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名古屋地方裁判所 平成13年(ワ)2280号 判決 2002年3月29日

主文

1  原告が被告の従業員の地位にあることを確認する。

2  被告は,原告に対し,125万8813円及びこれに対する平成13年6月14日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,平成13年6月から毎月末日限り25万8813円を支払え。

4  原告のその余の請求中,被告の原告に対する平成13年4月4日付け解雇が無効であることの確認を求める部分に係る訴えを却下し,その余の請求を棄却する。

5  訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の,その余を被告の各負担とする。

6  この判決は,第2,第3項につき,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告の原告に対する平成13年4月4日付け解雇が無効であり,かつ,現在原告が被告の従業員の地位にあることを確認する。

2  被告は,原告に対し,432万3813円及びこれに対する平成13年6月14日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,平成13年6月から毎月末日限り32万3813円を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,被告代表取締役会長の子で,被告代表取締役社長の弟であり,被告の従業員であった原告が,被告の原告に対する解雇通告が無効であるとして,解雇無効及び現在の従業員の地位の確認を求めるとともに,解雇通告後の給与の支払及び解雇通告前の未払給与の支払を請求し,また,原告が被告に賃貸している建物部分の賃料並びに被告の解雇通告と名誉毀損行為に基づく不法行為慰謝料を請求している事案である。

2  争いのない事実

原告は,昭和52年8月から被告に雇用された従業員であったが,被告は,原告に対し,平成13年4月4日付けで,原告が被告の決算書類を無断で持ち出したなどという理由で解雇を通告した(以下「本件解雇通告」という。)。

3  争点

本件の争点は,①本件解雇通告の効力と本件解雇通告後の給与支払請求権の存否,②本件解雇通告前の未払給与の存否,③賃料請求権の存否,④慰謝料請求権の存否である。

(1)  原告の主張

ア 争点①(本件解雇通告の効力と本件解雇通告後の給与支払請求権の存否)について

(ア) 原告が被告の決算書のコピー,宅配便の送り状を持ってきたことについては,被告代表取締役会長の承諾を得ているものであり,本件解雇通告における解雇理由は全く存在せず,解雇は無効であって,原告は,現在被告の従業員の地位にある。

(イ) 原告の従前の給与額は,1か月25万8813円である。

(ウ) したがって,原告は,被告に対し,本件解雇通告後の平成13年5月から毎月末日限り1か月25万8813円の割合による給与支払請求権を有している。

イ 争点②(本件解雇通告前の未払給与の存否)について

被告は,原告に対し,昭和53年7月分から昭和58年6月分までの給与の一部,少なくとも合計100万円を支払っていない。

ウ 争点③(賃料請求権の存否)について

原告は,被告に対し,名古屋市a区b町c丁目d番e号所在の原告の住居の一室を賃料1か月6万5000円で賃貸しているところ,平成13年5月分の支払が未了で,これを請求するも支払わないことから,今後もその支払がなされないことは明らかである。

エ 争点④(慰謝料請求権の存否)について

(ア) 被告は,原告に対し,本件解雇通告及びその前後の通告文をもって,原告を窃盗犯人であるなどとし,また,謝罪要求をするなど原告の名誉を侵害する所為を繰り返し,さらに,本件解雇通告のごとき無効の解雇を主張して原告に精神的打撃を与えているが,これらは,原告の名誉,心情を著しく害する不法行為である。

(イ) 被告の不法行為によって原告が被った精神的被害は甚大で,これを慰謝するに足りる損害賠償額は,少なく見積もっても300万円を下らない。

オ 結論

よって,原告は,被告に対し,被告の原告に対する平成13年4月4日付け解雇が無効であり,かつ,現在原告が被告の従業員の地位にあることの確認,平成13年5月分の未払給与25万8813円,昭和53年7月分から昭和58年6月分までの未払給与のうちの100万円,平成13年5月分の未払賃料6万5000円及び被告の不法行為による慰謝料300万円の合計432万3813円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年6月14日から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,平成13年6月から毎月末日限り給与25万8813円及び賃料6万5000円の合計32万3813円の支払を求める。

(2)  被告の主張

ア 争点①(本件解雇通告の効力と本件解雇通告後の給与支払請求権の存否)について

(ア) 本件解雇通告により被告が原告を解雇した理由は,原告の後記①ないし③の行為が,被告の就業規則22条の四の懲戒解雇事由に該当するというものである。

すなわち,①原告は,被告従業員ではない原告の妻と共謀し,平成13年4月2日午前11時ころ,原告の兄が被告の社長であるという立場を利用し,上司に無断で全従業員を会議室に集め,同会議に従業員でない原告の妻を無断で同席させ,前日無断で持ち出した決算書等,その他個人情報も含む情報を歪曲して従業員に言いふらし,被告,被告代表取締役社長の悪口を吹聴し,「原告の売上が悪いのも,給与の少ないのも社長が悪い,社長が名古屋で営業をやれ,原告が社長になる,社長は現社宅を出て行け,原告が親の面倒を見る,農業もやる」と,被告代表取締役社長に対する事実無根の数々の中傷を全従業員の前で放言し,原告の妻も,被告代表取締役社長に対する中傷を大声で激しく行い,従業員を指さして返事を求める等の常識外の行動をとり,約4時間にわたり,被告の営業会議の中断,工場の製造作業,営業業務等の事務作業をも中断させ,被告に多大の損害を与え,また,被告,被告代表取締役社長の信用を失墜させたが,謝罪要求に応じなかったものであり,この行為は,被告の就業規則の12条の二,三に違反し,21条の四,七,八,十,十三に該当する。

② 原告は,平成13年4月1日午後11時から12時ころ及び翌2日の午後11時から12時ころの2度にわたり,無断で,被告事務所から,被告の決算報告書原本,総勘定元帳数年分,棚卸資産台帳数年分,会社印鑑,振替伝票数年分,入出金伝票数年分,銀行借入明細書類約15年分,4月5日が期限の金利低下のための借り換え書類,会社抄本・謄本,社員営業日報すべて数年分,社員名簿すべて(住所,家族構成,個人情報のすべてが入っている),社員身元保証書,社員住民票記載事項書類,社員誓約書,社員・過去在籍した社員の履歴書綴り過去約30年分以上,出張明細書数年分,労働基準監督署提出用社内規定原本,従業員社会保険明細書類約10年分,消費税納入通知・納入書約8年分,法人税通知書数年分,市民税通知書数年分,自動車税納入通知書数年分,商品出庫書類数年分,商品在庫書類数年分,その他領収書類,健康事業部決算重要書類多数を,従業員個人の机の中から,住所録,宅配便送り状,領収書綴り,納品書綴り,その他個人の書類をそれぞれ持ち出したが,この行為は,窃盗に該当し,被告の就業規則の21条の四,七,十三に該当する。

③ 被告は,原告に対し,持ち出し書類の返還を求めたが,原告はこれに応じておらず,その行為は業務上横領に該当する。

(イ) 原告は,在社十数年間,就業規則に基づく出勤退社のタイムレコーダーに当たる営業日報に,出発,帰社の記録をほとんどしておらず,被告代表取締役社長の再三の要請にも応じなかったものであって,この件だけでも解雇の原因に当たる。

(ウ) 原告は,本件解雇通告後も,被告の領収書及び被告名文章を使用し,被告の売掛金を集金しながら納金せず,手形及び現金合計101万6162円を横領し,また,120万円相当の被告営業車を横領し,さらに,被告名義の電話を相当金額無断で使用して被告に損害を与え,被告代表取締役社長及び同会長に対する名誉毀損に当たる行為を数多くしている。

(エ) 以上により,本件解雇通告による原告に対する解雇は有効である。

イ 争点②(本件解雇通告前の未払給与の存否)について

原告主張の未払給与について否認する。

ウ 争点③(賃料請求権の存否)について

原告主張の賃料請求権について否認する。

エ 争点④(慰謝料請求権の存否)について

原告主張の慰謝料請求権についてすべて否認する。

第3争点に対する判断

1  争点①(本件解雇通告の効力と本件解雇通告後の給与支払請求権の存否)について

(1)  被告主張の前記解雇理由①の存否について判断するに,甲5,7,8,9の1,乙19ないし24によれば,原告が,平成13年4月2日の被告の営業会議において,原告の妻も途中から同席の上で,午前10時30分ころから午後2時ころまで,被告の会計報告,商品開発,原料仕入等の被告の運営方針をめぐって,被告代表取締役社長との間で問答を繰り返し,口論となったことが認められる。しかし,乙19,21ないし24によれば,原告が無断で全従業員を会議室に集めたものと認めることはできず,定例の営業会議の中で原告と被告代表取締役社長の問答が激しいものとなり,口論状態となったものと認めることができる。原告が被告の一従業員の立場にあるとしても,営業会議の中で被告の運営について意見を述べることは,社会通念上許されないような不当な態様でない限り許容されるものというべきである。そして,前記認定のとおり,原告は被告の営業会議において発言したものということができるのであって,原告の妻が同席したからといって,そのことにより営業会議とはいえないとか,営業会議を妨害したとかいうことはできず,また,原・被告ともに人証申請の意思はないとしているところ,原告の営業会議における発言が,社会通念上許されないような不当な態様であったものと認めるに足りる的確な証拠もない。したがって,原告によって被告の営業会議が中断したものということができないのは勿論のこと,営業会議の継続のために被告の工場の製造作業,営業業務等の事務作業が進行しなかったとしても,そのことについて専ら原告に帰責事由があるということはできない。以上の認定に反する乙1,15,17,18は,前掲証拠に照らしたやすく採用することができない。

そうすると,被告主張の前記解雇理由①の関係で,原告に被告の就業規則12条の二,三に違反し,21条の四,七,八,十,十三に該当する行為があったとする被告の主張は採用することができない。

(2)  被告主張の前記解雇理由②及び③の存否について判断するに,原告も,被告の営業日報の一部を所持していることや被告の決算書のコピーや宅配便の送り状等を持ってきたことは認めている(甲8,原告の主張)。

ところで,乙1,15,25,27には,被告主張の前記解雇理由②及び③に沿う記載があるが,甲5,7,8には,これを否定する記載があるのであって,被告側の一方的な陳述書等である乙1,15,25,27によって,原告が窃盗行為という犯罪行為を行ったものとたやすく認定することはできない。そして,甲7によれば,原告は,被告代表取締役会長から,被告代表取締役社長が不正行為をしているのなら,証拠を見つけるよう言われており,被告のゴミ箱に捨てられていた宅配便の発送伝票の控えを持ち帰り,これを保管していたことが,甲8によれば,原告が所持している前記営業日報の一部は,原告が以前に被告代表取締役社長から渡されていたものであり,原告は,平成13年4月2日の夜には,群馬県高崎市から名古屋市に戻る途中であったことが認められるのであって,原告が被告主張の日時に被告事務所において,被告主張の大量の重要書類を窃取したものと認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,被告主張の前記解雇理由②の関係で,原告に被告の就業規則21条の四,七,十三に該当する行為があったとする被告の主張は採用することができない。

また,原告が持ち出しを認めている書類について,原告が被告に対する返還義務を負っているものと認めるに足りる的確な証拠もなく,これらの書類を原告が横領したものと認めることもできない。したがって,原告に被告主張の前記解雇理由③に該当する行為があったとする被告の主張も採用することができない。

(3)  被告は,原告が,在社十数年間,就業規則に基づく出勤退社のタイムレコーダーに当たる営業日報に,出発,帰社の記録をほとんどしておらず,この件だけでも解雇の原因に当たる旨主張する。しかし,かかる解雇事由が本件解雇通告における解雇事由とされたものと認めることはできず,本件解雇通告による解雇の有効性を基礎付ける主張としては失当である。

(4)  被告は,原告が,本件解雇通告後も,横領行為や名誉毀損行為をしている旨主張する。しかし,本件解雇通告後の事由によって本件解雇通告の有効性を基礎付けることはできず,失当な主張というべきである。

(5)  以上によれば,被告の本件解雇通告による原告に対する解雇は無効というべきである。

(6)  弁論の全趣旨によれば,原告の本件解雇通告前の給与額は,1か月25万8813円であったと認めることができる。

(7)  そうすると,原告は,被告に対し,本件解雇通告後の平成13年5月から毎月末日限り1か月25万8813円の割合による給与支払請求権を有していると認められるところ,弁論の全趣旨によれば,平成13年5月分以降その支払がなく,今後もその支払がなされないものと認められるから,あらかじめ将来分についてもその請求をする必要があると認めることができる。

2  争点②(本件解雇通告前の未払給与の存否)について

甲5には,原告が将来被告の役員になるためには被告に貢献することが必要であるという名目で,原告の関西地方における売上げが原告の給料の歩合に含まれていなかったものであり,原告が被告代表取締役会長に対し,今まで役員にするという約束でもらっていなかった給料を清算してほしいと申し入れたところ,未払の給料は払ってやるから,書類でいくらあるのか出せと怒鳴られた旨の記載がある。しかし,この記載から,原告の昭和53年7月分から昭和58年6月分までの給与のうち少なくとも合計100万円の未払があると認定するには足りず,他に原告主張の未払給与の存在を認めるに足りる的確な証拠はない。

3  争点③(賃料請求権の存否)について

原告が,被告に対し,名古屋市a区b町c丁目d番e号所在の原告の住居の一室を賃料1か月6万5000円で賃貸していることを認めるに足りる証拠はない。

4  争点④(慰謝料請求権の存否)について

甲1,2(乙3),4,乙4,6によれば,被告は,原告に対し,本件解雇通告及びその前後の通告文をもって,原告が窃盗犯人であるなどとしてその名誉を毀損する指摘をしたものと認められるところ,前記1で認定したところによれば,その摘示事実が真実であると認めるには足りず,他に被告が原告の名誉を毀損したことにつき違法性を阻却すべき事情があると認めるに足りる証拠はなく,また,本件解雇通告が無効であることは前記認定のとおりであって,少なくとも被告には無効な解雇の意思表示をするにつき過失があったものと認められ,本件解雇通告及びその前後の通告文によって,原告は精神的苦痛を被ったものと認めることができる。そして,その精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては,本件解雇通告及びその前後の通告文の内容や,本件訴訟提起の結果によるものではあるが,原告が被告の従業員であることが確認されることによる被害回復等の諸般の事情を勘案すると,100万円をもって相当と認めることができる。

第4結論

以上によれば,被告の原告に対する平成13年4月4日付け解雇は無効であると認められるところ,現在原告が被告の従業員の地位にあることが確認されれば,無効な解雇から派生した紛争は解決されるものと認められるから,過去の解雇の無効確認を求めることについて確認の利益はないといわざるを得ない。したがって,原告の請求中,解雇の無効確認を求める部分については,訴えを却下し,その余の請求については,原告が被告の従業員の地位にあることを確認し,平成13年5月分の未払給与25万8813円及び被告の不法行為による慰謝料100万円の合計125万8813円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年6月14日から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払と,平成13年6月から毎月末日限り月額給与25万8813円の支払を求める限度で認容し,その余の請求を棄却することとする。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本昌純)

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