名古屋地方裁判所 平成11年(ワ)1276号 判決 1999年8月27日
原告
水野直吉
被告
小川稔
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三九二万四三〇〇円を支払え。
第二事案の概要
本件は原告運転車両と被告運転車両との間の交通事故によって原告が被った損害につき原告が民法七〇九条、自賠法三条に基づき被告に対し損害賠償請求をした事案である。
一 争いのない事実
1 事故(以下「本件事故」という。)の発生
(一) 発生日時 平成八年五月二日午前八時〇分ころ
(二) 発生場所 名古屋市南区柴田本通一丁目七番地先路線上(二四七号)
(三) 第一車両 普通乗用自動車(名古屋七四そ六七三八号)
運転者 被告
(四) 第二車両 原動機付自転車(名古屋市南う八三三九号)
運転者 原告
(五) 事故の態様 ほぼ南北方向の道路とほぼ東西方向の道路との交差する信号機の設置された交差点(以下「本件交差点」という。)において第一車両と第二車両とが衝突し、第二車両が転倒した。
2 被告の責任
被告は第一車両を運行の用に供していたもので自賠法三条に基づく責任を負う。
3 原告の傷害
原告は本件事故により左大腿骨転子貫通骨折、第二腰椎圧迫骨折の傷害を負い(他の傷病名については争いがある。)、後遺障害が残り、右後遺障害は自賠責保険に伴ういわゆる事前認定手続において自賠法施行令別表第一二級七号(一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの)に該当するとされた。
4 既払金
本件につき原告に対し自賠責保険金が二九五万円支払われた。
二 争点
1 本件事故の態様及び双方の過失の有無、程度、過失相殺
2 損害額
第三争点に対する判断
一 争点1について
前記争いのない事実及び証拠(甲三(後記認定に反する部分を除く。)、四、乙一(後記認定に反する部分を除く。)、原告(後記認定に反する部分を除く。)、被告各本人)によると、以下の事実が認められる。
1 原告は第二車両を運転し、北側から南北方向道路を南進して本件交差点に進入した。そして本件交差点において、いわゆる二段階右折をし東西方向道路を西側に進行するつもりであったため、本件交差点内東南部分に停車し、東西方向の信号が青色となるのを待った。
ところで、東西方向道路の西行車線は、本件交差点手前(東側)では片側三車線であり、本件交差点出口(西側)では片側二車線となっていた。そして、右のとおり片側三車線の本件交差点手前(東側)部分では、道路左側端側から一番目の車線(以下、車線の順番を示すときは道路左側端側から数え、「第一車線」等という。)は左折車と直進車が走行する車線、第二車線は直進車用の車線、第三車線は右折車専用の車線となっていた。
そして第二車両の停車位置は、第二車線と第三車線とを区分する線を本件交差点内に多少延長した付近の位置であった。
2 被告は、第一車両を運転し、東側から東西方向道路を西進して本件交差点に進入し、そのまま本件交差点を通過し、更に前方にある踏切を横断し、そのまま直進する途中であったが、本件交差点手前(東側)で東西方向の信号が黄色となったため本件交差点手前の南北に横断する歩道をふさぐ位置で一旦停車をした。そしてその後、右横断歩道の通行を妨げないよう多少前進し、第一車両の前部が本件交差点内に進入する位置で停車した。なお従前走行し、また停車した位置は東西方向道路の第二車線であった。
3 被告は、停車後、前方の信号が青色表示となったため発進し、本件交差点内で時速約三〇キロメートルの速度となった。
ところで、第一車両の停車中、第二車両が第一車両の右前方の位置に停車しており、第一車両の発進に際し第二車両もほぼ同時に西方に直進すべく発進したが、本件交差点内で第一車両が第二車両を追い抜こうとした際、突然第二車両が左側に進路変更をした状態となり、このため、第二車両の左側部が第一車両の右側部に接触した。そして右接触の衝撃で第二車両は転倒し本件事故に至った。
以上のとおり認められる。
ところで原告は、第二車両の停車位置について、東西方向道路の西行車線の第一車線中央を本件交差点内に延長した付近の位置であったこと、また第一車両の停車位置は右西行車線の第一車線の歩道側寄りであったことを主張し、これに沿う供述等をする。しかし、前記認定の事実及び証拠(乙一、被告本人)によると、被告は本件交差点を直進し更にそのまま直進を継続する途中であったこと、そのため東西方向道路を本件交差点手前(片側三車線)においても、本件交差点出口(片側二車線)においてもいずれも第二車線を走行するつもりであったことが認められ、そうすると本件交差点手前での停車位置は前記認定のとおり第二車線であったことが認められ、原告の前記供述等は採用できず他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。原告は南北方向道路から本件交差点に進入し停車した際、第二車線と第三車線とを区分する線付近を第一車線と第二車線とを区分する線付近と誤認したものと認められる。
そして右認定の事実によると、被告は東西方向道路を本件交差点手前(片側三車線)においても、本件交差点出口(片側二車線)においてもいずれも第二車線を走行するもので、右のような走行は普通乗用自動車を運転する被告としては単なる直進走行で自然な走行方法といえる。他方、原告は、第二車線と第三車線とを区分する線付近から本件交差点を通過したときには、本件交差点出口(片側二車線)においては東西方向道路の中央部付近を走行することになり、このような場合原動機付自転車を運転する原告としては心理的にもまた法令上からも第一車線への車線変更まではともかく、左側に進路を変更しようとする意識が生ずることは当然である。そして本件は、このようにして第二車両を運転中の原告が後方への注意を怠り、また後続車に対する合図も欠いて進路変更をし、このため後続の第一車両の右側部と第二車両の左側部とが衝突して発生したものと認められる。
したがって、本件事故発生については、第一車両の運転者である被告において、追い抜きをする際の先行車の動静についての多少の注意義務違反が認められるにしても、主たる原因は、前記のような原告の後方車両の動静を注視し、適切な合図をする義務の違反、欠如にあったものといわねばならない。また、そもそも原動機付自転車を運転する原告がいわゆる二段階右折のため本件交差点内の東西方向道路部分を進行する際、第一車線相当部分の左側端を進行すべきであったところ、前記のとおり中央寄りの位置を進行したことに重大な過失があったといえる。
そして右のような本件事故態様、双方の過失内容等を考慮すると、本件事故発生については原告に七五パーセント、被告に二五パーセントの過失があったものと認め、後記原告の損害について、右割合の過失相殺がされるのが相当である。
二 争点2について
1 治療費(請求額一五八万〇三〇〇円) 一五六万四〇七一円
証拠(甲五の1ないし4、乙二、四、五)によると、原告は本件事故後、左大腿骨転子貫通骨折、第二腰椎圧迫骨折の病名で山口病院に平成八年五月二日から同年六月三日まで三三日間入院、左大腿骨頸部外側骨折の病名で名南病院に同月六日から同年九月一七日まで一〇四日間入院、同月二〇日から平成九年七月二二日まで通院(実通院日数一五日)して治療を受け、同日症状固定と診断されたこと、なお原告は、右症状固定後、胸腰椎多発性圧迫骨折等の病名で柴田整形外科病院に平成一〇年四月三日から同年七月三日まで入院して治療を受けたことが認められる。
そして、証拠(乙二)によると山口病院の右治療中の治療費は頭書金額を要したことが認められる。もっとも証拠(甲六、乙三)中にはこれと異なる記載があるが、右証拠中特に証拠(甲六の下部)の領収書は確定的な治療費が記載されたものではなく前納金を概算したものであることが認められ、また証拠(甲六の上部、乙三)記載の金額も乙二と比較して信用性に欠けるものといわねばならず、結局証拠(乙二)の記載によるのが相当である(なお前記名南病院での治療費については本訴において双方から主張立証がなく本件証拠上明らかとはいえないが、後記のとおり右の点は本判決の結論には影響しないので判断しない。また柴田整形外科病院については症状固定後であり、同様に考慮しない。)。
2 入院雑費(請求額二九万四〇〇〇円) 一六万四四〇〇円
原告は前記のとおり合計一三七日間入院したことろ、弁論の全趣旨によると、右入院に伴う雑費は一日当たり一二〇〇円をもって相当とするのでその合計は頭書金額となる。
1,200×137=164,400
3 入通院慰謝料(請求額同じ) 二五〇万円
本件事故により原告は前記傷病名の傷害を負い、前記の期間入通院を余儀無くされた。そして本件において原告は既に高齢で(証拠(甲四)によると本件事故時八一歳であった。)、証拠上明らかな休業損害が発生したとはいえず、原告も本訴ではこれを請求しないが、右休業損害類似の損害が発生したことは容易に推認されるものであり、右のような事情も考慮すると、本件傷害による慰謝料は頭書金額をもって相当とする。
4 後遺障害慰謝料(請求額二五〇万円) 二七〇万円
本件事故により原告には左股関節の可動制限、左下肢のシビレ感等の後遺障害が残った。そして前記のとおり右後遺障害につき自賠責保険に伴ういわゆる事前認定手続において自賠法施行令別表第一二級七号に該当するとされた。他方、本件全証拠によっても、右を超える後遺障害が残ったとの事実を認めるには足りない。
そして前項に判断したものと同旨の理由で高齢の原告に証拠上明らかな後遺障害による逸失利益が発生したとはいえないが、右逸失利益類似の損害が発生したことは容易に推認されるものである。右のような事情も考慮すると、本件後遺障害による原告の苦痛を慰謝するには頭書金額をもって相当とする。
5 合計(請求額六八七万四三〇〇円) 六九二万八四七一円
以上の合計は頭書金額となる。
6 過失相殺
前記のとおり原告の損害については七五パーセントの過失相殺がされるべきである。
6,928,471×(1-0.75)=1,732,117
7 既払金(被告主張額同じ) 二九五万円
前記のとおり本件につき頭書金額の自賠責保険金が支払われたことは当事者間に争いがない。そうすると右既払額は過失相殺後の前記損害額を上回ることになる。
ところで本件にあっては前記のとおり名南病院における治療費が明らかではないが、弁論の全趣旨によると、右も自賠責保険金から支払われたこと、ただ本件における被告側のいわゆる任意保険と強制保険との保険会社が相違し、このため被告側も直ちには既払金の内訳が明らかではないことが認められる。
そうすると、特に右既払金が右名南病院の治療費に充当されたときには原告の過失相殺前の損害額合計が増加することになり、前記計算関係は修正を要することになる。しかし、仮に右既払金がすべて右治療費に充当されたとしても(なお、自賠責保険の制度から治療費に充当されたのは一二〇万円を超えないのではないかと考えられる。)前記過失相殺前の損害額合計は九八七万八四七一円となるにすぎず(慰謝料に充当された場合には損害額合計金額の増加はない。)、この場合も前記割合による過失相殺をすると同様に被告側の過払となり、前記判断を覆すものではない。
第四結論
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 北澤章功)