者との関係で不当であり、これを認めるわけにはいかない。
本件建設協力金返還債務についても本件敷金返還債務と同様である。
したがって、違約金返還請求権を自働債権とする相殺は許されず、これを内容とする本件賃貸借契約一四条二項の定めは無効である。
(2) 損害賠償請求権を破産債権として扱う以上、当該損害賠償請求権が他の破産債権と同等に処理されるべき実体を有することが必要であり、①返還すべき敷金、建設協力金の中間利息相当額、②新規の賃借人が賃借するまでの賃料収入がなくなる補填分に限定されるべきである。
訴外スポットと被告らとの間で合意された多額の違約金は対象外であり、それらを破産債権であるとして自働債権とする本件賃貸借契約一四条二項の定めは無効である。
(二) 被告らの主張
敷金は、停止条件付返還債務を伴う金銭所有権の移転であり、賃貸人は、賃貸借契約終了後、賃借人が賃借物を明け渡した時に債務不履行がないことを停止条件として不履行があればそれを控除して返還することを約して敷金を受領する。
原告は、破産宣告前から成立している停止条件付債務について、宣告後に条件が成就したときに、破産法一〇四条一号が適用され、相殺が禁止されるかどうかについて議論があるとするが、右議論は、宣告後に条件が成就した時点において相殺をなす場合のことであり、条件成就前に破産債権者が停止条件付債務の現実化を承認してなす相殺には当てはまらない。
本件賃貸借契約一四条二項の定めは、いまだ停止条件の成就していない賃借人の解約申入時に停止条件付債務である敷金返還債務の相殺による消滅を合意するものであって、破産法一〇四条一号の適用はない。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(未到来の本件建設協力金返還債務の期限の利益の喪失の有無)について
1 原告は、本件建設協力金の弁済期限が本件賃貸借契約の期間と一致していること、本件賃貸借契約の解約等の事由と本件建設協力金の返還消滅等の事由とが一致していること、賃借人(貸主)にとって本件建設協力金の担保が実質上賃貸借契約の借主たる地位とされていることを理由に本件建設協力金に係る金銭消費貸借契約が本件賃貸借契約の従たる契約であるとし、本件賃貸借契約終了によって、被告らが本件建設協力金に係る期限の利益を喪失した旨主張する。
訴外スポットと被告らが、本件賃貸借契約一四条二項において、訴外スポットから本件賃貸借契約の解約申入れをした場合、被告らは、預託を受けた本件建設協力金の未返還部分を違約金に充当し、訴外スポットに返還しない旨の定めをしたことは、前提となる事実のとおりであるところ、本件賃貸借契約一四条三項においては、被告ら側の事由により本件賃貸借契約の解約申入れをした場合、被告らは本件建設協力金の未返還部分を即時に訴外スポットに返還するとともに、解約申入れによる営業損害金も支払う旨定められており、本件賃貸借契約の終了によって、本件建設協力金が消滅するか、又は、直ちに返還される(期限の利益を喪失させる旨の黙示の約定)かが選択されているとみるならば、原告の主張にも首肯し得るところがある。
しかしながら、訴外スポットと被告らとの間において、本件建設協力金の分割弁済について、期限の利益の喪失に係る明示の特約が一切定められていないことに加え、本件賃貸借契約では、一五条において、①訴外スポットが賃料及び賃料以外の諸費用を二か月以上支払わなかったとき、②訴外スポットが銀行取引の停止又は解散、破産、会社整理、会社更生法等の申立てを受けたとき、③本件賃貸借契約条項に違反したときに無催告で本件賃貸借契約の解約申入れをなし得る旨定めているが、被告らからの右解約申入れは、被告ら側の事由によるものではないから前記一四条三項の規定に当てはまらず、一四条が規定が適用されるか否か、適用されるとしてもどのように適用されるかは明らかではないと言わざるを得ず、適用されないとすれば右の場合においては本件賃貸借契約が終了しても、本件建設協力金が消滅するか、直ちに返還されるかが選択されていない、即ち期限の利益を喪失しないということになり、また、本件賃貸借契約二〇条において、天災地変、その他不可抗力の事由により、本件建物の全部又大部分が使用不能となった場合は本件賃貸借契約が直ちに消滅する旨定めながら、被告らの訴外スポット側への預託金の返還方法及びその額について、被告らと訴外スポットは協議の上決定するとして、本件建設協力金の未返還部分について期限の利益を喪失しない旨の定めをしていることからすると、本件賃貸借契約が終了したからといって、被告らが当然に本件建設協力金の未返還部分に係る分割金の期限の利益を喪失すると解することはできない。
2 原告は、被告らが平成一〇年六月一三日以降又は同年八月末日以降に到来した本件建設協力金に係る分割金を支払っていないとして、本件建設協力金に係る金銭消費貸借契約を解除した旨主張するが、期限の利益を喪失させるにはその旨の約定が必要であると解するのが相当であって、当該約定がない場合において債務不履行解除によって同様な結論を導くことができると解することはできない。
3 したがって、原告は、本件建設協力金のうち未だ期限の到来していないものについては、その返還を請求することはできない。
二 争点2(訴外スポットの解約申入れによる本件敷金及び本件建設協力金返還債務の消滅の有無)について
被告らは、訴外スポットが、平成一〇年二月中旬ころ、荻島及び井上をして、同年三月末をもって本件賃貸借契約を終了させる旨の解約申入れをした旨主張する。
前提となる事実5、6及び証拠(甲11、甲12、証人荻島正道及び同井上晴夫の各証言)によれば、訴外スポットは、営業しても利益が上がらないとして、平成九年一一月終わりころ守山店から撤退する旨を決定したこと、荻島は同年一二月ころ本件賃貸借契約の立会人であった鈴木重雄を通じ被告らに対して賃料の支払を猶予してほしいと申し出たこと、井上は、不動産業を営む細井毅に対して訴外スポットの代わりに本件建物を賃借してくれる者を探してくれるよう依頼したこと、訴外スポットは、完全閉店と銘打って平成一〇年二月二一日から閉店セールを実施したことが認められる。
本件賃貸借契約は、本件建物において店舗営業を行うための賃貸借契約であるから、店舗を閉店・撤退するのであれば賃貸借契約の解約に至るのが通常であって、賃借権の譲渡や転貸というのも当然に認められるものではないことや、当時、守山店は、営業をすればするほど損をする状況であったことからすると、訴外スポットにおいて、最悪の場合、本件敷金や本件建設協力金の返還を受けられないとしても本件賃貸借契約を終了させるという意向を有していたのではないかとも考え得るが、訴外スポットから被告らに対し、本件賃貸借契約を解約する旨の意思表示が確定的になされたことを認めるに足る証拠はなく、また、被告らから訴外スポットに対し、平成一〇年三月二日付けでなされた「御通知」(甲3)において、被告らは、訴外スポットに対し、本件賃貸借契約を解除するか否かを正式文書で通知するよう求めていることからすると、被告らにおいても、訴外スポットから当時本件賃貸借契約の解約を申し入れられていた旨の認識はなかったことが窺われる。
よって、被告らの主張には理由がない。
三 争点3(原告の解約申入れによる違約金請求権発生の有無)について
訴外スポットと被告らが、本件賃貸借契約一四条二項において、訴外スポットから本件賃貸借契約の解約を申し出た場合、被告らは、預託を受けた本件敷金及び本件建設協力金の未返還部分を違約金に充当し、訴外スポットに返還しない旨の定めをしたこと、右定めは、賃貸借期間途中に賃借人である訴外スポットから解約申入れがなされた場合、賃貸人である被告らにおいて、本件敷金及び本件建設協力金の未返還分の合計額に相当する額の違約金請求権が発生する旨の定めと、右債権と本件敷金返還債務及び本件建設協力金の未返還部分の返還債務とを消滅させる旨の相殺契約の定めであることは前提となる事実のとおりである。
民法六二一条後段は、破産管財人が同法六一七条の規定によって解約の申入れをなすことができ、この場合においては、賃貸人も破産管財人も相手方に対して解約によって生じた損害の賠償を請求することができない旨を定めているが、破産法六〇条一項は、破産管財人が破産宣告前に破産者が第三者と締結した契約のうち未だ履行が完了していないものを解除した場合において、右解除によって相手方に発生する損害賠償請求権を破産債権として行使できる旨を定めており、賃貸借契約において、賃貸人からの損害賠償請求を一切認めさせないとする合理的な理由はないから、民法六一二条後段の規定は、任意規定であると解するのが相当である。
そもそも、本件賃貸借契約は、訴外スポットが新店舗を開設するに当たり、被告らに対し、敷金及び店舗建設協力金として本件建物の建築資金を供与する一方、訴外スポットの希望する仕様に従って本件建物を新築させ、これを賃貸させるというものであって、賃貸人である被告らとしては、賃借人である訴外スポットから供与された本件建設協力金のみならず、通常であれば賃貸人の手元に残るはずの本件敷金すら本件建物として固定化されてしまっているため、本件建設協力金の弁済期限を本件賃貸借契約の契約期間と一致させることで、本件敷金や本件建設協力金の返還原資を本件賃貸借契約における賃料で賄うということを念頭においていたと解されるところ、本件賃貸借契約一四条二項の定めは、本件賃貸借契約が訴外スポットの解約申入れによって、契約期間の途中において終了させられてしまう場合、残期間の得べかりし賃料収入を失うばかりか、前記のような被告らの資金計画が破綻を余儀なくされ、また、その後の本件建物の利用においても制約を受けざるを得なくなることから、右解約申入れによって生ずるであろう損害を補填するため、賃貸人である被告らにおいて、本件敷金及び本件建設協力金の未返還分の合計額に相当する額の違約金請求権が発生するとしたものである。
そうだとすると、本件賃貸借契約一四条二項の適用において、訴外スポットが破産し、破産管財人からの解約申入れがあった場合を除外する理由はないから、同条項は、民法六二一条後段の規定に対する特別の定めに該当する。
したがって、原告の解約申入れによって、本件敷金及び本件建設協力金の未返還分の合計額に相当する額の違約金請求権が発生する。
なお、原告は、本件賃貸借契約一四条二項による違約金請求権が破産宣告時までに現実化していないとして本来であれば劣後的破産債権と扱われるべきものであり、破産管財人が賃貸人からの相殺を許せば結果として破産債権よりも劣後破産債権を優遇して扱うこととなって債権者平等に反する旨主張するが、破産法六〇条一項は、破産管財人が破産宣告前に破産者が第三者と締結した契約のうち未だ履行が完了していないものを解除した場合において、右解除によって相手方に発生する損害賠償請求権を破産債権として行使できる旨を定めており、破産管財人の解約申入れによって生ずる右損害賠償請求権は、いずれも破産宣告当時において現実化していない点において、本件賃貸借契約一四条二項による違約金請求権と何ら変わるところはなく、そして、破産法九八条によれば、破産債権者は、破産宣告当時、破産者に対して債務を負担するときは破産手続によらずに相殺をすることができるとしているから、原告の主張には理由がない。
また、原告は、賃借人からの解約申入れの場合に多額の違約金が発生し、預託保証金と相殺されてしまうのでは法が破産管財人に与えた解約権が無意味となる旨主張するが、破産管財人に対して認められた双務契約の解除権は、本来の契約原則からすれば許されない契約解除について破産財団の便宜のために特別にこれを認めたものであって、それがゆえに公平の見地から右解除から生ずる損害賠償請求権についてこれを破産債権として行使することが認められているところ、この理は賃貸借契約の解約申入れの場合においても同様と考えられるから、破産管財人からの右解約であるがゆえに、破産管財人が特別な利益を与えるものではないから、契約の終了の際に発生する損害賠償請求権が多額であるがゆえにその発生自体が不当視されるというのはおかしな話であって、問題は、当該違約金の定めが合理的か否かという観点から考えるべきであるところ、本件賃貸借契約一四条二項の定めは、前記認定のような本件賃貸借契約締結の際の特殊な事情に基づいて訴外スポットと被告らとの間において定められた合理的な約定というべきものであって、破産手続において本来であれば得られない望外の利益を得ることを目的としたりするなどといったものではないから、破産管財人の解約申入れの場合だけにおいてその発生を不当視される理由はなく、原告の主張には理由がない。
四 争点4(被告らによる相殺の可否)について
本件賃貸借契約一四条二項が、訴外スポットから賃貸借期間途中に解約申入れがなされた場合、被告らにおいて、本件敷金及び本件建設協力金の未返還分の合計額に相当する額の違約金請求権が発生し、右債権と本件敷金返還債務及び本件建設協力金の未返還部分の返還債務とを消滅させる相殺契約の定めであることは前提となる事実のとおりであり、右定めは、違約金請求権を自働債権とし、未だ条件の成就していない本件敷金返還債務及び未だ期限の到来していない本件建設協力金返還債務を受働債権としてこれを相殺する旨の相殺契約である。
したがって、本件賃貸借契約一四条二項が適用される場面において、被告らは、停止条件付債務である本件敷金返還債務については、未だ本件建物の引渡しを受けていないから、未だ本件敷金返還債務を負担しておらず、また、本件建設協力金返還債務については、破産宣告前からこれらを負担していることになる。即ち、本件賃貸借契約一四条二項は、相殺が禁止されている破産法一〇四条一号の破産債権者が破産宣告の後に破産財団に対して債務を負担したときに該当するものではない。
原告は、破産宣告前から成立している停止条件付債務について、宣告後に条件が成就したときに破産法一〇四条一号が適用され、相殺が禁止されるかどうかについて議論があり、破産法九九条後段が停止条件付債務を受働債権とする相殺を認めていることから、破産法一〇四条一号に該当せずに相殺が許されるという結論も十分にあり得るが、相殺を認めるかどうかについては、合理的相殺期待の前提となる停止条件付債務の内容及び損害賠償の内容を吟味して考える必要があり、合理的相殺期待の対象となり得ないものは、相殺が許されないと解すべきである旨主張する。
確かに、破産宣告後に停止条件が成就し、その後に当該債務を受働債権として相殺する場合には、破産法一〇四条一号の規定との関係が問題となり、かかる場合を巡って議論がなされており、合理的な相殺期待が認められる場合には相殺を許すべきだとする見解もある。しかしながら、そこで議論がされている合理的な相殺期待が認められるか否かというのは、停止条件付債務の範囲の議論であって、原告の主張のように自働債権の範囲をうんぬんしているものではない。そして、敷金返還債務は、賃貸人において、賃借人に対して有している債権と相殺することを期待することが合理的な停止条件付債務であると解するのが相当である。
そして、本件建設協力金返還債務は停止条件付債務ではなく、破産宣告前から既に発生している債務であるから、破産法一〇四条一号の規定の適用が問題となる債務では元々ない。
また、原告は、損害賠償請求権を破産債権として扱う以上、当該損害賠償請求権が他の破産債権と同等に処理されるべき実体を有することが必要であり、①返還すべき敷金、建設協力金の中間利息相当額、②新規の賃借人が賃借するまでの賃料収入がなくなる補填分に限定されるべきである、訴外スポットと被告らとの間で合意された多額の違約金は対象外であり、それらを破産債権であるとして自働債権とする本件賃貸借契約一四条二項の定めは効力を有しない旨主張するが、破産法六〇条一項は、破産管財人から契約を解除された相手方において破産債権者として権利を行使し得る損害賠償請求権の範囲を制限していないばかりか、本件賃貸借契約一四条二項の定めは訴外スポットと被告らとの間において定められた合理的な約定であり、違約金請求権の発生を不当視される理由がないことは前記のとおりである。
したがって、原告の主張には理由がない。
五 結語
以上の事実によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
別紙物件目録<省略>
別紙残置物件一覧表<省略>