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名古屋地方裁判所 平成12年(ワ)503号 判決 2002年1月30日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  主位的請求の趣旨

(1)  被告合資会社Bは,原告Cに対し,別紙物件目録記載1の建物を明け渡せ。

(2)  被告Dは,原告Eに対し,別紙物件目録記載2の建物を明け渡せ。

(3)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  予備的請求の趣旨

(1)  被告合資会社Bは,原告Cに対し,別紙物件目録記載1の建物を,建築確認の日から5か月間明け渡せ。

(2)  被告Dは,原告Eに対し,別紙物件目録記載2の建物を,建築確認の日から5か月間明け渡せ。

(3)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(4)  仮執行宣言

3  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,別紙物件目録記載1の建物(以下「本件建物1」という。)の賃貸人である原告Cが,同建物は老朽化して改築の必要があるため正当事由があるとして,その賃貸借契約の解約を申し入れたことにより,賃借人である被告合資会社B(以下「被告会社」という。)に対し,賃貸借契約の終了による返還請求権に基づき,本件建物1の明渡しを求め,また,別紙物件目録記載2の建物(以下「本件建物2」という。)の賃貸人である原告Eが,同建物は老朽化して改築の必要があるため正当事由があるとして,その賃貸借契約の解約を申し入れたことにより,賃借人である被告Dに対し,賃貸借契約の終了による返還請求権に基づき,本件建物2の明渡しを求めた事案である。

2  争いのない事実等(括弧内に証拠を示した部分以外は争いがない。)

(1)  被告会社に対する賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約1」という。)

ア 訴外Fは,訴外Gに対し,昭和26年1月1日,本件建物1のうち主たる建物を,賃貸期間昭和26年1月1日から同年12月31日まで,賃料1か月1200円の約定で賃貸した。

イ Gは,昭和37年6月18日,主たる建物の屋上に建物を増設し,同日,Fにその所有権を移転し,Fとの間で本件建物1の一部として賃借するとの合意をした。

ウ Gは,被告会社に対し,昭和27年12月22日ころ,本件建物1の賃借権を譲渡した。

エ Fは,平成5年6月4日に死亡し,Fの子である原告Cは本件賃貸借契約1の賃貸人の地位を承継した。

オ 原告Cは,被告会社に対し,平成11年6月29日,本件賃貸借契約1の解約申入れの意思表示をした。なお,その当時の賃料は,月額12万5000円である(証人H,被告会社代表者)。

(2)  被告Dに対する賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約2」という。)

ア 原告Eは,被告Dに対し,平成7年11月1日,本件建物2を,賃貸期間平成7年11月1日から平成11年10月31日まで,賃料1か月15万円の約定で賃貸した。

イ 原告Eは,被告Dに対し,平成11年7月1日,本件賃貸借契約2の解約申入れの意思表示をした。

(3)  本件建物1及び本件建物2(以下「本件各建物」という。)は,I,Jを中心とする地域の小売商で構成されているK商店街に所在し,原告らの所有する他の3棟の建物との位置関係は別紙図面2のとおりである。

家屋番号a番のbは,1棟の建物を仕切った構造になっており,その北側部分は空室(以下「空室A」という。)で,空室Aの北側壁面の柱は木であり,壁はトタン張りとなっており,南側部分は被告会社が賃借して店舗として使用し,その2階,3階部分は商品の保管場所として使用されている。家屋番号a番のcは,空室で,1階と2階が独立した造りになっている。家屋番号a番のdは,1階を原告Cの妻であるHの経営するL薬局の店舗として使用されており,2階は,主に台所及び居室3室から成っている。家屋番号a番のeは,1階を被告Dが賃借してその経営するMストアの店舗として,2階をMストアの商品保管場所として使用されている。家屋番号f番のgは,空室になっており,出入り口中央部の柱の下方に継ぎ目部分が認められる(以上につき,検証の結果及び弁論の全趣旨)。

(4)  原告らは,本件各建物を含む上記5棟をすべて取り壊し,1棟の建物に建て替えたいとの計画を有しており,うち1ないし2室を自ら使用し,残る3ないし4室を賃貸用とし,被告らに各1室を賃貸する意思を表明している(証人H)。

3  争点及び当事者の主張

(1)  解約申出に対する承諾の有無

(原告らの主張)

被告らは,原告らの上記解約申出に対して,いずれも改築の必要を認めて承諾した。なお,本件賃貸借契約1については,賃貸人が改築を必要とするときは,賃借人は本件建物1を明け渡すとの合意がある。

(被告らの主張)

いずれも否認する。

(2)  正当事由の有無

(原告らの主張)

ア 本件各建物は,昭和20年ころ,隣接する建物が壁を接して建築された罹災者用仮住宅であり,本件建物1のうち主たる建物と本件建物2は建築後59年を経過する老朽建物であるので,いずれも一部雨漏りもしているほか,本件建物1は建物自体が傾いている。また,原告らの使用する家屋番号a番のdは,建物自体が傾き,基礎部分や屋根の腐食が甚だしい。

イ 本件各建物は,いわゆる「K商店街」の中心部に位置し,近隣で唯一の木造建物で,地元のK商店連盟から強く改築を要求されている。なお,地元K商店連盟は,本件各建物南側のN通に,近くアーケードを新築する計画であるし,近時,K地区の開発整備計画が進む中,近隣の建物群の中で本件各建物が最も古く,街路の美観からしても建て替えすべき必要がある。

ウ 本件各建物は,建築基準法制定前に建築されたいわゆる既存不適格建築物であって同法の適用範囲外であるが,本件各建物所在地域は防火地域に指定されており,本件各建物の耐震・耐火の点からは懸念がある。

エ 本件建物1は,敷地北側部分で6.5センチメートル隣地へ越境している。

オ 原告らは,被告両名に対し,改築後の建物設計図及び予定家賃額を示し,改築後の建物入居を申し出ている。

(被告会社の主張)

ア 本件地域はO市内でもとりわけ伝統のある商店街であり,かかる地域の不動産を小売商として利用することは,最適な利用方法である。

イ 被告会社は,昭和26年ころから本件建物1において陶磁器などの小売商を始め,「KのB」として信用を得,O市を中心に東海地方に商売を展開しており,同会社の営業はこの土地を離れては考えられない。

ウ K商店街に集まる客を相手に,本件建物で陶磁器等を店頭販売するのは,被告会社の重要な収入源である。

エ 被告会社は,これまで家賃の滞納等はなく,不誠実な態度を見せたことはない。

オ 原告Cは,改築や明渡請求について事前の具体的な説明や交渉をせず,形式的な訪問をしたのみである。

カ 本件建物1の耐用度は,日常の商売に全く支障はない状態である。

(被告Dの主張)

ア 本件地域はO市内でもとりわけ伝統のある商店街であり,アメリカンカジュアル(古着)専門店として,本件建物2を小売商として利用することは,最適な利用方法である。

イ 被告Dは,原告Eの強い要請により本件建物2に入居したのであり,原告Eは,被告Dが衣類などの販売を4年を超えて長く商売をするであろうことを認識しており,本件賃貸借契約2の更新が予定されていた。

ウ 被告Dの店は,K商店街の名物店として雑誌等で紹介されており,現在の場所で店舗を維持することが被告Dの経営上不可欠となっている。

エ 被告Dは,これまで,家賃の滞納等はなく,不誠実な態度を見せたこともないばかりか,原告らの求めに応じて原告らの使用部分の屋根の修理等もしてきた。

オ 原告Eは,改築や明渡請求について事前の具体的な説明や交渉をせず,形式的な訪問をしたのみである。

カ 本件建物の耐用度は,日常の商売に全く支障はない状態である。

第3当裁判所の判断

1  争点1について 原告らの前記解約申出に対して,被告らが改築の必要を認めて承諾したことを認めるに足りる証拠はない。却って,証拠(甲8,被告会社代表者,被告D)によれば,被告らは,いずれも新築される建物についての賃貸借契約の家賃等の条件が適当で,かつ,休業補償等の給付があれば応じる意図を有していたが,原告らから提示された家賃は現行のそれより数倍にもなるものであったので(被告会社につき,1階,2階合計20坪で1か月35万円,被告Dにつき,同27坪で同40万5000円),ただちに断ったことが認められる。なお,原告らは,本件賃貸借契約1については,賃貸人が改築を必要とするときは,賃借人は本件建物1を明け渡すとの合意があると主張し,これに沿う証拠(甲1)があるが,賃借人に不利な特約であると認められるから,借地借家法附則12条,借家法6条により,効力を有しない。

2  争点2について

(1)  前記争いのない事実等に加えて,証拠(甲7,18,19の1・2,20ないし25,26の1・2,28,乙1ないし3,8,証人H(一部),被告会社代表者(一部),被告D(一部),検証の結果)並びに弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められ,これに反する甲23,乙2,3,証人H及び被告会社代表者,被告Dの各供述記載ないし供述部分は採用できず,他にこれを覆すに足りる証拠はない。

ア 本件各建物は,昭和20年ころ,隣接する建物が互いに壁を接して建築された罹災者用仮住宅であり,本件建物1のうち主たる建物と本件建物2は建築後56年を経過する老朽建物であり,基礎部分や屋根に腐食がみられるが,雨漏り等はなく,被告らの日常の商売に特段の支障はない状態である。

イ 本件各建物は,いわゆる「K商店街」の中心部に位置し,近時,K地区の開発整備計画があるものの,個別具体的には至っておらず,周辺には古い木造家屋も存在する。なお,同商店街のアーケードは,昭和34年に設置されたものが老朽化し,平成11年3月に改修された際,本件各建物を防火構造にする必要があったが,トタン張りにすることで許可された。

ウ 本件各建物は,建築基準法制定前に建築された既存不適格建築物で,同法の適用はないが,本件各建物所在地域は防火地域に指定されている。

エ Hは平成4年7月に本件建物2においてL薬局を開設したが,平成7年8月に家屋番号a番のdの建物が空いたことから移転したので,原告Eは,前記のとおり,同年11月に本件建物2を被告Dに賃貸し,平成9年11月には本件建物1の北隣の空室Aの賃借人P商店が退去した。その後の平成10年3月に原告Cが定年退職したのを期に,原告らは,本件各建物を含む前記5棟をすべて取り壊し,1棟の建物(1階床面積70坪弱で総2階)に建て替え,うち1ないし2室を自ら使用し,残る3ないし4室を賃貸用とし,被告らに各1室を賃貸することを計画し,被告Dの父が設計士であったことから同人に相談したところ,設計図が作成され,業者の見積書が提出されたが,請負金額の不一致や業者側の問題から請負契約の締結に至らなかった。その後,原告らは,他の業者に設計をしてもらったが,請負契約の締結には至っていない。

オ 被告会社は,昭和26年ころから本件建物1において陶磁器の小売商を始め,「KのB」として周知され,O市を中心に東海地方に商売を展開しているが,K商店街に集まる客を対象とする本件建物1での店頭販売が売上げの6割を占めている。

カ 被告Dは,本件建物2において,アメリカンカジュアル(古着)専門店を経営して生計を立てており,その店はK商店街の名物店として雑誌等で紹介されており,現在の店舗を維持することが経営上必要である。

キ 被告らは,これまで,家賃の滞納等はしていない。

(2)  前記争いのない事実等及び上記認定事実を前提に正当事由の有無について判断する。

確かに本件各建物は建築後56年を経過する老朽建物であり,各部に腐食がみられ,本件各建物を含む上記5棟のうち,1棟の一部と2棟が空き家の状況であり,これらをすべて取り壊して1棟の建物に建て替えれば家主である原告らにとっては利便ではある。そして,原告らが本件各建物についてこれまで十分な修繕を行ってきたことを認めるに足りる証拠はないが,上記老朽化はおおむね経年によるものであり,その老朽化についてすべて原告らの責任とすることは相当ではない。もっとも,本件各建物について言えば,雨漏り等はなく,被告らの日常の商売に特段の支障はない状態である。

また,原告らは,本件各建物を含む前記5棟をすべて取り壊し,1棟の建物(1階床面積70坪弱で総2階)に建て替え,うち1ないし2室を自ら使用し,残る3ないし4室を賃貸用とし,被告らに各1室を賃貸することを意図しており,その全てを使用する必要性まではない。そうすると,原告らには本件各建物を自己使用するなどの必要性はないことになるが,上記のような建物の状況に照らし,改築のために本件賃貸借契約1,2を解約することが合理性ないし社会的相当性を欠くということまではできない。

しかしながら,他方で,被告らが,長年ないし一定年数にわたり本件各建物において小売商を営み,それで生計を立てている事情や,前記認定のとおり,原告らから提示された家賃は現行のそれより数倍にもなるものであり,被告らの商売の採算に合わないこと,仮に本件各建物を明け渡すとすると,代替店舗を確保するための費用,移転に伴う顧客喪失のおそれなど,被告らの本件各建物明渡しによる経済的損失も看過できないところであって,被告らの本件各建物使用の必要性は原告らのそれより大きいから,いまだ原告らの解約申入れが直ちに正当事由を具備するものと認めることはできない。

3  したがって,原告らの請求は,主位的請求も予備的請求も理由がないことになる。

4  以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 野田弘明)

(別紙省略)

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