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名古屋地方裁判所 平成12年(ワ)2792号 判決 2002年11月20日

原告

久綱裕

被告

水野康仁

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇三三万一一一一円及びこれに対する平成八年五月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金二七五一万四八〇八円及びこれに対する平成八年五月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二基礎的事実関係

次の各事実は、当事者間に争いがなく、本件の基礎となる事実関係である。

一  交通事故の発生

原告(昭和三五年二月二五日生れ)は次の交通事故(以下「本件事故」という。)で後記傷害(以下「本件傷害」という。)を負った。

(1)  発生日時 平成八年五月二四日午後一〇時二〇分ころ

(2)  発生場所 愛知県知多郡美浜町大字奥田字南大西三五番地一先国道上(以下、この場所を「本件事故現場」といい、この国道を「本件国道」という。)

(3)  加害車両 普通乗用自動車(名古屋七三ふ二〇八三)(以下「被告車」という。)

上記運転者 被告

(4)  被害者 原告(歩行者)

(5)  事故概要 原告が本件国道の左側(西側)を北進、歩行していたところ、後ろ(南)から北進走行してきた被告車が原告に衝突したもの。

二  被告の責任原因

本件事故は、被告の前方注視義務違反・安全運転義務違反に基づいて発生したもので、被告は、民法七〇九条、自賠法三条により、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三  治療経過等の概要

(1)  原告は、本件事故当日知多厚生病院に入院し、左鎖骨骨折・左肘頭骨折・左後頭部挫創等(本件傷害)の診断名で治療を受けた。

(2)  原告は、同年七月八日、うつ病との診断名で南知多病院に入院し、八月二八日退院した後、同年一一月まで通院治療を受けた。

(3)  原告は、平成九年六月二日、半田市立病院を受診し、うつ状態等との診断を受け、以後通院治療を受けた。

(4)  原告は、平成一一年一二月二一日付けで、自動車保険料率算定会から、次の旨の後遺障害等級事前認定を受けた。

「左鎖骨変形障害は第一二級五号に、浮遊感・全身倦怠感・記憶力低下等神経症状は第一四級一〇号に、顔面部醜状障害は第一四級一一号にそれぞれ該当。左肘関節機能障害、嗅覚障害、左上肢部醜状障害、胸部・腹部醜状障害はいずれも非該当。以上により併合第一二級。」

第三当事者の主張

一  原告は、上記第二の事実関係を基に、請求原因として次のとおり主張した。

1  原告の受傷内容及び治療経過

原告は、本件事故による受傷(本件傷害)のため、次のとおり治療を受けた。

(1) 知多厚生病院

<1> 整形外科

平成八年五月二四日から同年七月八日まで四六日間入院

同年七月九日から平成一〇年六月三〇日まで通院(実日数一〇一日)

診断名:頭部外傷、左後頭部挫創、左鎖骨骨折、左肩挫創、全身打撲症、左尺骨骨折、左顔面裂創(汚染創)、左肘頭骨折、頸部捻挫、腰背部挫傷。

両結膜異物、両外傷性結膜炎、両外傷性角膜びらん。

創部感染。

両外耳道異物。

上部消化管出血。

左外傷性視神経症の疑い。

<2> 脳神経外科

平成八年八月一日から平成一〇年七月三一日まで通院(実日数六一日)

診断名:頭部外傷、硬膜下水腫、左後頭部挫創、左尺骨骨折、両結膜炎、左顔面裂創(汚染創)、左鎖骨骨折、左肘頭骨折、左肩挫傷、全身打撲。

創部感染。

上部消化管出血。

(2) 南知多病院

平成八年七月八日から同年八月二八日まで五二日間入院

平成八年九月一日から同年一一月九日まで通院(実日数八日)

診断名:うつ病。

項部筋肉痛。

(3) 半田市立病院

<1> 脳神経外科

平成八年一〇月二三日通院

診断名:頭部外傷。

<2> 神経科・心療科・精神科(以下「神心科」という。)

平成九年六月二日から平成一一年六月七日まで通院(実日数四〇日)

診断名:うつ状態、自律神経失調症。

(4) 健通院治療所

平成八年一二月二〇日から平成一〇年六月二八日まで通院(実日数一二〇日)

診断名:頸椎骨不全脱臼。

(5) 以上の合計

入院期間:平成八年五月二四日から同年八月二八日までの九七日間

通院期間:平成八年七月九日から平成一一年六月七日(症状固定日)まで一〇六四日間(実日数二六五日)。ただし、実日数のうち七日は、南知多病院入院中の通院である。

(6) 原告は、上記の後も、半田市立病院神心科に通院して投薬治療を継続し、更に、平成一二年秋ころから南知多病院に通院して投薬治療を受け、現在も継続している。

(7) 以上の間に、原告は、平成八年七月七日に自殺企図があり、また、平成九年一二月一日にも睡眠薬による自殺未遂があった。

2  原告の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)

(1) 原告は、平成一一年六月七日、次のとおりの障害を残存して、症状が固定した(当時原告三九歳)。

<1> 左肘関節の軽度可動域障害、左握力の低下、左鎖骨の変形及び左鎖骨部、左肘頭部にそれぞれ一〇cm、一二cmの手術痕跡。

<2> 後頭部に幅二mm、長さ七cm、左瞼付近に幅二・五mm、長さ一cm及び三cmの醜状痕。

<3> 食欲不振、不眠(浅眠、中途覚醒)、抑うつ気分、意欲低下、うつ状態、肩の重さ、腕の痛み。

(2) 原告は、上記(一)の障害の他、次の症状も残存し、苦痛を被っている。

<1> 常時左顔面にひきつるような違和感が残っている。

<2> 常時左肩に何かが乗っているような違和感と痛みが残っている。

<3> 臭いの強いものは感じることができるが、弱いものは感じ取れない。

<4> 味覚も薄いものは感じられない。

<5> 思考力と記憶力の低下。

(3) 原告の精神症状(うつ病)の程度

原告はこの間二度にわたり自殺を企図しており、このことからしても原告のうつ病は軽いものではない。原告のうつ病は遷延的に経過し、現在も服薬治療中で、難治性のものとなっており、勤め先(知多南部消防組合)の勤務にも日常生活にも差し支えのある状態が続いている。

もっとも、原告は、南知多病院で一旦服薬治療を中断し、約七か月後に医療機関での治療を再開しているが、これはいわば経過観察ともいうべきもので、その間も、日常生活においては症状は連続し、かつ次第に悪化していったものである。

(4) 上記の本件後遺障害については、前記第二の三(四)記載のとおり併合第一二級との後遺障害事前認定を受けているが、この認定は軽きに失し、浮遊感・全身倦怠感・記憶力低下等、原告の精神症状・神経症状については、控えめに見ても第一二級と認めるべきであり、併合して第一一級の後遺障害が残存したものというべきである。

(5) 原告の精神症状(うつ病)の原因

原告は、うつ状態を由来させる特段の素因はないのに、本件事故を契機としてうつ状態が発現しているのであり、また、事故後の加害者側の不誠実な対応(保険会社担当者の強圧的態度等)が原告のうつ状態を増幅させているのであるから、本件事故と原告のうつ状態との間には因果関係があり、その寄与率は一〇〇%と認めるべきである。

3  原告の損害

(1) 傷害分

<1> 治療費 金六一一万〇〇五五円

文書料込み。ただし、全額支払済み。

<2> 入院雑費 金一二万六一〇〇円

入院期間九七日につき、一日当たり一三〇〇円。

<3> 付添看護費 金一七万八四三〇円

ただし、全額支払済み。

<4> 通院交通費 金六三万二六三〇円

ただし、全額支払済み。

<5> 休業損害 金一五五万八三四二円

ただし、全額支払済み。

<6> 昇給延伸による損害 金五五万四八六二円

原告の勤め先(知多南部消防組合)では本来毎年四月に昇給があったところ、原告は、本件事故による療養のため、平成九年からは三か月間昇給が遅れ、七月昇給の扱いとなった。この影響は定年である六〇歳までの二三年間に及び、これによる損害は、年間四万一一三六円以上で、ライプニッツ方式により計算してその現価は合計五五万四八六二円となる。

4万1136円×13.4885=55万4862円

<7> 慰謝料 金八〇〇万〇〇〇〇円

(2) 後遺障害分

<1> 逸失利益 金一一三二万五二五五円

原告は知多南部消防組合に勤務する公務員であり、明確には後遺障害に基づく逸失利益は確知しにくいものであるが、原告の症状からすれば、労働能力の低下のため昇進・昇給等将来の不利益となることは明らかである。

そこで、平成九年の原告の所得額六三三万四八八六円を基礎とし、労働能力喪失率を一二%、労働能力喪失期間を六七歳までの二八年間として逸失利益を算定すべきであり、これによると、次のとおり一一三二万五二五五円となる。

633万4886円×0.12×14.898=1132万5255円

<2> 慰謝料 金五〇〇万〇〇〇〇円

(3) 弁護士費用 金三〇〇万〇〇〇〇円

被告は、原告が本件傷害の治療中から調停の申立てをする等して損害額、過失割合等全般にわたり争ってきたため、原告は、本訴の訴訟代理人弁護士に上記調停及び本訴の追行を委任することを余儀なくされた。したがって、その弁護士費用として、三〇〇万円が本件事故と因果関係のある損害と認められるべきである。

4  損害の填補

原告は、被告から、上記損害のうち、(一)<1>の治療費六一一万〇〇五五円、(一)<3>の付添看護費一七万八四三〇円、(一)<4>の通院交通費六三万二六三〇円、(一)<5>の休業損害一五五万八三四二円、並びに、諸雑費として七万四三六三円、及びその他として四一万七〇四六円、合計八九七万〇八六六円の支払を受けた。

5  よって、原告は、被告に対し、上記損害金の残金二七五一万四八〇八円及びこれに対する本件事故の日である平成八年五月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告は、原告の上記請求原因主張中、3(一)の<1>、<3>ないし<5>の各事実及び4記載のとおり合計八九七万〇八六六円を支払ったことは認め、その余は争う旨述べ、反論・抗弁として次のとおり主張した。

1  過失相殺の抗弁

(1) 本件国道は、南北に通じる片側一車線の道路で、北に向かってゆるやかな左カーブとなっている。北行車線は、左側路端から〇・七m東の所に外側線が引かれている。被告は、被告車を運転して本件国道を北進中、本件事故現場から約四九・一m手前の地点において、約四三・二m前方で左側路端から約一・七m右側に入った地点に、車道にはみ出して北進歩行中の原告及び同道者を発見した。このとき、対向車線は道路左側の建物のためにその少し向こうまでしか見通せない状況であったが、対向車は来ていないようであったので、被告は、被告車を対向車線にはみ出させ、原告等歩行者との間隔をとって追い抜こうとした。ところが、約二九・四m走行した地点において、対向車のヘッドライトを発見したため、左に転把して北行車線に戻ろうとしたところ、約一八・〇m進行した地点で、被告車左前部が原告と衝突したものである。

(2) してみると、原告は、夜間に国道において、道路左側外側線から約一m右側(内側)に入った地点の車道内を、左側歩行していたものであり、しかも、もし原告が外側線の左側を歩行していれば、被告において対向車線にはみ出す必要性もなかったのであるから、本件事故による原告の損害の賠償額を定めるに当たっては、過失相殺により、少なくとも損害の一割は減額されなければならない。

2  精神症状の程度・因果関係等

原告には本件事故以前には明らかな精神疾患の既往歴は認められないこと、本件事故後一か月以内に抑うつ状態に陥っており本件事故が心因となった可能性があること、本件事故は歩行中に起きており事故によるストレスの程度は高くその後の精神症状の生起が了解可能であること、本件事故以外には明らかなストレス因子は存在しないこと等からすれば、原告の訴えている精神症状(意欲・記憶力・注意力の各低下及び人ごみの中での不安感等の精神症状)と本件事故との因果関係は、完全には否定することは困難であるかもしれない。

南知多病院高見悟郎医師の回答書では、現時点では症状軽減・軽快しているため、後遺障害一四級とするのは不適当とされているものの、原告本人及びその妻の陳述内容が正確であるとすれば、原告には未だ意欲低下、いらいら等の症状があり、うつ状態は遷延していると判断するほかないかもしれない。この場合、一四級程度の後遺障害に相当すると考えるべきかもしれないが、そうであるとしても、神経症状につき一四級一〇号を認定し、その他の後遺障害と併合して一二級とした自賠責の事前認定の結論は何ら不相当ではない。

また、原告は現実にはもとの職場に復帰して就労しているのであるから、後遺障害逸失利益の算定に当たっては、一二級の労働能力喪失率を機械的に適用するのは不相当であり、せいぜい症状固定後一〇年間は一〇%、その後六七歳までは五%程度が目安となるべきと考える。

3  心因性の寄与の抗弁

本件では、上記の事情等を総合すれば、仮に本件事故と原告の現在症状との間に因果関係が認められるとしても、原告の現在症状は、決して本件事故が主なあるいは決定的な原因となって発現した可能性のある傷病とはいえず、他のより優越的な要因、すなわち原告自身の素因による寄与がより高いと判断するのが適切と考えられる。その割合は、本件事故の現在症状に対する寄与率は三〇ないし四〇%が相当と考えられる。

三  原告は、被告の上記反論・抗弁主張をすべて争う旨述べた。

第四当裁判所の判断

一  本件事故の状況

1  前記第二記載の事実関係、並びに、甲第七〇号証、乙第一号証(以下、枝番を付して提出された書証については、個別的に掲記しない限り、枝番の全部を含む趣旨である。)、証人久綱美砂子(以下「証人久綱」という。)の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(1) 本件国道は、南北に通じる片側一車線の舖装道路で、歩車道の区別はなく、道路の両端近くに外側線(道路表面に付された白色実線の表示。)が引かれていた。本件事故現場付近の西側路端付近では、西側路端(北行車線の左側路端)から〇・七m東側(内側)の所に、上記外側線(以下「本件外側線」という。)が引かれていた。同所の東側路端付近では、東側路端から〇・二m西側(内側)の所に外側線が引かれていた。

(2) 原告は、本件国道の西端付近で、本件外側線の西側(外側)ないしほぼ本件外側線上を、友人の種池秀樹(以下「種池」という。)に続いて北進歩行していた。

(3) 本件国道は、本件事故現場付近では、北に向かってゆるやかな左カーブとなっている。被告は、被告車を運転して時速約四五kmで本件国道を北進中、本件事故現場から約四九m手前の地点において、約四三m前方の道路西端(左端)付近を原告及び種池が北進歩行しているのを発見した。

本件事故現場付近のやや前方(北方)には、道路左側に建物が建っており、被告からは対向車線の見通しは悪かったが、被告には、対向車は来ていないように感じられたので、被告車を対向車線にはみ出させ、原告及び種池との間隔をとって追い抜こうとした。

(4) ところが、被告は、約二九m走行した地点で対向車のヘッドライトを発見し、左に転把して北行車線に戻ったところ、約一八m進行した地点で、道路西端付近を北進歩行中の原告に、被告車左前部を衝突させた。

(5) 上記衝突の結果、原告は、跳ね上げられ、一m下の水田(本件国道西側の水田)に落下し、頭部から胸部と足とが水田に突き刺さるような状態となった。

2  被告は、「原告は、左側路端から約一・七m右側(内側)に入った地点、すなわち本件外側線から約一m右側(内側)に入った地点の車道内を左側歩行していた」旨主張するけれども、甲第七〇号証、証人久綱の証言及び原告本人尋問の結果によれば、上記のとおり、原告は本件外側線の西側(すなわち路側帯内)ないしほぼ本件外側線上を歩行していたものであると認められ、乙第一号証の五はこの認定に抵触するものではないし、乙第一号証の四、六、七ではこの認定を覆すことはできず、他に上記認定を覆して被告主張の如く認めるに足りる証拠はない。

二  過失相殺の抗弁について

上記一に判示したところからすれば、本件事故はもっぱら被告の前方注視義務違反・安全運転義務違反に基づいて発生したものと認めるのが相当である。

もっとも、原告は、本件国道の左側を歩行していたものであり、本件外側線の西側ないしほぼ本件外側線上を歩行していたと認められ、確実に本件外側線の西側(路側帯内)を歩行していたとは断じがたいのであるけれども、前記判示のとおり本件事故現場付近では外側線の東側には〇・二mの余地しかなかったのであるから、道路右端(東端)を歩行するのは困難であり、むしろ危険であるとさえいってもよい状況にあったのであるから、〇・七m幅の路側帯のある道路左側(西側)を歩行したのはむしろ相当であったともいえるのであり、また、道路左側(西側)の路側帯の幅員に照らすと、仮に、完全にはその路側帯内に納まらずに、ほぼ本件外側線上を歩行する結果となっていたとしても、あながち非難するには当たらないものというべきであって、結局、本件外側線の西側ないしほぼその上を左側歩行していた原告には、過失相殺として斟酌すべき落ち度は認められないものというべきである。

したがって、被告の過失相殺の抗弁は失当である。

三  原告の受傷内容及び治療経過

前記第二記載の事実関係、並びに、甲第二~五八号証、六五~六七号証、六九~七三号証、乙第二~七号証、証人高見悟郎の証言(書面尋問の結果)、証人久綱の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件事故による原告の傷害(本件傷害)の内容並びに症状・治療の経過は次のとおりであると認められる。

1  知多厚生病院

(1) 整形外科

事故当日の平成八年五月二四日から同年七月八日まで四六日間入院。

同年七月九日から平成一〇年六月三〇日まで通院(実日数一〇一日)。

診断名:頭部外傷、左後頭部挫創、左鎖骨骨折、左肩挫創、全身打撲症、左尺骨骨折、左顔面裂創(汚染創)、左肘頭骨折、頸部捻挫、腰背部挫傷。

両結膜異物、両外傷性結膜炎、両外傷性角膜びらん。

創部感染。

両外耳道異物。

上部消化管出血。

左外傷性視神経症の疑い。

(2) 脳神経外科

平成八年八月一日から平成一〇年七月三一日まで通院(実日数六一日)。

診断名:頭部外傷、硬膜下水腫、左後頭部挫創、左尺骨骨折、両結膜炎、左顔面裂創(汚染創)、左鎖骨骨折、左肘頭骨折、左肩挫傷、全身打撲。

創部感染。

上部消化管出血。

2  南知多病院精神科

平成八年七月八日から同年八月二八日まで五二日間入院。

平成八年九月一日から同年一一月九日まで通院(実日数八日)。

診断名:うつ病。

項部筋肉痛。

3  半田市立病院

(1) 脳神経外科

平成八年一〇月二三日通院。

診断名:頭部外傷。

(2) 神心科(神経科・心療科・精神科)

平成九年六月二日から平成一一年六月七日まで通院(実日数四〇日)。

診断名:うつ状態、自律神経失調症。

4  健通院治療所

平成八年一二月二〇日から平成一〇年六月二八日まで通院(実日数一二〇日)。

診断名:頸椎骨不全脱臼。

5  以上の合計

入院期間:平成八年五月二四日から同年八月二八日までの九七日間。

通院期間:平成八年七月九日から平成一一年六月七日(症状固定日)まで一〇六四日間(実日数二六五日)。ただし、実日数のうち七日は、南知多病院入院中の通院である。

6  精神症状(うつ病・うつ状態)の経過

(1) 原告は、知多厚生病院に入院中の平成八年六月中旬ころから抑うつ気分、希死念慮、頭重感が出現し、七月七日に自殺企図があり、同月八日南知多病院精神科に転院した。同病院の初診時の症状は、希死念慮、不安、焦燥感、不眠、抑うつ気分等で、入院当初は閉鎖病棟にも入室し、抗うつ剤等の治療を受けて、改善し、八月二八日に退院した。その後、通院して服薬治療を受けて、軽快し、同年一〇月に入って、勤務(知多南部消防組合)に復帰し、同年一一月九日には服薬治療を中断したが、それ以後も、日常生活では、頭がポーッとする状態が続き、思考力・記憶力の低下を感じる等、症状は依然継続していた。

(2) 原告は、その後、平成九年五月下旬ころ、頭痛・意欲低下・精神運動抑制等が出現し、仕事に出られない状態となった。そこで、同年六月二日、半田市立病院神心科(神経科・心療科・精神科)を受診し、うつ状態及び自立神経失調症の診断を受け、以後通院して、抗うつ剤、精神安定剤、睡眠導入剤等による薬物療法を受けた。その結果、肩の重い感じ、腕の痛み等は残ったが、仕事はなんとか可能な状態になり、平成一一年六月七日に症状固定と診断された。

この間、平成九年一二月一日にも睡眠薬による自殺未遂があった。

(3) 原告は、上記の後も、半田市立病院神心科に通院して投薬治療を継続し、更に、平成一二年八月ころから南知多病院に通院して投薬治療を受け、現在も治療を継続している。

原告は、平成一四年に入ってもなお、意欲・記憶力・注意力の各低下、全身倦怠感、頭重感、人ごみでの不安感、不眠、いらいら感等を訴えている。

四  原告の後遺障害(本件後遺障害)

1  後遺障害診断

甲第五九~六一号証によれば、次の各事実が認められる。

(1) 原告は、平成一〇年六月三〇日、知多厚生病院整形外科の脇田医師により、次のとおりの障害を残存して平成一〇年六月三〇日に症状が固定した旨診断された。

「傷病名:左肘頭骨折、左鎖骨骨折、頸部捻挫、腰部捻挫。

自覚症状:左肩から上肢のつっぱり感及び軽度運動障害と運動痛。左肩重苦しい感と、右肩に比しすっきりしない状態が持続。

他覚症状及び検査結果:左肘関節の軽度可動域障害。左握力の低下。左鎖骨の変形及び左鎖骨部。左肘頭部にそれぞれ一〇cm、一二cmの手術痕跡。」

(2) 原告は、平成一〇年七月一八日、知多厚生病院脳神経外科の水野志朗師により、次のとおりの障害を残存して平成一〇年七月一八日に症状が固定した旨診断された。

「傷病名:頭部外傷、左後頭部挫創、左顔面挫創、外傷性硬膜下水腫。

自覚症状:臭いが分かりにくい。口の中がまずい。浮遊感。全身倦怠感。電話の音の方向が分かりにくい。記憶力・思考力の低下。顔面創部のひきつれ。口唇のしびれ。人が多くざわざわしていると人の声が聞きとりにくい。

他覚症状及び検査結果:後頭部に幅二mm、長さ七cm、左瞼付近に幅二・五mm、長さ一cm及び三cmの醜状痕。」

(3) 原告は、平成一一年六月七日、半田市立病院神経科・心療科・精神科の伊藤精朗医師により、次のとおりの障害を残存して平成一一年六月七日に症状が固定した旨診断された。

「傷病名:うつ状態及び自律神経失調症。

自覚症状:平成九年六月二日初診時の自覚症状は次のとおり。「首のだるさ」、「肩の痛み」、「睡眠不足」、「口がまずい」、「何にもやる気にならない」

他覚症状及び検査結果:食欲不振、不眠(浅眠、中途覚醒)、抑うつ気分、意欲低下等の症状がある。うつ状態及び自律神経失調症と診断し、抗うつ剤、抗不安薬、睡眠剤による治療。気分の波やいらいら感はここ一年ぐらいは少なくなり、安定してきている。肩の重さや腕の痛みは持続しているが、仕事が可能な状態である。」

2  精神症状の程度

前記三及び上記1に判示した事実関係、並びに、甲第六九、七〇、七二、七三号証、乙第七号証、証人高見悟郎の証言(書面尋問の結果)、証人久綱の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故後、平成八年六月中旬ころからうつ病が発現し、これが継続し、この間二度にわたり自殺を企図し、強いうつ状態に陥っていること、そのうつ病は遷延的に経過し、その後も服薬治療を続け、難治性のものとなっていること、そして、現在も、意欲・記憶力・注意力の各低下、全身倦怠感、頭重感、人ごみでの不安感、いらいら、不眠等が続いており、うつ状態は軽減しながらも遷延し、勤め先での勤務にも日常生活にも差し支えのある状態が続いているものと認められる。

証人高見悟郎の証言中には、上記認定と異なる部分があるけれども、甲第六九、七〇、七二、七三号証、乙第七号証、証人久綱の証言及び原告本人尋問の結果に対比すると、証人高見悟郎の証言では、上記の認定を左右するに足りないというべきである。

3  自賠責保険における認定

原告が平成一一年一二月二一日付けで自動車保険料率算定会から次の旨の後遺障害等級事前認定を受けたことは、前記第二記載のとおりである。

「左鎖骨変形障害は第一二級五号に、浮遊感・全身倦怠感・記憶力低下等の神経症状は第一四級一〇号に、顔面部醜状障害は第一四級一一号にそれぞれ該当。左肘関節機能障害、嗅覚障害、左上肢部醜状障害、胸部・腹部醜状障害はいずれも非該当。以上により併合第一二級。」

4  本件後遺障害のまとめ

上記判示の事実関係を総合すれば、原告は、平成一一年六月七日、上記1ないし3に判示した各後遺障害(本件後遺障害)を残存して症状固定したものと認められ、その後遺障害の程度は、左鎖骨の変形は自賠法施行令二条別表(後遺障害等級表)一二級五号に、顔面部醜状痕は第一四級一一号にそれぞれ該当するものと認めるのが相当である。また、上記判示の事実関係及び乙第七号証によれば、原告の精神・神経症状(うつ状態の遷延。浮遊感、全身倦怠感、意欲・記憶力・注意力の低下、食欲不振、不眠、抑うつ気分、頭重感、いらいら感、人ごみでの不安感等。)は同表一四級に相当する後遺障害であるものと認めるのが相当である。

また、左肘関節機能障害、嗅覚障害、左上肢部醜状障害、胸部・頭部醜状障害も存在するが、いずれも、同表の障害等級には該当しない軽度のものであると認められる。

五  精神症状(うつ病・うつ状態)と本件事故との因果関係

上記判示の事実関係、並びに、掲記してきた各証拠及び弁論の全趣旨によれば、(一)原告には本件事故以前には精神疾患の既往歴は認められないこと、(二)本件事故後一か月以内に抑うつ状態に陥っており、この点からも、本件事故が原告の精神症状の原因となった可能性が十分考えられること、(三)原告は、本件事故により、歩行中に突然追突されて跳ね上げられた上、一m下の水田に落下し、頭部から胸部と足とが水田に突き刺さる状態となったもので、その衝撃と受傷の程度は激烈で、これにより原告の受けたストレスの程度は高く、その後の精神症状の生起が十分了解可能であること、(四)本件事故後の被告(加害者)の態度は誠意の見られないものであった上、加害者側の保険会社の担当者は、入院初期から、原告に対し、その落ち度、素因等を探索、追求、糾問する態度に終始し、南知多病院について健康保険で受診するように求める等、原告の精神的ストレスを増幅するような態度を示していたこと、(五)原告には、本件事故及び上記(四)の事情以外には、明らかなストレス因子は存在しないこと、以上の各事実が認められるのであって、この事実関係に照らすと、上記三、四に判示した原告の精神症状は、本件事故に起因するものと認めるのが相当である。

六  心因的要因の寄与の抗弁について

本件の場合、上記のとおり、事故の衝撃と受傷の程度が激烈であり、加害者側の事故後の対応が不誠実・不適切であった等の事情が認められ、原告の精神症状は本件事故に起因するものと認められるとはいえ、そのような場合に、一般的に原告のような精神症状が発現し後遺障害として残存するというわけではないものと解される。このことに、証人高見悟郎の証言(書面尋問の結果)及び乙第七号証を併せ考えると、原告に上記判示の精神症状が発現し後遺障害として残存するに至ったことについては、原告自身の素因・心因的要因もまた関与しているものと認めるのが相当である。

他方、上記のとおり本件事故の衝撃・受傷とその後の加害者側の態度が原告に与えたストレスが高度であることと、上記精神症状の発現に関与した原告の素因・心因的要因の内容を具体的に確認しうる資料は存在しないこととを併せ考えると、本件の場合、原告自身の素因・心因的要因が上記精神症状の発現・残存に寄与した程度は軽度に止まるものと判断するのが相当である。

上記事情を考慮すると、本件の損害賠償額を定めるに当たっては、民法七二二条の規定を類推適用して、上記の原告自身の素因・心因的要因の寄与を斟酌するのが相当ではあるけれども、その斟酌の程度は、傷害(入通院)慰謝料につきその二割を減額し、本件後遺障害による逸失利益及び後遺障害慰謝料につきその三割を減額することに止めるのが相当である。

七  原告の損害

1  治療費、付添看護費、通院交通費及び休業損害 合計金八四七万九四五七円

原告が、治療費として六一一万〇〇五五円の損害を、付添看護費として一七万八四三〇円の損害を、通院交通費として六三万二六三〇円の損害を、休業損害として一五五万八三四二円の損害をそれぞれ被ったことは当事者間に争いがない。

2  入院雑費 金一二万六一〇〇円

入院期間の九七日間、一日当たり金一三〇〇円の雑費を要したものと認めるのが相当である。

一三〇〇円×九七日=一二万六一〇〇円

3  昇給延伸による損害 金四万一一三六円

甲第六四号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による療養のため、平成九年、勤め先(知多南部消防組合)において本来の昇給時期より三か月間昇給が遅れ、合計四万一一三六円の損害を被ったことが認められる。

なお、その後については、具体的な昇給延伸時期及び昇給額を確認するに足りる証拠がないので、昇給延伸による損害自体として計上することはできず、逸失利益及び慰謝料の算定において考慮することとする。

4  逸失利益 金七一六万四六九二円

前記判示の本件後遺障害による原告の逸失利益は、基本的には、本件後遺障害の内容・程度に照らして検討するのが相当であるところ、これに、<1>鎖骨の変形障害自体は直接には作業・労務の遂行に支障を生じるものではないこと、<2>原告は既に従来の職場・職務に復帰していること、<3>原告は知多南部消防組合に勤務する公務員で、本件後遺障害により直ちに給与額が減額されるものではないと解されるが、その症状からして、現在も職務遂行に支障が生じており、今後もある程度の支障の生じることは避けがたく、昇進・昇給等に不利益となる蓋然性が高いこと、以上の諸点を併せ考慮して算定するのが相当であると解される。

この見地からすると、原告は、本件後遺障害のため、その稼働・収入獲得能力を、症状固定日から一〇年間は通じて一〇%、その後稼動可能年限(六七歳)までの一八年間は通じて五%、それぞれ喪失し、これに応じて得べかりし利益を喪失するものと認めるのが相当である。

そこで、甲第六八号証により認められる原告の平成九年の実収入額六三三万四八八六円を基礎として、ライプニッツ方式により、原告の逸失利益の現価を算出すると、次のとおり、七一六万四六九二円(円未満切捨て。以下同様。)となる。

633万4886円×0.1×7.7217+633万4886円×0.05×(14.8981-7.7217)=716万4692円

5  慰謝料

(1) 傷害(入通院)慰謝料 金三〇〇万〇〇〇〇円

前記判示の本件事故の態様、本件傷害の内容・程度、治療の内容、入通院期間、被告(加害者)側の不適切な態度、その他諸般の事情を考慮すると、本件事故により本件障害を負い入通院治療を受ける結果となったことによる慰謝料は、金三〇〇万円をもって相当と認められる。

(2) 後遺障害慰謝料 金三二〇万〇〇〇〇円

前記判示の本件後遺障害の内容・程度、これによる勤務や生活への支障の程度、昇給等に不利益が生じる蓋然性が高いこと、その他諸般の事情を考慮すると、本件事故による後遺障害慰謝料は金三二〇万円をもって相当と認められる。

6  寄与度減額の適用

上記4及び5(二)の損害につき三割の、5(一)の損害につき二割の減額を施すと、それぞれ、五〇一万五二八四円、二二四万円、二四〇万円となる。

7  合計 金一八三〇万一九七七円

以上1ないし6の合計は一八三〇万一九七七円となる。

八  損害の填補 金八九七万〇八六六円

原告が本件事故による損害につき八九七万〇八六六円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

前記七の損害合計額から上記填補額を控除すると、残額は九三三万一一一一円となる。

九  弁護士費用 金一〇〇万〇〇〇〇円

次に、本件の事案の内容、審理の経過、上記判示の損害の合計額等に照らすと、原告が本件事故と相当因果関係のある損害として被告に賠償を求め得る弁護士費用は一〇〇万円と認めるのが相当である。

第五結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、本件事故による損害賠償として金一〇三三万一一一一円及びこれに対する本件事故の日である平成八年五月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よって、原告の請求を上記理由のある限度で認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、仮執行の宣言につき同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺修明)

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