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名古屋地方裁判所 平成10年(行ウ)27号 判決 2000年11月20日

原告

右訴訟代理人弁護士

竹内平

西尾弘美

安藤巌

岩井羊一

荻原剛

勝田浩司

竹内浩史

平松清志

被告

熱田税務署長 有賀重介

右指定代理人

長谷川鉱治

小林孝生

酒向潔

高橋知志

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して平成八年三月八日付けでなした平成四年分、同五年分及び同六年分の所得税に対する各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事実の概要

一  本件は、社会保険労務士業及び保険代理業等を営む原告が平成四年分ないし平成六年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税について確定申告したところ、被告がいわゆる推計課税の方法により所得金額及びこれに対する税額を更正する処分(以下「本件更正処分」という。)並びに過少申告加算税の賦課決定処分(以下、「本件賦課決定処分」といい、右両処分を併せて「本件課税処分」という。)を行ったのに対し、原告が、被告の本件課税処分は違法な税務調査に基づいてなされたものであること並びに右推計課税は必要性及び合理性のない違法なものであることを主張して、本件課税処分の取消を求めた事案である。

二  前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定可能な事実)

1  原告は、社会保険労務士業及び保険代理業等を営む者であり、本件係争各年分の所得税についての課税の経緯は別表一のとおりである。

2  本件課税処分に至る申告等の経緯及び被告の原告に対する税務調査の概要は、次のとおりである(甲一ないし三、七ないし九、乙二、証人志賀晴満、原告本人、弁論の全趣旨)。

(一) 原告は、平成六年分の所得税の確定申告書を平成七年三月一三日に被告宛提出したが、同申告書には源泉徴収税額等の明細書(所得税法一三八条、同法施行令二六七条二項、同法施行規則五三条一項四号)が添付されていなかった。

(二) 熱田税務署個人課税第二部門に属していた係官の志賀晴満(以下「志賀係官」という。)は、原告に対し、平成七年三月二一日ころ、平成六年分所得税の確定申告について源泉徴収税額等の明細書が添付されていないので、三月二七日午後二時ころ来署されたい旨記載された「確定申告についてのおたずね」と題するはがき(乙二)を送付した。

(三) 原告は同月二七日の午前九時ころ、志賀係官に対し、午後三時ころまでには行ける旨連絡した上、そのころ来署したが、志賀係官は他の納税者に対する応対に追われており、原告は待たされることとなった。すると原告は、前記はがきの余白に「答 先方より送って来てないので添付してないだけです。以前にも申し上げましたが、労務士にも守ヒギムがあり相手方は申し上げられません。時間指定をしておいて長く待たせる体制はどうか。」と書き込んだ上、右はがきを置いて帰った。

(四) 同月二九日に原告と志賀係官が電話で会話した際、志賀係官は源泉徴収税額等の明細が不明であることを指摘し、取引先の明細を提出するよう求めた。しかし、原告は社会保険労務士としての守秘義務があるから提出できない旨返答し、話はまとまらなかった。

(五) 志賀係官の上司である中嶋康伸統括官(以下「中嶋統括官」という。)は、同年五月ころ、志賀係官に対して原告の税務調査をするよう指令した(以下、これ以降に行われた原告に対する税務調査を一括して「本件税務調査」という。)。このため、志賀係官は同月一一日午後一時四五分ころ、ほか一名とともに原告宅に赴いたが、原告は不在であったことから、原告宅のポストに、本日平成四年分から平成六年分の所得税・消費税の調査のため訪問したけれども不在であった旨及び五月一八日午前一〇ころ再び伺うので右年分の申告の基になった帳簿書類等を用意の上在宅されたい旨が記載された「所得税・消費税調査の協力方の要請について」と題する書面(甲一)を差し入れて辞去した(以下「五月一一日訪問」という。)

右訪問に際して、志賀係官は原告に対し事前に連絡をしなかった。

その後、原告から志賀係官に対し、五月一八日は都合が悪く、同月二三日午前一〇時からにしてほしい旨電話で申出があり、志賀係官はこれを了承した。

(六) 同月二三日、志賀係官及び八木亮治係官(以下「八木係官」という。)は、原告方に赴き、原告の平成四年分から平成六年分の所得税の申告内容を確認するため訪問したこと、申告の基礎となった帳簿書類等を確認させてほしいことを申し述べた。原告は、A民商の事務局員の乙ほか一名を立ち会わせた上、社会保険労務士の守秘義務につき主張した。志賀係官らは、税務職員には守秘義務が課せられており、原告が取引先の明細を税務職員に見せても社会保険労務士の守秘義務には抵触しないと思う旨説明したが、原告は書面等でその旨をはっきり示すべきであると主張していた(以下「第一回臨宅調査」という。)。

(七) 同月三〇日ころ、原告と志賀係官が電話で会話した際、志賀係官は社会保険労務士の守秘義務に関する判例は見つからないが、税務調査は所得税法二三四条所定の質問検査権に基づいているので原告は答弁する義務があると述べた。これに対し、原告は、志賀係官の上司と話がしたいと要求したため、日程調整の上、同年六月一日、原告が熱田税務署に来署することになった。

(八) 同年六月一日、原告は乙とともに来署して中嶋統括官と面談した(以下「六月一日来署」という。)。その際、原告は、社会保険労務士は守秘義務があるから税務調査にあっても資料は提示できないとし、右守秘義務にもかかわらず取引先の住所氏名を明らかにせよというのであれば、根拠を文書で示すようにと要求し、同趣旨の「請願法による請願書」と題する書面(甲二)を提出した。中嶋統括官は、所得税法及び関連法規を示した上、源泉徴収税額の還付を受けるためには支払者の住所氏名を明らかにする必要があること、税務調査の目的及び税務職員に守秘義務があることに照らせば、税務調査が守秘義務に抵触することはなく、かえって納税秩序維持のために納税者の協力が必要であり、税金の還付を納税者が放棄すれば済むという問題ではないことを説明し、原告の求める文書での回答はしない旨伝えた。

(九) 同月八日、原告は乙とともに再び来署し、中嶋統括官と面談した(以下「六月八日来署」という。)。その際、原告は、「書き写さないのであれば収入明細の一覧表を見せてもいい。それが駄目なら収入明細の支払者の住所氏名をA、B、Cとして見せる。」と述べ、前記請願書に対する書面での回答がないことに抗議する内容の再請願書(甲三)を提出した。これに対し、中嶋統括官は、条件付きの帳簿書類の提示は認められないと述べた。

(一〇) 志賀係官と原告は電話連絡の上、同月二七日午前一〇時から原告方で臨宅調査を行うことを取り決めた。その際、志賀係官は原告に対し、第三者のいる所では帳簿書類を見ることはできないのでよろしくお願いしたい旨述べた。一方、志賀係官はこの間に原告の取引銀行に対する反面調査を開始していたところ、これを知った原告は、同月二一日と二二日に抗議した。

(一一) 同月二七日午前一〇時ころ、志賀係官と八木係官は税務調査のため原告宅に赴いたが、原告は乙ほか一名を同席させて、反面調査に関して抗議した。これに対し、志賀係官らは原告に対し帳簿書類の提示を求めるとともに、乙ら第三者は席を外してもらいたいと要求した。しかし、帳簿書類の書き写し等をめぐって対立が生じ、志賀係官は今後は署のやり方で調査を進めさせていただく旨言い置いて原告宅を辞去した(以下「第二回臨宅調査」という。)。

(一二) 平成八年一月一六日、志賀係官は、ほか一名とともに原告宅を事前の連絡なく訪問したが、原告が不在であったため、「お忙しいところ恐縮ですが、一度ご連絡くださいますようお願いします。」と記載したメモ(甲七)をポストに差し入れて帰った(以下「一月一六日訪問」という。)。

(一三) 同月一九日、原告は志賀係官に電話して抗議し、その後も事前連絡のない臨宅調査や反面調査に対して抗議する趣旨の書面二通(甲八、九)を郵送するなどした。一方、志賀係官は同年二月に入ると原告の金融機関以外の取引先に対する反面調査を行い、調査の結果をとりまとめて原告の平成四年から六年までの所得金額及び税額を算出し、平成八年三月五日に原告方の留守番電話に連絡を待っている旨の伝言を録音し、翌六日に原告と電話で会話した際、調査結果を伝えて修正申告を勧奨したが、原告はこれに応じなかった。このため、被告は本件課税処分を行い、原告に通知した。

第三争点

一  本件税務調査の適法性

(原告の主張)

1 税務調査に関する適正手続の要請と課税処分の違法

(一) 税務行政が国民の財産権を侵害する可能性のあるものであること、所得税法二三四条の質問検査が任意調査であるものの不答弁罪等により納税者に調査を受けることを強制するものであることにもかんがみれば、税務調査の手続においても憲法三一条以下の適正手続が保障されるべきであることは明らかである。そして、質問検査の適法要件について最高裁判所が荒川民商広田事件(昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定)で示した原則に照らせば、税務職員は法令に明文で規定されていない質問検査の実施の細目について無限定な裁量権を有するものではなく、具体的な状況いかんによっては事前通知等が要件となり、それを欠くことによって税務調査は違法となるというべきである。

(二) また、わが国の税法が申告納税制度を採用していることに照らせば、課税庁は、納税者は正しい申告をしているものとみなして、その申告内容を尊重し、基本的には納税者の申告を疑ってはならないという大原則があるというべきである。すなわち、納税者の支払うべき税額は、原則として納税者が行う確定申告によってのみ確定するところ、所得税法は、税務署長が行う更正処分によって確定申告が覆ることを例外的に認めているのであるが、それはあくまでも例外にすぎないのであるから、調査の必要性がある場合は限定的であり、その必要性がある事情は客観的に明白でなければならない。そして、税務調査を受けることにより、納税者は時間と手間などの負担を被るから、調査をする場合には納税者の私的利益を尊重すべきであって、かかる観点からも、税務調査においては、納税者に対して事前通知を行うこと、調査理由を開示すること、納税者の要求する立会人を同席させること、反面調査は例外的に行うべきことが要請される。

(三) 国税庁は、「税務運営方針」という文書の中で、調査内容を納税者が納得するように説明すべきこと、事前通知の励行に努めること、反面調査は客観的にやむを得ないと認められる場合に限って行うこととすることなどの具体的方針を示している。これは、前記(一)の最高裁決定を受けて税務調査についての実施の細目を定めたものと解すべきであるから、右「税務運営方針」に違反した税務調査は違法となる。

(四) そして、課税行政手続につき憲法上の要請である適正手続の保障を実効性あるものとするためには、違法な税務調査がなされた場合、課税処分自体が違法とされなければならない。本件税務調査については、次の2ないし6に述べるような手続的違法があり、これは本件課税処分の違法原因となる。

2 守秘義務の無視

社会保険労務士法二二条は「開業社会保険労務士は、正当な理由がなくて、その業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならない。」として社会保険労務士の守秘義務について定めているが、同条は相手方が私人と公人であるとを問わず、秘密の漏洩を禁じる規定である。したがって、社会保険労務士である原告に対して質問検査を行う場合には、原告に対して守秘義務違反を犯させないよう、事前に調査手続と守秘義務の関係につき明示すべきであるし、その優先関係につき疑義がある場合には、納税者の利益に解し、原告の守秘義務を尊重すべきである。原告の取引先の中には、源泉徴収に関する支払調書を提出していない者もあったところ、そのような取引先との関係では、当該取引先の氏名及び住所が依然として原告の守秘義務の対象となっていたというべきであって、原告の税務申告のために必要であるということが同条にいう正当な理由に該当するとも解しがたい。

しかるに、志賀係官らは、原告が再三にわたって守秘義務を尊重するよう訴え、帳簿書類については閲覧にとどめるよう要請したにもかかわらず、これを無視し、守秘義務と税務調査の関係について何ら説明することなく守秘義務にかかわる資料の開示及び提供を一方的に求め、原告に守秘義務違反を強要したものであり、この点で本件税務調査は違法である。

3 事前通知の欠如

志賀係官は原告に対する事前の通知をせずに五月一一日訪問及び一月一六日訪問を行っているところ、前記前提事実(第二の二2)のとおり、五月一一日訪問は、被告からのおたずねのはがきに誠実に対応している原告に対して行われたものであり、一月一六日訪問は二度の臨宅調査の後、長期間が経過した後に突然行われたものであるから、右各訪問につき事前に通知をしないことに関する合理的理由は全くない。したがって、本件税務調査はこの点で違法である。

4 調査理由の不存在及び非開示

前記1(二)のとおり、税務調査を開始するには具体的な必要性がなければならない。また、このことにかんがみ、右調査理由をできるだけ具体的に納税者に開示することも税務調査の要件とされるべきである。

しかるに、原告につき本件税務調査が開始された理由は不明であり、被告からこれに関する主張立証はなされていない。また、志賀係官は原告に対し、調査理由を申告内容の確認のためとしか告げておらず、この程度では到底理由を開示したとはいえない。したがって、本件税務調査は違法である。

なお、原告の確定申告書には源泉徴収税額に関する明細書が添付されておらず、支払調書も一部不足していたが、このような不備は源泉徴収税額の控除を行わないこととする程度のものにすぎず、申告内容全体を疑わせるに足りるようなものではない。また、被告は、添付書類に不備があっても、源泉徴収の事実があることを確認できれば控除を認める取扱をしてきたところであって、この点からしても、明細書及び支払調書に関する不備は調査開始の理由たり得ない。

5 調査における立会いの排除

税務行政について疎い納税者が、問題点を把握し、適切な説明及び反論をするために、経験のある者や専門家の補佐を求めることは当然であり、税務職員がこのような第三者の立会いを排除することは違法である。

志賀係官は前記前提事実(第二の二2(一〇)及び(一一))のとおり、第二回臨宅調査に先立ち第三者の立会いを排除しようとした上、第二回臨宅調査の当日にも同席していた乙ほか一名の排除を要求した。乙ほか一名は、第二回臨宅調査の際に税務代理行為を行おうとしていたものではないから、両名の立会いは税理士法に違反しないし、税務職員が守秘義務を負っていることは第三者の立会いを排除すべき理由とはなり得ない。したがって、本件税務調査はこの点でも違法である。

6 承諾なき反面調査

反面調査は納税者の取引先に負担を掛けるものである上、取引先に対して納税者が調査を受けていることを公表する結果になり、納税者と取引先の信頼関係を傷つけ、納税者の権利を侵害する。したがって、反面調査は原則として禁止すべきであり、客観的に見てやむを得ないと認められる場合に限って行うべきであって、その場合でも納税者の承諾を得るべきである。

しかるに、志賀係官は、原告が調査に協力しようとしていたにもかかわらず、前記前提事実(第二の二2(一〇)及び(一一))のとおり、無断で原告の取引銀行及び取引先に対する反面調査を開始したものであって、これにより原告には取引先からの問い合わせが相次ぎ、原告の営業が妨害された。また、前記のとおり顧客に対して守秘義務を負っている原告について安易に反面調査を行うことは、原告の守秘義務を犯し、原告と顧客の信頼関係を破壊する。したがって、本件税務調査はこの点においても違法である。

(被告の主張)

1 税務調査手続の違法と課税処分の違法

原告は、税務調査手続の違法を主張するが、仮に税務調査手続に違法がある場合でも、当然に右税務調査に基づく課税処分が違法となるものではなく、調査の手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法性を帯び、何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものと評価を受ける場合に限って課税処分が違法になるものと解される。そして、原告の主張に係る税務調査の違法事由は課税処分自体を違法ならしめる程度に重大なものであるとはいえないから、右主張はそれ自体失当である。

2 社会保険労務士法上の守秘義務と質問検査の関係

(一) 社会保険労務士に報酬を支払う者は源泉徴収をしなければならず(所得税法二〇四条一項二号)、その支払に関する調書を税務署長に提出しなければならないこととされている(同法二二五条一項三号、同法施行規則八四条)。したがって、社会保険労務士の取引先は、少なくとも課税庁に対しては、法の定める記載事項を明らかにしなければならないのであるから、社会保険労務士の取引先名及び取引金額等、右法定の記載事項に該当する事柄は、社会保険労務士が守らなければならない取引先の秘密に該当しない。

(二) また、質問検査権を行使する税務職員等は守秘義務を負っているから、質問検査に応答することは取引先の秘密を漏洩したことに当たらない。

(三) 税務職員による質問検査は、適正な課税という目的を達成するために行われるものであり、その内容は納税者と取引先の取引金額等、経済的事項に関するものである。したがって、税務職員が社会保険労務士の申告内容を確認するために質問検査権を行使した場合、これに応答することは、正当な理由によるものとして守秘義務違反に該当しないというべきである。

(四) したがって、本件で志賀係官が原告に対して取引先別の収入明細や申告の基礎となった帳簿書類等を明らかにするよう求めたことに何ら違法はない。

3 事前通知について

自宅において社会保険労務士業及び保険代理業を営んでいる原告にとって、税務職員が事前通知なしに原告宅を訪問することが格別不利益をもたらすとはいえない。また、志賀係官は、前記前提事実(第二の二2(五)及び(六))のとおり、五月一一日訪問の際、原告が不在であったために書面をポストに投函して辞去しており、調査を実施しておらず、その後原告と連絡をとって日時を取り決めた上で第一回臨宅調査を行っている。したがって、本件において税務調査が事前通知なしに行われた事実はない。

4 調査理由について

質問検査を行う際に調査の理由を個別具体的に告知することは法律上一律の要件とされているものではないところ、本件において志賀係官は、前記前提事実(第二の二2(六))のとおり、原告に対し、本件係争各年分の所得税の申告内容を確認するため訪問した旨述べているのであり、しかも当時原告は既に平成六年分の確定申告書に明細書の添付がないことについての指摘を受けている状況にあったのであるから、志賀係官による右調査理由の告知が原告の要求するような具体的なものでなかったとしても何ら違法ではない。

5 第三者の立会いについて

納税者から依頼を受けた税理士以外の第三者が立ち会うところで質問検査権を行使し、帳簿書類を検査したりすることは、税務職員に課せられた守秘義務に反するおそれがある以上、税務職員が税理士が行うのと同様の業務を無資格で行っている者と応対することとなり、税理士法違反の行為を容認することになるおそれがある。したがって、税務職員が税理士資格を有しない第三者の立会いを排除するよう求めることはその職務として当然の行為であり、志賀係官が第二回臨宅調査に際して第三者の立会いを断ったことは適正な調査を保障しこそすれ、何ら原告の権利を侵害するものではない。

6 反面調査について

本件において、原告は、後記二の被告の主張のとおり、社会保険労務士法上の守秘義務があるなど種種の理由にならない理由を挙げて帳簿書類の提出を拒んだため、その所得金額を把握することが困難であった。志賀係官がこのような状況下で反面調査を実施したことが社会通念上相当とされる限度を超えているということはできず、原告の主張は失当である。

二  推計の必要性について

(被告の主張)

原告は、社会保険労務士法上の守秘義務を理由に帳簿書類の提出を拒否し続け、志賀係官らの再三にわたる調査協力依頼にもかかわらず、書き写さないのであれば帳簿書類を提示するなどの理不尽な答弁に終始し、調査の着手である五月一一日訪問から約一か月半もの間、本件係争各年分の所得金額の算定に必要な帳簿書類の提示を行わなかった。しかも、原告は、第二回臨宅調査の際にも「なぜ反面調査を行うのか。納税者の権利を守れ。」等と抗議し、志賀係官らが帳簿を提示するよう再三依頼した後にようやく預金通帳と思われる書類等を机上に取り出したものの、「反面調査をするのであれば見せない。反面調査は絶対しないと約束しろ。」などと申し立てて、右書類等を志賀係官らに確認させなかったものである。このため被告は原告の本件係争各年分所得金額を実額で把握することはできないと判断し、やむを得ず推計の方法により所得金額を算定して所得税額を計算したものであって、本件において推計の必要性があったことは明らかである。

(原告の主張)

1 推計課税の必要性が認められるのは、帳簿書類が存在しない場合、帳簿書類が不備な場合又は納税者が正当な理由なく税務調査に協力しない場合であると解される。

2 原告は、第一回及び第二回の臨宅調査の際、いずれも収入及び経費に関する資料(収入に関する一覧表及び預金通帳等)を準備した上、志賀係官に示しており、志賀係官は少なくとも第二回臨宅調査の際にはこれを手にとって見ている。したがって、第二回臨宅調査の際には、志賀係官が資料を見ることは可能であったし、原告は質問されればそれに対して説明をする予定でいた。このように、帳簿書類は存在しており、帳簿書類に不備はなく、原告は自らの社会保険労務士としての守秘義務に抵触しない範囲内で税務調査には協力していたのであって、志賀係官は原告の守秘義務を無視して原告の提示した資料を書き写すことに拘泥したために原告の準備した資料を確認できなかっただけであるから、推計の必要性はない。また、原告が本件税務調査を通じて承諾のない反面調査や事前通知の欠如といった被告の違法な手法に対して抗議していたことは事実であるが、右税務調査手続が違法なものであることは争点一のとおりであるから、これについて原告が抗議することは正当な理由によるものであり、推計の必要性を根拠付ける事情とはならない。

3 なお、後記争点三のとおり、被告の使用した経費率が更正処分時と異議決定時以降で大きく変動していることからも、被告が行うべき調査を行わず、推計をなすべき必要性がないのに恣意的に本件課税処分を行ったことは明らかである。

三  推計の合理性について

(被告の主張)

1 原告の本件係争各年分の所得金額及び税額についての被告の主張

被告は、原告の本件係争各年分の事業所得及び納付すべき税額を別表二―1記載のとおり推計の方法により算出した。このうち、「収入金額」は、被告が現時点において把握し得た原告の社会保険労務士業及び保険代理業に係る本件係争各年分の収入金額(別表二―2)であり、「必要経費率」は、原告の納税地を管轄する熱田税務署及びその隣接地域を所轄する各税務署管内の同業者のうちから原告の事業内容に基づき設定した別紙一の同業者抽出基準に該当するすべての者を抽出し、算定した必要経費率の平均値である(別表二―3ないし8)。「必要経費の額」は、各年分の右収入金額に右必要経費率を乗じて算出したものであり、これを収入金額から控除して事業所得金額を推計した。これに被告が把握し得た原告の給与所得(別表二―2の愛知県保険医協会に関する収入金額から所得税法(平成六年法律第一〇九号により改正される以前のもの。以下「旧法」という。)二八条三項に規定する給与所得控除額を差し引いたもの)を加算し、右金額から原告の申告に係る所得控除等を法の範囲内で行い、算出した課税総所得金額及び税額から原告の申告に係る住宅取得等特別控除及び法定の特別減税を行い、右金額と被告が把握し得た源泉徴収税額(別表二―2)との差額を原告が納付すべき税額として算定したものである。したがって、右事業所得の金額及び納付すべき税額の範囲内でなされた本件更正処分及びこれに伴う本件賦課決定処分はいずれも適法である。

2 同業者経費率について

右推計に当たり被告が採用した別紙一の同業者抽出基準は、原告の事業内容に基づき、原告と類似性を有する同業者を抽出するために設定したものであり、右基準のうち第一及び第二の各一、一1、2及び5、二並びに三は、いずれも業種及び業態の類似性を、一の3及び4は所得金額が確定した業者を抽出するためのものであり、一の「青色申告決算書を添付し、青色申告書を提出している者」という要件は数値の正確性を担保するためのものである。また、類似同業者の抽出は、名古屋国税局長が発した通達により、各税務署長が機械的に右抽出基準に該当するすべての者を抽出する方法で行われたものであるから、その抽出に当たって恣意が介在する余地はない。したがって、右により算出された必要経費率を用いて原告の本件係争各年分の事業所得金額を計算したことには合理性がある。

3 原告の主張に対する反論

(一) 事実主張としての不当性について

原告は独自の方法で本件更正処分の基礎とされた収入金額を推定した上、経費率が恣意的に定められていると主張するが、更正処分に当たっては反面調査等により判明した数値を推計の基礎となる収入金額として使用するものであって、推計に当たって課税庁が申告額を大幅に下回る金額の収入金額を採用するわけがないというのは原告の偏見である。したがって、原告による収入額の推定には根拠がなく、経費率の算定も不合理であるから、原告の主張は前提を誤っている。また、志賀係官は原告の取引先に対して反面調査を行った上、税務署内部の標準的資料を使用して経費率を算出し、本件更正処分における税額を算定したものであるから、何らの調査なしに本件更正処分がなされたということはない。なお、被告が本件更正処分の基礎となった収入金額及び経費率について明らかにしないのは、後記(二)のとおりこの点に関する原告の主張が法的に失当であるからにすぎない。

(二) 法的な不当性について

課税処分に違法性があるか否かは、いわゆる総額主義により、当該処分によって確定された税額が処分時に客観的に存在した税額を上回るか否かによって決定されるべきであり、この見解を採用する場合、仮に課税庁が処分時に認識した処分理由に誤りがあったとしても、当該処分の適法性には何らの影響がない。そして、課税庁は原処分において採用した推計の計算のための根拠事実に限定されることなく、訴訟において新たな事実を主張することができる。したがって、原処分の推計根拠がいかなるものであったとしても、訴訟において最終的な所得税額を裏付ける推計根拠さえ示すことができれば処分の適法性の主張としては十分なのであって、原告の主張は推計の合理性を争そう事情としては失当である。

(原告の主張)

1 被告は、本件訴訟において、原告が再三要求しているにもかかわらず、本件更正処分の基礎となった本件係争各年分の原告の収入金額及び経費率の数値を明らかにしないが、これは被告が本件更正処分において、恣意的な収入金額及び経費率を使用したことの表れである。

原告は、異議決定時に基礎とされた収入金額及び経費率と、原告の申告した収入金額を根拠に、被告が本件更正処分の基礎としたであろう本件係争各年分の収入金額及び経費率の数値を推定したが、その結果は別紙二ないし四のとおりである。右推定に当たっては、被告が原告の申告よりも少ない収入金額を認定して更正処分をすることはあり得ないということを根拠に、申告に係る収入額と異議決定時に認定された収入額のいずれか多い方を更正処分時における収入額とする方法を採用した。右推定の結果から明らかなように、更正処分時に被告の採用した経費率は異議決定時及び本件訴訟において被告が主張している経費率と著しく乖離しており、このことは本件更正処分時に被告が経費率に関する必要な調査を全く行っておらず、恣意的な数値を使用して更正処分をしたものであることを如実に示すのみならず、被告が訴訟において主張する経費率が恣意的なものであり、合理性を欠くものであることをも示すものである。

また、何らの調査を行わずしてなされた課税処分は違法であるところ、本件のように調査を行わず恣意的な数値を用いて更正処分をした上、訴訟になるやこれと異なる恣意的な経費率を主張して処分の正当性を主張するようなことは到底許されないから、この意味でも本件には推計課税の合理性がない。

2 なお、原告は、被告が本件訴訟において主張する類似同業者経費率が実額の経費率と合致しているかどうかを積極的に争うものではなく、実額による反証はしない。

四  本件課税処分の適法性

第四争点に対する判断

一  争点一(本件税務調査の適法性)について

1  本件税務調査における具体的交渉状況

前記前提事実(第二の二2)及び証拠(甲二、五、一〇ないし一二、二二ないし二五、乙四ないし九、証人志賀晴満、原告本人)によれば、本件税務調査における原告と志賀係官らの交渉状況等は以下のとおりであったと認められる。

(一) 原告は、本件係争各年分の確定申告に関連して、社会保険労務士業に関する顧客別の収入金額及び顧客名を羅列した一覧表(甲一〇ないし一二、以下「一覧表」という。)を作成していた。右一覧表の用紙の一部には申告のためになされた経費率の計算等も記載されていたが、原告は第一回臨宅調査を受けることが決まると、調査に備えてあらかじめ一覧表から経費率の計算をした部分を切り取り、社会保険労務士法の守秘義務に関する箇所のコピーを用意した。

(二) 原告は、第一回臨宅調査の際、訪れた志賀係官らが本件係争各年分の所得税の申告内容に関する調査である旨を告げた後、申告の基になった帳簿類を確認させてほしいと依頼したのに対し、相手方から支払調書が来ないものは出せないと言い、社会保険労務士法のコピーを示して、社会保険労務士には守秘義務があり、源泉徴収税額等の明細書は出せない、今の仕事を始めて二、三年後に同じようなことを言われたが、今まで通ってきているのにおかしいと述べて、帳簿書類等の提示を拒絶した。志賀係官は、税務職員には守秘義務が課せられており、原告が支払先の明細を見せても守秘義務違反にはならないと思うと述べたが、同席していた乙が守秘義務違反にならないのであればはっきりしたものを出せ、と主張したため、志賀係官は原告及び乙らが守秘義務に関する書面の提出を要求しているものと理解し、それ以上の調査を断念して原告方を辞去した(なお、原告は、本人尋問において、この時志賀係官に対して一覧表及び預金通帳を提示し、志賀係官がこれを少し触るなどした旨供述するが、当時原告及び乙らが守秘義務について強硬な主張をしていたこと、原告自身、請願書(甲二)に事実経過として、第一回臨宅調査の際守秘義務があるので取引先は告げられない旨志賀係官に述べたと記載していること、原告が第一回臨宅調査の後である六月一日来署の際にも守秘義務を根拠に資料の提示を拒否していることに照らし、信用しがたい。)。

(三) 志賀係官は平成七年五月三〇日ころ、原告と電話で会話した際、社会保険労務士の守秘義務に関する判例は見つからない。税務職員には守秘義務が課せられているので原告が答えた内容は他に漏れることはない、税務調査は所得税二三四条所定の質問検査権に基づいているので原告は答弁する義務があると述べ、協力方を要請した。しかし、原告は納得せず、上司を出せと要求し、中嶋統括官と六月一日来署につき約束した。

(四) 六月一日来署の際、原告及び乙の応対に当たったのは中嶋統括官と志賀係官であり、主に中嶋統括官が回答に当たった。原告は第一回臨宅調査の際と同様に守秘義務があるから帳簿書類を見せることはできないと主張し、取引先の住所氏名を明らかにすべき根拠を文書で示すようにと要求して請願書を提出した。中嶋統括官は、原告に対し、所得税法及び関連法規を示した上、源泉徴収税額の還付を受けるためには支払者の住所氏名を明らかにする必要があること、税務調査は納税秩序維持のために行っているものであり、納税者が守秘義務を理由に調査に協力しない場合は納税秩序を維持することができなくなること、税金の還付を納税者が放棄すれば済むという問題ではないこと、税務調査は申告の基になった帳簿書類を確認する作業であり、納税者の職業上の秘密を収集する作業ではないこと、税務職員は国家公務員法上及び税法上厳しい守秘義務を課せられているので、調査によって知り得た秘密が漏れることはなく、納税者の守秘義務に税務調査は抵触しないことについて説明し、守秘義務に関して原告の求めるような文書での回答はしないと述べた。しかし、原告及び乙は納得せず、話は平行線のまま推移したため、結局、原告及び乙が再度検討した上、帳簿書類を提示することにするのであれば一週間以内に税務署側に連絡するという約束になった。その際、中嶋統括官は、もし連絡がない場合、原告は守秘義務を理由に調査に協力しないと判断して、署のやり方で調査を進めさせていただくと告げた。

(五) 六月八日来署の際、原告は、中嶋統括官に対し、守秘義務についての文書回答を要求する再請願書を提出した上、「書き写さないのであれば収入明細の一覧表を見せてもいい。それが駄目なら収入明細の支払者の住所氏名をA、B、Cとして見せる。」と述べたが、中嶋統括官は条件付きの帳簿書類の提示は認められない、原告の考え方によれば弁護士や公認会計士が確定申告書に添付している報酬の明細書はすべて守秘義務違反に該当することになるがいかがか、と答えた。そして結局この日も交渉は進展せず、物別れに終わった。原告及び乙が帰宅した後、中嶋統括官は、原告及び乙が帳簿等の提示について条件を付けたことから、金融機関に対する反面調査に入るよう志賀係官に指示し、同係官は同月一六日ころから文書照会による反面調査を開始した。

(六) 原告は、中嶋統括官が六月一日来署の際に話した内容について、税務職員の守秘義務のほうが原告の守秘義務よりも重要だという意味であると解釈していたため、その当否につき名古屋法務局に行って相談をした。そして、相談の結果、原告の見解に法務局職員も同意したと考えて帰宅し、中嶋統括官に電話をかけ、法務局で話を聞いてきたので守秘義務の優劣について面談したいと述べた。中嶋統括官はそのような必要はないとして面談を拒絶したが、会話の中で原告が、自分が見せると言っている書類まで見ないで済ませるのか、と言ったため、中嶋統括官は原告が見せる書類があるなら見に伺いますと答え、志賀係官に指示して原告との間で第二回臨宅調査の日程調整をさせた。志賀係官は日程調整の電話の際、第三者の排除方を原告に依頼した。

(七) 原告は、被告が金融機関に対する反面調査を開始したことを同月二〇日に知って強く怒り、翌二一日に口頭で抗議した上、同月二二日には、次回の調査日程が両者の合意で決まっているのに信義に反して半面調査を行ったことにつき抗議する、今後の進行は私に陳謝状を入れてからにしてもらいたい旨の「詰問書」と題する内容証明郵便(甲五)を中嶋統括官及び志賀係官宛に発送した。

(八) 第二回臨宅調査の際、志賀係官と八木係官が原告宅を訪問すると、まず原告が「なぜ反面調査をするんだ。納税者の権利を守れ。」と強い口調で言った。そして、同席していた乙が、原告の了解を得ずに反面調査するのはおかしい。勝手に反面調査しないと約束しろ、と述べ、もう一名の原告側同席者も、反面調査によりどれだけ信用を傷つけているのか分かってるのか、反面調査はやめろ、などと威圧的な口調で言った。これに対し、志賀係官が反面調査は違法ではないと述べて帳簿書類を見せるよう要求したところ、原告はこれに応じる態度を示した。そこで、志賀係官は帳簿書類の内容を調べる際、第三者が同席したままでは不都合であると考えて乙ほか一名に対し退席を求めたが、原告は方針を考えるとして資料を持って乙ほか一名とともにいったん退席した後、再び志賀係官らの所に戻り、一覧表と預金通帳及び経費に関する帳票を取り出した。しかし、志賀係官が帳簿書類の内容を書き写そうとしたところ、原告が抗議し、反面調査に行かないと約束しないなら書類は見せられない、百歩譲って反面調査に行く場合も必ず原告に通告してから行くよう約束しろなどと抗議し始めた。これに対し、志賀係官がそのような約束はできないと答えると、原告は帳簿書類は見せられないと述べ、志賀係官らは調査の続行を断念して辞去した。

(九) 志賀係官は他の税務調査等で多忙であったこともあって、その後しばらく原告に対する税務調査を中断していたが、中島統括官から調査の続行につき指示を受け、平成八年に入って一月一六日訪問をした。しかし、原告がこれについて激しく抗議したことから、志賀係官は原告に対し直接税務調査を行うことを断念し、金融機関以外の原告の取引先に対する反面調査を進め、これらの調査によって把握した収入金額を基礎に、原告の本件係争各年度分の所得金額及び税額を算出し、右数値に基づいて本件課税処分が行われた。

2  税務調査手続の違法と課税処分の違法について

(一) 所得税法二三四条一項所定の質問検査による税務調査は、租税実体法により成立した抽象的な納税義務を具体的に確定するための事実行為であって、課税処分とは本来別個のものであり、この調査手続自体が課税処分の要件となっているものではない。このことからいって、税務調査の手続に仮に何らかの違法な点があった場合でも、そのこと自体から右税務調査に基づく課税処分が当然に違法になるものではなく、調査の手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法性を帯び、何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものと評価を受ける場合に限って課税処分自体が違法になるものと解される。

(二) ところで、原告は、わが国が申告納税制度をとっていることを根拠に、課税庁は納税者の申告を疑ってはならないという大原則があるとして、税務調査は客観的に明白な必要性のある場合に限って例外的に許されるものであると主張する。しかしながら、所得税法が税務職員に質問検査権を認めた趣旨は、申告納税制度を前提として、税務職員に申告内容の確認あるいは検証をするための権限を認めることにより、適正、公平な課税を実現しようとするものであると解されるところ、原告主張のように税務調査を限定的にしかなし得ないとすると、適正公平な課税の実現という制度目的を達成することはきわめて困難になることは容易に予想できるところであって、原告の右見解は独自のものというべきであり、採用しがたい。さらに、原告は、事前通知、調査理由の開示、立会人の同席、反面調査の補充性等が要請されるとして、これらの手続を履践していない税務調査は違法であると主張するが、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施細目については、質問検査の必要があり、かつこれと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解すべきであり、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行う上の法律上一律の要件とされているものではない(前掲最高裁昭和四八年七月一〇日決定)から、これらが一律に調査の適法要件となる旨の原告の主張は失当である。

(三) また、原告は、「税務運営方針」を根拠に、調査内容の説明や事前通知、反面調査の補充性等が調査の適法要件となる旨主張するが、税務運営方針は円滑な税務行政を遂行しようとする観点から調査担当者の心構えを説いたものであるから、これに反することが直ちに調査手続の違法をもたらすものではない。

(四) そして、税務調査手続に違法があるか否か、それが課税処分に影響を及ぼすものかどうかは、前記(一)のとおり、調査が社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるものであるか等により決すべきであるから、以下、原告主張の違法事由に則して、本件に関しこのような事情があるかについて判断する。

3  社会保険労務士法上の守秘義務との関係について

(一) 社会保険労務士法二二条は、社会保険労務士が職業上、顧客のプライバシー及び名誉や営業上又は信用上の秘密にかかわることが多いことにかんがみ、業務に関して知り得た秘密に対して守秘義務を課すことによって、顧客の利益を保護するために定められたものであって、同法が保護しようとする「秘密」とは、右のような性質の情報に代表されるような種類のものを指すと解される。原告は、顧客名、顧客の住所及び取引金額が同条の「秘密」に該当する旨主張するが、これらの情報から判明するのは、単に当該顧客が原告に対して社会保険労務士としての業務を委任し、その業務に対して報酬を支払っているという事実にすぎない。そして、このような事実が判明したとしても、顧客のプライバシーや名誉、信用等が害されることは通常あり得ないから、これらの情報については社会保険労務士の職業上の特性からくる機密保持の要請が働かず、守秘義務の対象たる「秘密」に該当しないというべきである。

(二) 次に、国家公務員は国家公務員法一〇〇条により、地方公務員は地方公務員法三四条によりそれぞれ守秘義務を負っているほか、税務調査に関する事務に従事していた職員が、事務に関して知り得た秘密を漏らし、又は盗用したときは、懲役刑を含む厳しい刑罰を受けるものとされている(所得税法二三四条等)。税務職員がこのように厳しい守秘義務を課せられていることからすれば、税務職員に対して税務調査の目的で顧客の氏名、住所及び取引金額を明かすことは、社会保険労務士法の禁ずる「秘密を他に漏らすこと」にも該当しないというべきである。

(三) また、原告のような解釈をとった場合、社会保険労務士のほか、弁護士等の守秘義務を課せられている事業者はすべて、職業上の守秘義務を根拠として収入に関する具体的事実のほとんどすべてを課税庁に対して秘匿できることとなるが、このような解釈が適正公平な課税の実現を著しく阻害し、国の租税徴収権を骨抜きにするもので許されないことは明らかである。

(四) 以上のいずれの点からしても、原告の取引先の氏名、住所及び取引金額について調査をすることが社会保険労務士法二二条の守秘義務を侵すもので許されない旨の原告の主張は失当であり、志賀係官らがこの点についての調査を行ったことは何ら違法はない。

4  事前通知について

事前通知が一般的に税務調査の適法要件とされるものでないことは前記2のとおりである。ところで、原告は本件について、五月一一日訪問と一月一六日訪問に関して事前通知がなされなかったことを問題としているにすぎないところ、右各訪問の際、志賀係官らは二度とも原告に面会しておらず、ポストに文書を投函しているにすぎず、二度の臨宅調査はいずれも原告と日程を調整した上で行われている。したがって、五月一一日訪問と一月一六日訪問に先立ち通知をしなかったことは原告に対し単なる不快感以上の具体的不利益をもたらすものでなく、およそ本件税務調査の違法理由にならないというべきである。

5  調査理由の開示等について

前記2のとおり、税務調査をなし得る場合は具体的理由がある場合に限定される旨の原告の見解はこれを採用できず、課税庁は適正かつ公平な課税という目的を達成するために、申告内容が適正なものかどうかを確認するため税務調査を行うことができると解すべきである。したがって、具体的な調査理由(申告内容全体の適正を疑わせるような事情)が存しないことが調査手続の違法原因となる旨の原告の主張には理由がない。また、本件において志賀係官が調査に先立ち本件係争各年分の所得税の申告内容の確認のために来た旨を原告に告げていることは当事者間に争いがないところ、右のとおり調査の開始について過少申告の疑い等の具体的な調査理由が必要であるということはできないのであるから、志賀係官が右説明以上に具体的な調査理由を原告に告げるべきであったということもできない。

6  第三者の立会いの排除要求について

前記2のとおり、税務調査の具体的な実施細目については、一定の範囲で税務職員の合理的選択に委ねられていると解すべきであるところ、税務職員は税務調査につき厳格な守秘義務を課せられているから、税務職員が納税者の秘密保持という見地から納税者に対して第三者を排除するよう要求することにつき違法性があるとは認めがたい。また、第三者が円滑な質問検査を妨害するような行動に出ている場合にも、税務職員は職務上第三者を排除するよう納税者に求めることができるというべきである。

本件において志賀係官は、第二回臨宅調査に先立ち、原告に対して第三者を立会わせないよう要請しているほか、調査当日にも再度同様の要請をしているが、志賀係官は調査当日、帳簿書類等を確認しようとする段階になって第三者に離席を求めているから、秘密保持に配慮してそのような要請をしたものであることが確認できる上、これに加えて、当時調査に立ち会っていた乙ほか一名が前記1(八)で認定したような発言をしていたことなども総合すると、志賀係官が原告に対して第三者を排除するよう要求したことには相当の合理性があるというべきであり、これが違法なものであるとは到底認めがたい。

7  反面調査について

原告は反面調査が原則的に禁止されるべきもので、やむを得ない場合にしか許されず、納税者の承諾を要件とする旨主張するが、税務職員によって客観的にその必要性があると認められる限り、社会通念上相当な限度内でこれを行うことは何ら差し支えなく、右は原告の独自の見解であり採用できない。

そして、前記1で認定したとおり、原告は本件税務調査が開始された当初から社会保険労務士の守秘義務を理由として税務調査に対して非協力的態度をとり続けていたものであるところ、志賀係官が原告に提示を求めていた資料を提示することが原告の社会保険労務士としての守秘義務を侵害するものでなく、右守秘義務が調査に対して協力しないことに関する正当な理由たり得ないことは前記3のとおりである。しかるに、原告は、志賀係官や中嶋統括官から同趣旨の正当な説得を受けたにもかかわらず、自己の見解に固執し、調査開始後相当期間が経過した六月八日来署の際にも、帳簿書類の提示に条件を付けるなどの非協力的態度に終始していたのであるから、志賀係官及び中嶋統括官が原告から申告の裏付けとなる資料の提供を受けることにつきある程度見切りをつけてそのころ以降反面調査に踏み切ったことが、社会通念に反して許されないとは認めがたい。

8  以上のとおり、本件税務調査につき本件課税処分を違法ならしめるような重大な手続的違法があるとは認めがたい。

二  争点二(推計の必要性について)

納税者が収支を明らかにする帳簿を備えていない場合、帳簿書類の備付けがあってもその記載内容が不正確である場合及び納税者が税務調査に対して非協力的である場合には、課税庁は推計の方法により課税することが許されるというべきである。これを本件についてみるに、前記一のとおり、原告は違法事由たり得ない事情を主張して調査に対し非協力的態度をとり続け、反面調査をするなとか、一覧表を書き写すななどと正当な根拠のない要求を繰り返して帳簿書類を提示しなかったと認められるのであるから、本件につき推計の必要性があることは明らかである。

原告は、経費に関する帳簿書類は提示するつもりであったなどと供述するが、実際には前記認定事実のとおり、守秘義務を根拠に調査に対して非協力的態度をとり、収入に関する資料のみならず経費に関する資料についても調査をさせなかったのであるから、原告の内心の事情がどのようなものであろうと推計の必要性に関する前記判断を左右しない。

三  争点三(推計の合理性について)

1  収入金額等について

証拠(甲二二ないし二五、乙四ないし一二、二七ないし三二)及び弁論の全趣旨によれば、本件係争各年分の原告の収入金額及び源泉徴収税額が別表二―2のとおりである事実が認められる。

なお、乙二七号証によれば、Aは、原告に対して社会保険労務士報酬とその他の支払(交通費)を区別して支払をしていることが認められるが、所得税法二〇四条一項二号に掲げる報酬については、例え車賃名義で支払うものであっても同項の規定が適用されるものと解すべきであるから、名目にかかわらず支払額全額を対象として源泉徴収税額を算定すべきであり(基本通達二〇四―二)、これに関する源泉徴収税額は別表二―2のとおりの数値とすべきである。

2  経費率について

(一) 証拠(乙一三、一四ないし一九の各1ないし3、二〇、二一ないし二五の各1ないし3)によれば被告が原告の本件係争各年分の事業所得金額を推計するに当たって、名古屋国税局長は、原告の納税地を管轄する熱田税務署及びその隣接地域を所轄する税務署である名古屋中、昭和、中川、刈谷及び半田の六税務署長に宛てて一般通達を発し、別紙一の同業者抽出基準に該当するすべての者の<1>収入金額、<2>経費の合計額、<3>必要経費率について報告するよう求めたこと、その結果、右の条件を満たす者として、別表二―3ないし8記載のとおりの同業者が抽出されたことが認められる。

(二) 右(一)によれば、別紙一の同業者抽出基準によって抽出された同業者は、原告の事業と事業内容、事業地域、事業規模等において同一性を有し、いわゆる青色申告業者であることから金額の正確性も担保されているものということができる上、個々の事業者の所得率のばらつきを平準化するに足りる最低数は確保されているということができ、その抽出過程に恣意が入り込む余地もないことから、これによる推計の方法は合理的なものであるということができる。

3(一)  なお、原告は、被告の更正処分時の経費率を推定した上、その金額が本件訴訟において被告が主張する経費率と乖離していることを理由に経費率の合理性を争うが、原告の主張の根拠となる本件更正処分時の経費率は、あくまでも原告が独自の見解に基づき推定したものにすぎず、これが正確なものであることを認めるに足りる証拠はない。また、原告は、右推定に係る経費率が五〇パーセント前後であって、異議決定当時に被告が主張した三〇パーセント前後の経費率と乖離していることを根拠に、推定に係る経費率は何らの調査に基づかず濫用的目的で決定されたものであると主張しているが、原告が本件係争各年分について確定申告した際の経費率は五〇パーセント前後であると認められるのであるから(乙七ないし九)、仮に被告が本件更正処分当時、原告の主張するような経費率を使用していたとしても、それが直ちに不当であるとか、濫用的目的の下に決定された数値であるということもできない。したがって、この点に関する原告の主張は前記2の認定を左右しない。

(二)  また、原告は更正処分当時の経費率と異なる経費率を訴訟において主張することについても問題としているが、課税処分の違法性の有無は右処分により認定された課税標準又は税額が客観的に正当とされる数額を超えているか否かという観点で決せられるべきものであるから、原告の右主張は、推計の合理性に関するものとしてはそれ自体失当である。

(三)  なお、国税通則法二四条によれば、更正処分を行う場合には、課税標準及び税額についての調査がなされることが前提とされているから、更正処分が何らの調査をすることなくして行われたり、あるいは形式的に調査をした形をとりながら実質的には調査をしていないような場合には、その更正処分は手続的に違法となるというべきところ、ここにいう調査とは、税務官庁による証拠資料の収集、事実認定その他一切の活動を意味するものと考えられる。前記第二の二及び第四の一1で認定したとおり、志賀係官は質問検査及び反面調査等を実施し、その結果に基づき本件更正処分の基礎となった数額を決定したと認められるのであるから、本件につき何らの調査も行わなかった違法があるということはできない。したがって、この点に関する原告の主張も失当である。

四  本件課税処分の適法性について

1  前記三によれば、原告の本件係争各年度分の事業所得金額及び給与所得金額は別表二―1の<1>欄ないし<10>欄のとおりになるというべきところ、これにより求められる総所得金額(<11>)は、いずれも本件更正処分における総所得金額を下回るものではない。

2  そして、以上の認定事実並びに証拠(乙七ないし九)及び弁論の全趣旨によれば、原告の本件係争各年度分の所得控除額が別表二―1の<12>欄ないし<18>欄のとおりであること、平成四年分及び平成五年分につき各一五万円の住宅取得特別控除がなされるべきことが認められるところ、別表二―1の課税総所得金額欄(<19>)の数値に旧法八九条一項の税率を当てはめて算出税額(<20>)を算定し、別表二―1のとおり所要の前記特別控除及び平成六年分の特別減税の処理を行った上、前記三で認定した源泉徴収税額を基に原告が納付すべき税額を算定すると、同表の乙欄のとおりとなるのであって、この金額もまた本件更正処分における納付すべき税額をいずれも下回らない。

五  結論

以上のとおり、本件課税処分につき手続的違法はなく、本件係争各年分に関する原告の総所得金額及び納付すべき税額も、いずれも本件更正処分におけるそれを下回らないから、本件更正処分及びこれに基づいてなされた本件賦課決定処分はいずれも適法であり、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 橋本都月 裁判官 富岡貴美)

別紙一 同業者抽出基準

第一 社会保険労務士業関係

本件係争各年分のいずれの年分においても、次のいずれにも該当する者。

一 原告の納税地を管轄する熱田税務署及びその管轄地域に隣接する名古屋中、昭和、中川、刈谷及び半田の各税務署管内において社会保険労務士業を営む個人事業者で、青色申告の承認を受けており、本件係争各年分の所得税について青色申告決算書を添付して、青色申告書を提出している者。ただし、次の1ないし5に該当する者を除く。

1 本件係争各年分の中途に、開業、廃業、休業又は業種目等の変更をした者

2 災害等により経営状態が異常であると認められる者

3 更正処分又は決定処分を受けた者のうち、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間を経過していない者、不服申立及び訴訟係属中の者

4 報告書の作成日現在において、所得税の調査が行われている者

5 他の業種と兼業している者(明確に区分計算している者を除く。)

二 青色事業専従者のいない者

三 本件係争各年分の収入金額が、いずれも次の1ないし3の範囲内である者

1 平成四年分 一九九万九六三〇円以上、七九九万八五二〇円以下

2 平成五年分 二三二万九九三六円以上、九三一万九七四六円以下

3 平成六年分 二三四万〇八二六円以上、九三六万三三〇六円以下

第二 保険代理業関係

本件係争各年分のいずれの年分においても、次のいずれにも該当する者。

一 原告の納税地を管轄する熱田税務署及びその管轄地域に隣接する名古屋中、昭和、中川、刈谷及び半田の各税務署管内において保険代理業を営む個人事業者で、青色申告の承認を受けており、本件係争各年分の所得税について青色申告決算書を添付して、青色申告書を提出している者。ただし、前記第一の一の一の1ないし5に該当する者を除く。

二 青色事業専従者のいない者

三 本件係争各年分の収入金額が、いずれも次の1ないし3の範囲内である者

1 平成四年分 一〇六万五六〇四円以上、四二六万二四一六円以下

2 平成五年分 八七万〇六七七円以上、三四八万二七〇八円以下

3 平成六年分 一〇〇万五四九九円以上、四〇二万一九九八円以下

別紙二

平成4年分

<省略>

別紙三

平成5年分

<省略>

別紙四

平成6年分

<省略>

別表一

<省略>

別表二-1

事業所得の金額及び所得税額の計算書

<省略>

別表二-2

収入金額及び源泉徴収税額の内訳

<省略>

別表二-3

社会保険労務士業の類似同業者比率表(平成4年分)

<省略>

別表二-4

社会保険労務士業の類似同業者比率表(平成5年分)

<省略>

別表二-5

社会保険労務士業の類似同業者比率表(平成6年分)

<省略>

別表二-6

保険代理業の類似同業者比率表(平成4年分)

<省略>

別表二-7

保険代理業の類似同業者比率表(平成5年分)

<省略>

別表二-8

保険代理業の類似同業者比率表(平成6年分)

<省略>

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