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名古屋地方裁判所 平成13年(ワ)5335号 判決 2003年1月31日

原告

被告

愛知県

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二〇万〇八二三円及びこれに対する平成一三年一一月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、愛知県中川警察署の警察官らの過失のある誘導に従った結果、原告の運転する車両(以下「原告車」という。)が電柱(以下「本件電柱」という。)に衝突するという交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した旨主張し、原告が同車両の修理代金二〇万〇八二三円を全額支払ったことにより民法四二二条に基づく求償権を取得したとして、被告に対し、上記二〇万〇八二三円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提事実(証拠を示した部分以外は争いがない。)

(1)  原告は訴外有限会社丹羽惣商店を経営する者である。

(2)  訴外A警部補及び訴外B巡査は、いずれも愛知県中川警察署地域課に勤務する警察官である。

(3)  交通事故(本件事故)の発生

ア 日時 平成一三年一一月一日午後三時五〇分ころ

イ 場所 名古屋市中川区露橋二丁目四番一号先道路上(以下この道路を「本件道路」、この場所を「本件事故現場」という。)

ウ 車両 普通乗用自動車(名古屋○○も○○○、原告車)

エ 同運転者 原告

オ 事故態様 本件道路東側に設置された訴外中部電力株式会社のコンクリート製の電柱(本件電柱)に原告車左側側面部が接触した。

(4)  原告車は、本件事故当時、自動車販売業者である訴外水野自動車販売株式会社が所有者、訴外有限会社丹羽惣商店が使用者として登録されていたが、平成一三年一一月一一月二〇日、原告車の代金の支払いが終了し、平成一四年一月二五日、訴外有限会社丹羽惣商店が所有者として登録された(甲三、一二、一三)。

(5)  原告は、平成一三年一二月七日、訴外熱田ダイハツ株式会社に対し、原告車の修理代金合計二〇万〇八二三円を支払った(甲一一)。

二  争点(本件事故状況、警察官らの誘導行為における過失の有無)

(原告の主張)

(1) 本件は、原告がA警部補及びB巡査の誘導に従った結果、本件電柱に原告車の左側側面部を衝突させ、原告車の左側のドア二枚(前、後部ドア)が破損したものである。

すなわち、原告は、本件事故時、A警部補に停止の指示をされ、この指示に従って原告車を停止させ、続いてA警部補の指示・誘導に従い本件事故現場付近の交差点(以下「本件交差点」という。)を左折して本件道路に進入したところ、B巡査が飛び出してきて、原告車を左側へ寄せるよう指示・誘導をしたことから、同指示・誘導に従って原告車を左側に寄せた結果、原告車左側側面部が本件電柱に当たったのである。

上記指示・誘導をしたA警部補には、<1>原告に近寄って座席ベルト装着義務違反の事実を告げなかったこと、<2>原告車を交通量の多い本件道路に誘導したこと、<3>原告車に左折を命じたにもかかわらず、予め原告車が左折した地点に警察官を配置していなかったことにおいて過失がある。

また、上記B巡査は、原告車の前方において停車するよう指示をしなければならなかったのに、停止の指示ではなく誘導棒を左へくるくると回して原告車に左側に寄るよう指示・誘導した過失がある。

(2) また、A警部補及びB巡査は、本件事故が誘導ミスによるものであることを自認し、その旨のメモ(甲九)に署名している。

(被告の認否及び反論)

(1) 原告の上記主張は否認する。

(2) A警部補及びB巡査の誘導行為に過失はない。

また、A警部補及びB巡査の各誘導行為には、違法性はないし、本件事故との間の因果関係もない。

第三争点に対する判断

一  本件事故の状況

上記前提事実並びに証拠(甲一、二、四ないし七、一〇、乙一ないし七、九、証人A、同B、原告本人)及び弁論の全趣旨によると以下の事実が認められる。

(1)  本件道路は幅約一一メートルの南北に通じるアスファルト舖装の道路であり、車道の幅(東側の車道外側線と西側の車道外側線との間の距離)は約六メートルで、中央線が設けられ、片側一車線となっており、西側には約二メートル幅の歩道が設けられている。本件道路は、本件事故現場付近で、幅約六メートル又は八メートルの東西に通じる道路(以下「本件交差道路」という。)と交差して本件交差点を形成している。

本件道路の中央線は本件交差点を貫いて設置されており、また、本件交差道路から本件交差点に入る東側入り口には、一時停止線及び一時停止の標識が設置されている。以上の本件道路、本件交差道路及び本件交差点の状況は、概ね、別紙「交通事故現場見取図」(以下「見取図」という。)記載のとおりである。

本件道路東側には、本件道路東端より約〇・五メートル西で、本件交差点から南に約四・三メートルの位置(正確には、東西道路の南端の線から南に約四・三メートルの位置)(見取図の<×>の地点)に、本件電柱(電柱の周り約一・一四メートル)が設置されている。

なお、本件交差点には信号機は設置されていない。

本件道路は市街地内の道路であり最高速度は毎時約四〇キロメートルに制限されており、交通量は普通である。本件交差道路における本件交差点東側からの見通しは、前方は良いが、左右方向は不良である。ただし、本件交差点を東から南に左折進行する場合、本件電柱の視認を遮る障害物はなく、本件電柱までの見通しはよい。

なお、本件交差点西側からの見通しは、上記のとおり約二メートル幅の歩道が設置され障害物がないことから、前方及び左右方向とも良好である。

(2)  A警部補は、平成一三年一一月一日午後三時ころから、本件事故現場付近の道路において、B巡査を含む五名の警察官とともに、交通指導取締りを実施した。

A警部補は、本件交差点の南西角において、本件交差道路を西進する車両の一時停止義務違反、座席ベルト装着義務違反を現認し、誘導する任務を担当し、他方、B巡査は、A警部補よりも南方の位置において、本件道路を北進する車両の座席ベルトの装着義務違反を現認し、A警部補の誘導した車両を停止させ取り調べる任務を担当した。なお、A警部補、B巡査以外の四名の警察官は、本件交差点の北側に二名ずつ一定の距離をおいて配置され、それぞれ、違反車の現認、誘導、取調べの任務を担当していた。

(3)  原告は、平成一三年一一月一日午後三時五〇分ころ、郵便局に行くため、原告車を運転して本件交差道路を西進し、本件交差点に差し掛かった。原告は、座席ベルトを装着せずに原告車を運転していた。

A警部補は、本件交差点の南西角から本件道路を南へ約三・二メートルの地点(概ね、見取図のの地点)において、原告が座席ベルトを装着しないで原告車を運転して本件交差道路を西進してくるのを発見し、更に本件交差点の南西角(概ね、見取図のの地点)まで移動して原告が座席ベルトを装着していないことを確認した。そこで、A警部補は、原告車の取調べをB巡査に行わせるべく、原告車に本件交差点を左折するように誘導するために、本件交差点の中心部分(概ね、見取図のの地点)まで移動し、その場で原告に対し、右手で、停車し本件交差点を左折するよう指示した。

原告は、A警部補が本件交差点の中心部分(概ね見取図のの地点)に移動し、原告に対し右手で指示しているのを見て、座席ベルトの不装着を指摘されたことに気付くとともに、本件交差点手前の一時停止線手前((概ね、見取図の<ア>の位置)で一旦停止をして、その後、A警部補の誘導に従い、本件交差点の左折を開始した。原告は、本件道路は交通量が多いことを知っていたことから、本件交差点を左折する際、本件道路を南進してくる車両の進路を妨害しないように、本件道路の東側に原告車を寄せられるように左折を行った。

(4)  B巡査は、本件道路西側の本件交差点から南に約六・六メートルの地点(概ね、見取図の<1>の地点)において交通指導取締りを実施していたところ、原告が座席ベルトを装着しないで原告車を運転して本件交差道路を西進してきたこと及びA警部補が本件交差点の中心部分に移動して原告車に左折するよう誘導していることを発見した。

そこで、B巡査は、A警部補が左折させた原告車を誘導するため、原告車の誘導地点として適切と考えた本件道路東側の本件交差点から南に約一四・二メートルの地点(概ね、見取図の<2>の地点。以下、この地点を「本件誘導地点」ということもある。)の方に移動を開始した。B巡査は、一旦本件道路の中央付近において、原告に対し、本件誘導地点に進行するよう誘導するため、体の正面を原告車に向け、右手に持っていた停止棒を先端が正面から右下に向けて弧を描くように動かす動作を二、三回繰り返した。

B巡査は、自分が本件誘導地点(見取図の<2>の地点)に移動した時点でも、原告車が本件交差点において左折し終わっていなかったことから、さらに上記のような動作を繰り返した後、停止棒を体の前で真横にして停止するよう指示した。

(5)  原告は、本件交差点を左折進行中、右側から原告車の前方へ移動して来るB巡査に気付いた。原告は、原告車を本件電柱よりも南方の本件道路東側にできる限り寄せて停車しようと考えていた。

原告は、本件交差点を左折後、本件電柱付近において原告車を東側(左)に転把したところ、本件電柱が原告車の左側ドアミラーに衝突した。原告は、衝突後、ブレーキを踏んだが、原告車が停止するまでに原告車の左側前部ドア中央部から後部が本件電柱と接触し、これらの部分が損傷した。原告は、本件電柱と原告車が接触した状態から脱出するためには更に前進するしかないと考え、右転把しながら原告車を前方に約一・八メートル進行させて停車した。このため、原告車の後部ドアと本件電柱が接触し、これらの部分が損傷した。

(6)  A警部補は、本件事故後、原告に対し、運転免許証を確認するため免許証の提示を求めたところ、原告は、A警部補に対し、警察官に本件事故発生の責任がある旨主張した。

(7)  なお、原告が本件交差点に差し掛かってから本件事故に至るまでの間、本件道路を走行した他の一般車両はなかった。以上のとおり認められる。

二  B巡査の過失の有無

(1)  警察官が公道において交通取締りをするときは、常に周囲の状況を考慮して一般交通の安全を確保しつつ職務を行う注意義務があり、違反車を誘導する場合にも、かかる観点から適切な誘導を行う注意義務があるというべきである。

(2)  原告は、原告車が本件電柱を越える際、B巡査が原告に対し、原告車を更に左側に寄せるよう誘導した旨主張し、原告本人は、B巡査が原告車の前方に飛び出し、原告に対し原告車を左側に寄せるよう誘導した旨の供述をし、甲六、七にも同旨の記述がある。

しかし、前記一で認定した事実によると、B巡査は、当初定められた任務のとおり、本件道路西側の本件交差点から南に約六・六メートルの地点(概ね、見取図の<1>の地点)において交通取締りを実施しており、その後、原告車の誘導のため、本件道路東側の本件交差点から約一四・二メートルの地点(概ね、見取図の<2>の地点)に、本件道路を斜めに横断して移動したことが認められるところ、原告本人の上記供述部分は、B巡査が右後方にいたか右側にいたか分からないと述べる等、B巡査の各誘導行為の位置、動作に関してあいまいな点があり、具体的に特定されておらず、かつ、原告がB巡査を最初に確認した時の状況、その後のB巡査の行動につき不自然であって、到底これを信用することはできない。

むしろ、前記認定のとおり、A警部補は、原告車に対し、本件交差点を左折することのみ指示したこと、B巡査は、本件交差点を左折している原告に対し、本件誘導地点付近に停止するよう指示する目的で誘導していたこと、及び、原告は、本件誘導地点に近い地点に原告車を停止させるよう原告車を運転していたことからすれば、原告は、B巡査の誘導行為により本件誘導地点付近に停止するよう指示されたことを認識していたと認めるのが相当である。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

(3)  また、原告は、B巡査には原告車が本件交差点を左折した時点で一旦停止させるべきであった旨主張するが、本件交差点を東から南に左折進行する場合の本件道路走行車両及び本件電柱に対する見通し、本件交差点の形状、本件道路の交通量、幅員等を考慮すると、本件交差点で交通指導取締りを実施する警察官らが違反車を本件誘導地点に誘導するにあたり、当該違反車が本件誘導地点に移動する際に本件電柱に衝突することがないよう、原告主張の如く一旦停止させる必要があったと認めることはできない。

(4)  その他、B巡査が(1)に判示した注意義務に違反する誘導を行ったと認めるに足りる証拠はない。

したがって、B巡査の誘導行為に過失があったと認めることはできない。

三  A警部補の過失の有無

原告は、A警部補には、<1>原告に近寄って座席ベルト装着義務違反の事実を告げなかったこと、<2>原告車を交通量の多い本件道路に誘導したこと、<3>原告車に左折を命じたにもかかわらず、予め原告車が左折した地点に警察官を配置していなかったことにおいて過失がある旨主張する。

しかし、本件交差点の形状、交通量、本件交差道路と本件道路との幅員の差等を考慮しても、A警部補が原告を適切に誘導するために、上記<1>ないし<3>で指摘される行動(原告に近寄って違反を告げること、原告車を本件道路以外の場所に誘導すること、あるいは、原告車が左折した地点に予め警察官を配置しておくこと)を行わなければならなかったと認めることはできない。

むしろ、前記一に認定した事実並びに証拠(乙一、三ないし七、九、証人A、同B)及び弁論の全趣旨によると、A警部補は、本件交差点付近で交通指導取調べを行う際、他の一般車両の邪魔にならないよう、外側線があり幅の広い本件道路に誘導した後取調べ等を行うこととし、本件交差点を東から南に左折した車両の誘導、取調べをB巡査に担当させ、B巡査を配置していたこと、A警部補は、原告に対し、本件交差点を左折するよう誘導し、本件事故時、本件道路を南進する車両の警戒を行っていたことが認められる。

上記各事実によれば、A警部補の原告に対する誘導、誘導時の人員の配置は適切に行われていたと認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

したがって、A警部補に過失を認めることはできない。

四  なお、原告は、A警部補及びB巡査が本件事故後、本件事故に関して責任があることを自認した旨主張し、メモ(甲九)は、A警部補及びB巡査が本件事故に関して責任があることを自認して作成した書面であるとする。

しかし、証拠(甲一〇、乙六ないし八、証人A、同B)及び弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故後、A警部補に対し、責任があることを認める書面の提出を要求したこと、しかし、A警部補は、これを拒絶したこと、その後、原告、A警部補及びB巡査の立会いで実況見分調書(乙一)が作成されたこと、同実況見分調書(乙一)の原告の指示説明と、A警部補及びB巡査の指示説明とでは、本件事故に至るA警部補及びB巡査の各誘導行為の部分に相違があること、メモ(甲九)は、実況見分調書(乙一)作成後に作成されたこと、メモ(甲九)には、「中川警察署」、「A」、「B」との記載はあるけれども、本件事故に関する責任を認める内容の記載はないことが認められる。これらのメモ(甲九)の作成経緯、文言に照らすと、A警部補及びB巡査がその責任を自認して上記メモ(甲九)を作成したと認めることはできない。

その他、A警部補及びB巡査が本件事故につき責任がある旨自認した事実を認めるに足りる証拠はなく、原告の上記主張は採用できない。

第四結論

以上からすると、その余の点につき判断するまでもなく原告の請求は理由がない。

よって、原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺修明 城内和昭 小島清二)

交通事故現場見取図

<省略>

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