大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成11年(行ク)11号 決定 1999年7月01日

申立人

医療法人健生会(X)

右代表者理事長

久嵜真仁

右申立人代理人弁護士

城正憲

浅賀哲

原島正

被申立人

愛知県知事 神田真秋(Y)

右指定代理人

渡邊元尋

浅井俊延

家田弘

森川昌彦

浅野總一郎

兼松啓子

井上誠

奥田英津子

岩崎毅

石川章

贄保美

鳥居廣明

服部弘吉

主文

一  被申立人が、平成一一年六月二四日、申立人に対してした、申立人の開設にかかる医療法人健生会桜山ホスピタルの保険医療機関の指定を同年七月一日をもって取り消す処分の効力を、本案判決が確定するまで停止する。

二  申立費用は、被申立人の負担とする。

理由

一  本件申立ての趣旨及び理由は別紙一のとおりであり、被申立人の意見は別紙二のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  疎明及び審尋の結果によれば、申立人は、被申立人から保険医療機関の指定を受けた医療法人健生会桜山ホスピタル(以下「本件病院」という。)を開設する医療法人であるが、被申立人は、本件病院において、保険医療機関及び保険医療養担当規則二条の三の規定に違反する診療報酬の請求(以下「本件不正請求」という。)が行われており、平成七年一二月二二日付け保発第一一七号厚生省保険局長通知「保険医療機関等及び保険医等の指導及び監査について」(以下「保険局長通知」という。)において、保険医療機関等の指定の取消事由とされている、「重大な過失により、不正又は不当な診療報酬の請求をしばしば行ったもの。」に該当するとして、平成一一年六月二四日、健康保険法四三条ノ一二第三号の規定に基づき、同年七月一日をもって、本件病院の保険医療機関の指定を取り消す処分(以下「本件処分」という。)をしたものと認められる。

2  そこで、本件処分により申立人に回復困難な損害を生じ、かつ、これを避けるためその効力を停止すべき緊急の必要があるか否かについて検討する。

疎明によれば、本件病院は、内科、呼吸器科、消化器科、小児科、アレルギー科、放射線科、泌尿器科の各診療科目を有する病院であって、三三名の職員を雇用して、入院患者三一名、通院患者約七〇〇名(一日あたり約五〇名)の患者の診療活動にあたっており、そのほとんどが保険診療であると認められるところ、本件処分により保険診療を行うことができなくなれば、患者が他の医療機関に転院し、外来患者も激減することは必至である。申立人が保険医療費分を負担して治療を継続することが可能であるとしても、右患者数からして、自ずと限界があるし、そのような措置で患者を引き留めることにも限界があろう。そうすれば、本件病院の診療収入が激減し、本案判決の確定に至るまでにその経営が破綻することは想像に難くなく、本件病院が経済的に破綻し、閉鎖に追い込まれれば、開設する病院が本件病院のみである申立人も解散せざるを得なくなる(本件病院の廃止は、申立人の解散事由である。)。この損害は、金銭によってたやすく償うことはできない。

以上によれば、本件処分により、申立人に回復困難な損害を生じ、かつ、これを避けるため、本件処分の効力を停止する緊急の必要があるというべきである。

3  被申立人は、本件申立ては、本案について理由がないとみえるときにあたる旨主張するので、この点について検討する。

疎明によれば、平成七年一月分から平成九年五月分までの間に、本件病院名義で、本件不正請求が行われていたこと、本件不正請求は、礒谷寿保(以下「礒谷」という。)が、本件病院の事務長であった期間中に行われたことが認められるところ、申立人は、本件不正請求は、本件病院の理事長であり、かつ申立人理事長である久嵜真仁(以下「久嵜」という。)の知らない間に、礒谷が独断で行ったものであり、入院分については、久嵜が診療報酬明細書(以下「仮レセプト」という。)の内容と診療録をチェックして決裁したものの、その後において、礒谷が、内容を改竄した診療報酬明細書(以下「本レセプト」という。)を新たに作成し、これに基づき診療(調剤)報酬請求内訳書(以下「請求内訳書」という。)を作成して保険者に請求を行うという巧妙な手口を用いたことからして、久嵜がこれを知らなかったことに重過失はない旨主張している。

被申立人は、久嵜は、仮レセプト及び請求内訳書の両方の内容を認識していたにもかかわらず、その請求金額の食い違いに気づかず、請求内訳書に押印したという点で、本件不正請求について重過失があるとする。

しかし、仮レセプトには、各患者別の当月分の保険点数が、請求内訳書には、各保険者別の当月分の保険点数が、それぞれ記載されており、両者の食い違いは、各仮レセプトの点数を合計し、各請求内訳書の合計点数と比較しなければ、知ることはできないところ、右請求内訳書には、本レセプトが添付されていただけであるから、久嵜において、別途仮レセプト記載の点数を記憶しておかなければ、食い違いを発見することは困難であったと思われる。このような事情の下では、本件不正請求をしたことにつき、同人に重過失があったことが極めて明白であると断定することはできない。

その他、被申立人は、本件不正請求への久嵜の関与及び同人の重過失が窺われるとする事実を指摘して、本件不正請求に関し、同人には重過失がある旨主張するが、これらの事実をもってしても、申立人の前記主張が、直ちに措信し難いものであるとはいえない。

以上のとおり、本案に理由がないとみえるときであるとの疎明はないものというほかない。

4  次に、被申立人は、<1>保険医療機関としての最低限の能力・資質等を有しない病院が、保険医療を行う状態を許容することになること、<2>本案において被申立人が勝訴した場合に、保険者が本件病院に対し不当利得変換請求をしても、多額であるため回収不能となる恐れがあること、<3>回収可能であった場合でも、本件病院の患者が、本件病院から一度に多額の診療費を請求されてしまうことなどをもって、本件処分の効力が停止されることにより、公共の福祉に重大な影響があると主張するが、本件処分は、本件病院の診療に関する能力・資質に無関係な事実を処分理由とするのであるから、本案判決の確定まで本件病院が保険医療を継続することに問題はないし、<2>、<3>は、本件処分の効力が停止されることによって直ちに生ずる事情ではなく、本案において申立人が敗訴した場合の不都合、それも経済的精算が困難となる可能性をいうにすぎず、これらをもって、直ちに公共の福祉に重大な影響を生ずるものとはいえない。なお、本件処分の効力が停止されれば、本件病院の保険医療機関の指定は、取り消されていないことになり、本案において被申立人の勝訴判決が確定しても、効力停止期間中の本件病院の保険診療が、遡って保険診療でなかったことにはならないから、被申立人の主張するような請求は行われない。被申立人の主張はいずれも理由がない。

三  以上によれば、申立人の本件申立ては理由があるから、これを認容することとし、申立費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条をそれぞれ適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 佐藤哲治 達野ゆき)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例